元人工フラクトライト達と二人の死神物語   作:り け ん

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※この回から、「キャラ崩壊」や「性格改変」のタグが意味を持ってきます。



第九話 すれ違いは現実を変えた?

「つまり…あの一連の出会い方は全て『体が勝手に動いた』…と、主張する訳なんだな?」

 

「………うん」

 

「知らないはずの初対面の相手の名前をお互いに叫びながら抱き合ったのも…全て『体が勝手に動いたから』…なんだな?」

 

「わー! ちょっと! 改めて口で言わないで!」

 

 

何やら羞恥に悶え、顔を覆って蹲るユージオ。その様子を見た雨涵(ユイハン)はため息をついた。そりゃあ、初対面の異性にいきなり抱きついたとあれば、恥ずかしくなるのも分かる気がするが…分からないのはなぜそれをユージオがしたのか、というのことだ。なのに、『体が勝手に動いた』なんて訳の分からない弁明をされては、こっちまで頭を抱えたくなる。

 

 

「うーん……本当に、なんでかしらね…」

 

 

その一方で、今日雨涵(ユイハン)も初めて出会った金髪碧眼の少女──アリスは特に羞恥心を垣間見せることなく、先程の不可解な現象について、ベッドに腰掛け足をぶらぶら揺らしながら沈思黙考しているようである。しかし首を捻って言葉が止まっている様子からして、答えは出てこないようだ。

ちなみに今の彼女の服装は、雨涵が来ているのと同じ、女子院生服である。今日は…というかここ最近は授業もないのにと思っていたが、後に聞いたところによると院生服を着て霊術院の生徒になることが楽しみすぎて、居ても立っても居られなかったのだという。まあワクワクする気持ちは分からなくもない、と雨涵は思った。ちなみに着付けは檜佐木副隊長に教えてもらったらしい。

 

ユージオが羞恥で沈黙してしまったため、雨涵は次にアリスへ向き直った。

 

 

「えーと…アリス…も、体が勝手に動いたんだな?」

 

「ええ。私にも、そうとしか言いようがないの。信じられないかもしれないけど…」

 

「…いや、信じるさ」

 

「え?」

 

 

目を丸くしたアリスから、ちょっと照れたように視線を逸らした雨涵は小さく呟いた。

 

 

「その…これから一緒に勉強していく仲間なんだから、信じてあげたい…と思うのが、普通だろ?」

 

「…!」

 

 

その言葉を聞いたアリスは、驚きで目を見開いて数秒固まったかと思うと…ピョンと跳ねて雨涵に思いっきり抱きついてきた。

 

 

「うわっぷ!?」

 

「ありがとう! 雨涵! 私、これからも雨涵の友達として、恥じないように頑張るから!」

 

 

強烈なスキンシップを受けて慌てた雨涵は「わ、わかったから」と言いながら硬く抱きつくアリスを頑張って押しのけた。ユージオと同じように素直な性格のようだが、それ以上に感情表現が激しい同級生だということを、雨涵は実感した。でもとにかく、いい子なのは間違いないようだ。

 

自分から離れてもなお感謝の視線を送ってくるアリスのせいで、なんとなく居心地の悪さを覚えた雨涵は、元々の話題に方向転換する。

 

 

「さっきのことだが…二人は、あくまで初対面だとは言ってた…けどそれは、なんらかの理由で忘れてるだけじゃないのか?」

 

「忘れ…」

 

「…てる?」

 

 

顔を上げたユージオとアリスは、揃って顔を見合わせる。

 

 

「つまり、本当は知り合いの二人が出会った瞬間に、一瞬だけ記憶が蘇って体が勝手に動いたとか……。無茶な理論だが、そうでもないとお互い初対面で名前を言い当てられたワケが思いつかない」

 

「それは、そうだけど…なんだか、実感しにくいな」

 

 

アリスの顔を見つめていたユージオは、またあの時の気恥ずかしさが戻ってきたのか、視線をアリスの顔から外して宙を彷徨わせる。実感しにくい、という彼の言葉も最もだろう。あくまで初対面だと認識している相手を知り合いと言われても、実感なんてできるわけがない。

 

だが、もう一人の当事者であるアリスは…なんだかユージオの表情とも違う、何か気づいたような…思案の顔をしていた。その様子に雨涵が気づくよりも早く、アリスは口を開いた。

 

 

「そう、そのことなんだけど…私、実は記憶がない部分があるの。死んで、流魂街に来るまでの間の…記憶が」

 

「…そうなのか?」

 

 

今度は雨涵が首を捻る番だった。そんなアリスの言葉を聞いたユージオが、ハッとした表情で顔を上げた。

 

 

「てっきり流魂街の出身だと思ってたが…そうか、アリスは現世での生まれなのか」

 

「…多分。そこの記憶もないんだけど…少なくとも、流魂街で生まれた訳じゃないのは、確かだと思うのよ」

 

 

実は忘れていただけ、という雨涵の推論。

不自然に忘れている記憶がある、というアリスの証言。

 

何か、繋がりが見え始めた…と思った時、今まで不動だったユージオがずいっと動いて…アリスの近くに移動した。どうしたのか、と二人の女子院生がそっちの方を見つめると、当のユージオはアリスを見つめて…驚き顔だった。

 

 

「アリス”も”…なの?」

 

 

*

*

*

*

*

*

 

 

その後のユージオの話をよく聞いてみると、想像以上にユージオとアリスの境遇が似通っていることが判明した。

 

二人とも(恐らく)現世の出身であり、

二人とも現世の記憶がない。

 

既に分かっていることを追加で言うならば、

二人ともこの尸魂界・東梢局の中でも非常に珍しい西洋風の名前で、

外見もまた他の人とは一線を画しており、流魂街にいた頃は少なからず差別を受けていたという。

 

 

「そうなのよねー! 周りの人たち、なんでもないって言う癖にずっとジロジロと見て! 嫌になっちゃうのよ!」

 

「ああ、分かる…分かるよ、それ。僕もホント、ずっと嫌で嫌で…」

 

 

先ほどの微妙な距離感は何処へやら、共通の嫌な体験を持つ二人がなんだか意気投合している様を他所に、雨涵はいつの間にかノートを持ち出し、得られた情報を書き出していた。気分はまるで試験の問題を解く学生だ。

 

 

現世の記憶だけ失っている西洋風の二人。

そんな二人が出会った時、知らないはずのお互いの名前を叫んで抱き合った。

まるで年来の友達が再会したかのように。

だが…それが終わると、二人は初対面だと主張しあった。

 

 

この難題を書き出した雨涵は、開いたページを睨みつけて唸った。

前半三行までは、まだなんとか…説明はつけられる。一番しっくりくる説明は、こうなる。

 

『ユージオとアリスは、現世で友達だった』

『しかし、なんらかの理由で流魂街に来た時に、記憶が失われてしまった』

『そして再会した時に、その記憶が蘇った』

 

この推論が、一見もっとも筋が通っているように見える。だが、一つだけ納得いかない点がある。『再会した時に、失われた記憶が蘇った』ならば、なぜ今二人は初対面だと主張している? 記憶が戻ったのなら、二人は知り合いではないのか?

それとも…出会ったあの一瞬だけ記憶が戻って、その後また記憶が失われたというのか。あまりに不自然だが、それならば辛うじて説明はつく。

 

もしくは…もう一つの可能性がある。実は二人とも記憶が戻っているのだが、なんらかの理由であえて初対面と偽っているという可能性だ。だが…わざわざ自分一人を欺くその理由が全く見当もつかない。それに...最初自分で言った通り、雨涵はユージオとアリスが自分を欺いているとは…考えたくなかった。まあそもそも、あの素直なユージオがこうもスムーズに嘘をつけるとは思えないが。

 

 

 

「ねー、雨涵」

 

「え、あ?」

 

 

目の前のノートに熱中していた雨涵は、ふとした瞬間にノートをアリスに取られてしまった。アリスは開かれていたノートのページを一瞥すると、閉じてまた雨涵に返した。

 

 

「ありがとう。雨涵も、私たちのこと考えてくれてたのね。…でも、今は考えなくて大丈夫」

 

「…どういうこと?」

 

 

目の前に立ち、穏やかに笑う金髪のポニーテール姿の少女は、同性の雨涵から見てもため息が出るほど、美しかった。

 

 

「確かに私とユージオは、”何か”があったんだと思う。でも、私たちは何も覚えてないし…考えたって、分からないことだらけよ」

 

「………」

 

 

アリスの微か後方に立つユージオも、その言葉に小さく頷いている。

 

 

「だから…今ユージオと話し合って決めたんだけど…何も考えないことにしたの!」

 

「…は、はあ」

 

 

手を腰に当てて、堂々と妙な宣言をするアリスに、雨涵は思わず目を白黒させる。

 

 

「つまりね、私達は過去に囚われてはダメだと思ったの! 過去に何かあったとしても、私たちは今を生きる人間! だから、過去のことは忘れて、今目の前にいる友達と一緒に過ごすことだけを考えようってね!」

 

「………」

 

 

少々あっけにとられた雨涵。そんな宣言の後ろで、ユージオもまた真剣な表情でコクリとうなずいてみせた。ニコリと笑った金髪少女、アリスはスッと右手を差し出した。

 

 

 

 

 

「初めまして! 私の名前は、アリス・ツーベルク! これから、よろしくお願いね!」

 

 

 

「…私の名前は、雨涵(ユイハン)。名字が『(ハン)』 名前が『(ユイ)』だ。…よろしくな」

 

 

 

「え、えーっと……僕も、よろしくお願いしたいん…だけど」

 

 

 

ちょっとだけ仲間外れ感を覚えたユージオが、後ろから小さく手を挙げて自己主張を行なった。

 

 

 

こうして新たな同級生を迎え入れた雨涵達は、せっかくまだ時間もあることだしと、銭湯や弁当屋への道を案内しようかと考えていたが、その考えを口にする前にアリスが元気よく手を挙げた。

 

 

「ね、雨涵、ユージオ! 私、ちょっとお願いがあるんだけど……」

 

 

 

 

*

*

*

*

*

*

 

 

 

 

五分後には、ユージオ 雨涵 アリスの三人は霊術院の前に来ていた。これは、ここに到着したばかりのアリスに霊術院の案内をするため…ではない。そもそもほとんどが倒壊しきった霊術院は、中の案内どころか外から眺めるだけが精一杯なのだから。

 

アリスのお願いとは、『自分の鬼道を見てほしい』というものだった。予想外のお願いに、他の二人が少しばかり目を見開いて驚いてよく話を聞くと、どうもアリスはここに来るまでの間に、()る人から鬼道の教科書を一足早く譲り受け、少しの時間とはいえ指導もしてもらったという。その「()る人」とは、なんと九番隊副隊長 檜佐木修兵であるとのこと。一体どのような縁で隊長格から個別指導を受けるようになったのか、雨涵は少なからず気になったが…アリスは「話すと長くなっちゃうから…またいつか教えてあげるわ!」と笑顔で答えた。

 

気になることは気になるのだが…その時の雨涵がもっとも気になったのは、アリスの背後で目に見えて拗ねたような表情をしている、ユージオだった。その表情はたった数秒ほどだったが、今まで見たことのないユージオの表情に雨涵は先ほどよりもっと驚いた。アリスに「どうしたの?」と聞かれてしまうほど。後に雨涵が考え合わせてみるに、恐らくユージオは自分達ですら未だ教えを頂けていない隊長格に、一足早く教えをもらったアリスへの嫉妬…ではないかと思われる。表情も一瞬だったし、嫉妬とはいえほんの小さい感情だったのだろう。だが、あの時は初めて見たユージオの表情に驚きを隠せなかった。

 

閑話休題(それはともかく)、どうしてアリスが鬼道を見せたいのかといえば、既に正式な鬼道の授業を受けている二人から助言が欲しいのだという。ただでさえ自分は二人より遅れて入学したのだから、せめて予習した鬼道だけは追いつけているのか、試したいのだという。勉強熱心なその志は立派だが、当のユージオと雨涵も鬼道はせいぜい三日分程度しか習っていない。満足いく助言をアリスにできるかは甚だ疑問だが、少なくともユージオは雨涵と違って先生によく褒められるほどには鬼道の才能がある。彼ならきっと大丈夫だろう。心なしか、自分の隣に立つユージオの顔はちょっとやる気が満ちている気がする。

 

 

「じゃ、いくわね!」

 

 

二人から少し離れた場所に立つアリスは元気なように見えて、少しだけ緊張しているようにも見える。ユージオ達によく見えるように更に一歩下がり、自分の鬼道の標的となる名もなき瓦礫を見据え、小さく息を吐いた。

 

そして…手のひらを上に向けて、指を曲げる。

それはなんと、ユージオも雨涵も見たことのない鬼道の構えで…

 

 

 

 

 

 

「破道の二十! 『泉籠球(せんろうだま)』!」

 

 

アリスの手のひらに、青く渦巻く霊圧の球体が現れ…彼女がえいっと瓦礫に向かって球体を投げる。瓦礫の山に着弾した球体は一瞬の間の後、破裂するように大きく展開して一気に瓦礫を吹き飛ばした。

 

 

「続いて…縛道の二十一! 『赤煙遁(せきえんとん)』!」

 

 

アリスが右手をあげると、ドン という音とともに瓦礫が吹き飛ばされて平らな地面となった場所を中心として、赤い煙がもうもうと立ちこめ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

二種類の鬼道を披露し終えたアリスは、立ち上る煙を一瞥してふう、とまた息を吐いて同級生二人の方へ振り向いた。

 

 

「とりあえず、今の私が詠唱破棄までマスターできたのはここまでね。あ、でも縛道の二十一番はちょっと教科書より規模が小さい気がするから、もうちょっと練習が必要だとは思ってて……あれ、どうしたの? 二人とも」

 

 

 

ユージオも雨涵も、アリスの言葉はほとんど耳に入ってなかった。

見せつけられたあまりのレベルの違いに、呆然としていたからだ。

 

 

*

*

*

*

*

*

 

先に気を取り戻したのは雨涵だった。

反応しない自分達を心配していたアリスに対し、雨涵は両手を挙げた降参のポーズをしつつ事情を話した。ユージオも雨涵も、せいぜい三日程度しか鬼道を習っていないこと。ユージオは教師に鬼道の腕前を褒められたが、そんなユージオですら破道は九番、縛道は七番までしか習得していないこと。それらを聞いたアリスは顔を赤くして「あ……その、なんか、ごめんなさい」と謝った。本人にその気は無かったのに、思いかけず鬼道の自慢みたいになってしまったことを悔いているのだろう。単なる勘違いなのだから、アリスに非はないと思うのだが。

 

 

すると…雨涵の真横を一陣の風が吹いたように感じた。だがしかし、その風の正体は勢いよく真横を走り抜けていったユージオであった。ユージオはそのまま、突如アリスの両手をとった。

 

 

 

「アリス、お願い! 僕たちの…鬼道の先生になって欲しいんだ!」

 

「え……わ、私が?」

 

 

 

目を白黒させるアリスに対し、ユージオの目はやたらまっすぐだった。説明の必要性を感じた雨涵は、またアリスの側によって事情を話した。今、霊術院の授業は一時停止されていて、まだ再開の目処が立っていないこと。先生がいない中で自習に励んでいたが、鬼道が上手く勉強できなくて、特にユージオが悩んでいたこと。だから、どうか頼みを聞いてやってはくれないかと、雨涵もまた一応頭を下げた。

 

二人の同級生に頭を下げられたアリスは「そういう事情なら、もちろん構わないわよ」と快諾してくれた…と思いきや、「ただし」と続けて言葉を紡いだ。

 

 

「私だって、授業が始まる前に教えてもらいたいことが山ほどあるんだから! 私が鬼道を教える分、二人からも私が知らないことを、たっぷり教えてもらうんだからね! いい?」

 

「う、うん! それくらいなら、お安い御用だよ!」

 

 

至極真っ当な条件をお互いに受け入れ、これでお互い平和的に話が済んだ…かと思いきや、話は少し悩ましい方向へ転がっていった。

 

 

「それじゃ…私、斬術を勉強したいの! 流魂街にいた頃は刀なんて扱えなかったし…早速だけど、手取り足取り教えてもらっていいかしら?」

 

「えっ? ……そっちが先なのかい?」

 

「…あら、違うの?」

 

 

二人は揃って首をかしげる。お互い、何やら認識の齟齬が発生していると分かると、言葉の投げかけあいが始まった。

 

 

「だって、いろんな勉強を教えてもらう代わりとして、鬼道を教えるって話だったじゃない! 代わりなんだから、先に教えてもらうのが普通じゃない?」

 

「あれ? 鬼道を教える分だけ、僕たちが他を教えるって話だったはずなんだけど…」

 

「…そんな話だったかしら? でも、せっかく学校に来たのに、一つも授業受けられないなんて悲しいじゃない! だからせめて先に色々教えて欲しいの! お願い!」

 

「う、うーん…でもさ。ほら、学校に着いたばっかりですぐ授業が始まる訳じゃないんだよ。僕らの時だってそうだったし…だから今日はお休みして、先に鬼道を教えるってことで一つ…」

 

「それじゃ私は先生じゃない! 授業がお休みなら先生もお休みでしょ!」

 

「いや、僕らが教える側になっても僕らが先生になっちゃうじゃないか…」

 

 

なんと、言い争いを始めてしまったのだ。争いと言うほど過激なものでもない気がするが、穏やかな言葉を使っているように見えるユージオも、譲るつもりがないようである。しかし、議論の内容は「どっちが先に教えてもらうか」というしょうもないもの。ただ順番が変わるだけ、そこまでムキになるようなことかと雨涵は呆れた。それにしても、あのユージオがここまで意地を張るようなことがあっただろうか。普段は遠慮しすぎなくらい謙虚だというのに。…本の一件を除けば、だが。

 

このままじゃ堂々巡りでしかないと察した雨涵は、ユージオの肩を抑えて引き止め、議論の終わりを導こうとした。しかし、ユージオの背中に近づいた雨涵は、あることに気づいて…固まった。

 

 

「ここは公平に授業を受けた状態にすべき……あれ、雨涵?」

 

「そんなこと言ったら君と僕らの鬼道の腕前の差がすでに不公平……え?」

 

 

不穏な様子の同級生に、議論の言葉が一時停止する二人。背後の雨涵を見るためにユージオが振り向こうとした瞬間、ガッチリと体が掴まれ、背中にグッと体重がかかった。

 

 

「わわっ!? ちょ、雨涵!? 何!?」

 

 

慌てふためくユージオに答えることなく、背後から体を乗せてきた雨涵は腕をユージオの胸元に伸ばし…その背にある斬魄刀につけられた、背負うための紐に手をかけて、ぐいっと上に引っ張った。そうすることで、斬魄刀はユージオの体から離れ、同時に雨涵もユージオから体を離した。

 

 

「…どうしたのよ、急に」

 

「………」

 

 

ユージオの背の斬魄刀を分捕った雨涵に、アリスも意図を理解できず怪訝な顔をする。当の雨涵は紐を握りしめ、そこにぶら下がるユージオの斬魄刀をじっと見つめている。急な体重移動のせいで体勢を崩しかけたユージオは、「…なんなのさ、もう」と愚痴りながら雨涵の方へ向き直った。…すると、ユージオの目が驚きに見開かれた。

 

 

「……え? ちょ、ちょっと待って…それ……僕の?」

 

「ああ…間違いなく、お前の斬魄刀だ」

 

「…?」

 

 

当たり前のことを至極真剣に言い合う二人の同級生に、アリスの表情が怪訝なものから疑問のものに変わる。今しがたユージオの背から取ったものなのだから、ユージオのモノのはずなのに。ユージオは驚き、雨涵は真剣…いやというより、訳の分からなさに顔を顰めていると言った方が正しい。訳の分からないのは、こっちも同じなのに。

釈然としないアリスだが、突然クルリと雨涵がこちらの方を向いたので、アリスはまたビックリした。

 

 

「アリス…君の斬魄刀も、下ろして見せてくれないか?」

 

「え? …いい、けど」

 

 

何も分からないうちから、頼まれた頼みごとだが…アリスはその真剣な表情に押され、思わずそのまま従った。紐を上に引っ張って斬魄刀を肩から離す。雨涵に渡そうとすると、「いや、持って見せてくれるだけでいい」と言われ、また不思議に思う表情のまま、右手で紐を持って掲げてみせる。

 

すると…雨涵は一層眉根が寄った険しい表情になり、ユージオもまた「え、ええっ!? …嘘」と呟いていた。一方のアリス、訳が分からないまま置いてけぼりにされてる状況に我慢ならず、声を張り上げた。

 

 

「ちょっと、どうしたのよ二人とも! 何か起きたの?」

 

「……ああ、起きている……有り得ないことが」

 

「え?」

 

「自分の斬魄刀を、見てみろ」

 

 

雨涵にそう言われて、アリスは始めて自分の手にぶら下がる刀を持ち上げ、視線の中心に来るように揃えた。

 

 

(…あら?)

 

 

ここでアリスは始めて、異変というものに気づいた。この斬魄刀…『浅打』はつい数時間前に貰ったばかりの代物。院生服を着てからずっと背に身につけていて、視界の外に追いやられていたが、それでもどんな刀だったかはちゃんと覚えている。

 

 

なのに…今目の前にある斬魄刀が()()()()()()()()()()()()()()()()のは、どういうことだろうか。

 

 

小豆色だった柄は、今や濃い緑色になっていた。その中で柄頭だけは黄金色に輝いている。、菜種油色の角丸長方形だった鍔の形は、シンプルな細い楕円形へと変化しており、その鍔の色もまた黄金色であった。

 

 

 

アリスの身に起きた、全く覚えのない不思議な変化。だがそれは、アリスの身だけに起こった訳ではなかった。

雨涵が吊るしているユージオの斬魄刀…その柄の色はアリスのものより微かに薄い、水色がかかった青色になっていたのだ。透き通るような銀色に輝く鍔は、両端がとがった形の幅の広めな楕円形。その鍔の中には円を描くような切れ込みの装飾がいくつか。

 

明らかに雨涵の背にある『浅打』とは一線を画した二本の刀を交互に見て、雨涵は呟いた。

 

 

「有り得ない…けど、間違いない……これは…」

 

「…斬魄刀、自己化」

 

 

雨涵の言葉を引き継いで、ユージオもまた呟いた。

 

 

 

*

*

*

*

*

*

 

 

 

 

 

 

あさうち【浅打】

六千名を超える護廷十三隊士全名が、

院生時代に一時貸与され入隊と同時に正式授与される無銘の斬魄刀。

全ての死神達はこの”浅打”と寝食を共にし練磨を重ねることで、

己の魂の精髄を”浅打”へと写し取り、“己の斬魄刀”を創り上げる。

 

 

 

 

ざんぱくとう-じこか【斬魄刀自己化】

己の魂の精髄を”浅打”へと写し取り、“己の斬魄刀”を創り上げること。

自己化が完了した斬魄刀は柄と鍔の形、稀に刀身そのものも独特な形に変化する。

自己化を成し遂げた死神は、続いて始解を習得するために

斬魄刀との”対話”と”同調”の訓練を行う。

自己化に至るまでの個人差は大きいが、早くとも数年はかかると一般的に言われている。

 

 

 

*

*

*

*

*

*

 

 

 

「なるほど…これは、確かに『有り得ない』わよね…」

 

 

ユージオから借りた『霊界堂国語辞典』の1ページを読んだアリスは、額を押さえてため息をつき、閉じた本を元の持ち主へ返した。本を返されたユージオは、視線もくれずその本をそのまま適当に自分の座るベッドに放り出し、手元の刀をぼーっと眺めている。本を溺愛するユージオらしからぬ行動ではあるが、雨涵はそれに驚く暇もないようだった。ただ、新たな書き込みが増えたノートのページを、また注視して見つめていた。

 

 

 

『ユージオとアリスは、現世で友達だった』

『しかし、なんらかの理由で流魂街に来た時に、記憶が失われてしまった』

『そして再会した時に、その記憶が蘇った』

 

 

『二人とも、有り得ないスピードで斬魄刀自己化を成し遂げた』

 

 

 

しかし、力強く書いたその文字をいくら眺めたところで到底答えは出ず、雨涵もまたため息をついてノートを机の上に放り投げた。

 

 

ちなみに、今いるここはもう外ではない。さっきまでの『どっちが先に教えを受けるか議論』は、突然判明したアクシデントにより中断となり、とりあえず三人揃ってユージオの部屋に撤退することにした。もっとも、これをアクシデントと表現してもいいかは…甚だ疑問なのだが。

 

 

「でも、別に悪いことじゃない…のよね?」

 

「…まあ、普通はそうなんだが」

 

 

かと言って、この早さは普通じゃない。早くとも数年、なんて辞書に書かれているのにも関わらず、ユージオがこの斬魄刀を手に入れてからまだ一ヶ月と経っていない。ましてやアリスに至っては、一日すら経っていないという有様。いくら死神見習いの雨涵達でも、これが『異常』とはっきり分かる。ただ問題は、常軌を逸したスピードで斬魄刀自己化を成し遂げるとは何を意味するのか、ということだが、この答えはどの教科書にも載ってはいなかった。

 

女子学生二人が頭を悩ませる一方で、ようやく自分の斬魄刀を見るのに満足したらしいユージオが、鞘に収めた自分の刀を左手に抱えて少しばかり興奮した様子で語り始めた。

 

 

「ね、ね! これってさ…僕、始解の修行に進めるってことなのかな?」

 

「そういうことに…なるな。それがホントにちゃんとした自己化ならな」

 

「そうだよね! 確かにちょっと不安だけど…僕、始解にはちょっと憧れてたんだよね。こんなに早くできるとは思わなかったけど…」

 

 

ワクワクという言葉がこれ以上似合う表情はないだろう、というくらいの様子のユージオを見て、ポジティブだなと雨涵は呆れ半分感心半分の気持ちでいた。

 

 

 

──いや、むしろなぜ自分は前向きに考えられない?

 

 

 

アリスの言う通り、斬魄刀の自己化は全く悪いことではなく、寧ろいいことなのだ。確かに異様にその現象が早いことは疑問に思うべきところではあるが、普通なら前代未聞の快挙(?)として一緒に喜ぶのが普通なのではないのか?

 

 

──そんな風に自分が素直に喜べないのは、嫉妬しているからなのか?

──自分を置いて、本来あり得ない境地へたどり着いた二人に。

 

 

雨涵は、隣に立てかけられた自分の斬魄刀…浅打のままの自分の刀を一瞥した。

だが、すぐに頭を振って今しがた浮かび上がった感情を追い払った。

 

 

 

 

*

*

*

*

*

*

 

 

 

 

ちなみにこの後『どっちが先に教えを受けるか議論』が再勃発した為に、

呆れた雨涵が公平なるジャンケンによる判決を提案した。

 

 

結果、勝利をもぎ取ったユージオはどこか満足気な表情で、

悔しげなアリスから、鬼道の教授を受けるに至った。




自分にセンスがないのは悲しいことですが、
作品の都合上、オリジナル鬼道はさらに登場させる予定です。

お見苦しい点があるかもしれませんが、何卒ご了承ください。


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