根絶少女   作:栗山飛鳥

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5月「誰にとっても、最大の敵は自分自身なのだ」

 その日はいつもと同じような放課後だった。

 カードファイト部の部室に集まり、少しファイトをして――もしくは最新パックについて他愛の無いお喋りをしてから――学校から最寄りのカードショップである「エンペラー」へと向かう。新入部員である時任(ときとう)レイに実戦経験を積ませるため、最近は部室でファイトするよりも、ショップで大会に参加することの方が多かった。

 今日も「エンペラー」では小太りで人のいい店長がミオ達を優しく出迎えてくれる……はずだった。

「いらっしゃいまっせー!!」

 しかし、本日響星(きょうせい)学園カードファイト部の面々を出迎えたのは、店長の野太い男声とは似ても似つかぬ、少女の明るい声だった。それもその声は、ミオとサキがよく知る声であった。

「あらっ! ミオちゃんにサキちゃんじゃない! いらっしゃーい!」

 その声の主、『エンペラー』の制服であるエプロンをかけ、黒髪で左目を隠した特徴的な髪型の少女が小走りに駆け寄ってきた。

「……アリサさん」

 ミオがその少女の名を呼ぶ。

「店の備品でふざけてはいけませんよ。店長や他のお客さんのご迷惑になります」

「なんでそうなるのっ!?」

 続けて出た説教に、片目を隠した少女――天道(てんどう)アリサは抗議の声をあげた。

「あたしはれっきとしたカードショップ『エンペラー』のスタッフよ!? 今月からアルバイトとして採用されたの!」

「本当ですか?」

 必死に名札を指し示して抗議を続けるアリサに、ミオはなおも疑いの眼差しを向ける。

「ははは、本当だよ」

 カウンターから重たそうに身を乗り出して、『エンペラー』の店長が助け舟を出した。

「僕も先月にアリサちゃんから雇ってもらえないかって相談を受けた時は驚いたけどね。これまで僕と妻のふたりで回してきたショップだったし。

 けど、こう見えて真面目だし、意外と呑み込みも早いし、実はカードの知識もあるから、役に立ってくれてるよ」

「あたしが仕事できるのって、そんなに意外ですか!?」

 アリサが抗議の矛先を店長に向ける。

(いつも隣にいたユキさんの影に隠れていただけで、アリサさんも優秀なんですけどね)

 いつもアリサの隣にいて、彼女の影を薄くしていたハイスペックな少女はもうひとりいたのだが、当人はそのことに気付かずうんうんと頷いていた。

「まあ、冗談はここまでにしておいて。おめでとうございます、アリサさん。受験を機にメイド喫茶を辞めたと思ったら、こんなところに再就職していたとは意外でしたが、似合っていると思います」

「はい! 好きなことを仕事にできるなんて、すごいです!」

 ようやくミオとサキが口々に祝福する。

「ありがとね。けど、あたしはこれで満足してないよ」

 ミオとサキの耳元に顔を寄せて、囁くようにアリサが言う。

「あたしはね。いつか自分のお店を持つのが夢なんだ」

「わあ!」

「なるほど。だから経営学部や商学部の強い大学に進んだのですね」

 サキが目を輝かせ、ミオが納得したように頷いた。

 アリサが受かった大学の名前を聞いた時、文系のアリサらしからぬ理系の大学で、内心疑問に思っていたのだが、それが今解決した。

「うん。やっぱりあたしはヴァンガードが好きだし。けど、プロとしてやっていけるほど上手くもないし。そもそもあたしがヴァンガードで好きなのは勝ち負けを競うことじゃなくて、ファイトを通して人と繋がれることだったから。

 その場所をあたしが作ることができたならって、去年、進路を考えている時にふと思ったの」

「素敵です! 私、アリサさんのお店ができたら、遊びに行きますね!」

「ふふふ、その時はカッコいい彼氏と一緒にね」

「ちょっ! アリサさん!」

 顔を真っ赤にしたサキが、含みのある言い方をしたアリサのエプロンをパンパンと叩く。

「ね、お姉ちゃん。そろそろそちらのカッコいいおねーさんを、アタシにも紹介してくれないかな」

 ミオが空いた隙を見計らって、レイがミオの制服を引っ張りながら言った。白髪を二つ括り(ツインテール)にした少女はミオと瓜二つだが、彼女と違って空気は読めるのだ。

 だが、ミオが「そうですね」と紹介をはじめるよりも早く、アリサが先にレイに気付いた。

「何、その子!? 新入生!? めっっっちゃかわいくない!? 1年生の頃のミオちゃんみたい!!」

「はい! アタシは響星学園カードファイト部の1年生、時任レイです! ミオお姉ちゃんの従妹にあたります!」

「どうりで似てると思った! あたしは響星学園カードファイト部を去年卒業した天道アリサよ。よろしくね!」

「よろしくお願いします、アリサさん!」

 レイが礼儀正しくぺこりと一礼する。

「うーん。見れば見るほどミオちゃんそっくりね。ね、レイちゃん。ほっぺた触っていい?」

「いいですよ。なんなら、ぎゅーっとしていただいても構いません」

「いいの!? ……うわ! 柔らかい! 本当にミオちゃんみたい!」

 ミオもそうだったが、レイもその容姿からお人形扱いされやすいのだろう。基本的にされるがままのミオと違って、それを交流に利用してしまうのは、ミオに無いしたたかさだが。

「アリサちゃーん。ウチのエプロンつけてそういうことするのはやめてほしいなー」

 少女を愛でる変態と化したアリサを、店長がやんわりと注意する。

「はっ! いけない! まだ仕事中だった!

 じゃ、あたしはバックヤードで品出ししないといけないから。3人ともごゆっくりー」

「あ、ちょっと待って。アリサちゃん」

 何事もなかったかのように颯爽と去っていこうとするアリサを、店長が呼び止める。

「裏に行くなら、例のポスターを持ってきてくれないかな。後回しになっていたけど、響星のみんなには早く教えておかないと」

「あ、アレですね。りょーかいでーす」

 アリサは手をひらひらと振って、カードゲーマーなら誰もが一度は気になったであろう『STAFF ONLY』と記された扉をくぐり、すぐに筒状に丸められた巨大な紙を両手で抱えて戻ってきた。

「それは何ですか?」

 サキが尋ねる。

「今月末に開催される大会の告知だよ、っと」

 そう言って、アリサが巨大な紙を広げた。

「……ショップ対抗戦?」

 レイがそれを声に出して読みあげる。

「そ。毎月に1度、近隣22件のカードショップで店長会議っていうのが開かれるんだけど、先月はみんなお酒が入りすぎちゃって、自分のショップの常連が一番強いんだーって論争に……」

「アリサちゃん!? 今、その話はいいからね」

「そですかー? ま、そんなショップ対抗の大会が開催されるわけだから、響星のみんなも『エンペラー』代表としてエントリーしてほしいなっていうお願いなんだけど」

「もちろん! ね、お姉ちゃん!」

 ここに引っ越してきてから日が浅く、『エンペラー』以外のショップをほとんど知らないレイが一も二も無く同意し。

「ふむ。私個人としては、強いファイターの集まる『ストレングス』や、家から近くてシングル価格も安い『テンパランス』をよく利用するのですが。響星学園カードファイト部として『エンペラー』にお世話になっているのも事実です。ここはアリサさんの顔を立てる意味でも、『エンペラー』代表としてエントリーしましょうか」

 ミオもやや危ういながら『エンペラー』についた。

「サキちゃんも、もちろん『エンペラー』だよね!?」

 レイがサキへと振り向いて尋ねる。この小柄な少女は、何故か先輩(サキ)のことをちゃん付けで呼ぶ。

 話を振られた黒髪の少女は熟考するように、顎に手をあてている。俯いた顔にかかった眼鏡に照明が反射して白く輝いており、その表情も伺い知れない。

「……サキちゃん?」

 レイが不安げな声をあげる。

「アリサさん、店長さん。レイちゃんも、すみません。そのお話、考えさせてください」

 サキが何かを決心したように顔を上げる。ようやく見えるようになった瞳が、強い決意に輝いていた。

「私は……一度ミオさんと本気でファイトしてみたいです」

 そして、その瞳をミオへと真っ直ぐ向ける。

「む? 私はサキさんと毎日本気でファイトをしていますが」

 それにさらされたミオは、なんら臆することなく首を傾げた。

「そうかも知れません。けど、慣れた場所でする勝ち負けを気にしなくていいファイトと、負けが許されない大会でのファイトは、やっぱりどこか違いますよ。

 確かにミオさんは、そういうムラが少ない方だとは思いますが、それでも違います」

「ふむ。この1年間、私を客観的に見ていたサキさんが言うのでしたら、そうなのでしょう」

 ミオは存外素直にそれを認めた。

「ですが、何故、私と?」

「去年、部活でオウガ君がはじめてミオさんに勝った時。私、少し悔しかったんです。

 ヴァンガードを始めた時期は実質同じで、最初は私の方が強かったのに、いつの間にか追い越されちゃった気がして。最終的には天海のアラシさんにまで勝っちゃいますし。

 でも、オウガ君はもう部活にいない。だから、私が代わりに強くならなきゃいけないんです! 響星学園カードファイト部のためにも、自分自身のためにも!

 そして、オウガ君がカードファイト部で果たせなかったことはただ一つ……」

「大会でミオちゃんに勝つこと、ね」

 アリサが頷きながら答えた。

「はい。ですので私はプライベートでよく行くショップの『ムーン』代表として参加させて頂きたいと思います。すみません……」

「いいのよ! そういう理由なら大歓迎! ね、店長!」

 深々と頭を下げようとしたサキの両肩を押さえながらアリサが言った。

「もちろん。そもそも僕達には止める権利もないしね」

 そう言って店長も笑った。

「アリサさん、店長さん……ありがとうございます」

 サキが安心したような笑顔を見せたその時だった。

「ハッ! 弱小ショップの連中がウダウダやってやがんなァ!!」

 明後日の方向から品の無い声があがり、全員がそちらを振り向いた。アリサなどは「はい?」と言いながら思い切り顔をしかめ、ミオに至っては視線だけで人を凍死させかねないくらいに冷たく瞳を細めていた。

 彼女達の視線の先には、赤い髪を見事なモヒカンに仕上げた男が、行儀悪くファイトテーブルに腰かけている。黒皮の衣装のあらゆる場所に鋲が輝いており、その周囲だけ世紀末な雰囲気を漂わせていた。

「ちょっと! 誰よ、アンタ! 失礼ね!」

 体格も年齢も差がありそうなその男に、まずはレイが食ってかかろうとした。

「お客様。そこはファイトのためのテーブルですので、座るのはご遠慮頂けますか?」

 それを片手で制しながら、アリサが平静を装って注意する。

「おっと悪ィ悪ィ。甘タレなショップのルールではそうなってたな」

 男は意外にも素直にテーブルから降りた。

「で、俺が誰かって? カードショップ『デビル』と言えばわかるかァ?」

 それを聞けば誰もが怯えて当然という風に男が言い、ミオが「なんのこっちゃ」と言いたげに首を傾げた。

「『デビル』……!! 気をつけて、ミオちゃん。彼らはファイトに勝つためなら手段を選ばないならず者よ。聞くところによると、凶器攻撃から毒ギリ攻撃まで何でもアリという話よ……」

「それはまず競技を間違っているような気もしますが」

 アリサが囁き、ミオが半眼になってツッコんだ。

「毒ギリだァ!? カードを汚すようなマネ、俺達がするわけねェだろうが!!」

「凶器攻撃はするんですね」

「おうよ!」

「そんなことはどうだっていいの!」

 レイが声を張り上げて、どうでもいいやり取りを遮る。

「アタシが許せないのは、『エンペラー』を弱小だの甘タレだのシングル価格が微妙に高いだのバカにしたことだよ!」

「シングル価格には触れてませんよ」

「興奮しすぎて本音がでちゃいましたね」

 ミオとサキがこそこそと囁き合う。店員ふたりは少し落ち込んでいた。

「ハッ! 許さないならどうする?」

「ショップ対抗戦を待つまでもないわ! この場でアタシが『エンペラー』の強さを思い知らせてあげる!」

 レイが学校指定のカバンからデッキケースを取り出して、『デビル』の男に突きつけた。

「面白ェ! 『デビル』の恐ろしさを骨の髄まで味わわせてやろうじゃねえか!」

 男も、どこで売っているのか不明な、黒皮に鋲を打ち込んだデッキケースを取り出して構えた。

「そこまでにしておけ、『デビル』」

 一触即発の雰囲気に水を差すかのように、男の背後から声がかかった。

 男の後ろに、フードを目深に被った黒いローブ姿の男がいつの間にか立っていた。前々からそこにいたというよりか、急に現れたとしか思えない登場の仕方だった。

 鷹の目とまで称されるミオの空間認識能力ですら、そこに人がいることなど、実際に男が声をあげるまで気がつかなかった。

「だ、誰だテメェは!?」

 不意に背後を取られて焦っているのか、うわずった声で『デビル』の男が誰何する。

「カードショップ『ハーミット』」

 黒フードの男がそれだけ告げると、いよいよ『デビル』の表情が青ざめた。

 ミオはやはり首を傾げた。

「『ハーミット』……!! 会員制のファイトスペースがあり、その会員は、外の大会には滅多に姿を現さないと言うわ。けど、その実力は『ストレングス』以上とも噂されている……」

「はあ」

 アリサの解説にミオが気の無い声をあげた。(そんなことより、そろそろファイトがしたいです)とか思っていそうだ。

「そ、その『ハーミット』が何の用だ!?」

『デビル』の男が虚勢を張って叫ぶ。

音無(おとなし)ミオを擁する『エンペラー』の偵察に来たのだが、無粋な先客がいたものでな。まずは私が相手になってやろうか? 小学生を相手にするよりは練習になるぞ」

「アタシ、高校生なんだけど!?」

 レイが抗議の声をあげる。

「へ、へへ……大事な大会の前にアンタとやりあうほどバカじゃねえよ」

『デビル』の男は愛想笑いを浮かべると、一目散に出口まで駆けていった。

「覚えてやがれ!」

 そして扉の前でそれだけ言い捨てると、男は店から出ていった。

「うーん。やれるだけの三流ムーブやって退場していった感じね」

 アリサが妙なところで感心する。

 一方、『ハーミット』の男も静かに動きだすと、ミオの横をゆっくりと通りすぎる。

「音無ミオ。君とはショップ対抗戦の決勝で当たることになるだろう」

 と言い添えて。

「すみません。先約があるので、それは少し難しいかと」

 ミオはきっぱりと言い切った。『ハーミット』の足が止まり、サキが嬉しそうに口元に手を当てる。

「決勝の相手は決まっているので、できれば準決勝あたりでお願いします」

 ミオがなおも言い直す。サキの瞳が潤んでいた。

「……ふん」

『ハーミット』の男は鼻で息をつくと、それ以上は何も言わず、店を出て行った。

「これでいいんですよね、サキさん」

 ミオが確認しながら、サキに手を差し出した。

「はい……はい! 決勝でファイトしましょう! 絶対に!」

 サキは涙をこぼしながら笑顔を浮かべ、その手を強く握り返した。

 

 

 ショップ対抗戦当日――

 特定のショップで開催するのは不公平だという話になり、対抗戦は500人以上が収容可能な会場を貸し切って行われることになった。

 事の発端を思えば、信じられないくらいに大規模な大会になったと言えよう。

 あてがわれた控室で、私服である清楚な春色ワンピース姿のミオは、自身とレイを含めた総勢10人からなる『エンペラー』のファイターを見渡していた。

 ちなみにレイの私服は、ミオとは正反対の活動的なショートパンツルックである。

(オウガさんも誘ってみましたが、アメフトの試合があるので無理とのことでした。まあ、引退して1ヵ月で再登場していたらさすがに格好がつかないので仕方ありませんね)

「……その代わり、頼りになる助っ人が来てくれましたし」

「ほほーう。そんなヤツがいるのか。楽しみだなあ」

「あなたのことですよ、ライガさん」

 ミオが見上げるようにして、合いの手を入れてきた声の主に視線を向ける。はちきれんばかりのTシャツを着た大男が、大袈裟な身振りで周囲を見渡す仕草をしていた。『エンペラー』常連のひとりにして、響星学園のOB。今は大学3年生の近藤(こんどう)ライガだ。

「なんだと!? まあ期待に応えられるかはわからんが、全力でやるだけだ。はっはっは!」

 そう言って、豪快に笑う。

 どうやらとぼけているわけでもなく、本当に自分が頼りになるとは認識していなかったようだ。

 ちなみに他のメンバーも、もちろん全員が『エンペラー』の常連で、ミオとは面識がある。皆、ファイトの腕前は悪くないのだが、アットホームな『エンペラー』の宿命か、いずれも大きな大会の出場経験は乏しい。そのため、全国大会の優勝者であり、冷静かつ客観的に物事を捉えることのできるミオをリーダーとするのに、誰からも異論は上がらなかった。

「では、大会のルールをおさらいしておきましょう。

 大会形式は22のショップによるトーナメント。1試合ごとに各ショップから1名代表者を選出し、勝利したファイターのショップが勝ち上がりです。

 重要なのは、1度選出されたファイターはこの大会中、もう1度選出することができないという点ですね」

「強いファイターをひとり擁していればいいってわけじゃないんだね」

「まさしくショップの総合力が問われるわけだな!」

 レイとライガが補足する。

 要するに、この中ではミオが頭ひとつ抜けて強いからと言って、彼女ばかり代表に選出することはできないということである。

「そして、本日のトーナメント表がこちらになります」

 言いながら、ミオがホワイトボード貼られた巨大なトーナメント表を指さした。

「……何なの? このヘンテコなトーナメント表は」

 シードばかりの歪な形をしたトーナメント表を見て、レイが一筋の汗を垂らした。

「22チームでトーナメントをやろうとするとこうなります。

 おろかな作者は、最初はここにトーナメント表を書く予定だったのですが、あまりにも複雑すぎて断念しました」

 詳細は「22人 トーナメント」あたりで検索してほしい。

「とりあえずあたし達はシードだから、4回勝てれば優勝だね。ラッキー!」

「いえ。この大会では何回戦うかではなく、どこと戦うかの方が重要でしょう」

「あ、そっか。ファイトを重視してるショップとそうでないショップで、強さに差があるはずだもんね」

「はい。私が知る中で、強敵となるのが予想されるショップは、非常に多くの常連を抱えており、取れる選択肢の幅が広い『タワー』

 近隣ショップ屈指の老舗であり、場馴れしたベテランファイターを多く擁する『マジシャン』

 そして、何よりも……強者の巣窟であり、ヴァンガード甲子園の優勝候補に数えられる聖ローゼ学園のファイターほとんどが通い詰めているという『ストレングス』ですね」

「うわ。このままだと、サキちゃんのいる『ムーン』と、『ストレングス』が準決勝でぶつかっちゃうよ? サキちゃん大丈夫かな……」

 トーナメント表を改めて確認したレイが不安そうな声をあげる。ミオとサキが逆のブロックになったまではよかったが、その前には巨大な壁が立ちはだかっていた。

「正直に言って、厳しいでしょうね」

 サキから聞いた話だが、『ムーン』も『エンペラー』同様カジュアルなショップで、ショップ大会より上の大会を経験した者はほとんどいないそうだ。サキなら甘く見積もって互角に戦えるかも知れないが、彼女はミオとの約束を果たすため決勝まで出てこないだろうし、そんなことを知らない『ストレングス』は、サキを警戒して本気で潰しにくるだろう。聖ローゼのファイターは、彼女の底力が侮れないことをよく知っている。

 もちろんこの世界は大会がすべてではない。ユキのような隠れた実力者が『ムーン』に所属している可能性もゼロではないが、奇しくも彼女がそうであったように、そのようなファイターがいるのであれば、何らかの噂にはなっているものなのである。

「ですが、私達が他のチームのことを気にしても仕方がありません。私達は私達で決勝に進めるよう全力を尽くすだけです」

 このあたりの割り切りは音無ミオの真骨頂と言える。

「うん、それもそうだね」

 そして、本質的には彼女に近いレイもあっさりとそれに同意した。

「では、そろそろ時間ですね。行きましょうか」

 ミオが時計も見ずに指示を出す。だが壁にかけられた時計は、集合時間の5分前をきっかり指していた。

 

 

「逆シードの試合が終わって、いよいよ16のチームが出揃いました!

 ショップ対抗戦はここからが本番! 

 それじゃー、さっそくいってみましょう!

 第1テーブルでは『タワー』VS『ジャスティス』!!

 第2テーブルでは『エンペラー』VS『デビル』!!

 第3テーブルでは――」

 会場こそ中立のスタジアムが手配されているが、スタッフのほとんどは22のショップで働く店員達である(ただしジャッジは対戦しているショップ以外の店員が行う)。

 その中から司会に抜擢されたアリサが、マイクを片手にファイトを盛り上げていた。

「『デビル』!? お姉ちゃん! アタシに行かせて!」

 対戦相手の名を聞いたレイが、手を挙げて代表に立候補する。

「……いいでしょう。この間の借りを返してきてください」

 レイの瞳を覗き込み、冷静さは失われていないことを確認すると、ミオは小さく頷いてそれを認めた。

「ですが、凶器攻撃には注意してください」

「どう注意しろと!?」

 レイが悲鳴じみた声をあげた。

『デビル』の代表は、この前の赤いモヒカンの男だった。ちなみに他の『デビル』のメンバーには、青いモヒカンと、黄色いモヒカンと、黄色のモヒカンと、ピンクのモヒカンがいた。

(わあ、きれい)

 レイが心の中で投げやりにツッコむ。

「へっへっへ。テメェが対戦相手か! 俺のデッキで吠え面かかせてやるぜェ!!」

 そんなことより、男のデッキケースからちらりと見えた栓抜きの方が気になった。

「俺とファイトするなら、『デビル』のルールに従ってもらう! お互いにメンチを切りながらデッキをシャッフルして、先に目を逸らした方が後攻だ!」

「知らないし、そんなオモシロルール! 普通にじゃんけんしようよ!?」

 だが、男はすでに中指を立ててデッキをシャッフルしながらレイに迫ってきている。ジャッジが止めないところを見ると、彼も『デビル』の案を採用したようだ。ジャッジもプロで無い分、アドリブが効くというか、ノリがいい。

 仕方なく、レイも半眼になって男を睨み返す。こう見えて根絶者を自称する少女である。睨まれたくらいで乱すような心など、もとより持ち合わせていない。

「……プッ」

 そして、彼女は1秒足らずで男から目を逸らした。

 目をギョロつかせ、口をピクピクさせながら迫る男の顔が、あまりにも面白すぎたのだ。

「先攻、『デビル』!」

 ポンコツのジャッジが宣言する。

「シャアッ! この程度でビビるとは、やっぱガキんちょだな!」

「違うし! アンタの顔が反則すぎるだけだし!」

「俺のターン! スタンド&ドロー!!」

 男が中指を立てながらカードを引き、『エンペラー』のショップ対抗戦が始まった。

 

 ――3分後

 

「……《時空竜 ミステリーフレア・ドラゴン》でアタック」

「ノーガードだぜッ!!」

「トリプルドライブ。1枚、2枚、3枚……あ、(クリティカル)トリガー」

「ダメージチェック! 1枚目! 2枚目! ……3枚目ェ!!」

 あっけなく6枚目のカードが男のダメージゾーンに置かれた。

「よわっ」

 レイが思わず素直な感想を口にする。

「くそっ! (ヒール)トリガーを引いていれば勝っていたのに!」

「ヴァンガードファイターが一番したらダメな言い訳だよ、それ!?」

「ガッデム! ……覚えてやがれッ!」

 男がデッキをケースに片付け、捨て台詞を吐いて去っていく。

「え!? 凶器攻撃は? 栓抜き、使わないの?」

 別に使って欲しかったわけではないが、何も無いのも拍子抜けである。もし本当に襲い掛かってきたのなら、姉に押し付けようと考えていたのだ。

「ハッ! 見損なうんじゃねェ! 『デビル』以外のファイターに、俺達が凶器を使うわけねェだろ!」

 振り返りながらニヤリと笑って、男が今度こそ去っていく。

 他のモヒカン達に迎えられた彼は、「負けちまったけど、ロックだったぜ!」などと、わけのわからない慰めを受けていた。

 彼らは彼らなりにヴァンガードを楽しんでいるのだろう。たぶん。

「お疲れさまでした」

『エンペラー』陣営に戻ったレイも、ミオから労いを受けた。

「本当に疲れたよ……」

 レイが渇いた笑いを漏らす。

「アタシのファイト、今日はこれで終わりなのー? 物足りないよー」

「ですが、あなたが早くファイトを終わらせてくれたおかげで、他のファイトを見学する余裕ができました。ここは『ストレングス』の偵察でもしておきましょうか」

「あ、さんせーい!」

 レイが諸手を挙げて同意し、『エンペラー』一行は『ストレングス』のファイトが見える位置へと移動する。

「お、やってるな!」

 さすがに優勝候補筆頭である『ストレングス』のファイトともなると周囲に見学者で溢れていたが、背の高いライガは誰よりも早くファイトの様子を知ることができたようだ。

「え? 見えないよー」

 一方、背の低いレイは、背伸びをしてファイトの様子を伺おうとしている。

 同様に背の低いミオはと言うと、人混みの間をするすると抜け、ちゃっかり最前列に移動していた。

「《バトルシスター ふろまーじゅ》でヴァンガードにアタック!」

 ミオが立ち会ったのは、艶のある黒髪を上品に伸ばした……されど性格はキツそうな吊り目の少女がアタック宣言を行うところであった。

(1回戦で早くもミコトさんですか)

 その少女はミオもよく知る少女、神薙(かんなぎ)ミコトだった。

 聖ローゼの3年生で、今年は晴れてカードファイト部の部長に任命されたと聞いている。普通に考えれば初手に切るような札ではないが、それもそのはず、『ストレングス』には小金井(こがねい)フウヤをはじめとした聖ローゼのOBやOGもゴロゴロいるのである。1回戦など現役の部長で十分ということか。

(む? ですがこの状況、少しまずくないですか?)

 ミコトの手札は5枚。彼女の愛用するオラクルシンクタンクにしては、やや少ない。それも対戦相手は……。

「《ダイヤモンド・エース》で完全ガード」

(ディメンジョンポリス……)

 中学生――いや、高校生になったばかりだろうか。あどけなさを多分に残した黒髪の少年が丁寧な手つきでカードを切る。

「ツインドライブ!!

 1枚目! ★トリガー! パワーは《バトルシスター まかろん》に!

 2枚目! ★トリガー! パワーは《バトルシスター ぷらりーぬ》に!」

 事前にふろまーじゅのスキルでデッキトップを操作していたのだろう。ミコトが迷いなくトリガーを割り振っていく。だが、彼女の表情は険しかった。このターンでは勝ちきれないことを、既に自覚しているのだろう。

 それを裏付けるかのように、残るバトルシスターのアタックも防がれてしまう。

「ライド……!! 《黒装傑神 ブラドブラック》……!!」

 そして、少年が切り札にライドした。

 その瞬間、ミオの眼前に厳かな夜景が広がった。

 血を零したかのような紅い月に無数の蝙蝠が群がり、ひとつの巨影を形成していく。

 宵闇に溶け込む漆黒の装甲に、頭部には仮面舞踏会の意匠。

 巨大な鉄の塊にありながら、どこか紳士的ですらある佇まいは伝説の吸血鬼を想起させる。

 ミオだけではない。

 この場にいる誰もが月下に舞う黒鋼の吸血機を幻視(イメージ)した。

「バトル……! 《ツイン・オーダー》のブースト、《プラチナム・エース》でヴァンガードにアタック。

《ツイン・オーダー》のスキルで、ブラドに+15000」

 皆が見惚れている間にも、少年は粛々とファイトを続けていた。

「プロテクトで完全ガード!」

「《宇宙勇機 グランザイル》でヴァンガードにアタック」

「《バトルシスター ぶりおっしゅ》でガード! まかろんでインターセプト!」

「ブラドでヴァンガードにアタック……!」

「ノーガード!」

「ツインドライブ……!! 1枚目、2枚目、どちらもトリガーは無い」

 ブラドブラックが紅の翼を広げると、手にした大鎌で地上を薙ぎ払った。

 超高熱のビームで形成された刃が大地を舐め尽くし、仇名す者の命を根こそぎにして刈り取っていく。

「ダメージチェック。治トリガー!」

 これも予定調和ではあるのだろう。躊躇なく受けた6点目のダメージを回復し、ミコトのダメージは依然として5点のまま。

(ですが……)

「ブラドのスキル発動……!! デッキの上から7枚めくり……《鋼鉄機 シンバスター》を手札に加える。

 さらに手札を2枚捨て、手札のシンバスターにスペリオルライド……!! シンバスターのスキルで《鋼鉄機 ウルバスター》もスペリオルコール……!!」

 ブラドブラックの巨体が無数の蝙蝠と化して散っていく。

 その中から新たに現れたのは、それぞれ獅子と狼を模した鋼鉄の機兵達。

「シンバスターでヴァンガードにアタック!」

「《神剣 クサナギ》、《バトルシスター てぃらみす》でガード!」

「ドライブチェック……! 引トリガー……!!」

「!?」

「パワーはウルバスターに。ウルバスターでヴァンガードにアタック……!!」

 少年は何故か左手で片目を隠しながら、これで終焉だとばかりに宣言する。

「……ノーガード」

 動揺を隠せないミコトの声音からして、次にめくるカードは未知の領域か。もしくは、次のターンに引くカードとしてノーマルユニットを置いていたのかも知れない。

「ダメージチェック、トリガーじゃないわ」

 投げ捨てるようにダメージゾーンへと置かれた6枚目のカードは、《バトルシスター とらいふる》だった。

「『ストレングス』が負けた!!」

「これでこの大会はわからなくなってきたぞ!」

「そんなことよりも誰だアイツは!!」

 ギャラリー達が一斉にワッと沸き立つ。

「ち、違うのよ! ちょっと引きが悪かっただけで! ていうか、前のターンに治トリガーを引けていれば勝ってたし!」

 レイ曰く「ヴァンガードファイターが一番したらダメ」な弁解を並べるミコトの肩に、フウヤが優しく手を置いた。

「わかってる。君のプレイングにミスは無かった。単純にあの子が強かった。それだけだよ」

 ミコトが押し黙って唇を噛みしめる。

 それはそれで――各ショップの権威がかかっているとはいえ、彼女達にとってはお遊びのような大会で――自分に勝てるほどのファイターがいたということが許せないのだろう。

(対戦相手の名前は……)

 今のミコトの相手は面倒くさそうなので、声をかけることを諦め、ミオは対戦表に目をやる。

(カードショップ『チャリオット』……)

 かつて訪れた時はよくも悪くも凡庸なカードショップだったと記憶している。

 首を傾げるミオは気づかなかった。

 ディメンジョンポリス使いの少年が、『チャリオット』の仲間達からもみくちゃに祝福されながらも、ミオにじっと視線を向けていたことを。

 

 

 波乱の第1回戦が終了し、残るショップは8つに絞られた。

「フッ。『エンペラー』は勝ち残ったか」

「当然だ。『デビル』ごときでは相手にもなるまい」

巨星(ストレングス)も堕ちたことだ。我々『ハーミット』にとって最大の障害となりうるのは、やはり奴等か」

 会場の片隅で黒フード黒ローブの男達が囁き合っている。

「だが、次の『エンペラー』の対戦相手は油断ならぬぞ」

「『ジャスティス』か。新進気鋭のファイターが頭角を現していると聞く」

「フフフ……お手並み拝見といこうではないか」

「そうだな。どちらが『ハーミット』の敵となるか。この決着を見届けてからでも遅くはない」

「いや! アンタ達、1回戦で敗退してるよね!?」

 対戦表の隅を指さしながら、レイがしなくてもいいツッコミを入れた。そこでは『ハーミット』の名が消され、対戦相手である『ワールド』が勝ち上がっている。

「笑止」

「笑えないわよ! この小説の前半パート、まるまる無駄になってるじゃない!」

 アリサが聞いたら落ち込みそうなことを言う。

「おーい! 次の作戦会議をはじめるぞー!」

 なおも『ハーミット』と言い争うレイを、ライガが『エンペラー』陣営に引きずり戻した。

「……次の対戦相手は『ジャスティス』ですか」

 あごに指を当てたミオは、何故かほんの少し顔をほころばせているが、それと同じくらい悩んでいるようにも見えた。

「知ってるの?」

「はい。かつて4日間だけ入り浸っていたことがあります。

 向こうは十中八九、油断ならないファイターに成長しているであろう男の子を出してくるでしょう」

「何その回りくどい言い方」

「私が直々に相手をして差し上げたいところですが、サキさんの『ムーン』も勝ち残っていますし、出るわけにはいきません」

 ミオは物憂げに溜息をひとつつくと、ライガへと視線を向けた。

「ライガさん。私の代わりにお願いできますか?」

「お! 出番か!」

「ええ。あなたとのファイトなら、きっとあの子も喜んでくれるでしょう」

 ミオがいつになく優しい視線を『ジャスティス』陣営へと向ける。そこには大柄な少年と熱心に話し合う小柄な少年の姿があった。

 

 

 カードショップ『ジャスティス』の山崎(やまざき)タツミは落ち込んでいた。いや、それを通り越して、憤っていたと言ってもいい。

(ミオさんが出てきてくれないだなんて……)

 かつてミオに教えを受けたその少年は、彼女とファイトする絶好の機会が訪れたと思い、ショップ対抗戦に参加した。

 2回戦で運よく彼女の所属する『エンペラー』と当たったと喜んだのも束の間、『エンペラー』の代表として現れたのは、妙にテンションの高い、ミオとは似ても似つかない大男だった。

(ミオさん……僕のこと、忘れちゃったのかな)

『エンペラー』陣営をちらりと見やる。背の低い彼女は人混みに埋没しているのか、見当たらなかった。

(それなら……思いださせてやる!)

 少年の心に闘志の炎が燃える。

「ライド! 《ドラゴニック・オーバーロード“The X”》!!」

「お! お前のデッキはオーバーロードかぁ!」

 目の前のおっさん(?)が楽しそうに声をあげる。

「“The X”のスキル発動!! デッキから《ドラゴニック・オーバーロード “The TurnAbout”》をソウルイン! “The X”は“The TurnAbout”のスキルを得る!

 コール! 《ドラゴニック・オーバーロード・ジ・エンド》! 《ドラゴニック・オーバーロード・ザ・グレート》!」

「おお! オーバーロード総出演か! やるなぁ!」

 おっさんがいちいち楽しそうに、タツミのプレイングを褒めそやす。

「バトルだ!!」

 ジ・エンドが炎と弾丸の豪雨を降らし、ザ・グレートが炎を纏った拳を叩きつける。

 さらに、その中心に立つ、黄金の鎧に身を包んだオーバーロードが雄々しく剣を掲げると、戦いを終えた2体のオーバーロードも再び立ち上がり、その剣に自らの剣を交差させた。

 それは虚無をも屈服せしめし、最強最後の大君主。

 運命の交錯(クロス)が生んだ自らの幻影を率い、今、新たな伝説を築かん!

「“The X”のスキル発動! 2体のオーバーロードと自身をスタンド! パワー+10000!」

 3体のオーバーロードそれぞれが、携えた黙示録の剣を振り下ろす。たったひと薙ぎで山脈をも断絶する剣閃が三条、対峙する雷竜を情け容赦無く呑み込んだ。

「お、お、おおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 6点目のダメージを受けたおっさんが、情けない悲鳴をあげ――

「おおおおおおおおお――っと、危ない! 治トリガーだぁ!」

 満面の笑みで《ドラゴンダンサー イルジーナ》のカードを見せつける。

 肩透かしをくらったタツミは、思わず椅子からずり落ちそうになった。

(大丈夫。次のターンで決着だ)

 気を取り直してターンエンドを宣言する。

「やるなあ、坊主! さすが、ミオちゃんが認めるだけのことはある!」

「……え?」

 盤面から顔を上げ、タツミはおっさんの顔を見上げた。

「俺のタアァァン!! スタァンド! アンドォ! ドローオォォ! ライドオォォ!!」

 タツミが聞き返そうとするよりも早く、おっさんはゲームをさっさと進めてしまった。

 だが、タツミが言葉を失った理由はそれだけでは無い。彼のライドしたユニットに、思わず見惚れてしまったからだ。

「わあ、ディセンダントだ! カッコイイ!」

「おお! 《抹消者 ドラゴニック・ディセンダント》!!

 このディセンダントは《抹消者 ガントレッドバスター・ドラゴン》のスキルを得ているぞ!」

 この世に二振りしか存在しない『黙示録の剣』

 そのうちの一振りを時の皇帝より賜ったのが、大君主、ドラゴニック・オーバーロードであり。

 もう一振りを賜ったのが、ドラゴニック・ディセンダントと呼ばれる真紅の雷竜である。

 史実では剣を交えること無き帝国の双璧が、此度、少年達のイメージの中で対峙する!

「ディセンダントのスキル発動! 前列のリアガードすべてをバインド!」

 ディセンダントが黙示録の剣を振るうと、稲妻が空を斬り裂くようにして降り注ぎ、オーバーロードの幻影を跡形も無く消滅させた。

「ううっ……僕のオーバーロードが」

「バトルだ!! ディセンダントで“The X”にアタック!!」

 天雷を纏った黙示録の剣を、獄炎を纏った黙示録の剣が受け止めた。強大な力と力がぶつかり合う渦中で、炎は稲妻に引き裂かれ、雷は烈火に焼かれて灰となる。

「ディセンダントのアタックを防いだな!? ディセンダントのスキル発動!! 手札を1枚捨て、ディセンダントはスタンドする!! 再びディセンダントでアタックだ!!」

「くっ……ノーガードです」

「ディセンダント・ドラゴニック・パイルドライバー!!」

「…………は?」

 ディセンダントは黙示録の剣をぽーんと空高く放り投げると、オーバーロードの腰に腕を回し、逆さにして持ち上げ、その脳天を地面へと叩きつけた。

『ディセンダント、貴様っ! 気でも触れたか!』

 無論、その程度で倒れるオーバーロードではない。だが、すぐさま起き上がろうとしたところに落ちてきたディセンダントの剣が、運悪くオーバーロードの胸を貫いた。

『バカ、なっ……!!』

 血を吐き、オーバーロードが力尽きる。

 悪いものに憑かれたとしか思えないディセンダントが両拳を天に突き上げガッツポーズする姿を、この場にいる誰もが見たとか見なかったとか。

「……僕の負けです。ありがとうございました」

 6枚目のカードをダメージゾーンに置いたタツミは丁寧に頭を下げると、肩を落として席を離れる。

「強くなりましたね、タツミさん」

 その時、どこからともなく優しい少女の声が聞こえ、タツミは勢いよく顔をあげた。視線を巡らせ、声の主を探す。

 いつの間にやら人混みの中からひょっこりと、白髪の小柄な少女が姿を現していた。

 少女は満足げに頷くと、白い髪を翻してまた人混みの中へと消えていく。

「ミオさん……ありがとう」

 タツミは少女を追わなかった。

 自分はまだ彼女に敵うファイターではないことは、この一戦で痛感できた。

 ならばいつか胸を張って彼女の前に立てるその時まで。

 それまでは、その背を目標にして見据えるくらいがちょうどいい。

 

 

「もー! 6点ヒールとか、ヒヤヒヤさせないでよ、ライガちゃん!」

「ははっ! 悪い悪い!」

 レイにぺしぺしと叩かれながら、ライガが笑う。

「お疲れ様です、ライガさん」

 どこからか戻ってきたミオもライガをねぎらった。

「おっ、ミオちゃん。お前の言っていた少年とのファイト、楽しかったぞ」

「そうでしょう、そうでしょう」

 まるで我がことのように、ミオが自慢げに胸を張る。

「それで、『ムーン』の試合と、『チャリオット』の試合はどうなりましたか?」

 そして、すぐさま表情を引き締めて尋ねた。

「『ムーン』はともかくとして、『チャリオット』? あ、メチャ強いディメンジョンポリス使ってた男の子のいたお店だね」

「どれ……『ムーン』は勝ち上がっているな。『チャリオット』は……敗退したみたいだぞ?」

 背の高いライガがいち早くトーナメントボードを確認して答える。

「ふむ。ということは、あのディメンジョンポリス使いの少年が特別強かったのでしょうか。彼はまだ会場にいますか?」

「……いや。『チャリオット』の連中は帰っているみたいだなあ」

 所詮はショップ店長達の悪ノリで開催された大会である。負けた後は、早々に自らのショップへと引き揚げてしまうチームも多かった。

「そうですか。それは残念です」

「お姉ちゃん、何でそんなにあの子のことを気にしてるの?」

 不思議に思ったレイが尋ねる。

「彼が高校生だった場合、ヴァンガード甲子園や、高校選手権における障害になりますよ?」

「あ、そっか! 強いファイターは今のうちにチェックしておかなきゃだね」

「……まあ、それだけではないのですが」

「え?」

「観戦できたのはほんの少しだけでしたが、彼のファイトはどこかで……いえ。私は人を見る目がありませんからね。おそらく気のせいでしょう」

 そう言って、さっさとこの話題を打ち切ってしまう。

「『ムーン』が勝ち残ったのは何よりです。次の試合に勝てば決勝戦。皆さん、がんばりましょう」

 だが、次の試合で『エンペラー』がファイトすることは無かった。

 対戦相手である『フール』が昼休憩に出かけたまま帰って来ず、失格となったからだ。

「さすが、ものぐさなファイターが多いことで有名な『フール』だね!」

「それでよくここまで勝ち残ってこれましたね」

 レイは単純に嬉しそうにしていたが、ミオはしきりに首を傾げていた。

『ムーン』も準決勝を勝ち上がり、いよいよ『エンペラー』と『ムーン』の――ミオとサキのファイトが始まろうとしていた。

「約束は守りましたよ、ミオさん」

 激戦を勝ち抜いてきたチームメイトを背にして、サキが誇らしげに告げる。

「ええ。学校や『エンペラー』の外でも、仲間に恵まれたようで。少し妬けてしまいますね」

 ミオはいつも通り無表情のため、それが本気なのか冗談で言っているのかは判断がつかなかった。

 それからふたりは無言でファイトの準備を進めた。

 放課後の部室と変わらない手慣れたやり取り。互いに手の内は知り尽くしている。

 だが、それが負けられない戦いになると、知らない相手と対戦する時とは別種の緊張がのしかかる。

 同じような緊張をミオも感じているのだろうかと、サキは手札越しにミオの様子を窺った。そんな程度で推し量れるほど単純な心の持ち主では無いと知りながら。

「はじめましょうか、サキさん」

「はい。よろしくお願いします、ミオさん」

 涼しい顔でミオが言い、サキは平静を装って答えた。

「「スタンドアップ ヴァンガード」」

 声が合わさり、ふたりのファーストヴァンガードがめくられる。

「《発芽する根絶者 ルチ》」

「《ドラゴンエッグ》!」

 

 

「ライド! 《光戦竜 ギガノブレイザー》!!」

 それは血に濡れたような真紅の装甲で覆われた機械恐竜。特徴的なのは、両腰に装着された長大な巨砲。万里先にいる獲物の気配すら嗅ぎあてるその竜に任された帝国の最新兵器である。

 狙撃手と呼ぶには荒々しすぎる彼方の狩人が、今、遥か地平へと轟く雄叫びをあげて出撃する。

「古代竜からデッキを変えたの? あの子は」

 観戦していた『ストレングス』陣営、中でも現役の聖ローゼカードファイト部員達がざわめく。やはりサキはそれなりに警戒されていたようだ。

(サキちゃんがデッキを変えたことは、アタシ達はもちろん知ってる……)

 それを聞いていたレイが独りごちる。

(本来なら、こんなところで手の内を晒すべきじゃないのに……)

 ヴァンガード甲子園の予選において、聖ローゼが最大の関門となることは、幼い頃からプロアマ問わずファイトを観戦してきたレイは知っている。

(そうまでしてお姉ちゃんに勝ちたいの? やっぱり人間の考えることは、非合理的でよくわかんないや)

「ギガノブレイザーのスキル発動!! カードを2枚ドロー! 手札から《掃討竜 スイーパーアクロカント》! 《恐喝竜 スピノイクストート》をスペリオルコール! この2体に武装ゲージを置きます!

 さらに《サベイジ・シューター》をレストして、アクロカントに武装ゲージを置きます!

 このターン、武装ゲージが3回以上置かれているので、前列ユニットすべてにパワー+5000です!」

 レイの内心など露知らず、サキは生き生きと楽しそうにファイトを続けていた。

「バトルフェイズに入ります!!」

(けど、お姉ちゃんのヴァンガードは……)

 レイが心の中が重々しく呟く。

「《模作の根絶者 バヲン》のスキル発動。このユニットのパワーを、ギガノブレイザーと同じ17000に変化させます」

 瘴気纏いし骨の牡牛がその姿を変貌させる。頭部はバヲンそのまま。胴体より下は紫苑の装甲で覆われたギガノブレイザーへと。

 誇りである巨砲まで模倣され、本物のギガノブレイザーは憤怒の唸り声をあげた。

「ギガノブレイザーでヴァンガードにアタックです!」

 サキの宣言によって、ギガノブレイザーは檻から解き放たれた猛獣の如く飛び出すと、巨砲の照準を不届きな根絶者に向けた。

 それに合わせて、紫苑のギガノブレイザーも鏡に映る虚像の如く巨砲を動かす。

 二条の光線が同時に放たれ、その中心で閃光が爆発した。

「★トリガーでガードします」

「ツインドライブ!! ……2枚とも、トリガーではありません」

 爆風が晴れ、煙の中から無傷のバヲンが姿を現し、頭蓋を上下にカラカラと揺らして嘲笑う動きを見せた。

「アクセルⅡサークルの《烈光竜 オプティカルケラト》でヴァンガードにアタック! アタック時、武装ゲージをオプティカルケラトに置きます!」

「アルバとエルロでインターセプトします」

「《プリズムバード》のブースト、イクストートでヴァンガードにアタックします!」

「《招き入れる根絶者 ファルヲン》でガードします」

「イクストートのスキルは使わなかったか」

「オプティカルケラトに、いい武装ゲージが乗らなかったのかも知れませんね。それに相手がバヲン(アレ)では……」

 と『ストレングス』陣営が囁き合う。

 結局、このターンはアクロカントのアタックのみがヒットし、ミオのダメージは3点に留まった。

「私のターンですね。スタンド&ドロー。

 アルバをコールし、ドロップゾーンからエルロをスペリオルコールさせます。

 そのままバトルフェイズへ」

 必要最低限のユニットだけコールし、ミオはバトルフェイズへと進行する。

(うわ、お姉ちゃん、えげつな……)

 レイは心の中で舌を巻いた。ミオの狙いが読めてしまったからだ。

 サキはこれまでのターン、ドローと武装ゲージで大量のデッキを消費してしまっており、山札は残り10枚前後と言ったところだろう。

 ミオはその山札が切れるまで。たちかぜの性質から言えば、次のターンさえ凌げば、勝ちが転がりこんでくるのである。彼女はサキとの約束通り、本気で、非情なまでに、勝ちに来ていた。

「バヲンでスピノイクストートにアタックします」

「《ヤンガーパラサウンド》でガードです!」

「ツインドライブ。

 1枚目、トリガー無し。

 2枚目、引トリガー。1枚引いて、パワーはエルロに。

 続いて、アルバでイクストートにアタックします」

 消極的なユニットのコールに続いて、執拗なリアガード潰し。サキとしても、ここで主力をやらせるわけにはいかない。

「《激走竜 ブルースプリント》でガードします!」

「《略奪する根絶者 ガタリヲ》のブースト、エルロでヴァンガードにアタックします」

「…………」

 サキはメガネに指で触れながら熟考する。

 現在、サキのダメージは3。そのうち表のダメージは1枚。このアタックを受けた場合、カウンターコストは1枚稼げるが、恐らくスピノイクストートがバインドされ、ガタリヲは手札に戻り守備を固められてしまう。

 まさしく、精神をじわじわと削ってくるようなファイトだった。

(コストがあってもイクストートがやられたら意味はない……)

「《アークバード》で完全ガードです!」

「私はこれでターンエンドです。

 サキさん。部活で言いましたが、そのデッキ、ギガノブレイザーだけでは決定力が足りません。そこを改善しなければ、私はおろか、ヴァンガード甲子園では……」

 ミオの説教を、掌を差し出すことで制し、サキは温存していた1枚のカードに優しい手つきで触れた。

「決定力ならありますよ。初手から……いいえ、私がヴァンガードを始めた時から、ずっと! いつだって!

 スタンド&ドロー!!

 ライド! 吠え猛ろ! 《餓竜 ギガレックス》!!」

 それが現れただけで、天が怯え、地が震えた。

 灼熱色の装甲を武装で飾り立てた、(レックス)の中の(レックス)

 荒れ狂う暴力の権化が、破滅の咆哮を轟かせ、天地を蹂躙する。

「《サベイジ・シューター》をレストして、アクロカントに武装ゲージを置きます。

 シューターの上に《点灯竜 パラサランプ》をコールして、武装ゲージをさらに3枚!

 《烈爪竜 ラサレイトレックス》をコールして、武装ゲージをこのユニットに。

 新たなアクセルⅡサークルに《サベイジ・マーセナリー》をコール。

 これで私の手札は0枚。けれど、準備は整いました。

 行きます! アクロカントの武装ゲージを5つ取り除き、ギガレックスのスキル発動!!

 ミオさんに1ダメージ! アクロカント、オプティカルケラト、イクストートにパワー+5000!」

 鋼鉄をも破壊する王の咆哮がバヲンを圧し潰し、牡牛の骨に似たその全身に無数のヒビをいれた。

「ダメージチェック……トリガーではありません」

「もう一度! 残りの武装ゲージもすべて取り除き、ギガレックスのスキル発動!!

 ミオさんに1ダメージ!! マーセナリー、アクロカント、オプティカルケラトにパワー+5000!」

 再度放たれた咆哮に、世界そのものが耐えきれず、山は崩れ、地面が割れ、空気すら歪み、バヲンを粉々に打ち砕いていく。

(そっか。ギガレックスのスキルには1ターンに1回の制限なんて無いんだ……)

 レイがもともと大きな瞳を更に見開いて驚いた。

 それはレイが部室で見たデッキとは全くの別物だった。すべてがギガレックスの為に組まれたデッキで、ギガノブレイザーですら補助でしか無い。

(こんなの……聖ローゼの人に、絶対に見せちゃダメなのに)

 心臓が踊るように脈打ち、拳の中で汗が滲むのを感じる。

(それなのに、何でアタシの心はこんなにも高揚しているの……?)

 レイが自問している間にもファイトは進む。

「ダメージチェック……★トリガー。パワーはアルバに」

 ここでバヲンの脆さも露呈する。メインフェイズの時点でバヲンにパワーを与えたとしても、そのパワーはバトルフェイズ開始時に変動してしてしまうのである。

「バトルフェイズ!」

「バトルフェイズ時、バヲンのパワーは12000に変化します」

「ギガレックスでバヲンにアタック!! アタック時、マーセナリーとアクロカントに武装ゲージを乗せ、ギガレックスにパワー+35000! 合計パワーは47000です!!」

「…………ふふっ」

 これまでいつも以上に無表情でファイトを続けていたミオが、思わずと言った感じで相好を崩した。

「立派になりましたね、サキさん。……ノーガードです」

 満面の祝福の中に、一抹の悔しさを滲ませてミオが宣言した。

「ツインドライブ!!

 1枚目、2枚目、トリガーはありません」

「思えば、あなたと私が出会ってちょうど1年になりますか。気が弱くてオドオドしていたあなたは、もういないのですね」

 懐かしむように、ミオがデッキの上からカードをめくり――

「む」

 小さく声をあげた。

「治トリガーです。ダメージ回復ですね」

 そして、何事も無かったかのようにいそいそとダメージを回復する。

「ええええええええええっ!?」

 それを見ていたレイが悲鳴にも似た叫びをあげた。

「ちょっ! お姉ちゃん! 今の、完全にサキちゃんがお姉ちゃんに勝つ流れだったじゃん! 空気読みなよ!」

「そう言われましても」

 ミオが困ったように首を傾げる。

「ふふふ。いいんです、レイちゃん」

 だが、当のサキは楽しそうに笑っていた。

「ミオさんは、常に私と同じダメージになるよう調整して、治トリガーを狙ってましたから。

 ですよね、ミオさん?」

「さあ、どうでしょう」

 ミオは肩を小さく竦めた。

「私はアラシさんではありませんからね。確率論的には正しいとしても、治トリガーが前提のプレイングはしませんよ。ですので、そうせざるを得ない状況まで私を追いこんだことは誇ってもいいのではないでしょうか」

「はい、そうします」

 会話をしながら、ふたりはファイトを続けていた。だが、バヲンがトリガーでパワー増加しているのもあって、残りのアタックはことごとくがガードされてしまう。

「ターンエンドです」

 全てのアタックを終え、サキが宣言した。

「私のターンですね。スタンド&ドロー。

 ライド、《波動する根絶者 グレイドール》

 イマジナリー・ギフト、フォースⅠをヴァンガードサークルに置きます。

 グレイドールのスキルでギガレックスをデリート。イクストートを裏でバインド(バニッシュデリート)

 そして、グレイドールの後列に《速攻する根絶者 ガタリヲ》をコールします。」

 サキの山札はすでに1枚。

 ミオがターンエンドを宣言すれば、それで勝利は確定する。しかし、彼女はそれをしなかった。今の時間が終わらないことを願うようにゆっくりとプレイを続け、サキも穏やかな表情で、それを見つめていた。

「バトルです。

 ガタリヲのブースト。グレイドールでヴァンガードにアタックします」

「はいっ! ノーガードです!」

 グレイドールから放たれる波動を、サキは両腕を広げて受け止める。

「次こそ負けませんからね、ミオさん」

「ええ。いつでも受けて立ちましょう」

 真っ白な虚無に呑み込まれながら、サキは目元に涙を滲ませ、ミオは胸を張ってそれに微笑み返した。

 

 

 ショップ対抗戦

 優勝 エンペラー

 準優勝 ムーン

 特別賞 チャリオット




5月の本編をお送りさせて頂きました。
今回は謎のディメンジョンポリス使いが顔見せです。正式な登場はもう少しお待ち頂ください。
そして、ひさびさ登場した『あの子』にも注目です。
ディセの暴走にマジレスするオバロかわいい。

書いていて楽しかったのは『デビル』のファイター。
中指立ててシャッフルするのは「ファックシャッフル」、中指立ててドローするのは「ファックドロー」と、それぞれ名前もついています。
一応、元ネタもあるのですが、分かる方だけ分かって頂ければ。
愉快なヤンキーは大好物です。

それでは、次回、5月15日前後、フェスティバルコレクション2021のえくすとらでお会いしましょう!
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