常春頭の忍者道 作:さとる
* * *
時折、わたしじゃなかった頃のわたしの夢を見る。本来あるはずのない記憶は、けれど確かにわたしだけのもの。
愛しくてたまらない、わたしにとって最上の宝にも勝る記憶。
ふふふ、そんな夢を見た次の日は心なしかお肌がツヤツヤしている気がします。おどろくべき癒し効果! それほどに可愛かったんです、前世のわたしの弟妹達は!
「春樹くん……何だかいつにもまして機嫌いいわね。笑顔が輝いてるわ」
「ちょ、ちょっと気味が悪いってばよ」
「…………」(コクリ)
そんな風にちょっと引き気味でやや離れた場所から見てくる班員の皆さんはさくっと無視でもいたしまして、任務も終わったことですし……繰り返し思い出す夢の余韻に、ゆっくりとひたるといたしましょう!
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ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ
とある国の都心、昼下がり。ビルの五十七階にある会社のオフィスで、恐ろしい速さでケータイのボタンを押す女がいた。
同僚である女性は速すぎて指の残像すら見える非現実的な光景を、慣れと諦めの境地に至った視線でもって眺めている。「こんな速さに入力が間に合うケータイは凄いなー、技術は進歩するものねー」などと思いながら。
女が片手でパソコンのキーボードを高速タイピングしながらそれを行っていることは、できれば認識したくない。……こうして仕事を的確にこなしているため、業務中にケータイを弄っていても注意しにくいのだ。というか関わりたくない、という人間がほとんどのようで……上司もとうの昔に匙を放り投げていた。仕事してくれるならなんでもいい、と。
自分もあまり関わりたくないなぁと思いつつ、やはり気になるもので。同僚女性はコーヒーで喉を湿らせてから問いかけた。
「あなたよくメール打ってるけど、相手って誰なの? 彼氏?」
もしそうならその恋人に最大の畏敬の念を抱きつつも、「あんた、すごいよ。でも大変だね!」と心の底から労いの言葉を贈ってやりたい。あんな鬼のような量のメール、受け取る方の苦労を思えば涙がちょちょぎれそうだ。
しかし帰ってきたのは否定の言葉。
「うふふ、違いますよー。可愛い可愛い、弟妹達へです!」
複数にしろ家族にしろ、哀れみの念は消えなかった。
所変わって、緯度がずれて夜の国。
星も月も見えないぬばたまの夜によって、闇に慣れた目からも鮮やかな鮮血の色彩は隠される。ただむせかえるような鉄臭い匂いだけはっきり夜の空気に浮かび上がっていた。
元は生きて動いていた肉塊が無数に転がる中で、立つ人影は五人分。この惨状をつくりだした者達だ。
今現在彼らの表情は一様に微妙なものになっている。それは転がる肉のせいでも、血の香りのせいでもない。この現場を作り出すときでさえ動かなかった表情が、今はものの見事に「微妙」としか言いようのない様子に崩れている。その視線はそれぞれ遠くを見つめていた。
……彼らの内心を一言でまとめるとすれば「メンドクセー」である。
たった一回響いた、場にそぐわない可愛らしいメールの着信音。それもきっちり五人分、同じ音がほぼ同時に鳴ったので可愛い可愛い音の五重奏だ。これが手向けの葬送曲だというならば、ここで死した者があまりにも浮かばれない。
このような着信音、是としないものがほとんどだ。しかし厄介極まりない事に、マナーモードにしようが電源を切ろうが、ある人物からの着信に限り否応無しにこの着信音が鳴る。
女性陣はまだいいが、男性陣としてはたまったものではない。この音のせいで公共交通機関の使用が苦痛だ。乗っている最中鳴って笑われた回数は片手でたりない。
忌々しくてならないが、この中で一番機械関係に強い青年ですら最後は丸投げした。あの執念の賜物には勝てないと。なんとこの着信音の仕組み、メモリの無駄遣いもいいところだが念ががっつりこめられているのだ。機種を変えようが直らないのだから呪いである。最悪だ。
響いていた音がおさまると、一人がメールボックスを開く。ディスプレイに満面笑顔の写真付きで表示された名前に、深く溜息を吐き出す。
「…………メールは別にいいんだけどさぁ、一日百二十件とかやめてほしいよ、ホント」
「よくないネ。今日こそケータイ叩き割る。不便だろうとなんだろうとそんなものいらないヨ」
「やめておいたら? そんなことしたら本人が直接やって来て、毎日めそめそつきまとわれるわよ」
「うわ、やりそう。…………そういえば前に一日返信しなかったらさぁ、丸一日着信やまなかったんだよね。ホラーだよ」
「よくねばったね一日も」
「ハハ……結局負けたけど」
「………………」
うんざりしながらも、しかたがないと諦めてケータイを操作する。しかし使う機能はメールではなく、カメラ。
パシャリ
引きつりそうになるところをなんとか童顔を活かした愛嬌たっぷりな笑顔に仕上げて、その写真をメールに添付、送信。…………よし。きっと嬉しそうに眺めているだろうから、これでしばらくメールは来ないだろうと金髪の青年は頷く。ただし頻繁にこの手を使うと効果が薄れるから注意が必要だ。
メールだけで人を憔悴させる人物。それは彼ら…………A級首の盗賊、幻影旅団に所属する四番の刺青を持つ団員である。
現在この場にいる旅団員は、団長のクロロ=ルシルフル。シャルナーク。フェイタン。マチ。パクノダ。
件の人物はこの五人が五人とも昔からよく知っている、また知られている旅団結成当初からの……否、それより遥か以前からの知り合いだ。
知り合いよりも家族と言ってしまったほうが早い間柄だ。が、彼女からそそがれる愛情は暑苦しくねちっこく、奇妙な表現だがまっすぐに歪んでいるため、現在ほぼ全ての団員から鬱陶しがられている。端的に言って、うざい。たちの悪い事に本人はまったく気づいていないので、大人になった今もそれは継続されている。
ケータイをしまうと、金髪の青年シャルナークは受けたストレスを団長であるクロロにむけた。
「団長さぁ。あれ、ホントどうにかなんないの? 実の姉なんだから団長にだけかまってればいいんだよ、ねーさんも」
「あれをオレ一人で受け止めろと? 馬鹿を言え禿げるだろう。むしろ積極的に巻き込まれろ」
「やだよ」
一人黙々と長文メールを件の人物こと……実の姉に送っていたクロロは真顔で言う。前髪を下ろした時と違って、現在はオールバック。大きな黒々とした目がいっそう大きく見える。その目で見つめられると迫力はあるが、慣れたものでシャルナークは怯まない。ばっさりと拒否した。
そんな男連中をよそに、マチとパクノダはこちらも疲れた表情ながらも雑談を開始する。
「そういえば今は何してるんだったかしら」
「OLだってさ。それにしても、面倒くさい誓約を選んだもんだね」
「あれは趣味も入ってるみたいだから、いいんじゃないかしら。それに、それがなかったら四六時中こっちにベッタリよ」
無言だったフェイタンの表情がぎりりと歪む。……彼は実弟であるクロロに次いで、四番の被害者となっているのだ。会えば追いかけまわされ構われる。
そのため「団員同士のマジギレ禁止」の合間をかいくぐってあの手この手で彼女を殺しにかかっているのだが、それをのらりくらりかわされるのだ。悪夢である。
フェイタンが不憫であるため、あからさまにフェイタンが四番を殺そうとしても現在すでにそれは黙認状態となっていた。殺しても生き返ってきそうなので、まあ良いだろうという雑な黙認である。
「フェイタン、あんたこの前一服盛ったってのはどうなったんだい」
「ピンピンしてるの見ててそれ言うか。効かなかたに決まてるね」
「ねーさん毒薬とか大好きだもんねー。一番弱いくせに一番図太いから、毒ごときでどうこうなるような想像もできないし。なんだろね、あの人」
言いながらシャルナークは、ふとこの間のことを思い出す。……たった今マチが口にした、フェイタンが毒を盛った時の事だ。
***
「ふふふー、皆さんお久しぶりですねぇ。あ、フェイちゃん、今日はフェイちゃんもいたんですか! フェイちゃんは今日も可愛いですね! 小さくて!」
そんな命知らずな発言を嬉しそうに言い放った女性は、いつものフェイタンの動きが見受けられなかった事に首を傾げた。通常ならば、ここで可愛らしく心臓を一突きにしようと胸に飛び込んでくるはずなのに、と。
ちなみに彼女は現在「さぁ!」とばかりに両手を広げた格好である。
見れば何やら、フェイタンの握りしめた拳がぷるぷると震えている。強く握りすぎて爪が食い込んだのか血もだらだらと流れているが、盲目フィルターのかかった目には映らない。
彼女の目には可愛い可愛い弟妹たちのことに関しては何をしていようがどんな行動をしていようが、自分の都合のいいようにしか見えないのだ。
そしてはっと気づいたように口に手を当てる。
「! 会えなくって寂しかったんですね!?」
「勘違いもはなはだしいねぶち殺すヨ」
フェイタンの言葉に全員が頷く。個性派ぞろいの幻影旅団だが、何故か彼女へのツッコミはぴったり息が合ってしまう。心の声なので聞こえはしないが、以心伝心。周りが自分と同じ事を思っていることが痛いほどに分かる。非常にしょっぱい気分だ。
フェイタンの純然たる殺意がこもったひとことも「照屋さんですね!」と身をくねらせる女には通じない。「あ、早く殺そう」……そう思ったフェイタンは、血を吐きそうな気分で用意していた台詞を口にした。
「……。ねえさんのために買てきたね。ささとたべるよ」
うわぁ超棒読み。けど姉さんのために、ってところは頑張ったね! 絶対言いたく無かったよなお前! 姉さんとかも普段呼ばないのにな! と思ったのは誰だったのか。全員だったかもしれない。
フェイタンから差し出された一見何の変哲も無い、だからこそ怪しさしかない菓子……月餅だ。
毒が仕込んであるのは誰の目から見ても明らかである。差し出された本人を除いて。
「ふぇ、フェイちゃんから贈り物!? んあああああああ!? レア! レアですよこれは!! ちょっと見てください、見てください皆さん! うわーうわー! きゃー! え? 本当に!? ああああああお姉ちゃんは嬉しいです嬉しいです嬉しいです! 普段照れやさんで滅多にこんなことしてくれないフェイちゃんが!? うわうわうわきゃぁぁああぁぁぁああああああ!!! もらいますよもらっちゃいますよ返しませんよぉぉぉぉぉ!!」
ドン引きである。あまりの狂喜乱舞に仕掛け人たるフェイタンも後ずさった。
そして自分はさも関係ないとばかりにそれぞれ別の事をしていた団員達だが、彼女が菓子を口にする様子に注目する。
「なあ、今回は効くと思うか?」
「おう、もしかしたらもしかするかもしれねぇぜ! 何しろフェイタンのやつがわざわざ遺跡にもぐって血眼になって探した古代の毒だ」
「よし、じゃあ俺は十分くらい気絶するに賭けるぜ」
「俺ァ体がしびれて動きが鈍くなる、だ」
こそこそと会話しているのはフィンクスとノブナガだが、その会話からも今までの経験が窺いしれる。血眼になってまで探した凶悪な毒でさえも気絶だの体が痺れるくらいだのですむのなら、女の毒耐性は恐ろしい。かの有名なゾルディック家とはるのではなかろうか。
そして、運命の瞬間。
ぱくり
***
「で、どうなったんだい」
当時その場に居なかったマチが問うと、シャルナークは肩をすくめた。
「これは遺跡に眠っていたはずの幻の毒ですよ最高のプレゼントですフェイちゃん最高愛してる~! …………って感じで騒いでさぁ」
「要するにまったく効かなかったんだね」
「さっき言ったネ」
「フェイタンあれから姉さんがアジトにいる間べったりひっつかれてたよ」
「いうナ思い出したくもない」
「逆効果……」
あの女には安易に何か施してやるべきではない、と改めて心に誓うマチだった。むしろ殺す気であしらわねばどんどん行動がエスカレートする。唯一彼女を片手間で相手できるのは団長であるクロロのみだが、畏敬の念こそ抱くがそこまで慣れたくもない。複雑な心境だ。
何年経っても慣れるどころか疲労の蓄積率が多くなって行く気がするのは、きっと思い過ごしではないだろう。
血液の匂いが立ちこめる宵闇のなかで、返信と催促のメールの可愛らしい着信音が再び鳴り響いた。
* * *
「うふ、ふふ、うふふふふふふふふふふ」
(ああ、今でもはっきり覚えている。送ったメールと愛溢れる返信の内容だってちゃーんと思い出せるんですからね! 「そうなんだ」とか「そりゃよかったな」とか「あーそうなんだ」とか「ああそう」が大半でしたけど、短文でもちゃあ~んと気持ちが伝わる証拠ですよね! ツーといえばカー! お姉ちゃんはなんでもわかっていましたよ! うふふふふふ!)
あきらかに世界記録級で地球を一周しそうな投げやり加減の返信だが、生まれかわった今でも一向に気付かないらしい。むしろ二度と会えないため、思い出は美化される一方だ。
ひたすら思い出し笑いを続けている春樹を流石に見かねたのか、カカシが嫌そうに声をかけた。ちなみに後ろではチョキをだしてガッツポーズの三人がいたので、どうやらジャンケンで負けたようだ。パーだったらしい。
「あー……やけに嬉しそうだけど、そろそろ帰るぞ? 春樹」
「うふふふふ」
うっとり
「春樹?」
「うふふふふふふふふふふふふふ」
うっとり
「春樹!」
「ウフフフフふふふふふふふふふふふふふふふふふ」
うっとり
「……春樹ー……なあ、俺が悪かったから。いや悪くないんだけど面倒くさいからあやまるから。かえってこーい……なあ、春樹サーン?」
「うふふ、ふふふふ、うふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」
うっとり
繰り返すこと十数回。誰か彼の根気に拍手を送ってくれないだろうか。いっそ清清しいほど綺麗にシカトをかます春樹はいつまで経ってもうっとりと虚空を見つめるばかりだ。変な薬でもキメタのだろうかと疑いたくなるほどである。
が、肩を揺さぶろうと手を出したらビシッと叩き落とされたので、完璧に意識がどこかへぶっとんでいるわけでもない。……つまり今自分は気分が良いから邪魔すんなということなのだろう。一発殴ってもいいかなこれ、とカカシは笑顔で構えた。
拳を握ってスタンバイ完了なカカシと、それを生暖かい目で見ている第七班の面々は知らない。
彼女から並々ならぬ好意を向けられたらどうなるのか、いかにこのないがしろにされる距離感が素晴らしいのか、ということを。
暖かな気候の中、場違いに冷たい北風がヒュルリと吹いた。
【読まなくてもいいおまけ】
■春樹の前世:本名はアレフ・ルシルフル。クロロの姉。幻影旅団四番。見た目は女版クロロ。どんな奇跡か生まれ変わってからも前世と同じ容姿。つまりチビクロロなので顔だけはいい。
■操作系能力者。能力の制約と誓約、そして純然たる趣味のため色んな職業を経験している。盗賊兼社会人。生まれ変わってからは別の系統になったので詳細は割愛。