私立
かつては倉庫として使われていた一室を、どうにか人が過ごせるように整えただけの部屋である。
20年前に行われた校内大改築で、廊下や教室のほとんどがリノリウムに張り変えられたが、この部屋の床は未だに木製であり、歩くたびにきしんだ音をたてる。
時の流れに取り残されたかのようなこの部屋は、伝統として、部員数が5人以下の部活動に提供される。これまでも多くの部活がここに押し込まれては――あえて理由は語らないが――消えていった。
カードファイト部の設立は5年前。この部屋の主としては長生きな方である。
部活動として認められる条件である3人の部員が所属しており、今はその全員が揃っていた。
部屋の中央に置かれた粗末なテーブルについて、表情に一切の感情を浮かべずカードを握る白髪の少女は、1年生の
新入生である事を考慮してなお小柄で、中学生くらいにしか見えない。ガラス玉のように光を反射する丸い瞳は、彼女をビスクドールのように愛らしく、そして、不愛想に見せていた。
彼女と相対する席に座っているのは、部長を務める3年生の
校内にあって着物を纏う彼女は、それでも似合いすぎていて違和感は皆無だった。正面から見れば上品な笑み。後から見れば黒髪から覗く白いうなじ。高校生ながら、既に大人の風格と色香を兼ね備えた女性だった。
向かい合う2人を見守るように、前後逆にした椅子の背もたれによりかかる少女は、2年生の
伸ばした前髪で左目を隠した髪型こそ特徴的だが、中肉中背、美人すぎない美人といった風貌で、先の二人と比較すると没個性な印象があった。状況に応じてコロコロ変化する表情は年相応で、部員の中では一番女子高生らしい女子高生と言えた。
「《絆の根絶者 グレイヲン》のスキル発動。《隠密魔竜 マンダラロード》をデリートします」
ミオが抑揚の無い声で宣言する。ユキは余裕の笑みを湛えたまま、ヴァンガードサークルに置かれたカードを静かに裏返した。
異形の竜が消失し、魂となったユキの姿が露わになる。
「お互いにダメージ5。ここが正念場ね」
対戦している両者よりも、よほど緊張した表情でアリサが唾を呑む。
「ギヲとガタリヲをコール。デリートされたマンダラロードにグレイヲンでアタックします」
グレイヲンが巨木の如き腕を振り上げる。
「ふふ、《忍獣 リーブスミラージュ》で完全ガードよ」
ユキが優雅に差し出したカードから無数の木の葉が溢れ出し、彼女の姿を覆い隠した。
「ドライブチェック」
逃がさないとばかりに、ミオが山札に手をかける。
「1枚目、
引いたカードでギヲを指し示しながら、次のカードを引く。
「2枚目、★トリガー。効果はすべてリアガードのギアリへ」
グレイヲンの拳が木の葉の群れへと叩きつけられた。その衝撃で木の葉は霧散し、先程までユキがいた場所には巨大なクレーターができあがっていた。
「あら、困ったわねえ」
グレイヲンの背後に現れたユキが、微笑みは絶やさないまま、頬に手を当てて考え込む仕草をとる。
こういったユキの所作は全く参考にならないと、このひと月でミオは思い知っていた。今のように「困った」と言っている割には手札がよかったり、はたまた言葉通りだったり。単なるポーカーフェイスよりタチが悪い。
「ガタリヲでブースト。ギヲでアタックします」
「ユキヒメとミダレエッジでガード」
「ガヰアンでブースト。ギアリでアタックします」
「ムーンエッジ、シジママルでガード。マガイマンダラでインターセプト」
どうやら、手札がよいパターンのようだった。
とは言え、これでユキの手札は1枚。ミオの手札は4枚。ヴァンガードがデリートされたままなら凌げる公算が大きい。
「スタンド&ドロー。マンダラロードにライドして、2つ目のアクセルサークルを置きます」
「……はい」
ミオは覚悟を込めて頷いた。はじめから握っていたのか、今のドローで引けたのかすら、ユキの表情からは窺い知れなかった。
「マンダラロードの効果で、マンダラロードとソウコクザッパーをスペリオルコールします。手札からはブラッディミストをコール。そして、ブラッディミストの効果……」
気が付けば、ユキの盤面が、新たなアクセルサークルも含めて完全に埋まってしまっている。
「ソウコクザッパーのブースト、ソウコクザッパーでアタック」
同じ姿をした2体の小型の忍竜が、虚実を交え、音も無く根絶者の巨体を駆け上がる。双つの黒い影が、グレイヲンの喉元で交差すると、その頭部がズルリと嫌な音をたてて傾ぎ……ミオはそこでイメージを打ち切った。
「ダメージチェック……負けました」
6枚目のカードをダメージゾーンに置き、礼をしたのか落ち込んだのか、ミオの頭が深く垂れた。
「今日は10戦して2勝8敗だね」
アリサが明るい声で言いながら、手元の「ミオちゃん成長の記録」と題されたノートに結果を記入した。
ミオは部活で毎日10戦――ユキとアリサ相手に5戦ずつ――することを義務付けられていた。こうして統計を取ることで、自分の弱点が見えてくるらしいのだが、先週の結果はこうである。
月曜日 1勝9敗
火曜日 1勝9敗
水曜日 4勝6敗
木曜日 2勝8敗
金曜日 1勝9敗
見えてくるのは、自分の不甲斐なさだけだった。
そして、まだ善戦したと言える水曜日は、ユキが生徒会の用事で部活に出られず、アリサとだけ10戦した日である。1勝しかできなかった日も、勝った相手は全てアリサのみ。
そこから導き出される、もう一つの結論は。
ミオは頭を上げて、それを告げる。
「ユキさん、強すぎないですか?」
「あら、ありがとう」
褒めたわけではないのだが、何故かお礼を言われた。
「実際、ユキは全国レベルだよ。手加減も知らないし、今は勝てなくっても気にしちゃダメ」
アリサがヒラヒラと手を振って、ミオを慰める。
思えば、アリサがユキに勝ったところも、ミオはあまり見たことがなかった。
「私が全国で通用するかはさておくにしても、ミオのデッキの回し方に間違いは無いのよね。記憶力もいいし、はじめて1か月とは思えないくらい」
「正直、あたし達が口を出すところなんてもう無いよねー」
「やっぱり、ミオに問題があると言うよりも、デッキがミオについてこれていない感じかしら」
「待ってください」
急遽開催された先輩会議に、ミオが口を挟んだ。
「デッキに問題があると言われても、私のトライアルデッキはこれ以上の改良しようがありません」
「ふふふ……」
「ふっふっふ」
ミオの訴えを、ユキは穏やかに、アリサは不気味に笑って聞いていた。
「何がおかしいんですか?」
訝しむミオに対して、アリサが芝居がかった口調でまくしたてる。
「そんなあなたに朗報! 今週の金曜日にヴァンガードの新パックが発売されるのよ! 今回のパックは
「むらくももあるわよ」
「トップレアは『波動する根絶者 グレイドール』! ほら見て、デリートに、バインドに、★まで+1されるのよ」
途中で雑音が紛れ込んだ気もするが、それはさらりと無視して、アリサがスマホの画面を見せてくる。
「……本当ですね。これはすごい、欲しいです」
「トライアルデッキは、
「今日は月曜日。まだ先じゃないですか」
「わかるわー、その気持ち。パックの発売日まで1週間を切ってからが長いのよねー」
カレンダーを見て肩を落とすミオに、アリサがうんうんと首を縦に振る。
「けど……根絶者の仲間が増える。根絶者デッキが強化できる」
「そうだよ。自分でデッキを考えるのって、すっっっごく楽しいんだから! ミオちゃんのヴァンガードもここからが本番だよ!」
「それは……楽しみですね」
ミオの表情が僅かに緩んだ。
「あら? ミオ、笑った?」
それを目ざとく見つけたユキが指摘する。
「私、笑ってましたか?」
その時にはもう、ミオの表情はどこかきょとんとした無表情に戻っていたが。
「ええ、笑ったわよ。初めて見たわね。ミオが笑うところ」
「え、あたし見れなかったんだけど」
ついさっきまで熱弁を振るっていたアリサが歯がみして悔しがる。
「そうですか。私、笑えてましたか。ええ、だって、楽しみで仕方ありませんから」
自分の中に芽生えた感情を手離さないように、ミオは胸に両手を当てて、もう一度顔をほころばせた。
その帰り道。
時計は6時を指していたが、街灯の並んだ通学路は昼のように明るかった。
部活帰りと思しき学生達がまばらに見られる通りを、ミオ達カードファイト部の3人も並んで帰宅していた。3人とも利用する駅は同じなので、そこまでは一緒に歩いて帰る。
その途中、ファミレスの前で急に立ち止まったアリサが「ここ寄ってこーよ!」と言い出した。
「私は構いませんけど」
ことのほかあっさりミオが同意する。一方のユキは渋い顔。
「生徒会副会長として、寄り道は看過できないわね……けど、いいわ。ミオには色々な経験をして欲しいし、多少ハメをはずすくらいは見ないフリをしましょう」
そう言って、ユキは実際に目を閉じておどけてみせた。
そんなやり取りを経て入った店内で。
「ミオちゃん……? それ、一人で全部食べるの?」
「そのつもりですけど」
肉が10段以上は重ねられたハンバーガーと、顔が隠れるくらいに盛られたポテトの奥からミオが答えた。その手にはトレイに乗り切らなかった、映画館で売られているポップコーンのようなドリンクが、彼女の小さな手に危なっかしく握られている。
「もともと夕飯は外で済ませるつもりだったの?」
「いえ。今頃、お父さんが作ってくれているはずです」
「ふふ、ミオは小さいのに食欲旺盛なのね」
「はい。食べないと力も出ないし頭も回りませんズゴゴゴゴ」
話のついでに口をつけられたドリンクが一瞬で、空になったと悲鳴をあげた。
「そう言えば、ユキさんは何で和服なんですか?」
ミオははじめて会った時から抱いていた疑問を、ここでぶつけてみることにした。「校則違反ですよね?」の一言はポテトと共に飲み込んだ。
「私の家は呉服家の老舗なの」
「ふむふむ」
しばらく話の続きを待っていたミオだったが、ユキはそれ以上の理由は無いとばかりに話を止めて静かに微笑んでいる。
「いや、理由になっていないかと」
「そうかしら? えーと、そうそう。この着物はカードファイト部の正装なの」
「えっ?」とミオはわずかに目を見開いて、アリサに視線で解説を求めた。
「あー、ユキが勝手に言ってるだけだよ。気にしなくていいから。そもそもユキが生徒会を掛け持ちしてるのも、服のためだからね」
アリサが語るところによると、当時2年生のユキが生徒会に立候補した時、品行方正で生徒・教師からの信頼も厚いユキの会長当選は確実と思われていた。だが、校内演説でユキは、穏やかな笑みの裏に潜む、暴君としての本性を現した。
「私が会長に当選した暁には、全校生徒の制服を着物にします」
と公約を掲げたのだ。
それはごくごく一部の支持こそ得たものの、ユキはあえなく落選。それでも副会長に滑りこんだあたり、さすがの人望と言うべきか。彼女が野心を隠したまま会長に就任していれば、今頃ミオは、着物で登下校を繰り返していただろう。
せめてもの抵抗として、カードファイト部としてのユキがユニフォームとして着物を申請し、生徒会としてのユキがそれを受理したため、ユキは部活中だけは着物で校内を歩く事が許されている。とんでもない職権乱用である。
「惜しかったわねえ、全生徒和服化公約。私の全人類和服統一計画の第一歩になるはずだったのに」
さらりと恐ろしい野望を口にしたユキに、アリサが半眼になって告げる。
「いや、面倒すぎるでしょ。何で毎朝着付けしてもらわなきゃ学校にも行けないのよ」
「私が生徒会にいたおかげで、部員が2人になっても廃部を先送りにできたのだから感謝して欲しいものね。それに、日本人なら一人で着付けくらいできるようになりなさいな」
憮然とした表情で2人の上級生がハンバーガーを齧りながら睨み合う。
(ユキさんは意外とあくどい人でした)
注文した品をとっくに平らげ、デザートのソフトクリームを舐めながら、ミオはそう結論付けた。
(けど、そのくらいの人間味が私も欲しいものです)
あっという間に時は過ぎ――ミオにとっては一日一日が牛歩の如く感じられたが――運命の金曜日がやってきた。
「今日は奮発してしまったわ」とファイトテーブルに並べた4箱の新弾を慈しむように眺めるユキを後目に、ミオは黙々とカートンのテープを剥がしていた。
「ミオちゃん……ファミレスの時も思ったけどお金持ちなんだね」
新弾を買わなかったため、手持無沙汰になっているアリサが呟いた。
幼い頃から何に対しても興味を示さないミオに、両親は結構な額の小遣いを与えていた。これで何か趣味に目覚めてくれればいいと。
だが、どうしても使い道が思い当たらなかったミオはそれらを全て貯金していたため、彼女の預金通帳には学業そっちのけでバイトに明け暮れる大学生並の金額が刻まれている。それがこうして、ようやく趣味に役立てる事ができるのだから、両親も喜んでくれるだろう。たぶん。
ミオがダンボールから箱を取り出している間に、ユキはパックの封を、ハサミを使って切り始める。
「ふふ。いくつになっても、この瞬間は心が躍るわねえ」
「ちょっと言い方が年寄りくさいけど、楽しいよね。
あー、あたしも早くパック剥きたい。次のメガコロは9月かあ。長いなあ」
アリサがため息をつきながら、遠い目をして言った。
上級生2人が他愛ないやり取りをしている間に、ミオもいよいよパックの封に手をかける。
「んっ」
意を決して腕に力を込めると、ぴっと軽い音をたてて封が解かれた。
その瞬間、真新しいインクと紙の匂いが解放され、ミオの鼻孔にツンとした刺激を与えた。慣れない感覚に目をしばたたかせるが、悪い気はしない。
「《巻き込む根絶者 ジャヱーガ》さんですね。かわいいです」
ミオが引き当てたカードを両手で掲げて、しげしげと眺める。机に置かれた他のカードを見に来たアリサが汗を垂らしながら声をあげた。
「いや、《ガスト・ブラスター・ドラゴン》さんにも目を向けてあげて。人生初のパックでSVRって、ちょっとした奇跡よ」
「え? けど、根絶者では使わないですよね?」
「そうだけど」
「使わないカードは、部に提供して頂けると助かるわ。全クランの基本形と、大会で活躍しているようなデッキは、共用のデッキとして部室に揃えておきたいから」
ユキが言うには、共用デッキを組むのに足りないカードは部費で揃えてもいいそうだ。ただし、提供したカードも含めて学校の所有物となるので、持ち出しは厳禁となる。
「来週からミオは、他のクランとも戦ってみましょう。各クランの特性も覚えていかないとね」
「はい、お願いします」
こうして開封式は終始和やかに進んでいた、はずだった。
最初のパックを開封してから、ちょうど1時間が経過していた。ミオが最後のパックに手をかける。取り出したカードに目を通し、根絶者だけを選り分け、残りのカードを力無く机の上に置く。机の上に折り重なったカードが、誰もが無言になった部室に乾いた音を響かせた。
「ミオちゃんが、いつも無表情のミオちゃんが、さらに無表情になっとる」
「トリガーの引きはいいのに、パックの引きは悪かったのねぇ」
アリサとユキがひそひそと囁きあう。
「カートン買いして、グレイドールが1枚も当たらないなんてあるの?」
「それどころか、根絶者のRRだって4枚揃っていないのがあるわよ」
ミオの周囲だけ時が止まったようになっているのは、それが原因だった。
ユキは一つ嘆息すると、机からはみ出して床に落ちそうになっていたカードを抜き取ると
「このグレンジシ、いらないのなら、もらっていくわね」
とミオに声をかけた。ミオからの反応は無い。
「お礼にこれをあげるわ」
強引に握らされた1枚のカードを虚ろな瞳が捉え、ミオは一瞬で我に返った。
「これ、グレイドール……」
「私のパックで当たっていたのよ」
「そんな、頂けません。これは今弾のトップレアで……」
「いいのよ。グレイドールを使っているミオを、私が見たいの」
「……ありがとうございます。大切にします」
ミオはグレイドールを胸にそっと抱きしめる。ただ1枚の紙切れであるはずのそれは、確かな温もりをミオに伝えてきた。
「ひとりより皆の方が楽しい。その意味が、少し分かりました」
「ふふ、現金ねぇ」
ユキは着物の袖で口元を押さえて上品に微笑み、つられたミオの表情も幾分か和らいだ。
それから3人で、机いっぱいにカードを広げ、下校時間になるまでミオの新しいデッキを一緒に考えた。
「グレイドールが足りない分はヰギーを入れてみる?」
「G2を増やしてみてもいいのではないかしら?」
「では、ギヲを抜くのはやめましょうか。G3を8枚入れたデッキよりも防御力は上がりそうです」
「ね、どうせなら、色んな根絶者を入れてみない?」
一人で帰宅するだけだった放課後が、今はミオにとって何よりもかけがえのない時間になっていた。
1週間後――
「《夢幻の風花 シラユキ》にライド。シラユキの効果で、ミオの前列にいるユニットのパワーを-10000するわ。そして、シラユキでアタック!」
「ダメージチェック……負けました」
ミオが拗ねたように宣言し、アリサへと首を振り仰いだ。
「アリサさん。ユキさんが私以上に強化されていて、もう勝てません」
「だから、ユキのは負けに入れちゃダメだってー」
2枚のカードを真剣に見比べているアリサが適当に答えた。彼女は共用デッキを構築しているのだが、凝り性なのか、最後の1枚をどちらにするかで30分以上も悩んでいた。
「でも、これでは私も、私のデッキも、強くなったのかが実感できません」
「そうねえ。そろそろ頃合いとは思っていたけれど。ミオ、あなたショップ大会に出場してみるつもりは無いかしら」
「いいね!」
ユキの提案に、カードファイト部の共用デッキ構築に集中しているはずのアリサが食い気味に答えた。右手に持っていたカードをデッキに差し込んで、さっさとそれを片付ける。
「ショップ大会ですか? カードをパチパチ鳴らす人が、いかに大きく美しくパチパチ鳴らせるかを競い合うという?」
「どこで仕入れてきたの、そんな偏った知識」
冗談か本気か、真顔のミオからは伺い知れず、半眼になってユキがツッコんだ。
「私、パチパチは鳴らせないですし、鳴らす気もないので遠慮します」
「そうじゃなくて! カードショップで行われる、小規模なヴァンガード大会よ。これから行くのは客のマナーもいい店だから、パチパチ鳴らす人なんてまずいないわ」
「知らない人と対戦するんですよね?」
「緊張する?」
「いいえ。望むところです」
「いい返事ね。では、今日の大会は5時からよ。いつもより帰りが遅くなるから、親御さんには連絡しておくこと」
「わかりました」
ミオはスマホを手早く操作し、両親にメールを送信する。
「ふふふ、ミオちゃんもついにショップデビューか。一緒に大会出るの楽しみだったのよね」
「もう全クランの特性は覚えたみたいだし。ヴァンガード甲子園も近いし、大会の雰囲気に早く慣れてもらわないとね」
「雰囲気に呑まれたりするミオちゃんは想像できないけどねー」
アリサとユキはそんなことを話しながら笑いあった。
カードショップ『エンペラー』
ミオ達が通う響星学園から歩いて5分のカードショップである。
帰宅する学生を主なターゲットにしたカードショップだが、駅とは逆方向なのが玉にキズ。
だが、こじんまりとしている分、アットホームな雰囲気があり、贔屓にするファイターも多い。
「いらっしゃい! お、ユキちゃん、アリサちゃん! ひさしぶりだね」
店に入るなり、小柄で小太りな全体的にまるっこい店員が明るい声で出迎えた。
「おひさしぶりです、店長」
「店長、おひさー」
ユキが丁寧に腰を折ってお辞儀し、アリサは気安く手を振った。
「しばらく見ないからもしかしてと思ったけど、その子はもしかして……」
めざとくミオを見つけた店長が目を輝かせる。
「ええ。我が響星学園カードファイト部に入部してくれた新入生です」
ミオの両肩に手を置いたユキが、ミオを店長に紹介した。
「音無ミオです。よろしくお願いします」
前に進み出たミオがぺこりと頭を下げる。
「よろしくね。僕はこのカードショップ『エンペラー』の店長をしている……まあ、みんな店長としか呼ばないから名前はいいか」
そう言って、店長は恰幅の良い体を揺らして笑う。
「ミオちゃんは今日の大会に出場するのかい?」
「そのつもりです」
「そうかい。あんまり緊張していないようだけど、大会の経験はあるのかい?」
「いえ。ヴァンガード自体、はじめて1か月と少しです」
「ははっ! それでここまで堂々としていたら大したもんだ。今日は君達の先輩も来ている。胸を借りるつもりで挑むといいよ」
店長の話を聞いていたアリサが「げっ」と呻くのが聞こえた。
「おっ、そろそろ時間だ。はじめようか。
ヴァンガードのショップ大会をはじめます。参加者は集合してくださーい!」
店長の呼びかけに、デュエルスペースで雑談していた人や、手持無沙汰にショーケースを覗いていた人が、ぞろぞろと集まってくる。その中から「おー、ユキに、アリサじゃないか!」とミオ達に近づいてくる人影があった。
「グレイヲンで、デリートされたヴァンガードにアタックします」
「ノーガード。ダメージチェック……負けました」
トーナメント形式で行われている『エンペラー』のショップ大会。1回戦の対戦相手はむらくもだった。
《決闘竜 ZANBAKU》を軸としたデッキだったが、対戦相手には悪いがプレッシャーは圧倒的にユキの方が上だった。ユキがZANBAKUを使えば、今なら攻め切れると思ったところをきっちり凌がれ、そのままヴァンガードを絡め取られてしまい負けてしまう。
アリサが「ユキは別格」と言っていたのを改めて思い知る。
「おめでとう、ミオ。ショップ大会初勝利ね」
そのユキはと言うと、今日のショップ大会には参加していなかった。曰く「万が一、1回戦で私と当たってしまったら、練習にならないでしょう?」とのこと。
「ありがとうございます。けれど、2回戦はアリサさんと対戦になりそうですが」
そう。トーナメント表によると、次の対戦相手はアリサになるのだが。
「その心配は無いわよ」
ユキがコロコロと笑った。
もちろんそれは、アリサが1回戦で勝利したらの話である。
「あーっ、負けた!」
アリサの悲鳴が、テーブルを一つ挟んだこちらにまで聞こえてきた。
「どうした、アリサ! たるんでるぞー」
その対戦相手が豪快に笑う声も。
「いやいや、スパークヘラクレスにライドできなかったんですって! 対戦相手のセンパイが一番よく分かってるっしょ!?」
「お、言い訳か? 情けないなー」
笑いながら、アリサと対戦していた大柄な男が立ち上がる。そして、ミオに近づいてくると片手を挙げた。
「よお! 新入部員。ミオちゃんだったかな。さっきは大会前のゴタゴタでちゃんと自己紹介できてなかったな。
俺は
OBを名乗る男は筋肉質で引き締まった体つきをしており、カードファイト部というよりは、格闘道場のOBと紹介された方がしっくりきそうな偉丈夫だった。
「音無ミオです。よろしくお願いします」
「小さい声だなー! ちゃんと食ってるかー?」
「それは私が保証します」
ユキが苦笑しながら口を挟んだ。
「そうかー! 2回戦は俺とだ。よろしくな!」
差し出された大きくてゴツゴツした手を、ミオの小さくてか細い手が握り返す。
「1回戦終了です! 続いて2回戦の組み合わせを発表します! 音無ミオさん、近藤ライガさん、こちらのテーブルへ!」
店長の声が店内に響き渡った。
「さて、楽しむか!」
「はい」
テーブルにつき、歯を見せて笑うライガに、ミオは小さく頷いた。
「スタンドアップ」
「ヴァンガード!」
「《発芽する解放者 ルチ》」
「《スパークキッド・ドラグーン》!」
(ライガさんのクランはなるかみですか……)
雷光の如く、疾く攻め寄せ、立ちはだかる者は、容赦無き雷撃によって跡形も無く抹消される。
ここ一週間の特訓を思い返すミオに、アリサが耳元で囁いた。
「気を付けてね、ミオちゃん。センパイはアホだけど強さは確かだよ」
「おいおい、アドバイスは反則だぞー!」
「センパイのデッキについては触れてませーん」
ライガに注意され、アリサが口答えしながら離れていく。
「まあいい。はじめるぞ。ライド! 『レッドリバー・ドラグーン』!」
ライガの先攻でゲームは始まった。ライガは終始ハイテンションだったが、ゲームは淡々と進んでいく。
お互いにダメージを2点ずつ与えた状態で、ライガがG3にライドするターンがやってきた。
「ライド! 《グレートコンポウジャー・ドラゴン》!!」
戦火で灼熱に染まる空が暗雲に覆われ、そこから一筋の稲妻が地に落ちる。
そこから姿を現した、雷光を受けて銀色に輝く鎧を纏いし巨竜が、天をも貫く咆哮をあげた!
「ほーう。ミオちゃんの前列にはリアガードがいないなぁ」
ライガが大袈裟に盤面を見渡しながら言う。
「よって、グレートコンポウジャーはパワー+10000! 《ライジング・フェニックス》のブーストでさらに+8000! コンポウジャーでアタックじゃー!!」
「ノーガードです」
コンポウジャーは巨大な翼を広げ、口を大きく開くと、そこから雷のブレスを吐き出した。
放たれた電撃の束は大地をえぐりながらミオが宿るギアリに迫り、その異形を焼き尽くす。
「ツインドライブ!!
ダブル前トリガーからの猛攻を受け、ミオは瞬く間に5点まで追い詰められる。
「私のターンです。ドロー」
「さあ! 前列にユニットをコールしなければ、コンポウジャーはパワー18000の鉄壁だぞ!」
「では、グレイヲンにライドして、デリートします」
「むう」
コンポウジャーにとって、根絶者は割と天敵だった。
「まあ、前列にユニットもコールするんですけどね」
アルバとエルロを前列にコールし、後列にもユニットを並べたミオはバトルフェイズを開始する。
「グレイヲンでアタックします」
「ノーガードだっ!」
「ツインドライブ。
1枚目……引トリガー。1枚引いて、パワーはアルバに。2枚目……★トリガー。★はグレイヲンに。パワーはエルロに」
続くアルバの攻撃もヒット。エルロの攻撃は防がれるが、ダメージは5点で並んだ。
「俺のターン! うおおおおお! スタァンド&ドロォーッ! ……ライドッ! グレートコンポウジャー!! 見たか、これが俺のなるかみ愛だ!」
「手札にG3が無かったんですね」
「うむ! 割とマジで危なかった!」
あまりにも明け透けなプレイングに、ミオは思わずふと吐息を漏らす。
「あれ、さっきミオちゃん笑わなかった?」
「ええ、噴き出したわね」
2人の試合を観戦していたアリサとユキが互いに顔を見合わせた。
「ここまで予想できていたわけじゃないけれど、ショップ大会に来たのは正解だったわね」
先輩と後輩が楽しそうにファイトする様子を見て、ユキも嬉しそうに微笑んだ。
「アクセルサークルもさらに増えた! そこに《レックレスネス・ドラゴン》をコール! アルバをバインド!」
だが、楽しい時間にもいつか終わりがくるように、このファイトも佳境に入る。
「《ドラゴニック・デスサイズ》もコール! エルロをバインド! これでアルバとエルロのコンボは封じたぞ!」
拳を握りしめ、ライガが勝ち誇る。
アルバとエルロはドロップゾーンからスペリオルコールできる効果を持っている。
しかし、骸も残らぬほど抹消されてしまえば、再生は不可能というわけだ。
「ゆけ、コンポウジャー! コンポウ・サンダー!!」
ライガのコンポウジャーが必殺技(ねつ造)の特大雷撃ブレスを放つ。
「《真空に咲く花 コスモリース》……完全ガードです」
グレイヲンを守るように白い鋼鉄の花が咲き、雷撃を受け止めた。
「ツインドライブ!!
1枚目はトリガー無し。2枚目は……
(さっそく役に立ちましたね……引トリガーの完全ガード)
ドロップゾーンにコスモリースを置きながら、ミオは心の中で呟いた。
「続けて行くぞ! 《ドラゴニック・デスサイズ》で、デスサイズパンチ!!」
小柄な竜人が手にした大鎌を投げ捨て、素手で殴りかかる。
「ゴウガヰでガードします」
「ヘレナのブースト! 《レッドリバー・ドラグーン》で、レッドリバーキック!!」
今度は真紅の騎士がランスを抱えたまま飛び蹴りを放つ。
「ギヲでガードします」
「アクセルサークルの《サンダーストーム・ドラグーン》で、サンダーストームバックドロップ!」
さらに真紅の竜騎士がグレイヲンを投げんと果敢に迫る。
「★トリガーでガードします」
「これで終わりだ! レックレスネスは……ええと、レックレス・ビーム!!」
しまいには青い竜人が手のひらからビビビと光線を撃ちだした。
「治トリガーでガードします」
色々と珍妙なイメージが紛れこんだが、どうにか凌ぎきった。
「よくぞ耐えた! だが、お前の手札は0枚。俺はダメージ4だ。根絶者とは言え、倒しきれるかな?」
4枚の手札を抱えたライガが不敵に笑う。
「……ドロー」
カードを引いたミオが、思わず「あ」と声を漏らした。
「引いたわね」
ミオより先にその可能性に気付いていたユキが静かに笑った。
「ライド……」
それは有機的な異形を誇る根絶者の中にあって、異質であり、異端であった。
その姿は無機質な鉄人形のようであり、しかし、関節や装甲の隙間からは、千切れた筋繊維のような触手がはみ出し、蠢いている。
世界に悲劇の幕を下ろす
その名は……
「《波動する根絶者 グレイドール》」
「グレイドールだとっ!? しまった、もう発売していたか!」
ライガの笑みが、みるみるうちに引きつっていく。
「イマジナリーギフト、フォースはヴァンガードサークルに。
続けて、グレイドールのスキル発動……サンダーストームを
グレイドールが手をかざすだけで、竜騎士の姿が消え失せる。
「グレートコンポウジャーをデリート」
さらに、グレイドールの腕がコンポウジャーの胸を貫き、そこからライガの魂だけを、抉るように引きずり出す。
「そして、グレイドールに★+1です」
「何という効果だ……」
中空に投げ出されたライガが呻く。
「ヴァンガードがデリートされたので、ドロヲンをソウルに置き、デスサイズも
「これでインターセプトができるユニットは全滅か……」
「行きます。ガノヱクのブースト。パワー31000のグレイドールでアタック」
ミオが静かに宣言する。
「……ノーガードだ!!」
ライガが胸を張ってそれに応えた。
グレイドールが手刀を振るう。星、命、絆。全てを断ち切る一撃が、ライガの魂をも真っ二つに切り裂いた。
「ダメージチェック。1枚目……2枚目……トリガー無し……俺の負けだ」
ダメージゾーンに6枚目のカードを置いたライガが晴れやかに笑う。
「いいデッキだな。お前の根絶者デッキ」
「ありがとうございます」
不思議なもので、自分のデッキが褒められるのは、自分が褒められるのと同じか、それ以上に嬉しかった。
「ライガさんに勝つなんて凄いわね、ミオ」
いつの間にか傍にいたユキが、ミオの肩に手を当てて言ってくる。
「はい。ライガさんは強かったです。けど、新しいカードと……ユキさんから頂いたグレイドールのおかげで勝てました」
「ええ。グレイドールをあなたに託して正解だったわね」
ユキが満足そうに微笑んだ。
「ね、ミオちゃんは強くなってるでしょ?」
ふたりの会話に割り込んだアリサも笑いかけた。
「はい。ようやく成長が実感できました」
ミオもデッキを胸に抱いて答える。
その後もミオは順調に勝ち進み、ショップ大会初出場にして、初優勝を飾った。
それは何の変哲もない、ショップ大会の一結果にすぎない。
だが、ミオにとっては忘れ得ぬ記念日となった。
栗山飛鳥です。
5月の「本編」公開となります。
4月より倍以上に長くなってしまいました。ここまで読んでくださった方には御礼を申し上げます。
5月でやりたいこと、やらなければならないことを詰め込んでしまった結果です。未熟。
以降は、4月と5月の間くらいの長さで、しばらくは落ち着くと思われます。
次回は5月17日~19日あたりに「えくすとら」の公開を予定しておりましたが、その日の更新が無理そうなので、予定を変更します。
まず10日~13日に「プレミアムコレクション2019」の「えくすとら」を公開。
次に24日~27日に「The Heroic Evolution」の「えくすとら」を公開する予定です。
先月にいきなり2本やってしまったので、やるならとことんまでやってしまえと。
ヤケクソですね、はい。
では、次回の「えくすとら」でお会いできれば幸いです。