ハッサム、はさみポケモン。第2世代にて初登場したポケモンで、ストライクの進化形。特定の持ち物を持たせた状態で通信交換を行うことで進化するポケモンの魁となった1体。進化と言いつつ、実は種族値の合計はストライクから変化していないのでどっちかと言うと…変態?虫だけに。
ストライクよりも素早さが大きく下がった代わりに、その減った分が振り分けられる形となって攻撃・防御が大きく上昇している。タイプも元のむし・ひこうタイプからむし・はがねタイプへと変化したことで弱点がほのおタイプのみとなっており、防御が上がっていることも合わさって数値以上に耐久能力は高い。やはりはがねタイプは優秀。
そんなハッサムの代名詞とも言えるのが"バレットパンチ"。はがねタイプの先制物理技だ。威力は低いがタイプ一致、そして素の威力の低い技の性能を底上げする特性"テクニシャン"。ここに攻撃を大きく上昇させる"つるぎのまい"なんかが組み合わさった場合、破壊的な威力で飛んで来る問答無用の先制技になるため、最強のバレットパンチ使いと呼ばれることもあるぐらいだ。そこまでいけばもう
ただ、同時に素の火力が控えめな技が多く、テクニシャン、そして"バレットパンチ"などが解禁される第4世代以前ではどうしてもスペックの割に決定力に欠ける傾向が顕著だった。代わりに補助技は最初期から充実しており、それらの特性と技が出揃うまでは"バトンタッチ"で"つるぎのまい・こうそくいどう"を後続のエースに繋ぐサポート型が主流だった。果てには"どくどく+はねやすめ"で耐久型の運用も出来ないこともないという。第6世代ではメガシンカも獲得した。
総評すれば、足が比較的遅めだが総合的に高いレベルでまとまっていて、特に物理攻撃能力に優れる。優秀な特性と技でエースとしての運用、補助技を多用してサポート役としての運用など、パーティ状況に合わせてあらゆる役割をこなせる扱いやすいポケモンと言える。
…数奇な運命の巡り合わせか、それとも神々の悪戯か、俺はカントーから遠く離れたこのオーレ地方にて、そんなハッサムを手に入れるチャンスを得た。悪の組織の作った装置を利用しての、言ってしまえば非正規の手段を利用しての進化であり、色々と後が心配だったのだが、幸いハッサムに異常は特に見られなかった。そこだけは良かったと心から思う。
非正規としか思えないような入手方法だったとは言え、ゲームみたいにデータ削除なんてワケにもいかないので、なってしまったものは仕方がない。それはそれとして、不正ダメ、絶対。
まあ、何か不具合が起こっていても困るので、進化したハッサムに関して諸々のチェックをしてもらっていたのだが…
「マサヒデ、準備は良いな?」
「はい、いつでもいけます」
…何故か現在、シャドーの研究所内のバトルフィールドにて、試運転と称してバトルをするハメになっていた。ダブルバトルが主流のオーレ地方だが、今回は肩慣らし程度とのことで、シングルバトルで軽く様子を見たいとのこと。
もちろん、周囲からはサカキさん・ジャキラ他、ロケット団・シャドー両陣営の皆さんの熱い視線が注がれており、双方監視の下での一戦である。急に腹痛が…
「シャアァラアァァァァイッ!」
俺が使用するポケモンは当然ストライク改め、つい今し方新たなる力を手に入れたばかりのハッサム。文字通りの鎌から蟹のような鋏へと変化した両手を振り上げ、自身の存在を誇示している。
とりあえず…お前、進化しても鳴声それなの?もっとこう、落ち着き払った貫禄のある感じの声期待してたんだけど。折角進化したんだから、最初に見せられたハッサムみたいにもう少し落ち着きなさいよ。まあ、進化していきなり暴走しなかった点は評価して…
「シャアァラアァァァァイッ!」
…って、おいこら!言ってる傍から飛び回るんじゃない!そして奇声上げるな!くっそ、やっぱコイツ進化してもダメだわ。そんでもって、絶妙に遅くなったなオマエ。
シャドースタッフの皆さん、重ね重ねうちのバカ2号が迷惑をおかけして申し訳ない。何かあってもそれは俺のせいではないので悪しからず…と言えないのが飼い主の責任であり辛い所。
「ロッソ、そちらはどうだ?」
「こちらも問題ありません、ジャキラ様」
対する試運転の相手は…うわぁ、コスチュームはシャドー戦闘員やんけ。確かシャドー戦闘員って全員に名前が付いてたことは覚えてるが、ロッソ…いたかな?
何にせよ、サカキさんとシルバー少年の声援を受けて、オーレ地方での初バトルだ。ちょっとだけテンションが上がった…気がしたけどサカキさんとジャキラとボルグがいることを思い出して速攻で落ち着いた。落ち着く通り越して若干萎えた。
「では、行くぞ少年!」
「フゥー…よし、お願いします!」
「まあ、バトルとは言っても、能力の肩慣らしみたいなもの。軽い運動とでも思って気楽にやるといい」
「はい!」
「にーちゃん頑張れよー!」
ま、勝負を前にしてそんなこと言ってる余裕はなし。無理矢理でも気合入れていくぞ。
「では、バトル開始ッ!」
「行きな、キノガッサ!」
「ガッサァッ!」
相手のポケモンは…キノガッサ!キノガッサじゃないか!この世界に来て初めて見るホウエン地方のポケモンだ!時代はそろそろ第3世代に足を突っ込み始めてるってか?とりあえずとても欲しい。寄越せ!
…失礼、少し興奮してしまった。キノガッサは2足歩行するトカゲのような体型に、頭の大きなキノコの傘が特徴。タイプはくさ・かくとうの複合タイプ。種族値は可愛らしい見た目によらず攻撃がずば抜けて高い。が、それ以外は控えめで、種族値の合計は決して高いポケモンではない。
しかし、強力な催眠技である"キノコのほうし"を覚え、眠らせた所に高威力の"きあいパンチ"を叩き込んだり、第4世代で獲得した特性"ポイズンヒール"に"やどりぎのタネ・ドレインパンチ"を活かして持久戦に持ち込んだり、"ビルドアップ"で能力強化したりと、一度パターンに嵌ってしまうとやりたい放題出来る。
そこに隠れ特性として得たハッサムと同じテクニシャンと、"タネマシンガン・ローキック・がんせきふうじ"といったテクニシャン適用範囲内の有用技、素早さを補いトドメの一撃や最後っ屁として有用な先制技"マッハパンチ"…これらが組み合わさった結果、非常に相手を嵌め殺す性能の高い厄介なポケモンとして、一時期は対策が必須と言われるまでに対戦環境で猛威を振るっていた。だからとってもとっても欲しい。
とりあえず願望は置いといて、タイプ相性的には4倍弱点突けるこっちが有利なんだが、"キノコのほうし"を持っているか否か…キノガッサってこれだけでも相手の行動縛れちゃうんだから、カワイイ顔してえげつないんだよな。
…ま、今回はハッサムの試運転が主目的なんだし、気にしててもしゃーないか。"キノコのほうし"のことはあまり考えず、頭空っぽにしてガンガン行きましょう。
「俺は子供には優しいんでな、先手は譲ってやるぜ。来な!」
「んじゃ、お言葉に甘えて…いくぞハッサム!“つばさでうつ”!」
「シャァラアァァァァイッ!」
指示を受けて、ハッサムが奇声を上げて突っ込んでいく。まずは進化してどれくらい運動性能が落ちたのか、そしてどれくらい攻撃力が上がったのか、その力を見せてもらおう。
「先手は譲っても、馬鹿正直に正面から受けてやる理由はない!躱せ!」
「ガッサ!」
一直線に突き進むハッサムに対して、おさきにどうぞ宣言の相手キノガッサは、その突撃を紙一重で躱す。
「そんなら当たるまで殴るのみ!ハッサム!」
「シャァラアァァァァイッ!」
君が泣くまで殴るのを止めない。そんな気概を持って、キノガッサに向かっていく。しかし、悉く躱される。見ていてストライクの頃よりも明らかに遅いため、回避に専念されると厳しいか。それと、ハッサム自体がまだ自分の能力と言うか、身体に慣れてないってのもあるか?
「身体は温まったか?こちらも行くぜ!キノガッサ、"かわらわり"!」
「ガッサァッ!」
先手を譲って避けてばかりだったキノガッサが、ここで攻撃に転じた。真っ直ぐ向かって来る。
「ッシャラアァァイッ!」
「ガッサァーーッ!」
フィールドのほぼ中央付近で、ようやく両者が激突。すり抜けざまに互いに一発ずつ攻撃がヒットする。機動性はストライクの頃と比較すると明らかに鈍重だが、その分キノガッサと正面からカチ合って打ち負けないのはハッサムの面目躍如。
相手の"かわらわり"はかくとうタイプの技。"リフレクター"などの壁技の効果を無効化する効果を持つが、このバトルには関係ないな。
「もう一度"かわらわり"だ!」
「こっちももう一丁"つばさでうつ"!」
互いに立ち位置を入れ替え、再びぶつかるハッサムとキノガッサ。ストライクの時のような軽快さは感じないが、バシィン!バシィン!と一発攻撃がヒットする度に、重さを感じさせる鋭い音が響き渡る。良い音だ、馬力が違うぜ。そして一瞬の瞬発力も決して悪くない。キレがある。
「"マッハパンチ"!」
「ガッサァッ!」
「逃がすか!"こうそくいどう"!」
「シャァラアァァァァイッ!」
しばらく打ち合って、相手が技を切り替えてきた。相手は意表を突こうとしたか、埒が明かないと見たか、目にも留まらぬ速さで繰り出されたパンチがハッサムにヒット。こちらの動きが止まった隙に、向こうはバックステップで後ろに下がって距離を取ろうとした。
ハッサムはストライク時代を思い起こさせる奇声を上げて追撃に入る。うん、流石に積み技が入るとストライクの頃と遜色ない速さが出せるな。
「そのまま"つばさでうつ"!」
「チィ…ッ!キノガッサ、"かわらわり"!」
そして、速さ2倍のハッサムからキノガッサは逃げ切れない。あっという間にキノガッサに迫るハッサムと、距離を取ることを諦めて迎え撃つキノガッサ。
「シャァラアァァァァイッ!」
「ガッ…!」
流石に態勢が悪かったか、"つばさでうつ"がクリーンヒット。一撃とまではいかなかったが、テクニシャン適用の4倍弱点技だ。これは効いただろ。まずは一手先んじた。
その後は再びキノガッサと近距離の殴り合いに。打っては離れ、離れては打ち、適度に距離をコントロールされることで、ハッサムが持つ機動力が殺されている。
もっとも、接近戦かつ打ち合いならハッサムも負けてはいないどころか、耐久能力の差からこちらの方に分がある。助走が必要な“つばさでうつ”こそ封じられているが、キノガッサのパンチをいなしながら、“れんぞくぎり”でジリジリと削っていく。
とまあ、試合は俺たち優勢で進んでいる…はずだった。
「シ、シャァラァ…イ…ッ」
「ハッサム…!?」
異変が起きたのはその直後。それまでピンピンしていたはずのハッサムの動きが急に鈍った。
「"マッハパンチ"!」
「ガッサァッ!」
「ラァ…ッ」
キノガッサの攻撃を防げず、一発もらって弾かれるハッサム。
「ッシャラアァ…ッァイッ!」
ダメージ自体は大したことはないのか、すぐに立ち上がるが…やはり、どうにも身体が動かし辛そうに見える。ほぼ間違いなく、キノガッサの特性"ほうし"で麻痺をくらってしまったようだ。
「ほう…コイツぁラッキーだ!キノガッサ、"ずつき"!」
「ガッサァッ!」
麻痺してストライクの動きが鈍ったと見て、すかさず追撃に来る相手とキノガッサ。まひるみコンボか…厄介な。機動力が完全に封じられた以上、足を止めての打ち合いがベストか?
「ハッサム、"れんぞくぎり"!」
「シャァラアァァァァイッ!」
これなら"つばさでうつ"みたいに助走をつける必要はない。指示に応えて、ハッサムが右の鋏を振り上げた。
よし、何とか技は出せる。さあ、ぶった切れ!
「ガッサァァァッ!」
「ラァ…ッ」
…が、ハッサムが鋏を振り下ろすよりも先にキノガッサが頭から突っ込み、ハッサムが突き飛ばされる。その衝撃で鋏の光も霧散して、攻撃態勢が解除されてしまった。
「そのまま"かわらわり"だ!」
ここからキノガッサの一転攻勢。何とかしようと指示を飛ばすが、麻痺してるせいで思うように対応出来ていない。ガンガン押し込まれていく。
「ガッサァァァッ!」
「ラァ…ッ」
「ハッサム耐えろっ!」
ハッサムの胴体にキノガッサの攻撃がクリーンヒットし、大きく吹っ飛ばされる。
「ハッハァー!追撃だッ!」
「ガッサァ!」
相手は手を緩めることなく追撃態勢。いくら物理耐久はそこそこ優秀とは言っても限度はある。これを逃せば恐らく次はないな。
向こうも一発手痛いのを貰ってるんだ。一発、一発だけでいい。何とか反撃の糸口を掴めないものか。
「動けハッサム…ッ!」
祈るように絞り出した俺の指示。その願いに、ハッサムは応えた。
「…ッシャァ…ラアァイッ!」
向かって来るキノガッサに、ハッサムの方からも突っ込んでいく。痺れとダメージの蓄積で苦しいところを、根性でキノガッサに立ち向かっていっているようにも見える。
「シャァ…ラアァァァァイッ!」
よく見れば、右の鋏が金属質の光を放ち始めている。それに身体は限界に近くて麻痺もくらってるはずなのに、その突進速度はさながら矢…いや、銃弾のようだ。さっき見たキノガッサの"マッハパンチ"に劣らない。麻痺した状態でこんなに俊敏に動けるものなのか?
「なぁッ!?」
向こうにとっても、ハッサムのスピードは少々想定外だったらしい。僅かに動揺が窺えた。だが、こっちにとっては希望の光。これなら勝ちが狙える。悪くても相打ちには持ち込めるかもしれない。
「シャァラアァァァァイッ!」
勝利への意志を乗せて右腕を振り上げキノガッサに迫る。向こうはこちらの行動に一瞬狼狽えたせいで、反応が遅れた。この速度なら…!
「行っけえぇぇー‼」
いつの間にやら目覚めてしまっていた勝利への執念。その滾る思いが命ずるまま、ハッサムの後ろ姿に向けて俺は絶叫する。
「ラアァァ…ァ……?」
「…ハッサム!?」
…が、キノガッサに一発叩き込もうかという直前になってハッサムは急激に失速。鋏の光も失われてしまった。あと一歩ってところだったのに、ここで麻痺を引いたか…っ。
「貰った!ぶっ潰しな、キノガッサァ!」
「ガァッサァァァッ!」
「ラァ…ッ」
そして、キノガッサの強烈な一撃が再びクリーンヒット。弾き飛ばされて倒れるハッサムに、再度立ち上がるだけの力は残っていない。
「そこまで!ハッサム戦闘不能!」
「マサヒデ君、お疲れ様だな。おかげで良いデータが取れた」
「…それなら良かったです。こちらも良い試運転になりました。ロッソさんもありがとうございました」
「いや、子供と思って侮ってたけど、中々どうしてやるじゃないか。俺様の方もつい熱くなっちまったよ、良い勝負だった」
観戦しながらデータを取っていたボルグから労いの言葉を掛けられた。勝てなかったのは残念…だけども、元々が試運転兼データ取りが主目的。ま、まあ肩慣らしの試運転だったし、負けてもなんてことは…でも、ちょっと悔しい。
ハッサムへの進化からして色々と突然なことではあったが、ストライクとハッサムでは違う動き・立ち回りが必要そうなことは改めて確認出来た。勝てはしなかったが、有意義な時間にすることが出来たと思う。
「ハッサムの回復は任せてくれ。出発までに万全の状態にしておくと約束しよう」
「あ、よろしくお願いします」
戦闘不能になったハッサムを預け、ボルグ・ロッソ両名と軽く握手をした後、俺はサカキさんの下へと引き上げた。
「御苦労、マサヒデ」
「にーちゃんお疲れ!」
戻って来ると、早速サカキさん親子に出迎えられた。
「最後の技が決まっていれば、といったところだな」
「はい、タイプ相性はこっちが有利だったとは思うのですが、あと一歩届きませんでした」
「まあ、進化したばかりでは分からぬこと、勝手が違うこともまま…待て。マサヒデ、オマエは相手のポケモン…キノガッサと言ったか、アレのタイプを分かっていたのか?」
…え?そりゃもちろん…
…………。
………。
……。
…ああぁあぁぁーーーッ!やっちまったああぁぁぁああぁぁーーーーッ!さも当然のように話しちゃったけど、キノガッサ…って言うか、ホウエン地方に限らず他地方のポケモンってカントーじゃ全く知られてないことがほとんどだから、そりゃ普通に知ってたらおかしいよなぁ!?どこでその情報仕入れたって話になっちゃうよなぁ!?
まずいぞ、全力で誤魔化せ!
「っ…い、いえ、初めて見るポケモンでしたけど、見た目と使ってきた技からしてくさ・かくとうタイプ辺りじゃないかなぁー…って」
「…Mr.ジャキラ、実際は?」
「正解です。流石はカントーのジムリーダー、勘のいい教え子をお持ちのようだ」
「…相手をよく見れている、と言っておこうか。では、真っ先に最も有効な技を選択出来たのも偶然か?」
「い、一番使い勝手の良かった技だったので…」
嘘ではない(正しいとも言ってない)。
「…まあいい。試運転とは言え、他所のトレーナー相手に無様に負けるようなら鍛え直してやらねばならんかとも考えていたが、とりあえずは合格ということにしておこう」
…あ、危ねええぇぇぇーー…初めて見るホウエン地方の要素につい浮かれちまった。気を付けないと…とりあえず、寸でのところで処刑&地獄逝きは回避出来た模様…で、いいのかな?
くっそ、夏休みなのに気を抜けないってどういうこっちゃ。つーワケで、夏休みの宿題代わりにここで一句。
気を付けろ 忘れた頃の サカキさん
…俳句じゃないのかよって?気にすんな。
…ところで、ハッサムが最後に使ってた技って、もしかしなくても…アレ、だよな…?使えるなら正直ガンガン使っていきたいんだけど。
-----------
ロケット団とシャドーの繋がり、ハッサム強制進化、シャドー幹部2人の面前での腕前披露、何やかんや衝撃的で濃密な時間となったシャドー研究所の見学も、あれだけ色々あったような気がした割に恙なく終了。研究所の皆さんの見送りを受けた後、現在はこの後2日ほど過ごすことになるアゲトビレッジ目指し、シャドー側が手配したバスに揺られていた。
窓の外は一面、延々と広がる砂漠地帯。20分も眺めていれば、一向に代わり映えしない景色には退屈しかなくなった。全く進んでいないのではないかという気さえしてくる。前を進むバスがアスファルト上に積もった砂塵を巻き上げると、その景色にもノイズが走っているようで目障りだ。
…そんな感想が湧いて出るのも、俺が疲れているからなのかもしれない。ハァ…見学だけだったはずが、何でこんなに疲れてるんだろうな?半分ぐらい自滅なのは自覚してるにしても、色々理不尽だと思う。
こういう時は寝逃げするに限る…のだが、生憎、俺は余程疲れてない限りバス…と言うより、車の中で寝られる人種ではない。座席を倒すのも後ろの人に申し訳ないし、そもそも座席の硬さがどうにも合わないのと、横になれないのが辛い。今は子供だから2つ席が使えれば横にはなれるが…
「すぅ……zzz」
…残念ながら、隣の席には一足先に夢の世界へ旅立った先客がいる。あの未来のツンデレ少年・シルバーも、今はまだあどけなく可愛げのあるただの少年である。
これは着くまでこのままか…
『ガスンッ!』
「うぉ!…っと」
そんな風にぼんやりと車窓からの景色を眺めていると、異音と共にバスが急ブレーキ。前につんのめって頭をぶつけそうになった。隣のシルバー少年はシートベルトを締めていたおかげで、俺のようにつんのめることはなかった模様。皆も車に乗るときはシートベルトをちゃんとしよう。
そして道のど真ん中で急停車したバスだったが、一向に再始動する気配を見せない。エンストか?車内が俄かに騒めき出す。異様な気配を感じ取ったか、すかさずサカキさんが緊急登板。
「何があった」
「申し訳ありません、エンジントラブルです。再始動を試みていますが、この様子だと一度車体を調べないとダメかもしれません…」
「路肩に寄せられるか?」
「エンジンがうんともすんとも言いません。こうなると、もう押してバスを路肩に寄せるしか…」
「…仕方あるまい、我々も手を貸そう。全員、一度バスを下りろ」
どうやら自力でバスを動かすことが困難なようで、このままでは往来の邪魔に成るため力技で安全な位置まで動かす必要が生じた。少しでもバスを軽くするため、乗客は全員一時下車することに。
他の社員の皆さんが分乗している他のバスは先に行かせ、運転手以外の全員が下りたのを確認すると、サカキさんのニドキング・ニドクインを筆頭に、ゴローン・ガルーラ・ゴーリキー…社員の皆さん所有の見るからに力自慢なポケモンたちが、軽々とバスを路肩まで押し込んだ。
思っていたよりも遥かに早く緊急避難が完了し、その後は運転手がバスの下から潜り込んで色々調査・修理をしていたが、10分、20分、1時間と経っても、未だ修理完了の報告はない。
「運転手、進捗はどうだ?」
「…ダメですね、パーツの交換が必要です。ですが、ここでは…すでに上に連絡して代わりの車両を手配しておりますので、もうしばらくお待ちいただきたく」
「こうなってしまった以上仕方なかろう」
どうもエンジンがイカれてしまって芳しくない状態のようだ。そしてエンジンがダメなので、当然エアコンもアウト。見る見るうちに上昇していく車内の温度、砂漠のど真ん中で蒸し風呂状態だ。このままじゃ、そう遠くない内に誰かしら熱中症か脱水を引き起こしかねない。
折角の旅行で車のトラブルとか、下手したら命に係わる状況だし、最悪だよ。このバスを手配したのがシャドーだっていう点も含めて。
そうして炎天下の中待つこと30分ほどで代わりのバスが到着。冷房の効いた快適空間を求めて全員が荷物もテキパキと載せ替え、トラブル発生から2時間弱でようやくアゲトビレッジへ向かって再始動となった。
それにしても、流石にあの暑さの中で2時間弱は中々堪えるものがあった。車じゃ寝れない体質とは言ったものの、流石にここまで疲れていると眠くなって仕方がない。アゲトビレッジまではまだ当分かかるだろうし、変わり映えしない景色を眺めるのもそろそろ飽きた。
やはり身体は睡眠を求めているのか、時が経つにつれて自然と瞼が重くなってくる。
因みに、相変わらず隣に座っているシルバー少年も疲労がピークなのか、再出発して早々に夢の世界へと旅立っていた。
「おやすみなさーい…」
バスのエンジン音と振動に包まれて、俺の意識は闇に落ちていった。
-----------
…マサヒデがシルバーに続いて夢の世界へ旅立った後のこと。しばらくして、サカキが走行するバスの車内にてマイクを取った。
「…皆、トラブルの中大変だった。そのことに絡んで、今後のことで少し話があるので聞いて欲しい」
サカキがそう切り出し、車内がエンジンと車体の揺れる音以外が消え去る。
「現在、トラブルの影響で旅程に大幅な遅れが生じているのは諸君らも理解しているものと思う。このままだとアゲトビレッジ到着は深夜遅い時間になり、疲れている諸君らにとって酷な話となるだろう。そこに、先程先方から『一泊分の宿を手配させてもらう』と連絡があった。現状を鑑み、私はこの申し出を受けようと思う。本日はこれより我々のみ行き先を変更して一泊。明日改めてアゲトビレッジに向かい、他の者たちと合流する」
シャドーが用意した宿泊先はパイラスーパーグランドホテル。パイラタウンはゴロツキなどの質の悪い者が多いことで知られ、ゲーム序盤~中盤にかけて物語の中心舞台となる。現在原作開始数年前ではあるが、すでにシャドーによる浸食は始まり出していた。
このサカキの決定を受けて、彼らの旅路はマサヒデが危惧していた悪い方、悪い方へと舵を切ることになる。もっとも、それが彼にとって実際に悪いことなのかどうかは定かではない。
…1時間後、マサヒデが肩を揺すられて目覚めてから見たのは、自然溢れる長閑な山村…ではなく、ネオンが輝き、乾いた風の吹く、アゲトビレッジとは程遠い怪しげな街並みであった。
何とかある程度の状況を呑み込んだマサヒデは一言、こう呟いたのだった。
「…アゲトビレッジどこ行ったし」
ハッサムについては進化したら普通にしようかとも思いましたが、協議に協議を重ねました結果、鳴声はそのままとなりました。彼を構成する最も重要なアイデンティティなので(アアァァァァイ!)なお、ロッソは赤い戦闘服のフェナスシティでDマグマラシ使って来る戦闘員です。
そして意地でもシャドーに絡ませていくスタイル。まあ、夏休みの間のちょい役だからこれぐらいはね。次回はパイラタウンで存在感MAXのアイツを出し…たいけど、ルンファ5したいので多分遅くなる可能性がありますのでヨロシク!
…ひっそりと前話の予約投稿をミスりました。(2週間後のところを1週間後に誤設定)