根絶少女   作:栗山飛鳥

24 / 94
3月「夢は叶う。ほら、魚だって泳げるのだ」

 それは地球とは異なる理を持つ惑星クレイにおいてなお異常な光景であった。

 幾隻もの帆船が艦隊とも呼べる群れを成して宙に浮かび、なおかつそれらのどれもが帆が破れていたり、底が抜けていたりして、宙どころか海に浮かぶかも怪しいほどボロボロで、まさしく幽霊船団と呼ぶに相応しい様相であった。

 それらが今、紫色の霧の上を滑るように航海し、スパイクブラザーズのホームスタジアム上空に停泊していた。

 選手も観客も皆、唖然と船底で覆われた空を見上げる中、白髪のオーガが他の選手からトゲだらけのボールを無造作に取り上げると、艦隊の中でも一際巨大な帆船の横腹にそれを蹴り込んだ。

 帆船からしてみれば豆粒ほどでしかない大きさのボールだが、それは船の側面にめり込み、その巨体を大きく傾がせた。

「聞きしに勝る野蛮さだな、ライジング・ノヴァ!」

 その船の舳先から、頭の欠けた女神像を足蹴にするように。夜色のコートを羽織った長髪の男が、大振りのカットラスを肩に担いで顔を覗かせた。今もなお激しく揺れる船の上で、その男は不安定な体勢のままいささかも揺らいでいない。一見すると長身痩躯の優男だが、見た目通りの体幹では無いようだ。

「ハッ! 海賊に野蛮とか言われたくねぇな! グランブルーの海賊団長、ナイトミストさんよ!」

 ライジング・ノヴァと呼ばれた白髪のオーガが怒気を込めて叫ぶ。

「こんな陸のど真ん中になんの用だ? そのボールならくれてやるから、とっとと帰んな!」

 余談だが、スパイクブラザーズでも屈指の人気選手であるライジング・ノヴァのウイニングボールともなれば、ダイヤに匹敵する額がつけられることもある。

「そうはいかないな。俺達の目的は、今日の試合で勝利したチームに渡されるというトロフィーだ! 何でも純金製で宝石が散りばめられた芸術品だという話じゃあないか!」

 ナイトミストと呼ばれた海賊が大仰に両腕を広げながら言った。

「たかだかいちスポーツの景品を欲しがるたぁ、海賊の頭領も落ちぶれたものだな!」

「価値や出自は関係無いな。俺達は欲しい時に欲しいものを奪う!」

「あれは俺達の誇りだ。やるわけにはいかねえな」

「それだ! その誇りこそ、俺は欲しい!」

 ナイトミストはカットラスを突き出すと、それを合図に亡者の船員達が船から飛び降り、次々とスタジアムへ乗り込んでいく。中には着地の衝撃で潰れるゾンビや、バラバラになるスケルトンもいたが。

「いや、あのトロフィーはまだスパイクブラザーズ(おまえたち)のものと決まったわけじゃ……」

 スパイクブラザーズと対戦していたチームの主将が背後から主張してきたのを裏拳の一撃で黙らせ、ライジング・ノヴァはチームメイトに発破をかける。

「野郎ども、迎え討て! ポップコーンのひとかけらも渡すんじゃねえぞ!」

 かくして、スタジアムのいたるところで大乱闘が勃発した。

 巨体のディフェンシブタックルが数体のゾンビをまとめて押し潰し、真紅の髪も鮮やかなチアガールが長い脚を振り上げてスケルトンの頭を彼方へ蹴り飛ばす。

 観客もナイフや火炎瓶を投げては選手達を援護していた。何故、観客席にそんな物騒なものがあるのかは不明だが。

 個々の戦闘能力だけ見れば、スパイクブラザーズの選手が圧倒している。だが、グランブルーの水兵は単純に数が多く、倒したとしてもすぐにケタケタと笑いながら蘇るのだ。

(こうなると長期戦は不利だな)

 フィールドにいながら腕組みをして全体を俯瞰していたライジング・ノヴァは、ひとつ跳躍すると、遥か上空にあるナイトミストの船に容易く飛び乗った。

 群がってきたスケルトンの剣士達を、腕の一振りで蹴散らすと、ライジング・ノヴァは拳をゴキゴキと鳴らして、ナイトミストと対峙する。

「要は主将(キャプテン)をブッ潰せば、それで終わりだろ?」

「フッ。お前にそれができるかな?」

 ナイトミストが一足飛びで間合いを詰めて斬りかかり、ライジング・ノヴァが迎え撃つように拳を突き上げる。

 互いの武器がぶつかり合い、鈍い音を響かせたかと思うと、両者は同時に飛び退いた。

 これまで余裕の笑みを浮かべていたナイトミストの目がスッと冷酷に細まり、不敵な笑みを浮かべていたライジング・ノヴァの瞳が真剣に敵を見据える。

 交錯した瞬間に、ふたりは理解した。

 本気で闘らなければ、殺られるのは自分だと。

「ナイトミストオオォォ!!」

「ライジング・ノヴァッ!!」

 もはや余計な言葉も無く、互いに倒すべき敵の名を叫びながら、ふたりは拳と刃を突き出した。

 

 

「アラシイイイィィィッ!!」

「オウガアアアァァァッ!!」

 そして、ふたりの少年も、同じようにして互いの名を叫びあっていた。

 額と額がぶつかりそうになるくらいに顔を突き合わせ、鬼のような形相で正面のライバルを睨みつけている。

 

 力のみを信念(ルール)とする最凶チーム、スパイクブラザーズ。

 

 魔海を彷徨う生命(いのち)の略奪者、グランブルー。

 

 誇りを賭けた両雄の激突は、間もなく決着の時を迎える――

 

 

 今年もだいぶ暖かくなってきたものの、高いところに登るとまだまだ肌寒い。

 今日は風も強く、響星学園の屋上は凍てつくような冬を否応なしにも思い起こさせた。

「ふむ。こんなところに呼びだして、何の御用でしょうか?」

 柵の隙間から何とはなしに豆粒のような学生達を見下ろしながら、音無(おとなし)ミオが呼びだした張本人に問うた。

「まあ、たぶん先輩は忘れていると思ったのでまず補足しておきますと、今日はホワイトデーっす」

 その張本人、鬼塚(おにづか)オウガが少し顔を赤らめながら言う。

「……ほわいとでー?」

 振り返ったミオの首がジャスト45度にこてんと傾げられた。

「あ、忘れてる以前に知りませんでしたか。その、バレンタインデーのお返しをするイベントっすよ」

 さらに補足するオウガの表情は信じられないという感情がありありと浮かんでおり、それはちょうど一月前にバレンタインデーの話を持ちかけたサキの表情と瓜二つだった。

「ああ。そんな儀式の話も聞いたことがあるような気もしますね。……ということは、オウガさんが私にお返しをしてくれるということでしょうか。ついにヲクシズをVスタンダードに登場させていただけますか?」

「いや、神じゃないのでそこまでは無理っすけど」

 お返しのハードルが3倍返しどころじゃないレベルで高い。

 まあ、家に帰ったらその神に投書くらいはしておいてあげようと思った。

「お返しはマシュマロやクッキーが一般的らしかったので、それらの詰め合わせっす」

 オウガが片手でぶらさげていた巨大なビニール袋を照れ隠しか無造作に差し出す。

「手作りのお返しが市販品で申し訳無いっすけど、俺が作ってもロクなものになりそうになかったし、先輩は質より量だと思ったので」

「なるほど。懸命な判断です。むしろ、私達のチョコレートは原価がタダ同然だったので、なんだか申し訳無く思えてきますね」

「そこらへんは適当でいいんじゃないんすかね」

 差し出されたずっしりと重たいビニール袋をミオは両手で受け取った。

 腕力の差をまったく考慮に入れていない点は、気は優しいが気の利かないオウガらしいミスと言えた。

「あと、もうひとつ、大切なお話が……」

 オウガにしては歯切れの悪い切りだし方で、その後もなかなか言葉が続かない。

「なんでしょう?」

 不自然に感じながら、ミオはオウガの目をまっすぐ見据えてその続きを促した。

 意を決したようにオウガはひとつ深呼吸すると、ミオを見つめ返して告げた。

 

「今学期いっぱいで、カードファイト部を辞めさせて頂きたいと思ってます」

 

「…………え?」

 めったなことでは動じないミオの手から力が抜け、ビニール袋がするりと地面に滑り落ち、中身をこぼした。

「理由をお聞きしても、よろしいでしょうか?」

 状況の半分も呑み込めていない混乱の渦中にありながらも、さすがと言うべきか彼女はいつも以上に事務的な口調で尋ね返した。

「はい。俺は中学生までずっとアメフトをしてきました。物心ついた頃からアメフトは俺の傍にあって。いつ頃そうなったのか分からないくらい当たり前に、アメフト選手になることが俺の夢だったんです。

 だから、その夢を断たれた時は本気でグレちまって……そこを先輩に救われたことは知っての通りですが」

「はい」

 面倒事に首を突っ込んでしまったミオを颯爽と助け出してくれた路地裏での出会い。

 ケガの話を聞いて、その傷ついた心を救ってあげたいと思い、ヴァンガードに誘ったこと。

 微妙に噛み合わないルール説明を経て入部に至り、それからは教導すべき後輩として。最近は共に切磋琢磨する友人として、この1年を共に過ごしてきた。

 それらのすべてが今も鮮明に思いだせる。

「けど、ヴァンガードを通してスパイクブラザーズというひとつのチームを指揮しているうちに、ふと思ったんす。

 アメフトに携わっているのは、何もフィールドで活躍している選手だけじゃない。その活躍を裏で支えるトレーナーやコーチもいるんだって。そういったものになら、今の俺でもなれるんじゃないかって。

 そのことをアメフト部の顧問に相談したら、できる限りの協力はすると約束して頂きました。

 だから……2年生からはトレーナー見習いとしてアメフト部に復帰したいと思います」

「では、ヴァンガードは……」

「あ、ヴァンガードを辞めるつもりはないっすよ。アメフトは俺の夢っすけど、ヴァンガードも今や大切な趣味ですから。大きな大会に出場するのは難しくなるかも知れませんけど、ショップ大会とかにはたまに顔を出そうと思います」

「……なるほど」

 俯きがちに話を聞いていたミオだったが、話を咀嚼し終えるとパッと顔をあげた。

「そういうことでしたら、私が止める権利はありませんし、むしろ喜ばしいことです。どうぞ気兼ねなく新天地へと――この場合は古巣と言った方がいいのでしょうか――旅立ってください」

「……うす。ありがとうございます」

「それにしても、誇るべきはやはりヴァンガードですね。遊んでいて楽しいだけに留まらず、道に迷っていた少年の心まで導いてしまうとは。もはやこのカードゲームそのものが先導者と言えるでしょう。いや、めでたいです。実にめでたい」

 いつになく饒舌になって喋り続けていたかと思うと。

「けど、何故でしょう。めでたいはずなのに、心からオウガさんを祝福してあげたいはずなのに。心の中では何としてでもあなたを引き留めたいという、醜くて自分勝手な気持ちが渦巻いています」

 癖ひとつない白い髪を片手でくしゃくしゃにして、ミオは頭を抱えた。

「この感情は、私には、難しすぎます……」

「先輩……」

 かける言葉が見つからず、慰めようにも触れることは憚られ、オウガはただただ途方に暮れて虚空に手を伸ばした。

「誤解しないでください。オウガさんが新たな夢を見つけたことは、本当に嬉しく思っているんです。その証拠に、誰よりも笑うことが苦手なこの音無ミオが、最高の笑顔であなたを送り出そうと思います」

 そう言うと、小さくひとつ深呼吸をし、これまで誰にも見せたことのないような表情をオウガに向けた。

「……どうですか? うまく、笑えてますか?」

「……はい。とても綺麗っす」

 それからどちらともなくふたりは距離を詰め寄ると、互いの体を強く抱きしめ合った。

 ミオは分厚い胸板に顔を埋めるようにして腰に手を回し。オウガはいい香りのする髪に頬を寄せながら肩を掴み。互いが互いを離したくない、離れたくないとばかりに、腕に力を込めた。

「どうかお元気で。あなたの夢が叶うことを祈っています」

「先輩も。今年はヴァンガード甲子園で優勝できると信じてます」

 とめどなく零れ落ちる雫が互いを濡らしていく。

 いつまでそうしていただろうか。

 やがて、とんと優しく胸を押してオウガから離れたミオが、ついさっきまで号泣していたとは思えないけろりとした表情で口を開いた。

「けど、オウガさんにはまだやり残していることがありますよね」

「ええ。もちろん忘れてなんかいませんよ。来週、天海島に乗り込んで、アラシの野郎と決着をつけてきます。勝っても負けても、それで俺のヴァンガードは一区切りっす」

 それを聞いて、ミオは安心したように小さく頷くと。

「楽しんできてください」

 と、いつもの調子で優しく微笑んだ。

「うす!」

 その言葉だけで、どんな困難にも打ち勝てる気がした。

 

 

 噂には聞いていたが、天海島は本当に何も無い島だ。

 船を降りたところで待っていた(あおい)アラシに「よう」と一言だけ出迎えられて、彼の後をついていきながらオウガが思ったことがそれだった。

 年季の入った民家がまばらに建っている他、八百屋と大差無いスーパーを一件見かけただけで、オウガが昔の仲間やクラスメイトと一緒に行くようなカラオケやスポーツ施設などは、どこにも見当たらない(島そのものが狭いうえに、障害物も少ないため、容易に全体を見渡せてしまうのがまた悲しかった)。

 どうやらコンビニすら無いようで、オウガがここに暮らし始めたら3日で発狂しそうな島であった。

「ひでえところだろ?」

 オウガの内心を見透かしたように、アラシが自虐的に笑った。

 そんな中、ある建物だけは少々異端であった。

 それは島の中では比較的新しい建造物で、何かの小売店のようだ。

 壁にはカラフルなポスターがところ狭しと貼られており、やや混沌が感じられたが、それらはすべてカードゲームのポスターで、そこは間違いなくカードショップだった。この島で初めて見つけた娯楽である。

「ここが島唯一のカードショップ、『アルカナ』だ」

 立ち止まったアラシが店を顎で指し示すと、ガラスの扉を重たそうに押し開き入っていった。オウガもそれに続く。

 店内は意外にも……と言っては失礼だが、普通のカードショップだった。見る限り、品揃えもよさそうだが、どれも値段は相場より高かった。競争相手がいないので、多少高くても買ってもらえるのだろう。その買ってくれる人が、この島にどれだけいるのかは疑問だったが。

「ここの店長は変わり者でね。わざわざこの島くんだりまで来て、採算度外視でカードショップを開いたんだぜ」

 またもやオウガ内心の疑問に答えながら、アラシは自分の家であるかのようにズカズカと店の奥へと進んでいく。

 その変わり者の店長は、スキンヘッドで強面の中年男性で、客の動向はまったく気にせず新聞を読みふけっていた。

 店の奥にあるファイトスペースは、不揃いなテーブルとイスが2セット並べられただけの、有り合わせで作られたような質素なものだった。

 トライアルデッキの付属物と思しき紙製のプレイマットが敷かれただけのファイトテーブルに、アラシがドンとデッキを置く。

「んじゃ、始めるか……と言いたいところだが、俺様の流儀は覚えてるよな?」

 そして、初めて会った時さながら、ニヤリと不気味に笑いながら言った。

「賭けろ。お前の大切なモノ(おたから)を」

「俺が賭けるのは……」

 オウガはアラシの目をじっと見据えながら、立てた親指で己の心臓を指し示す。

「俺の魂だ」

「…………は?」

 たっぷり10秒は待った後、アラシから否定とも肯定とも取れない間の抜けた答えが返ってきて、オウガは焦った。

「え、ええと、だから、俺は俺の魂を賭けるというか、そう! 俺達ヴァンガードファイターはとっくに誇りを賭けて戦っているようなものなんだ! だから俺はそれ以上に大切なものは知らねえし、賭けるものなんてねえ!」

 顔を真っ赤に染め、しどろもどろになりながら、必死に取り繕う。

(や、やべえ。カッコつけすぎたか? こ、これは恥ずかしいぜ~)

 もしこれでダメならば、念のため持ってきていた、ムドウから譲り受けたグラビアアイドル(髪色を除けばミオに似ている)の写真集を賭けざるを得ない。

「……ぷっ。くっ、くはははっ! ぎゃっはっはっは!!」

「お、おい! そんなに笑うなよ!」

「いや、悪ぃ悪ぃ。まさか本当にお前がその境地にまで至っていたのが意外でな。いいぜ、合格だ」

「へ?」

 今度はオウガが間の抜けた声をあげる番だった。

「そう。真剣勝負って言うのはそういうもんだ。俺達はすでに誇りを賭けて戦ってる。そんなことも解らねえヤツには、大切なモノ(おたから)を賭けてもらった。それならどんなフヌケも、多少はマジになるからな!」

「そんな理由で賭けファイトなんて続けていたのか?」

「そんな理由? このクソみたいな島から抜け出して都会でファイトしてみりゃ、天海とのファイトは記念になるとかぬかして、ザコとファイトさせられる側の気持ちにもなってみろよ。

 ああ、別に弱いのはいいんだ。俺様より強いやつなんて、どうせ島の外にはいねぇんだからな。

 だが! 弱いなりにも、真剣にファイトしようともしねぇヤツには我慢がならねえ! てめぇはそこで毎日ファイトできるのかも知れねえが、俺が外でファイトできる時間は限られてる! 俺はセイジやヒビキのように、誰とでもファイトできれば楽しいだなんて思わねえ!

 俺がヴァンガードで味わいたいのは、ひりつくような命賭けの決闘だけだ!」

 これまで楽しそうに笑っていたアラシが激昂しながら、テーブルに掌を叩きつけた。

「……悪ぃ。ヒートアップしちまったな」

 荒げた息を落ち着かせると、ストンと椅子に座る。

 熱く燃え盛ったその少年は、今は冷えきった炭のように冷たい気配を漂わせていた。

「じゃ、お前が魂を賭けるなら、俺も魂を賭けるぜ。互いの誇りと誇りを賭けた真剣勝負といくか」

「いや、お前にはもうひとつ賭けてもらう」

「あ?」

 アラシが不愉快そうに顔をしかめた。

「このファイトで俺が勝ったら、お前は二度と賭けファイトをするな」

「……ちっ。わがままな野郎だな。

 じゃ、それで受けてやる代わりに、こっちもひとつ追加だ。このファイトで俺が勝ったら、俺は二度とその条件でお前とのファイトを受けない。勝つまでやるとか言われたら、めんどくせーからな」

「わかった」

 オウガが覚悟を決めたように頷いた。

「ひとつだけ教えておいてやる。これまでその条件でファイトを申し込んできたやつが2人いた。

 ひとりはセイジ。もうひとりはヒビキだ。

 そして、そのどちらにも俺は勝った!

 わかるか? その条件でファイトした俺はヒビキよりも強い!!」

 脅かすようにアラシが言うが。

「へえ?」

 オウガは眉を軽く上げるだけだった。

「意外だな。お前がそんなジンクスに頼るなんてよ」

 言いながら、オウガも席につく。

「……ちっ。さっさと始めるぞ」

「ああ」

(始めるぜ……カードファイト部としてのラストファイト)

 それだけは声に出さずに呟いた。

「「スタンドアップ! ヴァンガード!!」」

 ふたりがファーストヴァンガードをめくる。

「《キャプテン・ナイトキッド》!」

「《メカ・トレーナー》!」

「先攻いただくぜ! スタンド&ドロー!」

 アラシが子どものようにはしゃぎながらカードを引いた。

「ライド! 《七海操舵手 ナイトクロウ》!」

 ヴァンガードにおける先攻1ターン目は、多くの場合、ライドしてそのままターンエンドとなる。

 だが、彼は違った。

「コール! 《七海見習い ナイトランナー》! 《スケルトンの航海士》!

 航海士のスキル発動! ナイトランナーと航海士をレストして5枚のカードを墓地(ドロップ)に落とすぜ!

 俺はこれでターンエンドだ」

「スタンド&ドロー!

 ライド! 《アクロバット・ベルディ》!

 コール! 《指揮官 ゲイリー・ギャノン》!

 バトルだ! ゲイリー・ギャノンのブースト! ベルディでヴァンガードにアタック!」

「ノーガード」

「ドライブチェック! ……(クリティカル)トリガー! 効果はすべてベルディに!」

「くくく……いいのかぁ? 俺のグランブルーにさっそく2点も与えてよ」

 いきなりの★に、アラシは動じた様子もなく、むしろオウガを挑発するように笑う。

「たりめーだ! お前が何を企んでいようが、俺は止まらねーぜ!」

「じゃあ、ありがたく2ダメージ頂くぜ。……トリガーは2枚とも無しだ」

 ゲイリー・ギャノンのスキルも発動して、ソウルと手札を補充し、オウガはターンエンドを宣言する。

「俺のターン! スタンド&ドロー!

 ライド! 《七海剣豪 スラッシュ・シェイド》!

 航海士のスキル発動! ナイトランナーと航海士をレストして5枚のカードを墓地へ!

 ナイトランナーのスキル発動! さらに2枚のカードを墓地へ送り、このカードをバインド! 墓地から《七海暴掠 ナイトスピネル》を手札に戻す!」

(たった2ターンで、アラシのドロップゾーンが11枚に……)

「ボサッとしてんじゃねえ! 俺様の展開はここからだぜ!」

 プレイングに見惚れていたオウガの目を覚まさせるように声を張り上げ、アラシがプレイを続行する。

「ナイトスピネルをコール! CB1して2枚のカードを墓地へ送り、《七海呪術師 レイスチューター》を蘇らせる(スペリオルコール)

 さらに《海賊剣士 コロンバール》をコール! CB1で山札からナイトクロウを墓地に送り、スラッシュ・シェイドを蘇らせる!

 墓地のナイトクロウのスキル発動! (ソウル)と航海士を生贄に、墓地から蘇れ! さっきのソウルブラストで墓地に送ったナイトクロウも蘇れ! こっちはコロンバールを生贄にだ!」

(2ターンで……七海で盤面を埋めやがった)

「後悔しても遅ぇ! そら、バトルいくぜ!

 ナイトクロウのブースト! ナイトスピネルでヴァンガードにアタック!」

 このアタックと、ヴァンガードのアタックをオウガはガードし、最後のリアガードによるアタックだけノーガードを宣言した。

「財宝マーカーひとつめゲット! こいつはレイスチューターの上に置いてターンエンドだ」

「スタンド&ドロー!

 ライド! 《ガンバースト・ラインバッカー》!

 コール! 《アドルブスパーム・ローナ》! ローナのスキル発動! 山札から《前線司令 ジギスヴァルト》をスペリオルコール!

 バトルだ! ラインバッカーでヴァンガードにアタック!」

「ノーガード!」

「ドライブチェック! ……ノートリガー」

「ダメージチェック……こっちもトリガー無しだ」

 続くアタックは、ナイトスピネルとレイスチューターのインターセプトに阻まれ通らずターンエンド。

「俺のターンだ! スタンド&ドロー!

 ライド! 《七海覇王 ナイトミスト》!! イマジナリー・ギフトでプロテクトⅠを手札に加えるぜ!

 ナイトスピネルをコール! 蘇れ、スラッシュ・シェイド!

 バトルだぁ! ナイトクロウのブースト! ナイトミストでヴァンガードにアタック!」

「ノーガード!」

「ツインドライブ!!

 1枚目……トリガー無し。

 2枚目……★トリガー! ★はナイトミスト! パワーはナイトスピネルに!」

「ダメージチェック……くっ、トリガーじゃねえ」

「くくく……ここでトリガー引けないのは痛かったなぁ。

 だが遠慮はしねえ! ふたつめの財宝は前列のスラッシュ・シェイドに与え、ナイトスピネルでヴァンガードにアタック!」

「ノーガード……★トリガー! 効果はすべてヴァンガードに!」

「財宝ゲット! こいつは前列のナイトスピネルに! 財宝がみっつになったので、七海のパワー+5000だ!

 そら! パワー13000のナイトクロウでジギスヴァルトにアタック!」

「……ノーガード」

「財宝よっつめぇ! スラッシュ・シェイドでヴァンガードにアタック!」

 残る2体のスラッシュ・シェイドのアタックは、オウガのガードに阻まれた。

 ここまでで、オウガのダメージは4、アラシのダメージは3。

「俺のターン! スタンド&ドロー!

 ライド! 《バッドエンド・ドラッガー》!! イマジナリー・ギフト! フォースⅠをヴァンガードに!

 コール! 《パワーバック・レナルド》!

 レナルドのスキル発動! 手札を1枚ソウルに置いて、山札の上から3枚をスペリオルコール! 《ワンダー・ボーイ》、《チアガール・マリリン》、《指揮官 ゲイリー・ギャノン》!

 バトルだ! マリリンのブースト! ローナでヴァンガードにアタック!」

「ナイトスピネルでインターセプトだぁ!」

「《ワンダー・ボーイ》のブースト! バッドエンドでヴァンガードにアタック! バッドエンドのスキル発動! マリリンをデッキに戻し、パワー+5000、★+1!

 合計パワーは41000だぜ!!」

「ふぅん……」

 これまでほとんどノータイムでファイトを進めていたアラシが、あごに手を当て考える仕草を取って手を止めた。

「どうした? さっさとプロテクトを使いやがれ」

(ふむ。こいつは俺に早くプロテクトを切って欲しいわけか)

 途轍もないスピードで、アラシの思考が加速していく。

 まず無いとは思うが、オウガの発言がブラフでないか、これまでオウガが公開したカードから検証。問題無し。

 次に、脳内にある自身の膨大な経験にアクセス。今と似た状況を記憶から引っ張り出す。スパイクブラザーズとファイトしたものから優先的に、他のクランとのファイトも念のため確認。

 15件が該当。中でも、3年前にスパイク使いの先輩とショップでファイトした時のもの。1年前にヒビキと部活でファイトした時のものと状況が酷似している。

 それぞれ勝ったファイトと負けたファイトだ。どうして勝ったか。どうして負けたか。どうしたら勝てていたかを改めて洗い出す。

「……ノーガードだ」

 僅か5秒で10年分のファイトをやり直したアラシが結論を告げた。

「また、俺は★を引けないとか言い出すんじゃねーんだろうな?」

「いんや。ぬか喜びさせても悪いから先に言っておくが、お前は★トリガーを引く。ただし、俺も(ヒール)トリガーを引いてゲーム続行だ。……たぶんだけど、お前の★トリガーは1回目のドライブチェック。俺の治トリガーは2回目のドライブチェックじゃねーかな」

「っ!? ツインドライブ!!」

 アラシの予測を振り払うように、オウガが山札に手をかける。

「1枚目、ク、★トリガー!! パワーはレナルドに! ★はバッドエンドに!

 2枚目、トリガーじゃない……」

「ダメージチェック!

 1枚目、トリガー無し。

 2枚目、治トリガー。ダメージ回復させてもらうぜ。パワーはヴァンガードに」

「!?」

 アラシが平然とダメージゾーンのカードをドロップゾーンに置き、入れ替わりに治トリガーをダメージゾーンに置く。

「3枚目、おっと! こいつも治トリガーか。悪いな。もう1枚回復だ。パワーはスラッシュ・シェイドに」

「くっ! まだアタックは通るぜ! ゲイリーのブースト! レナルドでヴァンガードにアタック!」

「レイスチューターでガード」

「……ターンエンドだ。……超能力者かよ、お前は」

 オウガが呆れたように言う。

「違うな! 俺は人間だ! たったひとつのことを突き詰めた人間の行きつく果てだ! そんな胡散臭いもんと一緒にすんじゃねえ!」

 アラシは誇らしげに叫ぶと。

「もうお前は『詰み』だ! ファイナルターン!!」

 勝利を確信した者特有の、自信に満ちた表情で宣告した。

「スタンド&ドロー!

 コロンバールをコール! そしてコロンバールのスキル発動! 山札から《不死竜 スカルドラゴン》を墓地へ送り……そのままコロンバールを踏み潰して蘇れ!!」

 オオオオオオオオオオオオッ

 アラシの呼び声に応え、紫苑の炎を纏った骨竜が、がらんどうの体から断末魔にも似た怨嗟の咆哮を響かせる。

(なっ!? し、七海にスカルドラゴンだと!?)

「バトルだぁ!」

 咄嗟のことで思考が追い付かないオウガをよそに、アラシが宣言する。

「1体目のナイトクロウでローナにアタック!」

(……くっ! ダメだ……6枚目の財宝マーカーを阻止できねえ)

 オウガは改めて手札を確認し、唇を噛みながら結論付けた。

 アラシが『詰み』と言った理由が今なら理解できる。アラシはオウガの手札をオウガ以上に把握しているのだ。

「レナルドでインターセプト!」

「2体目のナイトクロウでローナにアタック!」

「クイックシールド!」

「1体目のスラッシュ・シェイドでローナにアタック!」

「ノーガード。ローナは退却する」

「財宝5つめぇ! 2体目のスラッシュ・シェイドでヴァンガードにアタック!」

「ノーガード……★トリガー! パワーはヴァンガードに!」

「財宝6つ目。決まりだな」

 最後の財宝マーカーがヴァンガードサークルに置かれる。

「お前はよくやったよ。まあまあ楽しめたぜ」

「まだファイトは終わってねーよ」

「なんだ。まだ諦めていないのか? ニブいやつだな」

「俺は一度諦めちまった人間だ。その無意味さを誰よりも知ってる。だから俺はもう二度と諦めねえ! このターン、俺は治トリガーに賭けるぜ!!」

「……いいだろう。なら、抗いようのない敗北をその身に刻んでやる。

 ナイトミストでヴァンガードにアタック!!」

「ノーガード!!」

「ツインドライブ!!

 1枚目、トリガー無し。

 2枚目、(ドロー)トリガー! 1枚引いて、パワーはナイトミストに!」

「……ダメージチェック」

 オウガが震える手で山札に手を伸ばす。上から1枚を恐る恐るめくり、アラシにも見えるように公開する。

「……っ! 治トリガー!!」

 

「だろうな」

 

 歓喜の叫びを、アラシの冷たい声音が遮った。

「引くと思ったよ。

 ナイトミストのアタック終了時、俺の七海はすべてスタンドする。

 とは言え、俺の七海のアタックは、スラッシュ・シェイドすら通らねえ。

 だが……! スカルドラゴンなら話は別だ!!

 俺の墓地は22枚! ナイトクロウのブースト! パワー69000のスカルドラゴンでヴァンガードにアタック!!!」

 ギシギシと骨を軋ませる音を響かせながら、異形の大剣がゆっくりとオウガめがけて振り下ろされる。

「……ノーガード!!」

 オウガはそれを胸を張って受け止めた。

「ダメージチェック……」

 山札の上からゆっくりとカードをめくる。

「…………!? 治トリガー!!」

 トリガーの処理を行うよりも、アラシの反応が気になり、オウガは勢いよく顔を上げた。

「……っ、あー、引かれちまったかー!!」

 アラシは楽しそうに笑っていた。

「あるとは思ったんだよなー。これまで1枚も治トリガーを引かれてなかったわけだし。やっぱ重なってたかー。

 ま、諦めなかったお前が正解だったってわけだ。ほら、ゲームを続けろよ」

「あ、ああ……」

 オウガが5枚目のダメージをドロップゾーンに置き、治トリガーをダメージゾーンに置きなおす。

「アタックを終えたスカルドラゴンは退却する。……俺はこれでターンエンドだ」

「俺のターン……」

「だが!!」

 オウガがカードを引く直前、アラシが叫んだ。

「これで勝ったと思うなよ! 俺の手札は7枚! そう簡単には崩せねえ! 崩させねえ!」

「……ああ。あんたは本当にすごいよ。認めたくなかったが、認めざるを得ねえ。あんたは俺よりずっと強い」

「お、おう? 何だ急に。気色悪ぃ……」

「そんなあんただからこそ、俺はあんたに勝ちたい! いや、勝つ!!

 ファイナルターン!!」

 拳を突き出して宣言し、間髪入れずにカードを引く。

「スタンド&ドロー!!

 ライド!!

 キメるぜ、相棒! 《逸材 ライジング・ノヴァ》!!」

 そう。夜霧を晴らすのはいつだって、闇を貫くようにして輝く新星だ。

「イマジナリー・ギフトはすべてライジング・ノヴァに!

 バッドエンドのスキル発動! このユニットをスペリオルコールし、同じ列にいるスラッシュ・シェイド2体を退却させるぜ!

 メインフェイズ!

 コール! 《アンブッシュ・デクスター》!

 デクスターのスキル発動! バッドエンドをソウルに置き、デッキから2体のG3をスペリオルコール!!

 並び立て! 《デッドヒート・ブルスパイク》! 《将軍 ザイフリート》!」

「はっ! スパイクの3大VRが揃い踏みか。悪くない光景だ」

「ライジング・ノヴァのスキル発動! ブルスパイクとザイフリートのスキルを得る!

 野郎ども、俺に力を貸せ!!」

 オウガが拳を高々と掲げる。

「ライジング・ノヴァのスキル発動! ブルスパイクをソウルに置き、新たにコールしたブルスパイクと自身のパワー+10000!」

 さらに同様のスキルで、ザイフリート、デクスターのパワーを、それぞれ+10000していく。

「アラシイイイィィィッ!!」

「オウガアアアァァァッ!!」

 雄叫びがバトルフェイズ突入の合図だった。

「デクスターのブースト! ザイフリートでナイトミストにアタック!

 アタック時、ライジング・ノヴァのスキル発動!

 フォース・マーカーをすべてブルスパイクへ! 合計パワーは61000!」

「《突風のジン》で完全ガード!」

「さらにスキル発動! 1枚引いて、ナイトクロウを退却!

 続けて、《ワンダー・ボーイ》のブースト! ライジング・ノヴァでヴァンガードにアタック!

 フォース・マーカーをすべて移動させ、合計パワーは76000!」

「プロテクトで完全ガード!」

「ツインドライブ!!

 1枚目! ★トリガー! 効果はすべてザイフリートに!!

 2枚目! ★トリガー! この効果もすべてザイフリートに!!」

「!?」

 アラシの表情が大きく引きつる。だが、次の瞬間にはどこか嬉しそうな笑みを浮かべて告げた。

「……やったなぁ、オウガ」

「ああ。デクスターのブースト。ザイフリートでヴァンガードにアタック。

 フォースを移動させ、合計パワーは71000だ」

「……ノーガード」

「あんたの治トリガーはもう2枚見えてる。俺の勝ちだ」

「ああ、そうだな」

 それでもアラシは微笑みながらファイトを続けた。5枚目、そして6枚目のカードをゆっくりとダメージゾーンに置いていく。まるでファイトが終わることを惜しむかのように。

 たっぷり時計の秒針が半周するほどの時間をかけて、ついに6枚目のカードがダメージゾーンに置かれた。

「――っしゃああああああああああああっ!!!!」

 両拳を握りしめたオウガが咆哮をあげる。

 幸い客はいなかったので、強面の店長が顔をしかめるだけで済んだ。

 

 

 ライジング・ノヴァは追い詰められていた。

 一撃必殺を誇る自慢の拳打は、踊るような足さばきと、変幻自在に煌めく剣筋に捌かれ、そのほとんどがナイトミストに届かずにいた。

 唯一、一発だけいいのが入って確かに頸椎をへし折ったはずなのだが、その吸血鬼はまるで肩こりでもほぐすかのように首の骨を鳴らすと、何事もなかったかのように治癒してしまった。

 一方、古傷だらけのライジング・ノヴァの全身には、新たな傷が幾重にも刻まれ、そこからゆっくりと、されどとめどなく血が流れ出していた。

 ナイトミストの膂力では、ライジング・ノヴァの強靭な肉体を一刀で斬り捨てることはできない。だが、こうしてゆっくりとダメージを蓄積させていけば、ライジング・ノヴァが先に倒れるのは明白だ。彼は反則じみた再生能力など持ち合わせてはいないのだから。

「降伏しろ、ライジング・ノヴァ。何だったら眷属にしてやろうか? お前ならいい吸血鬼になれるぞ」

 勝利を確信したナイトミストが、カットラスを突きつけて勧告する。

「お断りだ! そんなくだらねえもんになったら、お天道様の下で試合ができなくなるからな!」

「では、ここで死ぬんだな! お前の死体からは頑丈なゾンビができそうだ!」

 楽しそうに言って、ナイトミストが左手を掲げる。それを合図に、虚空から巨大な骨の竜が召喚された。

「うおおっ!?」

 骨竜が振るう紫炎の大剣を、ライジング・ノヴァは大きくのけぞって回避した。だが、体勢の崩れた首筋に、今度はナイトミストのカットラスが迫る。

(ここしかねえっ!)

 ライジング・ノヴァは持ち前の体幹と運動神経で、今にも倒れそうな姿勢のまま体を固定すると、両拳を使い白刃取りの要領でカットラスを挟み込んだ。

「うおおおおおっ!!」

 雄叫びをあげ、全身全霊の力を拳にこめる。やがて、よく磨かれたカットラスの表面にひびが走り、不快な音をたててその刀身がへし折れた。

 これまで一切の隙を見せなかったナイトミストが、はじめて驚愕と動揺に目を見開いた。

 かの吸血鬼がいかに不死身であろうと、武器までもそうはいかない。数百年の長きに渡って使い込んできた愛用のカットラスが破壊されたという精神的衝撃は計り知れなかった。

「へへっ、どうよ!」

 ライジング・ノヴァが勝ち誇る。たとえ殺すことができなくとも、腕力に劣る素手の相手を制圧する方法などいくらでもある。

 だが、ナイトミストは即座に正気を取り戻すと、鋭い蹴りを放った。体勢を崩したままのライジング・ノヴァは派手に吹き飛び。船の欄干を突き破ると、フィールドへと転落した。

「今日のところは俺の負けにしておいてやる!」

 芝生に大の字になって倒れ込んだライジング・ノヴァを見下ろして、ナイトミストが尊大に宣言する。

「また来るぜ。それまでせいぜいボール遊びを楽しんでいるんだな」

 言い捨てると、手ぶりで引き揚げの合図を出す。ただそれだけで、スタジアムの隅々に渡って大暴れを繰り広げていた無頼の海賊達が、手近な船に乗り込んでは潮が引くかのように撤収していった。

「もう来んな!」

 ライジング・ノヴァが、倒れたまま手元にあったボールを投げつけるが、もう船には届かなかった。

「ミスタータフガイ」と異名される彼も、もはや立ち上がる気力はなく、血塗れのままぼんやりと空を見上げていた。

 その時、どんよりとしたダークゾーンの空に、惑星Eと呼ばれる星が新星の如く輝いていることに気付き。

 彼は口の端をニッと上げ、相棒と拳をぶつけ合うように、その惑星へと拳を伸ばした。

 

 

「ぎゃーっはっはっはぁ! すっげー楽しかった! やっぱヴァンガードはこうでなきゃな!」

 負けたにも関わらず、アラシはこれまでで一番楽しそうに大笑いしていた。

「島の外のやつらともたくさんファイトしてきたが、これはとびきりだった! 礼を言うぜ! これこそが俺の求めていた真剣勝負だ!

 約束も守る! もう金輪際、賭けファイトはやらねえ! このファイトに誓うぜ!」

「あ、ああ……」

 できすぎな展開が未だに信じられず、オウガは半ば放心状態で答えた。

「またファイトしようぜ! 次にやれるのはヴァンガード甲子園か? それとも高校選手権か?」

「あ、悪い。それは……」

 さすがにそれに関しては生返事ではいられなかった。

 カードファイト部を引退すること。ヴァンガードは辞めないが、大きな大会に出場するつもりはないことを、オウガは素直に告白した。

「そうか。残念だな」

 アラシは静かに肩を落として言った。

「それだけか? 『ヴァンガード意外のことにうつつを抜かすなんてとんでもねえ!』なんて怒られることを覚悟してたぜ」

「さすがの俺もそこまで傲慢じゃねーよ。……ま、ヴァンガードを辞めることについては、俺達も人に言えた義理じゃねえしな」

「え?」

「なんでもねーよ。とにかく、俺はお前がヴァンガードを続けてくれるだけでも嬉しいぜ」

 そう言って、オウガの肩を慣れ慣れしくバンバン叩く。オウガもいつの間にか、それに悪い気がしなくなっていたが。

「当たり前だろ! こんな楽しいもん、そう簡単に辞められるかよ」

「ああ、そうだな。……本当にそうだ」

 常に尊大な彼にしては珍しく、俯きがちになってアラシは答えた。

 その時の言葉の意味を。表情の意味を。

 オウガは大人になって知ることになるのである。

 

 

「卒業おめでとうございます、アリサさん」

 今日は響星学園の卒業式。

 桜が舞い散る中、ミオがカードファイト部を代表して小さく頭を下げた。

「ありがとー」

 卒業証書の入った筒を雑に振って、本日、響星学園を卒業する天道(てんどう)アリサがそれに応えた。

 友人の多い彼女は、つい先ほどまで多くの人に囲まれていたのだが、彼ら彼女らは皆、手短に挨拶を済ますと「あとはカードファイト部水入らずでどうぞ」とばかりに、ミオ達にアリサを譲ってくれたのだ。

 その人柄がそうさせたのだろうが、彼女は気の利いた友人に恵まれているようだ。

「聞いたよ、オウガくーん。カードファイト部、辞めるんだって?」

 そんな人柄の彼女が、底意地の悪い笑みを浮かべながらオウガに詰め寄った。

 もっとも目は優しく細められており、本心ではオウガの選択を祝福しているのだろう。

「はい、申し訳ありませんした」

「あたしはいいんだけどさー。サキちゃんにはちゃんと謝ったのー?」

「ちょっ! なんでそこで私が出てくるんですか!?」

 サキが顔を真っ赤にしながら、慌ててアリサの口を塞ごうとする。

「たしかに、この話をした時はサキにボロ泣きされましたけど……」

「ふーん。サキちゃんはそれでいいの?」

「はい! いいんです。これはひとつ貸しにしましたから。ね、オウガ君!」

「ああ。ひとつ貸し、な」

 当時、泣きじゃくるサキを落ち着かせるため、オウガからとっさに出た一言が

「お前が本当に困った時、何でもひとつだけ言うことを聞く!」

 だった。

 それを聞いたサキはピタリと泣き止み、それどころか急に上機嫌になって、オウガの夢を応援してくれたのだ。

 彼女がその権利をいつ行使するのか気にはなったが、案外、なあなあで済ますのではないかとアリサは想像している。

 ふたりの行く末がどのような結末に至るのか、傍で見届けられないのは少し残念だった。

「さて。これからどうしましょうか。私はサキさんと『エンペラー』に寄って、少しファイトをしてから帰るつもりですが」

 ひとり蚊帳の外にいたミオが、存在を主張するように声をあげた。相変わらずおじゃま虫である。

「あたしはまっすぐ家に帰るよ。今日は弟も中学の卒業式だから、一緒に帰ろうって約束してるんだ」

「俺はアメフトのことで顧問と相談があるんで、一度校舎に戻ります」

「では、ここでお別れですね」

 ミオが淡々と告げ、しばらくの間、4人は無言で見つめ合った。

 やがてミオがへらりと微笑み、アリサが吹き出し、オウガも頷き、サキは目元を静かに拭った。

「さようなら。ですが、また会いましょう」

「うん、またね」

「うす! お世話になりました!」

「お疲れ様でした。オウガ君も、元気でね」

 四通りの挨拶を交えて、4人はそれぞれの道を歩き出す。

 校門をくぐってから、オウガはふと後ろを振り返った。

 もうそこに仲間の姿は無い。

(アメフトで生きていく。たったそれだけの事を決めるため、ずいぶんと遠回りをしてきたもんだ……)

 独りごちながら、ゆっくりと目を閉じる。

 ミオが突拍子もない発言でボケて、アリサがツッコみ、サキが笑い。自分はそんな3人を見ているのが大好きで。

 当たり前になっていた光景が、ありありとまぶたの裏に映り込んだ。

(けど、悪くない寄り道だった)

 オウガは目を見開くと、自分が選んだ道をしっかりと踏みしめて、また歩き出した。

 

 根絶少女 2年生編

 

 完

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サキと他愛のない雑談を交わしながら歩くミオを、小柄な白髪の少女が電柱越しに覗き込んでいる。

「見つけた……お姉ちゃん」

 そう言って微笑む少女の小さな手の甲には、侵略者(リンクジョーカー)の紋章が浮かび上がっていた。

 

 根絶少女 3年生編に続く――




根絶少女2年生編の最終章をお届けすることができました!
作者としては完全燃焼と誇れる作品に仕上がったと自負しておりますが、いかがでしょうか。
お楽しみ頂けたのであれば幸いです。

主人公もいよいよ3年生。
3年かけてひとつの作品を作ると決めた時は、本当にできるのかという不安でいっぱいでした。
3年ともなると非常に長く、周囲の環境が様変わりしてもおかしくない時間です。
私の心が折れるかも知れないし(メガコロが3年間強化されないとかで)、病気になってしまうかも知れない。
そもそもヴァンガード自体が大きく変化してしまうかもしれない(実際にこれはありましたが!)。
それでもどうにか、ここにきてようやく完成の目途が立ったという実感が湧いてきました。
それもすべて月並みではありますが、応援してくださる皆さまのおかげです。
あと1年、どうかお付き合いくださいませ。

そして、最初は全クラン出すなんて不可能だろうと諦めていた登場クランについても、どうにか全クラン出演させることができそうです。

残るクランは
ぬばたま
ノヴァグラップラー
ディメンジョンポリス
ダークイレギュラーズ
ペイルムーン
ギアクロニクル
ネオネクタール
の7クラン!

お待たせした分、見せ場は用意するつもりなので、各クランを愛用している方は楽しみにして頂ければ幸いです。

そんな次回の本編は、通常通りのペースに戻りまして、4月の3日前後に公開致します。
えくすとらに関しては、オーバードレスのスタートデッキは全国家が揃ってからやりたいと思いますので、4月の初旬から中旬にかけて公開とさせて頂きたく思います。

それではまた、次回の本編でお会いできればと思います。
皆さまの夢が叶いますように。

【デッキログ】
アラシデッキ:5FZF
オウガデッキ:F5NX
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。