元人工フラクトライト達と二人の死神物語   作:り け ん

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例の如く字数の割に話があまり進んでないですが
キリがいいのでここで。


第五十二話 運命の病院

「なるほど…お話は大体分かりました。確かにそれは大変だったでしょうねー」

 

 

言葉の割には、あまり大変に思っていないような声色であった。

 

室内であるというのに縞模様の帽子を目深く被り、現世では珍しい甚平という和風の格好。胡座をかいた前に杖を横たわらせながら、扇子でパタパタと顔を仰ぐこの男性。

 

 

 

雄次郎と愛梨は、当然初対面である。

 

だが、ドアの向こうからその男性が名乗りを上げた瞬間…愛梨が一瞬でドアを開けて、招き入れてしまったのだ。その一瞬のうちに、ユージオとアリスは咄嗟に斬魄刀の中に避難した。もはや手慣れたものである。

 

外見で人を判断してはいけない。そう分かっていても…雄次郎は正直、目の前の男性に対して100%の信頼を寄せることはできなかった。主に、見た目の胡散臭さが原因ではあった。

 

 

 

目の前の男性に聞こえないよう、雄次郎は体を斜めにして隣の愛梨にコソコソと話しかける。

 

 

「ね、愛梨。この人が、本当に…?」

 

「檜佐木さんから聞いたことある風貌通り…間違いないわ。教科書にも載っている…霊王護神大戦において多大な貢献をした元十二番隊隊長…浦原喜助さんよ」

 

 

その名前は、愛梨の言う通り教科書に載っていたため、雄次郎も知っている。ただ、教科書には写真が載っていなかったため、正直まだ信じきれていない部分があった。ただ、愛梨がその容姿を間接的にでも聞いていたからこそ、雄次郎も目の前の人物が教科書に載るほどの偉人、浦原喜助であるという現実を受け止めることができた。

 

一方の愛梨は、あくまで礼を尽くした態度として正座のまま客人に向かい合う。

 

 

「それにしても…突然の来訪、とても驚きました。浦原さんがお店を営んでいる場所って、ここから近いんですか?」

 

「いやあ、アタシのお店はちょっとここからは遠いんっスよね。実は私がこの近辺に来たのは半分は別件で…もう半分は、お二人に会いにきた…って所っスかねー」

 

「へ…浦原……さん、が、僕らを?」

 

 

かの偉人が、自分たちのような現世任務体験学習中の死神見習いを訪ねてくる。その理由は雄次郎にはパッと思いつかない。単なる物珍しさで来るにしても、この人はそれほど暇なのだろうか…?

 

 

「ええ。なにせ、アタシの試作商品を使って頂いてる…言わばお客様みたいなものっスからね。ご挨拶のひとつも伺うのが礼儀というものでしょう」

 

「試作商品…? 僕らが…使ってる、ですか?」

 

「あら、お聞きではなかったですか? 今回の現世任務体験学習で使われている道具のこと。実はそのほとんどが、今後の現世駐在任務の改善のためにアタシがプロデュースした試作商品が使われてるんスよ?」

 

 

その言葉を受けて、顔を見合わせる雄次郎と愛梨。正直初耳である。

 

だが…そう言われてみれば、なんとなく思い当たる節がある。瀞霊廷での石和先生の言葉が脳裏に蘇ってくる。

 

 

──今回の申請書は特別式でな、手引書にはない項目があったりするんだ。

 

──以前から、現世駐在任務の制度や仕事環境改革が護廷十三隊で取り沙汰されていてな。今回の現世駐在任務体験が、そのプロトタイプとして活用されることになった。

 

 

現世駐在任務は、彼らにとってはもちろん初めて。

 

だが、今回の任務内容が通常と異なることは、なんとなく感じ取ってはいた。そして、具体的にどう違うのか…ということを知ったのは、今だった。

 

 

「義骸 内魄固定剤 義魂丸に記換神機 伝令神機…ま、その他もろもろっスね。全部って訳じゃないっスけど、浦原商店プロデュースの商品には全てこっそりマークが印字されてたりするんすよ。と、いう訳で……」

 

 

指折りながら自分の商品分類を数えていた浦原が一時中断して懐から取り出したのは…二種類の色が違う瓶。

 

それぞれには、なんとも言えない模様が描かれた謎のラベルが貼りつけられている。

 

 

「この任務体験終了後で構いませんので、浦原商店プロデュース商品の使用感の感想をお聞かせ願えればと思います。その対価として、先にこちらをお渡ししておきます。お二人とも、どうやら消耗しておいでのようですからね」

 

 

雄次郎の方には、錠剤の入った赤い瓶。愛梨には粉薬の入った青い瓶が手渡される。それぞれに貼られているラベルには確かに「浦」の字入りの文様に加え「ウラハラ印」と書かれている。いや、それよりラベルの中心にデカデカと書かれてる謎のマークは…?

 

 

「こっちの錠剤は一時間ごとに一錠ずつ飲んでください。それくらいの傷なら夜になる前に回復するでしょう。こっちの粉薬は食後に大さじ一杯分ほど飲んでください。ただし、充分に霊圧が回復したと感じたら服用はストップして下さい。どんな薬も、過剰摂取は厳禁ですからね」

 

「あ、ありがとうございます…。えっと、あの、このマークはどういう意味が…?」

 

「ああ、気にしなくて大丈夫っス。店舗での商品管理分類上で付けてるだけのマークっスから」

 

「そう、ですか…?」

 

 

そのマークでは現世や尸魂界においても不吉の象徴と言われる「ドクロ」のマークだとは露知らずの二人は、お礼を言って薬の瓶を受け取った。雄次郎に怪我治療のための薬、愛梨には霊圧回復の薬と、それぞれの状況に的確にあった薬を、だ。自分たちの怪我の状況までも話した訳ではないのにも関わらず。

 

 

「さて…ひと段落したところで、話を元に戻しましょうか。確認しますと…『空の義骸を一日以上人間の店に放置してきてしまった』…それ故に、何かマズい事態になっていること……それが心配なんスね?」

 

 

「「………」」

 

 

二人は、揃ってコクリと頷いた。そう、目の前の浦原さんにはそのことしか話していない。「なぜ空の義骸を1日以上放置していたのか」「なぜそれほどの怪我と霊圧消耗をしているのか」は一切話していないし、聞かれてもいない。もっとも、怪我や霊圧消耗の一切を話していないのにも関わらず適切な薬を渡してくるほどに観察力の優れた浦原のこと。ひょっとしたら、ある程度の予測や想像ができているからこそ、深掘りしてこないのかもしれない。

 

 

「お二人の心配も分かります。もし、今回の義骸が今まで現世任務で使われていた汎用タイプだったら、ちょっとした騒ぎになっていたでしょうね」

 

「騒ぎ…というと?」

 

「義骸は人間達からは『死体』と認識され、場合によっては…腐敗が進む前にと、すぐに火葬されてしまう。そうなってしまえば、その義骸で活動するのは二度と不可能になるでしょう。色んな意味で」

 

 

サラリと言い放ったその言葉に、雄次郎は心臓が飛び跳ねる思いであった。もしその通りになってしまったとしたら、義骸をプレゼントしてくれた平子隊長に合わせる顔がないというもの。しかし、浦原が前提条件と話していた『もし、今回の義骸が今まで現世任務で使われていた汎用タイプだったら』という言葉に、雄次郎は一筋の救いを見出した。

 

 

「いやあ、ですがお二人は運がいいっスねー。あなた達が使ってる浦原商店プロデュースの義骸はあらゆる事態を想定して作った新型。そういう事態にならないように、対策はしっかりとしてるんスよ」

 

「ほ、ほんとうですかっ!?」

 

 

自分が見出した光明は正しかったのだと、思わず雄次郎は身を乗り出した。一方の浦原は裾から取り出した扇子を取り出してパタパタと扇ぎつつケロッとした声で話を続ける。

 

 

「アタシの開発した”携帯用義骸”の新型は、仮に魂魄のない空の状態でも心臓や血流、呼吸系統の動きが止まらないように精巧な偽装を施しています。人間達にとってはその義骸は死体ではなく、『ただ眠っているだけの人間』のように見えるでしょうね」

 

「ですが、それほど楽観視できる状況でもありません。丸一日以上、目を覚まさない空の義骸は、間違いなく病院送りにはされてるでしょう。多少の検査でしたら偽装がバレる可能性は低いですが、人間の技術は侮れません。精密検査でもされたら、その義骸が『異常』であることが悟られる恐れもあります」

 

「「…………」」

 

 

最悪の事態ではない。しかし、安心だと胸を撫で下ろせる状況でもない。

 

浦原の言っていることを要約すれば、「しばらくはごまかせるが、時が経てばごまかしの聞かない状況になる可能性がある」ということ。ならば、一刻も早くその義骸を回収しなくてはならないことを、二人の院生は察した。

 

 

「…義骸は、現世の病院に運ばれたんだと思います。多分…あの店の人によって。だから、もう一個残っている義骸を使って、その店の人から…どの病院に運ばれたかを聞いた方が…」

 

「あー、大丈夫っスよ。そこまでやらなくても」

 

 

必死で自分なりに考えた”すべき行動”を浦原に相談しようとするも、その言葉は途中で言葉と扇でアッサリと一刀両断。

 

 

「言ったでしょう? “お二人は運がいい”って。…伝令神機、貸していただいてもよろしいですか?」

 

 

またもや二人の院生は思わず顔を見合わせる。一瞬だけ躊躇した雄次郎ではあるが、愛梨の方はその躊躇の隙を縫うかのようにすぐさま伝令神機を取り出して、浦原に渡した。

 

 

当の浦原は「ありがとうございます」と言いつつ、受け取った伝令神機をピッ、ピッ…と操作していく。そして十秒も経たないうちに、浦原は手首を返して伝令神機の画面を二人に見せた。

 

 

「ほら、今も義骸は無事ってことがよく分かります。これこそ、伝令神機の隠し機能の一つ。霊具追跡レーダーっス!」

 

「え? …あ、この真ん中の赤い点……? いや、これが僕たちの位置…だとしたら…」

 

「右上にある黄色い点…それが今、義骸がある場所を示している…そうなんですね!」

 

「ええ。ご明察の通りです」

 

 

確かに伝令神機の画面には、蜘蛛の巣のように広がった網目状の交差線と、その中央に赤い点。右上に黄色い点が表されていた。”レーダー”というのがモノを探すためのものだとしたら、自分の位置と探すモノの位置を表示させているということは、想像に難くない。

 

 

「伝令神機から一定以上離れた道具の場所を示してくれるレーダーっス。道具の一つ一つには発信機が埋め込んであって、それを感知するって訳です。ま、伝令神機そのものを紛失してしまったらどうしようもないので、それだけは気をつけてくださいね」

 

 

そう言われて、院生二人は改めて浦原のボタン操作を複数回見ることで、その”霊具追跡レーダー”の起動のさせ方を教えてもらった。浦原が”隠し機能”というだけあって、普通のボタン操作ではまず気づかないようなものだった。どうせだったら最初からちゃんとした説明書があればいいのに…と、雄次郎は一瞬思った。

 

 

「ありがとうございます。浦原さん! 場所さえ分かれば、後は義骸を回収するだけ…」

 

「おっとっとォ、それはちょっと性急な考えですね。アリス…いや、茅野愛梨サン」

 

「え……? 私…名乗りましたっけ?」

 

「いえいえ、浦原商店プロデュースの新作を使ってくださってる方々のお名前くらい、どちらも既に把握してますよ。ねえ、ユージオ…もとい、島崎雄次郎サン」

 

「は、はあ…それより、”性急”っていうのは…?」

 

 

不祥事の元となりかねない義骸を一刻も早く回収したい雄次郎にとっては、教科書上の偉人に自分の名前を知られているというよりも、義骸回収を押し留めるかのような浦原の言葉が非常に気になった。

 

 

「簡単な話っス。今、当の義骸は貴方達の推測通り、病院で人間の管理下に置かれています。その状態で義骸を回収するというのは少々難儀ですよ。人目を忍んで取り返した暁には、病院から患者が脱走として騒ぎになってしまいますよ。下手したら警官による手配が回ってしまいます」

 

「……だったら、普通に義骸に入って意識が戻ったフリをすれば…」

 

「そのまま帰してもらえる…と思うのはツメが甘いっスよ。少なくとも医者から許可が出るまで退院は叶いませんし、おそらくは山ほどの検査が待ち構えているはずっス。その時に義骸の異常性を感知されたらおそらく永久に病院から出られなくなりますよ」

 

「………そんな」

 

 

浦原が話す状況の難しさ…実際は少々誇張して話してはいるものの、院生達に、危機感を抱かせるには充分な話ではあった。

 

雄次郎の脳裏にある言葉が思い浮かぶ。現世に赴く前に、平子隊長から教えてもらったこと。

 

 

 

──せやけど現世の人間の機械技術をナメたらアカン。人を一人や二人どうにかしたところで、機械の監視まで全部どうこうするのはまず無理や思っとった方がええ

 

 

 

現世の人間の監視技術の凄さ。一度義骸が”意識不明の人間”と認知されてしまったら、それを自由な身にするという行為がどれほど難しいことなのか。考えもしなかった。雄次郎は思わず唇を噛みしめる。自分の一度のミスが、これほどの大ごとになってしまうことへの、後悔の念が。

 

 

「な・の・で、この場合ベストな方法は…すなわち…………”島崎雄次郎という人間の入院をなかったことにする”…これで行きましょう!」

 

「「……へ?」」

 

 

理解が追いつかなかった。

 

思わず惚けた顔を晒してしまった二人に対して、浦原は少し可笑しそうな素振りを一瞬だけ。その後、真面目な顔に戻ってパチン、と扇を閉じた。

 

 

「失礼しました。より具体的に申し上げましょう。”島崎雄次郎の義骸を確保した後に、広範囲型記換神機を用いて病院の人々の記憶を書き換えた後に、痕跡を完全に消すために病院内の書類記録も改竄する”…とまあ、こんな具合っスね」

 

「こんな具合って…それ、とても大変な作業じゃ…」

 

「確かに、手間はかかりますし大変ではあります。でも、波風立てずに義骸を回収するためにはこの方法が一番なんですよ」

 

 

それしか手はない。そういう雰囲気すら感じさせるほどに、その言葉には重みがあった。浦原は床に置いた杖を手に取って、ゆっくりと立ち上がる浦原。

 

 

「それでは…アタシは店に戻って、広範囲型記換神機の用意をしてきましょう。その間、お二人には…情報収集をお願いしてもいいですか?」

 

「え、あ、いや、その……え?」

 

「その”霊具追跡レーダー”を辿っていけば、義骸が今どの病院にあるのかが分かるでしょう。必要な情報は、その義骸が病院のどの病室にいるのか。1日でどういう医者からどういう検査を受けているのか。可能であれば、患者の情報カルテが纏めてある場所等も分かればスムーズに行くでしょう」

 

「あの…ちょっと、待ってください!」

 

 

トントン拍子に話を進めていく浦原に慌てて待ったをかけたのは、雄次郎であった。それに応じて一度話を断ち切って、首を傾げる浦原に向けて、雄次郎は懐疑的な含みを持った声をかける。

 

 

「あの……助けて、くれるんですか?」

 

「ええ。そのつもりっスよ」

 

「……その、僕たち…あまり、お金とかは……」

 

「ああ、心配はご不要ですよ。今はそういう対価を求めるつもりはありませんから」

 

 

杖を片手でぶらぶらさせながら、浦原はあいも変わらず飄々とした雰囲気で語る。

 

 

「今回の処理の対価は、さっきお話ししたのと一緒です。今の任務体験終了後に浦原商店プロデュース商品の使用感の感想を頂ければ、それで充分ですよ。そして…もしよろしければ、今後も浦原商店をご贔屓にしてくれれば、なおありがたいですねー」

 

 

そう言って浦原は踵を返し、部屋の扉に手を掛ける。

 

 

「それでは、アタシは準備のために一度失礼します。お二人も万全の状態でないようですし、病院の情報収集は今すぐにとは言いませんが…急いだ方が、良いと思いますよ?」

 

 

浦原の姿が扉の向こうへと消えた後…少なくとも数分間、雄次郎も愛梨も一言も発することはなかった。

 

 

 

回収できなかった義骸の現状。

 

それを解決するための手段。

 

それによって自分達がすべきこと。

 

 

 

突然来訪した一人の死神の語った、たった十分ほどの話で様々なことが明らかになったが故の急展開に、ちょっと二人の頭が追いついていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

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とはいえ、心の整理が着いた後にはやることは一つ。

霊具追跡レーダーを頼りに病院を見つけ、義骸のありかを突き止めることだ。

 

 

「ここ……で、間違いないかな。たぶん」

 

 

霊体状態で右手の伝令神機を握り締めながら、雄次郎は目の前の建物を見上げた。

真っ白で、丸い外縁が特徴的な大きい建物。さらに首の角度を上げて建物のてっぺんを見ると、赤地に白の十字マークと共に「西東京中央総合病院」の文字。

 

 

 

レーダーの反応は、この建物に義骸があることを示唆していた。

浦原さんや雄次郎達の予測通り、やはりその場所は病院であった。

 

 

「うーん、窓から入れたら楽だけど…流石に開かなそうだし、仮に外から開けた時に人がいたら…絶対怪しまれちゃう…よね」

 

 

窓から入れたら楽、というのは今雄次郎は空中に立っているが故である。霊体の状態で地上にいると、背中等の死角から現世の人間にぶつかったりする可能性があるからだ。なので空中から病院の二階の窓を入り口として侵入…ができれば良いかと考えたが、結局は却下することにした。

 

ちなみに今、ここには雄次郎一人で来ている。いや、正確には背負っている斬魄刀の兄、ユージオと二人で。

 

腹部の怪我の痛みはほとんど引いている。これは、浦原さんからもらった妙なマークの錠剤のお陰とも言える。一粒飲んだだけで、びっくりするくらいに痛みが引いたのだ。それに痛みだけではなく、愛梨曰く傷ついた体組織の回復までできているらしい。「私の回道より治癒能力高いんじゃないかしら…この薬」と、愛梨は複雑な表情で呟いていた。

 

何にせよ、雄次郎は薬のお陰でこうして外出できるまでは回復した。戦闘をこなせる程か、と言われるとちょっと不安にはなるが…とにかく、この義骸の確認作業に愛梨を伴わなかったのは、半分は雄次郎とは違って容易に回復し難い霊圧を抱えた愛梨に気を使って。もう半分は、自分への戒めである。

 

雄次郎は、現世に来てからの自分の不甲斐なさを…この上なく、悔いていた。

 

 

現世活動において肝心な義魂丸を持ってくるのを忘れる。

 

任務では、巨大な虚一匹を討伐することもできない。

 

そしてその結果、義骸を見失ってしまう羽目に。

 

 

愛梨から言われた通り、起きてしまったことを悔いたって仕方のないことは分かってる。だが、最低限その始末だけは自分でつけたかった。既に浦原さんという外部の人の協力が必要な状況にはなってはいるが、ならば自分にできることなら全て、自分で終わらせたい。

 

 

決して消えない悔いと償いの思いを抱きながら、雄次郎は階段を降りるようにゆっくりと空中を降りていきながら、着地する。そして、病院の前の透明なドアの前まで歩いて近づいた。透明なドアは現世に来てからは見ることが多い。かつて尸魂界で見た二番隊隊舎の自動で開くドアが多かったが、この病院の透明なドアは取っ手が付いていることから、手動で開けるものであることは明らか。

 

 

一応、霊力のある自分の霊体なら現世の物体に触ることはできる…が、現世の人から見たら勝手に手動のドアが開く怪異現象となってしまう。なので、こういう手動のドアを前にした時は、誰か人間が入るのに便乗して侵入するのがいつもの手口であった。

 

 

なので、誰か病院に入る人間でもいないかと、雄次郎は病院のドアの前からズレて、クルリと後ろを振り向いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一人、こちらに歩いてくる人間が、いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒髪の、青年。

 

 

 

 

黒髪自体は、この現世においては珍しくもない。

普通の、人間だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………え……っ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だけど、その普通の人間が、近づいてきて。

その顔が見える距離に来た瞬間、喉奥から、声が出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なぜ?

 

どうして?

 

 

どうして…あの人が、現世に?

 

 

 

 

 

 

 

 

間違いない。

 

 

かつて見た”記憶”と、同じ顔。

同じ、人物。

 

 

 

 

 

信じ難い。

けど、否定することができない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こちらに一切の視線を向けることはなく、ただ病院へ向かって歩くその姿は。

その人は。

 

 

 

 

 

 

 

「……………キ…リト、さん?」

 

 

 

 

 

 

 

その名前を、無意識ながら口に出してしまったことを、雄次郎はすぐに後悔することになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なぜなら……その瞬間に、具象化してしまったからだ。

その声を聞いてしまったことが、おそらく、原因で。

 

 

 

敬愛する、自分の兄が。

 

 

 

確かに、この二人を会わせることは……現世に来た目的の一つ。

だけどこんな形で二人が会うことは…全くの想定外で、かつ…不本意なものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

具象化した青年、ユージオは……その目を一杯に見開いて…

震える声で、呟く。

 

 

 

 

 

 

 

「………キリト…?」

 

 

 

 

 

 

 

だが、青年はユージオの”姿”にも”声”にも何一つ、反応をすることはない。

 

 

そのまま、神妙そうな様子の青年………キリトは、具象化したユージオの体をすり抜けて、病院の中へと入っていく。

 

 

 

 

 

 

 

そのすれ違いの瞬間は、

 

 

ユージオにとっても、

 

雄次郎にとっても、

 

 

無情な現実と言わざるを得なかった。

 


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