その少女は、赤く染まりゆく空を見上げていた。
未知の世界に焦がれる令嬢のように。あるいは故郷を想う旅人のように。
今にも落ちてきそうな赤黒い凶星が、その頭上では禍々しく輝いており、彼女の瞳もそれに共鳴するかのように煌いている。
「……何をしているのですか、レイさん」
その背に声をかけたのは、少女と瓜二つな容姿を持つ少女、
「ああ、見られちゃったかぁ」
レイと呼ばれた少女が首だけでゆっくりと振り向く。ミオとは対照的に満面の笑みを浮かべていた。アリをいたぶって遊ぶ子どものように、無垢で残酷な笑顔。彼女をよく知る者が見たなら、彼女がレイだと気付けただろうか。
「本当は何もかも分かって、ここまで来たんでしょ? メサイアの入れ知恵かな?」
レイの問いかけに、ミオが小さく頷く。
「ちっ。本当に余計なことをする。
けど仕方ないか。じゃあ、お姉ちゃんには改めて教えてあげるね」
レイは完全にミオへと向き直ると、両腕を大きく広げた。背にした凶星をミオに――いや、世界に紹介するかのように。
「間もなく地球はデリートされるよ。この遊星ブラントの力によってね」
少女がブラントと呼ぶ凶星に髑髏の模様が浮かび、不吉な笑みを浮かべたような気がした。
その日、音無ミオは就職活動の真っ最中だった。
とは言え、一般的な就職活動とは、意味合いも内容も異なる。彼女が目指すのはヴァンガードファイターのプロ、ただ一点のみである。
よって、彼女は今日もヴァンガードの大会に出場し、優勝を飾ってきた帰りであった。
本来ならばそこで企業などのスポンサーにスカウトされるのが最良ではあるのだが、世の中そう上手くはいかないようである。
他にもネット上でスポンサーを募集するなど涙ぐましい努力は続けているのだが、成果は実らなかった。
というのも、ミオは高校生活の3年間において、大きな大会でこれといった実績を残せたわけではない。
高校選手権で優勝したのは2年前の1年生だった頃であるし、その時には
その可憐な容姿から知名度は抜群に高いものの、ファイターの実力としては、安定しない中堅どころと言うのが世間の評価であった。
(フウヤさんと同じように、アルバイトをしながらアマチュアのファイトで結果を残していくしかありませんね)
そのフウヤはアマチュアで華々しい結果をいくつも残しており、いくつかの企業が彼に目をつけているらしく、プロ入りは時間の問題だと言われている。恐らく自分とは入れ違いになるだろう。
となると、当面のライバルは
高校に入学した当初には想像もしなかった先行き不安な将来設計だ。自分の学力と機転なら、何にだってなれると思っていた。なりたいと願うような目標も無かったので、それはそれで今の自分は幸せなのかも知れないが
「すみません。音無ミオさんでしょうか?」
そんな少し荒んだミオの背に声がかけられた。透き通った女性の声だ。
「何でしょう?」
仏頂面にも似た無表情でミオが振り向く。新品と思しきパリッとしたレディーススーツに身を包んだ若い女性が視界に入った。就職活動中の女子大生か、どこぞの企業の新入社員か、そのどちらかだろう。少なくとも、ミオが求める、企業のスカウトには見えなかった。
「あなたとファイトをしたいと思いまして。今、お時間よろしいでしょうか」
「お断りします。今、忙しいので」
ミオは即答した。
先にも述べたように、ミオの知名度は高く、ファンも多い。こうして道を歩いていると、ファンを名乗る知らない人から声をかけられることが稀にあった。
握手くらいなら受けているが、サインはすべて断っている。そんなもの練習していない。ではファイトの誘いはどうかと言うと、常にファイトに餓えているミオは、100%受けていた。
そんな彼女がファイトを拒んだ。
不透明な未来にナーバスになっているからとか、そんな理由では無い。
目の前の女性を見た瞬間、ミオの本能が恐怖を覚えたのだ。
この場から一刻も早く逃げ出さなければと、全身の細胞が強く警告を発していた。
「ああ、申し遅れました」
ミオの塩対応に気分を害した様子もなく、女性は穏やかな笑み――大抵の人には魅力的に映るのだろうが、ミオにとっては何かを企んでいるようにしか見えなかった――を浮かべ、女性が右手の甲をミオへと向ける。
「私の名は
私はメサイアのディフライダーである、と」
女性の右手の甲に輪っかをみっつ重ねたようなリンクジョーカーの紋章が浮かび上がる。それは仄かに浮かびあがるミオのものとは違い、神々しく、ミオからみれば偉そうに、純白の輝きを発していた。
「まさか私から逃げたりしませんよね、根絶者のディフライダー」
「もちろんです。その名を名乗ったからには、無事に生きて帰れるとは思わないでください」
あっさり前言を撤回して、ミオが物騒な物言いで女性の挑戦を受ける。
だが、その心臓は今も本能的な恐怖に激しく脈打っていた。
「いらっしゃい、マナちゃん!」
バスからふらふらとした足取りで降りてきた柊マナを、レイの無駄に元気な声が出迎えた。
「あ……。レイちゃん。この度はどうもお招き頂きありがとうございます」
それに気付いたマナが、儚げな表情を崩して微笑み、深々と頭を下げた。
天海島という離島で暮らす彼女だが、今日はレイに誘われ、本土まで遊びに来ていた。都会のショッピングモールやらカフェやらを案内してもらう約束になっている。締めはもちろん、天海島にある唯一のカードショップ「アルカナ」より、広さも品揃えも5倍以上の差があるカードショップでヴァンガードだ。
……その割には、レイから指定され、到着したバス亭には延々と道路が続くばかりで、何も無いのが気にかかった。都会とは言え、中央から離れればそんなものなのだろうか。それなら、もう少し都心に近い場所で待ち合わせてもよかったのではないか。
「ね、マナちゃん! さっそくだけど、ファイトしようよ!」
レイから突然の提案に、マナの疑問は吹き飛び、彼女は丸い目をさらに丸くする。
「今ここで、ですか……?」
「うん! 新しいデッキを組んだんだけど、我慢できなくなっちゃって!」
言いながらレイは新しいデッキとやらを取り出し、いそいそとバス亭のベンチに広げる。いくら待っても人など来そうになかったし、たしかに1戦くらいならできそうではあった。
「わかりました」
気の弱いマナが、押しの強いレイからの提案を断れるはずもなく、ふわりとコートをなびかせてレイの対面に腰かける。マナも新しいデッキを組んできたし、ファイトすること自体はやぶさかではないのだが。
「……ですが、後で都会のお店にも案内してくださいね。お土産を買ってくる約束をアラシさんとしてしまっているので、それを反故にしてしまっては何を言われるか……」
せめてもの抵抗で念を押す。
「大丈夫、大丈夫! 1戦だけだから!」
女性をホテルに連れ込むチャラい男のような、何も信用できない「大丈夫」をレイは連呼した。
「そ、それならいいのですが……」
そしてまた、騙されるチョロい女のような、曖昧な表情をマナが浮かべる。
「準備できた? 今日のアタシはいつもと違うんだからね。本気で来ないと、マナちゃんだって負けちゃうから」
「そんな……。私のような未熟な者が、手加減などできるはずもありません」
いよいよファイトが始まる直前になって、マナの気配が変わっていく。
彼女の最大の強みはここだ。高校生屈指の実力を持ちながら、その低い自己評価から、誰が相手であれ一切の驕りも油断も彼女のプレイングを歪めることは無い。既に王でありながら、常に挑戦者であり続けられることこそ、彼女の異能であった。
「「スタンドアップ! ヴァンガード!!」」
「《菜の花の銃士 キーラ》!」
「《発芽する根絶者 ルチ》」
「……え?」
そんな稀代の集中力を誇る彼女の表情が、レイのめくったカードを見て、困惑に変化した。
「そのクラン……いえ、そのユニットは」
「言ったでしょ? 今日のアタシはいつもとは違うって」
レイがいつものように笑い、別人のように嗤う。
獲物を捕らえた肉食獣の如く、綺麗な舌が薄桃色の唇をなぞった。
星の光すら届かぬ昏き宇宙の果てで、自らが星であるとばかりに燦然と輝く救世の竜と、宇宙すら闇に呑み込まんとする青き鋼鉄の根絶者が対峙していた。
根絶者が装甲の隙間から無数の触手を伸ばし、救世竜は全身から放つ閃光で、それらをまとめて焼き払う。
牽制では埒が開かぬと見た根絶者は、なおも光を放ち続ける救世竜に突撃を開始した。根絶者の纏う装甲が一瞬にして溶け、光に晒された肉体が浄化させられていく。左腕が落ち、両脚も崩れ、頭部を吹き飛ばされてなお、それは残った右腕を救世竜の額に突き刺した。
だが、脳天を抉るには至らず、その右腕も灰と化して消えていく――が、その傷跡から再び触手が溢れ出すと、額の傷口から救世竜の体内に侵入し、ありったけの虚無を打ち込んだ。
救世竜の全身がひび割れ、内部から砕け散る。
その破片にこびりついていた根絶者の肉片が、ひとつ、またひとつと集まり、新たな根絶者を生み出すと、それは勝鬨とも産声ともつかぬ嬌声を、誰の声も届かぬ世界であげた。
「ダメージチェック……私の負けですね」
近くにあったカードショップ《サン》にて。
メアと名乗った女性が、ダメージゾーンに6枚目のカードを置く。
「なんなんですか、あなたは? ずいぶんと強敵感を醸し出して現れた割には、素人丸出しのプレイングでしたが」
あっさりファイトに勝利したミオがらしからぬ辛辣な口調で尋ねた。
「私の宿主はカードのコレクションが趣味で、あまりファイトをしていなかったので。一応、デッキは改良してきたのですが、あなたほどのファイター相手には付け焼刃だったようですね」
それを気にした様子もなく、右手の甲を押さえながらメアが語る。
「ですが、実際にファイトして分かりました。あなたから邪な気は感じられません。あなたに宿る根絶者の魂は、実にいい形であなたと共存しているようです」
「はい? 私を試していたとでも言うのですか? あなたはいったい何様ですか?」
「となると、やはり問題はもうひとりのディフライダーでしょうか」
「もうひとり? レイさんのことですか? あなたに私のかわいい後輩のことが何かわかるとでも?」
「……あの、いちいち喧嘩腰になるのはやめて頂けませんか? 天敵たるメサイアを前にして、あなたが強がりたくなる気持ちは分からなくもないですか」
これまで穏やかな笑みを絶やさなかったメアが、はじめてその整った顔立ちに渋面を浮かべた。
「つ、強がる? わ、私があなたを恐れているとでも? 先程のファイトで、根絶者がメサイアよりも優れていることは証明されたはずです。私があなたを恐れるる道理などあるるはずもありませむ」
「呂律が回っていませんが、まあいいでしょう。
2か月ほど前から、この星に現れた奇妙な星のことはご存知ですね?」
メアが窓から空を、正確にはそこに浮かぶ赤黒い星を見上げながら尋ねた。それは1カ月前と比較して、益々大きくなっており、まだ正午にも関わらず空を夕暮れのように、赤く染めあげていた。
「はい。たしか遊星ブラントと、レイさんは紹介してくれました」
「そうですね。ですがブラント本星は我々が過去の戦いで浄化したので、あれはブラントの亜種のようなもの。我々はそれをブラント・オルタと名付けました」
「はい? 何を格好つけているんですか? 普通にブラントその2では駄目だったのですか?」
「……とにかく、あの星は地球にとって非常に危険な存在です。これ以上地球に近づくと、地球を呑み込んで、そのままデリートしてしまうでしょう」
「レイさんは、ブラントが地球によっぽど近付かない限りは安全だと言っていましたが。その確率もよっぽど低いものだと」
「それも間違いではありません。実際、ブラント・オルタは――」
「あくまでそれで通すんですね」
「ブラント・オルタは、地球に気付かず通り過ぎるコースを進んでいました。ですが、そのブラント・オルタを地球から呼ぶ者の存在が観測されたのです。ブラント・オルタは、それに惹かれるようにして、ゆっくりと地球に近づいてきている。
それは根絶者のディフライダーとして生まれたあなた達ではないかと目星をつけ、まずはあなた達を暗殺するための刺客を放ったのですが、想定外のトラブルによって頓挫しました」
「知らないところで、何を物騒なことしてくれているんですか」
「次に計画されたのが、もともと地球の監視のため、この星にディフライドしていた私があなた達を抹消する作戦です。
先程あなたは物騒と言いましたが、言うほど危険なことではないんですよ?
ほら、見てください」
言いながら、メアは押さえていた右手の甲をミオに見せる。そこに浮かぶリンクジョーカーの紋章からは黒い煙があがっており、煌々と輝いていた白い光も、今は少し陰りを見せていた。
「ディフライダー同士でファイトした場合に限って、あなた達のディフライドを解除することができるようなのです。今回は返り討ちにあってしまったので、私のディフライドが解除されてかかっていますが。
本来なら一般のファイターに負けてもディフライドは解除されるのですが、あなた達は事故で生まれた特殊なディフライダー。人間の魂と根絶者の魂が入り混じっており、一般のファイターが、そのディフライドを解除することは困難なようですね。
もっとも、あなたの感情がユニットと深くリンクした状態で負けた場合のみ、ディフライドが解除されることがあるようですが。心当たりはありませんか?」
ミオは言われるまでもなく、メアの手の甲から燻る煙を見た時点で、今からちょうど2年前に行われた、ユキとのファイトを思いだしていた。
あの時は確かに、ファイト中にグレイヲンの声が聞こえた気がしたのだ。そしてファイトに敗北した時、ちょうど今のメアと同じように、右手の甲にリンクジョーカーの紋章が浮かびあがった。
「話が逸れてしまいましたね。
重要なのは、私が根絶者のディフライダーに勝利して、そのディフライドを解除しなければならないこと。あなたには負けたものの、安全性は確認できました。となると、もうひとりのディフライダーが、間違いなくブラント・オルタを呼んでいる。
私は彼女にファイトで勝利し、その魂を再び虚無へと還さなければなりません」
「その証拠は? 私の後輩を、地球を滅ぼす害悪認定までして、勘違いだったとかでは済まされませんよ?」
「それは間違いありません。疑うのでしたら、このあたりで最も高い場所……
あなただって、本当は薄々と感じているのでしょう? その子が、人にとっての善のみで動いているのではないことに」
「どうでしょう。私は人の感情には疎いので」
ミオはとぼけるようにして堂々と嘯いた。
「それに、あなたの実力でレイさんにファイトで勝利するというのも無理があるように思われますが。今の彼女は、私に勝るとも劣らないファイターですよ」
「そうですね。わかってはいたものの、ここまで実力に開きがあるとは思いませんでした。計画に修正が必要です。我々メサイアは最終手段を行使します」
「最終手段?」
その響きに不穏なものを感じ、ミオがオウム返しに尋ねる。
「はい。今、地球に我らが眷属の1体である、エクセリクスが向かっています。その力によって時任レイを直接浄化します」
「……それはどういう意味ですか?」
「エクセリクスの浄化の光に焼かれた存在は、その魂ごと骨も残さず消滅するでしょう。彼女のいる付近にも多少の被害が想定されますが、人的被害はなるべく抑えます」
「……レイさんの中に潜む根絶者だけではなく、レイさんという人物が消えてなくなるということで認識に間違いはないでしょうか」
「はい」
「何をほざいているんですか、あなたは?」
心底から侮蔑の言葉と感情が湧きだしてきた。
「レイさんにも家族が。友人がいるんですよ?」
「これも秩序を守るためです。些細な犠牲など気にしてはいられません」
メアの笑顔はいつの間にか失せ、そこには機械的な無表情が浮かんでいた。
「私の妹の命が、彼女を愛する人たちの悲しみが、些細ですか? 前からろくでもない連中とは思っていましたが、あなた達は正真正銘の外道だったようですね」
「これも秩序を守るためです」
壊れたテープレコーダーのように、メアは同じ言葉を繰り返した。
「……提案があります」
そんなメアに向けて、ミオは深く俯きながら、言葉を紡ぐ。それは頭を下げているようでもあり、宿敵にそのようなことをしなくてはならない屈辱に耐え忍んでいるようでもあった。
「何でしょう?」
「要はレイさんのディフライドを解除すればよいのでしょう? であれば、私がレイさんにファイトで勝利することでも、それは可能なはずです」
「理論上は可能ですね」
「それを私にやらせてください。私も地球をデリートされて嬉しいわけではありません。どうしてもレイさんに、あの子の中の根絶者に引導を渡すことが必要なのであれば、それは私の使命です」
「……いいでしょう。ですが、エクセリクスも間もなく地球へと到達します。あなたが敗北した時点で、それはあなたごと時任レイを焼き尽くすでしょう。それでもよろしければ」
「かまいません」
ミオは即答した。
「私は彼女の姉ですよ。姉が妹に負けるはずありませんので」
誰よりも理論的な彼女が、何の根拠も無い言葉を口にする。
「ただ、いくつか確認しておきたいことがあります。
これまでも私はレイさんと幾たびもファイトしてきました。ですが、どちらかのディフライドが解かれるなどということはありませんでした。今回もそうなっては意味がありません。
ディフライダー同士が戦う以外に、何かディフライドを解除する方法があるのではないですか?」
「ああ、そうですね。それはきっと時任レイがリンクジョーカー、根絶者を使っていなかったからでしょう。ディフライダーは自らと深い繋がりを持つユニットを使わなければ、ディフライドが解除されることもありません。ただカードゲームで遊んでいるだけです。
ですので、時任レイとファイトする場合は、必ずリンクジョーカーを使わせてください」
「なるほど。彼女がギアクロニクルを使い続けてきたのは、私とファイトしてどちらかが消失することを避けるためでもあったのですね。
では、次の質問です。
もしもディフライドが解除された場合、彼女はどうなるのですか?」
「それは……わかりません」
メアは悩ましげに首を傾げて答えた。
「役に立ちませんね」
「申し訳ありません。ですが、あなた達のディフライドは特殊なのです。
通常のディフライドは、地球人の魂の上に、ユニットの魂が乗っかっている状態と考えてください。そこからユニットの魂を取り除いても、地球人の魂に影響はありません。
しかしあなた達は、地球人の魂と根絶者の魂が混じり合っている。そこから根絶者の魂を取り除いてしまった場合、どのような形で魂が残されるのかわからないのです。ディフライド自体が新しい技術であり、今回の件は前例もありませんので。
ただ、何らかの記憶を失ってしまうことは避けられないと考えています。最悪のケースを想定するなら、物言わぬ植物人間になってしまう可能性すらあります。すべてはあなた達の魂の持ちよう。人として生きてきたか、根絶者として生きてきたかにかかっているでしょう」
「……わかりました。ありがとうございます」
形だけの礼を述べて、ミオは席を立つ。
「あ、待ってください」
それをメアが呼び止めた。
「まだなにか?」
いつも以上に無感情になってミオが尋ねる。
「最後にひとつだけ、お願いがあります――」
メアが口にしていた薄暮山の麓へとバスで向かい、降り立ったところで、ミオは意外な人物と再会した。
「……マナさん?」
レイの友人である柊マナが、バス停のベンチにぐったりとうつ伏せになって横たわっていたのだ。その周囲には彼女のものと思しきネオネクタールのカードが散乱している。
今日はマナが島から遊びに来るのだと、1ヵ月ほど前から何度も嬉しそうにレイが話していた。なので、彼女がここにいること自体に不思議は無い。では何故、そのレイの姿がどこにも無いだろうか。
ミオの心臓がどくんと跳ねた。
「マナさん、大丈夫ですか?」
今すぐレイの名を叫びたい衝動にかられながらも、まずは倒れているマナの体を抱き起こし、その体調を手短に確かめる。気を失っているようだが、命に別状は無いようだったので、彼女をベンチにもたれかけさせたまま、散らばったカードが風に流される前に片付けようとする。
「む?」
そのうちの1枚を見て、ミオは軽く形のよい眉をひそめた。
「茨百合の銃士、セシリア……“Я”?」
これまでマナのデッキでは見たことのないカードが、その中に紛れ込んでいた。
「……ん」
とそこでマナが小さく呻き声をあげ、ミオの注意はそちらへと向けられる。
「マナさん?」
もう一度声をかけると、マナがゆっくりと目を開き、虚ろな瞳がミオを捉えた。
「……マナさん? その、顔は?」
光の消えたマナの瞳の下、その目元には、一筋の血涙にも似た赤い痣が浮かんでいた。
「……んー?」
マナがいつも以上にぼんやりとした声をあげると、顔にぺたぺたと触れる。続いて、ポケットから手鏡を取り出して自らの顔を確認すると、「あら」と小さく声をあげた。
「変な体勢で寝ていたので痣になってしまったようですね。お見苦しいものをお見せしてしまい、申し訳ございません」
そう言って深々と頭を下げてから。
「あ、音無さんですか? おはようございます」
ようやくミオに気付いたように、再び頭を下げた。もともとどこかずれている少女ではあるが、寝起きのためかそれに拍車がかかっているように思えた。
「もう昼過ぎですが。体調は大丈夫ですか?」
対するミオは、ツッコミと確認をテキパキ同時にこなす。
「あ、はい。私、体は丈夫なんですけど、乗り物には弱くって。船も苦手なんですが、バスは島に無いのもあり、猶更乗り慣れていなくて、乗り物酔いしてしまいました。そんな状態でファイトまでしたものですから、気を失ってしまったようですね」
「対戦相手はレイさんですか?」
マナは「はい」と小さく頷いた。
ミオは嘆息すると、マナにデッキを返しながら「デッキの中に見慣れないカードもありましたが」と続けて尋ねた。
「え? ああ、セシリア“Я”のことでしょうか。せっかく4枚揃ったのでデッキに入れてみたのですが、慣れないカードは使うものではないですね。負けてしまいました」
「……そうですか」
レイとのファイトに負けたマナが、変貌したデッキを手に襲い掛かってくるという想像が何故かずっと頭から離れなかったのだが、まったくそんなことは無かったようである。本当に何でそんなことを考えてしまったのか。
「私が不甲斐ないファイトをしたものですから、レイちゃんは私に愛想を尽かしてどこかへ行ってしまわれたようですね」
マナが寂しそうに俯いた。彼女が落ち込むのは、付き合いの浅いミオからしても珍しくないことではあったが、この時のマナは心の底から悲しんでいるように見えた。
そうだ。いつものレイなら、目の前でマナが倒れて何もしないわけがない。
だが、事実としてレイはこの場にいない。
「……ファイトしていたレイさんの様子に、何か変わったところはありませんでしたか?」
「え? ……そう言えば、デッキがいつもと違いました」
「何を使っていましたか?」
「リンクジョーカー……根絶者です。最初はびっくりしましたけど、音無さんの影響かと思って、あまり気にはなりませんでした。中学生の頃は根絶者を使っていたという話も聞いていましたし」
「……そうですか」
嫌な予感が、またひとつ現実のものとなる。
だが、マナはまだ言葉を続けた。
「けど、そんなことよりも。今日のレイちゃんはいつもよりよく笑っていましたけど……まったく楽しそうではありませんでした。そちらの方が気になって……。
やっぱり私とのファイトがつまらないから、レイちゃんは私のことが嫌いになってしまったのでしょうかぁ……」
ぽろぽろと涙を零しながら、マナはミオにすがりつく。
「……大丈夫ですよ」
ミオは絞り出すようにして声をあげた。それは自分に言い聞かせているようでもあった。
「あの子はあなたのことが嫌いになったわけではありません。ただ、今日はちょっと情緒不安定になっていたようですね。
船の時間もあるでしょうし、あの子のことは私にまかせてください。この日の埋め合わせは、必ずさせますので。次に会う時は、きっといつも通りのレイさんですよ」
自身の不安な感情は力ずくで抑え込み、マナを安心させるようできる限りの不器用な笑顔で取り繕った。
「……わかりました。よろしくお願いします」
ミオの拙い言葉が、どれほど信用されたのかは分からない。だが少なくとも真剣な想いは伝わったらしく、マナはすんと鼻をすすり小さく頷きながら、ゆっくりと立ち上がった。
その拍子に、彼女のコートの下から、カードの束が現れる。
「む。マナさん、デッキを忘れてますよ」
「え? セシリア“Я”デッキなら、もうしまいましたけど。今日はこれ以外のデッキも持ってきていないですし……」
訝しげにカードの束を拾い上げ、中身を確認する。その瞬間、マナのハッと息を呑む声が無人のバス停に鋭く奔った。
「どうしました?」
ミオもマナの手元で広げられたカードを覗き込み、金棒で頭を殴られたような衝撃を受ける。
それはギアクロニクルのデッキだった。
「……これ、レイさんのデッキです」
そのうちの1枚、
それはギアクロニクルのカードの束というだけで、レイのデッキであるという確証はどこにも無い。
だがこの1年間、レイが悩みに悩みぬいて1枚1枚カードを選定してきた、文字通り心血を注いで完成させたデッキを、このふたりが見間違えるはずもなかった。
「レイさん、ギアクロニクルを辞めてしまったのでしょうか。あんなに楽しそうに使っていたのに……」
マナがまた泣きだしそうに目を伏せた。
「そのことも、すべてこれから彼女に確かめてきます」
ミオは宣言するように告げると、睨みつけるように空を仰いだ。今もそこに浮かぶ凶星は、こうしている間にもまた大きくなっているかのように見えた。
そしてミオは、薄暮山の頂上でレイと出逢った。
愛しい母を見上げる赤子のように無垢な瞳で、黄昏にも似た赤い空を仰ぐレイと。
「ブラントに危険は無いと、レイさんはおっしゃっていましたが」
責めるような口調で、ミオが確認する。
「嘘は言ってないよ。ブラントが地球に気付くきっかけでも無い限りは大丈夫って言ったでしょ。だからアタシがきっかけになってあげたんだ」
そう言うレイの瞳は、空に浮かぶ凶星のように赤黒く濁っていた。
「ブラントは仲間――根絶者であるアタシのことだね――の気配を感じて、少しずつ地球に近づいてきている。あと30分もすれば地球にいる生命体の存在を認識して、急速に地球へと接近してくるよ。そうなれば誰にも止められない。地球はブラントにデリートされる。
けど安心して!!」
パッと明るく口調を変えて、レイが無邪気に笑う。
「別に痛いとか苦しいとかは一切感じないから! 老いも若きも、富める者も病める者も、誰もが平等に。電源を落とした機械のように、ある日突然ブツリとデリートされる。これってとっても素敵なことだと思わない!?」
「思いません。どれだけ言い方を変えようと、それは単なる人の死です。デリートでも何でもありません」
「……やっぱりわかってくれないかぁ。この1年間、お姉ちゃんと一緒にいて、なんとなくそんな気はしていたんだけど。残念だなぁ」
拗ねた子どものように、レイが足元の石ころを蹴りつけた。
「わからないのは私の方です。人が消えるということは、あなたがヴァンガードを通じて出会い、あなたを愛し、あなたを愛してくれた人達も失われるということですよ? あなたの御両親が、サキさんが、マナさんが、アリサさんが、聖ローゼの皆が、死んでしまうということなのですよ?」
「さすがのアタシも皆が苦しみもがきながら死んでいくのを見るのはイヤだよ? けど、さっきも言ったようにこのデリートは平等で例外も順番も無い。アタシも含めて漏れなく全員が同時にデリートされる。取り残される者のいない死は、死じゃないよ。
一寸先は闇とは言うけれど、これからの未来が輝かしいものとは限らないじゃない? なら全員が等しく終わりを迎えるのは、ひとつの幸福だと思うけどな」
「……サキさんが。この前、私に話してくれたんです」
「?」
急に話を変えられて、レイは訝しげに小首を傾げた。
「将来は先生になりたいと。そのための勉強を始めているのだと。レイさんが入部するより前、聖ローゼの方々と合同で練習をしたのですが、その時にマナブ先生が色々と話をしてくれて。そのことがとても印象に残ったそうです」
「……へえ? あのいるんだかいないんだかわからない顧問の先生がねぇ。それがどうかしたの?」
「アリサさんはカードショップの店員になるため、『エンペラー』でアルバイトをしながら勉強を続けています。一度は夢を見失ったオウガさんも、今はアメフトのトレーナーになるため努力をしている。ミコトさんとノリトさんとムドウさんはプロを目指して頑張っていますし、フウヤさんはもう少しで念願だったプロになれる。ヒビキさんに至っては、今年度からプロになることが決まっていますし、アラシさんとセイジさん、そしてマナさんは家業を継ぐのだと。それに一切の不満も後悔もないと笑っておっしゃっていました。ユキさんは……ろくでもないことしか考えてなさそうなので、夢が叶わない方が人類にとって幸せなのかも知れませんが」
ミオの口から、これまで出会ってきた人の名と、彼らが抱く夢や野望がとめどなく流れ落ちてきた。
「私もプロになりたい。ヴァンガードと共に生きて、もっといろんな人と出会いたい。そして、ダルクさんと交わしたファイトの約束を果たします。
レイさん。あなたのやろうとしていることは、私達の夢、未来に対する冒涜です。私はそれを看過できません」
「……なら、どうするのかな?」
レイが試すようにミオを見据えた。
「私があなたを止めます。レイさん、ファイトをしましょう。あなたもリンクジョーカーのデッキを使ってください」
ミオはカバンからデッキを取り出すと、剣のようにしてそれを突きつけた。
「……敗れた側がどうなるかは、メサイアに聞いてるんだよね?」
「承知の上です」
「アタシにはそれを受けるメリットがないんだけど?」
レイが意地悪く笑う。
「そうですね。ですが、あなたは私からのファイトの誘いは断らないはずです」
「……悔しいけど、そうだね。どうしてもファイトが恋しくなってマナちゃんともファイトしたけど、やっぱり最期にファイトするのならお姉ちゃんがいいや」
「あなたはそういう人です。あなたもヴァンガードファイターなのですから」
「けど、ひとつだけ条件を聞いてくれる? Pスタンダードでファイトしようよ。お姉ちゃんのことだから、Pスタンのデッキも持ち歩いてるんでしょ?」
「それはもちろんですが……」
何故でしょうかと言外で問いかける。
「せっかく最期にファイトをするんだから派手にやりたいと思っただけだよ。カードプールは聖域の光戦士からVコレまでね」
「……私はこのファイトを最期にするつもりはありませんが、わかりました。少しだけ構築を変えてもよいでしょうか」
「替えのカードも持ち歩いてるの? 相変わらず熱心だねー。いいけど、時間が無いのはそっちだからね。
あ、時間を稼ごうとしても無駄だよ? 性格の悪いメサイアのことだから、アタシを直接狙おうとかしてるんだろうけど、今のブラントは過去に敗れた経験から、メサイアを察知する能力が高くなってる。今頃は足止めを喰らってるんじゃないかな? メサイアがアタシを焼き尽くすより、ブラントが地球を消し去る方が間違いなく早いよ」
「失礼な。私がメサイアごときの力をアテにするとでも思いましたか?」
「そうだよね。ごめん」
そんな話をしている間にも、ミオは新しく取り出したデッキから複数枚のカードを入れ替える。
「ファイトは……あそこでしよっか」
レイが指さしたのは、昔は何かの銅像が立っていたのであろう台座だった。立ちながらのファイトにはなるが、形はファイトテーブルによく似ていた。表面はざらざらし汚れていたので、ミオは白いハンカチを広げて置いて、その上にデッキを静かに乗せた。レイもそれに倣ってデッキを置く。
「……何故、私たちはすれ違ってしまったのでしょうか」
山札からカードを引きながら、ミオは問いかけた。それはレイに対する問いかけであり、自問自答しているようでもあった。
「しょうがないよ。根絶者として生きてきた年数が違うんだから」
レイもカードを引きながら、独り言のように虚ろに答える。
「……? どういう意味ですか」
「お姉ちゃんは疑問に思わなかった? アタシ達はメサイアに敗れた根絶者の魂が、無垢で脆い赤子の魂に取り憑くことで生まれた存在。なのに、なんで2年も歳が開いたのかな?」
「……あ」
「そう。お姉ちゃんは根絶者として生まれてすぐに死んだけど、アタシは2年間生き残った。ただ目に映る存在を本能のままに斬り裂き、喰らい、消去する。終わりの無い戦いを2年もの間、続けてきたの。
その時の記憶が悪夢となって、今もアタシを苛んでいる。目に映るものを消し去りたいとふと思うことがあるの。それは嫌いなものや気に食わないものだけじゃない。お姉ちゃんや、サキちゃん。マナちゃんだって。大切なものを本能的に消してしまいたくなるの。地獄だよね。
すべてを消し去るきっかけを求めていたのはブラントじゃなく、きっとアタシだ……」
「何故それを……」
相談してくれなかったのか責めようとして、ミオは口をつぐんだ。
「うん。お姉ちゃんには何もできなかったよね。気休めとかも言えない人だし」
「そうですね。私にできることは、あなたが姉と呼んでくれた者の責任として、ただひとつ……」
ミオは大きく息を吸い、静かに宣言した。
「あなたの中にいる根絶者をデリートします。たとえあなたを失うことになろうとも」
彼女の意思に応えるように、右手の甲でリンクジョーカーの紋章が気高く純白に輝く。
「やってみなよ! マナちゃんにも言ったけど、いつものアタシとは思わないでね?」
対するレイの紋章が、混沌の紅に輝いた。
「アタシは根絶者として生きるよ、お姉ちゃん」
「私は
ふたつの紋章が、互いのファーストヴァンガードに重なり合う。
「「スタンドアップ ヴァンガード」」
「《享受する根絶者 ヰゴール》」
後に最凶の根絶者へと成長する悪夢の落とし子が、レイの魂を宿して産声を上げ――
「《翻る根絶者 ズヰージェ》」
滅亡の予兆とされる異形の翼が、ミオの魂を宿して宙を舞った。
「先行はもらうよ。スタンド&ドロー。
ライド。《速攻する根絶者 ガタリヲ(G)》
ヰゴールを先駆でヴァンガード後列に移動させ、あたしはこれでターンエンド」※Gスタンダードのカードで、Vスタンダードに同名が存在するカードは末尾に(G)と表記
レイの宿るヰゴールがひとつ成長する。破滅への階段を上るように。
「私のターン。スタンド&ドロー。
ライド。《発酵する根絶者 ガヰアン》
先駆でズヰージェをヴァンガード後列に移動させ、ブースト。ガヰアンでアタックします」
「ノーガード」
「ドライブチェック……トリガーはありません」
「ダメージチェック……
スタンド&ドロー。
ライド。《慢心する根絶者 ギヲ》」
またひとつガタリヲが大きくなり、何かがどくんと脈動する音が聞こえた。
それはその中で蠢く何かが胎動する音か。それとも本能的に戦慄を覚えたミオの鼓動か。
「《追撃する根絶者 ヱゴット》と《心酔する根絶者 グヰム》をコール。
ヰゴールのブースト。ギヲでヴァンガードにアタック」
「ノーガードです」
「ドライブチェック……
「ダメージチェック。
1枚目、トリガー無し。
2枚目、
「ヱゴットのアタックは、まだまだ通るよ。グヰムのブースト。ヱゴットでヴァンガードにアタック」
「★トリガーでガードします。
私のターンですね。スタンド&ドロー。
ライド。《迅速な根絶者 ギアリ》。
コール。《走破する根絶者 バヰルド》。
バトルです。
バヰルドでヱゴットにアタックします」
「ノーガード。ヱゴットは退却だね」
「ズヰージェのブースト。ギアリでヴァンガードにアタックします」
「ノーガード」
「ドライブチェック……★トリガーです。効果はすべてギアリに」
「ダメージチェック。
1枚目、引トリガー。1枚引かせてもらうよ。
2枚目、こっちはトリガー無し」
「ギアリのスキルで、グヰムを
私はこれでターンエンドです」
ここまでで、ミオのダメージ1に対し、レイのダメージは3。ミオがやや優勢と言える。
「スタンド&ドロー
ふふふ。ようやくターンが回ってきた。これでようやくお姉ちゃんに見せてあげられるよ。……アタシの新しい相棒をね!!
ライド!! 《威圧する根絶者 ヲクシズ》!!!」
レイの背後にあるブラントに髑髏が浮かぶ。
いや、髑髏と同じ顔をした禍々しき存在がブラントの中からゆっくりと這い出してきていた。
凶星と同じ、赤黒い体色の根絶者だ。
霊体となったレイがそれに宿ると、その根絶者は長大な躰をくねらせミオを睥睨した。
かつて世界の根絶に最も近づいた伝説が、今再び地球へと牙を剥く。
「《略奪する根絶者 ガノヱク(G)》をコールして1枚ドロー。
そして、ヲクシズのスキル発動!! ガノヱクをソウルに吸収し、ヴァンガードをデリート!!」
ヲクシズはその両腕に、小型のブラントとも言える虚無の光を生成し、ミオの宿る根絶者へと叩きつける。光に呑み込まれたギアリの姿が跡形も無く消え去り、後には無防備なミオの霊体だけが残された。
「さらにヲクシズのパワー+10000!
ヴァンガードがデリートされたので、ヰゴールをソウルインして1枚ドロー。カウンターチャージ。
《呼応する根絶者 アルバ(G)》をコール。そのスキルで、山札から《呼応する根絶者 エルロ(G)》をスペリオルコール。お姉ちゃんも山札の上から1枚、スペリオルコールしていいよ」
「私は……《禁ずる根絶者 ザクヱラド》を前列にコールします」
「お姉ちゃんがスペリオルコールしたので、カウンターチャージ!
ザクヱラド……厄介なカードが出てきたけど、前列に置いたのは間違いだったかな。《並列する根絶者 ゲヰール》をコール! ザクヱラドを
さらに《噛み砕く根絶者 バルヲル》をコールしてΩ呪縛!」
ミオの根絶者が黒輪に包まれるようにして呪縛され、その上からかけられた赤と黒の鎖がそれをさらに堅く封印する。
「《悪運の根絶者 ドロヲン(G)》もコールして……さあ、バトルだよ!!
バルヲルのブースト! ヲクシズでヴァンガードにアタック!!」
「ノーガードです」
「ツインドライブ!!
1枚目、引トリガー! 1枚引いて、パワーはアルバに!
2枚目、トリガー無し!」
ヲクシズが右腕を大きく掲げ、その巨大かつ鋭利な爪で霊体となったミオを容赦なく引き裂く。その余波で大地にも幾条もの傷跡が刻みつけられた。
「ダメージチェック……トリガーはありません」
「ドロヲン(G)をソウルイン。手札を捨ててスキル発動。2枚引いて、お姉ちゃんのドロップゾーンにあるカードを1枚裏でバインド。
バルヲルのブースト。エルロ(G)でヴァンガードにアタック」
「ノーガード。ダメージチェック……★トリガー。パワーはヴァンガードに」
「アルバ(G)でヴァンガードにアタック」
「《層累の根絶者 ジャルヱル》でガード。バヰルドでインターセプトです」
これでお互いのダメージは3点で並んだ。
「私のターンですね。スタンド&ドロー……」
「おっと! ライドしたかったら、手札を1枚捨ててね。これが私の相棒――ヲクシズの力だよ」
「わかっています。手札から引トリガーを捨て……《黒闇の根絶者 グレイヱンド》にライドします」
ミオの声に応え、途方も無く長い尾を持つ根絶者が霊体となった彼女の影から姿を現した。その尾の先には、鋭い刃が剣の如く輝く。
グレイヲンの系譜を受け継ぎ、
世界を終わらせる者を終わらせるために。
(グレイヱンド……あなたにとっては不本意かも知れませんが、どうか私に力を貸してください。皆の夢を守るために。私自身が前へと進むために)
『構わぬ、我が先導者よ。もとよりこのようなちっぽけな惑星に興味は無い。同じ消すのであれば、より巨大なブラントの方が興が乗るというもの』
グレイヱンドの声が彼方よりはっきりと聞こえ、ミオは小さく頷いた。
「手札からG3……《突貫する根絶者 ヰギー》(G)を捨て、《終末根絶者 アヲダヰヱン》に超越します」
グレイヱンドの長大な体躯が天へと昇り、そこに開いた時空の門へと吸い込まれるようにして消えていく。
そこから新たに現れたのは、かつてはちっぽけな根絶者であったヲロロンが永劫とも思える長き年月を経て進化した姿、その果て。蜘蛛を思わせる八つの脚を生やした、異形を誇る根絶者の中でも、一際の異彩を放つ根絶者。
それは蜘蛛の胴体から六枚の輝く薄羽を広げ、滅びの迫る赤き空に怪しく舞い上がった。
「グレイヱンドの超越スキル。山札の上から1枚公開し、それが根絶者であるならスペリオルコールします。
私が公開するカードは……《嘲笑する根絶者 アヰーダ》。
アヰーダを右後列のリアガードサークルにスペリオルコールし、その前列に……」
ミオは初手から大切に握っていたカードを、祈りを込めて掴み取る。
「《時空竜騎 ロストレジェンド》をコールします」
「……え?」
これまで飄々とした、人を嘲るような笑みを絶やさなかったレイの顔色がはじめて変わった。
「何で、そのカードを……」
震える声で問いかけるレイを無視し、ミオはゲームを続ける。
「あなたの相棒はそれではありません。ズヰージェを退却させ、アヲダヰヱンのスキル発動。ヲクシズよ、消え去りなさい」
アヲダヰヱンの全身から噴き出す虚無の霧が、ヲクシズの全身を包み込み、その巨体を溶かすように消し去っていく。
「……何やってるの、お姉ちゃん。ルール違反だよ」
霊体となったレイが、忌々しげに言う。
「む? ロストレジェンドのことでしたら、カードプールは聖域の光戦士からVクランコレクションまでと聞いたものですから」
「それじゃエクストリームファイトだよ。まあいいけど。どうせお姉ちゃんのデッキじゃ、ロストレジェンドなんて生かせないでしょ。続けなよ」
「……あなたはこのカードを見て、何も感じないのですか?」
「感じないよ! アタシがギアクロニクルを使ってたのは、お姉ちゃんと一緒にファイトするためで、根絶者としての素性を隠すため! そんなカードに思い入れなんて無い!」
「ようやく確信が持てました。あなたはレイさんではありません。あなたがレイさんであれば、そのようなことを言うはずがありません。あなたはレイさんの中に巣食っていた根絶者です。
レイさん。どうかあなたの意思を強く持ってください。でなければ、あなたは本当に消えてしまいます」
「うるさい! はやくファイトを続けろ! ファイトが終わる前に、地球がブラントに呑み込まれても知らないよ!」
「……わかりました。アヲダヰヱンの効果処理で、前列のユニットにパワー+2000。
ズヰージェのスキルで山札の上から1枚見て……《悪運の根絶者 ドロヲン(G)》をスペリオルコール。ズヰージェはドロップゾーンからソウルへ。
バトルです。
アヰーダのブースト。ロストレジェンドでヴァンガードにアタック」
「通すもんか! 治トリガーを捨てて
治ガーディアン《滅星輝兵 デモンマクスウェル》! さらに、アルバとエルロでインターセプト!」
白亜の機兵が盾を掲げ、双子の根絶者もレイの前に並び立つことで、騎士竜の剣を拒絶する。
「ドロヲン(G)のブースト。アヲダヰヱンで、ヴァンガードにアタック」
「ノーガード」
「トリプルドライブ。
1枚目、トリガー無し。
2枚目、引トリガー。1枚引いて、パワーはロストレジェンドに。
3枚目……
「!? ……そっか。そりゃ醒トリガーだって入ってるよね」
「そういうことです。ロストレジェンドをスタンドさせ、パワー+5000」
アヲダヰヱンが、両掌から無数の虚無の光球を生み出し、それらが霊体となったレイへと降り注ぐ。
「ダメージチェック……トリガーは無いよ」
「ドロヲン(G)をソウルイン。2枚ドロー。
再度、ロストレジェンドでアタックします」
「……ノーガード」
ロストレジェンドが、すり抜けざまにレイを斬り裂き、その刹那、互いの視線が交錯する。
「……何なのよ、その目は」
ダメージゾーンに5枚目のカード――引トリガー――を叩きつけながら、レイはロストレジェンドを睨みつけた。
「なんでアンタがアタシを攻撃するのよ! そんな顔をしてまで!!」
ミオを守るようにして盾を構えるロストレジェンドは辛そうに、憐れむようにしてレイを見ていた。それでいて、その瞳の奥には、彼女を必ず救い出すという強い意志も見て取れた。
「ああもう! 不愉快! 不愉快!! 不愉快!!!
アンタも今すぐ虚無の彼方へと消し去ってやる!!」
二つ括りにした髪を振り乱して、足を踏み鳴らしながらレイが叫ぶ。
「スタンド&ドロー!!
手札から《対峙する根絶者 ジャグヲック》を捨て、ジェネレーションゾーン、解放!
時空超越!! 《始源根絶者 ヱヰゴヲグ》!!!」
その憤怒に呼応するかのように、彼女の背後にある凶星が、さらに迫り来る。その中から、ブラントの力を得た――いや、ブラントそのものとなったヲクシズが顕現し、怒れるレイの魂を宿す。
「ヱヰゴヲグのスキル発動!! バルヲルを退却!
そして、グレイヱンドをデリート! アヰーダを呪縛!! ドロップゾーンのカードを裏でバインド!!!」
ヱヰゴヲグが胸にあるもうひとつの口が開き、そこから絶叫にも似た虚無の奔流が放たれる。
それはグレイヱンドばかりか、この世界をも削り取り、すべてを零へと還していく。
「ゲヰールをコール! ロストレジェンドッ! アタシの前から消え去れェ!!」
レイが騎士竜を指さすと、その体が幾重にも黒い輪に囚われて小さくなっていく。だが、その姿が完全に消えゆくその瞬間まで、騎士竜はレイから目を離さなかった。
「あっはっは! いい気味だ! せっかく使ってあげていたのに、アタシに楯突いた罰だよ!」
「レイさん」
「何よ?」
「あなた、泣いていますよ?」
「!?」
レイが思わず頬に手を当てる。そこには確かに塩辛くべたべたする液体の感触があった。
「何で……今まで泣けなかったのに。
っ! そうじゃない! 悲しいことなんて何もないのに、何で泣かなくちゃならないの!」
袖で乱暴に涙を拭うと、レイはファイトを続行する。
「ゲヰールを前列に移動! 《咀嚼する根絶者 ボロヲ》、《搾取する根絶者 ヰド》をコール!
バトルだよ!!
ヱヰゴヲグでヴァンガードにアタック!!」
「ノーガードです……」
「トリプルドライブ!!!
1枚目、トリガー無しっ!
2枚目、引トリガーッ!! 1枚引いて、パワーは左のゲヰールへ!
3枚目、★トリガーッ!! パワーは右のゲヰール! ★はヴァンガードにっ!」
ヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲッ!!
ヱヰゴヲグが、怨嗟と絶望の混じり合った唸り声をあげ、両腕に纏った虚無ごと、拳を何度も何度もミオの霊体に叩きつける。
根絶者でありながら、どこか首魁としての気品と矜持すら垣間見えたヲクシズとは似ても似つかぬ原始的な連撃。
その拳が大地を穿つたびに、世界が悲鳴をあげる。
「ダメージチェック。
1枚目、治トリガー。回復はしませんが、パワーはヴァンガードに。
2枚目、こちらはトリガーではありません。
これで気が済みましたか?」
だが、ミオは淡々と澄ました顔で5枚目のカードをダメージゾーンに置く。ヱヰゴヲグの攻撃など効いてもいない風に。ただ、その瞳は先のロストレジェンドと同じく、憐憫に揺らいでいた。
「そんな目でぇ……アタシを見るなッ!!
ヰドのブーストッ! ゲヰールでヴァンガードにアタック!!」
「★トリガーでガードします」
「ボロヲのブーストッ! ゲヰールでヴァンガードにアタック!」
「《招き入れる根絶者 ファルヲン》、《奏でる根絶者 ヱファメス》でガード」
「アタシはこれでターンエンドだよ。さあ、足掻いて見せてよ、お姉ちゃん。前列が呪縛された、この状況でさぁ!」
「そうして見せます。
スタンド&ドロー。手札から《招き入れる根絶者 ファルヲン(G)》を捨て、アヲダヰヱンに超越。
超越コストして捨てられたファルヲン(G)は、ドロップゾーンからスペリオルコールされます。
そのファルヲン(G)をコストに、アヲダヰヱンのスキルでヲクシズをデリート。
ヴァンガードがデリートされたことで、ドロップゾーンからもう1体のファルヲンをスペリオルコール。
バトルです。
ファルヲンのブースト。アヲダヰヱンでヴァンガードにアタック」
「はい、《染み渡る根絶者 ヱンダー》で完全ガード。
これでお姉ちゃんのアタックは通らないよ……と言いたいけれど、それだけではアタシの気が済まない。
治トリガーを捨てて、Gガーディアン《創世機神 デストハーケン》も追加でガード。呪縛カードが2枚あるので1枚ドロー」
(? 手札を交換したかったのでしょうか)
レイの意図が図りかねて、ミオは心の中で首を傾げる。
「トリプルドライブ。
1枚目、トリガー無し。
2枚目、トリガー無し。
3枚目、もトリガー無しです。
私はこれでターンエンド。ロストレジェンド、ザクヱラド、アヰーダは解呪されます」
「あははっ! トリガーにも嫌われたね!
それじゃ、アタシのターン……いや。
アタシの……ファイナルターン!!
スタンド&ドロー!!」
山札から引き抜いたカードを一瞥したかと思うと、レイは突如として笑い声をあげた。
「アッハッハッハッ! 絶対に来てくれると思ってたんだぁ! アッハッハッ!」
この1年、レイが笑うところはたくさん見てきたが、こんな声は聞いたことがなかった。
この世のすべてを蔑む、誰も幸せにしない哀れで寂しい笑い声。
ミオは――たとえそれが希薄な感情を隠すための演技であれ――いつも楽しそうに笑っているレイを羨ましく思っていたが、これだけは真似したいと思わなかった。
「やっぱりこの世界も消えたがっているんだよ!
お姉ちゃん、諦めなよ。ここから先は世界の意思だ。
ライド! 《混じり合う根絶者 ケヰヲス》!!」
人の髑髏と、竜の頭骨。双頭の根絶者が、不安定な己を呪うかのように猛り狂う。
「ケヰヲスのスキル発動!! 手札を2枚捨て、ロストレジェンドとザクヱラドを呪縛! グレイヱンドをデリート!!」
(これがレイさんの切り札? ……いえ。たしかに強力なカードですが、このカードを使うからには続きがある)
「ようやく気付いた? お姉ちゃん。もう詰んでるってことにさぁ!
手札からもう1枚のケヰヲスを捨て、我が未来を根絶し顕現せよ!!
レイが右手の紋章を天高く掲げる。
「《星葬のゼロスドラゴン スターク》!!」
赤い空がひび割れ、そこから黒鋼の機械竜が舞い降りた。重々しい足取りで大地を踏みしめたそれは、全身を明滅させゆっくりと起動を開始する。
――世界ヲ無ニ帰ス
「《謳歌する根絶者 マヱストル》をコール!
そして、スタークのスキル発動!! このターン、スタークはアタックしてもレストせず、3回までアタックできる!!
さあ、バトルだよ!!
スタークでヴァンガードにアタック!」
「手札から治トリガーを捨て、Gガーディアン《非難する根絶者 ヰビヲルヱス》をコールします。
ヰビヲルヱスのスキルで、ヴァンガード、リアガード、Gゾーン、すべての根絶者1枚につき、前列のパワーを-1000します。該当の根絶者は7枚。よって、前列にいるユニットのパワーは-7000。これでスタークのパワーは29000です。
さらにファルヲンとギヴンでガードして1枚貫通です」
「なるほど。ヰビヲルヱスなら、スタークに有効だね。
ドライブチェック……トリガー無し」
スタークが虚無を纏った爪を無造作に振るう。たった一振りで、ミオを守る無数の根絶者達が虚空へと散っていった。
「続けて、スタークでヴァンガードにアタック!」
「もう一度《非難する根絶者 ヰビヲルヱス》です。今度はGゾーンに先ほどのヰビヲルヱスがいるので、パワー-8000。これでスタークのパワーも21000。
さらにジャルヱルでガード。1枚貫通です」
「!? ドライブチェック……トリガー無し」
スタークが今度は長い尾を振るい、群がる根絶者を次々と叩き落とす。だが、根絶者は尽きることなく現れ、スタークにまとわりつき、その機能を少しずつ低下させていく。
「…………ふっ。あはははは! 脅かさないでよ、お姉ちゃん!」
一時は表情に焦りを滲ませたレイだったが、改めてミオの手札と盤面を見渡し、ケラケラと笑った。
「お姉ちゃんは自分から追い詰められたことを告白しちゃったようなものだよ! だって、これでお姉ちゃんの治トリガーは4枚すべてが見えた! もうお姉ちゃんに6点ヒールは無い。
しかも、お姉ちゃんの手札は残り1枚! ブースト込みでパワー26000になるスタークのアタックを防ぐ術なんて、根絶者には残されてない! とんだ悪足掻きだったね!」
「…………」
状況を看破されたミオは、最後の手札を握りしめたまま、無表情に立ち竦んでいるように見えた。
「さあ、スターク! この世界に終焉をもたらせ!
マヱストルのブースト! スタークで
スタークは輝く翼を広げ、追いすがる有象無象を振り払い一瞬で大気圏外へと離脱すると、凶星を背にして、その口腔に強大なエネルギーを収束させていく。それは最大出力で放てば惑星すら破壊するスタークの
「さよなら、お姉ちゃん……」
レイの瞳から涙が零れ落ち、スタークから滅びの光弾が地球めがけて放たれる。
それが地表に激突した瞬間、まっしろな闇が視界を埋め尽く