元人工フラクトライト達と二人の死神物語   作:り け ん

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大変お待たせいたしました。


また、大分遅くなりましたが「オリ主」タグをつけさせていただきました。
本来ならばストーリー上で主人公が原作人物と分離した時点でつけるべきところを、申し訳ございませんでした。


第四十八話 恋慕の浄化と双頭の虚

ガタガタと揺れるこの感覚も、長いことひたっていると不思議と心地よい気すらしてくる。

だが、今の雄次郎とユージオは共に窓の外の景色に夢中で、揺れのことは全く気にならなくなっていた。

 

 

「………!」

「わ………」

 

 

電車というのは、現世に数多くある移動用の乗り物の一つに過ぎない。そう思っていたが、窓から流れるように動く現世の景色は思った以上に見てて飽きない。現世の街並みというのは思った以上に色とりどりで、情報量と人が多い。一つ気になる名前の看板があったかと思えば、人が多く集まる広場があったりして、何が起こっているのか気になったりする。面白い形の建物があって目を丸くしたりすることもあれば、全体がガラスでできたとても高い建物があったりして目を見張ったりする。

 

まるで子供みたくシートに膝立ちになって窓の外に釘付けな雄次郎の姿は、他の乗客の目を引きつけてはいるが、当の本人は全く気になっていない。テレビの時もそうだったが、どうやら雄次郎と愛梨は何かに夢中になると他のことが一切気にならなくなるタイプのようだった。

 

 

『次は 上野 上野。お出口は左側です。新幹線 宇都宮線 高崎線 常磐線 地下鉄銀座線 地下鉄日比谷線 京成線は……』

 

 

「……ん…ねえ、雄次郎。そういえば、どこまで乗るんだい?」

 

「えっ……あー、特に決めてなかったけど……帰り道が分からなくなっても困るし、そろそろ降りようかな」

 

 

ふと、電車内のアナウンスを聞いて先に気を取り戻したユージオが雄次郎を夢中の世界から引き戻した。このままだと環状線をずっと回り続けるかもしれなかった雄次郎は、ユージオと共に電車を降りた。

 

 

「えーっと…改札………は…」

 

「あ、それならさっき看板見かけたよ。ここから左の方に進めば多分、中央改札って場所に…」

 

 

人々をすり抜けて気軽に地形や看板を把握できるユージオのお陰で、初めての駅でも雄次郎は柔軟に移動することができてはいる。が…

 

 

「……で、ここは…上野……。あれ? 上野ってどこ? どこまで行ったんだろう、僕ら」

 

「こっちからこう…じゃない? あれ…でも上野って見当たらないな。逆の方に書いてないかい?」

 

 

改札を出た後の入り口付近に立ち、地図を両手に広げつつ首を傾げる二人。先ほど『帰り道が分からなくなっても困るし』と言って電車から降りた雄次郎ではあったが、その点では完全に手遅れであった。何せ、初めての電車で徒然なるままに流されていった結果、地図をパッと見ても現在地が分からないほど遠くの地にたどり着いてしまったからだ。

 

瀞霊廷の地図より何倍も複雑怪奇な現世の地図からようやく”上野”の字を見つけても、その地図からでは電車をどう乗り継いだら元の家まで戻れるかは書いていない。結局のところ、迷子になったと言っても過言ではない状況ではある…が。

 

 

(まあ…いざとなったら義骸をしまって霊体の状態で空から帰れば多分大丈夫じゃないかな。万が一があっても、伝令神機で愛梨と連絡を取りながら待ち合わせればなんとかなりそう)

 

 

比較的楽観的な思考に舵を切った雄次郎は、丁寧に地図を折り畳んでジャケットの内側にしまい込んだ。そして、改めて顔を上げるとより陽の光が網膜を刺激する。

 

微かに目を細めた雄次郎は、傍らの兄 ユージオと共にまた新たな街並みへ繰り出す。

時刻はお昼ちょうど。現世を楽しみながら、大切な情報を探す日々はまだまだ続く。

 

 

なんの前触れもなく、唐突に。

これから起こる”戦い”のことなど、全く予期することはできなかった。

 

 

*

*

*

*

*

*

 

 

「ごちそうさまでしたー」

 

 

店員さんにお礼を言った上で、雄次郎はお店を後にする。

 

 

「ここ、愛梨が気に入りそうなお店だったね」

 

「そうだね〜。場所を覚えて今度、愛梨を誘ってまた食べにくるのも良さそう」

 

 

そう言って雄次郎は再び懐から地図を取り出してみるも……道の通りにある焼肉屋の一軒の店なんてのは地図には明記されてなかったため、結局何も記すことなく地図を懐にしまい直した。

 

カロリーの高いお肉をお昼ご飯としてお腹を膨らました雄次郎は、元気一杯再び歩みを再開する。最初に地図を確認した限りでは、この辺りはまだまだ赴任地区である半径一霊里以内であるため、見て回ることは充分仕事の範囲内だ。当然、ただ漫然とブラブラするのではなく整を見つけることを意識しなくてはならない。

 

 

(どうしようかな……まだ、ここら辺の地理には詳しくないし…建物の中より、外にいる整を中心に探す方が…)

 

 

「あーっ! すみませーん! お兄さーん!」

 

「っ!?」

 

 

思考の最中に突然、背後から女性の声が投げかけられて雄次郎はピクリと肩が跳ねてしまう。思わず反射的に振り向くが、その視線の先には見覚えのある女性が数名。

 

 

「やっぱり! あの時のイケメンのお兄さん!」

 

「き、君達は……あの時の…どうしてここに…?」

 

「私達、この近くに用事があって……あっ、そうだっ!」

 

 

彼女たちのことは、名前も知らない間柄だ。彼女達は三日前に突然、雄次郎を”逆なんぱ”してきた人たち。あまりに熱烈に寄ってくるので写真だけ一緒に撮ったら後は適当にあしらって逃げたという出来事があった。”なんぱ”には気をつけろと平子隊長からは口酸っぱく言われていたためではあったが……

 

 

「実は、私達この近くのコスプレサークルの集まりに参加するところなんですけど、もしよろしければお兄さん、見学だけでもぜひいかがですか!?」

 

「へ、え、え? こすぷ……れ…って…?」

 

「私達、ずっと三人だけのチームでコスプレやっていたんですけど、女性三人だけだとどうしてもコスプレの幅に限界が出てきて…背が高くて綺麗な男性の方をずっと探していたんです!」

 

「お兄さんの緑の瞳もその髪色も、本当にアニメの世界から出てきたみたいで凄く綺麗です! お兄さんなら絶対、コスプレ界の新星になりますよ! お願いです! 本当に見学だけでいいんで、一度見にきていただいて…!」

 

「あ、いや…ええっと……その…」

 

 

腕を引かれ、手を握られてキラキラとした視線を向けられ困惑と当惑が積み重なっていく雄次郎。現世の文化については極力学んできたつもりではあったが、今の雄次郎は彼女達の言ってることが半分以上理解できなかった。単純に習ってない言葉が出てきたり、推しの強い早口言葉のせいでより混乱が極まってるためだ。

とりあえず、彼女たちが”何か”に自分を誘おうとしていることは理解した。普段の雄次郎ならばその”何か”について詳しく聞くことから始めただろうが、今の雄次郎は目前の三人を”逆なんぱ”してくる要注意人物と認識しているため……

 

 

「ご、ごめんなさい! 僕、この後すぐ用事があるので……! 失礼しますっ!」

 

「あっ! お兄さーん! せめて、お名前を…!」

 

 

取るべき行動は、逃走一択。

雄次郎は、現世の女性に対してほんのちょっぴりの苦手意識を覚えた。

 

 

*

*

*

 

 

「ハァ……ハァ……ねえ兄さん、もう…大丈夫、かな?」

 

「うん……もうあの人たちの姿はないみたいだね」

 

 

高いビルに挟まれて影を落とす路地。そこで辺りを見渡すユージオの言葉を聞いて、ようやく雄次郎は体の緊張を解いてダラリと建物の壁に寄りかかった。息が切れ、体が汗ばんでいる様子が分かる。

 

 

「…大丈夫? そんなに疲れたのかい?」

 

「うう……いやあ、やっぱり義骸って重いんだね…走ると魂魄の時より何倍も疲れる……」

 

 

尻餅をついて建物の壁に寄りかかり、完全にダラーっとした状態の雄次郎。側から見ればみっともない姿ではあるが、幸いにもこの近辺には人の姿はない。雄次郎もそれが分かった上で自由な姿勢をとり、義骸での体力を回復させているようだ。

 

 

「………」

 

 

だらしない様子で体を休めている雄次郎の側で、ユージオはいつものようにゆったりと周辺の通りを見渡していた。このような暗い路地でも、ユージオにとっては飽きない世界の一端。路地そのものに大きな影を落とすほどに大きく、見上げてみればソルスの光を反射して綺麗に輝くガラス張りの建物。それでも視線を地上に戻すと、立ち並ぶ雰囲気はガラリと変わる。なんとなく暗く思えるその印象は、あの高い建物からの影が影響していることは確かだろう。あの高い建物の人々と、この地上に暮らす人々との関係は、果たして……

 

 

「…?」

 

 

少し歩きながら路地の建物を見ていたユージオだが…ふと、建物の中にとある物を見つけた。

ユージオは未だグッタリしている雄次郎の側に小走りで寄ると、肩を叩いて声をかける。

 

 

「ね、雄次郎。あっちの店なんだけど……(プラス)の人がいたよ」

 

「えっ! それ、本当!? どこ!?」

 

「ここを真っ直ぐ行った先。お店の名前はエイゴで僕にはあまり読めなかったけど…」

 

 

グッタリの状態から、急にバッと立ち上がってハキハキとしだす雄次郎。その起き上がりの瞬発さと言ったら、さすが戦闘特訓を詰んでるだけあるとユージオは一瞬思った。だけど、なんとなくその瞬発さを予想できたユージオはあまり驚かずに、雄次郎をそのお店まで案内した。

 

 

実際に辿り着いて見たその店名は、確かに英語でちょっと読みづらい。だが、今度はあの女性達の言葉とは違って雄次郎にもこの店名が示す意味が分かった。あの店名に入っている言葉は、飲食店を示す意味でもあったはずだからだ。

 

ユージオとは違って人目を憚らず自由に壁をすり抜けられる訳ではない雄次郎は、体を低くして目から上だけを店の窓から出してこっそりと店内を覗くことにする、と…

 

 

「……本当だ」

 

 

雄次郎の目に映ったのは、人の姿が二つ分。

一人は茶色の肌をした髪のない男性。奥でコップなどの備品を布でふいている様子が見て取れる。おそらくはこの店の店員だろうか。雄次郎達はこの現世に来てからというものの、店という店のほとんどは何人もの店員と客で賑わっているところばかりだったので、こういう静かな店はなんとなく懐かしさを感じる。かつて尸魂界でバイトしていた、時々しか客も来なかったあの店のことも思い出したりした。

そしてその店にはもう一人の姿があったが、明らかにそれは客の類ではないだろう。店員であろう男性はその人物―比較的短髪の女性に見向きもしない。なぜなら、人間である店員にはその”整”の姿は見ることも感じることもできない。

ユージオがその人物を”整”として認識した理由は至極簡単。体のうち胸から上のみが床から生えているかのごとき状態で、何やら店員の男性の方をジーッと見つめ続けていたからだ。その様相から一瞬地縛霊に分類される整かとも思ったが、遠目から霊圧を探った感じでは特に他の整とは違いが見受けられない。

 

いずれにせよ、地縛霊であろうとなかろうと”整”を見つけた以上、魂葬はせねばなるまい。雄次郎は今日の死神担当である愛梨に魂葬を頼むために伝令神機を取り出...そうとしてふと、考えた。

 

この状況なら、何も愛梨の手を煩わせるまでもないのではないか。普通に客として入店し、椅子の上に義骸を座らせている間に抜け出てて魂葬をすませてしまえばいい——雄次郎は、そう考えた。

基本的に席へ案内された後、店員はこちらから呼ばない限りは注意を向けてこない。義魂丸がない都合上、義骸はちょっとだけ放置することにはなるが、机に義骸が突っ伏してある状態がほんの数分続いたとしても、そうそう怪しまれはしないだろう。流石にそのまま一時間とか長い間続いてしまえば訝しまれるかもしれないが、そこまで魂葬を長引かせるつもりはない。

 

 

雄次郎は、もう一度看板を見上げたのち…ユージオと共に店の中へ踏み込むことにした。

それにしても、Cafe—カフェはともかく店名にあるその前の「Dicey」はどういう意味なんだろうと雄次郎は一瞬考えたが、まだ英語は習っていない単語が多いため、考えたところで分からずじまいであった。

 

 

*

*

*

 

 

「いらっしゃい」

 

 

大きめの木扉を開いて雄次郎達が店内に踏み入れると、一人の店員の声のみが静かに雄次郎を出迎える。多数の店員が声を合わせて出迎えることもなければ、多くの客達の喧騒が店内に満ちているわけではない。どっちが良いか悪いかという話でもないが、ここ最近はそういう賑やかな店ばかりだったので、ちょっと新鮮。

 

とりあえず丸テーブルつきの椅子に腰かけて、視線だけ動かしてザッと店内を確認。店主がいる奥の後ろの棚にずらりと並ぶ飲み物の数々はちょっと驚いた。一瞬飲み物専門店?と思ったが、そういえばカフェというのはそもそも「コーヒー」という飲み物をウリにしているちょっと特殊な飲食店だとも聞いた。それにしても、あれほどたくさんのコーヒーが並べてあるとは、カフェという店はすごい拘りだなと感心した雄次郎。

 

それでいて、店の隅にいる女性の整の位置を確認することも忘れない。体の半分が床に埋まっている短髪の女性は相変わらず一点を見つめている。そう、あの大柄な店員さんの顔を。心なしか、表情もどこか惚けた感じの蕩けた顔をしている。

今雄次郎が座っている場所のテーブルの上には、メニュー表も何も載っていないシンプルな丸机。おそらくあの店員さんに一言伝えれば、どういう食べ物や飲み物が注文できるのかはっきりするであろうが、それは二の次だ。今回の本当の目的は…

 

雄次郎は、テーブルの上で両腕を枕にして頭を寝かせる。何も注文せずに早々に居眠りの態勢に入ったことに対して、心の中で店員に「ごめんなさい」と謝罪を呟く。すぐに魂葬を済ませて何か頼みますからと心の中での言い訳を続けたところで、雄次郎は義骸の背中から抜け出る。内魄固定剤を最小限にしていたお陰で、義骸から抜けるのに苦労は少なかった。

 

霊術院生服を身に纏った、死神見習いの島崎雄次郎の小柄な姿が店内に現れる。もっとも、この店の主人のみは雄次郎を見ることはできないであろうけれども。

 

遠くで見守るユージオを尻目に、雄次郎は整にゆっくりと歩み寄っていく。それでも蕩けた顔の整は気づく様子はない。

その上…

 

 

「あの…ちょっと、いいですか…?」

 

「……」

 

 

声をかけても、肩を掴んで軽く揺らしても…反応がない。

だが、もはやこれは珍しいことではない。()()()の時と同じだ。長いこと誰にも気づかれず、話すこともせず、心が死に、自意識を喪失している状態なのだ。そして、そのような状態における対処の方法も…既に雄次郎は知っている。肩に手を置いたまま、その手を通じてあるものを流し込めば、覚醒を促せる。

 

「あのーっ!!」

 

「っ...!?」

 

ついでと言ってはなんだが、ちょっと大声も追加して確実に気づいてくれるように。

それが功を奏したのかは分からないが…ようやく整の女性の瞳に生気を戻すことができた。

 

そう。この現世で死んだとしても、魂はまだ生きているのだ。

瞳に生気がなかったのには、必ず理由が存在する。

 

 

 

*

*

*

 

 

「わかっているんです。私の姿も、声も、あの人には決して届かないこと…いいえ、例え届いたとしても……あの人にはもう、大切な人がいるのだから、私の想いなんて…決して叶うことはないと」

 

「でもっ! それでも、いいんです! 私はここで、ずっと…ずっと…! あの人を見ていたい! 側にいたい! それだけでいいんです! 私は、あの人と同じ空間で…この店で、永遠に過ごしたいのです! だから…」

 

 

「………」

 

 

目覚めた女性が、一所懸命に想いを様子を雄次郎はただ静かに受け止め、聞いていた。

 

 

 

彼女の理解は、今まで雄次郎が魂葬に関わってきたどの整よりも早かった。雄次郎が思うに、彼女自身が一番気にして、恐れていたことなのだろう。幽霊と化した自分がいつ、『本当のお迎え』が来るのかを。

他の整がもっとも知りたがっていた「死んだらどこへ行くのか」「死後の世界ってどんなものなのか」と言ったことについて、彼女は興味を示さなかった。

 

ただただ、彼女は懇願していた。「ずっとここにいたい」と。

 

今、この店にただ一人食器を整理している店員——いや、彼女の言によれば「マスター」…つまり店主である茶色の肌をした髪のない男性に…彼女は、恋をしているという。いや、彼女自身それを「叶わないもの」と諦めている以上、恋とは別の表現をすべきかもしれない。あえて言うのであれば…「執着」であろうか。

 

雄次郎のことを、いわゆる「死者の世界からのお迎え」だと認識した彼女は、堰を切ったように勢いよく話し始めた。決して伝わることなき想いを抱え続けても構わない。自分はずっとこの場所にいたいと。話しかけることも、触れることも、関わることも、干渉することもできないけれども。それでいいと。

 

 

「最期の時まで、ずっと…同じ場所にいるだけ…! それでいいでしょう? 絶対に、迷惑はかからないはずです! なのでお願いです! どうか、私は……」

 

 

 

 

 

「………お姉さん」

 

「…!」

 

 

今まで無言で話を聞いていた雄次郎は突然、それを遮るように言葉を発した。

ずっと喋り続けていたのもあって、突然の遮りを受けた整の女性は思わず言葉が詰まる。

 

 

「『絶対に迷惑はかからない』……確かに、それが本当ならいいですけど………おそらく、そうはなりません。」

 

「なによ、それ。どういう……」

 

「このままでは、いずれあの人を…アンドリューさんを()()()()殺してしまう可能性が……僕は一番、怖いんです」

 

「なっ……! そんなっ、なにを!?」

 

 

整の女性はその言葉を聞いた瞬間、激昂したかのように声を震わせて叫びかけた。予期していたこととはいえ、雄次郎は内心少しビビった…が、それを臆面に出さずあくまで冷静を装って言葉を続けた。

 

 

「『ずっと同じ場所でいるだけでいい』…あなたはさっき言っていましたが…本当に、そうですか?」

 

「え……」

 

「叶わないと分かっているからこそ、『ずっと同じ場所でいるだけでいい』という気持ちで抑えているだけ。『話したい』『伝えたい』『触れたい』…そういった気持ちは決して、消えることはないはずです」

 

「…………」

 

 

先程までの怒涛の言葉が嘘のように、沈黙する女性。今度は、雄次郎が伝える番へと移り変わっていた。

 

 

「その気持ちは……この現世でずっと抱え続けていると、いつか暴走してしまうんです。『話したい』けど話せない。『伝えたい』けど伝えられない。『触れたい』けど触れられない。叶わない気持ちを抱え続けることは、やがて”負”の気持ちになって、心を喰らい始めるんです」

 

「心を、喰らう……?」

 

「そして、最後には………完全に”負”の感情に喰われて心を失い、胸に穴が空いた怪物…悪霊と成り果てます。僕らはそれを、(ホロウ)と呼んでいる」

 

「………っ」

 

たがだか見た目小学生か中学生くらいの子供が話す言葉なのに、整の女性はその言葉に籠っている重さ、それに…目の前の子が本当に自分を心配してくれている感情といったものが、強く伝わってくる気がした。

 

 

「今のあなたは確かにただの無害な幽霊……僕たちの専門用語では(プラス)と呼んでいます。現世に留まり続けた(プラス)が最後に辿る道は二つだけです。心を失った怪物である(ホロウ)に成り果てるか、その(ホロウ)に喰われてしまうか…それだけなんです。そして、僕が一番怖いのは……(ホロウ)となったあなたが、どのような行為に及ぶか、です」

 

「……………」

 

「心を失う代わりに虚は力を手に入れます。現世で生きる人々や物に干渉できる力を。そして、虚は失った心を取り戻そうとするかのように……生前に愛していた家族や恋人を手にかけることが多いんです」

 

「今のあなたにそのような気持ちがなくとも…虚になってしまえば、ただの理性を無くした怪物です。あなたが今まで理性で閉じ込めていた気持ちが暴走し、アンドリューさんを手にかけてしまう………それはとても怖いことだと思います。あなたにとっても……無論、アンドリューさんにとっても」

 

「……私は、私、は………そんな…」

 

 

彼女の顔が、少しばかり青ざめている。今の話を聞いて思うところは本来様々であろうが、今の彼女は悪い方へと想像が傾きつつあるようだ。自分がこれで良いのだと思い、心の奥底に本当の気持ちを押さえつけたまま存在していた…それだけなのに、既に最悪の未来が待ち受けているなんてこと。想像もしたくないはずだろう。だけど、それを生々しく伝えてきたのは、刀を背負った子供——島崎雄次郎である。幽霊である自分の前に現れて不安な未来を語るその様は、ひょっとしたら彼女にとって不気味なものだったのかもしれない。

 

雄次郎は死神だ。それをそのまま人間が認識すれば確かに不気味なものと思って然るべきである。だが、雄次郎が目指し続けていた死神とは、不気味に人間の魂を脅かすための存在ではない。

 

雄次郎は、かつて決意したその志のため……そして何より、目の前の整のために。

 

「もし、あなたがずっと、アンドリューさんを愛し続ける気持ちがあるとするならば…少し、先に行って待っては見ませんか?」

 

「……え?」

 

 

彼女の手を柔らかく握った。言葉だけではなく、互いの魂が触れ合うことで、より想いが伝わるように。

 

 

「死んだ人が行き着くところは、皆一緒です。尸魂界という場所で、第二の人生を過ごすんです。だから…アンドリューさんに想いを伝えるのは、その時にしませんか?」

 

「何年、何十年後かも分かりませんが……どうかあなたの想いの続く限り、アンドリューさんを待って……探して……そこで、想いを伝えてあげてください。悪霊になって、心を蝕まれるよりも……その方が、あなたにとっても、アンドリューさんにとっても、良いことだと思うんです」

 

 

先に行って、想い人を待つこと。

まだその”先”である世界を知らない彼女が聞いてもそれは……遥かに遠く、思える。

一体何年…何十年先のことになるのか。そもそもの話……可能なのか?

 

時間…時が経てば、本当に、本当に。

触れられるのか。伝えられるのか。

 

 

「それ、は……本当、に…」

 

 

この想いは…本当に、実るのか。

 

 

 

 

 

雄次郎は、ちょっとだけ俯くと…ふるふると、小さく首を振った。

 

 

「…僕からの約束は……ゴメンなさい、できません。それは……あくまで、あなた次第ですから」

 

「………私、次第」

 

 

約束、ではなく……あくまで雄次郎は、死神としての事実のみを伝える。

本当は自分からゆびきりげんまんして、約束したかった。でも…軽々しく無責任な言葉は、逆にその人を傷つけるかもしれないと、ちょっとだけ及び腰になった。

 

 

「僕からできるのは…お願いだけです。あなたのアンドリューさんへの想いを…悪霊へ堕ちる前に、その純粋な気持ちのまま…第二の人生を過ごして欲しいという…お願いです。あなたのために……僕ができることは…」

 

「分かったわ」

 

「これ以外に……あ、え?」

 

 

時間はあまりかけられない。それでも、一筋縄ではいかないであろう説得を成し遂げ、当人に納得してから魂葬を行いたかった……そう、一筋縄ではいかないと思い込んでいたの、だが……。

 

 

「………信じて、くれるんですか? 僕の、言うこと…」

 

「ええ、もちろん。……あなたの手、すごく暖かい」

 

「…あ」

 

 

そ、そういえば……ほぼ無意識に、雄次郎は手を握ったままだった。

思い返せば、ちょっと失礼だったのかとさりげなく手を引いたが…心なしか、目の前の女性からは憑き物が落ちたかのように落ち着いている。

 

 

「自分でもおかしいとは思うけどね……この暖かさで、わかる気がするの。あなたが持つ真摯な想い…私のためを想う、嘘も偽りもないって感じたの……ありがとう、ね」

 

「……っ」

 

 

雄次郎は、その最後のお礼の言葉を聞いて……ほんのちょっとだけ、心臓が跳ねた。

そんな彼を他所に整の女性は、名残惜しそうにその眼を店の店主…アンドリュー・ギルバート・ミルズへと向けた後に、改めて雄次郎に向き直って、微笑む。

 

 

「あなただけじゃない。私は、自分自身を信じているから。私は、あの人への想いを……何年でも、何十年でも、何百年でも……その、ね」

 

「……ありがとうございますっ!」

 

 

彼女が恥ずかしさ等々の複雑な感情の元で微かに頬を染めているのには気づかず、雄次郎はお礼の言葉を伝えた。彼女が自分を、信じてくれたことに対するお礼を。

 

 

「最後に、死神……さんだっけ? 貴方の名前だけでも、聞いていいかな?」

 

「…もちろんです。僕の名前は、島崎雄次郎と言います。まだ死神見習いの身ではありますが…いつかまた、どこかでお会いできればその時は、よろしくお願いします!」

 

 

なにがよろしくなのか自分でもよく分かっていなかったが、とにかく雄次郎は、ちょっと元気に…それでいて礼儀正しく頭を下げた。

 

 

 

*

*

*

 

 

魂葬は、終わった。

雄次郎が義骸から抜け出てから、おおよそ5分か10分か。

 

その雄次郎の義骸といえば、店内に入って何も頼まず席に座って両腕を枕にして寝ている状態……流石に、店主であるアンドリュー氏もチラチラと視線を向けて、気になっている様子である。…が、まだ側によって声掛けしてくる段階までは行っていない。これは雄次郎にとって僥倖であった。

だが、雄次郎が義骸に戻るより前にそんな展開になってしまってはややこしい事になる。魂葬も済んだ今、早々に義骸に戻らなくては……と、雄次郎が義骸に近づいて背中に手をかけたその時。

 

 

義骸の懐から、何か「ピピピピピ…」という機械音が聞こえる。

その音の正体について雄次郎は一瞬で理解すると、背中の手をすぐさま代わりに義骸の懐へ突っ込んだ。

 

そこから取り出したのは……警戒の音を発する、伝令神機であった。

 

 

(……これはっ、虚の出現報告!? まさかこんなタイミングで…!)

 

 

この何日間で一切合切起こりえなかった虚の出現予兆ポイント。それを今、伝令神機が知らせてきたのだ。出現位置も、同時に画面に映されていたが…その場所は愛梨が今巡回しているはずの地域とは真逆。

 

 

(僕が向かう方が、絶対に早い…!)

 

 

通常であれば、虚の浄化は今日死神担当である愛梨が率先して行うべきである。

ただしそれはあくまで、”通常”の場合。

 

自分が急行した方が近い場所の虚に対して、自分の担当じゃないからと黙って手をこまねくほど、雄次郎は怠け者ではなかった。さらに言うのならば、現世に来て初めての虚浄化の任務。やる気が体に漲っていたと言われれば、否定できない。

 

 

(……大丈夫! 普通の虚相手の実戦訓練は経験済みだ! サッと浄化してすぐに戻ってくればいい!)

 

 

虚浄化に頭が一杯になった雄次郎は、そう結論づけてからは行動に迷いはなかった。

()()()()()()()店の扉を開け放ち、外に出る雄次郎。

 

そして思いっきり地面を蹴って、飛ぶ。

空中に漂う霊子を固めて、また飛ぶ。

 

 

上空から虚を探す。

そして、これ以上罪を重ねないよう……浄化するため。

 

 

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カフェバー「ダイシー・カフェ」を営む店主、アンドリュー・ギルバート・ミルズはアフリカ系アメリカ人にして生粋の江戸っ子である。

そんな彼が店に入って席に座るなり、注文突然眠り始めた一人の客に対して、複雑な感情を…いや、半ば”怒り”に近い感情を抱いた。だが、彼が完全に怒るとまではいかなかった理由……それは、店に入った時の様子が、あまりにも不自然であったからだ。

扉を開いて入ってきたあの客を見た時、彼はその客が妙に”緊張”していたのが印象に残っていたからだ。その客の外見的特徴から、”外国に来て”初めて店に訪れた故の緊張かと想像していた。それが、店に入った途端に腕を枕にして睡眠。まるで気絶でもしたかのようにすら思えるほど、突然だった。

 

見方によっては、店の存在理由を履き違えている太々しい若者。だが、入店直後の緊張した様子を思い起こしてみる限りでは、最初から眠る場所を求めてこの店に来たとはどうも考えにくい。不可解…であった。

 

だから、店主はしばし観察していた。この青年がそもそも本当に寝ているのか。何かしらの事情でただ疲れて一時の休息をしているだけなのか。遠目に見守っていた。だが…しばらくの時間の後、店主は結論を出さざるを得なかった。今、この唯一の客は理由は分からないが、完全に眠っていると。

 

そうなれば、このまま起きるまで静観を決め込む…という訳にもいかなくなった。確かに今は店もガラガラでこのまま寝かせておいても支障がないといえば、ない。だが、それでも一応ここはカフェバーであって、無料で椅子と机を提供する場所ではない。その点だけは店のルールとしてしっかりお客に通達するため…店主はバーカウンターから出て、未だ頭をうつ伏せにして睡眠状態にある客へと近づいたその瞬間、

 

 

入り口のドアから、客の来訪を告げるベルの音が……()()()()鳴り響いた。

 

 

反射的に、店主はドアの方へ視線を向ける。

しかし妙なことに……開いた扉の向こうには誰も、いなかった。

 

 

「……?」

 

 

 

思わず店主は、首を傾げる。

さっきのベルの音からして、相当勢いよく開けられたであろうドアは、力を失うようにゆっくりと閉まり始めていた。

 

 

「…イタズラ、か?」

 

 

可能性の一つを口にしながらも、店主は奇妙な客のことは忘れたかのようにドアの方へ向かった。イタズラにしても、こんな店にしょうもないイタズラをしかけるような子供か大人が…いない、とは断言できないが、全く理解の外ではある。少なくともこの店を開いてから、初めての体験ではある。

 

店主は、閉まりかけていたドアの取っ手に再び手をかけて、一度店の外に出てみた。

今のを引き起こした犯人が、ひょっとしたらこちらを伺っているのか……と、一応の確認のつもりでキョロキョロしていた店主だったが……その時、予期せぬ人物を目にした。

 

 

「まさか……いや、流石に違うよな。キリト」

 

「……? なんの話だよ? エギル」

 

 

なんとなしに店に寄るつもりだった黒髪の青年は、何か言いたげな店主の視線を受けて首を傾げていた。

 

 

 

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雄次郎達の伝令神機に入る指令は通常、技術開発局側で感知した虚の”出現予測”を受けてのものになる。予測とはいえ、彼らが提示する出現ポイントの場所と時間はかなり精密で、かつ正確だ。

だが、雄次郎が今回受け取ったのは虚の出現”報告”である。つまり、技術開発側はこの虚の出現を予測できなかったことになる。ベテランの死神ならば、この時点である種の違和感を覚えるところだろうが、雄次郎がそれを察するのは少々無理があった。なにせ、初めての虚浄化の仕事。出発前に重ねた練習ではなく、紛れもない本番の仕事なのだから。

 

しかし雄次郎は……すぐに”別種の違和感”を、感じることになる。

 

 

(霊圧...確かに、感じる。あっちから……って、あれ……?)

 

 

眼下に人間達の街を見下ろせる高所の空中に立った雄次郎の視線は、水平のまま辺りをグルリを一周。

その視界には、虚の姿は映っていなかった。

 

 

霊圧は感じるのに、姿は見えない。

この場合、考えられる可能性は二つ。

 

一つは、この霊圧の持ち主が縛道の二十六番のように姿のみを隠している場合。

そしてもう一つの可能性…それを考えた途端、雄次郎の背中に寒気が走った。

 

 

 

もし……もしも………

あの時のように…*1

 

こんな…まだ視界にも入らないほどの遠距離から霊圧を飛ばしてくる虚がいた、ら…?

 

 

 

十中八九、あり得ない話ではある。なぜなら現世に現れる虚というのは整から虚になったばかりの未熟な虚か、あるいは虚園での生存競争から逃れるために現世のか弱い魂魄を狙う弱小な虚………そんな連中くらいだろうとは、平子隊長による事前の現世での心得講座で学んでいた。

 

だが十中八九とはつまり、絶対ではないと言う事も意味する。

十のうちの八、九はそんな弱小虚だろう。だが、残りの一、二がないとは…言い切れない。

 

 

そしてその一、二の可能性を裏づけるかのように………雄次郎の感じていた霊圧に、変化が。

 

 

(…え、な……! 近づいてくる……!? しかも、相当速い!)

 

 

雄次郎の視線が、定まった。

遠くから朧げに感じていた霊圧の感覚が近づいてくる……その方向を。

 

 

 

 

 

その霊圧の持ち主の姿が、雄次郎の視界に入るまで十秒もかからなかった。

 

 

 

 

 

(コイツ、は……!)

 

 

霊圧の持ち主である正体は、確かに虚であった。

双頭の頭を持つ、巨大な獣型の虚。

 

 

喉の奥から獲物を見定めるかのように、二つの獣の頭がこちらを見つめ、唸り声をあげている。

 

 

その姿を見た時、雄次郎は最初にそれを巨大虚(ヒュージ・ホロウ)だと認識した。

目にしたことはないが、知識として知っている。体の大きさは見かけではなく、通常の虚とは違う上位種として認められている。

 

だが……

 

 

雄次郎の片足が、自然と半歩後ろに下がる。

背中の斬魄刀の柄に、右手が伸びる。

 

 

体全体が、警告を飛ばすかのように微かな震えを帯びてくる。

 

 

 

(本当に…巨大虚……なの…? だって、これ……)

 

 

 

この虚の姿は、今まで雄次郎が見た仮想敵である虚の中では最も巨大で…かつ、最も(いびつ)

 

 

 

 

そして…今まで雄次郎が出会った存在の中で、最も膨大な霊圧だった。

 

 

 

 

かつて相対した…あの更木隊長よりも。

かつて戦った……あの破面の解放状態よりも。

 

【挿絵表示】

 

凶暴なる殺意と霊圧が、雄次郎の前に立ちはだかった。

 




【こぼれ設定裏話 その1】
やたら推しの強い女性達のコスプレサークルのグループに雄次郎君が参入する羽目になり、結果的にコスプレ界で有名になってしまうルートもありましたが、諸事情によりボツとなりました。
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