「《メイデン・オブ・スタンドピオニー》で《神装天機 シン・マルクトメレク》にアタックです。
アタック時に、スタンドピオニーのスキル発動。4体のユニットを退却させ、新たに4体のプラント・トークンをスペリオルコールします」
「プロテクトⅡサークルの《セクシオ・エンジェル》2体でインターセプト!!」
白き花乙女が放つ花吹雪を、2体の天使が身を呈して防ぎ切る。
「では……プラントでアタックです」
しかし、地を這う
生命力の強い植物は、石や金属にすら根を張り、苗床とすることができる。
苔むした姿となった機械天使は、剣を地面に突き立て片膝をつくと、緩慢にその機能を停止した。
「ダメージチェック……僕の負けです」
6枚目のカードをダメージゾーンに置いた聖ローゼ学園の2年、先鋒を務める
「あなたは……いったい?」
それだけを絞りだすようにして尋ねる。その対戦相手、天海学園の1年、先鋒を務める
「名乗るほどの者ではありません。どうしても呼びたければ、ウスノロとでもお呼びください」
別に名前を聞いたわけではなかったのだが(対戦表を見て、知っている)、マナは見当違いの答えを返した後、一礼して、逃げるようにヒカルの前から去って行った。
「ちっ。相性が悪ぃなあ!」
言葉とは裏腹に、一際楽しそうな笑みを浮かべると、天海学園の3年、中堅を務める
「1体目の《七海剣豪 スラッシュ・シェイド》で《白虹の魔女 ピレスラ》にアタック! さらに2体目のスラッシュ・シェイドでアタック! 3体目もアタック!」
影の剣士達が、研ぎ澄まされた刃と剣技を以て、魔女の全身を少しずつ斬り刻んでいく。
「ラストだ! 《七海覇王 ナイトミスト》でアタック!!」
「くっ……《蛙の魔女 メリッサ》でガード!」
「1枚貫通だな。ツインドライブ!!
1枚目、引トリガー!! 1枚引いて、パワーはナイトクロウに!
2枚目、こいつも引トリガーだ!!」
「!?」
海賊船長の放つ、カットラスの一振りが、魔女の展開した障壁を斬り裂き、杖をも真っ二つに叩き斬った。
「これで財宝6つ目ぇ! 俺様の七海のリアガードはすべてスタンドするぜ!!
ナイトクロウでヴァンガードにアタックだぁ!」
「ダメージチェック……僕の負けですね。……完敗です」
聖ローゼ学園の3年、中堅を務める
「いやぁ? 他人からはそう見えるかも知れねぇが、紙一重だったぜ? 次にお前にターンを渡したら、俺は間違いなくデッキを枯らされてた」
自分から山札を削り、ユニットを展開しなくてはならない七海デッキは、相手のリアガード数に応じてデッキ破壊を仕掛けることのできる魔女デッキと相性が悪かった。しかも、フォースユニットのピレスラはパワーが13000あり、一部アタックの通りが悪くなる。
「それを嫌って、あなたは序盤からスラッシュ・シェイドを展開して攻めてきた。倒しきれなくても、手札さえ切らせれば、デッキ破壊は難しくなる。それに対応できなかった僕が、やはり未熟だっただけですよ」
「まあ、そういうことにしといてやっか。それでも楽しかったぜ。あんたとは、またやりてぇな。神薙ノリト」
「ええ、こちらこそ」
ふたりはしばし握手を交わすと、やがて同時にゆっくりと離れ、自らの陣営に帰っていった。
「いやぁー。聖ローゼは、フウヤ君のワンマンだと思ってたが、なかなかどうして、他に強ぇやつもいるじゃねえか」
天海のカードファイト部員が集うベンチに戻ると、開口一番、アラシが嬉しそうに言った。
「けどよ……本当によかったのか?」
そして、彼にしては非常に珍しく、気遣うような口調で、奥のベンチに座り込む
「何がだい?」
ヒビキは薔薇の香気を楽しみながら、尋ね返す。
「トボけんなよ。今回もまた、お前が補欠にいるってことだよ!」
アラシが今大会のパンフレットを指し示す。本来、ヒビキの名が記されるべき大将の欄には、
「決勝大会であれば、マナやアラシが負ける可能性もあったはずだ」
「そうです。私ごときに、伝統ある天海学園の先鋒は荷が重すぎます」
セイジとマナが口々に言う。ちなみにマナはそんなことを言いつつ、準決勝を終えた今に至るまで、勝ち続けているのだが。
あと、余談にはなるが、天海学園カードファイト部は比較的最近できた部活で、伝統など無い。
「いいんだ。あの子が予選で敗退した今、ボクがこの大会に出場する義務は消失した。
ならば、いずれヴァンガードを辞めなければならない日のことを思えば、思い出など少ないに越したことはない。未練になってしまうからね」
その言葉に、マナが、セイジが、アラシですら、押し黙ってしまった。
「おっと。場を暗くしてしまったようだね。ともかく、去年は多くの人にボクのファイトを楽しんでもらえた。ボクにとって、ヴァンガード甲子園の思い出は、それだけで十分なんだ。
さ、決勝戦も頑張ってくれたまえ。応援しているよ」
こういう時だけは部長らしく、手を叩いて部員達を取りまとめる。
この日、天海学園は決勝戦でも2連勝し、無傷でヴァンガード甲子園3連覇を飾った。
「皆は先に帰っていてくれたまえ」
ヴァンガード甲子園の会場から出てすぐ、ヒビキは開口一番にそう言い放った。
「次の船が最終便だぞ?」
セイジが確認する。
「構わない」
「くくく。んじゃ、ごゆっくりー、ってな」
アラシが雑に手を振って、さっさとヒビキから離れて歩きだす。船の時間に余裕は無く、無駄な議論に費やす時間は無かった。
「? ? ?」
何度も首を傾げながら、その場でオロオロするマナの背中を、セイジが優しく押した。
「行こう。ヒビキには約束があるんだ」
「やく、そく……?」
「そうだ。そして……」
気の弱いマナからしたら怖いくらいに声が大きく明朗なセイジが、珍しく言葉を濁した。
何事かと思ってマナが顔をあげると、これまた珍しく、常に威厳ある表情を崩さない、頼れる兄のように思っていたセイジの顔が、今にも泣きだしそうに歪んでいた。
「これが島の外でする、ヒビキのラストファイトになるのだろうな」
涙の代わりに零した言葉は、まるで夕立のように湿っていた。
ヴァンガード甲子園の全日程が終了する頃、一人の少女がその界隈を彷徨っていた。
白髪をさらりと若々しくなびかせた、小柄で童顔な少女である。
くりっとした大きな瞳を半開きにした表情からは一切の感情が伺えず、どこかミステリアスな雰囲気を醸し出していた。
界隈で人気のラーメン店にて、超特盛チャーハンと、おかずに具材全部乗せ大盛りラーメンで腹ごしらえをした後は、付近のカードショップを片っ端から訪れ、ファイトスペースと、リンクジョーカーのカードの入ったショーケースやストレージボックスに目を通すと、溜息をひとつついて去っていく。
そんな行動を5件ほどのカードショップで繰り返し、次の6件目――
少女、音無ミオは、ようやく目当ての人物を探し当てた。
「そう。まずはヴァンガードからアタックするんだ。そうすれば、トリガーをリアガードに乗せることもできるからね。ふふ、君は素質があるよ」
その少年は、場末のカードショップの片隅で、数人の子ども達を相手に、丁寧にティーチングを行っていた。
あらゆる女性を恋に、あらゆる男性を嫉妬に陥らせてしまいそうな、銀髪碧眼の危険すぎる美少年だったが、そんなことはまだ幼い子ども達には関係無く、ただただ純粋に懐かれていた。
「お兄ちゃん、こういう時はどうすればいいの?」
「さっきギフトで手札に加えたプロテクトがあるだろう? パワーの高いヴァンガードのアタックは、これで防ぐといい」
「俺、このカードが当たったから、使いたいんだけど!」
「《獣神 エシックス・バスター》か。すてきなカードだね。獣神はだいたい『救世の光 破滅の理』というパックで揃うから、まずはそれを買ってごらん」
そしてまた、独自の美意識を持つミオも、美少年に特別な感情を抱かない例外のひとりだった。
「捜しましたよ、綺羅ヒビキさん」
一切の感情がこもらない声音で美少年に声をかける。
美少年、つい先程、ヴァンガード甲子園の3連覇を成し遂げたばかりの綺羅ヒビキが、そこにいた。
ヒビキはそれだけで絵画の題材になってしまいそうなほど優雅に顔をあげると、少し安心したように微笑む。
「待っていたよ、ミオちゃん」
「このあたりはカードショップが多いですね。さすがヴァンガード甲子園の御膝元と言ったところでしょうか。その中でも、一番小さな店にいるとは思いませんでしたが。より大きく、より派手なショップにいるものとばかり思っていました」
「フッ。ボクは人気者だからね。メジャーなショップに顔を出してしまうと、ファイトにならないと思ってね」
ここでも十分な人気者のように思えたが、こうしてヒビキに近づいて話しかけられただけでもマシな方なのだろう。
「なるほど。人の考えを読み解くのは、やっぱり私は下手ですね。
ともあれ、ヴァンガード甲子園の決勝大会の日に再戦するという約束、果たしに来ましたよ」
「たしかにヴァンガード甲子園で再戦するとまでは約束していなかったけど……。まるで屁理屈だね」
「その屁理屈を信じて、こうして待っていて頂けたのは、正直に言って、少し嬉しかったですよ。3件目を回ったあたりで、諦めかけてましたから」
「それは失礼した。お詫びとして、全身全霊でファイトすることを約束しよう」
そう言うと、ヒビキは子ども達のファイトがひと段落したのを見計らって立ち上がる。
「ごめんね、皆。ボクはこれから、こちらのお姉ちゃんとファイトしなければならないんだ」
「えー!? そんなー!!」
「じゃああたし、ヒビキお兄ちゃんのファイト見る!」
「あ、俺も俺もー!!」
こうして多くの子ども達がヒビキにつき従う。
「やれやれ、しょうがないね。ミオちゃん、ギャラリーが増えてしまったけど、構わないかい?」
「はい。むしろ、あなたが敗北した時の証人ができて、ちょうどいいです」
「フッ。相変わらず、チャーミングなお顔に似合わず強気だね」
戯言をほざくヒビキの対面に、ミオも腰かける。
「がんばってね、ヒビキお兄ちゃん!」
「絶対に勝てよ!」
「じゃ、あたしはこっちのお姉ちゃんを応援するー!」
「お姉ちゃん、がんばれー!」
同性のよしみか、何人かの女の子がミオ側についてくれた。
「それでは、はじめようか。ボク達の
5枚のカードを引き終えたヒビキが確認する。手札交換はしなかったようだ。即ち、現状が既に最高の手札ということである。
「ええ。はじめましょう」
3枚のカードを入れ替えたため、少し遅れてミオが答える。
ふたりの少年少女が裏向きのカードに手をかけた。
「「スタンドアップ ヴァンガード」」
「《バミューダ△候補生 シズク》」
「《発芽する根絶者 ルチ》」
「なにあれー?」
「きもちわるーい」
ファーストヴァンガードをめくった瞬間、ミオに味方していた少女達にドン引きされた。
ミオが大人をも凍りつかせそうな無表情で、少女達を睨みつける。大人げない。
(根絶者のよさがわからないとは。まだまだお子様ですね)
心の中で肩をすくめてから、改めてヒビキのカードに向き直る。
「リヴィエール軸では無いんですね」
「あのタクティクスは、もう手の内を明かしてしまったからね。これこそがボクの、真のデッキさ」
「……上等です」
「それでは、ボクの先攻だ! スタンド&ドロー!!」
美しい弧を描くようにして、ヒビキが山札からカードを引く。
そしてふたりは地球を飛び出し、惑星クレイへと――深いイメージの世界へと落ちていった。
「さあ、ここからがボクのショータイムだ!」
ヒビキが細い指で1枚のカードを慈しむように撫で、高らかに声をあげる。
「深き闇に眠りし静かなる才能よ。深海より音を震わせ、響け!
ライド! 《ベルベットボイス・レインディア》!!」
海面から弧を描くようにして銀髪の人魚が跳ね、岩礁の上へと音も無く降り立った。潮風に薄布のヴェールを遊ばせ、異形の侵略者に憂いを帯びた視線を投げかける。
彼女の使命はただひとつ。
歌う。
たとえ観客が心無き存在だったとしても。
「リアガードをコールして……バトルフェイズだよ!
《天真爛漫 メルニル》のブースト、《鮮やかなる夢幻 アクティアナ》でアタックするよ」
「
「《マーメイドアイドル セドナ》のブースト、《トップアイドル アクア》でヴァンガードにアタック! フォースⅠサークルがあるので合計パワーは38000だ!」
「ノーガード。ダメージチェック……
ミオはダメージゾーンに2枚目のカードを置く。
「《陰の主役 ヒルダ》のブースト! 《ベルベットボイス レインディア》でヴァンガードにアタック!」
「《招き入れる根絶者 ファルヲン》でガード。《呼応する根絶者 アルバ》でインターセプトです」
「ツインドライブ!!
1枚目、トリガー無し。
2枚目、残念、こちらもトリガー無し」
レインディアが祈るような歌声を響かせ、浄化された根絶者が次々と落ちては動かなくなった。
それは彼女を中心に波紋のように広がり、やがては世界をも覆い尽くす。
「バトル終了時にレインディアのスキルが発動するよ!
手札を2枚捨て、山札の上から10枚公開――。
公開されたカードがすべて別名だったので、その中から1枚を選び、スペリオルライドする!!
どの子も捨てがたいけれど、ここはキミに決めた!」
10枚のカードの中から1枚を抜き出し、それを高々と掲げる。
もとよりオーバーリアクションな少年だが、子ども達の前だからだろうか。今日はいつもに増して大仰なようにも思えた。
「キミの笑顔は完全無欠! 天賦の才にて、栄光への道を切り拓け!
スペリオルライド! 《パーフェクトパフォーマンス アンジュ》!!」
レインディアの歌声に導かれ、彼女と入れ替わるようにして海面から飛び出した、蒼海に映える鮮やかな紅の髪を持つマーメイドが、完璧な笑顔で世界を魅了した。
「メルニルのスキルでアンジュにパワー+10000! ヒルダもスタンド!
ヒルダでブーストしたアンジュのアタック時にスキル発動!
ヒルダ以外の4体のリアガードを手札に戻し、アンジュにパワー+10000! フォースⅠを右前列に! デッキから《Chouchou 初舞台 ティルア》をスペリオルコール!」
「アンジュのアタックはノーガードです」
「ドライブチェック! ……ゲット、引トリガー!! 1枚引いて、パワーはティルアに捧げよう!」
アンジュの放った投げキッスに
「ダメージチェック。トリガーはありません」
「ティルアでヴァンガードにアタック!!」
「ノーガード。ダメージチェック……
「ティルアのスキル発動! 手札を1枚捨て、ティルアをスタンドさせる!
再び、ティルアでヴァンガードにアタックだ!」
「★トリガーでガードします」
「フッ。ダメージを4点に抑えたか。そうこなくてはね。
アンジュを山札の下に置き、ソウルからレインディアにライドする。フォースはヴァンガードサークルに。
ボクはこれでターンエンドだよ」
「私のターンです。スタンド&ドロー。
ライド。《絆の根絶者 グレイヲン》」
跪いていたギアリが、殻を破るようにして進化する。
より強大に。より禍々しく。より深き虚無を纏って。
「イマジナリー・ギフトは、フォースⅡをヴァンガードへ。
《呼応する根絶者 エルロ》をコール。ドロップゾーンからアルバもスペリオルコール。
グレイヲンのスキル発動。レインディアをデリートします。
ヴァンガードがデリートされたことで、ドロップゾーンから2体のファルヲンをスペリオルコール」
グレイヲンが巨大な腕を一振りすると、レインディアの姿が一瞬にしてかき消える。
虚無の瘴気が深まったためか、一度は浄化された根絶者も次々と蘇り、カタカタと渇いた笑い声をあげた。
「ガタリヲのブースト。グレイヲンでヴァンガードにアタックします」
「ノーガードだよ」
「ツインドライブ。
1枚目、治トリガー。ダメージ回復し、パワーはエルロに。
2枚目、こちらはトリガーではありません」
大きく振り上げられたグレイヲンの拳が、勢いよくヒビキの魂に叩きつけられた。
その一撃で砂浜が陥没し、海面が激しく波打つ。
「ダメージチェック。トリガーじゃないよ」
「アタックがヒットしたので、グレイヲンのスキル発動。ティルアを
ファルヲンのブースト、エルロでヴァンガードにアタックします」
「ノーガード。ダメージチェック。引トリガー。1枚引いて、パワーはヴァンガードに与えるよ」
「エルロのスキルで、ヒルダも
ファルヲンのブースト、アルバでヴァンガードにアタックします」
「治トリガーでガードだよ」
「私はこれでターンエンドです」
「…………」
ターンを渡されたヒビキは、しかしまっすぐ真剣な瞳でミオを見つめたまま動かない。
「どうしたんですか? あなたのターンですよ」
「フッ。いや、失礼。キミのあまりにも美しいプレイングに見惚れてしまっていたよ」
「そういうのはいいので、さっさとゲームを進めていただけませんか?」
「ねえ、ミオちゃん。ヴァンガードの強さは何で決まると思う?」
ミオを口説く時と変わらない真剣さで、まったく別のことをヒビキは問うた。
「……デッキの構築、プレイング、運、それらの総合力でしょう」
わずかに眉をひそめながら、ミオがとりあえずといった調子で答える。
「なるほど。では、それらがまったく同じ人どうしがファイトした場合はどうなるのかな?」
「プレイングや運を数値化して証明することが不可能であるように、それらがまったく同じということはありえないと思います。
であるならば、勝つことで、それらが相手より上回っていたと証明する行為こそがファイトだと言えるのではないでしょうか」
「フッ。キミらしい論理的な答えだね。
ボクの答えはこうだ。実力が拮抗している者どうしの対戦で、最後に勝敗を分けるのは『愛』だとね」
「はい?」
「ボクは誰よりもヴァンガードを愛している!! ボクよりもヴァンガードを愛している人間など存在しない!!
だからボクは誰にも負けない!! キミの言う通り、ボクは勝つことで、この愛を証明しよう!!」
両腕を高く掲げて、少年は叫ぶ。
大好きな玩具を独り占めにするかのような、あまりにも傲慢で、幼稚で、純粋な。
それは狂おしいほどの愛に溢れた告白であった。
「見せてあげよう、ボクの愛を!!
スタンド&ドロー!!
水面に煌めく綺羅星よ。銀河へと続く階段を駆け昇り、闇夜を照らす一等星となれ!
ライド! 《学園の綺羅星 オリヴィア》!!」
(さすが根絶者です。これでレインディアは封じました)
ミオの繰り出す一手が効いていないわけではない。少しずつだが、その爪はヒビキの首筋に迫っている。
「コール! 《パールシスターズ ペルル》! 《パールシスターズ ペルラ》!」
そんなミオの自信が希望へと変わる前に、ヒビキが絶望を突きつけた。
「キミと初めてファイトした時、決め手となってくれたのもこの子達だったね。ふふ、これも運命か……」
「そうですね。これであの日の借りを返す機会ができました」
だが、ミオは冷静にそう切り返す。
これも愛の成せる業か、常に最善を越えた最高の手を打ってくる。そうでなければ、綺羅ヒビキではない。
「この子達をブーストするユニットをコールして……バトルだ!!
セドナのブースト! ペルルでヴァンガードにアタック!!」
「《略奪する根絶者 ガノヱク》、《層累の根絶者 ジャルヱル》、《慢心する根絶者 ギヲ》でガード。アルバとエルロでインターセプトです」
「《ふんわり不可思議 プルーネ》のブースト、ペルラでヴァンガードにアタック!」
「ノーガードです。ダメージチェック。
1枚目、トリガー無し。
2枚目、治トリガー。ダメージ回復して、パワーはヴァンガードに。
これで私のダメージは4点ですね」
「フッ。これでこの子達の★が、なおさら輝くというものだよ!
《レイニーティア ステッツァ》のブースト! オリヴィアでヴァンガードにアタック!!
アタック時、ボクのリアガードはすべてスタンドし、オリヴィアに★+1!!」
「治トリガーでガードです」
「ツインドライブ!!
1枚目、トリガー無し!
2枚目、引トリガー! パワーはペルルに!!」
オリヴィアが蜂蜜色の髪をなびかせ、他のマーメイド達とハーモニーを奏でる。
それは共に歌う仲間の勇気を奮わせ、侵略者からは戦意を奪い去る。
(これでヒビキさんの手札に、完全ガードは少なくとも2枚……)
ミオは心中で顔をしかめた。
「ステッツァのスキル発動! このユニットを退却させ、カードを2枚引かせてもらうよ」
さらにヒビキの手札が補充される。
ミオは2枚の完全ガードを含めた5枚の手札を一瞥し、覚悟を決めたように唾を呑み込んだ。
「さて! パールシスターズのアンコールだ!
セドナのブースト! ペルルでヴァンガードにアタック!」
「《真空に咲く花 コスモリース》で完全ガードです」
「プルーネのブースト! ペルラでヴァンガードにアタック!
さあ、これも完全ガードで防ぎたまえ!」
「ノーガードです」
ミオが堂々と宣言し、ヒビキの瞳にはじめて動揺が走った。
「……ボクの記憶違いかな? キミは最低でも完全ガードを2枚手にしていたはずだけど」
「ええ。ですが、完全ガードでこの子たちを切ってしまっては、あなたに勝てませんので」
手札を優しくひと撫でしてからテーブルに置き、両腕を軽く広げ、胸を張り。
「このターン、私は、私の命で根絶者を守ります」
ひとりの少女が、根絶者を庇うようにして立ちはだかる。
「フッ……アハハハハッ!! 実に美しい、愛に溢れた言の葉だ! キミは本当に面白い子だよ!
では、ボクに魅せてくれ! キミの命を賭けた、選択の結果を!」
「はい。ダメージチェック」
ミオの小さな手が、ゆっくりと山札に触れ、細い指がカードをめくる。
「1枚目、トリガーではありません」
そのカードをダメージゾーンに置き、ミオが再び山札に手をかける。
誰もが息を止めて彼女と、彼女がめくるカードを見守っていた。
「2枚目……」
山札の一番上に置かれたカードが表に返される。
「……すばらしい」
ヒビキが感嘆の声をあげた。
「治トリガー。ダメージを回復させて頂きます」
ミオがほうと息をつきながら、治トリガーを見せつけるようにして宣言する。
これでミオはダメージ5点で踏みとどまった。
「ボクにできることは、もう何も無い。これでターンエンドだ」
「はい。スタンド&ドロー」
ヒビキからターンを渡されたミオがカードを引く。
ミオはそれを即座にヴァンガードへと重ねた。
「ライド……」
このカードが引けると。いや、来てくれると確信しているかのようだった。
「《波動する根絶者 グレイドール》」
鋼鉄の根絶者が、掌から波動を放つ。たったそれだけでオリヴィアとペルラの姿が消失し、憑依が解除されたヒビキの魂が投げ出される。
「《欺く根絶者 ギヴン》をコール。さらにもう1枚、ギヴンをコール」
これでミオの手札は完全ガード1枚のみ。
「なるほど。キミが命を賭して守り抜いたのは2枚のギヴンか。
だが、無粋を承知で言わせてもらおう!
2体分のギヴンのスキルを使うには、キミには手札が足りない!
可能性があるとするならば……」
ミオが承知しているとばかりに頷く。
「ならばこれ以上の野暮は言うまい! 今こそ、キミの愛が試される時だ!」
「はい。バトルフェイズ。
ガタリヲのブースト。グレイドールでヴァンガードにアタックします」
「《煌きのお姫様 レネ》で完全ガードだ!」
グレイドールの放つ波動を、鎮静の歌声が抑え込む。
「ツインドライブ。
1枚目、引トリガー。1枚引いて、パワーはグレイドールに。
2枚目、引トリガー。1枚引いて、パワーはフォースⅡサークルのギヴンに。
それとは別のギヴンでペルルにアタックします」
「ノーガードだよ」
「ギヴンのスキル発動。リアガードのギヴン、ファルヲン、ガタリヲ。手札3枚をドロップゾーンに置いて、グレイドールをドライブ-1してスタンドさせます」
これでミオの手札は2枚。
次にギヴンのスキルを使うには、もう1度引トリガーを引き当てなければならない。
「グレイドールでヴァンガードにアタックします」
「《インタクトパラソル エニス》で完全ガード!」
今度はパッと開いた日傘が、グレイドールの波動を受け止めた。
「ドライブチェック……」
ミオが運命を分かつカードに手をかけたところで口を開く。
「ようやく理解できましたよ、ヒビキさん。
たしかにあなたは強いです。あなたがヴァンガードを愛しているからとしか説明がつかないほどに。
結局のところ、私もあなたほどにはヴァンガードを愛せていなかったのかも知れません」
「フッ。キミもようやく理解してくれたかい。理すら支配するボクのヴァンガード愛を……」
「ですが」
感情がどろりと溶けだしたような、濁った瞳がヒビキを見据える。
「私は根絶者を愛しています。
その愛は宇宙規模で、どこまでも果てしなく限りがありません。
寝ても覚めても根絶者のことを考え、死んでも根絶者のことを想い続けます。
ルチを、ヱヴォを、ガタリヲを、ガヰアンを、ギヲを、ギアリを、ギヴンを、ジャヱーガを、ゴウガヰを、ガノヱクを、ドロヲンを、ヰギーを、アルバを、エルロを、ギヴンを、ヰゲルマを、ゼグラヲを、ガーヱを、ヰドガを、ジャルヱルを、バルヲルを、ファルヲンを、バヲンを、グレイヲンを、グレイドールを。
今は使うことのできない根絶者達も、これから先に登場するであろう根絶者達も、等しく全身全霊を賭けて愛し続けることを誓います。
あなたがヴァンガードを愛している以上に、私は根絶者を愛しています。
だから、このファイト。勝つのは私です」
「……っ!!」
ヒビキから反論があるかと思いきや(その場合、根絶者に捧げる愛の誓いは第2章に移行せざるを得なかった)、少年はどこか悲しそうに端正な顔を歪めただけだった。
そんなヒビキの微妙な感情の変化に、鈍感なミオが気付くわけもなく、彼女は躊躇なく山札をめくり、勝ち誇ったように微笑んだ。
「引トリガー。1枚引いて、パワーはグレイドールに。
ファルヲンのブースト。ギヴンでヴァンガードにアタックします」
「レネで完全ガードするよ」
「……?
では、ギヴンのスキル発動。ギヴン、ファルヲン、4枚の手札をドロップゾーンに置きます」
すべての同胞を零へと還して、グレイドールが
「さあ、イメージしてください。
この世界から消え去る、あなたの姿を。
グレイドールでヴァンガードにアタックします」
ヒビキは残った手札をテーブルに優しく置くと、両腕を大きく広げて宣言する。
「ノーガード!!」
グレイドールの全身から波動が放たれ、澄み渡る青い空が、白く輝く砂浜が、深みを湛えた藍色の海が。鮮やかな色彩に彩られていた海岸が無色へと塗り潰されていく。
滅亡する世界の中で、少年は全てを受け入れるかのように両腕を広げ、恍惚の表情を浮かべていた。
破滅も、消失も、すべてはヴァンガードの一側面にすぎない。
誰よりもヴァンガードを愛していると豪語した少年は、敗北すら等しく愛していた。
「ああ、なんて美し……」
根絶者はその言葉すら無慈悲に消し去り。
「デリート、エンド」
ミオが抑揚の無い声で宣言し、ぎゅっと小さな拳を握りしめた。
椅子から立ち上がったヒビキが、両腕を大きく広げたまま硬直していた。
まるで何かを受け止めようとしているかのように。
もしくは、ちょっと変わったガッツポーズのようにも見えなくもなかったが、少年のダメージゾーンにはすでに6枚目のカードが置かれている。
誰の目から見ても、ヒビキの負けである。
「ひとつ、聞かせてください」
ヒビキの奇行が見えていないかのように、淡々とカードを片付けながら、ミオがぽつりと尋ねる。
「何かな?」
ヒビキがポーズを崩さないまま、顔だけをミオへと向ける。
「結果的に変わらなかったとは言え、手札に完全ガードがあるのなら、★3のグレイドールではなく、★2のギヴンのアタックを受けた方が生存率は上がったはずです。何故、そうしなかったのですか?」
「フッ。この
「……?」
ミオがこてんと小首を傾げる。
問い返そうとした矢先、服を引っ張られる感触があり、ミオはそちらへと振り向いた。
「あ、あの……! お姉ちゃんの使っていたカード、すごくかっこいいと思いました……!! なんていうカードなんですか?」
そこでは、ついさっき根絶者にドン引きしていた女の子がきらきらと目を輝かせていた。その隣にいる女の子も、同意するように激しく首を縦に振っている。
ミオは一瞬、驚いたように目を見開いた後、おずおずと手を伸ばし、少女の髪に触れ、「ありがとうございます」と微笑んだ。現金。
「この子たちの名前は根絶者。とってもかっこよくて、とってもかわいい、惑星クレイの愉快な侵略者です」
答えながら、ミオはようやくヒビキの行為が理解できた。
ヒビキは最後の最後で、自分の勝利よりも、子ども達にヴァンガードを面白く魅せることを選んだのだ。
ミオは素直に敗北を認めた。
ヴァンガードを愛する心だけはこの人に敵わない、と。
ショップが閉店し、子ども達を親が迎えにきて、それを見送った後、ミオとヒビキは近くにあった公園のベンチに、自販機から購入した飲み物を片手に腰を降ろしていた。
日もすっかり暮れて、今は金色の月がぽっかりと闇の中に浮かび、おぼろげな輝きが小さな公園をダンスフロアのように照らしている。
「すっかり夜になってしまったね。家まで送っていこうか?」
「結構です。こう見えて、か弱くはありませんので。
ヒビキさんこそ、帰りはどうするのですか? 確か、遠くからいらしていたのではないですか?」
「心配してくれてありがとう。今日はネットカフェに泊まる予定だよ」
「そうですか」
言って、手にしたブラック缶コーヒーに口をつける。舌を刺すような苦みが、今は心地よかった。
「今日は本当にありがとう。ボクの最後を飾るに相応しい、最高の
いちごミルクをちびちび飲みながら、さらりとヒビキが口にする。
「そうですか」
ミオが適当に頷き。
「……最後?」
顔をしかめて問い返す。驚きのあまり力んだせいで、スチール缶が少しへこんでいた。本当にか弱くない。
「ああ。ボクは今日この日をもって、ファイターを引退する。本当はもう少しヴァンガードを続けるつもりだったが、ボクはあのファイトこそを締めくくりとしたい」
「差し支えなければ、理由をお聞かせ頂いてもよろしいでしょうか?」
「もちろんさ。ラストファイトを共に演じてくれたキミには、その権利がある。
まず、ボク達の住んでいる島は、ものすごく田舎なことは知っているかな?」
「はい。オウガさんから聞きました」
「ボク達の村は……いや、そこは村とも呼べないような集落で。ちっぽけで、何にも無くて、皆で力を合わせて、どうにか生活していけているような場所さ。
生活に必要の無いゲームで遊んでいるような余裕が無いんだよ。
大人達の御厚意で、高校を卒業するまでは自由に遊ばせてもらっているけれど、高校卒業を機に、ボク達も働かなくてはならない。
知っているかい? 天海学園は、高校の大会で圧倒的な結果を残しながらも、天海出身のプロファイターは一人もいないということを」
「そう言えば、サキさんがそのようなことを言って、不思議がっていましたね」
他者の事情には詳しくないミオには答えようがなく、その時は一緒に首を傾げるだけで話が終わったが。
「高校を卒業したら、ボク達はそれぞれ家業を継ぐ。
セイジは漁師。アラシは島と本土を唯一繋ぐ船の船乗り。いずれも島を支える大切な仕事さ。
そしてボクは村長の息子だ。今にも滅びてしまいそうな村を、方々に声をかけ、あらゆる手を尽くして、どうにか存続させる。大変な、そして貴族たるボクに相応しい仕事さ。
ボクは祖父や父が365日休まずに働いてきたことを知っている。きっとボクは、高校を卒業したら、カードに触れる余裕すらなくなるだろうね」
「そんな……」
ミオが思わず声を漏らす。
「ボクのために泣いてくれるのかい。キミは優しい子だね」
「そこまでしてあげる義理はありません。寝ぼけるには、まだ早い時間ですよ?」
何か勘違いしたヒビキに、辛辣に言い返す。
「ですが、もったいないですね。あなたほどのファイターなら、プロになって結果も残せたでしょうし。ヴァンガード界にとっては、大きな損失となるのは間違いありません」
「引退を止めようとはしてくれないのかい?」
ふとヒビキが漏らした言葉は、常に完璧な人間を演じようとしてきた彼らしからぬものだった。年相応の少年がつい口をついた本音なのか、それとも単にからかわれているのか、ミオには判断のつきようがなかった。
「すみませんね。薄情だとはよく言われます」
そう前置きして。
「ですが、ヒビキさんの決意は理解したつもりですし、家庭の事情に首を突っ込むつもりもありません。
それに……」
「それに、なんだい?」
「それをするのは、私ではないような気がしています」
ファイトを通して心を通わせたとは言え、ミオとヒビキはほんの数回、会話を交わしただけの他人である。ただでさえ口下手な自分が、ヒビキの決意を変えることができるとは思えなかった。
「では、私はこのあたりで失礼します」
コーヒーを飲み干したミオが、空き缶を百発百中の精度でゴミ籠に投げ入れると、ベンチから立ち上がる。
「うん。さようなら、ミオちゃん」
「最後にひとつだけ。私はプロになるつもりですよ」
「……そうか。キミなら、きっとプロになれるよ。がんばってね」
「ですが、あなたがヴァンガードを辞めると言うのなら、もうあなたと会うことはないでしょう。
さようなら、ヒビキさん」
「!!」
ヒビキが傷ついたような表情をしたのが、踵を返す瞬間に見えた。
(やっぱり私は薄情者のようですね)
だが、ヒビキと会うのがこれで最後になるとは思えなかったのだ。
誰よりもヴァンガードを愛していると世界の片隅で叫んだ少年が。
こんなところで終わるなど、どうしても思えなかった。
8月の本編をお送りさせて頂きました。
1年に渡るヒビキとの因縁も、これにていったんの幕引きとなります。
次回はリリカルモナステリオ関連のえくすとらを予定しておりますが、どのような形式、いつごろ公開するかは未定です。
トライアルデッキとブースターを分けるか一緒にするかとかー。
とにかく絶対にやるので、お楽しみ頂ければ幸いです。
【デッキログ】
ミオデッキ最終決戦仕様:4G5R