根絶少女   作:栗山飛鳥

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12月「悲鳴すら根絶する脅威の速度」

「おーい! こっちこっち!」

「すまん、待たせた!」

「《オーロラスター コーラル》のスペック見たか?」

「おう。やばいね、あれ。かわいいし」

 

 今年一番の寒気が日本全土を包み込み、外では激しく雪が降り注いでいたとしても、少なくともこの場では関係の無い話だった。

 ドーム内に設営された会場は誰もが蒸し暑く感じるほどの熱気に溢れ、そこかしこでは頬を紅潮させたファイター達がヴァンガードの話題を語りあっている。

 ちょっと聞き耳を立てれば、それはさながらラジオのように雑多な情報をもたらし、ミオの耳を楽しませた。

 

「今年もこの日がやってきたね」

「ああ! ヴァンガード高校選手権!」

「どうせ天海(あまみ)学園の誰かが優勝だろう」

「そんなことより、ファイトしない? 新しく組んだグレネデッキ試させて」

「あ、はむすけ軸でやるって言ってたやつ?」

「ヴァンガード高校選手権とは!!」

 

 そんな中、ひときわ大きく張り上げられた声が耳朶を打つ。

 ミオは声のした方向を恨めしそうに見上げると、アリサが腰に手を当てて、聞いてもいない解説を始めていた。

「ヴァンガード高校選手権とは! 高校生限定の大規模な公式戦!

 ヴァンガード甲子園との最大の違いは、個人戦であること!」

「いきなりどうしたんですか?」

 アリサが呼吸を置いた刹那を見計らい、ミオは質問を投げ込んだ。

「いやね。12月に大きな大会があるとは言っていたけど、どんな大会が行われるかは説明してなかったなと思って」

「今さらですね。せめて1週間くらい前にお願いします。

 あと、これほど大きな大会の連絡が、前日に電話かけてきて『ミオちゃん、明日公式大会あるけど来れるよね?』なのはどうかと思います」

「わ、悪かったわよ」

「高校生限定の個人戦では最大規模の大会なのだけど、時期的に出場できない3年生も多いから、ヴァンガード界の新人戦とも言われているわね」

 ミオに責められしどろもどろになっているアリサに代わって、ユキが解説を引き継いだ。

「実際、ここで結果を残したファイターの多くが、次の年には活躍しているわ。

 未来のプロファイターを見つけたい企業も注目しているし、ヴァンガード甲子園の前哨戦と捉えている人も多いわよ」

「なるほど」

 

「天海学園は?」

「まだ来ていないんだってよ」

「大雪でフェリーが止まって来れないって聞いたよ?」

「マジかよ。天海はこれがあるからな……」

 

「天海学園? ずいぶんと噂になっているようですが」

 周囲の雑談から気になる単語を拾い集めたミオが、ふたりに尋ねる。

「あら、覚えてないかしら?」

「今年のヴァンガード甲子園の優勝チームだよ」

 彼女たちは口々に答えた。

「というか、出場さえしていれば、だいたい優勝は天海になっちゃうんだけどね」

「出場、さえ?」

 アリサの含みのある言い方に、ミオは小首を傾げる。

「うん。天海学園は本州から遠く離れた離島にあってね。少しでも天気が崩れると、島と本州を繋ぐ唯一の船が止まって大会にも出れなくなっちゃうの。

 ここ10年のうち、天海学園のヴァンガード甲子園優勝は6回。残りの4回は棄権。

 無敗にして常勝に非ず。まさしく全国大会の台風の目と言える高校ね」

「なるほど。その天海学園の人達が今日は来れなくなったということですね。残念です」

「あらあら。大抵の出場者は天海がいなければホッとするのよ?」

 肩を落とすミオに、ユキは苦笑しているとも、面白がっているともつかない笑みを浮かべた。

「そうなのですか? 強い人とファイトできる機会が失われるのはもったいないと思うのですが」

「そういうことが言えるのは、天海の強さを知らない人だけだよ。天海とファイトしてヴァンガードを辞めちゃう人までいるんだから。

 ほら、思い出してみて。次鋒のグランブルーとか凄かったでしょ?」

「次鋒……グランブルー……」

 首を捻ってミオは記憶の底を漁る。

「ミオちゃんって、記憶力はいいはずなのに偏りがあるよね」

「偏りがあるというよりも、興味の無いことはすぐ記憶から消去してしまう感じかしら。

 ヴァンガードは興味の対象になったけど、誰が強いとか、派閥はまた別みたいねえ」

 先輩2人がぼそぼそ囁きあっていると、ミオはようやく何かを思い出したのか、手のひらに拳をぽんと当てた。

「ああ、そう言えばフウヤさんがこっぱみじんに負けていましたね」

「誰がこっぱみじんだ」

 ミオの背後から鋭いツッコミが入る。

 振り向くと、そこにはフウヤがいた。その後ろには、御厨(みくりや)ムドウをはじめとした他の(セント)ローゼの生徒も並んでいる。

 フウヤは先ほどのトゲのある声音が嘘のような爽やかな笑みを浮かべると、「やあ」と片手を挙げた。

「おはようございます、フウヤさん」

 ミオが丁寧に頭を下げる。

「おはよう、ミオちゃん。

 俺も君と同じ気持ちだよ。天海が来れないと知って残念だ。グランブルー使いの彼とも再戦したかった」

 フウヤはそこで一度言葉を切ると、厳しい表情をしてミオを睨みつける。

「だが、天海がいないとなれば、俺の目標は優勝以外に無い」

 

「天海がいないんじゃ、今年のヴァンガード高校選手権に観る価値はないよな」

「天海がいない中で1番を決めてもねえ」

「井の中の蛙だよな」

 

「少なくとも、ああいう連中を黙らせる程度には圧勝できなければ意味は無いと思っている」

「それには私も同意します」

「そして、その最大の障害は君だと思っている」

「なっ!」

 その言葉に反応したのは、フウヤのすぐ後ろに控えていた長い黒髪の少女だった。

「私っ! ……いえ。私たち、聖ローゼカードファイト部の部員よりも、そこの女の方がフウヤ先輩の敵たりえると言うのですか!?」

「じゃあ聞くけど、この中でムドウさんに勝てる人はいるのかな?」

 フウヤが優しい声音のまま、厳しい質問を聖ローゼの部員に投げかけた。そのほとんどが目を逸らし、黒髪の少女も唇を悔しそうに引き結んで黙り込んだ。

「俺は勝てるぞ」

 ムドウがボケたが、誰も取り合わなかった。

「そういうことだよ。

 ミオちゃん、決勝で会おう」

 フウヤは堅い表情を僅かに崩して微笑むと、踵を返してミオ達の前から去っていく。聖ローゼの部員達もおずおずとそれに続いた。黒髪の少女だけは、去り際にオボロカートの如き形相でミオを睨みつけていったが。

「聖ローゼも小金井君も相変わらずね。強さが全てで、身内にも容赦無し」

 アリサが呆れたように呟いて、肩をすくめ、

「どうかしら」

 ユキは静かに疑問を呈した。

 アリサが驚いて、親友に目を向ける。

「あれで案外、発破をかけたつもりなのかも知れないわよ。

 ふふふ、部長は大変ねえ」

 着物の袖を口元に当て、ユキが楽しそうに笑う。

 言外に「あなたも頑張りなさいよ」と言われたような気がして、アリサはくしゃくしゃと髪をかいた。

「もちろん、あの言動にフウヤ君の本心がまったく含まれていないとも思わないわ。

 ミオ、覚悟はいいわね。きっと、今日のあの子は、今までで一番強いわよ?」

「望むところです」

 ミオは即答して頷いた。

「私が勝ちたいと、越えたいと思うのは、きっとそういうフウヤさんですから」

 そう言って、ミオは人ごみに紛れていくフウヤの背中をじっと追い続けていた。

 

 

 ダンッ!!

 ミオの目の前にあるテーブルにデッキが叩きつけられた。

 さすがにそれは錯覚だったが、それほどの怒りと気迫が、テーブル超しに目の前の少女から伝わってくる。

「お相手をお願いするわ」

 平静を装っているようでまったくできていない声音で、黒髪の少女が告げた。

 先ほどフウヤに食ってかかった聖ローゼのカードファイト部員で、何の因果か、ミオのトーナメント1回戦の相手は彼女のようだ。

「はい。よろしくお願いします」

 ミオが平常運転で頭を下げると、改めて目の前の少女を観察する。

 まず印象に残るのは、艶のある黒い長髪。

 彫りが深いわけではないが整った顔立ちは、ユキとはまた違ったタイプの大和撫子といった印象を受ける。もう少し表情を和らげて、なおかつ黙っていればだが。

「はっ。余裕でいられるのも今のうちよ。あなたがムドウ先輩に勝ったのは単なるマグレだって、フウヤ先輩に気づいてもらうんだから」

 少女がミオに指を突きつけて宣言すると、ちょうどファイト開始のアナウンスが会場に流れた。

「スタンドアップ」

「ヴァンガード!」

「《発芽する根絶者 ルチ》」

「《ロゼンジ・メイガス》!」

 ミオの長い1日がはじまった。

 

 

 ファイトが始まったのは、ミオ達のテーブルだけではない。

 そこかしこで「スタンドアップ!」の掛け声が響き渡り、また決着もついていく。

 

 

「《無双剣鬼 サイクロマトゥース》でアタック! あなたのデッキトップをドロップして……ノーマルユニットだったので、サイクロマトゥースに(クリティカル)+1!」

 鬼の双角のごとく、額に虫の大顎を生やした昆虫怪人が大地を蹴る。艶消しの黒い甲殻が宵闇に溶け、次の瞬間には二条の剣閃が月明かりを浴びて弧を描き、哀れな犠牲者を斬り裂いていた。

「よしっ! ありがとうございました!」

 響星(きょうせい)学園2年、天道アリサ。1回戦突破。

 

 

ファントム・ブラスターのスキル発動(ダムド・チャージング・ランス)!!

 ファントム・ブラスターでアタック(シャドウ・イロージョン)!!

 さあ、終末を受け入れろ!!」

 影竜の放った黒炎が世界を呑み込んでいく。生けるものすべてに、無意味にして無価値なる終焉を。誰もいなくなった闇の中で、影竜は独り嗤う。

「ふっ、相手が悪かったと思え」

 聖ローゼ学園3年、御厨ムドウ。1回戦突破。

 

 

「ライド! 『煌天神 ウラヌス』のスキル発動! 5枚目のフォースをヴァンガードに! 星域となったV後列に『絶界巨神 ヴァルケリオン』をコール!」

 神の住まう領域に、天を衝く星の巨人が降臨する。それがひとたび拳を振るうと、敵対者は星ごと粉砕され、塵となって永遠にこの宇宙を彷徨うのだ。

「とどめです。ヴァルケリオンでアタック!」

 聖ローゼ学園1年、神薙(かんなぎ)ノリト。1回戦突破。

 

 

「スペリオルライド! 『レーブンヘアードエイゼル』!!」

 疾く。ただ疾く。もっと疾く。

 絶望に堕ちた漆黒の獅子が戦場を駆け抜ける。

 長きに渡る戦いは、優しき英雄の心に暗い影を落とした。それでも彼は、感情を殺して剣を振るい続ける。

 守れなかったものを守るために。

「……俺の勝ちだ」

 聖ローゼ学園2年、小金井(こがねい)フウヤ。1回戦突破。

 

 

「やっぱり聖ローゼが強いな! 3年の御厨ムドウに、2年で部長の小金井フウヤ!」

「天海がいないと、聖ローゼ一強だな」

「ベスト4……いや、ベスト8くらい聖ローゼが独占するんじゃないか?」

「ん? おい! あそこの24番テーブルを見てみろよ!」

 

 

「グレイヲンのスキル発動。《スカーレットウィッチ ココ》をデリート」

「くっ……」

 黒髪の少女が小さく呻きながらヴァンガードを裏返す。

「いきます。ガノヱクのブースト、ヴァンガードのグレイヲンでアタック」

「プロテクトで完全ガードよ!」

「ツインドライブ。

 1枚目はトリガー無し。

 2枚目は(ドロー)トリガーです。パワーはヴァンガードへ。

 続けて、ガタリヲでブーストしたギヲでアタックします」

「プロテクトで完全ガード!」

「ドロヲンでブースト。ギヴンでアタックします」

「プ、プロテクトッ!!」

「これでプロテクトは無くなりましたね。では、ギヴンのスキル発動です。私のリアガード3体と、手札を3枚をドロップして、グレイヲンをスタンドさせます。

 ドライブ-1のグレイヲンでヴァンガードにアタック」

「《オラクルガーディアン ニケ》と《サイキック・バード》でガード! ……1枚貫通よ!」

「では。ドライブチェック…………★トリガーです」

「そっ! そんな……私がっ! こんなところでっ!」

 少女が喚きながらカードをめくる。

「こんな……ところで……」

 ノートリガー。

 6枚目のカードが少女のダメージゾーンに置かれ、ミオは微かに安堵の吐息をついた。

「言うだけのことはありましたね。強かったです」

 そう言って手を差し出したミオだったが、当の少女は俯いたまま動かなかった。

「……ありがとうございました」

 他人の感情の機微には疎いミオだが、負けた悔しさだけはよく知っていた。

 礼だけ告げて立ち去ろうとしたその時、少女がガバッと顔を上げて「待ちなさい!」と叫んだ。

「どうやら、あなたの強さは本物だったようね。ごめんなさい」

 そう言う彼女の顔は険しいままで、目尻には涙さえ浮かべていたが、どこか憑き物が落ちたような感じもした。

「はあ、どうも」

 改めて差し出された手を握り返し、ミオは生返事をする。

「名前を教えてくれる?」

音無(おとなし)ミオです」

「私は神薙(かんなぎ)ミコト。いつか高校生最強のファイターになる予定なんだから。覚えてよね」

「はあ」

「いや、本当に覚えててよね!?」

 この時、ミオは目の前の少女に既視感を覚えており、その正体もすぐに思い当たった。

 居丈高で自信家。だがそれは自他問わず強さに誠実なだけ。そう。その姿は早乙女マリアによく似ていた。

 案外、1年の頃の彼女は、ちょうどこのような感じだったのかもしれない。

「私に勝ったんだから準優勝しなさいよ!」

「優勝ではないんですね」

「当たり前でしょ! 今年の優勝はフウヤ先輩に決まってるんだから!」

 そう言って、ミコトはペロリと舌をだして笑った。

 聖ローゼ学園1年、神薙ミコト。1回戦敗退。

 響星学園1年、音無ミオ。1回戦突破。

 

 

「聖ローゼが負けた!?」

「それも1年最強と言われてる神薙ミコトが!」

「ココのプロテクトをギヴンで強引に突破しやがった!」

「あの子、誰!?」

「響星学園? 音無ミオ?」

「どっちも知らねー!」

「でもかわいくない?」

 

 

 ヴァンガード高校選手権は続く。

 ミオの2回戦の対戦相手も聖ローゼの1年生。神薙ミコトによく似た顔立ちの少年だった。

 顔を合わせるなり、少年は頭を深々と下げてきた。

「姉が無礼ををまずは謝罪します。もうしわけありませんでした」

「いえ。結果的にあの人と友達になれたようですし」

 謝辞を適当に受け入れ、ミオはそれよりも気になっていた点を指摘する。

「ミコトさんとは姉弟でしたか」

「はい。神薙ミコトは双子の姉にあたります。僕は神薙ノリト」

 丁寧に自己紹介して、少年は柔和な笑みを浮かべる。姉弟でも性格はだいぶ違うようだ。あの姉の弟だからこそ、このような性格になってしまったのかも知れないが。

「音無さんが気を悪くされていないのでしたらよかったです。もう気づかれているかとは思いますが、姉はフウヤ先輩のことが大好きなものでして。もちろん異性として」

「そうなんですか」

 まったく気づいていなかった。

「同じ1年生の女子で、フウヤ先輩に認められたのがよっぽど悔しかったんだと思います。今後も何かと突っかかってくるかも知れませんが、適当に相手していただければ嬉しく思います。

 とまあ、お喋りはこのくらいにしてはじめましょうか。姉に勝ったからと言って、僕にも勝てるとは思わないでくださいよ」

「ええ」

「いきます! スタンドアップ!」

「ヴァンガード」

「《新風のパーン》!」

「《発芽する根絶者 ルチ》」

 

 

「小金井君。ミオちゃんと戦いたければ、まずはあたしを倒してみなさい!」

「天道さん……」

 一方、別のテーブルではアリサとフウヤが向かい合っていた。

「悪いけど、君に構っている暇は無い。

 スペリオルライド! 《レーブンヘアードエイゼル》!!

 ★+1のレーブンヘアードで《ブラッディ・ヘラクレス》にアタック!!」

「えっ、ちょっ、タンマ! こっちまだG2……」

「続けてホエルのブースト! カエダンでアタック! さらに、ガレス! ボーマン! ワンダーエイゼル!」

「ダメージチェック……負けちゃった。

 いやー、あはは、やっぱり強いね」

 6枚目のカードをダメージゾーンに置いたアリサが渇いた笑いを漏らした。

「ごめんね。今回だけはどうしても譲れないんだ」

「ううん。頑張ってね。あたしに勝ったんだから。まあ、ミオちゃんの次くらいには応援してるよ」

「ああ。ありがとう」

 響星学園2年、天道アリサ。2回戦敗退。

 聖ローゼ学園2年、小金井フウヤ。2回戦突破。

 

 

「Gアシスト!!!」

 ムドウの宣言が会場内に木霊する。

 ぺら ぺら ぺら ぺら ぺら

「バカなっ!!」

 そして、悲痛な叫びが響き渡った。

 聖ローゼ学園3年。御厨ムドウ、2回戦敗退。

 

 

 他の卓で決着がついていく中、ミオとノリトのファイトも終盤に差し掛かっていた。

「グレイヲンのスキル発動。《震天竜 アストライオス・ドラゴン》をデリートします」

「くっ……けどあなたのダメージは5枚とも裏です。このターンを凌げば、あなたはもうデリートはできない」

「なるほど。そういう想定でウラヌスも積極的に(リア)にコールしていたのですね……甘いです。

《噛み砕く根絶者 バルヲル》をコール」

「!?」

「バルヲルのスキル発動。これであなたは次のターン、デリートしたユニットを表にすることができません」

「くっ……僕の判断ミスというわけか」

 次のターン、ノリトはデリートを解除することができず、グレイヲンの追撃を受けて敗れた。

「さすがですね。姉さんやムドウ先輩を倒し、フウヤ先輩も認めるだけのことはあります」

「どうも」

「どうやら、先輩の予言も当たりそうだ。決勝はあなたとフウヤ先輩になるのでしょうね。

 ふふ、楽しみに見させてもらいますよ」

 そう言って微笑んだノリトは、静かに席を立った。

 聖ローゼ学園1年、神薙ノリト。2回戦敗退。

 響星学園1年、音無ミオ。2回戦突破。

 

 

「あの音無ミオって子、また聖ローゼに勝ったぞ!?」

「こうなると、まぐれじゃないのかも」

「俺、あの子、応援しようかなー。かわいいし」

「聖ローゼ一強を終わらせてくれるのなら、なんだっていいよ」

 

 

 その後もフウヤは順当に。ミオは大番狂わせを続けて、勝ち進む。

 そして、それはまるで導かれるかのように、2人は決勝の舞台で向かい合った。

 にも関わらず、2人は一言も言葉を交わさず、黙々とファイトの準備を進めている。

 気がつけば、ギャラリー達も固唾を呑んで、その様子を見守っていた。

「「よろしくお願いします」」

 ようやく発された、2人の言葉が重なる。

「スタンドアップ」

「ヴァンガード!」

「《発芽する根絶者 ルチ》」

「《紅の小獅子 キルフ》!」

「私のターンです。ドロー。

 ライド。《速攻する根絶者 ガタリヲ》」

「俺のターン。ドロー。

 ライド! 《美技の騎士 ガレス》!

 ガレスでアタック!」

「ノーガード。

 ダメージチェック、トリガー無しで私のターンです。

 スタンド&ドロー。

 ライド。《剪断する根絶者 ヱヴォ》

 そして、左右のRに《慢心する根絶者 ギヲ》をコールします。

 バトル。まずは右列のギヲでアタックします」

「ノーガード。ダメージチェック、トリガーは無し」

「ヴァンガードのヱヴォでアタック」

「ノーガード」

「ドライブチェック。

 ★トリガー。パワーは左のギヲに。★は……ヴァンガードに」

「……ダメージチェック。

 1枚目、トリガー無し。

 2枚目、(フロント)トリガー」

「ギヲでアタック」

「ノーガード。引トリガーで1枚ドロー」

 ミオの2ターン目にして4枚目のダメージ。多くのギャラリーは、決勝戦にしてはあっけない結末を予感して、小さく溜息をつく。

 だが、一部の者は違った。

 例えば、ユキとアリサ。

 アリサは小声でユキに「まずいんじゃない、これ?」と囁き、ユキはそれに小さく頷く。

 例えば、御厨ムドウ。

 フンと嘲笑うかのように鼻で息をつくと、「急ぎ過ぎだ。バカめ」と言葉を漏らす。

 そして、音無ミオ。

「……わざとダメージを受けましたね」

 確認するように、フウヤへと問いかける。

「それを分かって、君もアタックしたんじゃないのかい?」

 問いを返されて、ミオは覚悟をこめて頷いた。

「全力のあなたを倒さないと、意味がありませんから」

 それを聞いたフウヤはカードを引くと、冷たく告げる。

「敵に全力を出させないのも戦略のうちだ。そんな矜持に囚われているようでは、俺は倒せない。

 後悔させてあげるよ……ライド! 《風炎の獅子 ワンダーエイゼル》!!」

 風が舞い、炎が踊り、黄金の鎧を纏った銀髪の騎士が姿を現す。

「コール! 《紅の獅子獣 ハウエル》! そして、ワンダーエイゼルのスキル!

 ハウエルを退却させ、デッキから《灼熱の獅子 ブロンドエイゼル》にスペリオルライド!!」

 風と炎がワンダーエイゼルを包むと、それは獅子を模した鎧となって騎士を守護する。

「さらに! 手札の《レーブンヘアードエイゼル》のスキル!、レーブンヘアードにスペリオルライド!」

 エイゼルの眩いばかりに輝いていた黄金の鎧がくすみを帯び、その輝く銀髪が漆黒へと染まっていく。

 凶兆を告げる烏の如き濡れ羽色へと。

 運命に抗えず闇へと堕ちた、とある英雄の悲劇的結末がそこにあった。

「さらに《聖弓の奏者 ヴィヴィアン》をコール。ヴィヴィアンのスキルで……《黒鎖の堅陣 ホエル》をスペリオルコール。

 さらにアクセルサークルに《黒鎖の進撃 カエダン》をコール。カエダンのスキルでスペリオルコール。

 さらにコール……コール……コール……!!」

「ちょ、ちょっ、ちょっと」

 終わらないフウヤのコール宣言に、アリサがうわずった声をあげる。

 気がつけばフウヤのサークルは、追加された2つのアクセルⅡサークルを含め、全てが埋まっていた。

「言っておくが、レーブンヘアードにドライブ-1などという慈悲は無い。ただ眼前の敵を打ち倒すのみ。

《だんてがる》のブースト! レーブンヘアードでアタックし、スキル発動! CB1でパワー+15000! ★+1! 君は守護者でガードできない!!」

「2体のギヲでインターセプト。さらに★トリガーでガード。パワー合計値は45000。2枚貫通です」

「ドライブチェック! 1枚目、前トリガー!」

「げっ、次もトリガーだと貫通しちゃう……!!」

 焦るアリサに、ユキが「落ちつきなさいな」とたしなめる。

 フウヤが山札に手をかけた。

「2枚目、トリガー無し。まあそうだろうね。

 続けて、グンヒルトのブースト、ヴィヴィアンでアタック!」

「ノーガード。ダメージチェック、治トリガー。効果はヴァンガードのギアリに」

「だが、ダメージ回復はできない」

「前トリガーを相殺できただけで十分です。さあ、続けてください」

「アクセルサークルのカエダンでアタック!」

「エルロでガード」

「アクセルサークルのガレスでアタック!」

「引トリガーでガード」

「ホエルのブースト、ボーマンでアタック!」

「それはノーガードです。ダメージチェック。トリガー無し」

「……ターンエンドだ。このターンのダメージを2点で凌ぐとはね」

 憮然としながらも感心したような口調で、フウヤがターンエンドを宣言する。

「私のターンです。スタンド&ドロー。

 ライド。《絆の根絶者 グレイヲン》

 イマジナリーギフト、フォースⅠはヴァンガードへ。

 グレイヲンのスキル発動。レーブンヘアードをデリートします」

 襲い来るグレイヲンの掌を、黒きエイゼルの刃が受け止める。だが、グレイヲンは構わずそれごとエイゼルを握りつぶし虚空へ散らすと、無防備な魂となったフウヤの姿が露わになった。

「続けてアルバをコールし、ドロップゾーンのエルロのスキル発動。CB(カウンターブラスト)1でエルロをスペリオルコールします」

 グレイヲンとなったミヲを守護するかの如く、隻腕の根絶者が並び立つ。

「いきます。グレイヲンでアタック」

「《光輪の盾 マルク》で完全ガード!」

 フウヤめがけて振り下ろされた巨大な拳が、金色の盾を構えた少年に受け止められる。

「ツインドライブ。

 1枚目、トリガー無し。

 2枚目、トリガー無し。

 続けてアルバでアタックします」

「トロンでガード! ボーマンでインターセプト!」

「エルロでアタック」

「《だんてがる》でガード!」

「ターンエンドです」

 ミオのターンエンド宣言を受け、フウヤはカードを引く。

「ふっ」

 そして、小さな笑みをこぼした。

「ここでこいつを引くとはね……面白い。

 ライド!!」

 レーブンヘアードの全身が夜明けにも似た輝きに包まれる!

 宵闇を思わせる黒髪は、世界を照らす太陽の如き金髪に。鈍色の鎧は、黄金よりも眩い光を放つ白金へと再生を遂げる。

 絶望を越え、希望の象徴となった騎士が、新たなその名を吠え叫ぶ。

「《光輝の獅子 プラチナエイゼル》!!!」

 生まれ変わったエイゼルは刃を一振りすると、その後を追って鮮やかな虹が架かった。

「新たなアクセルサークルにワンダーエイゼルをコール! そのスキルでホエルの前列に《真実の聴き手 ディンドラン》をコール。ディンドランのスキルでCC! ホエルのスキルでパワー+10000!

 そして、プラチナエイゼルのスキル発動!

 さあ、バトルフェイズだ! アクセルサークルのガレスでアタック!」

「アルバでインターセプト」

「ディンドランでアタック!」

「エルロでインターセプト」

「ここからが本番だ! プラチナエイゼルでアタック!!」

「……ノーガードです」

「ドライブチェック時にプラチナエイゼルのスキル効果! 山札の上から2枚を見て、1枚をトリガーゾーンに。1枚をリアガードにコールする!

 リアガードにコールするのはブロンドエイゼル!

 ガレスのいるアクセルサークルへスペリオルコール!

 トリガーゾーンに置くカードは★トリガーの《フレイム・オブ・ビクトリー》!

 ★はプラチナエイゼル! パワーはブロンドエイゼルへ!

 セカンドチェックでも同様のスキル効果! トリガーゾーンにプラチナエイゼル! ディンドランのいるリアガードサークルにレーブンヘアードをスペリオルコールだ!

 ホエルの効果でレーブンヘアードに+10000!!」

 おおっ!!

 歓声があがり、誰かが叫んだ。

「フウヤの盤面に3体のエイゼルが揃った!!」

 灼熱の炎を纏いしブロンドエイゼル。

 絶望の闇を抱きしレーブンヘアードエイゼル。

 希望の光を背負いしプラチナエイゼル。

 3体の勇者が、今、時空を越えて侵略者の前に並び立つ。

「行くぞ、プラチナエイゼル!!」

 フウヤと一体になったプラチナエイゼルが雄叫びをあげ、グレイヲンめがけて跳んだ。

 空中で猫のように身を翻し、刃を横薙ぎに一閃。

 続けて、落下する勢いのまま刃を縦に振り下ろす。

 グオオオオオッ

 十字に斬り裂かれたグレイヲンが苦悶の雄叫びをあげた。

「ダメージチェック。1枚目、トリガー無し。2枚目、★トリガー。効果はすべてヴァンガードに」

「ならば! 続けてブロンドエイゼルでアタック!」

 体勢を立て直したグレイヲンに、今度は紅蓮の炎を纏った獅子が迫る。

「ギアリでガードします」

 グレイヲンを庇うように現れた根絶者を、ブロンドエイゼルは一刀のもとに斬り捨てる。真っ二つになったギアリは燃えあがり、灰となって崩れ落ちた。

「ホエルでブースト! レーブンヘアードでアタック!」

 ホエルの放った鎖がグレイヲンを絡め取り、レーブンヘアードが黒髪を風に踊らせ、グレイヲンの眉間めがけて突撃する。

「ギヲでガードします」

「!?」

 レーブンヘアードの凶刃がグレイヲンに届く寸前、ギヲがその前に立ち塞がった。刃がその体に埋まり、紫色の鮮血がパッと飛び散る。

 胸に刃を突き立てられながらも、ギヲは勝ち誇ったかのような不気味な笑みを浮かべると光の粒子となって消えていった。

「……ターンエンド。

 君はG2バニラを……ギヲを何枚デッキに入れているんだ?」

「私のターンですね。スタンド&ドロー」

「ああ、答えなくていい。だが、これだけは教えて欲しい。俺のゴールドパラディンに対抗するため、デッキの総ガード値を上げてきたというのか?」

「フウヤさんは自意識過剰ですね。私はただギヲがかっこいいから好きなだけですよ」

 本気とも冗談ともつかない返答をしながら、ミオは2枚の手札のうち1枚に指をかけた。初手から温存していた切り札に。

「ライド。《波動する根絶者 グレイドール》。イマジナリーギフト、フォースはヴァンガードへ」

「現れたか……!!」

「グレイドールのスキル発動。カエダンを裏でバインド(バニッシュデリート)。プラチナエイゼルをデリートします」

 鋼鉄の根絶者が放つ波動が、カエダンを虚空へ消し飛ばし、フウヤのプラチナエイゼルへの憑依をも引き剥がす。

「ここまでなら、フウヤさんと2回目に戦った時と変わりません。ですが、今の私は違います」

 そう言って、最後の1枚に指で触れた。

「これが、あの日の私に足りなかったもの。グレイドール後列に《速攻する根絶者 ガタリヲ》をコールします。

 ガタリヲのブースト、グレイドールでアタックです」

「なるほど。君も成長したというわけだね……」

 フウヤがほんの一瞬優しい顔に戻って、慈しむようにミオを見る。

 が、次の瞬間、厳しい形相で叫んだ。

「甘い! ビクトリーとディンドランでガード! ヴィヴィアンとワンダーエイゼルでインターセプト! 手札が1枚以下になったので後列のグンヒルトでインターセプト! 合計ガード値は50000!!

 君と同じように俺も成長している! だから、君は俺を越えることはできない! 越えさせはしない!!」

「結局、あの日と同じ1枚貫通というわけですか。いいでしょう。全てを私のデッキに委ねます……ドライブチェック」

 ミオの掌が、彼女の山札と重なり合う。

「1枚目……」

 気がつけば、あれほど熱気に包まれていた会場は、誰もが呼吸を止めてミオの引くカードを見守っており、今やどこか厳かささえ感じられる静謐な空気だけが場を満たしていた。

「トリガー無し」

 ミオがゆっくりとトリガーゾーンにカードを置き、次を引くためデッキに指をかける。その際、慈しむようにカードを撫でた。

「2枚目……」

 ミオが運命のカードをめくる。

「★トリガー」

 ――!!!!

 会場が爆発した。

 そう錯覚するほどの歓声が空気を震わせる。

「効果はすべてヴァンガードへ。

 まったく……気の早いギャラリーですね」

「本当にね。ダメージチェック。

 1枚目……前トリガー」

 ミオとフウヤが呆れたように言葉を交わしながら、ファイトを続ける。

 フウヤが5枚目のカードをダメージゾーンに置いた。

「2枚目……治トリガー」

 騒然としていた会場が一瞬で凍りついた。

 フウヤが1枚ダメージを取り除き、治トリガーをダメージゾーンに置く。

「ですが……」

「わかっている。グレイドールの★は3になっていたね」

 フウヤが最後のカードをめくる。

「3枚目…………トリガー無しだ」

 主を守護せんと立ち塞がる騎士達を波動で跳ね除け、グレイドールがフウヤの魂を握りしめる。

「ミオちゃん……」

 すさまじい圧力に苛まれながらも、フウヤは穏やかな笑みを浮かべ、鋼鉄の装甲の奥にいるミオへと語りかけた。

「どうしました? 命乞いなら聞けませんよ」

「このファイトが終わったら、君の笑顔が見たいな。……この俺に勝ったんだ。心から喜んでほしい」

「確約はできませんが分かりました。では、さようなら」

「ああ、さようなら。…………おめでとう」

 グレイドールが拳を握りしめる。

 英雄に宿るに相応しい高潔なる魂が、輝く粒子となって虚空へと散った。

 

 

「勝った……? 私が、フウヤさんに…………勝った! 勝ちました! やった! やったぁ!!」

 椅子から立ち上がったミオが満面の笑みを浮かべ、跳びあがらんばかりに喜んだ。

 その様子に会場全体が呆気に取られ、その中でも特にミオをよく知る者達は、両拳を握りしめて子供のようにはしゃぐ彼女を見て、唖然とした表情を浮かべている。

 唯一、ユキだけはいつも通りの微笑みを浮かべて頷いていた。

 パチ、パチ、パチ。

 ミオを讃えるように、フウヤが拍手を送る。その顔には充足した笑みが浮かんでいたが、頬には一筋の涙がつたっていた。

 続いて、ユキが、アリサが。ムドウが、ミコトが、ノリトが。次々と拍手を送り、やがてそれが会場全体に伝播していく。

 気がつけば、ミオの周囲を万雷の拍手が取り囲んでいた。

(ついに世界が音無ミオの名を知り始めた……)

 我に返ったのか、戸惑った表情を浮かべて周囲を見渡しているミオを見据えながら、フウヤは独りごちる。

(きっと君は全国区のファイターになるのだろう。だが、俺もすぐに追いついて見せる)

 小さなミオの背は、この日、彼にとって追うべき目標となった。




長きに渡ったフウヤとの戦いも、これでようやくひと段落です。
そして、オラクルシンクタンク使い『神薙ミコト』、ジェネシス使い『神薙ノリト』の姉弟も顔見せです。
これからの活躍に御期待いただければと思います。

次回は『Crystal Melody』の『えくすとら』となります。
バミューダばかりのこのパック。どう料理したものか……。

公開は発売から1週間後の12月28日前後を予定しておりますので、その時にまたお会いできれば幸いです。
栗山飛鳥でした。

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