成り行き任せのポケモン世界   作:バックパサー

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第47話:贖罪

 

 

 

 ニャースを連れたお姉さんの後に続いてポケモンハウスへ潜入。内装は別段変わったところの無い普通の民家で、中にいたのは数体のポケモンとお姉さん同様にその世話をしているらしい人が2人。そして…

 

 

「フジさん、ただいま戻りました!」

 

「お帰り、マナカさん」

 

 

…いた。もう見るからに人の好さそうなご老人。お目当ての人物、フジ老人で間違いないだろう。第一印象だけじゃ、このご老人があの日記に綴られていたような狂気の実験を主導していた人物などとは、とても思えないだろうな。

 

 

「…む?そちらの少年は?」

 

「さっきそこで出会った子なんです。何でもポケモンとの付き合い方で悩みがあると。名前が…えっと」

 

「初めまして、マサヒデと言います」

 

「ようこそ、マサヒデ君。席を用意しましょう、中へどうぞ」

 

「あ、では私はお茶の用意しますね」

 

「よろしくお願いするよ」

 

「はーい」

 

「…ではお邪魔します」

 

 

フジ老人と挨拶を交わし、案内されるがままに席に着く。

 

これで何とか、ポケモンハウスを訪ね、フジ老人と面会するまでは持って来れた。後はリュックの中にある日記帳を自然な形で引き渡すだけ。上手く話を持って行かないと…

 

 

「改めまして、私はフジ。ここ、ポケモンハウスの代表をしとる者です」

 

「マサヒデです。トキワシティから参りました」

 

「トキワシティから…遠くからよく来られましたね。ずいぶんと若いが、見た所ではトレーナーかな?」

 

「ええ、今年の3月にトレーナーズスクールを出て、各地のジムに挑戦する旅をしている途中でして」

 

「それはそれは…その年で大したものです。で、何かポケモンとの付き合い方で悩みがあると聞きましたが?私でよければ相談に乗りましょう。多少なりとも、何か力になれることもあるやもしれません」

 

「…実は、手持ちに中々言うことを聞いてくれない奴がいまして」

 

「ほう」

 

「どうにも他者と関わることを嫌っている節があって、コミュニケーションが取るのに苦労しているんです。出会った当初よりマシになってはいるんですが…」

 

 

まずは普通にお悩み相談。今の状態のままバンギラスになった日にはどうなるか…アニポケのリザードンルートが見える見える…一応、本気で悩んでいるところではあるからね。サナギラスとの付き合い方で何か助言が貰えないか、期待を込めて話を切り出す。

 

出会った当初から今に至るまで、どういう風に付き合ってきたかを出来るだけ詳しく伝えた。実際にサナギラスも出して見せた。元来の性分からして凶暴・無愛想なヤツではあったが、進化して蛹化したことで多少落ち着いた…いや、落ち着かざるを得なくなったのか?そんな感じではあったが、余計に何考えてるのか分かり辛くなった気もする。

 

その間、フジ老人は静かに俺の話に耳を傾けてくれていた。

 

 

「…なるほど、大体の事情は分かりました。ところで、君はポケモンハウス(ここ)がどういう場所かはご存知かな?」

 

「捨てられたポケモンの保護を行っている施設…とだけ」

 

「そう、人間の都合で捨てられたり飼えなくなったポケモンを保護し、世話をしています。それと同時に、引き受けてくれる新たな主人…トレーナーや企業・団体への橋渡しもしています」

 

 

俺は犬猫は飼ったことないからよく分からんけど、まんま捨て犬・捨て猫保護団体っぽい。

 

 

「そうなんですね。そして人間の都合ですか…」

 

「人間の都合とは言っても、病気や怪我、引っ越し、収入の問題等、どうにもならない理由で一緒にいることが出来なくなり、止むを得ず泣く泣く手放していく人も中にはおられます。ですが、ここにいるポケモンの多くは弱い、気に入らない、言うことを聞かない等々、とても身勝手な理由で人間に捨てられ、ここにやって来るのです。中には日常的に暴力も振るわれ、或いはまともな世話をしてもらえず、ボロボロの状態でここに運び込まれた子も珍しくない」

 

 

…ポケモンが現実の存在となった以上、こうやって話を聞かされると身につまされる思いだな。ポケモンをゲームとして楽しんでいた頃の事を思い出すと特に。この世界じゃ、孵化厳選なんてやろうものならバッシングの嵐を受け、余裕で檻の中がマイホームになってしまうこと間違いなし。それこそ悪魔の所業みたいなもんだろうなぁ…

 

 

「ちゃんと世話されていたポケモンは人に慣れていますので、引き取り先が見つかることも多い。しかし、ボランティアの皆さんの頑張りもあって世話を素直に受け入れてくれていますが、今ここにいるポケモンの多くは連れて来られた当初人間を怖がり、食事を摂らせることもままならず、攻撃されて私どもが怪我をするなんてことも日常茶飯事。そこから改善するまでに、短い子で半年、長い子では1年以上もかかりました。そのような状態では引き取り先も中々見つからないのです」

 

「そんなに…」

 

「ええ。ポケモンは人間とは違う生物です。人間とは違った基準で生きています。しかし、人間と同じようにポケモン1匹1匹にも個性があります。意志があります。感情があります。私自身サナギラスというポケモンについて詳しいことは知りませんが、話を聞く限りではポケモンの種族として、人間とは相容れないような性質を持っているのかもしれません。そのポケモンのあるがままを見詰め、ポケモンに寄り添いながら接することも必要でしょう」

 

「あるがまま、寄り添う…そして人との関わりを避けているのは種族的な問題、か。時間が掛かるのは流石に仕方なさそうですね。まあ、覚悟はしていましたが」

 

「大丈夫、君はまだまだ若い。ポケモンと本格的に付き合い始めて間もないはずだ。それを考えれば出会ってまだ数ヶ月、どうにもならないぐらい関係が悪いワケでもない。焦る必要はありません、ゆっくりと、愛情を持って向き合ってあげて下さい。忍耐と寛容…それが、ポケモンと付き合う上でトレーナーが、人間が持つべき心構えです」

 

「忍耐と寛容、ですか…」

 

「そう、ポケモンのあるがままを耐え忍び、受け入れる広い心を持って向き合うこと。ポケモンとの付き合いはそれに尽きるのでしょう。そして、それを乗り越えた先に、人間とポケモンの信頼関係がある…と私は考えています。今は君の言うことに従ってくれないかもしれませんが、辛抱強く接していれば、きっとポケモンは自ずと心を開いてくれる日が来るはずですよ」

 

 

…言われてみれば確かに、俺とサナギラスって出会って半年も経っていないんだよな。ゲームじゃ簡単に懐いてくれるからちょっと困ってたけど、言ってもらったようにそこまで焦るようなことでもない…のかな?

 

 

「このようなことぐらいしかアドバイス出来なくてすまないね。でも、聞けば君とサナギラスは出会ってからまだ半年も経っていないそうじゃないですか。私から見れば、それだけの期間でよくそこまでの関係を築けたものだと思いますよ。それに、君が愛情を持ってポケモンと接していることは、君のポケモンを見れば分かります。ポケモンとの関係は、信頼無くしては何も成し得ません。ポケモンバトルでもポケモンとの信頼無くして勝利は覚束ない。勿論、愛情を持ってポケモンに接することが絶対条件と言えるでしょう。忍耐・寛容・愛情…人によって形は違えど、それらの上に人間とポケモンの信頼関係は存在するのです」

 

 

『やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、褒めてやらねば人は動かず』…とある軍人の部下の育て方に関する格言だが、フジ老人の言っていることはこれに通ずるものがあると思った。そこのところはポケモンも人と同じようなものなのかもしれない。

 

 

「人生とは、重き荷を背負いて遠き道を行くが如し…ポケモンとはこれから先、何年、何十年、場合によっては一生涯の付き合いとなることも十分にある。その心を忘れないようにね」

 

「はい、ありがとうございました」

 

 

うん、子供にも分かりやすい、とてもいいアドバイスだったと思いました(小並感)。そして『人生とは…』の行は徳川家康の格言だな。色々背負込んでしまったからこそのアドバイスと言うか、戒めと言うか、フジ老人らしいとは感じた。

 

ま、やることとしては結局地道にコツコツとってことだな。これまでどおりさ。

 

 

 

ところで、ポケモンが某有名戦国シミュレーションゲームとコラボしてたのは覚えてるけど、この世界にも徳川家康っていたのだろうか?

 

 

 

…って、いかんいかん、これじゃ話が終わっちまう!どうにか話を切り出さないと!

 

 

「えっと、それでですね…」

 

「ん?まだ何か聞きたいことでもありましたか?」

 

「あの…」

 

 

ぐぬ…あー…えっと……ええい、ままよ!

 

 

「フジさん。貴方に見ていただきたい物があります」

 

「何でしょう?」

 

 

ここで止めてしまっては、わざわざシオンタウンまで来た意味が8割方(当社比で)失われてしまう。意を決して、リュックから問題のブツを取り出し、思い切り過ぎて多少机に叩き付けてしまいつつも机の上に置いた。

 

 

「これは…ッ!」

 

 

ソレを見たフジ老人の表情が、目に見えて変わる。奪い取るように机上の日記帳を手に取ると、目まぐるしい勢いでその中身に目を通していく。読み進めていくにつれて血の気が引いたように青褪める顔色と、小刻みに震え出す肩。ま、かつてのフジ老人の所有物だよな。分かっていたことではあるが。

 

 

「…君!これをどこでッ!どこから持って来たのですッ!」

 

 

日誌を見て突如大声を上げたフジ老人。机から身を乗り出し、俺に掴みかからんばかりの勢いに、思わずたじろいでしまう。

 

 

「グ、グレンタウンの廃屋敷で見つけた物です」

 

「グレンタウン…!そんな、まさか…」

 

「その反応を見るに、やはりコレは貴方の…」

 

「…失礼、取り乱してしまいました。席を移しましょう。奥の部屋へどうぞ」

 

「…分かりました」

 

 

言うが早いか、フジ老人は足早に席を立って奥の部屋へと歩き出した。俺もそれに着いて行く。

 

結局上手いこと話を持って行くという目論見は敢え無く崩壊したが、何とか本題を切り出せた。後は何とか日記帳を穏便に返却すれば、ミッションコンプリートだ。

 

 

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

 

 

 話し合いの場は奥の部屋へと移った。内部には俺が案内された席とは別に1人用の机があり、雑誌が並んだ本棚やタンス、盆栽のような観葉植物があった。フジ老人の私室、もしくは書斎だろうか?その部屋の真ん中に置かれた小さなテーブルで、フジ老人と再び向かい合う。

 

 

「………」

 

「………」

 

 

しかし、俺はフジ老人が何か言って来るのを待ち構えているだけなんだが、フジ老人も何故か黙り込んでしまって一向に話が進まない。お互いに沈黙の中で、気の重過ぎる時間が流れる。

 

一山越えたと思ったら、その次でのっけからまた躓くとは…仕方がない、気は進まないけどもう一度こっちから切り出そう。

 

 

「…お話の前に一つ。僕が今日ここに来た本当の理由は、これを貴方に渡すためだったんです。嘘を吐いたこと、日記帳を屋敷から勝手に持ち出してしまったこと、申し訳ありませんでした」

 

「…いえ、元々はずいぶんと昔に夜逃げ同然で手放した物件です。君を責めるつもりなどありませんし、その資格もない。それに、先程の相談は本当の事でしょう?気にしないで下さい」

 

「…すいません、ありがとうございます」

 

「ところで、君は何故、あの屋敷に?」

 

「グレンジム挑戦のためにグレンタウンを訪れていた間に、僕の保護者の関係で知り合った方から、あの屋敷の調査への協力を依頼されたんです。その過程で屋敷に踏み込んだ際に、この日記帳を見つけました」

 

「なるほど…この日記帳が私の物だと言うのは、何故?」

 

 

それは勿論日記の内容から…と言おうとしたところで、俺は記憶の海の中から重要なことを思い出す。それは、『日記の中にはフジ老人の名前は一度たりとも出て来てない』と言うこと。

 

これはマズい、何とかそれっぽい理由を捻りださなくては…!

 

 

「えっと…屋敷の以前の持ち主がフジと言う名前の研究者だったと、屋敷の調査協力を依頼した方に聞きまして。それで、こっち…シオンタウンに来た時に、ポケモンハウスの代表がフジという方で、以前はグレンタウンに住んでいたみたいだ…と言う話を耳にしたもので、『もしかして…』と思ったんです」

 

 

フジ老人の質問に、ゲームの情報を頼りに適当だと思える返答を捻りだす。咄嗟の事とは言え、何とか誤魔化せそうな素晴らしい言い訳と思う。自画自賛だが。

 

一応、似たようなことをゲーム内で言ってた人いたと思うし、これならいけるっしょ。

 

 

「その日記の中身は…読まれましたか?」

 

「汚損がひどくて断片的にしか読み取れませんでしたが、大まかな内容は理解しているつもりです」

 

「そう、でしたか…それで、どうされますか?」

 

「どうする…とは?」

 

「…この日記を書いた人物は、ポケモンにとても酷い仕打ちを行っていたようですね。これを警察に持って行けば、法の下で罪を罰することが出来ます。或いはどこかの研究機関に持ち込んでもいいでしょう。研究内容としては、引き換えに膨大なお金を手にすることが出来る…それだけの価値があるのではないでしょうか?」

 

 

ああ、そういうことね…別にそんなつもりは毛頭ないんだけどねぇ…大体、そんなことしたら主人公(レッド)が関わるはずのポケモンタワーのイベントが変化する…最悪、フジ老人不在で消滅…なんて可能性もある。原作乖離が酷いことになりかねない。

 

俺はポケモン世界を楽しみはしたい。でも、原作も大切にしたい。ぶち壊す気なんぞない。それに、こういう闇深案件に深く首を突っ込むのは面倒なことになるだけだ。早々に手仕舞いするに限る。

 

 

「別にどうもしませんよ。この日記はお返ししますし、今日の事を誰かに話すつもりもありません」

 

 

だから大人しく受け取って下さいお願いします頼むから。サカキさん(バック)に露見してからじゃ遅いんだよォッ!

 

 

「…誰かに、見せたりは?」

 

「いえ、誰にも見せていません。それに、繰り返しになりますが今後も誰かに話す気はないってことだけは言っておきます。内容的にもおいそれと口に出来ることではなさそうですし。僕は今日、これを貴方に返しに来ただけですから」

 

「………」

 

 

それっきり、フジ老人は再び黙り込んでしまい、再度部屋に静寂が訪れる。こっちも言うべきことは喋ってしまったので、これ以上何と声を掛けていいのやら。

 

そのまま時が過ぎること1分…いや、数十秒?重苦しい空気が漂い、俺の精神がピキピキと悲鳴を上げそうになる中で、ようやくフジ老人は口を開く。

 

 

「…もう、目にすることはないとばかり思っていたのですが…分かりました。君の考え通り、その日記帳は私がかつて、グレンタウンに住んでいた頃に付けていた日記です。確かに受け取りました」

 

 

そう言って、フジ老人は日記を後ろの机の引き出しへとしまう。よし、一時はどうなることかと思ったが、これで適当にちょろっと話しておさらばだ。ミッションコンプリートだぜ。

 

 

「……時にマサヒデ君、君はポケモンを完全にコントロール…思い通りにすることは可能だと思いますか?」

 

「ポケモンを完全にコントロール…ですか?」

 

 

これは…ミュウツー絡みのことっぽいな。

 

 

「…僕は貴方に日記を返しに来ただけとは言いましたが、相談させていただいたことに頭を悩ませているのも事実です。もしそれが可能なのであれば、僕が今日、貴方にアドバイスを求める必要はなかったのではないでしょうか?」

 

 

フジ老人の問いへの俺の答えはノー。それが出来ないから、サナギラスを手持ちに加えてから悩んでいるワケだからね。そもそも、サナギラス関連の問題が目に見えて困っているってだけであって、サナギラスに限らず手持ち全員、大なり小なり悩みはあるし。

 

 

「…ええ、そうでしょうね。ですが…もし、ポケモンを自分の思い通りにコントロールし、しかも強くすることが可能であったなら…君はどうしますか?」

 

 

どうしますか?って言われても…ゲームのようにドーピングアイテム使って、倒す相手を選んで努力値振ることも、ポケモンを思い通りに強くすることと言えそうだが、フジ老人に言われると改造とかの脱法行為としか思えない不思議。改造ダメ、イクナイ。

 

 

「真っ当な手段であれば大歓迎…ですが、貴方の言う方法はそうではないのでしょう?」

 

「……分かりました。マサヒデ君、少し私の話を…昔語りですが、聞いていただけますか?」

 

「…拝聴します」

 

「…ありがとう」

 

 

フジ老人はそう言って俯きがちに語り始めた。これは長くなりそうかな…

 

 

「…今から2、30年程前の話です。当時、私はポケモンの研究者として、ポケモンがどのように誕生し、進化して来たのかについて、仲間と共に研究していました。その頃の私はあることが切っ掛けで、ポケモンも何もかも、自らの意のままに出来ると思い上がっていました」

 

「それは、この日記の最後の方に記されていることですね?」

 

「ええ。ポケモンを完全にコントロール…制御することが出来るなら、それは人間としては理想なのかもしれません。そして今の私達人間は、ポケモンをモンスターボールに収めることで、ポケモンの何もかもを自在に操ることが出来ると思い込んでしまっているように思います。しかし、いくらモンスターボールで捕らえようとも、君のサナギラスのように指示に従わないポケモンの事例は決して少なくありません。それは、ポケモンにも個性と自我、意思があるからに他ならない。モンスターボールは人間がポケモンを操る制御装置ではなく、あくまでも信頼関係を築くための道具の1つ。切っ掛けでしかないのです」

 

 

モンスターボールは信頼を築く切っ掛け…か。理屈としては大いに理解出来るところではある。

 

 

「はっきり言って、人間にポケモンを完全にコントロールすることなど夢物語に過ぎません。今も時折同じようなことを仰っている方を見受けますが、それは人間の思い上がり、傲慢というもの。そういう考え方でポケモンと向き合った結果、私は大惨事を引き起こしてしまった…その道を進んだ先にあるのは、誰も幸せになれない不幸な結末です。その事実を私は、過ちを犯してから…研究者としての欲求を追い求めるがあまり、人として踏み外してはいけない道を走り抜けて、ようやく初めてそのことを理解したのです」

 

 

日記には、最終的にミュウツーが大暴れして屋敷が半壊。その間に脱走して、何処か…原作知識で言えばハナダの洞窟へ…行方を晦ました、というようなことが書かれていた。

 

日記からだと断片的にしか情報は得られなかったが、分かっただけでも非合法かつ過酷な実験の数々…そりゃミュウツーもブチギレますわ。亡くなられた研究者仲間の方々には申し訳ないが、この末路も自業自得としか思えない。

 

 

「事の始まりは数十年も昔のことです。ポケモン誕生の原初の痕跡が残ると言われる、ある地域の現地調査を行った際、私はその日記に記していた新種のポケモンを発見しました。日記にあるとおり、私は彼女…ミュウをグレンタウンまで連れ帰り、その研究を始めました。とても貴重な、貴重過ぎる研究対象です。過度なストレスを与えないよう、環境整備、食事、関わり方…その世話や対応には、これでもかと言うほど力を入れました」

 

 

そこでこれまで俯きがちに語っていたフジ老人が、一度顔を上げた。

 

 

「幸い、彼女の新しい環境への適応能力は高く、心配は杞憂に終わりました。そして大切に接すればするだけ、彼女もまた私に応えてくれました。彼女のことを観察し、研究していく中で、新しい発見が幾つもあり、その都度仲間たちと様々な議論を交わし、それを基に新たな実験や調査を行う…彼女と共に過ごした日々は、毎日が楽しかった。ですが、その楽しい日々も、彼女が子供を生んだことで一変しました。いえ、私たちが変わってしまった、変えてしまった…」

 

 

そう言ったフジ老人の語り口は、どことなく楽しそうにも見えた。その一方で、表情は逆に悲し気にも寂しげにも見えた。

 

そして、フジ老人は再び目を伏せる。ここでフジ老人の人生…いや、全てを狂わせた存在、ミュウツーの登場となる。これだけ書くと、『魔性の女』とか『傾国の美女』なんて言葉が思い浮かんだけど、ミュウツーに似合う言葉じゃねぇよなぁ…イメージ的にはミュウの方が似合いそう。

 

 

「ミュウには『ポケモンが覚える全ての技を使用出来る』という、他のポケモンとは明らかに一線を画した特徴がありました。そして、親の才能は子に受け継がれるもの…私は当然、その特徴は子供にも受け継がれている可能性が高いと考え、彼…ミュウツーと名付けた彼女の子供に対して、様々な調査を始めました。最初の内はただの調査・観察とその延長線上でしかありませんでしたから、何の問題も無かった。しかし、観察していくうちに、彼が私が今まで調査・研究してきたどんなポケモンよりも、はるかに強力な力を有していることが分かりました。そして私は、その力に眼が眩んでしまった。彼がどういう生物なのか、何が出来るのかを調べていく内に、いつしか私の、私たちの研究の主眼は、彼が持つ強力な力、潜在能力をどうすればより引き出せるのかへと変わってしまっていました。私たちは研究者としての本能、狂気に駆られるままに、彼に様々な実験…いえ、改造を施していったのです」

 

「そこから日記後半の諸々の実験に繋がる…」

 

 

そこから先は日記に書かれている通り…と。そうして出来上がったのが初代最強にして最凶のポケモン・ミュウツーってワケだ。

 

 

「…その思い上がりの代償は、途轍もなく大きかった。彼の暴走を制御出来ず、屋敷は半壊。巻き込まれた私たち研究グループも、私を除く全員が命を落としました。初めこそ仲間を失った現実に怒りすら覚えましたが、その私を見つめるミュウの哀れみとも感じる悲しそうな表情を見て、そこで初めて私たちが行ってきたことが如何に愚かなことであったのかを悟ったのです…今になって振り返れば狂気の沙汰としか言えません。生物の内部、本来であれば人の手の及ばぬ深みにまで手を加える…それは、神の領域を侵すことに等しい。ですが、当時の私は科学の力を以ってすれば、あらゆることが可能であると…それこそ、神の領域にすら踏み込めると思い上がっていたのです。私たちの迎えた末路は、神の怒りであったのかもしれません…」

 

 

毎作品「科学の力ってスゲー!」って言ってるモブがいたけど、飯・酒・薬etc…どんなに有用な力でも、行き過ぎれば害になることもある。発展の裏にはこんな闇と犠牲も存在するってことだネ。科学の発展に犠牲はつきものデース!ってね。

 

俺も割と他人事じゃないしなぁ…サカキさんとかサカキさんとか、も一つオマケにサカキさんとか。

 

 

「そして、私は最後の罪を犯しました。仲間たちの名誉のためにも、私自身のためにも、そしてミュウとミュウツーのためにも、この真実は表に出すわけにはいかなかった…屋敷のことは、警察にも仲間の家族にも実験装置の暴走と説明しました。私は全てを隠蔽したのです。そして残されたミュウを人の手の及ばない場所に逃し、私は研究者を辞めてグレンタウンを離れた。その後は…ここシオンタウンに流れ着き、御覧のとおりです」

 

「大体の話は事前に把握していましたが、改めて聞いてもろくでもない話ですね」

 

「…今の私が君の立場であっても、君と同じ感想を抱いたことでしょう。人間というのは、何かに夢中になれる、のめり込める生物です。時に、周りの事も、物事の善悪も分からなくなるほどに。そして、当時の私は目の前のことに夢中になり過ぎるあまり、迫りつつある破局にブレーキをかけることすら出来なかった。いけないことと分かっていながらも、止めなかった。その結果が今なのです。何故あの時自制することが出来なかったのか、仲間たちを引き止められなかったのか、ミュウとミュウツーのことを考えてやれなかったのか…今では後に立たぬ謝罪と後悔の念を幾つも抱えながら、せめてもの罪滅ぼしにとこの施設の運営に携わっています」

 

 

…まあ、フジ老人の経歴は大方原作通りと言ったところだろう。そしてマッドな皆さんの考え何ぞ、善良なる平凡一般人な俺には理解の及ばない世界だってことを再認識させられた。

 

 

「ところで、その後ミュウツーの行方は…」

 

「…彼が屋敷を破壊しどこへ行ったのか、それは私にも分かりません。少し調べたことはあるのですが、結局分からず仕舞いです」

 

「そうですか…」

 

「ですが、謎のポケモンによって何か大きな被害を出した、というような話は全く聞きません。それに、私たちが彼に行った仕打ちを考えれば、人間への恐怖感、不信感も相当なモノのはずです。恐らく、人目の届かない秘境の地で静かに気ままに、何にも縛られることなく暮らしているのではないかと…そうであって欲しいと、願っています」

 

 

原作通りならハナダの洞窟最深部に潜んでいることになるんだが、流石にそこまでは把握していないか。そして自身の行いが招いた結末とは言え、実質的に仲間を殺されていながらミュウツーのことを案じるフジ老人。本当に後悔してるって感じがする。

 

 

「…話が長くなってしまいましたね。難しい話を、それも老人の昔話に付き合わせてしまい、申し訳ありません…そうだ、ちょっとお待ち下さい」

 

 

話が一段落し、そう言って席を外して部屋を出て行ったと思えば、程なくして部屋に戻って来たフジ老人。

 

 

「話を聞いてくれたお礼…と言っては変ですが、これを君に」

 

「これは…鈴?」

 

『ちりん』

 

 

渡されたのは、一見何の変哲もない小さな鈴。

 

 

「それは"やすらぎのすず"と言う道具です。その音色には、ポケモンの心を落ち着かせて安らぎを与える効果があると言われています。雑誌の懸賞で当たった物ですが、君のサナギラスのようなポケモンには最適な道具だと思います。是非活用してあげてみて下さい」

 

「それは…ありがとうございます」

 

 

おお、"やすらぎのすず"じゃないか。ポケモンのなつき度が上がりやすくなる効果のアイテムで、懐いていることが進化条件のポケモンを育てる時にはよくお世話になっていた。

 

【トレーナーに懐く=指示に従ってくれる】と考えるなら、まさしく俺がサナギラスに感じている課題をクリアに導いてくれる神アイテム。これは…ひょっとするとひょっとするのか?

 

 

「…君が届けてくれたこの日記ですが、大切に保管しておくことにします。この日記は、君が思ったとおり絶対に世に出るべきではない代物ですが、彼女たちとの思い出でもあるこれを、私にはどうしても処分が出来そうもありません。仲間たちとの思い出、彼女との思い出、そして…私の罪を忘れぬためにも、二度と誰かに見られることのないよう厳重に…」

 

「…よろしくお願いします。では、これで…」

 

「それと、最後に1つ。今や人とポケモンを切り離すことなど考えられないことです。ですが、それは人間とポケモンの信頼関係があって初めて成り立つこと。ポケモンは決して人間の便利な道具などではありません。私に言う資格などないでしょうし、ポケモンを大切にしている君には余計なお世話かもしれません。それでも、私達人間はポケモンを使役しているのではなく、ポケモンと協力し合って暮らしている…そのことを、いつも頭の片隅にでも忘れずにいて欲しいのです」

 

「…分かりました」

 

 

ポケモンは人間の道具ではない…ね。お前が言うなと思うか、フジ老人だからこそ言えることと思うか…まあ、俺自身もちゃんと出来てるかと言われるとどうだろうか?どっちにしろ、サカキさんとロケット団の皆さんは是非見習って、どうぞ。

 

…ただ、サカキさんにしろアポロさんにしろ、自分の手持ち相手には真っ当にトレーナーしてるんだよなぁ。末端の人はどうか知らんけど。

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、ここ3カ月ほどの懸案事項であり、シオンタウンを訪れた最大の目的だったフジ老人の日記帳を穏便に始末(へんきゃく)するというミッションを無事達成。肩の荷が下りたような安堵感とともに、フジ老人の見送りを受けつつポケモンハウスを後にした。

 

張っていた気が抜けたのか、空腹感が一気に押し寄せる。時間を確認すれば、すでに午後1時を回っていた。結構長々とフジ老人の話に付き合ったと思っていたが、昼を回るとは思わなかった。

 

普段はポケセンのタダ飯が基本なのだが、一山越えて成し遂げた気分なので、奮発してちょっと良いものでも食べに行こうか。上手いもの食って、気持ちよくゆっくり休んで、そんでもって明日にはヤマブキシティ目指して再出発だ。

 

 

 

『プルル!プルル!プルル!』

「おっと…はい、もしもし」

 

 

…なんて考えてた所に掛かってきた1本の電話。

 

 

「もしもし、マサヒデくんですね。セドナです」

 

「…ああ、セドナさん」

 

 

ポケギアの向こうにいた電話の主は、サカキさんの秘書・セドナさん。普段俺がサカキさんに連絡を入れる時に取り次いでくれる人なのだが、彼女から俺に連絡が来ることはここまでで数えるほどしかない。

 

が、同時にこれまで彼女が連絡を寄越した場合っていうのが、ほぼ確実にその背後にサカキさんの意向・命令があるので、ついつい身構えてしまう。

 

そして案の定、この電話で告げられたサカキさんからの指示によって、俺の旅路は再び思ってもみなかった方向へと捻じ曲げられてしまうことになってしまった。

 

ああ、またしてもヤマブキシティが遠退いていく…

 

 

 

 




もう1月も終わりますが、2021年最初の投稿になります。そして皆さん、明けましておめでとうございます。今年ものんびりマイペースで更新していきたいと思いますので、まったり楽しんでいただけたら幸いです。
今回は主人公が勢いで持ち出した日記帳の後始末とフジ老人の昔話でした。思想とか信念とか、精神観念的な話になるとどうしても進みが遅くなってしまいますね…そして渡されたやすらぎのすずは、サナギラスの気性改善に役立つのか?第3世代からのアイテムですが、少しずつ要素を解禁していきたいところ。

次回はようやくヤマブキシティ…と思いきや、もうちょっと寄り道してもらうことにしました。ナツメさんのファンの方はもう少しお待ちください。

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