元人工フラクトライト達と二人の死神物語   作:り け ん

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雄次郎と愛梨の出立と時を同じくして、
()()()()()()()()()()()()()()が、尸魂界に流れ着いていた。*1


ソウルソサエティ・トレイニング
第六十話 Third customer


その日、彼女は一日中落ち着きがなかった。

ずっとウズウズソワソワしており、五秒として同じところに止まることができず、ずっと穿界門の近くを彷徨いていた。爪を噛んだり、腕組みや指をクルクル回したりと足以外の動きも盛んなため、穿界門の番をしている死神もその姿を見ていて飽きないほどだ。

とはいえ、朝からずーっとこの調子では、さしもの門番も心配し始める。

 

「おい君、昼ご飯はいいのか? 朝からずっとでは、お腹空いているだろうに」

 

「ありがとうございます。…大丈夫ですから」

 

彼女は小さく会釈したものの、またすぐにウロウロソワソワして穿界門の方を見つめ始めた。お腹が空いているのは本当だろうに、おそらく彼女にとっては、空腹よりも重要な何かをずっと待っているが故に…

 

 

ギッ……

 

 

「!!」

 

「おっ…」

 

 

穿界門の動きを、いち早く察知したのは門番ではなく、彼女の方だった。

恐るべき速さ…というより、瞬歩まで使って、開き出す穿界門の前に移動する。門番は慌てて「こら!そんな前に出たら、門にぶつかって危ないぞ!」と言って彼女を引き剥がす必要が出てきてしまった。

 

錆びついたような音を立てながら、ゆっくりと開いていく穿界門。扉にぶつからないギリギリの位置に陣取った雨涵は、開いた門の向こうに見える二人の影を見た瞬間に、またもや瞬歩を使って中に突撃した。

 

 

「ユージオ!アリス! おかえ……っっ!!??」

 

 

大切な親友である二人を迎える彼女──雨涵は、その姿を見て思わず言葉が詰まった。

山のような荷物を持って、ヨタヨタとバランスを崩しそうになりながらこちらに向かってくる二人を見て、雨涵は一瞬硬直した後に、素早く側によって手当たり次第にその荷物をひったくる。

 

 

「なんなんだこの荷物は!? なぜ現世から一時的に帰還するだけで、こんなにモノが増えるんだ!? 必要最低限の荷物でいいはずだろうまったく! ほら、ここは私が持つから!」

 

「あ、ああ…ありがとうね、雨涵」

 

「助かるわー。…それにしても雨涵…」

 

 

 

「なんか、元気になった?」

 

「……!」

 

 

愛梨から、そう言われた雨涵はちょっと顔を赤らめて…小さく、呟いた。

 

 

「逆だ。二人がいない間は……想像以上に、寂しかった。だから、戻ってきてくれて…特に、嬉しくなっただけだ」

 

 

そう言われて、顔を上げた雄次郎と愛梨の顔がぱあっと花開くような笑顔になる。

もちろん雨涵も、心の底から安心したような笑みになる。

 

 

「ユー……いや、雄次郎、愛梨…….お帰りなさい」

 

「「ただいま!! 雨涵!!!」」

 

 

 

*

*

*

*

*

 

 

 

あれほど多かった荷物も、三つに分散することでようやく現実的な量に見えるようになった。

それでも側から見れば充分大荷物と言える量を持って、三人は並んで歩いていく。

 

 

「さすがに、まだ寮には入れないよね…」

 

「修復工事は年単位でかかるらしいからな。だから私は今、石和先生の計らいで選んだ一軒家を借り受けて住んでいる。雄次郎と愛梨の分…更に二人のスペースもあって余りあるほどの家だ」

 

「「……えっ!?」」

 

 

人間三人が住めるほどの大きさの家を仮住居としていると聞いて、雄次郎と愛梨は思わず驚愕の声を漏らす。二人が現世で使っていたのは、二人で住むには余裕のあるとは言い難いマンションの一室だった。なのに、たった三人の霊術院生のために、そんな立派な家が…?

 

 

「私も驚いたが…どうも、その家は護廷隊に寄附されたものらしくてな。未だ住み手がいないため是非…ということだったらしい」

 

「寄附…?」

 

 

愛梨が首を傾げる。雨涵は…少し、憂いを帯びた顔で話した。

 

 

「その家は…元は、護廷十三隊のある席官が所有していた。だが…その人は、先の霊王護神大戦で殉職した」

 

「…!」

 

「っ…..」

 

「…その人の両親が、寄付してくれた家なのだそうだ。将来、死神を目指す子供達のために、家を活用してくれた方が、きっと故人も喜んでくれる…と」

 

 

雨涵のその話を聞いて…押し黙る二人。

しばらく、無言で歩みを進めていたが…ポツリと、雄次郎は呟いた。

 

 

「お礼を言いにいかなくちゃね…。家を寄付してくれたご両親と…その、殉職した人にも」

 

「そうね…雨涵」

 

「分かってる。後で、一緒に行こう。ご両親の家と…その人の、墓の場所へも…」

 

 

 

*

*

*

*

*

 

 

「「ふーーーー!!!」」

 

 

家に到着し、全身の荷物をようやく置くことができて、雄次郎と愛梨は思いっきり気の抜けた声を出して畳張りの和室に寝っ転がる。

同じく荷物を置いた雨涵は、一度部屋の隅に荷物を移しながら二人に聞く。

 

 

「二人とも疲れたろう。お茶でも入れてこようか」

 

「ああ……大丈夫だよ、雨涵。確かこの後すぐに…」

 

「ええ。指示書には荷物を置いたらすぐに一番隊舎に向かうようにって指示だったから、いかなくちゃ」

 

 

ダラーっと床に転がっていたのも、ほんの数十秒。

すぐに二人は立ち上がって身支度を整える。…と言っても、院生服を正す程度なのだが……こんな小さな整えでも重要だ。

 

何せ…これから自分たちは、京楽総隊長の元へ赴く。

そしてその返答の次第によっては…これからの現世駐在任務体験の是非が決まるかもしれないのだ。少しでも印象を良くしておくに越したことはない。

 

 

「あ、でもその前に…!」

 

「そうだ! 僕も…ちょっと待ってて雨涵!」

 

「?」

 

 

何かを思い出したかのように二人して雨涵が隅に退けた荷物に向かって行く二人。

中をガサコソあさっていた二人は、やがて二人はそれぞれのモノを持って雨涵に差し出した。

 

「はい、これ現世で買ってきたお饅頭! ひよ子って言うんだって! 可愛いし、きっと美味しいと思うわ!」

 

「僕はこれ…なんでも金運が上がる白猫の貯金箱! 気に入ってくれるといいんだけど…」

 

 

「! 二人とも…まさか、私に…わざわざ、土産物を…?」

 

 

一瞬、想定外の驚きに体が硬直する雨涵。

雄次郎と愛梨が大袈裟にコクコクと頷いてみせると…雨涵も、心にホワホワとした嬉しさと高揚の感情を抱いて二人からの心の篭ったお土産を受け取った。

 

 

「ありがとう…とても、嬉しい……ん、ちょっと待って。まさか、その荷物全部他の人へのお土産なのか!?」

 

「現世に行くことができたのは、色んな人たちのお陰なんだもの。お土産の一つでも用意しなきゃってね」

 

「やっぱり、感謝の気持ちを伝えるなら、お土産が一番かなって」

 

「気持ちは分かるが…しかし、こんなにたくさんの荷物を一気に持ってくるとは…ちょっと驚いた。万が一、拘突が発生したらどうするつもりだったんだ?」

 

「そうなったら、流石にお土産は諦めて全力で走るよ」

 

「ま、 ()()()()には代えられないものね」

 

 

どうやら、気持ちの割り切りはきちんとできているようだった。そして…あいも変わらず、三人の命が繋がっているという誓いも、三人の心に打ち込まれたままだった。

 

 

「さて、雨涵にお土産も渡したし…そろそろ行きましょうか。雄次郎」

 

「そうだね。総隊長への分は…いや、流石にお土産持って通達を受けに行くのは失礼かな。また改めて渡しにいこう………あ」

 

 

そう考えたときにふと、雄次郎は気になった。

 

 

「そういえば……雨涵は…なにか、知らない? その…」

 

「雄次郎と愛梨に帰還命令が下された理由、か?」

 

 

雄次郎の言葉を察した雨涵の推測に、雄次郎は大げさにコクコクと頷いた。愛梨もその会話にこっそり耳を欹てる。二人が任務体験を中断してまで呼ばれた理由…せめて、現世での失態を咎められてなのか否か。それが分かるだけでも、大分心の準備が違ってくるのだが…

 

 

「そうだな。理由なら……私は少し、知っている」

 

「「!!」」

 

「だが、この場で話すのはな…」

 

 

そう口ごもると、彼女はキョロキョロと辺りを見回す。まるで、誰かに見られてないか警戒するような…何やら気を張り巡らせている様子だった。不思議に思う雄次郎と愛梨だったが、やがて雨涵は動きを止め…二人に伝える。

 

 

「よした方がいいな…。万が一ということもある。今はとにかく一番隊舎へ向かおう。話はそこで、だな」

 

 

*

*

*

*

*

 

 

結局。

雄次郎と愛梨は未だ心の中で様々なパターンを考えながら、雨涵に連れられて一番隊舎に向かう形になった。

 

 

「……というわけで、瀞霊廷内から新規の入学者だけではなく、霊力の素養がある流魂街の民をより多く受け入れられるような仕組みが中央四十六室(うえ)で検討されているらしくてな。その一環として、この間その検査によって”素養アリ”と認められた人が、招かれることになったんだ」

 

「へー! ということは、新しい人が霊術院に来るの!?」

 

「いや、まだ入学は確定してないぞ。先生とか現役生……つまり、私の話とかを聞いてから、あくまで本人が決める形だから」

 

「そっか。…もっと色んな人と一緒に、死神の勉強できたらいいなあ。何人くらい来るのかな?」

 

「たしか…3、4人。名簿はそれくらいだったはず。そのうち2人は紺野って同じ苗字だったのが記憶に……あ、」

 

 

 

 

「……着いたぞ。一番隊舎だ」

 

「「!」」

 

 

相当に長い道のりを雑談しながら歩いていた三人は、雨涵の声で立ち止まった。

目の前に建つのは、『一』の数字が目立つ大きな建物。雄次郎達はこれまで二番隊舎くらいしかみたことはなかったが、それに比べれば明らかに巨大。ただ...その代わり戦争による破壊の跡が修復しきれていない部分が、目に見えて分かる状態だ。

 

さっきまでの気軽な雑談の雰囲気とは一転、雄次郎と愛梨に緊張の空気が纏わりつく。

 

 

「ほらいくぞ。こっちだ」

 

 

一方で雨涵は気楽な様子で、二人を隊舎の中へ誘う。

 

 

*

*

*

*

*

 

 

雨涵のこの足取りの軽さと迷いのなさ。ひょっとして、何度かここに来ているのだろうか。なんだか、現世任務体験で自分達と別れた時に比べて随分リラックスした雰囲気を纏えるようになってるなと思う。

しかし雄次郎と愛梨にとっては初めての一番隊舎な上、現世任務体験続行の是非がかかっているのだ。雄次郎はもちろんのこと、現世では比較的気楽に事態を捉えていた愛梨の体も緊張が走る。

 

他の死神ともほとんどすれ違わないくらい閑散とした隊舎内を進み、やがて雨涵はある大きな扉を前にして立ち止まり、その扉をノックする。

 

 

「霊術院2218期生 一年の雨涵です。短期現世駐在任務体験より帰還した島崎雄次郎 茅野愛梨の両名をお連れしました」

 

「…どうぞ」

 

「失礼します」

 

 

扉の向こうから聞こえてきた女性の声に応じて、雨涵は扉を開ける。

 

 

「ご苦労様でした。総隊長は彼方に」

 

 

側で出迎えたのは、一番隊の副隊長 伊勢七緒であった。雄次郎達にとっても見知った顔であり、あの任務への帰還命令書を書いた人物。だが、もちろん彼女が今回の主導者ではなく…

 

 

「やあ。ユージオ…いや、今は雄次郎くんと…愛梨ちゃん、だったかな? わざわざ戻ってきてくれてありがとうね〜」

 

 

このやたら広く開放的な執務室の奥で机に向かっていたが、三人の姿を見つけると早足でこちらに歩み寄ってくる、派手な色の着物を肩にかけ笠を被った男性死神。

 

護廷十三隊 総隊長 京楽春水。

その軽薄な口調とは逆に、雄次郎と愛梨にはより一層の緊張が体に響く。

 

 

「さて…()()()()()は伝えるだけ伝えて、早く終わらせちゃおうか」

 

 

そう言って、書類を数枚懐から取り出し始めた京楽総隊長。

 

“伝える”

”早く終わらせる”

 

その言葉だけでは…言い方にも、悪い方にも、想像できる。

だが、それを聞くにしても…せめてどちらかであることが分からなければ、落ち着いて聞ききようがない。

愛梨は勇気を持って一歩踏み出し、口を開く。

 

 

「あの…緊急、ということでお伺いしたのですが……私たち、何か……その…」

 

「え? ……ああ。大丈夫大丈夫。そう身構えなくても平気さ」

 

「”緊急”なんて書いちゃってたかもしれないけど、そう急がないといけないとか、何か咎めようとかそういうものじゃないんだよね〜。場合によっては、終わったらすぐ任務に戻ってもらって構わないから、さ」

 

 

その言葉。

それを聞いただけで、二人の体の緊張が一気にほぐれていく。雄次郎に至っては、少しでも気を抜くとへなへなと座り込んでしまいそうになるくらいだった。

この言い方から察するに、少なくとも二人が想像していたような”悪い方”ではないことはほとんど確定した。それだけで、どれほど心が楽になったか。雄次郎は頬が緩みそうになるのまで堪える必要があった。

 

一方の愛梨は、雄次郎とほぼ同じ気持ちになりながらも心の隙間ではまだ警戒を解いていなかった。京楽総隊長の『場合によっては』という言葉を耳聡く捉えていたからだ。ひょっとしたら、私たちの返答次第で話の転び方が変わってしまうかもしれないのだ。そして、一瞬遅れて雄次郎も愛梨と同じことに気づき、微かながら緊張が体に戻ってくる。

 

伊勢副隊長と雨涵は少し後ろに控えたまま、雄次郎と愛梨の二人は並んで京楽総隊長の前に立つ。

そして、京楽総隊長が書類の1ページ目を見ながら話し始める。

 

 

「そう、ボクから伝えなきゃいけないのはね…キミたち”二人が交戦した虚”についての話なんだ」

 

「「!!!」」

 

 

雄次郎と愛梨の二人の体が、一気に硬直する。

 

 

 

あの四頭の虚のこと…!

 

僕たちが戦ったこと…知ってる!?

 

いや、知られていてもおかしくはない…けれども。

 

 

ということは当然、自分達が…虚に敗北したことも…!

 

 

 

「あの四頭の虚については、尸魂界(こちら)側からの観測だけみても明らかに”普通じゃない”。もしこれから現世任務体験に戻るのなら、そのデータだけでも頭に…」

 

「申し訳ありませんでした!!!」

 

「っ…?」

 

 

雄次郎は思わず体面も何もなく、京楽総隊長の話を遮る形で大声で謝罪の言葉を放ち、頭を下げる。

 

 

「体験とはいえ、現世任務を任された身でありながら…虚に敗北し、無様に倒れてしまったこと…弁明のしようもなく……!」

 

「ああいやいや、大丈夫だよ。落ち着きなって…ほら」

 

 

どこで学んだのか、格式張った謝罪の言葉を語る雄次郎に対し、京楽総隊長は腕を伸ばしてその下げた頭をポンポンと優しく叩いて落ち着かせる。

 

 

「謝らなきゃならないのは、ボクたちの方だよ。あの虚の霊圧強度と特殊能力…本来なら、尸魂界の側から即急に救援を送らなきゃいけないレベルの存在だった。でも、知っての通り救援の人手一人を手配するのにも苦労している現状だったからね…準備を整える頃には、全て終わっていた後だった…ゴメンね」

 

「あれほどの虚を相手に一歩も引かずに戦ったことに、ボクからは是非お礼を言いたい。おかげで、現世の人間や建物に被害は0だった…。本当に、ありがとうね」

 

 

「……あ、ありがとうございます…!」

 

 

顔を上げた雄次郎は、京楽総隊長から逆に奮闘したことに対するお礼を言われて…感極まり、また頭を下げる。愛梨も同じく、総隊長からの賞賛に対して礼を持って応ずる。

ただし、京楽総隊長の言い方には語弊があった。救援に出す人材すら不足しているのは事実だが、実際に救援を送れなかった理由は『いち早く虚の出現を感知した技術開発局が、特異な虚の生体・戦闘データ計測を優先した』というのが一番大きかった。京楽はその事実を上手く隠したまま、二人に本心の気持ちが含まれたお礼を言って二人の気持ちを落ち着かせた。

 

 

「…それにしても、京楽総隊長の仰る言い方からするに……あの虚は、普通ではなかった…と?」

 

 

謝罪が一区切りついたところで、愛梨が疑問を呈する。それを受け、京楽は改めて手元の資料をめくった。

 

 

「そう。二人は戦闘に必死だったから、気づかないのも無理はないね。…実は、技術開発局から提出されたあの虚の霊圧の計測データに、不可解な点があるんだ」

 

「不可解…ですか?」

 

 

「その中には『虚』のもの以外に…『人間』と『死神』 本来あり得ない、二つの霊圧パターンが計測されていたのさ」

 

「「!!」」

 

 

そう言われて…雄次郎と愛梨の二人の顔色が変わる。

確かに、あの時二人は戦闘に必死だったゆえ…気づかなかった。というより、気にしている暇がなかったという方が正しいか。だが、京楽総隊長に言われて初めて…二人は気づき、思い出す。

 

あの異様に混ざり合った…巨大かつ奇妙な霊圧。

ただ思い返すだけでは、それが『虚』『人間』『死神』の三つが混ざった霊圧だとは実感しづらかったが…計測データがそれを示している以上、否定をする理由もなかった。

 

 

「通常の虚では、まずありえない事象。かと言って、単なる突然変異で『人間』や『死神』の霊圧等が混じるとも考えにくい。…となると、可能性は一つ」

 

「その虚は、人の手によって改造、もしくは製造させられた……『人造虚』という風に推測できる」

 

 

「え…?」

 

「人…造……?」

 

 

その概念は、雄次郎と愛梨にとっては全く慮外のものだった。

虚といえば人の魂から心が失われ、悪霊となった化け物。それを改造…ましてや、製造……なんて。

 

 

「……突拍子もないことを言ってる自覚はあるよ。虚の改造や製造…そんな大それたこと、並大抵の技術じゃ到底不可能…。だけどね、ボクも根拠なしに言ってるワケじゃないんだ」

 

 

虚の改造や製造。そんなことはあり得ないであろう気持ちを抱えた院生達に対し、それは「大それたこと」「並大抵の技術じゃ到底不可能」と京楽総隊長は評す。しかし「それが技術開発局で少なからず行われている」ことは語らぬまま、次の資料のページをめくる。

 

 

「君たちは…完現術者(フルブリンガー)という言葉を知ってるかな?」

 

「…?」

 

「いいえ…私達は、多分まだそこまで習ってはないかと…」

 

 

京楽総隊長のその言葉は、全く別の話題に舵を切ったように聞こえた。

聞いたことのない単語に雄次郎は首を傾げ、愛梨はまだ授業で習っていない単語だと解釈した。しかし一方、雄次郎はその単語は霊術院生徒が習うものではないと考えていた。霊術院の教科書なら、もう何十回と読み込んでいる雄次郎。そんな自分でも聞いたことのない単語は、授業に関わりあうものではないと思う。

 

 

「ああ、ちょっと意地悪な質問になっちゃったね。念のために聞いただけで、知らないからといって、気にしなくて大丈夫。霊術院どころか、死神達の中でも一部しか知らない存在さ」

 

 

雄次郎の考えは当たっていた。

 

 

「完現術者…ごく端的に言うと『特殊な力を持った人間』…これに尽きるね」

 

「それは…あの滅却師(クインシー)とは、また別の…?」

 

「その通り。滅却師や死神(ボクたち)とは、決定的に違う点がある」

 

 

その言葉を機に、京楽総隊長による完現術者についての簡単な授業が始まる。

 

 

「死神は知っての通り、内に持つ霊力をそのまま放出して戦う。対して滅却師は、内に持つ霊力を使って大気中の霊子を使役し、武器を作ったり直接操ったりして戦う存在。ここまでは周知の通りだけど…」

 

「じゃあ完現術者が使うのは何か? 答えは、物質に宿る魂さ」

 

 

そう言って、京楽総隊長は手元の紙の束をヒラヒラと振る。

 

 

「器子の物体には、それを扱う持ち主を助けようとする無意識の魂が宿っている。ただ、それは理論上観測できるというだけで、それをどうこうする(すべ)は存在しなかった…完現術者が現れるまでは」

 

「ボク達はもちろん、滅却師すら使役出来ない器子に宿る霊子…魂を自在に操れるのが、完現術という能力なのさ」

 

「加えて、彼らはただ器子の魂を使役するのみならず、特定の器子の物体に強い愛着を持つと、稀に独自性の高い能力を開花することがあるんだ。ちょうど、死神の斬魄刀に近い感じだだけど、これがちょっとばかし厄介でね…どんな能力を持っていてもおかしくないんだ」

 

 

どんな能力を持っていても、おかしくない…。

雄次郎は、思わず緊張からゴクリと唾を飲み込んだ。

 

 

「尸魂界が把握している現世の完現術者は計六人。このうちの一人は、もう完現術の能力を失った”元”完現術者…だから、正確には五人かな」

 

「その六人の動向は常に尸魂界の監視下にある…。だけど、つい最近。ボク達でも把握できていなかった七人目の完現術者の存在が…明らかになった」

 

 

そこで京楽総隊長は、その資料のとあるページの拡大写真を二人に見せた。

 

 

「画質は荒いけど、しっかり証拠も残ってるんだ。…ほら」

 

 

二人の前に提示された写真。そこに映っていたもの、は。

雄次郎も愛梨も、見たことはなかった。だが、少なくとも雄次郎はその光景に既視感を覚えた。

 

写真のほとんどを埋めているのは、見たこともない人物の背中。

藍色の髪の房が肩より下に垂れていることが分かるくらいで、性別すら定かではないが…その()()()()()()()()が写真に映る中で、その上部ではなにか見覚えのある姿が…。

まるでその人物の手元に吸い込まれるように体が歪んでいるため、最初に見たときは気づかなかった。だが、あの白い仮面と獣のような巨大な姿は…あの時に戦った、四頭の虚。

 

そして、まるで四頭の虚を吸い込んでいるかのようなその白の装いの人物の足元には…()()()()が。

 

それを認識した瞬間、雄次郎は思い出す。

自分が抱いていた、既視感の正体は……戦闘の後、気を失った雄次郎の代わりにその後を目撃した、ユージオの言葉。*1

 

 

── 虚が消えた後、僕たちが見たのは…………人、だったよ

 

── 服の裾が足のところまであるくらいに裾が長い……白い、外衣だった

 

── 緑色の光が……見えたような…

 

 

「この足元の緑色の光は完現光という、完現術者が能力を使うときに発せられるものでね。この写真によって、ボク達は改造虚の一件を完現術者の仕業と断定した」

 

「完現術者の能力は未知数…虚を改造できるなんかしらの能力があってもおかしくはない。加えて、満身創痍だったとはいえ君たちに察知されることなく即座に虚を回収できる能力や、ボク達死神側の監視網も搔い潜る能力……明らかに只者じゃない」

 

「さっきも言ったとおり、ここでの用事が終わったら、いつでも現世駐在任務体験に戻るのは構わないけど…こういう存在がいることは、頭に入れてほしいと思ってね」

 

「無論…もし、この話を聞いた上で任務を中断したいと言っても、それを拒否する理由はない。ボクはそう思うよ」

 

「「…!」」

 

 

京楽総隊長の説明と、最後の言葉の意図…雄次郎と愛梨は感じ取った。

確かに、二人で到底敵わない虚を操る完現術者が潜む街。それに恐れをなしたとしても、誰も責めやしない…そういうことだろう。

間違いなく、京楽総隊長は好意の上で言ったのだろう。だが…

 

 

「……ちょっと、考えさせてください」

 

「うんうん。そう急がなくても平気さ。ゆっくり考えておきなね」

 

 

雄次郎が出した答えは、保留。隣で愛梨も小さく頷く。

京楽総隊長の手前、一応は保留の体で話したが…二人の心中は、既に答えは統一されていた。だが、考える時間が必要なのは事実。雨涵も含めて、「ユージオとアリスの元いた世界を探すプロジェクト」について検討する時間が。

 

話を一区切りつけた京楽は、パンと手を打ち鳴らした。

 

 

「さて! これで用事の半分は終わりだね。後の半分は…雨涵ちゃん」

 

「はい」

 

 

京楽総隊長の声に応じて、後ろで控えていたはずの雨涵が二人の横に並ぶ。

 

 

「”彼”は応接室で待ってもらってるからね。約束通り、部屋の近くには誰も近づかないよう周知してあるから。話が終わったら、ボクを呼んでもらっていいかな?」

 

「はい。お気遣い、感謝します」

 

 

「「??」」

 

 

雄次郎と愛梨は、内心で首を傾げた。応接室で、”彼”が待ってる…? 誰が? 自分たちを?

しかも、京楽総隊長が人払いを? 雨涵が約束までして…?

クエスチョンマークが尽きない中、愛梨が直接疑問を呈す。

 

 

「京楽総隊長…一体、他の用事とは?」

 

「ん、詳しくは雨涵ちゃんから応接室行く間に聞いてくれれば早いと思うけど…実はね」

 

 

「雄次郎と愛梨ちゃん…いや、『ユージオ』と『アリス』ちゃんの二人をご指名でね…お客さんが来てるんだよ。それを聞いて雨涵ちゃんがお客さんと話してね…ぜひ、二人とお客さんを話し合わせて欲しいってことになったのさ。…あくまで内密に、ね」

 

 

 

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全く想像がつかない。

尸魂界での知り合いは主に死神の人達にはなるが、それらをわざわざ京楽総隊長が「お客さん」と称するのは不自然だ。

雄次郎と愛梨の脳内で振り絞って考えた限りで、可能性があるとすれば図書館の司書さんとか…死神以外での尸魂界での知り合い。もしくは、流魂街での知り合い。雄次郎は自分を引き取ってくれた雛森副隊長のお婆ちゃん。愛梨は、かつての同居人である産絹彦禰がそれぞれ該当する。彼らなら、自分達が改名したことをまだ知らないだろうから、過去に名乗っていた名前で指名してきても辻褄が合う。

 

しかし…引っかかる。

わざわざ自分たちを帰還させたのは、さっきの京楽総隊長の話を伝えるついでなのかもしれないが…そうだとしても、そこに雨涵が介入して、かつ人払いまでさせて内密にさせる…とは?

 

 

「雨涵…その、今から何を…?」

 

「…ほら、着いたぞ。二人共」

 

 

とうとう堪えなくなって愛梨が尋ねようと思った瞬間に、雨涵が目的地への到着を知らせる。どうやら、何が起こるのかの謎に悶々としながら歩いているうちに、京楽総隊長が言う応接室とやらに着いてしまったようだ。しかし着いたところで、ますます不安が募るだけだが…

 

 

「これから誰に会うのか…気になるのもよく分かる。が、おそらく事前に”あの人”のことを話したところで…二人は分からないだろう」

 

「え? …あの人っていうのは、これから会う人のこと?」

 

「その人…私達を指名して来たのよね? なのに、私達はその人のことを知らない…?」

 

 

 

 

 

 

 

「…違うぞ」

 

「”あの人”が会いたいと指名したのは…『ユージオ』さんと『アリス』さんだ」

 

 

 

 

 

 

その言葉を聞いて、雄次郎と愛梨の目が見開かれた。

それを…その言葉を、雨涵が口にするということは、さっき京楽総隊長が言った言葉とは全く違う意味を持つ。

 

 

 

 

この扉の先の人物が、本当に…『ユージオ』と『アリス』を指名したということ、は…。

 

 

 

 

その人物は……いや、その人物がやってきた場所は……!

 

 

 

 

「…私は、外で見張りつつ待ってる。もし”彼ら”の話が終わったら、呼んでくれ」

 

 

雨涵はそう言いつつ、扉を開けて雄次郎と愛梨…そして、その背にいる()()()()()()も無言で誘った。

 

 

 

 

*

*

*

 

 

 

最初に二人がソファーに座るその男性を見たとき、彼は目を閉じていたので眠っていると思った。しかし、それより目を引いたのはその体躯。青い着流しに身を包んだその体の肩幅や腕、胸や背中の大きな筋肉が、いかにその体が鍛え抜かれたものかを雄次郎と愛梨にヒシヒシと伝わってくる。座っている状態ではあるが、その身長はかつて雄次郎が出会った十一番隊長 更木剣八にも匹敵するほどだ。加えて、服の隙間からでもいくつも見える傷跡。その色あせた様子から相当前に身体に刻み込まれたものだろう。回道を多少かじった愛梨は元より、怪我についてほぼ素人である雄次郎すら、その傷が『戦い』によるものは明らかだった。

 

そして…その男の隣に立てかけてある、一本の”斬魄刀”の存在に二人が目を奪われたちょうどその瞬間…

 

 

「ん……」

 

 

短く刈り込まれた青みを帯びた鉄灰色の髪の下の瞼が、小さく動き出した。

微かに漏れた声に反応して雄次郎と愛梨もビクリと反応し、身体を硬直させて直立してしまった。

 

 

「…おう、来たか。すまん、ちっとウトウトしててな」

 

 

そう言って両膝に手をついてゆっくりと男は立ち上がる。雄次郎の身長の見立ては間違っていなかったようで、雄次郎と愛梨は自然と男を見上げる態勢になる。

顔にいくつか刻まれている深いシワから、少なくとも外見年齢は京楽総隊長と同じくらいかそれ以上に見える。しかしこうして動いているのをみると何より印象深いのは、立派な眉の下から放たれる淡い水色の瞳から放たれる眼光。

別にこちらを睨みつけていたり、敵意のこもった視線を向けている訳ではない。あえてその視線を分類するなら、純粋な興味ゆえの観察眼の類だろう。しかし、雄次郎は本能的に感じていた。ひとたび戦闘の必要が出てきたのならば、その眼光は一瞬にして戦闘のための光を宿すであろうことを。

 

間違いない。この人は…幾重もの戦いの経験を積んだ”剣士”だ。

 

 

「…なるほど。雨涵の嬢ちゃんが言ってた通りだな。この目で実際に会うまでは、ちっとばかし信じ難いとこはあったが…」

 

 

少し顔を下げてそう小さく呟いたかと思いきや、すぐに顔を上げて二人に向き直った。

 

 

「さて、お二人さんには、”初めまして”だな。どっちで名乗るべきか、毎回悩んじまうが…まあ、そうだな…オレの名は…」

 

 

いざ、男が名乗ろうとしたその時。

なんともタイミングが悪いことに、その瞬間に部屋に新たな乱入者が二人、現れた。

 

その声を聞いて、大慌てで出てきたのだろう。その”具象化”した位置が雄次郎と愛梨の位置とほぼ重なっていたため、二人はバランスを崩してしまった。死神見習いとして鍛えた体幹がなければ、無様に転がるところだった。

しかし雄次郎も愛梨も、出てきた二人の兄姉─特に雄次郎が現世で呼びかけても反応がなかった兄の方─に文句を言うことはなかった。

 

なぜなら…二人のその、驚きに満ち溢れた顔を見ただけで……ある確信を、得られたからだ。

 

 

「……そ、んな。あなた、は…」

 

「まさか………小父さん、まで…?」

 

 

つっかえつっかえで、言葉もおぼつかない様子の”ユージオ”と”アリス・ツーベルク”の二人に対し、男は軽く顎をさすりながら、小さく笑った。

 

 

 

 

 

「”そっちの”お嬢ちゃんは初めましてになるだろうが……お前さんには”久しぶり”と言っておこうか。…なあ、少年。いや……ユージオ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

”元”整合騎士長 ベルクーリ・シンセシス・ワン

本名 ベルクーリ・ハーレンツ

 

 

 

雄次郎と愛梨は、確信を得た。

この男は、ユージオとアリスの故郷である…”人界”から尸魂界にやってきた、お客さんだったのだ。

 




雄次郎→お土産は形に残るモノをあげたい派
愛梨→お土産は美味しいモノをあげたい派

雨涵→二人からのプレゼントならなんだって嬉しい


新章開始と60万字突破記念のため、表紙を変更しました。
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