「グレイヲンのスキル発動。ヴァンガードをデリートします」
異形の巨体が蠢き、高く掲げた腕が無造作に振り下ろされる。太く捻じれた爪に晒された哀れな犠牲者の肉体が虚無へと還り、それに憑依していた魂がそこから逃げ出すように離れたが、逃がさぬとばかりにもう1本の腕が伸び、その魂を鷲掴みにして捕らえる。
「ファルヲンのブースト。グレイヲンでヴァンガードにアタックします」
異形の巨体――根絶者が掌に力を込めると、それに捕らわれた魂が歪み、潰れていく。
「……デリート、エンド」
魂が小さな花火のように儚く弾け飛ぶと同時、白髪の少女がぽつりと呟いた。
「私の勝ちですね。ありがとうございました」
圧倒されたような表情の対戦相手に、少女が小さく一礼する。
その卓ではかなり早くファイトが終わったらしく、周囲ではまだスキルの宣言や紙の擦れる音などが、そこかしこから聞こえてきた。
今年もまた、全国で最強の高校生ファイターを決定する最大規模の個人戦、ヴァンガード高校選手権が開催されていた。
それは少女――
強者同士は引かれ合う。
というわけでもないだろうが、ヴァンガード高校選手権の舞台となるスタジアムの入り口前で、
「おひさしぶりです、ミコトさん」
響星学園を代表して、音無ミオがぺこりと会釈をする。
対する聖ローゼを代表する部長の
「はい。ひさしぶりですね、音無さん。
ミコトに代わって礼儀正しく挨拶をしたのは、彼女の弟である神薙ノリトだ。
「……馴れ合いはやめましょう。今の私達は敵同士なのよ?」
仕方なくといった調子で、ミコトも口を開く。内容はだいぶにべもなかったが。
「えー? いいじゃないですか。大会も始まっていないですし、まだ会場の外なんですから。お友達同士、仲良くしましょうよ」
それに反論したのは、響星の藤村サキだ。
「理由になってない……」
と反発しかけたミコトだったが。
「あんた、本当に変わったわね」
ふっと表情を和らげ、意地悪く言った。
「え? そうですかあ?」
当のサキは、まったく気にしていないようだったが。
「ノリトさん! アタシ、今日は負けないよ! この日のために鍛えてきたんだから!」
「僕もですよ、時任さん」
過去に対戦経験のある時任レイも、ノリトに宣戦布告する。
「……あら? そう言えば、
思い出したように言い、サキがきょろきょろと視線を彷徨わせる。
聖ローゼにおいては、ナンバー3の実力を持つであろう少年、十村ヒカルが、この場にはいなかった。
ミコトとノリトは困ったように顔を向かい合わせる。
「……あいつね。最近、部活に来ないのよ」
代表して、ミコトが話し始めた。
「8月のヴァンガード甲子園が終わってからかしら。
今日も集合場所にはいたんだけど、ここに着いたらいつの間にかいなくなっていて。
協調性が無いのはいつものことだけど、さすがに度が過ぎるわね」
「8月のヴァンガード甲子園と言ったら、ヒカルさんは
天海の強さに圧倒されて、やる気を無くしてしまったんでしょうか?」
「そんな殊勝なタマには見えなかったんだけどね。いずれにしろ、部長である私の管理不足だわ。情けない」
ミコトが自戒するように、拳を強く握りしめた、その時だった。
「よーう! 俺達の名前が聞こえたような気がしたけど、気のせいかぁ?」
遠くから、そんな声が聞こえた。
ミコトやサキ達が声のした方へと振り向くと、そこでは小さな人影が大きく手を振っていた。
「……天海学園」
ミコトが敵意を込めて呟く。
「おうおう。そう怖い顔すんなって」
小走りに駆け寄ってきたのは、悪戯めいた笑みを浮かべた、ボサボサ髪の小柄な少年、
彼に遅れるようにして、
「天海学園の名前は挙がりましたが、話の主題ではありませんね」
ミオが生真面目に説明する。
「そうかい」
アラシが急に興味を失ったようにして肩をすくめた。
「天海学園。聞いたわよ? 今年の高校選手権、3年生のあなた達は出場しないそうね?」
トゲだらけの声音でミコトが確認――もしくは尋問か――するように尋ねる。
「キミの言う通りだよ、美しい人。撤回したとは言え、ボクは一度引退宣言をした身だ。このような晴れ舞台には相応しくない。これはボクなりのケジメみたいなものさ」
ヒビキがミコトに薔薇を差し出しながら答える。ミコトはそれを無言ではたき落とした。
「主将が出場しないのに、我々だけファイトを楽しむわけにもいくまい。よって天海学園の3年生は全員、高校選手権出場を辞退した」
セイジが堅い表情で続けた。
「フッ。ボクの矜持に付き合う必要は無いと言ったのだけどね」
「その矜持に、我々も賛同したまでだ」
何があったのか、初めて会った頃よりも、彼らの絆はさらに強固になっているようだった。
「ま、俺とセイジはプロを目指してるわけでもないしな。高校選手権はプロの登竜門なんだろ? なら、プロ候補同士でせいぜい頑張ってくれや」
「そうやって勝ちを譲られても嬉しくないんだけど?」
ミコトが鋭い目つきをさらに尖らせてアラシを睨みつける。彼女がいつも以上に敵意を露わにしている最大の理由はそれだろう。
「別に勝ちを譲ったわけじゃねえよ」
アラシはそれをせせら笑った。
「こっちは1年生ひとりで勝てると踏んでのオーダーだ。そうだろ、マナ?」
そう言って、セイジの背にこそこそ隠れていたマナをミコトの前に引っ張り出す。
「ひいっ!? わ、私を巻き込まないでくださいぃ……」
ミコトの鬼の形相に睨まれたマナは、悲鳴をあげて縮こまった。
「……ま、ウチの刺客はマナだけじゃねえし。せいぜい足をすくわれないように気をつけるんだな」
「? それってどういう……」
「そう言えば、ヒビキさんはプロを目指して引退を撤回したんですよね。高校選手権に出場しなくていいのですか?」
ぽつりと呟かれたアラシの言葉に、ミコトが問い返そうとした時、ふと思いだしたようにミオがヒビキに尋ねた。
「ボクはもうプロ入りが決定しているからね」
その発言に、聖ローゼのファイター全員が獣のように目を剥いてヒビキを見据えた。
「わあ! おめでとうございます!」
羨望と嫉妬が渦巻く中、サキだけが和やかに拍手を送った。
「……おめでとうございます。先を越されてしまいましたね」
少し遅れて、ミオも少し憮然とした態度で祝福した。
「ありがとう。
オファー自体は去年の高校選手権で優勝したあたりから来ていたんだけどね。その時は家業を継ぐつもりだったから、断り続けていたんだ。1年経った今でも、受け入れてもらえてよかったよ」
実際のところ、実力は十分、ルックスも抜群で、幅広い層から人気を集めるヒビキを諦めるスポンサーなど、そうそういないだろうが。
「あ、お姉ちゃん。そろそろ受付が始まるよ」
スマホの時計を見ながらレイが声をあげた。
「そうですね。それでは、次はファイトテーブルでお会いしましょう」
「まったく。会場の中では、今度こそ敵同士だからね。話しかけないでよ?」
ミオの差し出した手をおざなりに握り返し、ミコトが念を押した。
本来ならそこにマナも加わるべきだったかも知れないが、ミコトを恐れる彼女は断固辞退した。
早々に1回戦の決着をつけたミオだったが、他のテーブルでも優勝候補達が次々と勝ちを決めていく。
「《豊熟の女神 オトゴサヒメ》のアタック時、スキル発動!
手札を3枚捨てて、前列ユニットのパワー+20000! オトゴサヒメの
ミコトが潤沢な手札を惜しみなく消費し、ユニットを強化する。
「……あら、ノーガードでいいの?
ツインドライブ!!
1枚目、★トリガー! パワーはクロイカヅチ、★はオトゴサヒメに!
2枚目、《月弓の斎王 ツクミオリ》! このカードはトリガーゾーンではトリガーとして扱われ、ヴァンガードのパワー+10000、★+1!
4点のダメージ、受けてもらうわ!」
豊熟の女神が放つ太陽の如き閃光。その陰で、月を司る巫が黄金の軌跡を描く矢を放つ。それは神に仇名す者の額を狙い違わず貫いた。
(悪いけど、準備運動にもならないわね。高校選手権にも予選を設けた方がいいんじゃないかしら)
そんなことを思いながら、ミコトは茫然としている対戦相手に無言で頭を下げた。
聖ローゼ学園3年、神薙ミコト。1回戦突破。
「ガード! 《敬白の魔術師 ベラトルム》」
ダメージ5点の状況で、ノリトは一切の焦りを見せず、手札に温存していた守りの要を切る。
「ベラトルムのスキルで、あなたの山札の上から1枚、このユニットの上にコールしてください」
魔女を庇うように現れた、白いローブの魔術師が、魔導書を広げ口早に呪文を唱える。すると、敵の姿がみるみるうちに小さく弱い姿へと変化していく。
「おや、代わりにコールされたユニットはG0。それでは僕のヴァンガードにアタックは通らない」
攻めの起点となるユニットを潰された対戦相手は、悔しそうにターンエンドを宣言する。
(そして、僕にターンが回ってきた時点で、勝ちは揺るがない……)
「《蛙の魔女 メリッサ》をコール! さあ、ここからあなたの山札20枚を一気に削らせてもらう!」
その宣言通り、ノリトは対戦相手の山札を削り切りデッキアウトで勝利した。
「僕の目標は優勝以外に無い。こんなところで立ち止まっていられないんだ」
聖ローゼ学園3年、神薙ノリト。1回戦突破。
「《特装天機 マルクトメレク》のスキル発動! ドロップゾーンから《救装天使 ザイン》、《救装天使 ラメド》、《アンプテイション・エンジェル》をスペリオルコール」
いつの間にか会場にふらりと現れた十村ヒカルは、いつも以上に淡々とファイトを進めていた。
「前列のユニットにパワー+5000。さらに自分は1ダメージを受ける」
何処からか雷が落ち、天機の翼を焼き払う。だが、舞い散った白い羽根が戦いに倒れた天使達に触れると同時、彼らは新たな生命を得て息を吹き返す。
「ラメドのブースト。マルクトメレクでヴァンガードにアタック。このアタックは守護者でガードできない」
他者を救った代償に、マルクトメレクは傷つき汚れていく。それでも前に進むことをやめない天機が、剣のようなメスを振るい、障害を切除した。
(……やれやれ。無駄な時間だ)
試合が始まってから対戦相手には一瞥もくれず、ヒカルは気だるげにひとつ吐息をついた。
聖ローゼ学園2年、十村ヒカル。1回戦突破。
「プラントを1体退却させ、《牡丹の銃士 マルティナ》のスキルを発動します。
山札の上から5枚を見て……《牡丹の銃士 トゥーレ》をスペリオルコール」
今大会、唯一の天海学園代表ということで、他の参加者や観客から最も注目を集めている柊マナは、どこか肩身の狭そうにファイトを続けていた。
「トゥーレのスキルで、さらにプラントを退却。山札の上から3枚見て……《紅団扇の銃士 ガストーネ》と《鈴蘭の銃士 レベッカ》をスペリオルコール。
ガストーネはパワー+10000。レベッカのスキルでさらに+5000です。
では、レベッカのブースト。マルティナでヴァンガードにアタック」
帽子に真紅の牡丹をあしらった、不敵な笑みを浮かべた銃士の少女が、赤く燃える剣で豪快に戦場を薙ぎ払う。
「ツインドライブ……1枚目、トリガーはありません。2枚目、★トリガー。効果はすべてトゥーレへ。
ガストーネのブースト。トゥーレでヴァンガードにアタックです」
盛大に舞い踊る紅の花弁と火の粉の中、帽子に純白の牡丹をあしらった、微笑を浮かべた銃士の少女が、山吹色に燃える剣を、敵の心臓に躊躇無く突き立てた。
弔うように白の花弁と火の粉がはらはらと舞い散る。
百華の王――牡丹は、戦場でこそ気高く輝くのだ。
「あ……すみません。私のような、下賤な者が勝ってしまいました」
そんな王者の風格をイメージさせるプレイングとは裏腹に、マナは一方的に負かした相手に平謝りするのであった。
天海学園1年、柊マナ。1回戦突破。
会場で目立っていたのは、何も優勝候補ばかりではない。
ミオが率いる響星学園の部員も、思い思いに実力を発揮していた。
「《餓竜 ギガレックス》でヴァンガードにアタックします!」
勝機が見えたのか、メガネを光らせたサキが、胸を張り、堂々と宣言する。
「ギガレックスのスキル発動! 私のリアガードすべてに武装ゲージを置き、パワー+30000!!」
赤銅色の恐竜が纏う武装が、火山の如く炎を噴き上げ、降り注ぐ金属片が敵味方関係無く戦場を蹂躙する。
「これで武装ゲージを得た《サベイジ・マーセナリー》もアタックできるようになりました! パワー42000のマーセナリーでアタック!」
回転しながら落ちてきた、人ひとり分の身長はゆうに超える
巨竜の剛爪にも劣らぬ、武を極めた人間の振るう超質量の斬撃が山をも両断した。
「やった。ありがとうございました!」
豪快なプレイングとは裏腹に、サキは控えめなガッツポーズで喜びを表現した。
響星学園2年、藤村サキ。1回戦突破。
「うーん……リアガードを全部除去されちゃったかぁ。けど、今のアタシには、もうそんなものは通じない!
G3を1枚捨てて、
手札からカードをドロップゾーンに置き、レイが高々と左手を掲げる。
「《時空竜 クロノスコマンド・ドラゴン》!!」
歯車を模した錫杖を手にした機械竜が、ロストレジェンドの掲げた剣に導かれ、異界の神の如くあぐらをかいた姿で降臨した。
「クロノスコマンドのスキル発動! 山札の上から5枚を見て、そのすべてをスペリオルコール!!」
機械竜が頭上で印を結ぶと、誰もいなくなった戦場に、ギアクロニクルの戦士達が時を越えて再び集結する。
「これはお返しだよ! クロノスコマンドでヴァンガードにアタック!
アタックがヒットしたので、クロノスコマンドのスキル発動! 相手リアガードをすべて山札の下へと吹き飛ばす!」
ゆっくりと立ち上がった機械竜が、差し出した手で時空を歪め、敵の軍勢すべてを時の彼方へと消し去った。
「これでとどめ! リアガードのロストレジェンドでアタック!」
後は、傍らに控えていたロストレジェンドが孤立した敵の大将を討ち取るだけだった。
「アタシの勝ちだね、ありがとうございました!」
レイは挨拶もそこそこ、敬愛する姉にVサインを送って勝利を知らせた。
響星学園1年、時任レイ。1回戦突破。
(みなさん、好調なようですね)
ミオが満足そうに無表情でうんうんと頷いていると。
「《黒装傑神 ブラドブラック》でヴァンガードにアタック!」
背後から少年の声が聞こえた瞬間、彼女の視界に宇宙が広がった。
真空の闇の中、漆黒の吸血機が翼を広げてミオのすぐ傍を飛び去っていく。
「ブラドブラックのスキル発動! 山札の上から7枚を見て……《究極次元ロボ グレートダイユーシャ》を手札に加える!
さらに……! 手札からグレートダイユーシャに
そのスキルで、前列のユニットにパワー+10000!!」
吸血機の全身がひび割れたかと思うと、その中から大勇者の名を冠する青い装甲の巨大ロボットが現れる。
『究極次元ロボ!! グレートダイユーシャ!!!』
それは銀河に轟く名乗りをあげると、自身の全長に匹敵する巨大剣を高々と振りかざした。
「これで終わりだ! グレートダイユーシャでアタック……!!」
『グレートジャスティスソード!!!』
ゆっくりと振り下ろされた巨大剣が、何故か避けようとしない悪を真っ二つに斬り裂いていく。次の瞬間、巨大な爆発がミオの視界を埋め尽くし、気が付くと彼女の意識は会場へと戻っていた。
ミオは背後を振り返る。同じように振り返っていた、ついさっきまでディメンジョンポリスを使ってファイトをしていた少年と目が合った。
「ようやく会えた。次は俺とのファイトですよ、音無ミオ先輩。姉が色々とお世話にようで」
「ええ。私も会いたかったですよ、
去年のような波乱も無く、1回戦は粛々と進んだ。
「いえ。私が勝ってしまったのは、大盤狂わせではないかと」
マナが何か言っていたが、取り合うものはいなかった。
続く2回戦でもこれと言った対戦カードは無く、誰もが優勝候補の勝ち抜きを疑わなかった。
唯一、ミオだけがその試合を最大限に警戒していた。
いち早く、次のファイトが行われる席につき、目を閉じてその時を待っていた。
「お待たせしました」
快活そうな少年の声がして、ミオがゆっくりと目を開く。
「はじめまして! 俺の名前はご存知のようでしたが、改めて自己紹介を。天道アリサの弟、天道ミサダです。よろしくお願いします」
はきはきと自己紹介して、ミオに手を差し出してくる。
「こちらこそはじめまして。音無ミオです」
ミオも立ち上がり、それを握り返しながら丁寧に自己紹介をする。
「あなたのお姉さんには、大変お世話になりました。どうかミオと呼んでください。話し方も敬語でなくて構いませんよ」
自分の事は棚に上げて、ミオは寛容な提案を申し出た。
「お!? ミオさんは話がわかるね!」
少年がさっそく気さくな口調になる。
その間に、ミオはじっくりと天道ミサダと名乗る少年を観察した。
まず、首からかけたロケットペンダントが存在を主張しているが、他に特徴らしい特徴は無い。艶のある黒髪は姉の面影を感じさせるが、髪型に特徴が無いため、どうしても没個性な印象を受ける。体型も中肉中背。身長も男子高校生の平均と同じくらいだろう。髪型を除けば平凡な女子高生だったアリサの弟らしいと言えばらしい。
「とりあえず座りましょうか」
立ったままだったふたりは、自分の席にすとんと腰を下ろす。
「ミオさん。俺はあなたに会いたかったんだ」
そして、ミオとテーブルを挟んで向かい合う形になったミサダが突如として熱っぽい声になって、そんなことを言ってきた。
「……はい?」
「あなたのことを姉から聞いたその日から、あなたのことを想わない日はなかった。あなたの話を響星の生徒さんから聞きこんで、その気持ちはさらに大きくなった」
「……はあ」
これはまずい。
そんなものが自分の中に存在していたことが自分でも不思議だが、自分の女としての本能が心臓の高鳴りとなって最大限の警告を発している。この男は間違い無く自分のことを……
「あなたが、俺がこの世界で誰よりも愛する女性、白河ミユキさんの右腕だと知ってから!!」
「……は?」
彼女の本能は、やっぱりポンコツであった。
「あなたは口が堅いと姉から聞いてるんで打ち明けてしまおうと思うんだけどさ。俺はユキさんのことが、その、恥ずかしながら一目惚れしてしまって。
あの方のことで色々と相談したいこともあり、是非ともミオさんからもアドバイスを頂きたいな、と」
「……それは構いませんが、何ですか、右腕って?」
「響星学園の生徒がそう言ってたけど。あとは、後継者だとかなんとか」
「…………」
熟考。
確かにユキに信頼されていたという自覚はある。ハイスペックすぎる彼女のハイスペックな要求についていける者は、それこそ自分くらいのものだろう。親友のアリサですら、自分はユキが本当に求めているものには応えられないと悲観(もしくは達観か)している節があった。
「……まあ、そうなのかも知れません」
「よかった! 俺もあの方に心身共に相応しい男性になるため、サッカー部とカードファイト部を掛け持ちしているわけだけど、ひとりではどうしても限界があってな」
「掛け持ち、ですか?」
「ああ! あの方の傍にいるには肉体的にも強くならないといけないからな! ただ、ウチの高校はサッカーの方が盛んで、なかなかカードファイト部に参加できなかったんだけど、今日は無理を言ってヴァンガードを優先したんだぜ?」
なるほど。大きな大会でしか彼の姿を見かけることが無かったのは、それが理由だったのだろう。
「素晴らしい心がけだと思いますが、それだけではまだ足りませんね」
「そうなのか?」
「ユキさんに相応しい男性になるためには、まず外国語は厳禁です。彼女に通じませんから。サッカーも、サッカーではなく、蹴球と伝えましょう」
「外来語禁止ゲーム!? って、カードファイトはいいのか?」
「ヴァンガードに関する言葉は、用語として頭に叩きこんだそうです」
「さすが。ユキさんは聡明だな」
「本当に聡明な人は、外国語も喋れると思いますが。
あと、平成以降の技術が使われた機械の使用も禁止です。あの人の技術レベルは、昭和で止まっていますので」
「ユキさん、平成生まれだよな!?」
「あれほど何でもできる人が、外国語と機械だけは操れないことが不思議です。
それとも、現代人が外国語と機械に使っている脳の容量をすべて他のことに回せば、誰でも彼女のようになるのでしょうか」
「……思うんだけど、ユキさんの弱点に付き合ってもしょうがなくないか? あの方にできないことがあるのなら、その助けになってあげるのが正しい夫のあるべき姿かと!」
「さりげなく結婚しないでください。
確かに正論ですが。あの人、好きな男性のタイプは、日本語以外は喋らない人と、機械ができない人。と公言していますよ?」
「恋人に欠点を求めてどうするんだよ!?」
「気難しい人なんですよ。
さて、そろそろファイトをしませんか? ジャッジの視線も痛くなってきましたし」
「……そうだな」
何処よりも早く席に対戦相手が揃ったにも関わらず、気がつけば準備ができていないのはミオ達のテーブルのみとなっている。ミサダに至っては、デッキすら出していない。
だが、ひとたび準備を始めると早かった。それだけでもミサダの経験値が伺えた。アリサほどのファイターと、毎日練習ができる環境にいるのだから、当たり前と言えば当たり前か。実力もアリサと同等以上と見た方がよさそうだ。それならば、一切の油断は許されない。
「はじめましょうか」
「ああ!」
「スタンドアップ」
「ヴァンガード!」
「《発芽する根絶者 ルチ》」
「《黒闘機 ブラックボーイ》!!」
「リアガードの《突貫する根絶者 ヰギー》で、ヴァンガードにアタックします。ヰギーのスキルで、ヱルロを退却させ、パワー+8000。リアガードの《ツイン・オーダー》を
「……ふっ。《宇宙勇機 グランビート》と《コスモビーク》でガード……!」
「私はこれでターンエンドです」
「……さすがだ。愛するユキさんと、愚姉が認めるだけのことはある」
「それはどうも。というか、ミサダさん。口調が変わっていませんか?」
「ユキさんに似合う男性になるためには、ファイト中はクールに振る舞わねばと思ってな……」
などと言いながら、ミサダがスポーツマンらしい短い髪をかきあげる。
(クールとはそういう意味なのでしょうか。私はまだまだ人の心を理解できていませんね)
ミオは殊勝なことを考えているが、彼女でなくとも理解はできなかっただろう。
「とりあえず、追い詰めましたよ。お互いにダメージは5点ですが、ミサダさんの手札は0枚。前列のユニットはインターセプトで消費し、後列のユニットは、私がすべて
「この程度、追い詰められたうちに入らぬ。俺のディメンジョンポリスは、奇跡の大逆転こそが真骨頂……!!」
ミサダが堅く握りしめた拳を開き、自らのデッキに触れる。
「終焉の刻は来たれり!!」
「……はい?」
「ファイナルターンという意味だ」
「なるほど」
まったくよくわかってない感じに、ミオが頷いた。
「スタンド&ドローッ!!
……やはり、お前も諦めてはいなかったようだな、我が分身よ。
ライド!! 《黒装傑神 ブラドブラック》!!」
「この状況でエースユニットを引くとは大したものです。ですが、私の4枚の手札の中に完全ガードが2枚あることを、まさか忘れてはいませんよね?」
「それでも俺は諦めない。俺が諦めるのは、このアタックが届かず、6点目のダメージを受けて、治トリガーを引けず、涙を堪えながら家に帰って、風呂に入って気を落ちつかせ、ぐっすりと眠りについてからだ!」
「もう少し早くに諦めるタイミングはあると思いますが」
「ブラドブラックのスキル発動……!! ブラドブラックのパワー+10000!!
バトルだ……!! フォースⅠふたつ分のパワーを合計した、パワー43000のブラドブラックでヴァンガードにアタック……!!」
「《真空に咲く花 コスモリース》で完全ガードです」
空白だった世界に、真っ白い花が咲く。それはその中心に立つ無機質な少年が生み出した不可侵の結界であり、ブラドブラックの振り下ろした大鎌を容易く受け止めた。
「ツインドライブ……!!
1枚目、G3だ。トリガーではない。
2枚目、★トリガー!! 効果はすべてブラドブラックに……!!」
「ですが、届きません」
ブラドブラックの大鎌に更なる力が宿るが、それでもコスモリースの結界を貫くには至らない。
「まだだ……!! ブラドブラックのスキル発動……!!
山札の上から7枚見て……」
常にクールな(本人談)笑みを浮かべていたミサダが、不意に年相応の無邪気な歓声をあげた。
「来たぜ!! 俺は《超次元ロボ ダイカイザー》を手札に加える!! そして、スペリオルライド!!
超次元ロボ! ダイッ! カイッ! ザーッ!!!」
熱く、楽しそうに叫びながら、ブラドブラックの上に新たなカードを重ね合わせる。
「バトル終了時、守護者が1枚だけコールされ、ドライブチェックでG3が公開されているので、ダイカイザーのスキル発動!! ミオさんに1ダメージを与える!! いっけええええええっ!!!」
ミサダが拳を前に突き出す。
それに応えるように、ブラドブラックの機影が霧のように溶け、代わりに大皇帝の名を冠する真紅の巨大ロボットが姿を現した。
ダイカイザーは再びコスモリースの結界に剣を突き立てる。その箇所からピキッと致命的な音がして、結界に亀裂が生じ始めた。
『!?』
感情に乏しいコスモリースの表情に驚愕が浮かぶ。
結界が硝子のように砕け散り、その勢いのままダイカイザーの剣がグレイヲンの胸を貫いた。
『グヲヲヲヲヲヲッ!!』
グレイヲンが怨嗟の雄叫びをあげながら、塵となって崩れ落ちていく。
その最期を見届けた皇帝は、紅の月へと還るように昇っていく蝙蝠の群れに敬礼した。
「……私の負けですね。お見事でした」
ダメージゾーンに6枚目のカードを置いてから、ミオがぱちぱちと小さく拍手を送る。
「っしゃあ!! ありがとござーっした!!」
「いつの間にか素に戻ってますよ」
「おっといけねえ! ま、これからもよろしくな、ミオさん!」
「はい。惚れた腫れたの話は詳しくないですが、お力になれれば幸いです」
お互いの健闘を称え。そして今後の友情を約束し、ふたりは再度、固く握手を交わしたのであった。
金城高校1年、天道ミサダ。2回戦突破。
響星学園3年、音無ミオ。2回戦敗退。
音無ミオの敗退という大波乱で幕を閉じた第2回戦。
彼女を破った天道ミサダについて、他のファイターや、マスコミが調べていたが、彼が参加した大会と言えば、ショップ大会が数度と、非公式で行われたショップ対抗戦である。情報は皆無だった。
そして、続く第3回戦でも、会場を騒然とさせる事件が起きた。
ミコトは次の対戦相手、先に席について腕組みしていた少年に、感情的な彼女らしからぬ事務的な口調で声をかけた。
「……ヒカル。あんた、部活に参加せず、どこで何をしていたの?」
「ああ、次の対戦相手はミコトさんですか。ようやく歯ごたえのある相手と対戦できて嬉しいですよ」
彼女の問いには答えず、ヒカルは人を小馬鹿にするような笑みを浮かべていた。
「答えたくないんなら、別にいいわ。けどね。私は練習をサボるような、意識の低いやつには、絶対に負けないから」
ミコトがテーブルにカードを置き、乱暴な音をたてながら席についた。
「意識の低い……ですか。それは見解の相違というやつですね」
「弁解があるなら、ファイトで証明してみせなさい」
「……承知しました。練習の成果、あなたになら存分に発揮できそうですので!」
広角を大きく吊り上げて笑うヒカルの姿に、ミコトはほんの一瞬悪寒を感じたが、気のせいだと自分に言い聞かせるかのように、勢いよくカードを引いた。
――5分後
「《救装天使 ラメド》のブースト。《特装天機 マルクトメレク》でヴァンガードにアタック。このアタックは守護者でガードできない」
「……っ。ノーガード」
「ツインドライブ!!
1枚目、★トリガー! 効果はすべて《アンプテイション・エンジェル》に!
2枚目はトリガーではありません」
「……くっ。ダメージチェック……トリガーは無いわ」
「《黒衣の通告 ナキール》のブースト! 《アンプテイション・エンジェル》でヴァンガードにアタック! プロテクトⅡが3つあるので、このアタックも守護者でガードできない!」
「ガード! 《水龍の女神 トヨタマヒメ》、《オラクルガーディアン ニケ》、《サイキック・バード》!」
「では、これで終わらせましょう。
《セクシオ・エンジェル》のブースト! 《機動病棟 フェザーパレス》でヴァンガードにアタック!
G3を2枚ソウルブラスト! ダメージゾーンのカードをすべて裏にすることで、パワー+20000! ★+1! このアタックも守護者でガードできない!」
「……ノーガードよ」
手札に残った2枚の守護者をぎゅっと握りしめながら、ミコトが苦々しく宣言する。
「ダメージチェック……私の負けよ」
6枚目のカードをダメージゾーンに置き、ミコトは額がテーブルにつきそうなほど項垂れた。
「……ありがとうございました。さすがミコトさんだ。僕の守護者封じを警戒して、序盤から守護者を切っていくプレイングはお見事。ですが、僕が布陣を完成させるのが、僅かに速かったようです」
珍しく、手放しに対戦相手を評価し、席を立とうとするヒカルを、ミコトが勢いよく顔をあげて「待ちなさい!」と呼び止めた。
「……何でしょう?」
「それほどの技術を何処で習得したの? あんたのプレイングは聖ローゼの手堅いファイトとはまったく違った。昔は慎重すぎるくらい慎重なファイターだったのに。今は攻め時を逃さず大胆に動けて、けど、それもすべて計算のうち。まるで……」
そこまで呟いて、ミコトが何かに気付いたかのように目を見開く。その瞳は驚愕と恐怖に揺れていた。
「あんた、まさか……天海学園に?」
「気付かれましたか。さすがに勘がいい。
そうです! 僕はヴァンガード甲子園で敗北してから、たびたび天海学園にお邪魔していたんですよ!
幸い、綺羅さんや、柊さんとは、対戦したことがありましたからねぇ! 僕のことも覚えてくださっていて、快く迎えてくれました! ……余所者に無警戒すぎる気はしないでもないですが、おかげで助かりましたよ。聖ローゼやストレングスでファイトするよりも、ずっと濃密な経験ができました!」
「そんな……」
「僕に言わせれば、意識が低いのは聖ローゼの連中すべてだ!
ちょっと船で渡った先によりよい環境があるというのに、何故、誰もそこへ行こうとしなかった!?
聖ローゼや『ストレングス』が最高の環境だと信じて疑わない、その盲信には反吐がでる!」
「そんなこと、できるわけないじゃない……。私達は打倒天海を掲げる聖ローゼなのよ?」
「その強情が貴方の敗因だ。
どうしても倒したい敵がいるなら、懐に入り込んで内側から食い破ればいい。
安心してください。僕は柊マナを破って、優勝して見せますよ。それでも聖ローゼが天海を破ったことに変わりは無い」
ヒカルはそれだけ言い捨てると、未だ立ち上がれないミコトを残して去っていった。
「くくく。ま、そーいうこった」
観客席の最前列で、その様子を見ていたアラシが笑う。
「フッ。島に来た久々のお客様に嬉しくなって、ついつい色々と教えてしまったからね」
その隣で、ヒビキも薔薇の香りを楽しみながら、優雅に微笑んだ。
「結果、十村ヒカルは、我々と大差無い実力を得た。彼はもうひとりの天海学園代表と言っても過言では無い」
セイジだけが一切の笑みを浮かべず、淡々と呟いた。
「だが、同胞に対して、あの態度はよろしくないな。あとで説教しておかねば」
「あー……そういうのはお前にまかせた」
聖ローゼ学園2年、十村ヒカル。3回戦突破。
聖ローゼ学園3年、神薙ミコト。3回戦敗退。
音無ミオと神薙ミコト。去年の高校選手権でベスト4まで勝ち残った優勝候補2名の脱落。
無名のダークホース、天道ミサダの出現。
第2の天海と言うべき存在となった、十村ヒカルの反乱。
混沌とした状況の中で4回戦が始まった。
「天海学園……柊マナ」
ノリトが向かったテーブルには、すでにマナが肩身狭そうに腰かけていた。
「あ、ど、どうもよろしくお願い致します」
ノリトに気付いたマナが、ぎくしゃくとお辞儀する。
まるで出場者全員が知り合いどうしのショップ大会に、ひとりだけ初参加してしまったみたいなぎこちなさだ。
(プロの登竜門、ヴァンガード高校選手権で、そんなことを気にする余裕があるなんてね……)
緊張するのは当たり前だが、緊張の仕方がずれている。
こんな場違いな少女だが、ヴァンガード甲子園の予選と本戦を共に無敗で勝ち進み、天海学園連覇の立役者となったことは記憶に新しい。
「胸を借りるつもりで挑ませてもらいます」
ノリトはマナと向かい合うと、堂々と宣言した。
「え? そ、そんな。私なんて、むしろ色々と教えて頂く側で……」
「謙遜の必要はありませんよ。僕はそんなことで油断はしませんから」
「そ、そんなつもりじゃないんですけどぉ……」
聖ローゼで最もマジメな男と、天海で最もとぼけた女のファイトが始まろうとしていた。
誰もが優勝候補であるノリトとマナのファイトに注目する中、会場の片隅でひっそりと別の物語が生まれようとしていた。
「サキ、ちゃん……?」
「レイちゃん……」
指定されたテーブルに向かったレイは、そこでサキと鉢合わせた。
スマホに表示された番号を、念のためもう一度確認するが、場所に間違いは無い。
「当たっちゃったね……」
サキもスマホの画面を見せながら、困ったように笑う。
「うん。けど、こうなったからには負けないよ!」
レイがいち早く頭を切り替えて、宣戦布告する。
「そうだね……私も全力でファイトするよ」
サキも彼女らしからぬ真剣な表情を浮かべてそれに応えた。
「《リコリスの銃士 ヴェラ》のスキル発動。山札の上から5枚見て……《牡丹の銃士 マルティナ》と《リコリスの銃士 サウル》をスペリオルコールします。
サウルのスキルで、さらに山札の上から3枚見て……《月下美人の銃士 ダニエル》をスペリオルコール。
ダニエルのトリガー効果も発動。★はサウルに。パワーはヴェラに。ヴェラの得たパワーは、前列リアガードすべてに与えられます。
ダニエルのブースト。ヴェラで《白虹の魔女 ピレスラ》にアタックです」
「そう。ヴェラからアタックせざるを得ない。それがそのデッキの弱点だ!
《敬白の魔術師 ベラトルム》でガード! ベラトルムのスキルで、あなたの山札の上から1枚、サウルの上にコールしてもらいます!」
「……《花園の乙女 マイリス》です」
「これでヴェラのスキルも封じた!
《大鍋の魔女 ローリエ》でガード! 《白燐の魔術師 レヴォルタ》でインターセプト! 2枚貫通!」
「トリプルドライブです。
1枚目、トリガーはありません。
2枚目、
3枚目、★トリガー。効果はすべてマイリスに」
「……っ」
ノリトの目元が、誰にも気付かれないほど小さく動いた。
「《鈴蘭の銃士 レベッカ》のブースト。マイリスでヴァンガードにアタックします。フォースⅠがあるので、合計パワーは43000です」
「……ノーガード」
ノリトのダメージは既に4点だ。治トリガーを引けなければ、敗北が決定する。
「ダメージチェック……1枚目、★トリガー。パワーはピレスラに。
2枚目…………」
ノリトは震える手でカードをめくり、勇気を振り絞ってそれに目を通す。
「…………」
そして、大きく息をついて天を仰いだ。無機質なドームの天井が視界を遮るように広がっていた。
「気が利かないな」
こういう時は寒空でもいい。どこまでも続く青い空を見たかった。
「トリガー無し。僕の負けですね」
ノリトが手にしたカードを晒し、ダメージゾーンに置こうとして、途中で取り落とした。
「あ、あの……ごめんなさい」
勝利したマナの方が泣きそうな表情で、ノリトを見ている。
「謝る必要なんてないですよ。
さすがですね。マルティナにパワーを集中させていたら、まだ耐えられていたのですが」
ノリトが苦笑しながら手札を公開した。そこには1枚の完全ガードが残されていた。
「はい。そう感じたので、マイリスにパワーと★を集中させるしか無いと思っていました。私の山勘が当たっただけで……」
「すべて読まれていたいうわけか。完敗ですね。あなたのような強い人とヒカルはファイトしていたのか。姉さんを倒せるほど、強くなるはずだ」
「あ、そのことについても申し訳ございません。私の先輩達が、妙に張り切ってしまって。
私も十村さんとのファイトが楽しくてつい……。まあ、私とのファイトは何の経験にもならなかったと思いますけど」
「楽しかった? ヒカルとのファイトが?」
十村ヒカルの持ち味は、徹底的に相手を追い詰める実戦特化のファイトだ。彼が簡単にマナに勝てるとも思えず、彼女に連敗を重ねながら「運がよかったです」だの「楽しかったです」だの日和った感想で締められる日々は、彼にとって屈辱以外の何でも無かっただろう。
(ヒカルはヒカルなりに努力を続けた。それがあの結果というわけだ……)
「今度、僕も天海にお邪魔していいかな?」
その言葉は、自然と口をついて出た。
「はい、歓迎します」
昼過ぎに咲いた寝坊助な朝顔のように、マナがふにゃりと笑った。
(姉さんは強情だから、この選択は取れないだろう。けど、僕達は姉弟だ。姉さんに足りない部分は僕が補えばいい。僕が得た天海の技術を、姉さんにも共有する。そして僕達は……姉弟ふたりでプロになるんだ)
決意を新たにし、ノリトは背筋を正して立ち上がると、聖ローゼの関係者が多くいる観客席に一礼した。
その堂々とした態度に、周囲からは惜しみない拍手が送られた。
天海学園2年、柊マナ。4回戦突破。
聖ローゼ学園3年、神薙ノリト。4回戦敗退。
「ギガレックスでヴァンガードにアタック!!
ツインドライブ!!
1枚目、
2枚目、前トリガー! さらに前列にパワー+10000!
続けて、アクセルⅡサークルの《連隊竜 レジオドン》でアタック!」
いつも優しくて穏やかなサキが、この日ばかりは別人に見えた。
猛り狂う恐竜のような苛烈な攻め。
「ガード! 《リクレイムキー・ドラコキッド》! 《スチームブレス・ドラゴン》!」
必死で防ぐレイの手札が、貪り食われるように削り取られていく。
「《餓竜 メガレックス》でヴァンガードにアタック! レジオドンを退却させて1枚ドロー! レジオドンの武装ゲージだった《サベイジ・トルーパー》をスペリオルコール!」
それでいて、自分は貪欲にアドバンテージを稼いでいく。
(これが本気になったサキちゃん……)
部室でのほんわかとした雰囲気からは想像もできない真剣な表情に、レイは気圧されていた。
「《掃討竜 スイーパーアクロカント》でヴァンガードにアタック!」
「ノ、ノーガード!!」
6ターン目にして、早くも5枚目のカードがレイのダメージゾーンに置かれた。
「私はこれでターンエンドだよ」
メガネの奥にある怜悧な瞳がレイを見据える。あれだけ攻めたにも関わらず、手札は7枚がキープされていた。ダメージも3と余裕がある。
「アタシのターン! スタンド&ドロー!!」
対するレイの手札はこれで3枚。
(アタシのバインドゾーンにあるカードは10枚……届くかギリギリだけど、やるしかない!)
「《時空竜騎 ロストレジェンド》と《リノベイトウイング・ドラゴン》をコール!
リノベイトウイングのスキルで、ロストレジェンドとリノベイトウイングをバインド!
山札の上から3枚を見て……《ラッキーポット・ドラコキッド》と《クロノトゥース・ティガー》をコール!
そして……G3の《タイムトラッキング・ドラゴン》をバインド!」
「うーん……治ガーディアンに助けられたね」
「これでアタシのバインドゾーンは19枚! 手札から《ロストギアドッグ エイト》を捨てて、時空超越!!
《時空竜 ミステリーフレア・ドラゴン》!!
ミステリーフレアのスキルで、このユニットのドライブ+1、★+1!
ユニット5体のパワー+10000!
そして、ロストレジェンドのスキルで1枚ドロー! 《時空竜 タイムリーパー・ドラゴン》をコールして、バトルだよ!
ティガーのブースト! ミステリーフレアでヴァンガードにアタック!」
「《アークバード》で完全ガード!」
「トリプルドライブ!!!
1枚目、引トリガー! 1枚引いて、パワーはラッキーポットに!
2枚目、治トリガー! ダメージ回復、パワーはタイムリーパーに!
3枚目はトリガー無し!
続いて、《スチームスカラー ジジ》のブースト! タイムリーパーでヴァンガードにアタック!」
「ノーガードだよ。
ダメージチェック……トリガーは無し」
「スチームブレスのブースト! ラッキーポットでヴァンガードにアタック!」
「ノーガード。
ダメージチェック……引トリガー! 1枚引いて、パワーはヴァンガードに!」
(★を引けなかったから、ミステリーフレアのターンを、ほとんどノーガードで凌がれちゃった。手札も1枚しか減らせてない。けど、もう後戻りはできない! 時計は前にしか進まないんだ!)
「ターンエンド! ……その瞬間、ミストリーフレアはロストレジェンドに戻り、フォースⅠをヴァンガードサークルに!
ミステリーフレアのスキルも発動!! 手札をすべて捨てて、追加ターンを得る!!」
ロストレジェンドが、ミステリーフレアの力が宿った翠緑色に輝く機械剣を振るい、時の概念を斬り捨てた。たちかぜの時間は失われ、ロストレジェンドの率いるギアクロニクルは、再び陣形を整える。
「アタシのエクストラターン!! スタンド&ドロー!!
ラッキーポットの上に《スチームハンター リピット》をコールして、バトル!!
ジジのブースト! タイムリーパーでヴァンガードにアタック!」
「《草食竜 ブルートザウルス》と《激走竜 ブルースプリント》でガード!」
「ティガーのブースト! ロストレジェンドでヴァンガードにアタック! ジジを退却させて、さらにパワー+5000! 合計パワーは36000!」
「《群竜 タイニィレックス》と《プリズムバード》、《恐渇竜 スピノイクストート》でガード! ……1枚貫通だよ」
「ツインドライブ!!
1枚目、トリガー無し。
2枚目……やった! ★トリガーッ!! 効果はすべてロストレジェンドに!!
いっけぇー、相棒!!」
『オオオオオッ!!』
ロストレジェンドがレイに応え、まるで人間のように吠えると、時を翔えてギガレックスの頭上に瞬間移動する。ギガレックスも本能でそれを察知して顔を上げるが、ロストレジェンドが剣を突き出すのが僅かに早かった。
剣がギガレックスの眉間を貫き、その巨体がゆっくりと横倒しになる。
地面に着地したロストレジェンドは剣についた血を払うと、太古から生き続けてきた偉大なる生命の最期に短く黙祷を捧げた。
「……負けちゃった、か」
ダメージゾーンに6枚目のカードを置いたサキは、仄かに悔しさを滲ませながらもふんわりと笑う。
「おめでとう、レイちゃん。いいファイトだったね」
そう言って祝福してくれる彼女は、いつものサキに戻っていた。
「……やったーっ!!! サキちゃんに大会ではじめて勝てたーっ!!!」
拳を握りしめながら立ち上がり、レイは全身で喜びを表現する。
「あれ? そうだったっけ」
本気で心当たりが無い風に、サキは小首を傾げた。
「そうだよー! アタシ、結構、気にしてたんだからね!
アタシの実力はお姉ちゃんにもサキちゃんにも到底及んでいないんじゃないかって。響星の足手まといになってるんじゃないかって……」
「そんなことないよ」
テーブル越しに身を乗り出して、サキがレイをぎゅっと抱きしめた。
「私だって、みるみる強くなっていくレイちゃんに追い越されないよう必死で頑張ってたんだよ。態度には出さないけど、きっとミオさんだってそう。私達はレイちゃんのおかげで強くなれた。レイちゃんはいるだけで、私達にずっと力を与えていてくれていたの。
そして、今日……レイちゃんはついに私よりも強くなった」
「そんな……さっきのファイトは偶然みたいなものだよ」
「そっか……。なら、これからはライバルだね。あと半年ほどだけど、よろしくね」
サキがレイを抱きしめる腕に力がこもった。
「サキちゃん……? もしかして、泣いてるの?」
サキは答えなかった。それが雄弁な答えだった。
勝ち負けに無頓着なサキが、大会で負けて泣くなど、今までに無いことだった。
(あ、ちがう。そうじゃない。サキちゃんにとって、これが最後の高校選手権だったんだ)
ヴァンガードを趣味として楽しむサキに、プロになろうなどという野心はあるまい。となれば、彼女は進学を選ぶだろう。12月に開催される高校選手権に出場する余裕は無い。どころか、9月には部を引退するつもりなのだ。
「サキちゃん。……ごめんね。……ありがとう。……アタシの方こそよろしくね」
久しく失っていたはずの感情が胸に押し寄せ、言葉となって口から溢れだす。
どこかで大きなファイトが決まったのか、遠くから拍手が聞こえてきた。このファイトに注目していた者など、ほとんどいないだろう。
それでいい。
このファイトは誰にも触れられることはない。姉にも秘密の、ふたりだけの思い出だ。
響星学園1年、時任レイ。4回戦突破。
響星学園2年、藤村サキ。4回戦敗退。
それからもトーナメントは順調に進み、いよいよ準決勝。ベスト4が出揃った。
そこには優勝候補の大本命である柊マナと、対抗の十村ヒカルはもちろん。天道ミサダと、時任レイも、大穴としてそこに名を連ねていた。
「ベスト4に1年生が3名。2年生が1名。大波乱と言っても差し支えのない大会になりましたね」
観客席の隅、離れたところでひとりになって会場を見下ろしていたミコトに声をかけたのは、ミオだった。
「何か用?」
ついさっきまで泣いていたのだろう。未だ赤く腫れた目で、ミコトはミオを睨みつけた。
「ごあいさつに」
「後にしてくれない? 今の私は機嫌が悪いの」
「それは見ればわかります。私にでも」
だからと言って、放っておいてくれるつもりはないらしい。ミオはその場から離れようとはしなかった。
ミコトは嘆息しながら、前の言葉に答えた。
「情けない話だわ。3年生の有力候補は、4回戦までに揃って脱落。威厳も何もあったもんじゃないわよ。特に後輩の反乱にあって負けた誰かさんはね」
「そうですね。私も敬愛していた先輩の弟さんに足をすくわれてしまいました。けど、この状況を少し嬉しく思っている自分もいます」
「はい?」
ミコトが眉間に皺を寄せて、抗議の意を示す。
「私達より下の世代が、私達を越え。来年にはまた彼らを越えるさらに下の世代が現れる。
こういうふうにして、ヴァンガードはいつまでもどこまでも続いていくのでしょう」
その『さらに下の世代』とやらに心当たりがあるのか、確信めいた口調だった。
「2年前、このヴァンガード高校選手権であなたと出会ってから、私達はずっと凌ぎを削ってきました。
ですが、もう高校生として、あなたと競い合うことはありません。この2年間、本当に楽しかったです。今までありがとうございました」
「私達からしたら、あなた達は邪魔者でしかなかったわ。大した実績も無いくせに、私達を相手にした時だけ、実力以上の力を発揮する。やりにくいったら、ありゃしなかった」
「それは失礼しました。これからプロになっても、よきライバル関係でいられることを願います」
「……あんた、まだ私がプロになれると思ってるの?」
「ならないんですか?」
意外そうに、ミオが小首を傾げた。
なんでこの少女は、人一倍鈍感なくせして、たまに人の急所を的確についてくるのだろう。
「なるわよ! なってやるわよ!! 高校選手権で結果を残せなかったくらいが何よ! プロになる道はいくらだってあるわ! 私のヴァンガードはここから始まるんだから!」
「はい。その意気です。今度は、私達がプロの世界に殴りこんで、新しい世代の力を見せつける番です」
伝えたいことは伝えたとばかりに、ミオは踵を返して去っていこうとする。
「待って!!」
ミコトはそれを思わず呼び止めてしまった。
「なんでしょう」
ご丁寧に全身で振り返って、ミオが尋ねる。
「そ、その……一緒に残りのファイトを観戦しない? 私はまだ部員のところに戻りづらいし。けどひとりでいるのは寂しい……わけじゃないけど! ほら! なんとなくよ! 気が向いたから!」
「はい、喜んで」
しどろもどろで支離滅裂な誘いにあっさりと答え、ミコトと肩が触れ合うくらいの距離にミオが腰を下ろす。
いかにも低血圧そうなミオの肩はやっぱり冷たかったが、どんよりとしていた気分はいつのまにか晴れやかに温かくなっていた。
「準決勝の相手はマナちゃんかぁー。けど、ここまできたら、負けるつもりはないからね!」
「は、はい! お手柔らかにお願いします」
レイとマナは半年ぶり、はじめて出会って以来の対戦となる。その時はレイの完敗だったが、今の彼女はあの時と違う。
マナもそれを感じ取ったのか、彼女にしては幾分か真剣味を増した表情でレイを見据えた。
そのマナの後ろ姿をじっと観察し続ける視線があった。
(柊マナ……ヴァンガード高校選手権における最大の障害。僕が毎週、天美学園に通っていた頃、彼女のネオネクタールとの勝率は約1割)
十村ヒカルである。
(だが、直近20戦で言えば、16勝4敗と、2割近い勝率で勝てるようになってきている。だが、1回勝負のトーナメントで2割はあまりにも心許無い数字。
そこで、僕はデッキを徹底的に柊マナ対策で固めた。このデッキなら、8割の確率で柊マナに勝つことができるはずだ。
その分、他の対戦相手、特に神薙ミコトと音無ミオとの対戦が不安要素だったが、神薙ミコトは引きに恵まれて勝つことができ、音無ミオは勝手に脱落してくれた。
もはや僕の勝利は揺るぎない状況だ。柊マナとの8割さえ制することができれば……)
「おい」
ヒカルの思考を断ち切ったのは、正面の対戦相手からかけられた陽気な声だった。
「あんた、どこ見てんだよ。対戦相手は俺だぜ?」
口調こそ明るいが、目は笑っていない。
「これは失礼。あなたなど眼中に無かったもので」
ヒカルは正直に答える。
「ふーん。よくわかった。あんたムカツクやつだな」
目の前の少年は、怒り狂うでもなく、口角を上げてみせた。
「姉貴が言ってたぜ。ヴァンガードで最も楽しい瞬間のひとつは、他人を舐めきった対戦相手にひと泡吹かせてやれる瞬間だってな」
(そう言えば、彼は音無ミオを破ったファイターか。たしか名前は天道ミサダと言った。天道……。そうか。彼は天道アリサの身内か)
アリサが天海学園の清水セイジを破ったことはヒカルも知っている。セイジのアクアフォースに1勝もできなかったヒカルにとって、どんな奇跡を起こせばそれが実現できるのか想像もつかない。
「なるほど。あなたの警戒レベルを引き上げた方がよさそうだ。
そして、知るがいい。僕を油断させておいたままの方が、まだ勝てる可能性があったということを……!!」
「勝てる可能性とかどうでもいいさ。俺はただ全力の相手とファイトを楽しみたいだけだ!」
そこで準決勝開始の合図が鳴り、全員がファーストヴァンガードをめくる。
「「「「スタンドアップ ヴァンガード!!!!」」」」
「《菜の花の従士 キーラ》!」
「《プライモディアル・ドラコキッド》!」
「《鋼闘機 ブラックボーイ》!」
「《救装天機 レーシュ》!」
「手札を1枚捨てて、《時空竜 クロノスコマンド・ドラゴン》のスキル発動! 山札の上から5枚見て……《時空竜騎 ロストレジェンド》、《時空竜 ミステリーフレア・ドラゴン》、《テキパキ・ワーカー》、《スチームブレス・ドラゴン》をスペリオルコール! 残りは山札の下へ……」
「5枚中、4枚がノーマルユニットですか……」
「それだけじゃないよ! アタシが捨てたのはこの子! 《スチームメイデン・リッブル》をスペリオルコールして1枚ドロー! 《テキパキ・ワーカー》のスキルでも1枚ドロー!
バトルだよ! 《テキパキ・ワーカー》のブースト! クロノスコマンドで《リコリスの銃士 ヴェラ》にアタック!!」
「《花園の乙女 マイリス》でガード! シルヴィアでインターセプト! そのアタックは通りません」
「なら! ツインドライブ!!
1枚目、★トリガー!! 効果はすべてミステリーフレアに!
2枚目、★トリガー!! 効果はすべてロストレジェンドに!
スチームブレスのブースト! ミステリーフレアでヴェラにアタック!!」
「ノーガード。ダメージチェック……2枚とも、トリガーはありません。これで5点目ですね」
「リッブルのブースト! ロストレジェンドでヴェラにアタック!!」
「2枚の《ダンガン・マロン》でガード! サウルでインターセプト!」
「アタシはこれでターンエンドだよ」
「私のターンですね。スタンド&ドロー。
再びヴェラにライドして、フォースⅡを右側のリアガードサークルに」
これでヴァンガードとリアガードサークルひとつにフォースⅡが置かれた。ダメージ3点のレイにとっては、嫌な布陣だ。
「まずは後列の《タンポポの銃士 ミルッカ》を前列に移動させます。
★トリガー2枚をデッキに戻し、リアガードのマイリスを退却させ、ヴェラのスキル発動します!
山札の上から5枚を見て……《リコリスの銃士 サウル》と《牡丹の銃士 トゥーレ》をスペリオルコール!
トゥーレを退却させてサウルのスキル! 山札の上から3見て……《月下美人の銃士 ダニエル》をスペリオルコールし、トリガー効果発動! ★はサウルへ。パワーはヴェラに与えて、前列リアガードにも波及させます!
ダニエルを退却させて、トゥーレのスキルも発動! 《牡丹の銃士 マルティナ》と《紅団扇の銃士 ガストーネ》をスペリオルコールします! マルティナは永続効果でパワー+5000、★+1。ガストーネもパワー+10000です」
「ぐむむ……」
あまりにも隙の無い展開に、レイは低い声で唸る。
「ミルッカとマルティナの位置を入れ替えて、バトルです!
ガストーネのブースト。ヴェラでヴァンガードにアタックします」
「《スチームガード カシュテリア》で完全ガード!」
常人なら数歩で足を取られそうな彼岸花の花園を、黒髪をなびかせた銃士が目にも止まらぬ速さで疾駆する。それを待ち受ける騎士竜の目の前に、未来から翔んできた少女が現れ、盾をかざして銃士の刀を受け止めた。
「トリプルドライブ!!!
1枚目、トリガーはありません。
2枚目、こちらもトリガーではありません。
3枚目……★トリガー! パワーはヴェラ、そして前列リアガードに! ★はマルティナに!」
「レベッカのブースト! サウルでヴァンガードにアタックです!」
「……ノーガードだよ」
カシュテリアがヴェラの刀を受け止めている隙を突いて、花園の中から飛び出した白髪の年若い銃士が騎士竜に奇襲をかける。騎士竜もすぐさま反応し剣を振るうが、白髪の銃士は軽やかなバックステップで間合いを離すと、すぐさま距離を詰め直して刀を突き出した。それは騎士竜の盾をすり抜け、喉元に吸いこまれるようにして突き刺さる。
『……見事』
騎士竜は血を吐きながら、自らを討ち取った少年を称え、仰向けになって倒れた。
「…………」
「あ、ありがとうございました……。その……レイ、ちゃん?」
6枚目のカードをダメージゾーンに置いた体制で、深く俯いたままのレイに、マナがおずおずと声をかける。
「あーーっ!! 負けちゃったーー!! ここまで来たら、やっぱり悔しいなあ!」
バッと勢いよく顔をあげたレイの顔には、言葉とは裏腹に晴れやかな表情が浮かんでいた。
「けど、半年前よりはマナちゃんを追いついたよね? あの時は3点しか与えられなかったけど、今回は5点まで追い詰めたし!」
「は、はい……。これが本気になったレイちゃんの実力なんですね。……いや、私が勝ててしまったので、まだ70%くらいに力を抑えていたのでしょうけど」
「昔も今も全力だったからね!? あー! やっぱりマナちゃんは強いなぁ」
「いえ。私なんてまだまだです。ヒビキさんはおろか、アラシさんやセイジさんの足下にも及びませんから……」
「マナちゃんは理想が高すぎるんだよなぁ……。ネガティブなんだか、ストイックすぎるんだか」
(柊マナが勝利したか。まあ、順当でしょう)
横目で隣席の様子を伺いながら、ヒカルは心中でひとりごちた。
「……また手元がお留守になってるぞ」
「ああ、失礼。あなたのファイトが退屈なものでして」
(とは言え……教本通りのプレイングはできている。1年前の僕となら、いいファイトができたかも知れないな)
ミサダを挑発しながらも、ヒカルは対戦相手の力量を正確に分析した。
(だからこそ退屈だ。この程度のファイター、聖ローゼにはありふれていたよ!)
「ライド! 《神装天機 マルクトメレク》! プロテクトⅡを右後列に! さらにダメージを受けてもらう!」
6枚の白き翼を広げ大都市に降臨した天機が、手にした銃をすぐさま掃射する。
「くっ!?」
ダメージを1点に抑えていたミサダに、2点目のダメージが入る。トリガーも無し。
「《黒衣の解析 サラフィエル》をコール。ダメージ回復し、1ダメージを受ける。
ダメージチェック、★トリガー。
★はヴァンガードに。パワーはサラフィエルに。
これでカウンターコストが使えるようになった。《黒衣の薬針 ヤフキエル》をコール。
ダメージチェック、★トリガー。
効果はすべてサラフィエルに。
《セクシオ・エンジェル》をプロテクトサークルにコールして、バトルだ。
ヤフキエルでリアガードの《次元ロボ カイザード》にアタック」
「ノーガード……」
「ラメドのブースト。マルクトメレクでヴァンガードにアタック!」
「顕現せよ、治ガーディアン……! 《救極合体 エイドアンビュリオン》!! マルクトメレクの★-2!!」
純白の巨大ロボットが、自らの巨体に匹敵する大盾を掲げ、天機の振るうメスを受け止める。
「無駄なことを……ツインドライブ!!
1枚目、トリガー無し。
2枚目、★トリガー!! ★はヴァンガードに」
だが鋭いメスは盾の硬度をも上回り、盾をも容易く両断した。
「……っ。ダメージチェック。トリガー無し」
「セクシオのブースト! ★2、パワー72000のサラフィエルで、ヴァンガードにアタック!」
「……ノーガード。ダメージチェック。
1枚目、
2枚目、トリガー無し」
早くも5点目のダメージがミサダのダメージゾーンに置かれ、ヒカルはいかにもつまらなそうな表情でターンエンドを宣言する。
対するミサダも「ふっ」と、不敵に笑みを浮かべていた。
(ま、まずい! こいつ、言うだけあってメチャクチャ強い! マルクトメレクの起動効果すら使わず、4ダメージとかマジかよ!
こっちは治ガーディアンまで使ったんだぞ!?)
内心でミサダは非常に焦っていた。
(だ、大丈夫だ。落ちつけ。俺の懐にはユキさんがいる。そうだ。ユキさんならこの状況もなんとかしてくれるはずだ)
ミサダは首からかけたロケットペンダントを握りしめた。
そこには、かつてユキから誕生日プレゼントにもらった《大宇宙勇機 グランギャロップ》のSPカードを入れて、首から下げていた。
このカードは、ユキが自分の誕生日を覚えてくれていたという証明だ。触れるだけで勇気が湧いてくる。
とは言え、さすがのユキもこの状況を見たら、「うーん。ちょっと厳しいわねぇ」と苦笑するだろうが。
「ここまでは俺の計算通りだ。スタンド&ドロー……!!」
それでもミサダは、最大限の虚勢を張りながらカードを引いた。
「ライド! 《黒装傑神 ブラドブラック》!!」
大都市に夜が訪れ、紅に染まる月が昇る。何処かから蝙蝠が集まり、それは吸血鬼を模した巨大人型兵器へと姿を変えた。
純白の天機と、漆黒の吸血機が互いに武器を構えて睨み合う。
「フォースⅠをヴァンガードサークルに……!
《星を喰う者 ズィール》のスキルも発動……! マルクトメレクのパワー-5000!
《次元ロボ ダイザウラス》と《プラチナム・エース》をコールして、ブラドブラックのスキル発動!
前列のユニットすべてにパワー+10000!!」
吸血機が腰の翼を広げ、赤く輝く燐光を撒き散らすと、その力を分け与えられた他のヒーロー達も真紅の輝きに包まれた。
「《次元ロボ ダイブレイブ》のスキルも発動! ブラドブラックにパワー+5000!
これで終わらせる……!! バトルだ……!!
ダイザウラスでヴァンガードにアタック!」
「ヤフキエル、サラフィエル。セクシオでもインターセプト」
「ブラドブラックでヴァンガードにアタック……!!
アタック時にダイザウラスのスキル発動……! このカードをソウルに置き、ブラドのパワー+10000! ドライブ+1!」
「ノーガードです」
「トリプルドライブ……!!
1枚目、トリガーでは無い。
2枚目、こちらもトリガーでは無い。
3枚目、引トリガー!! 1枚引いて、パワーはプラチナムに」
ブラドブラックが断罪の大鎌を振り下ろす。マルクトメレクを象徴する6枚の翼のうち、1枚が斬り落とされて地面に落ちた。
「ダメージチェック。★トリガー。パワーはヴァンガードに」
「ブラドのスキル発動……!! デッキの上から7枚見て……《黒装傑神 ブラドブラック》を手札に加える。
そして手札を2枚捨て、手札の《鋼闘機 シンバスター》にスペリオルライド……!!」
ブラドブラックの姿が闇に溶け、そこから獅子の咆哮が夜の街に響き渡る。
獅子を模した巨大人型兵器が、ブラドブラックの影から飛び出した。
「フォースⅠはダイザウラスのいた右前列のリアガードサークルに。
そこに、シンバスターのスキルで《鋼闘機 ウルバスター》もスペリオルコール……!
ウルバスターのスキルで、ラメドには退却してもらおう!」
遠くから狼の遠吠えが聞こえてきたかと思うと、灰色の影がビルの谷間を駆け抜け、小型の天機に喰らいつくようにして、一撃で仕留めた。
その狼を模した巨大人型兵器は、獅子の隣へと並び立つ。
「ウルバスターでヴァンガードにアタック……!」
「ラメドでガード」
「シンバスターでヴァンガードにアタック……!!」
「ノーガード」
「ドライブチェック……!
引トリガー! 1枚引いて、パワーはプラチナムに……!」
獅子と狼の連携攻撃が牙を剥き、マルクトメレクの翼を、もう1枚斬り落とす。
「ダメージチェック……トリガーはありませんよ」
ダイブレイブのブースト! プラチナムでヴァンガードにアタック時、スキル発動! ヴァンガードのパワーが30000以上なので、パワー+10000、★+1! 合計パワーは、えーと……」
「《恋の守護者 ノキエル》で完全ガード」
「くっ! 完全ガードを持っていたか! ……じゃなくて、最後まで言わせろよ!
と、とにかくターンエンドだ。
すべて俺の手の内。次のターンで、確実にお前は死ぬ……!!」
「ターン開始時に『これで終わらせる』とか言ってませんでしたか?」
適当に指摘しながら、ヒカルはカードを引く。
「マルクトメレクにライド。プロテクトⅡは左前列へ。マルクトメレクのスキルでダメージも回復」
これでヒカルのダメージは3点に戻った。
「サラフィエルをコール。ダメージ回復し、1ダメージを受ける。トリガーは無し。
《パーシステンス・エンジェル》をコール。手札交換を行い、ドロップゾーンから《神装天機 シン・マルクトメレク》を山札の上に置く。
そして、マルクトメレクのスキル発動!! ドロップゾーンからラメド2体と《アンプテイション・エンジェル》をスペリオルコール!! 前列のユニットにパワー+5000!!」
マルクトメレクが自らの翼をもぎ取り、握り潰した。ひらひらと舞い散る羽根の1枚1枚が神の御業に匹敵する奇跡である。
「さらに1ダメージを受けるのですが……ダメージチェックで公開されたカードはシン・マルクトメレク!!
シン・マルクトメレクのスキルで、手札を1枚捨てて、このユニットにスペリオルライド!!」
マルクトメレクの落とした羽根は、天使達を蘇らせ、自らをも包み込んだ。
自らを傷つけ、他者を救い続けた無私と慈悲の天機が、痛みの果てに新たなマルクトメレクへと
夜明けが訪れ、煌々と輝く黄金の太陽の輝きが、
「プロテクトⅡは左前列へ。
さあ、バトルです!! あなたの手札には完全ガードが2枚あるが!!」
「な、何故、それを!?」
「さきほどドライブチェックで公開したばかりでしょう。
とにかく、私の場にはラメドが2体、アンプテイションが1体。守護者封じの布陣は完成している!
これで終わりだ!!
ラメドのブースト!! シン・マルクトメレクでヴァンガードにアタック!! パワー35000で、ラメドのスキルも発動! このアタックは守護者でガードできない!」
復活した6枚の翼を広げ、全身から蒼白い炎を噴き出して飛翔したマルクトメレクが、高々度から黄金の剣を振り下ろす。
「……それはどうかな?」
常にふざけた調子の少年が、この時、はじめて本気で目を光らせたように、ヒカルは思えた。
「じゃじゃーん!! 《汚泥怪獣 ドロヘッド》でガード!!」
「……なん、だ、と?」
「カウンターコストを支払って、ドロヘッドのスキル発動!! このターン、あんたはブーストできなくなる!!
これであんたの、もう1枚のラメドは封じた!!
……おっと、まだガード値が足りないな。《ジャスティス・コバルト》と《熱源怪獣 ジェネレーザ》でもガード!! 2枚貫通だ!!」
「……何だ、そのデッキは。……まとまりがなさすぎる。
そう言えば、さっきからトリガーとブラドブラック以外で、同名カードを見ていない……まさか、そのデッキは」
「ああ! ブラドとトリガー以外はピン挿しのハイランダーデッキだ!」
ミサダは胸を張って自分のデッキの中身を明かした。
「それに……何の意味が」
「え? だって、いろんなカードを引けた方が楽しいだろ? こうやってたまに意表を突くこともできるしな!」
「…………」
ヒカルは空いた口が塞がらなかった。
何故、こんなやつがベスト4まで勝ち残っている? そもそも、どうやって音無ミオに勝利した? いや、思い返してみれば、あの女のデッキもノーマルユニットを根絶者で縛っている異常なデッキだったか。
「……そんな考察は後だ!! 僕はまだ負けたわけではない!!
ツインドライブ!!
1枚目! ……2枚目!! ……どちらもトリガーは無しだ。
ラメドは退却。
……アンプテイションでアタック。パワーは34000だ。このアタックも守護者ではガードできない」
「《次元ロボ ダイレーサー》と《次元ロボ ダイジャッカー》でガード!」
「……サラフィエルでアタック」
「《ダイヤモンド・エース》で完全ガード!! 捨てるカードも《ダイヤモンド・エース》だ!!」
「……ターンエンドだ。
だが、これで勝ったと思うなよ? 僕のダメージはまだ3点だ!!
その手札1枚で、何ができる!!」
「ああ! だが、俺はこのドローを信じるぜ!」
「あと、喋り方が素に戻っていますよ?」
「おっと! 拙者のターンでござる。スタンド&ドロー!!」
「そんな喋り方でもなかったですがね」
「……来てくれたか。それでこそだ!
ライド!! 《黒装傑神 ブラドブラック》!!」
世界に再び夜が訪れる。
だが、マルクトメレクが呼び戻した夜明けは闇に落ちず、世界は太陽と月の狭間でせめぎ合う。
「フォースⅠはヴァンガードへ……!!
そして、この1枚が……勝利という名のパズルを紐解くための、最後のピース!!
コール……!! 《コマンダーローレル》……!!」
「!?」
ブラドのスキル発動! 前列のパワー+10000!
ダイブレイブのスキル発動! ブラドのパワー+5000!
このターン。俺はブラドブラックにすべてのチップを賭けよう!!
《コマンダー・ローレル》のスキル発動……!! 俺のリアガード4枚すべてをレストし、ブラドのパワーを倍に! ★+1!
ブラドでヴァンガードにアタック……!! 合計パワーは……96000!!!」
ブラドブラックが紅の月に舞い、マルクトメレクが黄金の太陽に飛翔した。
薙ぎ払われた大鎌と、振り下ろされた剣が交錯し、互いの頭部が激突しそうなぐらいに接近する。
「ノキエルで完全ガード!!」
「むっ? 完全ガードを手にしていたか。……面白い!
ツインドライブ!!
1枚目、トリガー無し。
2枚目、トリガー無し」
(柊マナの銃士対策に入れていた完全ガードが、こんなところで役に立つとは。だが……)
「ブラドのスキル発動……!! 山札の上から7枚を見て……俺は《銀河超獣 ズィール》を手札に加えよう……!!」
「銀河超獣……」
「手札を2枚捨てて、《銀河超獣 ズィール》にスペリオルライド……!!」
ブラドブラックが鋭い爪の生えた掌でマルクトメレクの頭部を鷲掴みにすると、地面に引き倒した。
その瞬間、ブラドブラックの全身が無数の蝙蝠となって散り、その中から双頭の怪獣が現れた。
「フォースⅠは右前列のリアガードサークルへ……!!」
ズィールのスキルも発動……!!
山札の上から1枚をスペリオルコール……! 俺がコールするのは……こいつだ!!
我が分身……《黒装傑神 ブラドブラック》!!」
蝙蝠が怪獣の隣に集まり、再びブラドブラックの姿を形作る。
「ズィールが生み出す地獄は終わらん……!! さらに、相手のサークルにあるマーカー1枚につき、シン・マルクトメレクのパワーを-5000する……!!」
マルクトメレクを地面に押さえつけた体勢のまま、ズィールは全身のクリスタルから1兆度の熱光線を無数に撃ち出した。
世界が、朝も昼も夜も無い。ただの地獄へと落ちていく。
「これで、シン・マルクトメレクのパワーは-3000までダウンした。
チェック・メイトだ!!
パワー43000のズィールで、ヴァンガードにアタック」
「そのアタックでは、どうしたって決まりませんがねぇ! ノーガードです!!」
「ドライブチェック! ……★トリガー!! ★はズィール!! パワーはブラドに!!」
ズィールがマルクトメレクを抱え上げ、至近距離から熱光線を浴びせた。
曇り無き純白の装甲が、熱に溶かされ、醜く歪んでゆく。
「ダメージチェック……。
1枚目、トリガー無し。
2枚目、トリガー無し……」
「これでフィナーレだ!!
挺身の天使に
パワー43000で、ヴァンガードにアタック!!」
ミサダは片目を隠しながら、大仰に手を突き出しながら宣言した。
「……ノーガード」
マルクトメレクはズィールを蹴り飛ばし、拘束から脱出すると、地獄の焦熱が届かない上空へと退避する。
そこに死神が待ち受けていた。
漆黒の影が振り下ろす大鎌を首筋に受け、マルクトメレクの視界は永遠の
「ダメージチェック……僕の負け、ですね」
6枚目のカードをダメージゾーンに置き、ヒカルが淡々と言う。
ミサダは固く握りしめた拳を高々と突き上げた。
「この勝利を我が愛する人、白河ミユキに捧げる……」
そんなもの捧げられても、ユキは困るだろうが。
「くっ……ふっ、ふははははは!!」
ヒカルはダメージゾーンにカードを置いた体制のまま。ミサダは拳を突き上げたまま。しばらく動かなかった両者だったが、ジャッジがそろそろ移動を促すため声をかけようとしたところで、ヒカルが顔を片手で覆い、狂ったように笑いだした。
「ああ! 楽しいファイトだったな!」
何を勘違いしたのか、ミサダがヒカルに手を差し出す。
「ははははっ! 楽しいものか! けど、笑うしかないでしょう、こんなの!
すべてに背を向けて、どれだけ強くなったつもりでいても、この程度の奇策に翻弄されるほどの、うわべだけの実力しか身についていなかったというわけだ、僕は!! なんて滑稽な道化者だ!!
ははははははっ! 笑えよ! 笑え! 笑ってくれ……」
「……よくわかんねぇけど。それだけはできねえよ。あんたは強かった。
対戦相手と笑いはしても、嗤いだなんてしたらユキさんに嫌われちまう。姉貴にも、殺されるだろうな……」
「……好きにするといいでしょう。それが勝者の特権です。ですが、貴方の名前は覚えましたよ、天道ミサダ!!
来年のヴァンガード高校選手権には、必ず出場しろ!! その時には、貴様にも地獄を見せてやる!!」
それだけ言い捨てると、危なっかしく立ち上がり、ふらふらと聖ローゼでもなく、天海でもない、何処かへと去って行く。
「ああ、またファイトしようぜ。その時は、あんたと仲良くなりたいな」
その寄る辺無き亡霊のような後ろ姿に、ミサダは届かないと分かりきった声をかけた。
そして、気持ちを切り替えるかのように、掌で頬をパンッと叩く。
「よっし! 残すはあと1戦! ここまで来たら、優勝だ!!」
――そして、決勝戦
「え? 待って? この子、強すぎない? ちょっ、ちょっとタンマ!! ぎゃあああああああっ!!!」
決勝戦とは思えないくらいにあっさりと、6ターン目にマナが2枚の★を引き当てて優勝を決めた。
「終わっちゃいましたね……」
高校選手権の帰り道。サキが黒い風景に白い吐息を溶かしながら感慨深く呟いた。
「そうだねー。まあ、優勝した感想を求められたマナちゃんの『え、これドッキリですか?』は、高校選手権史に迷言として記録されるだろうけどねー……」
部員の中で最も好成績だったためか、声に疲れは見られるものの、機嫌よさそうにレイが答えた。
「ずいぶんと遅くなってしまいましたね。早く帰りましょう」
ミオが部長らしく、早足になって部員を先導する。
もうすっかり夜も更けて、冬らしい透明な空には無数の星が瞬いていた。
「はーい……ん? あれ?」
レイがそれに答えながら、何とはなしに北の方角を向いた時。
「……痛っ」
小さく悲鳴をあげて、右手の甲を押さえながら膝をついた。
「レイちゃん!?」
サキが慌ててレイに駆け寄り、ミオもそれに続こうとしたが、その前にレイが何かに気付いていたことを思い出し、その方角へと振り向いた。
「……何ですか、あれは?」
ミオは天体に関しては詳しくない。だが、さすがに北を向けば北極星があることくらいは知っている。しかし、北極星の傍でそれに喰らいつくように存在を主張する、禍々しいほどに赤く輝く星があることなど知らなかった。
いや、そんな星などあるはずが無かった。
「……っ」
ミオも右手の甲に痛みを感じて、小さく声をあげる。サキに気付かれないように、そっと手の甲を確認すると、輪っかを3つ重ねて花を模したようなリンクジョーカーの紋章が、仄かに光を放ちながら浮かびあがっていた。
レイが言うには、これは自分が
咄嗟にレイに目配せすると、レイは人差し指を立てて口元に持っていった。黙っていろ、ということらしい。少なくとも、サキの前では。
「だ、大丈夫だよ! 木の枝に引っ掛けちゃったみたい!」
レイがすっくと立ち上がり、手の甲を押さえながらも大丈夫だとアピールする。
「そう……何ともないならよかったけど。もう暗いんだから、気をつけてね」
「はーい!」
レイが快活な声をあげ、何事も無かったかのように先頭を歩き出す。
ミオもそれに続いたが。
「…………」
極点に輝く赤い星がどうしても気になって、なかなか目を離すことができなかった。
ディメンジョンポリス使いの恋する少年。あやつの弟。天道ミサダが正式に登場です!
この子は難産でした。
キャラが決まったのは、11月28日。公開日の3日前です。
はじめは厨二病なだけのキャラだったのですが、それだと原作にもいるよなぁというわけで。色々と案が浮かんではしっくりこなくて考え直しを繰り返し。
最終的には、小学生くらいの男の子がユキみたいな完璧少女に出会ったら恋に落ちるに違い無い!
という理論を展開して、こんなキャラクターになりました。
そう言えば、アリサがキャラが定まるのも公開3日前くらいでした。
なんだこの難産姉弟。
そして、これまで目立ったファイトの無かったエンジェルフェザー使いのガチ勢、十村ヒカルも実質的な初陣です。
今回は、高校選手権をベースに、このふたりにスポットを当てて書かせて頂きました。
時期的に他の登場人物のエピローグも兼ねているので、過去最長の長さとなってしまいました(高校選手権はいつも長くなる!)
ここまでお付き合い頂いた読者の皆様に感謝を。
次回は『覚醒する天輪』のえくすとらで、またお会いしましょう。