第77話:時報
春…それは光の季節。長く寒い冬を越えた果てに待つ雪解けの季節。若葉が芽吹き、蕾がほころぶ開花の季節。生きとし生けるもの全てが、未来への希望を胸に待ち望む夜明けの季節。
皆さんは春と言えば何を思い浮かべるだろうか?人それぞれ、思う春のイメージがあると思うが、こと日本人にとって春と言えば、終わりと始まり、出会いと別れ、旅立ち…どの年代の人にとっても、人生において重要なイベントが詰まった1つの区切り、節目の季節であると言えるだろう。
中でも子供にとって春と言えば、卒園・卒業、入園・入学、進級・進学や就職・引っ越しと、一大イベントが盛りだくさん。このポケモン世界においても、それは変わらない。各地のトレーナーズスクールを卒業した若者たちが、それぞれの新たな道へ第一歩を踏み出していく。まあ、カントー地方自体が日本の関東圏モチーフなことを考えれば、当然っちゃ当然なんだろうけど。
なお、突然個人的な話をして恐縮だが、オレの中では春と言えば、1に花粉症2に花粉症3に花粉症…である。これのせいで、以前までは四季の中で一番嫌いな季節とすら思っている。ポケモン世界に来てからは影を潜めてくれてて助かっているけど。少なくとも、俺にとって春と言えば、目の痒みと鼻水・鼻詰まりとの戦いの日々だった。
…まあ、そんなことは今はどうでもいいんだ。重要なことじゃない。何が言いたいかというと、オレもそんな数多の例に漏れず、春になって一介のポケモントレーナーという立場から飛躍し、新たなステージへと活躍の場を移すことになったってこと。
…正確には拒否権なしで無理矢理担ぎ上げられた上で、放り投げられたと言う方が正しいかもしれないが。
「これより、トキワジムリーダー代行・マサヒデと、チャレンジャー・アンズのバトルを行います!」
それが、俺が手にした肩書であり、サカキさんから押し付けられた新たな立場であり、不可抗力とはいえある意味では自業自得な、俺を今の状況に追いやった枷であった。
「バトル開始ッ!」
「先手は貰った!ダグトリオ、すなあらし!」
「させないよ!ゴルバット、あやしいひかり!」
全ての発端は、俺とバンギが九死に一生を得たハナダシティ郊外での一件。命がけで抑え込み、捕獲した暴走ケンタロスは、あの後タマムシ大学へと送られ、その出自や暴走の原因等に関する調査が行われた。
その結果として分かったのが、近隣の牧場で飼われていた個体が逃げ出し、野生化したものだったということ。そして、凶暴化した原因がハナダの洞窟にあると見られることの2点。ただし、そこまでで肝心要のケンタロスが死んでしまったらしく、それ以上の調査・特定は出来なかったとのこと。TCP社系列の研究施設でも協力して調査が行われたらしいので、サカキさん経由である程度の話は聞いている。聞いた時は…まあ、殺されかけた相手とはいえ、ちょっと可哀想に思ってしまった。
それはともかく、この調査結果の報告を受けたカントーポケモン協会は事態を重く見て、ハナダの洞窟の調査を実施することを決定。しかし、ハナダの洞窟はシロガネ山と同等かそれ以上の危険地帯。立ち入ることすら厳重に管理されていて、生半可な戦力では調査することもままならないことは誰の目にも明らか。
そこで、サカキさんが真っ先に手を上げた。実力は現役ジムリーダーでも屈指と言われる存在が、率先して調査の指揮を執ると言うのだから、協会としても不足はなかったんだろう。調査はサカキさんの主導で行われることがすんなりと決まった。調査の実施自体の言い出しっぺがサカキさんで、協会を唆したとかいう風の噂も聞くが…まあ、実力だけで言うなら何の不安もない。実力だけなら。
で、サカキさんが指揮を執るとなった時に問題になるのが、トキワジムリーダーの職務。サカキさんは現地で指揮を執る腹積もりのようで、長期間ジムを空けることになることは確定的。そうなれば、必然的にトキワジムリーダーの本来の職責を十全に全うすることは難しい。代わりに遂行する者が必要だった。
で、その代行役として白羽の矢が立ったのが、他ならぬ俺だったってワケ。サカキさんからいきなり話を振られた挙句、決定事項だからと反論する余地もなく押し切られたので、選出過程の詳細は分からん。しかも、時期的にそろそろ原作に突入するんじゃないか?というのもあって、内心『ふざけんなあぁぁぁ!』っていうのはあった。おのれ、サッカーキ。鬼!悪魔!サカキ!
まあ、そんな悪態をついたところでサカキさんの決定を覆すことなど出来るはずもなく…その後ポケモン協会本部での面接と試験を経て、不合格にならないかな~…などという他力本願な願いも届かず、何の問題もなくスムーズに就任は認められた。
「押し流してあげる!ドククラゲ、ハイドロポンプよ!」
「甘い!返り討ちだ!ゴローニャ、じしん!」
「え、うそ!?」
こうしてジムリーダー代行に就任した俺は、ジムの門をたたく挑戦者たちとのバトルや、トキワシティや周辺の見回りなど、ジムリーダーとしての仕事に事務的に従事する毎日を送るようになった。ジムだけに。
「やってくれるじゃない!だったら…フシギバナ、やっちゃって!」
「うん、それは無理」
…んん。すまん、一時の気の迷いだ。忘れろ下さい。
ともかく、ジムリーダー代行として新生活を開始した俺だったが、その船出は決して楽なものじゃあなかった。
まず、代行就任に当たって使用するポケモンについての注文がついた。根本的な話として、ジムごとにポケモンのタイプを統一していることが望ましいとされる。どのタイプに統一するかはジムリーダーが就任前に、他のジムリーダーと被っていないタイプから選ぶのが通例。しかし、あくまでサカキさんの代理でしかない俺にはその選択権はなかった。そして、手持ちポケモンで地面タイプはサンドパンだけだし、そもそもタイプ統一なんぞされていない。トキワジムリーダー代行の最初の仕事は、トキワジムリーダー代行として最低限の体裁を整えるところから始まった。
そのために、俺の代行生活はタケシに頭を下げて地面タイプ複合の岩ポケモンを融通してもらったり、サカキさんに頭下げてポケモンを融通してもらったり、ジムトレーナーの皆さんに頭を下げて融通してもらったポケモンのレベル上げに協力してもらったりと、方々に頭を下げて回った。なんでやねん。
なお、そこまで頭を下げてサカキさんに融通してもらったポケモンの中には、いつぞやの因縁の
とにもかくにも、協力してくれた全ての人には感謝しかない。ただし自爆野郎を送り付けてきたサカキさんは除く。
「ニドクイン、れいとうビーム!」
「フシギバナ、返す刀でねむりごな!」
「ちぃッ…」
「からの…やどりぎのたね!」
「面倒な…!」
こうして何とかシーズン開幕に間に合わせたが、元々がなる気など微塵もなかったジムリーダーだ。その後も大小幾つもの問題が俺の前に立ちはだかった。中でも深刻だった問題が、トキワジムへの挑戦者が前年比で滅茶苦茶悪化したこと。特に新人~若手ぐらいのトレーナーが目に見えて減ってしまった。
これは俺の試合運び…要は手加減が下手過ぎて、新人・若手トレーナーを中心に大虐殺してしまい、結果、経歴の浅いトレーナーたちから露骨に敬遠されたのが原因だった。トキワシティや自体が決して多くの人口を抱える街ではなく、セキエイ高原に最も近い街である立地の関係上、ポケモンリーグ出場を目指すトレーナーの大部分から後回しにされがちという地理的要因はあるとはいえ、一時期にはジムバッジ残り1つや2つという上級トレーナーが1日に3~4人しか挑んでこないという、閑古鳥が鳴く状況に。
本来ジム戦はポケモンリーグへの挑戦を目指す者の行く手を阻む門番であり、掛けられる
元々運営資金はポケモン協会とサカキさんの会社から出ているし、そもそもトキワジムは観客入れての収入があるワケでもないし、ついでに俺個人としてはこれはこれで楽なので良かった部分もあるんだが…週刊誌に『トキワジム、新人トレーナーの墓場と化す』なんて見出しで特集されてしまい、そのことを知ったポケモン協会のお偉いさん、さらにはフラリとジムに帰って来たサカキさんにもやんわり苦言を呈されてしまう始末。世間の評判って大事ね。
これは俺の性格というか、性分由来の問題なこともあり、改善は一筋縄ではいかず難航した。バトルとなるとついついヒートアップして、反射的に勝ちへの一手を打ってしまうんだよねぇ。それでも、無理矢理とは言え任された以上はキチンと職責を全うしなければならない。
慣れないことに四苦八苦しつつも、周囲の色々なサポートもあって、シーズン後半には何とか格好はつくようになっていた。
…適応するのが遅い?おっしゃるとおりで。
ともかく、ほぼ毎日のようにやって来る挑戦者を捌き、トキワシティの治安維持に努め、日々巻き起こる雑多なトラブルの解決に当たり…と、慣れない、なる気もなかったジムリーダー代行として1年間奔走した。
まあ、トラブルとは言ってもトキワの森の迷子救出だとか、よく酔い潰れて路上で爆睡しているおっさんの対処だとか、そんな程度。世間では各地でロケット団が活発に動いているようだが、トキワシティはカントーの中心から外れた位置にあるからか、はたまたサカキさんの本拠地ということもあってか、ロケット団絡みのトラブルはほとんどなく、平和そのもの。田舎の日常って感じで、気は多少楽ではあった。
「マタドガス、どくどく!…って、効いてない!?」
「はがねタイプだからなぁ!ハガネール、アイアンテールッ!」
「卑怯な!」
「どの口が言うか!?」
そんなこんなありなからも、春、夏、秋、冬と季節は巡り、ハナダシティ暴走ケンタロス事件から、延いては俺がトキワジムリーダー代行に就任してから1年と少々が経った。
無事に代行役を1年間勤め上げた俺も、これで晴れて自由の身…と行きたかったのだが、サカキさんが指揮を執るハナダの洞窟調査の進捗が思わしくないようで、調査が完了するまでにはもうしばらく時間を要する状況らしい。そのため、任期満了間近という所で俺にはおかわりの要請が入った。そして、俺にそれを断る勇気はなかった。
原作知識を持つ俺には、ハナダの洞窟に凶暴化という2つのキーワードから、第2世代のみに存在した【はかいのいでんし】という、ミュウツーに繋がるぶっ壊れアイテムの存在を念頭に入れざるを得ない。そして、サカキさんがミュウツーを手中に収める世界線がある。もし、ミュウツーがサカキさんの手に落ちたら…この世界はどうなってしまうんだろうな。
なんにせよ、今の俺にはミュウツーがサカキさんの手に落ちないことを祈るしか出来ない。世界と俺の心の平穏のためには、是非ともこのまま失敗に終わってもらいたいところ。
ミュウツーのことはさておいて、そういう理由もあって、今年も俺はトキワジムリーダー代行のままであった。
そうして季節は再びの春。サカキさんは少しの間戻って来たものの、早々とハナダの洞窟調査に舞い戻ってしまい、シーズン開幕から俺は代行としてトキワジムに立っている。
ポケモンリーグ出場、延いてはポケモンマスターを目指す夢追い人たちが、シーズン開幕直後から各地のジムに挑み始める新たなシーズンが、そして俺のジムリーダー代行2年目のシーズンの幕が上がった。トキワジムも早速、多数のトレーナーからの挑戦を受けて多忙を極め…
「だったら…マタドガス、だいもんじ!」
「だよなぁ…ッ!」
…ては、いなかった。地理的要因に加え、去年の俺の数々のやらかしの影響も…まあ、否定出来ない部分は多分にある。
そんな事情もあって、この時期に挑戦しに来るトレーナーというのは他所と比べても多くなく、日に30人もいれば多い方。そこからジムトレーナーの皆さんを突破して俺への挑戦権を得るトレーナーは当然、さらに少なくなる。1日当たりに5人いるかどうかくらい。酷い時は1人だけって日もあった。
そして、その大半はトキワシティかその周辺地域出身のトレーナーで、中でもトレーナーズスクールを出たばかりの
そんな新鋭のトレーナー諸君を分からせ…もとい、ワンランクでも上のステージへ昇る手助けをしてあげるのも、ジムリーダーの大事なお仕事である。バトル自体はレベルが10~20代のポケモンメインなことが大半なので、正直あまり燃えない。
なお、カントー地方の8つのジムの中で挑戦者が少ないジムトップ3はトキワ・ヤマブキ・セキチクの3ジムである。うちは前述のとおりで、本来のジムリーダー・サカキさんもカントー指折りの実力者。セキチクジムはキョウさんの実力もさることながら、その戦闘スタイルが敬遠され気味で、ナツメさんは…なんか、超能力でうち以上のトラウマ製造機みたいな扱いされてる。何してるんですかねぇ…?
「ハガネール、戦闘不能!よって勝者、チャレンジャー・アンズ!」
…まあ、今日は遥々セキチクシティから忍者娘が遠征して来たから、久々に刺激的なバトルが出来たのだけど。
「負~け~た~…」
「よし!」
小躍りしながら勝利の味を噛み締めている忍者娘。負けはしたけど、このメンツはあくまでジム戦用のポケモンたちだし、友人にして姉弟子…で、いいのかな?の成長を確かめられるのは嬉しさこそあれ、悔しくは…
「あたいの勝ちだ!見たかマサヒデ!」
「あー…はいはい。おめっとさん。これ、バッジね」
「ヘヘ、ありがと」
…悔しいわやっぱり。勝負事だもの、仕方ないよね。
とは言え、仮にもジムリーダー代行。丸1年、上から苦言を呈されながらも毎日のように戦い続け、勝ちも負けも数え切れないほどに経験してきた。悔しさを押し隠すことなど造作もない。
バレるのも癪だし、ニコニコなアンズに何事もなかったようにしれっとバッジを渡す。
「しっかし、あんたもジムリーダーになって2年目かぁ。先越されちゃったけど、板についてきたんじゃない?」
「まあ、そりゃねぇ…」
人間、何事も適応出来る生き物である。1年もやってりゃある程度は慣れる。
まあ、見知った顔とは言え、そう言われるのは悪い気はしないね。
「そういうアンズはどうよ?今年はセキエイ大会、出れそうかい?」
「もっちろん!今年こそは憎きヤマブキジムリーダーを倒して、ポケモンリーグ出場、優勝よ!それで、父上に褒めてもらうのさ!」
俺が問い返すと、拳を突き出し大きな目標を威勢良く口にするアンズ。アンズは去年・一昨年と各地のジムに挑んでいたが、一昨年はサカキさんとナツメさんに、去年は俺には数回のリベンジの末に勝ったものの、ナツメさんには終ぞ勝てず、ポケモンリーグ出場を果たせていなかった。毒タイプ統一でナツメさん相手はなぁ…
ゲンガー・ドラピオン・スカタンク・アローラベトベトン辺りでもいれば或いは、とも思うけど…まあ、応援はしているので頑張ってほしい。
そして、何年経っても相変わらずなファザコンぶりは、見ていて微笑ましいものである。
「代行」
「ん?」
「次の挑戦者です。準備をお願いします」
アンズと話し込んでいると、スタッフが声をかけてきた。それはつまり、ジムリーダーへの挑戦権を勝ち取った次の挑戦者が現れたことを意味する。
珍しい…決して挑戦者数の多くないこの時期のトキワジムにおいて、立て続けに挑戦者が来るというのは、俺の記憶が確かなら今シーズン始めてではなかったか?
「挑戦者のバッジ数は?」
「0個。今春にトレーナーズスクールを出たばかりの子ですね」
「新人かぁ…」
所持バッジ数0で、トレーナーズスクールを出たばかり。つまり、ジム自体今回が初挑戦。この時期のトキワジムのメイン層、卒業直後の新人トレーナーだ。
ただ、そういう新人がジムトレーナーたちとのバトルを突破して俺への挑戦権を得ることは決して多くはない。この時期にすんなりとジムトレーナーを破っているってことは、有望株ってことだろう。
「…ま、お手並み拝見だな」
「ん~…せっかくだし、あたいも観戦させてもらおうかな。お手並み拝見ね、トキワジムリーダー代行」
「はいはい」
軽く茶化して観客席に駆けてゆくアンズを横目に、一度準備のため控室に戻る。激戦を戦ったポケモンたちを回復のためにジムトレーナーに預け、一息入れている間に挑戦者の情報をチェック。
そして、そのトレーナーカードに記された情報…挑戦者の名前を一目見て、俺に電流が走った
『トレーナー名:グリーン』
…来るべき時が、もう目前に迫っている。
明けましておめでとうございます!(大遅刻)
…ハイ、SVのDLCに思いの外楽しさや懐かしさやらを刺激されて、ハマってしまってました。BWを想起させる音楽、コロシアムを思い出すダブルバトル中心の舞台…懐古厨な私にはガン刺さりのDLCでした。大満足。
遅刻の言い訳はここまでとしまして、いよいよ原作に突っ込んで逝きます。すっかり逃げ遅れてしまったマサヒデは、待ち受けているであろうサカキ様とロケット団が引き起こす大事件にどう向き合うのか、そしてその先に待つ未来は…
予定は未定です!()