根絶少女   作:栗山飛鳥

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11月「後には生々しい傷跡だけが残った」

綺羅(きら)ヒビキさん! こっちに目線お願いしまーす!」

「ヒビキさーん! 次は《トップアイドル リヴィエール》のカードを手にして笑顔で!」

「ヒビキさん! こちらの衣装に着替えてきていただけますか!」

「ヒビキさん! その後はインタビューにもお答えください! テーマはヴァンガード高校選手権に向けての抱負です!」

 天海(あまみ)学園の本拠地である天海島。

 本来なら島民以外の人が寄りつくことのない絶海の孤島には、今日も多くの人がカメラやレコーダーを手に訪れていた。

 8月のヴァンガード甲子園で鮮烈なデビューを飾って以来、ヒビキは一躍時の人となり、8月、9月はヴァンガードに関係の無いマスコミまで島を訪れ、彼は質問責めにあっていた。

 10月になってから多少は落ち着いたが、カードゲーム雑誌の取材は今も定期的に行われており、特に最もメジャーなヴァンガード情報誌《月刊ブイロード》では、3号連続でヒビキを表紙に採用し、10月号に至っては総ページ数の約半分にあたる120ページをぶち抜いてヒビキ特集が組まれた。

 各ページの見出しにしても『天海学園の貴公子、綺羅ヒビキの謎に迫る!』や『綺羅ヒビキが語る、ヴァンガード論!』みたいなものはまだいいとして、『綺羅ヒビキ、華麗なる秋の装い』だの『ヒビキ様に見つめられて』だの、ファッション誌や女性誌かと見紛うようなものもあった。

「くくくっ。『今年の抱かれたいヴァンガードファイターランキング! 綺羅ヒビキが並み居るプロファイターを押さえ、堂々の1位!』だってよ。

 ……おいおい。水着撮影までしてんのか? これ撮ったのって9月だろ? よくやるわ」

 そんな雑誌のひとつをパラパラとめくりながら、野外に設置されたパイプ椅子に腰かけた小柄な少年、(あおい)アラシが鼻で笑ったり、本気で呆れたり、表情豊かに楽しんでいた。

「静かにしろ。撮影の邪魔になるだろう」

 その隣でやはりパイプ椅子に腰かけてはいるが、明らかにはみ出していて居心地悪そうにしている大柄で背の高い少年、清水(しみず)セイジがアラシを嗜めた。

 ふたりはヒビキの付き添いで、雑誌撮影の見学に来ていた。とはいえ、付き添いとは名ばかりの、単なる暇つぶしである。

 ろくなレジャー施設の無い天海島では、少年達は常に娯楽に飢えている。ヴァンガードの対戦相手であるヒビキが拘束されているとなればなおさらだ。

「8月は俺達にもインタビューとか結構あったんだけどなー。どこで差がついたんだろうねぇ」

 黙っていられない性分なのか、カメラの指示に合わせて動くマネキンと化している同級生を眺めながら、アラシがまたすぐに口を開いた。

「ヒビキの方がヴァンガードが強い。それだけのことだ」

 腕を組みながら、セイジが小声で言葉を返す。

「いや、顔じゃねえかな」

「わかっているなら聞くな」

「うーん。けど、俺ってそんなヒビキと差がつくほどイケてねぇかな? 比較対象がお前とヒビキくらいしかいねぇから、わかんねぇや」

 自分の顔をぺたぺた触れながら、誰とはなしに尋ねる。

 世間では、惑星クレイの荒野に舞い降りた麗しき聖天使の如き超絶イケメン(月刊ブイロード10月号より抜粋)とされているヒビキだが、幼い頃から毎日顔を合わしているアラシ達には実感が湧かなかった。

「あとは人当たりの良さだろうな」

 実際、目の前のマネキンは、何を頼まれても嫌な顔ひとつせず、笑顔で対応していた。取材が始まってから2時間は経っており、よく顔の筋肉がもつものだと素直に感心する。

「お前はすぐにふざけるから、インタビューが進まなくて担当者が大変そうにされていたぞ」

「ああ、そうだな。『笑ってください』って言われても、お前は常に真顔だから、カメラの人が困ってたなぁ」

 しばらくは小声で言い争っていた少年達だったが、やがて肩や肘を使っての小突き合いに発展し、小柄なアラシがすぐ地面に転がっていた。

「終了です! お疲れ様でしたー!!」

「ええ、お疲れ様でした」

 そうこうしている間に取材が終わったらしい。

 ヒビキが爽やかな笑顔を浮かべながら、スタッフのひとりひとりと握手を交わしている。

「どうです? せっかくですから、この天海島の取材をしていきませんか? 海と港と……ええと、海と港と海がある、とにかく素敵な島なんですよ!」

 さらに島を積極的にアピールしていたが、スタッフ達は

「急げ急げ、船が出るぞ!」

「忘れ物はないか? 忘れたら、取りに戻れるのは1月後だぞ!」

「それでは、綺羅ヒビキさん、我々は撤収します! ありがとうございました!」

 半ばヒビキを無視する形で速やかに島を去っていった。皆、3ヵ月目ともなると、慣れたものである。

「おつー」

「ご苦労だったな」

 ポツンとひとり残される形になったヒビキを、アラシが適当に労い、セイジがペットボトルに入った水を手渡す。

「ありがとう。それにしても、なかなかわかってもらえないものだね。外の人にも、この島のよさを知ってほしいのだけれど」

 ペットボトルを受け取りながら、ヒビキは悲しそうに苦笑して首を横に振った。

「いや、住人の俺からしてもいいところじゃねえぞ? 狭いし、殺風景だし、遊ぶ場所はねぇし」

 天海島は徒歩10分で端から端まで歩けるほどの小さな島だ。

 かろうじて村の体裁を保っている集落と、船の出入りに使われる港で島面積のほとんどが埋まっており、田舎というイメージに反して自然も少ない。

 ヒビキに関わるものは何にでも興味を示す取材班にすら、取材初日に見るもの無しと判断され、以降、見向きされないのも当然のことであった。

「ボクには貴族としてこの島を存続させる責務があるんだよ」

 どこからか薔薇の花を取り出し、ヒビキが自分に言い聞かせるように告げる。

「何が貴族だか。てめえは村長の一人息子なだけじゃねぇか」

 アラシは呆れたように肩をすくめた。

「貴族とは生まれだけに依るものではない。高貴に生きようとする意思そのものが貴族を貴族たらしめるんだよ」

 ピッと薔薇をアラシに向け、ヒビキは断言した。

 言葉だけなら世間を勘違いした子どもの戯言にしか聞こえなかったが、少年の瞳は絶対の希望と自信に煌めいており、人の上に立つ者の素質を感じさせた。優秀な盟友さえいれば、荒唐無稽な理想すら実現させてしまいそうなほどの、時代が時代なら英雄と呼ばれる人間の素質だ。

「どうやら島興しのためには、ボク達はもっと有名にならなくてはならないようだ。そのためにはまず、来月のヴァンガード高校選手権で、1位から3位を天海で独占する。アラシ、セイジ、どうかボクに力を貸してくれるかい?」

「その程度でどうにかなるプロジェクトとは思えねぇが」

「勝つことに異存は無い」

「ありがとう」

 心から浮かべたヒビキの笑顔は、極上の美しさで孤島に咲き誇り、アラシ達の肺腑を得も言われぬ感情で満たした。

(ああ、なるほどな……)

 心の中でアラシは素直に認める。

(やっぱこいつは、俺達とは少し違うんだろうな)

 同じことを考えていたのであろうセイジと目が合い、ふたりは無言で小さく頷き合うのであった。

 

 

 一方、響星(きょうせい)学園では今日もミオ達が部活に明け暮れていた。

「ファルヲンのブースト。グレイドールでデリートされたヴァンガードにアタックします」

「……ノーガード。ダメージチェック……俺の負けっす」

「ありがとうございました。次、サキさん。お願いします」

「は、はいっ!」

 ――5分後

「ガタリヲのブースト。グレイヲンでデリートされたヴァンガードにアタックします」

「うう……ノーガード。ダメージチェック。……負けました」

「ありがとうございました。……ふう。今日はここまでですね」

 壁にかけられた時計を見上げて、小さく息をつきながら、ミオは部活の終了を宣言した。

「お疲れーっす。ミオ先輩、最近気合入ってるっすね」

「お疲れ様です! やっぱり、もうすぐヴァンガード高校選手権があるからですよね!? 私も……まだちょっとドキドキはするけど、楽しみです!」

「ああ! 先輩にとっちゃ、綺羅ヒビキにリベンジする絶好のチャンスだしな。俺だってアラシに借りを返してやんねーと」

 口々に盛り上がるオウガとサキを交互に眺めていたミオだったが、やがて彼女はこてんと小首を傾げた。

「気合が入っている? 私がですか?」

「え? そ、そりゃまあ、いつも以上にファイトに貪欲で容赦もないですし」

 まさかそこに反論がくるとは想定していなかったのだろう。困惑しながら、オウガが返答する。

「ふむ。高校選手権が近くなっていることは把握していましたが、それを意識していたつもりはありませんでした。

 対戦相手もヒビキさんであろうと、他の誰であろうと、私は私のやるべきことをやるだけですし。

 あ、私は仕事を残してましたので、お二人は先に帰宅してください。お疲れ様でした」

 

 

「――とは言ってたけど。ミオ先輩、明らかに気合入ってるよな」

 等間隔に並べられた街灯の下、オウガは隣で自転車を押して歩くサキにこう切り出した。

「うん。先月、私達もようやくミオさんに勝てるようになってきたと思ったら、今月に入ってまた勝てなくなっちゃった」

「ああ。やっぱり、あの人は俺達と格が違うぜ!」

 越えるべき目標であり、自分の尊敬する先輩が強いことが誇らしくて仕方がないと言いたげな調子でオウガがぐっとサキに向かって拳を握りしめた。

 そのポジティブさは、実に普段のオウガらしかったが、直後、彼の表情にらしからぬ暗い影が差した。

「でも、俺達は……ウチの部活は、このままでいいのかな?」

「え?」、

「俺達とミオ先輩の間には、まだまだ大きな実力の隔たりがある。悔しいけど、それは事実だ。そんな俺達とファイトして、俺達はともかく、先輩の練習にはなってるのかよ」

「それは……」

「あの人はちゃんとした環境で練習すれば、世界一になれるファイターのはずなんだ。(セント)ローゼだって、天海だって、きっと最高の環境で練習してる。それなのに響星(ウチ)は、俺達が足を引っ張って……」

 焦燥をそのまま吐露するかのように早口でまくしたてていたオウガだったが、サキの視線に気づいて、慌てて口をつぐんだ。

「……悪い。サキのことをバカにしたわけじゃ」

「ううん。オウガ君は間違ってないと思う。

 きっとミオさんはそんなこと微塵も思っていないとは思うけど。だからこそ私も、そんな優しいあの人の努力が高校選手権で報われてほしい」

「サキ……」

 メガネ越しに輝くサキの黒い瞳には、オウガのような焦燥ではなく、強い意志が宿っていた。それに加えて、悪戯を思いついた子どもの様に煌めいてもいた。

「それでね。さっきのオウガ君の話を聞いて、思いついたことがあるの。きっと私ひとりじゃ実現できない。オウガ君の助けが必要なの。協力してくれる?」

「当たり前だろ! 響星のために俺にできることがあるなら、何でもするぜ!」

 概要を聞くまでもなく、オウガは即座に同意した。彼の即断即決の性格もあるだろうが、オウガからの信頼が感じられて、サキは嬉しかった。

「じゃあ、あそこのお店で説明するね。時間は大丈夫?」

「おう! けど、あんまり時間はかけないようにな。遅くなると、サキの親御さんも心配するぜ」

「うん。ありがとう」

 そう言ってふたりは、響星の学生がよく利用するファーストフード店に入って行った。

 

 

 ――それから一週間後

「さて、いよいよヴァンガード高校選手権までひと月を切りましたね。今日は環境デッキとの対戦や、優勝候補の高校が使ってくると予測されるデッキの対策を……」

「それなら!」

 ミオの言葉を遮って、オウガが挙手しながら発言した。

「実際に優勝候補と対戦してみた方がよくないすか?」

 ニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべ、オウガが尋ねる。

「? どういう意味でしょうか」

 意図が読めず、ミオは首を傾げた。

「こういうことです。どうぞ、お入りください、聖ローゼの皆さん!」

 席から立ちあがったサキが恭しく扉を開けると、そこから数人の少年少女が姿を現した。

 先頭に立つのは、整った顔立ちをした金髪の少年。高校ヴァンガード界屈指の強豪校、聖ローゼの主将を務める3年の小金井(こがねい)フウヤだ。

 その後に続くのは、次期主将と目される2年の神薙(かんなぎ)ミコトに、その双子の弟、ノリトの姉弟。

 さらにその後ろには、響星の部員達にとって初顔となる少年もいた。

「フウヤさん?」

「やあ、ミオちゃん。今日は合同練習会にお招き頂いて感謝するよ。……とは言え、その様子だと鬼塚君達から話は聞いていなかったようだね」

「どういうことですか?」と説明を求めるミオの視線がオウガに突き刺さる。

「あ、いや。俺達だけで練習するより、聖ローゼの方々とファイトした方が練習になるかなと思って」

「私に相談もなしにですか?」

「サ、サプライズにした方が面白いかと……」

「私がこの日、部活に出れなかったら、どうするつもりだったんですか?」

「うぐ! そ、それは……」

「ご、ごめんなさい! でも発案者は私なんです! オウガ君を責めないでください」

 言葉に詰まったオウガを庇うようにして、サキが前に出る。それを見たミオは、ふっと小さく息をついた。

「……まあいいでしょう。いい練習になりそうなのは確かです。ありがとうございます。

 ですが、次からは私に相談してくださいね」

「うす」

「はい……」

 しょぼくれるふたりを尻目に、ミオは改めてフウヤと向かい合って手を差し出した。身長差があるので、向かい合うというよりは、見上げる形になってしまうが。

「お見苦しいところをお見せしました。本日はよろしくお願いします」

「うん、よろしくね」

 フウヤは何も気にしていない様子で、ミオの手を優しく握り返した。

「ですが、よく合同練習なんて受けてくれましたね。聖ローゼ(あなたたち)にとって、見返りは少ないでしょう?

「頭下げてまで頼まれたらね」

 フウヤが苦笑しながら、合同練習に至った経緯を説明してくれた。

 休日に聖ローゼ本校で練習をしていたところ、ミコトを経由してフウヤに「今から会って相談したいことがある」と、サキから連絡があった。

 ヴァンガード甲子園以来、ミコトとサキには交流があったのだ。

 驚きつつも了承し、フウヤはサキとオウガに会った。そして、合同練習の話を持ち掛けられたのだ。

「とは言え、はじめは断ったよ。俺達にメリットが無いと思ったからね。だけど、その後の彼らの主張は見事だった」

 曰く、今年のヴァンガード高校選手権は個人戦ではない。天海学園と、それ以外の高校からなる団体戦なのだと。

 個人の実力で、天海を上回っている者はいないし、この短期間で追いつくのも不可能に近いだろう。

 ならば、自分の高校だけでなく、他校の実力も底上げして、天海を消耗させなければならない。

 高校選手権で優勝したいのならば、まず天海を楽に勝ちあがらせてはならないのだ。

「その考え方には一理ある。そして、それほど明確なビジョンを持っている彼らなら、対天海の戦力にもなると判断した。それだけだよ。

 君はいい後輩を持ったね。考え方がしっかりしているし、行動力もある」

「ええ。自慢の後輩です」

 ミオが視線を軽く向けると、落ち込んでいたふたりの後輩がパアッと顔を輝かせた。

「ですが、その作戦には穴があります。大きな大きな落とし穴が」

「承知の上だ。最悪、強くなった君達に俺達が足をすくわれる可能性も高くなる。けど、俺は君達に負ける以上に、天海に負けたくない。いや、勝たせたくないんだ。

 考えてもみろ。彼らは離島の出身で、俺達とはまったく別の環境で練習をしている。それなのに、あれほどまでに強い。

 彼らに負けることは、俺達のヴァンガードが否定されているも同然なんだ。

 これ以上は負けられない。負けてたまるか……!!」

 拳を固く握りしめるフウヤの瞳に、濁った色をした炎が灯る。

「そういうことでしたら、これ以上は時間がもったいないですね。今すぐ合同練習をはじめましょう」

 ミオはくるりと背を向けて、オウガとサキに机と椅子を人数分集めてくるよう指示を出す。

「あ、最後にひとつ。聖ローゼからも、次期一軍候補の1年生をひとりつれてきた。彼も鍛えてやってくれないか。

 ヒカル、響星のみなさんに挨拶をするんだ」

 好青年然とした表情に戻ったフウヤが、一番後ろに立っていた少年に合図を送ると、ヒカルと呼ばれた少年が数歩前に進み出た。

 軽く癖のかかった茶髪が印象的な、フウヤに負けず劣らずの顔立ちを誇る美少年だったが、その表情は紳士的なフウヤとは似つかない不機嫌顔だった。例えるなら、親の里帰りにムリヤリ付き合わされて田舎まで連れてこられた都会っ子のような。

「1年の十村(とむら)ヒカルと言います。本日はよろしくお願いします」

 少年は慇懃に頭を下げると、すぐに顔をあげて、人を小馬鹿にするような笑みを浮かべた。

「しかしながら、音無ミオ先輩を除いたあなた方に、僕達の練習相手が務まるとは到底思えませんねえ……」

「あ!?」

 その挑発に、オウガが食ってかかろうとするよりも早く。

 垂直に落ちた手刀が、ヒカルの後頭部を殴打した。

「いたっ! ……ミコト先輩」

 頭を抱えて、ヒカルが恨めしそうに振り返る。そこには、手刀を落とした張本人であるミコトが鬼の形相をして立っていた。

「礼儀正しくしてなさいと言ったでしょう? いきなり喧嘩を売ってどうすんの! ほら、あやまりなさい!」

「しかしですね、ミコト先輩。僕達に、遊びに付き合っている時間は……」

「あ や ま り な さ い!!」

「……大変失礼いたしました」

「お、おう……」

 深々と頭を下げるヒカルの謝罪を、オウガは素直に受け入れた……というよりは、ミコトの剣幕にヒカルと一緒になって気圧されていたというのが正しい。

「ごめんなさい、失礼な子で。ヴァンガードが強い人が、リアルでも偉いと思いこんじゃってるのよ」

「いえ。気にしてませんよ。はじめて会った頃のミコトさんもこんな感じでしたので」

「うぐっ!」

 ミオの何の悪気もなかった一言に、ミコトが胸を抑えて膝をつく。

「それでは、今度こそはじめましょう。響星学園、聖ローゼの合同練習を」

 そんなミコトに気付くことなく、ミオは今度こそ合同練習開始の音頭を取るのであった。

 

 

「《招き入れる根絶者 ファルヲン》のブースト、《模作する根絶者 バヲン》で、《旭光の騎士 グルグウィント》にアタックします」

「グルグウィントのスキル発動! 山札から5枚見て、2枚をガーディアンサークルにスペリオルコール! 《フレイム・オブ・ビクトリー》! 《曙光の騎士 コルボドゥク》!」

「ツインドライブ。

 1枚目、(ヒール)トリガー。ダメージ回復して、パワーはリアガードのアルバに。

 2枚目、(ドロー)トリガー。1枚引いて、パワーはリアガードのエルロに。

 続けて、アルバでグルグウィントにアタックします」

「ノーガード。ダメージチェック……俺の負けだね」

 6枚目のカードをダメージゾーンに置いて、フウヤが敗北を認める。

「うおーっ! これで3勝3敗! やっぱミオ先輩も、フウヤ先輩も、すげえぜ!!」

 観戦していたオウガが両拳を握りしめて歓声をあげる。

「はい。フウヤさんとのファイトは、楽しさとは少し違った、真剣勝負のスリルを私に与えてくれます」

「それは俺も同じだよ。次、やろうか」

 ミオとフウヤが一瞬だけ視線を交錯させ、再びファイトに没頭する。

 その隣では、サキとヒカルがファイトを行っていた。

「《特装天機 マルクトメレク》のスキル発動! ドロップゾーンから《救装天機 ザイン》、《救装天機 ラメド》、《フリージング・グランター》をスペリオルコール! 前列ユニット3体にパワー+5000! さらに、1ダメージを受け……引トリガー! 1枚引いて、バトルに入ります。

 ラメドのブースト、マルクトメレクでヴァンガードの《真古代竜 ブレドロメウス》にアタック! ラメドのスキルも発動。あなたは守護者を発動できない!」

「う……ノーガード、かな」

「ツインドライブ! ……2枚ともトリガーは無し」

「ダメージチェック……負けました。十村君、言うだけあって強いね」

 6枚目のカードをダメージゾーンに置きながら、サキが苦笑した。

「これで僕の5連勝。……やはり、時間の無駄です。あなたとは力の差が歴然としている。せめて、音無先輩とファイトさせて頂きたい!」

「ところで十村君。さっき、プレイングミスしていたよ?」

 静かに声を荒げるヒカルの態度もどこ吹く風といった様子で、マイペースにサキが指摘した。

「……何?」

「ほら、前のターン、私の手札はこれとこれとこれが公開情報だったでしょう? 十村君はメタトロンにライドしていたけど、この時点でマルクトメレクもあったよね? このターンでマルクトメレクにライドして、《フリージング・グランター』2体と、《救装天使 ラメド》をスペリオルコールしていたら……ほら、仮に他の手札が完全ガードだったとしても防ぎきれない」

「……本当ですね。これは失礼」

 存外、素直にヒカルはミスを認めた。

「私の方にミスはあったかな?」

「……いえ。ミスはなかったかと」

「よかった! こうしてお互いのよくなかったところを指摘し合えれば、もっと強くなれるよね」

「……そうですね」

 ヒカルは不承不承頷いたが、どことなく毒気が抜かれたようにも見えた。

 そんなふたりのやり取りを見ていたミコトが、サキに囁く。

「あんた、しばらく見ないうちに図太くなったわね……」

「ええっ!? そ、そうですか?」

 赤面するサキの隣で、ミオとフウヤのファイトも、また大詰めを迎えていた。

「グルグウィントでバヲンにアタック! アタック時にスキル発動! 山札から5枚見て……《ろーんがる》、《誓いの解放者 アグロヴァル》をアクセルサークルにそれぞれスペリオルコール!!」

「《発酵する根絶者 ガヰアン》でガード。1枚貫通です」

「ツインドライブ!!

 1枚目、トリガー無し。

 2枚目、(フロント)トリガー!!」

「ダメージチェック……私の負けですね」

「これで俺の4勝3敗だね。……そろそろ休憩しようか?」

「いえ。続けてもう1戦お願いします」

「やれやれ。君が勝ち越すまでやる気かい?」

「それなら、私が2勝1敗の時点で終わってもよかったんですよ?」

 普段は冷静な両者の間で激しい火花が散る。

「はあ。ふたりとも負けず嫌いですね」

 傍から深いため息をついたのは神薙ノリトだ。

「せっかくなので音無さんともファイトしたかったけど。鬼塚君、もう一度、僕とファイトしませんか?」

「おう! よろしくお願いしゃーす!」

 ノリトの誘いに、オウガが威勢よく応える。

 ミオも次のファイトの準備をしながら「それにしても……」と小さく呟いた。

「このままでは《ストレングス》でフウヤさんとファイトしているのと変わりませんね。いえ、もちろんわざわざ響星まで来て頂いたのは嬉しいのですが」

「そう言うと思ったからね。特別ゲストも呼んでおいたよ。そろそろ来る頃だと思うんだけどね」

「特別ゲスト?」

「改めて助言しておく。俺とのファイトはここまでにしておいた方がいい。その人が来たら、君はすぐにでもファイトしたくなるだろうから」

「すぐにでも……」

 ミオの脳裏に浮かんだのは白い着物姿の少女だが、フウヤの伝手で彼女が来るのは考えにくい。

 そこまで思考したところで、コンコンと扉がノックされた。

「――」

 ミオがそれに誰何するより早く。

「お邪魔いたしますわ!」

 ガラッと勢いよく扉が開かれ、豪奢な金髪巻き毛の女性が姿を現した。

「あなたは――」

 ミオが息を止めて、何故か学内でドレスなど纏っているその女を見据える。

 彼女は不敵に微笑むと、スカートをつまんで優雅に一礼して見せた。

「……早乙女(さおとめ)マリアさん」

 ミオが女性の名を呼ぶ。

 女性――早乙女マリアは優雅に顔を上げ、ミオの記憶よりも遥かに大人びた笑みを浮かべた。

「お久しぶりね。音無(おとなし)ミオさん。1年ぶりくらいになるのかしら」

「俺もいるぞ」

 開けっ放しになっていた扉の影から、黒髪をオールバックに撫でつけた男がひょっこりと顔を出す。

「……ムドウさんまで」

 御厨(みくりや)ムドウ。ミオがバイトをしているメイド喫茶の常連客。

 聖ローゼの卒業生――それも昨年のナンバーワンとナンバーツーが揃い踏みだった。

「来てくださってありがとうございます。マリアさん、ムドウさん」

 いつもの人の好い笑みとは少し違う、心から嬉しそうな笑みを浮かべて、フウヤがふたりに歩み寄った。

「他ならぬあなたの頼みですもの」

 マリアは優しく頷きながらもツカツカとその横を通り過ぎ、さきほどまでフウヤが座っていた椅子に音も無く腰かけた。即ち、ミオの真正面に。

「音無さん。話はフウヤから聞いておりますわ。この早乙女マリアと、御厨ムドウ。今日1日、あなた達に胸を貸して差し上げます」

「はい。よろしくお願いします」

 偉そうに胸を張るマリアに、ミオはぺこりと頭を下げた。

「わたくしも、あなたとは一度ファイトしてみたいと思っていたの。ユキが認めたあなたの実力。まずは見定めさせて頂きますわ」

 そう言ってデッキを取り出した瞬間、彼女の纏っていた穏やかな空気が一変した。愛する者を優しく包み込み、敵対する者は容赦なく呑み込む、慈悲と無慈悲を併せ持った王者の如き巨大な重圧。フウヤの全てを貫くような殺気とは異にして同種の、真の強者にしか放つことのできない達人の気配だ。

 それを真正面から受けたミオは、自然と口元が緩んでいくのを感じた。

(――この人と、やりたい)

 フウヤと対戦するために並べていたカードを即座にまとめて切りなおすと、テーブルの上にドンと置き直した。

「ユキさんが唯一ライバルとして認めたあなたの実力、確かめさせてもらいます」

 マリアの言葉を返すように言い放つと、ミオはデッキから5枚のカードを引き抜いた。

「「スタンドアップ ヴァンガード」」

「《発芽する根絶者 ルチ》」

「《ばーくがる》」

 

 

「《ういんがる・ぶれいぶ》のブースト。《ソウルセイバー・ドラゴン》でヴァンガードにアタックですわ」

「……ノーガードです。ダメージチェック。……負けました」

 いつも以上に無表情になったミオが、残り少ない手札を取り落とすようにテーブルに置いた。

「これで3連勝。まあ、力の差を思い知らせるのは、このくらいで十分かしら」

 対するマリアは、ふんぞり返って満足げに鼻息をついていた。潤沢な手札を扇代わりにして、ファイトで火照った頬をあおいでいる。

「……どこがいけなかったのでしょうか。プレイング? それともデッキの構築が……」

「あなた、ユキにもほとんど勝てていないんでしょう?」

 ブツブツ呟きながらデッキをいじりはじめたミオに、マリアが追い打ちをかけるかのように告げる。

「わたくしは同年代で唯一、ユキと互角の勝負ができるファイターですのよ。まさか、わたくしになら勝てるとでも思っていましたの? もしそうだとしたら、本気で心外ですわ」

 カードの扇を閉じ、言葉と共にミオへと突きつける。

 怒気を孕んだマリアの瞳をしばらく見つめていたミオだったが、やがて諦めたように小さく息をついた。

「そう、でしたね。失礼しました。ですがこの時期に、あなたのような人に教えを受けられることは幸運なのでしょうね」

「わかればよろしい。今日1日、わたくしのことは師匠(せんせい)と呼ぶように」

「それはいやです」

「……強情ですわね。まあ、呼び方はどうでもいいですわ。

 次はこれを使ってファイトいたしますわよ」

 マリアが自分のデッキを片付け、新たなデッキを取り出した。

「何ですか、それは?」

「見て頂けたら分かりますわ」

 そう言って押し付けてきたカードの束を、ミオは受け取った。これから対戦するデッキの中身を見てもいいものか迷うが、そうしなければ始まらないようなので、手の中でカードを広げて確認する。

「これは……バミューダ△のデッキですね」

「ええ。あなたが綺羅ヒビキと対戦した記録をもとに、私が再現した彼のデッキですわ。実際に対戦したあなたにも中身を確認していただきたいの」

「なるほど。そういうことでしたら」

 ミオが頷き、1枚1枚デッキの中身を確認している間にも、マリアは言葉を続ける。

「天海の中でも、やはり綺羅ヒビキが図抜けて強い。彼に勝たない限り、あなた方に優勝はありえませんわ。わたくしがこのコピーデッキを使いますから、皆はバミューダ△の動きに慣れてくださいませ」

「本職でなくとも、マリアさんの使うバミューダ△なら、そこらのバミューダ△使いが使うデッキよりは、よっぽど強いだろうね」

 とフウヤも補足した。

「わたくしのバミューダ△はどうでした? 直すところはありまして?」

 マリアがミオに尋ねる。

「……オーソドックスなリヴィエール軸ですね」

 ミオはデッキをマリアに返却しながら、あえて遠回しに答えた。

「奇をてらった部分と言えば、パールシスターズくらいでしょうか」

「本来のわたくしなら、こんな不安定なカードは絶対に入れないのですけど」

「私もです」

「……リンクジョーカーを使って、根絶者以外をデッキに入れないあなたが言いますの?」

「根絶者は特別です」

「清々しいほどにダブルスタンダードですわね。

 で、わたくしはこのデッキに直すところがあるのか問うたのですけれど?」

「……若干の違和感がありました」

「あら。どこかしら?」

「それが……うまく言えません」

 機械のように正確に答えを算出する。むしろそうしなければ気が済まないミオが、結論を曖昧にしたまま言葉にするのは非常に珍しいことであった。

「うまく言って頂かなければ直しようがありませんわ」

「ですが、この違和感だけは解消しておかなければいけない。そんな気がするんです」

「……まあ、わたくしも完璧にデッキをコピーできたとは思っていませんわ。あなたが瞬殺されなければ、もう少し構築を絞ることができたのですけど」

「すみません」

「いえ。綺羅ヒビキを引きずりだしただけでも、響星(あなたがた)は大殊勲ですわ」

「ふふん」

「偉いのは天道(てんどう)アリサさんですわよ?

 まあ、あなたの言う違和感は、ファイトをしているうちに見つかるかも知れませんわ。替えのカードは一通り持ってきてますから、とりあえずファイトしてみましょう」

「そうですね」

 同意したものの、ミオはファイトの準備を始めるでもなく、じっとマリアの目を見つめていた。

「どうされましたの?」

「いえ。どうしてマリアさんが私に親身になってくれているかが理解できないので」

「まあ! 何か裏があると思ってますの?」

 マリアが心外だと言いたげに目を見開いた。

「いえ。そこまでは」

「あなたはユキが育てた後輩ですもの。わたくしにとっても他人とは思えませんの……というのは建前ですわね。

 本当の理由は、綺羅ヒビキに勝てる可能性が一番高いのはあなただと思っているからですわ」

「聖ローゼの皆さんではなく?」

「ええ。彼の使っているバミューダ△はリヴィエール軸。同名カードのスペリオルライドを得意とするデッキ。デリートの解除に余計なカードを割かなければならない根絶者は天敵ですのよ」

「単なるデッキ相性の話ですか」

「わたくしは情で動かなくてよ。もっとも勝てる可能性が高くなる手段を徹底する。そうしてわたくしは強くなってきましたの。

 ……とは言え、理想を言わせてもらうなら、綺羅ヒビキを破ったあなたを、わたくしの可愛い聖ローゼの後輩達が喰らって優勝してくれることなのですけど」

 マリアに視線を向けられたフウヤは、腕組みをしたまま面白くなさそうに無言で肩をすくめた。

 彼の本音は、マリアの方針に異論は無いが、漁夫の利を狙うようなやり方はどうしてもプライドが傷つくと言ったところか。

「納得していただけました?」

「はい」

「では、はじめますわよ」

 ミオは無言で頷き、ファーストヴァンガードに手をかけた。

「「スタンドアップ ヴァンガード」」

 

 

 ミオとマリアが一手ごとにああでもないこうでもないと議論を交わしながらファイトを進め、多くの者がそちらに気を取られている時。

 部屋の隅でひっそりと、別のファイトが終盤を迎えていた。

「《ファントム・ブラスター・オーバーロード》のアタック時に、我がしもべ5体の命を喰らいスキル発動。貴様も5体の贄を選べ」

「くっ。要するに全ユニット退却ってことじゃねーか」

「そして並び立て、《ファントム・ブラスター・ドラゴン》

 さあ、オーバーロードのアタックはどう受ける?」

 ムドウが試すような口調で、オウガに判断を促す。

「《チアガール マリリン》で完全ガードだぜ!」

「ツインドライブ。

 ファーストチェック……トリガー無し。

 セカンドチェック……★トリガー。効果はすべてファントム・ブラスターに」

「ぐっ……!」

「昏き絶望の闇へと沈め。ファントム・ブラスターでアタック(シャドウイロージョン)

「……ノーガードだぜ。ダメージチェック。1枚目、2枚目……俺の負けだ」

 オウガが悔しさを滲ませながらダメージゾーンに6枚目のカードを置く。

「くあーっ!! 強えなあ、ムドウ先輩!!」

 そして、次の瞬間には清々しい笑顔になって、対戦相手――御厨ムドウを称えた。

「当然だ」

 ムドウが当たり前のように頷く。

 ミオとマリアが最初にファイトを始めた時、オウガは手持無沙汰になっていたムドウにすぐさまファイトを申し込んだ。

 初対面の実力者が相手だろうと、物怖じせず向かっていけるのがオウガの最大の強みであり魅力だ。

 ふたりはすぐに打ち解け(ほとんどオウガが一方的に喋っているだけだったが)、こうしてファイトを続けている。

 今のところオウガの連戦連敗だが、ファイトのたびにプレイングが洗練されていき、目に見えて強くなっていた。

「ムドウ先輩! もう1回お願いしゃーす!」

「いいだろう」

 ムドウも目の前の少年の成長が楽しいのか、嫌な顔ひとつせず(いつも仏頂面だが)付き合っている。弱いファイターとのファイトを好まないと公言している彼にしては非常に珍しいことだ。

「お前は自分の無力を自覚している。だからこそ、マリアの講義に参加せず、自らの地力を高める選択肢――俺とのファイトを選んだ。

 自分が今すべきことを理解できている人間は嫌いではない」

 山札をシャッフルしながら、ムドウはオウガに語り掛けた。それはぽつりぽつりと呟くようで、オウガは一瞬自分のこととは気づかなかった。

「え? あー……別にそんな難しいこと微塵も考えちゃいねーっすよ」

「無意識にでもできているなら大したものだ。

 ……何も考えていないようで、頭の回転は速い。盤面もよく俯瞰できている。フィールドスポーツの経験が生きているのか。いずれにしろ俺好みの素質だ……」

「へ? 何の話……」

「……来月のヴァンガード高校選手権な。あれにはいい思い出が無い」

「だから何の話……」

「聞け」

 有無を言わさぬムドウの低い口調に、オウガは思わず押し黙る。

「去年。俺にとって最後のヴァンガード高校選手権のことだ。俺はライド事故を起こした」

「……あー」

 オウガは思わず苦笑した。ムドウほどの実力者であっても、そればかりはどうしようもない。

「俺の代にはマリアがいたからな。俺は常に2番手で、大した実績は残せなかった。マリアが受験で引退したその時が、実績を残す最後のチャンスだったのだ。

 しかし結果はライド事故で2回戦敗退……実績が無ければプロにはなれん」

「プロ……」

 その単語を聞いたオウガの心臓が激しく跳ねた。ヴァンガードのプロと言えば、オウガにはまだまだ縁遠い世界だが。

 アメリカンフットボールのプロ選手と言えば、ほんのひと昔前のオウガにとっては大きな目標のひとつだったのだ。好きなこと(アメフト)で生きていけるのなら、どれほど幸せなのだろうと夢想しない日は無かったほどに。

 ヴァンガードと出会ってからは、それに熱中することができ、必要以上に苛まれることは無かったものの、それでも心の奥底にずっと引っかかっていた、思い出と呼ぶにはまだ生々しい傷跡。

「おかげで俺はプロになれず、張り合いの無いアマチュアファイトで昇格を目指す毎日だ。

 とは言え、それはそれでいいんだ。ライド事故もヴァンガードの一部で、それをひっくるめて俺はヴァンガードが好きだと分かったし。大学にあるヴァンガードサークルでのファイトも、それなりに楽しませてもらっているしな」

「ムドウ先輩……」

 陰気な男が、この時ばかりは少し眩しく思えた。

 傷を受け入れ、今を楽しみ、新たな目標に向かって邁進している彼は、オウガにとって年齢とは別の意味で『先輩』だった。

「だが、時折想像してしまうことがある。あの時のライド事故が無ければ、俺の実力は優勝に届いていたのだろうかと。

 結果を変えたいとは思わんが、それだけは確かめたい……」

 上を向いて過去を見ていたムドウが、ゆっくりと視線をオウガに戻した。

「オウガと言ったな。これより残りの時間で俺のすべてをお前に伝授する。来月のヴァンガード高校選手権、それでお前は行けるところまで行ってみせろ」

 託すというよりは、脅迫するような鋭い眼光だった。

「うす! まかせてください!」

 オウガはそれを真っ向から力強く受け止めた。そればかりか不敵に笑い、告げる。

「けど、さすがに先輩の3年間が今日1日じゃ足りんでしょ。これから毎週、休みの日には特訓をお願いできませんかね」

「ふ……自ら地獄を望むか。

 いいだろう。今週からお前には、休日も祝日も無いと思え」

「うす! よろしくおねがいしまっす!」

 オウガとムドウ。対照的なふたりの男が、固く手を握り合った。

 

 

「《波動する根絶者 グレイドール》でヴァンガードにアタックします」

「……ノーガード。……わたくしの負けですわね」

 震える指でバミューダ△のカードをダメージゾーンに置き、努めて冷静さを保とうとしている声音でマリアが告げる。これは練習であり、自分の得意とするクランで無いにも関わらず、全身から悔しさが溢れだしていた。

 負けず嫌いの度合いで言えば、ミオやフウヤより上かもしれなかった。

「……ふう。やはり、リヴィエールの連続アタックを1度こらえることさえできれば、根絶者の勝ちは揺るぎませんわね」

 自分の心を落ち着かせるように大きく息をついて、マリアがファイトを振り返る。

「10戦して音無さんが8勝。これを10勝に近づけるようにしないとなりませんけど、さすがに時間が足りませんわね」

「最終調整は、私達の方でするつもりです。デッキの内容は覚えていますし」

「ええ、そうしてちょうだい。

 ……それにしても、まったくパールシスターズは揃いませんわね」

「揃わない前提でプレイして、片方をさっさとガードに使ってしまうマリアさんにも原因があると思いますが」

「それにしてもよ! ヴァンガード選手権の大一番で、ここしかないというタイミングで揃うものですの? 綺羅ヒビキもヴァンガードの神様に愛された『選ばれた人間』なのかも知れませんわね」

「……」

「どうしました?」

「少し以外でした。マリアさんが神様のような非合理の極致とも言うべき概念を信じているというのが」

 宗教家に聞かれたら目を剥いて説教されそうなことを、さらりと口にする。

「わたくしも基本的には信じていませんわ。けど、理屈だけでは説明のつかない、神様の存在を疑う方が非合理的に思える傑物が存在することは事実。あのユキと付き合っていると、特にそう感じますわね」

「ああ、なるほど」

 そう言えば、マリアはユキと同じ大学に進学し、同じヴァンガードサークルに所属していると聞いていた。

 たしかに彼女を見ていると、特定の人間を贔屓したがる不公平な神の存在を信じたくなるかも知れない。

「まあ、わたくしとしては『選ばれた人間』がいることは、まったく構いませんの。そういった特別な人間を、運否天賦の介在しようのない圧倒的な実力でねじ伏せるのが楽しいのではなくて?」

「はあ」

『選ばれた人間』かは知らないが、常識から外れた異端者と見られることが多く、その自覚もあったミオには、あまりピンとこなかった。

 そもそも、そのようなことを臆面も無く言ってのけられるマリアも、ひとかどの人物であることには間違いは無かった。

 そんなことを考えていると、ノックも無しに部室の扉がきしんだ音をたてて開いた。

「……ん、やってるね」

 やる気の感じられないだらけた声が、雑音にかき消されながらもミオの耳に届いた。

 ノックが無いのも当然。現れたのは、この部屋の責任者。ミオ達の教師にして、カードファイト部の顧問、春日(かすが)マナブ教諭であった。

「おつかれーっす!」

 オウガが率先して挨拶し、他の面々も揃って会釈する。

 聖ローゼ勢も、校内と部室に立ち入る許可を彼から得ているためすでに面識があるらしかった。

「音無。調子はどうかな?」

 事務的な口調でマナブが尋ねてきた。

「まずまずと言ったところです」

 答えるミオも淡々としているため、このふたりは仲が悪いのではないかと、マリアは不安そうに、両者の顔を交互に見比べた。

 実際に仲がいいわけではなかった。互いに協力して部を管理する義務があるからそうしているだけのドライな関係。少なくともミオはそう思っていた。

「じゃあ、次は僕とファイトしようか」

 だからこそ、その後のマナブから告げられた提案に、ミオは思わず目を丸くしてしまうほどの驚きを覚えた。

「……はい?」

 思わず聞き返す。

 離れた場所で話を聞いていたオウガとサキも同様らしく、目を見開いたり、口をぽかんと開けたり、驚きの反応を示していた。

「部員がこれだけやる気を出しているんだ。顧問が我関せずじゃ、体裁も立たんでしょ」

 あくまでこれも義務の一環であるという態度で、マリアが譲った席に腰かけ、羽織った白衣のポケットからデッキケースを取り出した。

「失礼ですが、先生は強いのですか?」

「さあ、どうだろうね?」

 ミオの質問に、マナブは肩をすくめてはぐらかした。

「ちょっと待ちなさいな。何でカードファイト部の顧問が、生徒と一度もファイトしたことがありませんの?」

 さすがに聞き捨てならなかったのか、マリアがツッコんだ。

「面倒だったからだよ」

 マナブが臆面もなく答えた。

 ミオですら、ファイトどころか、彼がカードを手にしたところを初めて見るが、マリアと話しながらでも、デッキをシャッフルする手つきによどみは無い。

 少なくとも、カードの扱いには慣れているようだった。

「わかりました。よろしくお願いします」

 ミオが一礼し、マナブに遅れる形でファイトの準備を整える。

「ん、はじめようか」

 マナブがブリッジに触れてメガネの位置を調整し、ぼりぼりと寝ぐせの残る髪をかきながら告げた。

 そして、ふたりが同時に裏向きに伏せてあったファーストヴァンガードをめくる。

「「スタンドアップ ヴァンガード」」

「《発芽する根絶者 ルチ》」

「《ブラックボード・オーム》」

 

 

 グレートネイチャー総合大学。

 惑星クレイにおいて、もっとも自然豊かな国家、ズーの中心にその大学は存在する。

 在籍するのは、独自の環境で人間を越える知性を得た動物(ハイビースト)達。

 生活を支える日用品から、戦争の在り方すら変える兵器の開発まで。本能のままに発明品を生み出す彼らは、学び舎という性質上、率先して戦に加担することは少ないものの、その戦闘能力は一国の軍隊を凌駕すると噂されている。

 大学の敷地を侵す不届き者に対してのみ、彼らは牙を剥き、獣の如く勇猛に戦うのだ。

 今日も賢者の号令が、森の最奥にて木霊する。

 皆の者、筆を取れ! これより特別課外授業を実施する!!

「ライド……」

 お互いにダメージは2点。

 先攻のマナブ教師が、まずはG3のユニットにライドした。

「《鉛筆英雄 はむすけ』」

 鋼鉄のマシーンが軋んだ唸り声をあげて大地を踏みしめる。

 それに搭乗しているのは、1匹の小さなハムスターだった。

 よって、マシーンも手のひらサイズであり、砲弾の代わりには、鉛筆をふんだんに搭載していた。

 だが、その容姿で侮るなかれ。

 彼もまた、惑星クレイに名を轟かせる英雄のひとりなのだから。

「イマジナリーギフトは……んー。まあ、ここはアクセルⅠかな」

(きちんとしてますわね、この方)

 ここまでマナブのプレイングを観察していたマリアが、内心では舌を巻いていた。

 ことあるごとに長考し、はっきり言ってそのプレイングには鈍重さすら感じられる。

 だが、ファイトにおいてプレイングの速さなど何の意味も成さないのである。天海学園の清水セイジのような、プレイング速度が盤外戦術の域に達しているのは例外にしても。

 マナブは長考の甲斐あってか、今のところ難しい判断が求められる場面でも一切の失策は見られなかった。

 何より彼は、多くのファイターが決め打ちでアクセルⅡを選択してしまう場面ですら、熟考してアクセルⅠを選択した。

 思考停止でアクセルⅡを選び、実は勝機を逃しているファイターの何と多いことか。

 常に思考を巡らせ、最前手を打ち続けられる判断力こそ、強いファイターの条件なのである。

 それを体現している目の前の教師に、マリアは初対面ながら好感を覚えた。

「はむすけのスキル発動。追加でアクセルサークルを得て、《鉛筆騎士 はむすけ》と《鉛筆従士 はむすけ》をスペリオルコールさせてもらうよ」

「はむすけデッキですか」

「昔からこいつが好きでね。デッキには欠かさず入れているんだ」

 ミオの独白に、マナブは律儀に答え。

「いいと思います」

 ミオもまた律儀に返した。

「《はむすけの学友 赤青鉛筆のはむひこ》をコール。コストを支払い、山札の上から2枚見て……うーん。《メジャード・フォッサ》を手札に加えようかな。《ディクショナリー・ゴート》はドロップへ。

《はむすけの学友 ロケット鉛筆のはむどん》もコール。手札を1枚ソウルに置いて、鉛筆騎士とはむどんにパワー+10000。1枚ドロー……ん、いいカードだ。《アンバーズ・トライアングラー》をコール。

 バトルに入るよ……」

 宣言した瞬間、マナブのだらけた気配が一変――することもなく、億劫な手つきでカードを傾ける。

「鉛筆従士のブースト。鉛筆英雄でヴァンガードのアルバにアタック」

「ノーガードです」

「ツインドライブ。1枚目……トリガー無し。2枚目……引トリガー。1枚引いて……うん。パワーはトライアングラーに、だね」

 マシーンに内蔵された火薬が弾け、装填された鉛筆(ミサイル)が発射される。

 鉛筆は白煙をたなびかせふらふらと蛇行しながらも侵略者に突き刺さり、大爆発を起こした。

「ダメージチェック。

 引トリガーです。1枚引いて、パワーはヴァンガードのアルバに」

「面倒だな。……じゃあ、はむひこでリアガードのギヲにアタックだ」

「ノーガード。ギヲは退却します」

「アクセルサークルのトライアングラーでヴァンガードにアタック。同じ縦列にユニットがいないので、パワー+10000だよ」

「合計パワーは42000ですか。ガタリヲと(クリティカル)トリガーでガードです」

「鉛筆騎士でヴァンガードにアタック」

「ノーガード。ダメージチェック……★トリガー。パワーはヴァンガードのエルロに」

「アクセルサークルのはむどんでヴァンガードにアタック」

「クイックシールドを使用します」

「2点しか与えられなかったか。やるね。ターンエンドだ」

「私からすれば、もう4点かという感じですが」

 そう言って、互いに肩をすくめ合う。

「スタンド&ドロー。

 ライド。《絆の根絶者 グレイヲン》

 イマジナリーギフトはフォースⅠをリアガードサークルに。

《噛み砕く根絶者 バルヲル》をコールし、ソウルブラストしてスキル発動。次のターン、先生はエンドフェイズ中にカードを表にできません」

「了解。けど、本当の狙いはそちらではないね?」

「はい。《呼応する根絶者 エルロ》をコールします。ドロップゾーンにいるアルバのソウルブラスト。アルバをドロップゾーンからスペリオルコールします」

「ソウルのアルバをドロップゾーンに置くのが、彼女の狙いだった」

「ええ。けど、それだけではありませんわ。アルバのソウルブラストで、あのカードもドロップゾーンに置いてますわよ」

 試合を観戦していたフウヤとマリアが囁き合う。

「グレイヲンのスキル発動。《鉛筆英雄 はむすけ》をデリートします。ドロップゾーンにいるファルヲンをスペリオルコール」

「根絶者だけでここまで無駄無く展開できるとはね」

 マナブが感心したように呟いた。

「他人事みたいに。一応、あなたの教え子でしょう?」

「僕は生徒の自主性を尊重しているんでね」

 マリアが指摘するが、マナブは悪びれもなく返した。

「おかげで私は気楽にいられます。

 バトルフェイズ」

 皮肉か本心か判断のつきにくい口調で顧問をフォローしながら、ミオが宣言する。

「フォルヲンのブースト。グレイヲンでヴァンガードにアタックします」

「《ケーブル・シープ》で完全ガード」

「ツインドライブ。

 1枚目、★トリガー。効果すべてエルロに。

 2枚目、治トリガー。ダメージを1枚回復して、これもパワーはエルロへ。

 フォースサークルのエルロでヴァンガードにアタックします」

「……しかたない。これはノーガードだ。

 ダメージチェック。

 引トリガー。1枚引いて、パワーはヴァンガードに。

 2枚目はトリガー無しだ」

「引トリガーが多いですね」

「ええ。恐らく8枚以上積んでますわね。アクセルⅠを選んだからには、それをするだけの自信があるということね」

 フウヤとマリアがまたもや囁き合う。

「ですが、エルロのスキルも発動します。《アンバーズ・トライアングラー》を裏でバインド(バニッシュデリート)。

 続けて、アルバでアタックします」

「悪くない判断だ。なら、そのアタックは《スリップ・パンゴリン》でガード。はむひことはむすけでインターセプトさせてもらうよ」

「ターンエンドです」

「僕のターンだね。ドロー」

 その時、マナブのメガネの奥にある気だるげな瞳が鋭く細められ――ることもなく、適当な調子で切り札を切る。

「ライド。《名物博士 ビッグベリー》」

 森の奥からのしのしと足音をたてて、周囲の木々に匹敵するほど巨大なパンダが姿を現した。

 彼は異形の侵略者を前にしても一切動ずることなく、どっかりと愛用の切り株に腰を下ろす。

「《メジャード・フォッサ》をコール。スキル発動。山札の上から2枚見て……《鉛筆英雄 はむすけ》をスペリオルコール。

 さらに《アンバーズ・トライアングラー》、《スプール・メリー》をコール」

「これで先生の手札はゼロになった……!」

「ですけど、前列サークルも埋まりましたわ。さあ、音無さん。グレートネイチャーの猛攻に耐えられまして?」

 マナブが盛り上がらない分、何故かギャラリーが盛り上がりはじめている。

「バトルだ。トライアングラーでヴァンガードにアタック」

「アルバとエルロでインターセプトです」

「アクセルサークルの《メジャード・フォッサ》でヴァンガードにアタック。フォッサのスキルではむすけのパワーに+10000」

「ノーガード。ダメージチェック。トリガーはありません」

「はむすけでヴァンガードにアタック」

 根絶者を取り囲んだ獣達が、少しずつグレイヲンとミオを追い詰めていく。

「ノーガード。ダメージチェック……★トリガー。パワーはすべてグレイヲンに」

「ふむ。困った。これではむどんのアタックは通らなくなった。やっぱりフォース相手は厳しいな。

 ……まあいいか。とりあえず、アクセルサークルの《スプール・メリー》でヴァンガードにアタック。アタック時、メリーとビッグベリーのパワーに+10000」

「ガヰアンでガードします」

「はむすけでブースト。ビッグベリーでヴァンガードのグレイヲンにアタック。

 アタック時、ビッグベリーのスキル発動。パワー20000以上のユニットはすべてスタンドする」

 ビッグベリーがひとたび教鞭を振るうと、疲れ倒れていた生徒達がみるみるうちにやる気を取り戻し、再び立ち上がる。

「治トリガーでガードします」

「ツインドライブ。

 1枚目、トリガー無し。

 2枚目、前トリガー。前列ユニットのパワーに+10000だ」

「ここで前トリガーか! これでスタンドしている4体のアタックがすべて通るようになった」

「対する音無さんの手札も4枚。決まりかしら。

 ……いえ。このくらいじゃ、この子は諦めないわね」

 フウヤが呻き、マリアが楽しそうに微笑む。

「トライアングラーでヴァンガードにアタック」

「★トリガーでガードします」

「《鉛筆英雄 はむすけ》でヴァンガードにアタック」

「ノーガードです」

 撃ち出された鉛筆がふらふらと飛び、グレイヲンの眼前で炸裂する。

「ダメージチェック……トリガーではありません」

 グレイヲンの巨体がゆっくりと崩れ落ち、その足元で小さな勇者は鉛筆を掲げて勝鬨を挙げた。

 

 

「ありがとうございました」

 6枚目のカードを丁寧にダメージゾーンに置き、ミオが頭を下げる。

「うん。お疲れ」

 軽く頷いて、マナブもそれに答えた。

「つ、強い……」

 人当たりはいいが、ヴァンガードに関しては滅多に人を褒めないフウヤが、素直な感想を口にした。

「素晴らしい腕前ですわ」

 マリアも上品に拍手を送り、マナブを称えた。

「運がよかっただけだよ」

 マナブがボサボサ髪をかきながら苦笑する。

「この場にそんな謙遜が通じる人はいませんわ。ね、今度はわたくしとファイトしてくださらない?」

「いや。君とファイトしてどうするんだ? ここに来た目的を忘れてないかい?」

 いてもたってもいられなくなった様子でファイトを申し込むマリアに、マナブが半眼になってツッコミを入れる。

「そ、そうでしたわね。わたくしとしたことが……。

 それにしても、それほどの実力をどこで身につけられたのでしょう?」

 マリアが赤面し、誤魔化すように言葉を続ける。

「もしかして……!!」

 それに答えたのはマナブではなく、少し離れた場所で話を聞いていたサキだった。

「マナブというお名前に、はむすけを軸にしたグレートネイチャー……。先生は10年前のヴァンガード甲子園や、ヴァンガード高校選手権で活躍されていた、森野(もりの)マナブさんではありませんか!?」

「……まあ、隠す必要も無いか。君の言う森野マナブは僕のことで間違いは無いと思うよ」

 サキの問いを、マナブ適当に肯定した。

「森野マナブ……覚えていますわ! 当時新興勢力だったとは言え、すでに最強だった天海学園と互角に戦うことのできた唯一のファイター!

 プロ入りは確実と噂されながらも、高校卒業を機にヴァンガード界からぱったりと姿を消した!」

 追従するマリアの言葉に、ムドウやフウヤなど、ベテランのファイターが次々と頷いた。

 新参のミオにはピンとこなかったが、有名な話らしい。

「ど、どうしてこんな部活の顧問に納まってますの!? 名前まで変えて!」

「こんな部活ですみませんでした」

 ミオがポツリとツッコんだが、興奮しているマリアには届いていなかった。

「名前については単純な話だよ。5年前に結婚していてね。妻の姓を名乗ることになっただけだ。身分を隠していたつもりはない」

「あ、ああ、なるほど……。

 では、ヴァンガードを辞めた理由は!? 見たところ腕は落ちてないようですし、デッキも最新のカードで強化されてるのに!」

 ここまでまくしたてたところで、マナブの冷たい瞳と、己の無礼に気付いたのだろう。一転、しおらしくなって深々と頭を下げる。

「ごめんなさい。誰にでも詮索されたくない過去はございますわね。謝罪を受け入れてくださるかしら」

「いいよ。元より気にしていない。

 ただ、早乙女マリアさん。君のことは白河(しらかわ)や音無から聞いていてね。君なら言わずとも、僕がヴァンガードの大会から離れた理由に気付けるんじゃないかと思っただけだ」

「わたくしなら? …………あ」

 マリアは何かに気付いたかのように小さく声をあげると、みるみるうちにその顔面が蒼白になっていく。

「わたくし……本当に失礼なことを」

「気にしていないと言ったよ。

 そうさ。昔の僕はファイトが大好きだった。恐らく君のように。

 平日休日問わずヴァンガードに明け暮れ、気が付けば高校生最強と呼ばれるほどにまで強くなっていた。

 けど、そこからは地獄だった。気が付けば、皆が僕を見ていた。天海に勝てるのはお前しかいない。他の高校には勝てて当然。様々な重圧が僕にのしかかってきた。

 いつしかカードをめくることすら怖くなっていた。僕はただ、みんなとファイトするのが好きだっただけなのに……。

 プロのスカウトはすべて断って、大学で教員免許を取って、逃げるようになりたくもない教師になった。本当はカードファイト部の顧問にもなるつもりはなかったけど、他にファイト経験者の教師がいなくて、仕方なくね」

 気だるげなマナブの横顔に、初めて表情らしい表情が浮かんだ。苦悩。後悔。悲哀。あらゆる負の感情が眉間の皺となって刻まれていた。

 まだ20代の若い教師だが、この時ばかりはそれの倍以上に老けて見えた。

「けど、音無」

 虚ろな目で天井とマリアを見上げていたマナブが、不意にミオへと視線を戻した。

「君とのファイトは楽しかったな」

 そして、笑い方を忘れてしまったかのようなうっすらとした笑顔で微笑みかける。

「ありがとうございます。最高の褒め言葉です」

 ミオも微笑み返しながらぺこりと一礼した。

「今度はオウガさんやサキさんともファイトしてあげてください。それもきっと楽しいですから」

「そうだぜ、先生! 今度は俺とファイトしようぜ!」

「はい! 伝説のグレートネイチャーと、私もファイトしてみたいです」

「はは。そのうちにな」

 オウガとサキの言葉に渇いた笑い声をあげながら、マナブは席を立つ。

「けど、今日はこのあたりで席をはずさせてもらうよ。科学部の連中も見てやらにゃならんのでね。

 一部の者には説明したと思うけど、今日は22時まで学校に残っていい。帰りは他の先生にも協力してもらって、全員を車で家まで送り届けるから、絶対にひとりで勝手に帰らないこと。いいね?」

 それに対して、快活な返事もあれば、適当な返事もあった。

「いい返事だ」

 それらを一様にひっくるめて、マナブ教師はそう評し、部室を後にした。

 

 

 それからも生徒達は練習を続けた。

 マリアとミオは、対バミューダ△との特訓を続け、そこにフウヤも加わった。

 ミコトとノリトは、マリアのバミューダ△をさらにコピーし、姉弟で独自に研究を重ねていた。

 オウガはマンツーマンでムドウに鍛えられ、それを応援するようにサキが静かに見守っていた。もちろん、彼女も取り込める技術や知識はちゃっかり取り込んでいたが。

 ヒカルはそれらの卓を順繰りに巡りながら自主練習をしていたが、最後に少し時間が空いたのでミオとも対戦することができた。結果はミオの3連勝で、かなり憮然とした表情になっていた。

「今日はお疲れ様。

 皆……聖ローゼの皆も聞いてほしい」

 時計の針が10時を指した頃、マナブ教師がひょっこりと現れ、生徒達を集めて締めの挨拶を行った。

「今日の努力が来月の大会で報われるのは、ひとりだけになるだろう。ひとりも報われない可能性だってある。

 けどそれは、勝敗で見た結果の話だ。

 ひとつの目標に向かって努力することは何も悪いことじゃない。努力した成果は目標以外のところでも必ず還ってくるんだ。

 僕のような夢も希望も無いつまらない大人が言っても説得力が無いかも知れない。だから、あえてこう言おう。

 僕のようにはなるな」

 全員が神妙な面持ちで、その言葉を聞いていた。

 とは言え内心は様々で、マリアのように自らの経験を顧みる者もいれば、ヒカルはどこか反論したそうでもあった。

「珍しいっすね。先生が先生みたいなこと言うのって」

「反面教師だけどな」

 重くなりかけた空気をオウガが茶化して和らげ、マナブが自嘲気味に口の端をあげた。

「とにかく、来月は精いっぱい楽しんでくるといい。

 勝ちに拘るのはいいが、君たちはヴァンガードが好きだから、ヴァンガードで勝ちたいんだろう? その気持ちまで忘れちゃいけないよ」

「ご忠告ありがとうございます。聖ローゼ一同、肝に銘じておきます」

 聖ローゼ代表として、フウヤが一歩前に進み出て慇懃に礼を述べた。

「うん。じゃあ、帰ろうか」

 車のキーをちゃらりと鳴らして、マナブが生徒達を先道する。

 猫背によれよれの白衣を引っ掛けたその後ろ姿は、今日も少し寂しそうだった。




グレートネイチャー使い、春日マナブが正式に参戦です。
登場こそ早かったキャラクターですが、使用クランは不明、そもそもファイトするのかも不明の時期が続きました。
グレネ回のついでに掘り下げてみたら、色々とすごいキャラになった気がします。

そして、エンジェルフェザー使い、十村ヒカルも顔見せとなりました。
新しいマルクトメレクの登場が予告されたのはグッドタイミングですが、名前からタツヤの情念が溢れすぎていて使いにくい……。

それでは、次回は「天輝神雷」のえくすとらでお会いできれば幸いです。
公開は11月7日前後を予定しておりますが、14日前後になる可能性もございます。

【デッキログ】
春日マナブデッキ:NXBE
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