元人工フラクトライト達と二人の死神物語   作:り け ん

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第七話 Everyday and Stop

二日目の授業に来てくれたのは、眼鏡を掛けた女性の死神だった。

(しろがね) 美羽(みはね)と名乗った今日の講師は、一言ユージオ達に向けて挨拶をすると、昨日の円乗寺とは違い、手元に抱えた「生徒名簿」という非常に小さく薄い冊子をめくって早速授業の本題に入った。

 

 

「予定によると、今日の授業項目は『斬術基礎』なんだけど…、えーっと…あなたが、雨涵(ユイハン)ちゃん…よね?」

 

「はい」

 

 

頷いた雨涵の元へ寄った銀は、冊子にペンで書き込みながら幾つかの質問を投げかけた。

 

 

「斬魄刀を持つのは…ムリなんだよね?」

 

「はい…すみません…」

 

「あ、いや大丈夫大丈夫。…竹刀とかも、ムリかな?」

 

「…分かりません。けど…あまり自信は、ありません」

 

「他の人の刀とか…刀が振るわれるのを見たりするのは…」

 

「それは……大丈夫です。自分が握るのは…まだダメですが、他の人のものを見るだけな、ら」

 

「なるほど…うん、分かった」

 

 

パタリ、と冊子を閉じて胸元へしまった銀は、続いて背後に置いてあるいくつかの物品のうち、竹刀を一本手に取って雨涵に差し出した。

 

 

「持ってみる? …重いから、気をつけて」

 

「…はい」

 

 

銀に差し出されて竹刀を握り…斬魄刀ほどとはいかないが、それなりの重さが腕を通して体全体にかかる。そして…その瞬間、雨涵は地に座り込んだ。それは決して、予想外の重さに屈したからという理由だけではない。

まただ、この剣を握る感触だけでも、あの男の幻覚が脳を揺さぶり、幻聴が耳を劈く。強く目を閉じて追い払おうとしても、暗闇の中になお一層浮かび上がる仇敵の意味不明なる恐怖の姿。

 

だが…彼女の手元から竹刀の柄の感触が失せたその瞬間、彼女の脳と鼓膜を揺さぶる幻も溶けるように消え去った。それと同時に、彼女は現実の世界へ帰還する。そして、自分の心臓の鼓動が早鐘を打つように体を揺らしていること、自分の上半身部分がしっとりとした汗をかいていることをようやく自覚した。

 

 

「…無理しなくていいよ。今日は授業内容をちょっと変更しようか」

 

 

自分から竹刀を取り上げてくれた銀の声を聞いた雨涵は、ほぼ反射的に顔を上げて「あの!」と声をかけていた。不思議そうな銀に対し、雨涵は立ち上がって先生に対して一礼した。

 

 

「お願いします。私は見学でいいので…ユージオにだけでも斬術を教えてくれませんか?」

 

「…ゆ、雨涵?」

 

 

雨涵の背後から、同級生の驚いた声が彼女の耳に届く。銀は少しばかり意外そうに目を見張ったが、すぐに笑顔で頷いた。銀はポンと雨涵の肩を優しく叩き「頑張ってね」と優しく呟くと、くるりユージオに向き直った。

 

 

「じゃあ、今日の授業は予定通り『斬術基礎』にしようか。じゃあ、ユージオ君。こっちに来て」

 

「…はい」

 

 

歩み寄る中で、ユージオはチラリと同級生に視線を向けたが、顔を上げた雨涵はその視線に応じることなく、少し離れた平らな瓦礫の上に座り込んだ。

 

 

銀から渡された竹刀を、ユージオは物珍しげに眺めた。

 

 

「これ…『しない』っていうんですか?」

 

「ん、竹刀見るのは初めてかな? そう、まあ練習用の剣って思ってくれればいいかな。重りを入れて、ちょっと重くしてあるんだけどね」

 

「へぇ…」

 

 

確かに、何かの木で出来たと思しき外見にしては重い。しかし霊術院に来た日から、危なっかしいことに室内で抜き身の浅打を持ったり掲げてみたりしていたユージオからしてみればまだマシな重さだった。

銀もまた竹刀を一本手に持ち、隣に立って竹刀を構えてみせた。

 

 

「今日は『素振り』のやり方を教えるよ。…そうだね。ちょっと暑いから、あっちの日陰によろうか」

 

「はい。…よろしくお願いします!」

 

 

時期は七月。一礼したユージオの額から一筋の汗が伝った。

 

 

*

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*

*

*

*

 

 

ユージオが習ったのは、現世の剣道における「上下素振り」といわれるものに近い。尸魂界数千年における歴史による差異はあれど、ほぼ基礎は同一といってもよいものだ。銀に何度か訂正されながら一通り動きを学んだユージオは、銀に30回くらい振ってみて、と言われて実行してみる。

 

最初の方は、銀に言われた動きと態勢を意識しつつ心の中で「いち、に、さん…」と振った回数を数えつつ振っていた。だが…

その数えが13を超えた辺りで、ユージオの奥底で何かが切り替わった。

 

ユージオの世界が縮小する。

視界に映るのは自分の握る竹刀と体。日陰にいながらも体を熱する空気の感覚もなくなり、動く体の感触だけが彼を支配する。いつしか、心の中の数の呟きも聞こえなくなった。それでも彼は今この瞬間に振っているのは何回目かも正確に把握していた。まるで、振っている竹刀が教えてくれているかのように。無我夢中…というよりは、無我の境地ともいうべき感覚の中、ユージオは竹刀を振り続けた。

 

 

「おーい、ユージオ君。ストップストップ!」

 

「…………」

 

「こら、ユージオ君!」

 

「っ! え、あ、わわっ!」

 

 

突如、肩に手を置かれる感覚と共に、縮小されていたユージオの世界に元の彩りと広がりが戻ってくる。だが、突然の肩への重みにバランスを崩し、情けなく尻餅をついてしまう。

 

 

「あっ…ゴメン、ユージオ君! 大丈夫?」

 

「は、はい」

 

 

そして肩に手を置いた張本人…銀は謝罪しなから慌ててユージオを抱き起こした。

 

 

「ゴメンね。ユージオ君ったら声かけても気づかなかったみたいだからつい…」

 

「え…僕……声、かけられてました!?」

 

 

思わず動揺して視線を揺らすと、離れた場所で座っている雨涵と目が合った。ユージオの視線に気づいた雨涵は、今度は神妙そうな顔で頷いて反応した。それだけで、自分が先生の言葉を無視していたという事実を知ったユージオは慌てて銀先生に向けて頭を下げた。

 

 

「す、すいませんでした! 先生の声に気付かなくて…」

 

「いやいや、それはいいんだけど……でも、ユージオ君…凄いね」

 

「……え?」

 

 

スゴイ。

それはユージオに初めて向けられた言葉であり…かつあまりにも突拍子がなさすぎる。何もスゴイことをした覚えのないユージオは混乱の一歩手前の感情で戸惑っていた。だがそのユージオ以上に銀は驚愕と感心を湛えた表情をしていた。

 

 

「いや、竹刀振ってた時の集中力も凄かったけどさ、それ以上に姿勢も動きも一切崩さずに30回以上も振り続けてたのが凄いよ。初めて竹刀を振る一回生なんて大体10回いくかいかないかで体の芯とかがブレが見え始めるなんて普通のことだよ。現に私だって入学当初から、20回以上形を崩さずに振り続けられるまで遠かったんだから」

 

「…はあ」

 

 

説明されてもなお、ユージオにとってはいまいちスゴイことをした実感が湧かなかった。だけど、他に湧いた感触ならそれなりにある。世界が縮小する感覚。決まりきった体の躍動ながら、集中が頭の芯を突き抜ける感覚。そして…それら全てに共通する僅かながらの既視感。…いや、既視感の方は気のせいかもしれない。どうだろう。…ユージオは、手元の竹刀をじっと見つめた。

また声の届かない集中の世界に入りかけたことを察した銀は、ユージオの肩をポンと叩いてそれを防いだ。

 

 

「それじゃあ…ユージオ君は基礎がバッチリみたいだから、筋力を鍛えるのも兼ねてしばらくその素振りを練習してみようか。回数は…ユージオ君が決めてみよう」

 

「僕が……!? あー、えっと……そう…ですね…」

 

 

突然の振られたお題に、ユージオは思わず息を飲んだ。これ、正解とかあるんだろうか。いやあくまでこれは自分が振る回数なんだから、正解とか関係なく自分の感性で決めればいいはずだと、ユージオは思い直した。自分の感性に自信がある訳ではないが、求められてる以上きちんと応じなければ。自分の言葉で。

ユージオは脳内をフル回転させた。だが、すぐに回転は意味がないと悟る。答えを出すのはあくまで直感。感覚なのだ。……ただし、正直なところその感覚も分からない。さっきの30回(超え)の素振りの感覚を思い出しても……ユージオはあれを、無限に続けられる気がしてならない。誇張でもなく、素でそう思えるのだ。しかし、それはあくまで「気」

まさか本当に「無限にやります」と答える訳にもいかず…ユージオは、本当に直感的な数字を口にした。

 

 

「…300回、やります」

 

 

その言葉を発した瞬間、遠くの方で噴き出す音が聞こえた。ユージオは思わず顔を向けたが、実際向けるまでもなくその音の正体は雨涵である。だが、その後ユージオに向けられる驚愕の瞳から察するに、堪えきれない笑いのせいで吹き出した訳でもないようだ。心底不安になったユージオが隣の方に目を向けると、そこには雨涵と同じ感情で目を見開いた銀先生がいた。だが、銀はすぐに柔らかな笑みに表情が変わった。

 

 

「分かった。じゃあ、300回…やってみようか」

 

「はい!」

 

 

先生の笑みを見て、大丈夫だったと安堵の気持ちを抱えたユージオは、早速構えにはいった。

 

常に体の芯を意識。

その芯を真っ直ぐに立てたまま、見えない敵の間合いを図るイメージで、右足を踏み込む。

振りかぶった竹刀の先は、体の芯が通される位置に。

左足を引きつけ、振り下ろす竹刀の剣筋は常にまっすぐ一定へ。

 

 

頭で理解したその論理は…もう五回も振った瞬間から、体が全てを理解していた。まただ。世界が縮小する感覚。意識から、自分の体と剣以外のものが消える。そして、再びこの縮小した世界において、ユージオは確信した。

 

 

……僕は、剣を、知っている。

 

 

彼が初めて確信した、体の記憶。それがこの、剣の素振りだった。

自分の失われてしまった過去。竹刀の素振りを一回する度に、そんな真っ暗な過去へ一歩踏み込むような…そんな感覚すら体に湧いてくる。無我の境地に加え…少しばかり夢中になり、ユージオは竹刀を振るった。時間の感覚すら薄れるような世界の中で。竹刀が教えてくれるはずの回数すらぼやけてくる世界に、入り浸った。もっともっと、肩まで、全身この世界に浸かってしまえば、今まで失われていた自分の過去が戻ってくるのではないかと、思いながら。

 

だが、そんな世界は徐々に崩れ始める。最初に竹刀を振っていた時みたいに、外部からの干渉のせいではない。自らの体の問題であることはすぐに自覚できた。

 

最初にユージオの世界にヒビが入ったのは、竹刀の振りかぶりが今までより1.2秒遅れた時からだった。

動きがぎこちなくなってくる。体幹がブレてくる。体の芯がズレてくる。

今まで当たり前のようにできていたことが、揺らいできている。それを自覚し始めると、目の前が震え、集中の糸がふつりと切れる。ユージオはその糸を必死で手繰り寄せて再び繋ぎ合わせようとする、が…。

 

 

「はい、ストップ!」

 

 

今度は崩れかけた世界から一気に元の世界へ帰還した。先程と同じく銀によって肩を引かれての帰還だったが、今度は腰元を銀がきちんと押さえていたために尻餅をつくことは避けられた。

いつの間にか肩で息をしていたユージオが、途切れ途切れの声で先生に話す。

 

 

「え、でも……僕は、まだ…」

 

「また102回。だけどこれ以上はダメ。もう体のブレが激しくなってきちゃってる。これ以上やると体が間違って覚えちゃうからね」

 

「…そう、ですか」

 

 

ユージオは思わず片膝をついて沈んだ声を出した。やっぱり自分は間違っていた。自分で口に出しておきながら、それを達成することができなかった。自分は嘘をついたのも同然だ。これでは…。

 

そんな風にブルーな気持ちになっていたユージオは、いきなり銀からばん、と背中を叩かれたことで飛び上がった。

 

 

「こら! 何を情けない顔をしてるの! ちゃんと誇らしげにしなさい!」

 

「ほ、ほこ…!?」

 

 

目を白黒させながらユージオが見上げた銀先生の顔は、この上なく優しい笑顔だった。

 

 

「自信を持ちなさい。初日でここまで素振りできるなんて凄いことなのよ。ほらさっきの私、何回素振りするかユージオ君に聞いたじゃない? あれ、私が初めて『斬術基礎』を霊術院で受けた時にも先生が聞いてたのよ。生徒一人一人にね。見栄を張った男子が100だの200だの言って、実際やらされるとなったら自分で言っといた癖に目を剥いて、ひいこら言いながら竹刀を振るうってのが風物詩みたいなものだったのよ」

 

「ユージオ君の言った300って数字には確かにびっくりしちゃったけど、その後の迷いのない素振りを見れば、見栄を張った言葉じゃないってことくらい分かる。確かに数字には届かなかったかもしれないけど、私も含めた当時の同級生は全員50回も素振りしないうちにみんな筋肉痛だなんだ言ってギブアップしちゃったのよ。それに比べてユージオ君は100回以上も振ってみせたんだもの。充分よ。ユージオ君が私のクラスにいたらヒーロー間違いなしね」

 

「はあ……」

 

 

またもや、ピンと来ない。身も蓋もないユージオの感想を言えば『単なる素振りなのに、こんなに褒められていいんだろうか』というものだが、当然口には出さない。ひたすら自分の世界に没頭して剣を振るうことに自信を持てと言われても、やはり今のユージオには難しかった。ただ、途中で素振りの形が崩れたことには悔しさを覚えていた。もっと長く続けられれば、という想いは、強かった。

 

 

「君に必要なのは自信! 後は筋力ね。動きが崩れたのはきっとそれが原因。頭で完全に動きを理解していても、体が耐えきれなかった、それだけなの。毎日の素振りで筋力をつけて慣れるのが一番よ」

 

「…はい!」

 

 

助言をもらったユージオは、今度は元気に頷いた。毎日の素振り…なんてことない言葉にユージオの心は少しばかり踊った。

 

 

 

 

 

 

その後、ユージオは更にいくつかの素振りの型を学んだ。

そしてユージオと雨涵には、それぞれに一本ずつ竹刀がプレゼントされた。

 

 

 

 

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帰り際、同級生の分も含めて二本の竹刀を持つユージオに対し、隣で歩く雨涵は呟いた。

 

 

「随分、楽しそうだったな」

 

「…え、ああ……まあ、ね」

 

「そうか」

 

 

なんだかキツイ言葉に聞こえた。刀を握れない雨涵を放って、確かに存分楽しんでしまった自覚はある。恐る恐る「怒ってる?」と聞こうとしたが、それより早く雨涵が口を開いた。

 

 

「…お前が楽しんでいると、見てるだけの私もなんとなく楽しかった」

 

「……え、そ、そう?」

 

 

予想外の言葉に、ユージオは思わず立ち止まったが…雨涵は止まったユージオに目もくれずスタスタと歩き去っていった。だから、その時は本心からか皮肉なのかイマイチ判別できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「ね、ちょっとちょっと…雨涵!」

 

「…なんだ、ユージオ」

 

「先生が言ってたさ…『すとっぷ』と『ぎぶあっぷ』と『ひいろお』って言葉……意味、知ってる? 本でも見たことないんだけど…」

 

「あー…『ストップ』は『止める』 『ギブアップ』は『諦める』 『ヒーロー』は『英雄』……って感じで言えば、分かるか?」

 

「ん……なるほど………………ありがとう。あ、あと…『ひいこら』っていうのは…意味のある言葉じゃないよね、たしか」

 

「そうだな…あれは忙しいとか苦しいとかを表す……感嘆詞のようなものだ」

 

「かんたんし?」

 

「……つまり…だな…」

 

 

今日のユージオが得たもの。竹刀と、その振り方数種。そしてまた幾つかの言葉を得たユージオは、寮で語録として手帳に記した。

 

 

 

 

 

 

その中でも特に『ヒーロー・・・英雄』という文字は他と比べて少し大きく、筆圧が強かった。

 

 

 

 

 

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初日と二日はユージオにとって重厚で長く感じられたが、それからの授業の日々はとても早く感じられた。

 

三日目の授業は、白打であった。

黒装束──初めて雨涵と会った時に、彼女が着ていたものとよく似ている──を身に纏った隠密機動という組織の人に、白打という格闘術の基礎を教えてもらった。正直なところ、授業が終わった後のユージオの感想は「イマイチ」であった。もちろん授業内容が、ではなく自分の出来が、である。どうも竹刀を振るう時とは違って無我の境地には至れないようだ。対照的に雨涵は先生から「初めてにしては筋がいい」と褒められていた。ユージオはちょっとした羨ましさも覚えたが、雨涵は「お前の斬術の時ほど褒められた訳じゃない」と素っ気なく呟いていた。

 

 

四日目の授業は、座学であった。

先生は一番隊の新田(あらた) 伝兵衛(でんべえ)という男性の死神。霊術院はまだ突然の崩壊の可能性がゼロとは言えないということで、最低限の補強が施された院生寮の一室で、教科書を元にした講義形式の授業が行われた。主に今日学んだことは「世界の仕組み」と「世界における死神の役目」

雨涵からしてみれば既に知っていることの深掘りのようなものらしいが、彼女はそれでも真面目に受講していた。ユージオはというとそれ以上の真面目さに加え、「(プラス)」 「(ホロウ)」「因果の鎖(いんがのくさり)」 「虚圏(ウェコムンド)」 「地獄(じごく)」 などの単語と意味の数々に時に心踊り、時に心震えながら書き取りと記憶をこなした。…正直、心震えるような意味の単語の方が多かったが、そんな震えるような存在を時に救い、時にそんな存在から人々を救うという死神という仕事への理解が深まった今日という日は大きいと、ユージオは思った。

 

 

五日目の授業は、鬼道であった。

白くて長い儀礼的な布で顔を隠した先生で、鬼道衆という組織に所属していると聞いた。

ここでの授業は、下手すると斬術の時よりもユージオに大きな喜びをもたらした。

何せ右も左も分からぬ頃に試して失敗した鬼道…破道の一『衝』が、先生の教えを経てようやくモノにできたとあっては、その喜びようも一入(ひとしお)であった。その他、破道は三番まで。縛道は二番まで形にできたユージオは先生に「飲み込みが早い」と褒められた。これもまた嬉しかった。

雨涵は少しばかり苦慮していたようであった。しかし、先生だけではなくユージオの助言を得て初めて破道の一『衝』を放てた時、雨涵はホッとしたような、控えめの笑顔を見せた。その顔が珍しくて、つい少しばかり見つめてしまったことをユージオは後に反省した。見つめられた雨涵は慌てて表情を元の無表情に戻して横を向いてしまったからだ。

 

 

 

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それから更に一週間ばかりの時が流れたが、授業内容は全て斬術・白打・鬼道・座学のいずれかであった。歩法はやらないんですか? とユージオが隠密機動の先生に聞くと、「君たちにはまだ早い」という答えが返ってきた。やはり初日に円乗寺先生に教わった通り、瞬歩は総じて習得困難なものと認識されているらしい。とはいえ、そこに強い不満を覚えることはない。斬術と鬼道の授業はとても充実した気持ちになるし、座学で学ぶことはとても新鮮で楽しいばかりだ。…白打はちょっとばかしユージオには大変だが、心なしか雨涵は少しだけ楽しそうにしている気がしないでもない。

 

 

授業がお休みの日は今の所ないが、そもそも授業がたった一日一回しかなく、朝は早く始まっても昼が過ぎるか過ぎないかくらいで授業が終わるため、それほど院生二人の負担にはならない。むしろ物足りないくらいだとユージオは感じていた。ただ、死神の先生達も業務で忙しい合間を縫って教えに来てくれる事情をよく知っているので、贅沢は決して言わない。

 

空いた午後の時間は、ユージオはもっぱら素振りにあてていた。筋力と剣の振り方を体に覚えこませる目的もあったが、少しでも長く剣と自分だけの世界に没頭していたいという欲もあった。雨涵が何をしているのかあまりよく知らないが、ユージオが素振りをしている時に、四割くらいの確率でフラリと現れて素振りの様子をじっと見学している時がある。ユージオ自身は素振りに没頭している間は勿論気にならないが、素振り終了後に雨涵がいるのに気づくとちょっとした気恥ずかしさに襲われる。また、そんな日は更に五割くらいの確率で、成り行きのまま二人で鬼道の予習をしたりすることもある。

 

 

 

 

 

朝起きて、昨日買った弁当を食べて、身支度をして霊術院前に集合。

 

集合場所にて先生と一緒に授業。

そのまま霊術院前でやることもあれば、寮の部屋を借りて座学をすることもある。

 

授業が終了して午後になる。

弁当屋に行って昼飯を買い、寮に帰ったら自由時間。予習したり、復習したり。

 

夜になれば、雨涵と待ち合わせして共に銭湯へ。

銭湯から出たら一緒に夕飯の弁当を買って、帰宅。

 

それぞれの部屋に戻って夜の時間を自由に過ごす。ユージオはまた予習復習をすることもあれば、早めに寝支度を終えて、ぼーっと物思いにふけりながら眠りに入ることもある。

 

 

一見すると、決まりきった毎日。だけどユージオは充分に満足していた。充実していた。自分が完全に死神として成熟したと感じる日まで、ずっとこのままでもいいと思っていた。

 

 

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そんな日常の転機が訪れたのは、授業が始まってから13日目の朝だった。

 

 

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ユージオと雨涵は、いつもの時間に霊術院前へ向かっていた。

「いつもの時間」と言っても、授業開始時間に合わせた時間ではない。今の時間は、それよりもずっと早い。

 

授業開始初日も、ユージオと雨涵は早めに到着した。あの時は至極偶然早めになってしまっただけなのだが、その到着が円乗寺三席に褒められた。それが理由になっているかは定かではないが、二人の院生の間では早めに霊術院前へ集合することが暗黙の了解となっていた。

 

この12日間、ずっと先生より先に院生二人は到着していた。円乗寺のように褒められるかはマチマチであったが、それでも先生に先を越されることはまずなかった。

 

 

 

今までは。

 

 

 

並んで歩く二人の院生は、霊術院前に立つ人影を遠目に見つけると思わずお互い顔を見合わせた。驕っていた訳ではないが、それでもまさか自分達より早く到着している先生がいるとは思わなかったからだ。とはいえ、先生を待たせてしまっていることには変わりない。二人の足は、自然と駆け足になる。

 

 

「え……まさか…嘘…」

 

 

駆け足の最中、雨涵が少しばかり動揺した声を出すのを、ユージオは聞き取った。一体何に動揺し、驚いているのか。だが、その理由は数秒の後にすぐユージオも知ることになる。

 

 

近くにつれ、最初に分かったのはその死神の身長。自分とほぼ同じ身長だが、これは一般的な死神としてはかなり低い部類に入るはずだ。その死神より低い身長の死神をユージオは一人だけ知っている。自分よりも低い身長でありながらも隊長としての威厳を充分に兼ね備えている恩人、日番谷冬獅郎である。

 

 

だが、まさか……今日あの場に立っている死神も…日番谷と同じ「隊長」の立場にいる者だとは、流石のユージオも予期できなかった。だからこそ…その姿が確認できるほどの距離へ到達した時、その女性の死神が日番谷が羽織っていたものと同じ羽織を着ていることに気づいた瞬間、ユージオの喉奥から変な声が漏れた。それでも駆け足はやめなかったが。

 

ユージオと雨涵がその隊長の前に到着して整列しても、その女性の隊長は無言でじっと二人を見つめていた。沈黙に気まずさを覚えたユージオが「あの…あなたは…」と切り出しかけると、それを遮るように隊長が言葉を紡ぎ始めた。

 

 

 

「私は、隠密機動総司令官 兼 護廷十三隊二番隊隊長 砕蜂(ソイフォン)だ」

 

「た…隊長…」

 

 

ユージオはごくりと唾を飲み込んだ。両耳付近の髪が長い、オカッパのようで少し違う髪型をした、鋭い瞳を持つ死神だ。ユージオは初めて会ったが、名前だけならば教科書で見たことがある。隠密機動というのも聞き覚えがある言葉だが…ただそれ以上に隊長がここにいるということは、まさか…という期待の気持ちを抱いてしまう。表面上は神妙な表情を崩さないが、隊長格と呼ばれる人達から直接教えを受けるかと思うと、心踊るのは避けられない。

 

 

しかしそんな期待の気持ちも、ワクワクの昂りも、すぐに潰えることとなる。

 

 

「始めに言っておく。私がここに来たのは、貴様らに授業を行うためではない」

 

「…え?」

 

「むしろ、その『逆』と言える」

 

 

逆。

授業を行うことの『逆』

 

その意味がパッと思い浮かばないのにも関わらず…ユージオの心は、嫌な予感に苛まれた。

 

 

 

 

 

 

「暫くの間、霊術院における授業の停止が決定された」

 

 

 

 

 

 

そして、その予感は的中した。




(しろがね) 美羽(みはね)さんは『カラブリ+』の登場人物です。

新田(あらた) 伝兵衛(でんべえ)さんは...一応BLEACH本編から取ってきた名前ですが...原作一コマ一コマよく読まないと見つからない名前だと思います、はい。
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