まだ朝だと言うのに、照り付ける太陽は白く、雲ひとつない青空の真ん中で燦々と輝いている。
巨大なドームの入り口近くに日陰を見つけ、
暑いのが苦手なのか、日焼けするのが嫌なのか、ユキは特に隅の方へと逃げ、右手で扇を仰ぎ、左手で日傘を作って、穏やかな笑みに渋面を浮かべた複雑な表情をしている。
「ついにっ! この日がっ! やってきたあっ!」
一方のアリサは、いつも以上に威勢がよく、全身を目いっぱいに広げて日の光を浴びながら叫んでいた。
「ヴァンガード甲子園!! ただし、予選大会っ!!」
「つまり、この大会で優勝できなければ、8月に開催されるヴァンガード甲子園の本戦には出場できないということですね」
アリサの傍らでありながら日は当たらないという絶妙な立ち位置から、ミオが解説した。
ちなみに、公式大会への参加は部活動扱いなので2人とも制服姿である。ユキは着物だが。
「おーい、天道。そんなところで騒いでないで、点呼取るから、こっちに来い」
日陰から白衣の男が呼びかけると、アリサは素直に「はーい」と返事し、男の方へと歩き出した。ミオもその後をついて行き……
「?」
首を傾げて、指をさす。
「この人、誰ですか?」
白衣の男に向かって。
「あらやだ、ミオったら。顧問の先生を忘れちゃったの?」
「顧問?」
ユキの説明を聞いて、ミオがさらに首を捻る。
「そんなものが、この部活にいたのですか?」
「いたのよ。少なくとも、入部届けを提出する際に、一度は会っているはずだけど? ここに来る時も一緒だったでしょう?」
「……描写されていません」
「描写!?」
聞き捨てならない言葉を聞いて、ユキが目を剥いた。
「いいよ、白河。部活に顔を出さなかった僕が悪い」
顧問らしき白衣の男が肩をすくめて言った。
ユキは諦めたように溜息をひとつつくと、ミオに男を紹介する。
「まったく……改めて紹介するわね。こちら、カードファイト部の顧問、春日マナブ先生よ。科学部の顧問も兼任されているから、あまりカードファイト部には出られないの。
ほら、科学部は実験で危険な薬品も扱うから、常に先生が見ていないとダメでしょう? けど、ヴァンガードを知っている先生も、春日先生しかいなかったらしくて」
「こっちは白河に任せておけば、問題無いしな」
癖なのか、白衣の男が再び肩をすくめた。
「そうでしたか。大変失礼致しました。1年の音無ミオです。よろしくお願いします」
今更、礼儀正しく頭を下げながら、ミオは顧問の男を観察した。
まず若い。道ですれ違っても大学生くらいにしか思わないだろう。特徴的なのはよれよれの白衣と、分厚い丸メガネ。なるほど、いかにも科学部らしい。表情や態度からは熱意が感じられず、適当な印象が強かった。
「まあ、僕は君達の邪魔にならないように遠くで見ているよ。今日は楽しんでおいで」
今もそんなことを言って、さっさと自分だけ建物の中へと入っていく。
「確かに、ちょっといい加減なところがある先生だけどね。自由にやらせて頂いて、助かっている面もあるのよ?」
ミオの内心を読み取ったかのように、ユキが囁いた。
「ユニフォームを着物にしたりね」
アリサが茶化すように言うが、それは無視してユキは続ける。
「それに、ファイターとしても一流よ。いつか機会があればファイトしてみるといいわ」
「ほほう。それは興味深いです」
ユキがそこまで言うのならばと、ミオも無精な顧問の存在をあっさりと認めた。
「それじゃ、私達も行きましょうか」
そう言って、ユキとアリサは早足で入り口をくぐり、ミオもその後を追う。
狭くて薄暗い通路で、ユキとアリサは申し合わせたようにくるりと振り返り、ミオに手を差し出した。
「「ようこそ、ヴァンガード甲子園へ」」
その奥では、熱気と歓声が渦を巻いて、ミオを待ち受けていた。
『ヴァンガード甲子園ッ!!
ヴァンガード甲子園は、各校から選抜された3名の代表からなるトーナメント戦! このルールは地区予選も、決勝も変わらない!
各試合では、先鋒は先鋒と。中堅は中堅と。大将は大将と順番にファイトし、先に2勝したチームが勝ち抜きとなる! そのため、先鋒と大将が続けて勝利した場合には……』
壇上では、司会がテンション高く、大会のルール説明を行っているが、どれほどの人が真面目に聞いているだろうか。
行き交う人は、そのいずれもが真剣な表情をしており、固い靴音からも緊張が伝わってくる。
会場入りした時に感じた熱気は、渦中に寄ると凍てつく冷気に様変わりして鋭く肌を射貫く。
用意されたテーブルで、デッキの最終調整を行いながら、ミオは表情も足取りも重たい人達を眺めていた。
「ショップ大会とは感じが違いますね……何というか、ピリピリしてます」
「全国大会ともなると、ガチの人も多いからね。あたし達は『毎日楽しくヴァンガード』がモットーだけど、この日で勝つことを目標にヴァンガードの練習をしてきた高校も多いからね」
「勝つこと、ですか」
ヴァンガードをしていて、感情が動かされる瞬間は何度もあった。日常では全く動かない心が、ヴァンガードを前にした時だけは多感な少女になれたようで。それが嬉しくて、ミオはヴァンガードを続けている。
負けてもその喜びが先にくるものだから、勝ちたいと乞うほど願ったことは、まだ無かった。
(1年に1度きりの1発勝負……ヴァンガード甲子園ならば、それも分かるのでしょうか)
「見つけたわよ、白河ミユキ!!」
ミオの物思いは、突如として降って湧いた、キンキン響く怒声によって阻害された。
声のした方へと振り向くと、豪奢な制服を着た、金髪巻き毛の女子高生が、大股ではしたなく歩み寄って来る。
それを見たアリサは「げっ」と小さく呻き、ユキは普段通りの柔和な笑みで、金髪の少女を迎えた。
「あら、マリさん。お久しぶりね」
「マリじゃない! マリア! 人の名前を勝手に略すな!」
顔を真っ赤にして怒る少女に、こっそり指を向けながら、ミオはアリサに耳打ちした。
「誰ですか、この人?」
「早乙女マリア。さっき言ったガチ勢の見本みたいな女よ」
ひそひそ話すミオ達は眼中に無いらしく、マリだかマリアだか言う女は、ビッと立てた人差し指をユキに向けてまくしたてている。
「1年の先鋒戦ではわたくしの負け。2年の中堅戦ではわたくしの勝ち。今年はお互いに3年生。大将戦で長きに渡る決着をつけるわよ!」
「ええ、最後のヴァンガード甲子園ですからね。楽しみましょう」
「ふざけないでっ!」
ユキが差し出した手を、マリアが勢いよく払う。
その態度に、アリサのこめかみがビクンと跳ねた。当のユキは、その笑みを一片も崩しはしなかったが。
「わたくし達は貴方達みたいにヘラヘラしながらヴァンガードなんてしないんだから! わたくしが楽しいのは勝った時だけよ!」
そうまくしたてると、来た時のように大股でマリアが去っていく。
「何であんなに偉そうなんですか、あの人」
「マリさんはね、私と自分が許せないのよ」
尋ねるミオに、何か言おうとしたアリサを手で制し、ユキが訥々と語りはじめる。
この地区の常勝校、
だが彼女は、地区予選の1回戦で、無名校だった響星学園の同じ1年生、白河ミユキに敗れてしまう。
その負けが響いて、聖ローゼは1回戦敗退。それでも、響星学園が優勝したなら、まだよかったのかも知れない。
しかし、響星も2回戦であっさり敗退。
結果、弱小高校に負けたと見なされた聖ローゼ・カードファイト部は、本校で相当のバッシングを受けたらしい。特に1年生だったマリアは、本当にその実力があったのか。ひどいものでは、教師や先輩に媚びを売ったのではないかと陰口を囁かれた。
「聞いた話だけどね。けど、地区予選で負けた日を境に、マリが笑わなくなったことは事実よ」
優雅で上品なプレイングから一転、妥協と容赦の無いプレイングで、3学期には学園最強のファイターとして聖ローゼ・カードファイト部に君臨するようになった。
2年生になってからは、自分と同じ、勝利のみを追求するメンバーでチームを再編。地区予選では、白河ミユキと響星学園を一蹴して優勝。本戦でも準優勝の成績を収めたと言う。
「何よそれ。要するに逆恨みされてるだけじゃない」
呆れたようにアリサが感想を漏らした。
「それは間違いないわ。けど、私に負けたことで、彼女が変わってしまったことも確かよ。
勝負の世界だし、悪い事をしたとは思わないけど、彼女が私との決着を望むのなら、それを受けてあげたい」
「……事情はわかった。じゃあ、あんたは大将で。そして、あたしが一勝すればいいのね」
真剣な表情で告げるユキに、アリサは笑みを浮かべながら、テーブルに1枚の紙を置いた。それは本日のトーナメント表で、一番左端に響星と聖ローゼの名前があった。
「《漆黒の乙女 マーハ》をコール。マーハのスキル発動。手札から《暗闇の騎士 ルゴス》をコール。1枚ドロー」
砂塵の荒ぶ廃墟を、黒鎧の騎士が往く。
抜き身の剣をぶら下げた彼らは、処刑人のようでいて、断罪を待つ囚人のようにも見える。
大義を果たす為ならば、捨て駒にされることすら良しとする、狂気の契約で結ばれた背徳者達。
王道では裁けぬ悪を、邪道にて断つ。
聖域の影として生きるその騎士団を知る者は、彼らをこう称した。
「
それを操る男もまた、粛々と敵を追い詰める。
その動きは、これまで何千回何万回と繰り返されてきたものであるかのように洗練されていた。
「後列に、アリアンロッド、カロン、デスフェザー・イーグルをコール。
愉悦の笑みを浮かべた黒き竜が、味方の血で紅に染まった双刃の槍を振りかざす。
「つっ! プロテクトで完全ガード!」
アリサの差し出した翠緑の盾が、黒竜から染み出すように溢れ出した影の刃を受け止めた。
「ドライブチェック……1枚目、無し。2枚目、
「う……」
「これでプロテクトは無くなったな」
男が呟く。確認したわけではない。ただ彼は、彼の中で描かれている勝利への道筋を、ただなぞっているだけのように見えた。
「ルゴスでアタック」
「……ノーガード」
すでにアリサのダメージは5点。苦渋と共に吐き出したその言葉を聞いて、男の眉が微かに上がった。それは、この試合ではじめて見た、表情の変化かも知れなかった。
「もうこのアタックすら防げる札は無かったか」
(何よそれ!)
アリサは心の中で毒づいた。
(あんたの想定より、あたしが弱かったってこと!?)
怒りに任せて、アリサはデッキの上のカードをめくる。
「ダメージチェック!!
……っ。
……負けました。
ありがとう……ございました……」
男は無言で頭を下げると、踵を返して去っていった。
アリサもデッキを片付けて、俯きながら壇上を降りる。
仲間達の前に立つと顔を上げ、力無く笑った。
「ごめん、負けちゃった」
「お疲れ様です。あとは私に任せてください」
アリサとすれ違うようにして、ミオが前に出る。
アリサに責任を感じさせないためにも。ユキの望みを叶えるためにも。このファイトは負けるわけにいかなくなった。
「ミオ」
気負う彼女を、ユキが優しさと厳しさの混じり合った口調で呼び止めた。
「なんでしょう?」
「楽しんできてね」
「……はい。絶対に勝ちます」
返答として適切では無いと自覚しつつ、ミオは振り返らずに答えた。
ミオは壇上に上がり、本格的なファイトテーブルの上にデッキを置いた。カード越しに感じる強化ガラスの感触は、勉強机にクロスを敷いただけの部室や、紙のプレイマットが置かれただけのショップとは、全く違った。
「よろしくお願いします!」
先ほどの暗い男とは違う、爽やかな少年がミオの対戦相手だった。
「よろしくお願いします」
だが、礼を終えると同時に、少年の表情が消え去っていく。
審判の合図があり、両者は同時にファーストヴァンガードを表に向けた。
「スタンドアップ」
「ヴァンガード!」
「《発芽する根絶者 ルチ》」
「《紅の小獅子 キルフ》!」
(ゴールドパラディン……)
スペリオルライドを得意とする、アクセルクランの中でも最速のクラン。
ユキやアリサが扱うゴールドパラディンとは何度もファイトしているし、ショップ大会でも何度か対戦したこともある(大抵の場合、ユキが扱う方が強かったが)。
だが、ゴールドパラディンのスペシャリストとの対戦は、ミオの経験には無かった。
そう。経験。
ヴァンガードをはじめて3か月弱のミオに、最も不足している点はそこだろう。
(それならば、それなりの戦い方をするまでです)
ミオはちらりと手札に目をやった。そのための札は、この手にある。
(見せてもらいましょうか。全国2位の高校と、そこに所属するゴールドパラディン使いの実力を)
「ライド。『発酵する根絶者 ガヰアン』」
ミオのヴァンガード甲子園が始まった。
先行プレイヤーの、G3へのライドフェイズ。
お互いにダメージは2で、ゲームが中盤に差し掛かったところ。
「君は俺達の側じゃないのかい?」
対戦相手の少年がミオに語りかけてきた。
「あなたは、
カードを引きながら、ミオもそれに付き合う、
「君のプレイングを見ての感想さ。勝負に感情を持ち込まない、淡々とした試合の組み立て方。響星には見ないタイプだと思ったんだ」
「……そうかも知れませんね。
正直に言って、私はあなた達のスタンスの方が理解はできます。
アリサさんは、実力はあるのに集中力が無くて、つまらないミスをしょっちゅうしてますし。
ユキさんも、全国レベルのスペックがありながら、全くそれを生かそうとしません。
勝負師としてなら、あなた達の方がよっぽど真っ当だと思いますよ」
ミオの反応に好感触を得たのか、少年は僅かに身を乗り出す。
「響星の居心地が悪いのなら、放課後は聖ローゼに来るといい。響星からはそう遠くも無いし、君のような実力者なら、俺達は歓迎す――」
「ライド」
その言葉を打ち消すように、ミオはそれにライドした。
「《絆の根絶者 グレイヲン》」
虚無の申し子が、声なき声で吠え猛る。
「ですが、私はアリサさんや、ユキさんのようになりたいです。
いつの日か、感情のまま、心から笑ってファイトをしたい。
それを求めて、私は響星学園カードファイト部にいるんです」
透明な瞳に晒されて、少年はふっと自嘲するように笑った。
「つまらないことを言ったね。忘れてくれ」
「いいえ。あなたの親切は忘れません。
けれど、おしゃべりはここまでにしましょう……デリート」
ミオと一体化したグレイヲンの、腕の一振りが、少年のライドする
「ギヲとヰギーをコール。グレイヲンでアタック」
魂だけの存在となった少年に、根絶者が迫る。
「ドライブチェック……
グレイヲンの下半身、幾多の節と数多の脚で構成された蟲の如き胴体が蠢き、次の瞬間には霊体となった少年を薙ぎ払う。
これで3点目……。
「やるね」
不敵に微笑む少年がカードをかざす。
治トリガー。
「あなたこそ」
にこりともせず少女が応えた。
そこからさらにターンは進む。
お互いにダメージは4点。
「ライド! 『灼熱の獅子 ブロンドエイゼル』!」
2度のデリートを耐えた少年が、再びブロンドエイゼルにライドした。
「新たなアクセルⅡサークルに『神技の騎士 ボーマン』をコール! バトルだ!」
黄金に輝くたてがみの騎士が、剣を振りかざし鬨の声をあげる。
「アクセルⅡサークルのボーマンでアタック!」
「ノーガード……トリガー無し。ダメージは5です」
「《ウェイビング・オウル》のブースト! 《ウェイビング・オウル》でアタック!」
「ギヲでインターセプト」
「ガレスのブースト! ぺリノアでアタック!」
「ジャヱーガでガード」
「アクセルⅡサークルのヴィヴィアンでアタック!」
「ゴウガヰでガード」
流星雨の如き猛攻を、ミオは無駄なく丁寧に捌いていく。
だがこの程度、ゴールドパラディンにとっては序の口にすぎない。
「ディンドランのブースト! ブロンドエイゼルでアタック! ブロンドエイゼルのスキルで手札からサグラモールをアクセルⅡサークルへコール! さらにサグラモールのスキルでドロー! 手札のガレスをアクセルⅡサークルへスペリオルコール! ガレスのCBで+10000だ!」
「治トリガーでガード」
「2枚貫通か……ドライブチェック!
1枚目、ノートリガー。2枚目、
「あと2回……」
「いいや、まだだ! 手札の『ロップ・イヤー・シューター』のCB! スペリオルコールしてパワー+5000! ロップ・イヤーでアタック!」
「エルロでガード」
「サグラモール!」
「★トリガーでガード」
「これが最後だ……パワー23000のガレスでアタック!」
「完全ガードです」
――おおっ!!
流れるような連撃と、それを凌ぎきったミオのファインプレーに、会場がどっと沸く。
必殺の連続攻撃を受けきられた少年は、それでも余裕を失わず、下級生の健闘をまずは讃えた。
「よく耐えたね。後列への展開を控え、ガードに必要な札を残した点もお見事。
けど、君の手札は1枚。表向きのダメージは1枚で、グレイヲン軸の君のデッキでは、もはやデリートはできない。
ギフトはフォースⅠで、リアガードに置いている。
この状況、どうやってダメージ4の俺を倒しきる?」
「スタンド&ドロー……ここまでは私の想定通りです」
「何?」
「ライド。《波動する根絶者 グレイドール》」
少年の目が、驚きに見開かれた。
「グレイドールはデッキに入っていないと思いましたか? 実は初手にあったんですよ」
もっとも、そう思い込ませるように仕向けたのはミオだ。
デッキにグレイドールは1枚しか無いのだから、そう見せかけるのは容易かった。
初手にグレイドールがあったことこそ天祐だが、彼女はそれを迷わず戦略に組み込んだ。
結果、少年は次のターンでデリートは無いと判断し、手札を投げ打って勝負を仕掛けてきたのだ。
(全国レベルのプレイヤーが、完全に油断していたとも思えませんが。それでも、分の良い賭けくらいには思ったのでしょう。結果、あなたは賭けに負けた)
「フォースはヴァンガードに。グレイドールのスキルで、ロップ・イヤーを
ひとつひとつ宣言していくたび、ミオの心は高揚していく。
(ユキさんから頂いたグレイドールで、ユキさんの望みを叶える。あの時の恩を返す時がきました)
それはこれまでヴァンガードを続けていて、最も魂が躍る瞬間だった。
「グレイドールでアタックします」
「……ノーガード」
4枚の手札を見やった少年が、静かに宣言する。
鋼に覆われた根絶者の全身から迸る波動が、霊体となった少年を呑み込んでいく。彼の姿は粒子の単位まで分解され、跡には何も残らない。
――はずだった
聞こえたのは、一滴の雫が滴り落ちる音。
エルフの青年が捧げた蒼色に輝く霊薬が、時を遡らせるようにして、砕け散った魂を復元させていく。
「《エリクサー・ソムリエ》……! 治トリガーだ」
「え……」
ミオは我が目を、そして我が耳を疑った。
6点ヒール。
それはヴァンガードにおいて、最も警戒すべき事象の一つ。
だが、恍惚の中でミオは、その可能性を頭の中から完全に排除してしまっていた。
「あ……ま、まだ、私のアタックは残って……」
「無駄だよ。俺はさっきのダメージで2枚のトリガーを引いた。君のユニットの攻撃は通らない」
もうミオにできることは無い。
だが、対戦相手は、急かすでもなく、ミオがそれを自ら宣言するのを待ってくれていた。
「……ターン、エンド、です」
やがて彼女は、前髪で表情を隠すように俯きながら、それだけを絞り出すように告げた。
「俺のターン、スタンド&ドロー。ライド。《大いなる銀狼 ガルモール》
ボーマンをスペリオルコール。さらに6体のユニットにパワー+3000。
ガルモールでアタック!」
白銀の狼が咆哮する。それは星よりも眩く輝き、光をも超える疾さで、鋼の装甲を貫いた。
「ダメージ……チェック……」
ミオが6枚目のカードをダメージゾーンに置く。
すでに結果は決まっている。
だが、ミオがそれを告げるのに、またも永遠にも似た数秒を要した。
「負け……まし……た……」
「ありがとうございました!」
少年が拳を握りしめながら礼をする。
ミオはそれに答えられたかどうか、もう定かではない。
気がつけば、胸にデッキを抱えて、逃げるように走り出していた。
「おつかれさま」
その先にユキが待っていた。
彼女がもうヴァンガード甲子園でファイトをする事は無い。
楽しみにしていたはずなのに。成すべきことがあったはずなのに。
その機会は、ミオが奪ってしまった。
永遠に。
それなのに。
なぜ彼女は、いつも通りの穏やかな笑顔で、ミオを出迎えてくれるのだろう。
「はじめてのヴァンガード甲子園はどうだった?」
世間話をするような調子で、ユキが問いかける。
「はい……」
彼女と目を合わせる勇気は無く、ミオは顔を背けながら答えた。
「とても強い人とファイトできました……」
「そう。いい経験になったわね」
「いいファイトでした……楽しかった、です……」
「それはよかったわ」
「全力を、尽くしました……」
「ええ。惜しかったわね」
「けど……」
見開かれたミオの瞳から、彼女の知らない感情が零れ落ちる。
「勝ちたかったです! 勝ちたかった! 勝ちたかったっ!!」
ミオが生まれてはじめて心から叫んだ。
「うあああああああっ!! ごめんなさいっ! ユキさんっ! アリサさんっ! ひぐっ ごめんなさいぃっ!」
悲鳴が。言葉が。嗚咽が。次から次に溢れて止まらない。
半狂乱になるミオを、ユキはそっと抱き寄せた。
「私達のために、一生懸命頑張ってくれたのね。あなたが背負う必要なんてなかったのに……私の方こそ、ごめんなさい」
「あああああああああああっ!!」
ミオはユキに爪をたててすがりつき、顔をうずめて泣きじゃくった。白い着物に、みるみる染みが広がっていく。
ユキは赤子をあやすようにして、ミオの背を何度も優しく叩いていた。
ミオが泣き止むまで、いつまでも、いつまでも。
その日、音無ミオは、この世界で二度目の産声をあげた。
栗山飛鳥です。
予定より少し早めの公開となりました、7月の本編です。
お楽しみ頂けたら幸いです。
本日は「根絶少女」の誕生秘話をお話したいと思います。
この小説は本来、月ブシで不定期に開催されている「ヴァンガードマンガ大賞・小説部門」に向けて準備していたものでした。
ところがまあ、第2回では小説部門が開催されず、第3回のアナウンスは未だにありません。
このままお蔵入りにするのもシャクだったので、物語を大幅に引き延ばして3部構成にしたものが、今の「根絶少女」となります。
そして、旧「根絶少女」は、この地区予選で完結する物語でした。
全力ファイトの末、ミオは敗北し、ディフライドが解け、感情を取り戻すという結末です。
ですが、今回の話ではディフライドが解けたという描写も無く、もちろん解けてはおりません。
「根絶少女」の物語は、これから未知の領域へと進んでいくことになるのです。
これからますます大変なことになるであろう登場人物達に、より一層の応援をよろしくお願い致します。
次回、『天馬解放』の『えくすとら』は、7月13日前後に公開予定です。