常春頭の忍者道   作:さとる

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0 わたしが居なくなった日

 それは麗らかな春の日の出来事でした。

 

 ああ、なんて素敵なのでしょう!

 芳しい花の香り、新たに芽吹いた若葉の緑、可愛らしく囀る小鳥の声。風がさわさわ木々を揺らして木の葉が唄い、お日様がぽかぽかと気持ちよい。布団を干したら、お日様と一緒に薫風に乗ってやってきた花びらの香りもするかもしれない。

 きっととてもよく眠れるでしょうねぇ……。

 

 

 春に抱かれて永遠の眠りにつくなんて、とても素敵です。

 今日がこんな素敵な日でよかった。

 

 

 最期に見られた光景は、わたしの一番好きなもの。爛漫の春。これを最高と言わなければ、嘘でしょう。わたしは幸せ者ですね。

 けれど、残念なことがひとつだけ。花の香りを掻き消してしまう血なまぐささが実に惜しい。こればかりは今のわたしの現状を顧みるに、どうしようも無いのですけど。

 

 わたしはぬるりと真っ赤に染まった手を持ち上げて、まぶしい日の光をさえぎった。

 

 

 

 

 

 青い青い蒼穹は、どこまでも天高く。

 

 

 

 

 

 

(そろそろですか……)

 

 かざした手の面積が、いつもより小さい。ああ、そういえば指が無いのでした。指があった場所からぱたぱたと何か液体がこぼれています。

 ふふっ、血ですねぇ~。目に入ってしまって、片目が見えなくなってしまいました。美しい光景が遮られてしまって、わたし困ってしまいます。ああ……でもどうせ、目なんてもうすぐ見えなくなってしまうのですし遅いか早いかでしたね。

 それでも空の次はお花が見たくて、わたしは顔を横に向けます。お花畑に倒れているのだし、きっとすぐそばには可憐な花が…………んん? おやー? お花じゃなくて、わたしの片腕が落ちていました。ほっほう! なんてすっぱりキレイな断面でしょう! さっきまでわたしの肩にくっついていたなんて信じられません! まるで精巧な造りの玩具のようです。

 体を見れば、肉と赤い血をつけた骨がお腹からつきだしているのが見えました。あらまあ、足もない。お腹に手を当てると、ぐちゃりと不快なさわり心地。……う~ん、これは内臓も飛びだしているようですねー。生臭いわけです。

 

 せっかく綺麗で大好きな光景に囲まれているのに、周りがわたしの残骸だらけでとても残念。

 

 思わずため息をつくと(どうやらまだ肺は機能しているようです)、そんなわたしに声がかかりました。素敵な声なのですが、ねっとり絡み付くように話すのは彼の癖でしょうか。とても個性的だと思います。

 

「しぶといんだねェ◆ 四肢がほとんど無いのに生きてるなんて♥」

「うふふ、もうすぐ壊れてしまいますけれどね」

「へえ、面白いね◇ 君は自分で壊れてしまうだなんて言うのかい?」

「貴方にとって、わたしは暇つぶしの玩具でしょう? そちらの表現の方が適格だと思いましたので。わたしとのお遊びは、楽しんでいただけましたか?」

「う~ん、それなりかな♠ 正直、期待外れだね♦ 彼の姉だっていうから余計に肩透かしを食らった気分だ♠」

「おや、それは残念。ふふっ、あの子はわたしなんかより、よっぽど強いですけどね! 自慢の弟です」

 

 張るほど大きさが無い胸をはってみる(つもりです)。でも、最期なんです! ふっふっふ。大好きで可愛い弟を自慢する機会を、わたしは逃しませんよ! 

 

 ですが彼……個性的なピエロ姿の男性は、もうわたしに興味などないようですね。わたしの血で濡れたカードを手から手へとパラパラ華麗に移動させて遊んでいます。ほほう……彼にとってはほんの手遊びなのでしょうが、こんな状態でなければ拍手を送りたいほどの華麗な腕前ですね。すごいです!

 しばらく見ていましたがピエロさんはカードに飽きたのか、それを手品のように消してしまいました。そしてにぃっと口を三日月型に吊り上げて、彼はわたしの体から切り取られた腕を拾います。

 

「これは僕がもらうね◆ 君にはもったいないよ❤」

「ああ、なるほど! それがご所望でしたか~」

 

 彼が欲していたのはわたしの腕ではありません。わたしの手の甲に彫られた蜘蛛の刺青……正確にはそれが有する資格がお目当てのようです。

 "四”と刻まれた蜘蛛の刺青。不気味なそれの隣には、不釣合いな可愛らしい花の刺青も添えられています。我侭言って加えてもらったんですよね~。だって蜘蛛なんて可愛くないんですものー。

 

 思い出すのは愛しい家族。

 

 ごめんなさいね、今度会う約束は駄目になってしまいました。

 いいえ、今度だけでなくて季節がいくら巡ろうともう二度と会いまみえることは無いでしょう。

 

 ごめんなさいね。

 

 さようなら。

 

 ああ、さようならのその前に、彼に言っておかなくては。

 

「ふふふっ、あの子達をよろしくお願いしますね」

 

 笑って言えば、ピエロさんは怪訝そうに尋ねてくる。

 

「君を殺したボクに言うのかい?」

「だって、わたしのかわりにあの子達のそばに行くのでしょう? 引継ぎですよ、引継ぎ。ふふっ」

 

 おや、声がかすれてきましたね。そろそろ目を閉じておきましょう。死に顔は眠るような顔がいいのです。眼を見開いたままなんて、不気味でしょう? 少しでも可愛い方がいいではありませんか。

 

 おやすみなさい。

 

 さようなら。

 

 

「変な人だねぇ、君は♥」

 

 まあまあ、失礼な。わたしはいたって普通です。見てください、この穏やかな対応を。

 

 そう思ったけれどもう声にすることは出来なくて、私は春に抱かれたまま覚めることの無い眠りにつきました。

 

 

「フフッ、ごめんね♥ 本当は結構楽しめたよ◆」

 

 ピエロさんが何か言っている。でもその言葉は、もうわたしに届くことはありませんでした。

 

 

 

 

 

 ああ、どうせ覚めない眠りなら、どうか暖かで美しい常春の夢を。

 

 

 

 

 どこからか舞って来た無垢な白の花びらが、わたしのたったひとつの葬送花。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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