気がついた時には、
どこか建物の中らしい。金の丁度品が並べられ、床にはふかふかの赤いカーペットが真っ直ぐ敷かれている。天井には豪華なシャンデリア。
ここまでなら古風な金持ちの家に迷い込んだようにも思えるが、壁や床はほのかに青白く輝く見知らぬ材質で加工されており、現実味の無い近未来的な雰囲気をも醸し出していた。
(何よりも……こいつらは誰だ?)
オウガはキツい目つきをさらに険しくして、周囲を見渡した。
鈍色の鎧を着て、玩具には見えない鋭い穂先の槍を手にした男達が長いカーペットに沿うように並んでいる。そして、そのカーペットの先には、やたらと縦にとんがった鎧姿の男が、本人よりも大きい椅子に泰然と腰かけており……オウガはその男に見覚えがあった。
(騎士王、アルフレッド?)
それはロイヤルパラディンを象徴するユニットの一人であり、オウガはあまりユニット設定に詳しくはないのだが、たしか騎士団の統率者だったはずである。
いや。問題はそんな惑星クレイのユニットが、何故オウガの目の前にいるのかということだ。
「よくぞ来た、異界の者」
アルフレッドらしき王が、口を開いた。
威厳溢れる低い声音だが、同時に深い慈愛をも感じさせる不思議な声だった。
「この国は根絶者から攻撃を受けており、危機的状況に陥っている。
だが、聖域の預言者によると、異界から来た勇者がその闇を払ってくれるという。
私は君こそがその勇者と見込んだ。どうか、この国を救ってはくれぬか?」
そしてそんな偉大なる声で、まるでRPGのようなことを言いだした。
(……おいおい。つまりは俺が生身で根絶者と戦えってか?)
彼が冗談を言っているようにも見えないが、だからこそ状況の見えない現状では手に余る。
騎士王の頼みを断ろうと足を踏み出した時、ガシャリと金属の擦れ合う音が聞こえて、オウガは自分の足元を見下ろした。カーペットを踏みしめる足が鋼鉄製だった。
首の曲がる範囲で自分の姿を確認すると、自分も鎧を着ているようだった。それも、兵士達が着ているものより格の違う、装飾の施された青い鎧だ。首を動かしてみて気付いたが、兜まで被っている。
これまで気付かなかった自分はどれほど鈍感なんだとも思うが、着心地に違和感が無く、動くのにも支障は無さそうだった。
(俺は夢でも見てるのか?)
だとすれば、目の前に騎士王アルフレッドがいて、魔王退治の依頼を受けている現状も納得がいく。
そして夢ならば、自分は現実より強くなっているのかも知れないし、根絶者と戦っても死ぬことはないだろう。
となると、夢が覚めるまでこそこそ逃げ回るより、戦う方が楽しそうだ。
「いいぜ! その依頼、受けてやる!」
「おお! ありがとう、異界の勇者よ」
オウガの雑な物言いを気にした様子もなく、騎士王はオウガの勇気を称えた。器でっかい。
「だが、根絶者を率いる魔王は、特別な剣でなければ倒せぬのだ」
「魔王? 特別な剣?」
オウガが思わず聞き返す。いよいよ話がゲームじみてきた。
「うむ。魔王を倒せば、この国から根絶者どもは撤退するはずなのだ。だが、魔王がどこにいるのかは誰にも分らぬ。
そして、魔王を倒すことができる剣の名こそ、聖剣シューティング・スパイク・スティンガー。
異界の者にしか扱えぬと伝承されるその剣がどこにあるのかは、やはり誰にも分からぬ」
「分からないことばっかじゃねーか」
「すまぬ」
軽めにツッコんだつもりだったが、騎士王は神妙な表情で頭を下げた。冗談が通じない。
「シューティング・スパイク・スティンガーには及ばぬが、異界の勇者のため、こちらで剣を用意した。冒険に役立ててほしい」
「おう! それじゃ、行ってくんぜ!」
騎士王の配下が恭しく差しだしてきた剣を受け取ると、オウガはそれを腰のベルトに差して旅に出た。
それは惑星クレイを巡る壮大な冒険の幕開けであった。
城を一歩出ると、そこには広大な世界が広がっていた。
人の手が加えられていない緑の草原が眼前には広がっており、右を向けば不気味な森があり、左を向けば別の大陸に繋がる長大な橋がかかっている。
時に一迅の風が吹き、草原に波の紋様を描きながら、オウガの頬を軽く撫でた。
それはオウガが訪れたことのない、されど毎日のように感じていた、惑星クレイの空気に近いように思えた。
「さて、どこへ行こうかね」
独り言を呟きながら、オウガが世界に初めての足跡を刻む。
その瞬間、目の前の草むらがガサガサと揺れる。
(うおっ! いきなり敵か!?)
草むらから黒く小柄な影が跳びかかってきた。
オウガは持ち前の反射神経でそれを避け、現れた魔物を凝視する。その正体は……。
「……ミオ、先輩」
「はい。いつでもあなたの前に現れる、ミオ先輩です」
正確には、それはオウガのよく知る先輩とは違った。
顔こそはミオそのものなのだが、その頭だけでフワフワと宙を浮いていた。特徴的だった美しい白髪は、今や無数の触手に変貌を遂げ、口元からは小さな牙が覗いている。
「何やってんすか?」
オウガは混乱する思考を抑えながら、どうにかそれだけを尋ねることができた。
「よくぞ聞いてくださいました。私、念願だった根絶者になれたのです。見てください。この牙。この触手。
脆弱な人間の肉体から解放された私は、もはやあなたの知るミオ先輩ではありません。どうかミヲと呼んでください」
生首がふよふよと躍るように宙を舞う。本人は嬉しそうだが、有体に言ってグロかった。
「新入りの私は、この地方のザコキャラを任されました。さあ、オウガさん。その剣で私を倒してください」
「先輩はそれでいいんすか!?」
「もちろんです。駆けだし冒険者の経験値となるのが、ザコキャラの本懐です。ほら、遠慮せず。スパッといってください」
生首がぐいぐいオウガに迫る。怖い。
「本当に、いいんすね?」
念を押しながら、オウガは鞘から剣を抜く。地球には無い金属で打たれた剣が、陽光を浴びて青白く輝いた。
「うおおおおおおっ!!」
魔物と化したとは言え、愛らしかった先輩に剣を向けるのは勇気がいった。悲鳴にも似た気迫をあげて、オウガは剣を縦に振り抜く。
「ギャー」
真っ二つになったミヲが、彼女にしては名演と言える絶叫をあげて、次の瞬間には黒い霧となって消失する。死骸が残りでもしたらトラウマものだったが、さすがにその心配は無かったようだ。
(まさかミオ先輩が魔物になっているなんてな。まさか、他のやつらも……?)
剣を鞘に納めながら、オウガは頭をよぎった想像に思考を巡らせる。
(カードファイト部の皆も魔物になっているのか? アリサ部長はありえそうだな。サキはどうだ? 恐竜にでもなっているのか? その場合、俺は斬れるのか?)
ミオと違って、ふたりはか弱い女子高生である。
悩みながら、オウガは無意識に一歩を踏み出すと、目の前の草むらが、再びガサガサと揺れた。
「エンカウント率、高ぇ!」
オウガは毒づきながら剣を抜く。草むらから飛び出したのは
「ミオ先輩……」
「はい。何度でもあなたの前に立ちはだかる、ミオ先輩です」
先ほどと同じ根絶者スタイルのミオが現れた。
「さっき倒したじゃないですか」
「私はザコキャラですからね。無限湧きしますよ」
「……斬っていいすか?」
「どうぞ。私はこの為に生まれてきました」
ミヲが、あらゆる理不尽を赦し、全てを受け入れる聖母のように触手を広げる。
定められた滅びの運命に、誇りを抱いたまま殉じるその姿は美しく、そして哀しかった。
せめて苦しませぬよう、介錯する心地でオウガは剣を振るった。
それから十数体のミヲを屠ったところで、オウガは洞窟を発見した。
どうやったら、草原の真ん中にこんな形の洞窟ができるのか。半円状の入り口は地下へと続いているようだった。
「ま、とりあえず入ってみるか」
躊躇なく洞窟へと侵入したオウガに、暗がりから不気味な影が忍び寄る。
「魔物かっ!?」
オウガが剣を抜き放つ。これもミヲのおかげか、その姿もだいぶ板についてきた。
(まさか、またミオ先輩じゃねーよな)
草原のザコキャラだったミヲが、洞窟にまで現れるとは考えにくいが。
光が届く範囲まで、魔物が近づいてきた。
「ミオ先輩」
それこそミオのような感情の無い声で、オウガが呟いた。
現れたのは、相変わらず触手をたなびかせて宙に浮く、ミオの生首だった。
「いいえ、私はミオ先輩ではありません」
器用に触手でチッチッと指を振って、ミオ(?)が告げる。オウガはイラッときた。
「見てください。触手が赤いでしょう。私はレッドミヲです」
「ただの色違いじゃねーか!!」
叫びながら、オウガが剣を振るう。しかし、レッドミヲはひらりと身をかわした。
「かわすのかよっ!」
「私をミヲと同じに思ってもらっては困りますね。こんなことだって、できるんですよ?」
触手をくねらせるミヲの眼前に、赤い魔法陣が浮かぶ。オウガは悪寒を感じ、その場から飛び退いた。
「燃えよ」
ミヲが端的に命じると、魔法陣から火球が放たれた。それは洞窟を赤い光で満たしながら、数瞬前までオウガのいた地面に突き刺さって爆発する。
跡に残ったものは、赤黒く抉れた地面と、土の焦げる匂い。そして、鎧越しでもちりちりと肌をつく熱気である。
「驚きましたか? レッドミヲは魔法が使えるのです」
漂う火の粉と共に、ふよふよ得意げに浮かびながら、レッドミヲが言ってくる。皮肉なことだが、首だけになったおかげで、感情の表現は上手くなっているようにも思えた。
(冗談じゃねえ! 食らったら即死だぞ、こんなもん)
ひょっとすると、オウガの耐久力も現実より増しているのかも知れないが、試す気にはなれなかった。
(くっ、これじゃ近づけねえ……)
ミヲが迫る。オウガが一歩下がる。ミヲがさらに迫る。オウガもさらに下がる。
そんなことを繰り返しているうちに、オウガは背に壁の感触を感じた。
(まずいっ!?)
オウガはとっさに身構えるが、ミヲは動かない。普段の彼女なら逃すはずも無い絶好の機だ。
「……ミオ先輩?」
「いいえ。私はレッドミヲです」
「何で攻撃してこないんすか?」
「ふっ」
鼻で笑って、ミヲは触手で触手をかきあげる。
「魔力が切れたからに決まってるじゃないですか」
「…………」
オウガが無言で剣を振るう。
「ギャー」
ミヲと変わらない悲鳴をあげて、レッドミヲが消滅した。
レッドミヲを蹴散らしながら、オウガは洞窟を進む。
やがて、ダンジョンの突き当りに、ひとり佇む影を見つけて、オウガは足を止めた。
それは黒い全身鎧を着て、オウガに背を向けていた。鎧のせいで体型は分かりづらいが、背は高く、男性のようである。少なくともミオではないだけで安堵できる。
「来たか……」
オウガが誰何の声をあげようとした寸前、くぐもった低い声をあげて、黒鎧の男が振り返る。
フルフェイスの兜を被っており、顔は分からない。
「ふ。これも我が宿命か。よかろう。この黒騎士が汝の命を散らしてやろう……」
意味深で、特に意味は無いセリフを吐きながら、黒騎士と名乗った男が、禍々しい装飾の施された剣を構える。
(聞いた事があるような無いような声だが。知り合いか?)
狭い洞窟内に反響するボソボソした声を、どうにか聴きとろうと努めながら、オウガも剣を構える。
「暗黒魔淵濁竜烈覇!」
黒騎士が必殺技らしき名前を叫びながら剣を振るうと、そこから衝撃波が放たれ、それは地面を斬り裂きながらオウガに迫る。オウガは横っ飛びでそれを回避するが
「暗黒魔淵濁竜烈覇!」
黒騎士は間髪入れず2発目の衝撃波を、体勢の崩れたオウガに放った。
「うおおおっ!?」
無理な体勢で剣を振って、どうにか衝撃波をはじき返す。だが、その衝撃で、剣がオウガの手からすっぽ抜けた。
「暗黒魔淵濁竜烈覇! 暗黒魔淵濁竜烈覇! 暗黒魔淵濁竜烈覇ぁ!」
「だああああっ!!」
黒騎士が調子に乗って連発してくる衝撃波を、オウガは転がって避け続けた。だが、それも長くは続かず、オウガの肩が壁際についてしまう。
「とどめだ……恨むなら、貴様如きを勇者と見込んだ、騎士王を恨むがよい。暗黒魔淵濁竜烈づ!!!!」
黒騎士が剣を振り上げた状態のまま固まった。その兜の隙間から、つ……と赤い液体が垂れていく。
「もしかして……」
その隙に立ち上がり、油断無く、取り落とした剣が落ちているところまで歩みながら、オウガが呟く。
「舌を噛んだのか?」
「ふ。笑うがいい。力を求めた修羅の末路がこれよ……」
「技の名前を盛りすぎた末路じゃね!?」
フェアプレー精神には欠けるが、この好機を逃すわけにはいかなかった。オウガは剣を拾い上げると、未だ動けないでいる黒騎士に、一息で距離を詰める。
致命的な攻撃を人間に仕掛けるのはやはり抵抗があったので、剣のみねで兜を殴打する。これで気絶すれば御の字と放った一撃は、思いもよらず、黒騎士の兜をガラスのように、粉々に打ち砕いた。
破片の奥から現れた、口元から血を垂らした精悍な顔つきは、オウガのよく知る人物だった。
「ムドウ師匠……?」
「ふ。見られてしまったな……」
自嘲気味に笑いながら崩れ落ちる黒騎士――ムドウの体を、オウガは剣を放り出して支えた。
「まさか、あんただったなんて……」
思い返してみれば、つくづく彼以外にありえない言動だった気もするが。
「ふ。魔王は俺に力を与えると言ってくれた。俺が小学校4年生の頃から思い描いていた必殺技を、現実のものにしてくれると……」
「ムドウ師匠、小学生時代からキレキレっすね」
「俺はその誘惑に抗えなかった。そうして得た力など、幻想に過ぎないと分かっていたはずなのに……」
ムドウの瞳から一筋の涙が零れ落ちる。修羅が死した後には、一人の泣き虫な少年だけが取り残されていた。
「オウガ。俺はここまでのようだ。だが、最後に……お前に伝えておかなければ……ならない……」
舌の傷が深いのか、オウガの言葉が途切れ途切れになっていく。
「世界樹の……麓に行け……。そこに……今のお前にとって……必要なものが……眠っている……」
「!? もしかして、シューティング・スパイク・スティンガーか!?」
オウガの問いかけに、ムドウはふっと微笑んだ。かつて時折見せた、優しい笑み。
「行け……お前なら、俺が本当になりたかったものになれる……!! ……ぐふっ」
オウガの体から力が抜ける。
「師匠おおおぉぉぉっ!!」
オウガは叫んだ。ムドウはもう何も答えなかった。ただ、オウガの腕の中で、安らかに眠っていた。
それからもオウガは旅を続けた。
ムドウの言う世界樹がどこか分からなかったので聞き込みを行い、どうやら隣の大陸にある事が判明する。
船が必要なので、船を持っている富豪「マダム・マリア」とやらの頼みを聞いて船を貸してもらい、大海原へと漕ぎ出した。
隣の大陸へ着いてからは、密林を抜け、砂漠を抜け、雪原を抜け、大冒険の果てに、オウガはようやく世界樹へと辿り着いた。
ミヲの言う通り、彼女は下っ端だったのか、そこから彼女はほとんど敵として登場せず、代わりにG1~G2帯の根絶者が、オウガの前に立ちはだかった。
唯一、密林でポイズンミヲという紫色の触手を持ったミヲが現れたのだが、ミヲが毒を吐いてくるだけだったので割愛する。あとなんかいつもより毒舌だった。
「ここが世界樹……」
どこか逞しく成長したオウガが呟いた。
目の前には壁のように木の幹がそびえ立っており、見上げると無数の枝葉が空を覆い隠すかのように生い茂っている。
現実には決してありえないほどの巨木である。
ムドウが遺した言葉に従い、その麓を、鞘に収めたままの剣で掘り返す。
慣れない土木作業を1時間ほど続けていると、ガツンと土とも根とも違う感触に突き当たった。
オウガは唾を呑みながら、さらに時間をかけて慎重に周囲の土をどけていき、ついにはゲームの中でしか見かけないような、巨大な宝箱を掘り出した。
(ムドウ師匠が俺に託してくれたもの……)
期待を込めて、オウガが宝箱に手をかける。
バサバサッと音をたてて、箱からグラビア雑誌が溢れ出した。
「…………」
それに紛れて足元に落ちた紙片を、オウガは拾い上げる。
『お前がこれを読んでいるということは、俺はもうこの世にいないのだろう。俺のコレクションから、お前の好きそうな本をセレクトしておいた。これにより、君がさらなる高みに至らんことを願う』
オウガはペッと紙片を放ると、それを思い切り踏みつけた。
あらん限りの力を振り絞り、絶叫する。
「あんの、バカ師匠おおおぉぉぉ!!!!」
こうして、オウガの旅は振り出しへと戻ってしまうのであった。
とりあえず、何冊か雑誌をピックアップして道具袋にしまいこんだオウガは旅を再開した。
とは言え、どこへ向かえばいいのか分からない。あても無くぶらぶらして辿り着いた村で、オウガは運命の出会いを果たす。
「デリデリ。私、悪い根絶者じゃないです」
ミヲだった。
彼女らしからぬ上目遣いで、地面をコロコロ転がりながら、オウガに慈悲を求めるように言ってくる。
「友達のヰゴールさんに会いに来ただけです。見逃してください」
「…………」
オウガは剣をしまうと、とりあえず一番気になっている事を尋ねた。
「『デリデリ』って何なんすか?」
「根絶者の鳴き声です」
「マジすか」
「見逃してくれるのなら、いいことを教えましょう。魔王は、この先にある『魔の森』を越えた『魔王城』にいます」
「そんな近くに? けど、シューティング・スパイク・スティンガーがまだ……」
「シューティング・スパイク・スティンガーは魔王城にあります。唯一、魔王を傷つける可能性を持つ剣は、魔王が隠し持っているのです」
「!!」
オウガは絶句した。確かに理に適っている話だが、それは同時に絶望でもあった。魔王を倒せる剣は、魔王を倒さなければ手に入らないなど、これほどの矛盾も無い。
「諦めないでください。シューティング・スパイク・スティンガーは破壊されたわけではありません。破壊できないからこそ、魔王は手元に置いておかざるを得なかったのです。魔王を出し抜いて、シューティング・スパイク・スティンガーを手に入れる事さえできれば……」
「そのまま魔王に突き刺してやればいいってことっすね。すんません、先輩。俺、弱気になってました」
「まったく。オウガさんにはまだまだ私が必要みたいですね」
厳しい口調とは裏腹に、まんざらでもない微笑を浮かべながら、ミヲが触手をすくめた。
「面目ない」
オウガも釣られて笑った。
思えば、この世界で彼女が味方になってくれたのは、これが初めてのことだった。
彼女の叱咤が無ければ、すぐ挫けてしまう自分が恥ずかしいが、それでも本当に頼りになる先輩を持ったものだと思う。
その頼れるミヲ先輩は、いつの間やら無断でオウガの道具袋をごそごそ漁っていたが。
「おや、何ですか、この本は?」
「ぎゃああああ!! 何やってんすか、先輩!?」
「先輩の抜き打ち持ち物チェックです。後輩の性癖を把握しておくのも先輩の務めですから。
なるほど。オウガさんは、こういう女性がタイプなんですね」
触手で次々とグラビア雑誌を取り上げながら勝手に納得している歴代最悪最凶のミヲに、オウガがこれらの本を手に入れるに至った経緯を説明する。
「……本当に興味が無いのなら、持ち出さなかったらいいだけじゃないですか」
「墓穴掘ったあああっ!!」
ミヲの指摘に、オウガは真っ赤になった顔を押さえてうずくまる。
「おや、この本に写っている女の子は私に似てませんか? じとー」
その隙に持ち物検査を再開したミヲが、一冊の本を取り上げ、いつも眠そうな目をさらに細めてジト目を作る。
「いやっ、それはっ……!!」
本気で焦るオウガの手に、ポンと雑誌が手渡される。
「冗談はここまでにしておきましょうか」
「思春期の男子高校生にトラウマ植え付けておいて冗談もクソもねーっすよ!?」
「こう見えて私は喜んでいるんですよ? 私の大切な人が、私の事を悪しからず思ってくれていると分かったことが」
曇り一つ無い瞳で見つめながら告げられ、オウガはこれ以上の文句は言えなくなった。
「……ま、まあ、先輩のこと、かわいいとは思ってるっすよ」
髪を乱暴にかきながら、オウガは正直に告白した。ここが夢の中だと自覚しているからこそ言えたセリフではあるが。
「ふふ、ありがとうございます。今度は、ミヲではなくミオにも言ってあげてくださいね」
そして、それは見透かされていたようだ。
「……うす」
決まり悪くミヲから目を逸らしながら、それでもオウガは約束する。
「楽しみに待っています。では、私はこのあたりで。ヰゴールさんとの約束がありますので」
「そう言えば、そんな話してたっすね」
「はい。ここでお別れですが、私はいつだってオウガさんの事は見守っているつもりです」
「身に染みてるっす」
「では、頑張ってください。ご武運を」
そう言って、ミヲは村の奥へと上機嫌で飛んで行った。
「……行くか」
心の中にじんわりと残る、温かくて甘酸っぱい気持ちを抱いて、オウガは魔の森の方角を見据えた。
旅の終わりは近い。
「よくきたな、勇者オウガよ!」
魔の森を抜け、魔王城の最奥まで辿りついたオウガを待ち受けていたのは、オウガもよく知る《絆の根絶者 グレイヲン》だった。
そして、その傍らには鋼鉄製の檻があり、その中には少女が閉じ込められている。
「このサキとか言う娘を助けたければ、この我を倒すのだな! フハハハハ!」
「たーすけてー、オウガくーん」
檻の中では、北欧の民族衣装のような可愛らしいワンピースを着たサキが棒読みで手を振っていた。
「くっ! 何でこんなところにサキが! 待ってろ、必ず助けてやるからな!」
オウガが剣を構えて宣言する。サキは顔を赤らめてどぎまぎした。
「いくぜ、魔王グレイヲン!」
すっかり板についてきた動きで、オウガが剣を突き出し突撃する。それをめがけて魔王は、人差し指を突き出すと、ぽつりと呟くように呪文を唱えた。
「デリート」
「!?」
その言葉の響きに不穏なものを感じたオウガが、急制動をかけて横に跳んだ。
瞬間、オウガの足下にあった大理石の床が跡形も無く消滅する。
「マジかよ!」
ぽっかりと空いた穴に、己の末路を重ね合わせ、オウガは悲鳴をあげて、そこいらに立っている悪魔を模した石像の影に隠れた。
「デリート」
だが、魔王の魔法はそれを容易く貫通した。石像をごっそりと抉り取り、その奥にある壁にまで大穴を空ける。
オウガは石像の裏でしゃがんでいたため、逆立った髪の毛の先が少し失われただけで済んだが、もし立ったままでいたならば、今頃上半身が消し去られていただろう。
(反則だろ、これは!!)
心の中で悲鳴をあげながら、オウガは次の石像へと転がりこむ。
だが、グレイヲンの指は、今度こそ石像の裏へと隠れたオウガにぴったりと向けられていた。
「デリー……」
「バーストバスター!!」
その時、呪文を断ち切るかのように、勇ましい声が魔王城に轟き、どこからともなく放たれた衝撃波がグレイヲンの腕を斬り飛ばした。
「なに?」
グレイヲンが困惑の声をあげ、オウガが石像の影から恐る恐る顔を出す。
ギィンと甲高い音と共に鋼鉄製の檻が切断され、そこから白い人影がサキをお姫様抱っこで救出し、オウガの目の前に降り立った。
「あ、あんたは……」
その人影を指さし、思わず誰何するが、オウガはその男をよく知っていた。
「我が名は……ブラスター・ブレード!!」
やたら横にとんがった純白の鎧を纏った剣士が高らかに名乗りをあげた。
「ブラスター・ブレードきたーっ!!!」
思わずオウガが歓声をあげる。
「ああ! キミのことを助けてやってくれと、騎士王から頼まれたのだ!」
ブラスター・ブレードはサキを優しく床へと降ろしながら、ここに来た経緯を説明してくれた。
「すげー! 本物のブラスター・ブレードだぜ! なあ、サキ!!」
「あ、う、うん……。そうだね」
不満げに「オウガ君に助けてもらえると思ったのに……」と、ブツブツ小声で呟いていたサキが無愛想に答える。
「おっと、そうだ! サイン頂けますか!?」
「いいとも!」
オウガが差しだした《メカ・トレーナー》に、ブラスター・ブレードがさらさらとペンを走らせる。
「っしゃー!! ブラスター・ブレードにサインもらっちまったぜ!」
「オウガ君って、そんなにブラスター・ブレード好きだったっけ?」
子どもの様にはしゃぎながら、どう見ても「ブラスター・ブレード」とラクガキされたようにしか見えない《メカ・トレーナー》を自慢げに見せつけてくるオウガに、サキが苦笑しながら尋ねた。
「そういうわけじゃねーけど、やっぱテンションあがるだろ!
応援してるチームの選手じゃなくても、有名な選手のサインがもらえたら、やっぱ嬉しいみたいな!」
「それはよくわからないけど……」
サキが首を傾げていると、「おい……」と低い声が、ふたりの会話を遮った。
「我を無視するとは、いい度胸ではないか」
腕を斬り落とされたグレイヲンが、憤怒の気配を迸らせながら迫っていた。
「ヤベッ! まだ、グレイヲンを倒したわけじゃなかった!」
オウガが慌てて剣を構え直そうとするが、それより早くブラスター・ブレードが動いた。
「ここは私にまかせろ! バーストバスター!!」
ブラスター・ブレードが突き出した剣から、青白い衝撃波が迸り、グレイヲンの胸を貫いた。
「グオオオオッ!!」
グレイヲンが断末魔の悲鳴をあげて、水に溶けた粘土のようにドロドロと崩れ落ちていく。
「つ、強ぇ……」
オウガが思わず剣を取り落としそうになりながら呟いた。勇者も肩無しである。
(ん? でも、魔王は勇者にしか扱えない武器でなけりゃ倒せないんじゃ……)
旅立ちの前に聞いた騎士王の言葉をふと思い出し、オウガが首を傾げた。その目の前で、粘土状のグレイヲンが変形し、新たな姿を形作った。
銀と青の装甲を纏った、鋼鉄の根絶者。その名も……
「これこそが我の真の姿! グレイドール!!」
グレイヲン改めグレイドールが高らかに名乗りをあげる。
「バーストバスター!!」
間髪を入れず、ブラスター・ブレードが衝撃波を放つが、それはグレイドールの装甲に弾かれて霧散した。
「ブラスター・ブレードのアタックが通らない!?」
オウガが悲鳴じみた声をあげる。
「オウガ君、あれを見るんだ!」
ブラスター・ブレードがグレイドールを指し示す。いや、彼が差しているのは、その背に隠されているものだ。
グレイヲンが腰かけていた玉座の裏に、黒曜石の台座が据えられており、そこに一振りの剣が突き刺さっていた。
いたるところにトゲを生やした刀身に、楕円形のボールを模した柄を備えた、ちょっぴり残念なデザインの剣だ。
「あれは!?」
「あれこそがシューティング・スパイク・スティンガー! 魔王を倒すことができる唯一の武器にして、キミだけにしか扱えない伝説の剣だ!」
「俺にしか……」
オウガの心臓がドクンと高鳴る。
「グレイドールの攻撃は私が引き受ける! キミはあの剣を奪取するんだ! できるな?」
「おう! まかせろよ!」
ブラスター・ブレードの真っ直ぐな視線を受けて、オウガは力強く頷いた。
「わ、私には応援することしかできないけど、がんばってね、オウガ君!」
「ああ! その言葉だけで、百人力だぜ!」
サキの励ましに、オウガは片手を挙げて応える。
「ブラスター・ブレード! サキを頼む!」
「もちろんだとも!」
「よしっ、行くぜっ!」
手にしていた剣を放りだし、オウガがスタートを切って駆けだした。
「させるものか!」
グレイドールが装甲の隙間から触手を伸ばし、オウガの行く手を遮ろうとする。
「やらせんっ!」
ブラスター・ブレードが剣を一閃し、それらを断ち切った。
だが、グレイドールの触手は無数にある。ブラスター・ブレードの剣を逃れた触手が一斉にオウガへと襲いかかった。
「オウガ君っ!」
サキが悲鳴をあげるが、オウガは紙一重でそれらをすべて避けてみせた。
「へっ! 攻撃を避けながら駆け抜けるなんて、アメフトじゃ基本中の基本だぜ!」
アメフト選手の中では小柄なオウガは、相手選手のタックルを避ける技術をずっと磨いていた。もう必要の無くなった技術だと思ったが、世の中、何が役に立つか分からないものである。
そう言えば、ここに至るまでずいぶん長旅をしてきたが、痛めた足に響くことはなかった。迫りくる触手を切り抜けながら、全力で走っている今もそうだ。
気付くのが遅すぎて自分でも呆れるが、ひょっとすると、この夢の中では、足のケガは無く、自由に走りまわることができるのかも知れない。
久々に味わう風を切って疾走する喜びに、オウガの表情は自然とほころんでいた。
「タッチ、ダウーン!!」
オウガの指がシューティング・スパイク・スティンガーに触れようとするその瞬間――
感電したような衝撃が全身に奔り、オウガは剣に弾かれるようにして尻もちをついた。
「な? な!?」
目を白黒させるオウガに、グレイドールの勝ち誇った声が降り注ぐ。
「残念だったな、勇者よ。この剣には結界を張っておいたのだ。我ら、根絶者の眷属にしか触れられぬ結界をな!」
「くそっ! ここまできて!」
諦めずオウガがシューティング・スパイク・スティンガーに手を伸ばそうとするが、やはり目に見えない力に弾かれる。
「ぐわっ!」
「ブラスター・ブレードさん!」
一方では、触手の一撃を受けたブラスター・ブレードが倒れ、サキが思わずその傍へと駆け寄った。
「終わりだ。聖域の英雄よ」
グレイドールがふたりまとめて握りつぶさんと、ゆっくりとした動作で腕を伸ばす。
「くそおおおおっ!!」
オウガが力任せに拳を床に叩きつけ、その衝撃で大理石がひび割れた。
「おや、もう諦めてしまうのですか?」
そして、そのひび割れから声が聞こえた。
抑揚の無い、試すような声。
それはオウガのよく知る、今日も幾度となく聞いた声だった。
ネズミならどうにか通れるかというひび割れから、にゅるんと声の主が姿を現す。
「……ミオ、先輩」
「はい。あなたのピンチには必ず駆けつけるミオ先輩です」
相も変わらず根絶者姿のミオがふよふよ浮いて、オウガを見下ろした。
「私としては、ブラスター・ブレードがグレイドールに握りつぶされるのは構わないというか、むしろ歓迎なのですが、サキさんをその巻き添えにするわけにはいきません。特別に私の力をお貸ししましょう」
「けど、今はザコキャラの先輩が何の役立つんすか!?」
「その結界――」
ミオが触手でシューティング・スパイク・スティンガーを指す。正確には、それの周囲を覆う、目には見えない結界を。
「根絶者にしか触れられないんですよね。今の私は根絶者ですよ。触れることなど、造作もありません」
そう言って、ミヲは伝説の剣に触手を絡みつけると、何の感慨も無く、きゅぽんと軽い音をたてて引き抜いた。
「どうぞ。……やはりこれはあなたにしか扱えないようですね」
剣に触れた触手をドロドロと溶かしながら、ミヲがシューティング・スパイク・スティンガーを手渡してくる。
「ありがとうございます、先輩!」
「どういたしまして。あなたはやっぱり私がいないとダメみたいですね」
ミヲが部活でオウガを叱る時の調子で言い、首を振った。
「返す言葉も無いっす。けどここからは、せめて勇者らしく――」
オウガは大きく息を吸うと、グレイドールに剣を突きつけて宣言する。
「魔王グレイドール!! この剣でお前を倒すぜっ!!」
ゆっくりと振り向いたグレイドールが、驚愕に身じろいだ。
「シューティング・スパイク・スティンガーを!? おのれっ!!」
グレイドールの放つ触手をかわしながら、そのうちの一本に飛び乗り、駆け上がる。そこからグレイドールの頭部まで跳躍すると、真っ直ぐシューティング・スパイク・スティンガーを突き出した。
「グアアアアアッ!!!」
剣はまるで吸いこまれるようにしてグレイドールの額に突き刺さり、魔王がこの世のものとは思えぬ絶叫をあげた。
魔王の肉体を構成していた鋼鉄の装甲にヒビが入り、そこから幾条もの光が溢れだすと、オウガの視界を白く染め上げ――
そのまま、ぶつんと電源を落としたかのように、彼の意識はそこで途切れた。
ぱちり。
そんな音をたてるようにして、
その眼に映るのは、染みひとつ無い白い天井。
音無家の2階にある、ミオの私室の見慣れた天井であった。
(……夢でしたか)
まるでロボットが起動するかのように、ミオはベッドから直角に体を起こした。
「ふ、ふふ、ふふふ……」
そして、不気味に笑いだす。
(夢の中とは言え、根絶者になりたいという私の夢が叶ってしまいました。まるで夢のような夢でしたね)
ややこしいことを考えながら、壁にかけてある無地のカレンダーを見上げる。
(新しい根絶者をお迎えするこの日に、これほど縁起のよい初夢も無いでしょう)
今日はヴァンガード年始購入キャンペーンの日だ。公認店舗で根絶者関連商品500円分購入するごとに《層累の根絶者 ジャルヱル》がもらえるという素敵な企画だったと記憶している。
(せっかくですからオウガさんも誘いましょうか。それに、サキさんも。
おふたりにはさっそく新しい根絶者のテストに付き合ってもらうとしましょう)
思いつくや、枕元に置いていた携帯電話をひっつかむ。
「あ、読者のみなさんも。あけましておめでとうございます」
そして彼方を見上げ、ぺこりと頭を下げるのであった。
あけましておめでとうございます。
ジャルヱルは朝イチに4枚揃えに行きました。栗山飛鳥です。
今回は、レアカードという設定上、これまで登場させられなかったアイツがついに登場です。
次回は「クランセレクションvol.1」の「えくすとら」を予定しておりますが、発売日から1週間後に公開を予定しております。
それに伴い、2月の本編は2月中旬にずれ込む予定です。
ご了承くださいませ。
そのようなわけで次回、メガコロ、むらくも、グランブルー、シャドウパラディン、リンクジョーカーが一堂に会する神パック「クランセレクションvol.1」の「えくすとら」でお会いできれば幸いです。