シロガネ山で成り行きで捕まえてしまったヌシのバンギラスをタケシに委託して早1ヵ月。俺のバンギラスもすっかり傷は癒え、オーキド研究所での療養も終えて手元に戻って来ていた。
ただ、身体の傷は癒えても心の傷はまた別物。療養中『元気がない』だの『自信を失くしてる』だの、色々言われていたバンギラスだったが、入院中と比べれば幾分かマシになったとは思う。が、それでも進化したてのシロガネ山時代に比べると、やはり勢いがないようには感じられる。やはり、あの敗北は相当に堪えたのだと思う。
ヌシとの戦いは執念でやり返したとはいえ、それはほぼ死体蹴りのようなもの。誰が見ても完敗だったとしか言いようがないだろう。
ここからどうバンギラスを立ち直らせるか、そして俺を認めさせて信頼関係を築けるか。圧し折れたバンギラスのメンタルを何とかするべく、サカキさんやオーキド博士、さらにはタケシとも時々連絡を取って、色々とやってみてはいるのだが、結果は今のところ芳しくない。
トレーナーとして腕を試される場面ではあるが…それでも、俺はバンギラスのことを諦めはしない。今日も今日とて、バンギラス再生のために俺は動く。
今回俺が画策していたのは、有利な相手に無双して自信を取り戻させようというもの。名付けてズバリ『一騎当千』作戦。遥か古の時代に名を馳せた英雄のように、1体で相手のポケモン全てを薙ぎ払い、その力を再確認することで立ち直ってほしい。
その思いを成就させるべく、この日、俺はヤマブキシティにいた。
「ヤドラン、なみのりよ」
「やぁん!」
「ギラ……ァ…ッ」
「バンギラスゥゥゥーーー!?」
…まあ、そんな思いは虚しく露と消えちまったんだけどな。難しいね…本当、ままならん。
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「…そうねぇ。かなり重症…と言ったところかしら?」
「…ですか」
今のバンギラスの状態をそう評したのは、冒頭、ヤドランのなみのりでバンギラスを押し流した張本人。ヤマブキシティジムリーダー・ナツメさんである。今日は俺がジム戦に挑戦するという形で、一方的にだが立ち直り計画に協力してもらっていた。
「以前のジム戦で直接彼とは戦ってはいないから、比べてどうとかは言えないけれど、戦う意欲を失っているようには思えるわ。動きも全体的に遅いと言うか、キレがない。ぼんやりとしかわからないけど、バトルに集中出来てないわね」
「別の個体に負けたのが、余っ程堪えたみたいで…」
「ふぅん…かなり気落ちしている感じはしていたけど、そういうことね」
戦う意欲を失っている…これが、まさしくバンギラスが精彩を欠く理由だった。あくタイプで、なおかつ砂嵐の恩恵を受けることが出来るバンギラスにとって、エスパー使いのナツメさんはこれ以上ないカモ。そう考えて、今回俺が画策した一騎当千作戦の相手として選んだのだった。まあ、結果はご覧の通りなんだが。本当はナツメさんの手持ち5体を全て吹っ飛ばす予定が、フェアリータイプ複合とは言え、こちらへの有効打を持たないバリヤード相手にグダグダ手こずった挙句、2体目のヤドランであっさりと返り討ちにされてしまった。
本来なら勝てる相手に、動きで負けて倒されてしまう。これを何とかするための今回のジム戦だったんだけど…これじゃ、逆効果だったかもしれん。
なお、ナツメさんにお茶に呼ばれたついでで相手してもらうことを思い付いたのは内緒である。
「言うに事欠いてジムリーダーをカモ呼ばわりとか、心外なのだけど?」
「………」
「聞こえてるわよ」
超能力、やっぱズルいわ。そしてその一見感情の籠もってないようなジト目で見るのはやめて下さい。ある程度為人知ってても怖いッス。ゾクゾクしちゃう。
「…スンマセン」
「…まあ、現実そんな状態のバンギラス1体にそこそこやられちゃってるから、そこまで強く否定も出来ないのよね。悔しいところだけれど」
実際問題、第3世代環境のナツメさんが相手のバンギラスなら、現状ではタイプ相性とスペックである程度なんとか出来てしまう。それは見栄でも誇張でもない、現実だ。本調子ではなくとも、この条件なら安定して戦えはする。ヤドランがいなけりゃ勝ててたかも分からん。
「ナツメさんには失礼ですけど、バンギラスが万全とまではいかずとも力を出せる状態だったら全抜き出来てたと思ってます。実際、それを狙って今日は来たワケですし…」
「全く以て失礼な話、普通なら鼻で笑い飛ばしてるわ。でも、実際エスパー技効かないし、他の攻撃も決定打なり得ない。ヤドランのなみのりも1回は平然と耐えるとか、どういうステータスしてんのよって感じね。これで動きが本調子ではないってことなら…貴方の言うことも、全くの妄言ってワケでもなさそうなのよねぇ」
鯛は腐っても鯛、バンギラスは不調でもバンギラス。でも、そうであっても全然駄目だから、今こうやってあれこれと手を打ってるワケで。
「…で、実際どうしたらいいと思います?」
「…いきなり無茶苦茶言ってくれるわね」
「そこはほら、ジムリーダーってことで何とか」
「岩タイプも悪タイプも、専門外なのだけど?と言うか、何なら貴方の方が私よりもポケモンについて詳しいんじゃなくて?」
「…まあ、表面上のデータ・知識面ではたぶん…いや、ほぼ間違いなくそうなんですけど、ポケモンとの関わりやトレーナーとしての経歴はナツメさんの方が長いですし、何か良いアイデアとかあればなー…って」
「そこで平然とそういう言葉が出てくるのもどうかと思うけど…実際そうだから何も言えないわね」
文句を垂れながらも、ナツメさんは何だかんだキチンと考える素振りを見せてくれる。以前やる気ないとか言ってた記憶もあるけど、やはり流石ジムリーダー。二十歳を超え、ジムリーダーとしてもキャリアを積み、大人としての頼もしさが出て来た…ような気がする。
ただ、しばしの長考の末にナツメさんが口を開く。
「…申し訳ないけど、分からないわ。メンタルをやられたポケモンの対処法までは経験もほぼ無いし」
「そうですか…」
「まあ、そうね…今回の、一騎当千計画…?だったかしら。コンセプト自体は悪くないとは思うのよ。今日の様子を見るに両刃の剣かもだけれど、ハナダジムやタマムシジム…つまり、バンギラスが苦手とするタイプのジムを相手に、わざと苦しい戦いをさせてみるって言うのもありかもね」
「それは俺の方でもこの後の二の矢として考えてます」
「そう。でも、そこまでやって改善が見込めないのなら、時の流れに任せてみるのも手じゃないかしら?案外、時間が解決してくれることもあるかもしれないわ」
「なるほど…つまり、時間が一番の薬ってことか」
「もしもそれでダメなら…ポケモンバトルからは離してあげるのも考慮に入れるべきかもね」
「…!それは…」
アドバイスの最後にナツメさんから飛び出したのは、バンギラスを戦力外にしろ、というもの。それは手を尽くしてもどうにもならなかった時の、最後の最後の選択肢としての提示ではあったと思う。しかし、徐々に手詰まりを感じつつあった俺には、バンギラスの引退勧告…突如突き付けられた最後通牒、酷く現実的な問題であるようにしか思えなかった。
「別に今すぐどうこうってワケじゃないけど、色々やってみて、それでも上手くいかなかったら…決断しないといけない時が来るかもね」
「………」
まさか、バンギラスの戦力外、延いては引退まで考えさせられることになるとは思ってもみなかった。まさに青天の霹靂。
戦力面だけを考えるなら、バンギラスを引退させるなんてことは絶対にありえない。でも、俺が今いるこの世界はゲームの世界じゃあない。ポケモン1体1体に向き不向きがあり、好き嫌いがある。その日その日でコンディションも違えば、気分も違う。実力を十分に発揮出来る日もそうでない日もある。
…寿命だって、ある。
ゲームの世界とは違うことは重々承知していながら、表の面、プラスな面しか見ず、裏のマイナスの面は見ない、考えないようにしていたところに、現実を叩き付けられた…そんな気分だった。
「…ま、どうなるかなんてまだ分からないし、最終的にはトレーナーである貴方自身が決めることよ。せいぜい迷いなさいな。今日のお茶会は…答えが出てからまたしましょう。それと…はい、ゴールドバッジ。あの状況から平然と勝ち切られたのも癪だし、問題も解決はしてなさそうだけれど、ルールは守らないといけないわ」
「…はい。今日はありがとうございました」
こうして、本来の目的であったお茶会(という名の情報交換会)は開かれることなく、来た時よりも幾分か重くなった足取りで、俺はヤマブキジムを後にする。一応後続の活躍もあってバトルそのものには勝ったし、まだまだ日は高かったが、寄り道なんてする気には到底なれなかった。
大都会のビル群の合間を行きかう人の波を掻き分けるように、ポケモンセンターへ直帰。バンギラス他、ナツメさんとの一戦をこなした仲間たちを預けると、部屋に籠った。
バンギラスのこと、ナツメさんから言われたことが、どうしても頭から離れない。テレビを見たり、雑誌を読んだり、窓から見える暮れゆく大都会の街並みを眺めたり…気を紛らわせようと色々やってみるが、沈んだ…とまではいかないけど、重い気分は晴れない。
『ヤマブキカビゴンズとクチバスターミーズ第11回戦、9回裏のカビゴンズの攻撃。3点差ながらスターミーズを攻め立て1死満塁。一発出ればサヨナラのチャンス。カウントは2-2、ピッチャー振り被って…投げた!打った!これは大きい!レフトが下がる!下がる!下がって…見送ったああああッ!!サヨナラアァァアァアアアッ!!!この土壇場で、起死回生の逆転サヨナラ満塁ホームランが飛び出し…Pi!』
手のかかる仲間の今後に頭を悩ませる俺に、追い打ちをかける野球の試合結果。優位に試合を進めながらの最後の最後で試合を引っ繰り返されてのサヨナラ負け。贔屓の負け試合は、何ならポケモンバトルで負けた時よりもよっぽど悔しいし、重かった気分がさらに急降下する。正直見なきゃよかったかもしらん。
まったく、どことなく前に推してた球団と似てる感じだったから応援してるんだが、こんな脆いとこまで似てなくてもいいだろうに、とは思う。
苛立ちに任せて電源を切り、リモコンを放り捨ててベッドに倒れ込む。こんな所でうだうだあーだこーだ吐き散らしたり、物に当たったりした所でどうにかなるものではないし、それを理解してもいる。でも、そうでもしなきゃやってられなかった。
…ホント、世の中ままならん。
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~数日後~
ナツメさんと戦った翌日、気落ちしていた中でも、『とにかく何でもやってみるしかない』とヤマブキシティを出てそのまま北上。当初の予定通りジムに挑むべく、俺はハナダシティに向かった。昨日の夜にハナダシティに着いて、一晩休んで「さあ挑戦」とジムに来てみれば、待っていたのは鍵が掛けられたジムの入り口と、でかでかと『臨時休業』の文字が書かれた張り紙。最早何も言えなかった。
人生の中には、時として世の中の全てが良い方向に回っていると思う時もあれば、何をやっても上手くいかなかったり、やることなすこと
そして、立て続けに物事が思うように進まないとテンションも下がるのが常と言うもの。
「…ハァ」
臨時休業の4文字を前に退散を余儀なくされた俺は、ハナダシティの北、24番道路にて金〇橋…もとい、ゴールデンボールブリッジを渡った先の川岸にて、ただただ揺蕩う川面を眺めて黄昏れていた。
背水の陣とでも言わんが如く、バンギラス以外をポケセンに預けたままでの単騎駆けのつもりだったが、これはもう神が「何もするな」と言っているような気さえしてくる。ナツメさんが言っていたように、時の流れに身を任せてしまうのが最善の手なのかもな…
「コンチクショウ…がっ…!」
突発的に近くに転がっていた石を手に取り、何も出来ないこと自分への怒りも込めて、全力で川面に向かってぶん投げる。石はピョン、ピョンと水面を切るように跳ね、波紋を残して水底へと消えていく。その波紋もあっという間に川の流れに掻き消され、やがて何事もなかったように穏やかな川面が戻って来た。
淡々と流れる川、照りつく晩夏の日差し、光を反射して輝く水面、長閑な昼下がりの風景…所詮、俺のようなたかが一個人があれこれやったところで、物事はなるようにしかならないし、大局にはさして影響などなく、大した意味はないのかもしれない。そう考えて、さらに気分が沈んでいく。このままここにいると、深海の底まで沈んでしまいそうだ。
…ただ、帰ったところでやることもないんだよな。それなら、このままどん底まで沈んでみるのも悪くないかもしれない。沈んだところで、何か見えるものがある…と良いなぁ。
「ブモオォォォォォォーーーーーーッ!!!!!」
穏やかな空気を引き裂く場違いの大咆哮が響き渡ったのは、完全に腐れそうになっていたそんな時だった。
レッドがオーキド博士から貰ったポケモンは?
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フシギダネ
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ゼニガメ
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ヒトカゲ
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ピカチュウ
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イーブイ