ヴァンガード甲子園予選・関東Bブロック。
その会場は騒然としていた。
ここ10年以内で、出場さえできれば、優勝以外の結果を残したことの無い常勝校、
ただ、騒ぎの渦中にいるのは、もちろん天海学園である。
天海学園が負けた。
などということは、当然ながらありえない。
むしろ、天海のファイトが始まる前から事件は起きていた。
「ひ、ひどい……」
「舐めやがって……」
「誰なんだ、アイツは!?」
非難や憎悪の視線が、天海学園の生徒達を取り囲んでいる。
「ど、どどど、どういうことなんですか、このオーダーはぁ!?」
その中で、天海学園の1年生、蔦が絡まったようなソバージュの髪が印象的な少女、
その紙には、天海学園の代表メンバーと、対戦順が記されていた。
先鋒 柊マナ
中堅
大将
1年生のマナが代表に選出されているばかりか、部長である
そのオーダーが公開されるや、天海学園が会場に現れた時点で諦めムードだった他校が怒りに燃えた。そしてその怒りの矛先は、ほとんどが無名の1年生であるマナに向けられた。
あの子は本当に天海の先鋒を務められるほどの資格があるのか。あわよくば1勝くらいできるのではないか。天海に土をつけたというステータスは、どのファイターにとっても魅力的だ。
アラシなどは「腑抜けどもにもプライドのひとかけらくらいは残っていたか。くけけっ」などと嬉しそうに笑っていたが、奇異と打算の只中に晒されたマナはたまったものではない。オーダー表を片手に撤回を求めていたのだが。
「何で俺様に言うんだよ。このオーダーを考えたのは、ヒビキだぜ?」
アラシが肩をすくめながら、10年来の親友へと視線を向けた。銀髪碧眼の美少年は、その視線も、周囲の喧噪も意に返さず、薔薇の香りを優雅に堪能していたが。
「え? てっきり私は、またアラシさんが私にいじわるをしているものだとばかり……」
「何でそうなるんだよ!?」
アラシが怒声を発し、マナは「ひっ」と悲鳴をあげながら、セイジの巨大な背に隠れた。
「日頃の行いだ」
セイジがきっぱり断じると、マナをなだめるように、優しくその背を撫でる。
「マナ。私から説明しよう。
来年、再来年と、我が天海学園には新入生の見込みが無いことは知っているな?」
「あ……はい」
天海学園は本州から遠く離れた離島にある小さな村に存在する。人口の少なさに比例するように子どもも少なく、毎年の新入生は1、2人いればいい方。いないこともざらにあり、来年、再来年は、運悪くそれが連続するのだ。
「つまり、今年のヴァンガード甲子園が、君にとって最後のヴァンガード甲子園になる。それなのに補欠では気の毒だと思って、ヒビキが君に席を譲ったのだ」
「そんな。それでは、ヒビキさんは……」
「心配はしなくていい。決勝大会では、私がヒビキと代わる」
「はっ! みんな大人だねえ」
アラシが大仰に肩をすくめて、鼻で笑った。
「つっても、補欠も大将も、ファイトできないって意味じゃ、そんな変わんねーがな。俺も今日はファイトできるとは思ってねーよ」
「え? どういう意味でしょうか」
「セイジはもちろん、お前も、そんじょそこらのファイターに負けるわけねーだろ」
「そんな……。私でまず1敗は覚悟していたのですが」
「ありえねえ。ちょうどいいから、お前は外のレベルを知ってこい。そして、自分の実力を自覚しろ。自分がどれほどとんでもない連中と毎日ファイトしていたのかもな」
マナを安心させるように。はたまた誇るように、アラシがニヤリと口の端を曲げた。
なお、後にマナが知った話ではあるが、ヒビキが大将を降りると決めた時、真っ先に大将に立候補したのはアラシだったと言う。
「話はまとまったようだね」
手にしていた薔薇を胸のポケットに挿し直し、これまで無言だったヒビキがようやく口を開いた。
「決勝大会もボクが補欠でよかったのだけれど、生憎と約束があってね。マナにプレッシャーをかけるつもりはないが、皆、この大会は勝ち抜いてほしい」
アラシとセイジが頷いた。マナは首を傾げた。
「もっとも、ボクもアラシと同じで、キミ達が負けるところは、まったく想像できないのだけどね」
そう言うヒビキの表情は、揺らぐことのない絶対的な信頼に満ち溢れていた。
「約束?」
レイがこてんと首を傾けた。
ヴァンガード甲子園予選・関東Aブロック、第1回戦。
先鋒のサキが「勝ってきますよ! ミオさんには約束もありますしね」と、自信満々で出ていった直後の話である。
「ええ。天海学園はご存じですよね」
「そりゃあもう!」
小学生の頃からテレビでヴァンガード甲子園を見て育ったレイにとっては、憧れのヒーローのような存在である。
「去年のヴァンガード高校選手権で、そこの大将、綺羅ヒビキさんに負けた後、約束をしたんです。全国大会で再戦をすると」
「ヒビキ様!?」
「様て」
そう言えば、はじめて会った時も、そんな敬称をつけていたような気もする。
「あれから半年、私なりにできることはやってきたつもりです。ですが、彼と再戦するには、まずこの予選を勝ち抜かなければなりません」
「そういうことなら任せて! アタシ、頑張っちゃうよ! あわよくば、ヒビキ様にサインをもらえるかも知れないし!」
「学年が違うとはいえ、あなたもヒビキさんとファイトする可能性はあるんですよ? ライバル相手にみっともない行動は控えてください」
「むー……そっかぁ。アタシがヒビキ様とファイトするなんて想像もつかないけど、その可能性もあるんだよね」
レイが項垂れながらも納得したあたりで。
「《餓竜 ギガレックス》で、ヴァンガードにアタック!」
サキの、試合を決定づけるアタック宣言が聞こえてきた。
「さすが早いですね」
ミオが満足そうに頷く。
「じゃ、次はアタシだね。見ててね。アタシがお姉ちゃんを全国に連れていくんだから!」
「ええ。期待していますよ」
サキと入れ替わりに、レイが出ていく。
「《時空竜 タイムリーパー・ドラゴン》で、ヴァンガードにアタック!!」
そして、危なげなく1回戦を突破するのであった。
「レイさんも、ぎりぎり仕上がりましたね」
2回戦を前にして、1回戦のファイトを総括していたミオがそう締めくくった。
5月までは伸び悩んでいたレイだが、6月に天海学園の柊マナとファイトしてから、同学年の実力者とファイトして火がついたのか、めきめきと上達し始めた。
今なら、1年前のサキやオウガよりは強いはずである。十分に優勝は狙える布陣だ。
「して、次の対戦相手は……
ミオはサキとレイに目を向けた。高校のデータについては、このふたりの方がミオよりもよっぽど詳しい。
「……ヴァンガードでは、そこまで有名な高校では無かったと思いますね」
サキが記憶を探るようにしながら答えた。
「うん。確かサッカーの強豪じゃなかったかな。
レイもそれに追従した。
「なるほど。だからと言って、油断をしていい理由にはなりません」
ふたりは承知しているとばかりに頷いた。
結局はこの結論に至るので、ミオはあまり他校や他者の情報を収集しないのではあるが。
『第2回戦が始まります。先鋒のファイターは所定の位置へ―――』
広い会場にアナウンスが響き渡る。
「あ、行ってきますねー」
去年、ガチガチに緊張していたのが嘘のように、近くのコンビニへお菓子が切れたので買いに行くような気安さで、サキがファイトテーブルへと向かう。
「頼もしくなったものですね」
ミオが昔を懐かしみながら、うんうんと頷いていると。
「……!! お姉ちゃん、あれ!」
レイが突如として大きな声をあげ、サキの対戦相手を指さした。
人としてマナー違反ではあるが、レイの指さす方向を見て、それを嗜める余裕は吹き飛んだ。
「あの人は……」
そこには、あどけなさを残した黒髪の少年が席についていた。
「ショップ対抗戦で、ミコトさんを破ったディメンジョンポリス使い」
それを言葉にした直後、少年がこちらを振り向き、フッと微笑んだような気がした。
夜空に鮮烈な輝きを放つ紅の月。
それを仰ぐようにして吼え猛るのは、血塗られた装甲の武装恐竜――ギガレックス。
月に群がるようにして無数の蝙蝠が集まると、大鎌を携えた吸血鬼――否、それを模した機人であるブラドブラックが姿を現した。
ここぞとばかりに、ギガレックスが全身に装備した武装をブラドブラックに解き放つ。次々と飛来する、自身とそう変わらない大きさの鉄片を、ブラドブラックは霧へと姿を変えてやり過ごす。
さらに、ブラドブラックは恐竜の背後で再び実体化すると、大鎌を無造作に振るった。野性的な勘でそれを察知したギガレックスが僅かに身をよじる。斬り落とされた武装が地面に落ち、その数瞬後に爆発した。反応が僅かに遅れていれば、落とされていたのはその首だっただろう。
怒れるギガレックスが尾を振るうが、ブラドブラックは夜空へと跳躍して回避すると、その姿を無数の蝙蝠へと再び変じた。
蝙蝠達が、ギガレックスの眼前で集まり、新たな姿を成していく。
その隙を逃すギガレックスでは無い。腕に装着した武装を鈍器のように振るい、群れの中心めがけて叩きつける。
それを群れの中から現れた細い腕が受け止めた。細い腕、とは言っても目の前の巨竜に比肩する長大な腕だ。さらに、同じような腕が3本、蝙蝠の中から生え、続いて、その腕の持ち主が全貌を現した。
それは二面四臂を持つ、双頭の怪物だった。その背に巨大な翼を生やしてはいるものの、太い両足は大地を踏みしめ、宵闇の中、赤黒い体色の巨体を不気味に聳え立たせている。
それはかつてスターゲートを壊滅寸前まで追い込み、数多のヒーローを葬ってきた、生ける絶望。
名は《銀河超獣 ズィール》と記録されている。
ズィールの全身に埋め込まれたクリスタルが青、赤、黄。様々な色に発光する。次の瞬間、クリスタルから幾条もの熱光線が放たれた。色こそ様々だが、その全てが一兆度を誇る、触れるもの全てを蒸発させる死の光線である。
夜の闇と静寂は、一瞬にして七色の灼熱地獄へと変じた。
その中で、ギガレックスは嗤うように吼え続けていた。武装のほとんどは熱量に耐え切れず誘爆し、全身の傷口を業火が焙っても。地獄こそが我が住処であるとばかりに、狂ったように叫び続けた。
その背後に新たな蝙蝠が群れ集い、恐竜の首筋に大鎌が添えられる。
そして、再び宵闇に静寂が訪れた。
「ごめんなさい。負けちゃいましたー」
「その割には楽しそうですね」
「え?」
戻ってきたサキが、ミオに指摘され、顔に手を当てる。その顔がほころんでいることに、自分でも気づいていなかったらしい。
「ごめんなさい。さっきのファイトが面白くて、つい……」
「いえ。私達の目的は、カードファイトを楽しむことです。勝ち負けは二の次でいいのですが」
「そうだよサキちゃん! あとはアタシとお姉ちゃんにまかせて!」
そう言って、レイが意気揚々とファイトテーブルへと向かう。
「5月のショップ対抗戦で、『ストレングス』に勝った少年をご存じですか?」
レイがファイトの準備をしている間に、ミオが尋ねる。
「はい。私がさっき負けた男の子ですよね。対『ストレングス』は、私が所属していた『ムーン』最大の課題だったので、あの結果は印象に残ってます」
「実際にファイトしてみて、いかがでしたか?」
「え? うーん……」
ミオがここまで身内でもない他人を気にするのは珍しいと思い、サキは一瞬、言葉に詰まった。
「スタンドアップ! ヴァンガード!! 《プライモディアル・ドラコキッド》!!」
そうしている間にレイのファイトが始まり、しばらくふたりは無言になって、視線でレイにエールを送る。
「アタシのバインドゾーンのグレード合計は14! フォースⅡと合わせて、★3の《時空竜 ミステリーフレア・ドラゴン》でアタック!!」
そして、レイは見事に勝利を収めた。
「へっへー。相手に完ガが無いと思って、思い切っちゃった」
「はい。いい判断でした。9月にヒールガーディアンが登場したら、難しくなる戦い方ですけどね」
ミオがステマをしながらレイを労い、入れ替わりにファイトテーブルへと向かう。
思わぬ伏兵がいたものだが、ミオは内心嬉しくて仕方がなかった。サキもレイも強くなったがため、大将だとファイトの機会がほとんど無いのではないかと、正直、やきもきしていたのである。
「ギヴンでヴァンガードにアタック。リアガードのジャルヱルと手札3枚をドロップし、★3のグレイドールをスタンド。再び、グレイドールでアタックします」
そして、容赦無く勝利した。2回戦突破である。
「さっすがお姉ちゃん!」
「ありがとうございます、ミオさん!」
戻ったミオを、ふたりの後輩が満面の笑みで出迎える。
「ふむ。楽しいファイトでしたが、特別強いファイターのようには思えませんでしたね。サキさんに勝ったあの人だけが、図抜けていたのでしょうか」
「あ、そのことなんですけど……」
ミオが首を傾げ、サキが控えめに手を挙げる。
「負けた私が言うのも何ですけど、あの子も……その、強いファイターだとは感じませんでした。
なんというか、ミオさんや、天海、
ただ、物凄く楽しそうにファイトされていて……私もそれに乗せられて、夢中になってファイトしているうちに、気がついたら負けていた。
そんな感じなんです」
「ふむ……」
「なんだか少し前に、よくそんなファイトをしていたような。ふふ、どうしてでしょう。少し懐かしくなりました」
「奇遇ですね。私も似たファイトスタイルに覚えがあるような気がしてきました」
「ねーねー。こんなところで話し込んでるよりもさ。今日の対戦表を見たら、名前くらいは分かるんじゃないの?」
腕を組みながら、仲良く首を傾げ合うミオとサキの間に、レイが1枚の紙を差し入れた。
それは参加者に渡されるパンフレットで、表にはトーナメント表が。裏には各校の代表選手の名が細かい文字で記されている。
「そうだね。見てみようか」
レイからパンフレットを受け取ったサキが、メガネの位置を直しながら金城高校の名を探す。
「えーと、金城、金城……ありました! えっと、先鋒は……1年生の
いつも大人しいサキが、らしからぬ素っ頓狂な声をあげ。
こちらも珍しく、目を全開に見開いて驚きを表現したミオが、他のふたりと顔を見合わせた。
「《メイデン・オブ・スタンドピオニー》でヴァンガードにアタックします。アタック時、4体のトークンをスペリオルコール!」
「ノーガード……くそっ! 俺の負けだ……」
「ご、ごめんなさい。私の運がよかったみたいです。ありがとうございました」
テーブルを叩いて悔しがる対戦相手を後目に、マナはそそくさとその場を離れ、セイジ達の下へと戻ると、一礼して報告する。
「対戦相手の方が手加減してくださったおかげで、今回も勝ちを拾うことができました」
「いや、対戦相手の彼も本気だったと思うがな……」
セイジが苦笑しながら答えた。
「え? ですが、前のターンにユニットをコールしなければ、次のターンの私のアタックは高確率で凌げましたよね? それに、あの方の手札なら、先行を取ったスタンドピオニーのアタックは防いだ方が……」
「そういうのは手加減じゃなく、プレイングミスって言うんだよ」
にやにや笑いながら、アラシが会話に割り込む。
「くくくっ。ネガティブも過ぎると、ただの煽りだぜ?」
「あっ、そんなつもりでは……。気をつけます……」
「いいっていいって。1年になら勝てると勘違いしたザコには、いい薬だろうよ。けっけっけ」
「……では、行ってくる」
アラシの物言いに若干顔をしかめながらも、結局は何も言わず、セイジがファイトテーブルへと一歩を踏み出す。彼もマナが侮られていることに、内心では憤りを感じているのかも知れない。
「おう。できれば負けて、俺様にもファイトさせてくんねーかな」
「断る」
この日、天海学園はいつも通り全勝して、全国行きの切符を手にすることになる。
それから、ミオ達も危なげなく勝ち進み、いよいよ準決勝まで駒を進めた。途中でレイが一度負けたものの、ミオがしっかりフォローしている。
安定感の出てきたサキに、むらはあるものの勢いもあるレイ。そして、絶対的な抑えとしてミオを大将に据えた
そんな彼女達の次なる対戦相手は――
(ショップ対抗戦ではかませ犬みたいな扱いでしたが。この大一番で私達の前に立ち塞がるのは、やはりあなた達ですか)
ミオがパンフレットから目を離し、ちらりと視線を向ける。
その方向には、もともと険しい瞳をさらに鋭く尖らせてこちらを睨みつける神薙ミコトが。そして、彼女の率いる聖ローゼ学園の面々がいた。
「わー。すっごい気迫だねー。ショップ対抗戦の時とは、全然ちがうよ。これが本気になった聖ローゼ学園かぁ」
レイが聖ローゼ陣営に聞こえないように囁く。驚いてはいるが、緊張はしていないようだ。何事にも物怖じしないのは、実力以上に彼女の強みと言える。
「ショップ対抗戦など、彼女達にとっては遊びのようなものですからね。わざわざ『ストレングス』として参加していたのも、今にして思えば、私や、他の実力者の偵察ができればよしという考えだったのでしょう」
「それなのに、お姉ちゃんも、サキちゃんも、本気でファイトしちゃうんだもんなー」
「私達の目的は、まさしくその遊びですからね」
非難がましいレイの視線を、ミオがしれっと答えてかわした。
「今日、ミコトさんとすれ違ったんですけど、挨拶すらしてくれませんでした」
サキが悲しそうに目を伏せながら言う。
「フウヤさんはマメですから、毎回、挨拶に来てくれたんですけどね。ミコトさんは、大きな大会ではそんな感じですよ」
同じ聖ローゼの部長でも、スタンスは結構違うらしい。ミコトは敵との馴れ合いをよしとしないようだ。
2年前、フウヤの前の部長、
「安心してください、サキさん。大会が終われば、ミコトさんは何事も無かったかのように遊びに誘ってくれますよ。届くメッセージの量も、何故か2割増しです」
ありえそうな話だ。とサキは苦笑した。
きっとつっけんどんな態度を取ったことを気にしているのだろう。ミコトは責任感が強すぎるだけで、本質的には寂しがりな少女なのである。
「では、行きましょうか。せっかくの1年に1度の大会です。今回ばかりは彼女達の流儀に倣って、勝ちを目指すとしましょうか。それがヴァンガードを余すことなく楽しむということです」
ミオはスッと目を細めて、冷徹な視線をミコトに向けた。
ミコトは一瞬、びくっと肩を震わせたものの、すぐに剣呑な笑みを浮かべ応えて見せた。
決戦の火ぶたは切られたのだ。
先鋒戦は、サキと、聖ローゼ学園2年の
「あなたが相手ですか。我々の1勝は決まったも同然ですね」
先に席についていたヒカルがくっくっくと大袈裟に笑う。
「あ、十村君! 代表に選ばれたんだね! おめでとー」
見下した相手に何故か祝福され、ヒカルは少し椅子からずり落ちながら頭を抱えた。
「やれやれ。あなたに安い挑発は通じませんね」
「ううん。私と十村君の間に実力差があるのは事実だもん」
言いながら、サキも席につく。
「けど、今日だけは負けないから」
そして、メガネの奥にある瞳を精一杯に鋭くして宣言する。
「……面白い! ショップ対抗戦では
「「スタンドアップ! ヴァンガード!!」」
「《ドラゴンエッグ》!」
「《救装天機 レーシュ》!」
――このファイトが、ここまで一方的なものになるとは、誰が予想しただろうか。
「ギガレックスのスキル発動! ヴァンガードに1ダメージ!」
《特装天機 マルクトメレク》のスキルで回復したダメージを、またすぐに詰められ。
「スイーパーアクロカントでマルクトメレクにアタック!」
「ちっ。《恋の守護者 ノキエル》で完全ガード!」
手札に温存していたマルクトメレクも切らされ。
「私はこれでターンエンドです」
サキからターンを渡された時には、ヒカルはダメージ5、手札0の状態にまで追い詰められていた。リアガードすらインターセプトで全滅している。
「くっ……こんなはずでは。スタンド&ドロー……」
引いたカードは
(負けるのか、この僕が。こんなところで……)
皮膚が裂けかねない強さで、自身の額や頬をかきむしる。
「そうだ……負けるわけにはいかない……少なくとも僕は、あなたには負けない……!!
《特装天機 マルクトメレク》のスキル発動!!!」
(自滅!?)
マルクトメレクのスキルは、ドロップゾーンからユニットをスペリオルコールする代償に、自らに1ダメージを与える。すでに5ダメージを受けているヒカルがスキルを発動した場合、ダメージチェックで治トリガーを引けなければ、その時点で負けが確定する。
もっともサキの手札には完全ガードが1枚握られており、ヒカルもそれを承知している。マルクトメレクのスキルでユニットを展開する以外に勝ち筋が無いのも事実である。
だが、ヒカルが逆転のためにマルクトメレクのスキルを発動したようには、サキには見えなかった。
「待って、十村く……」
「ドロップゾーンから《救装天機 ラメド》を2体、《救装天機 ザイン》をスペリオルコール。これでこの茶番はおしまいだ。ダメージチェック……」
マルクトメレクが6枚あった翼の、最後の1枚を乱暴に掴み、むしり取る。
同じようにして、ヒカルがデッキの上からカードをめくる。
「…………ありえない」
そのカードを見て、ヒカルがポツリと呟いた。それから数瞬の沈黙の後、吐血するように叫ぶ。
「ダメージチェックで出た《神装天機 シン・マルクトメレク》のスキル発動!!
手札を1枚捨て、このカードにスペリオルライド!!」
傷だらけだったマルクトメレクの装甲が輝きに包まれ、新たな純白の装甲を纏ったマルクトメレクへと再誕した。背負いし
「すごい! この状況でシン・マルクトメレクを引くなんて!」
一転して追い詰められた状況にも関わらず、サキが嬉しそうに歓声をあげた。
「……引けるはずはなかったんだ。デッキの中にシン・マルクトメレクは、もう1枚しか残っていなかった。こんなの、運がよかっただけだ……」
「なら、きっとデッキが十村君に応えてくれたんだね」
「夢見がちなことを……!! 僕はエンジェルフェザーの戦い方が自分に合っているから、その力を利用しているだけだ! カードに信頼など、微塵も無い! そんなもので確率という絶対的な存在は揺らがない!
これがフリー対戦なら投了していたところだが、チームのため、勝たせてもらう!
ラメドのブースト! シン・マルクトメレクでギガレックスにアタック!! ラメドのスキルで、このアタックは守護者でガードできない!!」
「……ノーガードだよ」
6枚の手札と、4枚のダメージを見比べ、サキが宣言した。
「ツインドライブ!!
1枚目、ノートリガー。
2枚目…………
マルクトメレクが、手にした剣を高く掲げる。それは太陽の光を浴びて山吹色に輝き、ギガレックスを断罪するかの如く振り下ろされた。
黄金の一閃が大地ごと敵を裁き、マルクトメレクは再び天に昇る。白い羽根の軌跡を残しながら。
「ダメージチェック……負けました」
6枚目のカードをダメージゾーンに置いたサキが、残念そうに告げる。
「……見苦しいファイトをお見せしてしまったことを謝罪します」
ヒカルは慇懃に頭を下げると、逃げるようにファイトテーブルから離れていった。
(十村君……)
その寂しげな後ろ姿から、サキはしばらく目を離すことができなかった。
「見てられないファイトだったわね」
自陣営に戻ったヒカルを出迎えたのは、聖ローゼ学園の部長、
腕組みをしながら、ヒカルと目を合わせようともせず、素っ気なく言い放つ。
「返す言葉もございません。今回の件は猛省致します。ですが、勝ちはしましたよ。文句は無いでしょう?」
いつも以上に皮肉めいたヒカルの言い草に、ミコトは顔をしかめたが、彼女が何か言い出すよりも早く、弟の神薙ノリトが割って入った。
「もちろんだよ。ゆっくり休むといい」
「お言葉に甘えさせて頂きますよ」
そう答えて、ヒカルはふらふらと他の部員達の下へと埋没していった。
「次は僕の番だね。勝っていいんでしょ、姉さん」
一歩踏み出そうとしたところで、姉の方を振り返り、ノリトが確認する。
「当たり前よ。ファイトして負けるつもりはないけれど、わざわざミオとファイトするリスクを冒す必要は無い。勝てる相手に、確実に2勝する。それが響星の攻略法よ」
「勝てる相手、ね」
ノリトが苦笑する。
「その勝てる相手に去年負けたのは、誰と誰なんだろうね」
「あんたね……!!」
鬼の形相になって睨みつけてくるミコトの視線を軽やかにかわし、ノリトは今度こそファイトテーブルに向けて一歩を踏み出した。
「油断はしないって意味だよ。それじゃ、行ってきます」
「お疲れ、サキちゃん!」
戻ってきたサキが何か言い出すよりも早く、レイがペットボトルに入った水を差し出して出迎えた。
「うん。ありがと。……ごめんね、負けちゃった」
水を一気に飲み干して、サキが力無く項垂れる。
「気にすることはありません。いいファイトでした」
「そうだよ! 後はアタシが頑張るからさ!」
ミオとレイが口々にサキを労う。サキは目頭が熱くなったが、どうにか泣くことだけは堪えた。
「次の相手は、ノリトさんのようですね」
ミオが聖ローゼ陣営に目を向けて呟く。
「そうみたいですね……。あれ? でも、どこか……」
ファイトテーブルまでゆっくり歩いてくるノリトの様子に違和感を覚え、サキは何度もメガネをかけ直した。
「ええ。私にもわかります」
ミオやサキの知るノリトは、勝負に対して厳しいところはあれど、基本的には温和な人柄だった。
だが、今のノリトは悪鬼や修羅に喩えても足りないほど、憤怒の形相を浮かべていた。
「今のノリトさんは、怒りに燃えています。これは厳しい戦いになりそうですね」
実力はあるが勝負弱い。
それが神薙姉弟に対する世間の評価だった。
2年前のヴァンガード高校選手権で、当時まだ無名だったミオに姉弟揃って負けたのを皮切りに、去年のヴァンガード甲子園では、ノリトがアリサに、ミコトがサキに。ヴァンガード高校選手権では、ノリトがオウガに。いずれも圧倒的有利という下馬評を覆されて敗北している。
ここぞという場面で無名のファイターに負ける姉弟は、誰からも期待されず、今年のヴァンガード甲子園優勝はおろか、全国出場も危ういのではないかと噂されていた。
(そしてまた、この重大な局面で僕と対戦するのが、響星の1年と言うわけか……)
対面に座した、2年前のミオによく似た少女を観察する。
ショップ対抗戦や、今日の試合で、何度もファイトは偵察させてもらったが、素養は見え隠れすれど凡庸な少女だった。聖ローゼのような環境で徹底的に鍛えれば、今頃はひとかどのファイターに育ったかも知れないが、現時点では経験が不足している。普通に考えて、自分が負ける相手ではない。
そして、そういう相手に、自分はいつも足をすくわれてきた。
「? よろしくお願いしますね!」
こちらの視線に気づいたのか、小首を傾げて二つ括りにした髪を揺らしながら、あざとく挨拶をしてくる。こういうところはミオに似ていない。
「……ああ、よろしく」
デッキをシャッフルする手は止めず、ノリトは平静を装って淡泊に答えた。どれほど内心で昂っていても紳士的な態度は崩さなかったフウヤは、改めて偉大だと感じる。
「僕はもう二度と君達には負けない……」
「え?」
相手に聞こえるか聞こえないかの声で宣言し、デッキを叩きつけるように置いてカードを5枚引く。
「何でもない。はじめようか」
「う、うん!」
「「スタンドアップ ヴァンガード!!」」
「《プライモディアル・ドラコキッド》!」
「《インシピアント・ロングテイル》!」
「行くよ、相棒!
ライド! 《時空竜騎 ロストレジェンド》!」
先行を取ったレイが、まずはG3ユニットにライドする。
真鍮の鎧を纏った騎士竜が、機械仕掛けの剣を振るい、姿を現した。
「手札から《時空竜 タイムリーパー・ドラゴン》を捨てて、
まずはロストレジェンドのスキルで1枚ドロー! さらにアイソレイト・ライオンの登場時スキルで、山札の上から1枚をスペリオルコール! 《スチームメイデン・ウルル》!
アイソレイト・ライオンの起動スキルでウルルを退却、山札から《リノベイトウイング・ドラゴン》をスペリオルコール!」
そしてレイはリノベイトウイングのスキルで、バインドゾーンのグレード合計を6にする。
「《スチームメカニック ナブー》をコール!
バトルだよ!
ナブーでヴァンガードにアタック! アタック時、ドロップゾーンのタイムリーパーをバインド!」
「《白燐の魔術師 レヴォルタ》でインターセプト」
「ナブーをソウルインして1ドロー!
《思い出を守るギアパピィ》のブースト、アイソレイト・ライオンでヴァンガードにアタック!」
「ノーガード」
「ツインドライブ!!
1枚目、
2枚目はトリガー無し!」
「ダメージチェック……トリガーじゃないよ」
ノリトのダメージゾーンに置かれたカードは、これで2枚。
「ギアパピィをバインドして1ドロー!
《スチームブレス・ドラゴン》のブースト! 《ロストブレイク・ドラゴン》でヴァンガードにアタック!」
「……ノーガード」
さらに3枚目のカードがダメージゾーンに置かれ、レイはターンエンドを宣言する。アイソレイト・ライオンも、ロストレジェンドに戻った。
「スタンド&ドロー。
ライド。《白虹の魔女 ピレスラ》
イマジナリー・ギフトはフォースⅡを左前列のリアガードサークルに」
桃色の髪をした童顔の魔女が、箒を模した杖をくるんと回転させてから地面に突き立てた。
彼女を中心に巨大な魔法陣が広がり、戦場が輝きに包まれる。
「ふむ……」
いったん手札を置き、ノリトは睨みつけるようにして対戦相手の盤面を確認する。リアガードが2体で、バインドゾーンのグレード合計は14。ダメージは3。
「魔女相手に迂闊な展開はしない、か。まるきり初心者というわけでもなさそうだ」
「当然でしょ! これでも小学3年生の頃からヴァンガードやってるんだから! ヴァンガード歴8年のベテランだよ!」
「小3から始めたのなら、ヴァンガード歴7年じゃないかな」
冷淡に指摘し、再び手札に目をやる。
「コール。《源泉の魔女 フィクシス》
ヴァンガードとグレードが同じなので、スキルのコストはソウルで支払う。
山札の上から4枚見て、フィクシスを手札に加える。残りのカードは山札の下に。
さらにそのフィクシスをコール。山札の上から4枚見て、今度は《猫の魔女 クミン》を手札に加える。
ピレスラのスキル発動。フィクシスを手札に戻し、フィクシスを再びコール。4枚見て、《純白の魔女 ソルティ》を手札に。
クミンをコール。クミンのスキルで、フィクシスを手札に戻し、フィクシスをコール。《蛙の魔女 メリッサ》を手札に」
(す、すごい、この人……)
みるみるうちに増えていくノリトの手札に、レイは内心で圧倒されていた。
「クルートを2体コール。それぞれソウルチャージ5、ソウルチャージ6。
さて……このターンに僕がコールした魔女、魔術師は7体。よってソウルブラスト7でピレスラのスキル発動!
魔女、魔術師のパワーを+10000! ピレスラに★+1!」
魔女が杖を掲げ、天空に次々と魔法陣を描き出す。魔法陣は魔術師達の手にする杖や使い魔に宿り、更なる力を与えた。
「バトルだ!
フィクシスのブースト、ピレスラでヴァンガードにアタック!」
魔女が杖を向けると、無数の光球が宙に浮かび、一斉にロストレジェンドめがけて襲い掛かった。
「《スチームガード・カシュテリア》で完全ガード!」
ロストレジェンドの前に立ちはだかったエンジニアの少女が、機械仕掛けの盾を展開し、すべての光球を叩き落とす。
「ツインドライブ!!
1枚目、トリガー無し。
2枚目、★トリガー!! 効果はすべて右前列のクルートに! そのクルートでアタック!」
「ウルルでガード! ロストブレイクでインターセプト!」
「フィクシスのブースト、クルートでヴァンガードにアタック!」
「ノーガード! ダメージチェック……1枚目、2枚目、どっちもトリガー無し!」
「……僕はこれでターンエンドだ」
「ふーっ、耐え切ったぁ!」
レイが大袈裟な仕草で汗をぬぐう。
「アタシのターン! スタンド&ドロー!!
《時空竜騎 ロストレジェンド》にライド! イマジナリーギフト・フォースⅠを左前列のリアガードに!」
これで全ての前列にフォースⅠが配置された。
「《ロストブレイク・ドラゴン》をコール! ロストブレイクのスキル発動! アタシが手札からバインドするカードは……」
手札から1枚のカードを見せつける。
ノリトの表情が僅かに歪んだ。それは、このファイトでノリトが初めて見せた感情らしい感情だった。
「《絶界巨神 ヴァルケリオン》……」
そのカードの名を苦々しく呟く。
「そーだよ! ヴァルケリオンのグレードは5! これでバインドゾーンのグレード合計19達成だよ!!」
「ジェネシス使いの前で、やってくれるじゃないか……」
一度崩れた鉄面皮は元には戻せず、怒りと楽しさがないまぜになったような笑みをノリトは浮かべた。
「ふふん! あとはユニットをコールして……時空超越!! 《時空竜 ミステリーフレア・ドラゴン》!!」
ロストレジェンドが地面に剣を突き立てる。たったそれだけで大地が二つに割れたかと思うと、そこから閃光と共に黄銅色に輝く機械巨竜が、ロストレジェンドと入れ替わるようにして姿を現した。
巨竜はまるで吐息するかのように、その口元から蒸気を噴き出し、鉄の翼を広げて天に翔ぶ。
「ミステリーフレアのスキル発動!!
ミステリーフレアにドライブ、★+1!
アタシのユニットすべてにパワー+10000!
そして……。
バトルだよ!!
《ロストギアドッグ エイト》のブースト! ミステリーフレアでヴァンガードにアタック!!」
天を衝くほどに長大な、巨竜の携えた2問の砲が、地上にいる魔女めがけて、遥か上空から放たれる。
「《純白の魔女 ソルティ》で完全ガード!」
翠緑の光線がピレスラに届く直前、白い法衣の魔女が間に立ち、障壁を張って光線を受け止める。
「トリプルドライブ!!!
1枚目、★トリガー! 効果はすべて《スモークギア・ドラゴン》に!
2枚目、治トリガー! ダメージ回復! パワーはスモークギアに!
3枚目はトリガー無し!
《テキパキ・ワーカー》のブースト! ロストブレイクでヴァンガードにアタック!」
「《戦巫女 ククリヒメ》、《謹厳のマーキュリー》、《隕星の魔術師 ヴァーイン》でガード! クイックシールドも使用する!」
10枚あったノリトの手札が、みるみるうちのその数を減らしていく。
「スチームブレスのブースト! スモークギアでヴァンガードにアタック!!」
「ダメージチェック……1枚目、2枚目、どちらもトリガー無しだ」
ノリトがふーっと吐息して、目を閉じ、天井を仰いだ。
(……いける! アタシは勝つ! 勝って、お姉ちゃんに繋ぐんだ!!)
勝利を目前にしたレイは、ノリトが漏らした小さな呟きを聞き逃していた。
「……届いたか」
と。
「アタシはこれでターンエンド。エンド時に、ミステリーフレアはロストレジェンドに戻るよ。フォースⅠは右前列に。
……そして!!
手札をすべて捨てることで、アタシは追加のターンを得る!!」
ミステリーフレアの姿がかき消え、ロストレジェンドが再び姿を現す。ミステリーフレアが消失する際に残した、巨大な時計の文字盤を背にして。
その時計の針がゆっくりと動き出す。それはやがて凄まじい勢いで回転し、魔女達の
「アタシのエクストラターン! スタンド&ドロー!!
スチームブレスを《テキパキ・ワーカー》の上にコール! スチームブレスのスキル発動! 山札の上から5枚見て、ロストレジェンドを手札に加えて、そのままロストレジェンドを捨てるよ。これでこのターン手札を捨てたので、スチームブレス2体のパワーは+5000!
いくよ! バトル!
エイトのブースト! ロストレジェンドでヴァンガードにアタック!!」
「ノーガード……」
「ツインドライブ!!
1枚目、引トリガー! 1枚引いて、パワーはロストブレイクに!
2枚目、治トリガー! パワーはスモークギアに!」
ロストレジェンドが駆け、時を早送りして加速し、一瞬で肉薄した魔女めがけて剣を振り下ろす。
(やった! 勝ったよ、お姉ちゃん……)
勝利を確信して、ミオのいる方向へと振り向く。
姉はいつも通り無表情で。
その視線が「気を抜くな」と雄弁に語っていた。
「!?」
レイが慌てて盤面へと目を戻す。
「治トリガー。ダメージ回復」
袈裟懸けに斬り裂かれたはずの魔女が、傷跡ひとつ残さず、平然と立っていた。
「……つっ! まだ、リアガードのパワーは、ギフトとトリガーで十分なんだから! スチームブレスのブースト! ロストブレイクでヴァンガードにアタック!!」
「ノーガード。ダメージチェック。治トリガー」
喜ぶでも驚くでもなく。それがまるで規定事項であるかのように、ノリトは淡々と処理を進めた。
「な、なんで……?」
レイが手札を取り落としそうになる。
「無駄だよ。もう君のアタックは、僕に6点目のダメージを与えることはない。けっして」
「!! そ、そんなこと、なんでわかるのよ!?」
「よく考えればわかることだ。ベテランなんだろう?」
「ぐっ……」
揚げ足を取られ、レイが歯噛みする。だが、そのおかげで冷静さを取り戻し、今の状況を把握できた。
「フィクシスで……カードをずっと山札の下に戻してた」
「ご名答。フィクシスのスキルで、治トリガーを3枚並べた。嘘だと思うなら、ヴァンガードにアタックしてみるといい。僕はリアガードにアタックすることを勧めるけどね」
「……スチームブレスのブースト。スモークギアでヴァンガードにアタック」
「敵の口車には乗らないか。いいファイターだよ、君は。
ノーガード。ダメージチェック。治トリガー」
「…………」
「ターンエンドでいいかな?」
唇を噛み切らんばかりの強さで噛みしめて悔しがるレイに、ノリトが優しく声をかけた。
「……どうぞ」
レイが絞り出すように答える。
「スタンド&ドロー。
君は強かったよ。ここまで追い詰められるとは予想もしていなかった。やはり
だからもう君にターンは渡さない。魔術師デッキの奥義で、確実に終わらせる。
ピレスラのスキル発動。クルートを手札に戻し、コール。ソウルチャージ6。これで準備は整った。
《蛙の魔女 メリッサ》をコール。スキル発動。さあ、デッキから5体のユニットをスペリオルコールするんだ」
レイがしぶしぶ言われた通りに、デッキの上から5枚をめくりユニットを上書きしていく。
「クミンをコール。スキル発動。メリッサを手札に戻し、再びメリッサをコール。もう一度、デッキから5体のユニットをスペリオルコールしてもらおうか」
人を呪わば穴ふたつ。一度は時間を奪われた魔女の呪いによって、今度はギアクロニクルの未来が消失していく。
「僕はこれでターンエンドだ」
「……アタシのターン。……スタンド&ドロー」
レイの手の中で、今、最後の時のひとひらが消えていった。
山札が0枚になったのだ。
「よしっ!!」
普段は冷静沈着なノリトが、拳を握りしめて喜びを露わにし。
レイは自分の掌を、虚ろな瞳でぼんやりと見つめていた。
「……ごめんね。負けちゃった」
ふらふらと危なっかしい足取りで戻ってきたレイは、瞳の焦点は定まっておらず、口元には渇いた笑みを貼り付けていた。
「あはは。ダメだね、アタシ。みんなと一緒に、あんなに練習したのにさ……」
ぐしゃぐしゃとよく手入れされた髪をかきむしる少女を、ミオは優しく抱きしめた。
「いいんです。今のあなたの感情は、私がよく知っています。お疲れさまでした」
「……うん。ごめんね、お姉ちゃん。……本当にごめんなさい」
レイがぽすんとミオの肩に顔をうずめた。それを見守るようにして、サキが大粒の涙を流している。
(あの日のユキさんの想いが、ようやく私にも理解できました)
ミオは心の中で、2年前の同じ日に、自分の中で爆発する感情を受け止めてくれた女性に語り掛けた。
そして今、心から溢れ出す本心をゆっくりと言葉に変えていく。
「あなたたちは私の誇りです。今年のヴァンガード甲子園は、私にとって一切の悔いの残らない、最高の大会でしたよ」
ミオはレイを抱く腕にぎゅっと力を込めた。
今日、少しだけ大人になった少女の気がすむまで、ずっと。
根絶少女3年生編のヴァンガード甲子園・地区予選回をお送りさせて頂きました。
ジェネシス使い、神薙ノリト。ようやくの初ファイトです。
そして、謎のディメンジョンポリス使いも名前が判明です。
今回はここまでですが、次回の登場をお楽しみにして頂ければと思います。
それでは、次回は8月の本編でお会いしましょう!
●追記
ヴァンガファンサークル(https://cf-vanguard.com/vg_fan_circle/list/)にて、
「ヴァンガード文芸部」というサークルを作りました⇒https://twitter.com/abZa3WIRLEb7ugy
ヴァンガードの創作好きが助け合えるコミュニティにしていきたいと思いますので、ご興味のある方は、メッセージくださいませ。