カードショップ『エンペラー』は、その日も多種多様な客で賑わっていた。
試案顔でストレージボックスのカードを漁る男子高生。仲良くショーケースのカードを見て回るカップル。親に買ってもらったパックを大切そうに胸に抱える少女など。
その奥にあるデュエルスペースもまた、大盛況であった。
学校帰りのファイトに興じる学生達。今日発売のパックを剥き続ける男性。
対戦する2人の少年と、それを取り囲み、わいわい騒いでいるランドセルを背負った少年少女の一団。その誰もが楽しそうで、溢れんばかりの笑顔が輝いていた。
それを羨ましそうに眺める少女が、部屋の隅にいた。
新品のデッキケースを机に置き、たまに中身を取り出してカードをパラパラ確認すると、溜息をついてしまいこむ。そしてまた、じっと小学生の一団を見つめるのだ。そのうちの1人と目が合いそうになった時には、思わずサッと目を逸らした。
挙動不審な少女は、カードファイトの初心者だった。普段は家で弟と対戦していたが、やがて他の人とも対戦してみたくなり、カードショップに寄ってみた。
そこで小学生の一団を見つけた。
そこまではよかったが、女の子がいないでもなかったけど男の子が多いし、学年も小学校3年生の自分よりも上っぽいしと、すっかり萎縮してしまい、少女はこうして離れた場所に座って、物欲しそうにその一団を眺めているのであった。
(今日は帰ろうかな……)
1時間ほどそうしていた少女は、諦めてデッキケースを手に取り、ランドセルにしまおうとした。
「あなたもヴァンガードするの?」
不意に声をかけられ、少女は思わずケースを取り落としそうになった。
「わ、わわっ」
小さな手の中で暴れるケースをどうにかテーブルの上に置き直し、少女は声のした方へと向き直った。
そこには、一団の中でもっとも少女の目を引いていた女の子がいた。
その理由としては、同性であり、年も近そうだったのもある。だがそれ以上に、その女の子は小学生とは思えぬほど完璧な顔立ちをしており、何故か着物を着ていて、それがまたよく似合っていた。要するに見惚れてしまっていたのだ。
「ふふ。驚かせてしまってごめんなさいね」
着物姿の女の子が、子供とは思えぬ上品な仕草で微笑む。
「私の勘違いだったらごめんなさい。あなたがじっと私を見ていたものだから気になって……」
「ご、ごめんなさい! その、あまりにも綺麗だったから……」
「うふふ。ありがとう。
別にいいのよ。そう言われるのは慣れているから」
どんな小学生だとツッコめる人間は、残念ながらこの場にはいない。
「私の名前は
着物姿の女の子は、優雅に胸元に手を当てて自己紹介をした。
「わ、私っ!
少女も精いっぱい声を張って名乗った。
「そう。いい名前ね。
では、アリサ。ひとつ私とファイトして頂けないかしら?」
そう言って、ユキと名乗る着物姿の少女は、アリサに白くて小さな掌を艶やかに差し出すのであった。
「これがねー、あたしとユキの馴れ初めってやつよ」
『エンペラー』とは似ても似つかない
「…………」
アリサの語る思い出話を黙って聞いていた
「…………?」
やがてかくんと大きく首を傾げると、素朴な疑問を口にした。
「今の話のどこにアリサさんが出てきましたか?」
「何でよっ!? 最後にちゃんと名乗ってたでしょ!?」
「私には、ユキさんと、内気で奥ゆかしい女の子しか登場していないように思えましたが」
「だから、その内気で奥ゆかしい女の子があたしなのっ!」
自称・内気で奥ゆかしい女の子が叫ぶ。
「うふふ、無理も無いわねえ」
白河ミユキが回想と何一つ変わらぬ優美さを以て微笑んだ。
「けど、昔のアリサは本当にそんな感じだったのよ。ああ……あの頃のアリサは可愛かったわねえ」
「今は可愛くないの!?」
アリサのツッコミをスルーして、ユキは空気を引き締めるようにパンパンと手を打ち鳴らした。
「はい! 休憩はここまで。練習の続きをしましょう。次はアリサとミオの番よ」
「むー。ミオちゃん、やろやろー」
「はい。よろしくお願いします」
不満げに頬を膨らませながら、アリサがミオの対面に腰かける。
「いくよ! スタンドアップ!」
「ヴァンガード」
「《マシニング・ワーカーアント》!」
「《発芽する根絶者 ルチ》」
――1時間後
「《波動する根絶者 グレイドール》で、《真魔銃鬼 ガンニングコレオ》にアタックします」
「う……ノーガード…………トリガー無し。負けたかー」
手札を机に置いて、アリサがテーブルに突っ伏した。
「はい、そこまで! アリサが1勝、ミオが4勝で、今日もミオの勝ち越しね」
「うーん。ミオちゃんも強くなったよね。ヴァンガード高校選手権も優勝しちゃうし。いやー、先輩として鼻が高いわ」
「何を呑気なことを言っているの。先輩なら、もう少し善戦しなさいな」
負けても偉そうなアリサの頭を、ユキが肘で小突く。
「あ、時間になりました。今日は両親に夕食を作る日ですので、お先に失礼します」
ミオが立ち上がり、ペコリと一礼する。
6月の一件以来、ミオは1か月に1度、両親に夕食を振る舞っているのだ。
今では父も母も、心から「おいしい」と言って料理を食べてくれる。それがまた嬉しいらしい。
「はいはーい。また明日ねー」
「お疲れ様。気をつけて帰ってね」
手を振る先輩達に、ミオは「お疲れ様でした」と小さく会釈をして部室を出ていく。
扉が閉じられ、窓越しにミオの影が遠ざかっていくのを見送って。
「ミオちゃん、いい子になったよね」
アリサがしみじみと呟いた。
「何を言っているの。ミオは初めて会った時からいい子だったわよ」
「そりゃそうなんだけどさ! そういう意味じゃなくて、その、もっといい子になったというか……成長したというか」
「ええ。そうね。どこへ出しても恥ずかしくない、自慢の後輩だわ」
「うん……」
アリサが俯くように頷いた。窓から西日が差し込み、彼女の影に深い闇を落とす。
ユキは小さな溜息をひとつつくと、先程までミオが座っていた、アリサの正面にある席に腰かけた。
「話があるんでしょう? 聞くわよ」
「ん……」
アリサは静かに顔をあげ、まっすぐにユキの目を見据えて自分の考えを告げた。
「来年のカードファイト部の部長なんだけどさ。あたしじゃなくて、ミオちゃんじゃダメかな?」
何も答えないユキに向かって、アリサはさらに言葉を重ねていく。
「真面目だし。何でもテキパキとこなしちゃうし。物怖じもしないし。ヴァンガードもあたしより強いし。
この前なんてさ、知ってる? 中学生にヴァンガードを教えてたんだよ?
あの子なら、きっと部長に向いていると思うんだよね」
「……ええ。ミオならきっと素敵な部長になれるでしょうね」
ユキがようやく、納得したように深く頷く。
「じゃあ!」
「それを踏まえた上で言わせてもらうわ。来年のカードファイト部の部長は、あなたしかいないわ。アリサ」
そして、アリサの提案を、静かだが断固たる口調で却下する。
「……え?」
戸惑いを見せるアリサに、今度はユキが主張を続ける。
「もっと自分に自信を持ちなさいな。私はもちろん、ミオだって、あなたが部長として不足だとは考えてもいないわよ」
「でも……」
「これ以上は口で言っても無駄なようね」
諦めたように肩をすくめると、ユキは着物の袖からデッキを取り出し、テーブルの上に置いた。
「では、ファイトをしましょう。
いつだって、私達はカードで語り合い、分かりあってきた。そうでしょう?」
「……うん。そうだね」
「全力で。いいえ。私に勝つつもりでかかってきなさい」
「ん。わかった」
アリサはミオとの対戦で使っていたデッキをしまうと、通学カバンから新たなデッキを取り出した。
お互いにデッキをシャッフルし、テーブルに置き直す。
ほんの一瞬、視線の交錯を合図に、二人は同時に宣言した。
「「スタンドアップ! ヴァンガード!」」
「《マシニング・ワーカーアント》!」
「《忍獣 キャットデビル》」
先行ターンはアリサ。
カードを1枚引き、手札から1枚のカードをファーストヴァンガードに重ねる。
「《マシニング・ホーネット》にライド! 1枚引いて、ターンエンドよ」
「私は《口寄せの忍鬼 ジライヤ》にライド。まずはキャットデビルの効果で1枚引き、次にジライヤの効果で1枚引いて、手札を1枚山札の下に置くわね」
カードを繰るユキの所作に一切の無駄は無く、その洗練された動きは芸事に興じているかのようである。長い付き合いのアリサですら、油断すると見惚れてしまいそうになるほど美しい。
「さあ。ジライヤでヴァンガードにアタックよ」
「ノーガード!」
「ドライブチェック。……トリガーは無し。
私はこれでターン終了。アリサのターンよ」
「スタンド&ドロー。
ライド! 《ブラッディ・ヘラクレス》! その後列に《巨砲怪人 タワーホーン》をコールして手札交換。ユキのユニットが全てレストしているので、パワー+5000!
続けて《マシニング・マンティス》をコール! スキルで山札の上から6枚見て……《マシニング・スパークヘラクレス》を手札に加える!」
「あら。ガンニングコレオじゃないのね」
「バトル! 《ブラッディ・ヘラクレス》でアタック!」
「ノーガード……ふふっ、懐かしいわね」
突然、ユキが口元を押さえて笑い出す。
「何がよ?」
「今日、アリサが話していた、初めてあなたと出会ったあの日も、あなたは《ブラッディ・ヘラクレス》にライドしていたわね」
「いや、8年前に何のG2にライドしたかなんて、あたしは覚えてないんだけど!?」
「あらそう? ダメージチェック……
「それに、《ブラッディ・ヘラクレス》も、あの頃の《ブラッディ・ヘラクレス》とは違うのよ!
アタックがヒット時、スキル発動!
パワー21000のマンティスでアタック!」
「ノーガードよ。ダメージチェック……トリガーは無し。
私のターンね。スタンド&ドロー。
……ライド」
その瞬間、アリサの首筋に強烈な怖気が走った。
迷い込んだ深い森の中で、殺気を感じて顔を上げる。木の枝に佇む、一頭の獣と目があった。
それは小動物と呼べるほど小さな生き物ではあったが、月明かりを反射して金色に輝く眼光は鋭く、肉食獣のように剣呑な気配を漂わせている。
忍びが敵の前に姿を晒す時。それは既に勝利を確信した時に他ならない。
「《特務忍獣 ウィーズルレッド》」
特務。G2にして30000台のパワーを容易に叩き出す『特務』ユニットを主力に据えた速攻デッキ。相手がG3にライドする前に敵を仕留めることも多々ある、むらくもの奥の手。
コンボが決まればワンサイドゲームになってしまい練習にならないため、ユキも部活では禁じ手にしているほどである。
(なんてものを使うのよ、ユキは……)
アリサは冷や汗をかきながら、心の中で呟いた。
ファイトを通して自分を励ましてくれるのかと思いきや、甘かった。理由はわからないが、彼女は自分を完膚無きまでに叩き潰すつもりだ。
「ウィーズルレッドの効果……」
特務が誇る脅威のスキルが宣告される。
「手札を5枚捨てて、山札から《特務忍獣 ウィーズルブルー》を2体、《特務忍獣 ウィーズルホワイト》3体をスペリオルコール」
『集!』
ウィーズルレッドの号令一下、静かだった森が俄然騒がしくなる。周囲の茂みがひっきりなしに揺れているところを見ると、アリサは一瞬で忍獣に取り囲まれてしまったようだ。
だが、気配はすれども姿は見えない。
「さて。行くわよ。
リアガードのウィーズルブルーでアタック。パワーは36000よ」
茂みから白刃が閃いた。
忍獣の姿を捉えることができないまま、《ブラッディ・ヘラクレス》の背中が斬りつけられる。
「ダメージチェック……トリガー無し」
「続けてウィーズルレッドでアタック。こちらもパワーは36000」
「ノーガード」
「ドライブチェック……
ウィーズルレッドが、背負った巨大手裏剣を口に咥えて、器用に投げ放つ。
直撃を受けたヘラクレスは、堅い甲殻のおかげで両断されることこそなかったものの、吹き飛び、木々に叩きつけられた。
「ダメージチェック……1枚目、トリガー無し。2枚目、★トリガー。パワーはヘラクレスに」
「あらあら。今日も私の勝ちかしら。パワー46000のブルーでアタックよ」
起き上がるヘラクレスの首筋めがけて、青い忍獣が跳び掛かる。
「ガード! 《強酸怪人 ゲルドスラッグ》!」
次の瞬間、忍獣の咥えた小刀が瞬く間に溶けだした。
木の幹に貼りついたカタツムリの怪人が、紫色の液体を口元から垂らしながら不気味な笑みを浮かべている。
「さらにマンティスでインターセプト!」
機械化された蟷螂も立ちはだかり、青い忍獣は追撃を諦め、闇の中へと消えていった。
「ゲルドスラッグ……レストしたユニットの数に応じてガード値を上げていくユニット。
なるほど。むらくもの展開力を逆手に取ったのね」
ユキが感心したように頷く。
「さあ、次はあなたのターンよ」
言われるまでもなく、アリサはデッキからカードを引く。
「ライド! 《マシニング・スパークヘラクレス》!!」
闇を引き裂き、森に稲光が落ちる。
そう錯覚してしまうほどの輝きと共に、鋼鉄の重甲虫が戦場へと降り立った。
科学の雷電を全身から迸らせ、メガコロニー最凶の
「コール! 《マシニング・スターグビートル》!!
スターグビートルのスキルで、ソウルの《マシニング・ワーカーアント》と《マシニング・ホーネット》を
《槍撃怪人 メガララランサー》もコール!
そして、スパークヘラクレスのスキル発動!! あたしのリアガードをすべてスタンドさせ、パワー+5000! ユキのユニットすべてをレストさせ、パワー-5000よ!」
スパークヘラクレスは瞳を強く瞬かせると、鋏状の腕を地面に突き立てる。そこから電流が枝分かれしながら地面を奔り、周囲の茂みに飛び込んだ。
そこかしこから悲鳴があがり、電撃に焼かれた忍獣達が茂みの奥から追い立てられるようにして姿を現す。
「これで特務ユニットのパワーは激減。ブースト込みでもパワーは26000にしかならないから、15000ガード1枚で防がれるようになった。……やるわね」
アリサの狙いを丁寧に読み解きながら、ユキは嬉しそうに微笑んだ。
「バトル! ワーカーアントのブースト! スターグビートルでヴァンガードにアタック!」
「ノーガード。ダメージチェック……トリガーは無しよ」
「タワーホーンのブースト! スパークヘラクレスでヴァンガードにアタック!」
「ノーガード」
スパークヘラクレスが金色に輝く薄羽を広げて飛び立つ。
「ツインドライブ!!
1枚目、トリガー無し。
2枚目……★トリガー! パワーはメガララランサーに、★はヴァンガードに! いっけええええ!!」
アリサの雄叫びと共に、電光を纏ったツノを突き出したスパークヘラクレスが標的めがけて急降下。
ウィーズルレッドは危ういところでそれをかわしたが、稲妻の槍となったスパークヘラクレスが地面に突き立った瞬間、そこから大爆発が巻き起こり、眩い閃光が小さな忍獣を呑み込んだ。
「ダメージチェック。
1枚目、トリガー無し。
2枚目は治トリガー。ダメージ回復よ」
「まだよっ! メガララランサーはレストしている相手リアガードの数だけパワー+2000! ホーネットのブーストで合計パワー47000! ヴァンガードにアタック!」
「ノーガード……トリガー無し」
ユキのダメージゾーン――几帳面な彼女らしく等間隔に並んだその場所に、5枚目のカードが丁寧に置かれる。
(いける。あたしの手札は6枚。ダメージも4点。弱体化したユキのユニットの攻撃ならしのぎきれる――なあんて思っているのかしらね)
ユキは心の中で舌を出しながらカードを引いた。
「ライド。《夢幻の風花 シラユキ》!」
ユキが荘厳な声音でその名を呼ぶと、木々の合間を縫うように銀色の風が吹いた。
月光を浴びて夜の闇に浮かび上がるのは、一瞬にして雪化粧を施された純白の森。
世界を自分の色に塗り替えて、か細い枝の上に、麗しき大妖が音も無く降り立った。
「イマジナリーギフトはアクセルⅠを選択。
そして、シラユキ登場時の効果。前列にいるアリサのユニット3体のパワーを-10000するわ」
「ん」
ここまでは想定内という顔でアリサが頷く。
「アクセルサークルに《忍妖 クロバネテング》をコール」
「う」
アリサの顔が分かりやすく歪んだ。
「クロバネテングの効果。パワーに+5000して、名称を《特務忍獣 ウィーズルホワイト》に変更するわ。ウィーズルブルーとホワイトの効果を受けられるようになって、さらにパワー+10000。
さあ、いきましょうか。シラユキでスパークヘラクレスにアタック」
「プロテクトで完全ガード!」
「ドライブチェック。1枚目……前トリガー。前列のユニットすべてにパワー+10000」
「つっ!?」
「2枚目は……トリガー無しよ」
シラユキがスパークヘラクレスに手を差し向けると、そこから嵐が吹き荒れた。彼女の儚げな外見からは想像もつかないような、魂すら凍てつかせる絶対零度の猛吹雪。
スパークヘラクレスの前に顕現した翠緑の盾が、それをどうにか押し留める。
だが、吹雪という新たな隠れ蓑を得た忍獣達が、再び獲物を取り囲み始めた。
「ウィーズルブルーでアタック」
「ノーガード。ダメージチェック……トリガーは無しよ」
「2体目のブルーでアタック」
「……ノーガード」
白き闇に紛れた忍獣がスパークヘラクレスの胸に刃を突き立てる。傷口から火花が散り、瞳からは光が落ちた。そうして全機能を停止したスパークヘラクレスは、雪を舞い散らすようにして倒れこむ。
吹雪はいまだ止まず、物言わぬ鉄の塊となったそれを、降り積もる雪の結晶が覆い隠していった。
「ダメージチェック……あー、負けたっ!!」
6枚目のカードをダメージゾーンに置いたアリサが悲鳴をあげるように叫んだ。
「んー……デッキのコンセプトは間違ってなかったはずなんだけどなぁ。1体はリアガードにアタックしておくべきだったかな? むらくもにはメガララランサーより、《ナスティ・スモッグ》の方が有効だったかも」
そして、すぐさまプレイングとデッキの改善点を洗い出そうとするアリサに、ユキが問いを投げかけた。
「私が強かったとか、自分の運が悪かっただけとは思わないの?」
「ん? ぜんぜん」
「そう言えるあなただからこそ、部長に相応しいのよ」
「え?」
デッキをいじる手を止めて、アリサが顔を上げる。
「負けても、何かのせいにするでもなく、ひたむきに努力を続けながらヴァンガードを楽しんでいる。そんなあなたしか部長はいないと言ったのよ」
「ちょっ、待ってよ! そんなの当然のことでしょ?」
「それを当然と考えて、当然のようにできていることがすごいのよ。ましてあなたは、あたしを追い続け、ミオには追い抜かれ、その努力は報われてもいないというのに……」
「報われてるよ!」
アリサは即座に反論した。そして、胸を張って言う。
「今日はいつもよりユキを追い詰めた」
「……やっぱりあなたは部長に相応しいわ。あなたは努力のしかたも、努力の意味も、努力の価値だって知っている。
それをミオや新しい後輩達に伝えてあげて。それができれば、響星学園カードファイト部はきっと歴代最強になれるはずよ」
「…………わかった」
黙考したのち、アリサは力強く頷いた。
「ユキがそこまで言ってくれるのなら、やるよ。あたしにどこまでできるかわからないけどさ」
「ええ。あとは頼んだわよ」
そう言って、ユキはすべてを託すように、掌をアリサの手の甲に重ね合わせる。
窓の外では夕暮れの時間が終わり、部室を静かな闇が満たしていった。
「もう、ヴァンガードやめる」
10度目の対戦を終えた、近所にある中学校の制服を着た少女が、別の中学校の制服を着たユキへと、おずおずとした声音で告げた。
「……そう。どうしてかしら?」
理由は半ば解っていながら、ユキが問うた。
「だって、白河さんには何度やっても勝てないから。私なりにこれまで頑張ってきたけど……もう、疲れちゃった」
「……わかったわ。今まで、付き合ってくれてありがとう」
「うん。さようなら。白河さん」
少女が席を立ち、振り返ることなく去っていく。
デュエルスペースの片隅で、ぽつんと独りきりになったユキは、デッキの調整をし始めた。
またひとり
ヴァンガードを始める前から、ずっとそうだった。
芸事でも、運動でも、遊戯でも、彼女と対戦した者は皆、それを止めて逃げるように去っていく。
彼女の周囲には、いつも人がいなかった。
聡い子供だった彼女は、孤独であることは才能を与えられた者として当然の代償だと、そのことを受け入れていた。
もしくはその考え方こそが、彼女を子供たらしめる強がりだったのかも知れないが。
(……潮時かしら)
『夢幻の風花 シラユキ』を手に取って、ユキが独りごちる。
ヴァンガードは、無趣味な彼女が初めて熱中できるほど、面白いと感じた遊戯だった。
だがそれも対戦相手がいなければ成り立たず。何より、彼女と対戦してヴァンガードの楽しさを知ることなく辞めていく人が現れるのは、これ以上、耐えられなかった。
「あっ、ユキ! いたいた!」
カードを片付けようとしたユキに、声がかけられる。
自分でも気づかないうちに沈んでいた顔を上げると、そこには真新しい中学校の制服を着たアリサが立っていた。
「ファイトしよーよ、ファイト! ギラファデッキを調整し直してきたの!」
初めて会った時には内気だった彼女も、今ではすっかり明るい性格になっていた。もともとそういう素養もあったのだろうが、ファイトを通して人付き合いを覚えた彼女は、誰とも友達になれる人気者だ。
「……あっ、もしかして、帰るところだった?」
ケースにしまわれたデッキを見て、アリサが気をつかう。
「いいえ」
ユキは嘘をつきながら、首を振った。
「けど、私でいいの? あなたとなら対戦したがっている人なんていっぱいいると思うけど?」
自嘲するように。それを顔に貼りつけた微笑みで巧妙に覆い隠してユキは問うた。
「うん! あたしはユキがいーの」
屈託のない笑顔で頷いたアリサは、ユキの手前にするりと座り込んだ。
「だって、この店の常連さんで、あたしが勝ち越せていないのはユキだけだもの。勝ち越すまでやるよ」
「あら。それだと、一生を賭けて私とファイトしなければならなくなるわよ?」
「じゃ、これからもずっとファイトできるんだね」
それの何が嬉しいのか、アリサが満面の笑みを浮かべた。
「こう前髪で片目を隠せば、それってすっごくカッコいいんじゃない!?」とか意味不明なことを言い出して伸ばしはじめた前髪越しにでも分かる、素敵な笑顔だった。
「……そう。しかたないわね」
ユキが観念したように呟いた。
もしかしたら、孤高を気取っていた自分にも、親友ができてしまったのかも知れない。
もしくは腐れ縁か。
「それじゃ、ファイトしましょうか」
ユキがケースから再びデッキを取り出す。
「オッケー!」
アリサもテーブルにデッキを置いた。
呼吸を重ね合わせて、2人同時に宣言する。
「「スタンドアップ! ヴァンガード!」」
「これからもずっと友達でいてね」
穏やかな宵闇に包まれた薄暗い部室の中。手と手を重ね合わせながら、ユキはアリサに聞こえないように呟いた。
返事は聞かなくてもいい。
答えはもうとっくにわかっているから。
アリサがまともにファイトするのはじめてかも知れない。
色々と目立っているキャラクターなので、全然そういう印象はなかったのですが、これが紛れもないアリサの初ファイトです。
メガコロニーは自分の使っているクランだからこそ、遠慮して、あえてアリサにファイトさせていなかった部分もあるのですが、ここまで遅くなってしまうとは。
ちなみに8年前は「双剣覚醒」の時代。メガコロもむらくももデッキを組むことができるようにはなっています。
当時の小学3年生が、今年は高校3年生という、時の流れの速さにも驚きます。
次回はいよいよ1年生編のラストになります。
その前に「The Astral Force」のえくすとらもありますので、まずはそちらでお会いできれば幸いです。