成り行き任せのポケモン世界   作:バックパサー

7 / 84
第6話:這い寄る背後の同行者

 

 

 

「……ぃ…だ……」

 

 

…何だよ、うるさいな…

 

 

「ぉぃ…だ……ぃ…」

 

「…き……ぉ…」

 

 

…誰だよ、こっちは今良いところなんだから起こすんじゃねぇよ。もう少し、もう少しで…

 

 

 

 

 

「起きろ!津田!」

 

「うわぁ!?」

 

 

いきなり近くに雷が落ちたような怒鳴り声で、何事か一気に意識が覚醒する。脊髄反射で飛び上がるかのように体を起こす。

 

 

「よぉ、お目覚めか?津田」

 

「……え?あ、永見さん…」

 

 

声の主は、職場の上司。周りを見れば、見慣れた部屋の風景がある。ここは…職場のスタッフルーム?

 

 

「休憩時間はとっくに終わってるのに出てこないから、どうかしたのかと思って来てみれば…」

 

「え…うわ、スイマセン!」

 

 

時計を見れば、針は休憩時間を10分程度過ぎた時間を指している。どうも、俺は休憩時間中に眠りこけてそのまま寝過ごしてしまっていたらしい。そんで気になった上司が様子を見に来たワケか。

 

 

「…全く、ここん所残業が続いてて疲れてるのは分かるが、仕事中に居眠りは勘弁してくれよ」

 

「はい、お手数をおかけしました…」

 

「ほら、仕事に戻るぞ。今日中に片付けないといけない案件がまだあるからな。まあ、この忙しさももう少しの辛抱だ。頑張ってくれよ」

 

 

 

そう言って仕事に戻っていく上司を見て、机に出したままになっていた私物を急いで片付けていく。

 

しかし、すごい夢だったな。子供に戻って、森の中を彷徨って、ポケモン見つけて、一緒に過ごして。子供の頃に描いた楽しい夢そのものだったな。寝起きだからか、今もまだ心なしかフワフワとしているような感覚がする。出来ればもう少しちゃんとした形でバトルとかしてみたかったが。

 

 

…さて、楽しい夢を見たあとは、ちゃんと現実に向き合わないとな。子供の頃に描いた夢も無くして久しいが、それでも時間は進んでる。世界は回ってる。気は進まなくとも歩き続けないと。

 

日本に戻ってこれたのは素直にうれしいが、同時に気が重くなる。こんなことなら、向こうでの生活もの方が、色々と綱渡り状態ではあったけど、充実感とか色々あって良かったかもしれない。

 

 

 

『ツン、ツン』

 

「…ん?」

 

 

 

鞄に荷物を詰め込んでいる途中で、何かに頬のあたりを突っつかれた。休憩時間は終わったはずなのに、まだ誰かいるのか?不思議に思って顔を上げると、そこには…

 

 

 

 

 

…今にも俺を突き殺さんとする、大きな2本の槍のようなものを構えた蜂のような生物の姿。そして、何かを言う暇もなくそのまま槍が俺を…

 

 

「うわぁああぁぁぁ‼‼‼」

 

 

 

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

 

 

~ポケモン世界8日目~

 

 

 

「うわぁっ‼」

 

 

…今にも貫こうとした瞬間、俺の視界が切り替わった。慌てて跳ね起きてみれば、そこは先ほどまでいたスタッフルームではなく、木々に覆われた緑と土の大地。昨日までと同じ森の景色だ。昨日まで降っていた雨は夜の内に止み、二日振りに太陽が顔を見せていた。

 

 

「ハァ…ハァ……夢、かぁ…ハァ…」

 

 

息を整える中で、あのシーンが夢であったことに安堵する。現代日本で成人男性の身長の半分以上もある大きさの蜂に刺殺されるとか、恐怖でしかない。SF映画か何かに有りそうなシーンだった。それに、まさか夢で職場が出てくるとは思わなかった。寝る前に仕事の事を思い出してしまったのが原因か?

 

今の俺って、客観的に見れば仕事を一週間も無断欠勤してる状況だし、途中だった仕事もあるし、何て言われてるか気になるし。心配されているのか、それとも非難浴びてるのか…まあ、どの道帰ったらお叱りを受けることだけは確定事項だナ。処罰もあるかもしれない。減給か謹慎か、最悪懲戒解雇なんて結末も…

 

現実に戻れたことが夢であったことを嘆くべきか、気が重くなるような現実が夢だったことを喜ぶべきか…はぁ。

 

 

 

『ツン、ツン』

 

「んぁ?」

 

 

 

感傷に浸っているところで、夢の中でも感じた突っつかれる感覚。今度は背中だ。最初は気のせいかと思ったが…

 

 

『ツン、ツン』

 

『ツン、ツン、ツン』

 

 

…どうも、思い過ごしではなさそうだ。何か、俺の背中を突いている奴がいる。正直こうもツンツンされ続けるとこそばゆいというか、鬱陶しいというか。つーか、今ここにいる人間って俺だけだったはずだよな?じゃあ、今突いてる奴は…ナニ?

 

…何か背筋が寒くなる心持ちだが、と、とにかく、確認しないことにはどうにもならん。意を決して慎重に、ゆっくりと後ろに視線を移していく。

 

俺の目が捉えたのは黄色い体に赤い目、四枚の翅、黒く細い4本の足。だが、その上の2本の足先は鋭い槍のような形状をしており、尻からも突き出た太い針が見える。それは、スラッとしたバランスの良いフォルムをした、今の俺の身長ほどもある大きさの……蜂。

 

 

 

「………」

 

「……スピー?」

 

 

 

 

スピアー。どくばちポケモン。コクーンの進化系。むし・どく複合タイプ。今、俺が一番出会いたくないポケモン筆頭格だった危険なヤツ。

 

 

 

 

…そして、夢の中で俺を串刺しにしようとした元凶である。

 

 

 

「うわああああああああああああぁぁぁ‼‼‼‼‼?」

 

 

 

…だから、思わず絶叫してしまったのも俺は絶対に悪くないと思う。

 

 

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

 

「…いや、いきなり叫んですまんかった。スピアー」

 

「スピッ!スピー!」

 

 

 

 スピアーの寝起きドッキリから30分。なんやかんやで俺とスピアーは一緒にいた。反射的に遥か彼方まで響くような大声を出してしまった結果、思いっきりスピアーに距離を取られてしまい、10分近く謝り倒して何とか許しをもらったりなんてこともあったが、些細な問題だ。

 

 

さて、もうすでにお気付きの方も多いとは思うがこのスピアー、例のコクーンである。どうも俺が寝ていた昨日の夜から今朝にかけての間に進化した模様。コクーンに進化してから実に六日の早業だ。序盤むしポケモンの筆頭格とは言え、進化ってこんなに早いもんなの?

 

そこで思い出す。そういやコイツピジョン倒してたやん…と。たぶん、あのピジョン撃破が経験値を大きくブーストしたんだ。思えば『かぜおこし』とかは使ってこなかったから、そんなに高レベルではなかったと思うが、コクーンしかり、トランセルしかり、進化したポケモンはそれだけでも経験値的に美味しい存在であることには変わりないのだろう。

 

 

 

それはともかくとして、進化の瞬間を見ることが出来なかったのは残念の一言に尽きる。せっかくの機会だったから、是非ポケモンが進化する瞬間は見てみたかった。それに、進化したことに対する感動とか、喜びとか、そういった感情も全部あの寝起きドッキリで吹き飛んでしまった。夢が悪いよー、夢がー。

 

まあ、何はともあれこうして無事に進化してくれただけでも肩の荷が下りたような安心感はある。大変喜ばしいことだ。

 

 

…そして、それは同時にいよいよその時が来てしまったことも意味している。

 

 

 

「でも、これでお前ともお別れだな」

 

「スピ?」

 

 

 

なんだかんだ色々とあったが、コイツは野生のポケモンだ。この後もこの森で生きていかなければならない以上、森からの脱出を目指している俺が一緒にいることは出来ない。モンスターボールがあればそういう選択肢もあったのかもしれないが、無い以上はどうにもならん。捨て犬・捨て猫を『かわいそうだ』と拾ったとしても、面倒が見れなければ良い結末にはならない。それと似たようなものかもしれない。

 

寂しさを押し殺しながら、出立の準備を進めていく。準備っつっても食料として木の実を幾らかポケットに詰め込んで、木の枝を装備しておしまいだけどね。

 

 

「スピアー、お前が無事に進化出来てよかったよ。俺も安心したぜ」

 

「スピスピ」

 

「うんうん…じゃ、俺は行くとするよ。お前ももう一人前なんだし、これからはお前一人…いや、一匹で頑張るんだぞ」

 

「…スピ?」

 

「まあそういうことで、じゃあな、元気でやれよ」

 

 

 

 

それだけ一方的に伝えて、数日前に再発見した川に向かって歩き始める。やはり寂しくはなったが、それでも俺は進まなくてはならない。だって俺の命が掛かってるから。

 

一度だけ、振り向いてスピアーの様子を見てみたが、コクーン時代のように何をするでもなくその場に佇んでこちらを見つめていた。何か状況がよく分かってないっぽいが、まあ、アイツならきっと大丈夫だ。根拠はないけどそう思う。

 

あっさりとした別れでも、寂しいものは寂しい。でも、それを乗り越えて俺は行かなくてはならない。

 

 

 

…さあ、明日を掴みに行こう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-----

 

----

 

---

 

--

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから歩き続けること一時間ほど。特に野生のポケモンに襲われるなんてこともなく、無事に川辺へとたどり着いた。二日間降り続いた雨の影響か、前来た時と比べても水嵩はかなり増している。足場もぬかるんでいるし、足を取られたり、川に落ちないように注意しないとな。

 

森を抜けるまでにどれくらい時間がかかるか分からないし、抜けたところですぐ人に会えるかも分からない。それでもきっと、この先に俺が生きるための道がある。だから行くしかない。つーか、無いと困る。

 

行き着く先も、目標も、何もかもが分からない迷子の行く道。寂しさも心細さも好奇心も、全てを力に変えて前へ突き進む。その先に見えてくるものが何であれ、きっとここで足踏みしているよりかは良いはずだ。川の流れの行き先を見つめ、気合を入れなおす。

 

こんな環境に着の身着のままで放り込まれて、一週間も生き抜いた。何か一つ歯車が狂っていれば、俺はすでに死んでいたかもしれない。そうさ、俺には幸運の女神がついている。それだけじゃない。神様も仏様も御先祖様も、今は全てが俺のバックについている。何てったって、俺は信心深いからな!

 

 

 

そして…

 

 

 

 

 

「スピ~…」

 

 

 

 

…余計なものも、一匹ついてる。

 

 

 

 

 

「…だからスピアーさんや、ずっと無視してるからってそんな悲しそうな目で俺を見ないでくれませんかねぇ?てか、お前何で着いてきてんだよ」

 

「スピッ!」

 

「いや、そんな意気揚々と返事されても困るんだが。『どこまでも着いて行きますぜ、アニキ!』ってかい?いやいや、お前進化したんだろ?一人前になったんだろ?どこへでも好きなところ行けよ!?」

 

「スピー‼」

 

「痛っ!?え、ちょ、おま…やめろ、やめろって!」

 

「スピ!スピ!スピー!」

 

 

 

突き放すようなことを言うと、すかさず『みだれづき』が飛んでくる。たまったもんじゃない。駄々っ子か、おのれは。

 

 

 

「痛い痛い!わ、わかった、連れてくから!連れて行ってやるから!だからこれ以上刺すんじゃねぇぇぇ‼‼」

 

「スピー♪スピスピ♪」

 

 

 

 

 

最初はそんなつもり毛頭無かったのだが、痛みに耐えかねて白旗降参。こうして一悶着あった末に、独りぼっちの旅は一人と一匹の旅になりましたとさ。めでたしめでたし。

 

…コイツに関しては色々と思うことはあるし、心配事もある。ただ、同時にとても心強くもあった。着いてきてくれることがここまで心強いと感じるのは、やっぱりこういう環境に置かれて精神的にヤラれてるからかもなぁ。行先も目標も分からない旅だが、苦労を共に出来る連れがいるのは気分的にはいいものだ。現実世界だとそう言える人が身近に皆無であった分余計にそう思う。

 

 

 

かくして、俺の旅路は頼もしい(?)仲間を加えて再び歩き出す。道は険しいかもしれないが、その先にある光を信じて、がむしゃらにまっすぐ進んでいこう。さあ、行くぞスピアー!

 

 

 

 

 

 

 

…あ、ただし食料は自力調達な。

 

 

 




 

かくして、成り行きでスピアーを仲間にしてしまった主人公。一人と一匹になった彼らは、無事に森を脱出することが出来るのか。そしてそこは一体どこなのか()。彼の帰宅願望は叶うのか。というか、まだあるのか。


色々な希望と不安を胸に、次回へ続く!



…場所はタグで大体バレてる?それは言わないのが優しさです()。



そして、次回ようやく原作キャラが一人登場する予定。
 

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。