根絶少女   作:栗山飛鳥

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8月「蹂躙せよ。世界を」

『麺々亭』は、首都圏に店を構えるラーメン店の新鋭である。

 ラーメンの味もなかなかだが、カラッと炒められたチャーハンの評判がよく、平日は昼時になると常連だけでこじんまりとした店は満員になってしまう。一方、休日も「とある建物」が店の近くあるため、特定の日に限っては客が集まり繁盛する。

 普段、休日は店を閉めているが、今日はその日なので店を開けていた。

 とは言え、今はまだ朝方である。仕込みの後、店を閉めておくのも退屈なのでのれんを掲げてはいるが、客はまだまだ来そうにもなかった。油をたっぷり使ったラーメンやチャーハンは、作り手の店主とて朝に食べたいものではない。

「ふあぁ……」

 休日に早起きした弊害か、中年の店主が生あくびを噛み殺しきれずに大口を開ける。

 ガラッ

 間の悪いことに、その瞬間、店の扉が開かれた。

「……らっしゃい」

 しばしの間をおいて、店主が突然の客に声をかける。遅れた理由はあくびだけではない。

 その客は、数秒間見惚れるには十分なほど、狭く小汚い店内には似つかわしくない絶世の美少女だった。

 このあたりでは見ない学生服を着ており、幼い容貌からは中学生のように見えるが、時期を考えると高校生だろう。

 端正な顔立ちからは感情を伺えるような表情は浮かんでおらず、それが少女をより神秘的に見せていた。

 そして最も目を引くのが、異国の血が混ざっているのか、それとももっと別の理由か、真っ白でくせの無い髪。

「すみません」

 背が低いためか、カウンター席に飛び乗るように座った少女が、抑揚の無い声で店主を呼んだ。

「あれをひとつお願いします」

 細い指で、壁にかけられたメニューを指し示す。それはメニューの最も端にあり、最も大きい札に書き記されている品だった。

「『チャーハン超特盛。30分以内に全部食べ切れたらタダ!!』……でいいのかな?」

 店主がそれを読み上げる。少女はこくんと頷いた。

 店主は不躾な視線で少女の頭から腹までじっくりと観察する。

 小さい。

 とてもではないが、30分以内どころか、出された料理を食べ切ることすら不可能に思えた。

 最近はインスタ映えするとか何とかで、目立つ食べ物を注文するだけして、写真を撮ったらほとんど食べずに店を出る輩もいると聞くが、そういった手合いなのだろうか。

「……時間内に食べ切れなかった場合は全額。残した場合は、倍額を払ってもらうことになるけど大丈夫かな?」

 店の外にも貼っていた注意書きを読み返すように確認するが、少女は「かまいません」と即答した。

 そこまで言われれば、店主も調理に移らざるをえない。

 ガッツリ効かせた油の香ばしさが、この店が誇るチャーハンの味の決め手だが、挑戦に使うチャーハンはさらに多く油を使用している。飽きを促すのが店主の狙いだった。それによって、多くの早食い・大食い自慢が、この店のチャーハンを食べ切れずに終わっている。中には、それでも時間内に食べ切る猛者もいたが、彼らはもれなく体を壊したと聞いていた。

「はい。まだ手はつけないでね」

 店主が皿の上に山と盛られたチャーハンを少女の前に置く。この時点で、どう見ても少女の腹よりもチャーハンの方が大きかった。

「それじゃ始めるよ。よーい、スタート!」

 手にしたストップウォッチが30分にセットされているのを見せつけながら、店主はボタンを押した。

 少女が気負った様子も無く「いただきます」と唱和して、普通に昼食でも頂くようにチャーハンを食べ始める。

 ――それから5分が経過した。

(早いな……)

 店主は内心で舌を巻いた。

 チャーハンはぴったり6分の1が消化されていた。これだけで大盛1杯分はある。

(だが、これでは間に合わない……)

 このままのペースで行けば、ギリギリ30分で食べ終わるものと素人は思うだろう。

 しかし、チャーハンは時間がたつほど急激に冷めていき、味が悪くなる。大量に使われた油も効いてくるのはここからだ。時間が経てば経つほどペースは落ちてくるものなのだ。

 そんな店主の予想とは裏腹に、10分、15分、20分と時間が進むにつれて、チャーハンも6分の2、6分の3、6分の4と、比例するように量を減らしていく。

 少女は今も涼しい無表情でレンゲを操り、ひょいパク、ひょいパクと、油でベトベトになった米を、まるで機械のような一定のリズムで口に運んでいた。

 そして――

「ごちそうさまでした」

 カランと音をたてて、米粒ひとつ残っていない皿の上にレンゲを置き、少女が手を合わせて完食を宣言する。

 ストップウォッチはジャスト1分を示していた。

 少女が最後にペースを速めた理由は、終わりが見えたからスパートをかけたとか、そんな可愛らしいものではないだろう。

 もし完食されそうになった場合、1分早くストップウォッチを止めようとした店主の思惑を見抜かれたのだ。

「あ、ああ。おめでとう。タダでいいよ……」

 少女の見透かすような視線に耐え切れず、店主が目を逸らしながらそれだけを告げた。

 少女は席を立つと、店の出口で立ち止まった。

「これだけの量をタダで食べさせてくれるなんていい店ですね」

 言いながら、上半身だけ僅かに振り返る。

「来年に、また来ます」

 そう言い残すと、少女は店を出た。

 その日以来、店主は「チャーハン超特盛。30分以内に全部食べ切れたらタダ!!」で不正をやらなくなった。

 むしろ、大量のチャーハンを最後までおいしく食べてもらえるよう、工夫に工夫を重ねた。

 その言葉通りに少女が店を訪れた時、今度こそ胸を張ってチャーハンを出せるように。そして、願わくば彼女のおいしいと笑う顔が見たいと思ったのだ。

 その少女――音無(おとなし)ミオは遅めの朝食を終えたあと、仲間達との待ち合わせ場所へと向かった。

「おはよー、ミオちゃん! 今日も時間ぴったりだね!」

 大きく手を振るアリサに向かって、ミオも控えめに手を振り返す。

「おはようございます。皆さん、今日もがんばりましょう」

 アリサ達、響星(きょうせい)学園のカードファイト部員と合流すると、ミオは小さく頭を下げる。

 彼女達の向かう先には、店主の言う「とある建物」。コロシアムを想起させるような、巨大なスタジアムが横たわっていた。

 

 

「あ、あ、あああああああ、何ですか、この雰囲気は」

 地区予選の会場より一回り大きいドーム型の建物を前に、サキは全身を震わせていた。

 地区予選で使われた会場は、スポーツの大会など、他の催し物も行われているが、今、響星学園の面々を見下ろしているスタジアムは、ヴァンガードのためだけに建設された特別な建物である。

 ヴァンガード甲子園の決勝大会の他、プロの試合が日本で行われる場合、ほぼ例外なくこのスタジアムが使われる。12月に開催されている「ヴァンガード高校選手権」も行われていた。

 そのため、アリサとミオも訪れたことはあるのだが。

「何だか高校選手権で来た時と、全然違う感じがするわね」

 渇いた唇を舐め、夏だと言うのに冷たい汗をこめかみに浮かばせながら、アリサがサキに同意するように呟いた。

 それもそのはず。高校生ならだれもが参加できる選手権とは違い、今、この会場に集っているのは厳しい地区予選を勝ち抜いた全国有数の精鋭である。

 会場の外からでも感じられる熱気は、地区予選の時に感じた誰彼構わず刺すような余裕の無い殺気とは違う。近づくものを包み込むような――あるいは呑み込むような雄大にして圧倒的な気配だ。

 大会慣れしているとは言え、優勝経験と言えばショップ大会がせいぜいのアリサが気圧されるのも当然であった。

「そうですか?」

 会場から発せられる異質な気配を感じながら言っているのか、そもそも感じてすらいないのか、ミオが不思議そうに小首を傾げた。

「いつも通りで心強いわよ。ほんと」

 少し気の抜けた溜息をつきながら、アリサが言う。

「あそこには『いつも以上』の人もいますけどね」

「おおーっ! ここが全国大会の会場か! 見てみろよ、サキ! テレビが来てるぜ! あっちは雑誌の取材かな? カードショップが露店も作ってんじゃねーか! まるでお祭りだな! せっかくだし、記念にスパイクブラザーズロゴのシャツでも買っとくか!」

 ミオが指さす先には、子供のようにはしゃぐオウガの姿があり、「テレビ」だの「取材」だの、平凡な高校生活を送る分には無縁の単語が聞こえるたび、サキの肩が気の毒なくらいビクッと跳ねた。

「おーい、鬼塚。あんまり離れるな。点呼取るぞー」

 この蒸し暑い季節に白衣を羽織ったマナブ教師が気だるげに声をあげる。

「4人しかいないんだから、必要ねーっしょ?」

「そういうわけにもいかんだろ。1、2、3、4、全員いるな。いくぞー」

 茶化すオウガを諫める割には、極めて適当に人数を数えたあと、だらけた手つきで部員達を先道する。

「ほら。行こっか、サキちゃん。大丈夫?」

 自分の緊張はおくびにも出さず、アリサがサキの背中を優しく叩いて気遣った。

「は、はい! 大丈夫です。き、緊張はどうしてもしてしまいそうですけど……もう私は、私の本分を見失ったりしませんから!」

「おう! 頼んだぜ、サキ!」

「うん! 任せて、オウガ君!」

 オウガがいる限り、サキに問題は無さそうだ。

 アリサは自分にできることはもうないと判断すると、そっと最後尾についた。

(……あたしはちゃんとやれるのかしら)

 そして、誰の目も届かない場所で、小さく溜息をつくのであった。

 

 

 ヴァンガードに関わる偉い人の挨拶(残念ながらミオを筆頭に、響星の中では興味のある人がいなかった)の後、前大会準優勝だった高校の選手宣誓(前回優勝校の天海(あまみ)学園は、交通網の関係で開会式を欠席していた)を終え、いよいよトーナメントが始まった。

 第1回戦の相手は平陽高校。サキの情報によると、3年前のヴァンガード甲子園ではベスト4に名を連ねた強豪校らしい。

 

 

「ライド! 《真魔銃鬼 ガンニングコレオ》!!」

 先鋒を務めるアリサは、今日も好調だった。

「《無双剣鬼 サイクロマトゥース》のブレイクライド! 手札を1枚捨てなさい! ……G1の場合、コレオにパワー+5000!」

 むしろ、彼女らしからぬ気迫に満ちたプレイングを見せていた。

「ガンニングコレオの起動スキル発動! デッキの上から1枚ドロップして……このターン、あなたはG0でガードできない!

 バトルよ! ガンニングコレオでヴァンガードにアタック!」

 トリプルドライブで(クリティカル)トリガーを引き、対戦相手を5点まで追い詰める。

「これでトドメよ! 《ハイディング・キラーリーフ》でアタック! アタック時にスキル発動! デッキの上から1枚……(ヒール)トリガーをドロップ! パワー+10000して、アタック続行!!」

 腐葉土の下から、葉に擬態した鋭利な刃が閃き、獲物へと喰らいついた。

 6枚目のカードが対戦相手のダメージゾーンに置かれる。

「勝者! 響星学園、天道アリサ!!」

 ジャッジの宣言を受け、アリサは拳を握りしめた。

(やれる……ヴァンガード甲子園でも、あたしは戦える!)

 

 

「武装ゲージを5つ取り除き、《餓竜 ギガレックス》のスキルを発動します! 1ダメージを受けてください!」

 緊張した面持ちで中堅戦に挑んだサキだったが、ファイトそのものは落ち着いていた。

「続けて、武装ゲージを2つ取り除き、ドロップゾーンから《破壊竜 ダークレックス》をスペリオルコールします!」

 折り重なる骨をかきわけて、地の底から漆黒のディノドラゴンが蘇り、天に唾吐くかの如き咆哮をあげた。

「バトルフェイズに入ります! ギガレックスのアタック時、スキル発動! 全てのリアガードに武装ゲージを乗せてパワー42000ですっ!

 続けて、ダークレックスでアタック! 武装ゲージは全部で8つ! アクセルⅡサークルと、トリガーの効果を合計して、パワーは53000っ!」

 しかし、サキの猛攻は惜しくも届かず敗北する。

「ふーっ……緊張しましたぁ。けど、全力は出し切りました! はい、楽しかったです!」

 ファイトテーブルから戻ってきたサキは、そう言って笑った。

 

 

「あなたのバトルフェイズ時、《模作する根絶者 バヲン》のスキルが発動します」

 骨の牡牛が影を操り姿を変化させる。瘴気の炎纏いし二刀を携えた竜剣士へと。

 それは鏡のように敵の姿を完璧に模倣し、そこに映る虚像の如くあらゆる攻撃を届かせない。不確かだからこそ強固なる幻影の壁。

「《招き入れる根絶者 ファルヲン》でガードします。……さて、私のターンですね」

 大将戦でもミオはいつも通りに冷静だった。バヲンで敵の猛攻を防ぎきった後は、手札に残したカードに指をかける。

「ライド。《波動する根絶者 グレイドール》」

 鉄の心臓に鋼の肉体を携えた、最強の根絶者が降臨する。その衝撃波だけで、対戦相手がライドしていたユニットが吹き飛ばされてかき消えた。

「ヴァンガードがデリートされたので、ドロップゾーンから4体の《招き入れる根絶者 ファルヲン》をスペリオルコールします」

 無数の触手に覆われた頭蓋骨達が、幽鬼のようにグレイドールの周囲を飛び回る。

 そして、バトルフェイズ開始の宣言とともに、グレイドールの手刀が無防備な魂を貫いた。

「ありがとうございました」

 的確にして容赦のないプレイングとは裏腹に、ぺこりとお人形のように可愛らしくお辞儀をして、仲間のもとへと戻っていく。

 

 

 この場を野球の球場に例えるなら、ダグアウトのように奥まった部屋があり、そこでファイトをしている選手以外のチームメイトが待機している。不正防止のため、スタジアムの中心にあるファイトテーブルからは一定の距離が離されており、待機している選手は備え付けられてあるテレビからファイトの様子を観戦できるようになっていた。

 そこに戻ったミオは、感極まったサキに抱きつかれ、アリサには頭を撫でまわされた。

「おおげさですね。まだ1回戦ですよ?」

「だって、ヴァンガード甲子園ですよ!? 初出場の私達が1回戦を突破したんですよ!? ああ、もう夢みたいです……」

 両手を組んで恍惚の表情を浮かべるサキは、実際、どこかに飛んでいきそうだった。

「そもそも、私達が予選で破った(セント)ローゼ学園は、ヴァンガード甲子園常連の優勝候補ですよ? 私達が本戦で勝負にならない理由がありません」

「理屈ではそうだけどね……」

 アリサが苦笑する。

「とは言え、対戦相手の方から感じたプレッシャーは、ミコトさんやフウヤさんとファイトしている時と変わりませんでした。参加者全員が、最低でも聖ローゼと同レベルの強さと見るべきですね。これを勝ち続けるのは、なかなかの綱渡りになりそうです」

 ミオは自信家なように見られることも多いが、それは彼女が自身のスペックを完璧に理解した上で客観視しているので、そう見えるだけである。

 ヴァンガード甲子園の第1回戦は、その俯瞰の天才にそこまで言わしめるものだった。

「まして、次の相手は……」

 オウガが会場に掲げられた巨大な電光掲示板に表示されているトーナメント表を見上げる。

 そこには「響星学園」と「平陽高校」の名が記されており、今は「平陽高校」の名前が暗転している。

 その隣には「天海学園」の名があった。

 参加高が一斉にファイトをしていた地区予選と違い、本戦では一試合ずつファイトが行われる。

 つまり、いよいよ天海学園のファイトが始まるのであり――順当に試合が進むのであれば、響星学園の次なる対戦相手は彼らであった。

 

 

「な、何なのこれは。早すぎる……」

 高校ごとに用意されたファイターの控室で。

 備え付けのテレビで天海学園のファイトを観戦していたアリサが愕然と声をあげる。

 天海学園の先鋒、清水セイジのファイトは非常に速かった。カードを引いてからノータイムでユニットを繰り出し、瞬く間にバトルフェイズに移行する。そのバトルフェイズも、あらかじめ攻撃順を考えていたかのように迷いがない。それでいて選択は的確。

 対戦相手も負けじとプレイングの速度を上げていき、今は互いのやり取りが光芒の如く交錯している。

 ファイトが始まって僅か2分足らず。先鋒戦は早くも終盤の様相を呈していた。

「さ、さすがここまで勝ち抜いてきたファイターです……」

 目まぐるしく変わる盤面の様子を、マイペースなサキは目で追うのが精いっぱいのようだ。

「……そんな単純な話でも無さそうだぜ」

 オウガが重々しく呟き、

「オウガさんも気づきましたか」

 ミオが小さく頷く。

「ど、どういうこと? ですか?」

 サキがオウガとミオの顔を交互に見渡して尋ねる。

 オウガの目配せを受けて、まずはミオが口を開く。

「天海の清水(しみず)セイジさん。彼のプレイングは確かに驚くべき速さで、なおかつ機械のように精密です」

「ミオさんがそれを言いますか?」

「オウガさんがファイトしたアラシさんと同じく、相手のファーストヴァンガードと、自分の初手を見た時点で、ファイトの始まりから終わりまでイメージできているとみてよさそうです。

 アラシさんは、あえてセオリーを破ることで自分が負ける未来を強引に勝ちへと切り替えている印象でした。

 あの人、セイジさんの場合は、ただひたすら勝ちに向かうルートをトレースしている感じですね。

 答えの知っている詰将棋を解き続けている感じでしょうか」

「な、なるほど。プレイングが早くなるわけです。けど、それだと常勝は難しくないですか? オウガ君の言っていたアラシさんのように、負けを勝ちに変えているわけではないですよね?」

「そうでしょうか? 自らは決して揺らぐことなく最前手を打ち続け、運が絡む場面も、より勝率が高くなる選択肢を確実に選び取る。本当にそれができるなら、私は同じことをできる人が対戦相手でない限り90%以上の確率で勝てる自身がありますよ」

「う……それほどですか?」

「はい。それほど私達は細かいミスをしているということです。結果論と片付けられてしまうようなものも含めて」

「そこまで分かっているのならミオさんも……」

「ミスは無くせませんよ。分かっていても。だからヴァンガードは面白いんです」

 そう言って、ミオは微笑を浮かべた。

「話を戻しましょうか」

 その言葉に合わせて、ミオの顔もすぐにいつもの無表情に戻る。

「彼の速さの秘密はそんな感じだと思います。それも相当に厄介ですが、本当の問題は……」

「対戦相手もその速さの影響を受けていることっすね?」

 これまで黙って話を聞いていたオウガが口を挟んだ。

「はい。ファイトが始まった直後、対戦相手の方は普通の速度でした。

 ですが、ファイトが進むにつれて彼のスピードが加速度的に上昇していき、今はセイジさんと遜色ない速さでプレイを続けています」

「ど、どうして?」

「あいつの速さに引っ張られてるからだよ」

 サキの疑問にオウガが答えた。

「対戦相手も全国クラスのファイターだ。それなりにプライドもあるんだろうさ。

 いや。そうでなくても、目の前でそんな見透かされたようなプレイングを何度もされたらたまんねーよ。

 あいつの速さに追いつこうと躍起になって、自分のペースがどんどん乱れて……今頃あの人の心はズタズタで、先輩の言う細かいミスが積み重なってる状態じゃないすかね」

 オウガが気遣うように、セイジの対戦相手を見た。

 プレイングの速さは同じでも、涼しい顔をしているセイジとは対照的に、顔は真っ赤で、目は血走っており、激しい運動でもしているかのように呼吸が荒い。

「すばらしい考察ですね」

 ミオが感心したように腕組みしながら頷いたところで――

『勝者! 天海学園、清水セイジ!!』

 ファイトが終了した。

 試合時間4分弱。ダメージ3対6。セイジの圧勝だった。

「どうですか? 彼が次の対戦相手ですよ」

 話には参加していなかったが、聞いていなかったことはないだろう。

 セイジのファイトをじっと観察していたアリサに、ミオは声をかける。

「で、対抗策は?」

 アリサはくるりと振り返ると、すがるようにミオを見た。

 白髪の少女は小さく両手を上げる。お手上げ。

「ありません。気合と根性で乗り切ってください」

 ミオらしからぬ感情論だが、彼女も俗世に染まってきたのか、もしくは本当にそれしかなかったのか。

 今回に限っては後者な気がして、アリサはげんなりと肩を落とした。

 中堅戦では、(あおい)アラシが8枚以上の手札差をつけて圧勝し、天海学園の勝利も確定させた。

 そしてその瞬間、次の響星の対戦相手も天海学園に決定した。

 

 

 ――響星学園の第2回戦が始まった。

「響星学園先鋒、天道(てんどう)アリサ選手! ファイトテーブルへ!」

 ジャッジに呼ばれ、アリサがベンチから立ちあがる。

「アリサさん、お願いします!」

「頼んます、部長!」

 サキとオウガの声援を背中で聞きながら、彼女は一段高い舞台にある席についた。

 地区予選会場の倍以上はあるスタジアムを埋め尽くす観客達は、今はしんと静まり返っていた。ファイト前の集中を乱さぬようという配慮もあるが、これから起こる光景を他愛のない雑談で見逃さないようという打算がほとんどだ。それを証明するかのように、優勝候補の試合前は物音一つ立たなくなる。

 5万人を数える人が生み出す静寂の中、アリサは自分の鼓動の音をはっきりと聞き取っていた。

(さすがに緊張するわね……)

 毎週何らかのショップ大会には出場しているアリサだが、今回はいつもと規模が違う。1回戦は勢いでどうにか勝てたが、次の対戦相手は間違いなく超高校生級のファイターだ。その道を目指すのならプロにもなれるだろう。

(大丈夫。ユキほどのファイターなんて、そうそういるわけない。でなきゃ――)

「天海学園先鋒、清水セイジ選手! ファイトテーブルへ!」

 アリサの物思いを断ち切るように、ジャッジが声をあげ、名を呼ばれた背の高い男が、天海学園サイドから立ち上がる。

 まるで壁が立ち上がったかのような威圧感。その巨体に似合わず動作はキビキビとしていて素早く、ふとまばたきした瞬間には、もう男は対面の席についていた。

「よろしくお願いする」

 セイジが礼儀正しく一礼して、手を差し出してくる。

「え、ええ、よろしく。……お久しぶりね」

 その手を軽く握り返しながら、念のためアリサはこう答えてみた。案の定、セイジは首を45度傾げて疑問を示した。

「……失礼。どこかでお会いしたかな? 1度でもファイトした相手なら、忘れることはまず無いのだが」

「ファイトはしてないわ。カードショップの前で友達がぶつかっただけ。……2か月くらい前かな」

 合点がいったとばかりにセイジが大きく頷いた。

「ああ。あの時は失礼した。そうか。あなたも全国レベルの腕利きだったということか。

 ……だが、あなたは私を楽しませるに足るかどうか」

 その言葉が合図だった。

 セイジの目がスッと細まり、背の高さと天海という看板から、アリサが勝手に感じていた偽の威圧感が消え、激流の如き覇気が放たれる。

 セイジは流れるような手つきデッキをシャッフルし、カードを5枚引く。その5枚を一瞥しただけで、2枚のカードを山札に戻し、また2枚引いてシャッフル。

 毎日どれだけ対戦していれば、ここまで無駄を削ぎ落とすことができるのだろうか。アリサはまだカードを5枚引いている最中である。

「……お待たせ」

 たっぷり30秒かけて、カードの引き直しまで終えたアリサが告げる。

「では、はじめるか」

 セイジは気にした様子もなく、ファーストヴァンガードに手をかける。

 ジャッジがファイト開始を宣言し、ふたりは同時にカードを開いた。

「「スタンドアップ! ヴァンガード!」」

「《マシニング・ワーカーアント》!」

「《士官候補生 エリック》!」

(……アクアフォース!)

 この世界の7割は海だと言われている。

 惑星クレイにおいてもそれは同様であり、その広大な海そのものを支配域としている軍隊こそがアクアフォースである。

 大海という名の監視網から世界を見張り、蔓延る悪を水平線の果てまで追い詰める。

 そこには一切の容赦も無ければ、慈悲も無い。

 元帥の指揮の下、これより最強の艦隊が絶対正義を執行する!

 

 

 アリサの手札は6枚で、ダメージは1。セイジの手札も6枚で、ダメージは2。

 後攻のセイジがG2のユニットにライドする。

「ライド! 《頑迷の蒼翼 シメオン》!」

(蒼翼……! 治トリガーを起点に連続攻撃を行うアクアフォースの……)

「コール! 《信念の蒼翼 バジリア》! バジリアのスキル発動! デッキの上から3枚を確認。《共鳴の蒼翼 マクシオス》を手札に加える。

 コール! 《共鳴の蒼翼 マクシオス》! 《共感の蒼翼 マカリオス》! 《大義の蒼翼 ファウロス》!

 バトルフェイズに進行する! ファウロス単体でヴァンガードにアタック!」

 アリサの考えがまとまるよりも早く、選択権が突きつけられる。

「つっ! 《マシニング・マンティス》でインターセプト!」

「ファウロスのスキル発動! 青翼が4体いるので、ファウロスをスタンド!

 続けてバジリアのブースト、ヴァンガードのシメオンでアタック!」

「ノーガード!」

「ドライブチェック、ノートリガー!」

「ダメージチェック! ……トリガー無しよ」

「マクシオスのブースト、ファウロスでアタック!」

「ノーガード。ダメージチェック……トリガー無し」

「ターンエンド」

「あたしのターン! スタンド&ドロー! ……!?」

 ドローしたカードを見て、アリサの脳裏に天啓が閃いた。

 熟考もせず、そのままそれをヴァンガードに重ねる。

「ライド! 《マシニング・スパークヘラクレス》!」

(これでユニットを弱体化すれば、アクアフォースの連続攻撃は止められるはずよね……)

 内心でほくそ笑みながらユニットを展開し、アリサはスキルの起動を宣言する。

「スパークヘラクレスのスキル発動! これであなたの全ユニットは……」

「-5000されるのは、私のヴァンガードだけだが?」

 セイジが《共感の蒼翼 マカリオス》のカードを指しながら口を挟む。

「あ……」

 アリサもそこで気付いた。そのカードがある限り、『蒼翼』のリアガードはカードの効果で選ばれない。

(ミスった……! こんな大事なファイトで!)

 爪で頭を引っ掻き回したくなったが、どうにか自制し、ミスを気取られないよう強気に叫ぶ。

「ヴァ、ヴァンガードさえ-5000されていれば問題無いわ! スパークヘラクレスでアタック!!」

「ガード、《虹色秘薬の医療士官》!」

「ツインドライブ!!

 1枚目、トリガー無し。

 2枚目……トリガー無し。

 くっ。まだまだ! 《巨砲怪人 タワーホーン》のブースト! 《マシニング・マンティス》でアタック!」

「ノーガード、ダメージチェック、ノートリガー」

「《小隊長 バタフライ・オフィサー》のブースト! 《七色怪人 スタッガーセブン》でアタック!」

「ノーガード、ダメージチェック、★トリガー、パワーはシメオンに」

「……ターンエンド。バタフライ・オフィサーのスキルで、スタッガーセブンをソウルインしてCC(カウンターチャージ)

「私のターン。スタンド&ドロー」

(さっきから判断が早すぎる。あたしの……ううん。メガコロニーの戦い方が完全に把握されてる)

 さながら大瀑布に巻き込まれた木の葉の気分だった。

 ただただ翻弄され、成すがままにカードを出すことしかできない。

(こんなのファイトじゃな……)

「ライド! 《終末の切り札 レヴォン》!!」

 アリサの思考を断ち斬って、切り札が放たれた。

 荒ぶる波間が真っ二つに斬り裂かれ、そこから蒼翠に輝く大剣を片手に携えた海竜剣士が飛翔した。

 蒼い鱗と甲殻を鎧の如く纏い、双角は飾り兜の如く天を衝く。

 海兵というよりは騎士の如き風格の竜人が、今、正義の名の下にこの海域を制圧する!

「レヴォンのスキル発動! バジリアをレストし、スパークヘラクレスのパワーを-5000!」

 レヴォンが大剣を振るうと、飛沫にも似た衝撃波が放たれ、岩場にとまっていたスパークヘラクレスの全身を呑み込んだ。

 装甲の隙間からバチバチと火花と煙をあげて、スパークヘラクレスが片膝をつく。

「コール! アクセルⅡサークルに《蒼波水将 ガレアス》! マカリオスの前列に《蒼波水将 フォイヴォス》!

 バトルフェイズに進行する!

 マカリオスのブースト、フォイヴォスでヴァンガードにアタック!」

「《マシニング・ホーネット》でガード!」

「ファウロス単体でヴァンガードにアタック!」

「マンティスでインターセプト!」

「コストを支払い、ファウロスはスタンドする。マクシオスのブースト! 再び、ファウロスでアタック!」

「ノーガード!

 ダメージチェック……★トリガー! トリガー効果はすべてスパークヘラクレスに!」

 ダメージトリガーに、思わず安堵の吐息がこぼれるが、セイジの怒涛の如きアタック宣言は止まらない。

「ガレアスでヴァンガードにアタック! 我が軍のレストしているユニットは4体! よって、ガレアスのパワーに+5000! パワー合計値はアクセルサークルの強化も含めて19000!」

「ガード! 《ブラッディ・ヘラクレス》!」

「ヴァンガードのレヴォンでアタック! アタック時、レストしているユニットが5体以上なので、パワー+15000! ドライブ+1!

 さらに! CB1でガレアスをスタンド! 手札を1枚捨て、フォイヴォスもスタンド!

 バトル続行! レヴォンのパワーは27000! 受けるか、防ぐか、選ぶがいい!」

「ダメージ4だもの! 防ぐわよ! プロテクトで完全ガード!」

 レヴォンが上段に振り下ろした剣を、スパークヘラクレスの前面に展開した、クモの巣を模した深緑の網が受け止める。

「トリプルドライブ!

 ファーストチェック、ノートリガー。

 セカンドチェック、(ドロー)トリガー! カードを1枚引いて、パワーはフォイヴォスに!

 サードチェック、治トリガー!」

「あ……」

 アリサが小さく悲鳴をあげ、観客席からは絶望の溜息がもれた。

 セイジだけが、ただただ冷淡にファイトを進めていく。

「まずは治トリガーの処理を行う。ダメージを回復し、パワーはガレアスに。

 そして、治トリガーが出たので、我が蒼翼はすべてスタンドする!!」

「う、ウソでしょ……」

 既にアタックを終えた全リアガードがスタンド。

 悪夢のような光景に、アリサの全身から力が抜けていく。

「これは現実だ。マクシオスのブースト、ファウロスでアタック!」

「ガ、ガード! 《シャープネル・スコルピオ》!」

「マカリオスのブースト! フォイヴォスでアタック!」

「ノーガード! ダメージチェック! ……トリガー無しよ」

 ついに5枚目のカードが、アリサのダメージゾーンに置かれた。

「ガレアスでアタック!」

「ガードっ! 《シェルター・ビートル》!」

 ヤケクソ気味に叫んで、カードを叩きつけるように繰り出す。

「私はこれでターンエンドだ」

 長かったセイジのターンが終わった。

 アリサの手札はもはや1枚。

 ダメージは、アリサの5に対して、セイジは3。

(圧倒的すぎる……こんなの、勝てるわけがない)

 しおしおと戦意が萎えていくのが、自分で理解できた。

 後輩達のため、けっして負けないと誓い出場した最後のヴァンガード甲子園。

 だが、セイジの言う通り、この無惨な光景が現実だ。

 今にして思えば、ヴァンガード甲子園の強豪達を相手に、何と大それた誓いだっただろうか。

(ごめんね、みんな……)

 アリサが部員達へと振り返る。

 涙で滲む瞳に、不安そうなオウガとサキ。そして、いつも通りに無表情なミオの姿が映った。

「アリサさん」

 その時、ミオの声が聞こえた。

 地区予選とは比較にならない大きさを誇る会場である。オウガならいざ知らず、小さなミオの声など届くはずも無い。

 だが、ミオとこの1年半、時に笑い、時に泣き、ファイトを通じて濃密な時間を過ごしてきたのだ。

 その口の動きだけで、彼女が何を訴えかけてきているのか心で聞くことができた。

「私は、楽しそうにファイトをしているアリサさんが好きです」

 言葉だけでは足りないと思ったのか、口の両端をつまんで、むりやり笑顔を作って見せる。

(ミオ、ちゃん……)

 その光景に、思わず笑みがこぼれた。

 このファイトで――いや。7月からヴァンガード甲子園におけるファイトで、一度も笑えていなかったことに思い至る。

(……先輩になって、部長になって、少し自惚れていたのかもね。

 ユキから託されたこと、すっかり忘れてた。

 あたしがやるべきことは勝つことじゃない。あたしがあたしらしく、みんなを導くことだ!)

 アリサは手札をいったんテーブルに置くと、大きく息を吸い込んで、溺れかけていた肺に空気を送り込む。

 そして、右拳を握りしめると、自分の頬を全力で殴りつけた。

 ごしゃっ

 よりにもよってその音をマイクが拾い、生々しい激突音が会場全体に響いた。

「ごめんね。ちょっと自分を見失ってたみたい……」

 しんと硬直したように静寂する会場に、アリサの清涼な声が広がっていく。彼女は口元に滲んだ血を指で拭うと、太陽よりも明るい笑顔で高らかに宣言した。

「ここからは楽しいファイトにしましょう!」

「……ふっ」

 これまでずっと堅い表情をしていたセイジが、その相好を崩す。

「そんな顔もできるではないか!」

 そして、年相応とも言える爽やかな笑顔で応えた。

(ああ、そうか)

 それを見て、アリサは全てを理解した。

(この子もヴァンガードが大好きなんだ)

 ただ、偉大すぎる看板を背負うが故に。それに恥じぬ圧倒的な強さを誇っていたが故に。彼には真剣勝負しか許されなかった。

 誰もが当たり前のように享受している普通のファイトこそ、彼はきっと欲していたのだ。

(もうあたしは勝つことだけを考えない。まずは、このファイトを最高の思い出にする!)

「そのために……あたしに力を貸して、相棒!!

 ライド! 《真魔銃鬼 ガンニングコレオ》!!」

 鮮やかな翅を広げ、白亜の昆虫怪人が絶海に浮かぶ岩の上に降り立った。

 目の前には、絶対正義を体現した蒼き剣豪。

 その佇まいに英雄の気配を感じた銃士は、口元に静かな笑みを浮かべた。

「コレオの登場時スキル! 山札の上から1枚をドロップしなさい!」

「……くっ、G3か」

 これまでの鉄面皮が嘘のように、セイジが顔を歪めて悔しがる。

「これでコレオはドライブ+2、パワー+15000!

 この調子で、コレオの起動スキルもいってみよう! もう一度、山札の上からドロップしなさい!」

「……残念だったな。今度もG3だ」

 今度はドロップするカードを見せつけるようにして勝ち誇る。

「構わないわ。あたしの本命はこっちだもの。

 コール! 《デスワーデン・アントリオン》!!」

 海の一部が不自然に干上がり、砂の底からアリジゴクの怪人が姿を現した。キシャアアアッと乾いた鳴き声をあげて、正義の軍勢を威嚇する。

「バトルよ! 《真魔銃鬼 ガンニングコレオ》でヴァンガードにアタック!」

「《翠玉の盾 パスカリス》にて完全ガード! 手札からレヴォンをドロップする!」

 2丁の拳銃から放たれる銃弾が、驟雨の如くレヴォンめがけて降り注ぐ。

 その全てを、若き水兵が掲げる翡翠色に輝く盾が、一つ残らず弾き落とした。

(ここまでは分かってる!)

 バトルフェイズ開始時点でのセイジの手札は4枚。そのうちの3枚、完全ガード、レヴォン、治トリガーは、トリプルドライブで公開されている。

 未知のカードは、引トリガーで手札に加わった1枚のみ。

「クアドラプルドライブ!!!!

 1枚目、トリガー無し。

 2枚目、トリガー無し。

 3枚目、引トリガー! 1枚引いて、パワーはアントリオンに!

 4枚目……よしっ! ★トリガー!! 効果は全てアントリオンに!!」

(これでアントリオンの★は3になった! あとは、パワーだけど……)

 セイジの前列は全てG2だ。手札の治トリガーと合わせて、最低でも35000ガードできるので、それだけでヴァンガードのパワーは合計47000。

「《巨砲怪人 タワーホーン》のブースト! 《デスワーデン・アントリオン》でアタック!」

 対するアントリオンのパワーは、ブーストを含めて50000。

 即ち、未知の1枚が+5000でもガード値を持っていれば、アタックは通らない。

「アントリオンのスキル発動! 手札を2枚捨てて、G3をSB(ソウルブラスト)! パワー+10000、★+1、このアタックは守護者(センチネル)ではガードできない!!」

「ノーガード!!」

 セイジはそれすらも即座に、堂々と宣言した。

「天海以外の人間に、ここまで追い詰められたのは初めてだよ」

 微笑を浮かべながら、セイジは山札に手をかける。

「ダメージチェック!」

 アントリオンがその力を解放する。母なる海を力の源とするアクアフォースにとっては天敵とも言える魔力を。

 怪人の掌で砂塵が渦を巻き、渇きの嵐が最強の軍隊を呑み込んでいく。見渡すばかりの海が一瞬で枯れ果て、どこまでも続く砂漠と化した。

「1枚目、★トリガー」

 色を失った世界の中心で、レヴォンはまだ生きていた。

 全身がひび割れ、鱗は輝きを失いながらも、その瞳から戦意は一切失われておらず、正義を成さんと剣を振り上げる。

「2枚目、★トリガー」

 その刃がコレオに届く寸前、遂にレヴォンの全身が砂と化し、脆くも崩れ去った。

「3枚目、トリガー無し」

 砂漠に墓標の如く突き立った蒼翠の大剣を一瞥し、コレオは次の獲物を探して何処かへと飛び去った。

「勝者! 響星学園、天道アリサ!!」

「――!!」

 声にならない歓声をあげて、思わず立ち上がったアリサが両拳を握りしめた。

「最高のファイトだった。ありがとう」

 全力を出し切った人間特有の清々しい笑顔に一片の悔しさを滲ませて、セイジがアリサに手を差し出す。

「こちらこそ。あなたとは、またちゃんとファイトしたいわね」

 そう言ってアリサはセイジの手を握り返し、ふと表向きで無造作に置かれたセイジの手札に気付く。

「……引トリガーで引いていたカードもレヴォンだったのね」

「ああ。私にミスは無かったはずだが。ままならんものだな」

 セイジは憮然として呟いたかと思うと、

「これだから、ヴァンガードはやめられんのだ」

 口の端を上げて、それを笑い飛ばした。

「またやろう。天道先輩」

 それだけを言い残し、セイジは席を立つ。

 去り行く少年の後ろ姿は、敗者とは思えないほどに堂々としていた。

 

 

「まさか君が負けるなんてね」

 天海サイドのベンチの奥で、銀髪の少年が驚きを多分に含んだ口調でセイジを出迎えた。

「すまん。……だがお前も、チームメイトが負けた割に嬉しそうな顔をする」

 そう指摘され、暗がりの中、銀髪の少年は自らの顔に手を当てた。

「顔に出ていたかい? ごめんよ」

「構わん。私もお前の立場なら、笑いをこらえきれずにいたさ。……待たせたな」

「ま、ここで俺様が負けたら、結局こいつはファイトできなくなるんだけどな!」

 天海学園の中堅――葵アラシがだらしなく立ち上がり、笑いながら笑えない冗談を口にする。

「戯言はいいから、さっさと勝ってこい」

 セイジがしっしっと犬でも追い払うかのように手を振った。

「おいおい。励ましも無しかよ。マジで負けちゃうぜ?」

「貴様に頑張れなどと言う方が無粋だろう」

「……わかってるね、親友。じゃ、行ってくんぜ」

 アラシはひらひらと後ろ手を振りながらベンチを出ていく。

 その背中を、銀髪の少年が祈るようにじっと見つめていた。

 

 

「アリサさん! アリサさーん! すごいです! すごすぎます! 天海の人に勝っちゃうなんて!!」

「くーっ! マジでシビれたぜ、最後のトリガー! 何だか泣けてきやがった!」

 響星ベンチに戻ったアリサを出迎えたのは、感極まったとしか言いようのない泣き顔のサキとオウガだった。

「あっはっはー。さっすがあたし……と言いたいところだけど、何から何までできすぎだったかなー。一生分の運を使い果たしちゃったんじゃないかしら」

「その代わり、一生自慢できる偉業ですよ! 今の天海に土をつけたのはアリサさんが全国で初なんですから!」

 アリサがいなくなった今も、鳴りやむことのない万雷の拍手と声援が会場を包み込んでいる。

 両者の熱戦を称えてというのもあるだろうが、やはり無名選手が天海に勝利したという大金星に対してのものがほとんどだろう。

「……どうせなら、これをあたしだけじゃなく響星学園の偉業にしちゃいましょう」

 ふと思いついたようにそう言って、アリサは軽く手を掲げる。

「……は、はい! そうですよね! まかされました!」

 その意図を汲んだサキが、アリサとハイタッチを交わし、胸を張って中堅戦に挑んでいく。

 いつも自分に自信が無いサキらしからぬ言動だが、アリサのファイトがその勇気の源になったのなら。

(あたしはあたしの役目を果たせたってことよね。ユキ……)

 心の中で親友に語りかける。

 そして、ベンチの隅の方で、アリサの勝利をさも当然という風を吹かせて腕組みをしている白髪の後輩に声をかけた。

「ミオちゃん」

「なんでしょう」

 いつも通りの声音で、いつも通りの返答が返ってきた。

「ありがとね」

「どういたしまして」

 ミオはそれだけ言って、礼を言われるようなことはしていないのにとばかりに、小さく肩をすくめた。

 

 

「何だ。オウガのやつ、偉そうなこと言って補欠なのかよ」

 ファイトテーブルでサキと向かい合ったアラシは、響星ベンチを覗き込む仕草をしながら、開口一番にそう言った。

「オウガ君のこと、あなたに何が分かるんですか」

 さすがにむっとして、サキが咎める口調で言い返す。

「おっと。気を悪くしたんなら謝るぜ。口が悪いってよく言われる。直すつもりはねーけどな」

「それはどうかと……」

「あと、誤解してほしくないんだが。俺はオウガのこと、けっこう認めてるんだぜ?」

「……え?」

「むしろ俺が気にしているのは、アンタが本当にオウガより強いのかってことだな。え? どうなんだ?」

 軽薄な口調の裏で、静かな怒気の炎が燃える。

 逆恨みにもほどがあるが、彼は本気でオウガとヴァンガード甲子園でファイトすることを楽しみにしていたのだろう。

「そ、それは……」

「ま、やってみたら分かるこったな。せいぜい楽しませてくれよ?」

 気分屋なのか、その怒りもあっという間に霧散し、今度は鋭い目つきでサキを見据える。

 目の前の敵に集中していると言うよりかは、獲物を品定めするかのような無遠慮な視線だった。

「は、はい。よろしくお願いします」

 両者の準備が整ったのを見てとったジャッジがファイト開始を宣言する。

「「スタンドアップ! ヴァンガード!!」」

 そして、嵐のような中堅戦が始まった。

 

 

「んー……《七海剣豪 スラッシュ・シェイド》で、リアガードの《餓竜 メガレックス》にアタック」

「ノ、ノーガードです」

「へへっ。『七海』のアタックがヒットしたので、6つ目の財宝を頂くぜ!

 ヴァンガードの《七海覇王 ナイトミスト》でアタック!」

 一方的なファイトだった。

 先の敗戦など、奇跡が偶然積み重なっただけにすぎなかったと観客に知らしめるには十分すぎるほど。

 サキもそれに対して落ち着いてファイトができている。ひと月前の彼女を知る者が見たなら、その成長に舌を巻いたことだろう。

 だが、そんな彼女の頑張りをも真っ向から否定する、どうしようもないほどの実力差。

「ツインドライブ!!

 1枚目……トリガー無し。

 2枚目……★トリガー! ★はヴァンガードのナイトミストに!」

 全団船長(ナイトミスト)の指揮する一際大きな帆船が、ギガレックスの横腹に衝角をぶつける。巨獣が怯んだその隙に、船長はすかさず次の合図を送ると、死を恐れぬゾンビやスケルトンの船員たちが火のついた砲弾を抱えて、次々と船から飛び降りた。

 轟音と爆風が巻き起こる中、怒り狂うギガレックスの瞳が最期に捉えたのは、コートを翻し、優雅かつ猛然とカットラスを構えて迫るナイトミストの姿だった。

「ダメージチェック……負けました」

 サキのダメージゾーンに6枚目のカードが置かれる。

 歓声は無かった。

 誰もが夢から覚めた直後のように言葉を無くしていた。

「ま、まあ、その何だ。相手が悪かっただけだ。気にすんな」

 さすがにやり過ぎたと感じたのか、アラシが下手な慰めを口にする。

「バ、バカにしないでください!」

 思わずサキが言い返すと、アラシは冷たい目でサキを見据えた。

「……そうかい」

 だがその時、サキは初めて自分がアラシにちゃんと見られているのだと感じた。自分と1学年しか違わない少年が放つものとは思えないプレッシャーに、肌が泡立つ。

「ここまで実力差を見せつけられて、まだ悔しいと思えているのなら。……確かに、アンタはオウガと同じくらいには強いのかもな。名前は?」

 ジャッジが何度も名前を呼んでいたはずなのだが、それは全く聞いていなかったらしい。

 軽く嘆息しつつ、サキは胸を張って名乗った。

「響星学園1年。藤村(ふじむら)サキです」

「サキちゃんか。覚えておくぜ」

 アラシは勢いよく立ち上がると、友人と別れる時のようにひらひらと手を振って天海サイドへと戻っていった。

(……私なんて、まだまだだよ)

 しばらく立ち上がる気力も無く、サキは心の中で独りごちた。

(もし本当に私が強くなれたのなら。その強さをくれたのは、きっとオウガ君なんだから……)

 

 

「勝ってきたぜー」

 対戦中の気迫はどこへやら。おつかいから戻ったかのような軽い口調で、オウガが天海ベンチへと帰ってきた。

「いよいよだな」

 セイジがベンチの隅に控える銀髪の少年に声をかける。

「うん。あの人の予言した通りになったね」

 暗闇の奥で少年が立ち上がる気配がした。

「あの人? ……ああ、白河(しらかわ)ミユキか」

「そうだよ。響星学園……これまで名前も聞いたことのない無名高校が、本当にボク達を追い詰めるとはね。ファイトには勝ったが、人としては彼女に勝てる気がしないな」

「ほう? ナルシストのお前にそこまで言わしめるとはな。私も会ってみたいものだ」

「誤解しないでくれ。ボクはナルシストなんかじゃない。天に選ばれた人間として、使命を果たそうと足掻いているだけの、ただの凡人さ」

「そういうことを億面も無く言えるのが……まあ、いい。楽しんでこい」

「そうさせてもらうよ」

 そう言って、銀髪の少年がゆっくりと出ていった。

「へへっ。いよいよだな」

 入れ違いで、アラシがベンチに寝転ぶように腰かけて言う。

「ああ。世界が綺羅ヒビキを知る時が来たのだ」

 重々しく呟き、セイジは少年の後ろ姿を静かに見守った。

 

 

「天海学園大将、綺羅(きら)ヒビキ選手! ファイトテーブルへ!」

 ミオがファイトテーブルにつくと、続けてジャッジが天海学園大将の名を呼ぶ。

 公式戦出場記録無し。天海そのものが強すぎるが故、これまで謎のベールに包まれていた天海学園大将「綺羅ヒビキ」を見逃さんと、観客達は静まり返って天海サイドを見守っていた。

 だが、天海ベンチの奥からすらりと背の高い人影が姿を現したその瞬間、会場全体が感嘆の溜息に包まれた。

 天の川のように煌めく銀の長髪。目鼻立ちは芸術の神が掘り起こしたかのように整っており、彼が瞬きするたびに星が輝いて見えた。

 それはまさしく、幻想詩の世界から飛び出してきたかのような、人智を超越した美少年であった。

 彼は制服の胸ポケットに挿していた赤いバラを、ピッ指に挟んで抜き取ると口にくわえてみせる。それだけの仕草で、会場から女性のものと思われる黄色い歓声がそこかしこからあがった。

 綺羅ヒビキは、まるで赤い絨毯の上を進むかのような優雅な足取りで、ファイトテーブルへとたどり着いた。そして、ミオの傍に片膝をついて跪くと、口にしていた薔薇を手に持ち、スッと差し出す。

「ボクの公式大会での初ファイトが、貴方のような美しい女性とは光栄だ。今日という奇跡を記念して、この薔薇を受け取ってもらえないだろうか」

「え? それ、さっきまで口にくわえていたやつですよね?」

 ミオはすっぱりさっくり断った。

 彼女だけはヒビキの異様な雰囲気に呑まれることなく、いつも通り冷静だった。

 周囲の観客、特に女性からは刺すような敵意の視線が向けられたが、彼女はどこ吹く風だ。むしろ、気づいてすらいないだろう。

 そんな状況をヒビキは気にした様子もなく、いつの間にかファイトテーブルに置かれていた一輪挿しの花瓶にその薔薇を生けた。

「では、こうしよう。この薔薇が枯れるまでに、僕は彼女とのファイトを終わらせると宣言する!」

 美少年がオペラ歌手のように両手を広げて、観客席に向かって高らかと告げた。

「どれだけ長考するつもりなんですかあなたは」

 ミオのツッコミは誰の耳にも届かず、彼女以外の誰もがヒビキのパフォーマンスに熱狂的な声援を送っていた。

 いや、他にもただふたり。冷静に状況を見つめている者たちがいた。

「……恥さらしめ」

「ぎゃはは! 来月の月刊ブイロードの見出しは決まりだな。『天海学園の大将は薔薇の貴公子だった!?』ってな」

 こめかみを指で押さえているセイジと、腹を抱えて笑い転げているアラシである。

 そんなチームメイトの反応など知る由もなく、ヒビキは席について、細い指でミオを手招きした。その仕草だけは華やかで美しい。

「さあ、おいで。僕たちふたりでファイトという名の壮大なタピストリーを創り上げよう!」

 言葉が伴うとまったくの奇行に変じてしまうのだが。

(なるほど――)

 ファイトの準備を始めながら。ミオが心の中で、目の前の美少年を分析する。

(言動は意味不明。行動は予測不能。つまり――)

 彼女は最終的に、こう結論付けた。

(この人は手ごわいファイターですね)

「き、響星学園大将、音無ミオ選手! 天海学園大将、綺羅ヒビキ選手! ファイト開始!」

 その仕事に対する誇りの賜物か。いち早く気を取り直したジャッジが、ファイト開始を宣言する。

 それに応じて、両者が同時にカードを表にした。

「「スタンドアップ ヴァンガード」」

「《発芽する根絶者 ルチ》」

「《バミューダ△候補生 リヴィエール》!」

(……バミューダ△)

「――!!」

 ミオが心の中で呟き、ヒビキが姿を現した時と同じか、それ以上に会場が騒然となる。

 これまで謎に包まれていた天海学園大将のクランを撮り逃さんと、そこかしこでマスコミによるカメラのシャッターが切られる音がした。

 ――バミューダ△

 それは戦乱の絶えない惑星クレイに咲いた大輪の水中花。

 世界的なアイドルである彼女達は、あらゆる戦場に現れては、祈りを込めて歌を唄う。

 その時ばかりは、荒ぶる竜も怒りを鎮め、戦を誇りとする騎士も剣を置き、音楽に聴き惚れた。

 侵略者の侵攻すら、ライブ演奏で止めたという逸話すら残されている。

 人魚の歌声には魔力が秘められていると人は言うが、彼女達の成功はそれだけではないだろう。

 真心を込めた歌は、誰の心にだって届くのだ。

 可憐なアイドル達は、今日も戦場を舞い、鎮静の音色を響かせる。

 いつか、誰もが平和な世界で好きな音楽に耳を傾けていられる。

 そんな日が来ることを願いながら。

 

 

「ライド。《一世一代の告白 アウロラ》」

 コロコロと鈴を鳴らすような透き通る声音で、後攻のヒビキがG1にライドする。

「まずはリヴィエールのスキルで1枚ドロー。クイックシールドも手札に加えさせてもらうよ。

 さらに、アウロラのスキル。カードを1枚引いて……うん。クイックシールドを捨てようか。

 さあ、バトルフェイズだ!」

(いきなり連携ライドに失敗してますけど)

「アウロラでヴァンガードにアタック!」

 ヒビキはことさら気にした様子もなく、楽しそうにゲームを進めている。

「ノーガードです」

「ドライブチェック……ノートリガーだよ」

「ダメージチェック……引トリガー。カードを1枚引きます。

 私のターンですね。スタンド&ドロー。

 ライド。《難渋の根絶者 ガーヱ》。

《略奪する根絶者 ガノヱク》をガーヱの後列にコール。《発酵する根絶者 ガヰアン》、《迅速な根絶者 ギアリ》もコールします。リアガードの数で上回っているので、ギアリは+4000されます。

 バトルです。ガノヱクのブースト、ヴァンガードのガーヱでアタック」

「ふふふ……なるほど」

 ヒビキが目を細めて微笑み、

「ガーヱのアタックを通した場合、僕は次のターンに手札を捨てなければならなくなる。

 一方、ギアリのアタックを通した場合、君にドローを許してしまう。

 そして、どちらかでも通せば、ソウルのファルヲンはソウルブラストでドロップゾーンに置かれてしまう。うん。素敵な盤面だね」

 自分の置かれた不利な状況を、楽しそうに解説し、称賛した。

「それはどうも。で、ガードはどうしますか?」

「そうだね……仕方ない。ガーヱのアタックはノーガードとさせてもらうよ」

「わかりました。ドライブチェック……トリガーはありません」

「ダメージチェック……ボクもノートリガーだ」

「では、まずはガーヱのスキル発動。手札からカードを1枚捨てて、次のターン、ライド時に手札を1枚捨ててください」

「ふっ。承知したよ」

「ガノヱクのスキルも発動。SBして、このカードを手札に戻します。

 続けて、ガヰアンのブースト、ギアリでアタックします」

「それは防がせてもらうよ。《恋への憧れ リーナ》でガード。

 これでボクのターンだね。スタンド&ドロー!」

 ヒビキが優雅な仕草でカードを引くたび、周囲から黄色い歓声があがる。

「手札を1枚捨ててライド! 《甘美なる愛 リーゼロッテ》!

 リーゼロッテのスキル発動! 山札の上から1枚……《From CP セレナ》をスペリオルコール!

 ならばキミの出番だ! 手札から《From CP ソナタ》をコール!

《マーメイドアイドル リヴィエール》もセレナの後列にコールだ!」

「……なるほど」

 今度はミオが小さく唸った。

「意趣返しというわけですか」

「わかるかい?

 バトルだ! リヴィエールのブースト、セレナでアタック! ソナタの旋律スキルでパワー+5000! 合計パワーは25000!

 そして……」

「アタックがヒットした時、手札が4枚以下の場合、1枚ドロー。ですね?」

「そうさ。キミがボクの手札を減らしてくれたおかげだよ」

「……ノーガードです。ダメージチェック、トリガーはありません。ドローをどうぞ」

「ありがとう。ドロー。

 続けて、ヴァンガードのリーゼロッテでもアタックするよ」

「ギアリでインターセプト。それにガノヱクでガードします」

「ドライブチェック……治トリガー! 回復はしないがパワーをソナタに! ソナタでヴァンガードにアタック! こちらもパワーは25000!」

「ノーガードです。ダメージチェック、トリガーはありません」

「ボクはこれでターンエンドだよ」

 現時点でミオのダメージは3。ヒビキのダメージは1。手札差もミオの4枚に対して、ヒビキが6枚

(ここまではさすがと言ったところでしょうか。ですが、根絶者の本領はここからです)

「スタンド&ドロー。

 ライド。《絆の根絶者 グレイヲン》」

 ミオの呼びかけに、虚無を体現する巨影が姿を現す。

 デッキの主力はバヲンとグレイドールになったが、序盤からリードを受けた時のため、グレイヲンも投入していたのだ。

「イマジナリーギフト、フォースⅡはグレイヲンへ。

 グレイヲンのスキル発動。リーゼロッテをデリートします」

 根絶者の容赦無い一撃が、少女の存在をこの世から消し去り、それに憑依していたヒビキの魂をいぶりだす。

「ふふっ。ひどいな」

「ヴァンガードがデリートされたので、ドロップゾーンのファルヲンをグレイヲン後列にスペリオルコールします。

 手札から《呼応する根絶者 エルロ》をコール。ドロップゾーンから《呼応する根絶者 アルバ》をスペリオルコールします」

「アルバ? ああ、そう言えばガーヱのコストとして捨てていたね」

「はい。バトルです。

 ファルヲンのブースト、グレイヲンでヴァンガードにアタックします」

「ふむ……」

 ヒビキがあごに手を当てて考える仕草をとる。

 同じ天海の大将とは言え、セイジほどプレイングは速くないらしい。

「ノーガードだよ」

 やがてヒビキは諦めたように小さく苦笑して、そう宣言した

「ツインドライブ。

 1枚目、★トリガー。★はグレイヲン。パワーはアルバに。

 2枚目、★トリガー」

 2枚目の★がめくられた瞬間、会場が悲鳴に似た歓声に包まれた。観客はヒビキを応援している人が多いようだ。ミオにとってはどうでもいいことではあったが。

「★はグレイヲンに。パワーはアルバに」

 巨大な爪に虚無を纏わせ、グレイヲンがヒビキの魂を斬り裂いた。

「ダメージチェック。

 1枚目、トリガー無し。

 2枚目、トリガー無し。

 3枚目、よかった! 引トリガー! 1枚引いて、効果は全てヴァンガードに!」

 ヒビキが無邪気にトリガーを見せつける。

「4枚目、はトリガー無しだね」

「では、グレイヲンのスキル発動。セレナを裏でバインド(バニッシュデリート)します。

 続けて、ガヰアンのブースト、合計パワー42000のアルバでヴァンガードにアタックします」

「《煌めきのお姫様 レネ》で完全ガード!」

 ヒビキの前に立ち塞がった人魚の少女が、聞く者を安らぎへと誘う穏やかな歌声を響かせる。

 それは根絶者にとってすら例外ではなく、拳を振りかざしていたアルバも戦意を失い、両腕をだらんと垂らしてその音色に聞き惚れた。

(……さっきの引トリガーで引かれましたか?)

 最初から完全ガードを持っていたなら、グレイヲンのアタック時に使うという選択肢もあったはずだ。それとも、さすがにダブル★は予測できなかったか。

「……エルロでソナタにアタックします」

「ノーガード。ソナタを退却させるよ」

「私はこれでターンエンドです」

 ミオは静かに宣言した。

 自分が優勢だ。引きもいい。それは間違い無い。それなのに……

(私が勝てるイメージがまったく見えてこないのは何故でしょう)

 ファイトが始まって、一瞬たりとも笑みを絶やさないヒビキを見据え、不安を覚えると同時、その感覚にどこか一抹の懐かしさをミオは感じていた。

 

 

「ア、アリサさん! ミオさんが優勢ですよ! これは本当の本当に! ひょっとして、勝てるんじゃないでしょうか!」

 響星サイドのベンチで、サキが興奮を抑えきれずと言った様子で、アリサの肩を掴んで揺する。

「セイジ先輩のような判断力も無ければ、アラシのような予測も無い。これが天海の大将なのか? もしかして最弱だから大将に押し込められたとか?」

 オウガは拍子抜けしたように、そう分析した。

 だがアリサだけは難しい表情をして、首を傾げている。

「そうよね。そう見えるんだけど……」

 自分はこの光景を知っている。

 どれだけダメージを与えても、どれだけ手札を削っても。とある少女は決して余裕の笑みを絶やさず、華麗に逆転勝利を飾っては、それすらも予測の範囲内だったと嘯く。

 それは1年前の部室で、何十回、何百回と繰り返されていた光景。

 最後まで手が届く気を起こさせなかった、究極の心理戦術(ポーカーフェイス)

「あの子、似てるんだ」

「え?」

 アリサの呟きに、サキが疑問符を浮かべる。

「あのヒビキっていう子のプレイングがね。そっくりなの。響星学園カードファイト部最強のOG、白河ミユキに」

「それがどうかしたんすか?」

「彼女が使う本気のデッキに、ミオちゃんは1年間、1度も勝てなかったのよ」

 オウガ達は困惑した様子で顔を見合わせた。

 ユキの強さを知らない後輩2人に、その脅威を伝えるのは難しい。

 だがアリサは、ヒビキの人の好い笑顔に、底知れぬ絶望を思い出していた。

 

 

「ふふ。ふふふふふ……素晴らしいよ!」

 ターンが回ってきたヒビキは、カードも引かず楽しそうに笑うと、手札をテーブルに置いて、ミオに拍手を送った。

「ユニット1体1体の特性を把握した、愛に溢れた戦略。キミの根絶者に対する想いが伝わってきたよ」

「ありがとうございます」

 根絶者との絆を褒められたのは素直に嬉しかったので、ミオは小さく頭を下げた。

「キミがボクの初めてで本当によかった。

 ファイト前はキミの華憐な美しさを見て思わず同じことを言ってしまったが、今は改めて心からそう思うよ」

「はあ」

「こんな楽しい時間を、もう終わりにしなければならないなんて……悲しいね」

「……え?」

 その呟きを境に、ヒビキの気配が変わった。

「ファイナルターン!!」

 力強く宣言すると、カードを引く。

 そして、詩を読み上げるかの如く流麗に言の葉を紡ぎ、デリートされたユニットに新たなカードを重ねた。

「終わり無き伝説よ。永劫不滅の歌声を以て、大海原から世界を繋げ!

 ライド! 《トップアイドル リヴィエール》!!」

 漆黒の水面から、黄金色の髪をした美しきマーメイドが姿を現す。

 水しぶきが月明かりを浴びて真珠のように輝き、その純真な笑顔を彩った。

「イマジナリーギフトはフォースⅡをヴァンガードに!

 リヴィエールの登場時スキル発動! 手札を1枚捨て、カードを2枚引く!

 ……ふっ。ボクの手札に運命的な邂逅があったようだよ」

「はい?」

「コール! 《パールシスターズ ペルル》! 《パールシスターズ ペルラ》!」

 その名の通り、真珠をモチーフにした艶のある純白の衣装で着飾ったマーメイドの姉妹がリヴィエールの両隣で舞う。

(そんなカードを……)

「コール! 《新米アイドル ピエーナ》! 《愛され天然 フォル》!

 さあ、バトルだ! フォルのブースト! リヴィエールでヴァンガードにアタック! 合計パワーは28000だよ!」

(私の手札は5枚。そのうち完全ガードは1枚。★トリガーを引かれると仮定するなら、これはパールシスターズのどちらかに残しておかなければなりませんね)

「2枚の★トリガーでガードします」

「ツインドライブ!!

 1枚目、トリガー無し。

 2枚目、★トリガー! 効果はすべてペルルに。

 そして、リヴィエールのスキル発動!!

 手札を2枚捨て、《トップアイドル リヴィエール》にスペリオルライド(アンコール)

 リヴィエールの登場時スキルで、1枚捨てて、2枚引かせてもらうよ。

 伝説は終わらない……再び、リヴィエールでヴァンガードにアタック!」

「これも★トリガーでガードします」

「ドライブチェック! …………★トリガー! 効果はすべてペルラに! これでボクのパールシスターズは2人とも★3になったよ!」

 リヴィエールの歌声が世界を震わせる。

 周囲を飛び回っては生物を蹂躙していた根絶者達が、次々と戦意を失い地上に落ちていく。

 心無き者の心すら揺さぶる音楽(メロディ)が流れる中、グレイヲンはそれに最後まで抵抗していた。

『我に平穏などいらぬっ! 我が求めるのは虚無のみ! 永遠に続く終焉こそが我が望み!』

「ピエーナのブースト! ペルルでヴァンガードにアタック!」

『そんな人生、面白くないでしょ!』

 気の強そうな人魚の少女が、歌いながらグレイヲンを叱りつける。

『そうだよ! 一緒に歌おう! そうしたら、きっと分かり合えるから!』

 純粋な瞳をした人魚の少女が、グレイヲンに手を差し伸べる。

『分かり合う、だと? 惑星クレイに生まれた生命ですらない我が? 貴様らと?』

『『関係ないっ!!』』

 姉妹は同時に言い放った。ふたつの言葉がぶつかり合い、波紋となって、どこまでも広がっていく。

 その時、グレイヲンはイメージしてしまった。

 惑星クレイに受け入れられ、砂浜で目の前にいる少女達の歌を静かに聴いている、そんな自分を。

『グッ! オオオオオオオオオッ――!!』

 グレイヲンは絶叫すると、自らの胸に腕を突き立てた。そして、芽生えた感情を否定するかのように、その心を掴んで握り潰す。

『そのような未来は来ない……』

 核を失い、グレイヲンの体が崩れていく。

 人魚の少女達が必死に手を伸ばすが、彼女達が触れようとした部分から、逃げるように塵となって消えていく。

『この世界を虚無で満たすことが叶わぬなら。せめて虚無と一つになろう……』

『――!!』

『――!!』

 少女達が何かを叫んでいるが、もはや何も聞こえない。

『さらばだ。惑星クレイの歌姫よ』

 最期に言葉を発した時、グレイヲンは自分が微笑んでいることに気付き、やがてその意識ごと全てが虚無に沈んでいった。

「ダメージチェック……トリガーはありません。負けました」

 ペルルのアタックをノーガードで受け、治トリガーを引けなかったミオが頭を下げた。

「勝者! 綺羅ヒビキ!!」

 ジャッジがヒビキの勝利を宣言すると、観客席が爆発したかのような歓声と拍手がスタジアムを支配した。終わってみればヒビキの圧勝だったと、彼らのほとんどはそう感じていた。

 一時のピンチも、すべて勝利を引き立てるための演出でしかなく、全ては彼の手の内、台本(シナリオ)通りであったと。

「ありがとう。楽しいファイトだったよ」

 ヒビキが白い歯を光らせて、ミオに握手を求めてきた。

「ええ。負けはしましたが、悪くないファイトでした」

 ミオも小さい掌でそれを握り返す。

「キミとはまたファイトをしたいな。ヴァンガード選手権でまた会えるだろうか?」

「確約はできませんが、エントリーはするつもりですよ」

「そう。よかった。キミとはきっとまたファイトができる。そんな運命を感じるよ」

「そんなものは感じていませんが、その時はぜひ」

 その言葉を契機に、ヒビキは名残惜しそうにミオから手を離すと、律儀に四方の観客席に一礼してから悠々と天海サイドへと引き上げていく。

 ミオもゆっくりとした足取りで、響星サイドへと戻った。

「すみません。負けてしまいました」

 淡々と報告する。

「どうだった?」

 端的にアリサが尋ねた。

「はい。とても楽しかったです」

 悔しくないと言えば嘘になる。

 それでも、ミオは晴れやかに微笑んだ。

「よかった。お疲れ様」

 アリサはそう言って、隣に腰かけたミオの頭を優しく撫でた。

 ミオは一瞬、気難しい猫のように身をよじってそれをかわそうとしたが、やがて諦めたようにされるがままになり、いつしかその頬をアリサの肩へと寄せていた。

 彼女達のヴァンガード甲子園は終わったのだ。

 

 

 真っ赤な夕日が、スタジアムの白い天井を燃えるような紅に染め上げている。

 既に多くの高校がこの地を去り、露店もほとんどが店を畳んでいるため、朝の賑わいが嘘のように会場全体が静まり返っていた。

 今頃は飲食店――特に食べ応えのあるラーメン店などは繁盛しているかも知れない。

「兵どもが夢の跡って感じね」

 アリサがポツリと呟く。

 甲子園と銘打ってはいるが、一試合が短い都合上、その全日程は2日で終了する。

 ベスト8まで残った高校には無償で宿泊施設が提供されるほか、敗退した高校でも、部活に力を入れているところであればホテルの一室と2日目の観戦チケットを部費で購入しているところもある。

 もっとも、倉庫まがいの部室に押し込められていることからも分かる通り、響星学園カードファイト部はそこまで期待されていないので関係の無い話ではあった。明日は部室に新たに設置されたパソコン「デリート1号」で観戦することになるだろう。ミオが自作したPCであるそれは、スペックはすこぶる良いが、いかにもデータが消えてしまいそうな名前は部員から不興を買っている。

「前々から話はしていたけどね。あたしは受験もあるから、これでカードファイト部を引退するからね」

 アリサはスタジアムを見据え、後輩達に背を向けたまま大事な話を切り出した。

「次の部長はミオちゃんに任せるから。引き継ぎで来月はたまに部室に顔を出すけど、その時はよろしくね」

「はい」

 ミオが小さく頷いた。

「あとは……あとは……サキちゃんや、ミオちゃんが気にするから、こんなことは絶対に言っちゃダメなんだけど。……ごめん、ムリ!」

 アリサは勢いよく振り返ると、ミオ達をまとめて抱き寄せた。

「みんなと同じ目標に向かって頑張ったこの数か月、本当に楽しかった! ヴァンガード甲子園の本戦にまで出場できて! 天海にまで勝てて! あたしは一生の思い出が作れた!

 でも……それでも! みんなと一緒にもっとファイトがしたかったっ! みんなと一緒にもっと遊びたかったよ!!」

 すでにアリサのは涙でベトベトに濡れていた。

「そんな……私も楽しかったですっ!」

「うおおっ! アリサ部長! いえ、アリサ先輩いぃぃっ!!」

 サキもオウガも涙を流し、アリサを抱き返す。

「…………」

 ミオはと言うと、らしからぬ顔で泣きじゃくるアリサの横顔を無表情に見つめ返していた。

 正直に言って、実感がわかなかったのだ。

 この1年半、常にミオの隣にいて微笑みかけてくれた優しい先輩が、この夏を境にいなくなってしまうことが。

 夕日はどこまでも赤くアリサの背中を照らし、セミの鳴き声がどこか遠くから聞こえていた。

 

 

 

 

 ――次の日、天海学園はこれ以上ヒビキを出すことはなく、圧倒的な強さでヴァンガード甲子園の連覇を果たした。

 だが、テレビや雑誌といった各メディアはこぞって綺羅ヒビキの名を採り上げ、業界は新たなヒーローの登場に沸き立った。




ここまでお疲れ様でした。
話の都合上、1話にファイトシーンが2つ挿入されてしまったため、過去最長になってしまいました。
ここまで読んでくださった方々に、まずは感謝を。

今回は、アクアフォース使い、清水セイジ。
バミューダ△使い、綺羅ヒビキが正式に登場です。

私がアントリオンをよく使っていた時期、もっともよく対戦していた人がアクアフォース使いだったので、アクアフォースVSメガコロは絶対に書きたい場面のひとつでした。
絶対正義と絶対悪。尽きぬ水流と渇きの砂塵。決して相容れない者同士の対決は非常に絵になります。
今回は話の都合により負け戦になりましたが、今後も活躍してもらう予定なので、アクアフォースファンは楽しみにして頂けたらと思います。

そして、ついにバミューダ△です。
根絶少女の基本コンセプトは「アニメで活躍の少ないクランに光を」なので、バミューダ△をボス格に使わせることは、早い段階から決めていたような気がします。
圧倒的なパワークランなので、実際、動きはボス向きなんですよね
問題は、その戦闘イメージをどのように描写するかですが、私の独自解釈を交えて、いわゆる「戦争なんてくだらねえぜ! 俺の歌を聞けぇ!」路線になりました。
私個人としては、バミューダ△ユニットのパワー=ファンの数で、アタック時にはそれらが大挙して襲い掛かってくるイメージで楽しんでいます。
アニメではヒレでどついたり、魔法少女みたいなビームを出したりしているので、意外と武闘派なのかも知れませんが。
かなりの自信をもって送り出したキャラクターなのですが、友人には6月の顔見せ時点でバミューダ△使いだと見破られていました。
何がいけなかったの?(たぶん名前

何だかあとがきも長くなってしまいました。
来週は「蝶魔月影」の「えくすとら」でお会いできれば幸いです。
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