元人工フラクトライト達と二人の死神物語   作:り け ん

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今回も気持ちを整理しあうだけの回です。


第五十四話 緊急会議と表裏の吐露

時刻は、まもなく夕方に差し掛かろうとしている頃。霊術院生の愛梨は、マンションの部屋で待機していた。赤みが差した日の光が床に置かれた伝令神機を照らしている中、同じく床に座り込んだ愛梨は難しい顔でその伝令神機を見つめていた。

 

 

「……むう」

 

 

口をへの字に曲げて、彼女が伝令神機を見つめているのは理由がある。

と言っても複雑な理由ではなく、単純に心配しているだけなのだ。…同級生、島崎雄次郎の。

 

現世駐在任務体験。実際には霊術院生間だけでの内緒の任務もあったため、そう簡単にはいかないだろうことは予想していたが、それにしても予想外のトラブルが多かった。

義魂丸を忘れてしまったのは、役割分担でどうにかなるとは思った。しかし…初めての虚浄化任務では二人揃って敗北を喫した結果、義骸を人間の店に一日中置き去りにしてしまい、病院へ搬送されてしまった。義魂丸を忘れてしまったことが、こんな形で響いてしまった。

 

雄次郎は今、大分参っている。義魂丸を忘れた張本人であり、それが原因で大事になってしまったために、強く責任を感じてしまったようだ。

実を言えば、責任なら愛梨だって感じている。そもそもあの日虚の浄化の担当だったのは自分…愛梨なのだから。自分が速やかに虚を浄化できていれば、こんなことにはならなかった。

だが、それでも責任を重く受け止めている雄次郎は、浦原さんが提示してくれた『義骸奪還作戦』において真っ先に名乗りを上げた。自分が率先して、この作戦を決行するのだと。ただ、この作戦はどちらかというと浦原さんのやり方や機器が主体で、院生達はお手伝いだけでいいらしいのだが…それでも、雄次郎はそのお手伝いを一人でこなすと言い張ってきかなかった。

 

愛梨は、大人しくその主張を受け入れることにした。ここでお手伝いについて張り合うよりも、大人しく雄次郎に任せた方がスムーズだと冷静に判断した結果だ。下手に責任を引き摺ったままよりは、それを解消させる気持ちにさせた方が建設的というものだと思った。なのだが…

 

 

「遅い……大丈夫かしら、雄次郎」

 

 

今日の『義骸奪還作戦』におけるお手伝いの内容は、”霊具追跡レーダー”を頼りに義骸が搬送された病院を突き止めて、更に義骸が寝かされている部屋を明らかにすることだ。病院が多少遠かったとしても、こう何時間もかかるものではないと思っていたのだが……。

 

 

「もしかして、何か…………ん?」

 

 

心配と不安で難しい顔をしていた愛梨だが、ふと肌に感じる霊圧に反応してガバリと立ち上がった。

霊圧感知がまだ未熟な愛梨でも、これは間違えようがない。クラスメイトの、島崎雄次郎の霊圧。

 

ようやく帰ってきたのかと思った…のだが、その霊圧が酷く荒れているのに気づいた瞬間に。

 

 

非常に大きな音を立てて、部屋の窓が勢いよく開かれた。

その勢いと音の大きさたるや、ガラスが割れなかったのが不思議なくらいだが…そんなことよりも外から二階の窓を開けた人物とは、もちろん…

 

 

「ゆ、雄次郎…どうしたの、そんな」

 

「愛梨、緊急っ! すぐに来て! いますぐっっ!」

 

「えちょっとどうし、きゃぁ!」

 

 

明らかに切羽詰まった様子で窓から部屋に突入してきた雄次郎は背負っていた斬魄刀をベッドに放り投げつつ、愛梨の胸元に手を伸ばして斬魄刀を背負うために体に掛けていた紐を外して、斬魄刀を同じくベッドに投げた。

そして…愛梨の手を半ば無理矢理に引っ張って窓の外へ連れ出そうとする。

 

雄次郎らしからぬ、乱暴な行動。愛梨の体に勢いよく掴みかかったのも、二人の斬魄刀を放り投げるのも。別人のように荒れた行動に、愛梨はリアクションを取る暇もないままにひきづられて窓の外…そして屋上に連れられていく。頭には大量の「!?」マークを浮かべながら。

 

 

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「えーっ!? 嘘っ!? そんな、キリトさんが!? 病院で…!? しかも義骸を見てたって、それ…!」

 

「そう!しかも、兄さんに…見られちゃったんだ! キリトさんの姿を!」

 

「あ、ああ…それは……! って、ちょっと待って…キリトさんは、ユージオ兄さんの姿は…」

 

「見えてない! キリトさんには霊力はなかったんだ、だから兄さんはキリトさんに気づかれることも、話すこともできずに、ずっと呆然としていて…!」

 

「う、そ、そうなるわよね…。ええっと、キリトさんは霊力はなくて、現世にいて、病院で......というか、どうして病院なの? なんで義骸のことを…それにそもそも、キリトさんはアンダーワールドにいるはずで…ああもう! 分かんなくなってきた!」

 

 

いつもの会議場所である屋上にて。ワアワア言いながら二人の院生が叫び合っている。

やっていることは事実確認にすぎない、のだが…その事実があまりにも衝撃的すぎて、話す側も話された側も軽くパニックになっていた。お互いに訳が分からなくなりながら、明らかになった事実をただ口に出し合っているだけ。

 

そしてそのパニックが一旦鎮火する頃には、二人の喉はカラカラに乾いていた。

 

 

「はぁ…はぁ……ゔぅ……喉、痛い」

 

「んんっ…はあ………ま、待って…一旦、そう、一旦整理しましょう…情報」

 

 

二人して仲良く喉を押さえつつも、とりあえずは明らかになった情報の整理を愛梨が提案する。雄次郎も無言で頷きつつ賛同し…改めて、霊術院生達が確認した事実は。

 

 

・キリトさんが、現世にいる。

・キリトさんは、雄次郎の義骸が病院に搬送されたことを知っていた。

・キリトさんに霊力はない。

・キリトさんは、少なくとも「ユージオ」の記憶がある。(名前を呟いていた)

 

 

どれもキリトさんのことばかりではあるが…兎にも角にも、どれも院生達にとっては重大なことなのだ。そして何よりの問題は…ユージオとキリトが、不完全な再会を果たしてしまったということ。

 

 

「ど…どうしたらいいんだろう、愛梨」

 

 

心と喉を傷つけた様子で萎縮している雄次郎に、愛梨は勢いよく身を乗り出して話す。

 

 

「決まってるわ! 一刻も早くキリトさんに会って…ユージオ兄さんや、姉さんのことを話すの!」

 

「ど、どうやって……? 全部、正直に話せるの…?」

 

「……う、うーん…」

 

 

身を乗り出していた愛梨は、雄次郎の控え気味な疑問の台詞を聞いて、彼と同じく萎びたようになって元通り床に座り込んだ。

 

 

『キリトさんにいきなり真実を全て、正直に話せるのか?』

これは院生達にとって、大きな問題であった。

 

「ユージオとアリスの元いた世界を探すプロジェクト」において、キリトさんの存在は重要だ。雄次郎が夢で見た、ユージオの記憶の中の登場人物。ユージオとアリスの故郷である”人界”のことを知っているであろう、院生達にとって唯一の手がかりだ。だが、どうやってキリトさんからそのことを聞き出すのか?

 

見知らぬ他人…自分達が不躾に尋ねて、答えてくれるならいい。だが、怪しまれたり訝しまれたらどうする? というより、むしろその方が可能性が高い。”人界”という世界が、この現世においてどういう扱いになっているかは分からないが。

ユージオやアリスの名前を出せば、ひょっとしたらキリトさんからなにかしらの反応をもらえるかもしれない。だが、ユージオとアリスは…人界においては死んだ人だ。

 

死んだ人間の、何を話せばいいのだろう? 本当に正直なことを話すとなれば「死んだユージオとアリスの二人をキリトさんと再会させたいんだ」…と、言うことになってしまう。そしてその話題になってしまうと…必然的に更に先を話さざるを得ない。つまり、ユージオとアリスが死んだ後、どういう”世界”に行ったのかを。

尸魂界や霊的存在について、現世の人間達には知られてはならない。仮に虚の被害に巻き込まれてしまった人間がいても、記換神機で記憶を修正してしまうのが規定である。もしそこまで話を求められてしまっては…ちょっと面倒なことになる。いや、仮に話したとして…信じてもらえる可能性は正直低い。仮に霊的な存在を実演証明しようものなら、ますます事態が悪化してしまうだけになりかねない。

 

一応、解決策…というか、強引な方法はある。

キリトさんの口が硬いことと柔軟な理解力を信じて、話してしまうか。

そして万が一にも、何かマズい反応をしてしまうようであればすぐさま記換神機を使って記憶を飛ばしてしまう…それで、コトは綺麗に収まる。

ただしそうなってしまえば、院生達のプロジェクトも振り出しに戻ってしまう。今の所、”人界”に繋がる唯一の手掛かりがキリトさんなのだから。それに…例え記換神機を使って忘れさせたとしても、院生達が「尸魂界や霊的存在について現世の人間に軽々と語った」という事実は消せない。それを万が一見咎められたら言い訳のしようがなく、自分たちを信じて送り出してくれた死神の人たちを失望させてしまうかもしれない。

 

だが、それに関しては院生達も覚悟の上だ。「ユージオとアリスの元いた世界を探すプロジェクト」にあたって、尸魂界の規約を何一つ違反せずに成し遂げられると考えていたほど、見通しが甘いわけでは無い。ただ、いずれはと考えていたキリトさんの発見があまりにも急、かつ想定外すぎるシチュエーションにあったため、院生達も心の準備ができずにパニックへと陥ってしまったわけだ。

 

これから、考えねばならない。いかにしてキリトさんと会合するのか。

姿は? 雄次郎の義骸か、それとも愛梨の義骸で接触するのか。

場所は? この話は他人が聞き耳を立てられるような場所で行うのはマズい。どこか人気のないところがいい。

どう話す? キリトさんを混乱させてしまわないよう、受け入れやすい事実からゆっくり順番に話す必要がある。もっとも、現世の人間からしてみればどれもこれも受け入れがたい真実であることに間違いは無かろうが。

 

それに、まだ。

キリトさんの事以外にも、気にすべき大事な人がいる。

 

 

「兄さん、か…」

 

「そう。今頃、ユージオ兄さんは今日のことを姉さんに話しているだろうし…二人がどういう気持ちでいるのか、それも大切ね」

 

 

現世に生きるキリトさんの存在を知ったユージオとアリスが、どういう気持ちになっているのか。二人とキリト 三人の関係性は「とても仲が良かった」と、雄次郎が見たユージオの記憶の断片から推測することしかできない。

そんなキリトに、ユージオとアリスは認識されることはない。話すことも、伝えることも、触れる事さえもできない。その現実を目の当たりにした時……どう、思ったか。

 

 

ユージオとアリスは、一度元の世界で『死』を経験している。その結果、紆余曲折ありて彼らの魂は雄次郎と愛梨の斬魄刀に宿ったのだが…彼らのどこか”諦観”している様子が院生達には印象的だった。死んだ人間が世界に干渉してはならない、自己主張をしてはいけない、口を出してはならない、望みもなにもあってはならない……そんなルールを勝手に課して、生きていることを諦めて過ごしているように思えるのだ。

 

 

だが、雄次郎と愛梨からしてみれば、二人とも立派に生きている。

誰が何と言おうと、本人たちがどう思っていようとも。

 

姿を、意志を、感情を、魂を持っている。これが生きていると言わずになんと言う。

 

過去に死んでいようと関係ない。

生きている人間が、過去を理由に勝手なルールで自分を縛り付けて、自分の本当の気持ちを抑えながら暮らすなんて、雄次郎と愛梨は到底納得できない。

 

 

だからこその「ユージオとアリスの元いた世界を探すプロジェクト」なのだ。

二人の兄姉はどこから来たのか。どういう世界なのか。それがあまりにも謎だらけだったために、その謎を解き明かそうとする動きが始まりだった。そしてその動きはいずれ、ユージオとアリスを元いた世界と”再会”させることへ推移していた。

この世界でユージオとアリスが気持ちを曝け出せないのであれば、彼らの故郷…人界に赴かせるしかない。自分たちが死人でないことを実感させるため。心の中の望郷の思いを曝け出してもらうため。…素直になってもらうために。

 

 

そのためだった……のだが。

先ほど起こった出来事…つまり、ユージオがキリトと出会ってしまった時に、おそらく彼の想いは強くなってしまっただろう。その想いとはつまり、”諦観”。

キリトに認識されることはなく、話すことも、伝えることも、触れる事さえもできない自分の立場を改めて実感し…自分が彼らとは違う存在になってしまったことで、より一層自分が引いている『死』のラインを濃くしてしまったのではないだろうか。これは、雄次郎達からしてみれば最悪の展開と言える。

 

無論、あくまでこれは推測。他人の気持ちを完璧に推し量ることなど普通はできないのだから。ただし、雄次郎とユージオの関係は普通ではない。彼らは元々一つの魂が二つに分かたれた存在であり、そして…始解をするたびに、魂は一時的に一つへと戻る。幾度とない融合と分離の繰り返しの中で、雄次郎は兄のユージオの気持ちを推し量ることは難しくないと自負している。もちろん100%の正解率というわけにはいかないが。

アリスの方はどうだろうか。愛梨の姉である彼女は比較的──あくまでユージオと比べればではあるが──諦観の念が少ないように思える。彼女の考え次第では、あるいはユージオも……

 

そんなことを考えていた雄次郎はふと、思い出した。今日 病院で経験した中でもう一点だけ、愛梨に伝えていない事。キリトさんのことが衝撃的すぎて忘れかけていたが、他にも大切な…というより、不可解な事実があった。

 

 

「そ、そうだ…愛梨!ちょっと、いい?」

 

「え? まさか、他にも何か…?」

 

「その、 実は今日の病院で……」

 

 

 

「いやあ、お二人さん!お待たせして申し訳ないっス。今、必要な機材を持ってきましたから」

 

「ひゃっ!?」

 

「きゃ!?」

 

 

突然投げかけられた第三者の声。そのせいで、雄次郎と愛梨は妙な声を上げて数センチほど飛び上がった。

その声の主の正体は、数時間前に初めて出会った胡散臭い雰囲気の男性──しかし、その見た目からは到底想像できない程偉大な功績を持つという、元護廷十三隊 十二番隊隊長…浦原喜助だった。

左手には何やら大きな袋包みをぶら下げている。

 

 

「…おや、お二人さん。なんだか霊圧にちょっと落ち着きがないみたいですけど、何かあったんスか?」

 

 

空中から屋上に降り立って首を傾げる浦原さんに対し、院生二人は激しく首を横に振った。

 

 

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浦原さんから頼まれていた義骸が運び込まれた病院の調査についてだが…雄次郎は、充分にできたとは言えなかった。もちろん、想定外の出来事が様々に起きたが故だが、それを浦原さんに話せる訳はない。モゴモゴと口籠る雄次郎に対して、浦原さんは気軽な口調で答えた。

 

 

「わざわざ調べていただいてありがとうございます。病院と病室の番号だけ大雑把に分かればなんとかなるでしょう。他の工作はアタシが請け負いますので、まずはこちらを…っスね」

 

 

そうして包みから取り出したのは、正方形の形をした機械…正確に言えば、霊具の一種であった。鈍い銀色の下地に、丸と線が組み合わさった幾何学模様の筋に加えて、面の一つには拳がぴったり収まるくらいの穴が空いていた。一見して何に使うんだか分からないものだったが、それが四つ。院生の前に並べられた。

 

 

「広範囲型の記換神機っス。まあ広範囲と言っても建物一つ二つをカバーするのが限度っスけど、今回はそれで十分でしょう。それ以上の範囲となると、技術開発局に任せた方が早いっスからね」

 

 

雄次郎も愛梨も、その四つの記換神機をマジマジと見つめた。この不思議な四角い物体を四つもどういう風に扱うのか図りかねてはいたが、もちろん浦原さんはそこの説明を怠らない。

 

 

「使い方に関しては実際に設置する時に詳しく述べる予定っスけど…簡単に言えば、四隅のポイントに設置した上で起動、そして、囲った範囲内にいる人間の記憶を逐一消去する形になります」

 

「消去、ですか? 修正ではなく?」

 

 

雄次郎が言葉の一部に疑問を持った。大した違いはないようにも思えるが、先ほどの件から離れた浦原さんの話に集中しようとしていたために、細かい言葉尻がどうしても気になってしまったのだ。

 

 

「ええ。本当は普通の記換神機のように記憶の置換ができればいいんですが、それを広範囲に行うとなるとちょっと骨でして。この機器はあくまで消去…厳密に言えば”封印”しかできないっス。しかし、問題はないでしょう。きちんと指定と準備さえ行えば…ですがね」

 

 

そう言いつつ、浦原さんはその四つの広範囲型記換神機を縦に積み上げたのちに、ひょいっと片手で持ち上げた。何かの拍子にバランスを崩して落ちたりしないか雄次郎と愛梨はハラハラしたが、四つの機械は綺麗な長方形となって浦原さんの手の上に積み上がっていた。持ってきた袋包みに改めて入れ直さなかったのは、この持ち運び方で自分達を揺さぶるための悪戯心じゃないかと、雄次郎は一瞬訝しんだ。どうもこの浦原さんという人は、平子隊長と同じ雰囲気を感じる。

 

 

「さて、それでは件の病院へ赴きましょう。商品の設置のついでに手順を確認しないといけませんから」

 

 

 

 

 

そろそろ日も暮れてきた頃だったが、浦原さんの話す設置と手順の確認はほとんど時間は掛からなかった。何せ、やったことと言えば、病院の空中で四隅を囲うように記換神機を設置──グッと霊力を一瞬こめるだけで、機械は空中に固定されたように浮いた──するくらいだった。

 

 

「さて、これで設置は完了っス。この四機を起動させることでこの範囲内の人間の記憶を特定の日だけ…そう、まさに島崎サンの義骸が入院した日っスね。その日の記憶を封印させます。ただ、一回起動すればそれで一件落着…という訳にはいかないでしょう。病院には毎日多くのお医者サンが出入りしますから…少なくとも常勤の人達の記憶を全員分封印するまでは、定期的に装置を起動させる必要があるっスね。アタシの見立てでは三〜四日あれば充分だとは思います。ああ、もちろん装置を起動させる前に島崎サンの義骸を回収することが前提ですが。今夜にでも、義骸の奪還は行う予定にはなっています」

 

「……あの、ちょっといいですか…?」

 

 

朗々とした浦原の説明の最中、おずおずと愛梨が手を挙げた。

 

 

「封印って…本当に大丈夫なんでしょうか? それって、何かの拍子に思い出しちゃうかもしれないってことですよね?」

 

「流石愛梨さん、鋭いっスねー。その通りっス」

 

 

言われてみれば…それは当然の心配であった。封印が戻ってしまえば、わざわざ大掛かりな装置を使った意味がないというもの。それに…雄次郎と愛梨の存在自体が、兄姉達の記憶の封印から生まれた存在であるという事実が、余計に心配を煽ることになっていたのかもしれない。

一方の浦原さんからしてみれば、質問は想定内だったようであった。

 

 

「でも、実はその方が都合がいいんス。職員全員の記憶が丸一日、完全に消えてしまう…。それの異常性に気づかないほど、人間はバカじゃありません。一時的に忘れているが、きっかけがあれば思い出せる。それくらいの”物忘れ”程度にしてあげた方が自然っス」

 

「そして、雄次郎さんの義骸や入院記録…それを思い出す”きっかけ”さえ病院から抹消してしまえば、病院の人間はそれだけを思い出すことができない…という寸法っス。無論、一人か二人は何気ない別のきっかけから思い出すことがあるかもしれないっスが…一人か二人程度なら、思い違いで済むでしょう」

 

 

院生二人は浦原さんのその説明をしばらく脳内で反芻して…ゆっくりと頷いた。わざわざ自分達が疑問を呈さなくても、浦原さんは充分に考えていたようだ。消去ではなく、あえて軽い封印にした方がいい。それは確かにその通りである。そしてそれは院生達にとっても…都合が、いい。

 

 

「さて! 今後、お二方にお願いしたいのは…定期的にこの広範囲型記換神機を起動させることっスね。具体的に起動させるタイミングについては、翌日改めて伝えるっス。今日義骸を奪還して、病院内の記録を改竄するついでに…病院スタッフの人流れを把握してから、適切なタイミングを図りたいっスからね」

 

「今後…? あの、今夜の義骸の奪還は…」

 

「それはアタシ一人…いや、”二人”で充分です。霊術院生のお二人は、今日はお休みいただいて結構ですよ。明日の朝、義骸をお届けいたしますから」

 

「そんな…悪いですよ! 私達も何か、お手伝いを…」

 

「大丈夫っスから。それよりお二人は、夜中の虚出現に備えた方がいいと思いますが…どうでしょう?」

 

 

それを言われては、雄次郎も愛梨も…二の句を継ぐことができなかった。つい先日、初めての虚浄化の任務に失敗したばっかりの身の上には、特に堪えるセリフだ。もちろん、浦原さんはそれを詰るつもりで言った訳ではない…ことはわかっていても。

 

結局、雄次郎と愛梨の二人は何度も浦原さんに頭を下げて…その場を後にするしかなかった。

実際のところ、二人には義骸の奪還よりも…気になっていることがあった。だから、今部屋に戻れるのは僥倖だった。

 

 

*

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*

 

雄次郎と愛梨の二人は、共に空中を駆けながら部屋への道のりを帰っていく。

そして泊まっている建物が見えてきた時…二人は急に速度を落とした。足取りが抜足差し足になる。

 

慎重に、慎重に…建物の窓に、二人は寄っていく。極力音と気配を消した上で、二人して窓の側に張り付いて…耳を澄まし、中の音を聞く。いや…正確には、中の”話し声”を。

このために、雄次郎は斬魄刀を部屋の中に置いていったようなものだ。そう、斬魄刀の中にいる兄姉達を一度ゆっくり話し合わせるために。あわよくば、自分達がいない場で二人が”本音で”話し合う様子をこっそり聞ければと思ったのだが…。

 

 

「……多分………なんだ……そう…」

 

「確かに……でも………かしら?」

 

 

聞こえる。

とっくに話は終わっていたらと懸念していたが、どうやらもっと注意すれば聞き取れそうだ。

親愛する兄姉達の、本音を。

 

体を窓に映らないようにしながら、耳だけを窓の隙間に密着させる雄次郎。しかし、それでもまだちょっと声が遠い。肝心なところで聞き取れなくなってしまっては、少し困る。だが、向かい合っていた愛梨が軽く指を振るって、鬼道を使った。もちろん、気づかれないように無言で。

縛道の二十六『曲光』 これにより、姿が視認できなくなったことを察した雄次郎は、心の中でお礼を言うと愛梨と一緒に窓に堂々と体を密着させた。これにより、さっきに比べればよっぽど聞き取りやすくはなった。

 

 

「…それは、分からないけど。それでも……なんとなく、思ったんだ」

 

 

「キリトにとっては…ここが、この世界こそが…本当の」

「帰るべき世界、だったんじゃないかって」

 

 

耳がはっきり言葉を拾えるようになった瞬間に、聞こえてきた言葉。

雄次郎は、感じ取った。ユージオのその言葉の奥に、濃い悲嘆の色が隠されていることを。

 

 

「…この世界に来てから、時間はいくらでもあったから。だから……もう終わったことだと、これで良かったんだと思っていたのに……僕は、いつの間にか考え続けてた。僕たちが生きた世界のこと。…そして、キリトのこと」

 

 

「僕たち三人は、確かに同じ時を生きた。なのに、どうして…最期の瞬間まで、それを忘れていたんだろう」

 

「アリスが整合騎士に連れ去られたあの日から、六年。消えたキリトはどこで、何をしていたんだろう」

 

「……キリトは、何を、知っていたんだろうって」

 

 

まるで、懺悔のようにすら聞こえるその声。

遠目で見る限り…それを聞いたアリスも、眉間に皺を寄せて思考を巡らせているように見える。

 

 

「…私もユージオからそれを聞いた時、とても驚いたわ。ユージオや、セルカ…ルーリッドの村の人達の記憶を一斉に改竄するような、そんな強力な術はいくら最高司祭でも不可能なはずだもの。私の記憶が無事だったのは多分、()()として封じられてたせい、だとは思うけど…」

 

「そう。だから…キリトを忘れていた原因は、最高司祭と関係してないと思う。…関係があるとしたら、多分……《世界》そのものになるんじゃないかって」

 

「…世界?」

 

 

首を傾けるアリスに対して、呟くようにユージオが語る。

 

 

「ずっと、耳に残っている言葉があるんだ」

 

「あの、戦いの前に……最高司祭が、キリトに向けた言葉が……」

 

 

 

*

*

*

 

 

『あなた、あっちから来たのね? 《向こう側》の人間……そうなんでしょ?』

 

『………………そうだ』

 

 

*

*

*

 

 

「…あの時、僕は咄嗟に思った。”もしかしたら、キリトは、最初から”って。でも、その時は…それを聞いている時間なんてなくて。そのまま…最期までもう、その時間はなかった…」

 

「その答えを…僕はもう、聞くことはできない。でも…聞く必要なんて、ないと思ってた。キリトが何を知っていたとしても。どこにいたとしても……思い出さえ、残っていればと……思っていた」

 

 

 

「今日、キリトに会うまでは……そう、思っていたんだ」

 

 

 

その、最後の一言を聞いた瞬間に。

雄次郎は、感じ取った。

 

 

キリトと出会ったことで生まれた、兄の、ユージオの…本当の気持ちが。

 

 

「僕は…キリトのこと、何も知らなかったんじゃないかって。あんなに長い間、一緒にいたのに…大切なことは、何も…」

 

「…今更、かも知れないけど……僕は…やっぱり……キリトに……」

 

 

 

 

今までずっと、諦めてきたことを……もう一度。

心の底で、ユージオは…ずっと、求めているんだと。

 

 

 

 

そして彼と向かい合って話していたアリスも、同じ気持ちを察したようだった。

 

 

「……ユージオ。その…」

 

 

少し、アリスが…遠慮しがちな声を出した。おそらくは、その真意を確かめようとしたのだろうか。しかし、その声を聞いたユージオは、まるで突然夢から覚めたような…そんな、ハッとした表情を見せると……なぜか、心底申し訳なさそうな顔をして、こう言った。

 

 

 

 

 

「ごめん、アリス……今言ったことは、もう忘れて」

 

 

 

 

 

今。

確かにユージオは、心からの本音を…語ろうとしていた。

だけど、次の瞬間に。

 

 

それはまた、彼の心の奥底でしまわれ…鍵を、かけられようとしている。

 

 

窓のガラスに触れている雄次郎の手に、力が入る。

なんだか、やるせない気持ちで、胸に何かグチャグチャしたものが湧いてくる気がする。

 

 

「……」

 

「大丈夫だよ」

 

 

眉をかすかに顰めて心配そうな表情をするアリスに対して、ユージオは笑った。

 

 

「僕にはもう、充分。だって、キリトが……生きているんだ。元気だったんだ」

 

「あの日、キリトと別れてから…ずっと、心配していたから。キリトには、僕と同じようなことには…なってほしくなかったから」

 

「それ()()を…ずっと。だから…それ()()分かれば……僕は」

 

 

 

 

 

────ガラッ!

 

 

「「っ!?」」

 

 

 

 

 

物と物がぶつかる大きな音が響き、重い空気の中部屋で話していたユージオとアリスの体はビクリと波打った。

 

 

 

 

「……ただいま」

 

 

 

「…!?」

 

 

 

窓を開けた雄次郎は、妙に平坦な声で…部屋の中に入った。

愛梨がかけていた曲光の鬼道は、なぜかいつの間にか消えていた。雄次郎が、自身に纏った曲光の膜を霊圧でかき消したのか。愛梨は突然の雄次郎の乱入を止める暇もなく、慌てて自分の分の曲光を解除してちょっと気まずそうに雄次郎に続いて部屋に入る他なかった。

 

 

「雄次郎…君は」

 

「兄さん…これから、夜の巡回に行く。一日働けなかった分、せめて一晩頑張らないと。愛梨は、浦原さんが義骸を回収するまで待って欲しい」

 

「え、それはいいけど……ていうか、雄次郎も無理は禁物よ! いくら回復したからってまた無理して傷が開いたら…」

 

「分かってるよ。…それじゃあ、言ってくる」

 

 

雄次郎は、なんだか…素っ気ない感じが漂っている。喋るのもなんだか口早だ。

だがこの場にいる他のほぼ全員は…程度の差こそあれど、その理由を察してはいた。

愛梨は、雄次郎の様子を間近で聞いていたし。ユージオとアリスも…おそらく”今話していたこと”が原因であることは……なんとなく。

 

 

それでも、ユージオとアリス…雄次郎も愛梨も。まるでさっきの会話の事実などなかったかのように…それぞれの目的のために動く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…兄さんの、自分の心に”嘘”なんて、絶対につかせたくなかった………のに」

 

 

 

 

 

 

ユージオが斬魄刀の中に戻る瞬間に、雄次郎の呟きが聞こえた。

 




※ユナイタル・リングはまだ発生していない世界となっています。
※義骸奪還にあたって霊術院生達が立ち会い、BLEACHサイドのまた別キャラと出会うシーンも想定していましたが、以降の話の展開にそれを絡ませたり関与させるのが難しかったのでカットしました。
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