今回のように投稿ペースは大幅にダウンします。
それでも完結できるよう、頑張っていきたいと思います。
その食べ物は、二人にとっては初めて食べるものだった。
「うん…美味しい」
それでも、雄次郎はその味に好印象を得て目を丸くする。向かい側に座る愛梨も同じように頷きながら食事を続ける。
「不思議な食感。焼いたお魚なら流魂街の時やお弁当でも時々食べたけど…生の切り身でもこんなに美味しいのね。それに、種類も本当にたくさんあるのが凄いわね」
「そうだねー。あっ、僕これも好きだな、赤エビってヤツ。そうだ、これも写真に撮って…」
雄次郎は通算三皿目の赤エビを取り、食べる前にいそいそと首から下げていたポラロイドカメラ——現世の基準で言えば相当な旧式——を使ってパシャリと写真を撮る。そんな雄次郎の隣に座るユージオは、ただ隣でレーンに乗って動く寿司の皿達を興味深そうに見つめていた。
「…よく考えるよね、これ。正直感心したよ。機械があるとこういうこともできるんだね」
「でも、もしこのまま誰も取らずに放置してたら天命……は、ないにしても、食べ物が傷んだりはするはずよね。大丈夫なのかしら」
異世界出身(仮定)であるユージオとアリスは、不思議な形式の食事処に感心するやら心配するやらの感情を抱いていた。実際は一定以上レーンを流れて鮮度が落ちたと判断された寿司は容赦なく廃棄されるという、青年二人の感覚からすれば中々に信じがたい実態があったのだが、それを知る機会はあるのかは定かではない。
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回転寿司チェーン店で遅めの昼食を済ませた雄次郎達は、再び大通りの方に繰り出した。平日の昼過ぎとはいえ、この大通りは彼らのマンション周辺よりも人通りが多めである。そんな大通りを歩いていると…まずアリスがポツリと呟いた。
「…さっきから思ってたけど、愛梨ちゃん目立ってるわねー」
「うーん、確かに瀞霊廷にいた頃より視線が突き刺さってる……現世にはこんなにもなんぱ野郎が多いってことなのかしら」
「いや、なんか男の人も女の人も全員愛梨に注目してるような…」
共に歩くユージオの分析通り、確かにすれ違う老若男女のほぼ全てがこちらを二度見してくる。これが男だけだというならば愛梨の推測通りなんぱ野郎の視線というのも分かるが、女の人も子供も老人の視線もさらっていくとなると、別の要因がありそうな気がしてならない。
その”別の要因”に対して、雄次郎が複雑そうな表情で推論を口にする。
「……やっぱり、さ。ちょっとくっつきすぎなんじゃないかな?」
「あら、雄次郎はこういうの嫌い?」
「いや、嫌いよりもむしろ……じゃなくて! くっつきすぎるせいで目立つんじゃないかってこと! 愛梨もさ、こうジロジロ見られるのは好きじゃないでしょ? だから…」
「…仕方ない。普通に手を繋いでいきましょうか」
雄次郎が語る「なんぱ野郎対策に愛梨がとっていた過剰な恋人のフリが、むしろなんぱ野郎以外の全員の視線を引いてしまった説」に納得したそぶりの愛梨は、歩きながら絡みついていた雄次郎の腕から離れた。確かに他の人間達には愛梨のようにベタベタしてる人はいないし、そのせいで目立っているとしたらベタベタを続ける理由はない。雄次郎も愛梨も、流魂街時代は心ない人々からの無言の視線に嫌な思いをしてきた経験がある。それと同じ思いをまた味わうのはできれば避けたい。
そんな訳もあり、過度なベタベタは避けて仲良く互いに手を繋ぎながら歩く裕次郎と愛梨。ちなみに、その横を歩くユージオとアリスは最初っから手を繋いて仲良く歩いていた。
フリではなく素で恋人同士のユージオとアリス達のためにも、雄次郎と愛梨からして見れば一刻も早く彼らの世界についての手がかりを掴みたい。本来ならそのために色々な店や本を見て情報を集めたいところだが、それはあくまで裏の目的。普段は表向きの目的のために動かなくてはならない。
メインとなる仕事といえば”
霊力を持たないため霊圧での捕捉はほぼ不可能。結局のところ整を探す手段は、ひたすらに歩いて肉眼で見つける他ないのだ。そのため、二人は積極的にキョロキョロしながら歩き、空中を見上げて見たり、時には立ち止まって向こう側の歩道を覗きこむようにして見たり。
見つける手がかりとしては、まず胸に”因果の鎖”がついてるか否かが一番の目印となる。その他、霊力のない魂魄は器子の干渉を受けないため、体が地面や壁に埋まっているなど現世の人間では不可能な態勢の者や、もしくは空中に浮いていたりする姿があれば、それも整の魂魄であると判断がつく。
なかなか見つからないのは承知で、半ば観光気分で歩き続けることおよそ30分。
「……あっ! ねえ、ひょっとしてあの子…じゃない?」
「え、いた!? どこ?」
「ほら、あの道路の方に座ってる子よ」
思った以上に早くそれらしき人物を発見したのは、アリスであった。他の三人も揃ってアリスの指差す方へ視線を向けると、確かに道路の真ん中の方に蹲って座る男の子の姿が見てとれる。
これは、ちょっとやそっとでは気づかなかったことだろう。なにせその子が座り込んでいる道路は自動車がひっきりなしに通る場所。その姿に対して頻繁に車の姿が重なってしまうため、パッと見ではそこに魂魄がいるとはすごく気づきにくい。アリスの大手柄と言ったところである。
「…おーい! そこのキミ! 大丈夫ー!?」
「………」
手始めに雄次郎が自動車の波の中に座り込む子供の整に声を張り上げて呼びかけるが、彼は返事どころかこちらに振り向くことすらなかった。逆に、雄次郎の張り上げた声の他の人間達が反応してしまう始末。大量の自動車の走る音のせいでこちらの声が届かないのか、それとも自分に呼び掛けられた声と気づいていないのか。どちらにせよ、義骸の雄次郎と愛梨が道路のあの子に呼びかけるのは、ちょっと悪目立ちになってしまいそうである。
「…それなら、ちょっと僕が行ってみるよ」
「あ、うん。ありがとう、兄さん」
ここで名乗りをあげたユージオが、男の子の方へ向かって歩みを進めた。そう、斬魄刀の具象化であるユージオやアリスは整と一部同じような体の性質があるのだ。すなわち、器子の干渉を受けることなく行動できる。なので、自動車が大量に往復する道路も無事に通り抜けることができる。もっとも、人間としての反射が残っているために車がいちいち自分に迫り来るたびに思わずビクッとしてはしまうが。
こうして、無事にユージオが男の子の元に辿り着いた……まではよかったのだが、その後が問題であった。なんと、間近に寄ったユージオがあれやこれやと話しかけ続けていても、その整の子供は一切
結局五分ほどユージオは粘って話しかけ続けたものの、やがては無念そうな表情で戻ってくる他なかった。整とは違って器子だけではなく霊子にも干渉できないユージオでは彼を引っ張って連れて行くこともできない。
となると、残りの手段は...
「それなら...僕が義骸から出て、あの子をこっちに連れてくるよ」
「ええ、それが一番よさそうね。くれぐれも車には気をつけるのよ」
「了解」
最後の手段は、整に触れられるように雄次郎が義骸から出て死神化し、彼を道路の真ん中からこっちへ連れてくることだ。声が届かないなら触れ合いで気づいてもらうしかない。
ただし、簡単なことではない。死神のように霊力ある霊体は、器子の影響を受けるため、何も考えずに道路に降り立てば車に撥ねられてしまう。なんとか車のいないタイミングを見計らい、あの子を連れて安全な場所に素早く退避する必要がある。
その算段を脳内に組み立てながら、雄次郎は義骸から手軽に抜けるための義魂丸を取り出し…
取り出し……
取り出し………?
「…あれ?」
「どうしたの?」
ユージオの疑問の声も耳に入っていないかのように、雄次郎は自らの服を探り続ける。あらゆるポケットの中を見聞し、シャツの中や、時にはジャケットの裏側なんかも見たりして……約一分後には、雄次郎の顔が真っ青になった。
「ない……義魂丸が、ない」
「えっ!? もしかして落としたの!?」
雄次郎の口から語られた衝撃の真実に、愛梨が驚愕の声をあげる。
彼女が言うように、真っ先に考えられるのは現世を散策中にどこかで落としたという線だが、雄次郎と愛梨はこの現世に降り立ってから互いに離ればなれな行動をほぼ全く行っていない。雄次郎が物を落としたなら、愛梨かアリスが気づいたはずである。
強いていうならば、本屋で互いに本を探してた時は愛梨やアリスと短時間離れ離れになっていたくらいか……しかしそれでも、傍らには必ずユージオがいた。義魂丸のケースも小さすぎる代物という訳ではないし、二人揃って気づかないなんてのも考えにくい話だが…
「いや、ちょっと待って。よく考えてみたら……現世に来てから、義魂丸のケースを見てないような…だって、あれって郵送じゃなくて、手持ちに入れてたはずだよね。けど、あれ……僕は…霊術院で…入れ…て?」
現世で落としたか否か…という以前に、「そもそも持ってきていたか」という大きな問題が浮上した。これは一大事と必死に思い出そうと顔を
「いいえ、そっちは後で考えましょう。今は、あの子を助けてあげないと」
優先順位を提示した愛梨はキョロキョロと辺りを見渡したかと思うと、雄次郎の手を取って引っ張り始めた。彼女が雄次郎を導いた場所は、歩道の側に佇むバス停……に併設されたベンチだった。
「ここに座って、義魂丸抜きで義骸から出ればいいわ。雄次郎の義骸は、私が見張っておくから」
「う…うん。じゃあ…お願い、愛梨」
戸惑いながらも、まずは愛梨の言う通り座る雄次郎。
彼の脳内では、色々を混乱が広がっていた。大事な現世駐在任務体験なのに、義魂丸を忘れてくるという大ポカをやらかしたかもしれないこと。そこから思えば、現世に来てから愛梨にも迷惑をかけっぱなしではないかということ。バス停のベンチにはバスを待つ人以外座っちゃダメなんじゃないかということ…などなど。
しかし、愛梨の言うことも一理ある。過去の心配より、今の任務だ。目の前のやるべきことを、疎かにしてはいけない。
雄次郎の義骸はまるで意識をなくしたかのように、ベンチに座ったままガクリと項垂れた。だがもちろん、本当に気を失った訳ではない。その背から滲み出るように姿を現わすのは、真央霊術院の院生服を見に纏い、斬魄刀を背負った死神見習いである雄次郎の本当の姿。
これなら、あの子をこちらへ連れてこれる。
完全に力が抜けて無防備に倒れ込みそうな雄次郎の義骸を、愛梨が隣に座って支える。そのままゆっくりと、義骸の頭部を自分の膝の上に誘導する。完全に愛梨への膝枕状態と化した義骸を見て雄次郎は一瞬なんとも言えぬ感じになったが、すぐに気持ちを切り替えることにする。
霊体となり、身が軽くなった雄次郎は道路に向かって跳躍する。特訓の成果と言うべきか、軽々と自身の身長の倍は軽く跳んで見せると、そのまま道路の真上である空中に立って見せた。
(う、わ…….すごい、現世だと本当に空中に立てるんだ…)
一瞬、立てるはずの場所がない空中を眼下に見て雄次郎の気持ちは一瞬竦んだが、かつて先生に教わった通り地面がそこにあるイメージのままに足裏に霊力を固めることで、本当に空中で立つことができた。「別に練習しなくても、ぶっつけ本番で全然なんとかなる」とは先生の言だったが、確かにその通りだったというわけだ。もっとも、もし上手くいかなかったら車ひしめく道路に着地する羽目になっていたので、その通りで本当によかったと思う。
空中に立つことを学んだ雄次郎は、ゆっくり…ゆっくりと一歩ずつ、まるで階段を降りるように自身の立つ高度を下げていく。その足は、ギリギリ車に触れない高さで止まる。その足下では、次々と車が唸りを上げて通る。この近くには信号がなく、車の速度が落ちにくい。危険な場所ではあるが、そこにこそ目的の整の子供がいる以上、やるしかない。
「雄次郎! 避けて!」
警告を届けるユージオの声が、突然彼の耳に響いた。
いきなりの警告でも雄次郎は咄嗟に反応し、その体を動かしてより上空に跳んだ。
大型のバスが、さっきまで雄次郎のいた場所を通過する。
眼下の整の子供に気を取られ、後ろから迫っていたバスに気づかなかった。整の子をより間近で確認するため、通常の車高さのギリギリを目安に立っていたのが危険だった。バスやトラックのように、大型の車のことも考えねばならぬのに。自分はまださっきのことで動揺しているな、と雄次郎は心を落ち着かせるために深呼吸を数回。
「兄さん。車がこないタイミング……時が来たら、教えて欲しい」
「…よし。任せて」
互いに目配せする兄弟二人。雄次郎は眼下で座り込む整の子に集中し、ユージオは目を細めて道路の奥に視線を向ける。車の流れを見極めるため。その様子を、バス停のベンチで愛梨とアリスが静かに見守る。
そしておおよそ四分経った時…ユージオが声をあげた。
「雄次郎! 今なら!」
「わかった!」
車の姿が失われ、流れが途切れるタイミング。ユージオがくれたその合図を境に、雄次郎は一気に降下して道路に降り立った。そして、素早く整の子の手を取った。だが、体に触れてもその子の目は虚ろなまま…未だに反応がない。
心のうちで感情が微かに燻るまま、それでも雄次郎はその手しっかり握りながら体を抱き抱える。
「…まずい! 車が来てるよ!」
「大丈夫! 間に合う!」
再度のユージオの警告が飛んでくるが、今度は雄次郎にも余裕はあった。しっかりとその子の体を支えたことを確認すると、道路から離れるべく再び跳躍する。自分より微かに小さい子供を抱えて高く飛ぶのは初めての経験だったが、ここでも今までの特訓が生きたと言えるだろう。雄次郎は知らぬうちに膂力もしっかりついていたのだ。その数秒後に、さっきまでいた場所を再び車が通過した。
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こうして、無事に整の子を道路から連れ出すことには成功した。
ただし、問題はこれからである。
「………」
「…やっぱり、ダメかな」
「うーん…こうして連れてきたら何とかなるかなーって思ってたけど…そう、上手くはいかないね」
連れてきた張本人の雄次郎とユージオが、整の子をベンチの上に座らせてその顔を覗き込む。
それでもなお、その子の瞳に光は戻らない。
雄次郎はバス停のところに戻っても、義骸にはまだ戻らない。なぜなら、この子を魂葬するためには背中の斬魄刀が必要だからである。目前の子供は相変わらず自意識を喪失している様子だが……ぶっちゃけて言うならば、整が意識を失っていようが魂葬をするには何の問題もない。柄の
だとしても、この子供を放っては置くなどできない……というのが、この場の四人の間で一致した見解だった。死神とは、迷える魂を救うのも任務の一つ。心を失ったかのような子供の霊を機械的に尸魂界に送ることが救うことになるとは思えない…そう、思ったからだ。
「でも……どうやったら、この子は気を取り戻すのかな」
「…私がやってみるわ」
そう言ったのは、愛梨だった。自分の膝に倒れていた義骸の頭部分をベンチの上に置き直して、愛梨はそそくさとベンチに座る整の子供の前に回り込んで、片膝をついて視線を合わせる。
「何をするの?」
「ちょっとね。四番隊で回道習ってた時にチラリと聞いたのよ。こうやって心神喪失した人への対症療法を。上手くできるかは分からないけど、試して損はないと思うわ」
そう言うと…愛梨は、その子の胸の部分に手のひらを当てた。普通の人間からしたら、ベンチの見えない部分に手をかざす愛梨の姿は随分奇妙に見えるだろうが、今はそれを気にしている余裕はない。
愛梨が四番隊にいた頃に聞いた、心神喪失した人への対症療法とはその人の体の内側に語りかける方法。かつての霊王護神大戦の際、死神に対する滅却師の
そういった人たちは見たくないものを見ないように、感じたくないものを感じないように、無意識に外的刺激を閉ざしている。だから、声をかけたり体に触れたりしてみても効果がないことが多い。だから…外的刺激ではなく、内側からその心を動かすために……
愛梨は、その子の体に霊力を流し込む。
ほんの微かだけ…ゆっくりと、じわりと少しだけ広がるように。
下手に続けると死神化してしまう危険性があるため、愛梨はすぐにその子の胸から手を離す。
あとは、その霊力が功を奏してくれることを祈るばかりだが……
ピクリ、とその子の瞼が動いたような…気がした。
最初にそれを気づいた愛梨とアリスが、思わず顔を近づけた。
その子の首が、グラリと揺らいだような…気がした。
それに反応した雄次郎とユージオが、パッと互いに顔を見合わせた。
そして……とうとう、その子の瞳に光が戻り始める。
「……ぁ…え…?」
「な、に…? こ、こ…ど……こ?」
男の子の声が微かに響いた時、思わず四人は小さくワッと沸いた。
もちろん、現世の人間達からみたら愛梨が雄次郎を膝枕しながら一人虚空に向かって湧いてる事になるため、当然通行人の注目を引いた。
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思わず沸いてしまった心を落ち着けた四人は、改めて目の前の整の子に向き直る。
気を取り戻したら突然四人の青年達に囲まれていたという状況に、その子がビビってしまわないかと咄嗟に雄次郎は心配したが…気を取り直したその子は落ち着き払った……というより、目に光が戻ったとは言ってもそこには微かに曇りが残ったままで、ぼーっとした様子はまだ少し続いていた。
「ねえ、君が道路でずっと座っていたのは……ひょっとして、何かあったのかな?」
「…分から……な、い。…ぼ、ぼく……は、どう…ろ? くる…ま……で、」
うまく口が回らないのか、途切れ途切れの言葉。それに加えて、何かを思い出そうとその子が顔が少し歪んだ瞬間、体が震え始める。寒気を感じたかのように体を自らの腕で抱き、顔色も急激に悪くなる。その様子を見て、アリスが慌てて「無理して思い出さなくていいのよ」っと声を掛ける。軽く肩に手を置いてその子を落ちつかせようとする…ことはできないので、声をかけるだけに留まった。
その子の過去には、深く複雑な事情があることは、言葉がなくとも分かる。だが、その事情を詮索する真似はタブーというものだろう。それを明らかにしたところで何か解決するわけでもなく、そして何よりその子自身が過去を思い出せず、またどうやら過去に苦しんでいる様子すらある。ならば、触れぬのが吉と言うもの。
そもそもの話、この子の意識を取り戻させた最初の行動も本来であれば任務外の余計なこと。本来であれば、魂葬は事務的に行うべきなのだろうから。これ以上一人の魂葬に時間をかけるのは、適切な任務遂行とは言えない。
雄次郎は愛梨と一瞬だけ目くばせすると、背中の斬魄刀に手をかけた。ただ、このまま刀を抜いたらこの子を怖がらせてしまうのではないか、鞘に入れたままの斬魄刀で魂葬ってできるかな…と考えていた時。
ギュッと、雄次郎の体に柔らかで少し冷たい感触が腰元に伝わった。
「……え?」
「…さびしい………いや…。おにい…ちゃん」
「いっしょ……いて」
自分よりもさらに幼い子供に抱きつかれた雄次郎は、一瞬の戸惑いから思わず息を飲んだ。
全く初対面の雄次郎に対して、自ら体を寄せた。一緒にいて欲しいと言った。
記憶を思い出せないが故の、心細さからくるものだろうか。それは雄次郎にとって、他人事とは思えなかった。記憶がない心細さから…今目の前にいる人に頼りたくなる気持ちは分かる。
それに…ひょっとしたら、仮に記憶があったとしても、この子の記憶には頼りの人が存在しないのかもしれない。
整の子供の純粋なる願い。だが、死神の任務としてそれは……どうするべきなのか。愛梨達には微かな戸惑いの雰囲気が流れる。中でも、ユージオは雄次郎に何か言葉をかけようと口を開きかけた……が、その前に雄次郎が先に言葉を紡ぐ。
「……ごめんね」
その言葉に、整の子供は微かに顔を上げる。雄次郎はその子の頭を優しく撫でると、その子から少し離れてしゃがみ、視線を合わせた。
「僕たちは、君と一緒にはいられない。お仕事があるんだ」
「おし…ごと? …でも……でも、ひとり……いや。ね……おにい…ちゃん」
「でも、君は一人じゃない」
雄次郎の言葉を聞いた子供の瞼が、微かに上へと動いた。
そして…今度は、雄次郎の方からその子の体に優しく手を回した。
「これから、君が行く場所には…たくさんの人がいる。そこにいる人たちは皆、君と同じなんだ」
「お、な…じ?」
「そう。人が皆、同じようにして行く場所。みんな、確かに最初は一人ぼっちだった」
「だけど、ずっと…一人ぼっちだなんてことはないよ。だって、そこにいるみんなが寂しさを知ってるから…お互いに寄り添いあって、生きているんだ」
「最初は、寂しい想いをすることがあるかもしれない。でも、そばで一緒に生きてくれる人は、必ずいる」
———僕が、そうだったように。
「………」
雄次郎に抱き留められている子供は、静かに目を閉じる。
どことなく穏やかな様子で、まるで雄次郎の言葉を聞くことが心地よい音楽であるかのように、耳を傾けている。
「どうか…寂しい時があっても、頑張って欲しい。心があったかくなるような、そんな優しい日が、きっとくるはずだから…」
「………」
ゆっくりと…その子の体から離れる雄次郎。
自らの体に背負った斬魄刀を外して、鞘に収まった状態のままの斬魄刀を握り…柄頭を子供の方に向ける。
「そのまま…じっと、していてね」
「………」
目を閉じたままの子供は、コクリと頷いた。
これから一体何をするのかは分かっていないはずなのに…それでも、目を閉じたまま……全てを信じきった様子で、ありのままを受け入れている。
力まないように、あくまで優しく…それでいて、はっきりと確実に。
その子の額に、「死生」の字が浮かぶ印がつけられる。
背後に、その子が尸魂界に行くための…道が、開かれる。
「…痛くは、ないかな?」
「……うん。おにい、ちゃん…」
「ありがとう……ね」
「……!」
道に消えゆく間際のその子の笑顔。
今まで失われかけていたような感情の発露が、別れ際に花開いたように見えた。
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まだまだ日が地上を照らし、時間はお昼の後半に差し掛かっているというところ。
それでも尸魂界から派遣された霊術院生二人と、その斬魄刀二人の計四人は、仮住まいの部屋へと戻っていた。なぜなら、可及的速やかに確認すべき事項があったからである。
「…うん、間違いないや。義魂丸は…持ってきて、ない……みたい。それ以外は、ちゃんとここにあるのは確認したけど…」
「うーん……そう、なのね……」
床に散らばった様々な用具の中で、沈んだ声を出す雄次郎。
後ろに暗い幻影が見えかねない勢いで落ち込む雄次郎と、その肩をポンポンと叩いて励ますユージオ。
腕を組んで唸る愛梨に、雄次郎は再び頭を下げる。
「本当にごめん…愛梨。大切な道具を忘れたり、現世に着いてからも本のことで迷惑をかけたり……」
「もう過ぎたことよ。それに、雄次郎はさっき立派な魂葬で仕事をしてくれたじゃない。その働きでオアイコってことにしましょう」
「そんな……立派だなんて、言い過ぎだよ。それにあの時は愛梨だって助けてくれて…」
「はいはい。もう、過度な謙虚はだらしないだけよ。もう過去の失敗を気にするのは禁止! ね?」
ぐすん、と反省して涙ぐむ雄次郎に、愛梨はその頭をポンポンと優しく叩く。
ちなみに便乗してアリスまでその背中をポンポンと叩いて励ますため、雄次郎は楽器よろしく三人からポンポンと叩かれて、なんだか少し面白くなってきた。ちょっと気が晴れたかも。
「…でも、どうしよう。尸魂界に連絡して、義魂丸を送ってもらうように頼めないかな…?」
「どうかしらね…。あくまで私の考えだけど…それはあんまりやりたくないわね。ただでさえ無理して現世に行かせてもらっているのに、忘れ物したことがバレたら心証は良くないでしょ。最悪、校外学習中止……なんてことはないと信じたいけど、可能性は0じゃないわよねー」
最悪の形を想定する愛梨。だが、それでも雄次郎は今の状況を心配しているようだ。
「でも…義魂丸がないとさ、任務が……」
「大丈夫よ。無いのが義魂丸だけなら、全然なんとかなるわよ。実際、今日だって義魂丸なしでもちゃんと魂葬の任務ができたじゃない」
「そうかな…いや……でも…」
眉根を寄せて悩む雄次郎に、愛梨はずいっと顔を寄せて代替案を雄次郎に語り出す。
「別に義魂丸がなくても、義骸からは抜けれるわ。ただ、義魂丸がないと義骸が無防備になってしまうのが難点なのよね。だけど私たちはこうして二人いる訳だし、充分にその難点を補えるわ」
「つまり、役割分担をすればいいのよ。一人は魂魄のまま街を廻って、魂葬と虚浄化を担当。そしてもう一人は義骸で街を周って、現世の情報収集と勉強をする。整や虚を見つけたらもう一人の担当に連絡して、作業を行ってもらう。もし、剥き出しの義骸をなんとかできそうだったら、自分で処理するのもアリね」
愛梨の代替案を聞いて、雄次郎もその考えの妥当性を感じ始める。つまり義骸の二人で街を回り、仕事のたびに死神化するのではなく、最初から死神化した仲間がメインの仕事を担当し、義骸の一人がサポートに回るというわけである。いちいち義骸から出る流れそのものをなくすことで、義魂丸に頼る必要性もなくすという訳である。
一人一人別行動で街を回れば、より効率的にもなる。愛梨の代替案は、代替を超えて改善案とでも言うべきものになり得る。だが、そこで手をあげてその案に対する意見を表明したのは、ユージオである。
「でも、愛梨。君が……その、義骸?に入って一人で街を歩くのは大丈夫なのかい?」
「そ、そうだよ愛梨! もし悪いなんぱ野郎に囲まれでもしたら…!」
同じ顔の男性陣二人が愛梨の心配をするが、愛梨は想定済みと言わんばかりの笑顔。
「大丈夫よ! 私、雄次郎の義骸を使って街を歩くから!」
「「「………え!?」」」
この発言には、男性陣+アリスの喉奥からも変な声が漏れる。
「今日歩いてみて分かったわ。雄次郎が一緒にいても、どうも私そのものが酷く目立っちゃってるっぽいしねー。ちょっと勿体無いけど、私の義骸はしばらくお留守番にしといて、雄次郎の義骸を使って街を回るわ。ね? いい案だと思わない?」
「い、いや……いいの? だって、僕の義骸って、その……男、の…」
「大丈夫よー。私、これでも演技は得意な方なんだから! 男役もしっかりできるわよ!」
その爽やかな笑顔の前には、雄次郎言わんとしてる心配のことを本当に愛梨が分かっているのか……確認することができなかった。ただ一応、愛梨は分かってるけどイタズラでわざとズレた返答をしてるものだと解釈することにした三人であった。
【こぼれ設定話 その6】
雄次郎が好きになった回転寿司のメニュー・ベスト3
1位.トロサーモン
2位.赤エビ
3位.ホタテ
愛梨が好きになった回転寿司のメニュー・ベスト3
1位.ハンバーグ握り
2位.唐揚げマヨネーズ軍艦
3位.牛カルビ旨辛ネギ盛り