「マサヒデくん!朝ですよー!起きなさーい!」
「……ふあ…あー…い」
ジムバッジを巡るキョウさんとの激闘から4日。穏やかな眠りに就いていた俺は、いつもどおり女将さん…即ち、キョウさんの奥さん、アンズの母親の呼び掛けで目を覚ました。
半ば無理矢理起こされたため、身体は起きることを拒否…しているかと言うとそんなこともなく。祝勝会でたらふく美味い物食ったためか、解散後すぐに眠気に襲われた俺はいつもより早い時間帯に布団へと沈んでいたことで、頭はバッチリと冴え渡っている。起きる時間もいつも通り。実に良い気分だ。
『ザーーー……』
『ヒュォォーー…』
ノイズのように延々と聞こえて来るのは、雨粒が絶え間なく大地を叩く音。雨音に混じって、風が木々を揺らす音も聞こえる。季節柄、雨が降る日が多くなってきたようには感じるが、今日は風も強いようだ。
布団から這い出して外を見れば、降りしきる雨の中で強風に煽られて木の枝が踊っている。この調子だと、折角の休日なのに今日1日は外には出れそうにないな。娯楽が乏しく、体力を持て余し気味な今の俺としてはあまり嬉しいことではない。ついさっきまでの良い気分はどこへやら、俺のやる気がガクッと下がった。まあ、現状若干11歳にしてすでに学校に行ってない俺にとっては「休日?だから何?」状態ではあるが。
ともかく、まずは朝食だ。朝食を食べなきゃ1日を戦う活力は得られない。布団をたたみ、寝間着を着替え、寝癖をササッと整え、女将さんに呼ばれるがまま俺は朝食へと向かう。
…この言葉、あっちにいた頃の自分に言い聞かせてやりたいもんだ。どうせ「朝食なんてのんびり食ってる時間は無い」って返すであろうことは分かり切っているけど。
いつも朝食を食べている一室。ジム内に設けられた和室の広間に俺が足を踏み入れた時、ジム内で寝泊まりしている門下生等に混じって、ある人物が膳に向っているのを見つけた。
「おはよう、マサヒデ。昨日はよく眠れたかな?」
「おはようございます、キョウさん。ええ、とても気持ちよく眠れました。それより、この時間に食事は珍しいですね。今日はどうされたんですか?」
「何、ちと私用でな。午前中はジムを開けぬこととした故、時間までゆるりとしておるだけのこと」
その人物は、この建物の主人にしてセキチクシティジムリーダー・キョウさん。いつもだったらこの時間にはすでに食事を終え、ジムリーダーとしての仕事に向かっていることが多いのだが、この日は珍しくのんびりと他の門下生さんたちと一緒になって朝食を摂っていた。
俺の姿を視界に捉えると、口の中の物を静かに飲み込んでから声を掛けてきた。
キョウさんとの会話をしつつ、俺も空いている席に着いて膳に向う。炊き立てご飯と味噌汁の香りが、食欲をそそる。
が、そこで俺はいつもの面々…アンズ以下、セキチク忍軍の皆さんの姿が見えないことに気が付いた。いつもなら数人~全員、少なくともアンズだけはいるはずなんだが。
「キョウさん、そう言えばアンズは?」
「ああ、何かやりたいことがあるとかで、夜明け前に朝餉を済ませて何処かへ行ってしまったぞ」
「…え、夜明け前?それもこの雨の中をですか?」
「うむ」
ここの世話になって1カ月ちょっと、同年代ということもあって食事も一緒に摂ることが多かった彼女だが、どうやらこの日は既に食べ終えて何かやっているらしい。そして、今日のように俺に隠れて動いている時は、大抵俺にとって良からぬことを企てている可能性が高いことを、俺は身を以て知っている。
セキチク忍軍の協力の下、落とし穴に落とされたり、金ダライ落とされたり、足元ワックスでツルツルにしてこけさせられたり、水鉄砲の集中砲火を浴びたり…古典的な手のオンパレードだったが、とにかくこの1カ月で何度か痛い目に遭ってきた。世が世なら悪質なイジメとして世間に晒されている。
まあ、その都度バトルで可能な限りフルボッコにしといたので、個人的にはお相子と言ったところだが。
ここ2、3日は意図的に避けられているような気がしたり、他のセキチク忍軍のメンバーも姿が無いとあって不穏な胎動を感じるが、それよりも今は目の前の朝食。手を合わせ、「いただきます」と静かに一言。独り暮らしが長くなっていたからか、それとも元々の気質か、食事中にはあまり喋らないタイプの人間の俺は、後は喋ることなく黙々と朝食を口の中に運んでいく。行儀が悪いとも躾けられてるしな。
こらそこ、ボッチとか言わない。事実だけど。
そんなワケでよそ見せずに食べ進めた朝食もあっさりと完食。腹休めにそのまま一息吐いていると、一足先に食事を終えていたキョウさんから声を掛けられる。
「マサヒデ、この後ちと良いかな?」
「…?ええ、構いませんが…」
「うむ…では、ちと場所を変えよう」
話があると言われ、促されるがままにキョウさんに連れて来られたのは、キョウさんの書斎だった。
「…さて、マサヒデ。改めてだが、セキチクジム制覇おめでとう。お主の実力であればバッジ3個相当のレベルなど容易く越えて来るとは思っておったが、流石よ」
「ありがとうございます。まあ、ジムリーダーとしてのキョウさんに勝っただけですが」
「それでも、僅かな期間でよくぞわしを倒せるまでなったものだ。もしお主がポケモンリーグに出場出来るような時が来るのなら、その時はわしの全力を以てお主と戦う…それも良いやもしれぬな」
「ええ、その時はよろしくお願いします。今度は負けません」
「ファファファ…楽しみにしておこう。それと、指導の件でも1カ月お主にはだいぶ世話になった。感謝しておる」
「それはお互い様でしょう。僕も色々と教えていただきましたし、良い修業になりました」
「そう言ってもらえると指導者冥利に尽きるところだ。で、お主を呼んだ本題なのだが…期日は決まったか?」
「はい。準備も含めて、3日後ぐらいを目途に旅を再開しようかと考えています」
そう言ってキョウさんに尋ねられたのは、俺の今後の予定。俺がセキチクシティに滞在を続けた2つの理由の1つ、ジムバッジ獲得という目的は、4日前に無事達成された。そしてもう1つの理由である『どくづき伝授』という目的も、概ね達成出来ていると言っていい状況。つまり、俺がこの地に留まる理由は無くなっていた。
そういう状況だったため、ジム戦直後には朧気ながらも『近日中に街を離れる』という大まかな方向性は決めており、3日前…ジム戦の翌日にはキョウさんにその旨を既に伝えてあった。
「…そうか。分かっていたこととは言え、寂しくなるな」
「流石に1カ月もいると愛着も湧きますけど、止まるわけにはいきませんから」
「ファファファ…それでよい。さらなる高みに挑み続けてこそ、一流への道は開かれるもの。その心意気、努々忘れるでないぞ。お主であれば、残るジムの完全制覇…延いてはポケモンリーグ優勝も夢ではあるまいて。精進せよ、マサヒデ」
「はいっ」
俺のそもそもの旅の目的。各地のジムを巡り、バッジを手に入れること。厳密に言えば『多くのバトルを経験し、サカキさんを倒せるぐらい強くなること』が当面の目標なのだが、その指標としてはジムバッジ以上に分かりやすい目印もない。
1カ月ちょっとセキチクシティに沈没していたため名残惜しさはあるが、俺の旅はようやく折り返し地点に到達したところ。足を止めるワケにはいかない。この街における最大の目標は達成した以上、次の目標に向けて動き出さなくてはならなかった。
「何はさておき、今日はこの天気だ。今後のために、ゆるりと英気を養うといい」
「はい。では、失礼しました」
「…どれ、わしも行くとするか。フフッ、全く世話が焼ける…」
こうして書斎を出てキョウさんとは別れた。最後ボソッと何か言っていた気がしたが、上手く聞き取れなかった。
この後は、ポケモンたちの食事の準備に向かう。まあ、準備と言っても、ジムの職員さんたちが用意してくれた分を貰っていくだけで、大したことは何もする必要なかったり。何事もなくポケモンたちの朝食も終わればいつもなら修練が待っているのだが、今日はこんな天気なのもあって休みをもらったのでゆっくりすることに。
ただ、修練もなく、ゲームもなく、テレビもこんな朝早めの時間帯から面白いと思うような番組をやっているはずもない。旅に向けての準備もあるが、大きめの荷物はすでにまとめてあるし、小さいものは前日まで使うしで、することがない。休みという名の退屈と真っ向から向かい合うことになっていた。
そして、この天気じゃあ流石に外に出る気にはなれない。いつもならちょっかい掛けて来るアンズ以下、セキチク忍軍の皆さんも何故か不在。
ついでに補足しておくと、アンズ以下セキチク忍軍の皆さんは俺とは違って普通にトレーナーズスクールに通っている。やはり俺のような『初等部を出て即トレーナーに』なんてのは絶滅危惧種みたいなもんらしい。
ただ、今日は休日なんでトレーナーズスクールも休みだったと思うんだが…こんな悪天候の中、揃ってどこで何企んでいるのやら。
「暇だねぇ、スピアー」
「ビィー…」
とにもかくにも、今の俺はやることがなく、只々暇を持て余していた。
そんなこんなで、しばらくぼんやりと外を眺めたり、見る気の起きないテレビを見たり、まったり仲間たちと戯れたりして退屈と格闘していたのだが、結局根負けして、ジムトレーナーの皆さんのトレーニングを見学、あわよくば調整がてら混ぜてもらおうと修練用の屋内フィールドへ足を向けた。
屋内フィールドには、いつにも増してこの時期特有のジメジメとした空気の中、その不快感を吹き飛ばす熱気でトレーニングに励むジムトレーナーの皆さん。そんなジムトレーナーたちの修行の輪に、俺は目論見通り自然と溶け込むことに成功する。まあ、人数自体全体で20人程度だから皆さんある程度見知った人ばっかだし、彼ら曰く「君も既にセキチクジム門下生みたいなもの」らしいので、俺が参加すること自体は何の問題も無い様子。
ウォームアップをポケモンたちに指示しながら、彼らのトレーニングの様子を見学。錘らしきものを付けてバトルをさせている人、ひたすらに技を撃ち込ませている人、それを回避させている人、或いは正面から受け続けさせている人…トレーナー1人1人がストイックであり、目指すところと信念を持っていることがよく分かる。
俺はトキワジムの事しか詳しくは分からないが、強さに向き合う姿勢とレベルはサカキさんの教えを受けている人たちと遜色ないし、実際実力も確か。惜しむらくは人気がなく、門下生が少ないこと。キョウさんが専門とするどくタイプは、その見た目などから敬遠されることが多いタイプであり、加えてキョウさんのような戦い方は一般からの受けがあまりよろしくない。ポケモンバトルとして面白くない…そんな風に言われているのだ。
まあ、確かにキョウさんの戦い方にはパッと見て分かる華は無い。ポケモンバトルってのはトレーナー同士の才能とか努力とか、信念、或いは誇り…そう言ったものをひっくるめての強さを競う競技であると同時に、エンターテインメント、興行としての一面がクローズアップされやすく、人々には分かりやすい派手な強さが好まれる傾向にある。「必殺技で全員粉砕」だとか「起死回生、執念の一撃で逆転勝利」だとか、そういう感じのやつで、特徴的で派手な戦い方のトレーナーほど、比例して人気も高かったりする。
対してキョウさんはと言えば徹底的なリアリストで、基本を崩さず、素早く的確に行動し、相手を自分のフィールド・ペースに引き摺り込み、付け入る隙を与えず、淡々と勝利を攫っていく。特徴的ではあるが、言っちゃ悪いが陰湿だ。
確かな知識と豊富な経験則に裏打ちされた、相手の四肢を縛り、真綿で首を絞めるようにジワジワと追い詰める戦い方を最後まで徹底する…それがキョウさんのスタイルであり信条。そして、そういうスタイルは動きが単調かつ地味で、時間も掛かりやすいため興行としても絵にならず、面白くない。
それ故に、昨年のとある雑誌で行われたカントージムリーダー人気投票で堂々の最下位を記録するなど、他のジムリーダーと比べて人気は低く、ハナダシティとかタマムシシティのジムリーダーが頻繁にお茶の間に登場するのに比べ、その回数は明確に少ない。出ても「ジムリーダーだけ出ればいい」「ポケモンよりも自分自身の方が派手」などと言われる始末だ。
そんな状況故に、実際キョウさんの指導を受けたいという人、そして今受けている人は、これまで見てきた他のジムと比べても明らかに少ない。セキチクシティ出身のトレーナーたちも、他のジムリーダーの指導を求めて他所へ移る者が後を絶たないとか。まあ、現実での受けループ戦術を思い返せばそんな評価もある意味では正しい。
ただ、1カ月だけとは言え実際にキョウさんに師事した身として言わせてもらうと、指導者としては非常に頼りになるし、トレーニングの質も高い。真面目に取り組めば2段も3段も高い場所を目指せるだけの基礎を身に付けることが出来ることは保証していい。そういう意味では、セキチクシティ出身のトレーナーたちは、飛躍するためのまたとない機会をフイにしてると言えなくもない。
「ここにいたでござるか、マサヒデどの」
「…ん?」
そんなさしてどうでもいい、他愛もないことをぼんやり考えていたところに掛けられた声。振り返れば、そこにいたのは
「おお、おはよう。どっか行ってたみたいだけど、朝から何やってたんだ?」
「うむ、おはようでござる。ちとアンズどのに駆り出されていた由にて。何もあんな朝早く、それもこんな天気の中でする必要もないでござろうに…」
「やっぱり…まあ、何やらされてたかは知らんけどお疲れさん。風邪だけは引かないようにしろよ?」
そう言って、若干眠そうに目をこするござる少年。やはりアンズに何か手伝いさせられていたようだ。ござる少年をよく見ると、肩や袖の先、裾の辺りが若干濡れていた。アイツ、夜明け前から行動してるって言ってたっけ?そんな時間から御苦労なことで。
「忝いでござる…それよりもマサヒデどの、お仲間の調整でもしていたでござるか?精が出るでござるな」
「ああ。この天気じゃ外にも出れないし、かと言って中に籠っててもやることねえし、だったら軽く運動でも…ってね」
「なるほどなるほど…ならば、丁度よかったでござる。そんな時間を持て余しているマサヒデどのに、こんな物が!」
「うん?」
そう言ってござる少年は、忍び装束の懐から時代劇とか大河ドラマとかでよく見る書状のような物を取り出して俺に渡してきた。雨に濡れたのか、仄かにしっとりとした柔らかい感触の書状だ。
そして、その書状の表面には、書状の本題が無駄に達筆な字でデカデカと記されていた。
『 果 た し 状 』
…なぁにこれぇ?
「では、確かに渡したでござる」
「え、ああ、うん」
突然果たし状を突き付けられるとかいう激レアイベントを前に困惑する俺を尻目に、そう告げてござる少年は去って行った。見送りつつ果たし状の中身を確認すると、そこに書かれていたのは「いつもの修練場にて待つ」という短い呼び出しの文言と、差出人・アンズの署名だけ。
早い話がアンズからの挑戦状なんだが…今更こんな物出す必要あったか?割と毎日のようにバトってるのに。
そんな疑問を抱えながらも、しかし他にやることもなかった俺は、果たし状の呼び出しに従って、いつもセキチク忍軍の皆さんとトレーニングに励んでいた修練場へと赴いた。
…大雨と強風が吹き荒れるクソみたいな天気の中を猛ダッシュで。早々に傘がお亡くなりになっちゃったから仕方ないネ。
最悪だ…
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「…来たわね、マサヒデ」
「…おー、来てやったぜアンズさん」
「…って、ずぶ濡れじゃない。傘はどうしたのよ」
「この風だ、飛び出して20秒で使い物にならなくなったよ。まあ、その点はそっちも人の事言えた状況じゃないみたいだけど…」
水溜りに足を突っ込まないよう注意し、雨の中を風に逆らって突っ切って、ずぶ濡れになりながら果たし状に指定されていたいつもの修練場へ。
そうして俺が着いた時、呼び出した張本人のアンズは、降りしきる雨の中を傘も差さず、ただ修練場の中央で立ち尽くしていた。当然全身ずぶ濡れで俯き加減、声のトーンも沈み気味。元気で勝ち気で負けず嫌いな彼女らしくない、鬼気迫るものを感じる。その周囲には、姿の見えなかったセキチク忍軍の残りの皆さんが、遠巻きに取り囲むように布陣している。
「で?朝早くからコソコソ何かやってみたいだが、こんな天気の中で
「…ま、とりあえずはさ、ジム制覇おめでと」
「お、おう…?」
アンズとの会話は、キョウさんに対する勝利への祝意から始まった。アンズらしくない始まり方に、これまたアンズらしくないあまりにも静かで不気味で異様な様子。
「やっぱりあんたって強いよね。この間の父上との戦い見てれば嫌でも分かるわ。あんたのポケモンの実力も、トレーナーとしての実力も、あたいよりもずっと上だって。この1カ月あたいがあんたにほとんど勝てなかったのも、今だったら納得出来るわ…年下相手に、悔しいけど」
…朝っぱらから驚きの連続だ。元気で勝ち気で負けず嫌い、無鉄砲なきらいはあるが、快活で裏表がなく気が強いあのアンズから、こんなしおらしい発言が出て来るとは。ホント、らしくない。彼女がこんな様子だから、今日はこんなに天候が荒れてるのかとも思えてくる。
この調子だと、明日は雪でも降るのかもしれない。夏だからまずありえんが。
「だけど、あたいだってセキチクジムリーダー・キョウの娘。父上の跡を継ぐ者として、負けっぱなしなんて許されない。だから、あたいはあんたに勝負を申し込むわ!父上の仇、あたいが絶対取ってやるんだから!」
「…別にそんな畏まらなくても、何度となく戦ってるじゃないか。普通に言ってくれれば勝負くらいいつでも…」
「違うわよ!…それに、父上に聞いたわ。あんた、近い内に出て行くんだって?」
「…ああ」
キョウさんから聞いた、か…まあ、キョウさんには話は通しておくべきだと思ってジム戦後早々に話したし、いずれは他のメンバーにもお別れの挨拶でもと思っていたので、別段隠し立てするようなことでもない。
「それじゃ、もうあんたと決着つけられないってことじゃない!あたいだって自由な時間は限られてる。だからマサヒデ、あたいと勝負よ!ここで今すぐ!」
「…そういうことかい」
そこまで言って、彼女はバッと顔を上げて俺を真っ直ぐ見据えてくる。態々俺に勝負を挑むために、雨が降り風が吹き荒ぶ朝早くから行動していたようだ。ここ2、3日の不審な様子も、これ絡みのことだったのかも。睨み付けるようなその眼差しと、固く真一文字に結ばれた口元からは、彼女の只ならぬ強い決意を感じさせる。
なーるほど、そこで果たし状に繋がるワケだ。確かに、数日後には俺はここにいないだろう。アンズにだって自分の都合がある。だから、勝負出来る回数ももう数えられる程しかない。それは分かる。
だが、「ここで今すぐ!」って…何もこんなクソみたいな天気の中でするこたぁ無いだろ!?
「バトルするのは別にいいが、流石にこの天気じゃマズいだろ。中に移そうぜ」
「駄目よ。中は修練に使ってるじゃない!」
「いや、そりゃそうだけど…そんな格好じゃ風邪ひくぞ!」
「構わないわ。あんたとは今日ここで決着をつけてやるんだから!」
雨具無しのずぶ濡れで大風の中仁王立ちするアンズに、せめて場所を移そうと提案するも、彼女はこの場所での決戦を主張して譲らない。
何故そこまで頑ななのか、理解に苦しむ。屋内のフィールドを使えなかったのは分かるし、それ故に屋外のこの修練場を準備したのも分かる。だが、何もこんな天気の中でやる必要も無いだろう。別に明日すぐに旅立つワケじゃないんだし、明日以降でもいいはずだ。
「おい、みんな!みんなからも言ってやってくれよ!」
俺も傘さんが無事お亡くなりになったことでこのままでは埒が明かないと思い、周囲を囲むセキチク忍軍の皆さんにもアンズを説得するように訴える。
「それが出来ていれば、苦労はしてないよ…」
「拙者たちも『この雨風の中では無茶でござる』と諌めたのでござるが…」
が、ダメ…!最早誰の聞く耳も持たないらしい。ここで「下着透けて見えるぞ」とか言って、大人の余裕でも見せ付けたら多少はペース握れるのかもしれないが、残念ながら?いつもの忍び装束なので
俺はずぶ濡れになりながらバトルなんて、理由もないのにやりたくないんだが…誰でもいい…誰でもいいから、この忍者娘を止めてくれ…!
「ファファファ…全く、世話が焼けるものよ」
「!?」
「!?」
そんな悲鳴にも似た願いを胸に、諦めずアンズと言い争っているところに、いるはずのない、待望にして予想外な人の声が割って入った。
「ち、父上ッ!?」
「キョウさん!?」
声のした方を見れば、そこにいたのは朝食後に「用事がある」と言って別れたはずのキョウさん。と言うか、どこから現れたし。
キョウさんは驚く俺とアンズを気に留める様子もなく、ちょうど2人の中間地点に陣取った。
「アンズよ、お主が何日も前から今日の仕合を画策しておるのは察しておった。このような悪天候の中、朝早くから他の者達まで無理矢理に駆り出しおって…お主は少し、年長者として周りの者に配慮することを覚えよ」
「うっ…も、申し訳ありません、父上…」
キョウさんがアンズを一喝してくれた。これで話も何とか落ち着く…
「フゥー…まあ良い。それでアンズよ、そこまでしててでも、どうしてもマサヒデと決着をつけたいか?」
「っ…は、はいっ!」
「……マサヒデ」
…かと思いきや、話の矛先が今度は俺に向く。
「…何ですか?」
「此の奴の無茶に付き合わせて済まなんだ。ただ、娘の希望を叶えてやりたいというのも父親の性でな。この場は一度わしが預かる故、この地での総仕上げとでも思って、明日にでも勝負してやってはくれぬか」
「構いません。アンズが望むなら、俺は全力で迎え撃つだけです」
「…マサヒデ、感謝する。取り決め等は追って連絡する」
そう言って、キョウさんが頭を下げた。まあ、アンズと勝負することそのものについては特に断る理由もない。
「皆もアンズの無茶に付き合わせて済まなんだ。風呂を準備させておる故、しっかり浸かって冷えた身体を温めると良い」
「「「はい!」」」
「では、解散!」
かくして、この場はキョウさんの執り成しで収まり、アンズからの果たし状の件は一時棚上げとなった。
雨中での決戦を回避した俺は、同じくアンズから解放されたセキチク忍軍の皆さんと一緒に一目散にジムへと走り、大浴場へと直行。みんなでワイワイやりながら、朝風呂を満喫したのであった。
…あ、流石に男女は別々だぞ。
そして、その日の午後の内には、果たし状の件についての正式な伝達があった。明日の午前中に、キョウさん立会いの下で試合を行うとのこと。試合形式は1対1のタイマンで、公式戦に準じた形での試合となる。キョウさんの都合の関係らしいが、「各々今持てる最高の戦力で以て臨むべし」との言葉も添えられていた。
というワケで、主人公にはセキチクシティでの仕上げにアンズさんと一戦してもらうことになりました。折角のライバル候補っぽい感じのキャラなので、しっかり遺恨?を残していきたいところ。
そしてタイマンなのは作者のつgゲフンゲフン…忙しいキョウさんの都合です。