オツキミ山トンネルにてロケット団が壊滅させられていたのとほぼ同じ頃、外界とはほぼ隔絶された状態で調査を続けるハナダの洞窟調査団の中の1班は、この場所に潜む未知なる謎を解き明かすべく、一歩、また一歩、その最奥を目指して内部を進んでいた。
ハナダシティの暴走ケンタロスを切っ掛けに始まったこの調査。トキワジムリーダー・サカキを責任者に据え、大規模な調査団を結成、開始されてからすでに1年以上が経過している。
「ゴルダック、サイコキネシスだ!」
「ゴルァ!」
「ライチュウは10まんボルト!」
「ライラーイ!」
「10時方向にもいるぞ!ゴルバットが…4体ッ!」
「任せろ!サイドン、れいとうビーム!」
「ドッサイ!」
カントー地方8人のジムリーダーの中でも屈指の実力者と目されているサカキ、及びその門下生を中心に、各方面から集められた実力者たちと、カントー地方でも有数の研究機関や、広く名の知られた大企業から選抜された調査員。まさしく、カントー地方の粋を集めたと表現してもそこまで間違ってはいないぐらいの豪華な布陣。
そんな彼らをもってしても、ハナダの洞窟の調査は過酷かつ困難なものであった。その最大の要因が、生息している野生のポケモンたちだ。
そもそも、この調査の切っ掛けとなったハナダシティの暴走ケンタロスは、元の主への聴取等から異様な早さでの急激なレベルアップ、そしてその上がったレベルでも見合わない高い攻撃力と凶暴性が備わっていたことが分かっており、この洞窟で何らかの影響を受けていた可能性が高いと見られていた。
そんな未知なる環境を生き抜くポケモンたちが弱いワケがない。洞窟に足を踏み入れた調査団は、高レベルな野生ポケモンたちの相手を否が応でも強いられることになる。トレーナーの方もカントー地方で上位の実力者が集められていたが、ポケモンたちは非常に好戦的で数も多く、調査団はベースキャンプの設立、及び周辺の安全確保までに多大な時間と労力を割くことになる。
数週間をかけてようやく周辺が落ち着いてベースキャンプも機能し始め、本格的な調査が始まるが、今度はハナダの洞窟の地形が調査団の行く手を阻んだ。
洞窟の内部そのものは複数人、或いはポケモンと並んでいても歩ける程度には広く、ポケモンバトルも問題なく出来る程度には空間的余裕はあった。ただ、奥へと続くその道程は長く複雑に入り組んでいて、場所によっては水の上を進む必要があったり、小規模な崖を上り下りする必要があったり、人1人が通るのがやっとなぐらいに狭まっている個所もある。
そんな道がいつ終わるとも知れない程に長く続いており、さらにはその道中でも野生ポケモンたちが、繫忙期の飲食店かの如く、倒しても倒しても引っ切り無しに襲って来る。これでは調査が進まないのも仕方のないことであった。
「周辺の安全、確保出来ました!」
「よし、ここで一度休息だ。態勢を一度整えるぞ」
「了解!」
だが、1年以上も調査を続けてきた成果は着実に積み上がっており、ハナダの洞窟の全容も、本来の目的の謎も、ある程度だが解明されつつある。
元々、わずかな期間での異常なレベルの向上、そして上がったレベルに比しても驚異的な力を発揮していたケンタロス。その後の調査で、体内から正体不明のDNAが検出された。この未知のDNAが何らかの影響を与えた可能性があるのでは?という仮説が立てられ、このDNAを他のポケモンにも投与してみた結果、戦闘力に関してはその仮説を裏付けるように、投与したポケモンに対してよく似た極めて高い効果を示した。
これを以って、現地調査が行われる運びとなる。そして、実際に捕獲されたポケモンに対する調査で、少なくない個体からケンタロスから検出されたものと同じDNAが検出された。ハナダの洞窟にはこのDNAを生じさせるナニカがある…そう確信させるには十分な成果だった。
あとは、それが特殊な環境によるものなのか、それとも特別な存在によるものなのか…発端であったケンタロスについては、後はその変異の元凶を確かめるだけという段階まで来ていた。
「しっかし、いつまでこんな調査続くのかねぇ?どこまで潜っても、地形と野生のポケモンとの戦いばっかりだ」
「その分金払いは良いし、キチンと休みも貰えてるし、いいじゃねぇか」
「そりゃそうだが…ポケモンを異常なまでに強力化し、凶暴にするDNAを撒き散らす、そんな奴ホントにいるのかねぇ?」
「まあ、何かはあるんだろうさ。もっとも、俺は何かそういう場所がどこかにあるんじゃないかって思ってるけど」
「いーや、俺はいると思うね!」
「お?だったら賭けるか?」
「いいぜ!何を賭ける?」
「…お前ら、賭ける賭けないは自由だが、何時どんな事が起きてもおかしくないのがこの場所だ。気持ちは分からんでもないが、休息中と言えど、あまり気は抜くな」
「「「うーっす」」」
その
「…時間だ。総員、出発する!」
休憩を終え、発生源の特定を目指して再び動き出す調査班。目標は個体によってはその力を制御しきれず、命を落としてしまうほどの強大な力を与えるDNAの大元だ。存在するのならば、一目見て分かる程度には異常・異質なモノである可能性は高い。同時に、何が起こるか予測不能の危険な存在であることも容易に想像出来る。
それらを念頭に置いて、原因を突き止めるべく、周囲に目を凝らして異変がないかを探しつつ、襲い来るポケモンたちを打ち払い、より先に、より深く、彼らは歩みを進めていった。
…そして、しばらく進んでいく中で、調査班は自分たちを取り巻く違和感に気付く。
「…それにしても、静かになりましたね」
「確かに。いつの間にか、ポケモンに襲われることもなくなったよな」
「と言うか、ここ20分ぐらいポケモン自体を見てなくないか?最後に襲われたの、何分前だったか?」
「30分は経ったんじゃないか?ポケモンたちがキレイサッパリいなくなっちまったみたいだ」
その誰もが感じていた違和感。それは、異常なまでの静寂。野生ポケモンたちの鳴き声などの、うるさいぐらい常に聞こえ続けていた様々な音がほぼなくなっていた。漂う空気もどこか張り詰めているように感じられる。
その様はまるで、ポケモンたちが一斉に姿を消したか、生命活動を停止したかのよう。開始以来幾度となく潜って来たこの洞窟調査において、一度も体験したことがない…それぐらい異様な静けさだった。調査班の警戒度合いも、否が応でも高まる。
ただ、その異質な感じは自分たちがこの1年以上の間追い求めてきたナニカがある可能性がある。であれば、彼らには先にあるモノを確かめないという選択肢はなかった。
そうしてなおも歩みを進めようとした、その直後だった。
「…ッ!センサーに高エネルギー反応あり!何か来ます!」
「総員、警戒態勢!」
周囲の生物反応などをチェックしていた調査員から、声高に緊急の警告が発せられる。リーダーは反射的に警戒を促す指示を飛ばした。
刹那、辺り一面に広がる強大な存在感。その爆発的で強烈なプレッシャーに、調査班全員の危機感知センサーと生存本能が警鐘をこれでもかと言うぐらいに打ち鳴らす。
『ドゴォッ!!』
「後退ッ!後退ッ!全員下がれェッ!!」
調査班の横の壁が爆ぜるように崩壊。警戒態勢にあった調査班は機敏に反応し、リーダーの指示とほぼ同時に逃げるようにその場から距離を取り、辛うじて難を逃れた。
振り返れば、通路が壁の崩壊で生じた土煙に覆われ、ほとんど何も見えない状況になっていた。
「いったい何が…」
これは恐らく自然現象などではなく、何者かが引き起こした事。直前に感じたプレッシャーは今も消えておらず、それどころか調査班には徐々に強まっているようにすら感じられた。そのプレッシャーの主が、この土煙の向こうにいる。その正体を確かめるべく、調査班員の1人が手持ちの光源を土煙へと向けた。
光を当てられて土煙の向こうに浮かび上がったのは、2足歩行するシルエット。最初は人のようにも思えたが、人としてはかなりの長身で、かつどこかアンバランスさを感じさせる身体の線の細さ。そして、その背後にチラチラと揺れる長い尻尾の影が、その存在が人ならざるものであることを強く主張していた。
程なくして
『何やら騒がしいから来てみれば…キサマらは…ニンゲンか…!』
「「「 !? 」」」
調査班の存在を視認したそのポケモンは、彼らに向かってそう言い放った。驚くべきことに、人の言葉で。
「おい…コイツ今、人の言葉を喋ったぞ!?」
「言葉を話すポケモン…だと!?信じられん…ッ」
問い掛けとも、独り言ともとれる未知なる存在の呟きに、調査班全員に衝撃が走る。
ポケモンが人の言葉を理解しているというのは世界共通の一般常識だ。実際に人→ポケモンへの言葉による意思伝達は、あらゆる場面で有効に機能している。ポケモンバトルはその最たる例だろう。その一方で、ポケモン→人の意思伝達は、ポケモンの表情や声色、動きなどを見て人が判断するしかないとされてきた。少なくとも、人語を操るポケモンなどと言うのは確認されたことはなかったし、当然、調査班員たちもそんなポケモンに出会ったことなど一度もなかった。
それ故に、この出会いは衝撃だった。この事実が全世界に向けて発表されれば、彼らがそうであったように、全世界に衝撃が走ることだろう。
そして、その姿を見た調査員たち全員が同じ結論に至った。『コイツこそが、自分たちが探していた全ての大元の存在だ』…と。
「先程の攻撃はサイコキネシス…エスパータイプ、か?」
「リーダー!コイツを捕まえることが出来れば…」
「ああ。このクソつまらん地下生活にも、ようやく終わりが見えそうだ…!」
同時に、『コイツを捕まえれば、調査も終わる』とも。
「総員戦闘準備!アイツを捕まえるぞッ!」
「「「 おうッ!!! 」」」
班員たちが一斉に戦闘態勢をとる。彼ら調査班員たちは、いずれもがカントー地方でも上位の実力者たちであり、ハナダの洞窟でも活動出来ることを前提に選抜されている。中にはポケモンリーグセキエイ大会での入賞経験者だっている。ハナダの洞窟のポケモンたちには苦戦こそしていたが、それは数とエンカウント頻度と地形が原因であったにすぎず、純粋な実力だけならもっと余裕で攻略出来ている。ハナダの洞窟のポケモン相手でも問題なく戦える。これが、口にすることはなくとも、大なり小なり彼ら全員が思っていることであった。
そして、その困難を乗り越えてきた自分たちであれば、多少の強敵だろうと何とかなるハズだった。
『…おのれニンゲンども…ッ!まだ我を苦しめんとするか…ッ…我が安息の地を踏みにじるかぁッ!』
「エネルギー反応、さらに増大しています!」
「来るぞ…ッ!」
『貴様らニンゲンから我が受けた苦痛、苦難、屈辱…貴様ら自身でとくと味わって逝くがいいッ!』
…しかし、結果としてその判断は、このポケモン相手に限っては間違っていた。そうとしか言いようがなかった。
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~ハナダの洞窟調査団・ベースキャンプ~
ハナダの洞窟入口付近に設置されている、調査団のベースキャンプ。洞窟調査の拠点であるとともに、外界と調査団を繋ぐ場所であり、調査を進める上で必要な設備が一通り揃えられていた。
そんな設備の1つに司令部があった。通信機器が設置されていて、各調査班に指示を出したり報告を受けたり、或いは外部との連絡を担っている部署だ。普段は定時の報告を受けることと、必要があれば指示を出すこと以外に大きな動きはなく、周囲の安全もほぼ確保されているため、前線に潜っている各調査班と比較して、のんびりとした空気で仕事が行われている。
『……ホーム!ホーム!こちらペルシアン2ッ!応答願います!』
「…?こちらホーム。ペルシアン2、どうしましたか?オーバー」
しかしこの日、突如飛び込んできた急報により、そんな空気は一瞬のうちに消し飛んでしまった。
『こ、こちらペルシアン2!新種のポケモンに襲われている!至急、救援を願う!ポイントは…』
「何ですって…!?」
それは、調査団のメンバーを十数人程度ずつに分けて結成された、いくつかの調査班の内の1つ、ペルシアン2のコードを与えられていた班からの救援要請だった。状況が切迫していることを如実に物語っている声色に、連絡を受けたオペレーターにも緊張が走る。
「ペルシアン2、救援については了解しました!もう少し詳しい状況を…」
『確認出来ているだけですでに6人やられた!戦えるポケモンもほぼ残ってない!』
「6人も!?」
『このままでは……ぅ…!?くそぉ…!サイドン、いわなだれだぁっ!…よ、よし、これで時間を…』
直後、無線が地響きのような鈍い音を拾う。戦闘を行いながら無線で連絡しているという、緊迫した状況なのは誰の目にも明らかだった。司令部内が蜂の巣を突いたように慌ただしくなる。
「班長、どうしますか!?」
「周辺にいる班はどれだ!?」
「現在の位置的に、えっと…ペルシアン3、それと…オオタチ1も行けそうです!」
「ではその2班にただちに救援に向かうよう指示を!救護班も用意をさせておけ!」
「了解!」
「それと、調査団長にも至急連絡を!」
「はい!」
しかし、調査班が実力者揃いであるのと同様、この司令部要員もまた優秀な者たちが集められている。緊急事態にも慌てず、テキパキと救援とその後の対応の手はずを整えていく。
「ペルシアン2、ペルシアン2、応答せよ!」
そして、次々と指示が飛ぶ中で、同時に要請を出しているペルシアン2とも交信を続ける。しかし、呼びかけに対して、無線は攻撃の指示を最後に、攻撃で生じたノイズで埋め尽くされてしまっていた。しかし…
「ペルシアン2、ペルシアン2、応答s『ドンッ!!!』…!?」
突如、ノイズを掻き消して響く強い衝撃音。続けて、ガラガラと遠くで何かが崩れるような音。
『……ぅ……ぅぅぅ……ぐぅ…ッ』
「ペルシアン2!?どうしました!?何が起こっているんです!?」
その後、ノイズが治まった無線からは、くぐもったような呻き声が漏れる。
『ニンゲン、何処へ行こうと言うのだ…?』
『やめろ…来るな……や、やめろ、やめろ、やめろおおぉぉぉ!!…がぁ…ッ……ザザーーー』
「…っ、ペルシアン2!?ペルシアン2、応答せよ!……ダメ、無線をやられてる」
断末魔のような悲痛な叫びを最後に、調査班・ペルシアン2と繋がっていた無線はノイズ音に変わり、以降、永遠に応答が返ってくることはなかった。
その後、ペルシアン2から救援要請のあった地点へ、指示を受けた2つの調査班が急行。そこで彼らが目にしたのは、大きな力を持つナニカが大暴れして出来たと思しき空間に、押し潰されたり捩じ切られたりと、見るも無残に変わり果てた人間だった物が、そこかしこに散乱しているという凄惨な光景だった。
あまりの惨さに体調を崩す者が複数出た上、カントーでも上位の実力者たちをまとめて圧し潰してしまえるほどの戦闘力を持った新種のポケモンが潜んでいる可能性がある、と言うことで、ほぼ必要最低限の遺品や装備を回収すると、救援隊は素早く現場から撤退していった。幸い、新種のポケモンが彼らの前に姿を現すことはなかった。
一方、報告を受けて調査団長であるサカキは報告を受けて調査活動の中断を決定する。その後、ポケモン協会でも臨時の協議が行われ、状況を鑑みてハナダの洞窟の調査を一時休止することが正式に決まった。
このことはテレビでも大きく取り上げられた。内容としては「不慮の事故で調査員に多数の死者が出たため、調査を一時的に休止する」というものであり、詳細な情報の多くは隠されていた。真相を確かめようとより詳細な情報を求めた者も中にはいたが、ポケモン協会はそれ以上の情報は「確認中」として一切出さず、その事実が明らかになることはなかった。
そういった事情に加え、元々そうだった部分もあるが洞窟自体の侵入禁止も継続されており、ハナダの洞窟は半ば都市伝説として恐れられ続けることとなる。曰く、「ハナダの洞窟には正体不明の化け物が潜んでいる」…と。
こうして、暴走ケンタロス事件を発端として1年超にも及んだハナダの洞窟調査は、異常の元凶と推測される新種のポケモンの存在まで辿り着いたところで、大きな損害を出して幕引きとなった。
チラ見せM2。この禁止伝説、本作では人の言葉を喋ります。そして、強い。流石伝説。