迷子を脱してから一週間ほどが過ぎた。サカキさんも色々と忙しいようで、あの日以来ここには来ていない。と言っても、あの人ジムリーダーであることに加えて表向きは会社の社長もやってるらしい。それに加えて裏ではロケット団ボスだしなぁ…ジムリーダーに会社社長という皮を被って実際は何か別の事やっててもおかしくない。俺の世話をしてくれてる部下の人は『ボスはキミの情報を集めてる』とは言っていたが、それ以降何の音沙汰もない。まあ、音沙汰が無いのは当然だろう。たぶん、俺が伝えた出身地などこの世界に存在するはずがないのだから。逆に該当するような情報があったらそれはそれで怖い。
そんな中での俺はと言うと、未だに連れて来られた建物から出ることが許されていなかった。部下の人曰く「勝手に出歩かれてまた迷子になられては困る」とのこと。俺はそんなに迷子になりそうに見えるか?…実際に迷子だった以上、何も言えない。だから欲しい物があれば部下の人に買ってきてもらう日々。事実上の軟禁状態だ。部屋でテレビ見て、持ってきてもらった本や雑誌読んで、時折建物内を散策したり、中庭で飛び回るスピアーを眺めたりして過ごしていた。
まあ、実際のところはそれでも別に問題なかった。テレビを見て、読んでいいと言われた蔵書を読み耽ってたら終わってたようなものだから。それに、この一週間は情報を自分の中で整理するという意味でもちょうどよい時間だった。
サカキさんは上記の通り、ジムリーダーに加えて会社社長という肩書を表の顔としている。サカキさんが社長を務める【トキワコーポレーション】なる会社は、ゲームコーナーなどのアミューズメント事業、レストラン・居酒屋・BARなどの外食産業、ツアーを企画・販売する旅行代理店など、手広く事業を展開するカントー地方でも有数の大企業であるらしい。ただ、1年ほど前にトキワジムリーダーに就任してからはリーダーの業務に軸足を置いており、会社のことは副社長である部下に任せているとのこと。
…で、その副社長と言うのが実はサカキさんの元秘書兼愛人。結婚はしていないが、子供もいるらしい。これは…あれかな?金銀版の赤い髪のライバルなのかな?気になるところだ。
自分が今いるこの建物も名義上はトキワコーポレーションの所有する物件で、創業時の本社だったらしい。事業の拡大と共に手狭になり、別にビルを建てて本社は移設。残されたここは改装されるでも処分されるでもなく、かと言って業務に使われるということもほとんどなく、今ではトキワに出張してきた社員の宿泊施設として機能している。俺の世話をしてくれている部下の人は、ここの管理を任されている社員さんだ。
周囲の状況というか、年代についてもだいぶ分かってきたことがある。ロケット団が存在する以上、原作が始まっていないのは何となく分かっていたのだが…
・ニビシティとハナダシティのジムリーダーが違う。恐らくはタケシ・カスミの親・姉妹か。
・四天王のメンツが違う。キクコ婆さんとシバはすでに四天王だが、ワタルとカンナの2人はまだ四天王ではない。ただ、ポケモンマスターとしてマスターズリーグに参戦しているのは確認済み。
・モンスターボールの種類が3つしかないなど、ゲーム内にあったアイテムの多くがまだ作られていない。初代にかなり近い。
・技マシンが使い捨ての仕様。
・タマムシデパート開店直前。
…などなど、ゲームと違う点が分かっただけでもこれだけある。上記のサカキさんの子供にしても、聞くところではまだ2、3歳だという。原作主人公たちが10歳を少し超えるぐらいの設定だったことを考えると、原作開始まではまだある程度時間があるのかもしれない。
その中でも、特に俺が注目したのが『特性や性格、技など、ポケモン関連の研究全般に俺の知識より遅れが見られる』ということ。俺の持ってるポケモンの知識とこの世界のポケモンに関する常識にはかなりの差があるようだ。
特性については研究が途上のようであり、性格のことはどんな雑誌を見ていても全く話題に上ることすらない。ポケモンのステータスがHP・こうげき・ぼうぎょ・とくこう・とくぼう・すばやさの6つで構成されていることについても、ベテランのトレーナーが経験則として語っているインタビュー記事は時折見受けたが、理論としては確立されていない。
技については攻撃技の研究は俺の知識と大体同程度まで進んでいるようだが、ゲームにおいて変化技に分類されていた技は知られていない、或いは知っていても効果がいまいち分かっていないという技が多い。前者が"バトンタッチ・ちょうはつ・いちゃもん"などに、"てだすけ"などのダブルバトル用の技で、後者が"あまごい・にほんばれ"といった天候操作系の技や"いたみわけ・じこあんじ"などだ。全体的に状態異常にする技や能力を変化させる技、体力回復技などの目に見える効果が無い技は認識され辛いのかもしれない。使える技一杯あるのに。
本来なら、ポケモン世界で生きる上でこれは大きなアドバンテージになるのだろう。が、はっきり言って現状では考え物だ。もしこのことをサカキさんなんかに知られたりすれば、最悪のパターンとして悪用されて原作崩壊、ロケット団が世界征服…なんて未来がありえるかも。周囲にいる人もたぶんロケット団員か、相応に息のかかった人たちだろうし…でも、知識フル稼働させて全力でトレーナー街道を駆け上がってみたくもある。うーん…どうしたものか、悩ましい。
…でも、表向きとは言えカントー有数の大企業の社長でもあるサカキさんに拾われてるってのは大きいよなぁ。それに、ジムリーダーを務めるぐらいにトレーナーとしての腕前は確かなモノがある。マスターズリーグの中継を見るに、戦術の面では物足りないかもしれないが、近くで見てるだけでも局面局面での動きなど、参考に出来る部分は多いと思う。ロケット団ボスというマイナス点を考慮しても、近くにいる利点は現状大きいのでは…という思いもないことはない。
…ま、今そこをどうするか考えてもどうしようもないし、そもそも自分の事なのに俺に決定権はなく、完全にサカキさん次第なんだよねぇ。
そんなことを考えながら、中庭のベンチに座っていると…
「やあ、マサヒデ君」
「…あ、ルートさん。お疲れ様です」
「はは、今日もスピアーと日向ぼっこかい?」
「ええ。本読むのも疲れましたし、テレビも面白い番組なかったし、やることもないので」
お世話になっている部下の人に声を掛けられる。この人は名前をルートさんとおっしゃるそうだ。トキワシティの出身だと聞いている。格好からして掃除の途中かな?
「…君には不自由させてしまってるね、ゴメンよ。でも、僕の一存でどうにか出来ることでもなくてね」
「いえ、大丈夫ですよ。こちらこそ何から何までお世話になってしまって申し訳ないです」
申し訳なさそうな顔をするルートさんだが、こっちとしては掃除洗濯食事に買い出し、全部やってもらってるのに自分はただグータラしてるだけという辺りに心苦しさを感じている。
…あーNEET生活最高なんじゃー。
「…ああ、ちょうどいいや。あとで伝えようと思ってたんだけど、明日辺りにボスが君と話をしたいんだって。詳しくは聞かされてないけど、情報が集まったんじゃないかな?」
「明日ですか…」
…いよいよこの時が来てしまったか。待ち望んでいたと同時に、恐れていた日が来てしまったようだ。顔には出さないように意識するが、心の中では不安が渦を巻き始める。俺の情報が集まらない、確認出来ないのはほぼ確定している。その上で、あの人は俺と何を話すつもりなのか、何を言われるのか…そして、俺は今後どうなるのか。
あと、あの人と面と向かって話すのが怖い。
「…僕は何も聞かされていないから分からないけど、君にとってハッピーな報告が聞けることを願っているよ」
「…ありがとうございます」
明日にならないと分からないことではあったが、当面の俺の運命が決定づけられる日になるという覚悟と確信はあった。俺のポケモン世界生活第二の山場は、すぐそこまで迫りつつあった。
…そして、時間は翌日の夜。審判の時を迎える。
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「さて、時間が惜しいから単刀直入に言わせてもらおう。残念ながら君の身元に繋がる情報は集まらなかった。何一つな」
「…そうですか」
日が沈み、夜の帳が下りる。良い子はお家でお休みをしているような時間帯。俺はサカキさんに呼び出され、1階応接室で呼び出した張本人と向かい合っていた。
入室して席についたのっけから、この人は遠慮なく火の玉ストレートを投げ込んでくる。いや、見た目は小学生なんだよ?こんな状況だったら普通精神的に不安になってるもんだよ?だから、もう少し子供に配慮してもいいと思うの。
…まあ、その火の玉ストレートを平然として見送る自分が言えたことではないですね、はい。
「戸籍もない、言われた住所も存在しない、足取りも掴めない…ここまで情報が得られないというのは普通あり得ないことだ。だから、もう一度だけ確認させてもらう。
…本当に、嘘はついていないな?」
サカキさんの鋭い眼差しが、まっすぐ俺に突き刺さる。周りの空気も心なしか冷たくなったように感じる。本能的に理解した。アレは…捕食者の目だ。
「……ええ、お伝えしたことは全部事実です。何故あの場所にいたのかも、僕の住んでいた場所も、全て本当の事です」
「生年月日のこともか?」
「…はい」
サカキさんに思い切り睨み付けられて萎縮してしまいそうになり、年齢のことも突かれて内心冷や汗ダラッダラだ。『コレ、何か感付かれてるんじゃね?』と嫌な予感が脳裏を過るが、社会人として鍛えたメンタル(紙)と心臓(ガラス製)で何とか持ち堪える。ここで喰われるわけにはいかない。
「…フ」
しばしの息が詰まりそうなほどの沈黙ののち、サカキさんが再び口を開いたことで時が動き出す。
「…君の素性について、不可解な点がいくつかあるのは事実だが、だからと言って10歳になるかどうかという子供を身一つで放り出すなどということは、人としてもジムリーダーとしても出来ぬ話だ。引受人もいない以上、君のことは私が責任をもって預かることにした」
「…!は、はい!ありがとうございます!」
重い空気を打ち払って出てきたのが、自分への死刑宣告ではなかったことに一先ず安心する。が、まだ気は抜けず体は硬くなったまま。
「ついては、準備が整い次第トレーナーズスクールに生徒として通ってもらうことになる。詳しい話は管理の者に伝えておくが、部屋は今の場所をそのまま使って構わない。戸籍やトレーナーカード、各種手続きについてもこちらで何とかしておくから安心していい」
「はい!」
ポケモントレーナーとしての基礎を学んで来いというわけですね、分かります。でも、状態異常とか相性の有利不利とか、超基本的な事しか教えてなかったような記憶があるんですが、学ぶことってあるんですかね?あと、戸籍を何とかするのって色々と大丈夫なんですか?聞いたら戻れなくなりそうで怖くて聞けないけど。
「…まあ、励むことだ。このサカキの推薦を受けて入校する以上は、な」
「は、はい!……はい?」
…え?推薦?何ですかそれ?俺何も聞いてないんですけど?いや、入学の話自体今初めて聞いたし当然なんだけど、何か色々とヤバい重圧が…
「では、私はこれにて失礼する。おやすみ、マサヒデ」
「え、あ…は、はい!お休みなさいです!」
そうしてサカキさんは以前と同じように去って行った。俺はしばらく魂が抜けたように部屋の中に佇んでいたが、あの人が出て行った扉が閉まる音で我に返る。
「…え、俺ってサカキさんの預かりになるの?って言うか、推薦ってどゆこと?」
雰囲気に呑まれて二つ返事しちゃったけど、何か凄いことになってしまってる気がする。要するに、あれだよな?サカキさんが身元引受人、暫定の保護者になるってことだよな?色々と大丈夫なのか?あと、その推薦って、いわゆる『裏口入学』ってやつじゃあないですよね?…ないよね?
「………」
すでに、俺の問いに答えてくれるモノはこの部屋にはいない。何と言うか、ゲリラ豪雨に降られた後のような気分だ。俺としては、どこかの施設に入れられるみたいなのを想像してたんだが、これで当面の間はサカキさんの掌の上ということになったワケか。不安の種は尽きないけど、とりあえず今はこれでも良しとしよう。ロケット団員養成施設みたいなのにぶち込まれるとか、人体実験に使われるなんていう、考えついた限り最悪な結果にだけはならなかったからな。その後のことは…まあ、その時に考えればいいか。未来何てどう転ぶか分からんもんだしネ。
…でも、一つだけ確かなことがあるとすれば、それは俺のNEET生活はもうすぐ終わるということだ。
ほんのちょっとだけ、憂鬱な気分になった。
~簡単な設定の話~
表向きは社長兼ジムリーダーなサカキ様。アニメでは社名がロケットコンツェルンだったんですが、少し変えてみました。デボンと被ってるけど気にしない。
時間軸については話の通り、原作開始よりも5年程度昔の設定です。ポケモンの研究や、アイテムの開発、発見もまだあまり進んでいません。前話でのクラボのみの件はそういう理由です。
主人公の年齢については、原作主人公よりも3~5歳ぐらい年上をイメージしています。原作知識については、一応USUMまでの知識を持っています。いわゆる知識チートってやつですネ。ただし、色々と時代が追い付いていないので活かせない知識がチラホラ…
…さて、気が付いたらサカキ様に飼われることになってしまった主人公。NEET生活も取り上げられ、何年ぶりかの学生生活を余儀なくされることに。トレーナーズスクールとはどんな場所なのか?上手くやっていけるのか?いつも背後に感じるサカキ様の眼差しと真っ黒(推定)な入学経緯、推薦という重圧を背負って、彼は学校の門を跨ぐ。
春休みの終わりと共に次回へ続く!