「《餓竜 ギガレックス》で、《時空竜騎 ロストレジェンド》にアタック!」
「むー……ノーガード、かな」
カードショップ『エンペラー』のファイトスペースで、響星学園カードファイト部の面々は、日曜日である今日も練習を続けていた。
「ダメージチェック……アタシの負けだね」
「ふむ。サキさんのデッキは、だいぶ仕上がってきましたね」
「はい! 来月にはヴァンガード甲子園の予選が始まりますからね! 去年のようなカッコ悪いファイトはできません!」
外は生憎の雨模様だが、『エンペラー』は盛況で、ファイトスペースの席はほとんどが埋まっており、アルバイト店員の
「去年って?」
「そこは気にしなくていいから! そんなことより、レイちゃんのデッキは大丈夫?」
「うーん……勝率悪いし、少しデッキに手を加えてみようかな」
「超越先のユニットを少し欲張りすぎている感じはありますね。相手や状況に応じて、柔軟に対応できるのもギアクロニクルの強みではありますが、一度、G4のユニットを2~3種類に絞ってみるのはいかがでしょう」
「うん。その方向で調整してみるよ」
「ではその間、サキさんは私とやりましょうか」
「はい! よろしくお願いします」
席を入れ替え、先輩ふたりがファイトをしている隣で、レイはデッキのカードをテーブルに並べ、不必要と判断したカードを抜き取り、そこに新たなカードを加えていく。
「《餓竜 メガレックス》で《迅速な根絶者 ギアリ》にアタックです!」
「ノーガードです」
入れ替えるカードはほんの数枚だったため、調整自体はものの数分で終わったものの、ミオ達はまだファイトの途中である。
(あー! 早く新しいデッキを回したいよー)
奇数、それも3名という少なすぎる部員数の弊害である。誰かが対戦していると、必ずひとりが余ってしまうのだ。
本来なら先輩の対戦を観戦して勉強しなければならないところだが、今は改良したデッキを試したい気持ちの方が強かった。
どこかに対戦相手はいないものかと視線を巡らせていると、トントンと指で肩を叩かれる感触があり、振り向くと、そこにはいつの間にかアリサが立っていた。
「対戦相手を探してるんでしょ? ファイトスペースの隅に、1時間ぐらいじっとしてる女の子がいるから、声かけてあげたら?」
(お客さんの応対しながら、そんなとこにまで気を配ってたの、この人!?)
1時間ぐらいじっとしている女の子とやらはともかく、自分が暇になったのはほんの数分前である。レイが記憶している限り、アリサは品出しや客対応などで忙しく、よそ見している余裕などほとんど無かったはずである。ミオが「アリサさんは地味にすごい人ですよ」とか彼女を評価していたが、なるほど。気遣いと、俗に言うコミュ力が半端ない。人に紛れて生きるため磨き上げた自分のコミュ力も、恵まれた容姿を含めて自信はあったが、本物には敵う気がしなかった。
「ほんと!? ありがとね、アリサさん!」
内心の畏怖はおくびにも出さず、レイはアリサがさりげなく視線で示した先へとてくてく移動する。
そこには小柄な体躯をさらに縮こませた少女が、俯きがちになって実に居心地悪そうに席についていた。手前のテーブルには、ケースから出した状態のデッキが置かれており、どことなく「ファイトしたいんですけど、誰か声をかけてくれませんか」という控えめな主張が感じられる。
(ファイトしたいなら、自分から声をかけたらいいのにね)
そんなことをしていても、おそらく事態は好転しない。2時間でも3時間でもファイトスペースに座り続けたまま時間を無駄にしていただろう。今回は、アリサのようなよく気が付く人間と、今の自分のようなファイトに飢えた者が揃ったが故の奇跡である。
「ねっ! よかったら、アタシとファイトしない?」
「ひっ!?」
レイが気さくに声をかけると、小柄な少女は小動物のように肩をビクッと震わせた。もちろん正面から話しかけたので、レイの接近に気付いていなかったこともないだろうに。
「は、はい……。あの……何かご用でしょうか?」
少女が怯えたような上目遣いで尋ねてくる。
「いや、だからファイトしようって」
レイが頬に一筋の汗をたらしながら繰り返した。
「あ、ファ、ファイトですか……。私なんかとファイトしても面白くもなんともないと思いますけど、それでも構いませんか?」
「何それ!? ヴァンガードなら、誰としても楽しいから、大丈夫だよ!」
「そ、それもそうですね……。ふふふ……私なんかがファイトしても楽しんで頂けるヴァンガードって本当に素敵ですね」
そう言って、少女は卑屈に笑う。
レイは「正面、座るね」と断って、席についた。
近くに窓があるためか、ファイトスペースの喧噪に紛れて雨音がしとしと聞こえ、湿度がじわりと増した気がした。
「……はっ! もし、それでもなおファイトを楽しんで頂けなかったら、それはヴァンガードでは無く、私自身の欠陥ということに?」
そんなことを言って、少女がまた勝手に落ち込む。
「えっと、アタシの名前は
それはもう無視して、レイは話を進めた。
「あ、私は
「もう致命的なくらいに印象に残っちゃってるよ!?」
自己紹介を経て、ようやくレイはマナと名乗った少女をじっくりと観察することができた。
顔立ちは整っており、ミオとはまた違ったお人形感がある。白い肌と無表情からミオをビスクドールと喩えるなら、マナは大きな瞳が印象的な美少女フィギュアか。声もアニメ声だ。
髪は見事なソバージュで、どこか絡まり合う蔦を連想させた。
「とにかくよろしくね、マナちゃん!」
そう言って、レイが手を差し出すが、肝心のマナは大きな瞳をさらに見開いて固まった。
「マナ、ちゃん……?」
やがてポツリと確認するように呟く。
「あ、ごめん。いきなり名前で呼んじゃって、気に障ったかな? 年も近そうだし、いいかなって思ったんだけど」
「……私、こう見えて高校1年生なのですが」
「アタシも高校1年生だよ!?」
「えっ!? し、失礼致しました。私、てっきり小学生かと……」
「せめて中学生と間違えてくんないかな!?」
恵まれた容姿でも、子ども扱いされるのはイヤなのだ。
「ああ……これはもう死んで詫びるしか……」
「死ななくていいから! その性格で、いちいち命を以て償ってたら、命がいくらあっても足りないし! ていうか、よく15、6年生き残ってこれたよね!?」
「ここが私の死に場所かと」
マナが悲壮な決意で頷いた。
「気にしてない! 小学生扱いされたことなんて、アタシはぜーんぜん気にしてないからね!」
レイがヤケになって心にもないことを喚いた。お世話になっているカードショップで、万が一にでも舌を噛み切られたらたまらない。
「で、話がまた逸れたけど、マナちゃん、でいいんだよね?」
「あ、はい。気に障ったわけではないんです。私には女の子の知り合いがいなかったもので……。ちゃん付けで呼ばれたことなんて無く、むしろ新鮮で驚いてしまったんです」
「ふーん、そうなんだ」
確かに友達はいなさそうだなと、失礼なことを心の中で思う。
「私は地元の高校のカードファイト部に所属しているのですが、先輩は男の人ばかりで、いつも名前を呼び捨てにされてますし。まあ、私みたいな根暗な女に、かわいらしい呼ばれ方はおこがましいので、仕方ありませんね。ふふふ……」
「そんなことない! マナちゃんはかわいいよ! アタシがアナタのことをマナちゃんって呼んであげるし、今日からアタシがマナちゃんのお友達だよ!」
「いいんです……気を遣って頂かなくても。私のことなんて、どうかゴミクズとお呼びください」
「呼べるかっ!」
「先輩も、私のことをたまにワカメとか呼びますし……」
マナが緩やかに波打つ髪に触れながら言った。
「え、ひどっ」
「ええ、ひどいんです。今日も『お前には度胸が足りないから、修行が必要だ』とか言い出して、こんなにも人が多いカードショップに連れて来られた挙句、私を放置してどこかへ行ってしまったんです。
ですが、これも私の至らなさが招いた罰。ぼっちの憂き目にひたすら耐えていたところを、時任さんに声をかけて頂いた次第です」
「えー。どっちかって言うと先輩のパワハラじゃないかな? その先輩が帰ってきたら、アタシが文句言ってあげるよ」
「いえ、いいんです。あの人はきっとのらりくらりとかわしますから……」
「それに、アタシのことも名前で呼んでくれていいよ。何なら、アタシのこともちゃん付けで呼んでみる?」
「そんな畏れ多い! むしろレイ様とお呼びすべきところでは……」
「そんな呼び方したら絶交だかんね!?」
ツッコミの連続で、レイの息はいつの間にかハァハァとあがっていた。
「で、では……レイ、ちゃん、で」
マナが初対面の人間に対する子猫のように、上目遣いで怯えながら確認してくる。
「うん、改めてよろしくね、マナちゃん」
レイが満面の笑みでそれに答えた。
「は、はい! よろしくお願いします……レイ、ちゃん」
それだけ言うと、マナは顔をほころばせ。
「……うれしい」
そう小さくつぶやいた。
(あ、かわいい)
初めて見るマナの笑顔に、レイは素直にそう感じた。
「それじゃ、そろそろファイトしよっか」
「は、はい! でも、あの……私、本当にファイトが弱くて。部の先輩にも、勝てたことが無いんです。きっと退屈させてしまうと思いますけど……」
「あはは! 先輩に勝てないだなんて、そんなのアタシも同じだよ。ほら、あそこでファイトしてるのが、アタシの先輩。ふたりともすっごく強くてまいっちゃうよ」
ちなみにレイは、ミオはおろか、サキにもあまり勝てていないのが現状である。だからこそ練習を重ねて、もっと強くなりたいのだ。
そんな話をしながらファイトの準備を整えた両者が、ファーストヴァンガードに手を添える。
「いくよ、マナちゃん!
スタンドアップ!」
「あ、ヴァ、ヴァンガードっ」
「《プライモディアル・ドラコキッド》!」
「は、《春待ちの乙女 オズ》!」
ネオネクタール。
農作物の生産と流通を管理し、実に全世界の食料の40%以上を掌握する巨大商社。
惑星クレイの胃袋を支える台所であり、それは実質的に支配者であることを意味する。
そう。彼らの『要望』に逆らえる国家など、この世界には存在しないのだ。
「《メイデン・オブ・スタンドピオニー》にライド」
先攻のマナが、まずはG3にライドする。
純白の花吹雪が視界いっぱいに広がり、それが晴れると、ホワイトドレスを纏った花乙女が、気高き笑みを浮かべて花畑に佇んでいた。
「イマジナリーギフト、フォースⅠは左前列のリアガードサークルに置きます。
そして、スタンドピオニーのスキル発動。プラントトークンを2体、スペリオルコールします」
白き花乙女が、魔法をかけるように指を振るう。
それだけで大地に新たな命が芽吹き、美しく咲き誇る――はずだった。
(……うっ!)
突如として眼前に飛び込んできたイメージに、レイが心の中で悲鳴をあげる。
それもそのはず、乙女の呼び声に応え現れたのは、小さな花の精霊などではなく、ジメジメとした気配を漂わせ、大地をびっしりと覆い尽くす苔の群れだった。
「ふふふ……何が見えているんですか?」
マナが妖しげな笑みを浮かべながら尋ねてくる。
「え!? い、いやー……かわいいお花かなー」
「……そうですか。私の先輩はいつもこうおっしゃいます。『お前とファイトしてると、プラントが辛気臭い苔に見えてくるんだよな』と」
「そ、そうなんだー。ひどいねー」
内心びっしりと冷や汗をかきながら相槌を打つ。レイの白々しい嘘など、とっくに見抜かれているのではないかという想像が頭をよぎった。
そんなレイの焦りを知ってか知らずか、マナは淡々とゲームを進めていた。
「《矢車菊の花乙女 イーネス》をコール。山札の上から5枚見て……《共栄の騎士 クレイグ》をスペリオルコール。
《霊木の賢者 イルミンスール》をコール。1枚引いて、同じ縦列のユニットのパワー+5000」
ファイト前の弱気な言動とは裏腹に、マナのプレイングに淀みは無く、むしろ手慣れた動きのひとつひとつからは相当の練習量を感じさせた。
(それでも勝てないって言うんじゃ、多少ネガティブになっちゃうのは仕方がない……のかな?)
強すぎる先輩に勝てないのは自分も一緒である。レイは目の前の少女に、改めて同情と共感を覚えた。
「バトルフェイズです。
ブラントでブーストしたイルミンスールでヴァンガードにアタックします」
「えっと……イルミンスールのスキルでパワー+5000ずつされてるから……合計パワー25000でいいのかな?」
「いえ……クレイグがいるので、プラントのパワーはさらに+5000されています」
「あ、そっか!」
「ややこしくてごめんなさい。死にます」
「死ななくていいから! 《スチームメイデン ウルル》でガード! 《ロストブレイク・ドラゴン》でインターセプト!」
「プラントのブースト。イーネスでヴァンガードにアタックします」
「ノーガード。ダメージチェック……引トリガー!! 1枚引いて、パワーはヴァンガードのイルカブに!」
レイのダメージゾーンに3枚目のカードが置かれる。これでお互いのダメージは3点で並んだ。
「クレイグのブースト、スタンドピオニーでヴァンガードにアタック時、クレイグ以外の4体を退却させてスキル発動」
スタンドピオニーの両脇を固めていたバイオロイドやドリアードが土へと還っていく。
「咲き誇れ、私の花たちよ!
4体のプラントをスペリオルコール!」
そして、スタンドピオニーが腕を掲げると、土塊が盛り上がり新たな苔がじゅるじゅると誕生した。何も咲き誇っていない。
「スタンドピオニーのアタックは《リクレイムキー・ドラコキッド》でガードだよ!」
「2枚貫通ですね。
どうせダメだろうけど、ドライブチェック。
1枚目……2枚目……やっぱりどちらもトリガーではありませんでした」
勝手にネガティブな予想をして、勝手に落ち込むのはやめてほしいとレイは思った。
「けど、フォースサークルにいるプラントのアタックは、まだ通ります。ヴァンガードにアタックします」
ずるずると這いずるようにして苔がにじり寄る。
これだけは止めなければならないと、レイは直観した。
「クイックシールドを使うよ!」
レイの眼前に展開された半透明に輝く盾が、苔の侵蝕を食い止める。
「やっぱり防がれてしまいました。
前列のプラントを2体退却させ、ドロップゾーンの《メイデン・オブ・フラワーカーペット》を手札に戻してターンエンドです」
「アタシのターン! スタンド&ドロー!!
ライド! 《時空竜騎 ロストレジェンド》!!」
フォースⅠを獲得しながら、レイはバインドゾーンに目をやる。そこには《ロストブレイク・ドラゴン》のスキルでバインドしたG4のカードが1枚。
「ロストレジェンドのスキル発動! 手札から《ロストギアドッグ エイト》を捨てて、
竜人の騎士が剣を高々と掲げると、遥かなる時を遡り、随所に錆の浮いた金属でできた獅子が、鋼鉄を裂くような咆哮をあげて姿を現した。
「ロストレジェンドのスキルで1枚ドロー!
アイソレイト・ライオンのスキル発動! デッキの上から1枚見て、スペリオルコール! 《時空竜 タイムリーパー・ドラゴン》!
手札から《スチームハンター リピット》をコール! リピットのスキルでドロップゾーンのロストブレイクをバインド!」
この時点で、バインドゾーンの合計グレードは5。これではまだ足りない。
「アイソレイト・ライオンのもうひとつのスキル! リピットを退却させ、デッキから《リノベイトウイング・ドラゴン》をスペリオルコール!
リノベイトウイングのスキル発動! このユニットとタイムリーパーをバインド! 山札の上から3枚見て……《思い出を守るギアパピィ》、《スチームガード カシュテリア》をスペリオルコール! 《テキパキ・ワーカー》をバインド!
そして……《スチームメカニック・ナブー》をコール!」
「お見事です」
突然、手札を丁寧にテーブルに置いて、マナが拍手した。
「これでターンエンド時には、バインドゾーンの合計グレードがぴったり19枚になるというわけですね。完璧なプレイングです。お見それしました」
(かなり早口で進めちゃったのに、この子はそれについてきた……?)
実のところ、レイもそこまで計算していたわけではない。手札にはまだユニットをバインドできるカードがあったので、これだけあれば足りるだろうという雑な計算でファイトを進めていたのだ。
「ふ、ふふん! まーね! すごいでしょ!」
本心を悟られぬよう、反り返るくらい胸を張ってごまかす。
「はい。これはもう私の負けでいいかと……」
「いや、ミステリーフレア出す前に投了とかしないでよ!?」
ツッコミで調子を取り戻したレイは、改めてユニットをコールし、バトルフェイズへと移行する。
「カシュテリアのブースト! ナブーでヴァンガードにアタック! ナブーのスキルで、ドロップゾーンのリピットをバインド! そして……」
「私はグレード1以上をコールできない。5000要求にも関わらず、トリガーユニットを切らされる、的確なプレイングですね。それは★トリガーの《ダンガン・マロン》でガードします」
「バトル終了時、ナブーはソウルインして1枚ドロー!
続いて、ギアパピィのブースト! アイソレイト・ライオンでヴァンガードにアタック!」
「ノーガードです」
「ツインドライブ!!
1枚目、引トリガー! 1枚引いて、パワーはロストブレイクに! 2枚目はトリガー無しだよ!」
マナが置いた4枚目のダメージもトリガーでは無い。
「ギアパピィをバインド! 1枚ドロー! これでバインドゾーンのグレード合計は19!
リッブルのブースト、ロストブレイクでヴァンガードにアタック!」
「《ウォータリング・エルフ》でガードです」
「アタシはこれでターンエンドだよ」
「……このターンで勝てなければ、きっと私はおしまいですね」
マナ呟き、レイは手札と盤面を見比べる。自分のダメージはまだ3。手札は潤沢。このターン中に負ける要素は無いように思えた。
「スタンド&ドロー。
《メイデン・オブ・スタンドピオニー》へ再ライド。
ギフトは右前列へ。プラントを2体スペリオルコール。
《メイデン・オブ・フォールヴァイン》をプラントの上にコール。1枚ドロー。……さらにフォールヴァインをもう1枚。ドロー。
……バトルです」
だが、ジットリとした目で宣言するマナと目が合い、レイの全身に怖気が奔った。
「プラントのブースト、フォールヴァインでヴァンガードにアタックです」
「《リンリン・ワーカー》、《クロノトゥース・ティガー》でガード!」
「もう一度……プラントのブースト、フォールヴァインでヴァンガードにアタック」
「《リクレイムキー・ドラコキッド》と《ラッキーポット・ドラコキッド》でガード! ロストブレイクでインターセプト!」
これでレイの手札は3枚。うち1枚は完全ガードで、もう1枚は超越のために温存しておかなくてはならないG3のカードだ。
「クレイグのブースト、スタンドピオニーでヴァンガードにアタック。4体のリアガードを退却させ、スキル発動」
マナが、そしてスタンドピオニーが、優雅に腕を振り上げる。
「狂い咲け、私の花たちよ!
4体のプラントをスペリオルコール! そして、すべてのトークンと、スタンドピオニーのパワーに+10000!」
周囲の土が盛り上がり、再び苔状の植物が誕生する。だが、それだけではなかった。それぞれの苔からしゅるしゅると蔦が伸び、小さな花を咲かせたのだ。
けして存在を主張するわけではないが、深緑の台座の上で華憐に佇む、かわいらしい薄桃色の花だった。
「きれい……」
レイが思わず声を漏らした。
「あの……どうしました?」
イメージと呼ぶには現実感がありすぎる、まざまざと眼前に広がる美しい光景に目を奪われていると、マナが怪訝そうに声をかけてきた。
「あ、ごめん! アタシのガードステップだったね。えっと……ノーガードだよ」
「では、ツインドライブ……!!
1枚目、治トリガー。ダメージ回復して、パワーは右列のプラントへ。
2枚目、★トリガー。★はスタンドピオニーへ。パワーは左列のプラントへ」
「……あ」
花乙女が、純白の手袋に包まれた細い指を指揮者のように振るうと、それに合わせて無数の白い花びらが生物のように波打ち、騎士竜に襲い掛かった。
魔力の込められた花びらの1枚1枚が、金属の鎧を容易く斬り裂き、同等の堅さを誇る鱗をも深くえぐっていく。
「ダ、ダメージチェック……2枚ともトリガーじゃない……」
震える声でレイが告げる。
「では、プラントのブースト。ブラントでヴァンガードにアタック!」
「ノ、ノーガード……」
そして、薄桃色の花弁が妖しく輝いたかと思うと、苔が全身を大きく広げ、怪物の如く騎士竜を呑み込んだ。
「ダメージチェック……アタシの負けだよ」
6枚目のカードをダメージゾーンに置き、半ば放心状態になってレイが告げた。
「……え? 私、勝てたんですか?」
「勝てたよ! むしろ圧勝で、アタシの完敗だよ!」
信じられないと言いたげな様子で小首を傾げるマナに、ひとしきり声を荒げてから。
「強すぎる……。マナちゃん、アナタはいったい……? ……ううん。そんなアナタでも勝てないような先輩達って、いったい何者なの?」
真剣な眼差しと、震える声音で、マナに問いかけた。
マナが口を開くよりも早く、ぱちぱちと軽い拍手が鳴り、音のした方へと振り向くと、ミオが小さな掌を打ち合わせていた。その隣にはサキもいる。
「おふたりとも、いいファイトでした」
「あ、お姉ちゃん! 紹介するね! さっきお友達になった柊マナちゃんだよ!」
レイに紹介されたマナが深々と頭を垂れる。
「柊マナと申します。どうかムシケラとお呼びください」
「音無ミオです。よろしくお願いします、マナさん。妹とのファイトに付き合って頂いてありがとうございます」
ミオはマナの卑屈な自己紹介をバッサリ無視した。そのスルー力が自分にも欲しいとレイは思った。
「そんな……お見苦しいファイトをお見せしてしまいました。私が勝てたのも運がよかっただけです」
「そんなことない! マナちゃん、めちゃくちゃ強かったよ!?」
「ほう。では、次は私とファイトしませんか? 私は妹より強いですよ」
興味津々な様子のミオにファイトを申し込まれたマナだったが、少女は困ったように壁にかけられた時計と、ショップの出口がある方向を交互に見た。
「その、すみません。そろそろ時間が……」
マナが何かを言いかけた、その時だった。
「いらっしゃーい! ……ん? セイジ君!? ひっさしぶりー!!」
「お久しぶりです。天道先輩!」
アリサの素っ頓狂な声と、堅苦しいがよく通る声が、出口あたりから聞こえてきた。ミオとサキが思わず顔を見合わせる。
「ミオちゃん達なら奥にいるよ。会ってくでしょ?」
「はい。失礼します!」
そんなやり取りが聞こえた後、髪を短く刈り込んだ、異常に背の高い男がファイトスペースにぬっと現れた。
「おっ、いたいた!」
続けて、ボサボサな長髪の、背の低い男が、背の高い男の背後からひょっこりと顔を出した。
「セイジさん!? アラシさん!?」
「おー! サキちゃん、おっひさー!」
小さな男がぶんぶんと手を振って、メガネが割れんばかりに驚くサキに答えた。
背の高い男、
背の低い男、
ふたりはヴァンガード甲子園常勝の強豪高、
「おひさしぶりです。わざわざこちらまでファイトしに来たのですか?」
「いーや。忘れ物を取りに来ただけだぜ」
尋ねるミオに、アラシがにやにや笑いながら答える。
その間に、セイジは大股でミオの横を通りすぎると、マナの前に立って口を開いた。
「そろそろ船が出る。帰るぞ、マナ」
「ひどいです、セイジさん。知らないショップに私を置き去りにするだなんて」
立ち上がったマナが、セイジの袖を子供のように掴み、上目遣いになって彼を責めた。
「……え? もしかしてその子って……」
サキがぽかんと口を開きながら質問になってない質問をし、その意図を汲んだセイジが、マナの肩に手を添え、答えた。
「紹介しよう。彼女は我が天海学園カードファイト部の1年。柊マナだ」
「なるほど。どうりで強いわけです」
ミオが納得したように頷く。
「その様子だと、誰かマナと対戦してくれたようだな」
「くっくっく、作戦通りじゃねえか」
ここで何故かセイジが苦笑し、アラシが楽しそうに笑う。
「どういうことですか?」
とミオが尋ねた。
「ああ。コイツはな。実力はあるんだが、対戦相手が俺様やヒビキみたいなトッププレイヤーばかりだろ? まったく勝てなくて、すっかり自信を無くしちまってな。
だから、自分の強さを自覚してもらうため。ついでに度胸もつけてもらうため。島の外にいる連中とファイトさせてやろうって話になって、このカードショップに放置してやったのさ。ここなら響星の連中とファイトできるってオウガから聞いてたしな」
「それはそうかも知れませんが、何故、私たちと?」
「私達の知る限り、君達が島の外で最もヴァンガードを楽しんでいるファイターだからだ」
セイジがアラシの後を継いで答えた。
「ふむ。理由になっていない気もしますが、悪い気はしない評価ですね」
「『ストレングス』に放り込んで、フウヤ君あたりに万が一でも負けたら逆効果だしな」
さらに余計な一言をアラシが付け足す。
(万が一フウヤさんに遭遇することではなく、万が一フウヤさんに負けることを心配するような言い方ですね)
つまり、アラシの評価では、ヴァンガード高校選手権準優勝の実績を持ち、ミオと同等の実力者である小金井フウヤより、1年生の柊マナを上に見ているということだ。
「では、名残惜しいが、船の時間もあるので、これにて失礼する!」
「はい。次はヴァンガード甲子園で会いましょう。今日はいらっしゃらないようですが、ヒビキさんにも伝えておいてください」
「ああ、伝えとくぜ。だから予選敗退なんてすんじゃねーぞ。けけけっ」
そう言って、セイジとアラシはマナを伴って店を出ていった。
「またのお越しをー」
アリサの声が遠く聞こえてくる。
「……ふうっ。気さくな方々とは言え、やっぱりあの人達の前に立つのは緊張しますねー。独特の雰囲気があるというか……」
サキが大きな息をつき、額の汗を拭いながら言った。
「……え? さっきの人たちって、天海学園? あの? 去年のヴァンガード甲子園で優勝した?」
そして、セイジ達が現れてから、何故か一切の声を発さなかったレイがようやく口を開いた。
「そうですよ」
ミオが肯定する。
「ちっさい人が葵アラシさんで、おっきい人が清水セイジさん? 本物の!?」
「あ、そうか。レイちゃんはテレビでよくファイトを観戦してるんだっけ」
サキも子供の頃から、高校生のファイトを観ていたので、レイの気持ちがよくわかった。これまでテレビの中の存在だった人物が、急に目の前に現れて興奮しているのだ。それも……
「え!? なかよくお話してなかった!? お姉ちゃん、サキちゃん、あのふたりと知り合いなの!?」
「はい。私は何度か言葉を交わしただけですが」
「私はセイジさんとファイトしたことあるよ」
ミオが淡々と言い、サキは少し自慢げに胸を張る。
「えーっ!! 羨ましい!! アタシのことも紹介してよ! あー、サインももらいそこねたよーっ!!」
カードショップ『エンペラー』では、しばらくレイの叫びが木霊することになった。
「で、どうだったよ?」
雨はいつの間にかやんでいた。
ばしゃばしゃと水たまりを蹴とばすように歩きながら。アラシがマナへと振り向いて尋ねた。マナはセイジの大きな背にさっと隠れながら、おずおずと口を開く。
「勝てたのは私の運がよかっただけですし、対戦相手の方はきっと手加減をされていたので、自分の未熟さをつくづく実感したファイトだったと……」
「そんなことを聞いてんじゃねえ」
レイが聞いたら「アタシ超本気だったんだけど!?」とツッコミが返ってきたであろう感想を、アラシはぴしゃりと遮った。
「え?」
「楽しかったかって聞いてるんだ」
「それは、その……」
ファイトの一部始終を。特に大逆転に成功したラストターンを思い出し。
「はいっ!」
やがて力強く頷いた。
「ならよかった」
セイジが堅い相好を僅かに崩して微笑むと、マナの頭にその大きな掌を優しく押し当てた。
彼らの行く手には七色の橋が薄くかかり、まるで少女の成長を祝福しているかのようだった。
ネオネクタール使い、柊マナの登場です!
何、この子。
書いてて、メチャ楽しいんだけど。
次の本編はミオにとって、そして根絶少女という作品にとっても、最後のヴァンガード甲子園。
いつも以上に、お楽しみにして頂ければ幸いです。
では、次回は『伝説との邂逅』のえくすとらでお会いしましょう!