成り行き任せのポケモン世界   作:バックパサー

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短いです。さあ、この人は誰でしょう。


閑話:父として、男として、トレーナーとして

 

 

 

 

時は少し戻り、マサヒデがマチスとオレンジバッジを賭けたジム戦に挑んでいる最中のこと。舞台は熱戦が続くバトルフィールド…ではなく、その外である観客席。

 

そこにはマサヒデとマチス、2人の戦いを見つめる観客たちの姿があった。その多くはこのジムのトレーナーだったが、幾人かそうではない者たちもいた。それは、マサヒデとともにマチスが課したクチバジムの試練を耐え抜いた猛者たち…すなわち挑戦者。皆一様に眼前で繰り広げられる戦いに熱い視線を向けている。

 

その中に1人、他の挑戦者たちとは少し違った理由・視点から、この戦いの行く末を見つめる者がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

「ラ、ライチュウ戦闘不能!」

 

「…凄いな、彼は」

 

 

 

私は今、目の前で行われているバトルについ意識を奪われていた。妻と子供を遠くジョウトのアサギシティに残し、カントーポケモンリーグへの参加を目指して単身乗り込んだクチバシティ。ジョウトに比べてカントーはレベルが高いと聞き及んでいたが、その初端からまさかこんなバトルを見ることになるとは、予想外もいいところだ。

 

バトルを行っている2人のトレーナー。片方はこのジムの主、ジムリーダー・マチス。でんきタイプのエキスパートであり、私がこの後挑戦する相手でもある。そして、そのマチスを相手に奮戦する少年。このマサヒデという少年が、たった今ジムリーダーのポケモン・ライチュウを撃破した。

 

漏れ聞こえた話から察するに、彼が持つバッジはまだ1つ。その状況でのライチュウは、ジムリーダー・マチスのエースと言って差し支えないだろう。ジムリーダーのエースポケモンをほぼ無傷の状態から圧倒した…この事実は、彼のポケモンの実力と共に、彼の才能の高さを如実に物語っている。

 

 

 

…いや、別に圧倒したからと言って、私の実力が彼に負けているというワケではない。むしろ、今の私と彼が戦ったとしたら、何の苦労もなく私が勝利を手にすることだろう。あのサンドパンとて、私のポケモンたちなら容易く倒せることは想像に難くない。

 

しかし、それでも私は彼の戦い振りに、そして彼という存在そのものに衝撃を受けた。彼の年齢は11歳。11歳ということは、つまりトレーナーズスクールの初等部を卒業したばかりの新人、トレーナーに成り立てだ。この事実には、誰でも私と同じように衝撃を受けるはずだ。

 

普通、トレーナーズスクール初等部を卒業した子供の多くは、中等部へ進むか、商売等家の手伝いをしていくかのどちらかであることがほとんど。彼のように、卒業からすぐにポケモンバトルの道に足を踏み出す子供は、決して多くない。踏み出したとしても、最初のうちはトレーナーとしての経験が足りず、ポケモンの実力が足りず、上手く戦えず、勝つことが出来ない、望んだ結果を得られない。そうして挫折し、絶望と諦めの末に違う道へ…そんな話を何度耳にしたことか。

 

だというのに、彼はどうだろうか。サンドパンはサンドの進化系。ある程度のレベルはあることは間違いないし、見ていても良く鍛えられているのが分かる。ある程度の実力を持つポケモンと言うのは、得てして実力のないトレーナーの指示には従わないことがままある。そのサンドパンを十全に操り、ジムリーダーのエースを完封…それもトレーナーズスクールを出たての僅か11歳の少年が、だ。驚く他ない。

 

 

 

彼の実力の異常性は、おそらくある程度の実力を持つ人間なら一目で分かるだろうし、この情報を得ていれば万人が理解するはず。彼がどのようにして、あの年齢でここまでの実力を身に着けるに至ったかは検討もつかない。しかし、あの試合運びは紛うことなく幾らかの実戦経験を積んだトレーナーのそれだった。

 

もし、これが生まれ持った才能であるのなら、彼のような子供を世間一般では『天才』と呼ぶのだろう。しかし、手負いだったとは言え、先鋒のヨーギラスとか言うポケモンを一撃で沈めたライチュウのアイアンテールを前に、あそこまで平然としていられるものか?

 

あの精神力というか、試合中の落ち着き具合は私の見立てでは才能ではない。何か、彼なりに避けられる…いや、ライチュウが外す確信を持っていたようにも見える。

 

彼の自信がどこから来るものなのかは分からないが、何にせよ彼が子供離れした実力を持っていることは疑いようがない。

 

 

 

「ジュニア部門とは言え、流石はこの間の大会の準優勝者だな。マチスを相手にここまでやるか」

 

「ああ、あの年齢でトキワジムリーダーから目を掛けられるだけのことはある」

 

「トキワジムリーダーと言えば、カントージムリーダーの中でも最強との声もある男…門下のトレーナーたちも実力者が揃っているとの噂だが…」

 

「俺トキワジムに挑んだことあるが、あそこのジムは魔窟だよ。ポケモンリーグでも上位狙えそうな奴がゴロゴロいる。中にはマスターズリーグでも普通に戦えそうな奴もチラホラ…」

 

「むむ…トキワジムリーダーは、人を育てることも超一流か…」

 

「…だな。まったく、末恐ろしい新人(ルーキー)が出てきたもんだぜ」

 

 

 

「(…トキワ、ジムリーダー?この子の師はジムリーダーなのか?)」

 

 

 

ふと、隣で観戦する他の挑戦者たちの会話が漏れ聞こえてくる。トキワジムリーダー・サカキと言えば、ポケモンリーグへの出場経験こそ無いが、カントー地方ジムリーダーの中でも頭1つ抜けていると言われる実力者にして、じめんタイプのエキスパート。また、大企業であるトキワコーポレーション、通称TCPの社長として辣腕を振るう経営者の一面も持つ。

 

私もカントー(こちら)に来る前にある程度のことは調べているので、トキワジムリーダーがかなりの実力者であることは知っている。ジムリーダーに師事しているというのなら、ある程度の実力を持っていることは解るしおかしくもないが、それにしても彼は異常だ。その人物に鍛えられたというだけで、たかが11歳の少年がここまでやれるようになるものか?信じられんな。

 

 

 

それにしても、彼を見ているとアサギシティに残して来た妻子を思い出す。私にも、彼と近い年齢の子供がいる。彼の親は、彼の選択に対して何も言わずに送り出したのだろうか?本当にポケモンバトルで生きていけると思ったのだろうか?トキワジムリーダーにしてもそう。父親の1人として、彼の周囲の大人たちには大いに疑問を覚える。

 

その反面、彼の両親は子供の無限の可能性を信じ、心から応援出来る良い親であり、トキワジムリーダーはその才能を上手く引き出し、伸ばしてやれる良い指導者なのだろうとも思う。

 

仮にもし、自分の子供がスクール卒業と同時にトレーナーになりたいと言ったら、私だったらどうするだろうか?彼の両親のように、子供の可能性を信じて送り出してやれるだろうか?

 

 

 

…無理だな。そんなことを言い出すようなことがあれば、まず中等部への進学を勧める。ごく当たり前のことだ。

 

勘違いしないでもらいたいが、トレーナーを目指すことそのものを否定しているわけじゃない。確かにポケモンバトルは全世界共通の憧れの世界。その最上階、マスターズリーグで活躍するトップトレーナーとなることは、全ての子供たちが1度は憧れ、抱く夢だ。私だってそうだった。

 

私はその夢を現実のものとするために、この勝負師たちの世界に身を投じた。まだまだ若輩だが、それなりの年月を生き抜き、それなりのポジションを実力で勝ち取ってきた。だからこそ、この世界を生き抜くことの難しさ、上を目指すことの苦しさ、辛さをよく理解している。才能と知識、そして相手に打ち勝ち、己に打ち克つ精神力が必要で、並大抵の実力と覚悟ではこの道を行くことは出来ない。大人でさえ難しいのに、子供に出来るかと言われると…

 

それに、ポケモンバトルとは言ってもトレーナーになることだけが生きる道ではない。確かにトレーナーほどの華やかさは無いが、ブリーダー、研究者、警察官、教師…トレーナー以外にも、様々な道と可能性がある。その可能性に触れ、考えるという意味でも、そして自分の能力を高め、基礎を強固なものにするという意味でも、中等部、出来れば高等部まで進んだ上で決断してもらいたい。長い人生、それからでも遅くはないんだ。多くの可能性を、僅か10歳そこらで早々に潰して欲しくない。

 

 

 

…ただ、今も上を目指し続けている1人のトレーナーである父親として見るならば、子供がそういう選択をしてくれるのは背中を見てくれているようで嬉しいし、その背中を押してやれるのならそれ以上に喜ばしいことはない。

 

そう考えると、私の挑戦を何の反対もなく快く送り出してくれた妻には本当に感謝しかない。折角のカントー武者修行だ。遠く海の向こうで私を信じて待ってくれている妻と子供のためにも、強くならねばな。

 

 

 

 

「コイル戦闘不能!よって勝者、チャレンジャー・マサヒデ!」

 

 

 

 

「次の挑戦者の方、準備をお願いします!」

 

「…さあ、行こう。ケンタロス、ガルーラ」

 

 

 

それこそいつかそんな日が来た時に、彼を信じて送り出した両親のように子供を信じてやれるように。そして、子供の壁となるトレーナーに、子供に自慢してもらえる父親に、子供の道標となってやれるだけの男になれるように。

 

そしていつの日にか、成長した子供と全身全霊を賭けて戦う…というのも良いかもしれないな。

 

 

 

 

…機会があれば、彼と一度話をしてみたいものだ。

 

 

 

 

 




はい、主人公のクチバジム戦を観戦していたとある男性トレーナーのお話でした。ちゃんと原作にも登場するキャラでしたが、皆さん誰かは見当…ついてますよね?原作前だし、一時的にカントーにいてもオカシクナイヨネ?
そしてサカキ様が良い親…まあ、バトルという点だけを見れば、サカキ様はこれ以上ない良い保護者であり指導者なんでしょうね。バトルに関してだけなら。一方の主人公は主人公で、強くなってサカキ様の扶養から抜け出すために知識を駆使して戦っています。ある意味覚悟が決まってるとも言えなくもない…のか?なお()

今はまだ分かりませんが、いつの日か、主人公とこの人物が対峙する時が来るかもしれません。




…そこまで書ければいいなぁ。

また、今回の話もカド=フックベルグさんからの提案を元に書かせていただきました。この場を借りて改めてお礼申し上げます。ありがとうございました。

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