根絶少女   作:栗山飛鳥

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6月「奪い取られる。 別の世界の住人に」

 はじまりはひとりの女性だったという。

 ヴァンガードにおいて無類の強さを誇ったというその女は、とあるカードショップを根城にしていた。

 その女の噂を聞きつけた数多の強豪ファイターが、その店を訪れファイトを申し込んだが、勝利できた者はいなかったと言う。

 時は流れ、いつしか女はプロファイターになりショップを去っていったが、彼女とファイトするため――そして、いつの日か勝利するため――店の常連となっていた強豪達の多くは、そのまま店に残った。

 彼らは既に気づいていた。ここに残る方が強くなれることを。

 やがて、ひとりの女の噂は、別の噂にすり替わっていく。

 途轍もない強さのファイター達が、ただただその強さを究めることのみを追及しているカードショップがあると。

 君が力を欲するファイターなら、その店を探すといい。

 強者が強者を求めて集う場所。

 カードショップ『ストレングス』を。

 そんな話を耳にした少年が、アスファルトの地面を踏みしめ、その店の前に立った。

 引き締まった体躯をラフなパーカーに包み、フードを目深に被った少年。鬼塚(おにづか)オウガは、休日を利用して、武者修行のため『ストレングス』を訪れていた。

(ここに来れば強いファイターに会えるって聞くぜ)

 オウガは『ストレングス』へのアクセスをメモした紙を握り潰してポケットにねじ込むと、フードを乱暴に脱ぐ。限りなく白に近い色をした、逆立った金髪が露わになった。

 店の外観はコンクリートむき出しで、なおかつ人通りの少ない、商店街の裏路地に建っているものだから、普通の人ならば近寄りたいとも思わないだろう。だが、だからこそヴァンガードファイターの虎ノ門みたいな感じがして、オウガはわくわくしていた。

(ここなら、本当に強くなれそうな気がするぜ!)

 一切の躊躇無くドアを押し開け、『ストレングス』の店内へと足を踏み入れると、肌を刺す熱気が彼を出迎えた。

(おっ、やってるじゃねーか)

 ファイトを重視しているショップらしく、店の半分以上がファイトスペースで、それも昼時にも関わらず満員だった。

 和気あいあいとした雰囲気は皆無で、淡々とした宣言や、カードを繰る音だけがそこかしこから聞こえてくる光景は、単なる静寂よりも静謐に感じられる。

 カードゲームは遊びだと考えていたオウガの世界は数か月前に覆されたが、ここに来て、自分の視野がいかに狭かったかを改めて思い知った。

 周囲から立ち昇る殺気にも似た真剣さに圧倒されていると、「おおっ!」という歓声が部屋の隅から聞こえてきた。見やると、そこには立ち見のファイターで人だかりができている。

(すげえファイターでもいんのか?)

 好奇心を刺激されたオウガは、そちらに向かって歩いていく。人だかりにとりついたオウガは、背伸びしてその中心を覗き込んだ。

「へっ、俺の勝ちだな」

 まず目に入ったのは、嵐の海を思わせる、濃紺の髪をボサボサに伸ばした少年だった。オウガとは同い年くらいだろうか。椅子の上で勝ち誇ってふんぞり返っているが、背は低い。その傍らには、デッキとは別に様々なクランのカードが置かれていた。

「くっ、ありがとうございました……」

 少年に負けたと思しきファイターが席を立ち、肩を落として人だかりに紛れていく。

「どうしたぁ? 次のチャレンジャーは? いねえのか?」

 少年が悪戯っぽく笑って周囲を見渡すが、人だかりは僅かにざわついただけだった。これほど挑発的な態度を取られたら、このような場所に来るファイターならすぐに動きそうなものだが。

(なら、俺が!)

 不自然さは感じたものの、考えるより先に行動が体に染みついているオウガは、人だかりをかきわけて飛び出そうとした。

「俺が相手をしよう!」

 それよりも早く、遠くから男の声がして、人だかりが真っ二つに割れた。何が起こったか理解できなかったオウガだけが取り残されたが、周囲のファイターに引っぱられて人だかりへと埋没させられる。

 そうしてできた花道を、声の主である大人びた顔立ちをした金髪の少年が「ありがとう」と礼を述べながら通っていく。

「フウヤだ」

小金井(こがねい)フウヤが来た」

「ヴァンガード甲子園のリベンジマッチか」

 人だかりがにわかに囁き合う。

 金髪の少年――フウヤは、小柄な少年の手前に腰かけると、取り出したデッキをテーブルに置いた。

「久しぶりだね、アラシ君。君とはもう一度戦いたいと思っていた。受けてくれるかな」

 確認の体裁は取っているが、有無を言わさぬ口調でフウヤが言った。にこやかだが目は笑っておらず、普段のフウヤをよく知る人物なら、その剣呑な態度に息を呑んだだろう。

「ああ。(セント)ローゼの小金井フウヤ君か。いいぜ。

 ただし、俺の流儀は知った上で言ってるんだよな?」

 アラシと呼ばれた小柄な少年は、試すような視線をフウヤに投げた。

「もちろんだ」

 フウヤが頷き、アラシは至福の笑みを浮かべながら告げた。

「賭けろ。お前の大切なモノ(おたから)を」

 フウヤは嘆息しながら、シャツの胸ポケットから手帳を取り出すと、そこから1枚のカードを抜きだした。スリーブで厳重に包まれたそれを、テーブルの上へと丁寧に差し出す。

「旧スタンダード、ブロンドエイゼルのSPだ。俺が初めて当てたSPで、ゴールドパラディンを始めるきっかけにもなった」

「……いいお宝だ。じゃ、俺は何を賭ければいい?」

「今は君とファイトできればそれでいい。勝った後で考えるさ」

「オーケー。ベット成立だ」

 二人は申し合わせを終えると、何事も無かったかのようにファイトの準備を始める。

(な? な!?)

 それを傍から見ていたオウガは、激しく混乱していた。手近にいた立ち見のファイターの肩を掴むと、勢いこんで尋ねる。

「おい! 今、何が行われてる!?」

「何って……賭けファイトだよ」

 ファイターの男は、鬱陶しそうにオウガの手を払いながら答えた。

「賭けファイト……?」

「アラシは、対戦を希望してきたヤツに賭けを要求してくんのさ。大切なモノを一つ差し出せってな」

「そんなヤツと、どうしてファイトするんだよ!?」

 瞬間、男の目がオウガを軽蔑するように細まった。まるでオウガが致命的な過ちを口にしてしまったかのように。

「お前、アラシのこと知らねーの? ここに来るほどのファイターなのに?」

「し、知らねーよ」

「去年のヴァンガード甲子園優勝校、天海(あまみ)学園のレギュラーだよ。天海学園は本州と遠く離れた離島にある田舎の高校だから、ヴァンガード甲子園のような全国大会か、こうして気まぐれに街に出てきた時でなければ対戦できないんだよ」

「だ、だからって……」

「もういいかな? 俺もアラシのファイトは見ておきたいんだよ」

「……すまねえ。悪かった」

 これ以上反論しても仕方がないと悟ったオウガは、頭を下げて男を解放した。

 ――おおっ!!

 そして、店内が再びざわついた。

「ヴァンガードの《魔の海域の王 バスカーク》で、《レーブンヘアード・エイゼル》にアタック!!」

「《エリクサー・ソムリエ》! 《フレイム・オブ・ビクトリー》でガード! ボーマンでインターセプト! 2枚貫通だ!」

「ツインドライブ!!

 1枚目は(ドロー)トリガー! カードを1枚引いてパワーは……バスカークに。

 2枚目、(ヒール)トリガー! ダメージ回復! パワーはバスカークに!」

「……ダメージチェック。1枚目、トリガー無し。2枚目…………トリガー無し。俺の負けだ」

 6枚目のダメージを置いたフウヤが力尽きたように項垂れる。

 まるで全国大会が決したかのような歓声が、静かだった店内に響いた。

「ゴルパラに速攻し返しやがった!」

「あのタイミングでヴァンガードにトリガー集中させるとか、マジかよ!?」

「バカ! それを躊躇なくできるのが、アラシの強さだろ」

「これまでアラシはトリガー引いてなかったし、フウヤのガードが甘かったな」

 ギャラリー達の勝手な批評が始まる中、オウガはただただ無情な結果を晒すファイトテーブルを注視していた。

「悪いな。だが、ルールはルールだ。カードはもらっていくぜ」

「……好きにしてくれ」

 アラシはフウヤの手元に置かれていたブロンドエイゼルを取り上げると、傍らに積まれていたカードの上に重ねて置いた。なるほど、これらのカードはアラシの「戦利品」らしかった。

「……勉強になったよ」

 カードを片付けたフウヤは、それだけアラシに告げると席を離れた。そのまま肩を落としてオウガの横を通りすぎる。その目尻に光るものを見つけたオウガは思わず叫んでいた。

「ふっざけんな!!」

 ギャラリー達が会話を中断して、オウガに注目する。

「初心者の俺でも分かるぜ! こんなのはヴァンガードじゃねえ!

 俺の先輩が教えてくれたヴァンガードは、ヘコんでた俺を笑顔にしてくれた! 悲しませるものじゃなかった!」

 誰もがオウガに奇異の視線を向ける中、怒りの矛先を向けられているアラシだけは楽しそうに笑っていた。

「だったら、どうするよ?」

「俺とファイトしろ。俺が勝ったら、そこにあるカードは全て持ち主に返せ!」

「よすんだ!」

 フウヤが慌てて止めに入る。

「さっき賭けは合意の上だ。君の気持ちは嬉しいが、俺に責任がある。関係の無い君が被害に合うのは見過ごせない」

「俺が負ける前提で話すなよ!」

 立ちはだかるフウヤを突き飛ばしたくなる衝動を抑え、その脇をすり抜けると、オウガはアラシの前に立った。

「俺は響星(きょうせい)学園1年の鬼塚オウガだ! 覚えとけ!」

 親指で自分を指しながら名乗りを挙げる。何故かフウヤが微妙な表情をして固まっていたが。

「天海学園2年の(あおい)アラシだ。まあ、座れよ」

 促されるまま、というのは癪だが、アラシの前に腰かける。

「俺が今日の戦利品を賭けるのは分かった。で、お前は何を賭ける?」

「…………え?」

 アラシの問いに、これまでの気迫はどこへやら、オウガの口から間の抜けた声が漏れた。

「おいおい、まさか何も考えてなかったのかよ。俺は何も賭けないヤツとはファイトしねーぞ。

 まあ、別にレアカードを要求しているわけじゃねえんだ。勘違いされがちなんだけどな。

 それがお前にとって大切なカードなら、世間的に何の価値も無いコモンカードでも構わねえ」

(……俺の、大切なカード?)

 ヴァンガードを始めて間もないオウガには、ピンとこなかった。

 オウガが初めてライドしたG3で、今もデッキに入れている《バッドエンド・ドラッガー》は、確かに愛着も湧いてきているが、フウヤのように、失った時に泣けるほどかというと、そうでは無い気がする。これがまた、1年、2年と続けば違うのかも知れないが。

「……これも勘違いされがちなんだが、別にカードじゃなくてもいいんだ。ギザギザのついた10円でもいいし、コーラ瓶の王冠でもいい。それがお前にとってのお宝なら、俺は喜んでそれを奪い取ろう」

(……宝?)

 オウガは思わず自分の脚を見た。それこそ愚問だった。

 そんなもの、とっくに失って久しい。

「ふん」

 これまで楽しそうに笑い続けていたアラシが、はじめてつまらなさそうに鼻で息をついた。

「宝のひとつも持っていないようなやつ、相手してやる価値も無い。消えろ」

 侮蔑するように告げて、アラシは虫でも払うように手を振った。

(俺には、何も無い……)

 アラシの言い分は乱暴にしても、それは一つの真理となってオウガの胸に突き刺さっていた。

 持たざる者に価値などないと。

「私を賭けてください、オウガさん」

 その声は、天から降ってきた。

 そう思えたのは、オウガがいつの間にか深く俯いていたからであって、顔をあげると、その声の主とばっちり目があった。

「ミオ、先輩……」

「はい。いつでもどこでもあなたの傍にいるミオ先輩です」

 消え入りそうな純白のワンピースに、儚く淡い色のカーディガン。

 私服姿の音無(おとなし)ミオが、傍らにしれっと立っていた。

「どうして、ここに……?」

「『ストレングス』にはよく来るんです。強いファイターとファイトできますし、知った顔とも会えますから」

 そう言って、ミオはフウヤに視線を向けた。それに気づいたフウヤも、片手を挙げて応える。

「むしろ、ここはオウガさんのような初心者が来ちゃダメですよ。大方、強い人が集まるという噂だけ聞いて、武者修行のつもりだったのでしょうけど。容赦の無い方々しかいないので、自信を失うのがオチです」

「そうっすか……いや、そうじゃなくて! 『私を賭けてください』ってどういう意味っすか!?」

「そのままの意味です。そちらのアラシさんは、大切なものを要求しているのでしょう? でしたら、私を賭ければ解決です。

 それとも……」

 限りなく透明な瞳がオウガの顔を覗きこむ。

「私では不足でしょうか」

「全然っ! そんなことはありません!!」

 オウガは思わず断言してから、いかんいかんと首を振る。

「そういう問題じゃなくて!! それは色々といかんでしょう!! 倫理的に!!」

「倫理で言うなら、賭博行為の時点でアウトですよ」

 半眼になってミオが告げる。

「要は負けなければいいんです。私が売られることもありませんし、奪われたものも返ってくる。めでたしめでたし」

「くく……はっはっはっはっ!!」

 豪快な笑い声をあげたのはアラシだった。

「オウガとか言ったな? いいお宝があるじゃねーか」

「俺の持ち物じゃねーよ!」

 オウガが慌てて反論する。

「関係無いな。お前に守りたいものがあるなら、それがお前の宝だ。その子を賭けるなら、お前とのファイトを受けてやるぜ」

「俺の一存で決められるわけねーだろ!」

「私はとっくに同意していますが」

「先輩は黙っててください! そもそも、俺が負けたらテメーは先輩をどうするつもりだ?」

「そうさなあ……さすがに人を賭けてファイトをした事は無かったし、適当にからかってお茶を濁すつもりだったが……そちらの嬢ちゃんは」

「音無ミオです」

「――ミオちゃんは、本気のようだ」

「当然です。何であれ、それがファイトの結果であるなら、私は受け入れます」

「顔立ちは文句無し。度胸もある。俺より背も低い。理想の女じゃねーか。

 是が非でも俺のものにしてえが、まずはファイトで勝ってからだ。

 なぁ、早くはじめようぜ、オウガ!」

「……ああもう! どうなっても知らねーからな!!」

 ヤケクソ気味にオウガが叫び、ファーストヴァンガードを裏向きにしてヴァンガードサークルに置く。

「だが、みすみすお前の好きにはさせねえ! 先輩は俺が守るぜ!」

 瞳に決意を滾らせて、オウガが宣言した。

 まさか完全無欠にして絶対無敵と思えたミオ先輩に、こんなセリフを使う日が来るとは夢にも思わなかったが。

 無敵以上に無防備すぎる。 

「そうだ。その意気だ。潰し甲斐のある顔になってきたじゃねーか!

 いくぜ! スタンドアップ!」

「ヴァンガード!」

「《キャプテン・ナイトキッド》!」

「《メカ・トレーナー》!」

 ファーストヴァンガードがめくられ、その場にいたすべての人が、晴れの日に嵐のイメージを見た。

 

 

 駅の改札口前に、ひとりの少女が佇んでいた。

 几帳面に切り揃えられた黒髪に、小ぶりなメガネ。小柄な体躯を清楚なブラウスとフレアスカートに包んでいる。

 時折、何かを探すかのように、落ち着きなく小さな顔を巡らせるたび、曇りひとつないレンズがきらりと光を反射した。

「ごめんねー、サキちゃん! 待ったー?」

 やがて改札口の奥から、他の客に紛れて、別の少女が手を振りながら現れた。

 メガネの少女、藤村(ふじむら)サキはひかえめに手を振り返し、改札口から出てきた彼女の先輩、天道(てんどう)アリサに自分の居場所を示す。

「いいえ。アリサさん。私も今来たところです」

 サキは嘘をついた。

 本当は、初めて来る場所だったので念を押して早めに家を出たら、待ち合わせ時間の30分前にはここに着いてしまったのだ。

 アリサも待ち合わせ時間のきっかり5分前には姿を現したのだから、待ったのは自分に責任がある。

「すいません、アリサさん。お休みの日に、わざわざ……」

「ううん。いーの、いーの。あたしはいつも、休みの日にはどこかのカードショップには出歩いてるから、そのついでだよ」

 そう言うアリサも、今日はもちろん私服だった。

 黒皮のパンツスタイルに、同じく黒皮のライダージャケットを合わせたコーディネートは活動的な彼女に似合っていたが、それ以上に、悪の組織の女幹部というイメージがサキの頭をよぎった。

「初心者でも対戦しやすい雰囲気のカードショップを教えてほしい、だったよね?」

 サキの勝手な想像などつゆ知らず、アリサがさっそく今日の本題に入る。

「は、はい。あと、初めての店にひとりで入るのははどうしても緊張してしまうので。お手数ですが、付き添って頂けると助かります……」

「おっけー。アリサおねえさんにまかせなさい! とりあえず案内するから、あとは歩きながら話そっか」

 そう言って、サキを先導して歩を進める。

「これから行くお店はね。《ムーン》って言って、店内は明るくて清潔だし、常連さんも気さくで熱意のある人が多いから、サキちゃんもたくさん対戦ができると思うよ」

「あ! お店の明るさって大事ですよね。たまにものすごく暗い店とかありますもんね」

「そうそう。そういう店って、それだけで入りにくかったりするよねー。

 ただ、品ぞろえはあんまりよくないから、ミオちゃんのカードショップ評価では45点のC評価らしいけど」

「何ですかそれは?」

「ミオちゃんが勝手につけてるの。あの子、カードが買えて対戦できればそれでいいってタイプだからねー。いいカードが安く売っていて、強い人と対戦できれば、裏路地にポツンと建ってる怪しいカードショップにだってA評価つけちゃいそう」

「うわあ。それは、今回の参考にはならないですね……」

「そうだよねー。ま、いずれミオちゃんに聞いてみるといいよ。近隣22件のカードショップについて、詳しく教えてくれるから……あ、ついたよ」

 アリサが足を止める。

 駅から徒歩3分。大通りに面したお洒落なショッピングモールに併設されているため、良くも悪くもマニアックな雰囲気が無く、意識していなければカードショップとは気付かずに素通りしてしまいそうでもある。

 外から店内が容易に見通せるガラスの自動ドアには「Moon」と、店名を示す蛍光シールが地味すぎず派手すぎず主張していた。

「私のような人見知りや、お子さんを連れた大人の方でも入りやすそうな店ですね!」

 ミオちゃん評価では一片も考慮されなさそうな感想をサキが口にする。

「でしょ? 実際、親の買い物のついでに立ち寄ったのがきっかけでヴァンガードを知って、そのまま常連になる子も多いみたいだよ」

 アリサが答え、店から少し離れたところでピタリと立ち止まる。

 後をついてきていたサキも、その背にぶつかりそうになった。

「あ、あの、アリサさん……?」

「先に入りなよ。これも慣れだよー」

「あ! そ、そうですね! …………では、行かせていただきます!」

 意を決するように深呼吸して、大股で「ムーン」の入り口までサキが歩いていく。だが、彼女が自動ドアの前に立つ直前、ドアが先に開き、そこから現れた大柄な人影に頭からぶつかってしまった。

「きゃっ」

 まるで壁にでもぶつかったかのような衝撃を受けて、サキが尻もちをつく。

「! サキちゃん、大丈夫!? ごめんなさい! ケガはなかっ……た?」

 慌てて駆け寄ってきたアリサがサキを気遣い、彼女がぶつかった相手に頭を下げようとして、息を呑んだ。

(でっかい……)

 店から現れた男は、それほどまでに巨大だった。

 アリサの知り合いのうち、最も背の高い男子学生はカードファイト部OBの近藤(こんどう)ライガで、たしか身長は180センチ台と聞いていたが、目の前の男はそれより確実に大きいだろう。

 近隣ではあまり見ない高校の制服越しにでも分かる程度には鍛えられており、横幅もある。何より、ピンと背筋を伸ばした姿勢が、彼を壁の如き巨人に見せていた。

「失礼! 小さくて見えなかった」

 男が、屋外にも関わらず非常によく響く声で告げた。

(なっ!?)

 一瞬、侮辱されたのかと思ったが、すぐに違うとアリサは思い至った。小柄なサキなど、男が正面を向いていれば本当に見えないのだ。

 今も、男は紳士的に手を差し出して、サキを助け起こそうとまでしている。少なくとも、根っから無礼な人間では無いように思えた。

「あ、ありがとうございます。大変失礼しました」

 男の手を取って立ちあがったサキが、顔を真っ赤にして頭を下げる。

「いや。私の不注意だった。ファイトの後で気が昂っていたようだ。ケガはないかな?」

「は、はい……」

「よかった。では、これにて失礼する!」

 男はサキ達に背を向けると、ザッザッザッと足音をたてて去っていく。

「あの人もファイターなんだね。ま、カードショップから出てきたから当然か」

 まったく小さくならない背中を見送りながら、アリサが何とはなしに呟いた。

「…………」

 サキはぼんやりと、男の方とも虚空ともつかない方向をぼんやりと見上げている。

「どうしたの、サキちゃん? まさか恋に落ちちゃった?」

「い、いえ! ただ……あの人の顔、どこかで見たことがあるような」

「え? あたしは大きさに圧倒されて、顔に意識がいかなかったかな。知り合い?」

「いえ。テレビで見たような」

「じゃあ、芸能人とか?」

「そういうのとも違うような。私、芸能人とか詳しくありませんし」

「うーん。ま、考えていても仕方がないし、とりあえずお店に入ろっか」

「そ、そうですね!」

 そう言って、2人は店内に入っていく。

 アリサは練習のことなどすっかり忘れていたし、サキはサキで緊張など吹き飛んでしまっていた。

「あ、『銀華竜炎』のシングル出てるよ!」

「本当ですね! やっぱりオーバーロードは格好いいですね」

「サキちゃん、恐竜に限らず、ドラゴンも好きなんだね」

「はい。やっぱり、大きくて強くてカッコいいものには憧れちゃいます」

 ショーケース越しにしばし歓談した後、2人は店の奥にあるデュエルスペースまで進んでいく。

 そこでは、アリサ曰く気さくで熱意あるファイター達が、今日もファイトで盛り上がっている――はずだった。

 デュエルスペースに足を踏み入れたアリサ達が見たものは、盛り上がりとはかけ離れた倦怠感。

 ある者は、背もたれにだらんと力無くもたれかかり。

 ある者は、ファイトテーブルに突っ伏したまま動かず。

 ある者は、自らの両肩を抱いて、震えているようにも、泣いているようにも見えた。

「ちょっ、ちょっと! どうしちゃったの!?」

 ただごとでは無い様子に目を見張ったアリサが、手近な知り合いの肩を揺さぶって尋ねる。

「あ、ああ……アリサ、か」

 背もたれに全身を預けていた男が、力無くのろのろと顔を向ける。

「ついさっき、このあたりでは見かけないファイターが現れたんだ……」

「……? それってもしかして、ものすごく背の高い?」

「そうだ。俺達も知らない人とファイトするのは久々だったから、常連全員がファイトを申し込んだんだ。その結果が、この有様さ……」

「この有様って……」

「俺達だって全国大会で好成績を残すようなファイターってわけじゃない。トッププレイヤーに勝てるなんて自惚れてるつもりはなかった。けど、毎週ここで鍛えて、そこそこやれるって自負はあった。ファイトで負けても、いい勝負だったなって笑って握手できる余裕くらいはあると思ってた。

 それが、こんな……」

 語る男の顔が燃え尽きたように真っ白になり、唇は青ざめていく。震えるその瞳には、ありありと恐怖の色が浮かんでいた。

(ヴァンガードの話、だよね?)

 ファイトをしていて、悔しいと感じることや、自分の不甲斐なさに憤りを感じること。マナーの悪いファイターにイラつくことだって、アリサにもある。

 だが、恐れを感じたことなど、いまだかつてあっただろうか。

 しかし、目の前の男は、まさしくそれを体験してきたかのように、パニックになって声を荒げた。

「あれはファイトじゃない! 一方的な蹂躙だ!」

「落ちついて! もっと具体的に教えてくれない? あいつに煽られでもしたの?」

「いや……彼は俺達を侮辱するような言動など一切していない」

「じゃあ……」

「ただ、ここにいる10人全員が彼とファイトして、誰ひとり彼に5点以上のダメージを与えることなく、5分以内に敗北した。それだけだ。

 ……けど、そんなの、俺達のヴァンガードを否定されたも同然だろう」

 あまりにも現実感の無い内容にアリサは押し黙った。

 昼過ぎのカードショップとは思えない静寂の中、サキが小さく声をあげる。

「あ……」

「サキちゃん?」

「思い、だしました……」

 その顔は、他のファイター達と同様、蒼白になっていた。

「店に入る前に私とぶつかったあの人……去年のヴァンガード甲子園の生中継で見たことがあります。

 去年の優勝校、天海学園で先鋒を務めていた方です。

 名前はたしか…………清水(しみず)セイジさん、です」

 それを聞いたからというわけでも無いだろうが、うつろな目をした男がぽつりと呟いた。

「もう俺、ヴァンガードやめようかな……」

 

 

 スタジアムの半分が黒い海に浸食された異常な光景で。

 芝のフィールドには、惑星クレイにおいて最も危険なスポーツとされるギャロウズボールの強豪チーム、スパイクブラザーズの選手が立ち、海上にはグランブルー海賊団の海賊船であり幽霊戦でもある帆船が数隻浮かんでいる。

 アリサ達が対戦相手のいないカードショップ『ムーン』で途方に暮れている頃、カードショップ『ストレングス』では、オウガとアラシのファイトが続いていた。

「ライド! 《バッドエンド・ドラッガー》!!

 イマジナリーギフト、フォースⅠをヴァンガードに!」

 お互いにダメージは2点。

 先行のオウガが、まずはG3にライドする。

「コール! 《パワーバック・レナルド》! 手札の『陽気なリンクス』をソウルに置いて、山札の上から3枚確認…………《サイレンス・ジョーカー》、《ソニック・ブレイカー》、《ジャガーノート・マキシマム》をコール! ジャガーノートは登場時に+10000だぜ!

 バトルだ! まずは《サイレンス・ジョーカー》のブースト、《パワーバック・レナルド》でアタック!」

「ガード! 《ダンシング・カットラス》だぁ」

(これでアラシさんのドロップゾーンは6枚。その中には既にカットラスが2枚。さすがにソツがありませんね……)

 ミオが頭の中で状況を分析する。

 アラシの扱うグランブルーは、ドロップゾーンの扱いに長けたクランである。時にドロップの状態は、盤面よりも重視されるのだ。

 とは言え、まだまだ初心者のオウガがそれを意識できているとは言い難く、もちろんミオもそれを助言することは無かったが。

「続けていくぜ! ヴァンガードの《バッドエンド・ドラッガー》でアタック! アタック時に《サイレンス・ジョーカー》を山札の下に置いて、パワー+5000、(クリティカル)+1! 合計パワー28000で、ヴァンガードの《ストームライド・ゴーストシップ》にアタックだ!」

「ふーん……ま、《お化けのりっく》でガードかな。1枚貫通だ」

「なっ!?」

 それを聞いてオウガが目を見張る。

「聞こえてなかったのなら、もう一度言ってやるぜ。俺のバッドエンドは★+1だ」

「あ? だからちゃんとガードしてるじゃねーか」

「そんなの、ツインドライブのトリガー1枚で貫通するだろうが!」

「んー。けど、今回はトリガー引けないんじゃねーか?」

 口調こそいい加減だが、まるで確信しているかのように、アラシはそう予言した。

 それが侮られているように感じられたのだろう。オウガが苛立ちを込めて山札に手をかける。

「ツインドライブ!!

 1枚目……トリガー無し。

 2枚目…………くそっ、トリガー無しだ」

「これが彼、葵アラシの恐ろしさだ」

 これまで黙ってファイトを観戦していたフウヤが、ミオの傍まで寄ってきて囁いた。

「一見、不利な状況でなくとも、1枚貫通のガードや、2枚貫通でガードされた時にトリガーを集中させるなんてことを平然と仕掛けてくる。そしてそれが悉く成功する」

「……まさかイカサマですか?」

 似たプレイングに心当たりがあったミオはそう問うたが、フウヤは即座に首を振って否定した。

「今もこれだけ注目されているし、全国放送のヴァンガード甲子園でも彼は同じことをしている。さすがにそれは不可能だろう」

「……そうですね」

 確認はしてみたものの、実のところ、本気で不正が行われているとはミオも考えていなかった。

 何故なら、今もファイトを続けているアラシは心からヴァンガードを楽しんでいるように思えたからだ。

 褒められた人間でも無いのだろうが、少なくともファイトに対してまで不誠実には見えなかった。

「彼のプレイングを見たマリアさんは、こう仮説を立てていたよ。

 彼の頭の中には、これまでのファイトで得られた膨大なデータが蓄積されている。ファイトの流れで、いつトリガーがめくれるか、ある程度分かってしまうのだろう、と。

 さながら、波を読み、風を読み、嵐を予見する航海士のようにね」

「ふむ……」

「そして、こうも言っていた。

 一般のファイターにも、不利な状況に陥れば1枚貫通のガードだってせざるを得ない時がある。その判断が、彼は異常に早いのだと」

「……つまり、あの人の中では、スタンドアップの時点で、ファイトの終わりまでの筋道が見えているということでしょうか」

「さすがに察しがいいね。その通りだ。

 自分の手札と相手のクランを確認した時点で、彼の中では、どこで・どこまでトリガーを引かれたら勝てないかが完全にイメージできているんだ。

 その後、ドローするカードや、相手から公開されるカードで、そのイメージに修正を加えていく。

 どれだけファイトをすればそれほどの境地に至れるものなのか……俺には想像もつかないよ」

 練習量では全国随一であろう聖ローゼの部長を以てそう言わしめるのだから、相当のものなのだろう。

「ですが……」

「ああ。キミが言いたいこともわかる。

 それでもなお運任せのプレイングであることに違いは無い。仮に俺が彼の持つ経験を全て手に入れたとしても、同じことはできない。恥ずかしい話、そんな勇気も無いし、盤石の勝利を求める聖ローゼの理念ともかけ離れている。

 豪快なプレイングの裏には、膨大な経験と知識に裏打ちされた勝負勘があり、それを実行に移せるだけの度胸がある。

 葵アラシ。彼は間違い無く、ファイターとしてひとつの理想形を体現しているのだろうね……」

 物腰は丁寧だが、自分の強さを信じて疑わないフウヤが、他人をここまで評価することなど滅多に無いことだった。

「《ナイトスピリット》でガード! 《グリード・シェイド》でインターセプト!」

 その間もファイトは続き、《ジャガーノート・マキシマム》によるアタックも、アラシによって防がれたところだった。

「くっ。1点もダメージを与えられなかっただと……?」

「へっへっ。スパイクが怖いのはこの後だからなぁ。簡単にダメージをもらってやるつもりはねーよ。

 さあ、今度は俺様のターンだ!

 スタンド&ドロー!

 ライド! 《魔の海域の王 バスカーク》!!」

 ギャロウズボールのスタジアムを侵食する仄暗き海の底から、一隻の幽霊戦が姿を現した。

 その舳先に立つは、異形の人影。

 頭から伸びた触手を風に遊ばせ、手にした鞭をひとたび鳴らせば、無数の亡霊が彼を讃える唄を歌う。

 魔海の王、バスカーク。

 宝を略奪せし者よ。

 魔海の王、バスカーク。

 命を略奪せし者よ。

 魔海の王、バスカーク。

 嗚呼、哀れな犠牲者がまたひとり。闇に沈みて蘇る。

「バスカークのスキル発動! ドロップゾーンから《剣剛 ナイトストーム》を蘇らせるぜ! G3を蘇らせたので、バスカークに+15000!」

 バスカークが鞭で甲板を打ち鳴らすと、その船の横に新たな幽霊戦が浮上した。

 その舳先に立つのは、眉目秀麗の海賊剣士。

「ナイトストームのスキルも発動だぁ! 山札から2枚ドロップして、パワー+5000! これで俺様のドロップゾーンにあるカードは10枚! この意味が分かるよなぁ?」

「?」

「わかんねーのかよ!!」

 ぽかんとしているオウガに、アラシがツッコミを入れる。

(まだ初心者ですからね)

 ミオが心の中でフォローした。

「まあいい。教えてやる。

 バスカークはドロップゾーンにカードが10枚以上ある場合、パワー+5000、★+1されるんだよ!

 まだまだいくぜ! 《キャプテン・ナイトミスト》をコール! ナイトミストのCB(カウンターブラスト)発動だぁ! バスカークの後列に蘇れ、《悲痛なる銃弾 ナイトゲベール》!

 ナイトゲベールのスキルも発動! 山札から1枚ドロップ! ドロップゾーンにカードが10枚あるので、パワー+10000!」

「まずい。バスカークにパワーを集中させてきた。たぶん、彼が完全ガードを握っていないことを見抜かれている」

 フウヤが小声で唸る。

「なるほど。相手の手札も『読み』の対象ですか」

 確かにこれまでトリガーとしてオウガが完全ガードをめくったことは無かったし、ダメージゾーンに1枚完全ガードも公開されている。まだ完全ガードを所持していない公算も高いだろう。

「それだけじゃないよ」

 ミオの思考を読んだかのようにフウヤが補足する。

「アラシがバスカークに★+1されると宣言した時、オウガ君の肩が動揺したように動いた。あの瞬間だ。彼が完全ガードを持っていないと確信したのは」

「ああ、なるほど。オウガさんは考えていることが、態度や顔に出るタイプですからね」

 とは言え、人の思考を予測するのはミオの苦手分野だ。オウガとファイトしている時も、彼のそういう性質は理解しつつも、それをプレイングの指標にした事は一度も無い。

 論理的に未来を予測することは得意なので、自分もアラシのプレイングを再現できるのではないかと考えていたのだが、もう一段階上を行かれていたようだ。

「おしゃべりな人だとは思っていましたが、あの挑発的な言動のひとつひとつが、対戦相手を揺さぶり情報を引き出す撒き餌となっているわけですね」

「ああ。そして、気がついた時には全てを奪われている。本当に恐ろしいファイターだ」

 フウヤは改めて畏怖の念を込めて、楽しそうにカードを操るアラシを見つめた。

「仕上げだ! ドロップゾーンから蘇れ、《ダンシング・カットラス》! そのスキルによってCC(カウンターチャージ)

 (ソウル)とナイトミストを生贄に捧げ蘇れ、《サムライ・スピリット》!

 さあて、バトルだ!

 ナイトゲベールのブースト! バスカークでヴァンガードにアタック!」

「ご、合計パワーは?」

「あ? 50000だろーが。1枚貫通なら40000ガード。2枚貫通なら50000ガード支払いな! 確実に防ぎたかったら60000ガードだ!

 別に完全ガードでもいいんだぜ? 持っていたらの話だがなぁ!」

「ぐっ……くそ。無理だ。ノーガード……」

「なら遠慮無く……ツインドライブ!!

 1枚目……トリガー無し。

 2枚目……治トリガー! ダメージ回復! パワーはナイトストームに与えるぜ!」

 バスカークが鞭を振るい、バッドエンドを激しく打ち据える。

 達人の操る鞭は音速を越え、刃よりも苛烈に肉を引き裂き、決して癒えない醜い傷跡を残す。

「くっ、ダメージチェック……。

 1枚目、トリガー無し。

 2枚目、★トリガー。効果は全て、バッドエンドに」

「サムライでブースト! 《ルイン・シェイド》でアタック! アタック時、山札からドロップゾーンに2枚ドロップ! 合計パワーは29000だぁ!」

「《陽気なリンクス》でガード! レナルドでインターセプト!」

「カットラスのブースト! パワー33000のナイトストームでアタック! ドロップゾーンにカードが10枚以上あるので、CB1して1枚ドローだぁ!」

「ノーガード……トリガー無し」

「……ターンエンドだぜぇ」

 余裕の笑みを浮かべてアラシが宣言する。

「ダメージ5対1……。いくら初心者とは言え、ここまでの差が開くものなのか」

 フウヤが見ていられないとばかりに顔を覆いながら呟いた。

「……確かにオウガさんは初心者ですが」

 ミオが表情を僅かに憮然とさせて言う。

「私の可愛い後輩を、あまり甘く見ない方がいいと思いますよ」

「スタンド&ドロー!

 スパイクのパワーをナメんじゃねえ! このターンで逆転してやらぁ!

 ライド! 《デッドヒート・ブルスパイク》!!」

 遥か彼方から地鳴りと共に、途方も無く巨大な男が駆けてくる。

 鋭いトゲが肩から幾本も突き出したプロテクターを纏った、山の如き巨漢だ。

 それは群がる死霊を吹き飛ばしながら、フィールドの真ん中で砂埃を巻き上げて急停止する。

 チーム(スパイク)の名を冠する頼れる兄貴の入場に、スタジアムが万雷の拍手と歓声をもって応えた。

「イマジナリーギフト、フォースⅠはヴァンガードに!

 ライドされた時、《バッドエンド・ドラッガー》のスキル発動! バッドエンドをスペリオルコールし、同じ縦列の相手リアガードを全て退却させる!

 吹き飛べ! ナイトストーム! カットラス!」

「くくく……ほらよ」

 アラシが余裕の笑みを浮かべながら、2枚のリアガードをドロップゾーンに置く。

「メインフェイズ開始時! 《ジャガーノート・マキシマム》のスキル発動! ジャガーノートをソウルに置いて、新たなジャガーノートを山札からスペリオルコール! パワー+10000!

 さらに、《ワンダー・ボーイ》をバッドエンドの後列にコール! ドロップの《陽気なリンクス》をデッキボトムに戻し、パワー+5000!

 バトルだ! 《デッドヒート・ブルスパイク》でバスカークにアタック!!」

「……ノーガードだぜぇ」

「ツインドライブ!!

 1枚目……引トリガー! それも完全ガードだ! 1枚引いて、パワーはバッドエンドに!

 2枚目……治トリガー! ダメージ回復! パワーはジャガーノートに!」

 掌の中で凝縮された闘気が楕円形のボールを形作り、跳躍したブルスパイクはそれを無造作にバスカークへと叩きつけた。

 ブルスパイクより遥かに巨大な幽霊戦が大きく傾き、弾け飛んだ甲板の破片が水面へと落ちて水しぶきをあげる。

「ダメージチェック……トリガー無し」

「続けていくぜ! 《ソニック・ブレイカー》のブースト! 《ジャガーノート・マキシマム》のアタック時に、ブルスパイクのスキル発動! フォースを全てジャガーノートに移動させる! これでパワーは48000!」

「……ノーガードだ」

 ブルスパイクが雄叫びをあげると、手にしたボールを背後に放り投げた。

 それをジャガーノートが乱暴に受け取ると、幽霊船の側面に抉りこむ。

「ダメージチェック……トリガー無し」

「《ワンダー・ボーイ》のブースト! 《バッドエンド・ドラッガー》でアタック時、ブルスパイクのスキル! フォースを全てバッドエンドに! さらにバッドエンドのスキルで《ソニック・ブレイカー》をデッキに戻し、パワー+5000、★+1!

 合計パワーは61000だあああっ!!」

「……ノーガード」

 今度はジャガーノートが、手にしたボールを空高く放り上げる。

 それを空中で受け取ったバッドエンドが、バスカークの船へと急降下した。

 その衝撃で真っ二つに折れた幽霊船が、巨大な泡をたてながら漆黒の海へと呑み込まれていく。

「ダメージチェック……1枚目、トリガー無し。2枚目、トリガー無し」

「どうだ! これでダメージ4対5! 逆転してやったぜ!」

「あ?」

 勝ち誇るオウガを、アラシは冷たい視線で睨みつけた。

 腕っ節には自信があるオウガすらも怯ませるほどの殺気がその瞳には込められており、周囲でひそひそと話をしていたギャラリーをも凍りつかせた。

「この程度で勝ち誇ってんじゃねーよ。

 このターン、お前がツインドライブで引かないとならなかったトリガーは★トリガーだろ? 俺に手札を使わせて、ブルスパイクのスキルを発動させるのが、お前に残された唯一の勝ち筋だったはずだ」

「そ、それは……」

「形だけの逆転で調子乗ってんじゃねえぞ! ライド! 《魔の海域の王 バスカーク》!!」

 船と運命を共にしたかのように思えたバスカークだったが、彼はまだ生きていた。

 海に浮かんだ破片の上で優雅に立ち、埃を被った真紅のコートを手で叩き、襟を正す。

 その所作こそ冷静ではあるが、頭の触手は船を沈められた怒りを抑えきれず、今にも暴れ出しそうな様子で蠢いていた。

「バスカークのスキル発動! 蘇れ、《不死竜 スカルドラゴン》!!」

 バスカークが鞭を振るい海面を叩くと、紫苑に燃ゆる憎悪の炎を纏った骨の竜が姿を現す。

 荒れ狂う風ががらんどうの体を通り、慟哭にも似た音が海上に響き渡った。

「ドロップゾーンの《サムライ・スピリット》のスキル! (ソウル)とルインを生贄に捧げ、スカルドラゴンの後列へと蘇れ!

 さらに、《グリード・シェイド》をコール! グリードのスキルで手札1枚と山札の上から2枚をドロップし、ドロップゾーンから《キャプテン・ナイトミスト》を手札に加え、そのナイトミストをグリードの上にコール!

 ナイトミストのスキル……ナイトミストを喰らい蘇れ! 2体目の《不死竜 スカルドラゴン》!!」

(何を回りくどいことをやってんだ……)

「どうせスカルドラゴンのスキルも知らないだろうから、教えておいてやる。スカルドラゴンはドロップゾーンのカード1枚につき、パワーを2000上げる。

 俺のドロップゾーンは19枚! よって、スカルドラゴンのパワーは50000だぁ!!」

「なっ! それ単体で50000!?」

「スパイクのパワーをナメんなとかほざいたなぁ。だが、俺様のグランブルーの方がパワーも上だ!

 バトルだ! 沈めてやるよ、鬼塚オウガァ!!

 ナイトゲベールのブースト! バスカークでブルスパイクにアタックだぁ!!」

(バスカークは★+1されている。これは通すわけにいかねえ。バスカークのパワーは……今回は40000か。なら!)

 手札と盤面を何度も見比べて、オウガは一つの答えに辿りつく。

「ガード! 《チアガール・ティアラ》! 《ジャイロスリンガー》! 30000ガードで、1枚貫通だ!」

「それは悪くねぇ判断だ。バスカークさえ通さなければ、後は完全ガードとノーガードで対処できるからな。

 面白ぇ。いくぜ……勝負だ!!」

 アラシが山札に手をかける。オウガは息を呑んで、カードがめくられるのを待つ。

「1枚目……」

「アラシッ!! こんなところにいたのか!!」

 突如として、店内に怒号が響き渡り、アラシはびくっと肩を震わせて山札から手を離した。

 店の入り口から、このあたりでは見ない学生服を着た、短く刈り込んだ短髪の男がズカズカと迫ってくる。背筋をピンと伸ばし、歩幅も一定で、まるで軍事パレードのような歩き方だ。

 気難しそうな顔をさらにしかめ、肩をいからせている様子から、怒りに満ちているのは一目でわかる。

「清水セイジ……。天海学園の、レギュラーのひとり」

 フウヤがポツリと呟いた。

「アラシ! 勝手な行動をするなと言っただろう。帰りの船に間に合わなくなったらどうする!」

 怒る男、セイジはアラシの前まで辿り着くと、その細い腕を武骨な手でガッシリ掴んだ。

「痛ててっ! そりゃ明日の学校サボれてラッキーじゃねえか」

「それがよくないと言っているのだ! さあ、帰るぞ!」

 悲鳴をあげるアラシを、セイジはむりやり引っ張って立たせようとする。

「待て待て! せめて、このドライブチェックだけでも!」

「駄目だ! どうせまた、ろくでもない賭けファイトをしているのだろう。ならば、それを成立させるわけにはいかん」

「痛い痛い! わかった! わかったから! 放せって!」

 アラシは暴れるようにしてどうにかセイジを振り払うと、全ての手札をドロップゾーンに置いた。

「そういうわけだ。うるさいのに見つかったから、このファイトはお流れだ。悪いな」

「あ、ああ……」

 突然の出来事に、オウガはそう言って頷くことしかできなかった。

 アラシは盤面のカードもドロップゾーンとひとまとめにすると、山札に手をかけ……

「おらっ」

 上から素早く2枚のカードをめくってテーブルに置いた。

 そのうちの1枚は治トリガーだった。

 オウガの顔がサッと青ざめる。

「へっ。命拾いしたなあ、オウガぁ」

 アラシが顔を歪めて笑うと同時、横から伸びてきた細くて白い手が、サッとオウガの山札を2枚めくった。

「治トリガー。命拾いしましたね、アラシさん」

 宣言して、ミオがカードを見せつける。

「ひっ、ひゃっ、ひゃははははは! 面白ぇ! 最高に面白いぜ、お前ら!」

 アラシは腹を抱えて狂ったように笑った。

「この続きはヴァンガード甲子園でだ! 今年は全国に来いよ、響星学園!」

「もちろん。そのつもりですよ」

 ミオの答えに満足したように頷くと、アラシは今度こそデッキを片付けた。そして、戦利品に手をつけようとして

「それは置いていけ」

 セイジに釘を刺され、アラシは「へいへい」と肩をすくめた。

「悪かったな。今日のところは返すぜ、これ」

 アラシが人だかりを睥睨して宣言するのを見届けると、セイジは「では、失礼する!」と言って踵を返す。アラシもポケットに手を突っ込んだ、だらしない態度でそれに続いた。

「お騒がせして申し訳ない!」

 出口でまた一礼すると、セイジ達は『ストレングス』から去っていった。

「……名前に恥じない、嵐のようなヤツでしたね」

 ゆっくりと閉まっていくドアを見つめ、立ち上がる気になれないオウガがポツリと呟いた。

「そうですね。啖呵は切ってみたものの、あのままファイトが続いても勝てる見込みは限りなく低かったでしょう。

 次のスカルドラゴンのアタックでも治トリガーを引かなければならなかったうえ、オウガさんにターンが回ってきたとしても、アラシさんはすでに完全ガードを3枚手にしていたので、そのターン中に仕留めきるのは不可能でした」

 ミオが先のファイトを冷静に分析する。

 その真剣な横顔を見ながら、オウガはどうしても気になっていたことを尋ねた。

「先輩は……もし俺が負けたら、どうするつもりだったんすか?」

「私の自由を賭けて、彼にファイトを挑むつもりでした」

 ミオはしれっと答えた。

「けど、危なかったですね。私がファイトして、勝率は2割いくかどうかといったところでしょうか」

「先輩でもですか!?」

「ええ。ヴァンガード甲子園優勝校の名はダテでは無いようです」

「……俺ももっと強くならねーとな。先輩の足を引っ張らないぐらいには」

 バッドエンドのカードを取り上げ、決意を新たに呟く。

「そうですね。ヴァンガード甲子園までなら、それを目標にしてもいいですが。いずれは私を越えてもらわなくては困りますけどね」

「先輩を?」

「それが後輩の務めですよ」

「うす」

 今のオウガにしてみれば、途轍もなく遠い目標に思えたが、それでも彼は神妙に頷いた。

「まあ、私が言っても説得力はありませんが」

「先輩にも勝てない先輩がいたんすか?」

「さて、どうでしょう」

 だれが見てもそうと分かる調子でとぼけながら。

 そう言えば、今頃は何をしているのでしょうかと。

 ミオは、3月の卒業式で別れてから、新生活が忙しくて会えていない先輩に想いを馳せた。

 

 

「ダメージチェック……トリガーは無し。私の負けね」

 白河(しらかわ)ミユキのか細い指が、たおやかに6枚目のカードをダメージゾーンに置く。

「ふふ、こんなに負け続けたのは久しぶり」

 ユキは着物の袖で口元を押さえながら、楽しそうに苦笑した。

「ですが、ボクも素晴らしい体験をさせて頂きました」

 ユキと向かい合ってファイトをしていた少年が、整った眉目を柔らかく崩して、優雅に微笑む。

「僕にとって、強者とのファイトは何にも代えがたい悦びなのです。白河ミユキさん。あなたは、噂に違わぬ素晴らしい腕前でした。ええ、遠くまで来た甲斐がありましたとも」

 少年は自らの白いタキシードに包まれた細い肩を抱きながら、感動に打ち震えているように見えた。

「褒めすぎよ。あなたほどの人にそこまで言われたら面映ゆいわ。ねえ、天海学園大将。綺羅(きら)ヒビキさん」

「ふっ」

 ヒビキと呼ばれた少年がわざとらしく銀色の長髪をかきあげると、薔薇の香気が周囲に漂った。

「そんなもの、何の誇りにもなりませんよ。僕はまだヴァンガード甲子園で1勝もしていないのですから」

(1敗もしていませんけどね)

 ユキが心の中で付け加える。

 清水セイジ。

 葵アラシ。

 先鋒と中堅の1年生を、決勝大会に出場するような猛者達ですら誰ひとりとして攻略できず、結局、大将であるヒビキの出る幕はなかった。

 1年前のこととは言え、あまりにも鮮烈な光景だったため、記憶には新しい。

「けど、安心して」

 ユキが優しく微笑んだ。その裏に不敵な気配もにじませて。

「今年はきっとあなたにもファイトの機会が巡ってくるわ。今の響星学園は過去最高のチームになっているはずだから」

「響星学園……ユキさんが所属していた高校ですね。心に留めておきましょう。

 では、名残惜しいですが、僕はこのあたりでおいとまさせて頂きます」

 ヒビキが長い脚をすらりと伸ばして立ち上がった。

「まだ3時前なのに? お茶でも出そうと思っていたのだけれど」

「すみません。船の時間が限られているものですから」

「そうだったわね。けど、そんなに遠くから、わざわざ訪ねて頂いたのは光栄だわ」

「こちらこそ休日に。それも女子寮に押しかけて申しわけありませんでした」

 ふたりが対戦していたのは、ユキが住み込んでいる寮の共用スペースだった。普段は数人の女子大生がテレビを見たり、雑談に花を咲かせたりしているのだが、今は寮生総出で甘いマスクの美少年を遠巻きに見つめていた。

「本当は男子禁制なのだけれどね。皆が、あなたなら構わないって言うものだから」

「そうでしたか。皆さん、ありがとうございました!」

 ヒビキが手を振ると、周囲から黄色い喚声があがった。

「では、ごきげんよう。また会いに行きます。そうですね……」

 ヒビキが懐から白い薔薇を取り出すと、そっとユキの手に握らせた。

「また、この花が枯れる頃に」

「は、はあ……」

 これにはさすがのユキも、頬から一筋の汗が伝って落ちた。

 渡された純白の生花は、すぐ花瓶に生けたとしても1週間保ちそうにない。

(また、三日後に来るつもりかしら……)

 なお、去っていこうとしたヒビキは、寮の出口で女子大生に囲まれて身動きが取れなくなっている。彼は嫌な顔ひとつせず、タキシードから無限に現れる赤い薔薇をひとりひとりに手渡していた。

(ふふっ。それにしても……)

 ユキがファイトの勝敗を記録した紙を手に取り、独りごちる。

(1勝9敗……私がここまで負けたのは、ひさしぶりどころかはじめてね)

 そして……

(さて、あなた達はどう立ち向かってくれるのかしら?)

 この場にいない後輩を試すように。されど優しく語りかけた。

 

 

 結局、ヒビキが寮を出たのは4時を過ぎ、ふたりの同級生と共にネットカフェで一夜を過ごしたという話を、ユキは後になって聞いた。




グランブルー使い、葵アラシが正式に登場。
そして、根絶少女における最強チーム、天海学園の残り2人も顔見せです。
「バスカークはもっとかっこいい! スカルドラゴンはもっとかっこいい!」とか唸りながら書いてました。
自分の中の理想のイメージを文章にするのは楽しいですが、本当に難しいですね。
いやでも本当にバスカークは、私の描写よりずっとかっこいいはずです。
イカメンもといイケメンすぎるから!

次回、7月はいよいよミオにとって2度目のヴァンガード甲子園となります。
その前には「えくすとら」の「銀華竜炎」編を6月20日前後に予定しております。
どちらも楽しみにして頂ければ幸いです。




ちなみに「ストレングス」のミオちゃん評価はA評価の80点。
カードの品揃えがよく、環境デッキのパーツは高いものの、少しでも環境に届いていないと判断されたカードは叩き値で売られることも多く、実はカジュアルなデッキを組むのに向いている。
常連のファイターに強い人は多いが、すぐ満席になってしまうため、質より量を求めるファイターには向かない。
駅から遠く、アクセスが悪いのも玉にキズ。

カードショップの設定を考えるのが、何気に楽しいです。
これまで登場したショップは、ほとんどモデルがあったりもします。
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