成り行き任せのポケモン世界   作:バックパサー

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※本文加筆修正(R2.7.19)


目覚めてカントー~トキワの森で『あい』を叫ぶ~
第1話:始まりはいつも晴れのち雨


 

 

 

 

 

『ポケットモンスターの世界へようこそ!』

 

『この世界には、ポケットモンスター…縮めてポケモンと呼ばれる生き物たちが、至る所に棲んでいる』

 

『そのポケモンという生き物を、人はペットにしたり、勝負に使ったり…とにかく、色々なことに役立てている』

 

『君の名は…なるほど、マサヒデと言うのか』

 

『マサヒデ!いよいよこれから君の物語の始まりだ!』

 

『夢と冒険!そしてちょっとの理不尽と!』

 

『ポケットモンスターの世界へ!』

 

『レッツゴー!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 燦々と降り注ぐ暖かな日差しと肌を撫でて吹き抜ける爽やかな風、涼やかな音を立てながら流れる水…穏やかな春の陽気に誘われて、俺の意識が覚醒していく。今日は休日なのだが、実に心地の良い目覚めだ。

 

それに、不思議な夢も見た。詳しい内容はぼんやりとしか覚えてはいないが…どこか、懐かしさと楽しさを感じる夢だったことだけは覚えている。ここのところ残業続きで疲れが溜まっていたからか、或いは休日という安堵感故か、かなりぐっすりと眠れたらしい。おかげでずいぶんと日が高くなってしまっている。

 

まあ、休日だから何時まで寝てようが何も問題はない。実にサイコーな一日である。何も考えなくていいから心も軽くなるというものだ。

 

今日という一日を噛み締め、今日に至るまでの自分の頑張りを自賛し、半覚醒(寝ぼけているとも言う)状態でボーッとしたまま時間が流れていく。ポカポカとした心地良さにうっすらと目を開けば、そこにはプカプカと小さな雲が幾つも浮かぶ青空と、春風に吹かれて騒めく新緑の木々が…

 

 

「…ちょっと待て」

 

 

少しずつ覚醒しつつあった俺の脳味噌だが、視界を埋める光景に違和感を覚えた時点で完全に覚醒。俺の部屋は、こんなに穏やかな日差しが差し込み、爽やかな風が吹き、涼やかな水の流れる音が聞こえるような環境だったか?

 

起きて時間確認したら学校とか仕事に遅刻確定だった時によく似た感覚…焦燥感とか絶望感とか、そういった諸々のマイナス感情をひっくるめたような心持ちに駆られ、慌てて周囲を確認する。

 

 

「………は?」

 

 

そうして出て来た第一声は、たった一言。それだけで、俺の気持ちはシンプルかストレートに表現出来た。

 

まず、嫌でも認識せざるを得ないのが頭上に広がる青空。所々雲はあるが、ポカポカ陽気で昼寝が捗りそうな、恨めしいぐらいに快晴と言って差し支えない実に良い天気だ。そこから視線を下ろしていくと、四方を取り囲む木・木・木。三つ合わさって森である。漢字と言うのは実によく出来ている。これらの木々も漢字も中々に奥が深そうだ。今日一日を費やしたとしても、その深奥には到底届きそうにない…ような気がしてくる。

 

奥の方には川が流れているのだろうか。ザバザバと水のせせらぎが聞こえる。音の勢いからして、結構な量の水が流れている川のようだ。こんな自然に囲まれた中にある川ならば、さぞかしキレイな渓流であることだろう。自然を満喫しながらキャンプをするなら、これ以上ない好条件が揃っていると言えるだろう。生憎、俺はしたことすらないが。

 

周囲の状況を確認しつつも、そんなどうでもいいことを頭の片隅で考えながら、どうしても言わなくてはならないという鋼の意思、或いは脊髄反射的に突き動かされるまま、俺は重い口を開いたのだった。

 

 

 

 

 

「ここ、何処よ…?」

 

 

 

そして俺の部屋はどこにいった?

 

快晴の空を見上げながら思う。どうせならこの心の疑問もきれいさっぱり晴れてくれればいいのに、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「…で、ホントにここ何処?なして俺はこんな所に居んの?」

 

 

 

 少しの間あまりのことに茫然としていたが、無事再起動を果たしたところで、こんがらがる頭を何とか落ち着かせて現状の再確認を一つ一つ行っていく。まずは…基本的な個人情報(ステータス)からいっとこう。

 

 

名前:津田 政秀(つだまさひで)

性別:♂

年齢:24

現住所:〇〇県〇〇市〇〇町〇〇〇-〇

家族構成:両親祖父母。扶養家族無し。

趣味:ゲーム・読書・スポーツ観戦

恋愛:彼女いない歴=年齢

学歴:大卒

職歴:社会人3年目

 

 

…うむ、何もおかしなところはないな。いくつか余計というか余分というか、全然基本じゃない無駄な情報が含まれていた気がするが、まあ別にいい。いいったらいい。彼女なんかいなくても趣味が充実してますしおすしー……空しい。というか、これは不要不急な個人情報の開示ではなかろうか。

 

 

…ええい、止め止め!次だ次!

 

 

現在地:森(場所不明)

 

 

うん、早速この時点で早くもワケが分かんないんですけど。俺昨日確かに間違いなく確実に天地神明に誓って自分の家で寝たはずなんですが、何をどうしたらこんな鬱蒼と茂った森のど真ん中で寝っ転がってることになるんですかねぇ。誰だよ犯人は。これは世間一般で言うところの拉致だぞ、拉致。判明し次第とっ捕まえて、網走監獄に放り込んでやる。もしくはベトナム南北縦断の刑に処す。旅費?そんなもの相手の自腹に決まっている。当然だ、当然。

 

…はぁ、それで気が済むならどんなに楽か。良くないけど進めなくちゃどうにもならん。次行こう、次。

 

 

所持品:なし

 

 

…普通に就寝したはずだから、着てた服とポケットに突っ込んでた物以外何も持ってないのは当然なんだけど、こんな所に放り出すなら「せめてスマホと財布ぐらいサービスしてくれてもいいだろ!」と声高に叫びたい。現在地不明、連絡手段なし、所持品ほぼなしで着の身着のまま、極めつけに無一文…絶望感しか感じない。こんな状態で何をどうしろというのか。というか、何故俺は貴重な休日をこんな絶望的状態で迎えなきゃならないのか。

 

自分の置かれた大まかな状況を把握出来たところで、次は不明な現在地を何とかして割り出したい。出来なければどうやって帰ったらいいのかも分からんし。と言うワケで、とりあえず水の流れる音がする方へと歩いてみることにした。

 

 

 

幸い、このせせらぎの発生源は感じていた通りに目覚めた場所からそう遠くは無く、数分歩けばその全貌を視界に収めることが出来た。現れたのは、鬱蒼と茂る森を真っ二つに裂くように流れる一筋の川。予想通り透明度はかなり高そうだが、その水深は見た目からでは判断が難しい。中程になると大人1人が爪先から頭まで浸かるぐらいあるかもしれない。

 

川幅もそれなりにあり、普通に一級河川程度には広く、加えて流れもそこそこ速そうだ。反対の岸まで辿り着こうと思ったら、中々苦労するかも。

 

次いで川上、川下と視線を泳がせてみるが、川上は少し上流の辺りでちょっとした滝になっており、川下の方は川がクネクネと曲がっていることもあり、森を抜けた先がどうなっているかまでは分からなかった。

 

僅か数十分の間に色々なことが起きていて、沸々と沸き上がって目まぐるしく変わる感情の渦でオーバーヒートしそうになる。仕舞いには頭が怒りでどうにかなってしまいそうだ。

 

 

 

 

…しかし、この川に来たことでもう一点気付けたことがあった。それは、川の水面に映り込んでいたものだ。家で寝てたら見知らぬ場所に拉致られてたとか、無一文のほぼ身一つで大自然に放り出されただとか、そんなことがチャチな事に思えてしまう程度には衝撃的なことだった。

 

あまりの衝撃に、思わず二度見三度見としてしまうが、何度見ようがその事実は変わらない。

 

 

 

 

俺が覗き込んだ川の水面に映し出されていたのは、俺自身の少年時代の写真を見ているかのような、子供の姿だった。

 

何度か繰り返して覗き込んで見たところで、試しに手を動かしてみる。俺が左手を上げれば、水面の少年は右手を上げる。俺が右手を上げれば、水面の少年は左手を上げる。その後も色々と体を動かしてみるが、水面の少年はやはり俺の動きに連動して体を動かしている。

 

つまり、この水面に移る少年は、他ならぬ俺自身と言うこと。

 

 

 

…オーケー、焦るんじゃない津田政秀。追い込まれた時、混乱している時こそ沈着冷静に振る舞うんだ。こういう時は素数を数えるよりもまず深呼吸。深呼吸をして落ち着こう。スゥー…ハァー…スゥー…ハァー………よし、それでは気持ち落ち着いたところで元気に言ってみよう。

 

 

 

 

 

「何じゃこれぇええええええええ‼‼‼‼」

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、一人の男の魂の叫びが森を、空を、世界を揺るがした。

 

いや、まあ実際「目線がやけに低いなぁー」とか、「体が軽いなぁー」とか、目覚めてちょっとした辺りから身体的な違和感は感じていたんだよ。着てた服も何故かジャストフィットサイズに縮んでるし。ただ、実際に現実として突きつけられるのはまた別の問題なワケでして、中々理解し難いと言うか、受け入れ難いと言うか…

 

 

 

 

 

 

 

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 魂の叫びから5分。何とか再々起動に成功した俺は、川に沿って道なき道を歩き始めていた。あのまま救助が来るのを待つという考えもあった…というか、こういう場合本来ならそれが正しいのだろうが、歩けばその内誰かに会えるだろう、いや会えるはずだ!という反語的な確信の下、移動することを決定した。川を辿れば下流に降りれる、下流に降りれば人里がある、人里があれば人に会えるってね。

 

少しでも荒んだ心を癒しモチベーションを高く保つために、明るめな歌を口ずさみながら歩いていく。ふと川に視線を向ければ、水面下には見つめ返してくる十数年前の在りし日の自分がいる…ホラーかミステリーか、小説の中の何かかと思えれば良かったのかもしれないが、本日何個目かも分からない、どうしようもない現実がそこにはあるわけで。

 

頭と心はマイナス傾向。こんな具合なもんで、景気付けに好きな歌を口ずさんでみても、現実が前に立ちはだかってこのままでは滅入ってしまう。

 

つまり、俺がどう思って足掻こうがどうにもならないんだ。そんな時に俺が採る最終手段。困った時や負けられない戦いの前、日本人に限らず、世界中の人の恐らく大半がやっていることであろう。

 

 

 

 

 

『…ワケの分からないことだらけな今日ですが、俺は頑張って生きています。だから神様仏様御先祖様、どうか俺に現実に立ち向かう勇気と元気を下さい…何ならおうち帰して』

 

 

 

The・神頼み。信じる者は救われるから、神頼みを馬鹿にしちゃいかんぞ。先祖と神様を蔑ろにする奴には天罰が下る、お天道様は全てを見てるんだぞ。だから他人様に胸を張って誇れる人間になりなさい…ってばっちゃが言ってた。

 

…え?誇れる人間にはなれたのかって?それは聞かないのがお約束だ。

 

 

 

 

 

『ザバァ!』

「ん?………は?」

 

 

懸命にいるかもわからない()神を頼みに、自身の今とこれからの平穏無事な行く末を懸命に願っている最中のこと。川の方で突然何か大きな音がする。反射的に顔を向けると、何やら大きな魚が盛大に水面から飛び跳ねているのが目に入る。普通なら『あの魚何てヤツかな』とか『ここにもあんなデカいヤツ棲んでるんだな』とか思ったりするのだろうか。

 

しかし、一瞬の間だけ俺の目がとらえたその姿に、咄嗟に抱いたのは『何で…』という驚愕の感情。無理もないだろう。一瞬の間でしかなかったが、俺の眼は水面から飛び出した魚の姿をしっかりと捉えていた。赤いボディに白と黒が混ざった、外見は金魚のような魚。しかし、その魚体は金魚と呼ぶには些か大きすぎた。

 

 

「あれは…」

 

 

そして、一際脳裏に焼き付いたのはその魚の頭部。頭部から突き出るように、伝説上の生物・ユニコーンの如き立派な一本角が、その魚には生えていた。

 

 

 

 

…そして幸か不幸か、俺はその生物によく似た存在を知っていた。

 

 

 

 

 

「ア、アズマオウ…!?」

 

 

ポケットモンスター…縮めてポケモン。ゲーム上にしか存在しないはずの空想の生物。それが今、どういうわけか一瞬とは言え俺の目の前に姿を見せた。驚きのあまりアズマオウらしき生物が姿を沈めた水面を凝視するが、水面に僅かに残された放射状に広がる波紋が、その存在を確かなものとしている。

 

一瞬、今の出来事は「目の錯覚なんじゃないか…?」とも考えたが、つい今し方起こったばかりの出来事を、ましてや俺自身の目を疑う気にはなれない。

 

 

「ここは…この世界は……まさか…いや、でも…」

 

 

 

ポケモンが存在するという確かな証拠を前に、そして今いるこの場所が俺の生きていた場所とは全く違う世界であると強く推測出来る事実を前に、俺は唖然として考え込む。

 

そろそろ両手では足りなくなりそうな本日何度目かのどうしようもない現実の押し売りバーゲンセールに、俺は只々驚き、立ち尽くす他なかった。当然、頭が再度フリーズからの強制再起動となったことは言うまでもない。

 

 

 

 


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