『ピピピピ!ピピピピ!ピP…』
「ん…くあぁ…」
目覚まし時計の鬱陶しくもパーフェクトな仕事振りにより、俺の意識が呼び起こされる。寝起きで回らない頭が徐々に目を覚ます。布団をはぐり身体を起こし、カーテンの隙間から差し込む日差しに眉を顰める。今日もポケモン世界の朝が来た。
みなさんおはようございます、津田政秀でございます。サカキさんとの話し合い(と言う名の通告)から更に一週間が経ちました。現在の場所は、俺の処遇決定後に仮の住まいから完全に俺の部屋となったトキワコーポレーション旧社屋の一室。まあ、要は今まで通りだ。
あの決定から色々と環境に変化があった。まず、入校準備と称して色々な荷物が俺の部屋に運び込まれた。教科書やノート、鉛筆等の文房具は勿論のこと、通学に使うためのリュックや上履き、果ては勉強机や本棚、収納ダンスなどが届けられ、部屋に運び込まれていた。全部サカキさんの名義で。これってあれですか?出世払いってことですか?それとも『あれだけ目を掛けてやったんだ、私の頼み…聞いてくれるな?』的なアレですか?
あと、お世話になってる管理人ことルートさんからは「自分のことは自分で出来ないとダメだよ?」の一言と共に箒と塵取りをプレゼントされた。何言われるか怖いので毎日仕方なく使って掃除してます。有難いんだけど有難くない。
それらの変化の中でも一番大きな変化と呼べるのは、俺のトレーナーカード(仮)が発行されたことだ。これに伴い、何も問題なくスピアーを外に連れ出せるようになった。あくまでトレーナーカード(仮)だから、色々と制限があるようだけども。大人の立ち会い無しでは「バトルしようぜ!」が出来なかったり、手持ちポケモンは一匹だけだったり…言うなれば仮免許の状態か。何はともあれ俺を縛る枷が若干緩んだようなものだ。やっほーい。
…ああ、それと軟禁状態もすでに解かれてます。実に一週間ぶりの娑婆の空気は上手かったです。お勤め御苦労様でした、俺。
そんなこんなでドタバタした一週間だったけど、必需品や書類の準備なども滞りなく済んだとのことで、いよいよ今日この後、俺はトキワトレーナーズスクールの門を叩くことになっている。時期的に編入と言う形になるそうだ。
布団から出て用意してもらった服に着替え、部屋の外へ出て顔を洗い、鏡を見て寝癖を直す。やはり学校デビューには、しっかりと身嗜みは整えていかないとな。開幕で失敗してボッチルート一直線なんて未来は勘弁して。
ルートさんが作ってくれた朝食を食べて、荷物を確認したらいざ出撃だ。
「…さ、行くぞスピアー」
「スピ!」
この日、一人と一匹がポケモン世界の新たなスタートを切った。
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トレーナーズスクールは、優れたポケモントレーナーの輩出を目的に設立されたトレーナー養成学校。小中高一貫校となっており、初等部卒業と同時に卒業生にはトレーナーカードが交付される。エスカレーター制ではあるが、初等部から中等部、中等部から高等部へと進むためには、
トレーナーズスクールはカントー各地に存在し、構造と規則はすべてほぼ同様。日夜各地の学び舎で、ポケモンマスターの卵たちがその技術と知識の研鑽に努めている。世間一般的には、高等部を卒業したトレーナーのことを『エリートトレーナー』と呼び、中でも生徒数が多く設備も整っているヤマブキシティとタマムシシティのトレーナーズスクール高等部卒業生には、マスターズリーグでも上位に食い込むトップトレーナーたちが綺羅星の如く存在する。また、バトル以外の別の分野へ進み成果を残す者も多いと言う。
そんな数あるトレーナーズスクールの一つ、トキワトレーナーズスクールは、俺の部屋がある旧社屋が存在するトキワシティ市街地からは少し離れた場所にあった。学校紹介の資料によれば、在籍する生徒は初中高合わせて凡そ1000名程度。内6割ほどが今回俺が編入する初等部の生徒。残りは3割ほどが中等部、1割ほどが高等部となっている。エスカレーター校として見ると決して多いとは言えないが、初等部で600名というのは決して少ないとも言えない。なお、この世界においては…
・初等部(6歳~11歳・5学年)
・中等部(11歳~14歳・3学年)
・高等部(14歳~16歳・2学年)
…となっている。6₋3₋3に慣れている俺としては違和感しか覚えない。トレーナー認定制に伴う結果だろうか。歴史はまだまだ浅く、創立されてからまだ20年程度しか経っていない。故に、ある程度名が知られている卒業生も数えるほどしかおらず、まだまだこれからの学校と言えた。
…で、現在。
「はい、今日から皆さんと一緒に勉強することになる新しいお友達、マサヒデ君です。仲良くしてあげてくださいね」
「政秀です、よろしくお願いします」
俺は教壇の上で子供たちの好奇の視線を一身に浴びている。登校後すぐに職員室へ出向いて担任の先生に挨拶をした後、一緒に教室へ向かい、あとはテンプレ的な紹介と挨拶をして終了。とりあえず無難に挨拶を終えられたことに安堵しつつ、指定された席に着く。その後に待っているのはクラスメートとなる子供たちによる怒涛の質問攻め。なるべく素性は煙に巻きつつ、これまた自分的には無難に受け答えして終了。
俺が転入したクラスは3年1組。一応社会的に俺の年齢は8歳ということになったらしい。一学年約120人、それが3クラスに分かれてて都合40人程度。これだけの視線を集中的に向けられたのはいつ以来の事だったか。サカキさんとの話し合いとはまた違う理由で緊張する。どちらが嫌かと聞かれれば比べるまでもないが。
ただ、何事もなく質問タイムが終わったかと言うとそうでもなく、一人の女児の「ポケモン持ってるって聞いたけど本当?」との質問に反射的に「本当」って返してしまったら何か凄いことになった。キャーキャー騒がれ、先生の介入が無かったらどうなっていたやら。
後に担任の先生にこのことを話したら、俺ぐらいの年齢だとトレーナーカード(仮)すら持ってないのが普通ということを聞かされた。10歳まではポケモン持てないってのは聞いてたけど…サカキさん、アンタ何してくれちゃってんのぉ!?注目度が天井知らずなんですけど!?そしてあの時スピアー連れ回せることに喜んだ俺のアホー!
…でも連れ回せることは嬉しいし…むむむ。
何か、一限目が始まる前からすっごい疲れた。一日はまだまだこれからだというのに、心配していたこととは別の面で先が思いやられる出だしとなった。自分的には早くも躓きながらの学生生活の幕開けだった。
だったのだが…
~1限目~
「ポケモンのタイプは幾つあるか、昨日習ったね?さあ、幾つだったか…」
「ハイ!15タイプです!」
「うん、正解!」
「(…え、18タイプじゃ…ああ、時代的にまだ『はがね・あく・フェアリー』辺りが未分類なのかな?となると、ピッピやプリンの系統は分類上ノーマル単タイプということか?)」
~2限目~
「1時間目の授業に続いて、ポケモンのタイプと技について勉強します。皆さん、教科書の28ページを開いて。ポケモンはそれぞれ1つか2つのタイプを持っています。タイプにはジャンケンのように得意な相手、苦手な相手があり、バトルで勝つためには相手のポケモンが苦手なタイプの技を繰り出すことが云々…」
「(ハイハイ、知ってる知ってる)」
~3限目~
「今日の授業は、ポケモンがバトルの最中に掛かる状態異常…分かりやすく言えば、ポケモンがなってしまう病気みたいなものですね。これについて勉強していきます。ポケモンはバトルの中で、技の効果により状態異常に…」
「(基本中の基本じゃねーか…)」
~4限目~
「私たち人とポケモンの関係、どういう風に接していくべきか、みんなで一緒に考えましょう。トレーナーとして、ポケモンには愛情を持って接することが大事です。しかし…」
「(ポケモンをいじめることは、ひととしてぜったいにやってはいけないとおもいました、まる)」
~昼休み~
…だぁああぁぁぁ!何だこの授業は!ポケモン知識の基礎中の基礎ばっかりじゃないか!全部知ってるし、今更おさらいする理由なんてないぞ!?しかも俺の持ってる知識が時代を先取りし過ぎてて、迂闊なことは言えないし、出すにしてもどこまで出していいのかいまいち掴みきれん!でもジムリーダー(サカキさん)推薦の関係もあるし、内申点考えたら真面目に受けないと良い成績取れないし…こんな授業を俺はあと3年も真面目に受けなきゃならんのか?
道徳の話にしろ、極平凡な一般日本人だった俺からすれば当たり前の話だし…ハァ…
旧社屋ですらサカキさんの目とか気にして生活したりしてるのに、このうえで学校でも色々と注意を払わなくてはならないとか、俺の気の休まる場所が…心の平穏が…
5限目は保健体育や家庭科と言ったあたりの実技系の授業をひとまとめにしたような実践的な授業をするということだけど、机上の授業がアレだったからなぁ。実技系の授業はどうなのか…
知識はあっても経験が圧倒的に足りてない俺の現状故に、かなり楽しみにはしているんだが…過度な期待はしないでおこう。裏切られた時のダメージが少なくて済む。
その後、時間を持て余していた俺だったが、「遊ぼう」と声を掛けてくれたクラスメートの少年たちの誘いに乗って、掃除の時間が来るまで一緒に校内を走り回った。軟禁中はほとんど身体動かせなかったから、良い運動になった。それに何の変哲もない鬼ごっこだったが、久しぶりに童心に戻った気分になれて楽しかった。
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~5・6限目~
「はい、それでは5時間目の授業を始めます」
昼休み後の掃除の時間が終わり、5限目の授業が始まる。場所は教室を離れてトレーナーズスクールが有する広大な校庭。その一角にあるコートのような場所に、俺たち3年1組の生徒たちは集められていた。
「今日の授業では、これまで習ってきたことを活かして、実際に簡単なポケモンバトルをみんなにやってもらいます」
「おおぉぉぉ!」
「やったー!」
先生から授業内容が発表されると、主に男子生徒たちから歓声が上がる。どいつもこいつもずいぶんと楽しみにしていたらしい。
「楽しみにしてたのは分かりますが静かに。皆さんにとっては、これが初めてのポケモンバトルになる人が多いはずです。授業で色々と勉強してきたとは思いますが、何事も体験することに勝る経験はありません。それを実際に感じ、そして楽しみましょう」
「「「はーい‼‼」」」
…そうか、実際にポケモンをバトルさせるのは全員初めてなのか。俺はすでにバトル自体は経験済みだからそこまででもない…と思いきや、対人戦は初めてだからちょっとだけ興奮してる。
そして、次の先生の言葉でただでさえすでに暴走気味だった全員のテンションがとんでもないことに。
「そして、先生が持ってきたカートの中には皆さんの人数分のモンスターボール…ポケモンが入っています。これから順番に2人ずつ名前を呼ぶので、呼ばれた人はカートの中から1個だけモンスターボールを取ってもらいます。そして、みんなにポケモンが渡った後で選んだポケモンでバトルしてもらいます。ちなみに、以前から伝えていたように今回選んでもらったポケモンは今後卒業するまで君たちの授業でのパートナーになるので、みんな気合入れて選んでくださいね」
「「「はーい‼‼」」」
え、何それ聞いてない。そんな俺の主張は言葉になることなく、他の子たちの大歓声に飲み込まれた。転入してきたばかりだから聞かされてなかった。やたらと全員が浮かれてるような気はしていたが、初バトルに加えて初のパートナーという面もあったわけか。まあ納得はした。
「覚えている技については、バトルフィールドの向こう中央部にあるモニターに表示するのでそれで確認してね。じゃあまず…」
そうして先生に呼ばれた生徒2人がフィールドの両端へ。なるほど、この縮小版サッカーコートみたいなのはポケモンバトルのフィールドだったか。
…で、みんなが順番に呼ばれてポケモンを貰っていく中、俺はと言うと流れ流れて最後まで呼ばれることなく残された。
「じゃあ最後にユーイチ君、マサヒデ君!ポケモンを取りに来て」
「はい!じゃあマサヒデ、おっさきー!」
呼ばれるや否や、一緒に最後まで残されていた、そして対戦相手となるユーイチ君は残り2つとなったボールがあるカートへ飛び出していき、1つを取って意気揚々とご対面。出遅れた俺は、必然的に残された1つを取ってのんびりご対面。アチラさんが取ったポケモンは…ふむ、ガーディか。中々良いポケモンだ。ウインディカッコいいよね。
さて、昔から『残り物には福がある』なんて言うが、どうかな?
ここ1週間の間にすっかり慣れた手つきでモンスターボールを拡大、開閉スイッチもオンにして空中に放り投げると、中から出て来たのは黄色い体にずんぐりとしたような丸っこい印象の可愛らしいポケモン。
「キュイ!」
「サンドかぁ…」
サンド。ねずみポケモン。タイプは『じめん』単タイプ。進化系のサンドパンはピカチュウ版でライバルの手持ちに入っていた。個人的に『あなをほる』が一番しっくりくるポケモン。かわいい。鳥取県にも生息してるらしい。以上。
「ま、よろしくな」
「キュイ!」
俺が声を掛けるとヤル気に満ち満ちた返事を返してくれるサンド。中々頼もしそうじゃあないか。あとはどんな技を覚えているかだな。使える技が分からんのでは話にならない。モニターに映し出されたサンド、そしてユーイチ君のガーディの技を確認する。
ガーディ
ワザ:かみつく
にらみつける
ひのこ
サンド
ワザ:ひっかく
まるくなる
すなかけ
…う~ん、さっきから見ていて『そうだろうな』とは思っていたが、お互いにレベルは高くなさそうだな。子供が扱うのだから当然だろうけど、ホント野生で捕まえてちょっと手を入れただけっていう感じだ。
技について考察していくと、ガーディと比べて中距離以上の距離になると手も足も出なくなる点は無視出来ない。向こうには『ひのこ』があるし、すばやさも高い。距離を取られると苦しくなるのは間違いないから、無理にでも距離を詰めて接近戦に持ち込むしかない。が、接近戦となるとひるみの追加効果が怖い『かみつく』が飛んでくる。対するこちらのメインウェポンは『ひっかく』…え、こんなのでどう勝てと。
特性に関してはこうげきのステータスを下げる『いかく』だった場合が厄介だが、打つ手はない。『もらいび』だとすごく有難いんだが…
さて、この勝負どうしたものか…というより、どうやったら勝てる?
考えてる間にも授業は進み、どんどんバトルも人を変えポケモンを変え進んでいく。初めて見るポケモンが多く、マダツボミやナゾノクサ、ニドラン♂♀、ポニータ、見たことがある中ではオニスズメやポッポなどが、少年少女のぎこちない指示の下懸命に戦っている。見た目が可愛らしいのが多いので、何と言うか…正直じゃれ合ってるようにしか見えなかった。かわいい。
…で、肝心の俺はというといつまでも呼ばれず、ただみんながアワアワしながら勝負してるのを横目に必死に勝つための策を考えながら、ひたすらサンドを撫で回していた。かわいい。
…そして、ようやく回ってきた俺の出番は授業の大取。
「じゃあ最後の対戦ね。ユーイチ君、マサヒデ君!ポケモンを持ってマサヒデ君はフィールドの左、ユーイチ君は右へそれぞれスタンバイして」
考えがまとまらないまま指示に従い、フィールドの左側へスタンバイ。時を同じくして向こうも準備完了したようだ。
「マサヒデ君、ユーイチ君、準備はいいですね?」
「はい!」
「いつでもどーぞ」
「では、勝負開始!」
「いけ、ガーディ!」
「サンド、頼んだ!」
先生の合図とともに、ガーディとサンドがモンスターボールからフィールドに飛び出ていく。
「ガルルルル…」
「キュ!?」
初っ端からと唸り声をあげて威嚇をかますガーディ。かわいいサンドが縮こまってしまったじゃないか。でもそれもかわいい。かわいいけど嬉しくない展開だぞ、これは。
とは言え初の対トレーナー戦。この貧弱な技でどこまでやれるか…やってみよう。
「いっけぇ!ガーディ、かみつく!」
先手必勝とばかりにユーイチ君の指示を受け、一直線に纏って突っ込んで来るガーディ。小型犬とは言え犬型だけあってかなりのスピード。モロにくらうと痛そうだ。
「サンド、よーく引き付けて…すなかけ!」
対するこちらは『すなかけ』を指示。相手の技の命中率を下げる技だ。火力で負けている以上、正面からのぶつかり合いは不利。搦め手を上手く使っていかないと勝利はない。向こうから突っ込んで来てくれるし、ましてやそのスピードでは避けられまい。
「がぅッ!?」
「ガーディ!?怯むな、突っ込め!」
真正面からまともにすなかけを浴びたガーディは一瞬足を止めて怯む。が、すぐにまた元の通りに炎を纏って突っ込んで来る。でも、かなり詰まったこの距離で、一度殺されたスピードを取り戻すことは難しかろう。
んじゃ、次の手だ。
「サンド、まるくなる!」
「キュッ」
すなかけで得た僅かな隙に、新たにぼうぎょを上げる技『まるくなる』を指示。直撃に備える。
『ガブ!』
「キュッ!」
程なく、かみつくがクリーンヒット。まるくなるによってボールのような状態になっていたサンドは、さながらサッカーボールの如く俺の方へと弾き飛ばされる。ダメージは気になるところだが、元々物理耐久は高めのサンドだ。まるくなるも積んでいるし、そう易々とは落ちないはず。
…でも、サンドには打開する手段がない。
「ガーディ、逃がすな!追撃のかみつく!」
「ガウガウ!」
勢いに乗って追撃を仕掛けてくるガーディ。
「サンド、ひっかく!」
「キュッ!」
サンドがどの程度やれるか確認のため、ここで一度攻撃を指示。飛び掛かるガーディと迎え撃つサンド。結果は…
「ガッ!…ガウゥゥ!」
「キュッ…キュイ!?」
…ひっかくはまともに入ったが、ガーディの勢いを弾き返すまでには至らず。手痛い一撃を貰ってしまい、サンドはよろめく。
「いいぞ、そのまま押せ!ガーディ、かみつくだ!」
「ガガゥ!」
勝負を決めに掛かったガーディが迫る。下がり過ぎてラインはギリギリ、これ以上後ろには下がれないし決め手にも欠ける…受けるしかない?
…それではジリ貧だ。それでも、迫る相手には対応しなくてはならない。
だから、俺は咄嗟にそう指示を飛ばした。
「くっ…サンド、そのまま『ころがって』避けろ!」
その指示に応えたサンドの動きは、目を見張るものだった。素早く体を丸めると、車のタイヤを思わせるような回転で機敏にガーディの攻撃を躱して見せた。
そこで、俺は気付いた。その様がまるで技を指示した時のようであったことに。そして思い出した。サンドがかなり早い段階で技『ころがる』を覚えるということに。
「(もしかして…サンドはすでに『ころがる』を覚えている…?でも、モニターには覚えているなんて…)」
でも、覚えているならこの状況における切り札になりえる。そう考えれば、理屈などどうでもよかった。
「サンド!転がったままガーディに突っ込め!」
その指示に、サンドは避けた勢いもスピードに変えて、そのまま砂煙を上げながら爆走を開始。サイドラインギリギリで華麗にUターンを決めると、ガーディに向かって猛進した。
「ガ、ガーディ、ひのこだ!」
「ガウッ!」
サンドの勢いに怖気づいたか、それまでの押せ押せムードが嘘のように慌てたユーイチ君は、ひのこの指示を飛ばし迎撃しようとする。その指示に応え、ガーディが口から吐き出したひのこがサンドを襲う。
…が、ここですなかけの効果か、ひのこはサンドを捉えることなく、サンドはスピードに乗ってみるみる内に距離を縮めていく。
「え、えーと…か、かみつく!」
ここであちらさんは、迷った末に真っ向勝負を選択。選択と言うか、咄嗟にそれしか思い浮かばなかったと言った方が的確かもしれないが、ひのこを指示した段階でならまだしも、ここまで詰められた状況でその選択は間違いだと思う。素直に逃げるべきだった。
「サンド!ぶちかませ!」
「負けるなガーディ!」
『ドン‼』
「キュイィィィ!」
「ガゥッ!?」
「ガ、ガーディ!」
両者がぶつかったと思った次の瞬間には、ガーディがあっさりと押し負けて弾き飛ばされる。当然だ、勢いはスピードに乗り切っている分こちらが上。おまけに効果も抜群ときた。負ける理由がない。そしてサンドは…まだ、止まってない。ならばやることは一つだけ。
「サンド、そのままトドメだ!『ころがる』!」
「キュイ!」
押し負け弾き飛ばされたダメージで立ち直りが遅れたガーディに、無慈悲な追撃のサッカーボールが迫る。そして…
『ドン‼‼』
「ガーディィィ‼」
豪快な衝突音と共にフィールドの端から端へと吹き飛ばされた。審判の先生がガーディの状態を確認に走る。判定は…
「ガーディ戦闘不能!よってマサヒデ君の勝ちです!」
「「「おぉぉぉー‼」」」
『パチパチパチ…』
戦闘終了の合図とともに、観戦していた他の生徒たちから大きな歓声が上がる。一つ大きく息を吐いて、勝利したことに安心し、静かに笑う。不利な状況ではあったが、まさかの気付きによって辛くも勝つことが出来た。
今回土壇場で使った『ころがる』はいわタイプの技。出し続けることで威力が増加していくという特徴があり、事前に『まるくなる』を使用していると威力が倍増するという効果もある。案外、最初に使用したまるくなるが威力に影響していたのかもしれない。
この技に関しては、金銀版をプレイしたことのある人なら、コガネジムリーダー・アカネ、そしてその切り札・ミルタンクが印象深い。散々苦しめられたという悪夢を思い出す人は多いと思う。無論、俺も小学生の頃に散々煮え湯を飲まされた苦い記憶がある。
それにしても、モニターに表示されなかったのは一体どういうことだ?まさか、バトル中にレベルアップして覚えたなんてことは…それとも、もしやまだ『ころがる』という技の存在が分かっていないのか?
「キュイ!キュイ!」
見事に勝利を掴んできたサンドが、思考の海に沈む俺の前まで戻って来てピョンピョン飛び跳ねている。「褒めて!」とでも言っているのか…とりあえずかわいい。
「お疲れだったな、サンド。いい勝負だったぜ」
「キュイッ!」
労をねぎらい、頭を撫でてやると目を瞑って実に気持ちよさそうにしている。何だこのかわいい生物。人目が無かったらすっごいモフりたい。もうころがるのことなんて後でいいや。サンドがかわいいからすべてよし。
その後、フィールドの真ん中で相手と握手して、俺の出番は終わった。相手のユーイチ君はかなりあっさりと負けてしまったことに悔しそうに俯いていたが、勝負の相手に敬意を払って挨拶することは忘れないあたり、年齢の割にちゃんとしていると思う。まあ、今回は相手が悪かったと思って切り替えなよ。いや、マジで。
そして、俺の出番=ラストバトルであったため、すぐに全員が集められ先生から今日の総括の話があった。最後に今日の自分の勝負についての感想を提出するように指示を受けたところで授業終了の合図の鐘。
こうして、俺のトレーナーズスクール初日は…まあ、何とか無事に終わった。もう全部実技だけになればいいのにと、スピアーを連れての帰り道で心の底から思った。
明日から、憂鬱だなぁ…
…なお、担任とサポートに回っていた先生方によって、今日のバトルによる俺の実技面の評価が非常に高くなり、その後も安定した成績を残し続けたことでぶっちぎりの学年トップに位置付けられてしまったことを、そしてその事実が俺を更なる苦境に追い込む結果になることを、この時の俺は全く知らなかった。
はい、というわけでトレーナーズスクール初日でした。連勤だったり熱出したりで時間が無かったのと、内容について学生時代どこまでやるかとか、文章について些細なことで行き詰まったりしてました。とりあえず燃え尽きながらサンドが可愛いとゴリ押しするスタイルで何とか乗り切りました。
さて、問題の主人公。知識面では何とかボロは出さずに済んだようですが、実技面では勝ちにこだわって速攻でやらかした模様。やらかした結果主人公に降りかかる災難とは一体何か?乗り越えることは出来るのか?頑張れ頑張れ主人公、空からサカキ様が見詰めているぞ!
ネタバレ:だいたいサカキ様のせい。次回へ続く!