元人工フラクトライト達と二人の死神物語   作:り け ん

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現世編・前章 始まります。
しばらくは四人が現世でワチャワチャします。


リアルワールド・ビギニング
第四十四話 初めての現世


「どう? アリ……愛梨。義骸との連結、ちょうど良さそう?」

 

「うーん…ちょっと待って。内魄固定剤(ソーマフィクサー)もう一本使うわ」

 

「いいけど…あまり使い過ぎると義骸から抜ける時辛いらしいから、程々にね」

 

「でも、これくらいなら多分大丈夫よ。それよりユー……雄次郎、()()()()への道順は覚えた?」

 

「……うん。多分大丈夫。それより早く出よう。ここはちょっと臭いが…キツい」

 

「そうね。…まさかここが出発点とは予想外だったわ」

 

 

 

「そういえば…ここはどういう場所なの?」

 

「多分、公園の公衆便所…トイレよ。義骸に入るところを人に見られる訳にはいかないから、こういう人のいなそうな所で準備する必要があるから、ここに出てくるよう調整されたんだと思う」

 

「なるほど! ここがトイレって場所なのね。確かにあまり綺麗な場所とはいえないかも。あ、でもあっちの部屋だけちょっと見てきてもいいかしら?」

 

「…と、とりあえず僕らは先に出てるからね、アリス姉さん」

 

 

東京都 西東京市の南側に位置する公園。

平日昼間ともあって人気のないこの公園の公衆便所から、二人の人物が姿を現した。

 

 

ネイビーブルーのジャケット、薄青のシャツに水色のネクタイ。全体的に青を基調にしたフォーマルスーツに黒のズボンを見に纏う青年は、亜麻色の髪に緑色の瞳という外国人のような特徴があるものの、顔立ち自体は日本人風味という変わった容姿をしていた。

もう一人の女性も同じく、金髪碧眼でありながら顔のパーツの特徴は日本人に近い。それでいて服装は、ピンクのリボンと緑を基調としたセーラー服。少なくともこの辺の学校のものではないことは明らかだろう。

 

そんな二人の後に、更にもう二人の人物がトイレから出てきた。新たに出てきたその二人の容姿は、服装を除けば先の男女達とそっくりだった。ただし…その二人の姿を見れる者は、少なくとも今の西東京市には存在しない。

 

 

「こっちのこれ…は、なんだろう? ユー…雄次郎、分かる?」

 

「あー、僕もはっきりとは分からないけど…ここは公園だし、遊具の一つじゃない? 子供が遊ぶやつ」

 

「流石に遊具までは教科書で勉強しなかったわよねー。これは、こっちの階段から登って…こう、滑って楽しむものじゃないかしら? それか、こっちからどれだけ早く登れるか競ってみたりとか」

 

「ああ、そういうことね。確かにこう滑らかにできてる坂だと、この小ささでも勢いがあって子供には楽しそう。それじゃ、あっちのは…」

 

 

出発地点の公園で、実に五分以上の時間がかかる四人。しかしながら当然、ここは現世の序の口でしかない。

 

 

尸魂界・真央霊術院2218期生 島崎雄次郎と、その兄でかつ斬魄刀の具象化であるユージオ。

同じく真央霊術院2218期生 茅野愛梨と、その姉でかつ斬魄刀の具象化であるアリス・ツーベルク。

 

 

これから四人は、現世という世界の中へ本格的に身を投じて行く。

それぞれの想いを胸に秘めながら。

 

 

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公園に出てまず最初に目の前に現れるのは、道路である。

コンクリートで整えられた綺麗な道だが、そこを人間が通るべき場所でないことは雄次郎と愛梨はよく知っている。代わりにその道を走るのは”自動車”なのだから。

 

 

「こうして見ると驚くなあ…。本当に、ああいう……機械? が普通に走ってるんだ」

 

「あっちとかの方だと、もっとたくさん走ってるみたいだね」

 

 

感嘆の声を漏らすユージオに、大通りの方を指差す雄次郎。そちらに目を向けてみれば、確かに大体5秒に1度ほどのペースで車が道路を走っている様子がこちらからでも見て取れる。もはや普通の人間よりも車の方をたくさん目撃してしまっている状況。この時点で既に、現世という世界は四人にとっては異質すぎるものだった。

 

 

「建物も高いのが多いし、上の部分まで四角い、変わった形ね。いえ、この…現世じゃこれが普通ってことかしら」

 

「ここらへんの建物は、全部民家かしら。何かのお店だったら、何かしら看板があるはずだものね」

 

 

一方のアリスと愛梨は、建物の違いが気になる様子。公園から数歩出ただけで、また数分足が止まる四人。しかし流石にこれでは時間がいくらあっても足りないと思ったのか、本格的に歩みを再開することにしたようだ。四人の足は、自然と大通りの方に向いて動いていく。

 

大通りの方に出ると…車の通るための道路は倍以上の広さになる。対して人通りはあまり多くはなっていない。代わりに、建物が平均してさらに大きくなっている気がする。さっきアリスが言ったような看板つきの建物も見られるようになってきた。

 

そしてそんな中で、雄次郎はとある一つの建物に目をつけた。

 

 

「ね、ね。愛梨。ひょっとしてあれ…本屋じゃない?」

 

「…あれ? ああ…確かに言われてみれば『書店』って看板に書いてあるわね」

 

 

雄次郎が目をつけたその建物は、他に比べて小さめな建物な上に道路を挟んだちょっと遠い向こう側にあった。愛梨は雄次郎に言われ、目を細めながら遠くを見つめてようやく発見したと言うのに、雄次郎の本に関連する感覚反応は凄まじいものを感じる。

 

 

「それじゃあさ…あの場所に行く前に、ちょっとあそこに寄っていい?」

 

「もちろんいいわよー。現世の本屋なら、真央図書館では見なかった本もたくさんありそうだしね。さ、そうと決まれば早速いきましょう」

 

 

そうして愛梨と雄次郎は予定を変更し、別の第一目的地に向けて歩き出す。ただし、愛梨は雄次郎の腕に体と自分の腕を絡ませた状態で共に歩いていた。

 

 

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小さい本屋とは言ってもあくまで周りの建物に比べればというだけの話であり、それなりにうろうろと回って本を見れる広さはあった。

 

 

「それじゃ、早速色々見て回りましょ。一緒に、ね?」

 

「あ、あの…愛梨。どうせなら別々に見て回った方が早くない? 何もここでまでくっつかなくても…」

 

「だって、平子隊長が言ってたじゃない? 外に出る時はこうやって、恋人同士らしく振る舞えってね♪」

 

 

そういう愛梨の顔が楽しげに見えるのは、きっと気のせいではあるまい。思わず後方のユージオとアリスに視線を向けてしまう雄次郎であったが、当然青年二人からしてもこの状況でかけるべき適切な言葉は見つからない。

 

 

 

愛梨のいうことは、一応真実である。

現世に行く前日に平子隊長から「現世での心得講座」と銘打って、様々なことを教わった。

その際に、平子が言うことには…

 

 

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「ぶっちゃけて言うとな。アリスちゃんはあまりにも可愛すぎるんやわ」

 

「まあ、平子隊長ったら……お世辞言ったって、私からは何も出せませんよー」

 

「ちゃうちゃう。ガチやガチ。アリスちゃんがもうちょっと成長してたら、危うく俺の初恋の人になるとこやったで」

 

 

平子の言葉をお世辞と言いつつも、愛梨──昨日の時点では霊術院生アリスだが──は頬を赤くして嬉しそうではあった。平子隊長は、愛梨が可愛くて綺麗であることは非常に素晴らしいのだが、それ故現世では目立ちすぎると語った。

 

 

「そんだけ可愛いと、道行く人からジロジロ見られてまうやろけど…それだけならまだええ。そんな子が一人で街中歩いとるとナンパ野郎がホイホイと寄ってきてまうで」

 

「ナンパ野郎………なんぱって、なんですか?」

 

「初対面の可愛い女の子に話しかけて、あれやこれやと仲良くなろうとする軽薄な男どものことや。十中八九、そんなことする連中にロクな奴はおらん」

 

 

そう平子が語る”なんぱ野郎”たる人物の想像はなかなかつかないが、とりあえず「悪い人」カテゴリーに脳内分布を振り分ける院生三人。

 

 

「一度ナンパ野郎に引っ付かれたら、断るのすら面倒臭いで。あいつらホンマしつこいからなあ。そんなナンパ野郎を予防するんに最適な予防法はただ一つ。”恋人がいますアピール”や!」

 

「「「はあ…」」」

 

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つまり平子は、そういう悪いなんぱ野郎が寄ってくるのを防ぐために恋人のフリをして愛梨を守ってやれと雄次郎に教えてくれた訳である。所詮はフリだし、そうすることに抵抗がある訳ではないが……せいぜい一緒に手を繋いで歩く程度のことでいいかと考えていたウブな雄次郎は、思った以上にベタベタに絡んでくる風の愛梨にちょっと困惑気味。流石にここまでしなくていいんじゃ……とは思う。多分そこら辺は愛梨も同意見だろうが、この絡みっぷりはおそらく恋人のフリが楽しくなったのとかなんかだろう。

 

 

「流石に本屋までなんぱ野郎は来ないと思うし…やっぱりそれぞれ効率良く見て回った方がいいじゃん…ね?」

 

「はいはい。分かったわよー。でも、もしなんぱ野郎が来たらしっかり私を守って頂戴ね」

 

 

そう言ってスルリと雄次郎の腕から離れる愛梨。万が一本当になんぱ野郎が来ても愛梨ならば一人で撃退できるのではないか…とは思ったが口には出さず、代わりに後ろの方にいたユージオとアリスに対して向き直った。

 

 

「兄さん達も、気になった本のタイトルとかあったら言ってね。買ってあげるから」

 

「いや、僕らは大丈夫だよ。ここの本に触れる訳じゃないし…」

 

「僕や愛梨がめくってあげるから! ね! 遠慮しないで!」

 

 

尸魂界にいた頃と違って、同じ目線から自分と同じ顔がずいっと寄ってきて、思わずユージオは「う、うん」と勢いに負ける形で頷いた。ちなみにアリスの方はとっくに本を物色しに行っている。現世の人には具象化した二人の姿は見えない上に、例の如く物をすり抜けたりフワフワ浮いたりもできるため、結構フリーダムに動くことができるのだ。尸魂界にいる頃は院生達のお願いによりほとんど寮の中に閉じこもっていたため、自由に動ける現世ではアリスの好奇心が特に爆発するようだ。

 

この本屋に入るという行動について、雄次郎には主に二つの狙いがあった。

一つにはただ単に雄次郎が本を見たいから。

二つ。青年達の”世界”についての情報を探すこと。

 

”世界”について探すのはもちろん「VRMMO」というキーワードのヒントを知ってる雄次郎と愛梨がメインとはなるが、青年達にもこうやって本を探させることで、さらなる情報を得られるかもしれないと期待したのだ。ユージオやアリスの琴線に触れる言葉が書かれた本は、ひょっとしたらあの世界への手がかりとなり得るかもしれない。

 

 

こうして始まった、四人揃っての本探索。だが…ここで雄次郎の”悪い癖”が顔を出し始める。

 

愛梨はすっかり忘れていた。

普段はどちらかといえば大人しめな雄次郎は、本のこととなるとタガが外れてしまうことを。

 

 

愛梨が「VRMMO」の字が目立つ本の二冊目を見つけて手に取ったその瞬間、ドサドサドサッという多くの物が落ちる音が向こうの本棚の側から響いてきた。愛梨達の他にもいた数名の客達が一様にそっちへ視線を向ける中、愛梨は雄次郎の”悪い癖”のことをようやく思い出し、二冊の本を抱えて本棚の向こうへ急ぐ。

 

そこでは、駆けつけた店員に対してペコペコと謝りながら床に散らばった十何冊の本を拾い集める雄次郎の姿があった。

 

 

「雄次郎! ちょっと何やったの!?」

 

「ごめん愛梨! 買いたい本を集めてたら、いつの間にか持ちきれなくて崩れちゃって…」

 

 

大慌ての早口で事情を説明しながら本を拾っていく雄次郎。愛梨は額に手を当ててため息をついてから、本拾いを手伝い始める。つまるところ、手に持てる本の容量がオーバーしていたことに気づかず更にあれもこれもと本を手に抱えていった結果、バランスを崩した雄次郎が持っていた数多の本を床にぶちまけてしまったということらしい。幼い子供かとツッコミたくなるかのような間抜けっぷりだが、本を前にするとこうなってしまうのが雄次郎という人間なのだから、そこは仕方ない。

 

 

「…あっ! この漫画…え、嘘!? 22巻ま出てるの!? 入院中に読んだ時は19巻までしかなかったのに…!」

 

「こらー! 本を元に戻すことに集中! あと、買う本はちゃんと吟味しなさい!」

 

 

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「ありがとうございましたー」

 

数十分後…四人は本屋から出てきた。店員からの別れの挨拶を背に受けて。

アリスとユージオは物を持てない故に手ぶら。愛梨の左手には袋に入った本が五冊。そして雄次郎は…計十六冊の本が入った大きなビニール袋を両手に抱えていた。青年たちは結局本を選ぶことはなく、二人が抱えている本はそれぞれ自分がセレクトして買った本だ。

本を店の床に散らかした時、当然店員はいい顔をしなかったが、大量の本を大人買いする良い客だったこともあって、最終的に店員は笑顔で見送ってくれた。もっとも、その笑顔にはまた別の理由もあったのだが。

 

いかに青年の体とはいえ、十六冊もの本の重さは並ではない。時折ふらつきながら歩く雄次郎に、ユージオは心配の表情を向ける。

 

 

「雄次郎、大丈夫? 僕もこの体じゃなければ手伝いたかったけど…」

 

「ううん、平気平気。今、僕はこの重さが好きなんだから」

 

「…どういうことかしら?」

 

 

“重いのが好き”というよく分からない言葉を聞いて、アリスの方が首を捻る。それに対して雄次郎は相変わらずフラフラしながらも、満面の笑みで答えた。

 

 

「だって、この重さが全部これから僕が読む本の全てを表しているようなモノじゃない? 紙ってとても軽いのに、それが何百枚も積み重なってこんなに重くなっている。その何百枚の紙一枚一枚には、まだ見ぬ新しい物語がたくさん詰まっていると考えただけで、この重みを感じるのさえ楽しくなってくるんだー」

 

「…ふ、ふーん。なるほどね……」

 

 

分かるような分からないような、独特な理論を展開されてアリスはちょっと曖昧に頷いた。その傍らで愛梨の方が「雄次郎の本理論はどうせ私たちには理解できないんだから、聞くだけ無駄よ」などと半分呆れ顔で呟く。なかなかな言われようだが、雄次郎の方はそれが耳に入っているのかいないのか、手元の本に時折視線を向けながらニコニコと歩いている。兎にも角にも、雄次郎が楽しそうならそれでいいかと、他の三人は思った。

 

 

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歩いている最中…様々な建物、車に目移りする三人──雄次郎は手元の本を見ながらニコニコしてたので、ほとんど目移りしていない──だったが、足を止めずに歩き続けること二十分。

 

四人は、ようやく本来の目的地へと辿り着いた。

 

 

「雄次郎、ここなの? 相変わらず四角い建物だけど」

 

「うん。地図でもちょうどあってるし…それにほら、ちっちゃいけどここに看板があるよ」

 

 

雄次郎が入り口の方に寄っていて、その壁にあるちっちゃい看板とやらを指差す。

そこの青看板には白抜きで『PREMIUMマンスリー田無』と書かれていた。

 

 

そう、雄次郎と愛梨が現世に着いてから真っ先に目指す(はずだった)目的地とはマンションのこと。より厳密に呼称するならば『ウィークリーマンション』という種別の建物。ココこそが、雄次郎と愛梨が1ヶ月人間として暮らす際の居住場所となるのだ。

 

 

建物自体は見上げていると首が痛くなるくらいには高かったが、雄次郎と愛梨の部屋は二階にある。

「205」と書かれたドアの前にたどり着くと、雄次郎がゴソゴソと懐から取り出したのは…一枚の硬いカード。事前の説明ではこの四角いカードが家の鍵になると言われていた。正直半信半疑ながらも、ドアの取手の上部分にある切れ込み部分に鍵となるカードとやらを通してみる。その通し方が遅すぎるやら速すぎるやらで、三度ほどエラーの音を吐かれてビビったが…四度目でようやく扉が許可の音を出して、四人を部屋の中に(いざな)う。

 

 

「わあ……想像していたより、随分綺麗ね」

 

「本当だ…。広いし、しかもあれとか…これって…!」

 

 

雄次郎と愛梨は部屋を見て感嘆の声を漏らす。二人が想像していたのは、自分たちが暮らしていた院生寮と同じくらいの広さと設備くらいのものであった、が…。

 

全体的に真っ白な壁面も床も、院生寮の時にはよく見かけた染みと汚れが見当たらない。奥にあるカーテン付きの窓もとても大きく、両腕を横に広げた青年姿の雄次郎と比べてもなお、余裕のある大きさ。院生寮の窓は小柄な少年少女であった雄次郎と愛梨の体がやっと通れるか通れないかくらいの大きさしかなかったから、この大きな窓が存分に昼間の光を取り入れて眩しいくらいだ。

 

入り口近くには、尸魂界から転送した現世駐在任務に必要なその他の荷物が段ボールに梱包されて二つほど置いてあった。しかしそれよりも雄次郎と愛梨の二人の気を大いに引いたのは、部屋を取り巻く電化製品の数々であった。

 

 

「上についてるの、多分エアコンだよね! こっちのこれは…ひょっとしてテレビ!? すごい!教科書で見たのより大きい! 操作するリモコンがどっかにあるはず…!」

 

「洗濯の機械あるのすごいわね!それにこっちは…トイレね。 あっ、このトイレってボタンがついてるやつ!教科書に載ってたのと同じだわ! それと…わ、お風呂もシャワーもちゃんとある!近くに銭湯がなくても安心できるの、すごくいいわ!」

 

 

今までは本で見るばかりだった利便的機械の数々を見て、キャッキャしながらはしゃぐ雄次郎と愛梨。一方のユージオとアリスは二人のはしゃぎようにキョトンとしてる様子。青年達は雄次郎達ほど機械に関する知識はないがゆえだったが、やっぱりよく分からなくても二人が喜んでいるならそれでいいかと、相変わらず保護者気分でもある。

 

 

「…そういえば」

 

 

そんな保護者その1であるユージオはふと思い出したかのように口を開く。

 

 

「住む部屋って、ここ一つだけ? 前の寮みたいに一人一部屋じゃなくて、二人一緒に一部屋で住むのかい?」

 

 

その当然の疑問に対して、今まではしゃいでいた雄次郎はピタリと静かになり…ちょっとばかり複雑そうな表情でユージオの方を向いた。

 

 

「いや、それは…僕も部屋は別々に取った方がいいんじゃないかって言ったんだけどね…愛梨は『お金が勿体無い』って強く言うものだから、つい…」

 

 

まだ幼いとはいえ、異性と一つ屋根の下という状況は裕次郎にとって初めてであり…愛梨にとってもさぞかし居心地が悪いのではないかという雄次郎の心配とは裏腹に、愛梨は最初っからお金という面から一人部屋と決めているようであった。「雄次郎がどうしても嫌というなら、私は無理にとは言わないけど…」とも言われたが、逆にそういう言い方をされてしまうと雄次郎の方も首を縦に振りにくい。実際雄次郎は愛梨と一緒の部屋というのが嫌という訳ではないので、愛梨がいいのなら…という形で裁決が取られることになった。

 

 

「別に一緒の部屋に住むくらい、私は何も気にしないわよ。流魂街にいた頃は彦禰とも同じ家で暮らしてたし、その家がスカスカで夏でも夜は寒かったから、寝る時なんて彦禰と一緒に体くっつけあって寝たりしたんだから」

 

「え……えっと、その彦禰って人…まさかとは思うけど……男?」

 

「いいえ。彦禰に性別は特にないのよ。男でも女でもないって言ってたわ」

 

「………………………………んん?」

 

 

愛梨の言ってること…脳内で数回反復して辛うじて理解はしたものの、納得はできないままに首を捻る。そんな雄次郎の後ろにいるアリスとユージオも怪訝な顔を寄せ合ってちょっとヒソヒソと話し合う。一方の愛梨はキョロキョロと辺りを見渡したかと思いきや、テレビの置いてある机の引き出しを開き、そこにあるものを発見して目を輝かせる。

 

 

「雄次郎!! 見つけたわ! これ! きっとこれがテレビのリモコンよ!」

 

「ホント!? え、じゃあつけてみようよ! どのスイッチでつく!?」

 

「待って……ん、きっとこの電源ボタンね。よし…!」

 

 

先ほどの静かな雰囲気とは一転、またもやワアワア騒ぎ始めた雄次郎と愛梨の姿に、青年二人の注目が再び集まる。その時青年たちの方に向き直った雄次郎が、満面の笑みでこちらに来るように手招きをしてきた。相変わらず青年達は要領を得ないままとりあえず手招きに応じてトコトコ寄ってくる。

 

こうして、テレビの前に四人が整列する形になった。当のテレビは暗く、ただ四人の顔を反射するだけだったが…愛梨がリモコンのスイッチを押した瞬間に、テレビは起動する。

 

 

パッ!

 

 

『……警視庁によりますと、正午すぎ 調布市東つつじヶ丘の住宅街で、「道路が陥没している」と110番通報がありました。住民によりますと、午前8時ごろに住宅の目の前の道路に亀裂が入り、正午ごろに陥没しました。穴の直径は……』

 

 

「っっ!?」

 

「わ、わー・・・」

 

「「おおーっ!!」」

 

 

突然、音と光景を放ち始めた黒く大きな機械。それの起動を見てユージオは声にならない驚きの声を漏らし、アリスは目を見開いて静かに驚き、雄次郎と愛梨は興奮して喜びの声をあげた。

 

 

*

*

*

*

*

*

*

 

 

ユージオはそのテレビを見た時に、まず『鏡』を思い出した。水面や金属板よりずっと鮮やかに目の前の光景を映し出す不思議な道具。しかし、このテレビという機械はそれとはレベルが違う。映しとっているのは目の前の光景ではなく、明らかにどこか別の現世の光景。そして何より、光景を映しとるのみならずその場所の音までも再現して放っているようだ。その仕組みはどうなっているのかなど、もはやユージオの考えの及ぶところではない。

 

人や光景、それに加えて文字がテレビの画面に映っては、次々と変わっていく。ユージオとアリス…更に雄次郎と愛梨までもが、黙ってその画面を眺め続ける。雄次郎と愛梨はともかく、ユージオとアリスの二人はテレビが伝えようとしていることのほとんどは理解できないが…それでもやはり、この未知なる機械はいくら見ても飽きないような魅力を感じる。

 

 

四人揃って仲良くテレビの魅力に取り付かれ続けること、約二十五分。

最初に正気を取り戻したのは、愛梨であった。

 

 

「……はっ! ダメよ雄次郎! いつまでもテレビに見惚れてちゃ! 家に着いて荷物確認したら、仕事に取りかからないといけないんでしょ!」

 

「…わ! そ、そうだ! このままじゃテレビの前から離れられなくなりそう…! うん、一番大事なのは仕事…だもんね」

 

 

気を取り直した雄次郎と愛梨の二人は互いに顔を見合わせて頷く。二人が言う”仕事”とはもちろん、現世駐在任務のこと。具体的には”整の魂葬”と”虚の討伐”の二つの仕事が駐在任務中にすべきこととなる。後者の仕事は尸魂界からの指令に基づいて動くからいいとしても、前者の仕事は普段から担当区域を巡回して行わなくてはならない。

 

テレビはつけっぱなしのまま、二人は玄関近くの段ボールの開封作業に移行する。その中身は手で持つにはちょっと嵩張るために郵送した物品の数々——地獄蝶の飼育籠、小型霊子変換器、義骸や霊体用の着替え、日用品など——であり、それぞれをリストと照らし合わせて郵送漏れがないかを確認。

 

確認するだけのその作業もスムーズに終わり、あとはもう再び現世へ繰り出すだけとなった。未だテレビに張り付いていたユージオとアリスを引っぺがして玄関に向かう愛梨だが……引っぺがさないといけない人物は、もう一人いた。

 

 

「こらっ! さっき自分で言ったこと忘れたの!? 仕事第一でしょ! ほら行くわよ!」

 

「ちょ、ちょっと待って愛梨! せめて20巻! 20巻だけでも読んでから…」

 

「帰ってから読みなさい! これ以上ダダこねると縛道で無理やり引っ張るからね!」

 

 

相変わらず本には狂気の執着を見せる雄次郎を愛梨はグイグイと引っ張る。それでもなお抵抗の動きを見せたので、雄次郎引っ張りにユージオが加わり、愛梨の体をアリスが引っ張ることで更に力が加わり、なんとも間抜けな構図で雄次郎を本からひっぺがすことに成功した。

 

三人に引っ張られてようやく玄関まで辿り着いた雄次郎は、なお名残惜しそうに机の上に置かれた本の山を一度だけ振り返り見たが…改めて玄関のドアの方に向き直った雄次郎の表情からは未練が綺麗に消えていた。彼の本に対する執念は狂気レベルではあるが、かといって死神を目指す霊術院生としての志が弱い訳では決してない。

 

この現世駐在任務体験学習が許可されるまでには、自分たちだけではなく他の多くの人たちの手助けがあってこその道のりがあった。彼らの気持ちを無駄にしないためにも、決して任務を疎かにする訳にはいかない。決意を新たに、真っ先に雄次郎が部屋のドアノブに手を伸ばし、扉を開く。

 

 

二人の霊術院生と二人の元人工フラクトライトは、再び世俗の現世へと足を踏み入れる。

 

 

 

 

ただし、彼らは二つの()()を残して、部屋から出ていってしまった。

 

 

 

 

 

そのミスとはまず、家電製品に慣れていなかった弊害か…テレビの電源を消し忘れたまま外出してしまったこと。

 

 

そして、もう一つ……

 

 

 

 

 

 

 

『……次のニュースです。真正人工汎用知能として一世を風靡しているA.L.I.C.E.2026——アリス・シンセシス・サーティ氏が、20日午後8時開始のオンライン対談行事———に参加することが、明らかとなりました。こちらの対談においては———』

 

 

 

 

 

彼らにとって最も大事なテレビのニュースを、見逃してしまったこと。

 

 

 

 

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