「本日は諸君に大切な話がある」
7月の初頭。
部員が全員集まるやいなや、響星学園カードファイト部部長の
「もうすぐ夏休み。そして、夏休みにはヴァンガード甲子園が開催される」
「それって、ヴァンガードの大きな大会っすよね!」
「緊張します……けど、楽しみです!」
「静粛に!」
色めき立つ1年生たちを、アリサが一喝した。ミオはぼんやりと(何ですかそのキャラ?)と脳内でツッコミを入れていた。
「ヴァンガード甲子園は各校から3名を選出する団体戦。これまで我が校は部員が3名しかいなかったので、自然とその3名が代表となっていた……しかし!!」
部員達が顔を見合わせる。アリサの言わんとしている事が自ずと知れてしまったからだ。
「今年のカードファイト部員は4名! その中から代表を3名選出しなければならないのだ!
いや、厳しい言い方をさせてもらおう。4名のうち、1名だけがヴァンガード甲子園に出場できないのだ!」
「そんな……皆で頑張ってきたのに」
サキが悲しそうに目を伏せた。
「で、その1名なんだけどさ。あたしでいいよね?」
突然いつもの調子に戻ったアリサがあっけらかんと言った。一同があっけにとられているうちに、続ける。
「あたしは受験勉強を本格的に始めなきゃだし、これまでの2年間でヴァンガード甲子園は楽しんだからさ。今年は皆が楽しんできてよ」
そう言って、曇りひとつ無く笑った。強がりではなく、純粋無垢に部員を想う彼女は、昼下がりの太陽より眩しく輝いていた。
「はい、異論は無いよね。それじゃ、今日も部活を始めよっか。あたしは今日からしばらく環境デッキを使うから皆は……」
「異議あり!」
さっさと話を打ち切ろうとするアリサを遮るように、オウガが手を挙げた。
「ウチで一番強いのは部長かミオ先輩でしょ? 最も強い3人でレギュラーを組むのが、響星学園カードファイト部というチームにとって最善と思うんすよ。
部長は俺達の事を思って言ってくれてるんだと思いますし、それはメッチャ嬉しいんすけど。それってチームの事は考えてるんすかね?」
オウガはアリサをまっすぐ見据え、アリサもそれに応えるように、瞬きすらせず見つめ返した。
「何が言いたいの?」
穏やかに尋ねる。
「この中で誰が一番強いのか、決め直しましょうよ。上位3名がレギュラーになれる。それでいいじゃないすか。部長はこういう解りやすい方が好きでしょ?」
オウガはデッキを構えて不敵に微笑んだ。
「それはそうだけど……経験の浅い自分が一番不利なのは分かって言ってるのね?」
「覚悟の上っす!」
「……鬼塚君の意見を採用します。ややこしくなるから異論は認めないけど、ふたりともそれでいいわね?」
ミオとサキがほぼ同時に頷いた。
「部長、生意気言ってすみませんした」
「いいのよ。これからもあたしが間違ってると思ったら、遠慮なく意見してね」
頭を下げるオウガの胸をアリサは拳でドンと叩いた。
続いて、オウガはサキにも声をかける。
「悪いな。せっかくとんとん拍子でレギュラーになれそうだったのに」
「ううん。私も気持ちは鬼塚君と一緒だったよ」
「よーし! 今日の部活は部員対抗リーグ戦に変更! 上位3名がヴァンガード甲子園出場権の獲得よ!」
アリサの号令の下、臨時の大会が開催される。
(あれ、私、主人公なのに一言も喋ってません?)
会話に混ざり損ねたミオが、心の中でどうでもいいことを呟いていた。
始まる前のテンションとは裏腹に、リーグ戦は淡々と進んだ。
ミオとアリサがあっけなく2勝して早々に代表権を勝ち取り、残る1枠を2敗したオウガとサキで争うことになった。
「《餓竜 ギガレックス》でアタックします! 6体のユニットに武装ゲージを乗せて、パワーは42000です!」
「《チアガール・ティアラ》、《指揮官 ゲイリー・ギャノン》でガード! 1枚貫通だぜ!」
「ツインドライブ!!
1枚目、トリガー無し。
2枚目、…………すみません。★トリガーです」
「ダメージチェック…………ノートリガー。これで6点目、だな」
オウガが6枚目のダメージを、静かにダメージゾーンに置く。
「……ごめんなさい」
勝ったはずのサキが、泣きそうな顔をして俯いた。
「そんな顔すんなって! こんなの前の部活じゃ当たり前だったからさ。……俺の分も頼んだぜ!」
豪快に笑いながらサキを慰めるオウガをしばらく見つめていたアリサが、やがて静かに口を開く。
「鬼塚君。後悔はしてないわね」
「そんなカッコ悪いこと、死んでもしねーっすよ」
白い歯を見せてオウガが言った。
「オッケー。代表はサキちゃん、ミオちゃん、あたしに決定! この決定は基本的には覆らないけど、病欠者が出たときなんかは鬼塚君を起用するからね。気は抜かないこと!」
「うっす!」
「鬼塚君はしばらく部室のデッキを使ってね。他の皆はオウガ君に使って欲しいクランをリクエストして、自分の不得意を洗い出して改善していくように! 相談があれば、いつでも聞くからね!
それじゃ、少しでもいい結果を残せるように……ううん。ヴァンガード甲子園、優勝を目指してがんばろー!!」
「おうっ!」
「は、はいっ!」
部長が板についてきた天道アリサのもと、響星学園カードファイト部は真に結束し始めていた。
外の蒸し暑さとはまた違う、地獄の業火の如く渦巻く熱気。
広い会場を埋め尽くす人の足音が起こす地響き。
周囲から感じる、ピリピリと肌を刺す視線。
「あ、あわ、あわわわ……」
ショップ大会には無い、大規模な大会独特の雰囲気に、サキはさっそく呑み込まれていた。
一方のオウガは、会場に入るなり「ヒュー」と陽気に口笛を吹いた後は、キョロキョロと子どものように周囲を見渡している。アメフト部で場慣れしていたのもあるだろうが、生来の気質が祭り好きなのだろう。
もちろんアリサも平然とこの雰囲気を楽しんでいるし、心臓に触手の生えた女を自称する(言葉の意味はよく分からないがとにかくすごい自信だ)ミオも平常運転でボーっとしているように見える。
要するに緊張しているのはサキだけなのである。
「な、な、何で皆さんは、いつも通りなんですか?」
「え? そんなことないよ。いつも以上にワクワクしてるよ?」
「周囲が皆、知らないファイターで、俺より強いんだぜ!? そりゃ燃えるだろ! 大会終わった後、フリー対戦なら受けてくれるかなあ?」
尋ねてみると、全く参考にならない答えが約2名から返ってきた。ちなみにミオは小首を傾げただけだった。
「なら代わってよ」とオウガに言いそうになったが、さすがに失礼だと思って、言葉を呑み込む。だが、ファイトの実力はともかく、本番慣れしているという点においては、代表は自分よりオウガの方が適任だったのではないかと考えずにはいられなかった。
そんな響星カードファイト部一同だが、そこには珍しく、顧問の春日マナブ教師の姿もあった。
いつもなら会場に到着次第、ふらふらと姿を消すのだが、今回はアリサが白衣の端を引っ張ってそれを止めた。
「先生もいてください」
「いや。僕はいいよ。皆で楽しんできな」
「そういう理由なら、なおさらここにいてください。あたしは先生とも思い出を作りたいの」
「……わかったよ」
面倒くさそうに。されどまんざらではなさそうに、マナブはボサボサの頭をかいた。
「あ」
そんな折、これまでほとんど言葉を発さなかったミオが、小さく声をあげた。
視線は一点を見据え、何かを誘うように小さく手を挙げる。
「やあ、ミオちゃん。そして、響星カードファイト部のみんな」
今年も優勝候補筆頭と名高い聖ローゼ学園の部長、小金井フウヤが白い歯を見せて微笑みかけた。彼も当然の如く、緊張とは無縁のようだ。
左右に
「今日はよろしく」
「うん。よろしくね」
まずは両校の部長どうしで握手が交わされる。表面的には仲の良い感じだが、両者とも必要以上に掌には力がこもっていた。
「ミオちゃん。今日は俺にとって、最後のヴァンガード甲子園だ。今度こそ君に負けるつもりはない」
次にフウヤはミオへと振り返って宣言した。
「私も勝ちは譲りませんよ」
ミオが即答する。
「まあ、私とノリトで2連勝しちゃって、先輩はファイトできないかも知れませんけどね!」
高飛車に言い放ったのは、フウヤの傍らに控える神薙ミコトだ。黒く艶のある髪を腰まで伸ばした、言動を除けば大和撫子的な美少女だ。
「それならそれでいいさ。チームの勝利が最優先だからね。俺もミオちゃんとのファイトに固執するつもりはないから、遠慮せずにやるといい」
フウヤが相槌を打つ。
自分達を軽んじる発言に、普段のアリサなら激怒しそうなものだが、今はニコニコと穏やかな笑みを浮かべて黙っていた。
内心はどうあれ、こういうところはユキに似てきたようにミオは思う。
「ミコトさん、代表になれたんですね」
ミオは代わりに全く別のことを口にした。
「あ、あったりまえでしょ!? 私は聖ローゼ最強のファイターになるんだから! 2年生になってレギュラーを勝ち取れないようじゃおしまいよ!」
「ですがひと月ほど前、『ああー、最後のヴァンガード甲子園代表選抜戦で負け越しちゃったよー』とか『いや、1敗しか負け越してないけどね』とか『これまでの貯金があるから大丈夫だとは思うけど不安だよー』とか、私に愚痴を言っていたような」
「いやああああっ! 何で覚えてるの、そんなことっ!?」
「私、自分が興味をもった話は忘れませんので」
「興味もたないでよ、そんな話っ!!」
「あはは。2人はあれからよく会っているんだね」
フウヤが嬉しそうに笑った。「あれ」とは、ミオとミコトが初めて出会った、ヴァンガード高校選手権のことである。
「はい。あれからミコトさんからしょっちゅう電話がかかってきますので」
「しょ、しょっちゅうじゃないし! 1か月に1、2回くらいだし!
だいたいアンタが世間に疎すぎるから、私が親切にも教えてあげてるんじゃない!」
「私としてはカフェに寄ったり、アクセサリー売り場に寄ったりするより、カードショップに直行したいのですが」
「そ、そんなんじゃ、大学生になってから絶対に苦労するんだからね!」
「姉さんのわがままに付き合って頂いてありがとうございます」
喚く姉を遮るように前に出た双子の弟、神薙ノリトが深々と頭を下げた。
「いえ。それでもミコトさんとのファイトは楽しいですから」
ミオも小さく会釈を返す。
その時、間もなく大会が開催されるという放送が、会場全体にアナウンスされた。
「いよいよだね。トーナメント表は見たかな? 今年、響星と聖ローゼがぶつかるとしたら決勝だ」
とフウヤが告げる。
「決勝で待っているよ」
そう言って、フウヤは踵を返す。神薙姉弟をはじめとする、他の部員達もそれに続いた。
「それって負けフラグよー?」
アリサがその背に向かって、からかうように言う。
「悪いが、そんなくだらないジンクスは信じていなくてね」
フウヤは背を向けたまま冷たく言い放つと、そのまま去っていった。
「……何よ、あいつら! あたしはともかく、サキちゃんまでバカにして! こうなったら、意地でも勝つわよ! 小金井君も、ミコトちゃんも、絶対にギャフンと言わせてやるんだから!」
フウヤ達の姿が見えなくなるなり、アリサが足を踏み鳴らして喚いた。
やはり、そのはらわたは煮えくり返っていたようだった。
こうしてヴァンガード甲子園地区予選が始まった。
ジャッジに名前を呼ばれたアリサが、ゆっくりと足を踏み出す。響星学園の先鋒はアリサだった。
「頼んだぜ、部長!」
「が、頑張ってください!」
後輩の声援を受け、振り返って手を振る余裕を見せながら、アリサは部室のものとは全く違う、立派な強化ガラス性のファイトテーブルまで辿り着く。
(また、ヴァンガード甲子園に出場できるなんてね)
デッキをシャッフルし、ファイトの準備を進めながら、アリサは心の中で独りごちた。
部員が4人になった時点で、自分が身を引くことは決めていた。だが、ヴァンガード甲子園に心残りが無かったかと言えば嘘になる。
(1年生の時も、2年生の時も、あたしは1度も勝てていない。それだけじゃない。2年生のあの日の事は今でも覚えてる)
感情を表に出さないミオが、顔をくしゃくしゃにして泣いていた。ユキは、ミオがはじめて感情を見せてくれたと喜んでいたが、アリサはそこまで楽観できなかった。
そもそも自分が負けなければ、ミオがチームの命運という重荷を背負うことは無かったはずなのだ。
(後輩にあんな顔をさせて、何が先輩よ! あたしはもう絶対にあの子達を泣かせない! このステージに立つ以上、もう二度と負けない!)
「《真魔銃鬼 ガンニングコレオ》でアタック!
クアドラプルドライブ!!!!
1枚目、トリガー無し。
2枚目、
3枚目、★トリガー! 効果は全てヴァンガードに! この時点でシールド貫通!
4枚目、★トリガー! この効果も全てヴァンガードに!」
気迫のこもったプレイングで、まずはアリサが1勝を挙げた。
「お疲れ様です。絶好調ですね、アリサさん」
部員のもとに帰ってきたアリサを、ミオが労う。
「まあね。誰のおかげかなー?」
「?」
首を傾げるミオの肩を叩き、アリサはオウガに歩み寄る。
「オウガ君、何してるの?」
「あ、部長。大会の記録を取っておこうと思って。将棋で言う棋譜みたいなもんですかね」
答えながらオウガはクリップボードの上に置いた紙にペンを走らせ続ける。そこには先ほどのファイトの記録が事細やかに記録されていた。オウガ自身が感じた事の注釈もある。字が汚くて読みにくいが、後で清書することが前提だろう。
「今の俺にできることはこれくらいっすから。アメフト部の時にいたマネージャーのマネっすけどね」
記録がひと段落したのかペンを置き、オウガがはにかむように微笑んだ。
「いいと思うよ。やっぱりパソコンは必要よね。うん、決めた。部室に置こう。
……さすがにキーボードは打てるよね?」
「まあ、記録を写すくらいなら。必要なら勉強もしますよ」
「よかった。そんなことすらできないやつがOGにいるのよ。あいつ、社会に出たらどうするんだろ」
「アリサさん、オウガさん。サキさんのファイトが始まりますよ」
ミオの呼びかけに、アリサもオウガも雑談をやめてファイトに注目する。オウガはペンを握り直した。
「ノ、ノーガードです。ダ、ダメージチェック……負けました」
しかし、緊張が取れないのか、サキは終始精細を欠いたまま敗北した。
「いつものサキさんは、もっと冷静なのですが」
「ミオちゃん」
首を傾げながら大将戦に出ていこうとするミオに、アリサは声をかけた。
「負けちゃダメだよ」
「? 珍しいですね、アリサさんがそういうことを言うなんて。いつもなら『楽しんできてね』とか言いそうなものですけど。
ですが、言われるまでもありません。私が負けたらサキさんが悲しみますから」
「……わかってるじゃない。けど、楽しむことも忘れちゃダメよ」
「注文が多いですね。まあ、
こうして、ミオの熱い夏が今年も始まった。
「《模作する根絶者 バヲン》にライドします。 続けて《緊縮の根絶者 ヰゲルマ》をコール」
淡々とファイトを進めるミオを、6つの瞳が揃って監視していた。
第1回戦が行われたのは全校同時だが、早々に2連勝して試合を終えた聖ローゼが響星学園を偵察しているのだ。
それ以外の高校のチェックは他の部員に行わせているため、この場にいるのはフウヤ達代表メンバーのみになる。
「さっそく新しい根絶者を使っているようだね、あの子は」
フウヤが面白がっているような口調で感心した。
「それにしたって、バヲンだって? ギフトも無ければ、デリートもできない、この大一番で使うデッキじゃないでしょう?」
ノリトが不機嫌そうに言った。自分達、ひいては大会そのものを甘く見られたように感じたのだろう。
「けど、君の星詠軸のジェネシスにとっては嫌な相手だろう?」
もしくはそれが理由か。フウヤに指摘されて、ノリトは押し黙った。
彼らは入念なリサーチによって、大会で使われるデッキをある程度絞って対策を講じている。土台、全てのデッキを対策するのは不可能だからだ。だからこそ、流行からはずれたデッキと遭遇することを好まない者も多い。
「あなたのバトルフェイズ開始時、バヲンのスキル発動です。バヲンのパワーを、ヴァンガードの《氷獄の死霊術師 コキュートス》と同じ32000に変動させます」
牡牛の骨に似た根絶者が、全身に纏わせたドス黒い瘴気を変じさせ、目の前にいる死霊術師の姿へと成り替わる。ただし、頭部は牡牛の頭骨のままで、体色もおぞましい紫色をしているため、判別は容易だ。呪術を行使できるようになったわけでもない。
だが、コキュートスの力の源たる、死者の憎悪を己の
周囲に無数の死霊を侍らせた骨の牡牛が、カラカラと乾いた音をたてて嗤う。
「……ダメですね。あのグランブルーじゃ相性が悪すぎる」
ノリトが残念そうに言った。いっそここでミオが負ければいいと考えていたのだろう。
「ライド。《波動する根絶者 グレイドール》」
と、ここでミオがグレイドールにライドし、目の前の死霊術師を消し飛ばす。
「なるほど。堅牢なバヲンを盾に、隙あらばグレイドールの剣でトドメを刺す、か。好きなカードを漠然と使うだけじゃない。きちんと考えられている」
あごに手を当て、納得したようにフウヤが頷く。
「……いえ。それだけじゃありません」
ミコトが信じられないものを見たと言いたげに、細い指を一点に向けた。
それはミオのダメージゾーン。そこには、既にグレイドールが置かれていた。
「音無ミオはグレイドールを1枚しか持っていないはずでは!?」
ノリトが悲鳴のような声をあげる。それはミオを警戒するファイターにとっては周知の事実であり、最大のウィークポイントであったはずだったのだ。
「あの子も、弱点をいつまでもそのままにしておくほど甘くないということだね。
ここから先、ふたりとも必ず勝ってくれ。残り試合で彼女の新しいデッキを丸裸にする」
「当然です!」
「わかりました」
フウヤの頼み。もしくは指令に、姉弟が即答する。
(卑怯だと思うなら思うがいい。俺には部長として聖ローゼを日本一に導く義務がある。そのためには、君に確実に勝てるようでなくてはならないんだ)
危なげなくミオは勝利し、響星学園は第2回戦にコマを進める。
その第2回戦。続く第3回戦、第4回戦もアリサとミオが勝つことで響星学園は準決勝進出を決めた。
もちろん、聖ローゼも勝ち進んで来ている。
――そして、準決勝。
「《掃討竜 スイーパーアクロカント》でアタックします!」
「《暗黒の盾 マクリール》で完全ガード」
「あ……」
「《クラレットソード・ドラゴン》でアタック!」
「ダメージチェック……負けました」
中堅戦でサキはまたもや負けてしまった。
アリサとミオが好調故の弊害とでも言うべきか。サキが敗北してもチームが勝ち進んでしまい、負けても負けても大会から降りることもできず、自分の弱さを公衆の面前に晒され続ける。
自分のレベルが全国どころか地区予選にも達していないことはよくわかった。だから、もう、終わらせてほしい。
サキはいつしか、心からそう願っていた。
「あ、あの……」
ミオの大将戦が行われているさなか、サキはおずおずとアリサに声をかけた。
「どうしたの?」
アリサが気遣うような笑顔で振り向く。
「……すみません。喉が渇いたので、ジュースを買いに行ってもいいですか」
その言葉を発した瞬間、会場がどっと盛り上がった。
ミオがそろそろ対戦相手をデリートした頃合いだろうか。それともまさか追い詰められでもしているのだろうか。
今のサキには、あまり興味が湧かなかった。
「うん、いいよ。リラックスしておいで」
存外、あっさりと許しは下された。
「失礼します……」
会釈して、逃げるように会場を出ていく。
その一部始終を見ていたオウガが、記録を取りながらもサキの出ていった扉をちらちらと気にしだした。
「あー、ノドが渇いたなー」
突然、まるで台本を読み上げるような口調で、アリサが声をあげる。
「サキちゃんにお願いするの忘れちゃった。オウガ君、あたしの分も飲み物を買ってきてくれない? 記録はあたしがとっておくからさ」
「え? でも……」
オウガはミオの方へと目を向けた。ファイトはまだ続いている。今のところはミオが優勢だが、対戦相手もさすがに準決勝まで進出したチームの大将である。まだ予断を許さない状況ではあった。
「いいのよ。してる側としては複雑だけど、応援のあるなしを気にするような子じゃないから。
はい、お駄賃。釣りはいらねーぜ」
アリサはそう言って、オウガの掌に数枚の硬貨を握らせる。
「部長……ありがとうございます!」
小銭を握りしめ、クリップボードをアリサに手渡すと、オウガは猛然と駆けだした。
サキの消えた後を追って。
スタジアムの廊下に併設されたベンチで、サキはひとり項垂れていた。
ここにいれば、もう試合に出なくてもいいだろうかと考える。
第1回戦が始まった時点で控え選手との交代は許されないが、先鋒と大将だけでも試合をすることは可能なはずである。決勝の相手は強豪校の聖ローゼだが、だったらなおさら自分の力など必要ないだろう。戦って負けるのも、棄権で不戦敗となるのも、結果の上では変わらないのだから。
ひねくれた負け犬の発想だと自覚し、サキはさらに深く俯いた。
大きな瞳からぼろぼろと涙がこぼれ、メガネの淵に溜まっていく。
(私、もうファイトなんて――)
そこまで考えそうになったところで、頬に冷たい刺激が奔り、サキは思わずベンチから飛び跳ねた。
「ひゃあ!?」
すぐ横を振り向くと、水滴にまみれたペットボトルをぶら下げたオウガがそこにいた。どうやらそれを頬に押し当てられたらしい。
「ジュース買いに行ったはずなのに、こんなとこで何してんの?」
「何するの!?」だの「どうしてここに?」だの、サキが口を開く前に、オウガがからかうような笑みを浮かべて尋ねた。
「代わりに買っておいたぜ。ほら」
そう言って、つい先ほどサキの頬を急襲したスポーツドリンクを差し出す。
「あっ、ありがとう。お金出すね」
「いらねーよ。俺の代わりに頑張ってくれてるお礼だよ」
まさかそのお金がアリサから出ていることなど露知らず、財布を取り出そうとするサキに、オウガもおくびにも出さないものの慌てて断った。
ペットボトルを受け取ったサキは――正直、気分ではなかったものの――栓を開けて口をつける。瞬間、爽やかな甘みが口内から喉へと突き抜けていく。
自分でも気づかないうちに、そうとう喉が渇いていたらしい。ペットボトルの半分を一気に飲み干したところで一息ついたサキが、ぽつりと呟いた。
「代わりだなんて……」
平時に戻りかけていた表情がまた暗くなり、首も自然と下がっていく。
「私、オウガ君の代わりなんて何もできてないよ。ただ、負けてただけ……」
「俺の代わりか……少し、誤解させちまったかな」
オウガがバツの悪そうに頭をぐしゃぐしゃとかいた。
「昔の話をしていいか?」
言いながら、サキの隣に腰かける。
「ちょうど3年前かな。中学1年生だった俺は、アメフトの試合で始めて使ってもらえたんだ。そりゃあもう、すっげー嬉しかったね。
だが、いざ試合に出てみたら、全く歯が立たねーんだ。そりゃ1年の俺と、相手の主力の3年じゃ、体格も経験も違いすぎるからな。
悔しかった。けど、何度も転がされ、泥まみれになって気づいたんだ。俺より2年早く生まれて、俺より2年先の練習をしてる。すげー立派な人と、今、俺は試合させてもらえてるんだなって。
そう思えた瞬間、芝生の緑とか、観客の歓声とか、今まで見えてなかった景色がバーッて開けてさ。アメフトが楽しくなった……いや。アメフトの楽しさを思い出したんだ」
「……楽しさ?」
「ああ! 正直、藤村がこの大会で勝てるなんて思ってなかった。勝てるわけがないし、勝てちゃいけないとすら思う。もちろん俺も同じさ。
もし俺がヴァンガード甲子園に出場できたら、勝ち負けはいいから思いっきり楽しんでやろうと思ってた。チームの勝敗なら、幸い、頼りになる先輩がいるしな。
だからさ……俺の代わりに勝つだなんて考えなくていいんだよ。俺の分もヴァンガードを楽しんできてくれよ!
まだ好きなんだろ? ヴァンガードも、ファイトも、たちかぜも」
オウガの真摯な訴えに、サキの瞳から一粒の雫が転がり落ちた。
「そう……だね……。私、何でそんなことも忘れてたんだろう……」
「誰だって初めての大会はそんなもんさ。落ち着いたら戻ろうぜ。ミオ先輩はきっと勝ってる」
「うん……!」
オウガの差し出した手を、サキはそっと掴んで立ち上がる。
力加減が下手なのか、オウガに握られた手は少し痛かったが、確かなぬくもりも掌に残していった。
そして、決勝戦が始まった。
ミオが大将戦を制し、決勝進出を決めた響星学園に対するは、もちろん聖ローゼ学園である。
「じゃ、行ってくるね」
いつになく真剣な表情を僅かに崩して、アリサが部員達に微笑みかける。
彼女の対戦相手、聖ローゼの先鋒はジェネシス使い、2年の神薙ノリトだ。
「《絶界巨神 ヴァルケリオン》でアタック!」
「プロテクトで完全ガード!」
星をも砕く拳を、世界すら覆う翠緑の盾が受け止める。
「《創天光神 ウラヌス》でアタック!」
「《パラライズ・マドンナ』》で完全ガード!」
星の力を宿した剣は、惑いの鱗粉で受け流す。
「……ターンエンド。エンド時にヴァルケリオンは退却します」
ノリトが静かに宣言した。
アリサの手札は0枚。
(ヴァルケリオンのクインテットドライブで完全にペースを握らせちゃったな……)
対するノリトの手札は6枚で、ダメージは4。
アリサの盤面にユニットは揃っているものの、押し切るのは難しい。
(なら、あれしかないか。お願い……)
祈りを込めてカードを引く。
「スタンド&ドロー! …………ライド! 《真魔銃鬼 ガンニングコレオ》!!」
今度はノリトの表情が大きく引きつった。
「コレオの登場時スキル! デッキの1番上にあるカードをドロップ!」
「……G0です」
「続けて、コレオの起動スキル! さらにデッキのカードをドロップ!」
「……G1」
「バトルよ! リアガードの《無双剣鬼 サイクロマトゥース》でアタック! アタック時、サイクロマトゥースのスキル発動! もう1枚、デッキをドロップしなさい!」
「……ノーマルユニット。ガードに使うのは《大鍋の魔女 ローリエ》。……ですが、ここまでですね」
「ええ。最後までファイトを続けたあなたに敬意を表するわ。……ターンエンド」
「……スタンド&ドロー」
ノリトがカードを引く。
山札に残った最後のカードを。
「……負けました」
ノリトは礼儀正しく頭を垂れて、それを認めた。
「ありがとうございました!」
アリサも丁寧に一礼すると、部員達に全力のVサインを送るのだった。
「すみません。油断していたつもりはなかったのですが」
聖ローゼ側に戻ったノリトが悔しさを滲ませた声音で言った。
「気にするな。プレイングにミスは無かった。強いて言うならヴァルケリオンでクインテットドライブを選んだ場面だけど、あそこでツインドライブを選んだら、さっきのようにリードはできていなかったしね」
フウヤが淡々と先のファイトを振り返る。
「はい」
「俺も天道さんのことを安く見積もっているつもりはないが、このファイトにおいては、全て君が勝っていたように思う。……ただひとつ、運を除いてね」
「……はい」
「仕方ないなぁ。私が挽回してきてあげるから、よーく見ときなさい!」
重苦しくなってきた雰囲気を吹き飛ばすように、ミコトが明るく言った。
「頼みます、姉さん」
ノリトが託すように一礼する。
ふたりは年の近い双子の姉弟だが、気の弱いノリトは小学生の頃はよくいじめられ、ミコトによく助けを求めていた。
それでも、その思慮深い性格がカードゲームには合っていたのだろう。ミコトに誘われてヴァンガードを初めてからは、その才能が開花した。
姉弟ゲンカではミコトに勝ったことのないノリトが、ヴァンガードでは互角以上の戦いを演じ、姉以外に負けることはほとんど無かった。
それで自信がついたのか、堂々とした態度も取れるようになり、中学生になってからいじめられることはなくなった。むしろ、そうした行為を仲裁する側だ。
そんな形で姉離れをして久しいノリトが、久しぶりに自分を頼ってくれている。
チームの危機に不謹慎だが、嬉しくないと言えば嘘になった。
「まっかせといて!」
姉の威厳たっぷりに――本人はそのつもりだ――言い放ち、ミコトは意気揚々と中堅戦へと挑んでいった。
「で。そんな私の相手があなたってわけね?」
「は、はい。よろしくお願いします!」
どんな私かは知らないが、サキはテーブルを挟んで向かい合うミコトに、深々と頭を下げた。
(ふーん。さっきまでと感じが違うわね)
ミコトはそう彼女を分析する。
準決勝までは雰囲気に呑まれていて、動きはガチガチ、プレイングはグダグダ。偵察をしていて、正直、見るに堪えなかった。
だが今は、完全ではないものの緊張が抜けているようにも見える。むしろ、ほどよい緊張を残してリラックスした絶好調の状態か。
(それでも初心者には違いないわ)
不安定な人の心など、数分あれば変わることもあるだろう。だが、地道な研鑽と検証を重ねることによって形にできる、技術とデッキだけはそうもいかない。
(弟の名誉を傷つけないため。そして、フウヤさんに繋ぐため。勝たせてもらうわ!)
ミコトが心の中で叫び、いよいよファイトがはじまった。
「「スタンドアップ! ヴァンガード!!」」
「《太陽の巫女 ウズメ》!」
「《ドラゴンエッグ》!」
「私の先行よ! ライド! 《寛容の女神 オオミヤノメ》!」
(ミコトさんのデッキは……オラクルシンクタンク!)
過去、現在、そして未来。
あらゆる情報を一手にまとめて、商品として取り扱う巨大企業こそがオラクルシンクタンクである。
平時においてはビジネスライクな集団だが、国家規模の危機を察知しては、在籍するエージェントの手により未然に防ぎ。世界規模の災厄を予言しては、各国に協力を促し、自らも前線に立つ。
そんな惑星クレイの守護神としての顔も併せ持つ。
聖域が幾多の内乱や大戦で勝利してこられたのは、一重に彼らの惜しみない助力があってこそと言われている。
興味をお持ちの方は、是非とも一度、会社説明会にお越しください。
仕事の絶えないアットホームな職場です。
(ドローや、予知。デッキ操作を得意とするクラン……たちかぜもドローは得意だけど、相手はそれを犠牲無しに行える。勝てるの? 私のデッキで……)
「どうしたの。あなたのターンよ? 長考するのは構わないけど、せめてドローくらいはしたら?」
思考が空回るサキに、半眼になったミコトが声をかける。
「あっ! す、すみません」
サキが慌ててカードを引く。
(そうだ。まずは落ちつこう。私が負けても、ミオさんならきっと勝ってくれる。だから私はこのファイトを精一杯楽しむ! オウガ君の分まで!)
深呼吸をして、高らかに宣言する。
「ライド! 《サベイジ・オーガー》!
ヴァンガードの後列に《光刃竜 ザンディロフォ》をコール! ザンディロフォをレストして、自身に武装ゲージを置きます。
バトルフェイズ、ヴァンガードでアタックします!」
「ノーガードよ」
サキはドライブチェックで★トリガーを引き、ミコトに2ダメージ。
「私のターンね。ライド! 《プロミス・ドーター》!
ヴァンガードにアタック! 私の手札は4枚以上なので、パワー+6000よ」
「……ノーガードです」
「ドライブチェック……★トリガー! 効果はすべてヴァンガードに」
「ダメージチェック……2枚ともトリガーはありません」
これでダメージは2対2で並んだ。
「私のターンです。スタンド&ドロー。
ライド! 《餓竜 メガレックス》!
コール! 《突撃竜 ブライトプス》! その後列に《ソニックノア》!
ザンディロフォをレストして、ブライトプスに武装ゲージを与えます。
バトルです! 《ソニックノア》のブースト、ブライトプスでアタック! ソニックノアのブースト時、ブライトプスに武装ゲージを与えます!」
「ノーガード。ダメージチェック。★トリガー。効果はすべてヴァンガードに」
「ソニックノアがブーストしたアタックのヒット時! ブライトプスを退却させて1枚引きます! さらに、ブライトプス退却時のスキル! 武装ゲージを2枚手札に加えます」
「よっしゃ! これだけで3枚も手札が増えたぜ!」
オウガの歓声が遠くから聞こえてくる。
「続けて、メガレックスでアタックします!」
「ノーガード」
このアタックは、サキがドライブチェックでトリガーを引けず通らなかった。
現時点で、サキのダメージは2。ミコトのダメージは3。
そしてこの後、事件が起こる。
「私のターン。スタンド&ドロー……Gアシストよ」
パサッと乾いた音をたてて、ミコトの手札がテーブルの上に公開された。
予想だにしなかったまたとない機会に、サキの瞳が見開かれ、その背にはオウガの檄がとぶ。
「よしっ! チャンスだ!」
「……まったく。うるさいギャラリーね」
「あ、すみません。声の大きい人で……」
「気にもしていないわ。むしろ、私が気にしているのは……あなたまでこのGアシストがチャンスだなんて勘違いしているんじゃないでしょうね?」
「え?」
「教えてあげるわ。私のオラクルにとって、手札1枚のディスアドバンテージなんて、ハンデにもならないってことをね!」
ミコトがGアシストで選んだ1枚に指をかける。
「ライド! 《豊熟の女神、オトゴサヒメ》!!」
聖域の中心にある神殿に、和装に身を包んだ黒髪の少女が降臨した。
可憐な見た目で侮るなかれ。彼女も悠久の時を生きる、豊穣を司る女神の一柱である。
今もまた、慈愛と包容力に溢れた、気品ある微笑みで世界を睥睨した。
「イマジナリー・ギフト、プロテクトⅠ!
オトゴサヒメの登場時スキル発動! 山札からカードを2枚ドロー!
《ラック・バード》をコール! SB2で1枚ドロー、パワー+6000! 《神剣 アメノムラクモ》をコール! 山札の上から5枚見て……オトゴサヒメを手札に加えて、《ディバイナー・エンジェル》を捨てるわ。ディバイナーが捨てられた時、CB1して1枚ドロー。
ほら、コールされてる枚数は同じなのに、もうあなたの手札枚数に並んじゃった」
ミコトが9枚の手札を見せつけながら言う。
「まだまだ行くわよ! 《ディレクター・エンジェル》をコール!」
(カードを引いた後は、デッキトップのコントロール……)
オラクルシンクタンクのお手本のような洗練された動きに、サキが内心で唸る。
「山札の上から2枚見て……★トリガーを山札の上に置かせてもらうわ。《セイピアント・エンジェル》もコール! 山札の上から3枚見て……ふっ」
3枚のカードを見たミコトが不敵な笑みを浮かべた。
「失礼。好きな順番に入れ替えさせてもらうわ。
《オラクルガーディアン・ジェミニ》をコールして、バトルよ!
オトゴサヒメのアタック時にスキル発動!!」
(このタイミングで!?)
サキが戦慄する。
「オトゴサヒメのスキルはご存知のようね! 手札を3枚捨てることで、前列のユニットすべてに+20000! このユニットの★+1!
さあ、受けるか防ぐか選びなさい!」
(私の手札に守護者は無い……けど、ミコトさんがデッキトップに置いたカードが2枚とも★だった場合、ノーガードを宣言した時点で、4点のダメージを受けて負ける。
かと言って、防ぐにもトリガー2枚を見越したガードが必要。どうしたら……)
助けを求めるように響星学園サイドを振り仰ぐ。
だが、彼女の視線が真っ先に見つけたのは、経験豊富なアリサやミオではなく、オウガであった。
目と目が合い、普段から声の大きいオウガが、こんな時に限って無言で力強く頷いた。
それなのに、何故だろう。
どんな言葉をもらうよりも力が湧いてきた。
(そうだ。また忘れてた。私は、このファイトは全力で楽しむって決めたんだ。……なら!)
「ガード! 《サベイジ・シャーマン》! 《小角竜 ベビートプス》! 《群竜 タイニィレックス》! そして、クイックシールドも使います!
これで合計パワーは64000です!」
「ツインドライブ!!
1枚目、★トリガー! 効果は全てセイピアントへ!
2枚目も★トリガー! 効果は全てディレクターへ!」
オトゴサヒメが小さな手をかざすと、陽の光を思わせる真っ白な閃光がたちかぜの戦士達を呑み込み、一瞬にして消し去った。
「《ラック・バード》でブースト! 《セイピアント・エンジェル》でヴァンガードにアタック!」
「ノーガードです!
ダメージチェック!
1枚目、トリガー無し。
2枚目、
「アマノムラクモのブースト! 《ディレクター・エンジェル》でヴァンガードにアタック!」
「《ソニックノア》、《サベイジ・トルーパー》、《掃討竜 スイーパー・アクロカント》でガード!」
「やだ。どのユニットも、たちかぜの主力じゃないの。ずいぶんと手札がよかったみたいだけど残念ね」
「構いません。私は私のデッキを信じていますから」
「……あっそ。私はこれでターンエンド」
サキの手札は2枚。だが、その中には決定的に足りないパーツが、まだ2つある。
「私のターンです。スタンド&ドロー!」
恐る恐るカードを確認する。
(……来てくれた!)
小躍りしたくなる衝動を抑え、ファイトを続ける。
まだ足りないパーツはもう1枚あるし、揃ったとて勝てるとは限らないのだ。
「ライド! 《餓竜 ギガレックス》!!」
建造物を無造作に踏みつけながら、聖域の真っ只中に、重武装したディノドラゴンが姿を現した。
それは手にした刃を乱暴に振るって神殿の屋根を破壊すると、その裂け目から鋭い瞳を覗かせる。
その奥で悠然と立つオトゴサヒメと目が合うと、ギガレックスは
「イマジナリーギフトは、アクセルⅡを選択します!」
サキは高らかに宣言する。
このドローにすべてがかかっている。だが、もはや不安は無かった。
自分の傍にはギガレックスがいてくれる。恐れ知らずのたちかぜは、彼女にとって勇気の象徴だった。
さらに、彼女の後ろには頼れる先輩。そして……
「ドロー!!」
引いたカードを確認する。
「…………ありがとう」
サキは目を閉じて、静かに礼を述べた。
「行きます! まずは《烈爪竜 ラサレイトレックス》をコール! このユニットに武装ゲージを乗せます!
さらに、《怒号竜 ロアーバリオ》をコール! ラサレイトレックスに武装ゲージを与えてパワー+10000!
そして、最後の1枚……《烈光竜 オプティカルケラト》をアクセルサークルにコール! 武装ゲージをロアーバリオに与えます!」
「あなたは……!!」
ここで、ミコトもようやく気付いた。
「あなたはガードで主力を切ったんじゃない……。武装ゲージを乗せられるユニットを残したのね?」
だがそれも、その後のドローで他に武装ゲージを乗せることのできるユニットを引くことができなければ意味は無い、一種の賭けであった。
それでもサキはそちらを選んだ。その方が面白そうだったから。そして、ヴァンガード甲子園の舞台で、一度くらい「あの」スキルを使いたかったから。
「はい! 最後にザンディロフォをレストして、ロアーバリオに武装ゲージを! カウンターコストも消費してパワー+5000!
これで武装ゲージは5枚! ギガレックスのスキル発動です!!」
すべてを塵に還し、あるべき原始の姿に戻す。
「ダメージチェック……トリガー無しよ」
これでミコトのダメージは4点。
「バトルに入ります! ギガレックスでヴァンガードにアタック!!」
「プロテクトで完全ガード!」
ギガレックスが真っ白な塵の降り積もる大地を踏みしめ、全身の武装を掃射する。
オトゴサヒメが両手を掲げると、その前面に現れた若草色に輝く盾が、怒涛の如く押し寄せる金属片を遮った。
「ツインドライブ!!
1枚目……トリガー無し。
2枚目……前トリガー! 前列のユニットすべてにパワー+10000します!」
「つっ!?」
「パワー23000のロアーバリオでアタックします!」
「ノーガード! ……トリガー無し」
5枚目のカードが、ミコトのダメージゾーンに置かれる。
「……何てこと」
血が滲むのも構わず、ミコトは唇を噛みしめた。
「パワー27000のオプティカルケラトでアタックします!」
「…………」
既に計算は終えていたが、ミコトは改めて手札を見返した。何度見ても、手札があと1枚足りなかった。
(あと手札が1枚でもあれば耐え切れた)
恨みがましく、ゲームから除外された2枚のカードを睨みつける。
(あのGアシストが無ければ勝てていたのに。何がハンデにもならない、よ。くそっ……)
「…………ノーガード」
重苦しい沈黙の後、ミコトが絞り出すように宣言した。
「ダメージチェックっ!!
私は聖ローゼ最強のファイターになるんだ……! そして、フウヤさんをヴァンガード甲子園決勝まで導くんだ……! 私が、私が……!!」
祈るように、あるいは呪うように言葉を吐きながら、ミコトがデッキに手を伸ばす。
「ダメですね」
その様子を離れて見ていたミオがポツリとこぼした。
「えっ?」
隣にいたアリサが疑問の声をあげる。
「ミコトさんは自分のデッキを信頼することを忘れてしまっています。きっと
安心してください。サキさんの勝ちですよ」
予言するように告げてから
(……本当は、あんな子では無いのですけどね)
ミオは心の中で残念そうに呟いた。
「私が負けるもんか……。こんなところでっ……! こんな、やつにっ……!!」
ミコトがデッキの上からカードをめくる。
★トリガー。
今、6枚目のカードがミコトのダメージゾーンに置かれた。
「……勝てた?」
しばしの沈黙の後、サキの唇から間の抜けた声が漏れる。
「当たり前でしょう。あなた、ヴァンガードのルールも知らないの?」
俯いていた顔をゆっくりと起こしながら、ミコトが吐き捨てた。
「あなたは私に勝ったんだからね。もっと堂々としなさい!
あと……さっきは言いすぎたわ。ごめんなさい」
「え? えっ? 何の話ですか?」
「あなたのこと、こんなやつって言った……」
「えっ? あっ! き、気にしてませんよ!」
というより、ファイトに集中していて、ミコトの言葉など聞いていなかったというのが真実ではあるが。
「それに、私が格下なのは事実ですし……」
「優しいのね。けど、自信を持ちなさい! あなたは強い子よ! 絶対不利な状況で勝ち筋を見出し、この私に勝ったんだから!
これ以上自分を卑下した言葉を吐くことは、私が許さないからね!」
「は、はいっ!」
「……それでよし。じゃ、せいぜい決勝大会も頑張りなさいよ」
デッキを握りしめるように手に持つと、ミコトはさっさと戻ってしまった。
取り残されたサキはしばらく席に座ったまま放心していたが、自分が置かれた状況――いや、自分が勝ち取った成果をはっきり理解すると、デッキを手早くまとめ、仲間達のもとへと駆けだした。
「勝った! 勝てたよ!」
満面の笑みで出迎えようとしたアリサの脇をすり抜け、小さく拍手をするミオを通り過ぎ、サキはオウガの胸へと真っ先に飛び込んだ。
「ありがとう! オウガ君のおかげだよ!」
思わずそれを抱き留めながらも面食らっていた様子のオウガだったが、すぐにいつものガラは悪いが人の好い笑みを浮かべてサキの肩を叩く。
「俺は何もしてねえよ。サキが諦めずに頑張って、楽しもうとした結果だ。
次は俺の番だ。負けねえからな!」
「うん! オウガ君ならすぐに勝てるよ。待ってるからね」
「こいつ! 急に上から目線になりやがって」
抱き合ったまま仲良く会話を続けるふたりを、口元に手を当てたアリサが、顔を真っ赤にして凝視している。
一方のミオはと言うと、聖ローゼ陣営に目を向けていた。
そこでは泣き崩れるミコトを、フウヤとノリトが必至に慰めていた。
そんなミオの視線に気づいたのか、フウヤが顔を上げて苦笑する。
彼は今年で3年生だ。悔しい気持ちも強いだろうに、彼は最後まで紳士だった。
(去年とは立場が逆になってしまいましたね)
ミオは彼らに小さく会釈して、視線をサキ達に戻す。
「い、いえ! これは違うんです! つい……というか! 思わず……というか!」
顔から色んな汗を垂らしたサキが、アリサに弁解にならない弁解をしている最中だった。
「何も違わねーよ! 俺だって、初めてアメフトの試合で点を取った時はこんな感じだったぜ!」
オウガがまるで男友達にするように、サキの肩に腕を回した。
スポーツ中継でも、ゴールを決めるなどして感極まった選手達が抱き合う様子がよく放映されているが、要するにそんなものだとオウガの中では自己完結したのだろう。
それを理解したサキが、ほっとしたような、がっかりしたような、微妙な表情を浮かべたのをアリサは見逃さなかった。ちなみにミオは見逃した。
「はい、注目!」
収拾のつかなくなってきた場を収めたのは、これまで静かに生徒を静かに見守っていたマナブ教師だった。
彼らしからぬ大きな声と、よく響いた柏手に、生徒達が一斉に視線を向ける。
「その、なんだ。ほとんど部活に出ていない僕が言えた義理じゃないが、よくやったな」
すぐいつもの調子に戻ったマナブが、頭をかきながら言う。
「これからすぐ表彰式が始まるそうだ。みんなで胸を張って行くといい。この大会、誰ひとり欠けても優勝は無かった。僕は本当にそう思うよ」
「「「はいっ!」」」
部員達が威勢よく返事をする。約1名の小さな声は、それにかき消されてしまったが。
「決勝大会も付き添いくらいはするからさ」
「決勝大会……」
サキが夢見心地で呟く。
「そこにはアラシも来る……」
オウガが真剣な表情をして言った。
「ええ。優勝を目指すなら、天海学園とはいずれぶつかることになるでしょうね」
アリサも難しい顔をして腕を組んだ。
「誰が相手であろうと、私達がやることは変わりません。全力でヴァンガードを楽しむだけです」
ミオの言葉に、全員が確信を込めて頷く。
「はい! その先に優勝という栄光もあるのだと、私は信じます」
今日、そのことを何よりも体現した少女が、はにかむように微笑んだ。
ヴァンガード甲子園 地区予選 関東Aブロック
優勝 響星学園
オラクル使い、神薙ミコトが改めて正式参戦です!
ジェネシスの活躍はもう少々お待ちください。
できればマイスガードが登場してから……(無理そう
その分、オトゴサヒメの登場はタイムリーでした。
ドローとパンプで圧倒的な強さを演出すると同時、自ら手札を減らして負けやすい状況も作ってくれるという、非常にファイト構成を考えやすいユニットです。
ビジュアルも黒髪の女の子でミコトにイメージに合ってますね。
主人公の新デッキも顔見せとなりました。
話の都合で、正式なファイトは次回以降に持ち越しとなりますが。
次回は「BanG Dream! FILM LIVE」の「えくすとら」となります。
公開は18日前後を予定しておりますが、ちょっと今月の予定が不明瞭なため、25日前後になる可能性もございます。
それでは、「えくすとら」ももちろんですが、次回はいよいよヴァンガード甲子園本戦となる本編も併せてご期待頂ければ幸いです。