根絶少女   作:栗山飛鳥

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3月「まだ、終わらない」

 世界はたしかに消滅したはずだった。

 だが、レイのイメージは瞬きの間に覆され、地球はまだ悠然とこの宇宙に存在していた。

「《ブリンクメサイア》でガードします」

 ミオが露骨に嫌そうな顔をしながら宣言する。

「ブリンク……メサイア……? 何で? 何でお姉ちゃんがメサイアのカードをデッキに入れてるの!?」

 裏切り者を糾弾するように、レイが半狂乱になって問い詰める。

「託されてしまったんですよ」

 言いながら、ミオはメサイアのディフライダーを名乗る女性との、別れ際を思い出していた。

 

 

「最後にひとつだけ、お願いがあります」

 そう言ってメサイアを名乗る女性――久世メアが、ファイトスペースの席を立ったミオをわたわたと追ってきた。

「同じ世界の存続を望む者として、せめて私も一緒に戦わせてください」

 そう言って、メアが1枚のカードを差し出す。

「このカードなら、あなたのデッキにも無理なく投入できるはずです」

「嫌です」

 ミオが即答すると、メアは「そうですかー」と、しゅんとして項垂れてしまった。

 融通の利かないロボットのようだった彼女は、いつの間にか別人のように感情豊かになっていた。

「あなたは?」

 気になったミオが、改めて問いかける。

「あっ、私は久世メアと申しますー」

 女性も改めて名乗る。

「それはメサイアではなく、久世メアというひとりの人間である認識で間違いありませんか?」

「はいっ! そうですそうですー!

 私の中のメサイアさんは、私の中に引っ込んでしまったのでー。

 メサイアさん、普段はこうやって私に主導権を戻してくれるんです。地球を知ることは、自分の使命ではないと言って」

「知ろうともしない世界を守りたいとは、メサイアも歪な存在ですね」

 根絶者とよく似ている。

 とミオは思った。

 根絶者が本能的に世界を『消滅』させる存在なら、救世主は本能的に世界を『守護』する存在で。両者の違いと言えば、たったその2文字分の違いしか無いのだろう。

 ミオは、依然として差し出されたまま行き場を無くしていた《ブリンクメサイア》をひょいと取り上げた。

「おあずかりします。私の大切な根絶者デッキに入れるつもりはありませんが、お守りぐらいにはなるでしょう」

「あ、ありがとうございます!」

 スーツを着こなした大人の女性が、まるで子どものように笑う。

「メサイアさんはともかく、私は音無さんのこと応援してますから! 誰だってお友達と別れるなんて、絶対に嫌ですよね!」

 そう言って、メアは胸の前で両拳を握りしめてミオを励ましてくれたのだ。

 

 

「レイさん。消滅は世界の意思だと言いましたね?

 このデッキは、ロストレジェンド、メアさん、そして私。この世界と共に生き、この世界の消滅を望まない者達の意思です」

「……っ! これで助かったと思うのはまだ早いよ!

 ブリンクメサイアのガード値は30000! スタークのパワーは26000! トリガー1枚で貫通するんだから!」

「そうですね。では、ドライブチェックをどうぞ」

「これが最後の審判……ドライブチェック!」

 レイが山札からカードをめくる。

 まずはレイがそのカードを確認し、それをゆっくりとトリガーゾーンに置く。

「ノートリガー」

 かつてのミオを彷彿とさせる無感情な声で、レイが言葉をもらした。

 

 

 スタークの放った光弾を、小さな救世竜が受け止める。

 スタークから見れば羽虫のように微小な存在が、地球を覆うほどの障壁を広げて世界を守っていた。

 スタークは背後にいるブラントの力を受け止めるかのように翼を広げ、光弾の出力をさらに高めていく。救世竜も己の生命力すべてを障壁へと注ぎ込む。

 破滅の光弾と、生命の光壁。永遠に続くかとも思われたそのぶつかり合いは、呆気なく終わりを迎えた。

 スタークが突如としてすべての機能を停止し、明滅させていた全身とその瞳から、光がブツンと途絶えるように失われた。

 ゼロスドラゴンであるスタークの機動は、莫大な精霊力を消費する。だが、根絶者はその精霊力を無制限に喰らう。ブラントから虚無の力を得たスタークは、その代償として精霊力を得られなくなっていたのである。

 動かなくなったスタークが、重力に引かれ地球へと落ちていく。

 その体がすでに崩壊しかけていることを見届けると、救世竜も結界を解除し、すべての力を使い果たしたそれは銀の粒子となって消えていった。

 

 

「アタシのリアガードのアタックは……ヰビヲルヱスにパワーを下げられているから通らないね。

 アタシはこれでターンエンド。

 スタークの超越は解除され、究極超越の代償として、アタシはGゾーンのカードをすべて失う」

 Gゾーンに置かれたスタークのカードが黒い炎を発すると、周囲のカードをすべて焼き尽くし、先の炎と同じ色をした灰を残して消えた。

 レイはしばらくぼんやりと、灰から燻る黒い煙を眺めていたが、やがてその灰を握り潰すと、強がるように大声を張り上げた。

「けど! アタシはまだ負けたわけじゃない! お姉ちゃんの手札は0枚! 前列のユニットは呪縛されたまま! 大したアタックはできないはず……」

「本当にそうでしょうか?」

「っ!?」

 ミオの冷たい声音がレイを再び黙らせる。

「私のターンですね。スタンド&ドロー。

 ライド。《絆の根絶者 グレイヲン》

 イマジナリーギフトは、フォースⅠをヴァンガードに」

 根絶者であるグレイヲンに、世界が祝福(ギフト)を与える。新たな生命の誕生を祝うかのように。

「ここでグレイヲンを引くなんて……。さすがの引きだね、お姉ちゃん。

 けど、超越しなくてもよかったの? 今さらグレイヲンなんかじゃ、アタシの手札は……」

「ふう」

 レイの言葉を遮るように、ミオが大袈裟に溜息をついた。

「根絶者でもないスタークにうつつを抜かすから忘れてしまうんですよ。根絶者はたとえ手札が0枚でも超越できるカードがあるでしょう」

「え? ……あ!!」

「根絶者を含むヴァンガードがいて、手札が1枚以下なら、このカードは超越コストを支払うことなく超越ができます。

 私は《始源根絶者 ガヲヰヱルド》に超越します」

 ミオが宣言すると同時、空間が斬り裂かれ、剣のように変化した右腕を持つ青き根絶者が時空の狭間から姿を現す。

 それは騎士の如き威風堂々とした佇まいで、金色に輝く刃の切っ先を双頭の根絶者(ケイヲス)に向けた。

「アヰーダ、ファルヲンを退却させ、ガヲヰヱルドのスキル発動。ケヰヲスをデリートします」

 ガヲヰヱルドが右腕と一体化した剣を一閃する。それだけでケヰヲスの胴体が両断され、レイの魂を残して消え去った。

「ヴァンガードがデリートされたので、ファルヲンは再びガヲヰヱルドの後列にスペリオルコールされます。

 ファルヲンのブースト。ガヲヰヱルドでヴァンガードにアタックします。

 合計パワーは46000です」

「ガノヱク(G)、ギヴン、2枚の(クリティカル)トリガーでガード! 2体のゲヰールでインターセプト! 合計シールド値は50000ッ!」

「1枚貫通ですね。

 では、ドライブチェック……」

 ミオが山札に手をかける。

 レイは血走った瞳でそれを凝視する。

「1枚目、トリガーはありません」

 レイがぐっと拳を握りしめる。

「2枚目、こちらもトリガーではありませんね」

「よしっ……!」

 レイの口から思わず歓声がこぼれた。

「3枚目……」

 ミオが見た目は平然と、最後のドライブチェックでカードをめくる。

「あ……」

 絶望の声をあげるレイに、ミオがめくったカードを掲げて見せた。

「★トリガー。効果はすべてガヲヰヱルドに」

 ガヲヰヱルドが剣を振り上げ、敵対する根絶者達を薙ぎ払うと、残されたレイに降伏を勧告するかのように剣を突きつけた。

「……ひと思いにやっちゃってよ。時間が無いよ」

 ガヲヰヱルドが、そのハーツとなっているグレイヲンが、それに憑依するミオが小さく頷き、突き出された巨大な剣がレイを貫いた。

「ダメージチェック……アタシの負けだね。……楽し、かったよ。お姉、ちゃ――」

 その言葉は最後まで続かず、惑星クレイと地球の狭間へ溶けるように消えていった。

 

 

「ああ……!! ああああああアアアアアアアアァァァァッ!!!」

 6枚目のカードをダメージゾーンに置いた瞬間、レイが右手を押さえながら絶叫した。

「レイさん」

 テーブルを回り込み、ミオが崩れかけたその体を支える。

「これで、よかったんだよね、お姉ちゃん」

 今にも泣きだしそうな表情でレイが微笑んだ。

「どういう意味ですか?」

「アタシもね、本音では地球が消えてほしくなんてなかったよ。

 けど、どうしようもなかった。ブラントを見たあの日から、自分の中にいる自分じゃない自分が、世界を消せ、すべてを消せと叫んでる。それは日に日に大きくなってきて……もう止められなかった。

 それならせめて、大切な人にアタシをデリートしてもらいたかった。

 はじめは何も知らないマナちゃんにそれをしてもらうつもりだったのに、こんな時に限って勝っちゃうんだもんなぁ。これまで一度も勝てなかったのに」

 右手が痛むのか、顔をしかめながらも、レイがくすくすと笑う。

「お姉ちゃんが来てくれて、本当は嬉しかった。けど、お姉ちゃんの覚悟が鈍らないように悪役を演じて……いや、少し違うな。

 あのアタシもアタシだった。世界が消えて欲しいと望むアタシも確実にアタシの中にもいた。どっちが本当のアタシなんだろ。ま、どっちでもいいか。もう、なんにもわからないや」

 まどろむようにレイがゆっくりと目を閉じる。

「アタシはどうなるんだろう。このまま死ぬのかな? それともまったくの別人として目が覚めるの? 案外、何も変わらなかったり?

 ……やだ……怖いよ……! 助けて、お姉ちゃんっ……!」

「大丈夫です。私が傍にいますから」

 目を閉じたまま彷徨うように伸ばされたレイの小さな手を、ミオがしっかりと掴んだ。

「あ……お姉ちゃん……」

 レイは安心したように大きく息をつくと、ふっと気を失った。

 レイが息をしていることを確認して、ミオは空を見上げる。今にも落ちてきそうな凶星は、変わらずその大きさを増していき、世界を落日のように赤く染め上げていた。

(間に合わなかったのでしょうか)

 ミオが思わずレイの手を握りしめた。その柔らかな感触でミオは思い出す。

(いえ。レイさんが私に嘘をつくことはありません。彼女に勝てば、ブラントは止まるはずです)

 妹を信じ、ミオは凶星をまっすぐに睨みつけた。

 

 

 惑星クレイ側の存在であるブラントが、地球に最も近づいたその瞬間は、惑星クレイと地球がブラントを通じて最も近くなった瞬間でもあった。

 それは地球に住まうファイター達に、ひとつの奇跡をもたらした。

 彼らの前に、彼らと深い繋がりを持つユニット達の幻影を生み出したのだ。

 

 

「エイゼル……? それに、パーシヴァル?」

 小道を歩いていた小金井(こがねい)フウヤは、突然現れた黄金の騎士達を前にして面食らった。

「何だこれは……? 疲れているのか、俺は? いくらここのところファイト続きだからって……」

 目をこすっては、開きを何度も繰り返すが、一向に黄金の騎士達は消えることはない。

 その様子を見て、ブロンドエイゼルが苦笑し、パーシヴァルはさもありなんと頷いていた。

「本当に、お前達なのか……?」

 これが現実の光景と認めざるを得なくなったフウヤが、ゆっくりと彼らへ歩み寄る。

 黄金の騎士達はさっと二手に分かれると、その奥からさらなる黄金の騎士が白いマントを風に揺らして姿を現した。

「……グルグウィント」

 まだあどけなさを残した年若い騎士が、熟練の騎士達に導かれるようにして、フウヤの前に恭しく片膝をついて跪くと、両手で剣を差し出してきた。

 もはやフウヤに迷いは無かった。

 フウヤは剣を受け取ると、その刃をグルグウィントの肩に押し当てる。

「グルグウィント……俺はまだ未熟だ。だがこの世界で、いつか必ず俺は王になってみせる。だからそれまで……いや。これからもずっと、俺に力を貸してくれないか?」

 グルグウィントは力強く頷くと、金色の瞳でフウヤをまっすぐ見上げた。

 その曇りなき瞳に恥じぬ人間でいようと、フウヤは改めて心に誓った。

 

 

「え? えええっ? ええええええええっ!?」

 藤村(ふじむら)サキは素っ頓狂な声をあげた。

 気が付けば彼女は密林の奥深くに立っており、その眼前には縦に瞳孔の走った巨大な瞳があったからだ。

 瞳孔の長さだけで、サキの身長くらいはあるだろう。だが、サキはどこかその瞳に安心感を覚えていた。

「もしかして……デスレックスなの?」

 その瞳の主は、同意するように低く唸るとサキの服の襟をくわえあげた。

「わきゃあああああっ!?」

 急上昇していく感覚に悲鳴をあげながら、必死にメガネがとばされないように両手で押さえる。

 気が付くと、サキの眼下には密林が広がっていた。どうやらデスレックスの背に乗せられてしまったようだ。

「きれい……」

 高いところは苦手なサキだが、この時ばかりはどこまでも広がる緑色の海に感嘆の声をあげる他なかった。

 それに気をよくしたのか、デスレックスが密林をかきわけ前進し、サキの脇すれすれを機械化された翼竜が飛んでいく。

「あ、あのね……」

 サキはおずおずとデスレックスの背に声をかけた。

「私はずっと臆病で……あなた達みたいに強くなりたかった。高校生になってからヴァンガードをはじめて……まだまだ全然足りないんだけど、少しはマシになったと自分では思う。

 あなた達の獰猛さが、私にとっての勇気だった。だから……これから、も……」

 一定のリズムを刻むデスレックスの足音に、遥かに巨大な別の足音が重なりだしたことを感じて、サキは恐る恐る顔をあげる。

 デスレックスより一回りは大きい、赤銅色の甲殻と鎧で武装した巨竜が猛スピードで迫るのが見えた。

「ギ……ギガレックス!?」

 その赤銅色の巨竜は、問答無用とばかりに全身でデスレックスにぶつかると、その背にいたサキはいとも容易くデスレックスの背から吹き飛ばされた。

「ひゃああああああっ!?」

 悲鳴をあげて宙を舞うサキは、ギガレックスの背に受け止められるようにしてすっぽりとそこに収まった。

 ギガレックスが勝ち誇るように雄叫びをあげる。まるで彼女を頂いている者が一番偉いのだと主張しているかのようだった。

 だが、デスレックスもサキを諦めようとはしない。威嚇するように大きく唸ると、太い尾を苛立たしげに何度も地面に叩きつける。

 さらにはどこからかブレドロメウスまで現れ、ギガレックスの首筋に嚙みついた。その隙を逃さず、デスレックスも両者に跳びかかる。

「わ、私のために争わないでえええええええっ!!」

 ギガレックスの背で目を回しながら、急にモテ期の到来したサキは咆哮のような悲鳴をあげるのであった。

 

 

「ここは……?」

 父親に連れられて漁に出ていた清水セイジは、いつの間にか漁船とはまったく違う鋼鉄の軍艦の舳先に佇んでいた。

「ふむ?」

 そこから甲板を見下ろすと、白い軍服を着たアクアロイド達が等間隔で列を成している。

「我が蒼翼の兵か」

 いとも容易く現状を受け入れると、セイジはビシッと音がしそうなきびきびした動作で敬礼をする。アクアロイド達もそれに倣って、全員が同時に返礼した。

「諸君! 私はもうすぐヴァンガードを辞めることになる」

 何のごまかしも無い言葉にも、アクアフォースの兵士達は誰一人動揺することなく黙ってセイジを見つめている。

「諸君と共に戦った時間は、私にとって大切な経験となった! それを糧とし、私は新たな人生を歩んでいきたいと思う!」

 そこから先の言葉は、彼にしては珍しく僅かな逡巡を経て、されど銃弾の如く鋭い覚悟をもって放たれた。

「だがっ! 私は必ず帰ってくる! 数年に1度となるかも知れぬ! 1回だけのファイトとなるかも知れぬ! それでも私は、君達ともう一度戦いたいっ!!」

 オオオオオオオオッ――!!!

 蒼翼の兵士達が雄々しくあげる鬨の声を全身で受け止め、セイジは再び敬礼した。

「諸君の忠誠に、感謝を……!」

 

 

 春日(かすが)マナブは次の授業で使う資料を自室でまとめていたが、視界の端に動くものが目に入り、緩慢な動作でそちらに目を向けた。

 筆立ての陰に隠れるようにして、そこには鉛筆を手にした1匹のはむすけがマナブを見上げていた。

「……なんだ、君か」

 マナブはたったそれだけ呟くと、そこからは興味を無くしたように作業を再開し、はむすけが怒ったようにマナブの袖を鉛筆でつっついた。

「そう怒るなよ。君達のことが嫌いになったわけじゃない。ただ、ファイトをするのが嫌になった。それだけなんだ……」

 言いながら、マナブははむすけを無視するように資料をめくる。そこにはマナブの担当する理科の授業とはまったく関係の無い、カードファイト部の部員名簿が挟まっていた。

 自分のずさんな管理を棚にあげて、苛立たしげに舌打ちすると、マナブは部員名簿を抜き取った。

(そう言えば、もうすぐ音無も卒業か……)

 名簿の一番上に書かれた名前を目にして、マナブの動きが止まる。

 白河ミユキに劣らず優秀なミオが部長を務めている間は、ずいぶんと楽をさせてもらった。

(残りのメンバーは……藤村と、時任か。……なんだ、頼りないな)

 僕に言われたくはないだろうけど。と自嘲気味に付け足す。

「……今夜、少しデッキを組み直す。この子らは少し鍛えてやらにゃ、僕は楽できそうもない」

 袖をつっつくのを止めたはむすけが、きらきらした小さな瞳をマナブに向ける。

「こんなどうしようもない僕に、それでもまだ付き合ってくれるか……?」

 背もたれに深くもたれながら言葉を吐き出したマナブに、はむすけはまかせろとばかりに胸を張った。

 

 

 空からちらちらと雪のように白い羽根が舞い散るのに気づいて、十村(とむら)ヒカルはゆっくりと顔を上げた。

「マルクト……メレク……?」

 いつの間にか、純白の天機が感情の見えない鉄仮面でこちらを見下ろしていた。

「……ああ、わかっていますよ」

 癖のある髪をかきあげ、歪んだ笑みを浮かべながらヒカルが言う。

「僕達の関係は、他の連中が言うような絆などという甘いものではない。

 これは契約だ!!

 お前の力で僕を勝たせて見せろ!!

 その代償として……お前も僕を利用していい」

 承知したとばかりにマルクトメレクは瞳を輝かせると、6枚の翼を羽ばたかせ飛び去って行く。

 ヒカルの手元に、契約の証とばかりに一際大きな1枚の羽根を残して。

 

 

 荒野に雷鳴が鳴り響き、曇天を斬り裂くようなフラッシュをバックに1体の雷竜が地上へと降り立った。

「おお! ヴァンキッシャー!!」

 それを迎え入れたのは筋骨隆々の大男、近藤(こんどう)ライガだ。

「……1戦やるか?」

 ライガが曇りなき笑顔を浮かべて指を1本立てると、雷竜――ヴァンキッシャーも頷き、その身を人と同じサイズへと縮ませる。

「うおっ!」

 先に動いたのはライガだった。雄叫びをあげて、ヴァンキッシャーの首筋にラリアットをぶち当てる。

 しかし、その程度ではヴァンキッシャーは微動だにしない。お返しとばかりに強烈な掌打を放った。ライガの巨体が軽々と吹き飛び、岩に叩きつけられる。

「やるな……だが!!」

 ライガは楽しそうに口元に滲んだ血を拭うと、巨体に似合わぬ軽快な身のこなしで、ヴァンキッシャーの背後に回り込み、その腰に太い両腕を回した。

「うおおおおおっ!! どっこいしょおおおおおおおっ!!!」

 豪快な掛け声をあげて、自分より一回りは大きいヴァンキッシャーを背後に投げ飛ばす。ヴァンキッシャーは地面に叩きつけられるより早く、翼を広げて地面に着地すると、すかさず拳を突き出した。それに素早く反応したライガも、振り向きざまに拳を繰り出す。

 拳が交差し、同時に互いの顔面へと突き刺さった。

 大の字になって倒れるライガと、ヴァンキッシャー。

「ははっ! ははははっ! お前と殴り合いできる日がくるとは思わなかったぞ!」

 もはや立ち上がれないほどのダメージを負いながらもライガは楽しそうに笑い、ヴァンキッシャーも倒れたまま親指を立てた拳を掲げた。

 

 

 鋼鉄のコックピットの中で、星見(ほしみ)トウコは目を閉じていた。

 それは揺り籠でうたた寝する老婆のようであり、心静かに瞑想する武道家のようでもあった。

「ああ。あたしは決めたよ」

 目を閉じたまま、静かに呟く。普段の粗野な言動からは想像もつかない、厳粛な声音だった。

「あたしの後継者となるファイターは見つけた。あとはその力を試すだけさね。

 さあ、あんたの力を借りるよ。その子にプロになる資格があるか、このあたしが見極めてやろうじゃないか!」

 トウコが目を見開くと同時、コックピットが激しく明滅し、正面のモニターに文字を映し出す。

 ――Ready Go!!

 

 

「うそ……エンド・オブ・ステージ、なの?」

「ああ。オレだよ、モモカ」

 遠藤(えんどう)モモカは短い腕を精一杯広げて、眼前にいきなり現れたドラゴンのゴツゴツとした爪に躊躇なく抱き着いた。

「うれしい! こうして、また会えるなんて!」

「オレもだよ、モモカ」

 エンド・オブ・ステージも、長い首を伸ばして、額を少女の体にすりつける。

「ねえ、聞いて! この前、はじめてショップ大会に出場したんだ! そこで1勝できたんだよ!」

 顔をあげてドラゴンの巨大な瞳と目を合わせながら、モモカが声を弾ませて報告する。

「そうか、やったな! なら、次の目標は優勝だな!」

「うん!」

「その次はヴァンガード甲子園出場! そして、優勝! ゆくゆくはプロに……」

「えっと……。そこまでは考えてなかった、かな?」

「そうか? まあいい。モモカはモモカの思うがままに生きろ。オレはずっと傍にいるから」

「うん。あなたがいてくれるなら、あたしはきっと無敵だ」

 少女とドラゴン。

 ふたりの奇妙な友情は、これからも続いていく。

 

 

 木漏れ日の差す穏やかな森の中で、大輪の白椿を咲かせたドレスを纏った女性がくるくると回るように踊りながら、(ひいらぎ)マナを導くように手招きする。

「え? スタンドピオニーさん? いきなりどうしたんですかぁ?」

 マナもふらふらと危なっかしい足取りでそれを追う。

 やがて森が途切れたかと思うと、視界に強い光が差し込み、眼前に色とりどりの花が咲き誇った。

 そこはそれほどまでに美しく、手入れの行き届いた花畑であった。

 その奥にある大樹の傍で、彼岸花を模した軍服を着こなした銃士の姉弟がマナを待ち受けていた。

「えっと、ヴェラさん? サウルさん?」

 マナがおずおずと近寄ると、姉弟は片膝を立てて跪く。

「ああっ! 私ごときのためにそんなことをしないでください!」

 慌ててマナも姿勢を低くした。跪いている姉弟よりも下になろうとしたため、もはや土下座に近い体勢になっている。

 忠義に厚い銃士達からすれば、主であるマナにそのような格好をさせるわけにはいかない。慌てて、ふたりがかりでマナを強引に引っ張り上げて立たせた。

「えへへ……」

 姉弟と目線が合ったマナはふにゃりと相好を崩す。

「私はあなた達にかしずかれるよりも、あなた達と遊びたいです。せっかくこうして会えたんですから」

 姉弟は困ったように顔を見合わせたが、やがて姉が咳払いして恭しくマナに手を差し出す。

「それでは……一曲ご一緒頂けますか? 我が主よ」

「はい、喜んで!」

 その手を取りながら、マナは大輪の花が咲いたような満面の笑みを浮かべた。

 

 

「……あら?」

 自宅の庭で優雅にうたた寝していた早乙女(さおとめ)マリアは、ふと目を覚ますと、まったく違う場所に腰かけていることに気が付いた。

 天井には豪奢なシャンデリア。足元には赤い絨毯が敷かれており、それはまっすぐ自分の腰かける玉座へと伸びている。傍らには、本来ならば騎士王に仕える高名な剣士が控えているのが気配でわかった。

「……これはこれは」

 マリアは楽しそうに玉座から身を起こすと、絨毯を辿って外に出た。そこはバルコニーになっており、眼下ではロイヤルパラディンの精鋭達が一糸として乱れぬ隊列を組み、王の言葉を待っている。

「我がロイヤルパラディンの兵達よ!」

 よく通る凛々しい声で、マリアが言葉を発する。人の上に立つことが当然と自覚しているかのように、その声音に淀みは無かった。

「わたくしはプロのスカウトを断り、あえて大学への進学を選びました。それはすべてユキとお友達になるため……じゃなくて!

 ユキと同じ大学で、彼女と4年間ファイトする方が、最終的に強くなれると判断したからですわ!

 あなた達に遠回りをさせて申し訳ございませんけど、着々と成果が実りつつあることを感じております。どうか、もう少しだけお付き合いくださいませ。

 いずれわたくしは、必ずこの世界に覇を唱えてみせますわ!」

 女王たる者の檄を受け、騎士達が整然と武器を掲げて応える。マリアはそれを満足げに見渡した後、ふわりと傍に舞い降りてきた少女に年相応の笑みを向けた。

「エレイン。こんなものでよろしくて?」

 10年前から彼女を知るエルフの巫女が、「よくできました」とばかりに優しく微笑みを返した。

 

 

 御厨(みくりや)ムドウはひとり闇の中に佇みながら、物思いに耽っていた。

(フウヤはもうすぐプロになる。マリアもなろうと思えばすぐになれるだろうし、神薙姉弟もすぐ俺に追いつくだろう。鬼塚オウガも、もしヴァンガードを続けていたら今頃は――。俺だけがこんなところで燻っている……)

 ムドウは焦っていた。同級生には引き離され、目をかけていた後輩からは追い抜かれていく現実に。

 自分は幼い頃から何でもそつなくこなすことができた。たまたま始めたヴァンガードも、半月もすればショップ大会で敵無しとなり、界隈では神童と呼ばれたものだ。

 それ故に、彼は努力を知らなかった。

(俺の強さなど、神童時代からさして変わっていないのだろう)

 生まれ持った才能が、今は彼を苦しめている。努力が必要なのだと理解していても、何を成せばそれにあたるのかが分からないのだ。

 まるで果ての無い闇に溺れているかのようだった。もがいても足掻いてもそこから出ることは叶わない。

「だが、絶望の闇でこそ俺達の力は増すものだ。違うか?」

 ムドウが己の影を振り返る。

 そこには漆黒の竜が、影の如くムドウの背後に控えていた。

「ここから先はなりふり構わずだ。共に地獄まで堕ちてもらうぞ、ファントム・ブラスター」

 その竜はムドウに応えるように、断末魔にも似た雄叫びをあげた。

 

 

 天道(てんどう)ミサダは自分磨きに余念が無かった。それもすべては白河ミユキに相応しい男となるため。彼は今日も自室で腕立て伏せをして体を鍛えていた。

 不意に外で突風が吹き、窓が割れるのではないかと心配になるほどガタガタと揺れる。

 今日の天気は悪くなかったはずだがと訝しみながら、ミサダは窓を開けた。

 そこで漆黒の吸血機と目が合った。

「ブラドブラック……?」

 全貌が掴めないほど至近距離にそれがいたにも関わらず、それは彼が愛用するユニットのものだと一目でわかった。ここはマンションの8階だが、ちょうどブラドブラックの巨体と目線が合うらしい。などとくだらないことを思う。

 そんなミサダをよそに、吸血機は人ひとりが乗れそうなサイズの掌を差し出してきた。

「おいおい、マジかよ……!」

 これが夢なのか、自分の気が狂ったのかは分からないが、ミサダは面白そうなことから逃げたりはしない。小さな窓から身を乗り出して、どうにかブラドブラックの掌に飛び乗った。

 ブラドブラックが巨体をふわりと浮かせて、赤い月が煌々と光を落とす夜空に舞う。今はまだ昼時のはずだったが、それは些細なことであった。

「ははっ! すげー!!」

 はるか上空から夜風を切る感覚に、ミサダは歓声をあげる。

 しばらく子どものようにはしゃいでいたミサダだったが、やがてブラドブラックの掌の上でどっかりと胡坐をかく。

「なあ、ブラド。お前なら知ってくれていると思うが、俺はユキさんの力になりたいんだ」

 ブラドブラックは答えない。そもそも言葉を介するのかも不明だが、ミサダは聞いてくれていると確信して言葉を続ける。

「別に恋人になりたいとか、大それたことは考えちゃいない。

 あの人は凄すぎるから、ひとりで何でもできちまう。仲間や友人……ましてや恋人なんて必要ないんだ。

 けど! そんなのって寂しすぎるだろ!

 だから俺はあの人の力になりたい。それこそがおこがましくて大それた考えなのかも知れないけど。

 些細でもいい。重たい荷物を運んでほしいとか、手が離せないから買い物に出て欲しいとか、疲れたのでお茶を入れて欲しいとか。どんなくだらないことでも、俺はあの人に呼ばれれば飛んでいくぜ。そう。俺はあの人専属のヒーローなんだ!」

 少し大人びた凛々しい顔つきで、少年は赤い月を指さして宣言した。

「……そりゃまあ、あんな綺麗な人と恋人にでもなれたらぁ、最高に幸せなんだけどよぉー」

 かと思うと、何を想像しているのか急にだらしない顔になってげへへと不気味に笑う。

 ブラドブラックは黙ってそれを見守っていた。

 普通の少年が普通に恋をする。

 そんな世界を守ることこそが、彼らの使命なのだから。

 

 

 自国で公式戦の真っ最中だったダルク・ヴァーグナーは、気が付けば現実とは思えない世界に立っていた。

 枯れ木がぽつりぽつりと立つだけの不毛の大地に、荒廃した中世風の城がそびえ立ち、瘴気に燻る空には蒼月が浮かんでいる。それを背にするは、刃の翼(ブレイドウイング)を生やした痩身の男。

「やあ、レジー。どうしたんだい?」

 その男に、ダルクは古くからの友人にするように気安く声をかける。レジーはダルクの傍に降り立つと、短く言葉を囁いた。

「ああ、そうだね。僕がプロになって早4年。たしかに少し退屈だ」

 世界ランキングトップ10のメンバーは、この4年であまり代わり映えしなかった。

 世界ランキング2位は、堅実すぎる戦い方をする男だ。格下にはめっぽう強いが、それではダルクに届かない。本人もそれを分かって、ただ2位の座を堅持するためだけに戦っているようにも見える。

 3位の星見トウコとのファイトはエキサイティングだが、4位以下ともなるとダルクとの実力差が大きすぎた。

「けどね。あと数年で、このランキングは大きく様変わりするよ。日本の文化祭でファイトしてから、そんな予感がするんだ。トウコさんも何か企んでいるようだしね。

 だから僕はその日まで、この(ケーニヒ)の座を譲るわけにはいかない。けして驕ることなく勝ち続ける。

 そのためには君の力が必要なんだ、レジー」

 レジーはフンと鼻で息をつき、肩をすくめながらも頷くと、翼を広げて、暗黒の空へと飛び去っていった。

 それと同時、公式戦の会場へと帰ってきたダルクは、何事も無かったかのように、手を掲げながら宣言する。

「《ブレイドウイング・レジー》でヴァンガードにアタック! 滅びの翼は15枚! 2点のダメージを受けてもらいます!」

 プロの世界に君臨する魔王は、簒奪者が現れる日を焦がれ、待ち続ける。

 

 

 1軒の古い邸宅に、ひとつの仏壇が置かれていた。

 広い邸宅の一室に、それはぽつんと寂しげに佇んでいたが、射干玉の影が音も無くその前に現れたかと思うと、すっと1本の線香を捧げた。

「……あら?」

 邸宅に雇われている家政婦が、たまたまその仏壇の傍を通りすぎる。既にそこには誰もいなかった。

 ただ、小柄な竜のものと思しき足跡が縁側まで続いており、それも誰の目に触れることなく、墨が水に溶けるようにして消えた。

 

 

 空には鬱々とした暗雲が立ち込め嵐を起こし、黒い海はすべてを呑み込まんとする怪物の如く暴威を振るう。

 帆船の舳先に立ち、風雨に晒されながら、まるで自分の行く末みたいだと(あおい)アラシは自嘲する。

「物思いとは、らしくないな」

 不意に白い霧が立ち込めたかと思うと、その中から夜色のコートを羽織った長髪の男が姿を現し、アラシの背に声をかけた。それは決して声を張り上げているわけでもなかったが、不思議と嵐の中でもよく通る声だった。

「ナイトミストかよ。何の用だ?」

 振り返ろうとすらせず、不機嫌そうにアラシが言った。

「ご挨拶だな。この俺様が、せっかく尋ねてきてやったと言うのに」

 ナイトミストが飄々と肩をすくめたが、目は笑っていない。

「悪いな。だが、俺はもうすぐヴァンガードができなくなる。お前も俺のことなんざ、早く忘れた方がいいぜ」

「何だ。そんなことで拗ねていたのか。意外と……いや、見た目通りのガキだな、お前は」

「うるせえ。俺はヴァンガードと出逢ってから10年以上、ファイトをしなかった日は無かった。ヴァンガードができなくなるなんてどうしても想像ができねえよ……」

 降りしきる雨と、高波からの水しぶきを浴びてびしょ濡れになったアラシの顔面は、まるで泣きじゃくる子供のような顔になっていた。

「そうか。だが、俺はお前をずっと待つぜ。10年でも、100年でも、1000年でも。何といっても、俺は不死だからな。待つのには慣れている」

「そんなの俺が死んでるわ」

「ならば、俺はお前を蘇らせる。死んでもお前にはヴァンガードを続けてもらう」

「なんでもありだな、お前は……」

 苦笑交じりではあるが、アラシがはじめて笑顔を見せた。

「なあ。どうしてお前はそんなにしてまで、俺にヴァンガードをさせたがる?」

「お前なら俺達を一番上手く使ってくれる。俺達が先導者と認めてやってもいい数少ない男だからだ」

「当たり前だろ! 俺ほどのグランブルー使いなんているわけがねえ!」 

 アラシが振り返って叫ぶと同時、雲間が裂け、日の光が鋭く差し込んだ。船が嵐を抜けたのだ。

「ちっ。日が出てきやがった」

 ナイトミストは不愉快そうに手を掲げて日光を遮る。

「ま、そういうことだ。あとは自分で考えな。俺は夜になるまでひと眠りさせてもらうぜ。

 ったく。死んでもないのに、腐ってんじゃねぇよ」

 それだけ言い残すと、ナイトミストはアラシに踵を返して立ち去ろうとする。

「待てよ!」

 それをアラシが呼び止める。

「いつになるかはわからねえ。だが、俺はまた必ずファイトする! そん時は……また遊ぼうぜ」

 ナイトミストはアラシに背を向けたまま手を振ると、現れた時と同じように霧に包まれて消えていった。

 

 

 天道(てんどう)アリサは感じていた。自分の後ろに憧れの怪人がいることを。理由はわからないが、自分は今、相棒と背中合わせに立っている。そんな確信があった。

「コレオ……?」

 アリサがゆっくりとその名を呼びかける。返答は無い。だが、振り向けば確実にガンニングコレオと出逢うことができるはずだった。彼と視線を交わすことができればどれほど幸せだろう。彼と言葉を交わすことができればどれほど満たされるだろう。

「……あたし、もう行くね」

 しかし、アリサはそれをせず、前を向いたままゆっくりと歩を進めた。

(あたしのイメージするあなたはきっと孤高の怪人。馴れ合いなんて嫌うはずだから)

 自分の欲求よりも、他人を気持ちを第一に考えるのが天道アリサという人間だった。

 これでいいのだと自分に言い聞かせ、アリサは唇を噛みしめながら背後の気配から離れていく。

「人の子よ……」

 不意に頭上から女の声が聞こえ、アリサは思わず立ち止まった。

「そのまま聞くがよい」

 その声は、若い女性のようにも聞こえるが、長い年月を生きてきた者にしか発することのできない尊大さと、それに見合った威厳が感じられた。

「気難しい我が子の想いを慮ってくれて礼を言う。もし、お主が惑星クレイに来ることあらば、我が居城を頼るといい。お主だけは特別に家族として歓迎しよう」

 それだけ告げると、頭上から降り注ぐ声も、背後の気配もフッと消え去った。

 アリサは思わず振り返る。その視線の先には、七色に輝く蜘蛛の糸が柔らかい風に吹かれて漂っていた。

 

 

「な、なんなのここは!?」

 自宅でくつろいでいたはずの神薙(かんなぎ)ミコトは、気が付けばオトゴサヒメによく似た少女(いや、本人なのか?)に腕を掴まれ、日本ではまず見ない石畳の上を小走りになって歩かされていた。彼女の行く手には巨大な神殿が大きく口を開いて待ち構えている。

 その中に入ると、青白い炎を灯した松明に照らされた薄暗い回廊があり、その奥にはミコトのよく見知った顔があった。

「ノリト!?」

「やあ、姉さん」

 驚きの声をあげるミコトに、彼女の双子の弟である神薙ノリトが苦笑しながら片手を挙げた。

「こ、これはいったいどういう状況なの?」

「僕にもよくわからない。けど、彼女が僕達の運命を占ってくれるらしいよ」

 ノリトが視線で指し示す先、回廊の突き当りには赤いクロスに覆われたテーブルがあり、その上にはいかにもな水晶玉が置かれている。その傍で豪奢な椅子の上に腰かけているのはピレスラによく似た(いや、まさか本当に本人なのか?)少女だった。

「運命……? 私達の未来を教えてくれるということ?」

「どうやらそうらしいね」

 それを聞いたミコトは顎に手を当てて「うむむ」と唸ったかと思うと、すぐに顔をあげノリトと視線を交わす。

「ノリト……。わかっていると思うけど」

「うん。僕の答えも姉さんと同じだと思うよ」

 ノリトの返答に頷くと、ミコトが代表してピレスラに向き合った。

「せっかくの申し出だけど、遠慮させていただくわ」

 ピレスラと、その隣に立っていたオトゴサヒメが目を丸くする。

「私達の未来は、私達で決める。定められた運命を歩いていくだけの人生だなんてまっぴらだわ」

「それに、僕達の未来は占ってもらうまでもなく確定している」

 ノリトが続けた。

「僕達は姉弟でプロになる。君達と一緒にね。そうだろう?」

 ノリトに微笑みかけられたピレスラとオトゴサヒメは一瞬だけ顔を見合わせたが、やがてそれぞれの先導者に向かって力強く頷き微笑んだ。

 

 

 周囲から熱狂的な声が聞こえ、鬼塚(おにづか)オウガはゆっくりと目を開けた。

 まず目に映ったのは緑の芝生。そして、周囲を取り囲む観客席と、それらを埋め尽くして怒号もとい歓声をあげる観客達。

 オウガは二度と立てないと思っていた、アメリカンフットボールのスタジアムに立っていた。それも、オウガがかつて経験した中学生時代の大会と、会場の規模は桁違いだ。

(いや、アメフトとは少し違うな。この会場は……まさか、ギャロウズボールなのか?)

 そこに考えが至ると、観客の歓声も自分に向けられたものではないことに気付く。観客が声援を送るその先を目で追うと、白髪を雑に伸ばした大男がこちらにゆっくりと歩いてくるのが見えた。

「……ライジング・ノヴァ?」

 オウガがその名を呼ぶと、男は「よう」と気さくに片手を挙げた。

 オウガはその雄姿を直視できなかった。自分の憧れを体現しているかのようなその男は、あまりにも尊く、眩しすぎた。

「おう、どうした?」

 目を逸らしたオウガの顔を、目の前まで来たライジング・ノヴァが覗き込む。

「わ、悪い。とっくに諦めたつもりだったんだが。あんたを見ていたら、選手になりたいって夢がまた、な……」

「無理もねえ。俺様はスターだからな」

 ライジング・ノヴァが腕組みをして胸を張る。

「その俺様が保証するぜ。お前は俺達スパイクブラザーズにとって最高のヴァンガードであり、コーチだった! お前には人を束ね、育てる才能がある!

 お前は夢を諦めたんじゃねえ! 新しい夢を見つけたんだ!」

「……そうだな、すまねえ」

 オウガが頷くが、ライジング・ノヴァは「まだ腑抜けてやがるな」と舌打ちする。そしてオウガに踵を返して数歩離れると、再び振り返り、自らの分厚い胸板を親指で指し示した。

「胸を貸してやる。全力でぶつかってこい」

「でも、俺の脚は……」

「1回くらいなら本気のタックルはできるだろ? 俺の知っている鬼塚オウガは、目の前の困難と、絶好の機会からは決して逃げねえ」

 ライジング・ノヴァの確信に満ちた視線に晒されたオウガは、覚悟を決めて頷いた。

「……わかった。見てろよ」

 オウガは上着を脱ぐと、姿勢を低くしてタックルの構えを取る。集中力が研ぎ澄まされてゆき、観客席から巻き起こる歓声が遠くなっていく。それともライジング・ノヴァの気迫に、自然と言葉を失ったのか。それすらも、もはやオウガにはわからなかった。

「うおおおおおおおおおっ!!!」

 集中がピークに達した瞬間、バネが弾かれるようにしてオウガが飛び出し、全身でライジング・ノヴァにぶつかった。

「……いいタックルだ」

 それをライジング・ノヴァは微動だにせずに胸で受け止め、オウガが死なないギリギリの力で吹き飛ばす。

「どわああああああっ!?」

 自分の身長の5倍くらい高く空に舞い上がったオウガは、非現実的なその状況を認識する間も無く、背中から地面に激突する。

 半ば気を失いかけながら、しばらくぽかんと空を見あげていたオウガの視界に、「大丈夫か?」と覗き込む白髪のオーガが映り込んだ。

「……やっぱ強ぇ。それに、カッケェなぁ、ライジング・ノヴァ」

「だろう?」

「ああ。俺はあんたに憧れて……幸せだった」

「俺もお前に憧れてもらって、光栄だった」

 ライジング・ノヴァから差し出された手を掴んで、オウガが立ち上がる。

 そのまま固く握手を交わした両者を、観客の歓声と拍手が包み込んだ。

 

 

 受験シーズン真っただ中。中学3年生の山崎(やまざき)タツミは、シャープペンシルを握りしめ、一心不乱に参考書やノートと睨み合っていた。

 それ故、彼は気付かなかった。

 いつの間にか彼の小さな自室が、どこまでも続く蒼穹に変化し、その中を飛竜が数匹、列を成して飛び去っていくのを。

 崖上に建てられた闘技場で、武装した竜人達が模擬戦に火花を散らしているのを。

 飾り気の無い神殿で、僧や踊り子が竜神に祈りを捧げているのを。

 大君主と称えられる真紅の竜が、地面に突き立てた大剣に両手を添え、タツミを見守るように屹立しているのを。

 それから何時間が経過しただろうか。

「う、うーん…………」

 ガチガチに凝り固まった肩をほぐそうと、タツミがようやく上体を起こした時。

「……ん?」

 真紅の竜と目が合った。

「……うわああああああああああっ!?」

 悲鳴をあげ、シャープペンシルを取り落とす。椅子から転げ落ちなかったのが奇跡と思えるほど全身を仰け反らせ驚いた。

「オ、オ、オ、オーバーロードッ!? ドラゴニック・オーバーロード!!」

「いかにも」

 真紅の竜――ドラゴニック・オーバーロードが頷く。

「な、な、な、何でここに!? いや、どうしてオーバーロードが実在してるんだ!?」

「気にすることはない。貴様は貴様の戦いを続けよ」

「き、気にするなと言われても……」

 戦いとは、まさか受験勉強のことなのだろうか。たしかに受験戦争とも言うが、かの大君主が口にするには、ずいぶんと平和な戦いである。

「未来を勝ち取るために行動すること。それを戦いと呼ばずして何と呼ぶ」

 タツミの思考を先読みしたかのように、オーバーロードが口を開いた。

「それは貴様の将来とって必要なことなのだろう?」

 オーバーロードの巨大な爪が、小さな参考書を指し示す。

「う、うん……。けど、せっかくオーバーロードに会えたんだから、もっとお話したいな……」

「貴様の戦いを我が見届けてやろうと言うのだ。それに不服でも?」

 その言葉を受けて、タツミの顔つきが変わった。

 荒野に落ちたシャープペンシルを拾い上げ、椅子に座り直すと、黙々と勉強を再開する。

 それから2、3ページ、ノートをめくったあたりで、タツミが再び声をあげた。

「ドラゴニック・オーバーロード。返事はしなくていいから、聞いて欲しい。これは雑談じゃなくて、宣言だ」

「…………」

 タツミはノートに視線を落としたままだが、オーバーロードが頷くのが気配で分かった。

「僕は憧れの人と同じ高校に行く。僕が入学する頃には、その人はもう卒業してるんだけど。あの人が見たものを、感じたものを、少しでも知りたいんだ。これはそのための勉強……いや、戦いだ」

 宣言を終えると、タツミは再びペンを動かしはじめた。

 それをしばらく静かに見守っていたオーバーロードだったが。

「我の先導者にならんとする者は、皆、何かと戦っていた」

 ふと懐かしむように、ぽつりと呟いた。

「え?」

「独り言だ。邪魔をした」

 それきりオーバーロードは何も語らなかった。

 だが、オーバーロードに見守られている間、タツミは何にも増して集中することができた。

 

 

 深海の底に造られたコンサート会場で、綺羅(きら)ヒビキは目を閉じて美しい歌声に聞き入っていた。

 ステージに立つのは、銀色の髪を左右に分けて束ねたマーメイドの女性だった。憂いを帯びた表情に真剣さを滲ませ、透き通る歌声を朗々と響かせている。それは深海をまっすぐ貫き、海面で波紋となってどこまでも広がっていくような、世界を愛で満たすような歌声だった。

 地球の言語ではない言葉で奏でられるそれは、ヒビキには意味が分かりかねたが、きっと切ない恋の歌なのだろうと思った。

「素晴らしい。本当に素晴らしいよ。ありがとう」

 歌が終わると同時、ヒビキは夢中になって拍手を送った。銀髪のマーメイドが一礼して舞台から去り、今度はオリヴィアを先頭にしたマーメイド達が圧巻のハーモニーを奏で始める。

 再びヒビキがそれに耳を傾けていると、コツンと肩に優しく当たる感触があった。ヒビキは横目でそちらを見ると、舞台袖から退場したはずの、銀髪のマーメイドが小さな頭をヒビキの肩に乗せていた。

「……レインディア?」

 ヒビキがその名を呼ぶと、銀髪のマーメイドはヒビキを見上げ、悪戯っぽく微笑むと人差し指を口元に当てた。

「フッ。わかったよ……」

 ヒビキは気づかなかったフリをして、舞台に目を戻した。さりげなくレインディアの手を握りしめながら。

 そっと寄り添い合うふたりを、人魚姫達の歌声が祝福するように包み込んでいた。

 

 

 書斎でカードを並べてデッキを組み直していた白河(しらかわ)ミユキは、ふと空気に冷えを感じ、縁側に出た。

「あら? こんな季節に雪だなんて」

 ちらちらと舞い散る六華が、春の日差しを浴びて宝石のように煌めいている。縁側から覗く庭には、うっすらと雪化粧が施されていた。

 その庭の奥から、新雪をさくさくと踏みしめて、降りしきる雪の中、傘もささずにゆっくりと歩いてくる人影があった。それは純白の着物から透き通るような肌を覗かせた、紅の差した白髪の見目麗しい少女だった。

「まあ。珍しいお客様」

 それを見たユキが、僅かに目を見張る。

「あんまり驚いてくれないのね」

 手を伸ばせばユキに触れられる距離で立ち止まった少女が、半分拗ねたように、もう半分はからかうように言った。

「これでも十分驚いていますとも。けど、あなたの存在はいつも近くに感じていたから」

「変わった人……」

 少女が着物の袖で口元を押さえてくすくすと笑い。

「妖怪さんに言われたらおしまいねえ」

 つられるようにしてユキもころころと微笑んだ。

「あなたと私は本当によく似ている」

 どちらかがふと呟くと、ふたりの少女は互いの両手を重ね合わせた。こうしていると、着物姿の少女達は鏡映しのように瓜二つであった。

「世界は救われたのね?」

 ユキが唐突に尋ねる。

「ええ。世界の消滅を望む根絶者と、世界の存続を望む少女の戦いは、少女の勝利で終わった。私がここに来れたのは、その余波のようなもの。けど、それももうすぐ終わる。この美しい奇跡は、いずれ淡雪のように儚く溶けて消えてしまうのよ」

「けれど、私達はこの奇跡を忘れないわ。子どもの頃にはじめて見た雪景色が、いつまでも網膜に焼き付いて離れないように」

「そう。なら、ここに来た甲斐はあったというものね」

 言いながら、少女がゆっくりとユキから離れていく。

「名残惜しいけど、これでお別れね」

「ええ。またいつか会いましょう。シラユキ――偉大なる大妖よ」

 少女――シラユキは妖しく微笑むと、突如として吹雪が舞い上がり、彼女の姿を覆い隠す。

 渦巻く吹雪が消えた後には、シラユキの姿は既に無く、いつしか雪も止み、雪に覆われていた庭すらも元通りになっていた。

 まるですべてが夢幻であったかのように。

 ただ、空から零れた雪のひとひらが、差し出されたユキの手のひらの上に乗り、またすぐに溶けて消えていった。

 

 

 空を覆い尽くすほどに巨大になったブラントだったが、そこをピークに少しずつ小さくなっていった。「あれ? 仲間の気配がしたような気がしたけど、気のせいだったのかな?」みたいな感じで地球を通りすぎ、遠ざかっていくかのようだった。

(さようなら、ブラント。根絶者達の故郷。

 あなた達と会いたくなかったと言えば嘘になります。けれども、私達が出会うのはまだ早すぎるのでしょう。

 いつかあなた達が、遭遇したものすべてを本能的に消さずにいられるよう進化するその時まで……どうか、お元気で)

 ミオは心の中で、遠ざかるブラントに別れを告げた。

 世間ではまた、急に姿を消した赤い星の話題で持ちきりになるだろうが、そんなことはミオの知ったことではない。

「ん……」

 そんなことを考えていると、膝の上で寝かしていたレイが小さく身じろぎした。

「……レイさん?」

 ここからが本番と気を引き締め直し、レイにおそるおそる声をかける。

「ん……お姉ちゃん……」

 うっすらと目を開いたレイの第一声を聞いて、ミオはほっと安堵の吐息を漏らし。

「……誰?」

 続く言葉に息を詰まらせ、肋骨が軋むほど心臓の高鳴る音を聞いた。

 その「姉」という言葉の響きからは姉妹に対する親愛の情が抜け落ち、まだ開ききっていない瞳は、怯えを色濃く映しだして震えていた。

「……私は響星学園3年生。カードファイト部の部長を務める音無ミオです」

 ミオは息を吐き直して呼吸を整えると、丁寧に名乗った。

「あなたは響星学園1年生。カードファイト部の時任レイです。

 あなたは不注意にも階段で足をすべらせ、頭を打って意識を失っていたのですよ。思いだせますか?」

 レイが記憶を失っていた場合の対処法はメサイアから聞いていた。事実と嘘を重ね合わせてでも、現在の状況を認識させ、確定させる。

 でなければ、レイの体から出て行く根絶者の魂に引っ張られるようにして、どんどん記憶が失われてしまうのだそうだ。

「音無、ミオ……ちゃん? ……ああ、思いだしてきた。ごめんね。あたし、頭がぼーっとしてて」

「……いいえ、かまいませんよ。他の部員は思いだせますか?」

「……サキ、ちゃん? 藤村、サキちゃん。メガネをかけた、優しい先輩……」

「はい。正解です。……他には?」

「……他にはいなかったと思うけど」

「それも正解です」

 それからもミオは質問を続けた。

 今日離島から訪れた友人。両親。担任の教師。カードファイト部の顧問。懇意にしているカードショップ。そこで働くアルバイト店員。

 レイがすべての名前を言い当てたところで、ミオは今度こそ一息ついた。

(私に対する呼び方が変わった以外は、おおむね大丈夫そうですね。おいおいボロが出てくる可能性はありますが、ごまかせる範囲でしょう)

 ミオは自分のデッキからロストレジェンドのカードを抜きだすと、もうひとつ大切に持ち歩いていたデッキの上に重ねてレイに手渡す。

「これはあなたのデッキです。あなたが転んだ拍子に散らばったのを集めておきました」

「あ。あたしのギアクロニクルだ。ありがとう、ミオちゃん」

 レイはデッキを受け取ると、ロストレジェンドやミステリーフレアなど数枚のカードを慈しむように眺めてから、よっこいしょと体を起こす。

「もう動いても大丈夫なのですか?」

「うん! 転んだっていうけど、どこも痛くないし、たぶん大丈夫だと思う」

 そう言って、レイは急に何かに惹かれるようにして小走りで駆けだし、即席のファイトテーブルへと向かっていく。

(あそこにはレイさんが使っていた根絶者デッキがそのままにしてあったはず)

 今のレイが彼女の根絶者デッキを見たら、どんな反応を起こすか想像もつかない。ミオも慌てて後を追った。

 ミオが追いつくと、レイはテーブルに両手をつき、1枚1枚根絶者のカードを眺めていた。

「根絶者……? ミオちゃんのデッキだよね?」

「……はい。根絶者は私がよく使うデッキです」

 ミオは慎重に言葉を返した。

 レイはそこから1枚のカードを取り上げ、訝しげに凝視する。

「そうだよね。私とは何の関係もないはずなのに……。何でだろう。この子たちを見ていると、何故か悲しくなってくるんだ……」

 ぽつ、ぽつと、にわか雨のようにヲクシズのカードに水滴が落ちた。

「何か大切なものを忘れてしまった気がする……何かかけがえのないものと別れてしまった気がする……けど、それが何なのか思いだせないの……!!」

「……大丈夫です。それはきっと正常な反応です。私にはそれを証明することも、説明することもできませんが、それでもあなたは、きっと、正しい」

「う……あ……あ……ああああああああああああああっ!!」

 やがて天気はどしゃぶりへと変化し、根絶者のカードとレイの頬をびしょびしょに濡らし、落雷がミオの耳朶を打った。

 ミオはそれに構わず、背後からレイを強く抱きしめた。けっして彼女を離さないように。彼女までデリートされてしまわないように。

 レイの右手の甲からは、いつしか赤く輝く紋章が消え去っていた。

 

 

(アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!)

 ひとつの矮小な魂が天に昇っていく。大気圏で焼け落ちる流星のように、ボロボロと姿形を崩しながら。

(アタシがッ! 消えるッ! 消えてしまうッ!)

 それはかつてレイだったものであり、レイにディフライドしていた根絶者の魂、その残滓であった。

 惑星クレイの存在は、地球圏では長く生きられない。レイとして活動していた僅かな記憶を抱いたまま、それは消滅を迎えようとしていた。

(イヤだッ! アタシだけが、そんなッ! 怖いよッ! 誰かッ! 助けてッ! 助けてよッ! お姉ちゃんッ!! お姉ちゃんッ……!!)

 敬愛する姉は、いくら呼んでも助けには来なかった。彼女は人間であることを選び、人間であるレイの味方であることを選んだのだ。

 この根絶者の不幸は、人として生きる過程で感情を得てしまったことだ。本来の根絶者ならば、消滅を前にしても感じる恐怖など持ちあわせていなかっただろうに。

 自分が消えていく。呼んでも答えてもらえず、呼ばれても聞こえない、永遠の闇へと。

(これが消えるってことなんだ。死ぬってことなんだね。アタシはこんな恐怖をみんなに押しつけようとしてたんだ)

 それを思うと、泣きたくなった。涙を流す機能を持った肉体は、とうに失われているというのに。

(ごめんなさいッ! ごめんなさいッ! 謝りますッ! 心から反省してますッ!

 ……謝るからッ! ……だからッ! 誰か、助けてッ! 助けてよおぉぉッ!)

 恐怖に抗いきれず絶叫を続けるその消え逝く魂を、ひとりの戦士が受け止めた。

(……え?)

 真鍮の鎧を纏った竜の騎士が、根絶者の魂を優しく胸に抱いていた。

(ロスト、レジェンド……? 助けて、くれるの……? 何で? アタシ、あんなにひどいことを言ったのに……)

 騎士竜は静かに首を振ると、その魂の周囲の時間を止めた。これでその魂は活動できなくなるが、消滅がこれ以上進行することもない。

 騎士竜はそれを堅く胸に抱き直すと、剣を一振りして時空の門を開き、それをくぐって何処かへと消えた。滅ぶべき魂さえもが救われる、誰も知らぬ楽園を求めて。

 その日を境に、現在、過去、未来。すべての時代において、騎士竜の名は歴史から失われた。

 万の民を救う力を持ちあわせていながら、ただひとつの孤独なる魂を救うため、果て無き旅に出た放浪者。

 それ故、ギアクロニクルは彼を失われた伝説(ロストレジェンド)と呼ぶのだ。

 

 

 音無ミオに日常が戻ってきた。

 あれから時任レイにも大きな変化は無く、ブラントも地球からは完全に見えなくなり、順風満帆であると言える。

 就職先(スポンサー)が決まらない以外は。

 人知れず世界を救った少女は、皮肉にもせかい(社会)の荒波に揉まれていた。

(やはりアルバイトをしながら地道に実績を重ねていくしかなさそうですね。もしくは、いっそのこと就職してしまいましょうか。帰ったら、プロファイターのスポンサーをしている企業の中途採用を洗い出して……)

 そんなことを考えながら、全身に山でも背負っているかのような重たい足取りで、ミオが道路沿いを歩いていると

「ちょっと、あんた! あんたが音無ミオだね!?」

 どこかで聞いた覚えのある、キンキンした女の声に呼びとめられた。

「何でしょう? 私は今、」

 忙しいのですがと続けようとして絶句した。

「……プロファイターランキング第3位、星見トウコ」

 数瞬の間を置いて、ようやく声をかけてきた女の名を呟く。

 ライダースーツ姿の老婆が、ピンと背筋を立てて腕組みしたままミオを睨みつけていた。その素性は、ミオの言う通りである。

「トウコさんと呼びな! 大先輩だよ! 人生においても、ファイターとしてもね!」

「失礼しました」

 がなるトウコに、ミオは素直に謝罪した。

「よろしい。さっそくだけど、ちょっとツラ貸しな」

 それに気をよくしたわけでもないだろうが、悪戯小僧のような笑顔になって、親指で後ろを指し示した。そこには1台の大型バイク。

「すみません。私はこれから大会があるのですが」

「ほほう? 場末の大会に出場してミジンコ程度のポイントを稼ぐか、現役プロの誘いに乗るか。どっちがあんたの将来にとってプラスになるか、よーく考えてみな」

 ミオは迷わずスマホを取り出すと、3、4回すばやく操作してポケットに戻した。

「大会への出場はキャンセルしました」

「……ふん。判断力と速度は及第点ってところかね。

 乗りな。イイところに連れてってやるよ」

 そう言って、トウコがミオにヘルメットを投げ渡す。

 良い子は甘い言葉を囁く知らない人についていってはいけません。

 

 

 トウコのバイクに揺られてもといカッとばされて5分。ミオは巨大なビルに連れてこられた。

 その中層階にある一室の扉を、トウコがカードキーを使って開くと。

「……おお」

 無感動でならしたミオですら思わず歓声をあげる。

 そこはプロ仕様のファイトテーブルが30台ほどズラリと並んだ、圧巻とも言うべき部屋だった。

「ここはアタシのプライベートファイトルームだよ。普段はここでめぼしいファイターを集めてファイトしてるんだけど、今日は誰も呼んでないから、邪魔は入らない」

「ふむ。では、そろそろ私をそんな重要な場所に呼んで頂けた理由をお聞かせ頂きたいのですが」

 尋ねながらも、ミオは周囲に目を向ける。

 床に敷き詰められたカーペットは踏み固められており、頻繁に人が出入りしていることが伺える。壁紙はところどころ破れており、休憩できそうな場所と言えば、部屋の隅に置かれた小さなベンチと1台の自動販売機ぐらいのものである。

 世界ランキング3位の財力ならば、もう少し内装に力を入れることもできただろうに。それをしないのは部屋の主が徹頭徹尾ファイト以外に興味が無いからだろう。ここまでいくと、ファイトのための部屋と言うよりは、ファイトに狂った者の隔離所である。もしくは墓場か。

 いずれにしろ、この狂気的なまでにファイトを重視した雰囲気は、ミオがよく行くカードショップ『ストレングス』に近いものがあり、どこか落ちつくのだ。

 気の弱いサキなどは、回れ右して逃げ出しそうではあるが。

「回りくどいのは嫌いだから、単刀直入に言うよ。

 あたしはそろそろプロを引退しようと思ってる。そこで後継者を探していたところ、あんたの名前を知った。

 つまり、あたしの代わりにプロにならないかって話だ」

「……」

 気になる情報が多すぎる。

 世界ランキング3位のファイターが引退するというのも、新聞の1面記事になるレベルのニュースだが。

「何故、私を?

 去年の響星学園の文化祭では、トウコさんと話す機会はなかったはずですが。私の実績も、正直に言ってトウコさんの耳に入るようなものでも、トウコさんに気に入られるレベルでも無かったと思います」

 ミオが最も気になったのはそこだった。

「文化祭……? ああ、あんたあそこにいたのかい。

 もちろん、そんなことも、あんたの名前も、つい最近まで知らなかったさ。

 ただ、あたしが後継者を探してるって言ったら、ユキがあんたを強く推すんでね」

「ユキさんが?」

 思いもよらぬ名前が出てきて、ミオは大きな瞳をさらに丸くした。

「ああ。あの子とはひょんなことから仲良くなってね。4年くらい前だったかな。

 あの子とダルクを引きあわせたのもあたしだよ」

「なるほど。道理で」

 ユキがドイツ在住のダルクとどうやって知り合ったのかずっと気になっていたのだが、同じ日本人のトウコが間を取り持っていたのだ。

 プロの中でも図抜けて気難しそうなトウコに一目置かれていることが、まずとんでもないのだが。

 何があったのだろうと、また新たな疑問が生じてしまっただけな気もする。

「ユキ曰く、今のあんたは、またひとつ成長した頃合いだろうから、胸を張って推薦できる。だそうだよ。

 意味は分からないけど、あんたに伝えておくべきと思ったから伝えておくよ」

「成長……したのでしょうか。私は」

 今でもレイに「ミオちゃん」と呼ばれるたびに、罪悪感に心が軋む。自分は、自分を姉と慕ってくれた存在を、確かにこの手で葬ったのだと。

 精神的には弱くなったようにしか思えない。

 ミオが物思いに耽っていると、トウコが急に話を変えてきた。

「プロになる条件って何だと思う?」

「それは、スポ――」

「正解は、どこぞの企業がスポンサーがついていることだ」

 ミオが即答するより早く、トウコが答えを言った。

 何故、質問形式にしたのか。

「だけど、それは厳密にルールとして規定されているわけじゃない。スポンサーがいなくても、プロになろうと思えばなれる。言ってしまえば、賞金の出る大会でカネを稼いで、生活さえできていればそいつはプロさ。

 けど、そんな奇跡みたいなやつは、プロファイターの長い歴史上ひと握りしかいない。それは何故か?」

「お金がひ――」

「答えはカネが足りないからだ。

 カード代はもちろん、賞金が出る大会は参加するのにも馬鹿にならないカネがいるし、勝てなきゃ1円ももらえない。大会は世界中で開催されるから遠征費もとんでもない。

 個人で賄うには限界があるのさ」

 トウコの説明は早口だが分かりやすい。無駄を嫌うからこそ、要点を抜きだすのが上手いのだろう。このあたりはミオと相性がよさそうだ。

「じゃあまっとうに働いてカネを稼ぎながら大会に出場すればいいと思うかい? 甘いね。

 1週間の約半分を他の仕事に拘束されてちゃ、練習なんていつできる? 片手間でファイトしてる人間が勝てるほど、プロの世界はヤワじゃないよ。

 ついでに言っておくと、そいつは仕事でも役立たずになるよ。一般のサラリーマンも、何かのプロフェッショナルであることに違いはないんだ。趣味でファイトする分には構わないが、プロファイターにうつつを抜かしながらこなせるものとは思わない」

「む……」

 まさしくそのプランを考えていたミオは、少し憮然とした表情になったが、反論の余地も無かった。

「現実的な問題として、大会は平日に開催されるものが多いというのもあるしね。

 反面、スポンサーさえいれば必要経費はすべて払ってくれるし、いいところであれば練習施設も提供してくれる。

 1カ月のうち半日ほどCMの撮影やらなんやらで奪われることもあるが、まあ安いものさね。

 結果を残せなかった場合は、スポンサー契約を打ち切られて路頭に迷うリスクもあるわけだが。

 さて。プロになるにはスポンサーが必須ということを理解してもらったところで、あたしからの提案だ。

 あんたがあたしと契約するなら、あたしがスポンサーになってやる。

 あたしは企業経営者じゃないが、カネなら腐るほどあるから心配しなくていい。

 遠征費から、大会への出場費まで、ヴァンガードに必要なカネなら、すべてあたしが出してやる。

 もちろんカードだって好きなだけ買ってやるよ」

「ふむ。……例えば、カードショップで『この店の根絶者をすべてください』と注文したいという、私の長年の夢も叶えて頂けるということですね」

「あん? それがあんたにとって必要であるなら構わないよ」

 トウコの物事を深く考えない性格が、絶対に締結してはならない契約を結んでしまった。

「それは魅力的……いえ、破格の条件ですね」

「だろう? もちろんCM撮影なんて要求しないし、この部屋も自由に使わせてやる。……ただ」

「ただ?」

「この星見トウコ様が、他人に推薦されただけの人間を、ほいほい信用すると思ったかい?」

 トウコが意地悪くにんまりと笑う。こういう時の彼女は老婆どころか、少女のように可憐で魅力的で残酷だ。

「あたしとファイトして、勝てればそれらの条件で契約してやる!」

 ドン! と音をたててトウコがテーブルにデッキを置いた。

 負ければ?

 とは聞かなかった。

 そんなことを口にした時点で、この話はご破算になるであろう予感があった。

「わかりました。よろしくお願いします」

 ミオがそっとテーブルにデッキを置く。

 長くても30分。文化祭でのトウコの手際を思い起こせば、恐らくは10分もかからず、自分の人生はこのファイトの結果で大きく変わるのだろう。

「間違っても事故なんてするんじゃないよ。やり直しなんて許さないからね。

 ただし、あたしが事故った場合はやり直しだ」

「ずいぶんと理不尽な条件ですね」

「人生なんてそんなもんさね。

 さ、はじめようか」

 喋りながらも手は止めなかったトウコがあっという間に準備を終え、少し遅れてミオもカードの引き直しまでを終えた。

「スタンドアップ ヴァンガード」

「スタンドアップ! ヴァンガード!!」

 そして、ふたりが同時にファーストヴァンガードをめくる。

「《発芽する根絶者 ルチ》」

「《ブラウユンガー》!!」

 

 

「先行はもらうよ! スタンド&ドロー!」

 勝手に先行をもらわれた。これも人生なのだろうか。

「ライド! 《ブラウパンツァー》!

 山札の上から5枚見て……《シュテルン・ブラウクリューガー》を手札に加えるよ!」

「ブラウ、ですか。それがトウコさんの本気というわけですね」

「ふうん。文化祭の時、あたしが本気でなかったことは見抜いていたか。

 そうさ。これがあたしのデッキ、ブラウクリューガーさね!

 あんたが戦っているのは、正真正銘世界ランキング第3位、星見トウコだよ!」

 トウコが威嚇するように声を張り上げるが、ミオは相手がどのような強者であろうと動揺などしない。

「そうでなくては面白くありません。

 私のターンですね。スタンド&ドロー」

 と言いながら、淡々とカードを引く。

「《速攻する根絶者 ガタリヲ》にライド。1枚引いて、クイックシールドも手札に加えます。

 ガタリヲでヴァンガードにアタックします」

「ノーガード」

「ドライブチェック……トリガーはありません」

「ダメージチェック……こっちもトリガーは無いよ。

 あたしのターン! スタンド&ドロー!

 ライド! 《ブラウクリューガー》!!

 山札の上から7枚見て……《ギャラクシー・ブラウクリューガー》を手札に加える!

《ジェノサイド・ジャック》と《ライザーカスタム》をコールして、バトルだよ!

《ブラウクリューガー》でヴァンガードにアタック!」

「★トリガーでガードします」

「ドライブチェック! ……★トリガーだ」

 トウコがにやりと笑ってカードを見せつける。

「効果はすべてジャックに!

《ライザーカスタム》のブースト! 《ジェノサイド・ジャック》でヴァンガードにアタック!

 合計パワーは37000だ!」

「ノーガード。ダメージチェック……2枚ともトリガーではありません」

 ここまでのダメージは、トウコが1点に対し、ミオが2点。

「私のターン。スタンド&ドロー。

 ライド。《煩悶する根絶者 ヱグバス》

 ヱグバスのスキルで手札を1枚捨て、山札から《招き入れる根絶者 ファルヲン》2枚をドロップゾーンに置き、1枚引きます。

《呼応する根絶者 アルバ》もコールして、バトルです。

 ヱグバスでヴァンガードにアタックします」

「《キャノン・ボール》でガード!」

「ドライブチェック……★トリガー。効果はすべてアルバに。

 続けて、アルバでアタックします」

「《ターボライザー》でガードだ!」

「あたしのターンだね。スタンド&ドロー。

 換装(ライド)! 《シュテルン・ブラウクリューガー》!!」

 紺碧の機体が暗黒の宇宙へと飛翔し、母艦から射出された兵装ユニットに換装する。

 全身のいたる所に砲身を装備し、背中に無数の羽を生やしたブラウクリューガーの射撃戦特化形態。

 それがシュテルン・ブラウクリューガーである。

「イマジナリーギフトはアクセルⅡを選択して、1枚ドロー!

《トランスライザー》、《ブラウクリューガー》、《モルゲンロート》、《ギャラクシー・ブラウクリューガー》もコールだ!

《ターボライザー》と《モルゲンロート》をレストして、《ジェノサイド・ジャック》をスタンド! 《ターボライザー》もスタンドだ!

 バトル!!

《ギャラクシー・ブラウクリューガー》でヴァンガードにアタック!」

(ヒール)ガーディアン《オブリビオンクェーサー・ドラゴン》でガードします。そのスキルで、ヴァンガードのパワーを+10000します」

「はっ! そんなものであたしの攻めを防げるとでも思うのかい!

《トランスライザー》のブースト! 《シュテルン・ブラウクリューガー》でヴァンガードにアタック!! トランスのスキルでカウンターチャージ!」

「ノーガードです」

「ツインドライブ!!

 1枚目、トリガー無し。

 2枚目、こっちもトリガー無しだ」

 シュテルンが全身の砲から一斉に弾を撃ち出した。それだけに終わらず、背負った羽の装甲を次々とスライドさせ数多の砲門を煌かせたかと思うと、そこから誘導レーザーを絶え間なく発射し、群がる根絶者達を次々と撃ち落としていく。それは(シュテルン)の名に相応しい、空を駆ける無数の流星を思わせる一斉射だった。

「ダメージチェック……(ドロー)トリガー。1枚引いて、パワーはヴァンガードに」

 これでヴァンガードのパワーは30000。このターンは余裕をもって凌げる、はずだった。

「ブラウクリューガーのアタックは、まだまだ終わらないよ!

 手札を2枚捨て、シュテルンのスキル発動!

 リアガードのギャラクシーに緊急換装(スペリオルライド)!!」

 シュテルン・ブラウクリューガーが、射撃戦特化兵装をパージすると、すぐさま母艦から新たな換装パーツが射出される。

 左腕には長大なレーザーカノンを装着され、右腕からは巨大なレーザーブレードが電光を放つ。

 宇宙の闇に瞬く銀河(ギャラクシー)となった蒼き闘士は、6枚のウイングを広げ、星々の間をすり抜けるように加速した。

「さあ! 《ギャラクシー・ブラウクリューガー》でアタックだよ! アタック時、ソウルから《シュテルン・ブラウクリューガー》をスペリオルコール!」

「ノーガードです」

「ドライブチェック! ……(フロント)トリガーだ!!」

 これでパワーは上回った! ダメージを受けてもらうよ!」

 ギャラクシーのカノン砲から、その名に相応しい光の奔流が解き放たれる。

 それはミオのライドする根絶者をデブリごと呑み込み、星が砕けたかのような輝きを炸裂させた。

「ダメージチェック。……トリガーはありません」

「《ブラウクリューガー》でリアガードのアルバにアタック!」

「ノーガード。アルバは退却します」

「バトル終了時、《ブラウクリューガー》をソウルに置いて1枚ドロー。

 残るあたしのリアガードのパワーはどれも30000オーバーだ。まだまだアタックは通るねえ。

 おら! 《シュテルン・ブラウクリューガー》でもアタックだよ!」

「《招き入れる根絶者 ファルヲン》でガードします」

「《ライザーカスタム》のブースト! 《ジェノサイド・ジャック》でヴァンガードにアタック!」

「《悪運の根絶者 ドロヲン》でガードします」

「ふん。ダメージ4点で抑えたか。ここまでは合格にしておいてやるよ。

《モルゲンロート》のスキルでシュテルンを手札に戻し、ターンエンドだ」

「…………」

 今までに体験したことの無いような攻めだった。

 治ガーディアンが無ければ、このターンでゲームが終わっていただろう。

(これがプロの実力ですか……)

 物事を常に客観視できるミオは、この1ターンで途方も無い実力差に気付いてしまった。

「どうした? もう諦めるのかい!?」

 トウコが苛々したように叫ぶ。

「まさか」

 ミオは虚勢だけでそれを返した。

「ならさっさとカードを引きな! このあたしが時間をくれてやってんだ! 1秒たりとも無駄にするんじゃないよ!」

 トウコの尊大な物言いも、今なら納得できる。彼女にはそれに相応しい実力がある。

「……そうですね。あなたのような人とファイトできることが、まずは幸運なのでしょう」

 今は勝つことを考えない。このファイトを楽しみ、得られるものはすべて吸収する。勝機があるとすれば、きっとその先だ。

 ミオは覚悟を新たにして、カードを引いた。

「スタンド&ドロー。

 ライド。《絆の根絶者 グレイヲン》」

 ブラウクリューガーの眼前に暗黒物質(ダークマター)が出現し、それを引き裂くようにして、中から巨大な根絶者が姿を現す。

「イマジナリーギフトはフォースⅡをヴァンガードに。

 グレイヲンのスキル発動。《ギャラクシー・ブラウクリューガー》をデリートします」

 グレイヲンが禍々しく捻じれた爪を振るうと、青い機体が一瞬にして消え去り、コックピットのトウコが宇宙に投げ出される。本人は余裕の表情で腕組みしていたが。

「ヴァンガードがデリートされたので、ドロップゾーンから3体のファルヲンをスペリオルコール。

《呼応する根絶者 エルロ》もコールして、ドロップゾーンからアルバもスペリオルコールします」

 最低限の手札消費で盤面を埋めたが、トウコは眉ひとつ動かさない。この程度はできて当然とか思われていそうだ。

「バトルです。

 ファルヲンのブースト。グレイヲンでヴァンガードにアタックします」

「《メチャバトラー ブチヌーク》でガード! 《ジェノサイド・ジャック》でインターセプト! 2枚貫通だ!」

「ツインドライブ。

 1枚目……トリガーはありません。

 2枚目……引トリガー。1枚引いて、パワーはエルロに。

 ファルヲンのブースト。エルロでヴァンガードにアタックします」

「もう1枚、ブチヌークでガードだ」

「ファルヲンのブースト。アルバでヴァンガードにアタックします」

「ノーガード。ダメージチェック……治トリガーだが、回復はしないよ」

 これでようやくトウコに2点目が入る。

 ここまででダメージは4対2。

「あたしのターンだね。スタンド&ドロー。

 ライド! 《シュテルン・ブラウクリューガー》!!

 本来ならギャラクシーをスペリオルコールできるんだが、デリートされてちゃそれも叶わないね。

 けど、そんなものであたしのブラウクリューガーを封じたつもりかい!?

《ブラウパンツァー》をコール! 手札からトリガーユニットを捨て、《ギャラクシー・ブラウクリューガー》を手札に加えさせてもらうよ! そのままこいつをコール! 《ブラウクリューガー》、《超獣神 イルミナル・ドラゴン》、《スタイリッシュ・ハスラー》もコール!」

 まるで魔法のように、次々と厄介なアタッカーばかりがコールされていく。

「バトルだよ!

 アクセルサークルのギャラクシーでグレイヲンにアタック!」

「★トリガーでガードします」

「ヴァンガードのシュテルンでグレイヲンにアタック!」

「ノーガードです」

「ツインドライブ!!

 1枚目……トリガー無し。

 2枚目……前トリガーだ! 前列すべてのユニットにパワー+10000!」

「ダメージチェック……トリガーはありません」

 これでミオのダメージは5。後がなくなった。

「手札を2枚捨て、ギャラクシーに緊急換装!

 さあ、これで決着かねえ? 《トランスライザー》のブースト! 《ギャラクシー・ブラウクリューガー》でヴァンガードにアタック!! シュテルンもスペリオルコール!」

「……ノーガードです」

 ミオは静かに目を閉じながら宣言した。

「ドライブチェックのトリガーは無しだ。さあ、6点目のダメージチェックを行ってもらおうか! いくつになっても、ヴァンガードはこの瞬間が一番ドキドキするねえ!」

 右手のレーザーブレードを最大出力にして振り抜いたギャラクシー・ブラウクリューガーが、グレイヲンが防御に掲げた両腕ごと、袈裟懸けに斬り裂いた。

 底知れない宇宙の闇に、グレイヲンの巨体がゆっくりと沈んでいく。

「どうやらここまでのようですね。ダメージチェック……」

 ミオが山札の上からカードをめくる。

「おや。もう諦めちまうのかい? 情けないねぇ。ユキのやつも、とんだ見込み違いだった――」

「何を勘違いしているのですか?」

 心外とばかりに、ミオがトウコの言葉を遮った。

「私が諦めたのは、治トリガー無しであなたに勝つことです。

 私がダメージチェックで引いたのは、治トリガー。ダメージ回復して、パワーはグレイヲンに」

 瞬間、グレイヲンの両腕も再生し、闇の中から這い上がるようにして浮上する。

「ゲーム続行です。残りのアタックをどうぞ」

「このあたしを相手に、そんなことを考えていたのかい……!!

 不遜だが、嫌いじゃないよ! 若いうちはそうじゃないとねぇ!!

 アクセルサークルの《ブラウクリューガー》でグレイヲンにアタック!」

「エルロでインターセプトします」

「《ブラウクリューガー》をソウルに置いて、1枚引かせてもらうよ!

 アクセルサークルの《ブラウパンツァー》でグレイヲンにアタック!」

「アルバでインターセプトします」

「アクセルサークルのシュテルンでグレイヲンにアタック!」

「★トリガーでガードします」

「《ライザーカスタム》のブースト! 《スタイリッシュ・ハスラー》でグレイヲンにアタック!」

「《迅速な根絶者 ギアリ》、《欺く根絶者 ギヴン》、引トリガーでガードします」

「《超獣神 イルミナル・ドラゴン》でグレイヲンにアタックだ!!」

「《真空に咲く花 コスモリース》で完全ガードです」

 これでミオの手札は0枚。

 だが、トウコがアタックできるユニットもいない。流星雨の如き猛攻を耐えきったのだ。

「あたしはこれでターンエンドだ。けど、あんたの手札は0枚。リアガードはG1のファルヲンのみ。そんな状態で何ができるものか」

「このような絶体絶命の状況。あなたほど生きていない私でも、何度も経験してきましたよ。

 スタンド&ドロー。

 ライド……」

 ミオがライドするのはもちろん、彼女の愛する人から託された魂のカード。

「《波動する根絶者 グレイドール》」

 満身創痍だったグレイヲンの肉体が、鋼鉄の鎧に包まれていく。

 ミオやグレイヲンと共にこの3年間を戦い抜いてきた切り札が、地球を背にするようにして降臨した。

「グレイドールのスキル発動。ハスラーを裏でバインド(バニッシュデリート)。ギャラクシーをデリート。★に+1です」

 グレイドールが腕を一振りするだけで、銀河がこの世界から消え去った。

 残された虚無の暗闇に、トウコの魂だけが強い輝きを放ちながら浮かんでいる。

「この程度であたしまで消し去れるだなんて思ってないだろうね!」

「はい。すべてはこの一撃で決まります。

 ファルヲンのブースト。グレイドールでヴァンガードにアタックします」

「《ジェノサイドジャック》! 《ブラウクリューガー》! さらに《メチャバトラー ブチヌーク》でガードだ! これで2枚貫通! そればかりか★トリガーを引かなきゃ、あんたは勝ちきれない!」

「そのようですね。では、すべてを私のデッキに委ねます。

 ツインドライブ」

 ミオは祈るように宣言して、自らが信じたカードの束、デッキに手をかける。

 1枚目……引トリガー。1枚引いて、パワーはグレイドールに。

 2枚目…………む?」

 2度目のドライブチェックでカードをめくると同時、ミオは眉をひそめた。

「よりにもよって、このカードですか」

「あ?」

「こちらの話です。

 私が引いたカードは《ブリンクメサイア》――★トリガーです」

 ミオはめくったカードをトウコに見せつけた。

「やるねぇ! だが、あたしのデッキには、まだ治トリガーが3枚残ってるんだ!

 ダメージチェック!!

 1枚目、トリガー無し。

 2枚目、治トリガー……。

 3枚目、治トリガー……おいおい」

 トウコが焦ったような声をあげる。実力では彼女が圧倒していたはずだ。だが、ミオが治トリガーを引いたあたりから、空気が変わりはじめた。何か特別な力が作用して、彼女を勝たせようとしているとしか思えない。

(世界がこの子を求めているとでも言うのかい? 今のプロリーグには、新しい風が必要だとずっと感じていた。それがこの音無ミオだと……)

「4枚目……」

 グレイドールとメサイアの幼竜が並び立ち、虚無の波動と再生の波動を同時に放つ。

 それはふたつの螺旋を描きながら交差し、混じり合い、誰も見たことの無い輝きへと昇華していく。

(……ちっ。綺麗じゃあないか)

 新生した無垢なる波動に呑み込まれながら、トウコは静かにそれを認めた。

 

 

「……ふん。あたしの負けさね」

 6枚目のカードをダメージゾーンに放り投げるように置いて、トウコは溜息混じりに言った。

「……勝てました。楽しいファイトでした」

 安堵したようにほうと吐息をついて、ミオが手を差し出すが。

「あ? 負けたファイトが楽しかったわけないだろ?」

 不機嫌そうに睨みつけられて握手を拒否された。

「…………」

 自分より、フウヤやマリアと気が合いそうだなと思いながら手を降ろす。いや、どちらが勝ったとしても修羅場になるだけだから、むしろ相性が悪いのか。

「ともあれ、これであんたはめでたくプロの一員ってわけだ。おめでとさん」

 かと思うと、今度はトウコの方から手を差し出してきた。とは言え、これは健闘を称える握手というよりは、契約の証だろう。彼女は既に次のパートに進んでいるのだ。

 まるでジェットコースターのような気性の彼女に付き合えるのは、他人に頓着しない自分くらいのものかもしれない。

 きっとこれから長い付き合いになる。

 ミオはそう確信して、トウコの骨ばってはいるが繊細な職人のような手を握り返した。

「ま、あんたが不甲斐ないファイトをするようなら、すぐにでも契約を打ち切ってやるけどね」

 ……長い付き合いに、なるはずだ。

「ここからプロになるために色々と踏まなければいけない手続きもある。あんたに会わせておきたい人も何人かいるし。負けたあたしが言うのも何だけど、あんたのファイトは荒削りだ。もう少しあたしとファイトして、プロに相応しい実力を身につけてもらうよ。

 これからしばらく、休みの日は顔を貸してもらううことになるけど、構わないね」

「はい。望むところです」

 言葉こそ乱暴だが、意外と福利厚生がしっかりしている。彼女の性格からすると、プロの世界に身一つで放り出されてもおかしくなかった。

「あたしの後継者としてデビューしてもらうんだ。恥ずかしいファイトをしてもらっちゃ困るんだよ」

 ミオがそのことを指摘すると、トウコはぶっきらぼうにそう返した。

「私がプロとして無事に巣立ったら、トウコさんはどうするのですか?」

 続けて、ミオは気になったことを聞いてみた。

「まさか、この星見トウコが大人しく隠居するとでも思ったのかい?」

「いいえ」

 だから聞きました。と言外で補足する。

「あたしはヴァンガードの腕が衰えたから引退するんじゃない。このままプロとして死ぬまで勝ち続ける自信はあるが、それじゃ永遠に叶えられない夢があるんだよ」

「夢、ですか?」

「あたしはね。世界中を旅して、もっとヴァンガードを広めたいんだ」

 少女のように瞳を煌めかせながら、トウコは夢を語った。

「あたしは世界ランキング3位と呼ばれちゃいるが、本当にそうなのかい?

 世界には、貧困だったり、治安が悪かったりで、ファイトどころじゃない国もごまんとある。あたしはそんな貧しい国にヴァンガードを配って、ファイトを広めたい。何か問題があればファイトで決める。この世界を、そんな楽園にしたいのさ!

 そんな世界で、誰もに一流のファイターとして認められる。それでこそ胸を張ってトップランカーを名乗れるってものじゃないのかい!?

 ああ。あたしが野たれ死んだとしても、カネはあんたのところに自動で振り込まれるようにしておくから、安心しな」

 誰もそんな心配などしていないのだが。本当にどこへ行くつもりなのだろうか。

「ですが、素敵な夢だと思います」

 ミオは素直に称賛を口にした。この人の夢も守れて、本当によかったと思いながら。

「はっ! よせやい」

 老婆は若者のように照れくさそうに笑って、鬱陶しそうに手を振った。

 

 

 それから2週間が経過し、ミオが響星学園を卒業する日がやってきた。

「ご、ご卒業、おめでとうございますう、ミオさあああああん!!」

 メガネが濡れるほどだばだばと涙を流して、校門前でサキがミオを祝福する。もはやメガネが泣いているかのようだった。

「ありがとうございます。サキさん」

 ミオはぺこりとサキに向かってお辞儀をする。思えば、ミオの学生生活で、もっとも付き合いが長くなったのは彼女だった。

「サキさんは感情の機微を読み取るのが苦手な私のフォローをいつもしてくれました。あなたなら、きっと部長としても上手くやっていけます。カードファイト部をよろしくお願いします。サキ部長」

「は、はいいいいいいいっ!! まかされましたあああっ!!」

 まだ出るかと思うほどさらに涙を垂れ流して、サキが力強く頷く。

 はじめて会った頃の彼女なら、自分に部長なんてできるはずもありませんと首を振っていただろう。

 彼女は本当に強くなった。涙でぐちゃぐちゃになった今の顔はともかく、

「ミオちゃんが新学期からいなくなるなんて、あたしも信じられないよ。それでも、卒業おめでとう! あたしのこと、忘れないでね!」

 レイも目尻に涙を浮かべ、ミオに抱きついた。

「もちろんです、レイさん」

「最後に『エンペラー』に寄ってファイトしていかない? って言いたいところなんだけど……」

「はい。私もそうしたいのはやまやまですが、今日も色々としなければならないことがありますので」

「やっぱりそうだよね……。大変なんだね、プロになるって」

 残念そうにレイがミオから体を離す。

「私の場合は大変なスポンサーに当たってしまったとも言えるのですが」

「けど、同じ学校の先輩がプロになるなんて、皆に自慢できちゃうよ! あたし、応援してるから! ミオちゃんが出場する試合は、絶対に見逃さないからね!」

「はい。応援よろしくお願いします」

「あー。けど、ミオちゃんはプロファイターかー。あたしは将来、何をしてるんだろ?」

 レイは遠い目をしながら呟いた。

「プロになれるほどの実力は無いだろうし。あったとしてもガラじゃないし。ヴァンガードに関わりたいなーとは思うけど、何か違うこともやってみたい……」

「ふふふ。ゆっくり考えればいいんだよ」

 ミオが何かを言うより先に、サキが悩めるレイの肩に優しく手を置きながら言った。

 このふたりなら、きっと上手くやれるだろう。

「では、私はそろそろ」

 そう確信しながら、ミオは小さく会釈する。

「はい。本当にお世話になりました。お元気で、ミオさん」

 レイの肩に手を置いたまま、サキがようやくまともに微笑んだ。

「ばいばーい! まったねー!」

 大きく手を振るレイに、小さく手を振り返し、ミオはふたりに背を向けた。

「ねえ、サキ部長! これからどうする!?」

「あはは……いつも通りサキちゃんでいいよ。

 とりあえず『エンペラー』に寄ろっか。ミオさんの晴れ姿を、アリサさんにも報告してあげたいし」

「りょーかい!」

 ふたりの弾んだ声が、少しずつ遠ざかっていく。

 一抹の寂しさを覚えながら、ミオはひとり、雪のように桜が降りしきる並木道を歩いていた。

「――っ」

 突如としてふわりと春風が吹き、桜の花びらが舞いあがる。ミオは目を開けていられなくなり、思わず目を閉じる。

 風が止み、ミオが目を開くと、降り注ぐ桜の先によく見知った顔がいた。

「……ユキさん?」

 ミオがその名を呼ぶ。

 白い着物を完璧に着こなした女性が、桜をかき分けるようにしてしずしずとこちらに近づいてきた。艶のある黒髪の上にはいくつか桜の花びらが貼りついていたが、それすら髪飾りのように似合っている。

「卒業おめでとう。こうして面と向かって会うのは2年ぶりね」

 ユキが記憶そのままの優しい笑みを浮かべて言った。

「ありがとうございます。もう、そんなになりますか」

 あれから色んなことがあって、あっという間に過ぎていった2年間だったように思う。それでいて、ユキと最後に会った時のことは忘れ得ぬ記憶であったため、時間の感覚が曖昧になっていた。

「トウコさんのところへ行くのでしょう? 私も一緒に行くわ。ひさしぶりに歩きながらお話しましょう」

「はい。私もユキさんにお話ししたいことがいっぱいあります」

 粗雑だが義理堅い後輩と出会ったこと。

 臆病だが心優しい後輩と出会ったこと。

 ヴァンガード甲子園の全国大会に出場したこと。

 天海学園と戦ったこと。

 夕暮れの部室でアリサと最後にファイトしたこと。

 後輩が新たな夢を見つけたこと。

 妹ができたこと。

 ヒビキに勝ったこと。

 文化祭でプロファイターと話したこと。

 世界を救ったこと。

 そして、妹との別れ。

 ユキならば、すべて微笑みながら聞いてくれるに違いない。

 この日、少しだけ饒舌になったミオは、ユキと肩を並べて、桜の絨毯の上をゆっくりと歩きだした。

 

 

 根絶少女 3年生編

 

 完

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――それから3年の月日が過ぎた

 この日、日本が誇るヴァンガードスタジアムは、熱狂する観客で埋め尽くされていた。

 それもそのはず、ヴァンガード甲子園の会場であり、高校生ファイターにとっての聖地として親しまれるここは今、プロの大会の中でも最も規模の大きな大会のひとつであるヴァンガードチャンピオンシップ、その決勝戦が開幕しようとしているのだ。

『さあ! いよいよやって参りました! ヴァンガードチャンピオンシップ、決勝戦!!』

 さらにMCが軽快な実況で場を盛り上げていく。

『いよいよ選手の入場です! まずはお馴染み、ヴァンガードファイターなら誰もが知っている生きる伝説! ことヴァンガードチャンピオンシップにおいては前人未到の7連勝を成し遂げている不動のチャンピオン!!

 世界ランキング1位!! ダルク・ヴァーグナー!!』

 入場口から黒いコートを羽織った銀髪の青年が姿を現し、広い会場の中心にたった一台、スポットライトに照らし出されたファイトテーブルへとゆっくり歩み寄る。

 その表情には、余裕からか、それともまったく別の理由か、楽しげな笑顔が浮かんでいた。

『ダルク・ヴァーグナーに対する挑戦者は!! 元世界ランキング3位、星見トウコと入れ替わりに現れたかと思うと、並み居るランキング上位を相手に破竹の快進撃を続ける新鋭!!

 このチャンピオンシップでも、高校時代からのライバルである綺羅ヒビキを準決勝で下し、決勝まで駒を進めました!!

 去年に20歳の誕生日を迎えたにも関わらず少女の面影を残した可憐な容姿と、それとは裏腹に根絶者を駆使した苛烈な攻めから、いつしか彼女はこう呼ばれるようになった!!

 根絶少女、音無ミオ!!!』

 テーブルを挟んでダルクと対峙したミオは、僅かに身を乗り出してダルクに囁く。

「お待たせしました、ダルクさん。いつかの約束を果たしにきましたよ」

 そして体勢を戻すと、揺れる白髪を押さえながら薄桃色の唇を僅かに上げると、ごく自然に微笑んだ。

「楽しいファイトにしましょうね」

 

 

 根絶少女

 

 完

 

 

 されど彼女達の物語は続いていく――




ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
これにて根絶少女本編は完結となります!!


今後の根絶少女の展開としては、4月に「えくすとら」扱いで、作者から見た根絶少女の総まとめを行う予定です。
登場人物の誕生秘話や、各ストーリーの裏話などが盛りだくさんになる予定なので、お楽しみにして頂ければ幸いです。
パックレビューも、次のクランセレクションが発売するまでは続けようかと思います。
そこで全キャラクターを登場させて、根絶少女は完全に締め! とさせて頂きます。

本当は全キャラが登場する外伝として「温泉旅行編」なども最後に考えていたのですが、今回の話がエピローグとして思った以上に相応しくなったため、蛇足かなぁという気がしています。
見たいという声があった場合は考えるかも知れません。

そして、5月からはDスタンをベースにした、まったくの新作を予定しております。
詳細は4月の「えくすとら」で公開予定です。

最後に……
根絶少女完結記念のアンケートをこちらに設置しております。
気が向いたらでいいので、回答頂ければ幸いです。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=276527&uid=269407

まだほんの少しだけしぶとく続きますが、根絶少女を応援いただきありがとうございました!!
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