タマムシジムリーダー・エリカを破り、3つ目のジムバッジとなるレインボーバッジを手に入れた俺。地方紙の片隅に『弱冠11歳の少年、ジムリーダー・エリカを撃破しバッジゲット』という見出しで記事が載り、エリカファンなどのタマムシ市民の間でほんの少し話題になったり、その記事を何気なしに見つけて静かに笑うどこぞのボスがいたりした…らしい。
そんな中、記事のせいで恥ずかしい思いをした俺であったが、人の噂も七十五日。少しすればそんなことも人々の営みと喧騒の中に消え、流れているのはいつも通りのタマムシシティの時間と空気。周囲の目を気にしながらも、数日の休養で仲間たちを労い激闘の疲れを癒し、次なる旅路へ向けて英気を養った。
タマムシシティに腰を下ろして1ヶ月以上。その最大の目的であったジムバッジの入手は達成した。である以上、この街に居続ける理由はない。と言うか、自身の体力・精神衛生的にも正直かなりよろしくない。そんな半ば脅迫されているかのような考えと理由の下、熟考に熟考を重ね、次の目的地について決断をする。
いくつかあった選択肢の中から彼が選んだ次の目的地は、カントー地方本土最南端の都市・セキチクシティ。原作でのこの街の目玉は、何と言っても『サファリゾーン』の存在。あと、もちろんジムもある。ジムリーダーはキョウと言う男で、専門とするのはどくタイプのポケモン。現代にその技術を伝える忍者の一族だと言われ、そしてその見た目や言動はThe・忍者。忍者らしく正攻法よりも搦め手を好み、"どくどく・かげぶんしん・ちいさくなる・じばく・だいばくはつ"等、相手にするといやらしい技を多用する。時折ラス1で自爆かましてプレイヤーに勝利を献上していたりするのはご愛嬌。
戦力的にはどくタイプに弱点を突けるサンドパンとヨーギラスの活躍如何に勝利が掛かっている、と言ったところか。
その後準備に丸1日を使い、タマムシジム制覇から数日後、俺は1ヶ月以上に渡って長期逗留することとなったタマムシシティへ別れを告げ、次なる街へと向かって旅立った。
その後道中概ね何事もなく順調に旅は進み、気付けば目的地・セキチクシティを目前に控える所にまで到達した。そして…
「ちぃぃっ!スピアー、"ミサイルばり"だっ!」
「ファファファ!無駄な足掻きよ、小童!ベトベトン、"とける"で受け流せ!」
…何故か、謎の忍び装束の男によって追い詰められていた。どういうことなの…
何故俺は追い詰められているのか?ベトベトンを使うこの忍び装束のトレーナーは何者なのか?そもそもここはどこなのか?
全てを語るために、時間をしばし巻き戻したい。
忍び装束の男…一体どこの誰なんだ…(棒)
------
----
---
--
-
タマムシジム制覇から数日。俺は次のジムバッジを目指して、そして出来る限り可及的速やかにサカキさんの懐から逃げ出したい一心で、次の目的地をタマムシシティから南に離れた場所に位置するセキチクシティに定めた。
タマムシシティとセキチクシティを繋ぐのは16番道路。【サイクリングロード】とも呼ばれるこの道を、自転車に跨って一直線にセキチクシティ目指して南下する。
この時に使用した自転車は、この道を通るために新しく購入した新車だ。16番道路には歩行者用の道はないので、こちらの世界でも自動車かゲームと同じように二輪車でしか通ることが出来ない。幸い、タマムシジム制覇で得た賞金と、サカキさんからのご褒美もあって資金的には多少余裕があったので、購入に踏み切った。
ちなみに、お値段は現実的な範囲。ゲームじゃ1,000,000円で自転車売ってたんだよな。ぼったくりと言うか、最早「どう見ても詐欺だろ」とツッコミたくなるレベルの法外な値段だ。競技用の自転車という訳でもでもなかろうに。
ともかく、これで今後の旅も移動はかなり楽になるはずだ。
舗装されて間もない広くて綺麗な直線の道路を、快晴の空の下一直線に突っ切って行く。周囲は海が広がり、左手の遠くの方にはタマムシシティやクチバシティの街並みが薄っすらと見える。
季節は春からそろそろ初夏に移ろうかという時期で、海上なだけあって若干風が強かったものの、それ故に吹き抜ける潮風が心地よかった。
『ブロロロロロォォォォォン!!』
…これで、このバイク専用レーンを爆走していく走り屋の方々がいなければなお良かったと思う。テレビのニュース番組で時々取り上げられてはいたので知ってはいたが、16番道路が走り屋天国なのは本当のようだ。思い返せば、ゲームでも暴走族だのスキンヘッズだのが屯してたもんなぁ。
ただ、流石に子供相手は問題だと考えていたのか、それとも昼間だからか、道中でブォンブォンとうるさい怖いお兄さんたちに絡まれるようなことはなかった。
なお、ゲームでは目と目が合えばバトルの合図。普通に絡まれるので注意しよう。
こうして、歩けば何日かは掛かりそうな道程を自転車でぶっ飛ばし、半日足らずでサイクリングロードセキチクシティ側の出口ゲートに到着。出発自体が遅かったこともあり、すでに時刻は夕方に差し掛かろうかという時刻になっていた。
そのままセキチクシティへ向かっても良かったのだが、特段旅を急ぐ理由もないし、自転車こぎまくって足も疲れたので、この日は出口ゲートに併設されたポケモンセンターにて一夜を明かす。
そして翌朝。朝食を食べた後、出発前に食後の軽い休憩も兼ねて、出口ゲートの最上階に設けられている展望スペースに登る。朝の早い時間帯なこともあり、展望スペースには自分以外には誰もいなかった。
「…おお、見える見える。いやぁ、天気がいいと景色もいいねぇ。実に素晴らしい」
南向きに設置された望遠鏡。観光地の高台とか○○タワーとかによくあるアレね。1コイン投入してレンズを覗き込めば、昨日に引き続き快晴の空模様もあり、遠くの方までよく見えた。視界に捉えたのは、20番水道の大海原のど真ん中に隣り合うように2つ突き出た島。たぶん、ふたご島。
そしてふたご島と言えば、カントーの伝説のポケモン・フリーザーだな。こおりタイプが猛威を振るっていた初代では、必ず捕まえて終盤の戦力にしていた。ゲームだと、どこかのゲートでフリーザーの姿を見れる場所があったのを思い出す。どこだったかな?
あとフリーザーはふたご島にいるとして、残りの伝説のポケモンの居場所も気になるところ。サンダーはハナダシティ郊外にある無人発電所付近が根城だろう。じゃあ、ファイヤーはどこか?チャンピオンロード?ほてり山?それともシロガネ山?作品ごとに居場所が違うからなぁ。この世界ではどこにいるんだろうね?
まあ、とりあえず作品が変わるごとにお引越しを強いられているファイヤーさんマジ可哀そう。L51:にらみつける はもっと可哀そう。
そんなことを思い出しながら、少しの間静かに過ごした後、セキチクシティへ向けて自転車で最後のひとっ走り。サイクリングロードを越えればセキチクシティはもうすぐそこ。すぐに着くだろうさ。
「ピジョット、"つばさでうつ"だ!」
「ピジョーッ!」
「負けるな、オニドリル!"ドリルくちばし"ッ!」
「ギュリリィッ!」
とか思っていたところで、鳥使いの皆さんがバトルを繰り広げている広場を発見。ピジョットにオニドリルと、カントー地方でも強いひこうタイプのポケモンが激突していた。しかも、ヨルノズクにヤミカラスなんていう、カントー地方ではあまり見かけないポケモンの姿もチラッと見えた。
なので、せっかくだし少し見物していこうと決めた。予定は未定だから多少の寄り道ぐらい大丈夫だ、問題ない(フラグ)。
そういうワケで、どこか広場が見える位置で自転車を止めて一息つける場所がないかと探してみれば、ちょうどよく近くに空き地があった。見物のために自転車を置かせてもらおうと足を踏み入れ、適当な場所に自転車を止める。
…その直後だった。
『ボボボボン!』
「うぇっ!?」
いきなり複数の鈍い爆発音とともに白煙が巻き起こり、俺の周囲をすっぽり覆う。突然のことに情けない声が漏れるが、こんなことあれば誰だってビビると思う。流石に仕方ない。桶狭間の今川義元もきっとこんな気分だったに違いない。もしくは『ジャーン!ジャーン!ジャーン!』からの『げぇっ!関羽!』された時の曹操。
それにしても、煙のせいで何が何やら全く分からない。このままでは今川義元と同じ運命を…なんてのは言い過ぎだが、いつまでも狼狽えているワケにもいかない。幸いと言うか、怪我なんかはないのでいつでもポケモンを展開出来るよう、中腰で腰のベルトに手を掛け警戒態勢をとる。
そのまま周囲を警戒し続けることしばし。やがて白煙が晴れてくると、周囲を人影が取り囲んでいるのがうっすらと見えてきた。数は…6、7、8…10人!?こりゃまた多いな、オイ。
「掛かったな、少年!あたいたちの修練場へようこそ!」
周りを囲むうちの1人から声を掛けられる。白煙が引いて姿を視認できた声の主を見れば、大河ドラマとかに出てきそうな時代錯誤な感じの服装…いわゆる忍び装束を身に付け、何か強敵感が滲み出るような立ち方をしていた。それと、体型からの判断がつきづらいが、声から判断してたぶん女。一人称も『あたい』だったし。
ただし、俺と同じぐらいの子供だが。
…これはどう反応すればいいのだろう?正直対応に困る。
「えっと……どちら様で?」
「フフフ、よくぞ聞いてくれたでござる!」
「あたいたち、泣く子も黙る…」
『セキチク忍軍っ!!!』
ア、アイエエエ!ニンジャ!?ニンジャナンデ!?
…と、お約束?のような反応はここまでにしておいて、俺の問い掛けに自信たっぷりにそう言い放つ忍び装束の皆さん。テレビならこの時背景でド派手な爆発でも起きてそうなシーンだ。
そんなことはさておき、『セキチク忍軍』ねぇ…ジムリーダー・キョウと何か関係あるのかね?あの人本物の忍者だし。
「はぁ…で、そのセキチク忍軍の皆さんが、俺に何の御用で?」
「そんなもの決まっているじゃない!ここはあたいたちの秘密の修練場!上手くどくポケモンを扱えるようになるための修練を、毎日ここでやってるの!そして、そこにのこのこと現れたトレーナー…あたいたちの秘密を見たあんたを、見逃す訳にはいかないわ!」
いや、別に何も見てないし、どっちかと言うとそっちから絡んできた…あ、これはもう嫌な予感がビンビン…
「目が合えばそれはバトルの合図!ちょうどいいからあたいたちの修行の成果、あんたで試させてもらうわ!」
その言葉と同時に、一斉にモンスターボールを構えるセキチク忍軍の皆さん。何となくそんな気はしていたけど、こんな子供を多勢で囲んでボコろうとするとか…汚いなさすが忍者きたない。そして「目が合えばそれはバトルの合図!」なんて、まんまゲームっぽいことを言われるとは思わなかった。嬉しくもなんともないが。
「いざ、覚悟!」
ぐるりと囲まれて逃げ場もないし、どの道これはもうやるしかなさそうだ。ええい、ままよ!今囲んでいる皆さんが暴走族だのスキンヘッズだのロケット団員だのでないことだけは喜んでおいてやるから、全員まとめて掛かってこいやぁ!(自棄)
-----
「ブッ潰せ!ヨーギラス、"いわなだれ"ッ!」
「ギィッ!」
「フォ、フォ~…」
「モルフォン!?」
「……モ、モルフォン…戦闘不能…」
「…つ、強い…っ!」
やーってやったぜオラァ!いわなだれでモルフォンを押し潰してゲームセット、10人抜き達成だぁ!長く苦しい戦い…というワケでもなかったな。だって、皆さん律義に1vs1で戦って下さるものだから、各個撃破していけばよかったからね。
もしも10人でいっぺんに来られてたら、いくらなんでも対処しきれませんでしたわ。もっとも、それはバトルではなくただの私刑に分類されるものになるだろうけど。
それに、よくよく見れば全員今の俺とそんなに歳が離れてなさそうな面子ばっかり。当然ポケモンのレベルもそれ相応。鍛えているって言うだけあって、年齢から見れば強い方なのかもしれないけど、俺のポケモンたちに適うほどではなかった。おまけに相手はやはりと言うか、どくタイプのポケモンがメイン。タイプ相性の関係でサンドパンとヨーギラスが大暴れだ。負ける要素が無い。
最初に話しかけてきた女の子が最後の相手だったけど、この子はそれまでの9人よりかは普通に強かった。進化したポケモン使ってたし、技の選択やポケモンとの息の合わせ方もしっかりしていた。それでも結果は上記の通りだったが。
全員揃って俺に敗れ去ったことでお通夜状態のセキチク忍軍の皆さんを尻目に、緊張が途切れたことで大きく息を吐く。いくら安定して戦えていたとは言え、10連戦は流石に疲れる。あんな入り方のせいで変な緊張感を持ち続けていた分余計にそう感じた。
まあ、それでもサカキさんにやらされてた特訓よりかは楽だったが。
「ヨ、ヨギィ…?」
「…ん?どうしたヨーギラス…って、うおっ!?」
すると突然、ヨーギラスが変な声を上げたのでそちらを見ると、ヨーギラスが光を纏っていた。光はあっという間に強くなり、ヨーギラスを完全に覆い隠してしまった。これは…サンドパン以来となる進化だ!
「……ギィ」
光が砕けるように霧散した後には、それまでの緑色の身体から鋼色の蛹のような姿…『サナギラス』へと進化を遂げたヨーギラスがいた。ちょっと前から進化に必要なレベルは越えてたからいつ来るかと思っていたが…何はともあれ、これは嬉しい。
まあ、さらに先、バンギラスへの道のりはまだまだ長い。のんびりまったり行こうじゃないか。
「改めてよろしく頼むぜ、サナギラス」
「………」
…そっぽ向かれたでござる。せめて返事ぐらい返してくれてもいいのに。
「ファファファ。やるではないか、小童」
「…!?」
進化の余韻に浸っていたところに突然響いた男の声。驚いて振り向いてみれば、さっきまで誰もいなかった場所に人影が。その服装はやはりというか、これ見よがしな忍び装束。もう隠すつもりもないぐらいニンジャ的アトモスフィアを撒き散らしている。
とりあえず……
ア、アイエエエ!ニンジャ!?ニンジャナンデ!?
(1時間ぶり2回目)
…こほん。かなり本気でビビった。そして、俺はこの人物に見覚えがある。忍び装束といい、この特徴的な笑い方といい、忘れるはずもない。
「これまでの戦い、しかと見させてもらった。我が娘を含めて、わしが面倒を見ておる10人全員をこうも容易く退けてしまうとは…見れば娘と同じくらいの年頃のようだが、大したものよ」
この人物の名は【キョウ】。現代に生きる忍にして、どくタイプのエキスパート。そして、後々にはセキエイ高原四天王にまで上り詰める、現在のセキチクシティジムリーダーその人だ。
何でジムリーダーがここにいるのか…そう言えば、さっき「我が娘」って言ってたな?あれだ、今思い出したけど、ゲームではキョウには【アンズ】と言う娘がいた。彼が四天王となった第2世代では、彼に代わってその娘・アンズがセキチクシティジムリーダーに就任していた。
最後に戦った、セキチク忍軍のリーダー格の女の子…思い返せば、どことなく記憶の中にあるアンズと似ている気がする。髪型なんてモロそのまんまだ。キョウはセキチク忍軍の皆さんの親玉と言うか、師匠なんだろうね、きっと。
「…だが、流石にこうも全員をコケにされて黙っておるのも、師としてはよろしくない」
さて、子熊を片っ端から叩いていたら、親熊が出て来てしまった件について。ちょっと展開が急すぎて少し呑み込み切れてないけど、何か空気がおかしな方向に流れてるのはこの言い草から何となく分かるよ。
「手本を見せてやるのも、守ってやるのも、そして時に仇を取ってやるのも師の務めよ。小童、一手お付き合い願おうか」
はい、そうなりますよね。この微妙な空気から察しておりますよ。ハイハイ、シッテタシッテタ。…いやいやいやいや、いくら何でも10連戦のあとでジムリーダー相手はきついんですが。サンドパンやヨーギラス改め、サナギラスも消耗はしてるんですけど。そもそもキョウさんこんなところで油売ってていいんですかね?
「頑張れキョウさん!そんな奴キュッて〆ちゃえー!」
「殺っちゃえジムリーダー!」
「頑張れ父上!モルフォンの仇は毒殺だー!」
周囲は完全にセキチク忍軍の皆さんに包囲されてしまっており、逃げ場はない。と言うか、逃げたら逆に即刻ハイクを詠まされた上で爆発四散させられそう。そしてセキチク忍軍の皆さんもだいぶ応援の内容がサツバツとしてらっしゃる。
…ハァ、どんどん追い込まれている気しかしない。まさにジリー・プアー。おお、なんとマッポーめいた世界な事か。ああ、ショッギョ・ムッジョ…
「…と、言いたいところだが、流石に娘と同じ年頃の者を不必要に甚振るのは、人としても指導者としても褒められたものではないな。娘たちの相手を無理にさせてしまったということもある。時間もいい頃合であるし、昼餉がてらセキチクジムで一休みしていくといい。多少のもてなしはさせてもらおう。勝負はその後よ」
と思ったら、そこは流石大人。鬼畜の11連戦とはならず、勝負の代わりに昼飯のお誘いを掛けられた。地獄から天国、九死に一生を得るとはこのことか。
さて、それにしてもこのお誘いどうしたものか…断ってもいいけど、それを許してくれそうな周囲の空気ではないよなぁ。うーん…初対面の人の家でお世話になるのは気が引けるけど、受けるしかないか。それに、いつもポケセン飯と言うのも味気ない。まあ、最近はポケセンじゃなくてTCP本社のサラ飯ばかりだったけど。
まあ、これも折角の機会。一期一会なんて言葉もあるくらいだし、御呼ばれになっていくとしましょうか。タダ飯最高!どうぜ御馳走になるなら少しでもポジティブに考えよう。ポケセンの飯もタダだけど。
「…ありがとうございます。御馳走になります」
「うむ、ゆっくり休んでいくといい。では皆、撤収だ!」
「「「は、はいっ!」」」
-----
----
---
--
-
そんなこんなで、俺はそのままセキチクジムでお昼を御呼ばれすることに。どういう訳かそのままセキチクジムでお昼を御呼ばれすることに。
キョウさんとファザコン忍者娘以下セキチク忍軍の皆さんと一緒に自転車を押してセキチクシティに入った俺は、そのまま彼らの根城であるセキチクジムへ。畳張りの広間へ案内され、そこにはすでに昼食の用意がなされていた。全員が席に着いたら、ファザコン忍者娘の「いただきます」を合図に一斉に食べ始める。賑やかな和気藹々とした空気が流れ、子供同士話も弾む。
途中、転校生が寄って集って質問攻めに合うアレを経験したりしつつ昼食の時間は終了。昼も終わったことで「じゃあこれで」…なんて都合の良いことはなく、セキチクジムに案内され、促されるままに昼食を御馳走になり、軽くポケモンたちも併せて一休みさせてもらった後、俺はセキチクジムの屋外フィールドに連れてこられたのである。まあ、逃げられはせんよな。
「…さて、小童。改めて、セキチクシティジムリーダーのキョウだ。こ奴はわしの娘のアンズ。午前中は、娘たちが世話になったな」
「いえ…」
「まだ名を聞いておらなんだな」
「マサヒデと言います。トキワシティから来ました」
「それでは我が娘らを蹴散らしたお主に、その師として勝負を申し込む」
「それは構わないのですが…こちらのポケモン、回復が出来ていないのですが」
「だろうな。故、これをポケモンたちに飲ませてやるとよい」
「…これは?」
「わしが調合した秘伝の薬よ。それを飲めば、どんなに疲弊したポケモンも立ち所に快復しよう」
「……頂戴します」
バトルを前にキョウさんから渡されたのは、飴色の丸薬。『秘伝の薬』って…そりゃタンバシティで売ってるデンリュウ治療薬じゃないか。パルパルゥ。まあ、別物だとは思うけど。
毒じゃないだろうな?とか一瞬思ったけど、流石にジムリーダーがそんなことをするはずない…と思いたい。思わせて下さいサカキさん…うん、基本サカキさんがおかしいだけで、どんなジムリーダーでもサカキさんよりはマトモだろう。というワケで、素直にそれを恐る恐るだけどサンドパンとサナギラスに飲ませてみる。
「…キュ?キュ、キュイ!」
「…ギィ…!」
…おお、あっという間に元気になった…気がする。データとして分かるワケではないので体感だけど、少なくとも疲れは吹っ飛んだみたいだ。何かピョンピョンしてるし。
…麻薬とか、そういう類のもんじゃないよな?こうもよく効く薬だと、逆に心配になって来る。
「ファファファ…では、始めるとしよう。位置に付けぃ、小童!もしも勝つことが出来たなら、ジムバッジはくれてやろう!」
秘薬を与えたポケモンたちが元気になったのを確認すると、それだけ言ってキョウさんは戦闘態勢に入ってしまった。
まあ、どの道逃げられないことは分かってたさ。結局やるしかないんだよネ。
「進化したお前の力、見せてもらうぜ!いけ、サナギラス!」
「…ギ」
こうなりゃもう当たって砕けろの精神だ!粉砕☆玉砕☆大喝采!人生常に背水の陣だ!ジムリーダーがなんぼのもんじゃい!ヤッタルデー!スッゾコラー!
『何でセキチクシティに入る前にセキチクジムリーダーが待ち構えてて戦うハメになってるのか?』とか、『お前1人で陣なのか?』とか、そんな些細なことはもうこの際無視だ無視!
では、イクゾー!(デッデッデデデデ!カーン!)
-----
~そして現在~
「ス…ピィ…」
「くっそ…防御回避ガン積みとか、汚いな流石忍者きたない…っ!」
「ファファファ…忍者に『汚い』は誉め言葉よ!」
昼食挟んで、存在しなかったはずの3vs3の幻の11戦目。キョウさんとの戦いは開戦前の勢いは早々に圧し折られ、完全に相手のペースで進んでいた。
こちらはすでにサンドパン・サナギラスとどくタイプ相手に有利なはずの2体が撃沈。3体目にして最後の砦、スピアーを送り出している状況。対するキョウさんはマタドガス→ベトベトンという流れ。タイプ相性的にはこっちが有利だったはずなのだが、残念ながらそうはなっていない。
まず、先発のマタドガスが特性"ふゆう"で地面技が当たらない。これでサンドパンのアドバンテージが潰された。ならレベルの差で単純な力比べ…といきたいところだったが、この点でも向こうが上。流石はジムリーダー。あとはその代名詞の一つである"どくどく"で猛毒状態にされて、そのままジワジワ削られ1アウト。
2番手のサナギラスは、進化したことで変化した特性"だっぴ"のおかげで、猛毒状態はさほど気にせず戦えた…が、ここで孔明ならぬ忍者の罠が炸裂する。その元凶は、キョウさんのくれた秘伝のお薬。やっぱり毒だったなんてことはなく、確かに体力は回復してくれた。体力"だけ"は。
では何が罠かと言えば、これまでの10連戦でサナギラスが消耗したのは体力だけじゃない。メインウェポンである"いわなだれ"も、全ての敵に対して撃ち続けていた。で、当然その消費した技のPPは未回復だったので、途中でまさかのメインウェポンがガス欠。言うなれば、砲弾切れした戦車。おまけに地面技を持ってないもんだから、側は立派、中身は見掛け倒しの完全な木偶の坊だ。
まあ要するに、俺の単純な管理ミスです☆
回復してもらうときに俺が気付いていれば…済まねぇ、サナギラス。それでも"かみくだく"で何とかマタドガスを突破してくれたのはお見事。が、次のベトベトンは流石に無茶だった。2アウト。
で、追い込まれた3体目。我が相棒にして最後の砦スピアー。タイプ相性は全くよろしくないが、沈んだ2体で駄目だった相手を他の面子がどうにか出来るとも思えない。しかもこのベトベトン、"れいとうパンチ"なんて技搭載してやがるもんだから、現状4番手のストライクも返り討ちにされるのが目に見えている。よって、他に選択肢はなかった。
どくタイプvsどくタイプで泥仕合と行こうぜ!と気合い入れ直したは良いものの、蓋を開けてみれば冒頭の通り"とける"で物理防御を、"ちいさくなる"で回避率をすでに積み上げられており、この段階でもう絶望しかない。降参、良いッスか?
「くぅぅ…遠距離が駄目なら、前に出るしかない…スピアー!」
「スピィ…ッ!」
正直俺の勝ち目は非常に薄い…と言うか、もうほぼない。すでに詰みの状態と言ってもよく、ゲームみたいに『降参』の選択肢があるならすでにポチってる。俺の手持ちだと現状こういった戦法に対して採れる手段が少なすぎるのがそもそもの問題だが、スピアーなら、スピアーならせめて一矢報いることぐらい出来るはず…たぶん、きっと…だといいなぁ(希望的観測)。
完全に追い込まれた奴のやけっぱちだが、実際ソーッナンス!だから仕方がない。ここまで来てしまえば、あとはもう意地だ。
「行くぞ、スピアー!」
「スピッ!」
「むぅっ!来るか!ベトベトン、"ヘドロばくだん"!」
「べぇとぉ~」
突撃を開始したスピアーを見て、ベトベトンが撃ち出したヘドロの塊が、スピアーとその進路に降り注ぐ。
「構うな!全速前進!」
それを無視して突っ込ませる。スピアーは直撃こそないが、至近弾によるダメージを貰いながらもぐんぐんとベトベトンに迫る。
「抜けてくるか!ならば"れいとうパンチ"で迎え撃てぃ!」
「べとぉ~!」
「ぶちかませ!"どくづき"ィッ!」
「スッピィィィ!」
「……!」
刹那、スピアーとベトベトンが交錯した。
そこから先は、スピアーは機動性を、ベトベトンはほぼ液状化・縮小化した身体を武器に、お互いノーガードでの殴り合いとなった。スピアーは"どくづき"で相手をガンガン殴り付けていき、ベトベトンへのダメージを稼いでいく。
しかし、スピアーに出来たのはそこまで。
「最後まで諦めぬ姿勢は天晴だが、これで仕舞いよ!ベトベトン、"れいとうパンチ"!」
「べぇ~とぉ~!」
スピアーの"どくづき"がベトベトンに効果今一つであるのに対して、ベトベトンの"れいとうパンチ"はスピアーに等倍。レベルも恐らく負けていて積みも入っているとなれば、根本的にダメージレースで勝てるはずもなく…
「ピィッ…!」
「スピアー!…くっ、ここまでか…っ」
「スピアー戦闘不能!」
…インファイトで殴り負けたスピアーがダウン。うちのトップ3を苦もなく蹴散らされ、敢えなく3アウトゲームセットと相成った。
主人公、忍者の罠に嵌る。というわけで第35話でした。そして早くもキョウ&アンズの親子が登場。この話書き始める直前までアンズさんの存在をキレイサッパリ忘れていたので、お詫びに出て来てもらいました。…いや?むしろ、忍者的には認識されないのは正しいことなのでは?(アンズファンの皆さんごめんなさい)
なお、ここのアンズさんはまだ子供(主人公より1つ2つ上ぐらいなイメージ)なので、父上一筋なファザコンで熱血スポーツ…スポーツ?少女でちょっとお頭がまだ残念な感じ。意外と動かしやすかったです、ハイ。
そして、この話書いてる途中で気付いたんですが、地味にこの作品投稿し始めてから1年経ちました。ここまでよく書いたと言うべきか、努力が足りんと見るべきか…ともかく、読んで下さる皆さんのおかげで何とかやって来れてます。いつもありがとうございます。今世の中は新型コロナ一色で大変ですが、どうか健康に気を付けて頑張って下さいませ。
追伸(R3/10/13)キョウさんの所業をマイルドに改稿しました。