元人工フラクトライト達と二人の死神物語   作:り け ん

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お話、長いです。
どうしてもここで切りたかったのです。
お許しを。


また、全体的にユージオと雨涵の影が薄いです。
クロスオーバーですが、時折両作品の比重が悪い時があります。
お許しを。


ソウルソサエティ・アライビング
第八話 Book of the start


「おーい、坊主(ボン) おるかー……………って、おらんやんけ」

 

 

死神達が業務のために奔走を始める朝頃、院生寮において中の部屋を一つ一つ律儀に確認する、『五』の白羽織を身につけ、ビニール袋を手に持ったオカッパ頭の男の姿があった。

 

 

「なんやねん…せっかく差し入れ持ってきたっちゅーのに。霊術院のとこにもおらへんし、こんな朝っぱらから校外学習でもしとるんか? 全く運がないったらないで…」

 

「あーっ! やっぱりここに居たんですね! 平子隊長!」

 

「げえっ!? 桃!?」

 

 

そんなオカッパ頭の隊長…平子真子は不意に現れた自らの副官、雛森桃に声をかけられ大袈裟なリアクションで驚く。

 

 

「もうとっくに始業の時間過ぎてますよー! 特に今日は仕事がたんまりと…」

 

「ちょぉ待て! なんでオレがここにいるのが分かったんや!? 桃に見つからんように霊圧抑えに抑えまくったっちゅーのに!」

 

「ナメないでください! 四方三里にいるうちなら霊圧の補足程度余裕です! ていうか私に見つからないようにって確信犯じゃないですか! もう今日という今日は許しませんよ!」

 

「あー、参った! 参ったわ、桃! オレが悪かったわ! …ったく、ずっと閉じ篭ってメソメソしとった頃に比べて随分逞しくなったなあ、桃」

 

「平子隊長のお陰です! 平子隊長を仕事させる為にはメソメソしてる暇なんてありませんから!」

 

 

最初に出会った頃とは別人と言っても過言ではない程の強気な勢いで、自らを引きずって行こうとする雛森を前に、平子は諦観の気持ちを抱いた。…しかし、ふと何か思いついたような表情を見せた平子は、少しばかり真剣な声色で雛森に尋ねた。

 

 

「…桃、霊圧の捕捉には自信あるんやな?」

 

「へ? は、はい。さっきの四方三里はちょっと盛りましたけど……霊圧捕捉は自信持っている方ですよ」

 

「盛ってたんかいな…まあええわ。ほんなら…特定して欲しい霊圧があるんやけど」

 

 

 

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「うわっ…!? な、なに…これ!? 勝手に動いたよ!?」

 

「…自動ドアだな。噂では聞いていたが、本当に凄いな…二番隊の隊舎は」

 

 

大袈裟な声で驚いたユージオに、雨涵(ユイハン)は小声で補足する。ただ自動ドアが珍しい気持ちは雨涵にもよく分かる。知識としては知っていても、彼女自身も見るのは初めてだ。二番隊の隊舎は瀞霊廷の施設の中でも有数の快適さを誇ると昔チラリと聞いたことのある雨涵も、まさかこんなにも早くそれを実感するとは思わなかった。ただ、流石に二番隊の隊舎がここまで充実した施設になっている理由までは知らないようだが。

 

感慨の一歩手前という感情で隊舎の廊下を歩く雨涵だが、ふと気がつくと隣にいた同級生の姿がない。もしやと思って振り向くと、同級生のユージオは未だ半透明のドアに対し心奪われた有様で、自動で稼働する様子をじっと眺めていた。慌てて彼を現実に引き戻そうと道を逆戻りするが、少しばかり対処が遅かった。

 

 

「貴様ら…何をしている? 早く来い」

 

「あ、はい! 今行きます! こら、ユージオ行くぞ!」

 

「え、あ、ああ! すいません、隊長!」

 

 

 

ユージオを現実に引き戻すより前に、静かながらも氷のように冷たく鋭い言葉が…護廷十三隊 二番隊隊長 砕蜂(ソイフォン)より投げかけられ、ユージオと雨涵は揃って頭を下げた。

 

 

 

 

まるで外とは別世界と錯覚してしまうほどの涼しさの廊下を経て、砕蜂隊長と二人の院生は二番隊の隊首室へ到着した。ユージオはそこが「隊首室」と呼ばれる場所とは知らなかったが、雨涵はなんとなく察しはついていた。そしてその隊首室には既に男性の死神が一人いた。

 

 

「あ、隊長〜。こんな朝っぱらからどこ行ってたんすか〜!」

 

 

奥の机に向かって何やら書類仕事をしているのは、通常の死覇装(しはくしょう)に加えて首回りに紫色の飾りを身につけた、でっぷりとした体格の男性死神であった。何やら文句を言っている様子のその死神の言うことはまるっきり無視した砕蜂は、ズカズカとその死神の元に歩み寄り、彼が書き込んでいる書類の様子を数秒ほど見つめると…

 

 

「ぶへぁっ!?」

 

「遅い。大前田、貴様まだこれだけしか終わらせられんのか?」

 

 

大前田と呼ばれる二番隊副隊長の顔面に裏拳を入れる砕蜂。突然の暴力行為を見たユージオは恐れ(おのの)いた。鼻頭を抑えて悶えながらも、大前田は弁明を口にする。

 

 

「仕方ないじゃないっすか〜! 俺、書類仕事苦手なんすよ! そこらへん理解してくださいよ!」

 

「ほう? 仮にも大前田宝石貴金属工場の社長の座でふんぞり返ってる貴様が、書類仕事もまともに出来ん無能だとは思わなかったぞ?」

 

「そ、そっちの方は関係ないじゃないっすか! 社長っていうのは経営とか諸々の判断をするエライ仕事なんすよ! こういう書類仕事ってのは普通部下がやるもんで…」

 

「なるほどな。お前が無能なのはよくわかった。そんなに書類仕事が苦手なら仕方ない。二番区の復興のために隊員と肩を並べて、汗水流して働いてもらうとするか」

 

「ええ〜〜〜!? カンベンしてくださいよ隊長〜!」

 

 

悲鳴を上げて頭を抱える大前田を席から退かし、自らの席に座る砕蜂。数枚の書類を手にし、入り口近くで呆然としていた二人の院生に視線を送る。それを「こっちに来い」という意味として受け取った二人は駆け足気味に机の前まで歩き寄った。端に寄った大前田の「何だこいつら」の視線も同時に受けながら、書類を確認する砕蜂の前に多少体を硬くしながら整列した。

 

 

「…さて、お前たちの今後についてだが…………ん」

 

 

視線を書類から離さずに院生二人に通告しようとした砕蜂の口が、不自然に止まった。書類から顔をあげ、正面を見据えているようだが…どうもその視線はユージオ達を通り越した後ろを見つめているように見える。失礼と思いながらもユージオはチラリと後方を見てみるが、そこには半透明の自動ドアがあるばかりである。

 

内心首を捻る院生二人(+大前田)を他所に、砕蜂は椅子から立ち上がってヒラリと跳躍。唖然とするユージオ達の頭を飛び越え、その後ろにほぼ音もなく着地した。隊長と呼ばれる人々の身体能力の凄さを目の当たりにしたユージオ達だが、それ以前に砕蜂隊長の不可解な行動の意味に対する理解が追いつかなかった。

 

一体何なのかと不安げに視線で砕蜂隊長の立つ方向を見るユージオだが、その瞬間に彼は気づいた。砕蜂の前の半透明自動ドアの向こう側に、うっすらと影が映っていることに。そしてその自動ドアが機械音と共に開き始めた瞬間、砕蜂は再び跳躍した。

 

 

「おーい、ここに坊主(ボン)が……ぶふぉっ!?」

 

 

自動ドアから現れた人物を、ユージオ達は視認できなかった。なぜなら、視認するより早く砕蜂の顔面蹴りが命中し、仰向けに倒れてしまったからだ。無様に倒れたその人物とは対照的に、蹴りの反動を利用して華麗に着地する砕蜂。突然のことに開いた口が塞がらない他三名の耳元に、奥の廊下から「ひ、平子隊長ー!?」という女性の驚き声が聞こえてくる。

 

 

(…え、今『平子隊長』って……それに今の声も…)

 

 

まさか、と感じたユージオは思わず一歩踏み出す。扉の向こうから響いてくる「な、なんや!? ひよ里か? ひよ里の再来なんか!?」と焦りに焦った声も、ユージオには懐かしく聞き覚えがある。ユージオは勇気を奮って、砕蜂の隣をすり抜けて自動ドアの向こうへ歩み寄った。

 

 

「やっぱり…! 平子隊長! それに、雛森さんも!」

 

「あ、ユージオ君!」

 

「お? おお……坊主(ボン)、ほんまに久しぶりやなあ…元気にしとったか?」

 

 

衝撃によって顔を赤くし、鼻血を必死で抑えながらもニカッと笑ってみせる平子隊長に「元気にしてたか」と問われて、ユージオはなんて返せばいいのか分からず、一瞬言葉に詰まった。…が、すぐに「はい、お陰様で」と笑顔で答えた。

 

 

 

*

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*

*

 

 

 

「それにしたって…いきなり蹴りかますとかどういう了見やねん、砕蜂!」

 

「貴様みたいなやつが私の隊首室にノックもなしでズカズカと入ってくるのが気に食わなかった。それだけだ」

 

「いやいやいや、自動ドアで何をどうノックしろっちゅうねん!」

 

 

ユージオとの挨拶を済ませた平子は、雛森から渡されたポケットティッシュで鼻血を止め、砕蜂へ理不尽な暴力についての抗議を行っていた。一方、雛森と大前田の副隊長組はその背後で声を交わし合ってた。

 

 

「大前田さん…砕蜂隊長、ひょっとして機嫌悪いんですか…?」

 

「ああ…ちょうど一昨日辺り夜一さんが現世に戻っちまったからな。そんな時は数日は決まってこんな感じだぜ。まあ、砕蜂隊長は平子隊長のことは元から嫌いみたいだったけどな…あー…いてー」

 

 

一方、副隊長組とは別方向に固まっている院生組も、小声で軽く話し合っていた。

 

 

「ユージオは…平子隊長達と知り合いなのか?」

 

「う、うん……昔、助けられたことがあってね…」

 

 

あまり深く思い出したくない気持ちから少しだけ言葉を濁すユージオ。雨涵は隊長格と知り合いだというユージオに少し驚いた様子であったが、その経緯について詳しく聞くことはなかった。一方、感情的に見えた隊長達の言い争いは、思った以上に早く鎮火の方向に向かっていた。

 

 

「…ったく、まあええわ。オレは院生達(ボンたち)に用があるんやけど…というか、なんでこんなとこにおるんねん? まさか、砕蜂(オマエ)が授業する気なんか?」

 

「そんなワケがあるか。…そもそも、しばらく霊術院の授業は中止になるんだからな」

 

「ハァ!?」

 

 

平子の素っ頓狂な驚きの声につられ、副隊長組も院生組も視線が中央に集まる。それでようやくユージオ達も本題を思い出した。そう、まだ二人は霊術院の授業停止が一体どういうわけなのか。今後自分達がどうなるのかまだ一切知らないのだ。そしてそれは、平子隊長も同じらしい。

 

 

「中止や言うても…霊術院が再開されてからまだ二週間かそこらやんけ。そんなちょっとしかやっとらんのに中止って、おかしいやろ」

 

「何もおかしいことはない。お前も知っているだろう。護廷十三隊全部隊の再編成が行われることを」

 

「あ…?」

 

 

そう言われた平子は、顎に手を当てて首を捻る。「知っているだろう」と言われても、どうにも覚えがない様子の平子を見て俄かに砕蜂に苛立ちが募る。その気配を察した雛森は慌てて平子の側に駆け寄って耳打ちする。

 

 

「ほら…この前渡したじゃないですか。再編成に当たって五番隊から離脱する隊員と、再編成後の五番隊における新規隊員のリスト」

 

「…………ああ! あれやな!思い出したわ! 再編成って…そういえば、もうそんな時期やったな。えっと、それで実際に隊員入れ替えをすんのが…」

 

「明日ですよ!」

 

 

雛森に叫ぶように諭されて「あれ、ほんまかいな。時が経つのは早いなあ」と両手を袖に突っ込みながら呑気に笑う平子を見て、結局砕蜂は苛立ちを募らせてしまっているようであった。

 

 

「…この痴呆な隊長は知らなかったようだが、明日から隠密機動や鬼道衆をも含め、瀞霊廷における全ての戦闘部隊の所属配置換えが行われる。戦争の影響で多くの隊士が命を失った結果、再び各部隊均等に戦力を整えるため、これは避けられぬ作業となる。今までは全く違う環境に置かれる隊士もいれば、そうした隊士を安心させて迎えいれる役目を持つ隊士もまたいるだろう。霊術院の講師も大事な仕事の一つだが、まずは新しい環境に己の身を慣らすことがより重要視された結果だ」

 

 

砕蜂の説明は難しいように感じたが、ユージオも雨涵も話の要点を掴むことは成功した。至極簡潔にいうならば、先生となる護廷十三隊の人々が忙しくなるが故に、しばらくの間先生がいない状況となるということだろう。事情はなんとなく理解できたし、厳格そうに見えた砕蜂隊長から「霊術院の講師も大事な仕事」という言葉を聞き取って、ユージオは少しばかり安心した気持ちを抱いた。

 

前回の戦争による護廷十三隊の戦死者数は3500名を越え、実に全隊員の半数以上が死亡している。これに隠密機動や鬼道衆の戦死者数も含めばさらに数は膨れあがる。その中でも特に一,三,六,七,十一,十三番隊の被害状況が大きく、他の部隊と大きく人数の差がついてしまっている現状がある。中央四十六室及び一番隊においては、十三隊のうちいくつかを廃止,統合を行うか否かまでも検討した。しかし、戦争によって多くのものを失った結果、せめて創立当初から続く「三界を守る任務を持った、十三からなる戦闘部隊」という伝統だけは失いたくない…という想いから、一部隊における人数を大きく減らしてまでも「護廷十三隊」を維持していこう、という方針が定まったのだ。

 

これから隊員達の環境は大きく変わる。隊一つ隔てただけでも雰囲気や風通しといったものは大きく変わる。同じ護廷十三隊内においてもそうなのだから、所属が鬼道衆や隠密機動から護廷十三隊に変わる者、またその逆の道を辿る者達の不安はひとしおだろう。だからこそ、今は全隊士が新しい環境に慣れるまでの猶予期間が欲しい。そんな思いで、死神の講師派遣は一時中止と相成ったのだ。

 

 

そして、そう決まった場合次なる議題は…その間の院生達はどうするべきかということである。

 

 

 

「授業の再開日時については未定となる。その間院生達(こいつら)には、瀞霊廷の復興作業の手伝いを行ってもらうことにする。この時期、人手はいくらあっても足りん」

 

「…ほーん、なるほどなあ」

 

 

話を一通り聞いた平子は何かを考えるように視線を上に彷徨わせる。同じように話を聞いたユージオは、自分の行方についてあまり実感が湧かなかった。瀞霊廷の復興…大事なことなのはよく分かるが、やはり具体的な仕事がどうなのかということを知らないと一概に言えない。ただ霊術院の授業再開が未定だということは少し不安である。

 

 

「まあ授業停止がしゃーないことは理解したわ。…で、院生達(ボンたち)をどこで手伝わせる気やねん」

 

「…今の所は、轡町(くつわちょう)における一般住居復興作業に派遣する予定でいるが」

 

「轡町…って十一番区やんけ。あないな荒くれ者だらけの地区に霊術院に入ったばかりの生徒を放り込むんか?」

 

「今最も復興に必要な場所を判断しただけだ。十一番区の住人は力仕事に強い。奴らの暮らしが安定すれば、自然と他の地区の復興も進む」

 

 

そんな隊長達の会話を聞いて、院生二人は顔を見合わせる。一般住居の復興と聞けばどんな仕事か想像するに難くないが、平子隊長の言う「荒くれ者だらけ」という言葉が非常に不安を掻き立てる。今の所、ユージオは荒くれ者と呼ばれる人種には出会ったことないが、だからこそ未知なる不安に体がゾワゾワする感覚がある。

 

当の事情を知った平子は、何やら指をいじりながら思案顔をしていたが、きっかり1分後に何かを思いついたらしいその表情が一変した。

 

 

「なあ砕蜂…この件、五番隊(オレら)が代わりに請け負ってもええか?」

 

「…何だと?」

 

 

いたずらっ子のような笑みを浮かべた平子の言葉に、砕蜂の視線が益々鋭くなる。

 

 

「ええやろ? 『今の所は』っちゅーことはまだ本格的に決まっとらんってことやんけ。そこから請負の担当を変更するくらいのことしたって大した問題やないやろ」

 

「…そういうところは耳聡い奴だ。だが、そのような提案をするなど…何を企んでいる?」

 

「失敬なやつやな。まあ…企んでるは言い過ぎにしても、オレには考えがあるんや」

 

 

そう言って平子は背後を振り向き、ちょいちょいと合図する。その合図を受けた人物…雛森桃は突然のことでも素早く反応して隊長の元へ駆け寄った。すると、彼女の頭にポンと手を置いて再び砕蜂に向き直った。

 

 

「砕蜂も知っての通り、オレんとこの副隊長…桃は、一番隊副隊長の七緒チャンと読書友達なんやけど」

 

「知らんな。そんな事は私の管轄外だ」

 

「なんや、そうなんか? 隠密機動の情報網も大したことないんやなあ」

 

 

呆れたように首を振る平子に、また砕蜂の眉がピクリと動く。この隊首室にいる他全員はいつ砕蜂隊長がキレるかとハラハラしていたが、当の平子は全く気にせず話を進める。

 

 

「ほんで桃から聞いたところやと、読書友達二人はちょっとした悩み事があるらしくてなあ。それが、各地区で大きく損害した『十三区図書館』のことなんやわ」

 

 

『十三区図書館』とは、一番区から十三番区それぞれに一つずつ存在する図書館の総称である。常に向上心を持って勉学に励むべしとされる隊士達のために存在する施設なのだが、これらの地区は護廷十三隊の主要地区とも言えるために、滅却師達による攻撃が特に激しかった。主軸となって狙われたわけではないにしろ、そもそもの攻撃の余波が凄まじいために直接的なターゲットとなっているかどうかはもはや関係なかった。地区全体が瓦礫の山と化しているのも珍しくない現状で、どうして図書館だけが被害を免れようか。

 

 

「十三区図書館全部とはいかんくとも、せめて一番区の真央図書館だけはなんとか…って話があったらしいんやけどな。方針としては生活に必須な場所から復興を…っちゅうことやから、仕方ないと肩を落としてたって聞いたんや。オレも感情移入してもうて、涙を抑えるのに苦労したもんやで」

 

「…つまり貴様は……院生共に、真央図書館を復興させるつもりか?」

 

「せや。…まあ復興とはいうても、精々無事だった本の回収や仕分け程度やろうけどな」

 

 

ニヤリと笑ってチラリと院生二人の方を見る平子。なんとなく…だが、その視線には「任せろ」といったような意味が含まれているようにユージオは感じた。

 

 

「そんくらいの仕事やったら、こいつらもストレスなく復興作業に勤しめるってもんや。それに…本の整理の仕事してくれるんやったら、帰り際本を借りたりしてもバチは当たらんやろ。そうやって持ち帰った本で見識を広めて勉強もできる。一石二鳥やんけ」

 

 

そういう平子の言葉を聞いて、ユージオは少し心が踊る気がした。その理由は「本を読める」ことの誘惑。控えめにいっても、ユージオは本が大好きなのである。正確にいうならば、「未知のことを学べる機会」が好きなのである。その中でも本は特にユージオの知らないことを多く教えてくれるから好きなのだ。入学当初に配られた教科書なんかは、彼はもうほとんど暗記しているほどだ。

 

そんな本に囲まれて仕事をし、あわよくば好きな本を借りて読める。それが、ユージオにとっては凄く魅力的に感じるのだが…

 

 

「却下だ。そのような場所は、現時点で復興するに及ばん」

 

 

心躍ったユージオの心を一瞬にして凍てつかせるような、冷たい声がした。あまり大きくない声のはずなのに、砕蜂の声は隊首室全体に響いた。

 

 

「ん〜、そう言うてもなあ。図書館の復興やらす方が一番院生に適しとるとは思わんのかいな?」

 

「院生の為になるか否かは関係ない。全ては瀞霊廷の復興の為を第一に考えるべき。それだけだ」

 

「せやかて、瀞霊廷の為ばっか考えて院生に無理させてもうたら本末転倒やんけ」

 

「私は無理だとは考えておらん。住居の復興程度に音を上げるようなら所詮そこまで。死神を目指すに値しないと見るべきだ」

 

 

平子と砕蜂の主張は真っ向から対立した。院生のことを第一に考える平子と、瀞霊廷のことを第一に考える砕蜂。おそらく、どちらの主張も正しいものなのだろうとユージオは感じた。そして正しいが故に議論は平行線となりかねない。…が、あくまでユージオの所感に過ぎないが、若干平子が不利なように見える。そもそもこの案件は二番隊の管轄となっている以上、砕蜂が首を縦に振らなければそこまでだ。お願いする立場である平子は、この場においては弱い。

 

自分達の為に平子隊長が下の立場から交渉している姿は、ユージオにとって心苦しいものであった。黙って目を伏せている雨涵も、同じ気持ちなのだろうか。少しばかり抑えきれなくなったユージオは一歩踏み出す。大丈夫です、僕達は砕蜂隊長の仰る仕事をこなしてみせます、と言うために。

 

…だが、そんなユージオより更に前に出た人影が、平子隊長をも追い越して砕蜂隊長の前に立った。

 

 

「お願いします、砕蜂隊長。五番隊(わたしたち)に、院生達(このこたち)を任せて頂けないでしょうか?」

 

「…雛森副隊長」

 

 

自らの前に出た五番隊副隊長を、砕蜂は更に冷えた目でじっと見つめる。ただ、その視線は先ほど平子に向けていた拒絶のものではなく、何かを試すような…次に何の言葉が出てくるかを冷静に待つような、そんな瞳であった。

 

雛森副隊長がそれを察した上でか、それともそれ以前から用意していたかは定かではないが…単なるお願いの言葉の先に、交渉の言葉を織り込んだ。

 

 

「その代わり、私が二番隊の書類仕事の三割…責任を持って請け負います」

 

「なッ…!」

 

「え、ええっ! マジか!?」

 

「…ほう」

 

 

雛森の言葉に平子と大前田が驚愕し、砕蜂は無表情のまま、言葉にほんの少しだけ面白そうな感情を乗せた。ちなみに大前田の驚愕の言葉にはちょっとだけ喜びの色も乗っていた。だが、平子は文字通りの驚きしかなかった。ただでさえ雛森は、書類仕事が得意だからと無理を言って、五番隊の半数以上の仕事を請け負っている身だ。助け合いの一環として、他の隊の書類仕事を請け負って助けることは珍しいことではなかったが、雛森は今回『私が』と言った。つまり、五番隊全体で二番隊を助けるのではなく、雛森個人で二番隊の書類仕事三割を請け負うというのだ。これではいかに書類仕事の得意を称する雛森とはいえ、負担は相当なものとなる。

 

 

平子はそんな自分の副官を諌めようとしたが…それより早く、砕蜂が口を開いた。

 

 

「…六割だ」

 

「………は?」

 

「それで、条件を飲もう」

 

 

マヌケな声を出したのは平子であった。あまりのことに思考停止しかける平子だが、すぐに「おい砕蜂…そらナメすぎと違うか?」と真顔で低い声を出す。隊の仕事の六割を他の隊に肩代わりしてもらうなど前代未聞だ。ましてやそれを個人が。だが、砕蜂に詰め寄ろうとする平子を真っ直ぐな腕で強く押しとどめたのは、他でもない雛森であった。

 

 

「分かりました。そのようにいたします」

 

「雛森、オマエなあ…」

 

「…そうか」

 

 

もはや決意の程を察した平子は呆れと共に言葉を吐く。対照的に、砕蜂の表情はどこまでも変わらなかった。

 

 

「ならば、院生共(こやつら)については貴様に一任しよう。総隊長には私からその旨を伝えておく。…行け」

 

「はい…ありがとうございます。…あの、それでは退出の前に……本日分の書類の六割を預かっていきたいのですが」

 

「断る」

 

 

さも当然のように放たれた砕蜂の最後の言葉に、その場の全員が一瞬意味を理解できなかった。…だが、いち早く意図に気づいた平子が「…なんや、難儀なやっちゃなあ」とボソリと呟いた。

 

 

「二番隊の仕事は二番隊がするものだ。いかなる事情であれ、他部隊に任す事など以ての外だ」

 

「え…しかし此度の条件は…」

 

「私が出した条件は『二番隊の書類仕事の六割を引き受ける意志があること』だ。意志さえ確認できれば、それで交渉成立だ。実際の行動は問わん」

 

 

そんな砕蜂の説明を聞き、ようやく雛森を始めとする面々は理解した。砕蜂隊長の言った『六割』という条件はあくまで雛森の意志の強さを試すだけの言葉だったのだ。元より砕蜂隊長は六割どころか、最初に雛森が提示した三割すらも受けつける気がなかったのだろう。

 

 

「あ、あの…砕蜂隊長、ありが…」

 

「早くそいつらを連れて行け。仕事の邪魔だ」

 

 

雛森のお礼の言葉を途中で遮る砕蜂に、雛森は慌てて一礼だけを示した。そして、今まで無言で事の成り行きを見守ってきた院生達へ手招きでドア前まで来るように合図する。雨涵とユージオはそれに応じて雛森と平子の側までよる。

 

 

「ほな、またな〜」

 

「またはない。二度と来るな」

 

「…難儀なやっちゃなあ、ホンマ」

 

 

肩を竦めて自動ドアをくぐる平子。それに小走りでついてく雛森と院生二人は、自動ドアをくぐる前にもう一度砕蜂隊長に向けて一礼し、今度こそ二番隊の隊首室から去っていった。

 

 

 

*

*

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「…………」

 

「…………」

 

「何をしている、大前田。貴様も早く汗水流して働いてこい」

 

「え、ええっ!? た、隊長! さっきのは冗談じゃなかったんすか〜!?」

 

「冗談、ということにしてやってもよかったがな。書類六割請負の話が出た時、露骨に喜ぶ貴様の醜い顔を見て気持ちが決まった。安心しろ。これからは、仕事に喜びを覚えるほどの量を貴様に回してやる」

 

「そ、そんな〜!!」

 

 

 

*

*

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*

 

 

 

何やら声が響いてくる隊首室を背に歩く四名。少しばかりの後、ユージオは歩みを速めて平子と雛森の前に回って頭を下げた。

 

 

「あの、さっきは…僕たちのために……ありがとうございました!」

 

「ええて。さっきのはオマエラのためだけやない。桃や七緒チャンのためでもあるんやからな。……そういえば」

 

 

立ち止まった平子は、今度は横にスライドして雨涵の前に立った。

 

 

「オマエ、坊主(ボン)……ユージオの同級生やな?」

 

「…はい。名前は、雨涵(ユイハン)といいます。」

 

「ほーん…どや、ユージオはしっかり勉強しとるんか?」

 

「…そう……ですね」

 

 

勉強の様子を聞かれることは覚悟していたユージオだが、まさか雨涵を経由する変化球的な聞き方をしてくるとは想定しきれてなかった。同級生が自分の評価をするという、ちょっとだけ緊張する瞬間を前に、ユージオは思わず固唾を吞む。対して雨涵はちょっとだけ視線を空中に漂わせると、またすぐに平子に視線を合わせた。

 

 

「凄く真面目に勉強してますし……先生によく褒められてます。私なんかより、よっぽど才能があると思います」

 

「なるほどなぁ。それ聞いて安心したで」

 

 

ニッと笑ってみせた平子の視線がこちらに向けられる。ユージオは曖昧な笑みを返してみせた。こういっちゃなんだが、雨涵は少し自分を過大評価してないかと思う。「よく」というほどの頻度で褒められた訳はないはずだが…それとも本心でそう思っている訳ではなく、自分と平子隊長が知った仲だということから気を利かせた過大評価なのだろうか。

 

こちらに視線を向けていた平子は「せやけど」と言ってまた雨涵の方に向き直った。

 

 

「『私なんかより』なんて言うもんやないで、雨涵チャン。まずは何事も自信持つことがスタートや。ユージオの方が死神の才能があるっちゅうんなら、それを努力で追い抜いてみせます!くらい言えるようにならなアカンで」

 

「…はい、ありがとうございます。心に留めておきます。」

 

 

平子のアドバイスを受けて、静かに頭を下げる雨涵。満足そうに頷く平子。ユージオ自身も努力は欠かさないつもりではいるのだが、今現時点ですら雨涵より強いのかどうか自信が無いなかで、雨涵が更に努力を心に留められたら自分もより一層奮起しなくては、という思いに突き動かされてくるのであった。

 

 

 

 

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*

*

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そして五番隊組と院生組の二人は、その足で休館中である真央図書館へ向かった。

霊術院ほどではなかったがこちらも損害が酷く、建物の三分の一が崩壊して瓦礫と化してしまっているようだった。

 

 

湿気と雨を防ぐシートをくぐり抜けて進むと、ようやく図書館本来の姿である本の戸棚の列がお出迎えする。…が、そこからさらに進んでいくと、その戸棚に加えて本が雑多に詰め込まれたダンボールが積み上げられるようになり、すぐにまともに進むのも困難なエリアに突入していく。

 

その奥では、机の上にいくつもの本を積み上げて何やら作業をしている女性の姿があった。

 

 

「あ、司書さん! お久しぶりです!」

 

「あらぁ、雛森副隊長。お久しぶりです。ごめんなさいね、まだ全然片付いてなくて」

 

 

顔を上げたその女性司書の顔は、心なしか少しばかりやつれているように見えた。

 

 

ユージオと雨涵の二人を、これからここでお手伝いさせて欲しいと雛森が頼むと、司書は嬉しそうに何度も頷いてみせた。その様子を見たユージオは反射的に「よろしくお願いします!」と勢い込んで頭を下げていた。その隣でも雨涵が静かに頭を下げた。ちなみに平子は段ボールや戸棚に詰められた本を見て「お? これ『近代ヘアスタイル大全 第1巻』やんけ! こんなとこにあったんか!?」と何やら驚愕していた。「あ、それらは矢胴丸さんからの寄贈本です」とは司書の答え。

 

 

 

「そうね…ユージオ君と雨涵ちゃんに是非手伝って欲しいのは…本の分類かしら」

 

 

司書が語る真央図書館の現状は中々に大変なものらしい。戦争により損害を受けた本はざっと数えても千はゆうに超えるという。損害の度合いはマチマチで、表紙が汚れた程度で済んだものもあれば、完全に本としての役目を果たせなくなってしまったモノもある。いずれ可能なものはできるだけ修繕して読めるようにしたいというのは司書の願いではあるが、もちろん院生達に頼みたいことはそれではない。

 

戦争が終わってからの半年は、屋外に散らばった本を雨に濡れないようにかき集めるのがやっとだった。というのもどの場所も人手が足りておらず、ほとんど司書一人で本の回収作業に勤しんでいたのだ。とてもじゃないが分類できるところまで間に合わない。だが、本の分類は図書館を再開する為には欠かせない作業となる。それが、司書の頼みたいことであった。

 

 

「はい。これが本の分類表になるわ。背の部分の番号見ればすぐに分かると思うんだけど…その部分が汚れて読めなかったり、剥がれ落ちちゃってる本もあると思う。そういった本は後回しにしてもいいわ。あとでタイトルとかからゆっくり分類を探していけばいいからね」

 

「あ、それと…場所は狭いけど、机と椅子はあった方がいいよね…待ってて、すぐ、持ってく、るから…」

 

「え、あっ…!」

 

「司書さんっ!?」

 

 

椅子から立ち上がった司書は、立ちくらみのようにふらりと体が揺れたと思いきや、目の前の院生二人の方に倒れこんだ。

 

 

 

 

四番隊による診断においては、過労による身体機能の低下と判断され、入院が強制的に決定された。強制でもしないと、司書は頑なに図書館へ戻る意志を崩さなかったからだ。

 

 

 

*

*

*

*

*

*

 

 

 

次の日から、ユージオと雨涵の二人で真央図書館に通いつめ、仕事をする日々が始まった。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 

本の分類作業は、所謂機械的な作業である。本の背に書かれてある番号を見て、表の通りに仕分けしてダンボールへ。番号読み取り不能の場合は分類不能のダンボールへ。ダンボールが一杯になったら新たに組み立ててまた入れる。単純な作業とはいえ、尋常じゃない数な為に一日二日でそう簡単に終わる仕事ではない。

それに加え、上手いこと進まない障害がもう一つあった。

 

 

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………………こら」

 

「…はっ! あ、僕 また……」

 

「…もうお前は、本を開くの禁止だ。読むのは借りてからにしろ」

 

「……ゴメンなさい」

 

 

 

雨涵に叱られ、シュンと肩を落とすユージオ。これというのもユージオがサボるからである。もっとも、素直と真面目の権化みたいなユージオがサボるなどとは、雨涵は思いもしなかった。この仕事が始まる前までは。

ただ、サボりというのは少し不適切かもしれない。要するに、ユージオは自分自身で思う以上に本が大好きで、その魅力に抗えないのだ。分類する為に本の背を見て、ふと題名が気になった。どんな内容なんだろうと思った瞬間には既に右手が本の表紙を開いている。そこから綴られる文字を一行目で追ってしまったら最後、ユージオは本の世界に突入し、帰ってこなくなる。

 

下手すれば耳が痛くなるほどの静けさの中で機械的に作業をしているものだから、雨涵は最初そのようなサボり行為が隣で行われていたとは露知らず、自らの作業を忠実に実行していた。ユージオのそんな(さが)を知った雨涵は、時折警戒しながら作業するようにはなったが、それでも約2時間に1回の割合でこのような現象が起きる。そんなわけで仕方なく、雨涵から「本開き禁止令」を使わざるを得なくなった。これによって割合はなんとか1日1回までに減った。

 

ただ、その代わり……

 

 

 

「ん…しょ……うわ、わ…!」

 

「ほら、また落ちたぞ。いい加減、欲張りはやめたらどうだ」

 

「うう…でも、これもそれも…全部今日中に読みたいのばっかりで…」

 

「…分かった。たくさん借りるのはもう何も言わんが、せめて落とさないように、台車でも借りてきてやる」

 

「…ありがとう」

 

 

もはや顔が完全に隠れるほどの本を持つユージオは、額に汗を滲ませながらも雨涵の言葉にお礼を返した。もちろん司書からの許可を得て、分類し終わった本の一部を寮に借りていっているのだが、読書の欲求を抑えきれないユージオは毎度山ほどの本を持ち帰りたがる。明らかに過重量の本を必死に持って帰るユージオの様子は、雨涵も思わず気を揉んでしまうほどだった。そしていざ寮に帰ると…

 

 

「…………」

 

「おい、ユージオ」

 

「ゔわぁっ!? び、ビックリしたあ……」

 

「ノックしても返事がないからお邪魔させてもらった。銭湯、行かなくていいのか?」

 

「え、あ? もうそんな時間!? うわ、また素振り忘れちゃってた! どうしよう!」

 

「…30分程度なら、待ってやる。それ以上遅くに行くと、店側も迷惑だからな」

 

「分かった、ありがとう!」

 

 

このように、日課だった素振りすら忘れてしまうほど本に没頭してしまうのだ。ここまで行くと、脳内で「本馬鹿」と呼んでもいいのではないか、と雨涵は内心で呆れた。それでもただの馬鹿ではなく、目に見えてカタカナ語の使用率が上がっているなど、きちんと学びを得ている様子もみれるだけマシではある。

 

竹刀を持って飛び出していったユージオを見送って一人部屋に残った雨涵は、ふと文机の上に寄ってみた。左右に積み上げられた本の山に、真ん中に読み途中だったらしい本が一つ。しっかり栞も挟んである。その題名は、『騎士道物語集』

 

 

(童話…というより小説か…? ちょっと意外)

 

 

てっきり勉学の本ばかりだと思っていたものだから、少し驚く雨涵。しかし左右に積み上げられている本を確認してみると、ジャンルはバラバラ。娯楽物から、言語系、歴史系、哲学系、地理系と実に様々。どうも本馬鹿なだけあって、なんでも読みたくなる雑食性を備えているらしい。

 

 

(…最初の頃に比べたら、あいつも本当…元気というか…活動的になったな)

 

 

図書館で仕分けせず、非常にワクワクした表情でページをめくる同級生の顔を、雨涵は思い出した。仕事のサボりなどとユージオには似合わない行為を経てるのに、そこに浮かぶ彼の表情は、これ以上ない「彼らしさ」を体現しているように思えた。そんな彼をみていると、雨涵もなんとなくほっこりとしてしまうのであった。

 

 

 

同級生の変化には気づいても、自分自身の心の変化には、雨涵も鈍感であった。

「ほっこりする」なんてこと、最初の頃の自分では絶対にあり得ないようなことでもあったのに。

 

 

 

*

*

*

*

*

*

 

 

 

図書館での仕事の日々は、霊術院の授業とは甲乙つけ難い程に、ユージオは楽しめていた。それとなく雨涵にも聞いてみると「悪くない」という答えが返ってきた。それが自分に気を利かせた偽りではない、本心であるようにとユージオは願った。

 

ただ、強いて言うならばやはり霊術院の授業がちょっと恋しくなってくる。というのも、やはり先生のあるなしでは死神の勉強の進度が大きく違ってくる。特に苦心したのが鬼道で、かつて先生に褒められた実績を持つユージオも、教科書だけの独学では上手いこと新しい鬼道をモノにすることができない。3回の鬼道の授業を経て、ユージオは破道は九番、縛道は七番まで習得できたというのに、独学ではそこから一つ上の番号すらマトモに使えていない。教えてくれた先生がいかに貴重な存在だったか、ユージオは改めて思い知らされた。ちなみに雨涵は最初っから鬼道の自習を諦めて、どこからかもらってきた稽古用の人形に白打を打ち込む自主訓練をしていた。ユージオも雨涵に頼んで、竹刀を打ち込むための人形として共用してもらっているため、そろそろ耐久に限界が見え隠れしてきている。

 

 

こんな日々も、雨涵の言葉を借りれば「悪くない」と思えるもの。

だが、なんと因果なものだろうか。

 

 

あの時の授業の日々と同じく、転機が訪れるのは早い。

 

 

 

 

*

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*

*

*

 

 

 

 

二人で黙々と作業する静かな環境のせいで、この場に近づいてくる人がいれば非常に分かりやすい。ユージオと雨涵は顔を見合わせた。分かりやすいとは言っても、こんなところに来る人とは誰だろうと。一番思いつくのは司書さんだが…むこう一週間は入院すべしとの厳命だったはずだ。今日はまだ五日目。少し早いが…それとも並々ならぬ図書館復興への思いが、彼女の体を完治への導いたのだろうか。…あり得る、とユージオと雨涵は同時に心の中で思った。

 

 

だが、姿を現したのは司書さんではなかった。

 

 

「…お、いたな。お前達が今期の霊術院生だな」

 

「え…あなたは…」

 

「ひ、檜佐木副隊長!?」

 

 

書籍でしかみた事のない顔にユージオは一瞬言葉に詰まったが、的確に訪問者の名前を言い当てた雨涵は慌てて起立する。それに倣ってユージオも慌て方まで同じようになって起立する。鋭い三白眼と左頬の「69」の刺青が非常に特徴的なその死神は、勢いよく起立した二人の院生を見て、ちょっと困ったように頰をかいた。

 

 

「あー…そう気負わなくていい。俺はただ伝言に来ただけだ」

 

「でん…ごんですか」

 

 

なんの前触れもなく隊長格がやってきて、院生に何か重要なことを告げる。こんな状況にユージオは既視感を覚えていた。この間読んだ本だと『デジャヴ』とかとも言うらしい。いや…まだあの時のように重要なことが告げられるとも限らないし、仮に重要なことでも、悪いこととは限らない。今現在の状況のように、「悪くない」状況へとなるのかもしれないのだ。

 

いや…待てよ? ひょっとしたら、授業が再開されるお知らせ……とか?

 

 

ユージオはおずおずと頭に上げながらも、その表情の裏では色んな考えと感情が渦を巻いていた。雨涵も少しばかり不安そうな表情を崩さない。そんな二人に、檜佐木副隊長は簡潔に言い放った。

 

 

「入院中の真央図書館司書の許可は取った。お前達二人は、今日の仕事を中断して院生寮に戻ってくれ」

 

「…え、それは…?」

 

 

どんな言葉が飛び出ても驚くな、と自己暗示をかけていたお陰で驚かずに済んだ…と思いたいが、結局その言葉の意図が分からずに、ユージオは首を傾げてしまった。図書館での仕事を中断する必要とはなんだろう。ついに図書館の物理的な建物復興工事が始まるのだろうか。それならば邪魔にならないように移動するのも頷けるが…。

 

 

 

「仕事も大事だが……これから一緒に学ぶことになる、新しいクラスメイトを迎えてやることの方が大事だからな」

 

「新しい…クラスメイト……って」

 

 

 

ユージオと雨涵は揃って目を見開いた。クラスメイトという言葉は、五日前のユージオならば知らなかった言葉であり、そして今ならば知識として知っている言葉の一つでもある。その意味は、即ち『同級生』

 

 

目に見えて表情が変わった院生二人を前に、檜佐木修兵は表情を緩めてゆっくりと告げた。

 

 

 

「2218期 中途入学生の最後の一人が、諸々の手続きを終えて院生寮に到着した。お前達のクラスメイトとなる子だが、二人は実質先輩だからな。元気なやつだが、初めての場所だから戸惑うことも多いだろ。分からないことがあったら、色々教えてやってくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*

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記憶は、失われてなどいなかった。

ただ、奥底へと封じ込められていただけだった。

 

結晶の檻から解放された、何者にも縛られない二人の魂が、離れ離れになったこと。

元いた世界に、自分という存在の残滓を残してきたこと。

おそらくはそれが、記憶が封じられてしまった原因かもしれない。

 

愛する者同士の魂が引き離される悲しみを経ても、

二人の記憶は『封じられる』だけで、『失われる』ことはなかった。

 

 

それはきっと、諦めていなかったからだ。

信じていたからだ。

 

例え一時離れていても、必ずまた出会えると。

 

 

 

 

再び出会った時、

 

 

 

僕たちは、

 

 

 

私たちは、

 

 

 

全てを、思い出そう。

 

 

 

そしてまた手を繋いで、共に歩もうと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*

*

*

*

*

*

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アリス!」

 

 

「ユージオ!」

 

 

 

時刻は午前11時。場所は霊術院生寮107号室。

そこでは、お互いの名前を叫び、勢いよくぶつかって抱き合う二人の院生の姿があった。

そしてそれに加え、その様子をポカンと間抜けに口を開けて見るもう一人の院生…雨涵(ユイハン)がいた。

 

 

 

 

お互い抱き合った状態から暫く停止している中、驚きから復帰した雨涵はおずおずと声をかけた。

 

 

「その…二人は知り合いだったの…だな」

 

 

出会った瞬間にまるで運命の人同士とでも言うべき勢いで、劇的な対面を果たした二人の様子を見れば一目瞭然と言える。だが、どうにも雨涵は腑に落ちなかった。ここに来るまでの道中、本を一つも持ち帰らずに、新しいクラスメイトはどういう人だろうとそわそわした様子のユージオは、これから来る人に心当たりが全くないと言っていたはずだった。同じ流魂街出身といえど、瀞霊廷以上の広さがあるために、運よく知り合いが入学してくるとは限らない。そもそもユージオとその新入生は、住む地域が大きく離れているからこそ、入学時期が大きくズレたのではなかったのか。

 

 

しかし、疑問はあれどこうしてお互い何やら強い思いで再会しているのだがら、そういった疑問を呈するのも野暮というものだろう…と雨涵は思った。

 

 

だが…二人の様子がおかしいことに、雨涵は気づいた。

雨涵の声かけに、ユージオも…新たなクラスメイトである金髪碧眼の少女…アリスも反応しない。

 

 

それどころか、最初に抱き合った体勢のまま、二人はずっと固まったままだ。

 

「…おい! 大丈夫か!?」

 

 

少し緊迫した声をかけて近寄ると、ようやく二人はゆっくりと硬直を解いて、手と体を離す。

 

…だが、まだ様子がおかしい。

 

 

ユージオとアリスは二人とも同じような表情をしていた。…だが、とても感動の再会をした者同士とは思えない表情だった。そこに浮かんでいたのは『強い困惑』と『茫然自失』を表したような顔をしていた。

 

 

ますます心配する雨涵だが、とりあえず二人が動き始めたために様子を伺うことにした……と思いきや、次の瞬間…目の前で途轍もない光景が繰り広げられた。

 

 

 

「……えっと、『初めまして』」

 

「は、はい…『初めまして』」

 

「…はあ?」

 

 

 

突如、『初めまして』という頓珍漢な挨拶を始めた二人に、雨涵も思わず頓珍漢な声が出てしまった。

 

 

「ちょっと待て…二人は知り合いなんだろう? なぜ『初めまして』なんて言うんだ?」

 

「いや…その…」

 

「えっと…」

 

 

ユージオとアリスは、またお互いを一瞬見つめたのち……二人揃って雨涵の方を振り返り、こう言った。

 

 

「うまく…説明できないんだけど、僕たち」

 

「うん…自分でもよく分からないけど…私たち」

 

 

 

 

 

 

 

 

「「…初対面なんだ」」

 

 

 

 

 

 

 

 

*

*

*

*

*

*

 

 

 

 

 

 

二人が出会った時…封じられていた記憶は、確かに解き放たれた。

ただし、運命のいたずらとでもいうべきか…二人の出会いは、とある要素によって、とても奇妙なものになった。

 

 

一つ。二人の記憶が解き放たれるまで、あまりにも時間が経ちすぎていたこと。

二つ。二人が出会い、記憶が解き放たれる瞬間…二人が()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

二人の記憶が、本当の再会を果たすまで、もう少し先…。

 

 

 

 

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