根絶少女   作:栗山飛鳥

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2年生編
4月「13の階段を登った、その先に待つ者」


 その日は何の変哲もない朝だったが、特別な朝のようにも感じられた。

 空気はまだ少し冷たいが、陽の光は暖かく、春休み明けでなまった体に突き刺さる。

 舞い散る桜が歩道を彩り、大きく息を吸うと、新鮮な空気と甘い香気が肺腑を満たした。

 音無ミオは久しぶりの通学路を、五感を駆使して楽しみながら歩いていた。

 ずっしりと肩に重い手ごたえを感じさせる通学カバンには、カードしか入っていない。今日は始業式なのだから当然だ。

 午後からは、アリサと一日中ファイトするか、一緒にショップ大会に参加するか。考えるだけでも心が躍った。

 我ながら感情豊かになったものだと自画自賛しながら、今度は耳を澄ませてみる。

 桜の上で羽を休める、名も知らぬ小鳥のさえずりが――

「カネ出せ、カネ! コラァ!!」

 路地裏から聞こえてきた、いかにも頭の悪い怒号にかき消された。

 感情豊かと自負する割には、これまでピクリとも動かなかったミオの表情が僅かに険しくなった。

 つかつかと学校指定の靴で歩道を踏みしめながら、通学ルートをはずれて、声のした路地裏を覗き込む。

 まずはツンとした得体の知れない腐臭のような匂いが鼻をついた。

 続いてミオの視界に飛び込んできたものは、薄暗闇に浮かび上がる3人の少年達だった。

 ひとりは、線の細い少年。

 響星とは違う高校の制服に包まれた体つきは小柄で、薄暗い中でもわかるほど肌は真っ白。

 もっともそれは、目の前の少年に胸倉を掴まれて、顔面蒼白になっているのもあるのだろう。

 もうひとりは、大柄な少年。

 小柄な少年を宙吊りにせんばかりの勢いで胸倉を掴んでいる。

 制服を着ていないことから大学生のようにも見えるが、路地裏で「カネ! カネ!」と自分より小さな相手にすごむような高校生が、大真面目に制服を着るものかは疑問である。

 最後のひとりは、ぶかぶかのパーカーを羽織っていて体格はよく分からないが、背は高め。

 フードを被っており、顔すらよく見えないが、大柄な少年の斜め後ろにぴったりと控えていることから、子分のようなものだと推測できた。腰ぎんちゃくとはよく言ったものである。

 要するに音無ミオは、俗にいうカツアゲの現場に遭遇――首をつっこんだとも言えるが――してしまったのである。

(やれやれ。新学期早々、気分の悪いものを見せつけてくれますね)

 鬱憤は、その原因で晴らすに限る。

 政治家が同じ考えで行動したら戦争が起きそうな思考を、ミオはすぐさま行動に移した。

 足元に落ちていた汚い空き缶を拾い上げ、「えい」と少年の胸倉を掴んでいる男めがけて投げつける。コンと小気味よい音をたてて、空き缶は男の頭に命中。

「誰だ!?」

 大柄な少年が怒号を発すると同時、ミオは自身の小柄な体を、大柄な少年と小柄な少年の間に強引に割り込ませ、胸倉を掴んでいる腕を引き離す。

「まったく。カッコ悪い人達ですね。そんなにケンカがしたいなら私が――」

 大柄な少年が何か言い出すよりも早く、ミオは言葉を並べ立てると

「あ、あれは何でしょう」

 不意に適当な方向を指さした。男の注意がそちらへ向いた瞬間、ミオは逆方向へ小柄な少年を突き飛ばす。

「走ってください」

 小柄な少年は目まぐるしく変わる出来事に言葉も発せず、一目散に逃げ出した。

「では、私もこのへんで」

 ミオも少年の後を追って立ち去ろうとするが、もちろんそう上手くはいかなかった。大柄な少年に襟を掴まれる。

「離してくれませんか?」

 クリーニングしたばかりの制服が皺になることに嫌悪感を抱き、ミオは顔をしかめた。それが怯えているように見られたのか、男がまくしたててくる。

「おい、ガキ! 何してくれてんだ! 正義の味方気取りか!? ああ!?」

「違いますよ。私は弱いものいじめしかできない弱いものを見ると、弱いものいじめしかできない弱いものいじめをしたくなるだけです」

「わけわからねえこと言ってんじゃねえ!?」

 怒鳴りながら、大柄な少年が襟を掴む手に力を込める。それをミオの細く冷たい手が掴み返した。

「やる気ですか? こう見えて私、ケンカ強いですよ?」

 目の前の小さな少女から発せられる得体の知れない気迫と自信に、大柄な少年は僅かに身を引いたが、すぐに見栄が勝ったのか、威嚇するように拳を振り上げた。

「ちょっと待ちな」

 一触即発の空気に割って入ったのは、男の後ろに控えていたフードの少年だった。

「面白い事があるって聞いてついてきてみたら、カツアゲに、しまいにゃ女の子とケンカだ? ちょっと見てらんねーわ」

「おい、オウガ。裏切るつもりか?」

 手を振り上げたまま、大柄な少年がパーカーの少年を睨みつける。

「まだ仲間になった覚えはねーよ。3秒以内にその手を放してやれ。さもないとブッとばす」

 そう言って、オウガと呼ばれた少年が腰だめに構えた。

「やってみろよ!」

 大柄な少年がミオから手を放し、オウガめがけて殴りかかる。

「レディー・フォー・プレー! ゴー!」

 瞬間、少年の体が加速し、頭から男のみぞおちにぶつかった。男の体が人形のように吹き飛んで、ミオの横を通り過ぎると、放置されていたゴミ袋へ墜落した。

 袋が破れ、生ゴミが四散し、ついでにネズミも数匹逃げ出した。

「はっ。ゴミにはお似合いの場所に落ちたな」

 まさしくゴミ掃除でも終えたかのように、オウガがパンパンと手をはたく。

 体当たりの衝撃でフードが脱げたのか、目つきの悪い顔と、脱色のしすぎで白く見える尖った髪が露わになっていた。

「お前も入学早々災難だったな」

 オウガがポンとミオの肩を叩く。

「だけど、お前の言葉、効いたぜ。いっそワルになっちまうのも悪くないかと思ったが、やっぱカッコ悪いわ。気付かせてくれてありがとな」

 そう言って、後ろ手に手を振りながらオウガが去っていく。

「待ってください」

 近くで見るとがっしりしているとわかる背中を、ミオは思わず呼び止めた。

 オウガがゆっくりと振り返る。羽織ったパーカーが風になびき、下に着ている制服が露わになった。

「その新品で少し大きめの制服。ウチの学校の新入生ですよね。あなた、私のことを同じ新入生だとか思ってませんか?」

「そうだけど」とオウガが言うよりも早く、ミオが生徒手帳を取り出して、入学年月日の欄を指さした。

「私の名前は音無ミオ。響星学園の2年生で、あなたの先輩です」

「……すいませんした」

 薄い胸を張る少女に頭を下げるオウガの顔には、「え、マジで?」という失礼な感情がありありと宿っていた。

 

 

「助けてもらったお礼と、先輩からのおごりです」

 行き先が同じなので、少女と少年は自然と並んで同じ道を行く。ミオは途中の自販機でミネラルウォーターを買い、オウガに手渡した。

「ありがとござーす。つっても、助けなんていらない様子でしたけどね」

 オウガはペットボトルの封を開けながら、路地裏でミオが放った殺気を思い出して身震いした。

「いえ。あの時の啖呵はブラフでしたから助かりました」

「ブラフ? あんな刺すような気がハッタリだってことっすか?」

「最悪の事態を想定して、保険は仕込んでいましたけどね」

 そう言って、ミオは空き缶と一緒に拾い上げていたガラス片を袖から抜き出した。もう必要の無くなったそれを、ビン用のゴミ箱に投げ捨てる。

 女の子が二回りも大きい男性に立ち向かうのだから、自衛手段にとやかく言うつもりはないが。凶器を平然と隠し持っていたことに、オウガは戦慄するほどの畏怖を感じた。

「それにウチの部活なら、あのくらいの気はみんな出せますよ」

 オウガの無遠慮な視線に気づかず、ミオは会話を続ける。

「ちなみにあの気は、ダメージ5で、手札にG3しかなく、相手のアタックが1回残されてる時に発する、私は完ガを持ってるぞー。リアガードを攻撃した方がいいぞーの気です」

「はあ。よくわかんねーっすけど、殺伐とした部活動すね」

「そうですね。幸い、命はかかっていませんが、その次に大切な誇りを賭けた、魂と魂のぶつかり合いです」

「誇り……魂……」

「けど、それがとても楽しいんです」

「……そっすね。部活なんて、どこもそういうもんっすね」

 少年は納得して、深く息をついた。

「オウガさん、でいいんですよね?」

「鬼塚オウガっす」

「オウガさんも何か部活をされていたんですか?」

「……はい。中学はアメフト部でした。アメリカンフットボール部」

「ああ、なるほど。ウチの高校、運動部は強いですからね。当然、高校でもアメフトするんですよね?」

「…………いえ」

 若者らしい緩さはあれど、常に威勢のよかったオウガの声から覇気が抜け、俯いた顔には深い影が差した。

「あ。そういえば……タックルの時に脚をかばっていたような」

 思い出したように呟くと、ミオは深く頭を下げた。

「すみません。私、無神経な事を口走りました」

「いいっすよ。むしろ、察しがよすぎて驚いてます。

 スポーツ推薦が決まって1週間後の試合で脚をケガしました。生活に支障は無いけど、もうスポーツはできないって……医者に言われました」

 語る少年の声からは無念が滲み出していた。「それでも響星に入れてもらえたのは、不幸中の幸いっすね」と力無く笑う様子も痛々しかった。

「……」

 ミオはかける言葉が見つからないでいると、不意にオウガが立ち止まった。

「ついたっすね」

 気が付けば正門の前だった。

「それじゃ、ここでお別れっすね。俺ら新入生は入学式で体育館っすから。

 今日は本当にありがとうございました。あのままヤケになって不良やってたら、今度こそ退学になっていたかも知れないし、昔のアメフト仲間にも顔向けできなかったところっす。

 今日絡んじまったヤツにも、高校は分かってるんで頭下げにいくっす」

「はい。それがいいと思います。……さようなら」

「おつかれーっす!」

 手を振り去っていく少年の寂しい後姿から、ミオはしばらくの間、目を離せずにいた。

 やがて予鈴の音で我に返り、慌てて校舎へと駆け出した。

 

 

「進級おめでとー、ミオちゃん!」

「アリサさんも、おめでとうございます」

 始業式が終わり、部室に立ち寄ると、待ち受けていたアリサにいきなり抱きしめられた。

「……ユキさん、本当にいなくなったんですね」

 適当に抱擁し返してからアリサをゆっくり押しのけると、ミオは狭い部室を見渡しながら言った。

「まあねー」

 アリサはあっさりと答えた。

「何か悩み事? あたしじゃ足りないかな」

 そして、ミオの胸中をすべて見抜いているかのように尋ねる。

「あ、そういうわけでは…………いえ。聞いて頂けますか?」

「何でも聞くよ」

 ユキのものとはまた違う、頼り甲斐のある笑顔になって、アリサは窓際に腰を据えた。

「悩みや相談と言うよりも質問なのですが。もしヴァンガードができなくなったら……その、手をケガしたりしてカードが引けなくなったりとか。そうなったらどうしますか?」

「足でも舌でも使ってカード引いてやるけど、そういうことじゃないみたいだね。

 ヴァンガードができなくなったら? 死ぬかな」

 アリサは涼しい顔で、恐ろしい事をしれっと言ってのけた。

「ゲーム如きで何を大げさなって大人は言うかも知れないけどさ。あたしは10年間ずっとヴァンガードしてきたの。人生の半分以上よ。そんなの半身みたいなものじゃない。それを奪われたら生きていけないでしょうよ」

「そう、ですよね……」

 ヴァンガードをはじめて1年のミオにも、その気持ちは理解できた。そして、彼女達にとってのヴァンガードが、オウガにとってのアメフトだったのだろう。

「けどね」

 オウガの苦しみを思い、顔を伏せたミオに、アリサが優しく言葉を続けた。

「死ぬほど泣いて、死ぬほど吐いて、死ぬほど喚いた後にね。あたしはまた次の楽しいことを探しにいくと思うな。だって、ヴァンガードが教えてくれたのは、人生……生きていることの楽しさだから。

 カードを通して世間話してさ。皆でバカやって、笑って。ファイトだけじゃない、そんな他愛の無いやり取りが、あたしは楽しかった。ヴァンガードができなくなっても、その思い出まで消えて無くなるわけじゃない。

 だから、あたしはまたきっと前に進める」

「……そうですか。ありがとうございます」

「答えになった?」

「はい。申しわけ無いですけれど、今日はこれで失礼します。部室のデッキ、一つ借りていっていいですか?」

「んー、本当は持ち出し厳禁なんだけどね。部室のカギは預けておくから、今日中に返しておくのなら許す!」

 アリサがポケットから投げ渡した鍵を、ミオは空中で掴み取る。

「ありがとうございます」

 ペコリと頭を下げ、ミオは部室のデッキをひとつ抜き取ると、部屋を飛び出したのであった。

 

 

 ミオは高校の正門にもたれかけ、人を待っていた。

 ミオの高校ではない。警備員の視線がそろそろ厳しくなってきたが、もう少し待たせて欲しいと心の中で念じた。

 やがて、待ち人は来た。

「音無先輩!?」

「オウガさん。ここにいればあなたに会えると思って待っていました」

「何なんすか。俺がちゃんと謝罪するかどうか確認しにきたんすか?」

 待ち人――オウガが少し憮然とした表情になって尋ねた。そして、ミオが待っていたのは、オウガが脅していた少年の高校であり、場所は件の生徒の制服から割り出した。

「そうですね。それもあったかも知れません。あなたが口先だけの人なら、私も用はありませんでしたし」

「話が見えねーっすけど。ちゃんと謝ったっすよ。どうにか許してもらえたっす。嘘だと思うなら、まだ校舎にいるんで確認してもらっても……」

「そこまで疑ってませんよ。それより、オウガさん。あなた、部活はどうするつもりですか? スポーツ推薦で入学するからには、部活には所属しなければならないはずです」

 ミオの指摘に、オウガの顔がいよいよ不機嫌なものになる。

「アメフト部の、幽霊部員になるつもりっす。先生方は事情を知ってるんで……。苦手っすけど、勉強さえ頑張れば、退学にはならないと思うっす……」

 オウガが言葉を発するたび、その表情が少しずつ歪んでいく。まだ癒えきっていない傷口に、現実が一つ一つ突き刺さっているのだ。

「そうですか。辛いことを言わせてしまいましたね。けど、それを聞いて確信しました。あなたはカードファイト部に入って、ヴァンガードを始めるべきです」

 ピッと細い指でオウガを指さし、ミオが堂々と提案した。

「は? カードファイト? ヴァンガ……?」

 オウガは意味が分からず目を何度もしばたたかせる。

「ヴァンガード。先導者という意味のカードゲームです」

「カードゲーム? 子供らがよくやってるアレっすか?」

「そうです。子供に人気ですが大人もやっています。プロリーグもありますよ。そういう意味では、スポーツと何ら変わりありません」

「マジっすか? けど、せっかくお誘いですけど、俺、そういう頭使うゲームは苦手で……」

「ルールは簡単です。それだけでも聞いてみませんか?」

 おねだりでもするように――本人にその自覚は無いだろうが――ミオは軽く首を傾けた。

 その可憐な仕草に少しどぎまぎもしながら、オウガは腕を組んで考える。

「先輩には借りがあります。だから、聞くだけは聞いてみるっす。ですが……」

「ええ、そこから先はあなたが決めてください。強制はしません」

 そう言うミオの表情は、すでに勝ちを確信した……具体的に言えば、ダメージ5の相手にグレイドールのアタックが★トリガー付きで入った時の顔になっていた。

 

 

 近くにカードショップがあったので、ミオはそこに入ることに決めた。

 ショップの名は『ホイールオブフォーチュン』と言い、円形の店内の約半分を占める、広めのデュエルスペースが特徴の店のようだった。

「ふむ、なるほど。学校から帰宅する層を狙った店のようですね。近くに競争相手がいない分、シングル価格は高めですが、品揃えもいいですし。75点と言ったところでしょうか」

「はあ。こんな店もあるんすね……げっ、10万円!?」

「ああ。さすがに万の値がつくカードなんてごく一部で、普通にプレイする分には縁は無いので気にしないでください。このくらいの値段でも買う人がいるくらい人気のあるゲームだと、好意的に捉えてくださったら結構です」

 そんな会話をしながら、デュエルスペースの奥に座り、2人で向かい合う。

「さて、オウガさん。あなたにオススメのクランはこれ」

 ミオはカバンから、持ち出したデッキを取り出してオウガに手渡した。

「スパイクブラザーズです」

 デッキの前面に置かれたカードはもちろん(?)《ジャガーノート・マキシマム》である。

「そこの読者さん。『やっぱり』とか思いましたね?」

「誰に話しかけてるんすか?」

 異次元の壁に向かって指をさすミオに、オウガは怪訝な表情を浮かべた。

「それで、クランってなんなんすか?」

「氏族・一族といった意味合いです。あまり一般的なものではない言葉かも知れませんね」

「チームみたいなものと思えばいいんすかね」

「そうですね。オウガさんもゆくゆくは根絶者使いになって頂く予定ですが、オウガさんがヴァンガードを覚えるにあたって、スパイクブラザーズほど相応しいクランはないでしょう」

「はあ」

 気の無い返事のオウガは一旦置いておいて、ミオは1年前にアリサがヴァンガードを教えてくれた時の事を思い出す。確か彼女はこう言っていたはずだ。

「イメージしてください。今の私達は地球によく似た惑星、クレイに現れた霊体です」

「何でっすか?」

「……へ?」

 まさかルール以前で質問されることになるとは思わなかったミオは、無表情のまま口をぽかんとさせて固まった。

「何で、その惑星クレイに現れることになったんすか?」

「え、えーと……観光とかじゃないでしょうか」

 その答えは台本には無かったため、適当にでっちあげる。

「霊体で? 大変っすね」

「そうです。大変なんです。私達は霊体のままでは長くは生きられません。そこで惑星クレイの生物にライドして戦うことになります」

「観光に来たのに!?」

 せっかく軌道修正できたと思いきや、またもや派手にポイントを切り替えられた。

「……ヤンキーのくせに細かいこと気にしますね」

「ヤンキーになる前に止めてくれた人がいるんで」

「……とにかく」

 声のトーンを一段階下げてオウガを黙らせてから、説明を続ける。

「あなたがライドするのは惑星クレイのアメフトによく似たスポーツ、ギャロウズボールの最強チーム・スパイクブラザーズです」

「地球とよく似たもの多いっすね」

「スパイクブラザーズは悪質タックルから凶器攻撃までルール無用の残虐チームですからね。観光客に襲いかかるのもそのためでしょう」 

「悪役じゃないすか」

「ええ、悪役です」

 ミオはいたずらっぽく口の端を上げた。

「いいじゃないですか。イメージの中でくらい(ワル)になっても」

「……そっすね」

「ちなみに私のクランはリンクジョーカー。惑星クレイの侵略者です」

「悪役じゃないすか」

「私の先輩が使うクランはメガコロニー。惑星クレイの闇で暗躍する秘密結社です」

「悪役しかいないじゃないすか」

 そんなやり取りを交えつつ、カードや用語の説明を一通り終えた頃には、ミオの呼吸は荒くなっていた。これをずっと笑顔で続けてくれたアリサは凄いと改めて感じていた。

「ふう。では、実際にファイトしてみましょうか。まずはデッキからグレード0のカードを1枚選んでください。スパイクブラザーズの場合は《メカ・トレーナー》が適任です」

「これっすね……っと」

 オウガが自分のヴァンガードサークルにカードを置き、ミオもその正面にカードを置く。

「次にデッキからカードを5枚引きます。一度だけ、任意のカードをデッキに戻して、その分だけ引き直しができます。グレード1から3のカードが揃うようにするのがコツです」

「グレード1、2、3……揃ってます」

「なら引き直す必要は無いですね。私は3枚引き直します。そして、『スタンドアップ ヴァンガード』の掛け声で、選んだカードを同時に表にします。

 いきますよ。スタンドアップ……」

「ヴァンガード!」

 名だたる選手達を育て上げてきた伝説のサイボーグ、《メカ・トレーナー》として、オウガは惑星クレイに初めて降り立った。

 周囲からワッと歓声が沸き起こる。ここは何処かのスタジアムらしく、緑の芝に覆われたフィールドを照らし出す照明が眩しい。

 目の前には、名状しがたき姿にライドしたミオもいた。

「よくできました。本来ならじゃんけんで先行を決めなければならないのですが、今回はルール説明のために、私が先行を取らせて頂きます。

 まず、ターンが始まったらデッキからカードを1枚ドローします。

 そして、今のグレードより高いグレードのユニットにライドします。

 ライド。《発酵する根絶者 ガヰアン》

 こうして自分を強くしていくんですよ」

「いきなり腐ってますけど」

「発酵って言ってるじゃないですか、このスットコドッコイ」

「スットコ……?」

「手札から自分のグレード以下のユニットをコールする事もできます。

 コール。《速攻する根絶者 ガタリヲ》

 このままガヰアン達でアタック……としたいところですが、先攻の1ターン目は攻撃できません。オウガさんのターンです」

「えーと、まずは1枚引くだったな。ド、ドロー! えと……《ワンダー・ボーイ》にライド!」

(うんうん。私にもこんな時期がありました)

 オウガの初々しい手つきに、ミオは胸が熱くなるのを感じた。

 ちなみに彼女は都合よく記憶を改ざんしている。ミオは初ヴァンガードの時から、アリサの動きを完全にトレースしていたため、彼女がたどたどしくプレイした事実など一度もない。

「《ジャイロスリンガー》をコール。で、アタックしたい場合はどうしたらいいんすか?」

「こうやってユニットを横に傾けることをレストと言います。アタックさせたいユニットをレストさせてアタックの宣言をしてください。あなたのユニットのパワーが相手のユニットのパワーを越えていたらアタック成功です」

「よっしゃ! 《ジャイロスリンガー》でアタック!」

「アタックされたプレイヤーはガードすることができます。手札からこのようにガーディアンサークルにカードを置きます。

《呼応する根絶者 エルロ》でガード。

 ガーディアンサークルに登場したユニットのガード値が、私のユニットのパワーに加算されます。ガヰアンの8000にエルロの5000が加算され13000になったので、オウガさんのアタックは失敗です」

「くそっ、ややこしくなってきやがったぜ!」

「小学校2年生レベルの算数くらい頑張ってください」

「なら、《ワンダー・ボーイ》でもアタックだ!」

「この攻撃はガードしません。

 そして、ヴァンガードがアタックした時、ドライブチェックが発動します。山札の上からカードを1枚めくってください」

「うっす」

 オウガがめくったカードは《陽気なリンクス》

「おめでとうございます。右上にマークのあるカードはトリガーと言って、ドライブチェックでめくられた時に効果を発揮します。このカードは(ドロー)トリガー。カードを1枚引いて、好きなユニットにパワーを+10000することができます」

「了解っす。ドロー!」

「ドライブチェックでめくったカードも手札に加わるので、忘れないでくださいね。

 次に、ダメージを受けた私はダメージチェックを行います。ダメージチェック……私も引トリガーです。

 ダメージチェックでめくったカードも、ドライブチェックと同じように効果を発揮しますが、めくられたカードは手札ではなくダメージゾーンに置かれます。

 このダメージゾーンに置かれたカードが6枚になったプレイヤーは敗北となります」

「あと5回攻撃を当てれば俺の勝ちってことっすね。

 よし、ターンエンド」

「私のターン。スタンド&ドロー。

 ライド。《迅速な根絶者 ギアリ》

 次はブーストを説明しましょう。グレード1以下のユニットは、前列のユニットをブーストできます。さっき私が出した、かわいいガタリヲの前に《慢心する根絶者 ギヲ》をコールします」

「かわいくはないっすけど」

「そんなことはありえません。むしろ兄弟分のギヲと並んで、かわいさ3倍増しです。

 ブーストさせる時は、前列のユニットをアタックさせる時、一緒にレストしてください。

 ガタリヲのブーストを受けたギヲでアタックします。この場合のパワーは、ギヲのパワーにガタリヲのパワーを足したものになります」

「ということは、10000+8000だから、18000!?」

「はい。《ワンダー・ボーイ》のパワーは8000。さっきの《陽気なリンクス》ではガードできませんよ」

「くっ、ノーガード。ダメージチェック……(クリティカル)トリガー?」

「はい。ダメージチェックでは★に意味はありませんが、+10000の効果は共通です」

「そうか! なら、《ワンダー・ボーイ》に+10000!」

「困りましたね。ギアリの攻撃が届かなくなりました。では、ギアリはリアガードの《ジャイロスリンガー》にアタックしましょうか」

「そんなこともできるんすか!?」

「はい。アタック対象は状況に応じて臨機応変に選んでください。ガードしますか?」

「いや、いいっす」

「では、アタックを受けたリアガードは退却します。ドロップゾーンに置いてください。

 ドライブチェックのトリガーは無し。これで私はターンエンドです」

「俺のターン!」

「ターン開始時に、レストしているユニットを全てスタンドさせてください」

「了解! スタンド&ドロー!

 ライド! 《ハイスピード・ブラッキー》! 《スパイクバウンサー》をコール!」

(ふふ。オウガさんの声に熱が帯びてきています)

 してやったりとばかりに、ミオはテーブルの下で拳を握る。

「《スパイクバウンサー》でアタック!」

「次に説明するのはインターセプトです。グレード2のユニットはインターセプトが可能です。前列のリアガードであるなら、ガーディアンサークルに移動できます。ギヲを移動させ、これで+10000ガードですね」

「時に攻めに加わり、時にブロックする。タイトエンドの立ち位置っすね」

「私はアメフトに詳しくないですが、オウガさんが理解できているようなのでいいでしょう。続けてください」

「うす! 《ハイスピード・ブラッキー》でアタック!」

 ミオはノーガードを選択し、ドライブチェックでトリガーは無し。

 ダメージは1対2でオウガがリード。

「では、いよいよこのゲームの花形。G3の登場です。

 ライド。《突貫する根絶者 ヰギー》

 イマジナリーギフトはフォースⅠを獲得します」

「イマジナリーギフト!?」

「はい、G3の多くはギフトという何だかよくわからないパワーを持っていて、ライド時にその力を与えてくれます。リンクジョーカーのギフトはフォース。フォースⅠのギフトマーカーが置かれたサークルにいるユニットは、自分のターン中、パワー+10000されます」

「+10000!? 何だかよくわからないパワーすげーっ!!」

 ユキに聞かれたら叱られそうなくらい雑な説明を繰り広げながらファイトは続く。

「リアガードにギアリ、アルバ、ジャヱーガをコール。

 ヰギーでアタック。フォースで+10000されているので、パワー23000です」

「それはガードできないっすね。ノーガードっす」

「G3の強みはまだまだあります……ツインドライブ」

「ツインドライブ!?」

「ええ。G3はドライブチェックを2度行うことができるのです。

 1枚目……トリガー無し。

 2枚目……★トリガー。★はヴァンガードに。+10000はギアリに」

「★トリガー?」

「ええ。ユニットの★を+1します。つまり、オウガさんに2点のダメージを与えます」

「マジで!? これで3対2、逆転されちまった……」

「続けて、アルバでアタックします」

「ノーガードでダメージチェック……★トリガーだけど4点目」

「ギアリは+10000されているので、まだ届きますよ。ヴァンガードにアタックします」

「《陽気なリンクス》でガード!」

「無駄の無いガードですね。ヰギー先輩もびっくりです。ターンエンド」

 この先輩、いつの間にか身も心もヰギーに憑依(ライド)してしまっている。

「スタンド&ドロー! 俺もG3にライドするぜ!

 ライド! 《バッドエンド・ドラッガー》!! こいつはカッコイイぜ!」

「ヰギーほどではありませんけどね。ほら、イマジナリーギフトを忘れていますよ」

 よくわからない対抗心を燃やしながら、ミオが指摘する。

「そうだった! よくわからないパワー! イマジナリーギフト、フォースⅠをヴァンガードサークルに! リアガードに《至宝 ブラックパンサー》、《ワンダー・ボーイ》をコール!

 いくぜ! 《ワンダー・ボーイ》のブースト、《至宝 ブラックパンサー》でアタック!」

「アルバとギアリでインターセプトです」

「《バッドエンド・ドラッガー》でアタック!!」

「ノーガードです」

「ツインドライブ!!

 1枚目……★トリガー! ★はヴァンガードに。+10000は《スパイクバウンサー》』に。

 2枚目……何だ? 将軍? ま、いいや。トリガーじゃ無いっす」

「ダメージチェック。

 1枚目……トリガー無し。

 2枚目……引トリガー。ヰギーに+10000して、1枚引きます」

「《スパイクバウンサー》でアタック!!」

「待ってください。よくパワーを確認してください」

「え? バウンサーは+10000されてるから20000で、ヰギーも+10000されてるから23000……届かねえ! 先輩の場に攻撃できるリアガードもいねえ!」

「ふふ。攻撃順を間違えましたね。よく考えればわかる問題でしたよ」

「ぐっ。ターンエンドっす」

 これでダメージは互いに4点。

「スタンド&ドロー……ふう、楽しい時間もこれで終わりになりそうですね。最後にスキルの説明をしましょう。

 ライド。《絆の根絶者 グレイオン》」

「うおおお、何か強そう!」

「ええ、それはもう。フォースⅠはヴァンガードサークルに。ガタリヲをコールし、そしてグレイオンのスキル発動。

 デリート」

 ピッと細い指で、オウガのヴァンガードを指さす。

「え?」

「ダメージゾーンのカードを裏向きにすることをコストに発動できる効果があり、これをカウンターブラストと呼びます。グレイオンのカウンターブラストはデリート。オウガさんのヴァンガードを消去します。これであなたは霊体に戻りました」

「そうなると、どうなるんすか?」

「パワー0として扱われます」

「げっ!?」

「さらにエルロをコール。ドロップゾーンにいるアルバのスキル発動。ライドするたびヴァンガードの下に溜まっていくカード……ソウルと呼ぶのですが、これをドロップに置くことで発動できる効果もあり、こちらはソウルブラストと呼びます。アルバのソウルブラストは、エルロの登場に合わせてドロップゾーンから蘇ります」

「くっ。せっかく倒したのに!」

「いきます。パワー33000のグレイオンでアタック」

「俺のパワーは0だから……35000ガードが必要!? 足りねえ……ノーガード」

「ツインドライブ。

 1枚目、引トリガー。

 2枚目、★トリガー。おや、これで6点目ですね」

「……うす。俺の負けっすね。

 1枚目、トリガー無し。

 2枚目……」

「諦めないでください」

「!?」

 それはケガをしてからと言うもの、オウガが聞き飽きていた言葉だった。教師、先輩、両親、クラスメイト。ありとあらゆる人に言われてきた。それだけ期待されていたという事でもあるし、オウガもはじめはその気になっていたが、医師だけは頑なに「もう諦めろ」と否定した。

 そして、オウガの脚が見た目だけは治り、練習を再開した時に、医師の言葉が正しかったと思い知った。ほんの5分、軽く流しただけで脚が痛む。10分動けば立っていられなくなった。

「無理なもんはあるんすよ……それとも、まだ何かあるんすか? このヴァンガードに」

「諦めたらそこで試合終了ですよ。そんな事を言っていたアメフト漫画があるそうですね」

「……バスケ漫画っす」

「似たようなものです。それはさておき、まだ一度も登場していないトリガーがあるんですよね。長年(大嘘)ヴァンガードを続けている私の勘だと、そろそろめくれそうな気がしています。だから、諦めないでください」

 その「諦めるな」は、励ましでも、気休めでもない、オウガが聞いたことのない響きだった。そして音の響きだけで言えば医師の、確信を持った「諦めろ」にも似ていた

「もう一度、言ってくれますか?」

「諦めないでください」

「信じて、いいんすね」

 ミオは無言で力強く頷いた。

 オウガはひとつ決意した。

 もし、彼女の言うことが正しければ俺は――。

「ダメージチェック…………治、トリガー?」

(ヒール)トリガーです。ダメージを1枚ドロップに置いてください。勝敗が決まる前に解決されるので、あなたはまだ5点。生き残ったんですよ、あなたは。私のグレイオンに呑まれてなお」

「……………………」

「何を泣いているのですか?」

 オウガが瞳から零した涙の意味が分からず、ミオは目を丸くして尋ねた。

「何でもないっす!」

 オウガは汗を拭うように、乱暴に目尻を袖でこすった。

「……そうですか。では、アルバでアタック」

「ガード!」

「エルロでアタック」

「ガード! 《スパイクバウンサー》でインターセプト! 凌ぎきったぜ!

 俺のターン、スタンド&ドロー!」

「教えるべきことは、だいたい教えました。あとはあなたの好きなようにやってみてください」

「うっす!」

 オウガは改めて自分の手札を確認する。

(このカード……ルールとコストを理解してみたら、とんでもないことを書いてやがる)

 そして、一際強い輝きを放つカードを抜き放つと、一度はデリートされたヴァンガード(しぶん)に重ね合わせた。

「ライド! 《将軍 ザイフリート》!!

 これでデリートも解除っすね?」

「はい、そうですよ」

「イマジナリーギフト! フォースⅠをヴァンガードへ」

 オウガは次に盤面を確認した。かつて、フィールドにいながらにして全体を俯瞰していた時のように、今はテーブルの上を見渡している。

「メインフェイズ開始時! ドロップゾーンの《ワンダー・ボーイ》をデッキに戻し、スキル発動! 《ワンダー・ボーイ》をデッキからコールし、ドロップゾーンの《サイレンス・ジョーカー》をデッキに戻してパワー+5000だ!

 続けて、《ジャガーノート・マキシマム》をコール! 登場時にパワー+10000!

 そして、《将軍 ザイフリート》のカウンターブラスト! ブラックパンサーをソウルに置き、デッキから新たなブラックパンサーをコール! パワー+10000!

《指揮官 ゲイリー・ギャノン》もコールして、もう一度ザイフリートのスキル発動だぜ!」

(楽しそうにファイトしてますね)

 ミオは感情を全開にしてファイトするオウガを羨ましく思った。ヴァンガードは楽しい。大好きだ。それは心から思えるようになったが、それを表に出すのはまだ苦手なのだ。

「行くぜ、野郎ども!

《ジャガーノート・マキシマム》でヴァンガードにアタック!!」

 オウガが雄叫びをあげ、トゲだらけのプロテクターを纏った大巨人が、大地を抉りながらグレイヲンに突撃する。

(……あとは、完全ガードのルールを教えておしまいですね)

 ミオの手札は6枚。そのうちの3枚はすでに完全ガードだった。

 

 

 ファイトが終わり、完全燃焼した様子でしばらく呆けていたオウガだったが、やがてカバンから取り出したペットボトルの水を一気に飲み干すと、ミオを睨みつけた。

 ……もっとも、目つきが悪いから睨んでいるように見えるだけで、本人は真摯な瞳で見つめているつもりだったのだが。

「改めて、先輩に頼みがあります」

「はい。このミオ先輩が何でも聞いてあげましょう」

 そんなオウガの形相に臆することなく、ミオが請け合った。

「先輩。俺……ヴァンガードがしたいです」

 ミオは(計画通り)と下衆なことを考えながら微笑み、オウガに手を差し伸べた。

「ようこそ、カードファイト部へ」




スパイクブラザーズ使い(見習い)の、鬼塚オウガが登場です!

そして、カードファイト部に男子生徒が入部することになりました。
根絶少女の初期コンセプトは女の子がカードファイトしたり、雑談したりしているのを愛でて楽しむ小説だったはずですが、いつの間にか(初期から?)ノリがどんどん少年漫画と化してしまったというのが、男子起用の理由の一つです、が。

女の子をかわいく書くのなら、それと関わる男の子の存在も必要不可欠だと思うのですよ、私は!

そのようなわけで少女達の青春譚から、少年少女の青春譚となる根絶少女、第2幕。
頼れる(?)先輩となったミオの活躍に、ご期待頂ければ幸いです。
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