根絶少女   作:栗山飛鳥

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10月「すべてを撥ね退け、やがて自らをも拒絶する」

 昔からそうだったのか、今しがたそうなったのか。

 大地は黒く染まり、剥き出しになった土肌からは焦げ臭い灰色の煙が立ち昇っている。雷光が轟音を伴って落ち、もう奪うものの無くなった地面をさらに深く抉った。

 この世の果てとしか思えぬ漆黒の荒野を、白亜の昆虫怪人が駆ける。無秩序なようでいて、正確無比に降り注ぐ稲妻の嵐を、紙一重で避けながら。

 嵐の中心には皇帝と異名される深紅の雷竜。その名に恥じぬ威風堂々とした体躯の持ち主であるその竜は《ドラゴニック・カイザー・ヴァーミリオン》と呼ばれる、帝国(ドラゴンエンパイア)が誇る英傑の一人だった。

 それに迫る白き怪人は未だ無名。気が付けば犯罪結社メガコロニーに居付いていたという。

 組織が生み出した最新鋭の改造超人であるという噂もあれば、改造が過ぎて重大な欠陥を抱えた失敗作であるとも噂されている。

 平時では黙して語らぬ彼からどうにか名前だけは聞きだした戦闘員Aによると、《真魔銃鬼 ガンニングコレオ》と名乗ったという。

 そのガンニングコレオが地を蹴り、宙を舞い、人型の彼に比して、10倍以上の巨体を誇るヴァーミリオンの眼前へと躍り出る。無防備になったコレオを目掛けて、雷が束になって落ちるが、コレオは背中の羽を広げ、空中を滑るようにして回避。両手に携えた拳銃を、雷竜の側頭部に突きつける。

 斉射。

 1発1発がヒラ戦闘員の年収はするという特別性の弾丸が、惜しげもなく吐き出されていく。絶え間無く続く火薬の炸裂音は、皮肉にも鳴り止まぬ雷に似ていた。

 だが、それほどの弾幕ですら、ヴァーミリオンを仕留めるには至らない。弾丸は全て鎧の如き深紅の甲殻に阻まれ、数発は食い込んだものの、肉体に着弾したものは無かった。

 コレオは引鉄を引く指を休めず、ヴァーミリオンの周囲を羽虫のように飛び回った。直撃すれば消し炭すら残らないであろう雷光が幾度となく体を掠めるのも構わず、雷竜の全身に弾痕を刻んでいく。

 やがて、カチッと乾いた音をたてて両手の銃が弾切れを知らせた。さらに間の悪いことに、降り注ぐ稲妻の熱量に耐え切れず、薄羽に火が点いた。きりもみ状態で落ちていくコレオは、地面に激突する寸前で体勢を立て直し、片膝をついて地面に着地する。

 その一瞬の隙を逃すヴァーミリオンでは無かった。

 ほんの僅かな時間とは言え、自分を翻弄した無名の怪人に対する敬意を払い、最大熱量の雷撃を振るわんと、手にした刃に稲妻を落とす。

 ミシッ

 と致命的な音が響き、自らに力を与えるはずの雷が、ヴァーミリオンの体を引き裂いた。それは雷竜が初めて味わう、自らの肉体が雷に焼かれる感覚であった。

「古き英雄よ」

 ゆっくりと立ち上がりながらコレオが告げる。

「お前達の時代は終わった。せめて、自らの奥義で土へと還るがいい」

 それだけ言い捨てると、全身を崩壊させていく雷竜を一瞥もせずに、何処かへと去っていく。

 ヴァーミリオンの全身に撃ち込まれた無数の弾丸。それは楔となって、甲殻に無数の亀裂を走らせ、まるで毒で蝕むかのように弱らせていた。もはや己の放つ雷にすら耐えられないほどに。

 静かに朽ち果てながら、皇帝と呼ばれた雷竜は、怪人の背を見据えてフッと笑った。

 英雄が遺す最期の言葉が、灰を含んだ黒い風に吹かれて、誰にも届かずに消えていく。

「見事だ――」

 

 

「――見事だ」

 響星(きょうせい)学園OB、近藤(こんどう)ライガがデッキから50枚目のカードを引いてチェックゾーンに置いた。

 デッキアウト。

 ライガのアタックは途中だが、ヴァンガードのルールにおいて、山札が無くなったプレイヤーはその瞬間に敗北となる。

「勝負あり! カードショップ『エンペラー』、本日のショップ大会。優勝は天道(てんどう)アリサちゃんです! おめでとう!」

 響星学園から最も近い場所にあるカードショップ、『エンペラー』の店長が小太りな体を揺らして高らかに宣言した。

「よっしゃー!」

 片目を髪で隠した少女。響星学園2年、天道アリサが両拳を天井に掲げ、全身で喜びを露わにした。

「絶好調ね、アリサ」

 着物姿の少女。響星学園3年、白河(しらかわ)ミユキ(通称ユキ)が穏やかな笑みを浮かべ、後輩であり、良き友人でもあるアリサを称えた。

「それに引き換え……」

 笑みを少し困った調子に切り替え、ユキがショップの隅で佇んでいる少女に視線を向けた。

 白髪で小柄な少女。響星学園1年、音無(おとなし)ミオがホワイトボードに貼り出された成績表を無感情に眺めていた。

 成績表には、ミオの名前の隣に「2勝3敗」と記されていた。スイスドロー形式の大会において、決して良い成績とは言えない。ヴァンガードを初めて半年ながら、アリサより良い成績を収めることの方が多い彼女ともなればなおさらだ。

「……出ましょうか」

 ユキの提案に、アリサは「りょーかい」と立ち上がり、ミオも無言で動き出す。

「それではライガさん。お先に失礼します」

「センパイ、まったねー」

「失礼します」

 三者三様の挨拶をOBに告げ、「おう、またな!」という威勢のいい返事を聞きながら、3人はカードショップ『エンペラー』を後にした。

「絶不調ね」

 店を出るなり、店舗に併設された自販機の傍で、ユキはミオに告げた。

「はい……」

 頷いたのか俯いたのか、ミオは首をひとつ縦に振る。

 アリサは自販機でジュースを買い、さりげなくミオに手渡した。

 ミオが大会で振るわなかったのは、今日に限った話では無い。

 9月の下旬に何かあったのか、そこから現在、10月の中旬に至るまで、ミオは大会で勝ち越すことは無くなった。

 そればかりか……

「今日の大会、ずっと見ていたけれど。2回戦で間違いがあったわね」

「えっ、ミオちゃんがプレイングミス!?」

 アリサが聞き間違えたのではないかとばかりに、目を見開いて驚いた。

 ミオと言えば、スーパーコンピューターがカードをしていると形容されるほど、正確なプレイングが最大の持ち味だ。少なくともアリサは、ミオのミスなど見た覚えが無かった。

「はい」

 ミオは再び首を縦に振ってから、アリサに「いただきます」と、ユキに「失礼します」と一言ずつ告げて、ジュースで喉を潤すと、訥々と説明を始めた。

「6ターン目のグレイヲンのアタック時、1枚目のドライブチェックで引いたトリガーはヴァンガードに振るべきでした。相手の手札にプロテクトがあるのは分かっていたことですし。結果的にはダブルトリガーで、ヴァンガードに全て振っていればアタックが通っていました」

「そうね。気付いていたのなら、それについては、もう私から言うことは無いわ。

 けど、誤解しないで欲しいのだけれど、別に叱っているわけではないの。たかが失敗ひとつで叱っていたら、私はアリサをこの手で葬らなくてはならなくなるわ」

「ミス何回で死刑になるの!?」

 アリサが慌てて尋ねるが、それはさらりと無視して、ユキは話を続ける。

「けど、後輩の様子がおかしいのを黙って見てはいられないわ。

 ミオ。あなたは部に入った当初こそぎこちなかったけど、ファイトを続けていくうちに少しずつ感情を表に出すようになってくれたわね。

 あなたの抱えている重たい何かを、ヴァンガードが解き放ってくれたようで、嬉しかった。

 それなのに今、あなたはその感情を封印しようとしてファイトをしているように思えるの。感情的になろうとしているあなたと、機械的に戻ろうとしているあなたが対立して、結果的に精彩を欠いてしまっている。違うかしら?」

「……その通り、だと思います」

「教えて、ミオ。あなたは何に悩んでいるの?」

 全てを見透かしているかのようなユキの瞳に晒されて、ミオは全て吐き出してしまおうと決意した。

 一気にジュースを飲み干し、空き缶をゴミ箱に捨て、ミオは口を開いた

「――――」

 口を開いたところで、ポケットから得体の知れない振動が発せられ、気勢を削がれた。

 何事かと、思わずミオはスカートのポケットに腕を突っ込み、振動の原因を摘まみ上げる。何のことは無い、ミオの携帯電話に着信があっただけだった。

 と、そこまで理解したところでミオは、今はユキが親身になって話を聞いてくれている最中であることに気が付いた。

「あ……失礼しました」

 非礼を詫びたが、ユキもアリサも目を見開いたまま固まっていた。

「ミオちゃんに……あたし達以外の人から着信だと……!?」

「あら、今晩はお赤飯ね」

 何やらアリサ達の方が失礼なことで驚いているようだったので、ミオは2人の前でこれ見よがしに、電話に出てやることにした。

「もしもし。ああ、フウヤさんですか。ええ。大丈夫です。取り込んでなんかいません」

「男の名前!?」

「あら、今晩はお赤飯ね」

 勝手に盛り上がる2人を後目に、電話越しの会話は進む。

「ええ。ありがとうございます。え、今からですか? わかりました。確認してみます」

 ミオが耳から携帯電話を離すと、好奇に輝く2つの視線と目が合った。

「ど、どういう事!? ミヲちゃんに彼氏が!? あ、ああ! 妄想でしょ!? 根絶高校のギヲ君、かっこいいもんねえ」

「ただの友人ですよ。それに、ギヲほどかっこよくはありません」

 フウヤを勝手にギヲより下に置いてアリサの詮索を流しつつ、ミオはユキに向き直る。

「ユキさん、これから暇ですか?」

「これから? もう遅いし、あまり長居はできないけれど……」

早乙女(さおとめ)マリアさんが、あなたとファイトしたいそうです」

 その名を聞いた瞬間、人生の9割くらいは笑みを浮かべているユキの表情が、晴れ間に陰が差すようにサッと引き締まった。

 

 

 響星の最寄り駅から電車に揺られて5駅のところに(セント)ローゼ学園はある。電車にはさほど待たずに乗れたものの、それでも時計の針は6時を回っていた。

 駅の出口では、ミオ達響星学園カードファイト部の3人を、爽やかな笑顔が印象的な、白い制服を着た金髪の男子生徒――小金井(こがねい)フウヤが出迎えた。

「お疲れ、ミオちゃん。白河さんも、お久しぶりです」

「あら、ミオの彼氏って小金井さんだったの」

 ユキの呟きに、フウヤがつんのめり、ミオは物凄く嫌そうに眉をひそめた。

「白河さんに何を言ったんだ、君は!」

「私はただの友人と伝えました」

 憮然としたミオの主張に、フウヤは(ああ、白河さんはこういう人だったな)と納得した。

「学園まで案内します。どうぞこちらへ」

 頭を抱えながら、フウヤはミオ達3人を先道した。駅を出てすぐのところに、純白の校舎が夕闇に浮かぶようにして屹立している。

 立派な校門をくぐり校舎に入るかと思いきや、フウヤが案内したのは別棟だった。

「別棟に部室があるの? 立派ねえ」

 羨むように尋ねるアリサに、フウヤは苦笑する。

「違うよ。これから向かうのは自習室だ。マリアさんは3年生だからね。もうカードファイト部も引退しているし、受験戦争の真っ只中だ」

 それを聞いた3年生のユキが、「そう言えばそんな時期だったわねえ」と他人事のように呟いた。推薦ですでに進学が内定している彼女にとって、実際に他人事ではあるのだが。

「マリアさんの前で、そんな話はしないでくださいよ。あの人、早くも受験ノイローゼ気味なんですから」

 とフウヤが釘を刺す。

 別棟に入ると、いくつもの扉が並んであり、そのうちのいくつかは「使用中」の札がかけられてあった。

「いずれにしろ立派ねえ」

 アリサがやっぱり羨むようにボソッと漏らした。響星は名門校だが、全体的に設備は古く、こんな気の利いた施設は無い。

 興味が無くアリサ達は知らなかったが、互いに近いのもあって、伝統の響星、設備の聖ローゼと、界隈ではよく比較されているらしかった。

 廊下を少し進むと、奥まった場所に「自習室(大)」と書かれた扉が見えてきた。恐らく複数人で利用するための部屋だろう。他の扉と同じように「使用中」の札がかけられたその扉を、フウヤがノックする。

「入れ」

 聞こえてきたのは男性の声だった。

「失礼します」

 まずフウヤが扉を開き、残るミオ達3名が促されて中に入る。

 自習室でまず目に入ったのは、フウヤと同じ制服を着て、黒髪をオールバックにした男子生徒だった。入り口近くに置いたパイプ椅子に腰を下ろし本を読みふけっている。恐らくは、先ほどの声の主だろう。

「あ、あいつは!」

 アリサが思わず声をあげた。

「どうしましたか?」

 ミオが尋ねる。

「ヴァンガード甲子園で、あたしが負けたシャドウパラディン使いだよ」

「あ、そういえば見た顔な気もします」

 アリサ達の会話が聞こえていないわけではないだろうが、男は無視するかのように本に集中している。

「ムドウさん、失礼ですよ」

 フウヤが本を読む男子生徒をたしなめる。だが、男――ムドウという名前らしいが――はどこ吹く風だ。

「ムドウ! わたくしの客に、無礼は許しませんわよ!」

 部屋の奥から厳しい叱責が放たれ、ようやく男はやれやれと言いたげに本を閉じた。本の表紙が露わになる。際どい水着姿の女性が扇情的なポーズを取っている。

 グラビア写真集だった。

 切れ長の瞳から放たれる鋭い眼光が、アリサを、続いてミオを冷たく見据える。

「3年の御厨(みくりや)ムドウだ」

 それだけ言うと、再び写真集を開き、真剣な表情で読み進める。

「ちょっと待って! 何かおかしくない!? あたし、こんなやつに負けたの!?」

「すみません。ムドウさんは不愛想な人で……」

「いや、不愛想とか、態度とかの問題じゃなくて! ユキも何か言って……よ?」

 話を振られたユキは、それこそムドウの存在を無視するように、凛とした表情で部屋の奥を睨んでいた。ムドウを叱責した声が飛んできた先。そこでは、豪奢な金髪巻き毛の女性が勉強机にノートと参考書をいっぱいに広げ、休むことなくペンを動かしていた。

「マリさん……」

「マリじゃない。マリア」

 ビッとノートに線を引き、参考書で挟むようにしてそれを閉じると、少女は立ち上がってユキを見据えた。

「ミユキさんをはじめ、響星学園カードファイト部の皆様。ようこそいらっしゃいました。改めまして、聖ローゼ学園元部長の早乙女マリアですわ」

 マリアが白い制服のスカートを、ドレスのようにつまんで優雅に一礼する。そして、視線をミオに移した。

「あなたが音無ミオさんね。驚いたわ。ミユキさんとファイトして欲しいだなんて頼んでくるのだもの」

 ミオがフウヤに頼んだ言伝がそれだ。自分が負けたために実現しなかった因縁の対決。その埋め合わせは、どうしてもしたかったのだ。

「はい。ご迷惑ではなかったでしょうか?」

「そうね。見ての通り、わたくしは受験生。それも8月までヴァンガードに集中していたおかげで色々とギリギリなの。けどね……」

 その後はユキが引き継ぐ。

「せっかく後輩が作ってくれた機会ですもの。決して無駄にはしないわ。大切にファイトすることを約束します。マリさんもそう思ったからこそ、涙を呑んでダンボール箱にしまっていたデッキをまた引っ張りだしてきたのでしょう?」

「なっ、わたくしは自制ができるから、そんなことしてないわよっ!」

「私は勉強ができるから、もう勉強なんてしていませんけどね」

「ぐっ。推薦が決まったという噂は本当だったのね。あんたはいつもわたくしの先を行く……。

 勝負よ、白河ミユキッ!! これだけは……ヴァンガードだけは私の前を行かせはしないわっ!!」

「ええ、受けて立ちましょう」

 ユキが一歩前に足を踏み出した。そして振り返り、ミオに微笑みかける。

「ミオ。これから行われる私のファイト。よく見ておきなさい」

「? はい」

 言われなくても、そのつもりだったのだが。

 曖昧に返事をして、毅然とした態度で宿敵に歩を進めるユキの凛々しい背中を見送った。

 

 

 フウヤが勉強机を動かして作った即席のファイトテーブルに、ユキとマリアがカードを並べていく。

 勉学に勤しむべき自習室でファイトするのは背徳的なものを感じなくもないが、そもそもグラビア誌を読んでいる男もいるので、どうでもよくなった。

 椅子が足りなかったのでミオ達は立ち見になる。ムドウをどかせば1つ席はできるのだが、関わりたくないのか誰も指摘しなかった。

「自習室が閉まるのは7時。1回勝負よ。ライド事故なんかしないでくださいませね」

「去年のヴァンガード甲子園第3回戦で、Gアシストの末に『ギガンテック・チャージャー』にライドして涙目になっていたあなたに言われたくないわねえ」

「うるさいっ! あの日の事は忘れろっ! 私は二度とギフトを持たないG3は入れないと誓ったのだか、ら……」

 マリアの言葉が尻すぼみになっていく。

 気付いたのだ。いつの間にかユキの表情が真剣なものに変化していることに。

「……ズルいわよ。いきなり真面目になるなんて」

「決着をつけましょう。ヴァンガードは楽しんだ者が勝つのよ」

「いいえ。勝った者だけが楽しめるの」

「スタンドアップ!」

「ヴァンガード!」

「《忍獣 キャットデビル》!」

「《ばーくがる》!」

 盛大なるファンファーレの嵐!

 其の白騎士達のあるところ、常に栄光あり。

 悪あらばそれを討ち、闇あらばそれを払う。

 絶対不変の正義を成す、王道を往く者達。

 正しき者は敬意を以て、悪しき者は畏れを以て、彼らをこう呼ぶ。

 新聖騎士団(ロイヤルパラディン)と。

「ライド! 《薔薇の騎士 モルガーナ》! 《雄剣の騎士 ルーシャス》をV後列にコール! ルーシャスのブーストで、ヴァンガードのスケロックにアタック!」

 後攻のマリアが、このファイト最初のアタックを仕掛ける。

「……ノーガード」

「ドライブチェック! (ドロー)トリガー! カードを1枚引かせて頂きますわ」

「ダメージチェック……引トリガー。私も1枚引くわね」

 マリアはターンエンドを宣言し、ユキがカードを引く。

「ライド。《忍獣 ブラッディミスト》 ブラッディミストの効果でブラッディミストをスペリオルコール。さらに《静寂の忍鬼 シジママル》を2体コールして、ヴァンガードのブラッディミストでアタック! シジママルの効果で2体のブラッディミストに+3000」

「ノーガード!」

「ドライブチェック。……(クリティカル)トリガー。★はヴァンガードに。パワーはリアガードのブラッディミストに」

「ダメージチェック! 1枚目、トリガー無し。2枚目、(ヒール)トリガー! ダメージを回復させて頂きますわね」

 続くユキのアタックは、《ブラスター・ジャベリン》にガードされる。

「……どう思う?」

 不意に写真集から顔を上げ、ムドウがアリサに問うた。

「えっ? い、今のところは互角に見えるけど、むらくもとしては2ダメージが欲しかった場面だし、最小限の被害で抑えたマリアさんが優勢かも……」

「何の話をしている? 俺が問うたのは、この16ページ目の女性の胸から腰にかけてのラインが美しいと……」

「紛らわしいわっ! ていうか、そんな話を女子に振るな! あと、その腕や腰の細さで、その胸の大きさはありえないから! 絶対、(むね)に何か入れてるよ、その人!」

「…………そうか」

 夢を砕かれた男子の悲哀に満ちた表情でムドウがうな垂れる。

 限りなく無駄な時間を取られたアリサが、慌てて盤面に目を向ける。

 ダメージ3のユキがG3にライドする場面だった。

「ライド、《隠密魔竜 マンダラロード》! イマジナリーギフトはアクセルⅠを選ぶわ。

 続けて、マンダラロードの効果でシジママルとマンダラロードをスペリオルコール」

 六臂を持つ異形の魔竜が、その腕を生かして常人には不可能な、複雑怪奇な印を切り結ぶ。自身と、その背後に控えるシジママルが分身するかのように2体に増え、それはけして残像では無く、確かな実体をもって地面を踏みしめた。

「そして、ブラッディミストの効果で、ブラッディミストをスペリオルコール」

「すごいな。前列にマンダラロードが2体。ブラッディミストが2体。後列にシジママルが3体。実にむらくもらしい盤面だ。

 これで手札もほとんど消費していないから、アクセルⅠを選択する余裕もある」

 フウヤが感服したように呟き、その隣でミオが誇らしげに胸を張った。

「マンダラロードの効果。手札をソウルに置き、マンダラロード2体のパワーを+3000するわね。

 では、シジママルのブースト、ブラッディミスト2体のパワーを+3000し、パワー18000のブラッディミストでヴァンガードの《ブラスター・レイピア》にアタック」

「《ブラスター・ダガー》でガード!」

「ヴァンガードのマンダラロードでアタック! シジママルのブーストでマンダラロード2体のパワーを+3000し、合計パワーは25000よ」

「ノーガード!」

「ツインドライブ。1枚目、トリガー無し。2枚目、★トリガー。★はヴァンガードに。パワーはブラッディミストへ」

 全ての腕にクナイを手にしたマンダラロードが、細剣型のブラスター兵装を手にした女性に襲いかかる。それを2本しか無い腕で防ぎきることなどできるはずもなく、ひとつ、またひとつと鎧や肌に傷が刻まれていく。

 マリアがダメージゾーンにカードを2枚置いた。

 残るアタックも防ぎきれず、マリアはダメージ5まで追い込まれた。

「ええ。さすがはミユキさん。相も変わらず速くて強い。それでこそですわ」

 だが、マリアに焦りは見られない。優雅な手つきで、ユニットをスタンドさせ、カードを引く。

「確信しておりましたわ。あなたがわたくしに4点以上のダメージを与えてくださることを。だからこそわたくしも、安心してこのカードを初手に残せました。

 ヴァンガードにレイピア、ドロップゾーンにジャベリンとダガーで、『ブラスター』が合計3種類! G4のこのカードはG3として扱われます!

 ライド! 《アークセイバー・ドラゴン》!!」

 城が動いた。

 そう錯覚するほどの巨体。

 白銀の装甲を纏った竜が、光の柱と共に顕現した。

「イマジナリーギフト! フォースⅠを右前列のリアガードサークルに!

 アークセイバーのスキル! 山札、ドロップゾーン、そして……ダメージゾーンからブラスターユニットをスペリオルコール!!」

 白銀の竜がゆっくりと翼を広げていく。

 巨体ながら威圧感は無く、世界すら包み込むような、慈愛に満ちた雄大な翼。

 それに守られるようにして、3体の騎士が新たに集う。

「パワー14000に、ダメージ回復! アクセルクランからしてみれば天敵じゃないの!」

「誤解しないでもらいたいが、マリアさんは昔からアークセイバーを愛用している。けっして白河さんに勝つためにデッキを変えたわけじゃない」

 アリサが不満を口にするが、フウヤがすかさずフォローを入れる。

「ルーシャスのスキル! このカードをソウルインして1枚ドローし、《ぽーんがる》をスペリオルコール! 《ぽーんがる》のスキルでソウルチャージ! さらにもう一体《ぽーんがる》をコールしてソウルチャージ!

 行きますわよ、白河ミユキ!」

「どうぞ、マリさん」

「ダガーのブースト! リアガードのレイピアでアタック!」

「《夢幻の風花 シラユキ》でガード!」

 ユキが宣言した瞬間、マンダラロードの周囲に白い霧が立ち込める。

 視界を奪われたレイピアが振るった細剣は、狙いが逸れて空を斬った。

「前列ユニット3体のパワーを-10000……厄介なスキルですわね」

 マリアが呟きながら、ヴァンガードでアタックを宣言する。アークセイバーのパワーは、ブーストを得て12000。

「『忍獣 ムーンエッジ』でガード」

 深い霧の中、僅かに感じた妖の気配に向けてアークセイバーは右手を掲げる。

「ツインドライブ!!

 1枚目、引トリガー! 1枚引いて、パワーはリアガードの《ブラスター・アロー》へ!

 2枚目、★トリガー! 効果は全てアローへ!」

 アークセイバーの掌から閃光が迸った。それは霧を裂き、大地を薙ぎ、続く騎士に正しき道を示す。

 閃光によって白き闇は払われ、マンダラロードの異形が露わになっていた。

「パワー38000のアローでアタック!」

 霧が再び魔竜を覆い隠すより早く、美しき金髪の狙撃手がキリリと弓を引き絞り、渾身の矢を放つ。

「ノーガード。ダメージチェック。2枚ともトリガーは無いわ」

 鋭い矢がマンダラロードの胸を射貫き、風穴を空けた。

 マンダラロードは肩膝をつくと、口から血を溢れさせながらニタリと笑う。

 再び霧が立ち込め、不敵に笑うその姿が視界から消えていく。

「ターンエンド」

「私のターン。スタンド&ドロー」

 マリアの宣言に応え、ユキがまるで芸事をしているような鮮やかさでカードを引き、それをヴァンガードに重ねる。

「ライド! 《夢幻の風花 シラユキ》」

 一瞬にして、立ち込めていた霧が晴れた。

 その中心にいるのは、異形の魔竜では無い。純白の着物を纏った可憐な少女だ。

 衣服の隙間から見える肌は死人のようで、降り積もった新雪の如く。

 浮かべたたおやかな笑みは、見る者を安心させ、また一部の見る者を――

 圧倒した。

 歴戦の騎士達ならば、すぐに気付いただろう。

 決して触れてはならぬ存在が、この世界にはいる。

 彼女はそのうちの一つだと。

 幾万の戦士、幾千の竜より、ただ一人、目の前の少女の方が恐ろしい。

 帝国の山間部に隠れ住むと噂される伝説の大妖がそこにいた。

「シラユキの効果発動! 前列のユニットのパワーを-10000」

 シラユキがフッと吐息を吹きかけるだけで、騎士団の周囲の気温が氷点下まで落ちた。いや、そこからも留まることなく温度は落ちていく。人間(ヒューマン)である騎士達はもとより、規格外の巨体を誇るアークセイバーですら、成す術なく凍りつく。

「アクセルサークルに『忍竜 マガイマンダラ』をコール。行くわよ、マリさん」

「来なさい、白河ミユキ!」

「アクセルサークルのマンダラロードでアタック!」

「ノーガード」

 マリアが山札をめくり、ダメージチェックを行う。トリガーは無し。

(構いませんわ……)

 マリアはトリガーなどという不安定なものには頼らない。信じられるものは、目に見える手札とリアガードのみ。そして、1撃でもノーガードでやり過ごすことができれば、耐えきる自信がマリアにはあった。

「アクセルサークルのマガイマンダラでアタック!」

「アローでインターセプト! エポナでガード!」

「シジママルのブースト、ブラッディミストでアタック!」

「レイピアでインターセプト! ふろうがるでガード!」

「すごい……」

 ここまでの激しい攻防に、フウヤが感嘆の声を漏らす。

「インターセプトを駆使して、手札1枚の消費で白河さんの攻撃を全て凌いでいる。マリアさんの手札はまだ6枚。それに――」

 言いかけて、フウヤは口をつぐんだ。

 ユキに聞かれてはアドバイスになってしまうからだ。

 もっともユキほどのファイターが、それに気付いていないとは考えにくいが。

(ミユキさんのアタックは残り2回。わたくしの手札は6枚中、完全ガードが2枚。耐えきった――)

 マリアは内心で安堵していた。それと同時に不安も膨らんでいた。

(それなのに、何故、この人は)

 手札に隠れて、ユキの表情を盗み見る。

(何故、この人は、こんな状況でも笑っていられるの)

 ユキは笑っていた。この上なく楽しそうに。アタックするたび、そしてそれが防がれることすら面白くて仕方が無いと言いたげに、満面の笑みを浮かべていた。彼女が笑っていることは珍しくないが、ここまで感情を露わにするのも珍しい。

 実は追い詰められているのは自分なのではないかと、マリアが錯覚してしまうほどに。

「何をヘラヘラしているの……」

 無意識にマリアは問うた。

「え? ああ、ごめんなさい。マリさんとファイトできることが嬉しくて、つい。

 では、シジママルのブースト、シラユキでアタックします」

「ふざけないで!」

 マリアは叫んだ。

「わたくしの手札には完全ガードが2枚ある! あなたの記憶力ならご存知でしょう!? もうあなたに、このターン中の勝ち目は無いの!」

(そうですよ、ユキさん)

 奇しくも、ユキの背中を見ていたミオも同じことを思っていた。

(あなたは負けることが怖くないのですか?)

「それともまさか、わたくしが次の手を用意していないだなんて甘い考えを抱いているのではないでしょうね!?」

 マリアが手札を再びザッと確認する。

 完全ガードが2枚。10000ガードのG1が2枚。そして、切り札の《ソウルセイバー・ドラゴン》と《爆炎の剣士 バロミデス》

(問題無い。たとえミユキさんが治トリガーを引こうが押しきれますわ!)

「《閃光の盾 イゾルデ》で完全ガード! ドロップするカードはG1の《ピュアブライト・ユニコーン》!」

 シラユキが白く細い腕を掲げると、空気中の水分が凍りつき、無数の氷柱が空を埋め尽くす。続けて腕を振り下ろすと、氷柱は意思を持ったかの如く、鋭い切っ先を前に向けて、アークセイバーへと殺到した。

 その間に華奢な女性が割り込み、その体に似合わぬ巨大な手甲を前に掲げた。一瞬で構築された結界がアークセイバーの全身を覆い、全ての氷柱を弾き返す。

「……ふぅ」

 ユキが笑みを消し、小さく溜息をついた。

「よ、ようやく諦める気になったかしら」

 その殊勝な態度に、マリアも留飲を下げ、

「弱くなったわね、マリさん」

 次に放たれたユキの一言に激昂した。

「な、何ですって!? 聞き捨てならないわ! 今日という日のため鍛錬を重ねてきたわたくしのどこが弱くなったと言うの!?」

「あるでしょう。むらくもには。

 この状況を覆せる、まるで忍者のように摩訶不思議なカードが」

「え? …………まさか!?」

「ツインドライブ。

 1枚目、トリガー無し。

 2枚目、トリガー無し。

 ……そして、ドライブチェックでめくられた《忍妖 ヒャクメシャドウ》の効果発動!!

 ヒャクメシャドウをアクセルサークルにスペリオルコール!」

 ドライブチェックでめくられた忍が、すぐさま戦場に参上した。

 残るブラッディミストのガード要求値は20000で、ヒャクメシャドウも同じく20000。

 マリアの手札では防ぎきれない。

 過程の話をするならば、イゾルデのコストでG3のカードを切っていれば防げたのだが。

「あ、な……そ、そんな。わたくしのプレイングミスだと言うの?」

「いいえ。ヒャクメシャドウを意識して、イゾルデでソウルセイバーやバロミデスを切っていたとしても、私が治トリガーや引トリガーを引いたら、マリさんは攻めきれなかったでしょう。これはただの結果論」

 ソウルセイバーとバロミデスは非公開情報だったはずだが。ユキは完全に読みきっていたようだ。

「マリさん。あなたが弱くなったのはね。ヴァンガードじゃない。あなたの心よ」

 ユキが胸に手を当てながら告げ、その言葉はマリアのみならず、ミオにも深く突き刺さった。

(私の心が弱かった……)

 ミオも胸に手を当ててみる。とくんと小さな鼓動がそれに答えた。

「う……うるさいっ! 何が心よ! さっさとアタックして、勝ちを確定させなさいな!!」

 一方、マリアは頑なに叫び、デッキに手をかける。

 そんな彼女を見て、ユキは心底呆れたように、今度は深く溜息をついた。

「それよそれ。たかが負けそうになったくらいで、みっともなく取り乱して。情けないったらありゃしないわ。そんなあなたになんて、勝ちたいとも思わない」

「ちょ、ちょっと、ユキ?」

 らしからぬ暴言に、アリサが止めに入ろうか逡巡する。フウヤの顔を横目で見ると、今にもユキに詰め寄って行きそうな憤怒の表情だ。

「もとより、今のあなたに言葉が届くとは思っていないわ。だけど、このアタックで全てが伝わると、私は信じている」

 ユキがヒャクメシャドウに指を置いた。そして、祈るようにカードを傾ける。

「ヒャクメシャドウでアタック!!」

「……ノーガード」

 

 

 ――8年前。

 仲の良かった従兄に誘われたのが、マリアがヴァンガードを始めたきっかけである。

 当時発売されたばかりのトライアルデッキを使用した、お互いに初めてのファイトだったが、マリアは劣勢だった。

「《ドラゴニック・オーバーロード》でアタック!」

「うう……ノーガード」

 当時からプライドの高かったマリアは、もしこのファイトで負けていたら、自分は今頃ヴァンガードをしていなかったのではないかと思っている。

「6ダメージ……負けちゃったぁ」

「待って! この《世界樹の巫女 エレイン》ってカードに、何か書いてある」

 ぐずりそうになるマリアに、従兄が慌てて声をかけた。

「「治トリガー?」」

 二人して、それを読み上げる。

 結果としてマリアは生き残り、次のターンにダブルトリガーで逆転するのだった。

「お兄様、ヴァンガードって楽しいね!」

 我ながら現金だと思うが。

 カードをめくることが楽しくて仕方がなかった頃の、懐かしい思い出だった。

 

 

「…………ゲット、治トリガー」

 マリアがカードをめくって数秒の間があり、やがて彼女は静かに宣言した。同時にその瞳から、水晶のように透き通った涙がぽろりと零れ落ちる。

「エレイン……また、来てくれましたのね」

 常勝が義務付けられた部活に入部し、実際に勝ち続けること3年。6点ヒールなど、何年ぶりだろうか。

 盤石の安定を目指す上で、いつしかトリガーは不確定要素として忌み嫌うようになっていた。

 デッキはいつでも自分に応えようとしてくれていたというのに。

「高校1年生の時。ヴァンガード甲子園ではじめてあなたとファイトした時、私はとても楽しかったのよ」

 マリアが落ちついたのを見計らって、ユキが声をかける。

「ドライブチェックもいちいち楽しそうで。いいえ。ダメージチェックですら楽しんでいた。その日は笑顔で別れて、またファイトしたいと思っていた。

 けれど、2年生になって再会したあなたは変わっていた」

 語りながら、ユキは手元でファイトを続ける。

 シジママルのブースト、ブラッディミストでアタック。ジャベリンでガード。

「あなたが本気で勝ちを望んでいるのなら、私からできることは無いと思った。

 けど、違った。あなたは私に勝っても、全然嬉しそうじゃなかった」

 マリアのターン。スタンド&ドロー。《ソウルセイバー・ドラゴン》にライドし、フォースⅠは左前列のリアガードに。

「せめて、勝ちを望んでいるのなら、勝った時には笑ってほしかった。安堵したような溜息なんて、ついてほしくなかった」

《薔薇の騎士 モルガーナ》をコール。《爆炎の剣士 バロミデス》をコール。ソウルチャージ。

 ソウルセイバーのスキル発動。全ユニットのパワー+15000。バロミデスは自身の効果でさらに+25000。

「あなたのヴァンガードを思いだして欲しかった。ドライブチェックの楽しみを増やすヒャクメシャドウを投入したこのデッキは、あなたのために準備していたデッキよ」

「ヒャクメシャドウなんて運任せのカードじゃない。そんなものに、よく託すつもりになったわね」

 マリアが話に参加してきた。

「これでも調整は頑張ったのよ。ライガさん……覚えているかしら? 響星の先輩に強力してもらったりね。絶妙なタイミングでヒャクメシャドウがめくれるのは何枚がいいかとか。

 初手でめくれても興醒めでしょう?」

「それでも、結局は運でしょうに」

「そこはほら。私は自分のデッキを信じていますから」

 ユキが一点の曇りも無い声音で言い切った。

 その軽く反らされた背中が、ミオには何よりも大きく感じられた。

「バカみたい」

 マリアがふっと吐息を漏らした。つられてユキも顔をほころばせる。

「ようやく笑ってくれたわね」

「鼻で笑ったのよ」

「それも笑顔のうち。さあ、今度はあなたの番よ。あなたのカードを信じてあげて」

「……そうさせてもらうわ。わたくしの……ソウルセイバーでアタック!!!」

 聖域の守護竜が、天に光球を掲げる。

 全ての妖力を使い果たしたシラユキに、それを防ぐ術は無い。

 帝国を裏で支え続けた大妖は、滅びを受け入れるかのように軽く両手を広げた。

 光が彼女を呑み込んでいく。

 眩い輝きが止んだ跡には、まるで夢か幻でも見ていたかのように、何も残っていなかった。

「ダメージチェック……ふふっ、トリガーは無し。私の負けね」

 カードをめくったユキが思わず笑う。6枚目のダメージはヒャクメシャドウだった。

「勝った……勝ちましたわ。

 それに……」

 荒く息を吐きながらも、堪え切れない笑みがマリアの顔からこぼれる。

「楽しかった」

 それはアリサやミオはもちろん、フウヤすら見たことのないような、マリアが心から浮かべる笑顔だった。

「おめでとう。マリさん」

 ユキが声をかけると、マリアはすぐ不機嫌そうな顔に戻ってしまったが。

「あなたの目的は、わたくしに楽しいと言わせることだったのでしょう。なら、このファイトはあなたの勝ちよ」

「あら不思議。じゃあ、負けた人なんてどこにもいないわね」

 おどけるユキに、マリアは改まって正面から向き合った。

「ミユキさん。あなたのお気持ちはわかりましたわ。ずいぶんと、その、ご心配をおかけしてしまったようですわね。その点については謝罪いたしますわ。

 ですが、わたくしは3年間、部員達に強くあれと、負けに意味は無いと説いてきました。そして、その教えに救われた者もいる。わたくしだけが無責任に宗旨替えするわけにはいきません。

 もう、後戻りはできませんの。

 わたくしは、これからも勝つためのヴァンガードを究めますわ」

「そう……」

「けど、また疲れきってしまうことがあるかも知れません。その時は……また、わたくしとファイトしてくださるかしら?

 ……ユキ」

「ええ。あなたの頼みなら、いつでもどこでも駆けつけるわ。

 ……マリア」

「ありがとう」

 感極まったマリアがテーブル越しに、跳びかかるようにしてユキに抱擁する。ユキはそれを優しく抱きとめ、その金髪を撫でてあげるのだった。

 

 

「すっかり遅くなってしまったわね。つい、ファイトに熱中してしまって。時間の管理もできないだなんて、私は部長失格ね」

 聖ローゼからの帰り。帰宅するサラリーマンでいっぱいの電車の中で、ユキはそう言ってアリサとミオに謝罪した。

「何言ってんのよ。あんなすごいファイトの途中で帰れなんて言われたら、逆に怒るよ」

 呆れたように言うアリサに同意するように、ミオはこくこくと頷いた。

 それを見たユキが、さらに思い出したように言う。

「ああ、そう言えば、ミオの相談を聞いている途中だったわね。ミオ、あなたは何に悩んでいるのかしら?」

 顔を覗きこんでくるユキに、ミオは即答する。

「もう解決しました」

「え?」

 意外そうに声をあげる――わりには計算通りと言いたげな顔をしていた――ユキ。

「答えはでましたから」

「そう……なら、よかった」

 ユキが安堵の笑みを浮かべる。

(デッキを信じる心。私に足りなかったのは、それなのでしょう)

 ミオが頭の中で、自分なりの答えをまとめていく。

(恐怖に押し潰されることなくカードを引ける心の強さ。

 そう、それは、人が勇気と呼んでいるもの。

 私が次に知らなければならない感情は、きっとそれです)

「そうですよね、ユキさん」

 最後の一言は思わず声になってしまったが、ユキは何も聞かずに力強く頷いてくれた。




ロイヤルパラディン使い、早乙女マリアが3カ月のブランクを挟んで、ついに正式参戦です。
このクランの扱いは悩みました。その原因は《ブラスター・ブレード》の存在です。
原作中では主人公も1枚しか持っていないようなレアカード。そんなカードを現実のようにフル投入させてもよいものか。
すでに何から何まで原作と一緒というわけではないので、しれっとガンスロッド軸を使わせようか、いっそのことロイパラを出さないでおこうか悩みましたが、最終的にはブラスター・ブレード無しのコスモドラゴンメインというところで落ち着きました。
ただでさえソウル消費が激しいのに、イメージ重視でモルガーナまで投入されているため、ソウルの管理がえらいことになっています。
マリアさん、勝つ気あるんすか?

次回は10月18日前後、神羅創星の発売から一週間後に『えくすとら』の更新を予定しています。
また、その日にお会いできれば幸いです。
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