元人工フラクトライト達と二人の死神物語   作:り け ん

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現世編・前章が終わるエピローグがうまく一話に纏められそうにないのでちょっと話数とお時間いただきます。申し訳ないです。


第五十六話 帰還前々日・カラオケとその心意

〇〇年〇〇月付をもって短期現世駐在任務体験の任を一時的に解き、

同日付をもって尸魂界への帰還を命ずる。

 

その通達を見た瞬間。

雄次郎の脳内を駆け巡ったのは、『ついにバレた…!?』という驚きと恐れの感情だった。

 

義魂丸を忘れてしまった件。

虚の討伐に失敗し、無様に倒れてしまった件。

義骸を現世の病院に搬送され、元護廷十三隊隊長の手助けによって回収した件。

 

情けないことに、突然任務を解かれる心当たりならいくらでもある。

 

これらの件を咎められて、任務が中断ということならば…

もう二度と、現世には戻れないだろう。

 

雄次郎の脳内を、更なる思考が渦巻く。

ようやく「ユージオとアリスの元いた世界を探すプロジェクト」の手がかりを掴めたのに、このままで終わってしまうのか? 三日…三日以内に全てを終わらせれば…それは可能なのか? 三日となると、もう今からでも発信機を使ってキリトさんの居場所を特定…

 

グルグルと思考が巡って固まってしまった雄次郎の側で、愛梨…厳密には雄次郎の義骸を着た愛梨がひょいとその手紙を取り上げて、ジッと紙面を見る。

 

 

「ちょっと待って、雄次郎。これ…任を”一時的に”解き、って書いてあるわ」

 

「……へ?」

 

 

愛梨の言葉を聞いて正気を取り戻した雄次郎は、今度は愛梨の持つ手紙を覗き込む番になった。

 

 

「ほら。…もし、どこかのお咎めで任が解かれるなら、”一時的に”なんてつける必要ないわ。逆に”一時的に”解くということは、また任務に戻れる可能性がある…ってことよね?」

 

「い、言われてみれば…」

 

 

その推論によって、雄次郎の絶望の色に染まりかけててた目も輝きが戻ってきた。今度はまた愛梨から手紙をひったくり、しげしげとそれを眺めた。まるで、希望を再確認するかのように。

愛梨の方は、代わりに詳細が書かれているとという二枚目のほうを方をザッと流し見た。ひょっとしたら、き任を解かれた理由がこっちに書かれていないかと思ったのだが…

 

 

「…駄目ね。こっちの方にも、理由は書かれてないわ。荷物は必要最低限のみとか、向こうに着いた後の指示とか…そういうのだけ」

 

「そっ…か。…ん? 荷物が、必要最低限…?」

 

 

ある言葉が気になって愛梨の方を振り返る雄次郎。愛梨も同じ考えを持って頷く。

 

 

「そう。完全に任務が解かれるなら、普通荷物は全部回収させるはずよね。私たち自身で持って帰るなり、尸魂界に送り返すなりして。それもしないでいいってことは、また現世に戻れる可能性は高いんじゃないかしら」

 

「……だと、いいんだけど…」

 

 

愛梨の推測によって落ち着きは取り戻した雄次郎だったが、それでも不安は完全に拭えた訳ではなく、相変わらずじっと手紙を眺めている。現世に帰れることが未確定であり、一時帰還の理由も不明とあれば、いくら手紙を眺めて考え続けたところで改善はしない。おそらく再び現世に戻れるのは、尸魂界についてからの自分達の動き、言動次第だろう。

そう考えると、やっぱり不安にはなってくる。何せ、この現世任務でいくつも失態しているという事実が大きくのしかかっているのだから。そこを突っ込まれた時に、果たして自分はどう答えるべきか…。

 

結局、グルグルと思考が回ってしまった雄次郎だが、そんな肩をポンポンと叩く愛梨。

 

 

「こうなった以上、仕方ないわ。今は、残りの現世での時間をどう活動するか…考えるとしたら、そこよ」

 

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この通達を受けて、雄次郎と愛梨は膝を突き合わせて話し合った。

 

真っ先に議題に出たのは、病院の記憶封印の件。

一番重要な人物の記憶封印には今日成功したが、元々この作業は一週間前後にわたって行う予定であったが…それができなくなった。これに関しては浦原さんに相談するしかない。今日はもう遅い時間のため、明日の朝にでも伝令神機を用いて浦原さんに事情を伝えることにした。何かあった時のためにと伝令神機には浦原さんの電話番号が登録されていたが、まさかこんなに早く使うことになるとは思ってもみなかった。

 

それに加えて、問題点がもう一つあった。

あの時、キリトさんと一緒にいた…アリス・シンセシス・サーティ。彼女の記憶封印が、まだできていないということ。特に雄次郎が恐れていたのは、彼女経由で…キリトさんの記憶が戻ってしまうこと。封印は、とあるきっかけで復活する可能性がある。そのきっかけが、騎士のアリスさんになってしまったら。

 

しかし、これについては対策のうちようがない。特定の記憶を封印するには病院に設置された特殊な広範囲型記換神機を使う他なく、彼女がまた病院を訪れるかは不明であるのだから。強いてとれる対策といえば、せめてこの三日間で記憶消去できるタイミングが来ることを祈る他ない。

 

そして更に話し合ったのは、残りの三日間のこと。

正確には、三日目には早めに穿界門を開く必要があること考えると、実質的には二日か。

 

魂葬に虚浄化、それに記憶封印。突然帰還間近になったとしても、その業務を怠ることがあってはならないが…それ以外に、すべきことはないだろうか。

 

 

「万が一、もう現世に来れないことを考えると…」

 

「そう、雨涵やお世話になった人達へのお土産を買わないとね!」

 

「…へ」

 

 

愛梨が笑顔で放った言葉に、雄次郎は一瞬固まった。

 

 

「当然でしょ! 私達が現世へ来ることができたのは、色んな人達のお陰なんだから! 感謝の気持ちを伝えるためにも、そこは筋を通さなきゃ!」

 

「すじ…いや、確かにそうだけ、ど…」

 

 

彼女の言葉に理があるのは確かだが、雄次郎はどうも釈然としない感じを抱いた。本当にそれでいいのか?限られた時間、もっと大事なことを使うべきじゃないかと思った…のだが、

 

 

「はい、決まりね! 病院!魂葬!虚浄化! そしてお土産! あと三日のうちに上手く分担してこなしましょ!」

 

「え、え…あ、うん…?」

 

 

パンパンと手を打ち鳴らした愛梨によって、雄次郎の微かに残った疑問ごと半ば無理矢理押し流れてしまった。

 

 

 

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翌日。

 

 

「なるほど…そういうことでしたら、病院の件は後は全部アタシがお引き受けしましょうか?」

 

「えっ!?」

 

 

朝一番、緊急に帰還しなくてはならないことを伝えるために浦原さんに電話をかけたところ、予想外の言葉が耳に届き、雄次郎の声が思わず上擦る。

 

 

「お二人も突然の帰還命令でいろいろお忙しいでしょう。ま、特別サービスってことで、病院のことはアタシに任せて、お二人は自由に時間を使ってください」

 

「いえいえ、そんな、悪いですよ! ただでさえ、浦原さんには沢山世話になって…」

 

 

慌ててその申し出を辞退しようとした瞬間、その手の伝令神機は突如としてひったくられた。

 

 

「ありがとうございますーっ! それでは、お言葉に甘えさせていただきます! 浦原さん、本当にありがとうございました!」

 

「いえいえ、どうぞごゆっくり」

 

 

雄次郎の手から伝令神機を引ったくった者の正体は、もちろん愛梨だった。

アワアワしてる雄次郎を尻目に、ピッと通話を切った愛梨はニコニコしながら振り返った。

 

 

「よかったじゃない、雄次郎! 病院のことを気にしなくていいんだったら、他の任務差し引いても残りの時間でゆっくり過ごせそうよねー!」

 

「え? ええっ…!? いや、でも病院の記憶封印は僕らでやらないと…だって、騎士のアリスさんの記憶が封印できてるか確認しなきゃ…」

 

「大丈夫よ、私たちがやろうが浦原さんがやろうが結果は変わらないでしょ? さ、そうと決まれば時間を無駄にしないために、早く出かけましょう! …そうだ、久しぶりに私の義骸も引っ張り出そうかしらねー」

 

「え、いや、あの。……え、ええっ…?」

 

 

*

*

*

 

 

実のところ雄次郎とは違い、愛梨は現状を楽観視していた。

 

無論、兄姉達を大切な人たちと再会させたい想いは雄次郎と同じではあるが、この現世での任務体験においてキリトさんとアリス・シンセシス・サーティが現世にいる事実を掴み、さらにはキリトさんに発信機をつけることでその居場所を常に把握できるようになったことで、もうあと一歩のところまで前進できたと考えている。

 

一時帰還の件や、アリス・シンセシス・サーティの記憶消去ができていない問題等も確かにあるが、愛梨にとってはそれより気になるのは、クラスメイトかつ大切な友である島崎雄次郎のこと。

待望の現世に来てから、彼は明らかに笑顔の表情が減っていた。この任務においていくつものミスを犯して、キリトさんとの会合で本気で悩み、そして苦しんでいる。兄姉達の気持ちも勿論大切だが、愛梨にとっては雄次郎の気持ちだってとても大切だ。

 

せめて残りの日数だけでも、もっと現世を楽しんでほしい。愛梨はそう考えていた。

 

 

「ね、雄次郎ー。どこか行きたいところあるかしら?」

 

「えっ、僕!? …というか、雨涵達へのお土産を買いに行くんじゃ…」

 

「まだ時間に余裕あるし、後でも平気よ! それより今日はとことん付き合ってあげるから、ほら!」

 

「ほ、ほらと言われても……う、うーん…」

 

 

ただ、少々強引な愛梨の誘いに雄次郎は戸惑いを隠せない。

現世に来た初日のように、彼の腕に抱きつきながら歩く愛梨は動揺と迷いにふらつく雄次郎を見て、微かに口角を上げた。

 

 

「仕方ないわねー…お姉さんが、いいところに連れて行ってあげるわよ」

 

「…お、おねえさん……?」

 

 

その自称に雄次郎はツッコミたい気持ちがあったが、愛梨がスカートのポケットから出した紙…そのチラシを見た瞬間、雄次郎の気持ちは一気に塗りかえられた。

 

 

*

*

*

 

 

場所は変わって、雄次郎と愛梨はテーブルを挟んで向かい合って座っていた。

だが、雄次郎は愛梨を見てはいない。

 

雄次郎が視線を奪われていたのは、テーブルの上に並ぶ五つの器。そこに盛られた色とりどりの甘味。

甘い匂いが食欲を刺激し、思わず彼はごくりと唾を飲み込んだ。

 

 

「い、いいの…愛梨?」

 

「もちろん。今日は私のおごりよ。軽く注文してみたけど、雄次郎なら大丈夫よね? お金ならあるから、おかわりも遠慮はしなくていいわよー」

 

「ほ、本当…? ……それ、じゃ…いただきますっ!」

 

 

ドキドキしながらスプーンを手に取った雄次郎はまず、赤い果実…イチゴがこれでもかというくらい盛られたいちご器に狙いを定める。

そこのイチゴに白いクリームを絡ませて口に運ぶと…

 

 

「……ああ、すっごくおいしい………!」

 

 

心からの感情を表した笑顔のままうっとりする雄次郎を見て、愛梨はテーブルの下でガッツポーズをした。

 

 

愛梨が雄次郎を連れてきた場所は、一見すると彼らが住んでいるマンションと同じような四角い建物に見える。

だがその内部では甘味処…現世では「パフェバー」と呼ばれる種類のお店だった。

背の高い器に盛られ、色とりどりが特徴的な甘味を味わえるこの場所を、愛梨は前々からチェックしていた。半分は自分が食べたいからではあったが、雄次郎も大好きであろうことは容易に想像がついた。

 

そして想像通り、愛梨が自分の注文を店員に告げてその注文がテーブルに到着するまでの短い時間で、雄次郎は5つのパフェをペロリと平らげてしまった。

 

 

「本当に…ありがとう! 愛梨! こんな幸せな気分になったの、なんかすごく久しぶりな気がする…!」

 

「そう、よかったわねー」

 

 

朝ご飯を食べてマンションを出てからここまでほとんど直行したようなものなのに、相変わらず甘味となると胃袋の大きさが不思議なくらいよく食べれる…そう思いつつも、雄次郎がいつぶりかの幸せを噛みしめている

様子を見れただけで、こちらもお腹いっぱいになってくるというもの。

ふにゃりとした笑みを浮かべる満足げな雄次郎を見て、チャンスと見た愛梨は自身もパフェを頬張りながら雄次郎の更なる希望を引き出そうとする。

 

 

「どう? 他に、雄次郎のやりたいことがあれば付き合うわよ?」

 

「他に、かあ…」

 

 

残った甘さを味わっているのか、スプーンを咥えながら考え込む雄次郎。

昨日や朝よりは遥かに軽い雰囲気になった雄次郎は呟く。

 

 

「そうだなあ…あと、一つだけ。実は一度行ってみたいところが…」

 

 

*

*

*

 

 

『DAMチャンネルをご覧の皆さま、こんにちは!今日のゲストは…』

 

 

「わ! ……びっくりした…!」

 

「へぇ…すごいわね、部屋にテレビがあるなんて」

 

 

ドアを開いた途端に耳に飛び込んできた声に雄次郎は一瞬ビビり、愛梨は感心した声を出して部屋の中に入り、手にぶら下げていた様々な機械の入ったプラスチックのカゴを、ドサッと部屋の机の上に置いた。

 

 

「それにしても、ちょっと驚いたわ。まさか雄次郎がカラオケに興味あるなんて」

 

「いやあ、前に"からおけ"のことを聞いてから*1ずっと気になっててさ、一回は行ってみたいとは思ってたんだけど…」

 

 

雄次郎はソファーに腰掛けると、受付で店員に使い方を教えてもらったパネル付きの機械をカゴから取り出した。

 

 

「本当によかったの? 僕、ただ一曲歌いたかっただけなのに、わざわざ付き合ってもらって…」

 

「いーのよ! 30分だけだったら料金もすごく安かったし、それに雄次郎の歌も凄く聴いてみたいもの! 姉さんもそうよねー」

 

「ええ、もちろん! 楽しみねー、雄次郎の歌」

 

「おゔわっ!!」

 

 

突発的に現れたもう一人の声が突如賛同してきて、雄次郎は妙な声を出して飛びずさった。

 

 

「…? どうしたの? 雄次郎」

 

「い、いや…なんでもない…よ」

 

 

すぐに恥ずかしくなって元の位置に座り直した雄次郎は、不思議そうにこちらを見ているアリス・ツーベルク…いつの間にか愛梨の隣に腰掛けていた彼女の姉に乾いた笑いを返した。そして、すぐさま愛梨の方にアイコンタクトを送る。

愛梨は口パクで答える。

 

 

(カラオケのこと話したら、雄次郎の歌を聴いてみたいって言うから、さっき呼んだのよ)

 

(だ…大丈夫……かな?)

 

(何も私達の”プロジェクト”について話すわけじゃないし、平気よー)

 

 

口パクで素早く意思疎通をした後、愛梨は突然思い出したようにパンっと手を叩いた。

 

 

「そうだ! 雄次郎、ユージオ兄さんも呼んでみたら? きっとユージオ兄さんも雄次郎の歌聴きたいと思うわよー」

 

「え、ええっ!? そ、そうかなあ…」

 

 

相変わらず自己評価の低い雄次郎は自分の歌程度でそんな…とは思ったものの、それでもやはり、一度は”プロジェクト”とは関係なく、親愛の兄と一緒に楽しい時間を過ごしてみたい気持ちは確かに、ある。

 

今は義骸に入っているため、斬魄刀を持って話しかけることはできないため…心から、精神世界に問いかける。

 

 

 

──ねえ、兄さん。

 

──……?

 

──兄…さん…?

 

 

 

二分ほど、座りながらじっと目を閉じていた雄次郎だが、やがてちょっと不安げな表情で目を開いた。

 

 

「あれ…?ダメだ…兄さんから、返事がない…」

 

「あら、本当? ……それって、大丈夫なのかしら? …考えにくいけど、ユージオ兄さんに何か……」

 

 

「…大丈夫よ」

 

 

一抹の不安が雄次郎と愛梨によぎる中、それをとどめたのはアリスだった。

彼女は二人にゆっくりと視線を向けると、小さく微笑んだ。

 

 

「しばらく、ユージオは一人にしてあげて。…ちょっと、心の整理がつかないだけだから。すぐに、戻ってくるわ」

 

「……わかったよ、アリス姉さん」

 

 

“心の整理がつかない”

その言葉の意味が、雄次郎と愛梨には痛いくらいに分かる。

それどころか、今 ユージオをそのような状態に陥れているのは…二人のせいだとも言える。

 

ユージオとキリトさんを、不完全な状態で再会させてしまったこと。

 

もちろん、これは意図したことではなく、全ては最後にユージオとアリスが喜んでくれると信じての行動ではあった。だが、それで逆に今のユージオを苦しめていることになっているのならば…。

 

 

「仕方ないわね、それなら雄次郎! せめてユージオ兄さんに届くくらい心のこもった歌にしましょ!」

 

「え………う、うん…そうだね」

 

 

雄次郎の頭をよぎる暗い考えを見透かしたように、愛梨が明るく雄次郎に発破をかける。

…歌を届ける。確かに、それでユージオの心が多少なりとも晴れるなら。

 

雄次郎は、机の上に置かれたカゴからマイクを取り出して声を出してみると、想像以上に部屋の中に自分の声が反響して三人ともびっくりしたり、音楽を注文する機械の操作のやり方がおぼつかず、わちゃわちゃしたりした。

 

 

「そーいえば…雄次郎の歌いたい曲って、どういうのなの? 以前は、子守唄くらいしか知らないっていってたけど」

 

「ああいや、歌いたいのは子守唄とはまた別なんだ。実は、現世に来てから知った歌でさ……映画、を見た時に…」

 

 

そう言いつつ機械を操作する雄次郎の手が、ピタリと止まる。どうやら、お目当ての曲を表示させることができたようだ。

 

 

「不思議とね、歌を聞いていると…そのうち聞いてるだけじゃなくて、口ずさみたくなる。思いっきり、歌いたくなるんだよね」

 

「それが、”歌”というものよ。雄次郎」

 

 

半ば夢心地な雰囲気になっている雄次郎に向けて、アリスが雄次郎に語る。

 

 

「心が”歌いたい”という気持ちを抱いているのなら…ひょっとしたら、この歌はちょっと特別な体験になるかも…ね」

 

「…?」

 

 

意味深な言い方に、聞こえる。

雄次郎のみならず愛梨も一緒になって不思議そうな顔でアリスを見つめるが、当の彼女は優しく微笑むばかり。

仕方ないので気を取り直し、改めて雄次郎は機械に表示された曲の詳細を見つめる。

全部覚えてる。歌手、作曲者の名前…何より、歌い出しの歌詞も同じだ。同じ名前の曲はいくつもあったが、ここまで情報が一致しているなら、雄次郎の知ってる歌と同一と断言できる。

 

 

「…………よし……」

 

 

雄次郎は、さっき3人をビックリさせたマイクを改めて手に取り、機械の画面に指で触れる。すると、先ほどまでうるさいくらいに音を出してたテレビが一瞬で静まり返った。

立ち上がって、歌いやすいようにマイクを持ったままテレビにの側に歩く歩く雄次郎。愛梨とアリスが拍手をして、ちょっと緊張と恥ずかしさが沸き上がる。

 

しかし、画面にその曲名が映し出され、雄次郎の耳に聞き覚えのあるイントロが流れ始めた途端。

 

 

(………………ああ、これだ……)

 

 

言い知れぬ安堵感と、微かな紅高揚の気持ちが沸き上がってくる。

その高鳴る気持ちとは裏腹に、流れるメロディーは静か。それでどこか悲しそうな雰囲気が感じ取れるような、そんな曲。

雄次郎は軽く息を吸い込んで、そのメロディーに合わせて歌詞を紡ぐ。

全霊を込めた、自分の声で。

 

 

 

 

 

 

 

 

───さよなら ありがとう 声の限り───

 

 

 

*

*

*

 

 

 

別れと感謝の言葉から始まった歌。

愛梨もアリスも、歌というものの造詣に深いわけではない。ましてや原曲など知る由もない。

故に歌の優劣など分からないと自覚していたが…それでも。

 

美しいと思った。

 

心にズンと響くような歌声だが、それでいて重く感じることはない。

むしろずっと反響し続け、心を不思議な温かさと…寂寞のような感情が、震えながら伝わってくるよう。そして、それを歌う雄次郎の姿も、心なしか輝いて見えて…

 

 

───呼び合っていた 光がまた───

 

 

「…?」

 

愛梨は、歌っている雄次郎の姿に違和感を覚え…ある事実に気づいて、驚いた。

思わず目をこすってから、また雄次郎を直視するが…やっぱり。

 

 

───胸の奥に 熱いのに───

 

 

愛梨は歌の邪魔にならないよう声は決して出さずに、素早く姉のアリスにアイコンタクトを送る。

アリスも「気づいている」とばかりに頷きを返してきた。

 

 

───僕たちは 燃え盛る 旅の途中で出会い───

 

 

愛梨は、雄次郎が”輝いて見えた”

 

 

───手を取り そして離した 未来のために───

 

 

それは、決して目の錯覚ではなかった。

 

 

──夢が一つ 叶うたび 僕は君を想うだろう──

 

 

本当に、雄次郎の全身は…まるでオーラのように、青い光に包まれていた。

本人はおそらく気づかないまま…心をこめて、歌を紡ぐ。

 

 

──強くなりたいと 願い 泣いた──

──決意を餞に──

 

 

*

*

*

 

 

雄次郎が最後の歌詞を紡いだのと同時に、雄次郎の纏っていた光が輝きを失っていく。

そして、テレビが最後のメロディーを流し終わった瞬間、

 

雄次郎の纏っていた青光は完全に消滅し、

雄次郎の体がドサッとソファーの上に倒れこみ、

愛梨とアリスはスタンティングオベーションよろしく立ち上がって拍手した。

 

 

「凄い!凄いわ雄次郎!」

 

「綺麗な歌声ねー。雄次郎、ひょっとしたら歌の才能があるのかもしれないわね!」

 

 

「うー…なんか、すっごい疲れたよ…」

 

 

愛梨とアリスからの惜しみない賞賛を受けながらも、妙にぐったりしている雄次郎。

 

 

「それにしても、最初は氷雪系の雄次郎に合わない題名の曲だと思ってたけど、聴いてみると意外と合うのに驚いたわ。特に『僕は守りぬくと誓ったんだ』っていう歌詞の部分とか、凄く雄次郎の感情が出てて凄かったー」

 

「ユージオもそうだけど、雄次郎は意外と熱い男に見えるのよね。だから、ピッタリな歌だと思うわ」

 

「ははは…ありがとう…」

 

 

二人の批評を受けて、もちろん雄次郎に嬉しい気持ちはあるが、なぜか体が非常に怠い。歌うことってこんなに疲れるのかと疑問に思いつつ、雄次郎は乾いた笑いを返す体力しかない。今、虚出現の報告が来たらまともに戦えるのか心配になってくるくらいだ。

 

 

「で、雄次郎。あの光はなんだったの?」

 

「へ? ヒカリ? …何の話?」

 

「やっぱり気づいてなかったのね。雄次郎ったら、歌ってる最中なんかぼわーって光ってたのよ。」

 

「え?え? ひか……光って…た、僕が?? どういうこと!?」

 

 

脱力状態のまま、雄次郎は目をぱちくりさせて信じがたいという表情になる。その様子を見る限り、やはり彼が意図したことではなく、全くの無自覚だったようだ。

 

しかしそうだとすると、さっきの発光現象がなんだったのか、よく分からない。二人は互いに顔を見合わせる。雄次郎が無自覚に平然としている辺り、体に悪いものじゃなさそうだが…

 

 

 

「やっぱり……『心意』よね」

 

「「へ?」」

 

 

その答えを呟いたのは、意外にもアリスの方であった。

 

 

「姉さん、分かるの? というより、心意って…」

 

「雄次郎の気持ちが昂っていたのは、歌う前から感じていたもの。さっきのは多分目に見えるほどの心意の力が、雄次郎からあふれ出たんだと思うわ」

 

「心意、が…?」

 

 

心意。

雄次郎…そして愛梨も、その力には随分と世話になっている。

しかし、こうして耳にするのは随分久しぶりとも思う。

 

心意とは『心』の『意』志が生み出す、不可能を可能にする力。

 

いかに強い気持ちや想いがあったところで、それだけで強くなったり戦いに勝てたりする訳がない。それが現実である。だが、彼らの持つ心意の力はその現実を覆す。

実際、彼らはこの世界に存在しない技…『アインクラッド流 秘奥義』『神聖術』を再現することができる。何年にも及ぶ鍛錬などなく、『心』の『意』志だけで、だ。

また、ほとんど無自覚ではあるが、たかだが数か月間 死神見習いとして勉強と鍛錬をしていただけの雄次郎や愛梨が、自身より遥かに格上な敵に対して少なからず渡り合えたのも、この心意あってのことだった。

 

 

「心意があふれでる…? そんなことあるの、姉さん?」

 

「ほとんど見たことはないけど、ね。雄次郎の気持ちの昂りと、終わった後のこの疲れようを見るに、間違いないと思うわ」

「ほら、さっきの歌の歌詞に『呼び合っていた 光がまた 胸の奥に 熱いのに』って部分があったじゃない? 光が発し始めたのはそこからだったはずよ。だから、ちょうどその歌詞と心意の力がリンクしちゃったんじゃないかしら」

「もしその心意の力を光に使うんじゃなく、戦闘で使えたのなら、普段よりももっと強くなってたと思うわよ、きっと」

 

 

アリスの最後の言葉を聞いて、雄次郎の目が勢いよく見開かれる。

脱力していた体も急にガバリと起き上がり、愛梨とアリスがちょっとビックリしてこっちを見る。しかし雄次郎はその視線も気づかないかのようだった。

 

雄次郎の脳内を、過去の自責と後悔が再び蘇る。

 

 

───僕の……せい、だ…

───護れなかったんだ……僕が、僕が弱いせいで!

 

───僕たちは…期待を、裏切っただけだよ。

───京楽総隊長の…護廷十三隊の人たちの、期待の気持ちを…

 

───結果だけを見れば、被害も出ないまま命も失わずに済んだ。

───だけど、それは自分達の力ではない。自分達の力は、死神として及ばなかった。

 

 

───自分達には……本当に、今この場にいる資格があるのだろうか?

 

 

 

──強くなりたいと 願い 泣いた──

──決意を餞に──

 

 

最後、脳裏に歌の歌詞が響く。

心意の力が溢れ出るほどに共鳴した、あの歌。

 

雄次郎は、口を開く。

 

 

「アリス…姉さん」

 

「心意の使い方を…心意で、強くなる方法を……教えて欲しい」

 

「…!」

 

 

その申し出は、あまりに突然だった。

愛梨は自分も興味を示すように身を乗り出し、アリスはちょっと戸惑いつつも、頬に指を当ててうーんと考える。

 

 

「私に知ってることならでいいなら…でも、それで絶対強くなる保証はできないわよ?」

 

「保証はいらないよ。…可能性さえ、あればいいんだ」

 

 

雄次郎は、アリスから目を逸らさない。

そのまま一言一言、絞り出すような声色で語る。

 

 

「僕たちは一度、尸魂界に戻る」

「そして、再び現世に戻るためにも…僕は、強くならないといけない」

 

「そうでないと…僕は、僕自身を許せないから」

「強くなる可能性があるなら、それがどんな小さくても…追いかけるしかないんだ」

 

 

雄次郎は、まっすぐ彼女を見つめて言った。

その語気の強さ。雄次郎はいつも、そうだった。

 

雨涵に自らの心を語る時も。

ユージオに剣の教えを乞う時も。

京楽総隊長に現世任務への決意を示す時も。

 

鋼の如く強い決意を。

刃の如く真っ直ぐ語る。

 

剣が真っ直ぐなまま曲がらないように、雄次郎も決してその決意を曲げることはないだろう。

しかしその決意は、側から見ればまるで刃のように、危うくも感じられる。

 

雄次郎の強さと危うさを感じ取ったアリスは、ため息混じりに呟く。

 

 

「…思い詰めすぎないようにしなさいね」

 

「え?」

 

「それだけ心に留めておいてくれるなら…いいわ。私の経験した限りを、教えてあげる」

 

 

 

*

*

*

*

*

*

*

*

*

*

*

*

 

 

 

そして、雄次郎と愛梨はアリスからその体験談を聞いた。

 

アリスが、かつてまともに動くことができない状態に”封印”されていた時に、

ありったけの心意を込めて、幼馴染に言葉を届けたことを。

 

その時の、心意の宿し方を。

 

 

 

*

*

*

 

 

 

それを聞いたことで、雄次郎は理解した。

心意で強くなるためには、そのままの使い方ではいけない。

“強くなれ”と念じるだけ、“強くならないといけない”と想うだけでは、ダメなのだと。

 

 

 

 

 

*

*

*

 

 

 

 

 

───強くなれる”理由”が、必要だ。

 

 

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