相変わらず字数が多く、話は進まない。悲しい。
翌朝。
ユージオが昨日買っておいた朝食用の弁当を平らげ、昨日教えてもらった着付けで院生服を身に纏って部屋の外へ出ると、既に廊下には壁にもたれかかったもう一人の同級生…
「あっ…また待たせちゃった…? ゴメン、遅くて」
「私が早かっただけだ。まだ授業開始までは時間がある」
素っ気なく呟く雨涵。銭湯の時といい、雨涵は自分より遥かに行動が早い。唯一自分が早かったのは初めてこの霊術院に来た時くらいだろうか。しかし、あの時も雛森副隊長の案内で早く着いただけだ。別に速さを競っている訳ではないにしろ、待たせてしまったという事実は少しばかり申し訳ない。軽くぺこりと頭を下げるユージオ。そして、授業開始までは時間があるとはいえ特に朝はすることもないということで、二人の院生は先んじて集合場所へ向かうことにした。
向かうと言っても、徒歩五分もかからない。なぜなら向かうのは最初に集まったあの場所、崩壊した霊術院前なのだから。昨日の伊勢副隊長の説明によれば、ここへ来る講師は毎日別の人なのだという。「オムニパス式の授業」と副隊長は言っていたけど、これまたユージオには初めて聞く言葉であった。そして霊術院は今講師不足であるため、派遣されるのは現役の死神ではあるが、正式な講師ではない。彼らもまた、初めての経験としてあなた達に勉強を教える身だから、あなた達も必要以上に緊張することはない。お互いに切磋琢磨する気持ちで授業に励むように、と二人は副隊長から告げられていた。
緊張するなとは言われても、右も左も分からない新天地における授業を控えていて、それは無理というもの。しかしユージオの心は、緊張というよりもワクワクの気持ちが若干上回っていた。どんな先生が来るのかも、どんな授業が行われるかも、そして…それを経て、自分がどれほど強くなれるかも、それら全てが緊張の要素であり、また楽しみであった。
立ったまま黙って待機する雨涵と対照的に、緊張と楽しみから落ち着かないユージオは、前日に充分読みふけったはずの教科書の類をまた読み返そうとした…その時である。
「ふはははははははははは!」
突如響いてきた高笑いに、ユージオのみならず雨涵はギョッとして顔を上げた。
「感心感心! 我輩とて早めに到着したはずだが、まさか院生諸君に先を越されようとは! いやはや、我輩もまだまだ修行が足りぬようだな!」
一体どこからその声が、と辺りを見渡す二人のうち先にその姿を捉えたのは雨涵であった。視線が止まった雨涵の視線をユージオが辿ると、その先は倒壊しながらも辛うじて建物としての面影を保っている霊術院の建物…そこの一番上の部分。逆光で顔までは見えないが、確かにそこに死神がいた。
呆気にとられる二人の院生をよそに、「ぬゔっ!」という掛け声と共にその死神は建物から飛び降りた。そしてドシン、という音と共にしっかりと着地、ができればよかったのだろうが…多少体勢を崩して危うく倒れこみそうになる死神。が、なんとか姿勢を起こしてしっかりと大地を踏みしめることに成功した。
未だ呆気が抜けない二人と同じ大地に着地した死神の姿は、2mに迫ろうかという巨漢であり、片肌を脱いだ死覇装姿に三つ編みお下げの髪型が非常に特徴的であった。
「よくぞ来た! 2218期中途入学院生諸君! 我輩は八番隊第三席副官補佐!! 大剣豪 円乗寺辰房である!!」
(…濃い先生…だね)
(随分と濃い死神…だ)
彼を見たユージオと雨涵の心の中での第一印象は、一致した。
初めての先生から受けた第一印象は、プラスやマイナスのものというよりただ単純な驚きに支配されたものではあった。だからこそ「さて…」と円乗寺が切り出した時は、一体どのような授業が展開されるのかと、先ほどよりも緊張の度合いを増してきたユージオであったが、円乗寺辰房と名乗った目の前の先生が最初に行ったのは、授業開始の宣言ではなかった。
「まずは…院生諸君よ! 我輩は…この度、諸君が霊術院への入学を決断してくれたことに対して、多大なる感謝の意を示そう! 本当に、ありがとう!」
「え…先生っ!?」
突如として先生がお礼の言葉と共に頭を下げ始め、ユージオは思わず慌てる。隣の雨涵もまた、更なる驚きに目を見張っている。だが、円乗寺は頭を下げた姿勢のまま言葉を紡ぎ出す。
「諸君らも存知上げていることだろうが…半年前に発生した『霊王護神大戦』において、多くの同胞が斃れ、散っていった! 我輩なぞより遥かに強い方々も…山本総隊長、卯ノ花隊長、狛村隊長、浮竹隊長……多くの隊長達もまた、護廷の為に戦死なされた!」
円乗寺が語る『霊王護神大戦』の認識は、下位隊士達にも伝えられている一般の認識だ。だがその中の一部は真実とは違う情報によって隠蔽されている。例えば、卯ノ花隊長及び浮竹隊長の死因は、厳密に言えば戦死ではない。卯ノ花隊長は、自ら望んで同じ護廷十三隊のとある隊長の刃の元に斃れ、浮竹隊長は世界を救うための贄となるべく、その体と命を捧げた結果であった。狛村隊長も、一命は取り止めているものの、二度と公の場に姿を表すことはなかろう。だが、過程こそ違えど…全ての隊長達の生き様、戦い、そして死に様全てが護廷の名の下であったこと。それだけは確固たる事実であった。
「隊長達の死は、紛れもなく護廷のために死力を尽くした誇り高き死であった! だが…我輩達席官は、その隊長 副隊長達の強さに甘えておった! それゆえ、我輩は護廷どころか、同胞達すら守ることができなかった! がむしゃらに刃を振るえど、斃れゆく仲間を止めること叶わず! 挙げ句の果てに、我ら生き残りし席官の前に残ったのは、無残なる瀞霊廷の残骸と…同胞達の骸のみであった!」
もはやユージオも雨涵も、驚きなどという感情はとっくに過ぎ去っていた。頭を下げたまま、震えた声で語る円乗寺の慟哭の感情が、波となって伝わってくるようであった。良くも悪くも全力で感情表現を行う円成寺の癖が、彼らに影響を与えていく。
「院生が学び舎から次々と去ってゆく事態を、我輩はずっと止めたかった! だが…我輩にその権利などあろうか!瀞霊廷も護れず、同胞も護れなかった我輩に! 死神という存在に院生が失望するのも無理からぬこと…。だから…だからこそ! それでもなお死神という存在に失望せず、この真央霊術院の門を叩いてくれたことに、我輩は深い感謝を示すのである!」
よくぞここまで息が続くものだと感心するほどの勢いで語り続けた円乗寺辰房は、きっと顔を上げて姿勢を戻した。
「そして我輩は…いや、我輩のみならずこれから諸君に教える全ての死神達は、諸君に護る力を教えよう! 我輩達が無様にも成し得なかったことを…成して欲しいという、想いがあるからだ! ただ、諸君らが何を護りたいと願うかは我輩も分からん! 我輩達と同じく瀞霊廷を護るか…または、それ以外に護りたいものがあるのか…またもや、まだ護るべきものが定まっておらんかもしれん。しかし! 我輩達は、諸君らが何を護りたいと願おうとも、それを護れる為の力を持って欲しいと願うが故に! 護る為の力を教えるのである!」
「…護れる…ための力…」
ふんすっと言い放った円乗寺辰房の言葉を、ユージオは反復した。だが、当の円乗寺先生はその呟きを聞き取れず、代わりにそれが耳に入った雨涵は、ちらりと隣の同級生に視線を寄せるが、数秒で元へ戻した。
「残念ながら…我輩が諸君らに教えられる時間はそう多くない! だが、その数少ない時間においても、大剣豪たる我輩の剣捌きの一片でも諸君らに伝授できればと思う! というわけで、早速授業を開始する! 諸君、自ら院生服に背負っておる斬魄刀…『浅打』を抜いてみるがよい! ゆっくりで構わんからな!」
「っ! あ、はい!」
突然ビシリと指を突きつけられ、ワタワタとし始めるユージオ。円乗寺からしてみればちょっとカッコつけた動きだったのだろうが、ユージオからしてみれば焦りを誘発する結果となった。ゆっくりでいいと言われても、指を突きつけられちゃビビる。
それと…斬魄刀を抜くのは昨日、部屋で一人何回かやっていたが、今みたいに背負っている状態で抜くのは初体験であり…かつ、思いのほか難易度が高かった。背中の紐を動かして鞘を腰元へ移動することで、ようやくまともに抜くことができた。朝日を反射する刀の光に、少しだけドキリとするユージオ。部屋の窓から差し込む光からの反射とは比べ物にならない輝き。『刀』って、こんなに光るものなのかと、ちょっとだけ心が奪われかけてしまう。
ガチャン
突如、隣で響いた金属音にユージオの奪われかけた心は現実に引き戻された。音につられて、何の気なしに隣を見ると、雨涵が浅打を取り落とした所のようだ。
…だが、ユージオが特に目を見張ったのはそこではない。
雨涵の顔色が…尋常じゃないほど、蒼白になっていたからだ。
「だ、大丈夫…!?」
思わず自分の浅打を地面に放って駆け寄るユージオ。だが、雨涵はとてもそれに対応できそうな様子ではない。近くで見ると、荒い息遣い、額に滲み出る汗と震える手。ますます普通じゃない様子が見てとれる。それもそのはず、今 彼女の目はもはや現実を映してはいなかった。
雨涵の手が地面を這い…また浅打の柄に触れ、握りしめた瞬間、彼女の喉の奥から恐怖にも満ちた文字にならない声が漏れた。ただ刀の柄を握っただけなのに、それを通じて体に伝わるのは人の肉を貫く感触。それに付随して目に映る光景は、何度肉を貫こうと毅然と立って冷酷に見下す瞳。脳裏に響くのは、血を吐き叫ぶあの男の甲高く意味不明の叫び。
怖い
なぜ、何度刺してもあの男は倒れない…? なんで、私をそんな目で見るだけで…反撃しない?
こわい
なんで、あの男は笑っているの? 死ぬのが…怖くないの? 私に殺されるのが…怖くない、の?
コワイ
何を…言っているの? なんで、私を見ないの? どうして…私はあなたを殺すために…でも、あいつはどこか…何かを、見て、笑って…なんで、私が、殺した、のに、仇、なのに…どうして、笑うの?
怖い…
恐い……
怖い………
恐
「もうよい」
今度は、雨涵が現実に引き戻される番であった。
現実の光景を取り戻した雨涵の瞳に映るのは、自らの手首を掴む大柄な手。彼女が顔を上げれば、神妙な顔で見下ろす円乗寺辰房がいた。
円乗寺はもう一度地に落ちた雨涵の浅打を拾い上げると、自らの手で彼女の背に戻した。言葉なくその手を視線で追う彼女に、円乗寺が言葉をかける。
「お主が持つその恐怖…今、無理をして乗り越えようとせんでもよい」
「この大剣豪 円乗寺辰房でさえ…半年前…多くの同胞を護りきれなかったあの恐怖を…乗り越えておらんのだからな」
恐怖。
それが、隣に蹲る同級生が抱えていた…傷、なのだろうか。
今の今まで何かを察することしかできなかったユージオだが、その正体の片鱗たるものが今こうして目の前に現れてきたように思えた。
恐怖。
それは、自分の心の中にも、あっただろうか。お婆ちゃんの死を目の当たりにしたあの時は…人の命を奪う光線に恐怖するよりも先に、大切な人を失った悲しみにうち震えていた。いや…あの時自分が抱えていた感情にも、命が失われるという恐怖が含まれていたかもしれない。だが雨涵には…まともに刀を持てなくなる何か…大きな恐怖が、過去にあったのだろう。それを尋ねる勇気はユージオにもなかったし、触れるべきでもないという考えは変わらない。それは円乗寺も同じだった。
「お主の過去に何があったか…詮索することはせん。我輩は四番隊の心理療法士ではないのでな。ただ、一つ教えておこう。死神になれば、何も必ず剣を握らなければならぬということではない」
「剣一本のみで三席の座まで上りつめた我輩のように、他の才をもって、死神を目指すこともまた然り。現に、我輩の上官は斬魄刀を持たずとも、鬼道の才をもって副隊長に任ぜられた強者である」
「お主が恐怖を乗り越え、再び剣をとって護る力を目指すのも自由。だが、その恐怖から逃げて別の護る力を得て死神を目指すのもまた一つの正しい道。どちらを進むにしても、自分で決めた道なら恥じることなく、誇りを持って進むがよい」
「…はい」
ぐす、と鼻をすすりつつ雨涵は立ち上がった。そして、軽く目を手でこすると「ありがとうございます…円乗寺先生」と静かながらも強い響きでお礼を言い、頭を下げた。円乗寺は一つ頷くと、今度はユージオに向き直った。
「少年よ。すまぬな…今日の授業内容を一部変更する。刀は、収めてくれまいか」
「はい」
ユージオは即答して頷いた。少しだけもたついたが…さっき抜くよりは比較的早く、背中の鞘に刀を戻した。それを見届けた円乗寺は再び二人を見渡せる位置へ移動し、堂々と告げた。
「我輩の剣技を授ける機会はまたの機会にしよう! 今回は…死神の基礎の基礎となる鍛え方を伝授しよう! 必ずや、諸君の役に立つであろう!」
こうして、初めての授業が始まった。
最初の授業の内容は…簡潔に言うならば、『霊圧自覚』と『霊圧集中』についてだった。
「霊圧を感じ取る感覚のことを『霊圧知覚』もしくは『霊覚』という! 相手の霊圧を感じ取ることは無論大事なことだが…それよりもまず諸君に取り組んでもらいたいのが、自分の霊圧を感じとることである!」
自分自身の体から発するもの…霊圧。心臓の鼓動に応じて体表のあらゆる部分から発せられる力。自分の体のこととはいえ、今まで全く意識もしていなかったことであるから、ユージオはなかなかその感覚を掴むことはできていないようだ。この『霊圧自覚』についての重要性は、きちんと円乗寺が教えてくれた。
「自分の霊圧を自覚することにより…その操作ができるようになるのが目的である! 操作することによって、自分の体中から発する霊圧を一点に強く集中させる…『霊圧集中』ができるようになるからである! この技術は、死神戦術である『斬』『拳』『走』『鬼』…いずれにおいても重要なのだ!」
そう語る円乗寺は、霊圧集中における重要性を今度は言葉だけではなく実践で表してくれた。
最初に円乗寺が殴って見せてもヒビ一つ入らなかった瓦礫が、二回目のパンチで粉砕された。拳全体に霊圧を集中させることで、拳全体の強度を上げると同時に、衝撃が瓦礫に伝わりやすくなったのだと言う。
最初の頃にユージオができなかった破道の一『衝』を放って見せた円乗寺は、鬼道を放つ為には特定の場所へ霊圧を凝縮する過程、そしてそれを体外で形作る過程が必要だと語った。
円乗寺が披露してみせた『瞬歩』もまた、足裏への霊圧の集中を必要とするらしい。ただし、瞬歩はそれ以外に必要な要素が数多く存在するとのこと。移動距離、方向の微調整による霊圧配分や、突発的な移動に伴い必要な姿勢制御。ただ移動するだけでも微細な調節が必要なのに、戦闘に用いるとなれば更に数倍の思考と実力をもって運用することが必要となってくる。それ故に瞬歩の習得は死神になる上での必修という訳ではなく、現に未だ瞬歩を使えない死神も存在するという。だが、逆に言えば瞬歩を習得できるほどの実力があるならば、上位席官の座も容易に狙えるということである。
そして…斬術においても、それは重要なことである。刀を握ることで、刀の霊圧と持ち主の霊圧が一体化する。持ち主の霊圧を刃に集中させることで、限りなく切れ味と強度を増していくという。
自らの霊圧を知ることの重要性を学んだところで、実際に訓練が始まった。訓練とはいっても、日陰で座り込み自分の内面に意識を向け、集中するだけ。その「だけ」が彼ら二人にとっては容易なことではなかった。実に30分後、無念そうな表情で首を振るユージオ達に対し、円乗寺は豪快に笑った。
「そう落胆せんでもよい! 我輩が諸君らにこの鍛錬を教えたのは、何も今日で全てを習得してほしいからではない! これからの生活において、少しずつ鍛錬ができるものを教えたのである! ぜひ諸君には、普段生活する中でのちょっとした隙間時間にも、自分の霊圧を体感するために意識することを勧めよう!」
そう聞いて、ユージオは円乗寺の言う意図を理解した。特別な道具も動きも必要ない、ただ立って自分の内面に集中して霊圧を自覚するこの鍛錬は、確かにちょっとした隙間時間で可能だ。銭湯に入っている時でも、就寝前にもできるだろう。最初の授業で出鼻を挫かれた気持ちだったユージオは、少しばかり気持ちを持ち直した。
と、ここで円乗寺辰房は授業の終了を告げた。思った以上に早すぎる授業終了に思わず目を見張ってしまうユージオだったが、円乗寺曰く戦争後の人事異動によって、八番隊における円乗寺の実質的な責任が大きくなっており、忙しい身なのだという。
「本日は諸君も消化不良かもしれぬが…明日からの授業は、より本格的な指導が始まることであろう。今日のところは初の体験授業とでも思ってくれればそれでよい! さあ、明日に備えて残りの時間はゆっくり休みつつ、有意義に過ごすとよいだろう! また我輩が授業を担当する時が来れば、その時は特別に我輩の奥義…『崩山剣舞』をご覧にいれよう! その時が来るまで、諸君らもしっかり鍛錬に励むがよい!」
「あ、はい! 本日はどうもありがとうございました!」
更に豪快な笑いをして去っていく円乗寺の背中に、90度近いお辞儀をして見送った。そして…円乗寺の背中が見えなくなった頃 ようやく顔を上げたユージオは、同じく隣で小さく頭を下げていた雨涵へ視線を向けた。
「…ね、雨涵。さっきは…その…」
「いつか、話したい」
「え?」
ポツリと零した雨涵は、隣のユージオに向き直った。
「さっき、円乗寺先生は言った。恐怖を乗り越えるのも自由だし、恐怖から逃げるのも正しい道だと。…だけど、私には逃げる道なんてない。乗り越えるために、私はここへ来た」
「…だけど、私一人では……抱えきるのは…乗り越えるのは、無理かもしれない。…もし、あなたが……私を友達だと思えた時……私が口に出せるほどの勇気ができた……そんな時が重なったら……」
つっかえながら、それでいて微かな勢いのある言葉を途中までいい続けたと思いきや、途中で急に言葉を飲み込み動揺したように視線を彷徨わせた。まるで、自分で発した言葉に、自分で驚いたかのように。
閉じた口の奥、喉から変な音を出してしまった雨涵は一瞬だけ顔に赤みがさしたが、すぐにユージオに背を向けて歩き出した。
もはや声が届くか分からない距離の中で、ユージオもまたポツリと呟いた。
「友達だと、思ってるよ。初めて会った時から」
その夜、二人は昨日と同じように、共に銭湯へ行き…弁当屋で弁当を買い、寮へ帰宅した。
昨日より、十分だけ往復時間が短くなった。
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西流魂街49地区
隣の地区の境界線沿いに住むとある中年男性の家に、本日に限り二人の子供が居候していた。
そのうち中性的な容姿をした浅黒の肌を持つ子供──産絹彦禰は、もう一人の子供…アリスのお陰で今日の休み所が見つかったと推測していた。なにせ休み所となりそうな家々へ訪問するたびに、家主がアリスの容姿を見て態度と表情を一変させるのを何度か見たのだ。さすがの彦禰も推測がつく。やっぱり、アリスって凄いなあと思う感情が九割、残り一割は…まだ自分でもよく分からない感情を持った彦禰はふと、何かに気づいてあたりをキョロキョロと見渡した。
「…アリス」
「うん。私も…なんとなく分かるようになってきたわ。…あっち、ね?」
彦禰が声をかけた先にいる金髪の少女…アリスは、鋭い目をして居候した家の壁の向こうを見つめていた。アリスの答えに頷いた彦禰は、自らの霊圧を極限まで抑えると…ゆっくり家の扉を開け、勢いよくばっと飛び出した。
それから数秒後…さっきアリスが見つめていた壁の向こうで、ドッカンバッタンという大音が聞こえてきた。
「な、何が起こって…!?」
「す、すいません…騒がしくして…」
家主に平謝りするアリスをヨソに、壁の向こうでは「わかったわかった! 俺が悪かった彦禰!」というもう一人の声が聞こえてくる。
それから約十秒後、再び家の扉が開いた。
「アリス! 檜佐木さんを捕まえました!」
「一人で歩ける! こら、降ろせ彦禰!」
「あ、すいません! 檜佐木さん!」
彦禰によって、よいしょと肩から降ろされた、彦禰より遥かに背の高い一人の男性…九番隊副隊長、檜佐木修兵は家の玄関に座り込み、非常に困った顔つきで頬をかいた。いや…正確には気恥ずかしさが入り混じった表情というべきか。そんな檜佐木の前に仁王立ちで立ち塞がったのは、腰に手を当てて口を引き結んだアリスだった。
「檜佐木さん、もう何回目ですか! 私達は大丈夫だって言ったのに、何回もこっそりついて来ちゃうんですから!」
「あのなあ! 俺はお前らを心配してるんだ! 怒られるいわれはねえぞ!」
ずいっ、と檜佐木が立ち上がることでアリスと視線の高さが逆転する。
「40番台の地区に来て治安はマシになったとはいえ、まだまだ危ない奴はそこらにいるんだ。大体、俺のバイクでいけば何日も早く到着するってのに、64地区から徒歩で瀞霊廷に行くなんて無茶なんだぞ! 見守ってやんなきゃ危険だろ!」
「もう! そんな無茶も危険も全部承知の上だって何度も言ったじゃないですか! 私は死神として強くなる為に、まずは足腰を鍛えつつ瀞霊廷へ行きたいんです! 彦禰もついてきてくれてるんだから、大丈夫なんですって!副隊長と…瀞霊廷通信って仕事で忙しいはずの檜佐木さんはいらないんですってば!」
「ぐぬ…」
自分より高い目線からの三白眼に物怖じせず、毅然と反論してみせるアリスに、檜佐木は防戦気味になる。身の危険を理由に付き添いを主張する檜佐木だが、その理論は大抵「彦禰がいるから」で論破されてしまう。なにせ彦禰は素手でも充分すぎるくらい強い。流魂街のどんな暴漢も彦禰の前には歯が立たないだろう。つまり、アリスは安全。その上で檜佐木が忙しいのもまた事実ではある。本来ならこんな流魂街で子供二人を見守っている場合ではない…のだが。
「それでも! 自分の目で無事なのを見届けないと安心できないのが親心ってもんだ!」
「檜佐木さんって、僕達の親ではないですよね?」
「親も同然だ!初めて会った時からな!」
そう言われて、彦禰とアリスは思わず顔を見合わせる。親も同然、とまで思ってくれているとは…思わなかった。だが、二人はクスリと笑ってみせた。親と思ってくれている人がいることに…悪い気はしないのだ。アリスは少し腕を組んで考えた後、ポンっと手を打って檜佐木に向き合った。
「分かりました! なら、いいですよ! 見守ってくれても!」
「お、そ、そうか! ありがとうなアリス!」
許可をもらった檜佐木が、ぺこりと頭を下げる。…しかし数秒後、ふと頭を上げて首をかしげる。
──俺、なんで礼を言う側になってんだ? 確か俺は、アリスのためを思って見守るって話だったはずだが…?
だが、その頭のハテナマークが消えないうちにアリスが更にまくし立ててきた。
「でも、条件が…あります!」
「じ、条件…だと?」
アリスのためを思って見守るって話に加え、そのアリスから条件を言い渡されるという状況に、檜佐木の頭の上のハテナマークが倍になる。そんな檜佐木に対し、アリスはにっこりと笑って、頭を下げながらこう告げた。
「お願いです、檜佐木さん! 見守りに来てくれてる間だけでいいので…私に鬼道を教えてください!」
大剣豪 円乗寺辰房さんのキャラ崩壊。
千年血戦篇以後の彼は生き残っているのは確定なので、大戦を経験して生き残っている彼はきっとカッコよく成長していると思います。