成り行き任せのポケモン世界   作:バックパサー

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改稿(R4/2/26)


第37話:まったり釣りでもしましょうか

 

 

 

 カントー地方…日本の関東地方がモデルであることは広く知られているが、セキチクシティは、そのカントー地方の本土最南端の都市。現実では千葉県房総半島に該当する地域だ。ヤマブキシティを始めとするカントー地方の中心地域からはかなり距離があり、移動も長時間長距離となることから、三方を海に囲まれた豊かな自然を持つというその魅力を活かしにくい…有体に言えば、かなり発展が遅れた田舎町だった。以前までは。

 

その状況が変わったのが数年前。16番道路…通称【サイクリングロード】が開通したことにより、タマムシシティとの往来の利便性が格段に向上。タマムシシティは元より、その隣のヤマブキシティやクチバシティなど、大都市の人々がその豊かな自然を求めてやって来るようになる。

 

そして、そのレジャー目的で訪れる人々が増えれば、その勢いを見越してレジャー客をターゲットにした店舗・施設の整備も比例して加速度的に進み、今では一大リゾート地のようにまで様変わりをしていた。

 

そんなリゾート地としての整備が進むのと同時期に整備されたのが、原作におけるセキチクシティ最大の目玉施設【サファリゾーン】だ。元からあった豊かな自然を最大限活用したこの施設では、様々な種類のポケモンの野生そのままの姿を見ることが出来る。カントー地方でもここにしか生息していない珍しいポケモンも多く、開業直後から瞬く間に絶大な人気を獲得。原作同様、街の目玉施設へと変貌を遂げた。

 

…まあ、とは言っても俺がこの世界に飛ばされるよりも前の話なので、簡単に聞きかじっただけの話なんだがね。

 

ゲームではとにかく運絡みの苦行施設だった記憶しかない。ラッキー、ケンタロス、ガルーラ、ストライク、カイロス、ミニリュウ…いずれも勝るとも劣らぬ手強い強敵だった。『見つからない・捕まらない・時間がない』の三重苦を同時に味わえるのは、ポケモン世界広しと言えど、カントーのサファリゾーンが思い出補正も掛けて頂点だと個人的には思うところ。正直二度と味わいたくない。

 

しかし、新戦力の確保という観点で言えば、サファリゾーンほど多様な生態系を持つ場所もほとんどないワケで。トレーナーとしての成長を、そして各地のジムリーダー、延いてはサカキさん相手の勝利を目指す身としては、戦力強化の観点から是非とも足を踏み入れておきたい場所…なのだが。

 

セキチクシティに滞在して約2週間、未だ楽園へ足を踏み入れること叶わず…と言うか、出鼻を完膚なきまでに圧し折られる事態に直面していた。俺の前に立ちはだかった大きな壁…それは、サファリゾーンにおける入場の際の規則であった。

 

 

《サファリゾーン入場規則》

入場料 大人1000円 子供500円

ポケモンの連れ歩き不可(緊急時を除く)

指定区域外への立ち入り禁止

ガイドの指示に従うべし

ポケモンの捕獲禁止

    ・

    ・

    ・

ポケモンの捕獲禁止

 

 

 

セキチクシティにおける目標、半分終了のお知らせ…この世界のサファリゾーンは、現代世界における動物園と同じでただポケモンたちの野生の姿を見るだけの施設だった。サファリゾーンの手前でも色々展示飼育してるじゃん!なんでだよ!って思ったけど、どうにもならず。これ知った時の絶望感と言ったらもう…ないわー…

 

しかし、どんなに落胆しようとも規則と言われては仕方がない。俺は物分かりのいい大人…もとい、物分かりのいい子供なので、涙を飲んでここは大人しく引き下がることに。そして、プランBを発動!

「プランBは何だ?」

「あ?ねぇよそんなもん」

…なんてことはありません。ちゃんとあります。

 

セキチクシティにあるのは何もサファリゾーンだけじゃない。そう、海だ。セキチクシティには海がある。長期に渡る俺の懸案事項だったみずタイプの確保…これがようやく叶う機会がやって来たと考えれば、何の未練も…かなりあるわ。

 

 

 

そういうワケで今日、俺はサファリゾーンへの未練を捨て切れないまま、みずタイプのポケモンを求めてセキチクシティ南の19番水道へと赴いていた。

 

 

「それじゃ、あたいはマサヒデがポケモン捕まえる所見学させてもらうわね!」

 

「いつの間に…」

 

 

…気付いたら隣に立っていたアンズも添えて。いや、あんたいつの間に…

 

 

「あんたがジムを出ていくの見掛けてね。新しいポケモン捕まえに行くって聞こえて、面白そうだから後をつけて来たのよ!自分の勉強にもなるし!」

 

「ああ、さいですか」

 

 

意識がポケモン捕まえる方に向いてたからか、全く後をつけられていることに気付かなかった。まだ卵とは言え、流石は忍者。略してさす忍。

 

思えばキョウさんに世話になりだしてからと言うもの、この娘含めたセキチク忍軍の皆さんとは一緒に修練することはままあるが、その中でも特によく戦ってるような気がする。俺との通算戦績は…記憶が確かなら5勝17敗、勝率にして2割強と、ポロボロに負け越してる。モチロン、アンズが。

 

まーそのことが大層気に食わないらしく、相当な負けず嫌いも手伝って事あるごとに勝負を挑まれる日々だ。良く言えば元気が良く、悪く言えばうっとおしい。親父さん見習って、もうちょっとクールに構えられないものかね?

 

 

 

…まあ、見られても困るもんじゃない…と思うし、別に良いか。

 

 

「…で、捕まえるって言ってもどうやるのよ?海のポケモンでしょ?」

 

「当然、準備はしてあるさ。抜かりはない」

 

 

言われるまでもないと、俺はこの日のために貴重な小遣いをはたいて用意した道具を荷物の中から取り出す。

 

 

「なるほどね、釣りかぁ」

 

 

俺が取り出した道具…それは釣り竿。それもただの釣り竿じゃない。【いい釣り竿】だ。水中のポケモンを釣り、釣り上げたポケモンとバトルをして捕獲することが出来る。みずタイプのポケモンを捕まえるには、非常に有用なアイテムだ。

 

ゲームではセキチクシティにいる釣り人から譲ってもらう形で入手出来、先に手に入る『ボロの釣り竿』よりも多くのポケモンを釣ることが出来る。と言うか、ほぼコイキングしか釣れないボロの釣り竿がちょっと…

 

なお、原作ではセキチクシティをサイクリングロード経由ではなくシオンタウン、もしくはクチバシティから目指した場合、最上位の釣り竿である【すごい釣り竿】を先に入手出来る。そのため、手に入れた傍からほぼいらない子と化してしまう悲しみを背負ったアイテムでもある。

 

こちらでは普通に全種類レジャー用品店で売っていたのだが、すごい釣り竿は値段も装備も完全にガチの、それこそ「休日には早朝から磯釣りに~…」レベルの釣りバカな皆さん向けのレベルで、かと言ってボロの釣り竿はゲーム同様にコイキングしか釣れなさそうなぐらい貧弱装備だし…と言うことで、その中間であるいい釣り竿に落ち着いた。結構な出費にはなったが、これもまたコラテラルダメージというもの。戦力拡充のための致し方ない出費(ぎせい)だ。

 

 

「へぇ、結構様になってるわね。釣りはやったことないから分からないけど」

 

「俺も初めてだよ」

 

 

嘘じゃないぞ?この世界では…と言う但し書きが付くけどな。まあ、元の世界でも最後に釣りに行ったのは何年も前に一度行ったきりな話なので、実質初挑戦なのは変わらないからセーフセーフ。

 

 

「目標は?」

 

「もちろん、みずタイプの強そうなヤツ」

 

 

タッツー・シェルダー・ヒトデマン辺りが釣れれば大成功じゃないかな?あわよくばミニリュウなんて釣れた日には絶頂すら覚えることだろう。ゲームではサファリゾーン以外には生息してなかったけど。何ならカントーのポケモンじゃないけど、チョンチーなんてのもアリだな。

 

興味深そうに様子を見ているアンズの期待の篭ったような視線を感じつつ、初心者向けの指南書を見ながら仕掛けを竿にセットし、桟橋から上段に構えて全力でキャスト。だいぶ沖の方でポチョン!と音を立てて仕掛けが海中へと沈み、目印となる浮きが水面を漂う。

 

周囲にはチラホラと釣り人たちの姿もあるが、釣りと言えば朝まずめに夕まずめ…早朝と夕方が狙い時とは聞くので、その時間から外れているからか、思っていたよりは疎らだった。ポケモンと魚が同じような生態してるのかは分からないけど。それともこのクソ暑い時期に炎天下での釣りは無謀なのだろうか。

 

そのまま桟橋に腰を下ろし…てすぐに灼けた橋の熱さに耐え切れずに立ち上がり、そのまま手元の感触に意識を集中させながらユラユラと波に揺れる海面と浮きを見続けること数分。

 

 

「お…これは来たか?…おお、引いてる引いてる!」

 

 

浮きが大きく沈み込み、同時にポケモンが食い付いた感触が手元に伝わる。それに合わせて思いっ切り釣り竿を引き、その感触に釣れた確信を持ってリールをキリキリ巻く。若干の抵抗はあったが、順調に近くまで引き寄せられたソレを…

 

 

「うおりゃっ!」

 

 

全力で桟橋の上まで…上げる!

 

 

 

 

 

 

 

「こいき~ん」

 

 

俺の渾身の雄叫びと共に海中から揚がったのは、真っ赤な身体に金色の王冠を被ったようなヒレが特徴の丸っこい魚のようなポケモン。ピッチピッチとあらん限りの力で以て跳ねまくっている。

 

この跳ねまくるポケモンはコイキング。初代で登場して以降、ほぼ全てのポケモンシリーズでほとんどの水場に野生で出現するみずタイプのポケモンだ。すばやさ以外のステータスが壊滅的で、図鑑では「世界一弱くて情けない」「はねることしかしない」などとボロクソに扱き下ろされている。覚える技も"はねる・たいあたり・じたばた・とびはねる"で全てという悲しみ。初代とそのリメイク版ではオツキミ山麓のポケモンセンターで500円で売られていることでも有名。第5世代でも500円で売られてたな。しかもすばやさの個体値31固定の優秀なヤツが。

 

因みに、♂は髭が黄色で♀は白と性別を判別しやすい特徴がある。コイツは黄色だから♂だな。

 

 

「あははははっ!コイキングって、完全に外れじゃない!」

 

 

釣れたコイキングを見て、大笑いするアンズ。こっちでもコイキングは最弱王扱いなのは変わらないようだ。ついでに釣りにおいては外道扱いされることもままある模様。

 

 

「やかましい!コイキングさんなめんなよ!」

 

 

それに対して俺も反論する。無論、釣果を馬鹿にされたから…ではなく、コイキングの真の魅力を知っているが故に。

 

何せ、コイキングの進化先であるギャラドスは、長年対戦の最前線で活躍している非常に優秀なポケモンなのだ。こうげきを中心に全体的に高水準でまとまったステータスと、非常に広い範囲に対応出来る攻撃性能を持つ。特殊技も豊富で補助技もある程度揃っており、みず・ひこうというタイプ相性、特性の『いかく』も加味すれば、性格や努力値の振り方次第で特殊・耐久型の戦いも出来なくもない。さらにはタマゴ技がないため、ポケモン厳選の入門編として勧められることも多い。そしてメガシンカまである充実っぷり。

 

性能良し、使い勝手良し、育てやすさ良し。さらに見た目も竜を彷彿とさせるカッコ良さでビジュアルも良し。文句のつけようがない素晴らしいポケモンなのだ。

 

 

 

…まあ、コイキング自体はポケモン全体でも最弱クラスのステータスで、環境が整っていないストーリー序盤なんかだと進化させるまでが割と大変であるが故に最弱王なんだが。レベルが低い内ははねるしか覚えてないし。500円で買って間もないコイキングと、野生のトランセルによるはねる・かたくなる合戦…全ては何も分からずただ純粋にポケモンを楽しんでいた遠いあの日の思い出の彼方…

 

 

 

…ともかく、記念すべき初の釣果。まだ持ってないポケモンだし、みずタイプであることにも変わりはない。よってここは捕獲一択。

 

 

「とりあえず『クサイハナ』、"ねむりごな"だ」

「ハッナ~」

 

 

数日前にナゾノクサから進化したクサイハナに眠らせてもらう。進化はキョウさんの指導を受ける中でのこと。元々、とうの昔に進化するレベルには達していた以上、時間の問題だったのだろう。

 

 

「こいき~n…zzz」

 

 

クサイハナがバラ撒いた"ねむりごな"が、ピチピチと元気に跳ね続けるコイキングに降り注いだかと思ったら、浴びてからあっという間に大人しくなる。まるで死んでしまったかのようだ。まあ、寝てるだけなんだけど。

 

 

「ほい」

 

 

コイキングが夢の世界へと沈んだのを確認して、モンスターボールをポイッと当てる。

 

ボールへとコイキングが吸い込まれ、桟橋に落ちる。そのまま何度か揺れた後、『カチッ』という音を最後にその動きが止まる。

 

 

「まずはコイキングゲットだぜ…っと」

 

「状態異常にしたポケモンは捕まえやすいとは聞くけど、鮮やかなもんね。コイキングだけどw」

 

 

コイキングの収まったボールを拾い上げる俺と、背後からコイキングを嘲笑うアンズ。そんなアンズを無視して、再び仕掛けを沖に放る。

 

将来性抜群の可能性の塊をここまで嘲笑えるとは…これも全てはコイキングの低評価がなせる業か。悲しいなぁ、コイキング…いつか世の中のコイキングを嘲笑う連中を全員見返してやろうぜ。とりあえず、その時の最初のターゲットはアンズ、君に決めた。コイキングさんが進化したら、ギャラドスで"みがわり"→"りゅうのまい"→"たきのぼり"連打で6タテをお見舞いしてやるからな。覚悟しておけよ。アンズをギャラドスでボコすと言う密かな小さい目標が出来た瞬間であった。

 

なお、予定は未定。

 

 

 

 

 

『ギャラドスでアンズフルボッコ計画』の青写真を適当に引きながら、そのまま糸を垂らすこと数分。釣竿に再びアタリが。

 

 

「おっしゃ!」

 

 

さっきと同じようにポケモンが食い付いたのに合わせ、思いっ切り竿を立てる。そのままリールをガンガン巻き上げる。釣糸の先に食らい付いていたのは…

 

 

「こいき~ん」

「あははははははっ!!またコイキング!ホント、よく釣れるわねぇ!コイキングだけど!コイキングだけどwww」

 

 

…またしてもコイキングだった。

 

うん、まあこんなこともあるさ。と言うか、場所によってはコイキングが連続で釣れるなんてざらにあること。気にしない気にしない。このコイキングはリリース、そして後ろで爆笑している失礼な忍者娘は今後徹底的に無視だ無視。

 

釣れる波は来てるんだから、このまま色々釣って見返してやる。朝まずめ?夕まずめ?なんだそれは?って感じ。

 

 

「…!」

 

 

そして再びポケモンがヒット。今度こそ違うポケモンであって欲しい。そんな願いを乗せてリールを巻く。

 

 

「こいき~ん」

 

「………」

「アッハハハハハハh…ゲホッ、ゲホッ!」

 

 

二度あることは三度ある。願いも空しく、コイキング再び…そしてアンズさんよ、咽るほど面白いか?こっちは真剣にやってんだぞ?それをコイキングしか釣れてないのをいいことに、好き勝手笑い転げて、見ていてはしたなく咽せよってからに…こちとら初心者だぞ?むしろ釣れてるだけ凄いと思って欲しい。

 

…そう考えたら、釣り竿貰って速攻で使いこなせてるゲームの主人公ってすげえよな。

 

ええい、こうなれば回数をこなすのみだ。何回も投げれば、コイキング以外のポケモンだって釣れるはず。そうに決まってる。釣って釣って釣りまくってやる!イクゾー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

 

 

「……ねえ、またなの?」

 

「…おかしい、こんなことは許されない…あっていいはずがない」

 

 

 19番水道の桟橋にて釣糸を垂らすこと、開始から2時間あまり。その釣果の程は、ある意味においては上々。しかし、俺の本来の目的から見れば全く成果が出ていないに等しい状況となっていた。

 

 

「こいき~ん」

「何でコイキングしか釣れねえんだ…」

 

 

ポケモンは順調に釣れはするものの、揚がるのは釣れども釣れどもコイキングばかり。これで本日19体連続19体目となるコイキングである。最初は釣り上げる度に馬鹿にするように笑い転げていたアンズも、今ではご覧の通り辟易とした様子を隠しもしない。

 

どこぞには釣ったコイキングの大きさを競う競技があり、レコードサイズのコイキングを釣ることに執念を燃やす釣師たちもいるようだが、俺はそんなことに興味はない。

 

 

 

…俺が買ったのっていい釣り竿だよな?これ、実はボロの釣り竿だった…なんてことないよな?

 

釣竿と購入したレジャー用品店に対して沸き上がる若干の不信感を勝手に抱きつつ、それでも俺は釣ることを止めない。

 

幸い時間はたっぷりある。釣りは忍耐が重要とも聞く。目ぼしいポケモンが釣れるまで、意地でもやってやる。海とポケモンと俺の根比べだ。

 

 

「…飽きた。お昼も近いし、先に帰るわ。モルフォン、ちょっと散歩して帰ろ!」

「フォーン! 」

 

 

そしてうしろの忍者娘は飽きたとのことでここでリタイア。後ろからのガヤが無くなって、これで釣りに集中出来るってもんよ。びっくりするようなポケモン釣って、後でギャフンと言わせてやるから心して待ってろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

~さらに1時間後~

 

 

「こいきーん」

「こいきーん」

「こいきーん」

「こいきーん」

「こいk(ry」

 

 

 

 何 故 釣 れ ん

 

 

いや、釣れることは釣れているんだ。コイキングだけは。何故コイキングしか釣れないのか…いくらなんでもおかしくないか?

 

これはあれか?全部捕まえてありとあらゆる型のギャラドス育てろってか?と言うか、他のポケモンはどこ行った?周りの釣り人たちはタッツーとかシェルダーとか時々釣れてたのに、どうなってやがる。正直釣りしてる間コイキングばっかり見てたから、もう見飽きたんだよ!

 

 

 

 

 

ふぅ…少し根を詰めすぎたかもしれん。釣りを始めてから3時間あまり。ぶっ通しでやってたから流石に疲れも感じる。昼飯も食べにゃならん。ここは落ち着くためにも一旦休憩して気分をリフレッシュといこう。

 

 

『ふに』

 

「ん?ふに?」

 

 

うんざりした気持ちで本日ちょうど30体目となるコイキングをリリースした後、一旦釣り竿を脇に置こうとしたところで、手元から伝わった弾力のある感触。

 

反射的に手元へと目を向けると、そこにあったのはピンク色の物体。そいつは俺が触ったことで、ゆっくりと顏を上げてこちらを向き、俺をしばしじっと見上げた後…

 

 

「やぁん?」

 

 

…と、一声鳴いたのだった。

 

この全身ピンク色の物体もとい、生物の名は『ヤドン』。図鑑での分類はまぬけポケモン。動きも雰囲気も非常にゆったりとしたポケモンで、以前クチバシティの大会で戦ったヤドランの進化前だ。

 

どこから桟橋に上がって来たんだろうな?と言うか、いつの間に俺の横に…来て欲しくない時に必ず現れるサカキさんと言い、毎回のように煙幕焚いて至近距離に現れるキョウさんと言い、飽きて煽るだけ煽って帰って行った忍者娘と言い、どいつもこいつもステルス性能高すぎやしないか?

 

いきなりの登場に驚いて一瞬身構えたが、ヤドンはただジィッと俺を見ているだけで、特に何かやって来るような様子はないし、逃げるような素振りも見せない。危険は…なさそうだ。日向ぼっこでもしに来たのかな?

 

のんびりまったりマイペースな様子を全身で表しているヤドンを見て、何の気なしについ俺は話し掛けた。

 

 

「よお、お前も一休みかい?」

「………やぁん?」

 

「今日いい天気だもんな。外出なきゃ損ってもんだよな。暑っちぃけど」

「………やぁん?」

 

「俺結構長い時間釣りしてるのにさ、コイキングしか釣れねぇんだよ。どうしたもんかな?」

「………やぁん?」

 

 

俺が適当に話し掛けると、だいぶ間を置いてヤドンからの返事が返ってくる。言葉と鳴声の間を流れる空気に、時折どこを見てるのか分からなくなるようなヤドンの表情を見ていると、さっきまでのイライラはどこへやら。とてもほんわかとした気持ちになる。

 

そんなヤドンの癒し空間に引き込まれてしまった俺は、ヤドンの隣で桟橋に腰かけたまま、ついさっきまで闘志と欲望を燃やして対峙していた海を眺める。

 

陰ることなく青空に輝く太陽、日差しを受けてキラキラと光る海面、頬を撫でる海風、一定のリズムで桟橋に打ち寄せる波の音…心が洗われるようだ。あれだけ身勝手にぶちまけてしまってすまない、コイキング。お前たちだって生きてるんだもんな。最弱なんて呼ばれても頑張ってるんだもんな。俺何様だよって感じだよな。

 

 

 

 今なら悟りを開けそうな気さえするような時間をしばし過ごし、そこでようやく昼飯がまだだったことを思い出す。俺の腹ごしらえも大事だけど、ポケモンたちの飯も用意してやらないと…

 

 

「…そうだ、お前も食うか?」

「………やぁん?」

 

 

ポケモンたちの食事まで頭が回ったところで、ついでに「こいつも食うかな?」という軽い感覚で、俺が海を眺めている間もほとんど微動だにせず隣にいたヤドンに、ポケモンフーズをいくつか差し出す。

 

 

「…………やぁん」

 

 

ヤドンは俺が差し出した掌をしばし見つめた後、警戒する素振りもなく食べ始めた。それを見て嬉しくなるこの感覚は、気分は近所の野良猫に餌付けをしているような感覚だろうか。まあ、それを現実で本当にやると色々問題があるのは承知しているので、実際に出来たら「こんな感じなんだろうなー」ぐらいのものだけど。そもそも本物の野良猫なら、餌やる前に逃げられるのが関の山だろう。

 

俺も飯食って一休みしたら、また水ポケモン求めて釣りを頑張るかぁ。

 

 

「…さって、んじゃ飯に行きますかぁ」

 

 

ヤドンが全部食べ終わったのを見届けて、俺は立ち上がり桟橋を後に…

 

 

「…あ、そうじゃん」

 

 

のんびりし過ぎてド忘れしてたが、そう言えばヤドンもみずタイプじゃないか。それもどくタイプを吹っ飛ばせるエスパー複合。これは…チャンスなのでは?

 

足を止めて振り返れば、見送りのつもりだったのか、こっちを見ていたヤドンと再び見つめ合う格好に。

 

 

「………」

「………やぁん?」

 

 

何となく『スッ…』と空のモンスターボールを取り出してみる。

 

 

「………」

「………やぁん?」

 

 

ヤドンは逃げる素振りは見せない。ボールを手にしたまま近付いてみる。

 

 

「………」

「………やぁん?」

 

 

…やっぱりヤドンは逃げる様子を見せない。普通ならこのまま戦って弱らせるなり状態異常にするなりしてからボールをポイなんだが、何となくそのままボールをヤドンの目の前に差し出してみる。

 

 

「………」

「………」

 

 

ヤドンはやっぱり逃げることなく、そのままジィッと差し出されたボールを見つめている。ピタッと時が止まったかのようにお互いにまんじりともせず、

 

しばし周囲を波と風の音だけが流れる。そして…

 

 

「………やぁん」

『カタカタ…カチッ』

 

 

ヤドンは自らボールに収まってしまったのだった。

 

…え?いやいや、何となくと言うか空気を読んでと言うか、その場のノリでボール出してみたけど、まさか本当に入っちゃうとは…こんなこともあるんだねぇ。

 

ヤドンと言えば動きが鈍くてマイペースっていうイメージはあったが、これはいくら何でもマイペースが過ぎやしないか?そしてこれ一応ゲットしたってことで良いの?良いんだよな?本当にお持ち帰りすんぞ?

 

…ま、いっか。

 

 

「ヤドン、ゲットだぜ!」

 

 

想定していた感じとはかなり…いや、丸っきり違うけど、とりあえず当初の目標だった水ポケモンの確保に成功。『何の成果も‼得られませんでした‼』とアンズに笑われる未来は回避された。

 

が、釣りはまだ終わりじゃない。元々今日一日釣りして終わるつもりで来たんだ。次のポケモン、より強いポケモンを求めてギリギリまで釣りまくるんだ。

 

そのためにも、まずは腹ごしらえだ。全員飯にするから出て来いよ。新しい仲間も紹介するぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

「…よっし、んじゃ再開しますか」

 

 

 仲間たちと新人の顔合わせも兼ねた1時間ちょっとの昼食休憩を取り、再び桟橋に戻って竿を握る俺。気温も上がってきて、ポケモンたちも活発になって来る頃じゃないか?と期待を込めて、午後の第一投を投じる。

 

少し休んだことで体力も回復。このイイ感じのまま、午後はもっといい釣果を期待したいところ…

 

 

「来…たぁッ!?」

 

 

少し気の抜けていたところに『ガツン!』と来た衝撃。ポケモンが掛かったことを理解して、そのままリールを巻こうとする…しかし。

 

 

「お、重い…と言うか、こっちが引っ張られて…まずいまずいッ!?」

 

 

掛かったポケモンの力が強く、リールを巻けない。それどころか逆にこっちが海に引きずり込まれそうな勢いで引っ張られる。これ、相当デカいぞ…!?

 

そのまま何とか陸揚げ出来ないかと、全身に力を入れて、海に引きずり込まれないよう踏ん張り、必死にポケモンの力が弱まる隙を突いてリールを巻く。

 

が、次の瞬間。

 

 

『ザッバァァン‼』

「うわっ…」

 

 

穏やかに揺れていた海面に黒い大きな影が浮かび上がったと思ったら、ガラスを叩き割るような勢いでその影の主は海上へ姿を見せた。

 

優に数メートルはあろうかという細長くも力強い青い体躯、凶暴さをそのまま表したような鋭い目付き、全てを噛み砕いてしまいそうな強靭な顎と鋭い歯…きょうあくポケモン・ギャラドス。散々釣ったコイキングの未来、海の暴君のお出ましである。

 

 

『バキィッ!!』

「ぬあっ!?」

 

 

そして、ギャラドスが跳ねたせいで変な負荷が掛かったのか、耐えきれなかった釣り竿が圧し折られてしまう。その直後、それまで岩にでも引っ掛けているかのようだった重い引きが突然無くなり、尻もちをついて後ろに倒れこむ。

 

呆然として手元を見やれば、未だ強烈な感触と真ん中辺りから真っ二つに折られた釣り竿が残り、さっきまでピンと張り詰めていた釣糸も、今はタランと力なく風を受けてたわんでいた。しばらくその態勢のまま、息を整える。

 

…逃げられた。元々大物を引っ掛けるような仕掛けにはしてなかったのもあるけど、流石はギャラドスと言ったところか。

 

流石に真っ二つに折れた竿はもう使い物にならない。予備の釣り竿など持っているはずもなく、ついでに心も圧し折られてしまった。これ、この間買ったばっかりで今日初めて使ったのに…どうしよう?

 

 

 

 

 

 

 

 結局、道具と心を折られたことで釣りは終了せざるを得なくなり、折れた竿と仕掛けを回収してからセキチクジムへと帰巣の途に就いた。

 

アンズからからかうような視線で「どうだったのよ?」とか聞かれたので、ヤドンを見せてやったら驚かれた。が、経緯を話したら「やっぱり釣れなかったんじゃないw」と笑われた。ついでにギャラドスに竿折られたことも言ったらさらに笑われた。キレそう。

 

 

 

その後、その一部始終を聞いていたござる少年から

「なるほど、隊長はマサヒデ殿とでぇとをしていたわけでござるな!」

などと揶揄われ、アンズがござる少年を追い回す場面があったのは余談である。見ていて微笑ましい限り。そしてアンズさんよ、いい気味だ。

 

…ん?『俺は?』だって?元々そんなつもり微塵もないし。勝手にアンズが着いて来ただけだし。そもそも、あれはデートと言っていいものなのか?俺が釣りしてる後ろでアンズが茶々入れてただけじゃないか。

 

 

 

とりあえず、この忍者娘はギャラドスで6タテをお見舞いしてやる他ない。覚悟しておくように。

 

 

 

 




ヤドンとまったり釣りをするお話。と言うワケで、ヤドン&コイキングゲットだぜ。作者的に、ヤドン系は思い入れの多いポケモンでもあります。小学生の頃、人をポケモンに例えると何?という話題になった時、友人たちから宛がわれたのがヤドン。エメラルドではヤドキングでコンテスト全部門マスターランク制覇目指したりもしたし、再生力ヤドランも愛用してました。剣盾でもエキスパンションパスでヤドラン・ヤドキングが手に入るようですし、楽しみです。

と言うワケで、ヤドン&コイキングのステータス紹介をば。

《ヤドン》
・レベル:28
・性別:♂
・特性:マイペース
・ワザ:ねんりき
    ずつき
    みずでっぽう
    かなしばり
のんきな性格。
LV28の時、19番水道で出会った。
食べるのが大好き。

《コイキング》
・レベル:12
・性別:♂
・特性:すいすい
・ワザ:はねる
ようきな性格。
LV12の時、19番水道で出会った。
食べるのが大好き。

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