根絶少女   作:栗山飛鳥

18 / 94
9月「仲間を呼ぶのは、正義だけじゃない」

 雑草すら枯れ果てた土と砂の世界に空風が吹き荒ぶ。渇いた川が地平の先まで伸び、周囲に反り立つ灰色の岩山は今にも崩れそうで、それはこの世界の行く末を暗示しているようも思えた。

「ふはははは! 世界から緑も蒼も消し去ってしまえい! この星を死の星へと変えてしまうのだ!」

 その中心で異形の男が高笑いをしていた。カゲロウの幼生、アリジゴクと人を融合させた怪人だ。

「そうはさせるものか!!」

 勇ましい声がどこからともなく荒野に響き渡り、赤いスーツの男がバク転をしながら現れた。その男に続くように、青、緑、黄、ピンク。色とりどりなスーツの男女がアクロバティックな動きで登場する。

「見つけたぞ! 悪の組織メガロダークの幹部、アリ地獄大帝!!」

「この地球をお前たちの好きにはさせない!!」

 スーツの男女が口々に説明口調で怪人を非難する。

 アリ地獄大帝と呼ばれた怪人は、鬱陶しそうに腕を振るうと、忌々しげに口を開いた。

「ええい! マスクドポリスめ! またも俺の邪魔をしに現れたか! バッタ戦闘員よ、やってしまえい!」

 アリ地獄大帝が手にした杖を地面に打ち付けると、スーツの男女を取り囲むようにしてバッタの怪人が現れ、彼らに跳びかかった。

「がんばれー!!」

「負けるなー! マスクドポリス!!」

「メガロダークをやっつけろー!!」

 渦中から少し離れた場所で固まってそれを見物していた子どもたちが、熱狂的な声援を送る。

 そこは荒野とは似ても似つかぬ平和な遊園地の一角で、彼らの頭上には『マスクドポリス ヒーローショー』という横断幕が大きく張られていた。

 今年で小学1年生になる天道アリサもそこに混じっていた。その中では年長となる彼女は、声こそあげなかったが、スカートをぎゅっと握りしめ、真剣な瞳をまっすぐ舞台に向けている。

「やっちゃえ、マスクドポリスー!!」

 その隣では、彼女の弟が無邪気に声を張り上げている。アリサは弟の付き添いで、このショーを見にきていたのだが、弟よりも大人になっていた分、彼女はより深いところでそれに没頭していた。

「ギィー!!」

 舞台の上では、最後の1匹となっていたバッタ戦闘員が、赤いヒーローの蹴りを受けて吹き飛ぶように退場していくところだった。

「やるな、マスクドポリス! 次はこの俺が相手だ!!」

 アリ地獄大帝が子ども達の方を向き、杖を高く掲げた。先端についている髑髏の装飾が妖しく光り、吹き荒れる風の効果音が大きさを増していく。

「ううっ!」

 赤いヒーローが喉を押さえて膝をつき、他のヒーロー達も次々と苦しみもがいて倒れていく。

「ふははは! この杖は生物の体から水分を奪う力があるのだ! このまま乾いて死んでいくがよい! ふははは! ふははははは!」

「大変! マスクドポリスが負けそうよ! みんな、マスクドポリスを応援してあげて!!」

 ショーの司会進行を務めていたお姉さんが舞台の上に現れ、子供たちに呼びかける。

「マスクドポリスー!!」

 子供たちが一丸となってヒーロー達を応援する。

「まだ足りないわ! もっともっと大きな声で!」

「マスクドポリスー!!!」

 子供たちの絶叫が遊園地の一角で爆発する。

「ありがとう、みんな!」

 赤いヒーローが立ち上がり、拳を握りしめる。

「バカな! 何故、立ち上がれるのだ!?」

 アリ地獄大帝が叫んだ。

「みんなの勇気が奇跡を起こしたんだ!」

「あ、ありえん! ありえんぞおおお!!」

 他のヒーロー達も立ち上がり、アリ地獄大帝の悲鳴にも似た怒号が舞台にこだまする。

 それは正義の味方にとっては当然の奇跡であり、これまで綿密かつ周到に計画を進めていた悪の手先にとっては理不尽極まりない結末でもあった。

「マスクドポリス!」

「マスクドポリス!」

「マスクドポリス!」

「がんばってぇ! アリ地獄大帝!!」

 ヒーローに向けられた声援を押しのけるようにして大きな声があがり、周囲の子供たちが一斉にそちらを振り向く。

 アリサがぽろぽろと涙をこぼしながらアリジゴク大帝を応援し、弟もそんな姉をあ然とした顔で見上げていた。

「負けないで、アリ地獄大帝! あたしは、あたしだけは応援してるからっ……!!」

 舞台の上では、彼女の応援むなしく、アリ地獄大帝がヒーロー達の力を合わせた必殺技で倒されていくところだった。

 

 

「だって、だって……マスクドポリスはあんなに応援してくれている仲間がいるのに……アリ地獄大帝はひとりぼっちで。あたしだけでも応援してあげなきゃって……」

 ヒーローショーの帰り道、どうして悪者を応援したのか母親に問われ、アリサは涙ながらに釈明した。

「……アリサは優しい子だねえ」

 そう言って、母はアリサの頭を撫でてくれたが、それ以上は何も言わなかった。

 きっと彼女自身も迷っていたのだろう。ともすれば異端となり得る、アリサの危うい優しさを肯定してあげるべきかを。

 ――天道アリサ 7歳の出来事であった。

 

 

 ――天道アリサ 18歳。

「――で、部費でカードを買った場合は、この台帳に記入するの。領収書はここに貼ってね。

 もちろん部費も無限というわけじゃなくて、こっちに残額を記録したファイルが別にあるから……」

 2学期になってカードファイト部を引退した彼女だが、まだ少しだけ部室に出入りしていた。

 その主な理由が、ヴァンガード甲子園に向けた練習で先送りになっていた、部長業務の引継ぎである。

 その相手は、もちろん2年生の音無ミオだ。

 時間は放課後。オウガとサキはすでに帰宅しており、窓からは眩い西日が差し込んでいた。

「なるほど」

 アリサの丁寧な説明に対し、ミオはメモも取らず、たまに首を縦に振るだけだったが、こういう時の彼女は信用できるとアリサも理解している。

「念のために言っておくけど、部費で根絶者のカードばっかり買っちゃダメよ?」

「はい」

 ミオが虚空を見ながら、こくんと機械のように頷いた。

「いや! フリじゃないからね!? 本当にダメよ!?」

 こういう場合の彼女は信用ならないともアリサは理解している。

 始めは何を考えているのか全く分からなかったが、今は以心伝心とも言える関係を築いていた。

 これが慣れというものか。

(いや、違うわね……)

 浮かんできた考えをバッサリ否定する。

 きっと、ミオが成長しただけなのだ。彼女自身がかつて望んだように、感情のまま笑い、喜び、泣き、怒り、たまに冗談を言ったりしている。ただそれだけ。

「引き継ぎはこんな感じかな。んー、1週間はかかると思ったけど、やっぱりミオちゃんが相手だと早いねー」

「はい。ありがとうございました」

「どういたしまして。月末にも仕事があるから、その時にはまた部室に寄るね。それが終わったら……あー、あたしもいよいよ受験戦争に本格参戦かー」

 アリサが脱力して、だらんと椅子に倒れこむ。

「ま、今回は適当にやらせてもらうわ。響星の名前があれば、それなりのところには行けるでしょ」

「そういえば。前々から不思議だったのですが、アリサさんはどうして響星に入学されたのですか? はっきり言って、響星の授業についていくのも難しい学力だと思っていましたが」

「本当にはっきり言うわね、あんたは……」

 アリサが半眼になってミオを睨む。

「けど、ミオちゃんの言う通りよ。あたしはかなり無理して響星に入学したから」

「何故ですか? やっぱりユキさんがいたからでしょうか」

「ううん。当時のあたしはユキが響星にいることすら知らなかったよ。だって、カードショップで顔を合わせてはヴァンガードの話ばっかしてる間柄だったからねー。どこの高校を目指してるだの、入学しただの、そんな話は一切しなかったよ。

 正直、年の差も意識してなかったし、あたしより1年早く中学校の制服を着てショップに現れたのを見て、(ああ一つ年上だったんだなー)って思ったくらいだもん」

「私も人のことは言えませんが、ヴァンガード以外のことにはなかなか無関心ですね」

「うん。その話をユキにしたら……」

『あら。私はあなたのことを3つくらい年下だと思ってたから、私が中学生になって1年後に、制服を着たあなたがショップに現れたのを見て腰を抜かしたわよ』

「とか言いやがるのよ!? ムカつくー!!」

 アリサがバンバンと机を叩いて、遺憾の意を示す。

「それで、ユキさんが理由ではないとしたら、アリサさんが響星を目指した理由は何だったのですか?」

「あたしが響星を目指した理由は簡単よ。中学校で進路指導の面談があった時、特に行きたい高校も決まってなかったから、冗談で難関校の名前ばっかり書いて進路希望を提出したのね。そしたら、その時の教師に『お前じゃ無理だ』って頭ごなしに否定されてさ。さすがのあたしもそれにはカチンときて、『絶対に響星に合格してやるから、後で吠え面かくなよ!』って啖呵切って進路指導室を飛び出したの」

「ロックですね」

「で、その日から猛勉強に猛勉強を重ねて、奇跡的に響星学園に合格したのでした。すごくない?」

(中の上レベルの生徒がちょっと発破をかけるだけで響星に合格したことを考えると、教師としては吠え面どころか万々歳な気がしなくもないですが)

 その教師は、今頃さぞ出世して大きな顔をしているに違いない。

「で、響星に入学して、カードファイト部を覗いてみたら、ユキの姿があるじゃないの! あれはお互い本当に驚いたわねー。ユキは、あたしが響星に入学できたことの方に驚いてたみたいだけど」

「そもそも、ユキさんが響星に入学できたことも不思議なのですが。あの人の英語の成績だと、他が満点でも足切りの対象ですよね。

 昔、ユキさんの英語のテストの答案をちらりと見てしまったことがあるのですが、『犬』を『bog』と英訳していたのを見た時は、さすがに我が目を疑いました」

「ボッグ!?」

「教師もサービス問題のつもりだったのでしょうが」

 サービスどころか、後進に語り継がれるほどの赤恥になってしまっている。

「まあ、あいつなら英語ができないのは恥とも思っていないでしょうけど。

 あいつが響星に入学できた理由も知ってるよ。

 入試が終わったあとの面接で、あいつは面接官の教師にこう言ってのけたの」

『私の英語の成績は、きっとあなた方の理想には届いていないと思います。ですが、たったそれだけの理由で。英語ができないなどというくだらない理由で、この私を採らないつもりでしょうか?

 その場合、この学園は後の世に『白河ミユキを入学させなかった愚かな高校』として名を残すことになるでしょうね。……永遠に』

「ってさ」

「自己アピール通り越して、もはや脅迫ですね」

「当時から、何だかスゴくてメチャヤバい着物姿の女子中学生がいるって噂は、高校教師の情報網に流れてたらしいしね。

 その後、採用担当が緊急会議を開いて、ユキを入学させるべきかで一晩中議論したらしいよ。

 もはや英語の成績とか関係無く、人としてどうなんだって議題で」

「扱いが三国志の呂布や曹操みたいになってますね」

 それでも、100%落とされるだけだった状況を、入学させるか否か、2択の議論にまで好転――すり替えたと言うべきか――させただけでも凄まじい。アリサの伝聞だけでは伝わらない、よほど巧妙な舌先三寸で面接担当者を煙に巻いたのだろう。

「けどまあ実際、ユキを入学させないのは、永遠に汚名を残すのかは知んないけども、もったいないよ。

 ユキが来て、伝統ばっか重んじて生徒に窮屈な思いばかりさせてきた響星が、僅か3年でのびのびとした校風になったって、世間では評判らしいし」

 古風な見た目に反して、ユキは革新を重んじる。

 生徒のバイトを認めさせたのはアリサ達の記憶にも新しく、過去には、学園の重役を兼任していて誰も口出しできなかった、日常的に体罰を振るっていた暴力教師を、ここにはとても書けないありとあらゆる手段を講じて懲戒に追い込んだという伝説も残っている。

(その柔軟な思考を、どうして英語に向けられないのかが謎ですが)

 ミオは心の中で首を傾げた。

「話を戻すけどさ……」

「何の話をしてました?」

「あたしよ! あたしが頑張って響星に入学したって話!!」

 アリサ一世一代の逆転劇も、ユキの壮絶な入学秘話の後だと、凡人にはよくある人生のひとつに思えてしまう。

「実際、あたしは無理がたたって、響星の授業には全くついていけてないわけなんだけど。

 ここの先生、受験勉強で覚えた知識を全て記憶してる前提で進めてない!? そんなの、受験が終わった時点でパーッとどこかに飛んでいったわよ!」

「進学校ですからね」

「おかげでテストも散々だし。先生にも目をつけられるし。

 だから、大学は身の丈にあったところを選ぶの。遊んでばっかの有意義なキャンバスライフを過ごすのよ!」

「それはそれで大学を舐めていると思いますが」

「……ふふふ。思えば、ミオちゃんとヴァンガード以外の話をするのも珍しいよね」

 そう言って、アリサが顔をほころばせる。

「そうですね」

「そんなわけで、ここらでそろそろヴァンガードしない?」

「何でそうなるんですか。日常パートの流れだったでしょう」

 口ではツッコミながらも体は正直で、ミオの右手は条件反射的にカバンからデッキを取り出してはいたが。

「いいじゃない。新しいメガコロのデッキ、試させてよ」

「1回だけですよ? もうすぐ下校時間ですし、アリサさんは受験生なんですから」

「それよ! 何でこの時期にメガコロ強化なの!? メガコロ受験生の人生を歪ませにかかってない?」

「どれだけ強引な被害妄想なんですか」

 ブツクサと文句を言うアリサと、半眼になっていちいち受け答えするミオだったが、手はしっかり動かしており、いつの間にかテーブルの上にはファイトの準備ができあがっていた。

「それじゃ、はじめましょ」

「はい」

「スタンドアップ!」

「ヴァンガード」

「《年少怪人 ワーレクタス》!」

「《発芽する根絶者 ルチ》」

 

 

 ――天道アリサ 9歳

「はい、お誕生日おめでとう」

 そう言ってぶっきらぼうに、飾り気のない紙袋を弟に押し付ける。

「ヴァンガード……『虚影神蝕』っていうの? あんた、欲しがってたでしょ」

「マジで!? 2箱も!? ありがとう、姉ちゃん!」

 普段は可愛げの無い弟だが、この時ばかりは満面の笑みで素直にお礼を告げた。

 鼻歌交じりでパックの封を開け、当たったカードに一喜一憂している様子を、椅子にだらしなく腰かけながら眺める。

 それは本当に楽しそうで、プレゼントを買った本人も少し羨ましくなってしまうほどだった。

「おっ! 《イニグマン・ストーム》じゃん! やっぱヴァンガード始めるならディメンジョンポリスだなー」

「おー、よかったね。

 ……ねえ、お姉ちゃんにも少し分けてよ? カードゲーム始めるなら、対戦相手も必要でしょ?」

「うん! いいぜ! どれがいい?」

 ダメ元で提案してみたが、彼も誰かと対戦してみたくて仕方がなかったのだろう。おやつならひとかけらも姉に譲らないケチな弟が、二つ返事でクランごとに大別されたカードの束を惜しみなく差し出す。

 どのカードも格好良くて目移りしてしまうが、やがて1枚のカードに目が留まった。

「……お姉ちゃんは、これかな」

「メガコロニー? 悪の怪人かよ。ロイヤルパラディンとかの方が初心者向きだぜ?」

「うん。あたしはこれで……。ううん。これがいいの!」

 どこか懐かしさを感じさせるアリジゴクの怪人を手に、アリサは力強く笑みを浮かべた。

 それから2人でデッキを組んだ姉弟は、心ゆくまでヴァンガードで対戦した。今日に限らず、明日も、明後日も、明々後日も。

「《ステルス・ミリピード》のブースト! 《デスワーデン・アントリオン》でアタック!」

「ノーガード! ダメージチェック……くー、また負けたー! 姉ちゃんは強いし、容赦ねーな!」

 そう言って、弟は負けても楽しそうに笑っていた。

 もちろんアリサも勝っても負けても楽しかったが、心の中では別のことも考えていた。

(この世界では、悪の怪人が勝ってもいいんだ……)

 漫画やアニメの世界では決して赦されない禁忌が、天道家のテーブルの上では日常だった。

 悪人が本当に世界を支配していいとは、子どものアリサでも思わない。

 しかし――

 悪役が自分のイメージの中で報われるくらいならいいではないか。

(もっともっと、この子達を勝たせてあげたいな……)

 やがて、弟とのファイトだけでは満足できなくなったアリサは外の世界(カードショップ)へと飛び出し、とある少女と運命的な出会いを果たすのだが。

 それはまた別のお話である。

 

 

 ――時は再び現代に戻り、

「ライド! 《ブラッディ・ヘラクレス》!」

 2点のダメージを受けた先行のアリサが、G2ユニットにライドする。

「コール! 《鹵獲怪人 スティッキーボーラス》!

 ボーラスのスキル発動! CB(カウンターブラスト)1して、山札の上から6枚確認……《百害女王 ダークフェイス・グレドーラ》と《威圧怪人 ダークフェイス》を手札に加えるよ。

 さらに《強酸怪人 ゲルドスラッグ》! 《ブローニィ・ジャーク》をコール!

 ジャークのソウルブラスト! デッキの上から1枚ドロップして……ノーマルユニットだったのでソウルチャージ! ……よしっ、G3が入った。

 さあ、バトルよ!

 ジャークのブースト! ヘラクレスでアタック!」

「……なるほど」

 盤面を俯瞰したミオが小さく唸る。

(ヘラクレスの攻撃を通してしまうとCC(カウンターチャージ)されてしまうのはもちろん、+6000のパンプでボーラスのドローまで許してしまうというわけですか)

 かと言って防ごうにも、トリガーを引かれることを想定するなら25000ガードが必要になってくる。

(相変わらず丁寧で、嫌らしい盤面です――が)

「治トリガーでガード。加えて、クイックシールドを使用します」

「ぐっ!?」

 いい気になっていたアリサが、今度は低く唸る番だった。

「もちろんそう簡単には通しませんよ。ドライブチェックをどうぞ」

 普段より僅かに饒舌になって、ミオが小さく胸を逸らしながら続きを促す。

「ドライブチェック……(クリティカル)トリガー! 効果は全てボーラスに!」

「相変わらず、転んでもタダでは起きない人ですね」

 再びドヤ顔に戻ったアリサに、ミオは呆れたように呟いた。

「ゲルドスラッグでブースト! スティッキーボーラスでアタック! ボーラスのパワーは20000以上なので、1枚ドロー!」

「これは受けましょう。ダメージチェック。1枚目、2枚目、ともにトリガーはありません」

「あたしはこれでターンエンドよ」

「はい。私のターンです。スタンド&ドロー。

 ライド。《迅速な根絶者 ギアリ》。

《速攻する根絶者 ガタリヲ》、《慢心する根絶者 ギヲ》もコールして、バトルです。

 ガタリヲのブースト、ギアリでヘラクレスにアタックします」

「アタックがヒットしたら、あたしのユニットがバインドされちゃう、か。目には目を。ヒット時能力には、ヒット時能力を。というわけね。

 あんたも、クールなようでいて負けず嫌いよねー」

「私は常に最善手を選んでいるだけですよ」

 ミオが澄ました顔で答えた。

(それはそうなんだろうけど、ミオちゃんの場合、この子の感情にデッキが応えているような気がするのよね)

 ふと浮かんできた突拍子もない考えを心の中で呟きながら、アリサは手札と盤面を見比べ、沙汰を下す。

「いいわ。これはノーガードよ」

「では、ドライブチェック……★トリガー。★はヴァンガードに。パワーはギヲに」

「ダメージチェック!

 1枚目、★トリガー! パワーをヴァンガードに!

 2枚目は、トリガー無し!」

「ギアリのアタックがヒットしたので、スキル発動します。《ブローニィ・ジャーク》を裏でバインド(バニッシュデリート)

 続けて、ギヲでアタックします」

「ボーラスでインターセプト!」

「ターンエンドです」

「あたしのターンね。スタンド&ドロー!

 ライド! 《百害女王 ダークフェイス・グレドーラ》!!」

 機械化された8本のツメで大地を抉り穿つように、巨大な蜘蛛が森林の奥からゆっくりと姿を現した。

 重厚な大蜘蛛の胴体には、蠱惑的な魅力を湛えた妙齢の女性が繋がっている。

 異形の女性は慈愛と憂いに満ちた潤む瞳で怪人達を見渡すと、続けて根絶者達に目を向けた。瞬間、彼女の目が獲物を見つけた肉食獣のように、されど気品は一切損なわず、スッと細まった。

 蜘蛛の胴体が七色に光る糸を噴出し、女性が細い指でそれを手繰ると、深い森が一瞬にして巨大な蜘蛛の巣へと変貌する。身の毛もよだつ不気味な光景だが、整然と等間隔で張り巡らされた輝く糸は、どこか芸術的で幻想的な景色も生み出していた。

 蜘蛛が跳躍し、できたばかりの巣にぶら下がる。絹よりもか細い糸は、その巨体を微動だにせず支えた。そして、女性が根絶者を高みから睥睨して告げる。

『無粋なる侵略者どもよ。我が領域に足を踏み入れ、我が愛し子を手にかけたこと。死よりも重き罰をもって償うがよい』

 彼女の名はダークフェイス・グレドーラ。

 惑星クレイのあらゆる森に潜む、昆虫たちの犯罪結社。メガコロニーを束ねる母にして女王である。

「イマジナリーギフトはプロテクトⅠ! そして、グレドーラのスキル発動!」

 アリサが宣言すると同時、グレドーラの糸が生き物のように蠢きながら根絶者達へと襲い掛かると、瞬く間にガタリヲとギヲを包み込んだ。その中央には、蜘蛛を模した紋章が不気味に浮かぶ。まるで棺桶のような佇まいだが、女王を含めたメガコロニーの怪人達はこれを暗黒繭(クレイドル)と呼ぶ。

 すなわち、揺り籠と。

「コール! 《新星怪人 リトルドルカス》! 山札の上から5枚見て……手札交換はしないよ。

 さらにコール! 《無双剣鬼 サイクロマトゥース》! 《威圧怪人 ダークフェイス》!

 さあて、バトルよ!

 サイクロマトゥースでヴァンガードにアタック! スキル発動! 山札の上から1枚ドロップしなさい!」

「……ノーマルユニットです」

「じゃあ、サイクロマトゥースに+10000、★+1! 合計パワーは22000!」

「★トリガーでガードします」

「続けて、ダークフェイスでアタック! ダークフェイスのスキル発動! 暗黒繭の置かれているギヲを退却!」

 女王(ダークフェイス)の名を継ぐメガコロニー最強の戦士が『ヒャッハア!』と、母とは似ても似つかない野蛮な声をあげて虫の大顎に似たツメを振るい、暗黒繭を両断する。その中から転がり落ちてきたのは根絶者の骸ではない。それに寄生していた怪人の幼虫が高らかに産声をあげる。

「これでダークフェイスのパワーは+10000! さらに暗黒繭の置かれたユニットが退却したので、あたしは山札からスティッキーボーラスを手札に加えるよ」

 ダークフェイスはツメから滴り落ちる体液を舐めとると、今度こそギアリめがけて突撃する。

「ノーガードです」

 粗野な言動はともかく、ダークフェイスが女王の力を色濃く受け継いでいることに違いはない。ひと振りで山をも切断する斬撃が根絶者に襲いかかる。

「つっ。ダメージチェック……トリガー無しです」

 流れ込んできた暴力的なイメージに、ミオは僅かに顔をしかめながらカードをめくる。

「リトルドルカスのブースト、グレドーラでヴァンガードにアタック! アタック時にダークフェイスを退却させてスキル発動!」

『ヒャーハハハ! 俺様の活躍、見てくれていましたか!? 陛下! 陛下ァ!?』

 女王を見上げて喚声をあげるダークフェイスに、優しくグレドーラの糸が巻きついていく。

『うむ。褒めてつかわそう』

 するするとダークフェイスの巨体がグレドーラの傍まで持ち上げられる。

『だが、おぬしの戦い方は野蛮が過ぎる』

 そして、グレドーラが冷たい声音で囁いた。眼下にはダークフェイスに薙ぎ払われ、荒れ地と化した森が広がっている。

『へ?』

『後は離れて見ておれ』

 グレドーラは糸を振り回し、ダークフェイスを投げ捨てた。

『陛下!? 陛下ァーッ!?』

 ダークフェイスは悲鳴をあげながら、森の遥か彼方へと飛ばされて消えていった。厳しさも愛のうちなのである。

『侵略者どもよ。見苦しいものを見せたことを謝罪しよう。これはその詫びだ。とくと味わうがよい』

 グレドーラが手を掲げて合図をすると、ダークフェイスの立っていた地面から、腐葉土を押しのけて伏兵が現れた。

「スペリオルコール! 《デスワーデン・アントリオン》! そして、グレドーラとアントリオンにパワー+10000!

 さあ、まずはグレドーラのアタックを受けるか防ぐか決めてもらおうじゃないの! オーホッホッホ!」

(何だか腹立つくらいに楽しそうですね)

 ミオは半眼になって、変な笑い声をあげるアリサを見据えた。

「……ノーガードです」

 ミオが宣言すると同時、アリサがすかさず山札に手をかける。

「ツインドライブ!!

 1枚目、トリガー無し。

 2枚目、★トリガー! ★はグレドーラ! パワーはアントリオンに!」

 無数の蜘蛛糸がギアリを絡めとると、残りの糸が鞭のようにしなり、その全身を斬り裂いていく。

「ダメージチェック……。

 1枚目、トリガー無し。

 2枚目、★トリガー。パワーはヴァンガードに」

「ゲルドスラッグのブースト! アントリオンでヴァンガードにアタック時、スキル発動! 手札を2枚捨ててアントリオンのパワー+10000! ★+1! このアタックは守護者ではガードできない!」

「引トリガー、★トリガー2枚でガードします」

「ヒュー♪ やるわね」

 へたくそな口笛を吹き、アリサがターンエンドを宣言する。

 気が付けば、ミオの手札は1枚。ダメージは5にまで追い詰められていた。

(これは久しぶりに負けるかも知れませんね)

 ミオは現状を冷静に分析した。

 アリサはヴァンガード甲子園で大金星をあげた勢いのまま、当時の主力に最新のカードを混ぜ合わせ、違和感なく使いこなしている。

 今の彼女を見れば、先の勝利をまぐれだと言う者は誰もいないだろう。

(ですが、私もただで終わるつもりはありません)

「ライド。《絆の根絶者 グレイヲン》

 イマジナリーギフトは、フォースⅠを右前列に置きます。

 そこに《波動する根絶者 グレイドール》をコール」

 もはやフィニッシャーを温存している余裕は無い。

「グレイヲンのスキル発動。グレドーラをデリートします」

 グレイヲンが虚無を纏った右手でメガコロニーの女王を薙ぎ払う。その掌の中では王も神も無い。全てを等しく零へと還すのだ。森を覆う蜘蛛糸も主を失い、力無く地面に垂れた。

「ヴァンガードがデリートされたので、ドロップゾーンにいるファルヲンのスキルを発動します。このユニットをグレイドール後列にスペリオルコール」

(私の勝ち筋はダブル★のみと考えていいでしょう)

 効果処理と並行して、頭の中では次の戦略を組み立てていく。

(アリサさんがヴァンガードの攻撃を2枚貫通と言うなら、トリガー効果はすべてヴァンガードに与える。それしかありませんね)

 ミオはそう結論づけると、ターンをバトルフェイズに移行させる。

「グレイヲンでヴァンガードにアタックします」

「《綿雪怪人 スノートリック》! 《ジュエル・フラッシャー》でガード!」

(合計パワー35000……トリガー効果をすべてグレイヲンに与えても届きませんね)

 そして、アリサの手札にはまだプロテクトが握られている。このターン中の勝ちは無くなったということだ。

「ツインドライブ。

 1枚目、(ドロー)トリガー。カードを引いて、パワーはグレイドールに」

 だが、ミオは諦めるということはしない。これまで積み重ねてきたものを放棄することは、何よりも非合理的だからだ。

 だから今も、自分ができる精一杯を淡々と実行する。

「2枚目、(ヒール)トリガー。ダメージ回復します」

(これで多少は持ち直しましたが、グレドーラにライドされて耐えられる状態ではないですね)

 だが、それ以外ならチャンスはある。ノーガードと完全ガードで2度のアタックは凌げるし、もう1枚の手札も治トリガーだ。

「グレイドールでヴァンガードにアタックします」

「ノーガードよ。ダメージチェック、トリガーは無し」

「ターンエンドです」

「あたしのターン! スタンド&ドロー!!

 …………ライドフェイズをスキップ!!」

 ファイト終盤特有の、ひりつくような感覚の中、アリサがあっけらかんと宣言した。

「……はい?」

 ダークフェイスにライドされたパターン、サイクロマトゥースにライドされたパターンを、それぞれ頭の中で検証を繰り返していたミオは、どこか水を差された気分になって、思った以上に冷たい声が出た。

「だって、ライドできるG3が無いんだもん。手札見る?」

「いりません。ダークフェイスもサイクロマトゥースもあれだけコールしていたじゃないですか。そもそも、それなら何でリトルドルカスでG3を取れなかった時点でどちらかを温存しなかったんですか? 次のターンにデリートされるのは分かっていましたよね?」

 ミオの口調が説教じみてきている。もはやどちらが先輩か分からない。

「だってダークフェイスとサイクロマトゥースが揃ったら出したくなるじゃない! うーん。G3引けると思ったんだけどなー」

 結局、アリサは何も変わっていなかったのかも知れない。

 その場のノリで行動し、根拠のない自信を口にして――

(そして、いつでも楽しそうで――)

 ミオの口から「ふっ」と微笑にも似た溜息が漏れた。

「いいですよ、もう。ファイトを止めてすみませんでした。再開してください」

「はーい。《ファントム・ブラック》をコール!

 バトルよ! いよいよあたしの真の力を見せる時が来たようね」

 そう言ってアリサは、拳をゴキゴキと鳴らす仕草をした。実際に音は鳴らなかったが。

「リトルドルカスのブースト! ヴァンガード(あたし)でグレイヲンにアターック!!」

 霊体となったアリサが、拳を突き出しグレイヲンの巨体へと突撃する。

「治トリガーでガードします。パワー合計値は33000で、2枚貫通です」

「ツインドライブ!!

 1枚目、★トリガー! 効果はすべてあたしに!」

「?」

 まだアリサは賭けにでなければならないような場面ではない。ミオは目を見開いてアリサを見た。そして、真剣な表情をしているアリサと目が合った。

「あたしはこれと言った目標も無ければ、夢も無い。皆が行ってるからって理由で大学に行こうとして、それすらも適当に選ぼうとしているいい加減な女よ」

「まあ、基本いい加減なのは知っていますけど」

「けど、これだけは約束する。あたしは前に進むことだけはやめない! いつでもあたしが一番楽しいと思ったことをやる! その道がたとえどれだけ険しくてもやり遂げる!

 2枚目っ! ……★トリガー!! 効果はすべてあたしにっ!!」

 アリサの拳が、魂が、眩い光を放ち、あろうことかグレイヲンを守護するバリアがひび割れ、打ち砕かれていく。

「このファイトは! このトリガーは! あたしの決意表明だっ!」

 己を細く鋭い毒針と化して、グレイヲンの胸を一筋の閃光が貫いた。

 

 

「ふ、ふふっ、あはははっ。何ですか、それ?」

 6枚目のカードをダメージゾーンに置いたミオが、こらえきれずに笑い出した。

「新しいカードを試したくてファイトしたのに、デリートが解除できないからそのまま殴ってガード貫通って。

 ふふふっ、部活での最後のファイトなのに、何でそんなに締まらないんですか。

 ……む? どうしました?」

 口元を押さえて笑い続けるミオを、アリサはぽかんとだらしなく口を開けたままじっと見つめていた。

「いや。ミオちゃんが声をあげて笑うのって、はじめて見たから」

「……そう言えばそうですね」

 指摘されて始めて気づいたかのように、ミオもきょとんとした。

「たぶん、生まれて初めての経験だと思います」

「マジで!?」

「はい。やっぱり、アリサさんとのファイトは楽しいです」

「あ、ありがと。いやー、ユキに自慢できちゃうなー。ミオちゃんの笑い声を聞いたって……」

 顔を赤らめながらアリサ話題を逸らそうとする。

 だが、ミオはまっすぐにアリサを見据えて言葉を続けた。

「私、たまに思うんです。私とはじめてファイトしてくれた人がアリサさんでなかったら、ここまでヴァンガードを好きにならなかったんじゃないかって」

「んー。さすがにそれはないと思うよ」

「はい。私もそう信じたいです。

 けど、アリサさんとの初めてのファイトが、私にとっては今も特別なファイトで。私がヴァンガードをしていて一番楽しいと感じる瞬間は、やっぱり、あなたとファイトしている時です」

 照れや恥ずかしさなどといった感情とは無縁なミオの物言いは、常に直球だ。好きなものを好きと言い、愛しているものに不器用だが渾身の愛を叫ぶ。

「大好きです、アリサさん。私の目標はユキさんですが、きっと私は、本当は、あなたのような人になりたかった……」

「ミオちゃんならなれるよ」などと、アリサも気休めは言わなかった。アリサとミオとでは歩んできた道が違いすぎる。

 彼女のような生まれながらの天才には、孤高の道を凛と往く、ユキのような生き方がたしかに似合っている。

 そして、そんな天才達の支えになりたいと願い、がむしゃらに努力を続けるのが天道アリサの生き方だ。

「私、少し不安だったんですよ。アリサさんとお別れしなくてはならなくなったら、またみっともなく泣いてしまうのではないかと」

「泣くのがみっともないとは思わないけどねー」

「けど、そんな心配はなさそうです。たとえ別れの時であっても、アリサさんに相応しいのは笑顔ですから。私も笑ってお別れしたいと思います。

 ……さようなら、アリサさん。受験が終わったら、またファイトしましょう」

 軽く首を傾けて白い髪を揺らしながら、ミオは少女のような明るい笑みを浮かべた。

「うん。また来年ね。約束だよ」

 もちろんアリサも満面の笑みでそれに応えるのであった。

 

 

 誰もが正義の旗を掲げ相争う世界において、堂々と悪を名乗る組織がある。

 仄暗き地の底で蠢く、昆虫怪人達の秘密組織。

 その名は犯罪結社メガコロニー。

 慈愛に溢れた女王による庇護の下、今日も彼らは我が道を暗躍する(ゆく)




三国志では徐晃と夏侯淵が好きです。

アリサ引退回をお届けいたしました。
せっかくの機会ですので、女王陛下も使わせてみました。

次回「虚幻竜刻」のえくすとらは、紹介したいカードが多く、いつ公開できるか未定となっております。
お楽しみにしてくださっている方には申し訳ございませんが、今しばらくお待ちくださいませ。

【今月のデッキログ】
ヴァンガード公式サイトの「DECK LOG」で下記のコードを入力すると、今回登場したデッキが確認できます!

ミオデッキ_グレイヲン軸:GW2S
アリサデッキ_グレドーラ軸:JC66
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。