~トキワトレーナーズスクール~
『キーンコーンカーンコーン』
「はい、それまでです。鉛筆を置いて、テスト用紙を後ろから前に送ってください」
トレーナーズスクール3年1組の教室。鳴り響くチャイムの音と共に、静寂と緊張に包まれ張り詰めていた空気が弛緩する。ガヤガヤと一気に騒がしくなる中で、編入時に最後列の席を宛がわれていた俺…津田政秀は、天井に向かって高々と両手を掲げていた。
…なんてことはない。ただ凝り固まっていた身体を伸ばしていただけだ。
ポケモン世界での生活も3ヶ月目に突入し、トレーナーズスクールでの学生生活もすでに夏休みが目前に迫っている。気温の上昇と共にどこか浮ついたような空気も漂い始めつつあった今日、トレーナーズスクールでは期末試験が行われていた。
黙々とみんながテスト用紙とにらめっこしている中で、毎回おそらくクラス…いや、この学校の誰よりも早く解答を終わらせていたであろう俺は、クーラーも無い茹だるような暑さの中でやることもなく、かと言って寝ることも出来ず、残りの時間をただただ暑さに耐えて過ごすということをテスト毎に繰り返していた。
でもそんな拷問とも言える時間もこれで終わり。5限目のテストはたった今終わった。今日はこれでもう帰るだけ。あとは消化日程とも言える数日間の授業が終われば、晴れて夏休み突入。つまらん机上の授業どもともオサラバだぜ。俺は実践派だからな、デスクワークなど性に合わない。
そんな浮かれた気分で迎えた放課後。のんびりスピアーと帰ろうかとでも考えていた俺は、ホームルーム時に担任の先生に名指しをくらい職員室へと呼び出されていた。
別に何か悪さをしたなどということはない。編入以降成績優秀な優等生だからね、自分で言っといて何だけど。では、俺が何故呼び出しを受けたのかというと…
「マサヒデ君、合宿に参加してみる気はない?」
「合宿…ですか?」
聞くところによると、このトレーナーズスクールでは毎年夏場にトキワの森でのキャンプ合宿を行っており、それに3年生代表の1人として参加してくれないか…ということだった。
「ホントは4年生以上が参加対象なんだけど、成績が上位だった3年生には任意で毎年参加してもらってるの」
「どういうことをやるんですか?」
「班のメンバーやポケモンたちと協力してキャンプしたり、森で採った木の実や野草を使って料理を作って食べたり、川で遊んだり、一緒に特訓したり…楽しいと思うわよ?スピアーも連れて行っていいし」
ふむ、それは…いいかもしれない。夏休みと言っても何か予定があるわけでもなく、夏休み中旧社屋に籠ってるわけにもいかないし。楽しそうだ。それに、一応森暮らしは経験長いからね…死ぬ一歩手前の極限生活だったけど。まあ、上級生にも問題なくついていけると思う。
「それと、トキワジムのトレーナーさんたちの指導もあるわ」
「あ、そうなんです?」
トキワジム所属トレーナー=サカキさんの手下じゃないですかーやだー。でも、実力はあるんだろうから戦い方を学ぶいい機会かもしれない。まだ見たことのないポケモンも見られるかもだし。オラ、ワクワクすっぞ!
…でも、世の中何でもかんでも上手くはいかない。美味しい話には裏があるわけでして。そんな具合に良い感じでモチベーションが盛り上がってきたところに、この担任の先生は特大の爆弾をぶちかましてくれました。
「それに今年は君がいるからかしらね、ジムリーダーも直々に指導に来てくれるそうよ」
「…はい?」
…え、何それ。すごい聞きたくなかった。って言うか何で?たった今物凄く参加したくなくなったんですけど。
合宿楽しそうだとは思ったが、サカキさんが来るというなら話は別だ。ロケット団ボスとの接触は出来る限り避けたい。何度か話し合い(通告)したから分かるけど、あの人のオーラ半端ないんだよ。正直俺の胃がストレスで光の速さで木っ端微塵になりかねない。任意でっていう話だったし、ここは迷わず戦略的撤退を…
「あの、参加しないというのは…」
「ホントはご両親に許可を貰ってから参加してもらうんだけど、マサヒデ君は保護者のジムリーダーにお伺い立てたのよ。そしたら参加させてやってくれって。返事も来てるわよ。「楽しみにしている」…ですって!」
「oh…」
おのれサッカーキ!不参加は許さない腹積もりだな!つーかアンタ来るのかよ!?忙しいんじゃないのか!?そして先生は事前に俺を売ったな‼任意じゃなかったのかよォ!!なんでなんだぁぁぁぁぁぁ‼‼‼
…かくして、俺の『夏休みトキワの森キャンプ合宿~ドキッ☆ジムリーダーも来るよ!~』への参加が決定した。
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~時は流れて夏休み~
「はーい!それではこれより、トキワの森強化合宿に出発しまーす!」
「班ごとに並んで、順番に出発するぞー!まずは1班から!」
…ああ、ついにこの日が来てしまった。夏休み強化合宿、待ち受けるのはトキワの森の大自然、そしてトキワジムリーダーにしてロケット団のボス、悪のカリスマサカキさん…ああ、気が重い。合宿地点までの道のりが処刑台まで続く階段のように思えて仕方がない。
「スピー?」
「キュイ?」
スピアーとサンドが「どうしたの?」とでも言いたげな様子でこちらを見ているが、君らも一緒に死の道を逝くことになるんやぞ?
…まあ、こいつらにはそんなこと関係ないか。気楽そうで羨ましいね。でも、どんな形であれ同行者が居てくれるというのは本当に心強い。こっちに飛ばされて来た少し後のスピアーでも思ったけど、改めて感じた。仲間大事。
「キャンプ場では先にトキワジムの方々が準備を行ってくれています。着いたらちゃんと挨拶するように!」
これで待っているのが執行人でなければ言うことないのになぁ…
そうしているうちに隊列が次々と進みだし、俺の所属する班も順番が来て歩き出す。下級生と言うことで隊列の真ん中に組み込まれ、因縁の地・トキワの森へと歩みを進めた。
…ああ、腹が痛い。
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~トキワの森・キャンプ場~
「はい、それでは合宿の最初にみんなにやってもらうことは、寝泊まりするテントの設営です!手順は合宿のしおりに記載してあるとおりだから、班のメンバーで協力してね。付き添いの先生やトキワジムの人の指示には従うように!」
「「「ハーイ!」」」
キャンプ場に辿り着き、挨拶等が一通り終わってから最初の活動はテント設営。指導役の先生とジムトレーナーの見守りの下、上級生の指示に従ってテントを張っていく。今後ジム巡り等の旅をする際に、野宿するのに必要な技術と言うことで真剣に取り組む。そもそも、日本でもキャンプなんて中々する機会無かったから楽しい。
それが終われば、次はそのまま昼飯。飯盒で米を炊き、大鍋で班毎にカレーを作っていく。材料は上級生が事前に買い出しをやっていたらしい。大自然の中で食べる食事は、普段とはまた違った美味さがあった。
昼食後、一休みしたら合宿本来の目的のジムトレーナーの皆さんによるバトルの指導。サカキさんが参加するのは明日からと言うことで、今日は死刑執行はないらしい。安心した。決して1日先延ばしになっただけだなどと思ってはいけない。主に俺の心の安寧のために。
1つの班が10人で、4班ずつが一纏めで1つの指導単位となる。1グループに先生1人とジムトレーナー1人が着いて、トレーナーのバトル講座を聞いたり、色んな質問を行っていく。講座そのものはバトルにおけるポケモンの基本的な動かし方についてがメインで、多少は為になったという程度だったが、質問の時間の際、俺はどうしても1つ聞いておきたいことがあった。
「ポケモンの技ってどれくらいあるんですか?まだ分かってない技があったりはするんですか?」
質問の念頭にあったのは、忘れもしない編入当日のポケモンバトル。サンドは土壇場で「ころがる」を繰り出して辛くも勝つことが出来たが、そもそも技を表示するモニターにころがるの表示は無かった。
あの後色々と考えたりスクールの先生にも似たような質問をぶつけてみたりしたが、モニターに表示されなかった理由は恐らく、ポケモンの研究が俺の知識ほど進んではおらず、技にもまだ未解明な部分が多いのでは…という結論に行き着いた。分かってなければ表示されることもない…まあ道理だな。で、歴戦のジムトレーナーの回答は…
「少なくとも100種類以上確認されているよ。ただポケモンについてはまだまだ研究が続いているから、もしかしたら今後新しく技が見つかるかもしれないね」
…これでまた一つ、俺が出した結論が間違いではない可能性が高くなった。ポケモンはたぶん俺の持っている知識どおりにレベルアップで技を覚えていく。サンドがころがるを覚えたように、スピアーにしても今後"どくづき"や"がむしゃら"といった技を覚えるのだろう。でも、現状では第1世代相当の技しか解明が進んでおらず、まだ認識されていない技がたくさんある。あの時戦ったガーディにしても"かぎわける"といった辺りの技を本来なら覚えていた…否、今も覚えているはずだ。
…しかし、これは悩ましいぞ。今の俺の知識の中にある戦術は世代を重ねて進歩し、改良され、積み上げられていったもの。当然、その戦術の中で使われる技は幾つもの世代に跨って存在する。それらの戦術の扱いをどうするか…便利な技も多いから、それらが使えるかどうかは戦術に大きく影響する。
仮に第1世代の技しか使わないとした場合、俺はどこまで戦える?そもそも、第1世代の技ではどく・むし・ゴースト・ドラゴンといったあたりのタイプは技が貧弱すぎるから、現状ではスピアーの将来的な構成がかなりキツいことになっている。テレビで見たワタルさんもカイリューやハクリューで"はかいこうせん"連発でゴリ押ししてたし。
最高威力の技を記憶の限りで列挙すると、どくは"ヘドロこうげき"、むしは"ミサイルばり"、ゴーストは"したでなめる"、ドラゴンはこの世界ではどうか知らないが、固定ダメージの"りゅうのいかり"しかないという状況だったはず。
せめて"ヘドロばくだん・どくづき・シザークロス・むしのさざめき・とんぼがえり・げきりん・ドラゴンクロー"あたりは使えるようになって欲しいものだが…
他だと、"まもる"といった防御系の技や、"にほんばれ"などの天候操作系の技なんかは全くと言っていいほど解明が進んでいない。分かってる技と言えば、やはり第1世代からある"つるぎのまい"なんかの能力を変化させる技や、"どくどく"等の状態異常技がせいぜいと言ったところ。
たぶん、まだ分かっていない技を使うことは、使うだけなら可能とは思う。ころがるもすでに見せちゃったから今では普通に使ってるし。ただ、後先考えずに知識を披露すると、この世界にどんな影響をもたらすのか、そして俺にどういう形で返ってくるのかが分からない。現実問題、ころがるを使った後少しして研究者を名乗る人物が集団でスクールを訪ねて来て、少し話を聞かれた。もう少し研究して、今度の学会とやらで新しい技として登録するとかなんとか…俺の側としては、偶然だってことで通してお帰りいただいたが。
ころがるでさえこんなことになったのに、これ以上に迂闊なことをするとどうなることか…ただでさえ、俺の後ろにはあのロケット団ボス・サカキさんがいるわけでして…はぁ。まあ、現状ではそれらの技が使えないからと自分に大きな影響があるわけではないし、スピアーのレベルが育って、手持ちも増えて、「さあどうしよう」って時が来たら考えればいいか。
講義が終われば、その後はジムトレーナーの指導を受けながらグループ対抗のポケモンバトルを行っていく。と言っても、メインは4・5年生たちであり、3年生の俺は専ら見学だ。俺たちよりも1年~2年長くポケモン扱ってるだけあって、全体的に動きが同級生よりも洗練されているようには見える。それでも技は"たいあたり・ひっかく"がメインで、ポケモンによっては"みずでっぽう"や"ひのこ"を使っていたという程度。スポーツに例えるなら、技術はあるけど身体能力が年相応と言ったところだろうか。あまり参考にはなりそうにないレベルだった。
結局この日はバトル講義・実践が最後になり、後は夕食までと夕食後の自由時間を班のメンバーやスピアー・サンドと思い思いに過ごして、キャンプ合宿初日は暮れていった。
…そして、翌日。
「それじゃあ紹介します。皆さんのために特別に来てくださいましたジムリーダーのサカキさんです。皆さん、大きな声で元気に挨拶しましょう!」
「「「おはようございまーす‼‼‼」」」
「うむ、おはよう」
満を持しての御登場!我らがトキワジムリーダー、サカキ様だぁあぁあああぁぁぁぁいやぁぁぁぁああああぁぁ!!!!
はい、翌日の午前中から始まった実技講習にいきなり地中から生えてきたかのように現れたのは、ご多忙にもかかわらず未来ある子供たちのために特別指導員を引き受けて下さったトキワジムリーダーにしてロケット団ボス、そして俺の書類上の保護者・サカキさん。子供たちの歓声に包まれながら、まず初めにと始まったのは簡単な挨拶と全体のお話。それが終わって実技講習に移った途端、初っ端から名指しでバトルフィールドに引きずり出された俺。いや、あの、俺3年生なんですよ?今回は半ばゲスト参加のようなものですよ?上級生の皆さんを優先した方が…
「今日はあくまでバトルでの動き、指示や考え方を実習する場だと聞いている。ならば実際に見てもらうのが一番だ。見学してもらう分には君がむしろ相手の方が都合が良い。と言うか、やれ」
「ですよねー」
くそぉ、無理やりにでも俺を相手にする気だぞこのパンチパーマは。あ、待って、まだ心の準備が出来てないんです。せめて辞世の句を詠むぐらいの時間は…あ、ダメ?さっさとスタンバイしろ?問答無用でいきなり公開処刑ですか、そうですか。
「聞けば、編入初日から中々興味深いことをやったそうじゃないか。話は聞かせてもらっている。期待してもいいのだろう?」
あ、これ「ころがる」の件バレテーラ。まずいなぁ、これ。テケトーにやって負けるのもありだけど、それをやると後が怖いし、ホントどうしよう、どうしましょう、どないしよう。
…ええい、ままよ!
「お願いします!」
「楽しみにしているぞ。さあ、君の3カ月を見せてもらおう!」
先生上級生ジムトレーナー、今ここにいる全員300名弱の視線を一身に浴びて、俺は処刑台に上がる。正直緊張感やら何やらでガクブルものだが、見てろサカキさん。勝てるとは思わんけど、どうせやられるならやれるとこまでやってやんよぉ‼‼
「頼むぞサンド!」
「ニドリーノ、いけ」
お互いのポケモンがボールからフィールドに飛び出していく。学校の行事なので、こちらはいつも通りにサンド。対するサカキさんのポケモンはニドリーノ。ニドラン♂の進化系…って、いきなり子供相手に進化系かよ!?
「先手はくれてやる、こい」
「…なら、お言葉に甘えて!サンド、まるくなる!」
「キュ」
これが強者の余裕なのか、平然と先攻を譲られたので、遠慮なく『まるくなる』を積みにかかる。ゲームの設定そのままならば覚えている技から考えてこちらのレベルはおそらく10代。向こうは進化しているから、少なくともレベル16はあることになる。具体的にどの程度のレベルなのかが分からないが、サンドよりは上のはず。用心するに越したことはない。
…技マシンで『れいとうビーム』辺りなんかを覚えさせてたらもうお手上げだが、子供の実習で流石にそんな無体なことはしない…と思う。たぶん。
「んでもって、ころがる!」
「キュイ!」
「ふむ、それが……ニドリーノ、ギリギリまで引き付けろ」
「グァウ!」
授業であれ以来常用している『まるくなる』からの『ころがる』のコンボ、通称『コガネのトラウマ』。徐々にスピードを上げながらサンドがニドリーノに突っ込んでいく。対するサカキさんとニドリーノは受けの態勢。スクールではサンドの必殺コンボだが、どう出てくる?
「今だ、左に跳べ」
惜しい。ギリギリまで引き付けられて、もうちょっとのところで横っ飛びで避けられた。ニドリーノがさっきまでいた場所を、サンドが通過していく。失敗したなら一度仕切り直しだ。
「サンド!止まってもう一度まるくなる!」
「それだけの勢いだ、急には止まれまい。ニドリーノ、みずでっぽう」
「うげっ!?」
甘えた動きは見逃してくれないサカキさん。こちらの動きが止まる一瞬を狙って攻撃を仕掛けてくる。指示した技はみずでっぽう。その名の通りみずタイプの攻撃技…ってそんな技覚えんのかよ!?
「サンド!やっぱり止まるな!そのまま距離を取れ!」
ニドリーノってそんな技覚えたっけ?と焦りながらも距離を取るよう指示を出す。間髪入れずにニドリーノからみずでっぽうが発射される。素早い指示が奏功してか、攻撃はサンドを捉えることなく終わる。
思い返せば、確か初代にはみずでっぽうの技マシンがあったような気はするが、それにしても流石はニドラン系統。進化前とは言え「技のデパート」とも言われたほどのポテンシャルは恐ろしい。つーか、サカキさんも子供相手に平然と普通は覚えない抜群技を使うとか、すげぇ大人げないことを…いや、ここは"れいとうビーム"とか"ふぶき"なんかの高火力技じゃないだけ有情だと思おう。
とにかく、これでまるくなるの重要性がやや下がった。ころがるの威力を倍加させる効果はあるが、特殊技である『みずでっぽう』相手じゃ隙を与えるだけになりかねん。おまけに中途半端な距離だと容赦なく撃たれる。十分な距離を取って持久戦か、一気に詰めてインファイトに持ち込むか…
「どうした?来ないのならこちらから行かせてもらうぞ?ニドリーノ、距離を詰めながらみずでっぽう」
「グァ!」
「サンド、そのままぐるっと一周回って回避だ!」
「キュイ!」
じわじわと距離を詰めながらみずでっぽうを撃ちまくるニドリーノ。対してこちらはフィールドの外周を大きく回り込んで距離を取りながら逃げに徹する。
やがて、お互いの位置がバトル開始時の場所まで戻って来たところで『ころがる』を解除。というか、このままだと『ころがる』の使い過ぎでサンドがもたない。ここで一旦仕切り直しを…
「眼前で足を止めるのは感心せんな、みずでっぽうだ」
「回避!」
俺の考えを嘲笑うかのようなみずでっぽうがサンドを襲う。サンドは横に転がって素早く回避…
「キュ!?」
「サンド!?」
…と思ったが、一度止まったタイミングを狙われたことで反応が遅れ直撃、サンドは弾き飛ばされる。持ち堪えはしたのでまだ戦えはすると思うが、サンドにとっては効果抜群の技だ。そう何回も受けられるものではない。
クッソ、足が止まったと見るやすぐこれだ。子供相手にホント容赦がないなこのおっさん!考える暇もねぇ!
「サンド、やれるか!?」
「キュ、キュイ!」
「なら、距離を詰めるぞ!ころがる!」
このまま逃げ回っていてもジリ貧になるだけ。なら、イチかバチかで接近戦を仕掛けるしかない。
「なるほど、受けて立とう。ニドリーノ、つのでつく」
サカキさんもニドリーノに近距離戦を指示。『みずでっぽう』で一方的に嬲って終了なんてことは考えてないらしい。まあ、あくまで授業だもんな。
互いに一直線に突進し、一気に双方の距離が縮まっていく。ぶつかり合う瞬間が迫る。
…ここだ!
「サンド、ここですなかけ!」
「キュっ!」
「む!」
至近距離まで迫ったところで『ころがる』を解除させ『すなかけ』を指示。意表を突いた形になったか、ニドリーノはまともに砂を被り攻撃の勢いが目に見えて失われる。ここで主導権を握らねば、たぶん後はない。畳みかける!
「サンド、そのままひっかく連打!」
「キュイ!」
「グァゥ!?」
続けて足を止めたニドリーノに『ひっかく』がヒット。それを皮切りに立て続けに叩き込んでいく。このまま削り切ってくれれば…
「何をやっているニドリーノ。つのでつく、だ」
「グァウ!」
「キ、キュイ!」
…なーんて希望的観測は、サカキさんの指示によって呆気なく掻き消された。『すなかけ』のおかげで狙いこそ滅茶苦茶だったが、パワーの差で楽にニドリーノに振り払われる。こっちが態勢を立て直す頃には、あっちも態勢を整えているわけで…
「ニドリーノ、そのままみずでっぽう」
「グァ!」
「キュッ、キュイー!?」
「サ、サンド‼」
ニドリーノから至近距離で放たれる『みずでっぽう』が、サンドに襲い掛かる。流石にこの距離から2回連続で外すようなことはなく、今度はまともに直撃を受けて吹き飛ばされてしまった。これは判断を誤ったか!?
それでもまだヨロヨロとながら立ち上がるサンド。戦闘不能の判定はないが、誰が見ても分かる。「次の一発は耐えられない」と。
状況からして既に敗北濃厚…どうする、どうすればいい?このまま大人しくギブアップ?それでも何も問題はないだろうさ。ポケモン触り始めてたった3カ月でここまでやってるんだ、褒められこそすれ、怒られることなんてあるはずがない。でも…
…でも、何もしないでただ負けを肯ずるのはお断りだ!頑張ってくれたサンドにも悪いしな!ここまでやったんだ、絶対に一泡吹かせてやる!
さあ、このままでは負け確定だぞ。考えろ、津田政秀!サンドの現状、相手の現状、フィールドの状態…何か、何か手は………!
「…ここまでだな。思った以上に君はよくやった。流石にその状態では戦うのも難しかろう」
「…いえ!まだ、まだです!」
そうだ!確か、レベル的にあの技をそろそろ覚えるはず!だいぶ博奕要素が強い技だが、上手くすれば撃破も夢じゃねえ!既に技は4つ覚えているが、もしかしたら…やってみる価値は十分にある!失敗に終わったら…そんときゃ笑い飛ばしてやる!
「む?」
「サンド、最後の力を振り絞れぇ!
マグニチュードォ‼」
「…!キュィィ!」
"マグニチュード"…それはじめんタイプの攻撃技。使う毎に威力がランダムに変化する。その最大威力は…150!
「ぬぉ!?」
「グァゥ!?」
「「「うわっ!?」」」
サンドが相撲の四股を踏むような動きをするとともに、いきなり地面が揺れ始める。サカキさんの顔が初めて驚きに変わり、周囲で固唾を飲んで観戦していた先生・学生・ジムトレーナーたちから悲鳴や驚きの声が漏れる。
揺れは急激に大きくなり、周囲の人が揺れに耐えられず倒れ始め、俺とサカキさんもバランスを取るのがやっとな程に。これなら、いくらサカキさんのニドリーノと言えど…
『バシュ!』
「キュッ…!?」
一瞬、サンドの呻き声が聞こえたかと思うと、次の瞬間俺のすぐそばをみずでっぽうが通過、それに合わせて足元にサンドが吹き飛ばされてくる。揺れも収まり、キャンプ場には呆然としたような空気が流れる。
「…まったく、流石の私でもひやりとしたぞ」
「…サ、サンド戦闘不能!よって、ニドリーノの勝ち!」
サンド戦闘不能…俺の、負けだ。
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試合が終わり、周囲も俺のやらかしに伴う混乱からも回復。サカキさんの特別講義も無事終了し、その後の合宿スケジュールも予定通りに回り始める。
これで俺の公開処刑も一件落着…などというわけにいくはずもなく。
「…さて、御苦労……と言いたいところだが…先程のは何だ?」
「あ~…その…え~…」
サンドの回復を行う中で、俺はサカキさん他数名の尋問を受けていた。尋問対象は言うまでもなく、最後に撃った『マグニチュード』について。今更ながら思う、調子乗ってやり過ぎた…と。何やってんだよ俺、あそこで大人しく負けとけばよかったじゃん!別に何も問題ないんだから!思い返してみろよ、あの直後の人を腫物か何かみたいに見る上級生たちの視線を!夏休みが明けて学校始まった時なんて言われてるか分かったもんじゃねぇぞ!?
…まあ、色々言ったところで今となっては後の祭りなワケでして。自分でやったことに自分で責任を持ちましょう、人として当然のことだね。
「……」
だからその容疑者を見るような鋭い目つき止めていただけませんでしょうか?腹が、俺の腹が死ぬ、キリキリと悲鳴上げてるぅぅぅぅ‼
「…サンドがそういう技を覚えることを知っていました、はい」
…だから、ゲロっちゃうのも仕方ないよネ。いや、ホント追い込まれた俺の低能な頭では素直に白状する以外の解決策が思い浮かびませんでした。あれだけ迂闊なことは怖いって自戒してたにもかかわらず、1日と経たずにこの様だよ、チクショウ。俺のお馬鹿さん!
「…まあ、いい。私もまだ指導が残っているのでな、あとでじっくり聞かせてもらおう」
「…ハイ」
「だが、動きそのものは決して悪くなかった。君ぐらいの子供に一瞬とは言え追いつめられるなど初めてだ。あとは熱くなり過ぎぬように気を付けることだな」
「…ハイ」
それだけ言うと、サカキさんは他の指導に戻って行った。これは…一応褒められた…のか?一つはっきりしているのは、公開処刑が圧迫面接(1対1)になって先延ばしされたということ。とりあえず、それまでに良い感じに辻褄を合わせなければ…
その後、先生方から軽いお小言を頂戴してこの場は終わった。
後に、サカキさんからはこってり絞られましたとさ。めでたしめでたし。
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~2番道路~
「…知っていた、か」
トキワの森でのトレーナーズスクールの特別講師という仕事を終えたサカキ。ジムリーダーに会社社長を兼務するその身は、リーダー業に軸足を置きながらも多忙の一言であり、次の仕事をこなすべく迎えの車に乗り込み、トキワシティへの道をひた走っていた。
その道すがら、彼が考えていたのは仕事の事ではなく、3カ月ほど前に保護し、自身が後ろ盾となった少年・マサヒデの事。その才能の片鱗はすでに感じさせていたが、試しにと入れたトレーナーズスクールでは初日から学会に報告が上がるレベルのことをやってのけ、以降は学年の成績トップを走り続けた。どの程度のものか自身で確認したくなって今日の特別講師を引き受け、実際に確かめてみたが、その現実は驚きの連続だった。
関わってから3カ月程度のポケモンで、育成途中のニドリーノで自身も手を抜いていたとはいえ、ヒヤリとするような場面を2回も作って見せた。彼ほどの年齢の子供であれば、普通ならそんなことはおろか、あそこまで動かすことも出来ないのが一般的だ。
そして、極めつけがあの最後に見せた技…
「『マグニチュード』…だったか。あのような技があるとはな」
また彼が使って見せた未知の技、それも自身が得意とするじめんタイプで、一瞬でも間違いなく焦りを生じさせたほどの威力の技。技の効果を聞く限りでは、自身が最も得意とするじめんタイプの大技『じしん』に近い技であることは理解出来た。
「彼自身が釈明した通りなら、かなり運の絡む技であるようだが…1人の10歳にも満たない少年が、僅かな期間の間に2つも新しい技を見つけ出して見せたのだ。きっと…いや、間違いなくこのままなら学会で騒動になるだろう」
そして、前々からそうではあったのだが、マサヒデは大きな騒ぎになることをかなり警戒している節があり、それをサカキは察していた。で、あるならば、自身がクッションとして間に立ってやるのが良いだろうと考えをめぐらす。サカキが間に立つのなら、マサヒデに付き纏う五月蠅い外野はほぼカット出来るし、上手くやればサカキ自身の名声を上げることにも繋がる。
そして今回の件で、マサヒデの一連の行動はサカキに半ば確信に近いモノを与えていた。
「あの少年は、まだまだ何か隠している」
…と。そもそも、マサヒデはあの技の存在をいつ、どこで、どのようにして知ったのか。いや、言わずともサカキは察していた。その秘密は間違いなく、彼がひたすらに隠そうとするその前半生にあると。
そして、その確信めいた彼の直感は、マサヒデを可能な限りギリギリまで秘匿しておく方が良いと訴えていた。同時に、彼は追い詰めれば追い詰めただけ何かをやってくれる、隠している『何か』を解き放とうとする。そうサカキに理解させてしまっていた。
「ならば、やはりここは俺が直々に稽古をつけてやるべきか?」
以前までは朧気にしか考えてみなかった設計図が、急速に彼の中で組み上げられていく。それは、如何にして彼を追い込み、その実力と隠蔽する『何か』を引き出せるか。そして、どのようにその力を自身に役立てるかに集約されていく。
「トレーナーズスクールは初等部卒業限りとし、以降は自身、ないしは手腕と忠誠に信頼のおける者に任せて手解きを行う。ジムトレーナーとして経験を積ませ、予想以上に実力を見せるようならそのままジム巡りの旅に出すのもよし。徐々に取り込んで手駒として組み込むのも大いにありだ。或いは組み込まずとも、紐をつけておくだけでも十分に有用かもしれん。
場合によっては、会社の仕事を手伝わせるのも一手だな。彼が隠し持っているであろう知識が有用なモノである可能性は高いだろう。
…もしくは、息子の兄弟分として相手をさせるのもまた一興か?
…フ、まあ、まずは週1回の稽古から始めるとしようか。俺も忙しい身なので…な」
徐々に大きくなるトキワシティの外観を視界に捉え、そこでサカキは思考を打ち切る。ここから先は、トキワコーポレーション社長の彼になる時間だった。
はい、またしても主人公の盛大なやらかしが入ります。よりによって一番警戒してた人相手に。彼は残念ながら危険性を平時においては理解しつつも、土壇場に追い込まれると熱くなり我を忘れてしまいやすい、負けず嫌いな性質の持ち主でもあるようです。タガが外れると平気で未発見の知識をぶっぱなします。
…で、その結果は週1サカキ様スパルタ特訓コースに御招待と相成りましたとさ。ついでに学生諸君からの視線が厳しくなり、将来設計も(元からだが)サカキ様の手の上だ!無事俎上の鯉となった主人公の明日はどっちだ!?
たぶんトレーナーズスクール編を『はかいこうせん』しながら次回へ続きます。