その日、少女は自分の運命と出会った。
音無ミオは、今日も夜遅くまでネットの海へと漕ぎ出していた。
昔はやることがなくて、夜の10時にはベッドに潜りこんでいることもしばしばだったが、ヴァンガードと出会ってからの彼女は、夜更かしが半ば日常化していた。
空いた時間を見つけては、カード1枚単位でデッキの微調整を繰り返し、それが終わればPCと向かい合って、ヴァンガードの情報を貪欲にかき集める。ヴァンガードは歴史あるカードゲームだ。ミオが知らないことは山ほどあったし、それを知ることは楽しかった。
時計は既に2時を回っており、闇の覗くカーテンの隙間からは虫の鳴き声がコロコロ聞こえ、酷使されたデスクトップPCは今にも壊れそうなガリガリという声をあげていた。
(『ヱファメスLOVE』さんの日替わり根絶者イラスト。今日はヲロロンでしたか。ヲロロンの最も可愛い部分である蜘蛛のような脚を、1本1本丁寧に描かれておりました。根絶者愛が伝わってきます。
『ヲクシズЯ』さんが月イチで連載されている『根絶野郎』も面白かったです。根絶者に憑依された中年男性サラリーマンが主人公の小説なんて他にありませんからね。ヴァンガード甲子園・シニアの部で負けて、部長の胸の中で泣くシーンには、私としたことが感動してしまいました。
ふふふ、これは私にも人並みの感情が芽生えてきているのではないでしょうか)
お気に入りサイトの巡回も終え、そろそろ寝ようかとPCの電源を落としかけた時、『デリート』とミオの携帯から着信音がした。ちなみに、ミオの携帯はメールやSNSの更新を知らせる時は『デリート』と鳴り、電話の着信は『デリート・エンド』と連呼される。
ミオはスマホを取り出した。SNSだ。お気に入りサイトの一つである、根絶者に関する情報のみいち早く発信する『根絶者速報』が緊急更新を行ったらしい。
それ以上の情報は確認せず、ミオはPCから『根絶者速報』にアクセスした。新しい根絶者のニュースは大画面で見るに限る。
1/1 《発芽する根絶者 ルチ》ぬいぐるみ 発売決定!!!
ニューストップに躍る文字を見て、ミオは我が目を疑った。
発売元は海外のドールやぬいぐるみ製作メーカー。更新が夜中だったのはそのためだろう。これまでも《ういんがる》や《ジオグラフ・ジャイアント》といった人気ユニットのぬいぐるみを発売してきた会社で、第3弾では根絶者というわけだ。
『ルチたんキターーーー!!!』
『さすが海外。独特のセンスだな』
『社長が根絶者に乗っ取られたとしか思えない』
『ナイス英断!』
『この企画が第3弾で打ち切りにならなければいいが』
『何をもって1/1なんだ?』
サイトの性質上、コメントは根絶者寄りのものがほとんどだったが、それでも一抹の疑問や不安を抱いているファンは多いようだった。
「名も無き根絶者 ミヲ」さんは、すぐさま『根絶者の愛らしさは万国共通。この誕生は必然』と書き込むと、詳細情報をクリックする。
大きさは全長1メートル(触手除く)で、ミオがちょうど胸に抱けそうなサイズだった。
(これは欲しい。欲しいです)
子供の頃、親に「ぬいぐるみを買ってあげる」と言われて、「どれも可愛くないのでいらないです」と断った過去を持つミオが、今は童女のように目を輝かせてディスプレイを見つめている。
続けてお値段を確認。完全受注生産で20000円。結構な額だ。
(ですが私の貯金は、まだまだ底を見せませんよ)
棚を開けて、通帳を取り出し、そこに刻まれた金額を確認する。
1003円。
薄っぺらな数字が、これ以上無い底を透かして見せていた。
(そ、そんなバカな。私は所持金には不自由していないキャラではなかったのですか。確かに最近、出費は多くありましたが。ですが、カードファイルの1ページ全てを、アヲダヰヱンのSPや、グレイヱンドのSP、ヱヰゴヲグにするため9枚購入するのは必要な買い物だったはずです。他にも根絶者トライアルデッキのホロ加工カードを集めて、全カードホロ仕様のトライアルデッキを自作してみたり……)
(両親にお小遣いをねだるのは……今月分をもらったばかりで、さすがにそれはできません。
こうなれば食費を削りましょうか。ですが、響星ラーメン特盛トッピング全部乗せがなければ、私の体が部活まで保ちません)
されど妙案は思い浮かばず、ミオはPCの電源を切るのも忘れ、フラフラとベッドの上に落ちるように沈み込んだ。
せめて一夜の夢が全てを解決してくれていることを祈って。
――翌朝。
重たそうに鞄をぶら下げて、ミオは通学路を登校していた。
どれほどの不摂生をしても、若さだけでは説明のつかないミオの優秀な代謝機能は、数時間も眠れば目の下にくまの一片も残さない。
だが、今日のミオは明らかに体調が悪そうだった。
目の色はどんよりと濁り、きめ細やかな肌にもつやが無い。毎日のシャンプーくらいしか手入れをしていないにも関わらず、常に最高のコンディションを保つ白い髪も、今はそこかしこからぴょんと寝ぐせが跳ねており、そこからは枝毛も見つかった。
「ミオちゃん、おっはよー!」
背後から駆けてくる足音。続いて能天気なくらい明るい声が聞こえ、ミオは体を横へ逸らした。ガバッと抱きついてきた人影が、標的を見失ってつんのめる。
「おはようございます、アリサさん」
早朝から現れた不審者に、ミオはあいさつの言葉をかけた。不審者もとい天道アリサはくるりと振り返ると、「おはよう」と言って微笑んだ。
「ミオちゃん、機嫌悪い?」
そして、すぐさまミオの調子を看破する。
「いえ……」
ミオは誤魔化そうとして、すぐに止めた。この親身な先輩に嘘はつきたくなかったし、どうせすぐバレる。
「そうですね。何で分かったんですか?」
「機嫌がいい時はハグさせてくれるもの」
代わりに発した問いは、即答された。
彼女が出会いがしらにスキンシップを求めてくるのは珍しくないが、なるほど。そうして機嫌を測っていたのか。確かに、前日の部活でアリサに負け越した翌日は、アリサを避けていたような覚えがある。
この先輩は何も考えていないようで、他者の感情には敏感で、心配りは欠かさない。何も考えずにそれをやってのけているのかも知れないが。いずれにしろ、ミオには無い資質である。
とは言え、そんなアリサで無くとも、今日のミオなら、大抵の人は何かがおかしいと感じただろうが。
「当ててあげようか?」
彼女は大抵の上をいく。
「お金が無いんでしょ?」
「なぜそれを」
目を軽く見開いて、ミオが尋ねる。
「根絶者のぬいぐるみの話なら、あたしも今朝知ったもの」
「私は昨晩に知りました」
「あっそ」
ミオのいらない対抗心を、あっさり受け流す。
「最近のミオちゃんは色々と買っているみたいだし。業者に特注で純金製のズヰージェを作ってもらいましたって、部活に持ってきた時は、さすがに焦ったけど。そろそろお金が尽きる頃だと思ってたよ」
「む」
ここまで一方的に言い当てられるのも癪だが、全て事実でもある。
「だからどうだと言うのですか? アリサさんが気前よく2万円を貸してくれるとでもいうのでしょうか?」
「今のミオちゃんだと、いつ返ってくるか分からないからイヤ。
それより、もっといい方法があるよ」
そこでアリサはキョロキョロと周囲を見渡し、ミオの耳元に顔を寄せると、悪魔のように囁いた。
「自分で稼げばいいのよ」
「
それの意味するところをすぐさま理解し、ミオが反論する。
厳密に言えば、学校に申請することでアルバイトが許可されることもある。だがそれは、学費の支払いが困難な苦学生にのみ許される特例であり、趣味に使うお金欲しさに申請しても、受理されるケースは無いという。
だが、根絶者を愛でることは人類の義務であり、なるほど、それなら申請も通るような気もしてきた。
「分かりました。さっそく申請してきます」
「早まらないで。通るわけないでしょ、そんなの」
俄然元気を取り戻し、どういう体質なのか、肌も髪もつやを蘇らせたミオが大股で学校へ向かおうとするのを、アリサが慌てて掴んで止めた。
「もちろん学校にはバレないように、よ」
口元に人差し指をあて、秘密のサイン。
他者の為なら邪道も厭わない。それがアリサという少女の本領だ。
「でも、学校以上に怖いのはユキね。厳格なあいつにバレたら、怒られるなんてものじゃ済まないから。
そのくせ、あいつは
「それで。学校にもユキさんにも知られないアルバイトの用意がアリサさんにはあるのですよね?」
愚痴を遮るように、核心を突いたミオの質問を受けて、アリサの瞳が怪しく輝く。
「話が早くて助かるわ。知り合いからバイトに来ないかって誘われてるんだけど、もう一人、仕事のできるスタッフが欲しいらしいの。
ミオちゃん、引き受けてくれない?」
「ええ。引き受けましょう。それが根絶者のためならば」
悪魔の契約が、握手の形でガッシリと結ばれる。
「それに、アルバイトというものは、私もしたことがありません。興味があります。どのようなことをするのでしょうか?」
「ああ、その説明がまだだったわね。はいこれ」
アリサが手渡してきたのは、1枚の名刺だった。
「来週の土曜日は空いてる? 朝8時に、ここに書いてある店に来て欲しいんだけど」
彼女の言う通り、名刺には住所が書かれてあった。
その上には「店長:
さらにその上には「Butterfly」と店の名前らしきものが。
さらにさらにその上には、その店のジャンルが書かれており、ミオは思わずそれを声に出して読み上げた。
「メイド喫茶……?」
「大丈夫! ミオちゃんならきっと似合うよ!」
どうでもいいフォローが、アリサから付け加えられた。
約束の日がやってきた。
「みなさん。今日はお休みにも関わらず集まってくれてありがとう」
メイド喫茶『Butterfly』店長、蒼樹シアンは、長い髪をアップにし、皺ひとつないスーツをパリッと着こなした20代前半の女性だった。
アリサの話によると、響星学園のOGらしく、アリサの先輩を通して出会い、意気投合し、今も交流があるそうだ。カードファイト部でこそなかったが、ヴァンガードもたしなんでいるらしい。
「今日と明日、みなさんには研修を行っていただき、来週からオープンするこの『Butterfly』のメインスタッフとして活躍して欲しいと思っています」
そんな彼女が、ミオとアリサを含む6人の少女の前で挨拶を行っている。
が、すでにアリサから説明を受けた内容であり、ミオはそれを聞き流しながら、まったく別のことを考えていた。
(場所は若者向けの繁華街の中。最寄駅はユキさんの家から学校までのルートと反対方向。ユキさんならメイド喫茶の意味すら知らないでしょうし、知っていたとしても、あの人の性格なら入ろうとはしないでしょう)
なるほど。これなら少なくともユキに知られる心配はあるまい。
立地条件の良さに満足していると、店長の話もちょうど終わったところのようだった。
「では、ロッカーに名札を貼っているので、各自、自分のロッカーに入ってあるメイド服に着替えて、着替え終わった方からホールに出てきてください。全員が揃い次第、研修をはじめます」
そう言って、店長がきびきびと控え室を出て行く。
「おっはよ~! はじめまして! あたしは天道アリサって言うの。あなたは?」
さっそく同僚と交流を図りはじめたアリサを尻目に、ミオは自分のロッカーの前に立ち、衣服を脱ぐと、用意されていたメイド服に袖を通す。
「ふむ。見た目よりも動きやすいですね」
ひとりでさっさと着替えを終えると、きゅっと足音を立てて一回転。フリルのついたスカートが花のようにふわりと広がった。
そして、気がつくとアリサを含んだ5人の少女に囲まれていた。全員が全員、何者かに洗脳か魅了でもされたかのように、瞳から理性の色が抜け落ちている。
「どうしたんですか?」
じりじりと距離を詰めてくる少女達から後ずさろうとするが、すぐロッカーに阻まれる。
「「「「「か……」」」」」
「か?」
「「「「「かわいいいいぃぃぃ~~~~!!!!!」」」」」
少女達は一斉にミオへと襲いかかり、愛で回すわ、撫で回すわ、大変な騒ぎになった。
「あああ~!! 絶対に似合うとは思ってたけど、似合いすぎでしょ!?」
「何コレ!? 髪さらさら! 肌すべすべ! 本当に私達と同じ高校生なの!?」
「メイド服に白い髪が似合いすぎ! アニメの世界から飛び出してきたみたい!」
「こんな妹が欲しかった!!」
「天使!? この子はきっと天使の生まれ変わりだわ!」
などというように、ミオがされるがままになっていると
「こらっ! 着替えに時間がかかりすぎていると思ったら、何を騒いでいるの? 遊びでは無いのよ?」
控え室に戻ってきたシアン店長が少女達を順繰りに見渡しながらたしなめ、最後にもみくちゃになっているミオへと目をやると。
「……か」
「「「「「か?」」」」」
「かわいいいいぃぃぃ~~~~!」
一瞬でポンコツと化したシアンが、ミオちゃんを愛でる会に参加し、結局、研修は予定より1時間遅れで開始されることになった。
トラブルこそあったものの、その後の研修自体は滞りなく進んだ。
物覚えの良いミオは、一度説明を受けただけで、接客の基本から、メイド喫茶独自のルールまで完璧にマスターし、アリサに関しては、ほとんど研修の必要が無いほど接客について心得ていた。恐らく、ユキに秘密でバイトをするのは、今回がはじめてではないのだろう。
他3名の習熟度は、初日はまずまずと言ったところだったが、2日目以降はアリサも教える側に回ることで、十分な合格ラインに達することができた。
来週のオープンに向けてメイド喫茶『Butterfly』は準備万端と言えた。
ただひとつ、問題点があるとするならば。
「ミオちゃん、ミオちゃん」
「何でしょうか、店長」
「手順は問題無いんだけどね。接客業だから、もう少し笑顔になれないかな?」
「笑顔? こうですか?」
「表情筋が1ミリも動いてないんだけど!?」
ミオの不愛想極まりない接客態度である。
「まあいいわ。レジの練習に戻ってちょうだい」
「はい」
首を傾げながら(本人は笑えていたつもりだったらしい)持ち場に戻っていくミオを見送りながら、シアンはアリサをちょいちょいと手招きした。
そのまま彼女を控え室まで連れ込み、扉を閉める。
「あんた、あの子がこういう仕事に向いていないと知っていて連れてきたでしょ?」
開口一番にシアンはアリサを詰問した。
「まあねー」
悪びれもせず、アリサは軽い調子で肩をすくめた。
「あんたね……」
説教モードにシアンが移行する寸前、アリサは掌を突き出してそれを止める。
「ミオちゃんはね。ああ見えて、変わりたいと思ってるし、変わろうとしてるんだよ。
だったら、あたしは先輩として、そのための場所を用意してあげなきゃでしょ?」
「そのためなら、先輩のお仕事も利用するのね」
「うん。ごめんね」
またも悪びれずにアリサはあっさりと認めた。ただし、今度はシアンをまっすぐに見据えて。
「……ああもう!」
シアンはアップにした髪をガシガシとかいて、折れた。
「そんなこと言われたら、私もあなたに先輩を見せつけてやらなきゃならなくなるでしょーが!
この店はミオちゃんと一蓮托生よ! すべての責任は私が取る!」
「ヒュー! センパイ、かっこいー!!」
「その代わり、あんたもしっかりサポートしてあげなさいよ!」
「りょーかい!」
「はぁ……やれやれ。図々しい後輩を持つと大変だわ」
「シアンセンパイ」
「何よ?」
「ありがとね」
「いいわよ。ミオちゃん、仕事はできるし。接客も……あれはあれで人気出るかも知れないし」
「クール路線?」
「そうそれ」
「何させてもかわいいもんねぇ」
「うん。ぶっちゃけ、黙って突っ立っててもお金もらえるんじゃないかってレベル」
「言えてる」
ミオのことが好きすぎるふたりは、そう言って笑い合った。
1週間後――
メイド喫茶『Butterfly』オープンの日がやってきた。
「おかえりなさいませ、ご主人様~♪」
開店するなり、アリサは目覚ましく働いた。
「本日はいかがなさいますか? 今ならホットケーキがオープン記念価格でオススメですよ」
コロコロと変化する明るい笑顔。
「あら! ご主人様も『マスクドポリス BRACK』を見ていらっしゃるんですか? あたしもですよー」
巧みな話術に、アニメ・特撮から雑学まで、どんな話題を振られても対応できる守備範囲の広さとアドリブ力。
「いってらっしゃいませ、ご主人様~♪」
彼女目当てのリピーターが今後は増えそうなほど、七面六臂の大活躍である。
そんな彼女とシアンに鍛えられた3人のメイド達も、申し分ない働きを見せている。
となると、やはり問題は……
「いってらっしゃいませ。ご主人様」
分度器で測ったような、45度のお辞儀で客を見送るミオである。
ピクリとも笑わず、無表情にテキパキと業務だけをこなすその姿は、日本の萌え文化が生んだメイドさんと言うよりは、英国のマナー文化が生んだ本物のメイドが如し。
そんな彼女に対する客の評価は。
「人形かと思ったら、急に動くんだもん。ビビった」
悪印象が4割。
「あのクールな感じがいいんだよ。罵られたい」
好印象が2割。
「メイド服の妖精、ミオたん、マジきゃわ」
ミオの愛らしさに頭をやられて正常な判断ができなくなっているのが2割。
「レジの調子が悪かったらしくてさ。お釣りが出なかったぽいんだけど。あの子、5000-(647+383+108)を一瞬で暗算してお釣りを返してきたぞ。何者だ?」
ミオの底知れぬ何かに気付いた者が1割。
「あの女、この前カードショップ『テンパランス』でリンクジョーカーのストレージボックスを漁って、根絶者だけ抜き出していたやつか?」
ヴァンガードファイターが1割。
好評とは言い難いが、大きなトラブルにはならなさそうだ。
もっとも、業務は完璧かそれ以上にこなしているので、客としてはクレームしにくいのだろうが。
バックヤードからミオ達をはらはらした様子で見守っていたシアンは、ひとまず軌道に乗ったことを確信し、ほっと安堵の息をつくのであった。
だが、トラブルは油断した瞬間にやってくる。
「おかえりなさいませ、ご主人さ――げ」
3時間休み無しで働き、疲労も溜まっているだろうに、それでも笑顔は絶やさなかったアリサの表情がはじめて歪んだ。
「天道さん!?」
アリサの出迎えたご主人様もとい客のひとり、金髪の美少年も驚きに目を見開いていた。そんな様すら絵になるイケメンの名は小金井フウヤ。響星学園カードファイト部のライバル高、聖ローゼ学園が誇る2年生レギュラーである。
しかしアリサとて、知り合いが現れたぐらいでは、営業スマイルを崩しはしない。彼女は最悪クラスメイトが来店するところまでは想定していたし、それがフウヤに変わったところで動揺する理由にはならない。だが、フウヤの背後からゆらりと現れたもう一人の男を見て、彼女は激しく心を乱したのであった。
「ほう。この店はご主人様のことを『げ』などと呼ぶのか?」
その男――漆黒の髪をオールバックにして撫でつけた男は、冷徹な表情で、しかし声音だけは面白がるように言った。
「
アリサが男の名前を呼ぶ。聖ローゼの3年にして、フウヤと同じくレギュラーのひとり。御厨ムドウがそこにいた。
「今度は呼び捨てか?」
「ぐっ……大変失礼いたしました……ご、ご主人様……どうぞ、こちらへ」
どうにか笑顔を取り繕いながら、アリサはギクシャクと、奥にあるテーブル席へ聖ローゼの2人を案内する。
アリサは、この御厨ムドウという男が苦手だった。第一印象からして、ヴァンガード甲子園で大敗を喫した相手であり、再会した時には、何故かエロ本談義に付き合わされた(一応成人向けではなかったが、年頃の少女にとってはエロ本のようなものである。とアリサは思っている)。
そして、実はそれ以降もふたりはたびたび会っていた。というのも、どうやら家も趣味も近かったらしく、近所のアニメショップで、しょっちゅう出くわすのだ。
たまに特撮の話で盛り上がり、たまに今日のようにからかわれ、話しているうちに、悪いヤツではないと思いはじめている。何だったら苦手というのは取り消してもいい。
だが!
それも他校の先輩後輩という、後腐れの無い関係性だからこそ言えること。
客と店員(しかもメイド)という、自分が圧倒的に下の立場で出会うには最悪の相手だった。
「ムドウさん、日を改めた方がよくないですか?」
焦りと殺気がごちゃまぜになったアリサの背中を見ながら、フウヤがひそひそとムドウに耳打ちする。イケメンは気遣いもできるのだ。
「フッ。臆したか、フウヤよ」
「天道さんの仕事のジャマになりますよ。それに、知り合いにご主人様とか言われるのって気まずいでしょう。お互いに」
「やれやれ。まだ青いな」
「1学年しか違わないですよ」
「これほどの緊張感は他の店では味わえんぞ。先に噴き出した方が負けだな」
「はあ……」
説得を諦めたフウヤが深々と溜息をつく。
聞き耳を立てていたアリサは(もっと粘らんかい、小金井!)と心の中で叫んだ。
「あ、フウヤさんに、ムドウさん」
一方、この店にいるもう一人の知り合いも、フウヤ達に気付いた。
それがてくてくとメイド服の裾を揺らしながら寄ってくる。
「ミ、ミオちゃん!?」
そのメイド――音無ミオに気付いたフウヤが、アリサの時とは明らかに違う、狼狽の声をあげた。
「ち、違うんだ! こ、これはムドウさんに誘われたからであって、けっして俺の趣味では……」
それは弁解であり、事実でもあったが、それを聞いたミオの丸い瞳は、まるで月が陰るかのように細められていく。いわゆる半眼。俗に言うジト目である。
「別にこのような店を訪れる男性に偏見はありませんでしたが、必死で言い訳するフウヤさんはカッコ悪いと思います」
そう言って、踵を返して去っていく。
「……ぐふっ」
フウヤが吐血したような声をあげて崩れ落ちる。その首根っこをムドウは掴み、ソファへと雑に放り投げると、自分も椅子へと偉そうに足を組んで腰かけ、メニューをパラパラとめくりはじめる。
「『メイドさんのにゃんにゃんお絵かきハヤシライス』を頼む」
「かしこまりました、ご、ご主人様……」
「復唱は?」
「めっ、メイドさんの、にゃ、にゃんにゃんお絵かきハヤシライス1つお持ちいたします、ごっ、ご主人様……」
「よろしい」
アリサはそそくさとバックヤードに逃げ込むと、休憩用に置いてあったソファをサンドバッグ代わりにして何度も殴りつける。
ほどなくハヤシライスは完成し、それをまたムドウのテーブルへと給仕することにはなるのだが。
「お待たせいたしました、ご、ご主人様……」
「この店にはハヤシライスにソースで絵を書いてもらえるサービスがあるのだったな」
「は、はい。何にいたしましょう……」
「『幽幻の撃退者 モルドレッド・ファントム』で頼む」
「描けるかっ!!」
あれは萩谷薫先生にしか無理だ。本当に。
「そろそろお前をいじるのにも飽きてきたな。チェンジだ」
「これだけ弄んでおいて!? ていうか、そういうお店じゃないんだけど!」
「まあそう言うな。あそこで暇そうにしている白髪の女に用がある」
「ミオちゃんに?」
アリサの怒りが一瞬で本気のものに変化する。このモンスター客とミオだけは、何としてでも関わらせない覚悟のようだ。
しかし、自分の名前が呼ばれていることに気付いたミオから、のこのこムドウへと近づいてきた。
「何かご用でしょうか、ご主人様」
「ああ。お前に礼を言いたくてな」
「何の話でしょうか?」
「早乙女マリアの件だ。君とフウヤが、白河ミユキと引きあわせてくれなければ、最悪、彼女は高校卒業を期にヴァンガードを辞めていたかも知れない」
「そういうことでしたら、ユキさんに直接どうぞ」
「そうだな。だが、きっかけとなったのは、やはり君だ。だから礼を言わせてもらう。ありがとう」
言って、ムドウは深々と頭を下げた。
「はあ。どういたしまして」
ミオも何となく頭を下げ返す。
「そして、礼代わりと言っては何だが、俺とファイトしてもらえないだろうか」
ドンと、ムドウがテーブルにデッキを置いた。
「フウヤや白河ミユキが認める君の実力。俺も興味がある」
「そういうことでしたら」
ミオも俄然やる気になって、どこからか取り出したデッキを構える。
それに慌てたのはアリサだ。
「ちょっ、ちょっと! ここはそういうお店でも無いんだけど!? ミオちゃんも、何で仕事中にデッキなんか持ち歩いているの!?」
「いついかなる時もデッキを持ち歩いておくのは、ファイターとして当然の心構えかと」
「何そのアニメでよくありそうな心構えは!?」
このままでは本当にメイド喫茶でヴァンガードファイトが始まってしまう。
だが、その許可は意外な方向から降ってきた。
「面白いんじゃない?」
スーツを着たシアンが、その言葉通り面白がっている表情で、3人の間に割り込んだ。
「この店はいずれファイトスペースも作る予定で、メイドさんとファイトできるサービスも考えていたの。だからアリサを誘ったし、カードファイト部にいい子がいないか聞いたのよ?」
「マジでか」
「そしてこんな仕掛けも……ねっ!」
シアンが勢いよくテーブルクロスを引き抜くと、なんとその下からファイトテーブルが現れた。その上に乗っていたハヤシライスやデッキは、クロスを引きぬく前から1ミリもズレていない。
「こんな仕掛けが……」
アリサが呆れて呟いた。
「フッ、面白い」
ムドウがデッキからファーストヴァンガードを取り出し、ヴァンガードサークルに裏向きにして置くと
「困ります、ご主人様!」
シアンが突如としてそれを止めた。
彼女は銀のトレイをムドウの前に突き出すと、こうのたまったのだ。
「『メイドさんとファイト!』サービスは、別料金となっておりまして、1回1000円でございますが、今はサービス開始前のお試し価格として半額の500円をお支払い願えますでしょうか」
「シアンセンパイ……」
アリサはシアンを店長と呼ぶのも忘れて、呆れを通り越し、尊敬と軽蔑が綯い交ぜになった視線を向ける。
「ふん……そういうことか」
ムドウは黒皮の財布を取り出すと、トレイの上に1000円札をピッと投げ入れた。
「釣りはいらん。その代わり、1000円分は楽しませてくれるんだろうな。音無ミオ」
金を払ったからというわけでは無いだろうが、ムドウのただでさえ鋭い目つきが、より鋭利に細められる。それと同時、重力が倍になったような圧力を感じた。この気配は、かつてアリサも一度だけ受けた覚えがある。ヴァンガード甲子園で、ムドウと相対した時に感じた気配だ。
「ええ。もちろんです」
それを堂々と迎え討ち、ミオもデッキをテーブルに置いた。
「スタンドアップ」
「ヴァンガード」
「《発芽する根絶者 ルチ》」
「《フルバウ》」
「ライド。《速攻する根絶者 ガタリヲ》」
「ライド。《グルルバウ》
《髑髏の魔女 ネヴァン》をコール。ネヴァンをレストして、もう1枚ネヴァンをコール。ネヴァンのブースト、ヴァンガードでアタック」
「ノーガード」
2人の性格もあってか、ファイトは静かに淡々と進む。
「お、なんだ?」
「カードゲーム?」
「ヴァンガードか?」
「メイドさんが? 面白そう!」
その分、物珍しさからか、店でゆっくりしていた客や、帰ろうとしていた客が、興味をもって集まってワイワイ騒ぎだした。
「はいはい! 熱いヴァンガードファイトが観れる! できる! メイドカフェはここだけですよー!」
シアンはここぞとばかりに店のアピールをはじめている。
「ライド。《絆の根絶者 グレイヲン》
ギフトはフォースⅠを選択して、ヴァンガード右後列へ」
まずはミオが先にG3へとライドした。続けて3枚のダメージのうち、2枚を裏返す。
「グレイヲンのスキル発動。ヴァンガードをデリートします」
「ふむ……」
片手間にハヤシライスを食べながら、ムドウがヴァンガードを裏にする。
「フォースサークルに《驕慢の根絶者 ゴウガヰ》をコール。その後列に《発酵する根絶者 ガヰアン》をコール。左前列に《略奪する根絶者 ガノヱク》と《迅速な根絶者 ギアリ》をコール。
バトルフェイズ。
ゴウガヰでヴァンガードにアタック」
「なるほどな……ノーガードだ。
ダメージチェック……
「ゴウガヰのスキル発動。ガノヱクとギアリのパワーを共に+4000します。
続けて、ジャヱーガのブースト。グレイヲンでアタック」
「これは防がせてもらおう。《アビス・ヒーラー》でガード。さらに《ブラスター・レイピア》でインターセプト」
「ツインドライブ。
1枚目、トリガー無し。
2枚目、
ガノヱクのブースト。パワー41000のギアリでヴァンガードにアタックします」
「ノーガード。ダメージトリガー無し」
「ギアリのスキル発動。右後列のネヴァンを
「ダメージは3対4! 今のところはミオちゃんが優勢ね」
シアンが声を弾ませてアリサに声をかけるが、アリサは「うーん」と曖昧に頷くだけだった。
「どうしちゃったの。煮え切らない」
「ダメージは優勢なんだけどね。それだけでは測れないのがヴァンガードなの。それに、この形はすごくまずい。ううん。この戦況になるようにムドウが巧妙に誘導したのかも」
「それはどういう意味?」とシアンが問いかけた時、カランと鳴った大きな音がそれを遮った。
「……そうか。それがお前のデッキか」
空になった皿にスプーンを置いたムドウが呟く。
「トリガーユニット以外はすべて根絶者で統一しているな。それもただ漠然と入れているだけでなく、高い水準で使いこなしている。ここまでは合格だ」
「……それはどうも」
「だが、それはもう飽きた。
ライド。《ファントム・ブラスター・ドラゴン》」
ムドウの影が世界を覆い尽くさんばかりに溢れだし、やがてそれは竜の形を成す。
双刃の大槍を携えた漆黒の影竜。《ファントム・ブラスター・ドラゴン》が、グレイヲンの前に音も無く姿を現した。
「ギフトはフォースⅡを選択し、右後列に置く。
さらにネヴァンをレストし、《黒翼のソードブレイカー》をコール。1枚ドロー。
さて。邪魔者にはご退場願おうか。そして、新たなお前を俺に見せてみろ。
ネヴァン、ソードブレイカー2体を退却させ、君も3体のユニットを退却させろ」
「……ジャヱーガ、ガノヱク、ゴウガヰを選択します」
影竜が、味方の血で紅に染まりし槍を振るう。その一振りで、選ばれた3体の根絶者達が真っ二つに斬り裂かれた。
地面に転がった根絶者の骸は、竜が落とす暗き影に沈んでいく。
(お前が
力を増した影竜が、グレイヲンに宿る少女を嘲笑った。
「《漆黒の乙女 マーハ》をフォースⅡサークルにコール。マーハのスキルで《黒の賢者 カロン》をマーハの後列にコール。1枚ドロー。カロンのスキルで
さらに《ブラスター・ジャベリン》をコールし、カードを1枚引く」
「わわわ。あれだけコールしてるのに、手札が全然減らないわよ?」
「これがシャドウパラディンの強みよ。味方を犠牲にするスキルが多い分、ユニットの補充も得意なの」
すっかり賑やかしが板についてきたシアンが驚き、解説役が板についてきたアリサが説明する。客達もなるほどと頷いた。
「《悲壮の騎士 カスバド》をコールし、バトルフェイズに進行する。
「完全ガードです」
「悪くない判断だ。
ツインドライブ。
1枚目は★トリガー。効果はすべてマーハに。
2枚目はトリガー無し。
続けて、★3のマーハでアタック」
「★トリガー2枚でガードします」
「さらにカスバドでアタック。カスバドはヴァンガードに攻撃した時、パワーが上がるが……ここはリアガードに攻撃するとしよう」
グレイヲンを選びかけていたムドウの指が、ビッとギアリに向けられる。
「どういうこと? ミオちゃんが可愛いから手加減してくれてるの?」
「やっぱりそうきたか……。その逆よ。一切の容赦無く勝ちにきてる」
「え? え?」
頭の上に疑問符を浮かべるシアンを置いてきぼりにし、ゲームは進行する。
ミオはノーガードを選択し、ギアリは退却した。
「私のターンです。スタンド&ドロー。ライドはせず、エルロ、ガヰアン、バルヲルをコールします」
「あれ? デリートは?」
そこでようやくシアンも違和感に気付き始めた。
「ミオちゃんのダメージと、グレイヲンのコストをよく見て」
「えっと、ミオちゃんのダメージは3点で表のダメージが1枚。デリートのコストはCB2で……あっ!」
「わざとダメージを与えずに、相手にカウンターコストを与えないテクニックよ。コストの重い根絶者にとっては致命的だわ。ムドウは既に4点を受けているから治トリガーも期待できない」
「そ、そんなの、どうやって突破しろって言うのよ!?」
「一応、この状況を打開できるカードが根絶者にはある。けど、そのカードはミオちゃんのデッキには……」
「グレイドールは入れていないのか?」
唐突にムドウがミオへと問うた。
「さて、どうでしょう」
もちろんミオも、すぐに手の内は晒さない。
「少なくともヴァンガード甲子園では使っていたな。しかし、ジャエーガのスキルを使わずコストを温存していたということは、フル投入はしていないと見た」
「……そこまでばれているのなら、隠しても仕方ありませんね。確かに私はグレイドールを4枚は持っていません。定期的にパックは買っているのですが、何故か私のところへは来てくれませんし、最近は金銭的にも手に入れられなくなりました。
それに、ユキさんから頂いた1枚を大切にしたいという想いもあります」
「くだらんな」
ムドウはミオの言葉を一笑に付した。
「運や金銭の問題は、まあいいだろう。だが、感傷が何になる。それで強くなれるのか」
「私は勝つためだけにヴァンガードをしているのではありません。私がヴァンガードを通して知りたいのは、まさしくその感傷です。だから、自分の中で芽生えた想いは大切にしたいんです。
それにあなたは、根絶者はグレイドールが全てのようにおっしゃっていますが、グレイドールが入れられない分、他に素敵なカードを入れられるんですよ?
あなたにその一端をお見せします。そして、根絶者の奥深さを思い知るといいでしょう」
「ほう?」
「フォースサークルにコール。《突貫する根絶者 ヰギー》」
現れたのは、背中から刃の如き鋭い触手を生やした根絶者。4本ある腕の先にも鋭利な爪が輝きを放っており、全身凶器と言うべき出で立ちである。
「さらにグレイヲンをヰギーの後列へコールし、バトルです。
グレイヲンでアタックします」
「《滅却の魔女 ベーラ》で完全ガード」
「ツインドライブ。
1枚目は★トリガー。効果はすべてヰギーに。
2枚目は引トリガー。1枚引いて、こちらの効果もヰギーに。
続けて、ヰギーでアタックします。アタック時、ヰギーのスキル発動。後列のグレイヲンを喰らい、パワー+12000します」
刃の触手が次々とグレイヲンに突き刺さり、瞬く間に八つ裂きにする。すると、その力を奪い取ったかのように、ヰギーの右手が虚無を帯びはじめた。
「そして、マーハを
ヰギーが右腕を振るうと、黒衣の少女が、その痕跡すら残さずにかき消える。遮るものは無くなったとばかりに、残る触手と腕が、影竜へと殺到した。
「《デスフェザー・イーグル》と《厳格なる撃退者》でガード」
しかし、それらも他のユニット達に阻まれる。
残るエルロの攻撃も防がれ、ミオはターンエンドを宣言する。
次はムドウのターン。
「俺のターン。スタンド&ドロー。
ライド! 《ガスト・ブラスター・ドラゴン》!」
広げた翼が、光すら覆い隠す漆黒の帳となって世界を包み込む。
暗きに沈んだ魂を、さらなる闇へと堕として深化を遂げた黒影竜。
本能のまま、死と破壊を振り撒く滅びの権化。
災厄にして最悪の存在がそこにいた。
「ギフトは左後列へ。
《カースド・ランサー》をカロンのいるサークルにコール。パワー+10000して、カウンターチャージ。前列へ移動させる。さらに、後列には《ブラスター・ダガー》と《グルルバウ》をコール」
ムドウの盤面が黒騎士達で埋め尽くされる。それは世界の終末を思わせる絶望的な光景だった。
「バトルフェイズ。
ガスト・ブラスターでアタック。ジャベリンとダガーを退却させ、スキル発動!
1枚引き、パワー+10000。君も1体選択し、退却させろ」
「バルヲルを選択します」
「そして、もう一つの効果で★+2! このターン、カロンも退却しているので合計★4だ!」
黒影竜が爪を閃かせ、無造作に振るった。その1本1本が、命を刈り取る死神の大鎌を想起させる、湾曲した巨大な爪だ。敵味方問わず、触れた者を惨殺する嵐となって、グレイヲンへと迫りくる。
「ガヰアン、ドロヲンでガード。エルロでインターセプトです」
数多の根絶者達の命を盾にして、それはようやく動きを止めた。かのように思えた。
「ツインドライブ! 1枚目、★トリガー。効果はすべて《カースド・ランサー》に。2枚目、★トリガー。効果はすべてカスバドに」
「ダブル★トリガー!?」
シアンが絶望的な悲鳴をあげた。観客達からも悲鳴とも歓声とも溜息ともつかない声が漏れる。
「《グルルバウ》のブースト、カスバドでアタック」
「★トリガーとギヴンでガードします」
「《カースド・ランサー》でアタック」
「完全ガードです」
「耐えたか。だが、君の手札は1枚。コストも足りないままだ。さあ、ここからどう足掻く?」
ムドウが挑戦的な瞳でミオを見据えた。
「決まっています。自分のデッキを信じるだけです。あの日、ユキさんはそうしました」
そう言って、ミオはカードを引く。
「……きました」
「ほう。グレイドールでも引けたか……」
「ライド。《突貫する根絶者 ヰギー》」
「!?」
「ええーっ!?」
ムドウが目を見開き、アリサが叫んだ。シアンや観客に至っては、何が起こったのか分からずポカンとしている。
「いや、間違いではない」
気を取り直したムドウが解説をはじめた。
「ヰギーはヴァンガードでは効果を持たないが、ギフトは所持している。3点止めされた状況においては、グレイヲンと大差無いということか」
「そういうことです。フォースはヴァンガードサークルに置きます。
さらに、アルバをコールして、ドロップゾーンのエルロのスキル発動。エルロをリアガードのヰギーの後列に置きます。
バトルフェイズ。まずは、アルバでカスバドにアタックします」
「ノーガード」
「では。ヴァンガードのヰギーで、ガスト・ブラスターにアタックします」
「《ダークサイド・トランペッター》と《暗闇の騎士 ルゴス》でガード。《カースド・ランサー》でインターセプト。2枚貫通だ」
「わかりました……では。
ツインドライブ。
1枚目……
ほんのわずかだが、ムドウの眉がぴくりと動いた。
「い、いいの?」
シアンが不安そうにアリサを見る。
「うん。ムドウの手札はまだ多いし、完全ガードを温存している可能性だってある。次はもうガスト・ブラスターのアタックを防ぐのも難しいし、ここしかない、と思う」
「だが、普通にトリガーを引くだけでは勝てんぞ? ★を引かなければ俺は倒せん。それでもヴァンガードでよいのだな?」
試すような口調でムドウが忠告する。
「構いません。+10000はヴァンガードです」
ミオは背筋をピンと伸ばして宣言した。
「いいだろう。では、2枚目を引け」
ムドウに言われるまでもなく、ミオはデッキに手を置いた。
実はデッキの中に、もう★トリガーは1枚しか残っていないことをミオは知っている。
確率で言えば絶望的だろう。
だが、そんな計算よりも、よっぽど信頼できるものが手元にはある。
(私の根絶者達。毎日、毎日、調整して、少しずつ強くしていった私のデッキ。みんなが私に応えてくれないなんて……よくよく考えてみたらありえませんよね)
科学や理屈では決して証明できない心の繋がり。
それを証明して見せてくれたのは、一人の少女の背中だ。
「セカンドチェック……」
……本当の事を言うと、まだ少し怖かった。
実は「彼女」も内心ではドキドキしていたのではないかと思う。
だがその胸の高鳴りも、少しずつ楽しく思えてきて――
「……★トリガー」
アリサ、シアンに、観客、メイド達まで含めたギャラリーが一斉に歓声をあげた。
(ありがとうございます。私の根絶者達。これからは私も強くなります。あなた達に負けないように……)
「まだだ」
観客の興奮を。ミオの余韻を。
ムドウの冷たい声音が断ち切った。
「何を勝ったつもりでいる? 俺にはまだ2度のダメージチェックが残されているのだぞ」
「う……そうだった」
アリサが渋い声で唸る。
ダメージを止める利点は、相手にコストを使わせない以外にもうひとつある。相手の治トリガーを不発にし、自分だけ治トリガーの恩恵を受けられる状況を作りやすいのだ。
(ムドウはまだ治トリガーを1枚しか見せていない。最悪、デッキの中に3枚の治トリガーが残ってる。そうなると、けっして分の悪い賭けじゃない)
「どうぞ」
アリサが頭の中で計算をしている中、ミオは平然とダメージチェックを促した。
「……ダメージチェック」
ムドウがカードをめくる。
「1枚目、トリガー無し。
2枚目……」
まずはムドウだけが6枚目のダメージを見た。それをゆっくりとダメージゾーンに置いていく。
「……トリガー無し。……俺の負けだ。
……まあ、1000円の価値はあったようだな」
先程とは倍以上の歓声が、メイド喫茶「Butterfly」に満ち渡った。
「う、ん? これは……」
その騒ぎを受けて、ようやく目を覚ましたフウヤがファイトテーブルに気付き、対戦相手を見比べ、再び盤面を見渡して。
「驚いたな。ミオちゃん、ムドウさんに勝ったのかい?」
感嘆の声をあげた。
「ええ」
ミオは控えめな胸をえへんと張る。
「次はあなたですよ、フウヤさん」
そう言って、いたずらっぽく微笑んだ。
「!!!!」
アリサが、シアンが、フウヤが、メイド達が。そして、ミオの表情は変わらないものだと悟りきっていた観客達が目を見張り――
「「「「「かわいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!」」」」」
全員の心が一つになった。
「?」
笑った自覚の無かったミオだけが、これまた可憐に小首を傾げた。
「アリサ! ミオちゃん! この『メイドさんとファイト!』サービスは来週からスタートするわよ! 詳細は業務後に詰めるから、できたら残ってちょうだい! 残業代は弾むわよ!
みなさん! ウチのトップメイド、ミオちゃんとファイトできるのは当店だけです! 正式なサービス開始は来週からとなりますので、奮ってご参加ください! いいファイトをすれば、ミオちゃんの笑顔も見れるかも!?」
商売のチャンスと見たシアンが、やおら張りきって宣伝をはじめた。
「うおー! 俺も対戦してー!!」
「ヴァンガードはじめるぞー!!」
「ミオちゃーん! 結婚してー!!」
客も興奮して、メイド喫茶と言うよりかはアイドルのライブ会場のような雰囲気になっている。
「ああもう。来週から大変なことになりそうね」
ミオを連れて、騒ぎの渦中かなら抜けだしたアリサが、やれやれと肩をすくめた。
「でも、本当にいいファイトだったわ。強くなったわね、ミオ」
ユキが小さく拍手をしてミオを讃えた。
「あ、ユキさん。ありがとうございます」
「なんだ、ユキも見てたの?」
あまりにも自然に登場したものなので、ミオもアリサも普通に答えて――
「って、ユキいぃっ!?」
アリサは絶叫した。
「お疲れ様。では、そんな格好をして、ここで何をしているのか、生徒会役員として説明を求めます」
目も口元も微笑んではいるが、心は全く笑っていないユキが2人を見渡した。
「こっ、これはボランティアで……」
「残業代とか聞こえたけれど?」
「ごめんなさい」
「どうしてユキさんがここにいるのですか? ここはユキさんの家から離れているはずですし、ユキさんの性格からして繁華街に用があるとは思えません」
「質問で質問に返すのは感心しないわね」
「すみません」
「けど、冥土の土産に教えてあげるわね。来年から私の通う大学が、この近くにあるのよ。今日はその下見の帰り道と言ったところかしら」
ミオが冷たい目でアリサを見据える。
「くっ。あたしのリサーチ不足だったわ。大学かぁ……たしかに、そんなこと言っていたかも」
アリサが指打ちして悔しがる。とりあえず、反省の色はあまり見えない。
「ですが、何故、この店に入ってみようかと思ったのですか? メイド喫茶なんてユキさんは知らないでしょうし、知っていたとしても入ろうとは思わないですよね」
「そうそう。そもそも店の名前だって読めないわよね」
「失礼ね。まあ、確かに読めなかったけれど。
けど、店の中から『だむどちゃーじんぐらんす』とか『しゃどういろーじょん』とか聞こえてきたから……カードショップかと思って入っちゃった」
「ムドウのせいかよ!!」
アリサが力任せに拳をテーブルに叩きつけ、拳を抱えてしばしうずくまる。
「さて。私は必要の無い説明責任まで果たしたけれど、あなた達は、いつ私に説明をしていただけるのかしら」
「……この喫茶店でアルバイトをしていました。ごめんなさい」
ようやく、アリサが素直に頭を下げた。
「でっ、でもね! ミオちゃんを誘ったのはあたしなの! だから、ミオちゃんには寛大な措置を……」
「いいえ。誘いを断らなかった以上、私も同罪です。そして、アリサさんはもうすぐ受験が控えているはずです。私は内申なんてなくても進路はどうとでもなるので、アリサさんだけは内密にしてあげてください」
庇い合う2人の後輩を見比べて(とんでもないことを言っているミオを見ている時間の方が若干長かった)、ユキは沙汰を下した。
「……あなた達には校則違反により、来週から1カ月、放課後に学内での奉仕活動を命じます」
「はい」
「わかりました」
アリサもミオも殊勝に頷いた。
「そして1カ月が過ぎたら、シアンさんに頭を下げて、もう一度雇い直してもらいなさい」
「え?」
アリサは目を点にして、ユキを見た。
「ウチの学校は、そもそも基本的にバイト禁止なんでしょ? だから、こうして怒られているわけで……。それなのに、雇い直してもらえって、おかしくない?」
「我が高のバイト規則は厳しくないかっていう意見は、昔から多かったの。
そこで生徒会でも、簡単な申請さえすればアルバイトが認められるよう、先生方に働きかけて、今月、ようやくその校則案が通ったのよ。
来週の全校集会で発表して、来月から施行する予定だったのだけれど。
私としても学校外での体験は、貴重な経験になると思っているから、個人的にはアルバイト賛成派だったのよ」
「そ、そうだったの。
シアンセンパイには迷惑かけちゃうけど、今のセンパイなら、1カ月空いたからってミオちゃんを手放すことは無いだろうし、ミオちゃんは仕事を続けられそうだね。よかったあ……」
アリサがほっと安堵の息をつく。
「規則は守るものでも、破るものでも無いの。規則とは、人がよりよく生きやすくなるよう、作り変えていくものなのよ。よく覚えておきなさい」
そう言って、ユキはようやく本当の笑顔を浮かべたのであった。
シャドウパラディン使い、御厨ムドウが初登場から4カ月。ついに正式参戦です。
原作では、シャドウパラディン使いや、かげろう使いは、格好いい役が多いので、根絶少女では、どちらかのクランはヘンなヤツに使わせると心に決めていました。
そのようなわけでヘンなヤツです。
心の赴くまま書いているので、キャラがブレたりもするかも知れませんが、このキャラクターについてはブレがデフォルトと認識して頂ければ。
シャドウパラディンについても、ブラスター・ブレードと同様の理由で、ブラスター・ダークは出さない方針です。本当はレンのイメージが強すぎるファントム・ブラスター・ドラゴンも出したくなかったのですが、えくすとらでもグチったように、シャドパラはVR以外、ロクなデッキが組めないんですよね。
イルドーナとか、個人的にも、この小説的にも、ほどよいヴァンガード向けの能力として出してくれたら嬉しいのですが。
次回の根絶少女は「The Mysterious Fortune」のえくすとらになります。
公開は発売日から1週間後の11月22日前後を予定しております。
次回もよろしくお願いいたします。