青すぎる空に疲れただけさ
── アニメ BLEACH OP6 ALONES ──
もういっそ 折れたままで
捨てるほど 逃げ出すほど 強くないよ ほら
── アニメ ソードアート・オンライン アリシゼーション War of Underworld ANIMA──
※本編とは特に関係ありません。
島崎雄次郎は、泣いていた。
声は出ない。ただ、目から涙が粛々と流れ落ちる。
流れ落ちた涙は…暗い、闇の中に消えていく。
今いるここが、どこなのか。
この”闇”がどんな場所かなんて、彼にとってはどうでもよかった。
”自責”と”後悔”
その感情が小柄な体の内側から染み渡り、外側から締めつけるかのよう。
自分の感情に殺されてしまうのではないか。そう感じてしまうくらいに、苦しかった。
(僕の……せい、だ…)
(護れなかったんだ……僕が、僕が弱いせいで!)
体が倒れながらも、固めた右拳を暗闇の地に叩きつける。音は出ない。
爪が食い込み、手のひらに赤い跡がつく。
知らなかった。
自分の力は、一匹の虚から人々を護ることもできないのだと。
知らなかった。
自分が弱いことが、こんなにも苦しく、辛いことだなんて。
雄次郎はただ…自分自身が憎かった。
“力”のない、自分自身が。
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───なぜ、泣いているんだい?
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その時、声が聞こえた。
誰の声なのか。
どこから聞こえたのか。
…分からない。
雄次郎は、考えなかった。
反射的に…半ば、独り言のように、それに答える。
「護れなかった…! 僕が、弱いから! 力が、ないから!」
───”護れなかった”……? 誰を?
「護るべき人がいた…! 現世の人達を、僕は護らないといけなかった! それに、アリスを……! 護れたはずなんだ! 僕が、もっと、もっと…………力があれば……」
───それは、君にとって大切な人?
「当たり前だ! 僕が…護らなければいけない人…大切な、友達なんだ!」
───その人は、君に一体何をくれたの?
「……え?」
今の今まで、反射的に答えられていた謎の声からの問い。
雄次郎は……初めて、反射が止まった。
───何も与えられてないの?
「それは…何も…………いや、そういうわけでも……」
───何も与えられないのに、どうして君はその人を護るの?
「それ、は………いや…ちょっと、待って……?」
「あなたは………誰…? いや、あなたは……ひょっと、して……」
その瞬間、自身の周りの暗闇が突如広がるようにして、視界を覆い尽くしていく。
夢の終わりは、いつも突然だった。
だが、今の”夢”は………
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暗闇が、晴れていく。
いや、正確には自ら瞼を持ち上げて………闇を晴らした。
ぼんやりした視界が焦点を結び始めると、それは…見覚えのある天井と照明。
そして、目がはっきりしてくると同時に……
「雄次郎っ!!」
「起きたのっ!? 雄次郎……!」
両耳に、懐かしく感じる声が聞こえた。
実際にはそんな懐かしく思えるほど時が経っているはずがないのに。
怠い。
体全体が脱力したまま、まともに力が入らない。
そんな中、半ば転がるような感じでなんとか体ごと首を横に動かす。
自分と同じ顔。いや、正確には自分より成長した姿を持つ自分の兄…ユージオの姿が、あった。
心の底から、安堵した表情。まだ鮮明としない意識の中で、兄のこのような表情を以前にも見たなあとぼんやり思い出していた。そう、尸魂界にいた頃の病院で。
雄次郎は、なんとか視線を動かして別の方面を見る。そこでは、微かに涙の跡を顔に残しながらも喜びの表情を露わにしている金髪碧眼の青年……アリス。あの病院の時とは違って、今の自分の目覚めは二人に見守られていた。
二人の顔を交互に見つめた雄次郎は、ぼんやりと思う。
───何が…あったんだっけ…?
それを考え始めた時、雄次郎の心がいやに波打つ感じがした。
そのいやな感じに逆らうように、雄次郎は頭の中の思考を巡らせ、ぼんやりとした靄をはっきりとさせていく。
瞬間。湧き出した。
頭の中に、情景と光景。そして心の中に、焦燥と危機の感情。
突如として弾けるように起き上がった雄次郎は、あっという間もなく隣に寄り添っていたユージオの胸倉を引っ掴んだ。
「うわっ!? ゆ、雄次郎っ!?」
「あ、がッ……」
ユージオが驚いたのはもちろんのこと。だが掴みかかった張本人である雄次郎が、苦しそうなうめき声をあげる。息遣いも、荒い。
「ダメッ! 雄次郎君、君の傷はまだ…!」
「っ……ハァ……ハァ……」
強い腹部の痛みを文字通り痛感してもなお、雄次郎はその手を放さなかった。
下を向いていた顔は、微かに上を向き……その瞳で、ユージオを睨み付ける。
だが、その視線に『憎しみ』の情は少しもなかった。
あるのは……ただの、『必死さ』であった。
「げ……せ…の……」
「…?」
息も絶え絶えになりながら、雄次郎の口から言葉が漏れる。
手は離さず、視線はまっすぐにユージオの目を見つめ、必死に。
「現世……の、人……たち、は……………」
「愛……梨…………は…………」
護るべき人たちの安否を、ただひたすらに案じていた。
「大丈夫」
「全部……大丈夫、だから」
ユージオは必死に縋り付く弟のその手に、自らの手を重ねて…言葉を、紡ぐ。
「僕らは、全部見てた。誰一人だって、死んでもいないし、被害だって出ていない」
「君のお陰…だよ。君が頑張ってくれたから、この世界の人たちも…そして、彼女も」
自らの服を掴む雄次郎の手、そしてその体ごとゆっくりと寝かせ、その顔の視線を誘導する。
下へ、と。
そこでは、微かな寝息を立てて…穏やかな寝顔で布団の中に横たわるとても大切な、友達の姿が。
「あ、ああ…」
認識した瞬間に、雄次郎の体の全てが脱力した。
ずるり、と滑り落ちるように伏せっていく雄次郎の体。ユージオは、あくまで慎重にその体を部屋のベッドの上に誘導する。
既に、今の雄次郎に意識はない。
それでも、さっきまでベッドで横たわっていた雄次郎とは明らかに違う。
とても穏やかで、安定した寝息の寝顔。
頬には一筋の、安堵の涙の跡があった。
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次に目を覚ました時までには、『夢』を見なかった。
そしてその覚醒は、最初のものよりはっきりしたものだった。
「……」
目を開けた雄次郎は、まずゆっくりと上半身を起こす。あくまで寝起きのぼんやりとした感じではなく、あえてゆっくりと。
ズキリ。
皮膚の内側が大きく捻られるような痛み。雄次郎思わず口を引き結ぶが、声は出さずにいた。
右腕を布団の中に突っ込んで、自らの腹部をさすって確認する。感触通り…痛みが走る自分の腹部には、包帯のような布が、数重にも巻かれていた。
上半身を起こしたまま、雄次郎は目を閉じて思い起こす。自分の腹部は、あの戦いで…確かに貫かれた。それを思い起こすと、さらに腹が痛むような気がしたが、それは気にすべきことではない。
今の自分の傷は、痛みこそあれど明らかに治療はされている。一体、誰が…?
「あ、雄次郎…起きた?」
次に彼の耳に入ってきたのは、大分落ち着き払った声だった。
それに対して、雄次郎もまた…穏やかな声で応える。
「…やっと、落ち着いた感じがするよ。ありがとう……兄さん」
お互いに、瓜二つの顔同士が視線を交わす。
二度目の目覚めがこうも落ち着いていたのは、やはり一度目の目覚めの時の……兄の優しい言葉のお陰だった。自分は、しっかりと”護れていた”のだと。その事実を一番最初に教えてくれた兄の言葉が、彼にとって一途の救いだった。
しかし雄次郎には救いの他にも、必要としているものがあった。
それはもちろん、”一体何が起きたのか”という自分の知らない情報。事実。
雄次郎は、ゆっくり部屋の中を見渡した。
ふと、気づいた。敷かれた布団で寝ていたはずの愛梨が、いない。
「兄さん、…愛梨は?」
「ご飯の買い出しに行ったよ。雄次郎、君もお腹空いてるんじゃないかい? 丸一日も寝ていたからね」
そう言われて、雄次郎は初めてその事実に気づいた。言われるまで気づかないのに不思議なほど、自分の空腹感は強かった。思わずお腹をさすり、その度に傷口の包帯の感触が指を撫でる。
…いや、それよりも。
「お腹は空いてるけど…それ以上に、知りたいんだ。僕が……あの戦いに
───どうして、誰一人も死んでもいないし、被害も出ていないのか。
その問いを受けたユージオは…静かに目を閉じた。改めて話すべき内容を頭の中で反芻しているのか…約一分後に、瞼をゆっくりとあげて、小さく息を吐いた。
「もちろん…ただ、あの後に何が起きたのか、僕自身…全部を見たとまでは言えない、けど……僕が可能な限り見たこと、したことまで…話せるだけ、話すよ」
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「あの時、雄次郎君…いや、僕たちが気絶したことによって、始解が解除された。その瞬間に、僕たちは
「運よく、僕の方はすぐに意識を取り戻すことができた。多分、分離した僕の体の方には、戦いの傷や疲労が反映されなかったからだと、思う。だから、僕は咄嗟に具象化して君を受け止めることができた。…アリスが愛梨を受け止めたように」
「だけど…それでひと段落ついた訳じゃない。雄次郎も、愛梨も気を失ってしまったし、僕たちは戦えない。君たち以外の何にも触れることのできない僕たちじゃ、君たちを護ることもできない…」
「僕たちは……凄く焦っていたと思う。虚のあの叫び声がもう一度聞こえた瞬間には、もう二人を連れて逃げることしか…考えていなかった」
「……でも、その瞬間…………急に、虚の声が消えたんだ」
「……消えた?」
「……その時、僕は君のことが心配で、虚からは目は離していた。だけど、虚の声が途切れたことに気づいてすぐ上を見上げたら…虚の姿どころか、それを包み込んでいたはずのアリスの炎ごと、さっぱり消えて無くなっていた…」
「愛梨…いや、アリスは見ていないの?」
「うん。僕と一緒で、虚からは目を離していた。だから、虚が消える瞬間は見ていないって。だけど……その代わり、
「別な、もの?」
「…いや、もっとはっきり言った方がいいよ…ね。僕もアリスも、見たのはほんの一瞬で…断言できるほどじゃないけど……」
「虚が消えた後、僕たちが見たのは…………人、だったよ」
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「に、人間が……虚が消えたところ…って、空中に!?」
「確かに…僕も、アリスも、見ている。話し合って確認した限りだと特徴も一致してるし、見間違いってことはないと思うけど…何せ、一瞬だったから…」
「特徴…それって、どんなの?」
「…まず、後ろ姿だったから、顔は分からない。長身だったけど…髪も長かったし、体型を見ても多分女の人…だとは、思う」
「あの一瞬で、一番…頭の中に残っているのは……白」
「服の裾が足のところまであるくらいに裾が長い……白い、外衣だった」
「長い…白の……え、それって………」
「いや…君たちの世界の”隊長”とは違う…と思うよ」
「僕も護廷十三隊の隊長という人は、遠目から僕も見たことはあるけど…あの人たちは、背中の白の外衣に部隊の番号が書いてあるだろう?」
「でも僕が見たのはただの白…それに、死神達の服じゃなく、普通のズボンと靴を履いていたのも見た…」
「そっか……でも、それじゃ一体…何者……?」
「分からない。僕たちが見たものといえば……それくらいだから」
「…いや、あと……そうだ。もう一つ………その人が、消える直前に…」
「緑色の光が……見えたような…」
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「……実は、虚とその人が消えてからちょっとしたら…愛梨が目を覚ましたんだ。彼女は外傷はなかったけど、霊圧が擦り減っていたせいで衰弱していた。それでも君の怪我が急を要するって言って、愛梨は応急処置をしてくれた…」
「だけどその後、愛梨はもう一度気を失っちゃって…。だから、僕とアリスで二人を背負ってなんとか家まで帰ったんだ。ただ、僕たちはこの世界の物には触れないから、悪いとは思ったけど気絶してる愛梨の手をこう…間接的に使って、なんとかドアを開けて部屋の中に入ってね」
「二人は…それから丸一日は眠っていたかな。それで一度君が目覚めて…またすぐ眠っちゃったよね。それから数時間くらい後に、愛梨が目を覚ました。彼女はぐっすり寝て霊圧も必要最低限回復したからって言って、すぐにご飯の買い出しに行ったよ。まあ…一日以上寝ていたし、彼女も腹を空かせていた…君のことを思ってのことだろうしね」
「彼女が行ってから、すぐかな。君が、もう一度目を覚ましたのは…」
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「………そっ……か…」
兄の話を聞き、時には問いかけ…事態を把握した雄次郎は、小さく嘆息した。
把握した…とは言っても、兄が話してくれた内容には、大きな疑問が二つ、積まれている状態となっている。
異常な強さを持った四頭虚が消えた理由と、そこに一瞬現れた謎の人物。
この二つの謎に、関連性がないとも思えない。
謎の人物については、ユージオが見た通りだとしたら護廷十三隊所属の死神ではあり得ない。
他に…特殊な力を持った人間と言えば、雄次郎達の知識では
だが…滅却師があの四頭虚を滅却したと考えるなら辻褄が合う…とは一瞬思ったが、やっぱり違う。
滅却師がどのように虚を滅却するのかを実際に見たことはないが、いくらなんでも何の音も様子も見せずいきなり消滅させるなんてことができるとは到底考えにくい。もし本当に人影の正体が滅却師だとしたら、滅却された虚が消えていく”様子”くらいはユージオ達が目撃してもおかしくはない。だが実際は、
この場にいる誰もが、解けない謎。
だが…虚が消えたという謎によって、自分たちの命が救われたのは…事実だ。
あのまま虚が生きていたら、仮にユージオとアリスが二人を逃してくれたとしても逃げ切れたかどうか…。
(…今は………喜ぶべき、なのかな…みんな、無事なことに…………でも……)
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「ただいまー……あっ、雄次郎…! 起きたのね! おはよー!」
突然、入り口の方から大きな声が飛んできた。
つい、何も考えず反射的に振り向いてみた…そこには、巨大な半透明の袋があった。
「お腹空いてるでしょ? 並の量じゃ足りないと思って…ありったけ、買ってきたわ。甘味を、ね!」
正確には、巨大な半透明の袋をドサッと床に置いた彼女…義骸に入った愛梨が、そこにいた。
「あ、愛梨……愛梨は、だいじょ…………むぐっ」
「私はいいの! むしろ雄次郎の方が、すごく心配なんだからね! とにかく…」
有無を言わさず、雄次郎の口に菓子を突っ込んで黙らせた愛梨は、次々と霊子変換済の菓子を袋から取り出していく。
「話も何もかも、これを全部食べるまでは禁止なんだから! もちろん、雄次郎なら余裕よね?」
にっこり笑いながら両手に菓子を構える愛梨の姿を見て、雄次郎は咀嚼しながら頷く他なかった。
ただ...その笑顔には、微かな曇りが隠れていた。
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結局、袋いっぱいの菓子を15分ちょっとで平らげた雄次郎は、ようやく愛梨と話をする権利を得た。
「もちろん、私は雄次郎よりも先に事情は聞いてるわよ。そして…今はただ、こうして生きていること、現世にも被害が出てないことに安心するしかないって状況もね」
義骸を脱いでベッドに座り込む愛梨の表情は…さっきの陽気な感じとは違って、失意の感情を隠せていなかった。
愛梨も…雄次郎と同じく、納得しているわけではないのだ。自分の力では、虚から現世を守れなかったという事実。何が起こったかも分からぬ謎の出来事のお陰で、辛うじて自分達が”死神見習い”として有れることを。
「……ねえ、愛梨」
「…………なに?」
「……悔しい」
「悔しくて…悔しくて……胸も、喉も…苦しいんだ……」
「…僕たちは……ひょっとしたら……まだ」
喉から絞り出すように声を出す雄次郎を、愛梨は軽く手で遮った。
「雄次郎。…私だって、同じよ。悔しいのも……苦しいのも…」
「でも…その言葉だけは言っちゃダメよ」
「覚えてる? 私達は護廷十三隊…京楽総隊長に実力を認められて…今、ここにいるのよ」
「自分の力を疑ったら…それこそ、京楽総隊長や平子隊長……信じて私たちを送り出してくれた多くの人々の判断を、気持ちを……間違っていると、そう言うのも同然になるわ」
愛梨の戒めのように聞こえるその言葉は…励ましと慰めの意味が、強く込められていた。
それが分からない雄次郎ではない…が、それでも尚、雄次郎の心は晴れない。
「…違うよ、愛梨」
「僕たちは…期待を、裏切っただけだよ。京楽総隊長の…護廷十三隊の人たちの、期待の気持ちを…」
「………」
失意の声。
愛梨は…それに、反論できる言葉は見つからない。
自分たちが、なぜ生きているのか。
なぜ生きていたはずの虚が、突如として消えたのか。
一瞬見えた白の人物は、何者なのか。
それらは、解決できない以上…彼らにとっては、どうでもよかった。
ただ一つ。彼らにのしかかっていたのは…雄次郎と愛梨だけでは、虚を止めることはできなかったという事実。
───結果だけを見れば、被害も出ないまま命も失わずに済んだ。
───だけど、それは自分達の力ではない。自分達の力は、死神として及ばなかった。
───自分達には……本当に、今この場にいる資格があるのだろうか?
食べ終わった大量の菓子の袋を前に、雄次郎と愛梨は相変わらず視線を落としたまま……無言で座り込んでいた。そんな院生達の姿に…二人の兄姉達は、かける言葉も見つからずに…具象化したまま黙って、見守る他なかった。
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その叫び声に、三人の肩は突然跳ね上がった。
静寂を切り裂くような叫び声……の持ち主は、顔を青くした島崎雄次郎…だった。
「…あの、戦いから……もう、一日経ってるって……そう、なんだよねっ!?」
「あ、ああ…そう、だけど…?」
戸惑いながらも、ユージオが答える。そして、それを聞いた雄次郎は…激しい焦りからか、髪をグシャグシャにして頭を抱える。
「マズい…! 僕の義骸、あの現世の店に置きっぱなしだっ! 戦う前から、ずっと…!」
「えっ…ぎ、義骸を…!? ちょっと待って! それ、初耳よ!」
愛梨とアリスの視線が、バッとユージオの方に向けられる。厳しい視線を受けたユージオは…ぎこちない動きで、頷いてみせた。
この事態は、仮にも現世駐在任務を預かる死神見習いの二人にとっては致命的な事態だ。しかしユージオは…大切な弟である雄次郎の心配からそこまで気が回ってはおらず、思い出したのも今になってだった。
「ちょっと…大変なことかもしれないわね。空の義骸は、できる限り放っておかないようにしていたのに…」
「…虚をすぐ倒して、すぐに戻るつもりだったのに…どうしよう…! あれだけ長い時間、義骸を人間の店に放置してたら…!」
丸一日以上、眠ったように倒れる人。魂の入っていない精巧な偽物の抜け殻だとは、現世の人々は知る由もない。そんな人を見たら、現世の人たちはどうするのだろう。
「私達の常識に則れば…そんな人がいたら、すぐさま綜合救護詰所まで搬送するわよね。現世なら……そう、確か、”病院”って名前の治療所に」
「どうしよう、病院って確か…人間に扮している間は、極力世話になる事態は避けるべきって、平子隊長は言ってたのに…! 場合によっては、身分証の確認とか厳密に行われちゃうからって…」
今までの暗く、重い雰囲気は…消え去っていた。
だが、目の前の状況は好転した訳ではない。
解決できない問題による失意の絶望よりも、
新たに判明した問題の解決に向け、焦りの雰囲気が新たに形成されただけだった。
解決できない問題を諦めるよりも、解決しなければならない問題を考えなければならない。
今まで以上に、状況は悪化したと言ってもいい。
その悪化した状況を、一つの”音”が切り裂く。
焦りの雰囲気に包まれていた四人の肩は、大きく跳ね上がった。
それは”チャイム”という名の、機械音。
「…すいませーん!」
次いで、この部屋の空間に響くのは、全く知らない人の声。
それが聞こえる方向に、四人は一斉に顔を向けた。
ドアの向こうから聞こえてくる、全く初めて聞く男性の声。
「なんか、凄い叫び声しましたけどー……大丈夫っスかー?」
「お困りでしたら……アタシでよければ、何かお手伝いしましょうかー?」
その声は。
その人物は。
今の二人…いや、四人にとって。
救いとなり得る人物であったことは、間違いなかった。
「こちら、出張・浦原商店! 大概のことなら、お助けになれると思うっスよー」