元人工フラクトライト達と二人の死神物語   作:り け ん

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相変わらず遅れまして申し訳ないです。
継続的な投稿を目指して頑張ります。


第五十五話 存在抹消と緊急通達

二人が思っていたよりも早く、それは終わっていた。

 

 

「さて、お待たせしました お二人サン。こちらが、お届けのお品になります」

 

 

雄次郎が愛梨からの連絡を受けて慌てて戻ってくると、部屋のベッドにその義骸は横たわっていた。その義骸は間違いなく島崎雄次郎──青年の姿である。ただし、服装は薄い青色をした入院着にはなっていた。それでも元々着ていた青のスーツ等一式も、しっかり畳まれて義骸の上に収まっている。

 

荷物を届けに来ただけ、のように軽い調子の浦原さんに対し、雄次郎と愛梨は偶然にも声を揃えて「ありがとうございますっ!」と地に頭をつけんばかりの勢いでお礼を言う。なんだかずっと浦原さんにペコペコしてる気がするが、実際ある程度の見返り約束で院生達の失態をほとんど拭ってくれている彼には頭の上げようがないのだ。

 

そんな中、浦原さんはホッチキスで纏められた数枚の紙の束を懐から取り出して、雄次郎に差し出した。

 

 

「それじゃあ、こちらが今回設置した広範囲型記換神機の説明書っス。この説明書通り、病院の装置を一日数回…まあ、それを一週間くらい続けていれば、病院の人間全ての記憶をスムーズに封印できるでしょう。それが終わったら、後は放置しておいて大丈夫です。暇を見て、アタシが装置を回収しておきますから」

 

「…はい。あの、浦原さん……本当に、何から何までお世話になって…その」

 

「いいっスよー、これくらい。以前もお話しした通り、浦原商店プロデュース商品の使用感の感想を頂ければ。お二人の元にレポート用紙が届くようにしておくんで、そこに記入いただければOKっス。ま、ここからちょっと遠いっスけど、浦原商店にも時間があれば是非とも寄っていただければ嬉しいっスねー。場所については、実は伝令神機の隠しコマンドで、浦原商店の位置を示してくれるんですよ。ほら」

 

 

そう言って浦原さんが愛梨の伝令神機を弄ると、確かに霊具追跡レーダーに見慣れないマークが現れるようになった。これが浦原商店という店の位置を示しているらしく、確かに非常に遠い。そのマークが目の前の浦原店長の顔を模したものだと気づくまで、雄次郎はきっかり十秒かかった。

 

 

「さて…アタシの役目は、一旦ここで終わりになります。が…最後に一つだけ、宣伝でもしましょうか」

 

「今、他にも何かご入用のものはございませんか? どんな小さなことでも、とりあえず言ってみれば、ご用意できるかもしれませんよ? ただし、こちらは有料になりますけどねー」

 

 

人差し指を立ててチッチッチする浦原さんを見て、院生二人は思わず顔を見合わせる。随分唐突な申し出ではある…が、裏腹さんは何だかんだ言って店舗を経営する商人。商売のチャンスは逃さないということだろう。

窮地を助けていただいた恩を少しでも返すために、何かしら買った方がいいのだろうか。しかし、数ある商品から適当に買うのならばまだしも、「何かご入用なもの」という広過ぎる範囲では咄嗟に言い出しにくい。

そう思った愛梨がチラリと隣を見ると…雄次郎は眉根を寄せて何かを考えている様子だった、かと思いきや控えめにその右手を上げていた。

 

 

「あの…もしあれば、でいいんですけど…”発信機”とか、は」

 

「…発信機っスか。これはまだ、珍しいご注文で」

 

 

珍しいと言う割には表情を変えない浦原に対して、雄次郎のその言葉に眉がピクリと動いたのは愛梨の方だった。

 

 

「それは、道具についているのとはまた別で?」

 

「はい。可能なら、位置を常に把握できるようなものが…」

 

 

ふーむ、と思案するように浦原は口元に扇を広げる。

 

 

「…その位置を知りたい”対象”とは、物ですか? 人ですか?」

 

「人、です」

 

「現世の人間ですか? それとも、死神や他の霊ですか?」

 

「…人間です。現世の」

 

 

浦原さんからの質問に、ちょっと気まずそうに雄次郎は答える。この情報も、話さないでよければそれに越したことはなかったのだが、聞かれた以上は答えなくてはならない。

その答えを聞いた瞬間、浦原さんの帽子の奥の目がキラリと光ったような気がした。

 

 

「ほほう。…現世の女の子に一目惚れして、なんとかしてお近づきになりたいとか、そういう……」

 

「ち、違いますからっ!! 断じて!」

 

 

顔を一気にリンゴ色にしつつ大きく手を振って雄次郎は否定する。まさか、という疑惑視線が微かにこめられた視線が隣から刺さったのも痛い。確かに「お近づきになる」部分のみ外れてはいないものの…それ以外の点は何もかも違う。対象の人物は女性でもなければ、決して色恋沙汰が原因ではないのだから。

 

 

「冗談っスよ。アタシならともかく、雄次郎サンがそういうやらしいことをしない方だっていうのはよーく知ってますから。…で、今すぐにでもご入用ですか?」

 

「早ければ、早い方が……あ、でも無理にとは」

 

「いえいえ、大丈夫っスよ。一個で良ければ、今この場で用意が可能っス。少々お待ちを…」

 

 

『アタシならともかく』だの『よーく知っている』だのちょっとツッコミたいところが多々ある発言だったが、正直、それに突っ込んでいる暇は無くなった。というのも、それよりツッコミたくなるような行動を浦原さんがしだしたからだ。

浦原さんは「えーと、どこだったっスかねー」などと言いながら、ベッドに横たわっている雄次郎の義骸を弄り始めたのだ。首周りや脚部分を触るならばまだしも、そこから入院着の中にまで手を伸ばして胸元や背中、あるいはそれより下の方まで手を伸ばし始めるのだから、見てる院生達はなんとも言えない感情になってしまう。特に雄次郎は実際に触られているわけでもないのに、身体中に悪寒が。

 

 

「えー…ああ、ありました。そうそう、確か尾骶骨あたりに埋め込んでたんでした。というわけで、こちらをどうぞ」

 

「実はこれが、各種道具に付属している発信機っスね。こうして道具から取り出すことで、単品でも使えるようになってるんスよ」

 

 

義骸の下の方を弄っていた浦原が雄次郎に差し出したのは、四角くて薄いシールのような物体だった。人差し指の腹に乗るくらい小さいモノ。吹けばなくなりそうなくらい小さいので、差し出されたそれを雄次郎は恐る恐る手のひらの上に収めた。

 

 

「服でも身体でも、器子の物体ならほぼ全てに対応している万能性! つけられた当人はちょっと冷たく感じるくらいで、気づかれることはまずない隠密性! 内部に浸透して半永久的に伝令神機へ場所を送信し続けるため、長期性もバツグン! これほど高性能な発信機は、瀞霊廷でも取り扱ってないくらいには高性能なお品物ですよー」

 

「ただ、こちら単品でお買い求めの場合は、お値段4010円になりますけど…いかがですか?」

 

 

浦原さんが提示したお値段は、なかなかすぐには頷けない額だった。発信機なんて買うのが初めてな以上、適正価格なのかそれともボッタクリなのか判別もつかない。今度は雄次郎の方がチラリと隣の愛梨の様子を伺う番になったが…。

 

 

「それ下さい、浦原さん。私が半分出すから、雄次郎もホラ」

 

「あ…ありがとう、愛梨」

 

 

またも雄次郎は愛梨に助けられたようである。結局、二人の財布に分かれていた共有財産から半分コして今回のお支払いを滞りなく済ますことができた。もう愛梨に足を向けて寝られないくらいにはなっていると思う。雄次郎は安心した顔になり、浦原さんはよりニコニコ顔になった。

 

 

「毎度、ありがとうございますー。義骸から抜いた分の発信機の補填は、明日のお昼頃にでもお持ちしましょう。言うまでもないことかもしれませんが、くれぐれもその義骸を使うことは避けてくださいね。追跡ができないのはもちろんですし、下手に病院の人にその姿で出くわしたら、封印した記憶が戻っちゃうかもしれないっスから」

 

「分かりました。本当に……今回は、ありがとうございました。今回の恩は、忘れません」

 

「大丈夫っスよー。そんなかしこまらなくても。アタシはあくまで商売人としての取引しかしてませんし。それに…若人の頑張る姿を見ると、こっちも悪くない気分ですからね」

 

 

相変わらず胡散臭を漂わせながら笑う浦原喜助だが、少なくとも雄次郎は今まで受けた恩のこともあり、その臭いは全く感じられなくなっていた。

 

 

 

 

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そして、翌日。

まだ朝日が顔を出し始めたばかりの頃、斬魄刀も背負わずその身一つで病院にやってきた雄次郎は、雄次郎は真剣な眼差しでその入り口付近を見つめていた。

特に彼が注意して見つめているのは、病院の入り口。

 

 

(人の出入り…途切れたかな。よし…)

 

 

判断を下した雄次郎は、片膝をついて傍の広範囲型記換神機の穴の奥、そのボタンを押した。

すると雄次郎がスイッチを押したものだけでなく、宙を浮かぶ四つの四角い広範囲型記換神機から同時に、小さな爆発のような音と一緒に煙があがった。その動き方に雄次郎は一瞬ビビる。

 

病院の見た目は、何も変化はないように見える。それもそのはず、今の起動によって変化したのは建物ではなく、中にいる人間。その記憶が、雄次郎の義骸が入院していた時間分だけスッポリ抜け落ちたはずである。その記憶はあくまで封印されているだけで、思い出そうと過ごしているうちに段々と解放されていくはずだが、それは問題ない。要は、雄次郎が入院していたという事実だけ思い出せなくなっていれば。

 

病院に勤務する人たちが入院患者が消えているのに気づいて、騒ぎ始めてしまってから記憶を消しては遅すぎる。なので、こうしてある程度病院の関係者達が到着しきった頃を見計らって装置を作動させたというわけだ。

 

今行った記憶封印のお陰で、しばらくは入院患者の脱走の事実が認知されることはなくなったことだろう。あとは、時間と日を置いて病院に出入りする関係者の記憶封印さえ終われば、もう問題は解決と言っていい。

 

浦原さんの見立てでは、一日数回の起動で大丈夫だとは言っていた。なので、次の起動のタイミングまでは病院から離れても問題はないはずではある。ただ、雄次郎は装置を起動した後もなお、その場から動かなかった。

 

 

内に秘めた目的のため、彼はただ無言で病院の入り口を注視し続けていた。

 

 

 

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髪が風に揺れる以外、まるで石像のように動かないまま座り続けること、数時間。

そんな雄次郎に向かって、呆れたような声が投げかけられる。

 

 

「まさか、朝からずっとそうやってたの?」

 

 

その声によって、ようやく雄次郎は石像のように動かなかった体を動かして、声をかけられた背中側を見る。そこでは、ビニール袋を持った愛梨が腰に手を当てて仁王立ち。

それでも無言のままの雄次郎を見て肯定の意を受け取り、愛梨は声だけではなく顔も呆れ顔になる。

 

 

「気持ちは分かるけど、無理はしないでってあれだけ言ってるのに、まったくもー…」

 

「…これくらい、無理のうちに入らないよ。それに、もし、キリトさんが来るその機会を逃しちゃったら…」

 

「だったら! 私が見ておくから、せめて一食は食べてからにしなさい! ほら!」

 

 

べチン! という音が鳴る勢いで何やら食べ物が入ったビニール袋を顔面に叩きつけられては、さしもの雄次郎も勢いに呑まれてその命令を受諾せざるを得なかった。どうやらサンドイッチやパン、飲み物のペットボトルが入っているらしいビニール袋を受け取った雄次郎は、微かにお腹を鳴らしながら一時の食事のために病院の屋上へ向かおうとして…勢いよく振り返った。

 

 

「愛梨! もしキリトさんが病院に来たら、ぜっっっったいに僕を呼んで! お願い! あ、キリトさんって愛梨見たことないよね! あの、黒い髪の…」

 

「分かってるわよ! それっぽい人来たらすぐに知らせるから! あんたはいい加減ご飯食べてきなさいってば!」

 

 

半ばキレた愛梨によって、雄次郎は思いっきり背中から突き飛ばされた。

 

 

幸か不幸か、雄次郎の食事時間の間に目的の人物はこなかったようで、滞りなく食事時間を終えることができた。愛梨はそれを見届けると、ジト目の視線と小言を雄次郎に残して去っていった。雄次郎の方はといえば、愛梨がキリトさんを見逃していないか、心配でご飯も喉を通らなかった…なんてことは、愛梨には言えない。愛理のことは、心の底から信頼しているが、それでも不安を消すこともできなかったのだ。

 

人の出入りはそれなりに多い。だが、キリトさんはなかなか現れない。

それでも雄次郎には確信がある。必ず彼はこの病院に来る。ユージオに対する彼の思い…雄次郎には推し量ることしかできないが、それでも…彼は。きっと、彼なら。

 

 

*

*

*

*

 

 

その期待が正しいことが証明されたのは、もう日が茜色に染まる頃。

 

 

(…きたっ!!)

(間違いない、キリトさんだ!! )

 

 

空中に座り込んだまま何時間もそのままでいた結果体はガチガチになってしまっていたが、それでも雄次郎は構わず立ち上がった。遠目でも、あの姿は決して見間違えることはない。何度も何度も、記憶の夢で見た姿。先日、目と鼻の先で穴のあくほど見つめた姿。

表情までは見辛いが、どことなく焦っているかのような足早だ。

 

そして、雄次郎がキリトさんをようやく見つけた安堵でちょっと動きが止まった隙に、キリトさんはどんどんと病院の入り口に向かって歩いていく。

 

 

「あ、まずっ…!」

 

 

キリトさんが病院に入って、異変を察知されては意味がない。

雄次郎は素早く、腕を伸ばして広範囲型記換神機のボタンを押した。

 

 

 

ボシュン、と宙に浮かぶ四つの機械からピンク色の煙があがる。

 

 

 

雄次郎はその機械の動きにビビる代わりに、眼下のキリトさんの様子を見つめ続ける。

キリトさんは、病院のドアの取手に手をかけた状態のまま…止まっていた。

 

ゆっくり、慎重に空中から地面に向かって歩いていく雄次郎は…やがてキリトさんのすぐ後ろ、声が聞こえる距離まで接近する。当のキリトさんはおずおずと扉から手を離して、呟いた。

 

 

「お、れは……? あれ、どうして……俺は、ここに……」

 

 

それを聞いて、雄次郎は確信した。

うまくいった。キリトさんの記憶を消すことに成功したのだ。キリトさんは、病院に来る理由を忘れた。つまり、病院に入院しているユージオという人間の存在も。

 

 

「あれ、嘘…だろ? だって、俺は今日…いや、用事が…何か、大切なことが……たい、せつな…」

 

「………」

 

 

キリトさんは、明らかに混乱している。

それはそうだろう。何せ、つい数秒前まで覚えていたはずの目的を、一瞬にして喪失したのだから。こうなることは分かっていた…だが、それでも雄次郎の心は深い罪悪感に包まれる。

雄次郎は、懐から四角くて薄いシールのような物体…浦原さんから愛梨とのワリカンで購入した、発信機を取り出した。そしてそれを人差し指に乗せる。

 

見えない現世の人間に対して、手を伸ばす。…緊張しつつも、人差し指の発信機を素早くキリトさんの襟足辺りの部分に…くっつけた。

 

 

「………え? 今、なんか…」

 

 

発信機自体は、スッと首の皮膚に吸い込まれるように消えていった。

だが、何かしらの感触はあったらしく…キリトさんは、発信機が吸い込まれていった首裏の部分を押さえながら、こちらに振り向いてきた。

 

 

目と目が、合う。ただし、一方通行だ。

キリトさんは、僕を見ることはなく…僕だけが、キリトさんを見ているだけ。

 

それは…まさしく、あの時の病室と同じ。

兄が、ユージオが味わった感じ…。

 

 

「……っ」

 

 

先程からの罪悪感がさらに…心だけじゃなく、体全体を這い回るような、そんな感触になる。

口を引き結んだ雄次郎は、目の前のキリトさんから目を逸らして背を向けた。そして、ただ無言のまま彼の側から離れて空中を歩いて上がっていく。

 

 

(…やっぱり、兄さんがここにいなくてよかった)

 

 

もう振り返ることなく、ただ病院に背を向けて空中を歩く雄次郎は、そう思った。

元々、キリトさんとの接触に兄であるユージオを連れていくことは厳禁にするつもりではあったが、それでもなお思う。中身のない義骸の体だとしても、キリトさんにとってはユージオとの再会の記憶。その記憶が消される瞬間は、雄次郎ですら心痛く思うのに、当事者であるユージオがもし見たら……どう、思うだろうか。

 

だが兎にも角にも、雄次郎たちにとって一番大切な人物の記憶は封じることができた。それに加えて、今日何回かの広範囲型記換神機の起動で、病院の人達の記憶も軒並み封じたはずだ。さらに、浦原さんの事前工作によって、”島崎雄次郎”という人間が入院したという事実が、この世から綺麗さっぱり消えたことになる。

 

 

もうキリトさんは伏せった島崎雄次郎に思い悩む必要はなく、またこちらにとっても急になってしまったキリトさんとの会合をなかったことにして、また最初から練り直せる。本当のことを言えば、ユージオとアリスの記憶をも封じてあの出会いをなかったことにできれば良かったのだが…そればっかりはできない。広範囲型記換神機が斬魄刀に聞くとは思えないし、それに...。

 

 

(…いや、過ぎたことをあまり考えるのはやめよう。やるだけのことはできたんだ。過ぎたことを、可能な限りなかったことにできた…それだけで、充分)

 

(キリトさんには悪いけど…発信機もつけられた。あとは、キリトさんとどうやって接触するか…愛梨と二人で、ゆっくり話し合えばいいんだ)

 

(時間はまだまだあるし…まずやることは、発信機を頼りにして、キリトさんの日常生活を観察かな。それで、うまいこと接触できる時を考えないと。どうやるにしても、そこを見極めないと仕方ない……」

 

「薄々想像はしてたけど、やっぱりそういうこと考えて発信機買ったのねー」

 

「わあっ!?」

 

 

耳元での突然の声に、危うく雄次郎は空中から落下しそうになった。幸いにも、1m落下するかしないかという内に空中の霊子を固めて掴むことができたために、慌ててそこから体勢を立て直して立ち上がる。

 

 

「あ、愛梨っ!? ど、どうしてここに…?」

 

「そんな驚かなくても…こんな時間まで経ったら様子くらい見にいって当然よ。いろいろ考えていたんでしょうけど、なんか口に出てたわよ。それ」

 

「あ…そ、そう……」

 

 

突如現れた愛梨(斬魄刀は置いてきているようだ)の指摘に、雄次郎は思わず口を抑えてしまう。それを見てちょっと呆れた様子の愛梨は、雄次郎を通り過ぎるようにして歩いていき、病院の入り口の方へ目を向ける。

 

しゃがんで目を細め、手で目元に影を作りつつ…病院の入り口近くのとある人物に視線を注目させる。

 

 

「あの入り口でボーッとしてる人…ひょっとして、あれがキリトさん?」

 

「うん。…もう、病院での記憶は消した…けど」

 

「……なるほど、ね」

 

 

ここからでは背中しか見えないとは思うが、愛梨は興味深げにじっと見つめている。雄次郎の方はといえば、キリトさんを見るのはちょっと堪えず、視線を逸らして愛梨の方へ視線を向けるが…その後ろ姿を見て、どうにも何か…

 

 

何か……

 

似たような…金髪の……

 

いや、似たようなというより……全く、同じな…

 

 

 

「あーーーーっ!!!」

 

 

何かを思い出した雄次郎の大きな叫びによって、今度は愛梨の方が危うく空中から落下しそうになった。

 

 

*

*

*

*

 

 

「なーんで! それを! はやく! 言ってくれないのよー!!」

 

「うぐ、くる、くるし、 愛梨! ちょ、ゴメン! ゴメンってば!」

 

 

義魂丸を忘れた時や義骸を置き忘れた時も比較的冷静だった愛梨は、雄次郎が言い忘れた事実を聞くと取り乱したように雄次郎の胸元を掴んでブンブンと振り回した。

それでも雄次郎にギブを出されると、ハッと気づいたように「ごめん」と呟いて雄次郎を解放した。

ちなみにもう場所は病院近くから移動して、雄次郎たちの拠点であるマンションの部屋…の、窓の側であった。一応部屋の中で待ってる兄姉達に聞かれるとよくない話ということで、部屋に入る一歩前で話すことにしたのだ。雄次郎が話そうと思って話すのを忘れていたことを。

 

 

それはあの病室で見舞いにやってきた、キリトさん以外のもう一人の人物について。

 

 

「本当にいたのね! 私…いや、姉さんにそっくりな人物が!」

 

「そっくりというより…うん、アリス姉さんに瓜二つだったよ。一瞬、愛梨が義骸で来たのかと思ったもの。…でも、霊圧も感じないし、言動も違ったから…別人だとはわかったけど。それでも、信じられないくらいだった…」

 

 

声と姿も、アリス・ツーベルクと全く同じ。

違うのは服装と髪型、それに口調くらいだ。その姿や声を見聞きした時、雄次郎は大分混乱したが…その混乱を差し置いても、キリトさんの存在があまりにも衝撃的すぎて、愛莉に伝えるときもその衝撃が先行してしまったのだ。一応、あの緊急会議の段階で一回話そうとはしたのだが、浦原さんの登場で話の腰はポッキリ折れてしまっていた。

 

だが、それを聞いた愛梨の血相が変わった理由…それが、雄次郎には分からないが…

 

 

「……そう、なのね。私でも、姉さんでもあり得ない…なら、その人が…多分…そうなのよね」

 

「その人が、って……愛梨、何か知ってるの?」

 

「ええ、知ってるわ。多分…その人は、私がこの世界でずっと会いたかった人に、間違いないと思うの」

 

「…愛梨が、会いたかった、人……? この世界で?」

 

 

雄次郎にとっては初耳である。…と思ったが、なんだか既視感…いや、正確に言うと既知感。とにかく、そんな話を聞いたことがあるような、そんな気がするのだ。

腕を組んでちょっと考える雄次郎。たしか…現世に来てからはそんな話はなかった。もっと前だ。もっと…そう、現世に来る前、尸魂界にいた時に……確か…*1

 

 

「セルカ・ツーベルク……さん?」

 

「……あら。あの時チラッと話したの、覚えてたのね」

 

 

目を瞬く愛梨。「現世に来てから色々忘れてたくせに」という皮肉は喉のだいぶ下の方で飲み下しておいて、愛梨は語る。

 

 

「それなら、他にも覚えてるでしょう? 私が会いたかった人は…”二人”いるって」

 

「え、あ…………そういえば」

 

 

今度は雄次郎の方が目をパチパチさせる番だった。

”女は秘密を着飾って美しくなる”とかいう何処かの本から仕入れた知識を駆使した愛梨によって内緒にされた、愛梨が現世で会いたい人物。もちろん、無理して話さないといけないわけではないのだが、雄次郎や雨涵はそれなりに気になっていた。もっとも、雄次郎の方は現世に来てから本当に色々ありすぎて、今回に至るまで忘れていたわけだが。

 

 

「姉さんに似ている、だったらセルカさんの可能性もあったけど…姉さんと瓜二つだとしたら、可能性は一つだわ」

 

「アリス・シンセシス・サーティ…さん。とても強くて、凛々しくて……信念を持って戦う、誇り高き騎士の人」

 

 

騎士の人……騎士?

……待って。アリス・シンセ………って。

 

 

騎士という言葉には、雄次郎にとって並々ならぬ想いがある。それに注目した後、愛梨が語った名前にも……聞き覚えを感じた。

アリスと瓜二つな…もう一人のアリス。

そして、騎士。

 

 

 

──…実は、ね。僕がいたあの世界には…『アリス』が二人いたんだ」

 

──僕と幼馴染みの『アリス・ツーベルク』ともう一人…『アリス・シンセシス・サーティ』って名前の…騎士が。

 

 

──そう…とても強くて、凛々しくて……信念を持って、僕らと一緒に戦ってくれた人。

 

 

 

「アリス・シンセシス・サーティ…その名前、知ってる!兄さんが言ってた*2、もう一人のアリス…」

 

「そう。騎士のアリスさん…その人」

 

 

雄次郎の声に、愛梨はゆっくりと頷く。

 

 

「会ったからといって、特に何かをしたいというわけではないんだけど…ね。強いていうなら、ただちょっとお話ししてみたいだけ…」

 

「ま、よく考えてみればあの時雄次郎に騎士のアリスさんのことを聞かされても、何かできたわけでもないわよね。聞いてたら、私の一緒に見張りしたかもしれないけど…騎士のアリスさんは来てないのよね?」

 

「…そうだね。ずっと見ていたけど、そこは間違いないと思う」

 

「そうなのよねー……」

 

 

諦めたように、グーッと目を閉じて伸びをする愛梨。

 

 

「仕方ないわよね。ま、時間はまだあるわ。病院周辺を中心に巡回していけば、きっと……」

 

 

 

 

 

ピンポーン!

 

 

 

 

 

そんな二人の耳を、一つの”音”が切り裂く。

それは”チャイム”という名の、機械音。

 

それを聞いた雄次郎と愛梨は飛び上がった。

 

 

「はーいっ! ちょっと待ってくださーい!」

 

 

雄次郎は大声で叫ぶと、ガラリと窓を開けて部屋の中に入っていく。

中では兄姉であるユージオとアリスは具象化しておらず斬魄刀の中にいたため、部屋の中は静かだった。雄次郎は慌ててドアを開けようと地に足をつける間も無く駆けるが…

 

 

ピンポーン!

 

「すいませーん! 郵便でーす!」

 

 

ドアを開こうとした雄次郎の手が、ピタリと止まった。

雄次郎は、チャイムを鳴らした人物が浦原さんだと思った。だからこそ、霊体のままドアを開けようとしたのだが…いま、更なるチャイム音とともに呼びかけてきたその声は、明らかに浦原さんではない。なんなら、霊圧もほとんど感じない。

その上、今の「郵便」という声…ゆうびん、というのは確か、現世にある手紙を届ける機関のこと…。

ということは、今扉の向こうにいる人物は…普通の、人間?

 

そんな風に思考をぐるぐるさせて固まっているうちに、なんといつの間にか義骸に入った状態の愛梨がスッとその横を歩いていく。

雄次郎と違い、愛梨はチャイムを鳴らしてきた人が浦原さんと限定しなかったのだろう。なので、雄次郎が反射的に駆け出している間に、自分はきちんと義骸を着こんでいたというわけだ。

 

 

「はーい、なんでしょう?」

 

「あ…すいませーん! 郵便です! 島崎さん宛になりますー!」

 

 

…ただし、さっき浦原さんが回収してきた義骸…入院着状態の島崎雄次郎の姿で出たために、郵便の人間は一瞬戸惑ったようだ。しかし仕事を全うする人間らしく、あとはスムーズに愛梨に確認のサインを求め、封筒に入った手紙を渡すと、ペコリと頭を下げて去っていった。

 

 

「雄次郎〜。郵便だって。手紙みたいね」

 

「手紙? 誰からだろう?浦原さんかな」

 

「あ、差出人書いてあるわよ。えーっと…」

 

 

 

「……”尸魂界 護廷十三隊 一番隊副隊長 伊勢七緒”」

 

 

 

愛梨が読み上げたその瞬間に、一気に部屋の中に緊迫した空気が流れ、二人はお互いに顔を見合わせる。もっとも、片方が雄次郎の義骸に入ってる関係上、お互いに同じ顔を見合わせている絵面になっているが。

 

 

雄次郎は思わず愛梨から封筒をひったくり、ビリビリと雄次郎らしからぬ明らかに焦った手つきで封筒を開ける。しかし、愛梨の方もそれに突っ込んでるヒマはなかった。

同じ顔を二つ突き合わせ、雄次郎が開く封筒の中の紙を覗き込む。

 

 

そこには几帳面な字で、このようなことが書いてあった。

 

 

 

 

所属:真央霊術院 2218期中途入学生
〇〇年〇〇月〇〇日

氏名:島崎雄次郎殿 茅野愛梨殿
護廷十三隊 一番隊

副隊長 伊勢七緒

 

 

緊 急 通 達

 

 

〇〇年〇〇月付をもって短期現世駐在任務体験の任を一時的に解き、同日付をもって尸魂界への帰還を命ずる。

この文書を受領後、三日以内に所定の穿界門を通り尸魂界へ帰還せよ。

 

詳細については、次文書を参照されたし。

 

 

以上

 




現世編 前章、早くて次回で終了します。
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